オープン・イノベーションとビジネス・エコシ ステ …【査読付き論文】...

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特集/企業活動と国際秩序 オープン・イノベーションとビジネス・エコシ ステム:新しい企業共同誕生の影響について 立本 博文(兵庫県立大学 経営学部 准教授) 1980 年代の欧米のイノベーション政策によってオープン・ イノベーションを促す産業環境が生まれた.そこではコンソー シアム等の新しい企業共同が多用され,頻繁に産業標準が形成 されている.産業標準はネットワーク外部性を発生させ,複雑 なビジネス・エコシステムを生み出す.本論文では,オープ ン・イノベーションの制度的起源を紹介し,企業共同の増加と 頻繁な産業標準形成が,産業構造や競争力構築に与える影響を 説明する. キーワード コンソーシアム,コンセンサス標準,プラットフォーム・ビジネス,二面市場,戦略的標準化 .はじめに 1980 年代以降,企業共同に関する新しいイノ ベーション環境が出現し,各国の産業進化や企業 の国際競争力構築に大きな変化をもたらしてい る.新しい環境とは,独禁法の緩和,共同研究・ コンソーシアム活動の奨励や産業標準化活動の活 性化である.この新しい環境の出現によって,オ ープン・イノベーションと呼ばれる企業共同の形 態が台頭し,「伝統的な垂直統合型企業や系列ネ ットワークが得意とするリニア・イノベーション の体系」に挑戦を行っている. オープン・イノベーションは,複雑な人工物の 分野では頻繁に観察され,巨大なビジネス・エコ システムの形成に寄与している.特にモジュラ ー・アーキテクチャと呼ばれるシステム製品には この傾向が強く,デジタル機器,パソコンや携帯 電話はその典型例である(立本,2010).ビジネ ス・エコシステムでは,先進国企業と新興国企業 の企業共同が頻繁に行われている.グローバリゼ ーションの流れは,世界経済レベルでのビジネ ス・エコシステムの形成を強く後押ししている (Teece,2007). オープン・イノベーションとは,「知識の流入 と流出を自社の目的にかなうように利用して社内 イノベーションを加速するとともに,イノベーシ ョンの社外活用を促すような市場を拡大するイノ ベーション」である(Chesbrough, 2003).つま り,1 社ですべてのイノベーション・プロセスを 完結させるのではなく,複数社でイノベーショ ン・プロセスを分担するイノベーション・パター ンである.企業ネットワーク指向のイノベーショ ンといってよい.オープン・イノベーションが, 「製品の複雑化」や「企業競争の国際化」の重要 な処方箋であることは間違いない. にもかかわらず,現状のオープン・イノベーシ ョンに関するフレームワークは,未だ不十分であ ると言わざるを得ない.すなわち,オープン・イ ノベーションは「一社で完結するような『純粋な 組織科学 Vol.45 No. 260-73201160

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【査読付き論文】

特集/企業活動と国際秩序

オープン・イノベーションとビジネス・エコシ

ステム:新しい企業共同誕生の影響について

立本 博文(兵庫県立大学 経営学部 准教授)

1980年代の欧米のイノベーション政策によってオープン・

イノベーションを促す産業環境が生まれた.そこではコンソー

シアム等の新しい企業共同が多用され,頻繁に産業標準が形成

されている.産業標準はネットワーク外部性を発生させ,複雑

なビジネス・エコシステムを生み出す.本論文では,オープ

ン・イノベーションの制度的起源を紹介し,企業共同の増加と

頻繁な産業標準形成が,産業構造や競争力構築に与える影響を

説明する.

キーワード

コンソーシアム,コンセンサス標準,プラットフォーム・ビジネス,二面市場,戦略的標準化

Ⅰ.はじめに

1980 年代以降,企業共同に関する新しいイノ

ベーション環境が出現し,各国の産業進化や企業

の国際競争力構築に大きな変化をもたらしてい

る.新しい環境とは,独禁法の緩和,共同研究・

コンソーシアム活動の奨励や産業標準化活動の活

性化である.この新しい環境の出現によって,オ

ープン・イノベーションと呼ばれる企業共同の形

態が台頭し,「伝統的な垂直統合型企業や系列ネ

ットワークが得意とするリニア・イノベーション

の体系」に挑戦を行っている.

オープン・イノベーションは,複雑な人工物の

分野では頻繁に観察され,巨大なビジネス・エコ

システムの形成に寄与している.特にモジュラ

ー・アーキテクチャと呼ばれるシステム製品には

この傾向が強く,デジタル機器,パソコンや携帯

電話はその典型例である(立本,2010).ビジネ

ス・エコシステムでは,先進国企業と新興国企業

の企業共同が頻繁に行われている.グローバリゼ

ーションの流れは,世界経済レベルでのビジネ

ス・エコシステムの形成を強く後押ししている

(Teece, 2007).

オープン・イノベーションとは,「知識の流入

と流出を自社の目的にかなうように利用して社内

イノベーションを加速するとともに,イノベーシ

ョンの社外活用を促すような市場を拡大するイノ

ベーション」である(Chesbrough, 2003).つま

り,1社ですべてのイノベーション・プロセスを

完結させるのではなく,複数社でイノベーショ

ン・プロセスを分担するイノベーション・パター

ンである.企業ネットワーク指向のイノベーショ

ンといってよい.オープン・イノベーションが,

「製品の複雑化」や「企業競争の国際化」の重要

な処方箋であることは間違いない.

にもかかわらず,現状のオープン・イノベーシ

ョンに関するフレームワークは,未だ不十分であ

ると言わざるを得ない.すなわち,オープン・イ

ノベーションは「一社で完結するような『純粋な

組織科学 Vol.45 No. 2:60-73(2011)

60

リニア・イノベーション』を否定するイノベーシ

ョン・プロセス」として定義されているだけであ

って,何がオープン・イノベーションの真の特徴

なのかについての共通理解を欠いている.

たとえば,オープン・イノベーションが単に企

業ネットワーク志向というのであれば,日本自動

車産業の系列ネットワークは世界有数のオープ

ン・イノベーションの事例であるはずだ.しか

し,そのようなことをいう研究者はいない.つま

り,従来型ネットワーク志向のイノベーションは

オープン・イノベーションではないのである.こ

のような理解があるにもかかわらず,「では何が

オープン・イノベーションと従来型ネットワーク

志向のイノベーションを区別するものなのだろう

か」という問いに,はっきりと答えることが出来

ていない.このために多くの研究者や実務家に混

乱が生じているのである.

本論文では,この問いに答えるために,企業共

同に関する制度的な変遷を追うことによって,オ

ープン・イノベーションの特徴を明らかにするこ

とを試みる.そして,制度的な変化を契機にコン

ソーシアムなど新しい企業共同の形態が台頭した

結果,頻繁に産業標準が形成される様になったこ

とを紹介する.さらに,コンソーシアムが国際競

争力に与える影響や,頻繁な産業標準の形成が競

争力構築に与える変化について説明を行う.

Ⅱ.オープン・イノベーションの制度的起源

1.独禁法緩和と共同研究奨励

1980 年代以前,欧米ではリニア・イノベーシ

ョンを前提としたイノベーション政策がとられて

いた.リニア・イノベーションのモデルでは,大

企業の企業研究所(中央研究所)で要素技術が開

発されると,それを基に事業部で製品開発が行わ

れ,市場へ新製品が導入されることを想定してい

る.技術開発から製品導入までが順次的段階で行

われると考えている.リニア・イノベーションを

当然と考える傾向は,第二次世界大戦後のアメリ

カで最も強かった(Bush, 1945).

同時期の欧州のイノベーション政策も,アメリ

カ産業を模範としてリニア・イノベーションを前

提としたイノベーション政策をとっていた.アメ

リカ企業に対して国際競争を戦い抜くために,欧

州各国では,中央研究所,事業部,大規模生産工

場を持つフルセット垂直統合型の大企業の育成を

目指すナショナル・チャンピオン政策が行われて

いた(渡辺・作道,1996,p.324).

このように欧米の両地域ではリニア・イノベー

ションの考えに基づいてイノベーション環境の整

備が進められてきた.ところが 1980 年代以降,

劇的なイノベーション政策の転換が行われた.こ

の背景には,1970〜1980 年代に東アジア諸国が

新しい国際競争の相手として台頭してきた事が挙

げられる.アメリカ・欧州の産業は,労働生産性

の伸び悩みに直面し,これに対処するため,新し

い産業環境の構築が助長されたのである(宮田,

1997).

制度の観点からみると,産業環境の変更は大き

く 2つあった.1 つめは,知的財産権の保護強化

(プロパテント政策)である(上山,2000).先進

国産業が開発した技術が,無秩序に新興国産業へ

と伝播してしまうことが問題視されたのである

(Teece, 1986).2つめは,「独禁法の緩和」によ

る企業共同の変化である.本稿では二点目に集中

する.

図 1は欧米の独禁法緩和と標準化政策の推移に

ついてまとめたものである.独禁法は,従来,厳

しく運用され企業共同を阻むものであったが,

1980 年代以降,緩和へと方針転換された(Jorde

and Teece, 1990).この契機となったのが,国際

競争力低下が叫ばれる中で行われた,国のイノベ

ーション・システムの研究である(Lundvall,

1992;Poter, 1990).

特に日本は欧米とは異なるイノベーション・シ

ステムを持っていると考えられたため,頻繁に研

究の対象となった.1980 年代の産業政策研究は,

そのまま日本経済研究であると言っても過言では

ない(土屋,1996,pp.529-530).その成果が,

独禁法と共同研究の関係や,産業支援政策として

政府支援も含む共同研究の推奨である.たとえば

日本の超 LSI 研究組合(1976〜1980 年)は大成

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 61

功したイノベーション・モデルとして,その後の

欧米のイノベーション政策に大きな影響を与え

た.

独禁法を緩和し共同研究を奨励したことで,2

つのタイプの企業共同が生まれた.1 つめは画期

的技術を目指した少数企業による企業共同であ

る.2つめは汎用技術や産業標準開発を目指した

多数企業による企業共同である.特に,後者の多

数企業の共同は,コンソーシアムやフォーラムと

呼ばれ,産業内の情報共有を促進し,頻繁に産業

標準が形成される環境を作り出した.

さらに,これらの産業標準を各地域の地域標準

として積極的に採用するというイノベーション政

策が実施されたことにより,企業共同の影響が一

段と大きくなっていった.たとえば欧州では,

1992年の欧州統合を控えて,欧州委員会は各国

独自であった国家標準を域内統一標準に置き換え

る「ニューアプローチ」方針を 1985年に発表し

た(EC, 1985).これを受けて CEN,CENELEC

の強化や ETSI(1988 年設立)の設立が行われ

た.この方針には,各国行政にかわって産業が主

体となって域内統一標準を作ることが盛り込まれ

ている(田中,1991,pp.96-105;OTA, 1992,

pp.69-74).

このような欧州の動きをうけ,アメリカでも地

域標準の強化が志向された.NIST(国立標準技

術研究所)が 1995 年に設立され(OTA, 1992;

宮田,2001),さらに同年に策定された NTTAA

法(国家技術・移転促進法)では政府調達に民間

規格を利用する事を推進している.

最終的に,各国でばらばらであった標準規格類

を国際規格に整合化して貿易障害を取り除くた

め,WTO で TBT(GP)協定が 1995 年に締結

されると,これらの産業標準はグローバル市場に

大きな影響を及ぼすようになっていった.

2.新しい企業共同の台頭

⑴ コンソーシアムの増加とその性格について

独禁法緩和や共同研究の推奨により,コンソー

シアム活動が盛んになった.この新しい企業共同

は頻繁な産業標準形成の基盤となっている.ここ

では急増したコンソーシアムの性格について紹介

する.Link(1996)は連邦登録ファイルを使い,

1985〜1994年までに登録されたコンソーシアム

62 組織科学 Vol. 45 No. 2

図 1 アメリカ・欧州のイノベーション政策転換の経緯

1950 1970 1980

▲ 1993▲ 1984▲ 1980

▲ 1984▲ 1992

▲ 1985

1990 2000

▲ 1988

▲ 1995

▲ 1988 ▲ 1995

EU統合

研究開発のEC規則

一括適用除外

(独禁法の例外策定)

ETSI設立

EU統合に向けた

標準化新アプローチ

WTO/TBT協定

独禁法ガイドライン

見直し

国家共同研究法

国際的事業活動の

独禁法ガイドライン

見直し

国家共同研究・

生産法

NIST設立

/NTTAA法

コンセンサス標準化

フォーラム/コンソーシアム標準

産業主体の標準化プロセス 標準化の

戦略的重要性

EU統一市場に向けた標準化促進

共同研究促進のため独禁法の緩和

欧州

アメリカ

・従来の政策 -ナショナルチャンピンオン政策 -企業の大規模化 -垂直統合の促進

・従来の政策 -競争政策 -厳しい独禁法の運用 -共同研究を原則認めない

リニア・イノベーションの時代(中央研究所の時代) オープン・イノベーションの時代(産学連携の時代)

・新興国経済の台頭(日本/NICs)

・イノベーション政策の転換

の性質を調べた.図 2 はアメリカのコンソーシア

ム数の推移を示したものである.1985年に一時

的に登録コンソーシアム数が突出しているが,こ

れは未登録であったコンソーシアムの駆け込み登

録であり,全体の傾向を表したものではない.

1986年以降,順調にコンソーシアム数が増加し

ており,企業共同が盛んになったことがわかる.

さらにコンソーシアムがどの産業で形成されて

いるのかを分類してみると,1番が通信サービス

(21%),2番が電機製品(17%)であり,約 4割

(38%)が IT/エレクトロニクス分野で形成され

ていることがわかった.これは IT/エレクトロ

ニクス製品のような複雑な製品で企業共同や産業

標準化が頻繁に行われている事を反映している.

Vonortas(1997)は同様に,連邦登録ファイ

ルを基に 1985〜1995年に登録された 574のコン

ソーシアムについて集計・分析を行い,コンソー

シアムの構成企業数がどのように分布しているの

かを調べた.その結果,2〜3 社のコンソーシア

ムが 152件(全体の 26%)ある一方で,6社以上

のコンソーシアムが 373 件(65%)に達する事が

わかった1).つまり,コンソーシアムは「少数

(2〜3社)で構成されるもの」と,「多数(6 社以

上)で構成されるもの」が存在し,後者が過半を

占めることが明らかになったのである.

多数企業でコンソーシアムが構成されることか

ら,多くの研究者がコンソーシアム活動が強いス

ピルオーバー効果を持っているのではないか,と

考えるようになった.

⑵ コンソーシアムの知財契約パターン:スピル

オーバーとブロッキング

急増したコンソーシアムが,スピルオーバーに

ついてどのような影響を持っていたのかを調査し

た研究が,Majewski and Williamson(2003)で

ある.スピルオーバーとは,研究成果が知識伝播

によって当該コンソーシアム外に広がり生産性向

上を引き起こす効果である.

彼らは契約書に記載されている「知的財産の公

開猶予期間」から知識伝播のスピードを推定し

た.知的財産の公開猶予期間が長期(もしくは無

期限)に設定されていれば,コンソーシアム外へ

のスピルオーバーは制限される.このような状態

をブロッキングと呼ぶ.逆に,公開猶予期間が短

く設定されていれば,知識のスピルオーバーが促

進されることになる.彼らはコンソーシアム・タ

イプと公開猶予期間の関係を回帰分析を使って推

定した.

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 63

図 2 アメリカにおけるコンソーシアム数の推移

0

10

20

30

40

50

60

70

80

1985 1986 1987 1988 1989年1990 1991 1992 1993 1994

通信・サービス

エレクトロニクス

産業分類毎の内訳

運輸石油・ガス設備

化学

燃油・石炭

その他

コンソーシアムの件数

元データ:「連邦登録ファイル」より.

出所:Link (1995).

彼らの推定によれば,コンソーシアムは「ブロ

ッキング的特徴が強いもの」と「スピルオーバー

促進的なもの」の 2つに分かれる.スピルオーバ

ー促進的なコンソーシアムには,「産業標準設定

型」や「リーダー主導的委託 R&D 型」,さらに

「純粋委託 R&D 型」が多く,技術情報の即時公

開が可能な契約を持つものが多かった.

戦略的パートナーシップの既存研究では,第三

者へのスピルオーバーを抑制し,研究成果を当事

者間だけで利用する「ブロッキング」を勧めるも

のが多かった.これに対して Majewski と

Williamson の研究は,急増したコンソーシアム

の中に,スピルオーバー促進的な性格が多く含ま

れ,コンソーシアムが情報共有を促進して産業標

準形成の基盤となっていることを示唆しており,

既存研究の主張とは異なる意外な企業共同の実態

を明らかにした.

3.新しい産業標準化の台頭:コンセンサス標

準化

産業標準化とは,ある技術情報を広い範囲で

(最終的には産業レベルで)共有するプロセスで

ある.狭い意味の標準化は,標準規格の文書化作

業のみを指すが,広い意味での標準化は情報共有

が行われるプロセスそのものを重視している.多

くの標準化研究では,後者の立場に立っており,

産業標準設定のコンソーシアムだけでなく,共同

技術開発コンソーシアムも産業標準化の研究対象

にしている.

企業が主体となってコンソーシアム等で産業標

準を策定する標準をコンセンサス標準とよぶ

(Cargill, 1989;新 宅・江 藤,2009;Farell and

Simcore, 2009).コンセンサス標準は,新しい標

準化アプローチであるため,従来のデジュリ標準

やデファクト標準と混同して議論されることが多

い.

コンセンサス標準は,①コンソーシアム等の企

業共同が合議で標準策定を行い,標準規格を産業

全体に対して公開するというデジュリ標準的な側

面と,②法的正当性を持たないため類似規格が乱

立しやすく,結局,市場競争で産業標準が決定さ

れるというデファクト標準的な側面とを,併せ持

つ.①②のように既存の標準化プロセスと類似点

があるため,多数の研究で混同が行われている.

コンセンサス標準と,デファクト標準・デジュ

リ標準は似て非なるものである.3つの標準化プ

ロセスを比較したものが表 1である.コンセンサ

ス標準化が産業構造に与える影響を考察するため

に,そのアウトプットであるコンセンサス標準が

どのような性格を持つのかを明らかにしておく.

あるシステムを標準化すると,各サブシステム

は一様に明確なインターフェースを持つのではな

い.むしろ「依存性を明確に定義したモジュール

群」と「曖昧な依存性を多く含むモジュール群」

の 2つに分かれる.前者をオープン領域と呼び,

後者をクローズド領域と呼ぶ(Tatsumoto et al.,

2009).二分化は,他の企業と協調して市場を広

げる協調戦略(オープン戦略)と,他の企業を排

除し利益を占有する排除戦略(クローズド戦略)

の 2つを企業が戦略的に組み合わせて実行するこ

と に 由 来 す る(淺 羽,1998;Nalebuff and

Brandenburger, 1996).協調戦略を重視した場

合,製品アーキテクチャにはオープン領域が広め

に設定され,排除戦略を重視した場合,クローズ

ド領域が広めに設定される.

コンセンサス標準化は,他の標準化プロセスと

比較して「オープン領域」が広めに設定されやす

い.この特徴は,次のような理由による.デファ

クト標準化は一方向的な意志表示(市場プロセ

ス)を基盤とするが,コンセンサス標準化は双方

64 組織科学 Vol. 45 No. 2

表 1 3つの標準化の比較

標準設定 標準普及

デファクト標準化 市場プロセス 市場プロセス

デジュリ標準化 非市場プロセス 非市場プロセス

コンセンサス標準化 非市場プロセス 市場プロセス

向的な情報交換(合議プロセス)が基盤である.

合議プロセスでは,市場プロセスでは達成できな

いような,広範囲の技術情報の交換を実現するこ

とができるため,広い範囲を標準化対象にしやす

い.加えて,コンセンサス標準化ではコンセンサ

ス(同意)を得るために,広範囲の技術情報をオ

ープンにして参加者の理解を促進することが必要

である.このためデファクト標準化に比べて,コ

ンセンサス標準化の方がオープン領域を広く設定

しやすい.

デジュリ標準化とコンセンサス標準化を比較す

ると,デジュリ標準化には法的正当性があり,市

場形成を当然と考えることが出来るため,あえて

情報開示・共有を行って市場拡大を行おうという

動機が生まれにくい.それに対して,コンセンサ

ス標準化は法的正当性が無いため,市場形成を当

然視することが出来ず,積極的に情報開示・共有

を行って市場拡大を行おうとする動機が生まれや

すい.このため,コンセンサス標準の方がオープ

ン領域を広めに設定しやすい.

つまり,3つの標準化方式を比較した場合,コ

ンセンサス標準化が最もオープン領域を広めにし

やすい.携帯電話の標準化方式の違いをを調べた

Funk(2002)は,デファクト標準化を用いたア

メリカ(CDMA方式)やデジュリ標準化を用い

た日本(PDC 方式)よりも,コンセンサス標準

化を用いた欧州方式(GSM方式)の方が,オー

プン領域が広かったことを指摘している.

Ⅲ.企業共同と国際競争力への影響

1.コンセンサス標準と国際貿易収支への影響

1980 年代以降,コンソーシアム活動が急増し,

コンセンサス標準化がしばしば行われるようにな

ったが,国際競争力にどのような影響を与えるの

かは不明なままであった.

この疑問に答えるために,コンソーシアム数と

国際貿易収支に関して実証分析が行われた

(Link, Paton and Siegel, 2002).彼らは連邦登録

ファイル記載のコンソーシアムについて,産業毎

のコンソーシアム数と国際貿易収支との関係を回

帰モデルを用いて推定した.その結果,コンソー

シアム数増加と貿易収支との間には負の関係があ

ることが明らかになった.すなわち,コンソーシ

アム活動が盛んである産業は,国際競争力が弱い

という結果が出たのである.

この推定結果は「企業共同を助長し国際競争力

を高めよう」という政策意図とは正反対のもので

あった.不可解な推定結果について,Link らは

「国際競争力が弱体化したからコンソーシアム数

が増大したのだ」という解釈を行った.この解釈

は一定の説得性を持っているものの,「コンソー

シアム活動は国際競争力を強化の効果を持つのか

否か」という疑問は解決されないままであった.

この疑問に答えるために DeCourcy(2007)は

詳細なパネルデータを用いて回帰分析を行った.

彼はコンソーシアム数の増加の効果を,「異産業

からの参加者の増加の効果」と「同一産業からの

参加者の増加の効果」の 2つに分解したモデルを

作成した.2つの効果はいずれもスピルオーバー

を示すが,前者は「産業間スピルオーバー」であ

り,後者は「産業内スピルオーバー」である.

推定の結果,「産業間スピルオーバー」は貿易

収支に対してプラスの効果をもたらすが,「産業

内スピルオーバー」はマイナスの効果をもたらす

ことがわかった.すなわち,コンソーシアムが異

産業の参加者で構成されている場合は国際競争力

にプラスの効果があるが,同一産業の参加者のみ

で構成されている場合は国際競争力にマイナスの

効果しかないと推定されたのである.ただし,こ

の現象が何を意味しているのかは依然として曖昧

であり,より詳細なケース分析が要請されること

となった.

2.付加価値分布シフトのメカニズム

この要請に標準化研究という視点から接近し,

競争力構築のメカニズムを解明したのが,立本・

高梨(2010)である.彼らは,2003 年から 2008

年にかけて標準化経済性研究会(経済産業省設

置)が行った 16分野 200社以上のインタビュー

から,コンセンサス標準化に関して特徴的なビジ

ネスを行っていた 13事例を抽出し,標準化ビジ

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 65

ネス・モデルのロジックと,そこから生じる産業

間の付加価値分布の変化を明らかにした.図 3は

この変化を説明したものである.

標準化対象の領域(標準化レイヤー)は,誰も

が規格化された知識にアクセス出来るオープン領

域となる.図 3では産業 Bがオープン領域とな

っている.オープン化とは,情報を公開・共有し

て,情報のアクセス・コスト低下させることであ

り,多数の新規参入を誘発して競争を激化させる

ため,オープン領域の付加価値は図 3のαに示す

ように低下する.ここでは低付加価値でも収益を

上げることが出来る新規企業や新興国企業が活躍

する傾向がある.

一方,図 3の産業 Aや Cは,ほとんど標準化

が進まないクローズド領域に位置する.クローズ

ド領域で事業を行う企業は,オープン領域の多数

の新規参入という変化を最大限に活用するため

に,自社が提供する製品(部品)をプラットフォ

ーム化して,オープン領域の新規参入企業に提供

したり,さらにはクローズド領域からオープン領

域をコントロールするためのビジネス・モデルを

構築して競争優位を構築する傾向がある.この動

きが図 3のβである.

このようなビジネス・モデルの変化は,クロー

ズド領域の高付加価値化を引き起こし,最終的に

標準化前から標準化後へと付加価値分布曲線に大

きな変化を生じさせる.特に留意が必要なのは,

βの力はビジネス・モデルの変化によって引き起

こされているということである.過去の標準化研

究では,オープン領域の設定や拡大だけに気をと

られ,クローズド領域のビジネス・モデルの変化

に着目していなかった.

標準化を主導する企業は,自らはクローズド領

域に位置しながら,オープン領域への新規参入を

助長するように,自社のビジネス・モデルをプラ

ットフォーム提供型へと変化させていた.標準化

によって生まれるオープン領域では,新規企業や

新興国企業が事業機会を得ることによって,短期

間の内に巨大でグローバルなビジネス・エコシス

テムが形成されていたのである.

Ⅳ.産業標準形成とビジネス・モデルの変質

1.バリュー・チェーンからビジネス・エコシ

ステムへ

産業標準が頻繁に形成される様になると,従来

の競争構造に大きな変化を与え,最終的にはグロ

ーバルな分業関係にまで影響を及ぼす事になる.

産業標準が取引ネットワークに与える影響を分析

する上で,重要なコンセプトがビジネス・エコシ

66 組織科学 Vol. 45 No. 2

図 3 標準化と付加価値分布の変化

全体アーキテクチャとオープン/クローズド領域 付加価値分布曲線の変化

産業A

産業B

産業C

標準化前

標準化後

低い 高い標準化レイヤーでは新規参入によって競争激化し付加価値が低下

特定企業に保持される情報

全企業にアクセス可能な情報

…標準化対象外の設計要素…標準化対象外の結合関係

…標準化対象の設計要素…標準化対象の結合関係

α

β

β上位レイヤー(クローズド領域)

標準化レイヤー(オープン領域)

下位レイヤー(クローズド領域)

ステムである.ビジネス・エコシステムとは「複

雑な製品をエンドユーザーに提供するために,直

接財や補完財を柔軟な企業ネットワークを通じて

取引する企業や,その取引ネットワークを支える

公的組織(標準化団体,規制官庁や司法省等)の

集合体」のことである(Baldwin, 2011).直接財

だけでなく補完財を視野に入れ,取引ネットワー

クを支える主体(すなわち標準化組織)を分析対

象に取り入れている点が重要である.

2000 年以降の一連のビジネス・エコシステム

の研究は,頻繁な産業標準の形成が取引ネットワ

ークに与える影響を,産業進化の観点から捉えた

ものである(Gawer and Cusumano, 2002;Iansiti

and Levine, 2004).「ロードマップ」や「キース

トーン」などは,従来的な標準規格(たとえば安

全規格)とは異なるため産業標準とは認識されづ

らいが,コンセンサス標準の典型的な形態であ

る.

ビジネス・エコシステムが従来のバリュー・チ

ェーン・モデルと大きく異なることを示したもの

が図 4 である.⒜⒝ともに自社 Xを中心とした

取引ネットワークを描いているが,⒜はバリュ

ー・チェーン・モデルであり,⒝はビジネス・エ

コシステムである.バリュー・チェーン・モデル

は,Porter(1980)によって導入された古典的モ

デルである.

注意して見比べれば,⒜と⒝は,全く同じ取引

ネットワークを持っているが,⒝だけがネットワ

ーク外部性を持っている.もともと⒜のような産

業構造であった製品分野で,何らかの標準化が行

われてネットワーク外部性が発生すると,⒝のよ

うな産業構造になる.このとき,⒝のビジネス・

エコシステムには,バリュー・チェーン・モデル

には見られなかった,「補完財企業」や「プラッ

トフォーム企業」が出現していることに留意が必

要である.

⒝で出現した 2つの補完財企業 C1,C2とは,

自社 Xは取引関係がない.しかし,この 2 社が

成長するのか否かによって,Xが財を提供する 2

つのシステム・ユーザー S1,S2が成長するのか

否かが決まってしまう.だから,企業 Xは補完

財企業 C1,C2の動向を無視するわけにはいかな

い.場合によっては,何らかの支援すら必要にな

る.

さらに⒝で出現したプラットフォーム企業 P

の存在は,自社 Xにとって悩ましい存在である.

企業 P が成長すれば,補完財企業 C2に対して大

量にプラットフォーム部品を提供してくれるはず

である.このこと自体は補完財企業 C2の成長を

促すので喜ばしいことであるが,Pが巨大化すれ

ば影響力が増大し,自社 Xに対しても影響力を

行使してくるはずである.そうすれば,自社 X

の付加価値が Pに収奪されてしまうかもしれな

い.

このような変化はネットワーク外部性に起因し

たものであるので,ユーザー数の拡大(すなわち

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 67

図 4 バリュー・チェーン・モデルとビジネス・エコシステムの違い

…自社

…川上企業

…川下企業

…補完財企業

…プラットフォーム企業

取引の流れ

ネットワーク外部性

…システムユーザー

C1

S2

⒜ バリュー・チェーン・モデル ⒝ ビジネス・エコシステム

S1

C2

U

XX

D

D

U

X

U

D

C

P

S

P

U

時間経過)とともに顕著になる.⒝において,初

期には自社 Xの競争優位は大きいかもしれない

が,時間経過に従って,その競争優位は揺らいで

いくだろう.かわりに,ネットワーク外部性を味

方につけた補完財企業 C1や C2,さらにこの取引

ネットワークでもっともネットワーク外部性を味

方につけているプラットフォーム企業 P が競争

優位を獲得していくだろう.このように,ビジネ

ス・エコシステムでは,ネットワーク外部性に起

因した競争力の変化があるために,ユーザー数増

加に従って,ダイナミックな競争戦略が必要とさ

れる.

2.取引パターンの 3分類:補完財企業とプラ

ットフォーム企業

「補完財企業」や「プラットフォーム企業」と

いった企業の性質を明らかにするために,3者間

の取引パターンを分類したものが図 5 である.

バリュー・チェーン・モデルでは,図 5の⒜に

示すバリュー・チェーン型の取引パターンが主流

である.自社・川上企業・川下企業が,基本構成

要素である.このモデルでは,自社 Xの競争戦

略は,川上企業 Uの影響力を減らし,川下企業

Dへの交渉力を増やすことである.

これに対して,ビジネス・エコシステムでは,

産業標準に由来するネットワーク外部性が存在す

るため,バリュー・チェーン型以外の取引パター

ンが頻繁に発生する.⒝補完財合流(comple-

mentor collider)と⒞プラットフォーム分岐

(platform fork)は,新しい取引パターンである.

これらの取引パターンでは,「補完財企業」と

「プラットフォーム企業」という特殊な役割を持

った企業が重要な働きをする.

補完財企業:⒝補完財合流型の取引パターン

は,自社 Xの提供する財に対して企業 Cが提供

する財が補完的な関係をもつケースである.企業

Cは,自社 Xと取引関係にないので,バリュー・

チェーン的な意味での川上・川下企業ではない.

しかし,企業 C の提供する財が増加すれば,自

社 Xの財の需要も増加するのであるから,両者

の間には明らかに関係がある.DVDプレイヤー

企業と DVD ソフト企業の関係がこの関係であ

る.このような取引パターンの時,企業 C を補

完財企業(complementor)とよぶ.

補完財企業についての重要な貢献は,Nalebuff

and Brandenburger(1996)による補完財企業の

競争戦略上の役割の研究である.バリュー・チェ

ーン・モデルでは,他社の影響力を減らすことに

よってのみ,自社の付加価値を増加させることが

できると考えていた.しかし,Nalebuff らは,

68 組織科学 Vol. 45 No. 2

図 5 三者間の取引関係のパターン

川下企業川上企業 自社

自社 補完財企業

自社 補完財企業

システムユーザー

プラットフォーム企業

取引の流れ

ネットワーク外部性

⒜ バリューチェーン

⒝ 補完財合流

⒞ プラットフォーム分岐

P

CX

CX

S

DU X

ネットワーク外部性が存在する場合,他社と競合

するだけでなく,協力した方が自社の利益を増加

させることがあることを指摘した.補完財企業の

存在は,古典的なバリュー・チェーン・モデルを

打ち壊す,大きな発見であった.

プラットフォーム企業:⒞プラットフォーム分

岐型の取引パターンでは,企業 P は自社 X・企

業 Cと取引があり,かつ,自社 Xと企業 Cの間

にネットワーク外部性がある.このような取引パ

ターンの時,企業 Pのことをプラットフォーム

企業と呼ぶ.

自社 Xと企業 Pの間に取引があるので川上・

川下企業の関係のように見えるが,単なる川上・

川下企業ではない.企業 P は企業 C に対する取

引量が増えれば,その増加に応じたネットワーク

外部性の恩恵を Xへの取引増加という形で受け

ることができる.逆に,企業 Xに対する取引量

が増えたとしても,その増加に応じたネットワー

ク外部性の恩恵を Cへの取引増加という形で受

け取ることができる.つまりプラットフォーム企

業は,ネットワーク外部性の恩恵を最大限に受け

取ることができるわけである.

プラットフォーム企業は,2000 年以降,ビジ

ネス・エコシステムの進化を主導する存在とし

て,盛んに研究が進められている.Gawer and

Cusumano(2002)は,プラットフォーム企業の

実態を明らかにした先駆的な研究である.彼ら

は,ビジネス・エコシステム形成で基盤となる製

品を提供している企業(たとえばインテルやシス

コ等)が,どのような企業戦略を持っているのか

をフィールド調査した.その結果,プラットフォ

ーム企業は,①産業標準化に対して積極的な姿勢

を持っていること,②補完財企業の成長を支援し

ていること,③ビジネス・エコシステムの中にお

ける自社のポジショニングを常に考えていること

④①〜③に対して戦略的・組織的な対応をとって

いること,が明らかになった.

3.プラットフォーム企業の価格戦略:two-

sided marketの利用

プラットフォーム企業の戦略研究について,画

期的なブレーク・スルーを行ったのが,Rochet

and Tirole(2003)による two-sided market(二

面市場)の研究である.彼らは,図 5の⒞の取引

パターンをモデル化し,「Xと C(Cは Xの補完

財)の両方と取引を行う企業 Pをプラットフォ

ーム企業である」と明確に定義した.つまり,プ

ラットフォーム市場とは,ネットワーク外部性で

連結された 2つの市場に面する市場(two-sided

market)である,と定式化したのである.

この定式化によってプラットフォーム企業の戦

略の研究が飛躍的に進んだ(Evans, Hagiu and

Shumalensee, 2006;Parker and Van Alstyne,

2005;Eisenmann, Parker and Van Alystyne,

2006;Hagiu and Yoffie, 2006).これらの理論研

究により,プラットフォーム企業が独特の価格戦

略を持っていることが明らかになった.

典型的なプラットフォーム企業は図 6のように

2つの市場と取引を行っている.市場 Aは市場B

よりも,価格弾力性もしくは潜在的ユーザー数が

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 69

図 6 二面市場(two-sided market)とプラットフォーム企業

収益を得る市場 ・価格弾力性小 ・潜在ユーザー数小

プラットフォーム企業

市場B(subsidy market)

市場A(money market)

産業標準等によるネットワーク外部性

普及を促す市場 ・価格弾力性大 ・潜在ユーザー数大

大きい.このような 2つの異質な市場に面してい

るとき,市場 A にディスカウント価格で製品を

提供してユーザーの拡大をはかり,市場Bには,

(市場 Aのユーザー増加に相当する)プレミアム

価格で製品を販売することがプラットフォーム企

業の合理的な価格戦略である.

two-sided marketの理論では,プラットフォー

ム企業が「一方の市場にはディスカウント価格」,

「他方の市場にはプレミアム価格」というような

価格戦略をとった場合,単なる余剰の取り合い

(付加価値の奪い合い)を越えて,需・

要・

創・

造・

が・

ダ・

イ・

ナ・

ミ・

ッ・

ク・

に・

行・

わ・

れ・

る・

点・

が強調されている

(Rochet and Tirole, 2004).たとえば,電子書籍

ソフトのアドビ社が,読者ユーザーには無料で閲

覧ソフトを配布してユーザー数拡大を図り,出版

者に対しては高額な電子書籍作成ソフトを販売し

ているのは,この典型的事例である.

4.プラットフォーム企業の戦略的標準化:オ

ープン領域とクローズド領域

two-sided marketで展開された議論は価格戦略

であり,「2 つの市場に面している」ことは,所

与の条件であった.ところが,同様の問題を,全

く異なる側面から接近したものが,一連の戦略的

標準化(strategic standardization)の研究であ

る(Tatsumoto, Ogawa and Fujimoto, 2009;小

川,2009;立 本・小 川・新 宅,2011;渡 部,

2011).彼らの研究は,「2つの市場」を所与の条

件とは考えず,「2つの市場を創出する」こと自

体が戦略であると考え,そのため戦略手段として

標準化の戦略的活用を主張している点に独自の貢

献がある.

彼らがモデル化した戦略的標準化を図示したも

のが図 7である.この戦略的標準化では「オープ

ン領域とクローズド領域」および「先進国企業と

新興国企業」の 2つが戦略的要素となる.前述の

コンセンサス標準化の議論で見たように,コンソ

ーシアムによる標準化を戦略的に活用した場合,

1 つのシステムがオープン領域とクローズド領域

に二分される.オープン領域とクローズド領域の

濃淡をはっきりとつけることが,戦略的標準化の

第一段階となる.

70 組織科学 Vol. 45 No. 2

図 7 戦略的標準化:オープン領域とクローズド領域

時間

標準化によるシステムの二分化

技術伝播スピード

クローズド領域

オープン領域

遅い技術伝播速度

既存企業・先進国企業に成長機会

先進国企業と新興国企業の分業による急速なグローバル市場拡大

市場規模(t+1)市場規模(t)

市場規模(t+1)

市場規模(t)

新規企業・新興国企業に成長機会

早い技術伝播速度

オープン領域の拡大がクローズド領域の需要を創造

戦略的標準化の第二段階では,オープン領域に

新規参入者を呼び込み,自らはその新規参入者を

手助けするようなプラットフォームを提供する事

業へとビジネス・モデルを変化させる.このよう

なビジネスモデルの変化は,自らの組織体制の変

更を伴うため,強いリーダーシップと戦略性が必

要となる.

オープン領域の参入者には,新規企業や新興国

企業が多く含まれる.オープン領域は,技術情報

が公開されているため,技術蓄積が重要な競争要

因で無くなる.ここで重要な成功要因は,柔軟な

投資戦略による生産規模拡大や,ロー・コスト・

オペレーションが競争要因であり,これらに秀で

る新規企業や新興国企業が活躍することになる.

戦略的標準化の第三段階では,新規企業や新興

国産業はプラットフォームを受容しながら,短期

間の間に大規模投資をし,生産規模を拡大しなが

ら成長機会を享受する.そして,先進国産業は新

興国産業にプラットフォームを大量に提供する事

によって経済成長を達成している.プラットフォ

ーム化を契機に先進国産業と新興国産業の間で,

国際分業が成立することによって,需要創造が行

われ,経済成長が実現する.プラットフォームに

よってシステムが二分され,先進国企業と新興国

企業の協業が可能となり,さらに新規参入によっ

てコスト競争や投資が行われ需要が創造されるこ

とを「プラットフォームの分離効果(separation

effect of platform)」と呼び,グローバル市場へ

の影響が注目されている(Tatsumoto, Ogawa

and Fujimoto, 2009).

5.新しい企業共同とグローバル・ビジネス・

エコシステムへの影響

現在,グローバルなビジネス・エコシステムで

は,いたるところでプラットフォームの分離効果

による需要創造が行われれている.プラットフォ

ーム企業による戦略的標準化,特にコンセンサス

標準の戦略的な利用は,グローバルなビジネス・

エコシステムの形成に強く影響している.パソコ

ンのビジネス・エコシステムは,アメリカから発

生したが,短期間の内に台湾のODM産業や韓国

の半導体産業も巻き込み,巨大なものとなった

(今井・川上,2006).欧州発の GSM方式携帯電

話は,当初は欧州企業中心のビジネス・エコシス

テムであったが,短期間の内に中国のローカル企

業を巻き込み,今では世界の携帯電話の過半数が

中国で生産されている(丸川・安本,2010).

頻繁な産業標準の形成がグローバルなビジネ

ス・エコシステムを繁茂させる状況を反映して,

安室(2009)は「多国籍企業の海外直接投資を国

際的な産業移転の源泉とみる内部化理論は,国際

経営の古典であるけれども,その有効性が狭まっ

てきているのではないか」と指摘している.この

ような新しいイノベーション環境の出現に対し

て,多くの企業が国際的な競争力構築に向けて新

たな対応を迫られている.

Ⅴ.まとめ

本研究では,オープン・イノベーションの特徴

を,欧米のイノベーション制度の変更の視点から

追った.そこでは,企業共同を促すようなイノベ

ーション環境の変化によって,頻繁に産業標準が

形成されるようになったことを明らかにした.冒

頭の問いである「オープン・イノベーションが従

来的なネットワーク志向のイノベーションと異な

る点」とは,産業標準による多数企業の共同と,

その戦略的活用であるといえる.

オープン・イノベーションの定義は,1社で行

う純粋なリニア・イノベーションを否定している

だけであるので,様々なオープン・イノベーショ

ンの形態が存在する(真鍋・安本,2011).その

中でも,本研究で明らかにしたように,コンソー

シアムなどの多数企業の共同と産業標準の頻繁な

形成が,オープン・イノベーションの本質的特徴

であり,そこから生まれたプラットフォーム・ビ

ジネスは強力に産業進化に影響を及ぼしている.

さて,このような理解に立った時に,残された

研究課題はいくつも存在する.いくつか例示して

みると,

・オープン・イノベーションでは,共同研究コ

ンソーシアムが頻繁に研究開発に利用され

オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について 71

る.中央研究所制が時代遅れだと批判するの

は簡単だが,それでは中央研究所はいらない

のであろうか.望ましい研究開発体制とはど

のようなものだろうか.

・オープン・イノベーション時代には,事業部

の体制にも変化が必要なのではないだろう

か.事業部間の境界の調整は,もっと柔軟で

ダイナミックでないといけないのではないだ

ろうか.

・オープン・イノベーション時代の競争戦略と

は,どのようなものなのだろうか.ネットワ

ーク外部性を最大限利用するために,戦略的

標準化をどのようにすればいいのだろうか.

知的財産は,どのような役割を持つのだろう

か.

・オープン・イノベーションの時代には,グロ

ーバル戦略は,どのように行われるべきなの

であろうか.先進国企業と新興国企業との関

係はどのようになるのだろうか.

・オープン・イノベーションの時代の国家特殊

的優位(立地優位性)とは何であろうか.立

地近接性を重視するダイヤモンド・モデルや

クラスター政策は,依然,有効なのだろう

か.

・「人工物の複雑化」や「企業競争の国際化」

の処方箋として,オープン・イノベーション

は唯一のものなのだろうか.もしくは,オー

プン・イノベーションには数多くのバリエー

ションがあるのだろうか.

これらのリサーチ・クエスチョンは,学術研究

者のみならず,実務家にも魅力的なはずである.

新しい企業共同の形態の研究は始まったばかりで

あり,未だ研究蓄積はすくない.今後の調査研究

が期待されている.

謝辞

本研究は,平成 22 年度科学研究費補助金(若手研究

(A))「大規模イノベーションにおける国際競争力構築メ

カニズム」(課題番号 22683007)の成果の一部を利用して

いる.

1) 2 社で構成されるコンソーシアム(175 件)の内,

Bellcore 社(7 社のジョイントベンチャー)が 87 件を占

めているという特殊事情を考慮した件数である.

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