幼児期の子どもの心理発達と絵本...幼児期の子どもの心理発達と絵本 ― 47...

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― 46 ― Most children enjoy reading picture books at the ages of 3 to 5. The goad of this study was to examine the environmental factors how child find enjoyment of picture book reading. Children(age 5〜6 years old)were interviewed individually about their favorite picture books. The stories which each child told interviewer showed individual uniqueness as well as similarities. Results showed that the children who enjoyed picture books reading were introduced these books through adults who were close to them, 1ike parent (s) , grandparent (s) or preschool teachers at very early stage of their birth. The results of this study were discussed in the relation to language learning processes of preschool children. 1.問題と目的 本研究は、幼児期の子どもの心理発達と絵本の関わりについて、子ども自身が絵本との出会と いう環境に注目して取り上げる。 子どもの活動を理解するためには、その子どもが育つ文化・社会・歴史的要因を考慮する必要 があると説いたヴィゴツキー(1967)の視点は、それまで子どもを取り巻く生育環境が暗黙裡に 想定されていた状況から、環境要因へ眼差しを向けることのきっかけとなった。子どもが発達す ることについて、環境要因として文化・社会・歴史について考えることは、言語獲得の生物学的 な基盤との相互作用の視点からも興味深い。 人間は、生後一年あまりで最初のことばを使い始め、一歳半を超えるころから、二つのことば を繋げた表現が可能になり、ことばによるコミュニケーションを発達させてゆく。そして、子ど もは三歳ごろ語彙量を飛躍的にのばし、急激におしゃべりが活発になる。 このような子どもが生物学的に言葉を発達してゆくプロセスにおいて、環境としての言語獲得 に注目することは、子どもがことばを育むということについての理解を広げると思われる。 今回は、環境としてのことばの獲得を絵本との出会いということをキーワードに考えてゆく。 人間科学部研究年報 平成 24 年 幼児期の子どもの心理発達と絵本 〜子どもが絵本に出会う発達環境についての一考察〜 Children’s Emergent Reading of Favorite Picture Books − A developmental Study − 谷川賀苗 Kanae Tanigawa

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― 46 ―

人間科学部研究年報 平成 24 年

 Most children enjoy reading picture books at the ages of 3 to 5. The goad of this study was

to examine the environmental factors how child find enjoyment of picture book reading.

Children(age 5 〜 6 years old)were interviewed individually about their favorite picture books.

The stories which each child told interviewer showed individual uniqueness as well as

similarities. Results showed that the children who enjoyed picture books reading were

introduced these books through adults who were close to them, 1ike parent(s), grandparent

(s) or preschool teachers at very early stage of their birth. The results of this study were

discussed in the relation to language learning processes of preschool children.

1.問題と目的

 本研究は、幼児期の子どもの心理発達と絵本の関わりについて、子ども自身が絵本との出会と

いう環境に注目して取り上げる。

 子どもの活動を理解するためには、その子どもが育つ文化・社会・歴史的要因を考慮する必要

があると説いたヴィゴツキー(1967)の視点は、それまで子どもを取り巻く生育環境が暗黙裡に

想定されていた状況から、環境要因へ眼差しを向けることのきっかけとなった。子どもが発達す

ることについて、環境要因として文化・社会・歴史について考えることは、言語獲得の生物学的

な基盤との相互作用の視点からも興味深い。

 人間は、生後一年あまりで最初のことばを使い始め、一歳半を超えるころから、二つのことば

を繋げた表現が可能になり、ことばによるコミュニケーションを発達させてゆく。そして、子ど

もは三歳ごろ語彙量を飛躍的にのばし、急激におしゃべりが活発になる。

 このような子どもが生物学的に言葉を発達してゆくプロセスにおいて、環境としての言語獲得

に注目することは、子どもがことばを育むということについての理解を広げると思われる。

 今回は、環境としてのことばの獲得を絵本との出会いということをキーワードに考えてゆく。

人間科学部研究年報 平成 24 年

幼児期の子どもの心理発達と絵本〜子どもが絵本に出会う発達環境についての一考察〜

Children’s Emergent Reading of Favorite Picture Books

−A developmental Study−

谷 川 賀 苗

Kanae Tanigawa

幼児期の子どもの心理発達と絵本

― 47 ―

幼児期の子どもが生きる力を育む過程で、絵本との出会いはどのように子どもの心の発達と関わ

るのだろうか。子どもは、取り巻く環境の中で、絵本と出会う。共に寄り添う大人から絵本を読

んでもらうことを通してまず子どもは絵本と出会い、この読み聞かせの時間を重ね、やがて自分

でも絵本を読むことを楽しみ、味わうようになる。「絵本は読んでもらうためにある」(松井、2003)

と言われるように、幼児期の子どもは、いつも寄り添ってくれる身近な大人に絵本を読んでもら

うことによって初めて、描かれている絵の面白さ、耳から伝わる好きな人の声を通して語られる

物語の楽しさを学び知る。子どもは、絵本と出会い、繰り返し読んでもらうことから、自我の確

立時期と重なる発達の中で、自分で絵本の絵を楽しむこと、また自分で絵本を読むことを通して、

絵本のことばや内容を内在化させてゆく。このような、子どもが寄り添ってくれる身近な人に絵

本を読んでもらうことや、自分で絵本を読むという場面において子どもと絵本の出会いに注目し、

子どものことばと心の育みを考えることを通して、子どもに秘められた可能性を引き出す発達環

境を捉えることが重要だと考えられる(Charin-Thoreson,C.,&Tabors,P.O,1992; Dickinson,D.K.,De

Temple,J.M.,et al, 1992)。

 子どもが、自分の想いをことばにできる、伝える目的としての表現に形作ることができるよう

になるためには、まず、ことばそのものとの出会いが大切である。幼児期は身体的な発育と同時

にことばの獲得の視点からは爆発的に語彙が増え、また心の発達からは、自己が芽生え始める時

期である。子どもの発達環境についての問いには、さまざまな要因が複雑に絡み合っている。今

回の研究では、子どもの発達環境について、子どもが絵本と出会う視点に絞り、子どもの心とこ

とばの育みを考える。人生において自分を表現することを広げ深めてゆくためには、幼児期のこ

とばの基盤を確立する時期に、子どもがことばに出会うこと、ことばについて興味関心を広げ、

自分の気持ちや考えをことばで述べることができるようになりたいという想いを育て、周りがこ

の想いに寄り添うのが大切なのではないだろうか(今井、2000)。自分の想いがことばを通して豊

かに表現できる児童期、思春期の子どもをめぐる社会的な問題は複雑な要因が絡んでいる。この

問題の解決の糸口にも、ことばと出会うスタートの時期のことばの育みがあるかもしれない。子

どもが初めてことばと出会い、ことばを学ぶことを喜びとして成長することは、自分以外の人に

対して自分の気持ちや感情を表現することへの誘いになる。児童期、思春期そして成人期におい

て表現することへの深い関心としてことばが継続して育まれることは、自己や他者を理解する大

切なツールとしての「生きる力」になると思われる。

 T 学院幼稚園では、子どもと保護者に入園時に『絵本の扉』という絵本冊子を、幼児期の子ど

もに是非出会って欲しいという願いを込めて配布する。この『絵本の扉』に紹介された絵本は、

幼稚園の現場からの発信、日々の子どもたちとの関わりから、是非幼児期に「出会ってほしい」

というキーワードにより選書されたものである。この『絵本の扉』には、長い年月、文化を超え

て親しまれている絵本が少なからず紹介されている。時代を紡ぐなかで、流行としての「絵本」

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人間科学部研究年報 平成 24 年

ではなく、絵本の作者が幼児期の子どもにも届けたいお話、事柄を「絵本」というかたちにした

絵本が、この『絵本の扉』の絵本のリストに収録されている。

 絵本についても情報が溢れる今日の状況の中で、幼児期にどのような絵本と出会ってほしいか

が具体的な形でこの『絵本の扉』に紹介されている。T 学院幼稚園の保護者が、この『絵本の扉』

を参考に絵本を子どもに選んでいるということがこれまでの研究(谷川、2011 年)に報告されて

いる。

 今回は、「ことば」にそして「自分」と他者、「自分」を取り巻く環境に好奇心を全開にして関

わっている幼稚園の年長クラス・5 歳から 6 歳の子どもが、大好きな絵本、出会っている絵本に

ついて語ることを傾聴することにより、子どもの心理発達と絵本との出会う環境について取り上

げる。一人ひとりの子どもにとって「絵本との出会い」は、個人的なものである。今回は、その

中に共通性を読みとることから、幼児期の子どもにとって絵本との関わりについて、子どもの発

達環境の視点から理解を深めたい。

2.方法

  1.調査の手続き

  (1)調査対象者・実施時期・実施場所

     T 学院幼稚園 帝塚山学院幼稚園 年長学年 54 名

     2012 年 1 月 30 日〜 3 月 5 日の間の 11 日間お昼休み 12 時〜 13 時の 1 時間程度

     園内の施設(面接者と園児が静かに話せる個室空間、園長室)で面接を実施

  (2)調査方法

     面接者(筆者)が、半構造化インタビューにより、対象者である園児一人と

     対面で面接を実施。

     面接に先立って、録音することについて園児に了承を得、録音テープ

     に面接の内容を録音した。園児一人当たりの面接時間は 15 分から 30 分

  (3)分析の手続き

    園児一人ひとりの大好きな絵本と『絵本の扉』絵本リストの絵本との出会いについての

語りは、それぞれの発達環境のなかでどのように絵本と出会い、その出会いが深められてい

るかという視点から興味深い。この 54 名の面接のテープを興す作業のなかで、エピソードの

共通性の視点から分析、事例を取り上げながら、今回は、幼稚園の年長の年齢において、絵

本の出会いが子ども自身にどのように受け止められているかを読み取ることを試みた。

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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3.結果と考察

1)『絵本の扉』で出会った絵本・大好きな絵本

 次の 10 項目が、54 名の子どもの『絵本の扉』で出会った絵本・大好きな絵本についての面接

の語りから共通する内容として読みとれた。

①年長という年齢と「一人で読める」という自信の育み

54 名の面接から、子どもの「絵本を一人で読んでいる」と語る言葉の語勢に、自分で読める

ことへの自信、文字を読めることへの興味関心の深さを感じ取ることができた。「読んでもら

う」絵本から「自分一人でも読むことが出来る」絵本として、子どもは絵本と出会っていた。

<事例1>

 A美ちゃんは、『絵本の扉』に紹介されている絵本について、小さい頃からお母さんに絵本

を読んでもらったことを面接者に語りながら、今は自分で読めることについて自信たっぷり

に話し始めた

 (『絵本の扉』の『ふしぎなたいこ』という絵本が紹介されているページを見ながら)

面接者:この絵本は、誰に読んでもらったのかな?

A美ちゃん:お母さんに読んでもらったの。

面接者: いいなぁ。お母さんに読んでもらったんだ。幼稚園から借りて帰って読んでも

らったんだね。

A美ちゃん:(うなずきながら)

面接者:お母さんはたっぷりA美ちゃんに絵本を読んで下さるんだね。

A美ちゃん:でも、いまは自分ひとりで読めるんだよ。

面接者:一人で読んでるんだ。お姉ちゃんになったね。自分で読んでるんだね。

A美ちゃん:(自信たっぷりの笑みを浮かべ)うん。

面接者:自分でどんな絵本読んでるのかな?

A美ちゃん:『ゆうかんなアイリーン』

その後、『絵本の扉』に紹介されている絵本についてのA美ちゃんの語りが続けられた。

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人間科学部研究年報 平成 24 年

<事例2>

 子どもは、大好きな絵本の中の大好きなシーンを、他者である面接者に読み語ることを通

して、「一人で出来る」という自己の自信を伝えることができる。しかし、この状況は子ども

にとって、「うまくできるかな」という少し不安が伴うどきどきする時間でもある。Yちか

ちゃんは、お気に入りの『妖怪図鑑』の中の、お気に入りのページについて何故そのページ

が気になるのかをゆっくり説明することを通して、面接者に「自分で絵本を読むことができ

る」ということをしっかりと伝えることが出来た。

面接者:Yちかちゃんのお気に入りの絵本を紹介して下さい。

Yちかちゃん:『妖怪図鑑』です。(いろいろな妖怪が描かれている絵本)

面接者:妖怪のなかで、Yちかちゃんのお気に入りの妖怪について教えてね。

    この絵本をYちかちゃんは何回くらい幼稚園から借りて帰ったかな?

Yちかちゃん:40 回くらい。

面接者: 40 回くらい、すごいね。本当にこの絵本が好きなんだね。では、この図鑑のなかで

お気に入りの妖怪を是非教えて下さい。

Yちかち ゃん: ここ。(海を背景に描かれている海坊主や、海面に手だけ描かれた妖怪が紹介

されているページを開けて、一つひとつの妖怪について説明し始める。)

面接者:(海面に手だけ描かれた妖怪を指さして)ここ気になるね。

Yちかちゃん: うん。最初にこのページを見て、また全部読み終わったらこのページを見る

の。ちょっとこわいけど、好き。

②子どもが大好きな絵本の大好きなページを語ること

 年長の年齢になると子どもは、お気に入りの絵本について語ることが出来はじめる。絵本

の中に、特に気になる好きなページがあり、なぜそのページが気になるかを他者(面接者)

に伝えることが出来た。

<事例3>

 A菜ちゃんのお気に入りの絵本は、『おやすみなさい フランシス』。一人で眠ることがで

きないフランシスは思いつくかぎりの質問をお母さんに質問する。フランシスのおかあさん

はフランシスの質問について、一つひとつ丁寧に答え、フランシスを安心させるという内容

の絵本。

 A菜ちゃんは、面接者にお気に入りのこの絵本の特に好きなページを元気いっぱい読んで

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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くれた。特にお気に入りのページは、フランシスが思いつくことについて質問する場面、ど

んなことにも丁寧に答えてくれるお母さん。このやりとりを通して、自分がお母さんにしっ

かり受け止められていることを確信、安心したフランシスがベットでぐっすり眠るところ。

お母さんがドアの外からフランシスを見つめている。)

 A菜ちゃん:(お気に入りのページを面接者に読んでくれる)

        パタン、パタン。

        はねが まどガラスに あたります。

        ピシャッ、バシャ!

        そのピシャッ、バシャ!

         その ピシャッ、バシャを きくと、フランシスは、おしりを ぶたれる

ときのことを おもいだしました。

        すると、きゅうに くたびれました。

        フランシスは、よこになって めを とじました。

        そうしたほうが よく かんがえられるからです。

        「おおおとこだの、とらだの、こわいものや、

        むねがどきどきするようなものが いっぱいいて、くたびれちゃった。

        あれは ただのがで、がのしごとを しているだけね。

        かぜと おんなじだわ。

        パタンパタン いわすのが がのしごとで、わたしのしごとは

        ねむること」

        そういって、フランシスは めをとじました。

        そして、おかあさんが あさごはんですよ と よびにくるまで、

        ぐっすり ねむりました。

 面接者: A菜ちゃんは、このページがどうして好きか先生(面接者)に聞かせて下さいま

すか?

 A菜ちゃん:お母さんが、フランシスの眠るところをじっと見つめているようだから。

 面接者: なるほど、やさしいお母さんが、よく眠っているフランシスを見守っているとこ

ろが好きなのかな。優しいね、ここが一番好きなんですね、A菜ちゃんは。この

絵本は幼稚園の本棚にある絵本ですか? 何回くらい借りて帰ったのかな?

 A菜ちゃん:何回もっていう訳ではないけれど。

 面接者:でも、一回は借りて帰ったかな?

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人間科学部研究年報 平成 24 年

 A菜ちゃん:うん、でもあんまり覚えてはいないけれど。

 面接者: A菜ちゃんは、幼稚園の本棚から借りて帰った絵本を声に出すかどうかはわから

ないけれど、一人で読むんですか? あるいは、誰かに読んでもらうんですか?

 A菜ちゃん:自分で読む。(と自信たっぷりに説明)

 面接者:お姉ちゃんだね

<事例4>

 M央ちゃんのお気に入りの絵本は『アベコベさん』。この絵本は、生活の中のいろいろなき

まりごとが、まったく逆に描かれている。年長さんの時期、子どもはしつけを通してゆっく

りと社会の一員となる準備を始めている。子どもを取り巻く現実の世界では許されないこと

が、いったん絵本の世界に入ると絵本のお話として描かれている。お客さまにケーキを投げ

つけることがおもてなしであったり、家に侵入した泥棒をお客さまとして丁寧に扱ったり、

台所の洗い場で、足を洗ったり。脱日常の世界にたっぷりと浸れる絵本についてその楽しさ

を語ってくれた。

面接者:M央ちゃんのお気に入りの絵本を紹介して下さい。

M央ちゃん:『アベコベさん』です(元気よくお気に入りの絵本を紹介してくれる。)

面接者:最初から読んでもいいんだけれど、長いのでお気に入りのところを教えて下さい。

    先生(面接者)が読もうかな、それともM央ちゃんが読んで下さいますか?

    お気入りのページはどこかな? この絵本は何回も借りて帰ったのかな?

M央ちゃん:(お気に入りのページを開いて、面接者に読んでくれる。)

      「おきゃくさんに しつれいがないようにしなくてはね」

      とおかあさんはいいました。

       「どうぞ、めしあがってください」と おとうさんは どろぼうに トマトをぶ

つけました。どろぼうは あまり うれしそうではありません。

      「ケーキもどうぞ!」と ドッチが じぶんのケーキののこりを なげました。

      「だめよ、あたしのをたべて」と ブッスが さけびました。

      「わたしのも!」と ルーシーがさけびました。

      どろぼうは こわくなって すたこらにげていきました。

      「なんで かえっちゃうのかな?」と ブッスはいいました。

      「どうしてかな」と おとうさんはいいました。

      そのとき プラムさんが だいどころに とびこんできました。

      「だいじょうぶでしたか?」と プラムさんは いいました。

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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      「どろぼうが まどからとびだすのが みえましたけれど」

面接者:どうしてここのページが好きなのですか?

M央ちゃ ん: (お客さんとしての泥棒にむかって、お父さん、ブッス、ドッチが食べ物を投げ

てお構いをするという内容の絵本の絵を指さしながら)

      こういうふうに、お客さんに物を投げるところが面白いから。

面接者:なるほど、そうだね。

    このページ以外にM央ちゃんの好きなページはありますか?

M央ちゃん:ここ。

    (台所の食卓に腰をかけて朝ごはんを食べる絵のページを開けて、絵本を読みはじめる。)

    「だいどころでたべるなんてなんだかへん」とブッスはいいました

    「朝ごはんは テーブルのしたよ」と おかあさんは いいました

    「まず、足をあらっていらっしゃい」

面接者:どうして、M央ちゃんはこのページが好きなのですか?

M央ちゃん: 台所で足を洗っているところが面白いし、朝ごはんがテーブルの下においてあ

るのも面白いから。

面接者:この絵本は幼稚園のお教室の本棚にある本かな?

M央ちゃん:うん。

面接者:何回くらい借りて帰ったのかな?

M央ちゃん:4 回くらい。

面接者:すごいね。

M央ちゃん:面白いから。

<事例5>

 H香ちゃんのお気に入りは『せっけんマン』。「たまこちゃんのてからつるつるっとすべっ

てまどのそとへぽいん。」せっけんマンの冒険がはじまる絵本の中のお気に入りのページに

ついて語ってくれた。

面接者:H香ちゃんの一番好きな絵本を先生(面接者)に教えて下さい。

H香ちゃん:『せっけんマン』です。

面接者:H香ちゃんの好きなページはどこですか?

    先生(面接者)に開いて、そのページを読んで下さいますか。

    これはお教室にあったのかな。

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人間科学部研究年報 平成 24 年

H香ちゃん:「もう いい、もう いい!」

      「ストップ!」

      「しゃぼんだまやさんが、ちいさくなっている!」

      けれども、せっけんマンは、もう むちゅう。

      みんなの こえなんか きこえない。

      (しゃぼんだまで、たまこちゃんと あそんで、たのしかったなぁ・・・・)

      いつまでも いつまでも ふうふうふうふう。。。。とうとう、

面接者:どうもありがとうございました。

    さて、H香ちゃんはどうして、このページが好きなのですか?

    ここを読んだり見てるときってどんな感じがする?

H香ちゃん:びっくりしたよ。

面接者:どうしてびっくりしたのかな?

H香ちゃん:しゃぼん玉がおっきいから。いつもこのページをみるの。

面接者:本当だね。こんなのみたことがないよね。ふつうしゃぼん玉ってふうとしたら

    このくらいの大きさだよね。

  (面接者とH香ちゃんは、しゃぼん玉の大きさについて、普段のしゃぼん玉遊びの

  情景を思い出し語りあう。)

    その他にお気に入りのページはありますか?

H香ちゃん:(空に浮かぶ大きなせっけんマンのページを開く。)

      空を飛んでるから。

面接者:普段しゃぼん玉って空を飛ばないよね。

    H香ちゃんは、この絵本を何回くらい幼稚園から借りて帰ったことがありますか?

H香ちゃん:3 回くらい。

面接者:H香ちゃんは、この絵本が好きなんだね。

    好きな絵本は何回も借りて帰るんだね。

    この絵本はお家では一人で読むのかな、ママに読んでもらうのかな?

H香ちゃん:一人で読むよ。(自分が読めることについて嬉しそうに語る。)

面接者:絵本はH香ちゃんが小さい時はママに読んでもらったのかな?

H香ちゃん:うん。

  (そして、この後H香ちゃんは、『絵本の扉』のなかのお気に入りの絵本について

  面接者に語ってくれた。)

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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<事例6>

 子どもにとって、お気に入りの絵本に出会うことは、丸ごと一冊その絵本を受け止めるこ

となのではないだろうか。Rさ子ちゃんは、お気入りの絵本『アベコベさん』を最初から最

後のページまで面接者に自分が読み聞かせることでどれくらいどのくらいお気に入りなのか

ということを伝えてくれた。Rさ子ちゃんは、面接者に幼稚園の行き帰り電車の中で、お母

さんに絵本を読んでもらうこと、自分で絵本を読んで車内での時間を過ごすことを話すこと

を通して、自分がいかに絵本が好きであるかについて語ってくれた。

面接者: Rさ子ちゃんの好きな絵本について、最初から読んでくれてもいいし、好きなペー

ジを読んで下さいますか? 難しい絵本だね。これをRさ子ちゃんは一人で読むの

かな?

Rさ子ちゃん:お母さんに電車のなかで読んでもらうの。

面接者:そうなんだ。素敵だね。電車の中でいいね。毎日電車の中で読んでもらうのかな?

    電車で幼稚園に通うの大変だものね。車内ではたいくつだもんね。

Rさ子ちゃん:うん。

面接者:長い間電車に乗っているのかな?

Rさ子ちゃん:二つ乗り換えるよ。

面接者:えらいね。では、どのページがお気に入りかな?

Rさ子ちゃん: このページが好きです。(お父さんが朝ごはんを食べて、お風呂の湯船の中

で、新聞を読み、その湯船のまわりがまるでプールのように水がはられてい

るページ。普通の生活とはまったく逆のアベコベさんの家の様子が描かれて

いるページを開けて)

面接者:では、このページ読めるかな。是非読んで下さい。

Rさ子ちゃん:最初っから

(お気に入りのページを開け、Rさ子ちゃんは、「むかし あるところに アベコベさんの家

がありました。」と最初のページから最後のページまで 20 ページの絵本を丸ごと一冊、面接

者に読み聞かせることにより、どのくらい自らがこの絵本を好きか伝えてくれた。)

面接者:Rさ子ちゃんは、どうしてこのページが好きなのですか?

Rさ子ちゃん: お父さんが朝ごはんを食べてから、お風呂の中で新聞を読んでいて、そ

のまわりが水なので、湯船から出るときに水が足にかかるのかなぁっていう

ことが気になったから。

― 56 ―

人間科学部研究年報 平成 24 年

面接者:そうだね。気になるよね。

(絵本に描かれている内容について、現実の生活と比較しながら、どうなるんだろうという想

像を働かせることにより気になることを、お気に入りのページの説明理由として面接者に

語ってくれた。)

③お母さん(ママ)や幼稚園の先生に読んでもらっている時に感じることについて

子どもにとって、自分に寄り添ってくれる人に読んでもらえる時間は至福の時間である。

お母さん(ママ)や、幼稚園の担任の先生に絵本を読んでもらっているときについて

どのようにその時間を感じているかを年長の子どもが自分のことばで語ってくれた。

<事例7>

 Mりちゃんは、『絵本の扉』の中で紹介されている『わたしのワンピース』『おちゃのじかん

にきたとら』『くまのコールテンくん』などがお気に入りの絵本であることを面接者に紹介し

ながら、絵本を読んでもらっている時どんなことを感じているかを次のように語ってくれた。

面接者:『わたしのワンピース』はだれかに読んでもらったの?

Mりちゃん:たぶん、年少のころ、読んでもらったと思う。

面接者:季節でいろいろなワンピースが登場するんだね。

面接者:『おちゃのじかんにきたとら』はだれに読んでもらったのかな。

Mりちゃん:たぶん、赤組の時に読んでもらったと思うよ。

面接者: 『くまのコールテンくん』もお気に入りだったようね。これはだれかに読んでもらっ

たのかな?

Mりちゃん:ボタンがとれちゃったよね。これも、赤組のときに読んでもらったよ。

面接者:Mりちゃんは、絵本を読んでもらっている時どんなことを感じているのかな?

Mりちゃん:なんか、かわいそうとか。

面接者:そうか、その絵本によっていいなぁと思うのかな?

    そして次のページがどうなるのかなぁって思うのかな?

Mりちゃん:そうだよ。

<事例8>

 年長の子どもたちは、比較的、絵の分量が多い絵本から、絵が挿絵程度の物語、話が中心

の本へと読み物の世界を広げてゆく。絵本よりも少し話が複雑で長い物語を先生に読んでも

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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らうことについてRんくんは、物語中心、絵は挿絵程度の『こぎつねコンチ』を、担任の先

生に読んでもらう楽しみについて次のように語ってくれた。

(Rんくんが気に入っている『こぎつねコンチ』の中の、コンチとお父さんと、お母さんがて

くてく楽しいお出かけの日を楽しんで家に帰る様子が語られているページ。面接の場面では、

Rんくんのお気に入りのこのページを面接者が読んだ。その後、Rんくんと面接者の会話が

始まった。)

面接者:この本は、Rんくんが、おうちに幼稚園から借りて帰ってよく読むのかな?

Rんくん:今は、みんなで読んでいます。

面接者:では、Y先生が少しずつみんなに読んで下さっているんですか?

Rんくん:はい。お話が終わったら次の日が楽しみ。

面接者:本当、次がどうなるか楽しみだよね。

④ 「ことば」に出会うことの嬉しさ・楽しさ

幼児期の子どもにとって、「ことば」との出会いは、わくわくする出来事である。自己を他者

にどのように表現したらよいかについて「ことば」の必要性を生活の実感として感じ始める

年長の時期、子どもは絵本を通して出会う「ことば」の中である「ことば」が理解できない

時、意欲的にその「ことば」について意味や使い方を身近に寄り添う大人に問うことにより

知りたいと思うようになる。

<事例9>

 S一郎くんにとって、『トラのじゅうたんになりたかったトラ』という絵本の一場面で “ つ

きつける ” という「ことば」に出会い、そのことがどうしても知りたくて面接者に質問。絵

本を通して、日常に使う機会がない「ことば」についても出会いが広がる。絵本を通して新

しいことばに出会い、その意味を大人に尋ねることにより「ことば」について理解する喜び

は、子どもが自発的に自己の中に表現としての「ことば」を広げ、深めてゆく可能性を提示

していると考えられる。

S一郎くん: この絵本『トラのじゅうたんになりたかったトラ』でわからないことばがある

んですが

(泥棒が、王様をなぐりつけ、刀を胸につきつけているページ開けて)

― 58 ―

人間科学部研究年報 平成 24 年

「つきつける」ってどういう意味ですか?

面接者:「つきつける」って普段の生活ではあまり使わないね。

S一郎くん:そう。

(面接者は、S一郎くんに、「つきつける」ということばについて、どのような状況で使われ

ることがあるか具体例を挙げながら説明。絵本の話の流れに沿いながら、なぜこのことばが

ここの場面で適切であるかじっくり時間をかけて説明。これまで出会ったことがない、また

状況で使うがこれからもあまり自分では使うことがない、しかしながら気になる言葉につい

て意味が理解できて満足な様子が、面接者とのやりとりの中で確認できた。)

<事例 10 >

 絵本の作者は、絵本を通して子どもにさまざまなことを伝えたいと考える。「ことば」につ

いて、図鑑として集められた『言葉図鑑』。この『言葉図鑑』のシリーズは、話しことばの世

界を生きはじめた幼児期の子どもをことばの楽しみの世界へ誘う。Sきちゃんは、『言葉図

鑑』に出会い「ことば」を知る楽しみが広がったことを語ってくれた。

(『絵本の扉』に紹介されている絵本のなかで、『言葉図鑑』の表紙と内容のページを見

ながら)

Sきちゃん:この『言葉図鑑』で知らない「ことば」に出会うと「すごい」と思う。

面接者:そうなんだ。知らない言葉に出会うとうれしいね。

Sきちゃん:そう。

⑤音読で味わうこと、心で読むこと味わうこと

文字を読むことが出来はじめる年長の時期、子どもは、絵本の楽しみかたのヴァリエーショ

ンを増やしてゆく。この時期の子どもにとっても、誰かに絵本を読んでもらえることは喜び

の時間であるが、自分で声に出して音読して絵本を味わうことができたり、声を出さず文字

を目で追いながら黙読することも楽しみになる。この黙読について、面接した子どもの表現

から、「心で読む」という語りがあった。

<事例 11 >

 K津ちゃんにとって、お気に入りの絵本は、『モチモチの木』。大好きなページ(モチモチ

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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の木にあかりがつくところ、豆太が医者に走る場面、豆太がおじいさんに甘える場面)をみ

ごとに音読、絵本の物語が子どものこころにしっかりと入っていることが伝わる音読力。

 モチモチの木に光が灯る場面にただただ美しいと語り、面接者に心を込めて読んでくれた。

心を込めて読むこと、感情をしっかり入れて読めるほど、K津ちゃんはこの場面に魅せられ

たことが伝わる時間であった。

(火がついたようなモチモチの木が、絵本のページいっぱいに描かれているページを広げて)

K津ちゃん: (K津ちゃんの音読に耳を傾ける面接者は、本当にモチモチの木に火がついたよ

うに感じる)

      「モチモチの木に ひがついている!」

      (この短い文章を、勢いをつけ、見事に読んでくれた。)

<事例 12 >

 一人でどんなふうに読んでいるの?という問いについて、L香ちゃんは、「心で読むよ」と

答えてくれた。年長の年齢で絵本に出会う時間、この年齢の子どもは、さまざまな形でだれ

かに読んでもらう、自分で声に出して読む、また、黙読で絵本を読む、などで絵本との出会

いがあると思われる。L香ちゃんが、黙読で絵本を読むことについて、「心で読む」と表現し

たことは、子どもが主体的に絵本との出会いを表現しているようであった。沈黙のなかで、

子どもが絵本とどのように出会っているのだろうか。絵本を読んでもらう、自分で声に出し

て読むという耳からの出会いに加えて、子どもが心で読むという視点から、絵本と向き合う

ことから広がるものはどのようなものであるか、子どもを取り巻く環境(子どもの成長を見

守る大人)がこれからも見つめてゆきたいテーマであると思われる。

(『絵本の扉』を開いて、そこに紹介されている絵本についてL香ちゃんの語りを聴きながら)

面接者:おうちで絵本を読む時、L香ちゃんは、声に出して絵本を読むのかな?

L香ちゃん: ねえね(L香ちゃんには、小学校4年生と2年生のお姉ちゃんがいる)たちが

お勉強している時は、心で読むよ。

⑥絵本を読んでもらう時間

幼児期の子どもは、自分で文字を読めることで絵本の世界を広げてゆく。しかし、この作業

ができるようになっても、誰かに絵本を読んでもらえる時間は、わくわくする楽しみの時間

― 60 ―

人間科学部研究年報 平成 24 年

である。絵本の絵を楽しみ、安心して絵本の話に耳を傾けることができる時間について、子

どもは面接者にそのことについて嬉しそうに語ってくれた。

<事例 13 >

 年長の年齢になると、子どもは絵本を自分で読むと嬉しそうに語る。このことにより、自

分が主体的に取り組むことが増えることを他者に伝えることができる。絵本を自分でも読め

るが、子どもにとって、絵本を誰かに読んでもらえる時間は、とても心地よい時間である。

M智ちゃんは、ママに絵本を読んでもらえることについて次のように語ってくれた。

面接者:M智ちゃんは、おうちではどんなふうに絵本を読むのかなぁ?

M智ちゃん:一人で。たまにお母さんが読んでくれるよ。

面接者:いいね。お母さんに読んでもらう時、どんな感じがするのかな?

M智ちゃん;なんか、嬉しい気持ち(本当に嬉しいということが伝わるように語ってくれる)。

<事例 14 >

 N華ちゃんは、3 人きょうだい(小学校 2 年生のお姉ちゃんと 3 歳の妹)。眠る前、お母さ

ん、お姉ちゃん、妹と4人で絵本の時間を味わうことを語ってくれた。

N華ちゃん:お母さんに絵本を読んでもらいます。

面接者:N華ちゃんは、いつお母さんに絵本を読んでもらうのですか?

N華ちゃん:夜。

面接者:眠る前かな?

N華ちゃん:はい。

面接者:4 人で一緒の時かな?

N華ちゃん:お姉ちゃんと妹とお母さんとです

⑦だれかと共に絵本を読む喜びについて

文字を読むことから絵本の世界も広がる年長時期、読み文字が中心の少し難しい童話絵本に

もチャレンジしたくなる。このチャレンジに寄り添ってくれる大人の存在を子どもは心強く

感じる。自分で読むことが少し苦痛になった時、続きを読んでもらえるという安心感が、ま

た子ども自身、少し背伸びしなければ読めない本を引き続き読んでみようと思う意欲を育む

のではないだろうか。

幼児期の子どもの心理発達と絵本

― 61 ―

<事例 15 >

 絵本から幼年童話へ、幼稚園の先生に読んでもらったことをきっかけО玲ちゃんは、絵よ

りも文字が中心の幼児童話を自分で読んでみることにチャレンジ。文字が多いので少しずつ

読み進む。O玲ちゃんは、自分の少し難しいことへのチャレンジに、寄り添ってくれるママ

と一緒に『もりのへなそうる』というお姉ちゃん絵本を読む喜びの時間について語ってくれ

た。

(『絵本の扉』に紹介され、幼稚園の先生にも読んでもらったことのある『もりのへなそうる』

について、自分がこのお話の中に飛び込み、森でへなそうるという怪獣に出会ったかのごと

く、絵本の話を面接者に語るO玲ちゃん)。

O玲ちゃん: へなそうるがドーナツみたいなめがねをみて「パパ食べる」といったところが

おもしろかったよ。

面接者:本当にそうだね。くいしんぼうだね。このお話は、読んでもらうのかな?

O玲ちゃん:自分でも読むけれど、ママに読んでもらったり。ときどき大変だけど自分。

⑧ 誰かに読んであげたい心理とチャレンジ

絵本を誰かに読んであげたいという他者との関わりを持ちたいという心の育みが自己の中に

取り入れ始めるのも年長時期である。絵本を自分で読むことはまだまだ難しいが、誰かに上

手に読んであげたいという想いがチャレンジとして子どもの心に育まれる。

<事例 16 >

 絵本を読んでもらうということを子どもがどのように受け止めているのだろうか。面接者

に家で絵本を読んでもらう時の気持ちを尋ねられた時、H香ちゃんは、絵本を自分でもしっ

かり読んでみたいと答えた。面接者がその理由を尋ねると、パパに絵本を上手に読んであげ

たいからと。絵本を読み聞かせてもらう時間を重ね、絵本を自分で読めるようになったこと

は、次に誰かに読んであげたいという想いに育まれてゆくこと。絵本へのチャレンジが、他

者との関わりを深めることと重なる。

(『絵本の扉』の中で、H香ちゃんが読んだ絵本について面接者に語るなかで、面接者にH香

ちゃんが家の人に絵本を読んでもらっている時の気持ちを尋ねられた時の語り)

面接者:H香ちゃんは、おうちで絵本を読んでもらっている時にどんなことを感じるのかな?

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人間科学部研究年報 平成 24 年

H香ちゃん:絵本を上手に読んでみたいなと思うよ。

面接者:どうして、そんな風に思うのかな?

H香ちゃん:パパに絵本を上手に読んであげたいなぁと思うから。

(この後、『いやいやえん』という幼年童話の内容の会話が続く。)

⑨幼稚園で絵本と出会い、そして広がる絵本の世界

<事例 17 >

 年長の子どもは、『絵本の扉』中で、小さい時に出会った絵本の思い出を、誰にいつ読んで

もらったかエピソードを交えて、面接者に自分の語りとしてしっかり伝えられることができ

た。Cら君は、『絵本の扉』の絵本紹介のページをめくりながら、年少・年中の頃、担任の先

生に読んでもらった『シナの五にんきょうだい』『かもさんおとおり』『てぶくろ』の話の内

容や思い出について語ってくれた。

(面接者と一緒に『絵本の扉』のページをめくりながらこれまで幼稚園の先生や家の人に読ん

でもらった絵本について話をしながら)

Cら君: 『シルベスターとまほうのいし』『ちびくろさんぼ』『おおきなきがほしいな』『シナ

の五にんきょうだい』『かもさんおとおり』このおはなし、おまわりさんがかもさん

の家族が道路を渡る時に無事に渡れるようにいてくれてね、、、、、、年中のとき、T先

生に読んでもらったよ。覚えてるよ。

<事例 18 >

 事例4のM央ちゃんは、大好きな『アベコベさん』のページを面接者に紹介した後、『絵本

の扉』について紹介されている絵本について、面接者に話をしてくれた。『おちゃのじかんに

きたとら』『げんきなマドレーヌ』『つきのぼうや』『シナの五にんきょうだい』『おおきなき

がほしい』『ブレーメンのおんがくたい』『ペレのあたらしいふく』『言葉図鑑』など。

面接者:M央ちゃんは、眠る前に読むのかな?

M央ちゃん:寝る前とか、お昼時間があるとき。

      わかばさん(年少組)のときに絵本が好きになったんだよ。

      その頃からね、絵本たくさん読むようになったんだよ。

面接者:そうなんだ。よかったよね。その頃からたくさん絵本を読むようになったんだね。

幼児期の子どもの心理発達と絵本

― 63 ―

M央ちゃん:そう。

⑩家庭や幼稚園の体験と絵本が結ぶことについて

絵本の世界は、現実の子どもを取り巻く世界の中で、子ども自身が体験する事柄と関連づけ

ることができることを通して、子どもの中で、体験が意味づけられ、また深められるきっか

けとなる。

<事例 19 >

 事例7で、絵本を読んでもらうことについて語ってくれたMりちゃん。 お気に入りの『さ

つまのおいも』について、秋の行事で園庭の畑で育てたさつまいもで、焼き芋大会を行なっ

たこと思い出しながら、その時は担任の先生にこの絵本を読んでもらったということを面接

者に語ってくれた。そして、そのことがきっかけで、自分でも読んでみたいと思った。

面接者:Mりちゃんの好きな絵本を教えて下さい。

Mりちゃん:『さつまのおいも』です。

面接者:どうしてこの絵本が、Mりちゃんは好きなのですか?

Mりちゃん: 年中のとき、焼き芋大会のまえに、T 先生が読んで下さって、それから自分で

も読んでみたいと思ったからです。

面接者:そうなんだ。それでは、お気に入りのページを教えて下さい。

(Mりちゃんは、絵本の中で焼き芋を食べたあと、みんながおならをする楽しい場面を面接者

に紹介してくれた。)

<事例 20 >

 H香ちゃんは、お気に入りの絵本『さばくのサバンナ』について、面接者に話しをしてく

れたあと、『絵本の扉』についてその中の絵本について紹介してくれた。『絵本の扉』の中に

は、“ 私の絵本 10 選 ” というページが設けられている。H香ちゃんは、このページに、お気

に入りの絵本の絵を描いたり、感想を書くスペースのところに、丁寧に絵を描き、感じたこ

とを書いていた。

面接者:『絵本の扉』の “ 私の絵本 10 選 ” を見ていいですか(と、そのページを開ける)?

    きれいな字で書かれていますね。スクラッチするのは好きでしたか?

H香ちゃん:はい

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人間科学部研究年報 平成 24 年

(H香ちゃんは、“ 私の絵本 10 選 ” に『私のワンピース』『はじめてのおつかい』『どうぶつえ

んガイド』『くまのコールテンくん』『ピーターラビット』『まくらのせんにん』『ピン・ポン・

バス』『ラチとらいおん』『ひとまねこざる』といった絵本を挙げて、それぞれに丁寧に絵を

描き、感想を書いていた。『はじめてのおつかい』の感想については、自分も主人公のみい

ちゃんみたいにお使いにチャレンジしたくなったこと。お兄ちゃん(小学生)と一緒にお使

いに出かけた体験を語ってくれた。)

面接者: H香ちゃんは、『はじめてのおつかい』お兄ちゃんとお使いに行くことができたんだ

ね、えらいね。お兄ちゃんとお使いで、何を買ったのかな?

H香ちゃん:野菜です。

2)子どもがどのように『絵本の扉』を受け止めたか

 今回、54 名の年長の子どもたちとの面接を通して、入園時に手渡されたさまざまな絵本が紹介

されている『絵本の扉』が次のように受け止められていた

 

*子ども自身が、絵本を楽しんだことが伝わるような丁寧な文字で、『絵本の扉』の後ろの感

想を記述。また、絵本に関連する絵を描写したケースも見られた。

*『絵本の扉』の中のお気に入りの絵本は、子どもの生活、対人関係との話に繋がるものが

あった。例えば、子どもは『ももたろう』のきびだんごについて、おばあちゃんが旅行のお

土産に買って来てくれたという話を面接者に語ってくれた。

*『おだんごぱん』は、幼稚園で作る体験ができたコロネパン作りの話とぴったり結びつき、

自分自身がお友達と一緒に小麦粉を捏ねて作ったコロネパンづくりの体験を子どもは嬉しそ

うに語った。

*『絵本の扉』には、100 冊の絵本が紹介されている。それらの絵本をすべて読み、スクラッ

チも全部終わったと嬉しそうに語る子ども。また、「あと、一冊で全部読んだよ」と完読あと

一歩を語る子ども。まだ 49 冊しか読めていないけど、『絵本の扉』の中で出会えた絵本につ

いて好きな場面をたっぷり話しすることができる子ども。子ども一人ひとりの語りを通して、

『絵本の扉』との出会いにより、お気に入りの絵本に出会えたということが面接者に伝えられ

た。

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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*『絵本の扉』でお気に入りの絵本は『ティッチ』『あさえとちいさいいもうと』『おふろだ

いすき』『げんきなマドレーヌ』『ガンピーさんのふなあそび』『しずくのぼうけん』『シナの

五にんきょうだい』『ひとまねこざる』『ブレーメンのおんがくたい』・・・・・・・・・・

(続)と語り、一冊一冊に好きなシーン、誰に読んでもらったか(自分で読んだことも含め)、

どんな話だったか面接者に語ってくれた。子どもの語りの中に、絵本との出会いについての

思い出がじっくりたっぷり含まれ、たくさんの幼稚園の思い出の一つとして心に収まってい

る様子であった。

4.考察

 今回、お気に入りの絵本と『絵本の扉』について、54 人の子どもたちの語りを通して、子ども

たちは、幼児期に絵本に出会い、絵本の絵と話の魅力を心から楽しんだことを確信できた。面接

した子ども、一人ひとりにとって、お気に入りの絵本には、惹きつけられるページがあり、何故

そのページがお気に入りなのかについても、ことばを操り語ろうとする意欲が見られた。

 子どもはことばを自分の中に取り込み、自分のことばとして他者に語れるずっと以前にことば

と出会っている。

 今回、注目した子どもの語りを通して「子どもと絵本との出会い」について明らかになったこ

とは、子ども自身生まれてまもなく読み聞かせというかたちで絵本と出会い、その後文字が読め

るようになるという時期から、自主的、自発的に絵本を読む作業を誇りとしていることであった。

 子どもが絵本と出会い、これをきっかけとして取り巻く生活、また絵本を通して、ことばを自

己の中に取り入れながら自己の発達を育くんでゆくという「ことばの内在化」について、観察不

可能な内部過程を外から観察可能な行動、表情やことばを手がかりとして面接法を実施した。54

名の子どもたちの面接内容について、全体として見えたものを 10 項目に分類、各項目に事例とし

て子どもの語りの場面を取り上げることにより、子どもがことばを獲得すること、興味関心を持

ち深めることの可能性として絵本との出会いを考えた。

 一人ひとりの絵本との出会いについての語りは、この世に生を受けて 5 年から 6 年間の歴史と

いう視点からも興味深い内容であった。

 この面接を通して、改めて子どもが絵本と出会うことのスタートに、だれかに絵本を読んでも

らうということがたっぷり体験としてあり、この体験が礎になり、子どもが主体的に絵本の世界

に歩みを進めるということが確認された。小学校入学を目前に、文字を読めるようになり始める

と、子どもは文字を読むという行為を通してからも「自分ができる」という自尊感情を高めてい

くと思われる。しかし、この絵本を一人で絵本や本を読めるという行為・行動の前提に、様々な

ことばと出会うという絵本の世界をだれかと共有した、たっぷりと味わった体験が必要だと思わ

れる。

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人間科学部研究年報 平成 24 年

 子ども自身が絵本との出会いについての語りから、身近に寄り添う大人を通して絵本に出会う

こと、また自分で読むことは、絵本のなかの主人公と心を一つに重ね、自分が存在する今の世界

だけではなく、また別の風景に自分を置く楽しみが伝えられた。

 子どもの育みをより豊かにするために、どのようなことが子どもを取り巻く環境、とりわけ成

長に身近に寄り添う大人が子どもを主体として考えることが大切であるかについて、このような

楽しみへの導きも絵本がもつ可能性ではないだろうか。絵本との出会いは、「目に見えないが、大

切なこと」を子どもに伝えるツールという視点も絵本の魅力として考えられる。

 今後の研究課題として、子どもが表現として「ことば」をどのように体験を通して内在化する

ことができるか、絵本のみならず、子どもの日々の活動の視点から考えてゆきたい。幼児期、子

どもは五感を通して体験し、何度も何度も繰り返しを重ねながらことばに出会い、自分の中に取

り入れてゆく。このことばを取り入れてゆくプロセスには、対人関係、人間と人間との直接的コ

ミュニケーションが何よりも大切であると思われる。「ことば」に出会うことを喜びとして味わい

始めたこの幼児期の「ことば」の育みについて、どのように周りが支援できるか、絵本を読むこ

とを通しての共感、共に味わえる立ち座から考えてゆきたいと思う。

 今日の日本社会において、「子育て支援」というキーワードが子どもの発達環境の整いに具体的

な施策が盛り込まれ始めている。子どもが主体として社会の中で育つこと、一人の人間として生

きることのための応援、すなわち「子育ち支援」とするならば、果たして今日の「子育て支援」

の施策は、子どもを主体として内容が検討されているのだろうか。「子育て支援」が目指す目標と

実際の施策について、子どもが「生きる力を育むこと」を最優先であることを確認し、子どもと

絵本の出会いという角度から動向を見据えたい。

引用文献今井和子、2000、保育実践 言葉と文字の教育 小学館.ヴィゴツキー、L.S. 柴田義松(訳)、1967、思考と言語(上・下)明治図書出版。Carin-Thoreson,C.,&Dale,P.S 1992,Do early talkers become early readers?Linguistic precocity, preschool

language and emergent literacy,Developmental psychology, 28,421-429.谷川賀苗、2011 子どもと絵本:絵本リスト『絵本の扉』はどのように家庭で受け止められているか、帝塚山

学院大学人間科学部研究年報、第 13 号、Pp.59-72.Dickinson,D.K.,DeTemplemJ.M.Hirschler,J.,&Smith,M.S.1992,Bookreadingwith preschoolers:Co-construction

of text atr home and at school. Early Childhood Research Quarterly, 7,323-346.松居直、2003、絵本のよろこび、日本放送出版協会.

引用・参考文献(絵本)・参考文献(絵本)あさえとちいさいいもうと(1982) 筒井頼子(作)林明子(絵)福音館書店アベコベさん(1997)フランセスカ・サイモン(作) ケレン・ラドロー(絵) 文化出版局

幼児期の子どもの心理発達と絵本

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おおきなききがほしい(1971) 佐藤さとる(作) 村上勉(絵) 偕成社おちゃのじかんにきたとら(1994) ジュディス・カー(作)、鳴海耕平(訳) 童話館出版 おだんごぱん(1966) A. トルストイ(作) 佐藤 忠良(絵) 福音館書店おふろだいすき(1982) 松岡享子(作) 林明子(絵) 福音館書店おやすみなさいフランシス(1966) ラッセル・ホーバン(作) ガース・ウィリアムズ(絵)まつおかきょ

うこ(訳) 福音館書店かばくん(1966)、岸田衿子(作)中谷千代子(絵)福音館書店かもさんおとおり(1965)マックロスキー(作・絵) わたなべしげお 福音館書店ガンピーさんのふなあそび(1976)ジョン・バーニンガム(作・絵) 三吉夏弥(訳) ほるぷ出版きょうはなんのひ?(1979)瀬田貞二(作) 林明子(絵) 福音館書店くまのコールテンくん(1975) ドン=フリーマン(作・絵) 松岡享子(訳) 偕成社ぐりとぐら(1966) 中川季枝子(作) 大村百合子(絵) 福音館書店げんきなマドレーヌ(1972) ルドヴィッヒ・ペーメンマンス(作・絵) 瀬田貞二 福音館書店こぎつねコンチ(1987) 中川季枝子(作) 山脇百合子(絵) のら書店言葉図鑑(1985)五味太郎(監修・制作) 偕成社さつまのおいも(1995)中川ひろたか 村上康成、童心社しずくのぼうけん(1969) マリア・テルリコフスカ(作)ボフダン・ブテンコ(絵) うちだりさこ(訳)  福音館書店シナの五にんきょうだい(1995) クレール・H・ビショップ(作) クルト・ヴィーゼ(絵)川本三郎(訳)

瑞雲舎トラのじゅうたんになりたかったトラ(2011)ジェラルド・ローズ(作・絵)ふしみみさを、岩波書店せっけんマン(1998)山脇恭(作) 山口みねやす(絵) PHPちびくろさんぼ(2005) ヘレン・バンナーバン(作・絵) フランク・トビアス(絵) 瑞雲舎つきのぼうや (1975) イブ・スパング・オルセン(作・絵) やまのうちきよこ(訳) 福音館書店てぶくろ(1965)ウクライナ民話、エヴゲーニー・M.ラチェフ(絵)うちだりさこ(訳) 福音館書店どうぶつえんガイド(1995) あべ弘士(作・絵)福音館書店はじめてのおつかい(1977)筒井頼子(作) 林 明子(絵)福音館書店ピーターラビットの絵本(1971)ビアトリクス・ポター(作・絵) 福音館書店ピン・ポン・バス(1996)竹下文子(作)鈴木まもる(絵)偕成社ふしぎなたいこ(1975)石井桃子(作) 清水昆(絵)岩波書店ブレーメンのおんがくたい(2000) グリム童話 ハンス・フィッシャー(絵)瀬田貞二(訳)福音館書店ペレのあたらしいふく(1976) エルサ・べスコフ(作・絵) 小野寺百合子(訳) 福音館書店もりのへなそうる(1971)わたなべしげお(作) やまわきゆりこ(絵) 福音館書店モチモチの木(1971) 斉藤隆介(作) 瀧平二朗(絵)  岩崎書店ゆうかんなアイリーン(1965 ) ウィリアム・スタイグ(作・絵) おがわえつこ(訳) セーラー出版妖怪図鑑(1994) 常光徹(作)飯野和好(絵) 童心社ラチとらいおん(1965)マーク・べロイカ(作・絵) とくながやすとく(訳) 福音館書店ロバのシルベスターとまほうのこいし(1988) ウィリアム・スタイグ(作・絵) 瀬田貞二(訳)評論社わたしのワンピース(1969) 西巻茅子(作・絵) こぐま社

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人間科学部研究年報 平成 24 年

謝辞

 今回のフィールドワークに深い理解を示して頂き協力していただけたT学院幼稚園、園長・田

中幸枝先生、年長組の先生方、子どもたちに心からお礼申し上げます。お外遊びの時間に面接を

実施、面接中、大好きな絵本の大好きなページを一生懸命面接者に読み聞かせ、また絵本につい

て語ってくれたことを通して子どもたちから本当にたくさんのことを教えていただきました。