タウンウォッチの効果 ~海外研修生を対象とした実地演習の ... ·...

4
土木技術資料 58-12(2016) 28 タウンウォッチの効果 ~海外研修生を対象とした実地演習の取組み~ 徳永良雄・栗林大輔 1.はじめに 1 タウンウォッチングは、あるテーマ設定のも とグループで街歩きを行い、構成員の観察結果 を元に討議を行ない、そのテーマの学習や地域 の新たな取組みに役立てるための活動である。 土木研究所水災害・リスクマネジメント国際 センター(ICHARM)では、2005 年以降、外国 人研修生を対象に洪水災害に関するタウンウ ォッチングの手法を用いた演習を実施してい る(表-1)。 本稿では、この防災タウンウォッチング演習 について概説するとともに、 2016 年の演習で得 られた成果紹介と今後の展開について記す。 2.演習の概要 2.1 演習の効果と工夫点 海外研修生は、各国の防災、河川管理、水文・気象 業務に携る政府職員であり、防災タウンウォッチング 演習のねらいは、(1)タウンウォッチングの手法を各 国において普及すること、(2)日本の地域防災の状況 及び地方公共団体の防災政策を観察すること、のふた つを兼ねている。 防災タウンウォッチングは本来、災害に脆弱な地域 住民や児童を対象として行なわれる活動であり、日本 国内で多くの実績がある。また、実施方法、報告に関 する文献も多く、次のような効果があることがわかっ ている。 少ない経費で実施できる 短い期間で実施できる 新たな気づきがある 気づきの点などをマップ上に表し、グループ間 で議論することで多くの情報共有ができる 防災上の課題を抽出できる 関係者の危機意識が向上する メンバー間の連帯意識が向上する ───────────────────── Town Watching: Effective Training to Learn Disaster Management 以上について、海外研修生を対象とした演習にもあ てはまる。さらに、本演習は、住民などを対象とする 場合と異なり、その土地を全く知らない海外研修員の ため、次の工夫を行なっている。 実施場所:実施場所の選定については、過去に 洪水被害が発生し、現在も洪水被害が想定され る市町村が対象。最近では、準備活動と研修生 の居住する地域の様子を学習させる観点から、 つくば市近郊を対象としている。 事前説明:演習の前に、ICHARM 研究員若し くは市町村職員から対象地区の過去の災害や、 地理・防災対策などについて、出来るだけ多く の関連資料を提供し、1 時間以上かけて説明を 行う。 対象エリア:実際に探索するエリアは、2 時間 程度でゆっくり歩ける範囲とする。探索は、エ リア内を自由に探索する場合と、探索ルートを 予め設定する場合があり、適宜、選択する。エ リア設定に当たり、探索時に学校などの指定避 難場所、避難時に問題となる箇所を含むことと する。 -1 防災タウンウォッチング演習一覧 実施日 研修名 人数 場所 200528洪水ハザードマップ作成 16 埼玉県久喜市 20051124同上 16 三重県伊勢市 2006112日、17同上 16 三重県伊勢市、 茨城県常総市 2007111日、15同上 20 埼玉県久喜市、 三重県伊勢市 20081030日、1113同上 10 同上 20091112日、18ハザードマップを活用した地 域防災計画 10 同上 2011131日、21同上 12 埼玉県久喜市 2013725日~30統合洪水解析システムを活用 した洪水対応能力向上 16 茨城県筑西市 2014728日、29同上 20 茨城県常総市 2015728日、29同上 20 同上 2016613日、14水災害の低減に向けた対策 17 茨城県土浦市 2016726日、27統合洪水解析システムを活用 した洪水対応能力向上 18 同上

Upload: others

Post on 20-May-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

土木技術資料 58-12(2016)

- 28 -

タウンウォッチの効果 ~海外研修生を対象とした実地演習の取組み~

徳永良雄・栗林大輔

1.はじめに 1

タウンウォッチングは、あるテーマ設定のも

とグループで街歩きを行い、構成員の観察結果

を元に討議を行ない、そのテーマの学習や地域

の新たな取組みに役立てるための活動である。 土木研究所水災害・リスクマネジメント国際

センター(ICHARM)では、2005 年以降、外国

人研修生を対象に洪水災害に関するタウンウ

ォッチングの手法を用いた演習を実施してい

る(表-1)。 本稿では、この防災タウンウォッチング演習

について概説するとともに、2016 年の演習で得

られた成果紹介と今後の展開について記す。

2.演習の概要

2.1 演習の効果と工夫点 海外研修生は、各国の防災、河川管理、水文・気象

業務に携る政府職員であり、防災タウンウォッチング

演習のねらいは、(1)タウンウォッチングの手法を各

国において普及すること、(2)日本の地域防災の状況

及び地方公共団体の防災政策を観察すること、のふた

つを兼ねている。 防災タウンウォッチングは本来、災害に脆弱な地域

住民や児童を対象として行なわれる活動であり、日本

国内で多くの実績がある。また、実施方法、報告に関

する文献も多く、次のような効果があることがわかっ

ている。 少ない経費で実施できる 短い期間で実施できる 新たな気づきがある 気づきの点などをマップ上に表し、グループ間

で議論することで多くの情報共有ができる 防災上の課題を抽出できる 関係者の危機意識が向上する

メンバー間の連帯意識が向上する

────────────────────── Town Watching: Effective Training to Learn Disaster Management

以上について、海外研修生を対象とした演習にもあ

てはまる。さらに、本演習は、住民などを対象とする

場合と異なり、その土地を全く知らない海外研修員の

ため、次の工夫を行なっている。 実施場所:実施場所の選定については、過去に

洪水被害が発生し、現在も洪水被害が想定され

る市町村が対象。最近では、準備活動と研修生

の居住する地域の様子を学習させる観点から、

つくば市近郊を対象としている。

事前説明:演習の前に、ICHARM 研究員若し

くは市町村職員から対象地区の過去の災害や、

地理・防災対策などについて、出来るだけ多く

の関連資料を提供し、1 時間以上かけて説明を

行う。

対象エリア:実際に探索するエリアは、2 時間

程度でゆっくり歩ける範囲とする。探索は、エ

リア内を自由に探索する場合と、探索ルートを

予め設定する場合があり、適宜、選択する。エ

リア設定に当たり、探索時に学校などの指定避

難場所、避難時に問題となる箇所を含むことと

する。

表-1 防災タウンウォッチング演習一覧

実施日 研修名 人数 場所

2005年2月8日 洪水ハザードマップ作成 16 埼玉県久喜市

2005年11月24日 同上 16 三重県伊勢市

2006年11月2日、17日 同上 16三重県伊勢市、茨城県常総市

2007年11月1日、15日 同上 20埼玉県久喜市、三重県伊勢市

2008年10月30日、11月13日 同上 10 同上

2009年11月12日、18日ハザードマップを活用した地域防災計画

10 同上

2011年1月31日、2月1日 同上 12 埼玉県久喜市

2013年7月25日~30日統合洪水解析システムを活用した洪水対応能力向上

16 茨城県筑西市

2014年7月28日、29日 同上 20 茨城県常総市

2015年7月28日、29日 同上 20 同上

2016年6月13日、14日 水災害の低減に向けた対策 17 茨城県土浦市

2016年7月26日、27日統合洪水解析システムを活用した洪水対応能力向上

18 同上

土木技術資料 58-12(2016)

- 29 -

演習を充実させる工夫:グループの中で、リー

ダ、カメラマン等全員に役割を与える。また、

事前に討議の議論のポイントを設定し、研修生

は探索時の観察の参考とする。

以上から、表-2 の実施要領(案)を作成した。

3.2016 年度の実施状況

3.1 実施場所と参加者の出身国 本年は、土浦市において 2 回、防災タウンウォッチ

ングを実施した。土浦市は、古く江戸時代から城下町

として栄えた場所であるが、一級河川桜川に接してい

るため、洪水が発生する箇所でもある。かつて、桜川

の決壊により土浦市で6名の死者と6,000戸を超える

浸水被害があったと、記録が残っている。 探索の対象エリアは図-1 のハザードマップ内に示

される市役所を含む中心市街地である。このエリアは

戸建て住宅が多数あり、100 年に 1 回規模の洪水が発

生すると 2~5m が浸水する地域が約半分を占める。 浸水範囲が広範で洪水時の避難場所は離れるため、

代わりに、エリア内に地震時の避難場所を含むことと

した。

図-1 2016 年 演習実施エリア

表-2 防災タウンウォッチング演習 実施要領(案)

防災タウンウォッチング演習 実施要領(案)

1.ねらい防災タウンウォッチング演習(TW)は、関係者(専門家、市町村

関係者など)と一緒に、対象地域を探索し、災害管理上の重要箇所をチェックする実施演習。併せて、観察上のポイントを定めておく。TWの後、グループで結果を話し合い、地図上に独自の「防災マップ」を作成する。また、グループ毎にプレゼンテーションを行い、参加者全員で共有する。

2.手順2.1.準備

TW用エリアマップ、現在の市周辺地図、TWのための対象地域地図、古地図、現在の航空写真、地形分類図、洪水災害マップの収集、事前説明資料を準備する。

2.2.グループ分け参加者を数グループに分け次の担当を決めるリーダー(1名):グループのとりまとめ、記録係(1~2名):地

図にメモを取る、カメラ(1~2名):写真を撮る、安全係(1~2名):周囲に気をつける、進行役(1~3名):2日目話し合いの進行役

2.3.TWの実施対象地域白地図、クリップボード、ポストイットを携行する。安

全ベストをつける。探索中、防災の観点から改良すべき点や問題点があったら、ポストイットにメモして白地図に貼る。写真撮影は、防災に関することに限る(危険箇所、重要箇所など)。日本人スタッフが各グループに随行し、日本語の表示など分からない場合は説明する。

2.4.防災マップの作成対象地域白地図、マーカーペン、色鉛筆、ポストイットを準備し

て、地図に次の情報を描く。川、水路(青色鉛筆)、国道や他の大きな道路(赤色鉛筆)、公園、運動場など広域地(緑鉛筆)、たどった道(黒線)、地域公共施設、避難場所、災害管理事務所など指定避難場所(青丸)、洪水から安全な3階建以上の公共施設(建物を紫色でなぞる)、小規模用水路・ブロック塀・自動販売機など避難時に危険と思われる建物や物体(太い赤点線)、各グループは、ポストイットにコメントを書いて空地図の端に貼る、写真を撮った場所に番号をふる。プレゼンの際には、地図に番号をふった箇所の写真を写す。

2.5.グループディスカッションと資料作成パソコン、発表用のPPTフォーマットを準備して、次のポイントを

グループディスカッションして、PPTフォーマットにまとめる。【ディスカッションポイント】① TWのメリットをできるだけ書き出す② TWのデメリットをできるだけ書き出す③ それぞれの国でTWを実施する場合、住民の防災意識はどのように

変わるのか④ 防災上の重要な情報に何があるのか⑤ 災害弱者の避難方法について⑥ 緊急時の災害伝達情報について

2.6.グループ発表と討議グループ毎に作成した防災マップとPPTスライドを用いて、探索経

路の紹介と発見した危険箇所・重要箇所などの場所の説明を行う。発表及び質疑応答を15分から30分で行う。最後に、日本人スタッフがモデレーターとなり総括のための全体討議を行う。

土木技術資料 58-12(2016)

- 30 -

研修対象者は 17 ヶ国 35 名で、その

内訳は表-3 のとおりである。 3.2 実施 2 回の実施は、ともに海外研修員を

4 つのグループに分けた。グループ分

けにあたっては、異なる国の構成とし、

各グループ 1 名の ICHARM 職員が随

行して、探索中の支援を行った。 当日のスケジュールについて、1 日目

午前から午後にかけて、ICHARM 職

員及び土浦市の防災担当職員から演

習の進め方、市の概要、防災行政に関するブリーフィ

ングを行い、その後 2 時間前後の防災タウンウォッチ

ングを実施した。1 回目の演習では、雨天となり、対

象エリア内の避難や防災に関する主要地点3箇所を

バスで移動し、それぞれの地点周辺のみを探索した。 2 日目は、午前中、4 グループに別れ、探索結果の

とりまとめ及びグループ討議を行ない防災マップ及

びプレゼン資料の作成を行なった。午後には海外研修

生、ICHARM 職員、土浦市の防災担当職員が参加し

てグループ発表、全体討議が行なわれた。 全体の様子を写真-1~9 に示す。 3.3 実施の成果と研修員へのアンケート グループ発表及び全体討議では、各自の観察した

防災施設・設備(堤防,樋門,水門ゲート,陸閘,排

水ポンプ,排水溝,水位標尺,防災スピーカー,防

表-3 2016 年 外国人研修員一覧

写真-2 土浦市の防災について説明

写真-4 避難上問題となる箇所 写真-5 樋門(左)、水位観測標尺(右) 写真-6 防災施設・設備

写真-7 防災マップの作成 写真-8 グループ発表 写真-9 全体討議

写真-1 地域の概要事前説明

単位:人

ボスニア・ヘルツェゴビナ

ブータン

ブラジル

チリ

ジョージア

インド

ケニア

マレーシア

モロッコ

ミャンマー

ナイジェリア

フィリピン

サモア

スリランカ

マケドニア・旧ユーゴ

トルコ

ベトナム

合計

水災害の軽減に向けた対策コース2016年6月13,14日

2 1 1 1 1 1 2 2 1 1 1 1 2 17

統合洪水解析システム(IFAS)を活用した洪水対応能力向上コース2016年7月26,27日

1 2 1 4 2 2 4 2 18

写真-3 グループ毎に探索

土木技術資料 58-12(2016)

- 31 -

災倉庫,水防資機材倉庫,緊急時貯水

槽・井戸,消防団詰め所,消火栓,防

火水そう,一時避難場所,広域避難場

所など)の機能、避難上の問題、タウ

ンウォッチングの効果などについて、

多くの意見が述べられた。 1 回目の演習では、研修生に対して

詳細なアンケートを実施した。各国に

おいて防災タウンウォッチングが地

域防災力向上に効果があるかどうか

の問いに、あるは 16 名、ないは 1 名

であった。また、研修員自身がタウン

ウォッチングを実施してみたいかと

の問いには、実施したいが 12 名、実

施したくないが 5 名であった。また、

タウンウォッチの利点について 9 つ

の選択肢を出して 3 つを選んでもら

った結果について図-2 に示す。

4.考察

第一に、本演習は、ICHARM において長年の実績

があるものの、筆者にとっては本年が初めて実施で

あり、責任者として、演習の企画者(プランナー)

と進行役(ファシリテーター)そして、各グループ

の日本人随行職員の役割の明確化とある程度の経験

が、内容の充実に不可欠と感じた。 第二に研修生の中には、自国でハザードマップの

作成、活用に関わる者も多くいる。ICHARM では統 合洪水解析や降雨流出氾濫モデルの演習を行ってお

り、これらの演習との連携が有効である。 第三に、アンケートの中で地図についての設問を

設けたところ、多くの研修員から自国の中央政府、

地方政府、そしてコミュニティーに対して、地図の

学習が有効であるとの回答があった。表-4 のアンケ

ート結果が示すように各国の地図教育の遅れが背景

にあり、この対応が求められる。

5.おわりに

本稿では、防災タウンウォッチング演習について

概説するとともに、2016 年の演習で得られた成果の

紹介と今後の展開につながる考察を行った。 最後に、本年の 2 回の演習実施にあたり土浦市総

務部総務課危機管理室の皆様に大変なご支援いただ

いた。この場を借りて感謝申し上げます。

徳永良雄

栗林大輔

土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター水災害研究グループ 上席研究員 Yoshio TOKUNAGA

土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター水災害研究グループ 主任研究員 Daisuke KURIBAYASHI

図-2 防災タウンウォッチングの利点(3 つまで複数回答)

表-4 地図学習時期