ユーラシア:天然ガスを巡る攻防が白熱 · 2018-02-16 · 更新日:2009/7/8...

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更新日:2009/7/8 調査部:古幡 哲也 公開可 ユーラシア:天然ガスを巡る攻防が白熱 (Platt’s, Oil daily, Caspian Investor, Argus FSU Energy, Nefte Compass, Turan Energy 他) トルクメニスタン産ガスのロシア・ガスプロム経由でのガス輸出の大半が停止、トルクメニスタンは大 きな経済的打撃を受けている。 一方のロシアも、欧州ガス需要の急減等の状況に直面し、トルクメニスタンから当初予定していた量 のガスを2009年のガス売買契約で定めた価格で買い取れない事情がある。 トルクメニスタンは、最終的にはガスプロムへの販売を再開せざるを得ないが、南ヨロテン開発資金 30億ドルの融資を中国から取り付けるなど、2009年末または2010年初めに完成する見込みの中 国向けパイプラインへの依存を強める動きを見せている。 アゼルバイジャンは本音ではトルコ経由でガスを輸出したいが、通過国であるトルコが厳しい経済 条件を突きつけている。ただ、トルコはその条件を撤回したとの情報もあり、7月までにナブッコ・パ イプライン向けの政府間合意が可能かどうかに注目。 ナブッコ・パイプラインもサウスストリーム・パイプラインも先行きは不透明。パイプライン事業者がト ルクメニスタンやイランで上流権益を取ろうとしているが、その実現にはまだ時間がかかる。 1. トルクメニスタン産ガスのロシア経由での輸出が停止中 (1) 4 月上旬のパイプライン事故 トルクメニスタン産ガスのロシア向けの輸出がかれこれもう 2 ヶ月以上も停止している。完全に停止して いるという報道もあったのだが、5月最終週にパリで開催された「CIS Oil and Gas Summit」でトルクメニス タン地質研究所のオデコフ所長がガスプロム向けの92%が停止していると発言しており、完全に止まっ ているわけではなさそうだ。 このきっかけは4月9日に生じたトルクメニスタンからロシアに向かう幹線ガスパイプライン「Central Asia Center」 (CAC)パイプラインで生じた爆発事故である。パイプラインの修理は1週間程度で完了した にも関わらず、本格的なガスの輸出はまだ再開されていない。 爆発事故の原因について、トルクメニスタン側は「ガスプロムがガスの引き受け量を翌日から80%も減 らすという無理な指示をしてきたからだ」と説明している。トルクメニスタン政府は、すでにガスプロムに損 害賠償請求を行なったが、ガスプロムはその書面の受け取りを拒否、このためトルクメニスタンではガス - - Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 1

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Page 1: ユーラシア:天然ガスを巡る攻防が白熱 · 2018-02-16 · 更新日:2009/7/8 調査部:古幡 哲也 公開可 ユーラシア:天然ガスを巡る攻防が白熱

更新日:2009/7/8

調査部:古幡 哲也

公開可

ユーラシア:天然ガスを巡る攻防が白熱

(Platt’s, Oil daily, Caspian Investor, Argus FSU Energy, Nefte Compass, Turan Energy 他)

• トルクメニスタン産ガスのロシア・ガスプロム経由でのガス輸出の大半が停止、トルクメニスタンは大

きな経済的打撃を受けている。

• 一方のロシアも、欧州ガス需要の急減等の状況に直面し、トルクメニスタンから当初予定していた量

のガスを2009年のガス売買契約で定めた価格で買い取れない事情がある。

• トルクメニスタンは、 終的にはガスプロムへの販売を再開せざるを得ないが、南ヨロテン開発資金

30億ドルの融資を中国から取り付けるなど、2009年末または2010年初めに完成する見込みの中

国向けパイプラインへの依存を強める動きを見せている。

• アゼルバイジャンは本音ではトルコ経由でガスを輸出したいが、通過国であるトルコが厳しい経済

条件を突きつけている。ただ、トルコはその条件を撤回したとの情報もあり、7月までにナブッコ・パ

イプライン向けの政府間合意が可能かどうかに注目。

• ナブッコ・パイプラインもサウスストリーム・パイプラインも先行きは不透明。パイプライン事業者がト

ルクメニスタンやイランで上流権益を取ろうとしているが、その実現にはまだ時間がかかる。

1. トルクメニスタン産ガスのロシア経由での輸出が停止中

(1) 4 月上旬のパイプライン事故

トルクメニスタン産ガスのロシア向けの輸出がかれこれもう 2 ヶ月以上も停止している。完全に停止して

いるという報道もあったのだが、5月 終週にパリで開催された「CIS Oil and Gas Summit」でトルクメニス

タン地質研究所のオデコフ所長がガスプロム向けの92%が停止していると発言しており、完全に止まっ

ているわけではなさそうだ。

このきっかけは4月9日に生じたトルクメニスタンからロシアに向かう幹線ガスパイプライン「Central

Asia Center」 (CAC)パイプラインで生じた爆発事故である。パイプラインの修理は1週間程度で完了した

にも関わらず、本格的なガスの輸出はまだ再開されていない。

爆発事故の原因について、トルクメニスタン側は「ガスプロムがガスの引き受け量を翌日から80%も減

らすという無理な指示をしてきたからだ」と説明している。トルクメニスタン政府は、すでにガスプロムに損

害賠償請求を行なったが、ガスプロムはその書面の受け取りを拒否、このためトルクメニスタンではガス

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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま

れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの

投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責

任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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プロムを相手取って訴訟を起こすことも辞さないポーズを示している。一連の争いを見ていると、これま

でのロシアとトルクメニスタンの良好な関係からすれば、非常に厳しい対応に見える。

確かに、一般的にはもっと早い段階でガスプロムはガス受け取り量の引き下げを通知するべきであろ

うが、だからといって爆発事故の責任のすべてをガスプロムからの突然の通知に押し付けることは出来

ないのではないかと思われる。というのも、そもそもパイプラインでは事故やトラブルがどこかで起きれば、

すぐに送ガスをすぐにシャットダウンして輸送量をコントロールできるようにシステムが構築されているの

が普通だからだ。トルクメニスタン側にも操業上の問題点があったと考えるべきであろう。

(図1:中央アジア・カスピ海周辺地域からの欧州向け幹線ガスパイプライン)

(2) トルクメ側の事情/経済的打撃を被るトルクメニスタン経済

爆発事故の原因はどうあれ、外貨収入の約55%をガス輸出に頼っているトルクメニスタンにとって、ロ

シア経由のガス出荷の停止は極めて深刻な問題である。195ものガス生産井を停止していて、トルクメニ

スタンにとっての一日あたりの損失は30百万ドルとも50百万ドルとも言われている。事故の直後、トルク

メニスタンはもう一つの輸出先であるイラン向けの輸出数量を増やしたが、その出荷能力は 大でも約8

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れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの

投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責

任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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Bcm/年程度と貧弱であり、「焼け石に水」の状態である。爆発事故の原因に関して、トルクメニスタンが

ガスプロムに対して非常に厳しい態度を取るのも無理はない。

トルクメニスタン国内供給 22.0

ロシア向け出荷(大半がウクライナ向け) 45.0

イラン向け出荷 5.8

合計 72.8

(表1:トルクメニスタンの2008年ガス供給量、単位:10億cm, Argus FSU Energy 6/5)

トルクメニスタンは、経済的な悪影響を抑えるために、一刻も早くガス出荷を再開しなければならない

はずだが、ガスプロムはこの爆発事故を契機として2009年のガス売買契約内容の見直しをトルクメニス

タンに働きかけている。ガス輸出の代替ルートを持たないトルクメニスタンは交渉上のポジションは非常

に弱く、 終的にはガスプロムの提示する新たな条件でのガス売買の条件を飲まざるを得ないものと思

われる。

(3) ロシア側の事情

①ガスが売れない!

(表2:ロシアが買い付ける中央アジア産天然ガス 1,000cm あたりの価格)

ガスプロムは、この数年間、右肩上がりで需要が増加すると見られていた欧州でのマーケットシェアを

維持することを目論み、その供給源として中央アジア産ガスの囲い込みを積極的に続けてきた。例えば

中央アジアからのガス引き取り能力を強化するカスピ沿岸ガスパイプライン(CAC-3)の新設等計画につ

いて2007年12月に基本合意したほか、ガスの引き取り価格も段階的に引き上げて、2008年末にはとう

とう「欧州価格-輸送費-適正マージン」の価格でガスを購入することで合意した。つまり、これまで安く

仕入れて高く売ることにより享受してきた中間マージンをあきらめてでも、欧州におけるマーケットシェア

の確保を優先したことになる。またその先のガス出荷ルートとしてサウスストリーム・ガスパイプライン建設

に向けて欧州各国との合意をすすめるなど、ガスプロムが圧倒的に強い布石を中央アジアやその輸送

ルートに着々と打っている思われていた。

しかし、世界経済の減速に伴って欧州(20~30%程度)やウクライナ(前年輸入量54.5Bcmに対し、2

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009年第1四半期輸入量はわずかに2.5Bcm1)のガス需要が急減、加えて6~9ヶ月遅れで石油製品に

連動するガス販売価格も一気に下落して、状況が激変している2。特にガスのスポット価格の方が大幅に

下落しており、ドイツのE.ON、Wintershall、フランスのGDF Suez、イタリアの ENIなど、大手のガス会社は

ガスプロムとの長期契約3に基づく価格でガスプロムからガスを買い取っているが、その他の欧州のガス

会社の中にはガスプロムにペナルティを支払ってでもスポット価格でガスを調達する会社も出てきている

という。欧州でのガス需要減に加えて、この価格差のためにガスプロムからのガス輸入量が大幅に減少

している状況である。

また、中央アジア産ガスの引き取り価格と欧州やウクライナでの販売価格の関係も問題になっている。

第 1 四半期にはガスプロムのトルクメニスタン産ガスの引き取り価格は$340/千 cm(プーチン大統領

発言によれば$305/千 cm)であったが、一方、同じ時期の欧州での長期契約によるガスプロムのガス

販売価格は$400/千 cm 前後、またウクライナでの販売価格は$360/千 cm であったため、その間

の輸送コストがかかることを考えても、ガスプロムに大きな損失は出ていなかった可能性が高い。しかし、

第2四半期に入ってからはガスプロムの欧州向け長期契約価格は$300/千cm に下落したといわれて

いる。第2四半期の中央アジアからの引き取り価格は分かっていないが、引取価格が十分に下がってい

なければ、ガスプロムにとって逆ザヤとなっている可能性もある。特に欧州価格よりも安い価格が適用さ

れるウクライナの場合はさらにその可能性が高い。ガスプロムのゴルベフ副社長は、前述のパリのカンフ

ァレンスにおいて、「これまでの油価でこれまでと同じ数量のガスを受け取ることは出来ない」とコメントし

ており、経済的な問題がガス引き取り数量の大幅な引き下げの原因となっているのは間違いなさそうだ。

筆者は今年 1 月の拙稿でも欧州における右肩上がりのガス需要予測に警鐘を鳴らしたが、結果的に

は、ガスプロムが欧州・ウクライナのガス需要量の見通しやガス価格を正確に読めなかった、あるいはち

ゃんと読めたとしても別の力学が働いて中央アジア産ガス買い取り価格を引き上げざるを得なかった(そ

れを止められる人もいなかった)ことがこの問題の背景にはあるのではなかろうか。

ただ、事情の如何にかかわらず、ガスプロムが契約を無視してトルクメニスタンからのガス引き取りを

一方的に停止したことは、極めて大きな問題だと指摘したい。日本国内ではあまり報じられないが、今年

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1 ウクライナのガス輸入量が極めて低いのは、地下貯蔵施設からのガスを使用しているため、と言われている。したが

って、冬季の需要拡大期に向けて地下貯蔵を改めて積まねばならず、問題の先送りに過ぎない。 2 ロシアの 2009 年1-4 月のガス輸出量は、前年同期の 67.6Bcmから 30.6Bcmに、実に 55%も減少しているとの情報も

ある。 3 テイク・オア・ペイ条項のついた契約。この条項がある場合、ガスの買い手は最低数量を引き取りってその代金を支

払う義務があり、引き取り数量がそれ以下の場合でも最低数量を引き取ったのと同じ金額を支払わなくてはならない。

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の1月にウクライナがガスプロムとの契約を反故にして欧州市場に輸送されるべきであったガスを勝手に

抜き取ったことと同様、もっと国際的な非難を受けてしかるべき経済的問題ではないか。

ただ、、一方のトルクメニスタンも2008年の1月から4月にかけて、「技術的問題点」を理由にイラン向

けのガス出荷を突然ストップし、長期契約で定められていたイラン向け価格75ドル/千 cm を、その倍近

く、140ドル/千cm に吊り上げた前科もあったことを補足しておきたい。

なお、これとは対照的に、アゼルバイジャンからトルコに輸出されているシャーデニス・ガス田第一フ

ェーズのガス販売価格に関する契約が4月に切れており、その後交渉が続いている。交渉は決して順調

には進んでいないが、アゼルバイジャンはガス価格の吊り上げを目的にトルコ向けのガスの出荷を止め

たりはしていない。

②事件の背景:3月から4月にかけてのトルクメニスタンとロシアのつばぜり合い

(図3:トルクメニスタンの 油・ガス田分布図(陸上)

上記のような経済的な理由に加えて、トルクメニスタンとロシアの関係に影響を与えている背景がある。

3月の 終週にトルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領がモスクワを訪問する機会があった。ここで

ロシア側は、2007年12月に基本合意してから実質的な進展の無かった CAC3(カスピ海沿岸)ガスパイ

プラインの建設費をガスプロムが支出することを打診、その代わりに、トルクメニスタンには当該ロシア向

けガス数量のコミットを求めてきた。ガスの囲い込みである。

ここで玉虫色の回答でもしておけばよかったのだが、ベルディムハメドフ大統領はどういう風の吹き回

しかこれを拒否し、また帰国後すぐにトルクメニスタン国内を東西に結ぶ幹線ガスパイプラインを国際入

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札に付すことを発表した。このパイプラインの建設、実は南ヨロテンのガス田開発作業と共にガスプロム

に請け負わせることが 1 年も前に内定していたとも言われており、この入札によってガスプロムはこれで

面目を失ったことになる。このような経緯も今回の問題の背景にはあるものと考えられている。

2. 再認識される「出荷先の多角化」の必要性/中国にすり寄るトルクメニスタン

(図3.現在建設中のトルクメニスタン-中国間ガスパイプライン)

トルクメニスタンとガスプロムの交渉が長期化する中、トルクメニスタンの中国への傾斜が強まりつつあ

る。6 月 1 日から、トルクメニスタンのタギエフ副首相が北京を訪問し、4~16Tcm という巨大な埋蔵量が

期待される南ヨロテンガス田の開発資金の中国からの借入(総額20億ドル、年利5.6%)を要請したと伝

えられていたが、その後、 終的には40億ドルの貸し付けに合意し、うち30億ドルが南ヨロテンガス田

の開発費に充当される前提となっている。

この結果、南ヨロテンガス田の今後の開発作業はもちろんのこと、トルクメニスタン国内東西パイプラ

イン建設に関係する外注作業は、すべて中国側に落札される可能性もささやかれ始めている。そもそも、

これまでの南ヨロテンガス田の試掘井・評価井の掘削作業も、CNPC がトルクメンガス社から請け負って

作業している。また、この東西パイプラインは南東部のガス資源をロシアや欧州方面に出荷できるだけ

でなく、逆送して使えば、カスピ海で生産される天然ガスを中国向けに出荷することが出来る可能性をは

らんでいることを指摘しておきたい。

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そもそも、トルクメニスタンと中国は2006年4月に先代のニヤゾフ大統領と胡錦涛主席が会談して以

降急速に接近しており、中国まで全長1800km のガスパイプライン(輸送能力は当初30Bcm/年、後に

40Bcm/年へ増強する計画)が既に建設中である。中国側のパイプライン「第二西気東輸」も建設が進

んでおり、出荷は早くも2009年末か2010年初めにも操業が始まる見込みである。アムダリア川右岸陸

域の Bagtiyarlyk 鉱区のガス開発権益は CNPC に付与されているが、ここからのガス生産量だけではこ

のパイプラインを建設するには不十分と見られており、不足分はすべて南ヨロテンガス田から補う方針に

なっているとされる。

トルクメニスタン政府は公式には陸上のガス開発権益を外国企業に付与することはせず、必要な作業

のみ請け負わせる方針であることを明言しているが、そんな中で CNPC が陸上の Bagtiyarlyk 鉱区での

権益を入手したことは極めて異例であり、中国がパイプライン建設をコミットしたことを、トルクメニスタンが

いかに高く評価したことが見て取れる。

このような情勢を勘案すれば、ロシアとトルクメニスタンの確執が長引けば長引くほど、トルクメニスタン

は中国への傾斜をさらに強めていくものと思われ、Bagtiyarlyk 鉱区で生産される天然ガス、そして南ヨロ

テンで生産されるガス30~40Bcm/年(LNG 換算で2,200万トン/年~3,000万トン/年)が中国向

けパイプラインで出荷される公算がさらに高まるだろう。また、そうなれば、アジアにおけるガス需給にも

影響が出てくるものと考えられる。

ただし、留意すべきは中国側のガス買い取り価格4あろう。「263.5ドル/千cm」、あるいは「油価45ド

ル/バレルを基にすれば195ドル/千cm」、などといった情報があってはっきりしない。これらの数字も

刻々と変化する油価に連動するフォーミュラに基づくものであろうし、ロシアとの虚々実々の駆け引きの

要素もあるので、正確な価格や計算方法が分からないとしても仕方がない。ただ、中国向けのLNG価格

の方が安くなると、トルクメニスタンから高い価格のガスを買うことは経済的には難しくなる。また 近にな

って、ロシアのセーチン副首相が「中国向けの石油・ガス販売が魅力的だ」と発言、ロシアがパイプライン

ガスやLNGを中国に供給することにも興味を示していると報じられている。もしもガスプロムが合理的な

価格で中国向けにガスを販売できれば、中国のトルクメニスタン産ガスの購入量を抑制することが出来る

であろう。それぞれ、いかなる価格が提示されるのか、今後も注目される。

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4 CNPCはBagtiyarlyk鉱区権益の100%を持っている。PS契約の詳しい条件は不明だが、特にコスト回収期間中は、生

産されるガスの大半がCNPCのものとなる。これは契約に基づく自社取分のガスなので、ガス価格とは関係なく、パイ

プラインで中国に輸送することが可能でなる。一方、トルクメンガスから購入してパイプラインで輸送する分のガスにつ

いては価格が問題になる。

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3. ナブッコ・パイプラインの動向

(1)トルクメニスタンからガス出荷停止の影響はいかに

トルクメニスタンからガスプロム向けのガス出荷が停止したことから、筆者はトルクメニスタンがナブッ

コ・パイプラインへの供給や、カスピ海横断ガスパイプラインの建設にも前向きな態度を示す可能性があ

ると期待していた。しかし、5月7日及び8日にチェコのプラハで開催された当方パートナーシップ会議で、

トルクメニスタンは、ナブッコ・パイプラインへのサポートの意志や6月末までの政府間協定調印の目標を

掲げた「プラハ宣言」への調印を見送った(同じく。カザフスタン、ウズベキスタンも調印せず)。また、トル

クメニスタンの政府関係者は、現在検討されている今後のガスの出荷先としてロシア、中国、インド、イラ

ンなどを挙げたものの、カスピ海横断パイプラインやナブッコ・パイプラインについての言及は無く、ナブ

ッコ・パイプラインを経由したガス出荷の選択肢は考えていないとコメントしたとも報じられている。

しかし、筆者は、トルクメニスタンにおけるガス田開発事業にナブッコ・パイプライン参加者が参入すれ

ば、自社取分のガスをナブッコ・パイプランで輸送する経済的なインセンティブが働き、長期的には実現

可能性が高まると考えている。 トルクメニスタン政府も、明示的には発言していないが、欧州向けのガス

販売を完全に否定してはいないことにも留意すべきだろう。

近では、トルクメニスタンが中国だけでなく欧米の政府や企業との関係も強化する動きを見せ始め

ている。ベルディムハメドフ大統領は、メレドフ外相に対して米国ワシントンを訪問し政財界との関係を強

化せよとの指示を行ったし、同メレドフ外相はすでに 6 月 3 日にはブリュッセルのある EU 本部を訪問し

て関係強化に乗り出している。また、ナブッコにも参加しているドイツの RWE は、4月16日にトルクメニス

タンとの間で包括協力協定を締結し、ガス供給や技術移転でも交流を図る方針であることを発表したの

だ。ちなみに RWE は、トルクメニスタン東西パイプライン建設の入札に名乗りを上げ、また南ヨロテンガ

ス田開発への参加の意向も示している。トルクメニスタンが RWE にカスピ海上の Block23の鉱区権益を

付与することで内々合意している、との情報もある(未確認)。

もちろん、トルクメニスタン産のガスがすぐに欧州向けに出荷できるようになるわけではない。まずはト

ルクメニスタンが RWE と同様、他の欧米企業にも鉱区を開放するかどうかで欧州向けのガス出荷を本気

で考えているかどうか推し量ることができよう。そして欧米企業が鉱区を確保できたら、今後の探鉱で商

業量のガスが確認されるかどうか、そして 後に輸送ルートが確保できるかどうかが今後のポイントとな

ろう。ただ、トルクメニスタンにとって、西方向にガスを輸出することのプライオリティは現時点では決して

高くはない。ガス埋蔵量の確認に時間を要することを考えても、トルクメニスタン産ガスの欧州向け直接

販売の実現には相当長い時間がかかるかもしれない。

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(2) アゼルバイジャン・シャーデニス ガス田からのガス供給を巡る状況

アゼルバイジャン、バクー沖合のシャーデニス・ガス田の第二フェーズ開発で生産される見込みの、約

16Bcm/年と見込まれる生産量のガスが引く手あまたの状態になっている。ナブッコ・パイプラインにと

って、トルクメニスタンよりも現実的なガス供給源として期待されているアゼルバイジャンの状況にも触れ

ておきたい。6月はじめにバクーで開催された第16回International Caspian Oil & Gas Exhibitionにも多く

の関係者が参加しナブッコ・パイプラインについて発言したが、特段目新しい展開は見られなかった。

アゼルバイジャンからの欧州向けには①ナブッコ・パイプライン、②イタリア向けのITGI

(Interconnector Turkey-Greece- Italy Pipeline)、③ギリシャからアルバニアを経由してイタリアへ向かう

Trans Adreatic Pipeline(TAP)、その他、④ロシア向け輸出(ロシア経由欧州向け、あるいはロシア国内で

スワップ)、⑤イラン向けなどが候補として挙げられるであろう。

②のITGIは、すでにトルコ経由、ギリシャまで必要な能力のパイプが接続されていること、またアゼル

バイジャン政府とイタリア政府がMOUで2012年から年間8Bcmを供給するMOUを締結している点で有

利であるが、これは拘束力がある取り決めではない。またパイプライン事業参加者であるイタリアの

EdisonやギリシャのDEPAはガス田権益を全く持っておらず、ガスを売ってくれる相手を見つけなければ

ならない点で、ナブッコと同様、非常に不利である。③のTAPプロジェクトは、シャーデニス・ガス田の商

業オペレーターになっているStatoilHydroが参加しており、一定量のガス供給ソースが確実である点が

有利だが、具体的な構想の進展状況についての情報があまり報じられていない。また②と③のルートは

トルコ国内の既存インフラを使用するため、比較的低いコストで建設できる点が魅力的ではあるが、果た

してトルコ側にそれだけのガスを十分に輸送できるキャパシティがあるか、また、あったとしてもそれを安

定的・継続的に使えるか、といった点が大きな課題である。

④のロシアルートも、既存のインフラを活用でき、両国間に通過国も無いため望ましいスキームであろ

うが、トルクメニスタンとガスプロムの間のトラブルがどのような影響を与えるか。6月の始めにサンクトペ

テルブルグで開催された国際会議の場で、ガスプロムのミレル会長とSOCARのアブドラーエフ社長が会

談したが、アゼルバイジャン側からは輸出数量のコミットはまだされていない。

後に⑤イランルートは、アゼルバイジャンの現地ベースの報道によると、他のルートに比較して提案

内容が劣っているとSOCAR高官が漏らしたとされており、コマーシャル上も決して好ましい選択肢とはい

えないだろう。

アゼルバイジャン政府や国営石油会社のSOCARは、ガスの輸出先は、 も経済的に有利な出荷ル

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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま

れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの

投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責

任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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ートを選定すると発言しているが、これは以前から全く変わらないスタンスである。ただ、海外企業との交

渉を担当しているElshad Nasirov副社長が「ロシア・イラン・グルジア・トルコから全量買うとのオファーもあ

るが、欧州向け販売がプライオリティである」と漏らしている。経済的なのはやはり欧州出荷向けということ

であり、①~③が軸になって今後の交渉が進んでいくのではなかろうか。

ただし、欧州向けの出荷を阻む 大の問題が、トルコとの間のガス輸送に係る経済条件である。

SOCARとトルコの国営ガス会社Botasは、以下の3点について協議を続けている。

(a) 今年4月に契約切れしたシャーデニス・ガス田の第一期開発からのガス価格

(それまでは120ドル/千cm)

(b) シャーデニス・ガス田の第二期開発からのガス価格

(c) シャーデニス・第二期開発のためのガスを欧州に販売する場合の通過条件(トルコが通過するガ

スの15%を優先的に安価に引き取り、自国で使用しない場合に欧州向けにより高い価格で再輸

出することを要求)

(a)に関しては、かなり交渉が進展しているとの報道があるが、(c)は、本来、SOCARや、そしてシャーデ

ニス・ガス田のパートナーが得るべきガスの価値を何の理由も無く下げて、その利益をトルコが享受する

ものであり、ガス供給者側にとっては容易に受け入れられるような条件ではない。SOCARだけでなく、

StatoilHydro、ナブッコ側のRWEからも、「この15%問題が解決されなければ、トルコ経由でガスが出荷

されることはない」との総スカンを食っている状態である。

実際の交渉の場でトルコは既に(c)の条件を取り下げている、とのEUのピエバルグス・エネルギー委員

長発言やナブッコ・パイプライン事業会社Mitschek社長の発言も出てきているが、、トルコのYildizエネル

ギー大臣が「トルコ側が譲歩した」という報道を打ち消すなど、真偽のほどはまだ確認できていない。ナ

ブッコ・パイプラインのパートナーは6月末あるいは7月中までに政府間合意(Inter-Governemt

Agreement)を結ぶことを当面の目標にしていたが、現在、7月13日にその調印が行なわれる予定にな

っていると報じられている。トルコ政府が本当に「15%のガスの先取り」の条件を取り下げたのかどうかは

まだはっきり分かっていない。まずは、ナブッコ・パイプラインの通過国の間で、ガスの欧州輸出が支障

なく輸出できるような枠組みが構築できるかどうかを見極める必要があるだろう。

(3) イラクからのガス供給に新たな動き

アゼルバイジャン以外の現実的なガス供給ソースとして、イラクが浮上してきた。ナブッコ・パイプライン

に参加しているOMVとMOLが、イラク北部クルド人地域に存在するガス田開発事業に参入することとな

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ったのである。Crescent社とDana社が50%ずつ保有しているJV会社Pearl Petroleumの株式10%ずつを、

OMVは350百万ドルの対価を支払うことで、またMOLは自社株3%をCrescentとDana両社に割り当てる

ことで、OMVとMOLが譲り受けることとなった。Khor Morガス田とChemchenalガス田の可採埋蔵量はそ

れぞれ93Bcm(3.3Tcf)、79Bcm(2.8Tcf)であり、80億ドルを新たに投資する予定であるが、20年で

生産するならば年間約9Bcm(830MMcfd)程度の生産量が得られる計算になる。

もちろん、クルド地域やイラク国内向けの供給義務なども課せられる可能性はあり、必ずしも全量が欧

州向けに輸出されるとは限らないが、OMVやMOLだけではなく、もともと事業に参加していたCrescent

やDanaも欧州向けに輸出できれば、高いネットバックが期待できことになる。つまり、ナブッコ・パイプラ

インの実現に向けて上流事業者のインセンティブが高まるわけであり、これは大きな推進力となる。

イラクの中央政府はクルド地域のガス開発をクルド政府が先行させていることに異議を唱えており、こ

れが障害になるのではないかと見る向きは多いが、先般もクルド地域で生産が開始されたTaqTaq油田

(当初6万b/d)やTawke油田(当初4万b/d)の原油が、パイプラインで出荷され、トルコのCeyhan港で船

積みされるようになってきている。ここでは、原油販売は石油省参加国営石油販売会社(SOMO)が引き

受けることになっており、また輸出収入も一旦中央政府の国庫に入ってから地方政府に配分する形式が

取られているために中央政府もこれを承認したとされている。ガスと石油の違いはあるが、同じように中

央政府が関与できるスキームが確保できるのであれば、Pearl Petroleumの生産するガスの輸出も可能に

なるメドがついたとも考えられる。

ただ、Khor Morガス田とChemchenalガス田の開発にはまだ追加投資が必要であり、供給コミットメント

ができるような状況ではない。商業生産にもまだ数年以上を要する可能性も高く、ナブッコ・パイプラン事

業者が目論む2011年からの建設開始には到底間に合いそうも無い。パイプライン事業者がガス田の確

保に動き始めたという動きは合理的であるが、その他に短期的に供給が可能になる現実的な供給源は

見当たらず、まだまだ先行きは前途多難だ。

(4) ナブッコ・パイプラインとサウスストリーム・パイプラインの輸送能力の増強

ナブッコ・パイプラインの事業化を進める合弁会社(Nabucco Gas Pipeline International 社)社長の

Mitchek 氏は、6月第1週のバクーでのカンファレンスにおいて、パイプラインの能力は65Bcm/年に増

強できると発言したとの報道がある。当初の31Bcm/年の供給量すら確保していない段階で、なぜ能力

の増強に言及したのかは明らかではない。

一方のサウスストリーム・パイプラインについては、5月にそれまでのガスプロムは、それまでの年間30

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Bcm のガス輸送量を47Bcm に引き上げる MOU をパートナーの ENI と結んでいたのだが、このナブッコ

側の発言を受けてか、サウスストリーム・ガスパイプラインの輸送能力を63Bcm にまで引き上げる旨の発

表を行なった。短い期間で2度も輸送能力を引き上げる方針を打ち出したのである。

本来、パイプラインの計画輸送能力は簡単に増やしたりできるようなものではない。明確な需要見込

みや供給コミットメント、ファイナンスの見通し、技術面での妥当性、そして採算性などを、慎重にスタディ

したうえで判断するべきものである。簡単に輸送能力を増やすということは、逆に詳しいスタディがそれ

ほど進んでいない可能性もある。事業化の準備が着々と進むノルドストリームと比べれば、その見通しは

あまり明るいわけではない。

「サウスストリーム・パイプラインはナブッコ・パイプラインを潰すためのブラフに過ぎない」という噂があ

るがそれは本当なのか、あるいは落としどころとしてサウスストリームとナブッコ・パイプラインとの統合に

向かうのか、例えばガスプロムがナブッコ・パイプラインにガスを供給するような可能性はあるのか、もう

少し見極める必要がありそうである。

4. 今後の見通し

(1) トルクメニスタン

トルクメニスタンはこのままロシア向けのガス供給の大半を止めたままでは経済的に破綻するだけ

である。したがって、いずれかの段階でロシアが提示する条件(価格の引き下げ、数量の制限)を飲ん

で、ロシア経由のガス輸出を再開することになるであろう。むしろ筆者は3ヶ月もの長期にわたって、ト

ルクメニスタンが粘ってガスプロムと交渉していることに驚いている。

今の時点では、トルクメニスタンが中国向けのガス輸出を第一のプライオリティにおいていることは

明らかであると思われる。しかし、トルクメニスタンのガスが中国に向けて販売されるのをロシアや欧州

政府が黙って見ているはずはなく、次の巻き返しが注目される。

ロシアは中国に対抗してトルクメニスタンにいかなるガス価格や契約条件を提示するのか注視して

いきたい。ガスプロムは、問題解決に向けて 6 月 2 日にズプコフ会長(ロシア首相)を派遣、近々、ミレ

ル社長もアシハバード入りしてトルクメニスタン当局と協議する見通しであるが、トルクメニスタンがロシ

アの要求を受けて、ガス価格引き下げや売買数量の引き下げに応じるか、あるいは中国との競争の観

点から来年以降の価格をどうするのか、あるいは引き続き厳しい交渉が続くのかどうかが注目される。

ただ、ごく 近の動きとしてトルクメニスタンの方から欧米へのアプローチの姿勢が見え始めたこと

には注目したい。ベルディムハメドフ大統領は、メレドフ外相に対して米国ワシントンを訪問し政財界と

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の関係を強化せよとの指示を行ったし、6 月3 日にメレドフ外相はブリュッセルのある EU 本部を訪問し、

関係強化に乗り出している。このことが欧米企業によるトルクメニスタンへの進出の布石となる可能性

はある。ただし、すぐにトルクメニスタン産のガスが欧州向けに出荷できるようになるわけではない。ま

ずはRWE とMOUを締結したように、欧米企業による事業を積み上げていくかどうかで、トルクメニスタ

ンに「その気」があるのかどうかが推し量れることになるであろう。

(2) ナブッコ・パイプライン

欧米からの欧州政府が2009年ナブッコ・パイプライン建設をサポートするための予算として2億ユ

ーロ(これを基金として欧州開発銀行から低利融資を引き出す方針)が計上され、また米国国務省・

エネルギー省やEU政府要人がナブッコ・パイプライン建設に向けたプロモーションを継続的に行なっ

ているが、今のところその効果は上がっていない。ナブッコに向けた供給ソースの確保やトルコの通過

条件交渉の打開にはつながっていないからだ。

一方で、OMVやMOLによるイラク北部クルド地域での取り組みやRWE によるトルクメニスタン沖合

鉱区の開発に向けたアプローチなど、企業による上流資産獲得に向けた動きが見られるようになって

来た。これらこそがパイプライン建設の障害を取り除く力の源泉である。今後も欧米企業によるこの地

域でのガス上流権益獲得の動きが続くのかどうか、注目していきたい。

アゼルバイジャンは相変わらず煮え切らない態度だが、欧州向けに供給したいとする本音も垣間見

えるようになってきており、トルコ国内のガス通過条件がアゼルバイジャンの意志を大きく左右すること

になる。7月 13 日の合意で、トルコがどれだけ妥協して、ナブッコ・パイプライン建設に向けた政府間

協定が結べるかどうかがカギになる。ただ、アゼルバイジャンの本音が欧州向けガス販売だとしても、

ナブッコ・パイプライン以外のパイプライン構想、ITGI、Trans Adriatic Pipeline などもあり、第二ラウンド

の競争も勝ち抜かなくてはならない。上流権益・供給コミットメントの積み上げも必要であり、まだまだ

時間がかかるであろう。

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