アイデンティティ地位との関係...研究論文子ども社会研究12号ノo"r"α/q/...

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研究論文子ども社会研究12号ノo"r"α/Q/℃h"dSr"dy,1/b.J2,J""2,2006:57-69 子どもの社会性を育むことへの保育者効力感と アイデンティティ地位との関係 西山修 1.問題の所在 本研究の目的は、子どもの社会性の育ちに関する保育者効力感と保育者のアイデンティテ ィとの関係を明らかにし、保育者の実践・指導と自我形成との関連を実証的に示すことであ る。そして、子どもの人とかかわる力を育む上で必要な、保育者の社会的役割と資質を考え るための一資料を提出するものである。 近年、子どもを取りまく環境が激変し、子どもたちの人間関係が希薄化している。少子化、 核家族化といった家族形態の変化、遊び仲間・遊び空間.遊び時間の喪失、自然環境や地域 生活の変化、テレビゲーム等の仮想現実世界の拡大等、子どもを巡る環境的、社会的変化を 表すフレーズには枚挙に暹がない。これらは直接間接に、人間が人間として生きていくため に必要な、人間関係の基本的経験を子どもたちから奪っている。 小学生を対象に、人とのかかわりの育ちを調査した最近の研究(朝日新聞社1999)によ ると、「友だちとかかわるのはわずらわしい」と考え、「一人でいると一番気持ちが安定する」 という子どもが年々増加しているという(')。かつて「ギヤングエイジ」と呼ばれ、徒党を組 んで地域を闇歩する子どもたちの姿はもうない。物質的な豊かさとは反対に、本来子ども社 会を力強く形づくるはずの人的要因の貧困さと弱さは際立つばかりである。 このように人とかかわる力を家庭や地域の中で自然に学び取ることが難しくなった現在、 幼児期の子どもに最も身近な専門職である保育者(幼稚園教諭及び保育士)の役割は大きい 保育者は、「意味のある他者(signilicantotherS)」として子どもの傍らにおり、意図的無意図 的に社会性を育み、子どもと社会を結び付ける。相次ぐ少年事件、社会的引きこもりなど人 間関係の衰弱や自己の脆弱さを根底にもつ諸問題の解決のためにも、幼児期から確かな社会 性の核を育てることと、そのための保育者の役割や資質を明らかにすることは緊急且つ重要 な課題である。 子どもの人とかかわる力の育成に関する保育者の自己評価尺度に、保育内容「人間関係」 に関する保育者効力感尺度(西山2005;以下、「人間関係」保育者効力感尺度と略す)があ る。この尺度は、「子どもの社会性(人とかかわる力)の育ちに望ましい変化を与えること ができる」という保育者の信念を測定・評価し、保育の質の維持・向上に役立てるための尺 (にしやま・おさむ岡山県立大学短期大学部) 只フ ニノ『

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Page 1: アイデンティティ地位との関係...研究論文子ども社会研究12号ノo"r"α/Q/ h"dSr"dy,1/b.J2,J""2,2006:57-69 子どもの社会性を育むことへの保育者効力感と

研究論文子ども社会研究12号ノo"r"α/Q/℃h"dSr"dy,1/b.J2,J""2,2006:57-69

子どもの社会性を育むことへの保育者効力感と

アイデンティティ地位との関係

西山修

1.問題の所在

本研究の目的は、子どもの社会性の育ちに関する保育者効力感と保育者のアイデンティテ

ィとの関係を明らかにし、保育者の実践・指導と自我形成との関連を実証的に示すことであ

る。そして、子どもの人とかかわる力を育む上で必要な、保育者の社会的役割と資質を考え

るための一資料を提出するものである。

近年、子どもを取りまく環境が激変し、子どもたちの人間関係が希薄化している。少子化、

核家族化といった家族形態の変化、遊び仲間・遊び空間.遊び時間の喪失、自然環境や地域

生活の変化、テレビゲーム等の仮想現実世界の拡大等、子どもを巡る環境的、社会的変化を

表すフレーズには枚挙に暹がない。これらは直接間接に、人間が人間として生きていくため

に必要な、人間関係の基本的経験を子どもたちから奪っている。

小学生を対象に、人とのかかわりの育ちを調査した最近の研究(朝日新聞社1999)によ

ると、「友だちとかかわるのはわずらわしい」と考え、「一人でいると一番気持ちが安定する」

という子どもが年々増加しているという(')。かつて「ギヤングエイジ」と呼ばれ、徒党を組

んで地域を闇歩する子どもたちの姿はもうない。物質的な豊かさとは反対に、本来子ども社

会を力強く形づくるはずの人的要因の貧困さと弱さは際立つばかりである。

このように人とかかわる力を家庭や地域の中で自然に学び取ることが難しくなった現在、

幼児期の子どもに最も身近な専門職である保育者(幼稚園教諭及び保育士)の役割は大きい

保育者は、「意味のある他者(signilicantotherS)」として子どもの傍らにおり、意図的無意図

的に社会性を育み、子どもと社会を結び付ける。相次ぐ少年事件、社会的引きこもりなど人

間関係の衰弱や自己の脆弱さを根底にもつ諸問題の解決のためにも、幼児期から確かな社会

性の核を育てることと、そのための保育者の役割や資質を明らかにすることは緊急且つ重要

な課題である。

子どもの人とかかわる力の育成に関する保育者の自己評価尺度に、保育内容「人間関係」

に関する保育者効力感尺度(西山2005;以下、「人間関係」保育者効力感尺度と略す)があ

る。この尺度は、「子どもの社会性(人とかかわる力)の育ちに望ましい変化を与えること

ができる」という保育者の信念を測定・評価し、保育の質の維持・向上に役立てるための尺

(にしやま・おさむ岡山県立大学短期大学部)

只フニノ『

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子ども社会研究12号

度である。

この尺度の最大の特徴は、保育者の認知面に注目し、保育実践の原動力としての「効力

感(efficacy)」に焦点をあてている点である。効力感は、ある行動が自分にうまくできるか

という予期の認知されたものであり(Bandural977)、行動と直接的な関連をもつ。Bandura

(1995)は、社会的歴史的変動の中にあって、様々な領域で人間の機能が発揮されるとき、

そこでは効力の信念が強力な役割を果たすと論じる。これまでの研究から、効力感の強い者

は、何事も活発に行い努力し自分の能力をうまく活かすことができ、逆に効力感の弱い者は、

積極的な行動を避けたり、不十分な活動に終始してしまうことが知られている。

近年、保育の質を問ういくつかのチェックリストや尺度が公表されているが(例えば、保

育士のための自己評価チェックリスト編蟇委員会2004、岩立他1997)、これらは保育環境

や行動を中心としたどちらかと言えば見えやすい物理的な部分を扱うものがほとんどである。

保育者自身の人的な要因は、保育の姿勢や態度として現れ、実践の根底を貫くものであるが、

捉え難く課題も明らかになり難い。そこで本研究では、「人間関係」保育者効力感尺度を援

用し、保育者の人的要因として効力感を捉える。

ところで、保育者養成期あるいは初任期にあたる青年期後期は、アイデンティティ(ego

identity;以下、自我同一性とする)の獲得という心理社会的課題に直面する時期でもある。

Erikson(1959)の漸成的発達理論は、精神分析学に立脚しつつ同時に社会学的なクーリー

の理論、社会心理学的なミードの理論をも視野に入れ、人間の社会化プロセスを総合的に把

握しようとするものである(住田2002)。この中で提示された自我同一性の概念は、以来、

青年期の発達を捉えるキー概念とされてきた。近年この概念は大きな展開をみせ、青年期

のみならず中年期以降をも射程とした生涯発達の観点から重要視されている(岡本2002)。

自我同一性は、「真の自分であること」「正真正銘の自分」「自己の存在証明」などと換言する

ことができる。人間は誕生以来、自我の発達の途上で、親、友人、教師等との対人関係の中

で社会化されながら、自分にとって重要な他者や自分の所属する集団に自分を同一化させる

試みを繰り返し行っている。そして青年期後期になると、それ以前の全ての同一化や自己像

をとらえ直し、新たに社会との関連で選択し統合して、ひとつの独特で首尾一貫した全体と

して作り上げ、自我同一性が形成されていくと考えられる(無藤1979)。

しかしながら自我同一性獲得は決して容易なものではない。Erikson(1959)は、人の生

涯における心理社会的危機(ここでいう危機は葛藤を伴うような自己の発達のための決定的

な契機を指す)の1つとして、「同一性達成対同一性拡散」を挙げる。同一性達成(identity

achievement)とは、過去の自分についての葛藤を伴いながらも統合し、それに基づいて一

定の価値観やイデオロギーを自分の意思で選択し、それに積極的に関与している状態である。

これに対して、同一性拡散(identitydiffusion)とは、「自分は何者か」「何をしたいのか」「ど

こに進めばよいか」等がまったく焦点づけられず、拡散し、混乱した状態を指す。その具体

像としては、対人的距離の失調、職業選択や心理社会的自己定義の回避と麻濾、自意識の過

剰さ、切迫感や時間意識の喪失、否定的同一性の選択などが挙げられる(岡本1999)。

保育者という専門職として多様な人間関係のなかに置かれたとき、安定した個(自我同一

性)を自覚できるか否かは極めて重要である。とりわけ、子どもの人とかかわる力を育む領

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子どもの社会性を育むことへの保育者効力感とアイデンティティ地位との関係:西山

域である保育内容「人間関係」では、保育者自身の力量やその根底を成す自我の成熟度が指

導・援助に大きく影響すると予想される。近年、保育者の専門性とは何か、保育者養成に求

められるものは何かという議論のなかで、保育者の自我同一性の重要性を指摘する声は多い

が(例えば、秋田2001、森上2000)、実証的な研究はほとんどない。一方、職業的同一性

に関する研究は80年代以降急増しているものの(例えば、Bakerl987、Forrest&Mikolaits

1986)、我が国ではこの領域の研究成果は少なく、保育力量と自我同一性形成を取り上げた

研究になると皆無に等しい。

そこで本研究は、保育者の自我成長の指標として同一性地位を取り上げ、「人間関係」保

育者効力感との関係を検討することで、この研究領域の先駆となる知見を提出しようとする

ものである。

2.方法

(1)調査対象及び時期

岡山県及び広島県の幼稚園・保育所一覧からランダムに145園を選び、郵送法による質

問紙調査を実施した。依頼状には3歳以上担当の保育者に記入をお願いしたい旨を記した。

回収率は、園所数ベースで54.5%、79園から回答を得た。その結果、保育者276名(担

当:3歳児69名、4歳児66名、5歳児100名、加配・主任など41名。所属:公立幼67

名、公立保80名、私立幼I7名、私立保112名。性別:男性5名、女性271名。平均年齢

36.02歳、標準偏差10.24.保育経験年数の平均13.85年、標準偏差は上に同じ)から回答

を得た。調査時期は2()04年11月であった。

岡山県及び山梨県の養成校2校でも調査を実施した。大学生313名(学年:l年次生

188名、2年次生125名。性別:男性21名、女性292名。平均年齢19.31歳、標準偏差

1.05)に対して、質問紙を講義時間に配布し集団的に実施した。調査時期は2004年11月

であった。

後述の全ての質問項目に欠損のなかった志望学生及び現職保育者578名をこれ以降の分

析対象とした。

(2)調査内容

①「人間関係」保育者効力感尺度:子どもの人とかかわる力を育むことへの保育者効力感を

測定する尺度である(表l)。本尺度は、尺度構成のあらゆる段階で現職保育者と協働で作

業を進め、内容的妥当性を確保している。また、少ない項目数ながら保育内容「人間関係」

の下位領域を広く網羅するよう工夫されている。具体的には、子どもの社会性に関する次の

6つの下位領域である。すなわち、①保育者との信頼関係、安全・安心感、保護者との連携

等に関わる「人とかかわる基盤をつくる」、②子どもの人間関係の育ちに対する発達的見通

しに関わる「発達的視点で子どもの育ちを捉える」、③きまり、習|貫・態度、集団生活に関

わる「基本的な生活習慣・態度を育てる」、④コミュニケーション、共存、協力、思いやり

等に関わる「子ども同士の関係を育てる」、⑤年上・年下との関係、地域とのかかわり、特

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子ども社会研究12号

別支援教育等に関わる「関係性の広がりを支える」、及び⑥自立心、自主性、自己主張・自

己抑制等に関わる「自己の育ちを支える」である。

これらの下位領域は、子どもの人間関係の育ちを支える重要な側面であり、単独で育まれ

るというより深く関連しながら子どもの人とかかわる力の育ちを構成する。回答は「非常に

そう思う」「かなりそう思う」「ややそう思う」「どちらともいえない」「ややそう思わない」「かな

りそう思わない」「全くそう思わない」の7段階評定(7~1点)で得点化した(反転項目は

この反対で得点化)。

②同一性地位判定尺度:加藤(1983)による同一性地位を同定する尺度である。自我同一

性を個人がどの程度達成しているか類型論的に表すことができる。回答は「まったくそのと

おりだ」「かなりそうだ」「どちらかといえばそうだ」「どちらかといえばそうではない」「そうで

はない」「全然そうではない」の6段階評定(6~1点)で得点化した(反転項目はこの反対

で得点化)。

③保育内容「人間関係」の指導・援助に関するその他の指標として、子どもの人とかかわ

る力を育てることは難しいと思う/やさしいと思う(以下、「困難性の認知」)、子どもの人

とかかわる力を育てることに保育者として関心がある/興味がある(以下、「関心の強さ」)、

子どもの人とかかわる力を育てるために今何かしている/特に何もしていない(以下、「現

在の保育実践」)の6項目を付加した。回答は「非常にあてはまる」を7点、「全くあてはま

らない」を1点として7段階で得点化した(反転項目はこの反対)。以上の6項目は、補足

的に同一性地位との関連を検討するために用いた。

回答は無記名とし、フェイスシートとして保育者用質問紙には「所属」「担当年齢」「性別」

「年齢」「保育経験年数」、志望学生用には「性別」「学年」等の記入を求めた。

表1保育内容「人間関係」に関する保育者効力感尺度(12項目)

No 項目

自発性や主体性を尊重した遊びによる保育を実践できると思う。

友達との関係の中で,’21己主張や自己抑制を学びとっていけるような保育ができると思う

子どもとの愛情のある淵かい人間関係を保育の中で実現できると思う。

子どもの人間関係の育ちについて一人一人の発達課題に即した援助ができると思う。

子どもが様々な人と触れ合いながら人間関係を広げていけるよう援助ができると思う。

園生活の中で,必要な道徳性を身につけるように保育することは難しいと思う。

子どもが安心感をもてるように保育ができると思う。

子どもが自分を好きで,自信がもてるように保育ができると思う。

子どもの人間関係の広がりを考慮したクラス編成や保育形態を実践できると思う。

子どもが共lilのものを大切にし,譲り合って遊べるように指導や援助ができると思う。

子ども同士のコミュニケーション能力を育む保育を実践できると思う。

保育の展開と人間関係の育ちを結び付けてとらえることができると思う。

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

私は,

。.。..。.。.012

123456789111

注)*印は反転項目を示す。

60

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子どもの社会性を育むことへの保育者効力感とアイデンティティ地位との関係:西山

3.結果と考察

(1)同一性地位の分類

同一性地位論はMarcia(1964,1966)によって提唱された研究パラダイムである。これに

基づく加藤(1983)の尺度は、一般的な「現在の自己投入」の水準、「過去の危機」の水準

「将来の自己投入の希求(現在の危機)」の水準という3変数を測定し、その結果から被調査

者を6つの同一性地位に分類するものである。ここで自己投入(commitment)とは、積極

的、主体的な関与あるいは傾倒を指す。分類は4つの典型地位である、①同一性達成地位

(Achievement;以下、A達成):過去に高い水準の危機を経験した上で現在の高い水準の自

己投入を行っている者、②権威受容地位(Foreclosure;以下、F権威受容):過去に低い水準

の危機しか経験せず、現在高い水準の自己投入を行っている者、③積極的モラトリアム地位

(Moratorium;以下、Mモラトリアム):現在は高い水準の自己投入を行っていないが、将来

の自己投入を強く求めている者、④同一性拡散地位(DiffUsion;以下、D拡散):現在低い

水準の自己投入しか行っておらず、将来の自己投入の希求も弱い者、さらに2つの中間地位

である、⑤同一性達成-権威受容中間地位(Achievement-Foreclosure;以下、AF中間)、⑥同

一性拡散一積極的モラトリアム中間地位(DiffUsion-Moratorium;以下、DM中間)を指す。

表2には、同一性地位判定尺度3変数の平均得点と標準偏差を全体、志望学生及び現職保

育者に分けて掲載した。また図lには、同一性地位判定尺度により分類した各地位の人数と

志望学生、現職保育者の内訳を示した。

加藤(1983)のデータと比較してみると、全体では「現在の自己投入」はほぼ同様であ

り、「過去の危機」「将来の自己投入の希求」がやや低い値を示した。志望学生と現職保育者

の平均値の違いを一要因分散分析により検討したところ、「現在の自己投入」では現職保育

者が有意に高く(F(1,576)=9.75,p<.01)、「過去の危機」では志望学生が高かった(F(1,5761=4.80,

p<.01)。「将来の自己投入の希求」は傾向差で志望学生が高かった(F(1,576)=2.85,p<.10)。「現

在の自己投入」の有意差は、自己投入の対象や場を既にもち、日々子どもと向き合っている

現職保育者において、よりコミットメントの感覚が高くなったものと思われる。また「過去

の危機」は、自分にとっての重大な決定や選択における葛藤経験を問うものであるが、女性

の職業意識の変化、進路選択の拡大などを一つの背景として、若年の志望学生において、よ

り葛藤経験が身近に感じられたことが、高い値を示した一因と推察される。

人数の分布については、志望学生において「DM中間」が大多数を占め、逆に「F権威受

表2同一性地位判定尺度3変数の平均得点と標準偏差

現在の自己投入 過去の危機将来の自己投入の希求

全体Ⅳ =578

志望学生〃=312

玩職保育者〃=266

一般学生(加藤1983)

(3.44)

(3.64)

(3」4)

(3.3)

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892、j

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GGQG

jjj

456、〕

5721

2223

11I

432

1762

7677

1111

16.43

16.69

16.12

17.8

515

2405

6667

1111

注)最下欄は加藤(1983)からの引用のため、小数桁数が異なる。 ()内はSD

/可

Cl

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400

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250

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、志望学生”-3”

口現職保育醤"=2“

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子ども社会研究12号

375

200

175

37

35 372 7 2 9

塁弧国図{■Jざり既IAF|AIAFIFIMIDMID

38

図1同一性地位判定尺度による各地位の人数分布

容」が最も少ない。この結果は、加藤(1983)、大矢(1999)らの一般の大学生を対象と

した施行結果とほぼ共通した傾向を示している。これに比べ、現職保育者では、「F権威受容」

がやや多く、「Mモラトリアム」や「D拡散」でやや人数が少ない。ただし、各地位の人数

について、志望学生と現職保育者との分布の差異をX2検定を用いて比較したところ、統計

的には有意な差はなかった(x2=7.62,df=5,n.S.)。従来の研究では、自我同一性獲得は青

年期後期の発達課題とされ、また男性を対象とした研究が圧倒的に多い。今回、幅広い年齢

層を含む現職保育者で、志望学生とほぼ同様の分布を得たことは、自我同一性獲得が生涯発

達の中で検討されるべきものであり、女性が多数を占める保育者においても課題となること

を示したという点で注目に値する。

(2)「人間関係」保育者効力感と同一性地位との関係

「人間関係」保育者効力感尺度全体について、α係数を算出したところ、、923であり、十

分な内的一貫性を示す値を得た。そこで、12項目の合計得点を算出し、個人の「人間関係」

保育者効力感尺度得点とした。

表3には、同一性地位による「人間関係」保育者効力感他の平均値、標準偏差及び分散分

析の結果を示した(表中には、分散分析の結果のうち、第一目的である同一性地位の主効果

62

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子どもの社会性を育むことへの保育者効力感とアイデンティティ地位との関係:西山

表3同一性地位による「人間関係」保育者効力感他の平均値標準偏差及び分散分析の結果Ⅳ=578

A達成AF#IIIIIF権威受容MモラトリアムDM中間D拡散同一性地位の主効果

" = 3 5 7 5 3 72737529

1)「人間関係」保育者全体

効力感

学生

h軍lJ

、1ノ皿、1ノ

,1ノ唖、lJ

1ノb1J

64333663346596435689

2260630867-52297374806

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6く6く6くIII1111lI1く

現職

3.04*.2)困難性の認知全体

豊さ牛J-上二

現職

Z0.21.蜜3)関心の強さ全体

学生

現職

8.19”4)現在の保育実践現職

〃=

()内はSD**p<.01

注)上段:全体、中段:志望学生、下段:現職保育者。ただし「4)現在の保育実践」は現役保育者("=266)のみ。

同じアルファベットが付いていない群間には、TukeyのI-ISD法により5%水準で有意差あり。

のみを掲載している)。なお、志望学生、初任保育者、中堅保育者、及びベテラン保育者で「人

間関係」保育者効力感が段階的に異なることが西山により明らかになっている。ただし、こ

こでは第一目的が同一性地位による相違の分析であることと、被験者間計画により極端に人

数の少ない群が生じるため(具体的には、初任者やベテランの「Mモラトリアム」「D拡散」

等の人数が少ない)、保育経験を多段階に分けた分析は避けた。表3には、職業としての保

育経験の有無という観点から志望学生と現職保育者の2群に分け、平均値等を併せて示した。

また、中間地位は定義が十分に確立されていない(大矢1999)ことから、以下の考察では、

最も対人関係上の困難が予想される「D拡散」、それと対照的な「A達成」、さらに「F権威

受容」「Mモラトリアム」を中心に取り上げる。

同一性地位(6)×保育経験(2)の二要因分散分析の結果、同一性地位の主効果が1%水準で有

意であった(F(5,5661=15.99,p<.01)。そこでTukeyのHSD法による多重比較を行ったところ、

「A達成」「AF中間」「F権威受容」、「A達成」「Mモラトリアム」、及び「Mモラトリアム」「DM

中間」「D拡散」の3つの間で有意差がみられた(表中ではアルファベットの違いで表示。同

〆、

C。

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子ども社会研究12号

じアルファベットが付いていない群間には5%水準の有意差がある)。また、志望学生と現

職保育者に分けた場合、両者の平均値に有意な差はなかった。図2には「人間関係」保育者

効力感の同一性地位毎の平均値と多重比較の結果を図示した。

まず注目すべきは、全体として極めて明瞭に、同一性地位と「人間関係」保育者効力感と

の関連が示されている点である。志望学生及び保育者自身の自我形成の在り方が、子どもの

人とかかわる力を育むことへの効力感に反映されることが予想されたが、結果はそれを明確

に示すものであった。

6つの同一性地位の中で、「A達成」「AF中間」「F権威受容」が高い値を示した。これらの

地位群は、いずれも現在の高い自己投入に特徴をもつ。この高い自己投入は、子どもの人と

かかわる力の育成にも向けられ、高い効力感として現れている。これは「A達成」の安定し

た自我状態や「F権威受容」の傾倒水準の高さをよく反映した結果といえる。

他方、「Mモラトリアム」「DM中間」「D拡散」のそれは低く、子どもの人とかかわる力の

育成にも低い水準の自己投入しかなされていないことの反映と推察される。臨床上、注意を

要する地位群である「D拡散」は、やはり最も低い。また、被調査者の大半を占める「DM

中間」において「人間関係」保育者効力感が低かった点は憂盧すべきであろう。保育現場に

おいて子どもの人間関係に関わることの難しさを実感したり、そのことを直接間接に見聞き

68

C

65.7166C

64.51C(b

b246

64「人間関係」保育者効力感尺度得点

62

ab

59.5660 a

58.77

58a

56.52

56

54

52

50

図2同一性地位による「人間関係」保育者効力感の平均値

注)同じアルファベットが付いていない群間には5%水準で有意差あり(TukevのHSD法)。

64

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子どもの社会性を育むことへの保育者効力感とアイデンティティ地位との関係:西山

することによって、多くの現職保育者や志望学生の効力感が低くなっていると考えられる。

ところで、「Mモラトリアム」は、6つの同一性地位のなかで最も自我形成における危機

体験を顕著に示す群と考えられる。この群は、明確な自己投入の対象を主体的に獲得しよう

として、危機の最中、積極的な努力を行っている群と定義される。現在、いくつかの選択肢

の中で悩んでいるが、決定的な意思決定を行うことが難しいために、行動のあいまいさが見

られ、その不確かさを克服しようともしている。さらに従来の知見からは、女性のモラトリ

アム型は他の同一性地位と比べてストレスが強い(Tbder&Marcial973)との指摘もある。

「Mモラトリアム」は、「現在の自己投入」が低いながらも「将来の自己投入の希求」は

高い点に特徴がある。よって、「~できると思うか」という予期の認知を問う今回の質問項

目では、効力感得点が高くなる可能性も考えられた。結果は、最も低いグループにある。「人

間関係」保育者効力感は、単に将来の自己投入の希求があるだけでは得られないものと推察

されるが、この点については、後の「現在の保育実践」の分析結果等と併せて取り上げたい。

(3)関連要因と同一性地位との関係

補足的分析のため組み込んだ6項目について各2項目の合計点を算出し、同一性地位との

関係を検討した。表3下欄には、「困難性の認知」「関心の強さ」「現在の保育実践」について

同一性地位毎の平均値及び標準偏差を示している。以下、「人間関係」保育者効力感の結果

と併せながら考察を加えたい。

まず「困難性の認知」について、同一性地位(6)×保育経験(2)の二要因分散分析の結

果、同一性地位の主効果が1%水準(F(5,566)=3.04,p<.01)、保育経験の主効果が5%水準

(F(,,566)=5.12,p<.05)で有意であった。そこで同一性地位について、TukeyのHSD法によ

る多重比較を行ったところ、「A達成」「AF中間」「F権威受容」「Mモラトリアム」「DM中間」、

及び「A達成」「AF中間」「Mモラトリアム」「DM中間」「D拡散」の2つの間で有意差がみら

れた。先述の「人間関係」保育者効力感の平均値とは逆に、「D拡散」のような自我形成が

不十分な群ほど、指導・援助の困難性を強く認識している。

従来の知見からは、「D拡散」の1つの特徴として、「自分」意識が不確実で、「あれも自分」

「これも自分」という意識があり、どれが本当の自分か確信がもてない(鑪1990a)といわ

れる。また、選択や決断において葛藤を引き起こし、職業選択や心理的社会的自己定義を回

避する状態が挙げられている(岡本1999)。このような内的状態では保育という対人的状

況に適応していくことはおぼつかない。心理社会的に保育者としての自分を自己定義するこ

とが難しく、子どもの人とかかわる力への指導・援助という最も基本的な領域にも、低い自

己投入しかできないといえる。さらに、対人的距離の失調も「D拡散」の特徴である。志望

学生、現職保育者自身が、人間関係の困難さを感じており、子どもへの指導・援助の意思に

乏しいとも考えられる。

なお、現職保育者の方が、志望学生よりも困難性の認知が高く、子どもの人とかかわる力

を育てることの難しさを実践を通じて痛感しているといえる。とりわけ、人数は少ないなが

ら現職保育者の「Mモラトリアム」において困難性の認知が極めて高い。

次に「関心の強さ」について、同一性地位(6)×保育経験(2)の二要因分散分析の結果、同一

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子ども社会研究12号

性地位の主効果が1%水準で有意であった(FI5,5661=20.21,p<.01)。そこで同一性地位につ

いて、TukeyのHSD法による多重比較を行ったところ、「A達成」「AF中間」「F権威受容」、「F

権威受容」「Mモラトリアム」「DM中間」、及び「Mモラトリアム」「DM中間」「D拡散」の3

つの間で有意差がみられた。この結果は、先述の「人間関係」保育者効力感とほぼ同様の傾

向を示すものである。志望学生と現職保育者との間には、関心の強さの違いはなかった。

最後に、現職保育者のみを対象に、「現在の保育実践」について、一要因分散分析を施し

たところ、結果は有意であった(FI5,260)=8.19,p<、01)。そこでTukeyのHSD法による多重

比較を行ったところ、「A達成」「AF中間」「F権威受容」「Mモラトリアム」「DM中間」、及び「F

権威受容」「DM中間」「D拡散」の2つの間で有意差がみられた。この結果は、先述の「人間

関係」保育者効力感及び関心の強さとほぼ同様の傾向を示すもので、「A達成」等で高い値

を示し、「D拡散」がもっとも低い。現在の保育実践においても、このような結果が得られ

たことは、保育者の自我形成と、日々の保育実践との間に強い関連があることを示すもので

ある。すなわち、自我形成の十分な保育者は、子どもの人とかかわる力を育む取り組みを積

極的に実践しているのに対して、自我形成の不十分な保育者は、保育実践での取り組みも消

極的であると言える。

なお、「Mモラトリアム」の現在の保育実践の値が高い点は、解釈し難いところである。

なぜなら、この地位群はそもそも、現在は高い水準の自己投入を行っていないことを特徴と

する群であり、今回、「A達成」と同等レベルの高い値が示されたことは矛盾するからであ

る。先述の結果と併せると、「Mモラトリアム」の現職保育者は、子どもの人とかかわる力

を育むことに関して効力感や関心が低く、困難性を極めて強く感じながらも、行動面では高

いレベルで保育実践に自己投入していることになる。このような矛盾がなぜ生じるのか、ま

た「Mモラトリアム」の現職保育者が如何なる心的状態にあるのか、今後、十分なデータ

数による分析や事例検討による理解が待たれる。

以上、保育者の自我同一性と「人間関係」保育者効力感との間に深い関係が示された。ま

た、関連する要因からも、保育者の自我形成が、保育実践に影響を及ぼしている確かな可能

性が示唆された。では何故、同一性地位という自我状態の違いが、子どもの人とかかわる力

を育むことへの効力感等の違いとしてこのように顕著に現れたのであろうか。

Eriksonによると自我同一性は、「自己の一貫性」と「自分の独自性」の2つの側面から

定義づけられるという(鑪l990b)。前者は、幼児期から今日までの自分の来歴を受け入れ、

自己意識が一貫して明瞭であること。後者は、自分の置かれている社会的な場において、他

の人々との関係の中で、共通性と自分の独自性を明確に意識していることを指す。これら、

時間軸と空間軸がかみ合ったとき、揺るぎない自我同一性が確立される。

人を育むという保育の仕事は、子育てと同様、自らの来歴を再び歩むことでもある。また、

保育者は子どもとその養育者に関わる対人援助の専門職でもある。さらに同僚、地域の人々

など、さまざまな人間関係の中で保育は展開される。この点で、自我同一性の達成の程度が

ダイレクトに効力感に反映されるのではなかろうか。

他方、効力感の変動には、①成功経験をもつこと、②他者の行動を観察すること、③自

己強化や他者からの言語的説得、④生理的な反応変化の体験という4つの情報源が関わる

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子どもの社会性を育むことへの保育者効力感とアイデンティティ地位との関係:西山

(Bandural977)。「A達成」は他者との良好な関係を、「D拡散」は対人関係の失調を特徴と

する。このような他者との関係性の違いが情報源や情報量の違いを生み出し、効力感の高低

に繋がっている可能性がある。これらにより一層、同一性地位の違いが「人間関係」保育者

効力感の程度に反映したのではなかろうか。

なお「F権威受容」は、過去に危機の経験がないか、低い水準の危機しか経験せず、現在

高い水準の自己投入を行っている者を指す。「F権威受容」は、場合によっては青年期平穏説

の引き合いに出されるように、親との対立もない「何の悩みもない健康青年」であるかのよ

うなイメージを与えられることもある(杉原1988)。しかしながら、表面的な健康さとは

裏腹に、潜在的な拡散傾向を示唆する事例もあり、臨床上の配慮を要する群と考えられる

(加藤1990、西山他2001、杉原1988)。今回の結果は、総じて「A達成」と同等レベルの

効力感、困難性の認知、関心の強さ、及び保育実践を示した。しかしながら、現職保育者に

「F権威受容」が少なくないことを考え合わせるとき、今後別の指標から詳細に検討すべき、

1つの焦点となる地位群と予想される。

4.総括と課題

本研究では、子どもの社会性の育ちに関する保育者効力感と保育者の自我同一性形成との

関係を明らかにし、指導・援助力量と心的成長との関連を実証的に示すことを目指した。そ

の結果、保育者の同一性地位により、保育内容「人間関係」に対する保育者効力感が異なる

ことが明らかになった。

近年、幼児期からの心の教育の重要性が改めて指摘され、幼児教育の「質」が問われるな

ど、「目に見えにくい側面」が、クローズアップされるようになっている(荻原1998)。今後、

保育者の指導・援助力量を考えるとき、保育者の人的要因としての自我形成を併せて考える

必要性が示唆されたと言えよう。また、子どもの社会的発達を支え援助していくこれからの

保育者には、専門的知識・技能の修得のみならず、保育者自身の人間性や自我の成長・発達

を志向した養成が不可欠であると言えよう。

ところで、Kroger&Green(1996)は、中年期の対象者に回想的な手法による面接を行い、

同一性地位の変化にどのような要因が影響しているのか検討している。この研究では、対人

関係の変化が同一性地位の変化に影響を与えるものとして多くの対象者から報告された。そ

してそれ以上に、対人関係の変化も含めたさまざまな社会的、環境的変化を個人がどのよう

に解釈するかが大きな影響を与えていたという。

この点で環境的変化の著しい養成期から初任期を中心に、志望学生・現職保育者の自我成

長を環境的変化への個人の認知を含めて、縦断的データから検討することは、今後の課題で

あろう。また昨今、保育現場は様々な変化にさらされ、保育者はその社会的適応に迫られて

いる。保育者の自我成長に焦点をあてた研修プログラムの考案なども1つの課題と考える。

保育者が「自分らしくある」という感覚をもって保育を実践できるとき、それは子どもに

伝わり、クラスは活き活きとする。また子どもの潜在的な力が開花する可能性が広がる。経

験的には、保育者の自我の在り方と保育実践とが結びついていることは従来から語られてき

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子ども社会研究12号

たが、今回、その一端を保育者の同一性地位と「人間関係」保育者効力感との関係という観

点から示すことができたと言えよう。

(1) 1997年から1999年にかけて実施された日本教育学会課題研究「変化する社会と子どもの異変」の

結果より、共同研究者である門脇厚司氏と久富善之氏との対談として記されている。

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