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1 日本人材機構事業評価報告書 2020年6月8日 日本人材機構事業評価委員会 星 岳雄 翁 百合 増田 寛也 1. 背景 日本人材機構は、政府成長戦略が 2015 年に改定された時に焦点となった「ローカル アベノミクス」の推進を担う一機関として、政府主導で設立され、業務を開始した。 「地域に活気溢れる職場と魅力的な投資先を取り戻す」ことの一助となるべく、首都 圏の経営幹部人材が地方企業に流れるような転職市場を創出することが期待された。 設立当初から民間企業の参入を促すようなビジネスモデルの開発と新たな市場の創出 を目的としており、そのような基礎が確立され、民間だけにより市場が持続される目 処が立った時には、解散するという計画であった。現在設立から 4 年以上が過ぎ、所 期の目的が達成されつつあるとして、2020 年 6 月末を持って機構は事業を終了するこ とになった。 本委員会は、4 年以上にわたる日本人材機構の全活動を展望し、その成果を評価す ることを目的とする。2020 年 3 月から 5 月までの間に、3 回の正式会合に加えて、委 員会と機構の間での情報交換、委員間での議論、外部に委託した調査などをもとに、 この報告書をまとめた。 本報告書の構成は次のようになっている。この第一節に続く第二節では、日本人材 機構の歴史を簡単にまとめることによって、主な活動を概観する。第三節は、諸活動 を通じて、日本人材機構の目標の妥当性を検証し、それがどれくらい達成されたのか を評価する。これがこの報告書の中心部分となる。特に成果が上がったと思われる事 業の具体例もいくつかボックスにして示す。最後の第四節では、日本人材機構の解散 以降も、同様な官民連携のプロジェクトが日本の諸問題の解決のために使われること になる場合もあるだろうが、その時に役立つような教訓をまとめて、報告書を締めく くる。 2. 日本人材機構の歴史 日本人材機構は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2014 年12月閣議決定)によ り、地方への人材還流策の一つとして設立が決定され、2015 年 8 月に株式会社地域経 済活性化支援機構の 100%子会社として設立された。同年 11 月に有料職業紹介業の許 可を取得し、事業をスタートした。当時は親会社が 2023年3月までの時限(その後 2026 年 3 月まで延長)であったため、機構も遅くとも 2023 年 3 月までに業務を完了する前

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日本人材機構事業評価報告書

2020年 6月 8日

日本人材機構事業評価委員会

星 岳雄

翁 百合

増田 寛也

1. 背景

日本人材機構は、政府成長戦略が 2015年に改定された時に焦点となった「ローカル

アベノミクス」の推進を担う一機関として、政府主導で設立され、業務を開始した。

「地域に活気溢れる職場と魅力的な投資先を取り戻す」ことの一助となるべく、首都

圏の経営幹部人材が地方企業に流れるような転職市場を創出することが期待された。

設立当初から民間企業の参入を促すようなビジネスモデルの開発と新たな市場の創出

を目的としており、そのような基礎が確立され、民間だけにより市場が持続される目

処が立った時には、解散するという計画であった。現在設立から 4年以上が過ぎ、所

期の目的が達成されつつあるとして、2020年 6月末を持って機構は事業を終了するこ

とになった。

本委員会は、4年以上にわたる日本人材機構の全活動を展望し、その成果を評価す

ることを目的とする。2020年 3月から 5月までの間に、3回の正式会合に加えて、委

員会と機構の間での情報交換、委員間での議論、外部に委託した調査などをもとに、

この報告書をまとめた。

本報告書の構成は次のようになっている。この第一節に続く第二節では、日本人材

機構の歴史を簡単にまとめることによって、主な活動を概観する。第三節は、諸活動

を通じて、日本人材機構の目標の妥当性を検証し、それがどれくらい達成されたのか

を評価する。これがこの報告書の中心部分となる。特に成果が上がったと思われる事

業の具体例もいくつかボックスにして示す。最後の第四節では、日本人材機構の解散

以降も、同様な官民連携のプロジェクトが日本の諸問題の解決のために使われること

になる場合もあるだろうが、その時に役立つような教訓をまとめて、報告書を締めく

くる。

2. 日本人材機構の歴史

日本人材機構は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2014年 12月閣議決定)によ

り、地方への人材還流策の一つとして設立が決定され、2015 年 8 月に株式会社地域経

済活性化支援機構の 100%子会社として設立された。同年 11 月に有料職業紹介業の許

可を取得し、事業をスタートした。当時は親会社が 2023年 3月までの時限(その後 2026

年 3 月まで延長)であったため、機構も遅くとも 2023 年 3 月までに業務を完了する前

2

提であった。主要な地銀に地方企業紹介を依頼し、人材は民間のヘッドハンターと協同

してサーチするという方法で始めた。日本人材機構が当初から目標としたのは、①地方

企業支援の新しい事業モデルを開発すると同時に、②首都圏人材に対して地方で働くこ

との魅力をアピールして、③首都圏と地方をつなぐ幹部人材のマーケットを創出するこ

とだった。

地方企業支援の事業モデルとして当初考えられたのは、従来の人材紹介業とほぼ同じ

ものであった。地方企業のコンサルティング的な事業も想定してはいたが、機構本務の

人材紹介とは別の付随的なサービスと捉えられていた。首都圏と地方をつなぐ幹部人材

のマーケットの創出に関しては、機構単独で行うことを想定していた。2020 年度まで

に年間 2000名程度の転職市場(約 50億円と推定)を実現するために、機構で年間 200

名程度の転職を斡旋することができれば、マーケットが動くと想定した。地方に関心が

低い首都圏人材に対してのアピールは、興味を喚起するため、地方で働くことの魅力・

醍醐味を伝えるメディア(現 Glocal Mission Times:GMTに相当)、具体的な求人への

応募を促すための地方幹部求人メディア(現 Glocal Mission Jobs:GMJに相当)の 2

種類のメディアを、機構で開設・運営することを最初から想定していた。

しかし、事業モデルの内容とマーケット創出戦略に関しては、2016 年度において早

くも見直しを迫られた。2016 年度上半期の実績が人材紹介成約 3 件、コンサルティン

グ 1件と振るわなかったことから、人材紹介業の機能だけでは、地方企業に真に必要な

人材像を明確化することは難しく、その生産性向上を図るためには不十分との認識に至

り、事業の再定義を行った。地方・幹部人材に特化した人材紹介会社ではなく、「地方

企業が自立的・持続的に成長・発展する仕組みを『ヒト』の視点から一緒に創り上げて

いく会社」とした。新しい事業モデルとして、企業診断から人材紹介を一気通貫で提供

する体制を考案し、「伴走サービス」と呼ぶようになった。2017年 10 月には、1)経営

課題の整理、2)解決策の策定、3)人材要件の定義、4)人材紹介、5)定着化の推

進を標準サービスとする「伴走型支援サービス契約」を策定した。同時に、事業が単な

る人材紹介よりも広いことを勘案して、将来民間企業の参入インセンティブとなるよう

に、成功報酬を紹介人材の年収の 30%から 45%に引き上げた。

マーケット創出戦略に関しては、地域金融機関に対して単なる情報提供を期待するだ

けではなく、新しいマーケットを作るパートナーの可能性を見出した。機構の企業診断

が地域金融機関の事業性評価と共通点を多く持っており、地域金融機関が機構の目指す

機能を担うことは、事業性評価への取組みと顧客との「共通価値の創造」を促す金融庁

の方針(平成 28 事務年度 金融行政方針)とも合致すると考えたからである。機構と

同等の機能を地銀と協同して地域に設立する事業構想(MINI JHR 構想)をたて、2017

年 11 月には北洋銀行との共同事業(北海道共創パートナーズ:HKP)が実現した。HKP

の事業は初年度から黒字になり、その後も順調に拡大した。2018 年 3 月の規制緩和の

結果、地域金融機関による人材紹介業参入が可能になると、地域金融機関に機構の活動

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を全面的に移植する「インストール」型のマーケット創出が中心になった。りそな銀行

(2018年 5月)、広島銀行(2018年 10月)、山口 FG(2019年 6月)、北陸銀行(2019年

10月)で、伴走型支援サービス事業の体制構築を支援した。それ以外の地域金融機関で

も本体であるいは類似法人を設立して伴走型支援サービスに参入する動きが活発にな

った。機構は、伴走型支援サービスの内容とそれに参入する際のノウハウをまとめたガ

イドブックを作成し、2020年に地域金融機関向けの配布を開始した。さらに、解説動画

も制作し、ウェブサイトに掲示されることになった。今後、ノウハウに加え事例などを

体系的にまとめた書籍が出版される予定である。また、地域金融機関以外のインストー

ル先として、地方大学および人材紹介会社が模索された。地方大学では、2018年度に始

まった信州大学との共同による地方創生人材教育プログラムは、中小企業庁や文科省の

支援も得て、順調に展開されている。

首都圏人材に対して、地方企業への興味を喚起し、やりがいを発見させるためのプロ

モーションは、2017 年 3月の Self Turn Online (STO)メディアの立ち上げによって、

本格的に始まった。2016 年 6 月の首都圏管理職に対するサーベイの結果、現在の企業

では十分に活用されていないと感じ、しかも地方企業で働くことにある程度興味を持っ

ている人が多いとの確信を得たためである。この「大票田」を動かすべく、「本当の自

分らしく働く」という意味をこめた Self Turn というメッセージを打ち立て、啓蒙を図

った。2017年 4月には GMT (Glocal Mission Times)ウェブサイトを立ち上げ、地方で

働くことの魅力を伝えるようなコンテンツを発信し始めた。2018年半ばになると、「人

生 100年時代」という言葉も人口に膾炙するようになり、STOの啓蒙活動は役割を終え

たと判断し、具体的に地方幹部としての就職に関心を持つ首都圏人材の拡大を目指す

GMT と統合した(2019 年 3 月統合完了)。一方 2018 年 12 月に地方幹部求人情報を掲載

する GMJ(Glocal Mission Jobs)ウェブサイトを立ち上げ、GMTとの連携によるマッチ

ングを図った。GMT と GMJの2つのサイトは、一般に「送客モデル」と呼ばれる収益モ

デルを構築しており、2020年 5月 28日に民間企業へ売却されることが決定した。両サ

イトは今後、民営の事業として継続されることとなる。

表 1は、2015年度から 2019年度までの日本人材機構の年度毎の業績などをまとめた

ものである。設立が 2015 年 8 月だったので、初年度は 8 ヶ月だけであった。人員数は

ほぼ 3 年かけて 60 人以上に達し、以降はその規模が保たれた。一方、人材紹介を始め

とする事業は、特に最後の 2年間で大きな成長をとげ、売上高も増加した。しかし、営

業利益の方は黒字化することなく、37 億円の累積赤字になった。人材紹介の業務に限

ると、通算で 154件の成約があり、紹介された人材の平均年収は 845 万円、平均年齢は

49.2歳だった。

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3. 日本人材機構の事業評価

3.1.目標の妥当性

日本人材機構の目標は、①地方企業支援の新しい事業モデルを開発すると同時に、

②首都圏人材に対して地方で働くことの魅力をアピールして、③首都圏と地方をつな

ぐ幹部人材のマーケットを創出することだった。機構の事業評価に入る前に、これら

の目標の妥当性を考えてみよう。

前節で見たように、機構は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の地方への人材還

流策の一つとして設立された。地方経済のポテンシャルが十分に活かしきれていない

一方で、首都圏には活かしきれていない経営人材が多く存在するとの認識のもとで、

首都圏人材を地方企業につなぐことができれば、地方企業の成長を助け、雇用が増加

し、それが住民の増加にもつながり、さらなる経済成長につながるというロジックで

あった。このような「しごと」と「ひと」の好循環をスタートする役割を担ったのが

日本人材機構だった。

機構設立前の日本の人材紹介事業者は、首都圏人材は首都圏内の企業に紹介することが

効率的だと考え、地方転職市場を開拓しようとするとことはなかった。結果として、首都

圏人材には地方企業の情報がほとんど入らず、これが首都圏と地方の間の人材移動を阻害

する要因になっていた。日本人材機構は、こうした状況を打破することを目標とした。

「まち・ひと・しごと創生総合戦略」全体は、様々な政策を含んでいて、中には東

京一極集中を是正するために地方から首都圏への転入を減らそうとするような、日本

全体の経済の成長の観点から疑問視される取り組みもあるが、逆に首都圏から地方へ

の人材移動を促進して地方経済を活性化しようとする試みに異議を唱える人は少ない

だろう。したがって、日本人材機構の目標自体は妥当であったと思われる。

また、日本人材機構の社外取締役としてこの委員会にもオブザーバーとして参加

し、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定にも関わった冨山和彦氏によれば、優

秀な経営人材の助けを得れば地方企業の多くは高成長を遂げることが可能だというこ

とは、産業再生機構や経営共創基盤の経験から明らかだったという。このようにある

程度エビデンスをもって目標が策定されたことも評価されるだろう。

3.2.事業評価の方法

目標が達成されたかどうかを厳密に検証するためには、もし日本人材機構が存在し

なかったとしたらどうなっていたか、あるいは機構が実際にとった戦略とは全く違っ

たものを選んでいたらどうなっていたか、という仮想現実を構築し、それを実際に起

こったことと比べるというのが理想的である。そのためには、最初の段階から目標の

達成度の指標を決めて、機構の影響が測れるような形で(可能であればコントロール

された実験のような形で)事業を実施していくべきである。しかし、日本人材機構は

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そのよう形では出発しなかった。

最初から厳密な評価まで考慮に入れて事業をスタートできなかった理由は、事業の

内容が固まっていなかったということもあったかもしれない。目標ははっきりしてい

たが、それをどのように実現するかは明らかではなく、手探り状態で始めたという面

も大きかったのではないか。実際、機構は、かなり早い段階で事業戦略の見直しを行

わなければならなかった。今後似たような形式で政策目標を持った事業機関を設計す

る時には、できる限り厳密な事業評価ができるように、最初から事業の進め方などを

考える必要があるだろう。

ただし、日本人材機構の場合は、主目標が当時存在しなかったマーケットの創出で

あったので、機構がなかった場合の仮想現実としては、マーケットの不在が続いたも

のと考えるのも不自然ではないだろう。地方企業への人材紹介を機構と同時期に行っ

た組織ももちろんあったであろうが、意図されたようなマーケットが比較的短期で成

長したということであれば、その成果の相当部分は機構の業績と評価することができ

るのではないか。地方企業支援の新しい事業モデルも同様に考えて、もし機構が存在

しなかったら、機構が開発したモデルは現れなかったと仮定しよう。以下では、これ

らを前提として、3つの目標のそれぞれについて、達成度を測るように試みる。ま

た、機構はこの委員会による評価の一部として、東京大学政策評価研究教育センター

(CREPE:Center for Research and Education in Policy Evaluation)に依頼して、

機構が行った人材紹介のデータ分析を行っている。CREPEの最終レポートは資料 3と

してこの報告書に添付するとともに、以下でも事業評価の観点から特に重要だと思わ

れる結論をまとめる。

3.3.地方企業支援の新しい事業モデルは確立されたのか?

まず、新しい事業モデルとして、機構は「伴走型支援サービス」というものに到達

したが、これは今後民間だけで続いていくような新しいビジネス分野として確立され

たのだろうか?ここでは、二つの観点からこのビジネスモデルの持続可能性を検討す

る。一つは、顧客(転職者と転職先企業の両方)の満足度であり、もう一つはビジネ

スモデルそのものの収益性である。

満足度は、フォローアップ・アンケート調査によって測る。詳しくは資料1に示す

が、2020年 1月から 3月にかけて、機構は、人材紹介が成約した件のうち、転職者が

入社後半年以上経過した企業について、対面式のアンケートを行い、54社(対象企業

の 67.5%)の経営者と 71名(対象の 77.2%)の転職者から回答を得た。経営者のう

ち約 85%が、今回の中途採用は会社にとっても経営者自身にとっても良い影響をあた

えた、と答えている。転職者の方もほぼ 9割が今回の転職に満足していると回答し

た。良い影響があったと答えた企業では、経営者が転職者に頻繁に相談し、一般社員

と転職者のコミュニケーションもうまく行っているようである。転職者の方は、社長

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との距離が近いこと、社内で責任のある立場、そして地方での暮らしぶりに満足を見

出しているようである。

満足度の高さの一つの理由は、機構が単に人材紹介をしただけではなく、地方企業

の状況を適切に把握し、企業とともに必要な首都圏人材を探した結果であろう。機構

が最終的に紹介した人材は、企業が最初に要望した人材像と違うことがしばしばだっ

たという。「伴走型支援サービス」の要件である、人材紹介時の企業に対する的確な目

利きと経営戦略策定が、適切な人材とセットで提供されたことが功を奏したと思われ

る。

関係者の満足度が高くても、また社会的に価値を生み出していても、ビジネスモデ

ルに収益性がなければ、民間主体だけで持続していくことは期待できない。機構の生

み出した「伴走型支援サービス」は、十分な収益が期待できるものなのだろうか?機

構は、2019年の初めに外部コンサルティング会社に委託して、2018 年 4月から 12月

の機構の実績をベースにして、機構の事業の中から伴走型支援サービスに関わる部分

だけを切り出し、地方においてその事業をインストールした場合にどれほどの収益性

が期待できるかを試算した。非現実的だと思われる仮定も含んだ簡単な試算にすぎ

ず、この分析だけを信頼することはできないが、10%を少し超える営業利益率が予想

されているのはこの事業の収益性にとって心強い材料ではあるかも知れない。

「伴走型支援サービス」の収益性に関しては、実際にその事業を行ってきている北

海道共創パートナーズ(HKP)の実績をみるという方法もある。Box1にあるように、

HKPは、機構と北洋銀行の両者が選りすぐりの人材を送り込み、北洋銀行首脳部の全

面的サポートのもとに、主に「伴走型支援サービス」を展開した。初年度から黒字を

確保し、2020年 3月期には売上高約 4億円、営業利益も 1億円にせまるまで成長し

た。顧客企業の IT システム支援など、伴走型支援サービスに必ずしも本質的ではない

事業を除いても、約 18%の営業利益率を上げている。

現在では、実際「伴走型支援サービス」に参入する地域金融機関が増えているとい

うことも、このビジネスモデルの収益性の傍証になるだろう。地域金融機関の人材紹

介業への参入状況については、2019年後半に機構が金融庁と一緒に行った調査が参考

になる。それによると 2019年 6月末までに地方銀行 24行(全体の 38%)、第二地方

銀行 8行(全体の 21%)が人材紹介業の免許を取得していた。この動きはその後も加

速していて、2020年 3月末での公表情報をベースとした機構の調査によると、地方銀

行の実に 73%(47 行)、第二地銀の 33%(13行)が免許を取得している。

地域金融機関の関心の高さは、先導的人材マッチング事業に多くが応募したことか

らもわかる。これは、第 2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2019年 12月閣議

決定)により創設された制度で、その公募要領に「地域の中堅・中小企業の経営課題

等を把握している地域金融機関等が、取引先等の人材ニーズを調査・分析し、職業紹

介事業者等と連携するなどしてハイレベルな経営人材等のマッチングを行う取組に対

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して支援を行う」とあるように、まさに機構が行ってきた「伴走型支援サービス」を

支援しようとする制度である。資料 2から見て取れるように、日本全国にわたって 38

行が最終的に選ばれた。これだけの数の機関が応募して選ばれたということは、「伴走

型支援サービス」への関心が高いことを示している。また、補助金は人材紹介が成立

した場合のみに支払われるので、補助金だけを頼りにした応募はなかったと思われ

る。

HKPの実績、地域金融機関の関心の高まり、そしてフォローアップ・アンケートの

結果から、機構は十分に価値の高い事業モデルを開発することに成功した、と言って

よいだろう。

3.4.地方で働くことの魅力を首都圏人材にアピールできたのか?

首都圏人材発掘のための諸事業の効果はどうであったか?機構は「新しい社会価

値」を創出できたのか?この質問に答えるために、機構が 2016年度から実施している

「首都圏管理職の就業意識調査」の結果を見る。資料4は、2020年の調査に関するプ

レス・リリースであるが、この調査は、一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に住

み東京都の大会社で勤務している課長職以上の管理職を対象としたものである。2020

年の結果を見ると、51%の人々が地方企業で働くことに興味があると答えている。こ

れは 2016年度の 44%に比べてアップしている。また、地方の中堅中小企業から実際

に経営幹部職としてオファーがあった場合には、年収が現在と同程度なら 56%が、年

収が 1-2割下がる場合でも 47%が興味ありと答えている。また、約 30%の回答者が周

囲に地方への転職者がいると回答しており、その中の 70%が自分も地方への転出に興

味があると答えている。

これらの数字は、首都圏管理職人材の地方転職への興味が高くなっていることを示

すが、これが日本人材機構の事業の結果なのかどうかは確かめることはできない。

44%から 51%という増加はそもそもそれほど大きくなく、この程度の意識の変化は日

本人材機構の努力がなくても起こったかもしれない。逆に、もし機構の努力がなけれ

ば地方転職への興味は、首都圏の管理職市場の逼迫などの理由によって低下していた

かもしれない。仮想現実を設定することができないために、評価が不可能になってい

る。地方転職への興味を高めるためのイベントや発信をその後のアンケート調査と組

み合わせるような実験などをやっていれば、もう少し厳密な評価が可能であっただろ

う。

首都圏人材発掘のための事業の中核である GMTと GMJについては民間企業への売却

が決定したが、これは機構の事業のこの側面に市場が価値を見出していることを示

す。機構によれば、特に価値が高いと思われているのが、GMTが地方創生系メディ

アでは最大の約 9万人のユニークユーザーを抱えていること、その結果として約 1.1

万人の地方転職意向が明らかな幹部人材のデータベースがあること、そして一求人あ

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たりの応募数で見て大手転職サイトに匹敵する業績をあげていることなどがあると言

う。

3.5.首都圏と地方をつなぐ幹部人材のマーケットは創出できたのか?

日本人材機構がスタートした時、そのようなマーケットは事実上存在しなかったと

考えることができる。日本人材機構が 2016年 2月にインターネットを通じておこなっ

た調査によると、10,415 名の地方企業の正社員のうち、①管理職(課長以上)で②し

かも首都圏から転職してきたものは 37名に過ぎなかった。10,415名のうち何名が管

理職だったかはわからないが、2割だったとしても、管理職のうち首都圏から転職し

たものの割合は、1.8%である。37名のうち 7名についてより詳細な追跡調査をした

ところ、首都圏で管理職の経験があったものは 1名のみであった。地方企業の管理職

のうち、首都圏の管理職から転職したものの比率はほぼ 0%だったと言えるだろう。

このようなほとんど存在しなかったマーケットが 4年後にはどうなったであろう

か?大手人材紹介会社へのヒアリングをもとにした機構の試算によると、2019年度に

おいて地方圏(一都三県以外)で年収 700万円以上の転職が 4000~5000件成立してお

り、そのうち、首都圏(一都三県)から転職者が移住したケースは 1000件~1200件

と推定される。このことから、機構の活動中にマーケットが育ってきたことがわか

る。

機構が作ろうとした首都圏から地方への幹部人材の流れには、地方国立大学を活用

したものもあった。Box 2でこの試みを簡単に整理しているが、これは広い意味で新

しいマーケットを創出するための事業と考えてよいだろう。Box 2にあるように、機

構はすでに信州大学が設立した NPOである SCOPにノウハウを伝授し、現在は SCOPが

信州大学のみならず、金沢大学でも、首都圏人材と地方企業のスムーズなマッチング

を図るプログラムを企画・運営するようになっている。2020年度にはこのようなマッ

チング事業が「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業」として文科省の予

算に組み込まれることになり、もともとは機構が信州大学と共同で開発したプログラ

ムが全国に展開される予定である。事業への公募が 4月 16日に開始され、応募締切は

7月 29日になっており、この報告書を準備する段階では、いくつの地方国立大学が応

募するかはわからない。しかし、地方創生における地方国立大学の重要な役割の一つ

になる可能性は高いだろう。

3.6.東大 CREPE によるデータ分析

資料 3にあるように、東大 CREPEは日本人材機構が行った人材紹介の成約案件のデ

ータをもちいて、どのような人材マッチングが実現されたのかを分析した。人材の年

齢や転職前後の年収などの数値データに加えて、案件ごとにある「経緯」、「採用時ミ

ッション」、「企業側決定要因」、「候補者側決定要因」、「担当者コメント」などのテキ

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ストデータも分析した。ここでは、特に重要だとおもわれる結果を整理する。

まず、前職に比べて年収が上昇するケースと反対に年収が下落するケースの両方の

ケースが見られた。首都圏人材の地方企業への紹介は、機構が設立される前は民間の

人材紹介会社は全くと言っていいほど手掛けていなかったことを考えると、実際に年

収が上昇するケースがあったということは、本来は発見されていてもよい利潤機会が

見落とされていたということになる。このような満たされていない潜在市場を掘り起

こしたという意味で、年収が上昇するような案件は、機構の貢献を明らかに示す。

CREPEのテキスト分析によれば、年収が上昇するケースというのは受入企業側の事業

が拡大しており、その事業の管理の人材を求めている場合が多い。転職者側もその経

験が活かせる点を転職の決め手として挙げている。

年収が前職に比べて下落するケースは、民間の人材紹介会社が見落としていたとし

ても不思議ではない。機構の活動の結果、たとえ年収が下がっても地方企業に首都圏

から転職する人材がいたというのは、重要な発見である。機構の生み出した「伴走型

支援サービス」の成果と考えてよいだろう。首都圏人材が年収減でも転職したいと思

うようなポジションを地方企業と(そして地域金融機関や地方国立大学と)共に、作

り上げることができたということだろう。CREPEの分析によると、年収が下落するケ

ースというのは、受入側企業は、歴史のある企業であるが現在は事業が停滞し、次な

る戦略を模索している場合が多いという。転職者側は出身地に帰り、地域の振興を目

指したいという人が多い。

年収が増加するのは転職者が 50歳未満の場合に多く、減少するのは 50歳以上の場

合に多いという結果も得られたが、これはもう少し詳しく分析すると、前職の年収の

レベルの影響であることがわかる。前職が大企業に典型的な年功賃金で、若い頃には

生産性を下回るような賃金が払われていて、逆に年齢があがると生産性を上回る賃金

が支払われていたとすると、転職後は年齢が高いほど減収になる。CREPEの分析で

も、年収増加の要因として、年齢と前職の年収の両方を考える時、前職の年収でほと

んど説明できて、年齢の追加的な説明能力はなくなることがわかった。

最後に、CREPEは、地域金融機関が企業を日本人材機構に紹介するなどの銀行の関

与があったケースは他のケースとどのように違うのか、ということも分析している。

その結果、銀行の関与は、年収増減には影響を与えないようだが、生産や経理といっ

た具体的な事業の管理を担当する人材を求めていて、転職者もそのような専門知識を

持った人が幹部として迎え入れるなどの場合が多かったことがわかる。

3.7.機構の戦略変更の評価

機構が目的の達成に成功した要因の一つに、早い時期でエビデンスをもとに戦略を

変更したことがあげられるかも知れない。上で見たように、機構は設立当初、「新しい

ビジネスモデル」という目標の具体的な姿として、首都圏から地方への「人材紹介ビ

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ジネス」を考えていた。方向こそ違うが、基本的には企業の求める人材を探してくる

という伝統的な人材紹介と変わらないモデルである。しかし、機構は早い時期に、企

業の求めるべき人材もっと一般的には企業にとって人材に限らずもっとも必要な戦略

までさかのぼって、協力して考えることが重要であることに気づいた。その結果とし

て、いままではなかった「伴走型支援サービス」という伝統的な枠を大きく超えた人

材紹介のビジネスモデルを創出することができた。伝統的な「人材紹介ビジネス」に

固執していてもある程度目標を達成できたかどうかという分析は難しいが、機構の初

期の苦労、それから事後的な結果から判断して、この戦略変更は成功の要因だったと

考えてよいだろう。

もう一つの戦略変更は、「自社活動中心」から「ローカルな経済主体への実装」へ

の変更だった。これも HKPの実績から考えて、成功した戦略変更だったと言えるだろ

う。また、地域金融機関への実装を早くから考えたことは、機構が創出に貢献したマ

ーケットが機構の事業停止後も民間の主体によって発展していく基礎を作るのにも役

立っただろう。

もう一歩踏み込んで、このような早い時期でのエビデンスに基づく戦略変更を可能

にしたのは何だったかを問うこともできる。我々は、質が高くやる気のある経営陣や

民間からのスタッフを据えて、経営の自由度を高めるガバナンス態勢をとったことに

あるのではないかと考える。これも厳密な検証は不可能であるが、少なくとも最初の

戦略にとらわれないことによって、目標達成の可能性がかえって高くなる例を示して

いる。今後の類似の官民プロジェクトの参考になると考えられる。

3.8.機構が人材育成に果たした役割

機構には、主な目的以外の分野での成果も見受けられる。第一に、機構の中で今後

人材紹介をはじめ様々な分野で活躍していくだろう人材を育成したことである。機構

で伴走型支援サービスやその地域金融機関や地方大学への実装業務に従事した人材

は、機構の業務終了後、民間の立場で同様の業務に取り組むことが期待される。実践

を通じたノウハウの移植により、マーケットの拡大を担うこととなろう。

機構からHKPに出向していた 2名は北洋銀行への株式譲渡に伴い 4月 1日付で転

籍しており、GMJについても売却に伴い担当者が移籍することが予定されている。

加えて、4月時点で少なくとも 10名が独立する計画を有しており、その他のメンバー

もコンサルティング会社、地域金融機関、人材会社などに籍を移して活動することが

見込まれている。

また、機構では人材の出向や短期研修の受入れによるノウハウの移植も推進してお

り、これまで地域金融機関や人材会社などから 5月末までに 21名の人材を受け入れて

いる。彼らが帰任した後に伴走型支援サービスの担い手として各社内での展開が期待

される。

11

第二に、その事業を通じて、他の重要政策分野での問題解決へのヒントを得ること

もできた。たとえば、Box 3で紹介しているように、兼業・副業規制の緩和が首都圏

と地方をつなぐ人材の還流に貢献するという発見はその一つである。地域金融機関の

生産性向上と首都圏と地方をつなぐ人材マーケットの発展との間に大きい親和性があ

るという発見もあった。さらには、地方創生における地方大学や高専など高等教育機

関の新たな役割を発見することができたのも機構の貢献の一つだろう。

4. 将来への教訓

日本人材機構は、株式会社形態ではあるが、政府主導で設立され、首都圏と地方を

つなぐ幹部人材のマーケットを新しく作り出すという明確な政策目標を持っていた。

前節で見たように、日本人材機構の目標はおおむね達成されたと言えるだろう。この

節では、日本人材機構の経験から今後の官民プロジェクトの実施に関してどのような

教訓を得ることができるかを整理して、結論とする。

具体的には、次の四つの教訓を読み取ることができると思われる。

① 厳密な事業評価のための枠組みとデータ蓄積の仕組みを最初から作っておくこと

が必要である。

② 新しい市場の開拓や新ビジネスモデルの開発といったことが政策目標の場合は、

政府の事業としてではなく、政府外からも人材を招いて株式会社形態として行うこと

が重要である。

③ あらかじめ存続期間をある程度決めておいて、市場ができ始めて、民間の参入へ

の関心が高まってきたときに撤退するというのが望ましい。

④ 必要であれば柔軟に戦略を変えていけるような経営体制が望ましい。

4.1.事業評価の枠組みとデータ蓄積の仕組みを事前に作ることの必要性

まず、3.2節で指摘したように、この委員会では、日本人材機構の活動の成果を

それがなかった場合の仮想現実と比べるという意味での厳密な評価ができなかった。

これは、そのような厳密な評価を念頭に置いて事業が実行される体制がなく、厳密な

評価に必要なデータも蓄積されなかったことによる。これは、CREPE のレポートが指

摘している問題点でもある。機構が開発したビジネスモデルが新しかったこと、機構

が目指した地方企業の幹部候補としての首都圏人材のマーケットがほとんど存在しな

かったことなどから、この事業評価ではビジネスモデルの普及およびマーケットの発

展をほぼすべて機構の貢献と仮定した。これは妥当だったと思われるし、この点に関

しては機構が存在しなかった場合の仮想現実を明確に測定するのは難しいと思われ

る。一方、機構が開発したビジネスモデルがどれほどの効果を持ったのかという評価

は、あらかじめ体制を整えて必要なデータを収集していれば可能だったであろう。今

後の官民プロジェクトそして政策介入一般の課題である。

12

4.2.政府から距離をおいた株式会社形態の重要性

次に、機構が新しいビジネスモデルを開発して新しいマーケットを創出するという

目標を達成できた大きな理由は、それが政府の機関ではなく、政府から距離をおいた

株式会社として設立されたことだったと思われる。これには少なくとも三つの理由が

考えられる。

第一に、ビジネスモデルが開発できたか、持続的なマーケットを創出できたかなど

の最終目的を達成するインセンティブをつけやすいということである。もし政府の機

関として首都圏から地方への経営人材のフローを活性化するというような事業が行わ

れていたら、それを目的とする決められた政策を実行するだけで、ビジネスとしての

持続性などは考慮されなかった可能性が高い。政府機関で官庁からの出向者が中心だ

ったら、決められた政策を実行する以上のことをやるインセンティブはないし、事業

が終われば元の役所に戻るのだから、ビジネスモデルの持続性などは考える必要はな

いからである。第 2 節で見たように、機構がたどり着いた「伴走型支援サービス」と

いうビジネスモデルや地域金融機関に事業を「インストール」するとかいうようなア

イディアは、設立当初にはまったくなかったものである。政府機関としてやっていた

ら、こうした新しい発想は生まれなかっただろう。政府とは違った株式会社として、

地方企業、地方銀行、そして首都圏人材と真剣にビジネスを行ったから、持続可能な

ビジネスモデルが生まれ、マーケットができあがってきたのであろう。この点は、小

城社長も含めて機構の経営陣が重要視している点でもある。

第二に、関連しているが分けて考えるべきは、政府機関ではない組織を作ることに

よって、機構自身の経営陣を広く集めることができた点である。決められた政策だけ

でなく、最終目標に関する結果を念頭に置いて、経営していくためには、優れた経営

陣が不可欠である。3節で見たように、3つの目標分野のどれをとっても、日本人材機

構は最初の計画にとらわれることなく、目標達成のための様々な試みを打ち出した。

最初の計画がそもそもほとんどなかった分野もある。このような創造的な活動を可能

にしたのは、機構の有能な経営陣だったと言えるだろう。

通常の株式会社として組織するもう一つの利点は、政策コストを累積赤字という形

で明確にすることである。機構の目的は、まだ存在しない新しいビジネス、新しいマ

ーケットを創出することだったので、少なくとも最初から黒字が見込めなかったのは

明らかである。もし、最初から黒字化するようなビジネスであったなら、政策的介入

がなくても民間で市場がすでに生まれていたはずだろう。この意味で、機構が行った

事業は、民間ですでに確立された市場で活動する官民ファンドとはまったく違う。官

民ファンドがマーケットをはるかに下回るような収益しか出せないようでは問題だ

し、まして損失を積み上げてしまうのは問題だろう。機構のような事業は、赤字それ

自体は、それを上回る政策効果があれば問題ではない。政策コストとしての赤字を政

13

策の効果と比べる費用効果分析が必要とされるが、そのためには上で指摘した厳密な

効果分析が不可欠になる。

4.3.時限的な組織の利点

第三に、機構が最初から時限的な組織として設立されたことも重要だったと思われ

る。民間だけで持続可能なビジネスモデルとマーケットを創出することが目的なのだ

から、そのようなマーケットの発展が見えてきたときに、政策実行のために作られた

機関は撤退するのが望ましい。もし、そのようなマーケットが一向に育たない場合に

は、それは政策がうまく行っていないことを意味するのだから、撤退して違う政策に

シフトするのが望ましい。いずれにしても、このような政策機関は時限的なものにす

るのが望ましく、日本人材機構がそのように作られたのは評価すべきだろう。さら

に、時限の存在は、機構が期間以内に本当に持続的な市場を作らなければならないと

いうプレッシャーにもなり、効果を持ったと考えられる。

また、時限的組織にするもう一つの利点は、そこで育った人材が組織の終了後に民

間で活躍を続けていける、ということにもある。今後の官民プロジェクトにとって参

考にすべき点である。

4.4.戦略変更を許容する柔軟な組織の利点

最後に、3.7節で指摘したように、日本人材機構の成功の要因の一つに、比較的

早い段階での戦略の変更があった。これは、機構には政策目標は明確なものが与えら

れていたが、それを実現する手段に関しては、経営陣の判断に任されたことを示す。

このように経営陣に裁量権を与えたことが良い方向に働いたと思われる。もちろん、

このようなアプローチが成功するためには、優秀で意欲のある経営陣が必要である。

そのためには、4.2節で見たように、政府とは距離をおいた株式会社として組織化

するのが重要である。今後の官民プロジェクトでも、優秀な経営陣に裁量権を与え

て、意欲を引き出していくような仕組みが必要だと思われる。

14

表1 日本人材機構 主要指標一覧

2015

年度

2016

年度

2017

年度

2018

年度

2019

年度 合 計

■ 伴走型支援サービス

人材紹介決定 0 件 12 件 25 件 67 件 50 件 154 件

平均決定年収

845 万円

平均年齢

49.2 歳

アライアンス等による人材決定 0 件 1 件 1 件 10 件 31 件 43 件

その他コンサル等による支援 1 件 8 件 41 件 108 件 171 件 329 件

合 計 1 件 21 件 67 件 185 件 252 件 526 件

■ 社会実装

○金融機関向け支援

人材事業への参入支援 1行 2行 3行 6行

人材出向による支援 4人 6人 5人 15人

○地方大学向け支援

プロジェクト実行支援 1校 2校 3校

プロジェクト参画人材 9人 14人 23人

(うちプロジェクト後定着)

(8人) (11人) (19人)

○人材受入れ、育成

出向の受入れ 1人 2人 4人 7人

短期研修の受入れ 6人 6人

■ メディア事業

GMTユニークユーザー 3.3万人 9.3万人 9.6万人

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NXV

GMJ 求人数(累計) 145件 597件

GMJ 1求人当り応募数 1.9人 4.9人

■ 期末人員

常 勤 19人 37人 55人 54人 51人

非常勤 5人 5人 9人 12人 12人

合 計 24人 42人 64人 66人 63人

■ 財務数値

売上(千円) 4,630 36,897 180,569 470,664 307,654 1,000,414

営業利益(千円) -229,025 -649,887 -999,914 -917,490 -940,111 -3,736,427

15

Box 1:北海道共創パートナーズ(HKP)

北海道共創パートナーズ(HKP)は、MINI JHR 構想の具体化策として 2017 年 11 月

に事業を開始した。日本人材機構 50.1%、北洋銀行 49.9%の出資により、双方から出

向した 6名のメンバーによって立ち上げられた。

日本人材機構側はインストール戦略の象徴的事例を創るべく、精鋭を出向メンバーに

登用し短期集中のノウハウ移転を目指した。北洋銀行側も HKPを対法人営業の新たな競

争力の源泉ととらえ、同行のエース級の人材を惜しみなく投入した。設立当初から北洋

銀行の融資業務の最高責任者が役員として参画し、各営業店における HKPの活用を強く

奨励するとともに、銀行本体との様々な調整に関与した。これにより、銀行本体からの

不必要な干渉・介入が極小化されるとともに、銀行の顧客基盤を最大限利用することが

可能となり、機構からの出向者が実力を発揮できることになった。

HKPは初年度(2018年 3月決算期)にすでに黒字を実現し、その後も北洋銀行の顧客

から高い評価を得て業容を拡大した。2020年 3月時点で売上高約 4 億円、人員 16名と

なっている。銀行からの出向者も、顧客企業のオーナーの経営をサポートする業務にや

りがいを感じており、最近では顧客企業の社外取締役に乞われて就任するケースも出始

めている。「自分はこういう仕事をしたくて銀行に入った」とのコメントが銀行出向者

から数多く聞かれるという。2019 年 3 月には HKP が地方創生担当大臣表彰を受賞、ま

た 2020 年 3 月には転職サイト大手が主催するヘッドハンター・オブ・ザ・イヤー地方

創生部門を HKPに出向中の北洋銀行員が受賞している。

2020 年 4 月には北洋銀行からの申し出により日本人材機構の持分が同行に譲渡され

た。同時に、北洋銀行本部の M&A 担当部局が HKP に統合されるとともに、事業承継フ

ァンドが設立され、北洋銀行グループの対法人ソリューション事業の中核組織として位

置づけられた。

なお、現 HKP社長の岩崎俊一郎氏は、公認会計士で監査法人、コンサルティング会社

を経て日本人材機構に入社した後、HKPの創業メンバーとして出向したメンバーの一人

である。北洋銀行からの要請を受け、人材紹介事業担当者 1名とともに、株式譲渡時に

HKPに転籍している。

16

Box2: 地方国立大学による地方創生人材プログラム

首都圏人材の中には、地方創生に関心はあるものの特定の企業にいきなり転職する

には不安があるとの声が少なくない。首都圏人材を採用した経験のない企業オーナー

側も同様な不安を持っている場合が多い。このような不安を解消するようなモデル

を、機構は信州大学と共同で開発した。

首都圏人材が信州大学の客員研究員となり、週 3,4日は事前にマッチングされた企

業の支援にあたり、残りの 1,2日は大学で学習・研究活動するというプログラムであ

る。実際に企業を支援して新しい知見を得るだけではなく、大学で担当教員や他の客

員研究員からアドバイスを得ることもできる。この間、プログラムの参加者には月額

30万円の報酬が企業から直接支払われる。

半年間のプログラムの後、人材とオーナーの双方が合意した場合は、フルタイム又

は副業・兼業での採用に至る。また、参加者が希望すれば、論文審査などのプロセス

を経て実務家教員への登用という途も開かれている。

首都圏でも名前の通っている地方国立大学の客員研究員というポジションを用意す

ることによって、首都圏人材の地方転職に対する心理的ハードルを大きく下げる効果

を持つと同時に、参加者とオーナー双方に実務に携わりながらお互いを知る期間を提

供するのが狙いであった。

プログラム初年度の 2018年度は、10社 10ポジションに 105人の応募があり、8社

9人についてマッチングが成立してプログラムをスタートした。半年後に 7社 8人が

フルタイム又は副業/兼業で地域に定着する成果を収めた。2019年度には金沢大学で

も同様のプログラムを実施し、7社 9人のマッチングが成立し、6社 7人が採用に至っ

た。

信州大学のプログラムでは、SCOPという信州大学発のNPOが事務局機能を担

い、機構はSCOPにノウハウが蓄積されるように支援活動を展開した。金沢大学の

プログラムにおいては、十分にノウハウを蓄積したSCOPが機構と共に企画・運営

にあたった。これらのプログラムには中小企業庁から助成金が交付されたが、信州大

学は 2年目となる 2019年度には助成金なしでのプログラム運営にチャレンジし、5社

5名のマッチングを経て 4社 4名の定着に成功している。

これらの成果が文部科学省の目に留まり、2020年度には「大学による地方創生人材

教育プログラム構築事業」として予算化され、機構が開発したモデルが全国の地方国

立大学によって展開される予定である。

17

Box 3. 副業・兼業による地方企業への移動

幹部として地方企業を支援するスタイルは、フルタイムの転職だけとは限らない。副

業・兼業の形態で貢献できるケースも少なくない。特に、規模が小さい会社の場合には、

フルタイムで人を雇うほどの仕事量がないため、週 1~2 日や月に数日といった働き方

の方がニーズにマッチする。

機構は、2017年から副業・兼業人材の紹介を手掛けるとともに、経済産業省の研究会

に参加するなど副業・兼業の重要性を発信し始めた。特に、地方では農業・漁業などを

中心に兼業文化が古くから根付いていることに注目して、「副業・兼業は地方から」と

のメッセージを発信してきた。

2018 年 1 月には首都圏管理職に対する意識調査を行い、首都圏管理職人材の 2 人に

1 人が副業・兼業を希望しており、休日を使った月に1~2度の地方企業勤務には 60%

が関心を有するとの結果を発表している。同年にスタートした機構の求人サイト Glocal

Mission Jobs(GMJ)においても副業・兼業の求人を扱っている。

2018年は、厚生労働省がモデル就業規則を改正し、副業・兼業を従来の原則禁止から

原則解禁へと方針を 180 度転換した節目の年とされており、「副業・兼業元年」とも呼

ばれている。このころから、IT系企業を中心に副業・兼業を解禁する動きが出始め、

2020 年 3 月現在、みずほフィナンシャルグループやアサヒビ-ルなど伝統的な業種に

まで広がり始めている。また、副業・兼業に特化した人材紹介を行う事業者も現れてい

る。

以下では、機構が手掛けた副業・兼業による地方企業への首都圏人材の移動の具体例

を 3つほど紹介する。

1)東北地方の水産ベンチャーA社

水産ベンチャーである A 社はウニの養殖で急成長していたが、ウニの漁期(5 月~8

月)とそれ以外の時期の繁閑差に悩まされてきた。当地にはワカメやタコといった水産

資源は豊富に存在するものの、A社のオーナーに商品開発やブランディングの経験がな

く、「その道の経験者を紹介して欲しい」との依頼が機構に持ち込まれた。しかし、企

業規模が小さいためフルタイムの人件費を負担することは難しいとの条件が付されて

いた。

機構が副業人材として紹介した Y 氏(仮名)は 48 歳。水産加工会社の経営幹部を務

めた経験があり、その後独立して食品関連のコンサルティング会社を営んでいた。機構

からの声掛けによって、月 2回、計 5日間の副業がスタートした。着任早々A社の社員

2名と商品開発プロジェクトを組成し、東京から WEB会議で進捗をチェックするなど月

2回の訪問を有効に活用し、約半年でワカメを使った新商品を上市し、県のコンクール

で知事賞を受賞する成果を収めた。オーナーから高い評価を得て、現在では契約期間も

18

7~8日に伸び、A社の経営全般のアドバイスをする参謀役となっている。また、Y氏の

評判は地元に広く知られることとなり、他社からもアドバイスを求められ、地域内副業

を行うまでになっている。

Y氏は、まったく地縁のない東北地方に業務領域を広げられたことに喜びを感じてお

り、今後他の地域でも同様の取り組みを行いたいと希望しているという。

2)北海道のアパレル小売会社 B社

B社は道外へ店舗を拡大しようとしていたが、道外における認知度が低く、マーケテ

ィング・ブランディング面の強化が喫緊の課題であった。B社オーナーから相談を受け

た北海道共創パートナーズ(HKP)は、「課題解決に向けてはホンモノの専門人材が必要だ

が、フルタイム人材の必要はない。」と判断し、副業人材として H 氏(45 歳)を紹介。

H氏は大手外資アパレルメーカーでマーケティング責任者を務めたプロ人材。

B 社オーナーは H 氏の活用を即決し、すぐに社内プロジェクトを立ち上げた。H 氏は

毎月 2回来道し、同社のプロジェクトチームに参加。基礎的なマーケティング・ブラン

ディングの手法、競合他社分析、SNS による顧客アンケートの分析手法及び仕組構築、

広報戦略の立案、広告媒体の選定手法等の支援を行うのと同時に、それらの内製化を進

めた。

1年間の支援を通じて、道外店舗の来店客数が 1.5倍に増加する等目に見える成果が

上がっただけでなく、プロジェクトを通じて、マーケティング・ブランディング領域の

ノウハウ内製化を一気に進めることができた。

3)中国地方の酒造メーカーC社

150年以上の社歴を持つ C社は、日本酒市場の縮小に対応するための中期事業計画を

メインバンクとともに策定したものの、その実行が思うように進まないため、機構にけ

ん引役となる副社長の紹介を依頼した。

オーナーの子息が在京大手ビールメーカーでの修行から戻る予定であったことから、

機構は副社長をフルタイムで採用するではなく、次期社長である子息の家庭教師役を副

業形態で採用することを提案した。

機構が紹介した K 氏(仮名)は、メガバンク出身でベンチャー企業の経営者やオーナ

ー社長の右腕などを務めた経験を有していた。週 1回、社長子息をハンズオンでサポー

トし、二人三脚で中期経営計画を推進する体制を構築した。K氏は社長子息に経営ノウ

ハウを伝授し、外部ネットワークを紹介するだけではなく、実の親子であるが故に難し

い側面がある社長と子息間のコミュニケーションを取り持つなど、外部人材ならではの

役割を果たしている。同社主力商品のリブランディングや斬新な新商品の開発など、K

氏参画以降の成果を評価した社長の依頼により、K氏は現在社外取締役に就任している。

Q:「総じて言えば、今回の中途採用は自分に良い影響を与えている」

Q:「総じて言えば、今回の中途採用は会社に良い影響を与えている」

5:とてもそう思う

56%4:少しそう思う

28%

2:あまりそう思わない7%

NA 4%

3:どちらともいえない6%

5:とてもそう思う

57%

4:少しそう思う

28%

3:どちらともいえない7%

2:あまりそう思わない2%

1:全くそう思わない2% NA 4%

資料1 フォローアップアンケート 結果

経営者(N=54) 転職者(N=71)

5:とてもそう思う58%

4:少しそう思う30%

3:どちらともいえない10%

2:あまりそう思わない1%

1:全くそう思わない1%

Q:「総じて言えば、今回の転職に満足している」

北洋銀行・北海道共創パートナーズ

秋田銀行

北都銀行

荘内銀行

山形銀行・TRYパートナーズ

第四北越FG

滋賀銀行・しがぎん経済文化センター

りそな銀行

南都コンサルティング

千葉銀行・ちばぎんキャリアサービス

百十四銀行

伊予銀行

群馬銀行

足利銀行

埼玉りそな銀行

常陽銀行・常陽産業研究所

池田泉州銀行

YMキャリア

中国銀行

ふくおかFG

NCBリサーチ&コンサルティング

あおもり創生パートナーズ

東邦銀行

北陸銀行

北國銀行

福井銀行・福邦銀行

紀陽銀行

八十二銀行・八十二スタッフサービス

山梨中央銀行

静岡銀行

浜松磐田信用金庫☆

十六銀行・十六総合研究所

名古屋銀行

大垣共立銀行・OKB総研

【注】

・二重線囲みの金融機関(または傘下企業)はJHR支

援行(インストール対象行)

・アミ掛けの金融機関は第二地銀、下線は都市銀行、

☆印は信用金庫、他はすべて第一地銀

豊川信用金庫☆

碧海信用金庫☆ 沖縄銀行

資料2 先導的人材マッチング事業 採択金融機関 38行 (2020年3月31日発表)

広島銀行

1

日本人材機構の果たした役割

東京大学政策評価研究教育センター

東京大学公共政策大学院 川口大司

東京大学社会科学研究所 川田恵介

はじめに

安倍政権下の経済政策の一つの柱は地方創生である。その方針は 2014 年の第 2次安倍改造内閣発足後の総理大臣記者会見で明らかにされ、その後、数次の骨太の方針に盛り込まれ、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部がその実現のための事務局機能を担っている。地方創生を足元で支えるのは地域に根差した企業であり、それら企業の生産性向上は地域経済の活性化や所得向上のためには欠かせない要素である。 地方に立地する企業の成長阻害要因としてしばしば指摘されるのが経営人材の不足であ

る。都市部には大企業に勤務するホワイトカラーを中心に分厚い経営人材が存在し、ピラミッド型の組織構造の中で必ずしもその能力をフルに発揮できていない一方で、地方の企業には有意な経営人材が流れて行っていないという認識が広がっている。 このような認識に基づいて 2015年 8月に地域創生を担う官民ファンドである株式会社地

域経済活性化支援機構の 100%出資子会社として設立されたのが株式会社日本人材機構である。日本人材機構は、大都市で活躍する経営人材と、地域に根づいた地方企業を結び、人材の力で地方を創生していくことをミッションとしている。そのミッションを実現するため、「地域企業の生産性向上」を最大の目的とし、地域に根差し、今後の成長を志向され、地域をけん引しようとされている企業に対し、伴走型の人材紹介を行うとしている。さらに、単なる人材紹介だけで終わることなく、採用した人が定着し、周囲に良い影響をひろげ、活躍するまで伴走することを目的としている。 仮に経営人材が地域的に偏在しているとするとそれは地方のみならず日本全体の生産性

を向上させるという観点からも問題である。日本全体の生産量を最大化するための条件は、高い経営能力を持った人材が、人材過剰地域から人材過少地域に移動することであるためだ。仮に経営者人材市場が完全競争的で、企業と労働者の情報が賃金に集約されていれば、経営人材が自由に転職することによって、効率的な配分は分権的に達成される。しかしながら、企業・労働者の側の事情が複雑かつ、情報の非対称性があると賃金調整だけで人材の地域間異動が起こらない恐れもある。日本人材機構の役割は適切な情報提供を行うことによ

資料3

2

って、望ましい経営人材の移動を起こすことにあったといえるかもしれない。したがって、日本人材機構の果たした役割の評価は転職前後の賃金変動だけではとらえきれず、多次元の情報をどのように整理し人材マッチングを実現したのかを明らかにする必要がある。 本稿では日本人材機構が 2016 年 4 月 1 日より 2020 年 3 月 31 日までに行ってきた人材

紹介のうち、企業の内定を労働者が承諾した 154 名のデータを用いて、転職前後での賃金変動や転職の決定要因を探り、都市から地方への人材移動の障害となっている要因にはどのようなことが考えられその阻害要因を日本人材機構がどのように解消してきたのかを分析する。分析にあたっては転職前後の賃金変動のような数量的な情報だけではなく、多次元にわたるマッチング活動を評価するために、転職に伴う業務記録のファイルをテキスト分析することによって質的な情報も含めた評価を行う。 分析の結果、都市部から地方部に転職した人材は都市と地方の物価水準の違いを調整し

た実質年収で見てみると、中央値で 5%、平均値で 1%の年収増加を経験していることが分かった。一部に大幅な年収の下落を経験しているものがおり、その関係で平均値が大きく押し下げられていることが明らかになった。また、年齢との関係でいうと年を取ってからの転職は年収下落につながる傾向があることも明らかになった。労働時間の情報がないので確定的なことは言えないが、いくつかのケースを見る限り、都市から地方への転職の際にフルタイムからパートタイムになるという傾向が年長者のほうが強いことがその要因だといえそうである。また、年収が下落するケースに関しても、年齢が高く、出身地に帰り地元経済の活性化に貢献したいといった年収だけでは測れない経営人材側のメリットがあったことがテキスト分析から明らかになる。 転職者を受け入れる側の分析結果としては、受け入れる要因として、事業拡大に伴う管理

層を求めるケースと、事業が停滞し経営戦略を立てられる層を求めるケースに二分されることが分かった。後者のニーズを満たすような転職あっせんの場合、賃金下落が起こることが多い。しかしながらこれについてもテキスト分析から、賃金変化だけでは測れない企業側・労働者側双方にとってのメリットがあったことが示唆される。また、地方銀行が関与するケースでは前者のケースが多く、関与しないケースでは後者のケースが多いことも明らかになった。分析の結果、受け入れ側、経営人材側に多様な事情があり、丁寧なマッチングが欠かせないことが示唆され賃金変化だけで事業の成否を判断することは適切ではないことが示唆される。さらに銀行関与案件に関しては求人側の要求と求職側の要求が職務経験などの形である程度定型化されている傾向がある。このような案件を人材スペックが明確になった「ハード」な案件と呼ぶことにしよう。その一方で、銀行が関与しない案件では、地方企業の側では事業が停滞する中であたらしい事業や取引先を見出すといった人材スペックが必ずしも明確とは言えない「ソフト」な案件が比較的多く、出身地の発展に貢献したいといった要因や社長の経営方針に賛同といった、定型化されない要因で転職が実現するというケースが多いことも明らかになった。このように銀行関与の有無別に案件の特性が異なることの背景には様々な事情を考えることができる。地方銀行は主として財務面を通

3

じて地方企業の経営全般に対して助言を与える立場にあることを考えると、経営課題を的確に把握し、それに基づいて経営上の課題を事前に抽出してきたためだと考えることもできそうである。その一方で日本人材機構がその専門性を生かして地方銀行がとらえ損ねた人材紹介の機会を上手にとらえているといえるかもしれない。 地方銀行が今後は人材紹介の場面においても重要な役割を果たしていくことが期待されるが、現時点でも銀行ごとに意識や技能の違いといった要因も色濃く反映されていると考えられ、特に求人、求職側の定型化されない要求について、マッチングを実現していく技能をいかに高めていくが課題となるだろう。

分析データ

この分析においては、日本人材機構が仲介し、2016 年 4 月 1 日から 2020 年 3 月末までに企業の内定を労働者が承諾した 154 名の成約情報ファイルに記録された情報を分析対象とする。この成約情報ファイルには案件ごとに「経緯」、コンサルタントがまとめた「経営課題」ならびに「課題解決」の手法、人材採用にあたって経営人材に期待される「採用時ミッション」が記録されている。さらに転職の決め手となった「企業側決定要因」ならびに「候補者型決定要因」が記録され「担当者コメント」が入ったテキストファイルが付随している。そのうち、転職前年収、転職後年収が記録されている 143 名が分析サンプルとなっている。年収に関しては、生活費の地域差を反映するために、総務省統計局が作る都道府県別消費者物価指数である「持ち家の帰属家賃を除く総合」を用いて実質化した。

年収変化に関する分析

転職前後の労働条件の変化を見るために実質年収の分布をみてみる。図 1 では転職前後の実質年収がそれぞれ示されている。これを見ると転職前の年収 300 万円台の層が減少する一方で、一部に存在した高年収の層も減少し、転職後の年収は 5-700 万円の層に集まる傾向があることが見て取れる。この年収の変化に着目し、50 歳未満と 50歳以上のグループに分けて年収変化幅を見たのが図 2 である。これを見るとどちらの年齢層でも年収が上がるものが多いが、50 歳以上の層で一部大幅に年収が下がるものがいることがわかる。大幅に年収が下がった者の成約ファイルの内容を見てみると、転職前にフルタイムで非常に高い年収を得ていたものの、顧問としてパートタイムで勤務することになり、年収が大幅に下がったケースが見いだされた。これらの発見から年齢と転職前後の年収変化の関係が予想されるが、それについて直接調べたのが図 3 となる。この図が示す通り、転職年齢と年収変化の関係はそれほど強くはない。ただ年齢が高いもののほうが年収が下がるケースが増えるという緩やかな関係は見いだされる。52 歳前後で平均的には年収増から年収減に転じることもわかる。先に紹介したケースのようにフルタイムで働いていたものがパートタイ

4

ムに転換するといった要因も考えられ、これは労働者の引退は一般的に、フルタイムで働いていた者がいきなり完全に引退するのではなく、フルタイム→パートタイム→完全に引退という形で緩やかに起こっていくというこれまでにも多くの研究で発見されている傾向と整合的であると考えられる。ただし、成約ファイルには労働時間の情報が系統的に記録されているわけではないためこの可能性について厳密な実証研究をすることはできなかった。年収や年収変化の分布の分析は転職前後に年収がどのように変化するかについては、様々なケースがあり、しいて上げると年齢が低い転職者のほうが年収が上がる傾向があることを示唆している。 ここで年収変化をより系統的に複数の要因で説明してみたい。たとえば、高年齢者はどちらかというと年収減を経験することが多いことが分かったわけだが、これは単に前職の年収が高かったゆえであるといえるかもしれない。また、年齢に応じて転職先の産業が変化するといったこともあるかもしれない。また、日本人材機構の事業は地方銀行との協力によって遂行されている一方で、案件が直接日本人材機構に持ち込まれるようなこともあった。そのため、銀行が仲介に関与していたかどうかが紹介案件の特性を決めていた可能性もある。また、親の介護を理由として転職を決めたというケースもあった。これら様々な事情が年収増減に影響を与えていたと考えることができるが、このような複合的な要因を明らかにするため、年収変化を年齢、前職年収、転職先産業、銀行など金融機関の関与があったか、親の介護といった複合的な要因に分解するため多重回帰分析を行った。サンプルサイズは 143から銀行関与の有無を知るために「経緯」がわかるものに限定すると 110 となった。銀行関与の有無については成約情報の「経緯」の中に「銀行」が出現するものにダミー変数を作成した。「商工中金」が出現するものが一件あるが、それは銀行関与とは認定しなかった。「信用金庫」「信用組合」の出現は確認できなかった。さらに転職先の産業について、案件ファイルの産業分類や転職先企業のウェブページの情報から日本標準産業分類の大分類に分類をし直した。 このように作成した分析サンプルの記述統計量は表 1 にまとめられている。平均年齢は

およそ 50 歳、転職前の平均年収は 885 万円で転職後の平均年収は 851 万円である。ただし、年収の自然対数値の差分は-0.01であり平均的には大きな年収下落が行っていないことを示している。ここでは平均値の変化率と変化率の平均値に大きな乖離がある点に注意が必要だ。銀行関与ありと判定されたものは全体の 36%であった。また、決定要因(候補者)に「介護」が登場するものについてダミー変数を作成した。出現数は 3名のみで、情報通信業、卸売業・小売業、宿泊・飲食・サービス業に出現していた。転職先産業をみてみると製造業に転職したものが 43%を占め、その後、建設業の 15%が続く。 このサンプルを用いて転職前後の実質年収の自然対数値を被説明変数とし、年齢、転職前年収の自然対数値、転職先産業ダミー(建設業が基準カテゴリー)、銀行関与の有無を示すダミー、「候補者側決定要因」に「介護」が含まれていたことを示すダミー変数に回帰分析を行った。推定の手法は最小二乗法である。また、標準誤差の計算は均一分散を仮定したケ

5

ースと仮定しないケースの両方を推定したが、均一分散を仮定した標準誤差のほうが大きな値が得られたため、保守的にこちらの値を報告した。 その回帰の推定係数と 95%信頼区間をグラフ化したものが図 4である。この結果は転職

年齢は年収変化に影響を与えず、実をいうと前職賃金の高さが転職に伴う賃金下落をもたらしていたことを示している。推定値は転職前の年収が 10%高いと転職後の年収が 4%ほど下がることを示している。この効果は統計的に有意である。一方で、転職先産業による賃金変化に関しては、建設業への転職と比べて、特定の産業に転職することが統計的に有意な影響を及ぼしているかを調べてみると、必ずしもそのような影響がないことが明らかになった。もっとも「生活関連サービス業、娯楽業」や「教育、学習支援産業」への転職はおよそ 0.5 ログポイントの賃金下落をもたらすことも点推定値からは示されており、建設業や建設業への転職と比べてこれら産業への転職が賃金を引き下げる傾向があることを示しているともいえる。なお、銀行関与の有無は年収変化にほぼ影響を与えていないことも明らかになった。また転職決定要因として「介護」を挙げているかどうかは統計的に有意な影響を与えていないことも明らかになった。

成約情報のテキスト分析

ここまでは転職前後の年収の自然対数値の変化を結果変数とした数量的な評価を行ってきた。しかしながら都市部の経営人材を地方の企業に紹介するという日本人材機構の機能を考えると、転職を実現させるためには賃金以外の側面について、企業側の人材に求めるものと人材側が持つ技能などに関しての丁寧なマッチングが必要であったことは想像に難くなく、転職の成否を年収変化という一次元でとらえることにも無理があるといえよう。 このように多次元にわたる企業側の求める人材像ならびに候補者側の経験、技能、仕事に

求める選好などを、成約案件ファイルの経緯、経営課題、課題解決、採用時ミッション、決定要因(企業)、決定要因(候補者)の 6つの項目に記載された内容をテキスト分析し、頻出する単語を抜き出すことによって明らかにしてゆく。なお、6 つの項目の一つ一つの長さは営業担当者の個性や案件の特性を反映して長短あるが、おおよそ 200 文字のテキストが一般的だといえる。このテキスト情報から、Stop word(頻出するが、重要な意味を持たない言葉)を除去した後に、各単語の相対出現頻度を集計した。この集計にあたっては言語学の分野において Keyness 指標(あるいはカイ二乗値)と呼ばれる統計量を用いて、グループごとの単語の相対的な出現頻度を比較する方法をとった。ここではグループとして、転職によって年収が上がったかどうか、という軸と転職案件に銀行の関与があったかどうかを軸として分析を行った。 Keyness 指標とは P(g)を案件全体に占めるグループ g の構成比率として、P(i)をすべての単語の中に占める単語 iの出現比率としたときに

6

𝜒𝜒2 = ��(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))2

𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖)𝑔𝑔𝑔𝑔

によって定義される統計量である。なおここで、iはキーワードにつけられるインデックスで、N は単語総数、Ngiは単語 i のグループ gでの出現回数である。先述の通り、グループg は年収増減または地銀の関与の有無によって定義した。ここで、分子(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))が正か負かによって、グループ gに過大に出現するか、過少に出現するかを判定する。仮に単語の出現確率がグループと独立である時に 0 となる統計量である。 5 つの図を全体として理解することが、何が起こっているかを理解するには適している。年収が増加したグループでは経緯の中で「売上」、「拡大」、「海外」、「スタート」といった単語が目立ち、事業が拡大している様子がうかがえる(図 5)。さらに経営課題の中でも「拡大」、「得意先」、「売上」といった単語が目立ち、同様の事情が確認できる(図 6)。これらを受けてコンサルタントが提案する課題解決には「管理」、「幹部人材」といった言葉が並ぶ(図 7)。さらに企業側が人材を採用に至った理由としては「豊富」、「管理」、「知識」といった言葉が並んでおり(図 8)、候補者側の決定要因としても「ポジション」、「前職」、「責任者」といった言葉が並んでいる(図 9)。これらを総合して考えると、年収上がるような転職においては採用先が事業を拡大し、その新しい事業を管理できる人材の採用が必要となるというかなり特定の技能を持った経営人材を採用するということが絞り込めているといった事情があるといえる。そのうえで特定の経験を持った人材に適切な処遇が準備されることで転職が実現したということが言えよう。 反対に年収が下落したグループにおいては案件の経緯において「老舗」「地域」「監査」「支援」という言葉が相対的に多く(図 5)、経営課題並びに課題解決には「採用」「戦略」といった言葉が並ぶ(図 6、図 7)。転職の決定要因には「地域」「組織」「共感」という言葉が並ぶ(図 8、図 9)。地域に密着して事業を継続してきた企業がガバナンスの不調などを含む理由で経営不振に陥り、そのような企業を立て直すための人材の採用が必要になり、そこにその地域や組織に対して共感する人材が採用されるというのが考えられる状況である。年収が下がるような転職のケースでは採用企業が抱える問題も明確であるとはいいがたく、そこに適する人材もそのスペックを言語化しにくいといった事情が見えてくる。 次に銀行関与の有無別に転職案件の特徴を見てみよう。銀行関与の有無という視点が重

要になるのは、日本人材機構は地方銀行との連携を重視しており、日本人材機構が市場から撤退したのちには地方銀行が都市部の人材紹介会社と直接やり取りをしながら、都市部の経営人材を地方企業に紹介するという役割を担うことが期待されているためだ。日本人材機構が関与した案件の中で地方銀行が関与しなかった案件の特徴をあぶりだすことによって、今後、地方銀行がオペレーションの中心となったときにどのような案件が零れ落ちてしまう可能性があり、注意が必要なのかを明確にできると考えられる。 銀行関与の有無をグループとして案件ファイルの「経緯」、「経営課題」、「課題解決」、「決定要因(企業側)」、「決定要因(候補者側)」に登場する単語の Keyness指標を計算した。案

6

𝜒𝜒2 = ��(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))2

𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖)𝑔𝑔𝑔𝑔

によって定義される統計量である。なおここで、iはキーワードにつけられるインデックスで、N は単語総数、Ngiは単語 i のグループ gでの出現回数である。先述の通り、グループg は年収増減または地銀の関与の有無によって定義した。ここで、分子(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))が正か負かによって、グループ gに過大に出現するか、過少に出現するかを判定する。仮に単語の出現確率がグループと独立である時に 0 となる統計量である。 5 つの図を全体として理解することが、何が起こっているかを理解するには適している。年収が増加したグループでは経緯の中で「売上」、「拡大」、「海外」、「スタート」といった単語が目立ち、事業が拡大している様子がうかがえる(図 5)。さらに経営課題の中でも「拡大」、「得意先」、「売上」といった単語が目立ち、同様の事情が確認できる(図 6)。これらを受けてコンサルタントが提案する課題解決には「管理」、「幹部人材」といった言葉が並ぶ(図 7)。さらに企業側が人材を採用に至った理由としては「豊富」、「管理」、「知識」といった言葉が並んでおり(図 8)、候補者側の決定要因としても「ポジション」、「前職」、「責任者」といった言葉が並んでいる(図 9)。これらを総合して考えると、年収上がるような転職においては採用先が事業を拡大し、その新しい事業を管理できる人材の採用が必要となるというかなり特定の技能を持った経営人材を採用するということが絞り込めているといった事情があるといえる。そのうえで特定の経験を持った人材に適切な処遇が準備されることで転職が実現したということが言えよう。 反対に年収が下落したグループにおいては案件の経緯において「老舗」「地域」「監査」「支援」という言葉が相対的に多く(図 5)、経営課題並びに課題解決には「採用」「戦略」といった言葉が並ぶ(図 6、図 7)。転職の決定要因には「地域」「組織」「共感」という言葉が並ぶ(図 8、図 9)。地域に密着して事業を継続してきた企業がガバナンスの不調などを含む理由で経営不振に陥り、そのような企業を立て直すための人材の採用が必要になり、そこにその地域や組織に対して共感する人材が採用されるというのが考えられる状況である。年収が下がるような転職のケースでは採用企業が抱える問題も明確であるとはいいがたく、そこに適する人材もそのスペックを言語化しにくいといった事情が見えてくる。 次に銀行関与の有無別に転職案件の特徴を見てみよう。銀行関与の有無という視点が重

要になるのは、日本人材機構は地方銀行との連携を重視しており、日本人材機構が市場から撤退したのちには地方銀行が都市部の人材紹介会社と直接やり取りをしながら、都市部の経営人材を地方企業に紹介するという役割を担うことが期待されているためだ。日本人材機構が関与した案件の中で地方銀行が関与しなかった案件の特徴をあぶりだすことによって、今後、地方銀行がオペレーションの中心となったときにどのような案件が零れ落ちてしまう可能性があり、注意が必要なのかを明確にできると考えられる。 銀行関与の有無をグループとして案件ファイルの「経緯」、「経営課題」、「課題解決」、「決定要因(企業側)」、「決定要因(候補者側)」に登場する単語の Keyness指標を計算した。案

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件が持ち込まれた経緯について、銀行関与案件は候補者、案件、面談といった一般的な単語のほか、特定の地方銀行を指し示す地名が上がっており、特に有用な情報が得られるとは言えない(図 9)。次に日本人材機構の営業担当者がまとめた経営課題についてみてみると、銀行関与案件については「生産」、「工場」、「経理」、「財務」といった単語が頻出しており生産管理を含む管理系業務の品質向上が経営課題として指摘されていることがわかる。その一方で銀行が関与しない案件においては、「観光」、「事業」、「営業」、「推進」といった単語が頻出しており必ずしも経営課題が特定の職務に落とし込めているわけではない様子がうかがえる(図 10)。この点は、日本人材機構の影響担当者が提案する課題解決に向けての整理においてより明確になっている。銀行関与グループの中で頻出する単語は「管理」、「工場」、「経理」であり、その一方で、不関与グループの中で頻出する単語は「事業」、「企画」、「組織」といった単語であり、経営人材に期待されるのが特定の分野の管理業務ではないということが明確になる(図 11)。このような銀行に案件が持ち込まれているかどうかで案件の特性には明確な特徴があり、銀行案件には財務や生産といった特定の分野を管理する経営人材が求められている。これは銀行が地方企業の経営に主として財務面からかかわっていることを考えると自然な結果だということができよう。その一方で、事業全体をみて企画運営していく人材や営業を担当する人材を採用したいといった案件は地方銀行経由では比較的出てきにくいという様子も見て取ることができる。先に述べたようにこれは地方銀行が関与する案件ではすでに経営課題が整理されているという事情が考えられる一方で、経営課題が明確になっていない案件について地方銀行の取り組みが遅れてしまったという事情もあるかもしれない。サンプルサイズが小さいことや地方銀行ごとの異質性が大きいこともあり確定的なことは言えないが、一つの傾向を示していることは指摘できる。 銀行が関与する案件では財務や生産といった特定の分野を管理する人材を求めるという傾向が明らかになったが、これに応じて転職の決定要因も銀行紹介案件には特徴がある。企業側の要因であるが、銀行紹介案件では「技術」、「知見」、「経営」といった人材の特定の技能を評価する単語が頻出する一方で、銀行が介在しない案件では「評価」、「業務」、「出身」という単語が頻出し必ずしも特定の職能を評価しての採用というわけではないことがうかがえる(図 12)。これに呼応する形で候補者側の決定要因としては、銀行が関与した案件においては「幹部」、「取締役」といった単語が頻出しており、管理技能に応じたポジションが用意されそれが魅力となって転職が決まったという事情を見て取ることができる。他方で銀行が関与しなかった案件においては「業界」、「貢献」、「決意」といった主観的ともいえる単語が頻出しており、地方企業が抱える問題を解決したいという思いが転職の決め手となっているという事情が推察できる(図 13)。 以上みてきたように地方銀行が関与した転職案件は、財務管理や生産管理の責任者を採用したいという課題が明確で、それらの職務経験のある人材を相応のポストを準備して地方企業が迎えるという傾向がみられる。ある程度どのような人材が求められるのかスペックを決めることができる「ハード」な案件だということができよう。一方で銀行が関与しな

8

い案件には、地方企業を取り巻く経営環境が厳しい中で新しいビジネスを生み出したり、新しい取引先を探したりといった人材が求められる傾向があり、そのような環境の中に飛び込んで地域社会の発展に貢献したいという人材が応じているという姿も描くことができた。このような「ソフト」な案件が銀行関与の案件では出てきにくい事情について確定的なことは言えないが、通常の銀行業務を通じて地方企業の経営に対して深くコミットする地方銀行が「ソフト」な案件を「ハード」なものに転換してきたと考えることもできる。その一方で、地方銀行によっては「ソフト」な案件を受け止める技能が十分でなく日本人材機構が直接介在することによってはじめて「ソフト」な案件が掘り起こされたという事情もあるかもしれない。どちらにせよ、「ソフト」な課題を「ハード」な課題に落とし込む技能を組織的に蓄積し人材紹介ビジネスを発展させていくことが地本銀行の抱える今後の課題だといえよう。

まとめ

ここまでの分析結果をまとめ、ある側面からということではあるが、日本人材機構がはたしてきた役割を評価してみよう。まず、都市部から地方部に経営人材を紹介する事業において、すべてのケースにおいてではないが、平均的には賃金増加を図れることを立証した点は評価されるべきだろう。特に 50 歳代前半までの年齢層に関しては賃金が上昇する傾向が強いことが明らかになった。 また、転職案件のテキスト分析を通じて、都市部の経営人材を地方企業に紹介すると一口

に言っても、地方企業の人材ニーズには多様性があることが明らかになった。つまり、事業拡大に伴う管理層を求めるケースと、事業が停滞し経営戦略を立てられる層を求めるケースである。この中で、後者のニーズを満たすような転職のあっせんの場合、賃金下落が起こることが多いが、出身地域の振興に貢献したいといった賃金変化だけでは測れない経営人材側のモチベーションがあったことが示された。このように受け入れ側、経営人材側に多様な事情があり、丁寧なマッチングが欠かせないことが示唆されるため、賃金変化だけで事業の成否を判断することは適切ではないといったこともわかる。 また、地方銀行が関与するケースでは特定職務の管理層を求めるという人材のスペック

が決まっている「ハード」なケースが多く、地方銀行の関与がないケースでは人材のスペックが必ずしも明確でない「ソフト」なケースが多いことも明らかになった。今後、都市部経営人材の地方企業への紹介という事業を担う主要なプレイヤーとして地方銀行への期待が高まっていく。そのような転換の中で、「ソフト」な案件を、その案件に銀行として関与することが適切かどうかという判断を含め、必要であると判断すれば「ハード」な案件に転換するといった人材紹介の技能を組織的に蓄積していくことが地方銀行には求められていくであろう。そのような技能が組織的に蓄積されていない銀行においては、人材業界のノウハウを吸収するとともに、経験を持つ人材を招き入れるといった対応も必要になるかもしれ

9

ない。

事業評価の観点からの今後の課題

最後に今後、日本人材機構のような第三セクターの事業者の事業評価を進めるうえで課題となることを、今回の事業評価の経験を踏まえてまとめたい。日本人材機構は成約案件に関して数値情報は電子化し、テキスト情報に関しても統一のフォーマットで記録をしていたため、統計的な分析がしやすく、事後評価も行いやすかった。テキスト情報であっても、項目を分けて、統一的なフォーマットで電子的に記録された情報であれば、この報告書が示すような方法によって定量的な評価を行うことは可能である。大量の情報処理ができるため、このような分析から新たに見えてくるものも多いといえる。数値情報であれ、テキスト情報であれ、今後、同様の取り組みを行う事業体は、決まったフォーマットでの電子的な情報蓄積に注意を払うことが望ましい。 一方で、事業評価の観点からは、不足していた情報もあった。この点は後続の事業者が事

業展開をしていくにあたって有用であろうことから指摘しておきたい。事業開始当初より蓄積されていたならばより望ましかった情報は次の 2点である。 第一に成約に至らなかった案件も含めた案件情報の蓄積である。成約に至らなかったも

のを含めて引き合いがあったもののすべての記録があれば、すべての引き合いがあった企業を対象に民間信用調査会社のデータと接合することによって、成約した企業と成約しなかった企業を比較し、企業の売り上げ、利潤などがどのように変化していったかを比較することができて、人材紹介が企業パフォーマンスに与えた影響を推定できたと思われる。このように事業評価を行う際には、事業の対象となった処置群に対応する適切な対照群を選ぶことが重要になるが、事業の対象とならなかった企業全体では対照群としてあまりに範囲が広すぎる。人材紹介企業が介入する前の二つの企業の属性をできる限りそろえた比較をすることである程度は対処できるとは言うものの、日本人材機構に問い合わせをした企業全体のリストがあれば、財務諸表などには出てこない情報を含めて、対照群の絞り込みをすることができたと思われる。 第二に個別の案件が成功したかどうかを示す系統的な評価指標の蓄積である。今回の事

業評価においては、雇用主側評価、労働者側評価などが事後アンケートによって系統的に把握されているが、結果として定着した人材だけが調査対象になってしまっており、成功事例だけが分析対象になっているサンプルセレクションの問題が発生している恐れがある。紹介した人材がその後どの程度の期間転職先に勤続するのかといった情報もアウトカム変数として取得することを考えた方がよいだろう。転職後の勤続年数などを成果指標として、人材紹介が行われた時点の情報と成果指標の関係を分析することで、人材紹介を行う時点でどのような点に着目してマッチングを行うべきかが明確になったものと思われる。

10

図 1 転職前後の実質年収分布

11

図 2 年齢階層別実質年収変化

12

図 3 年収変化と年齢

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図 4 転職前後の年収対数値の変化

N=110, R2=0.428

14

図 5 年収増減グループごとの「経緯」での単語出現頻度

注: 年収が上がったグループと下がったグループの Keyness指標。Keyness指標とは P(g)を案件全体に占めるグループ g の構成比率として、P(i)をすべての単語の中に占める単語 iの出現比率としたときに

𝜒𝜒2 = ��(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))2

𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖)𝑔𝑔𝑔𝑔

によって定義される統計量である。なおここで、iはキーワードにつけられるインデックスで、N は単語総数、Ngiは単語 i のグループ gでの出現回数である。戦術の通り、グループg は年収増減または地銀の関与の有無によって定義した。ここで、分子(𝑁𝑁𝑔𝑔𝑔𝑔 − 𝑁𝑁𝑁𝑁(𝑔𝑔)𝑁𝑁(𝑖𝑖))が正か負かによって、グループ gに過大に出現するか、過少に出現するかを判定する。仮に単語の出現確率がグループと独立である時に 0 となる統計量である。

15

図 6 年収増減グループごとの「課題解決」での単語出現頻度

16

図 7 年収増減グループごとの「決定要因(企業側)」での単語出現頻度

17

図 8 年収増減グループごとの「決定要因(候補者側)」での単語出現頻度

18

図 9 銀行関与有無グループごとの「経緯」での Keyness指標

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図 10 銀行関与有無グループごとの「経営課題」での Keyness 指標

20

図 11 銀行関与有無グループごとの「問題解決」での Keyness 指標

21

図 12 銀行関与有無グループごとの「決定要因(企業側)」での Keyness 指標

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図 13 銀行関与グループごとの「決定要因(候補者側)」での Keyness指標

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表 1 分析データの記述統計量 平均 標準偏差 年齢 49.80 7.16 現職年収(万円) 851.32 311.23 前職年収(万円) 884.93 432.27 現職年収(対数値) 15.90 0.32 前職年収(対数値) 15.91 0.38 現職年収(対数値)-前職年収(対数値) -0.01 0.28 銀行への言及あり 0.364

介護への言及あり 0.027

転職先産業

建設業 0.145

製造業 0.427

情報通信業 0.036

運輸業、郵便業 0.045

卸売り、小売業 0.109

学術研究、専門・技術サービス業 0.009

宿泊業、飲食サービス業 0.055

生活関連サービス業、娯楽業 0.009

教育、学習支援業 0.009

医療、福祉 0.036

サービス業(他に分類されないもの) 0.118

N=110

2020年4月2日報道関係各位

株式会社日本人材機構

2019年度首都圏管理職の就業意識調査

地方転職への興味層が初の50%超え

株式会社日本人材機構(本社:東京都中央区 代表取締役社長 小城武彦)は、首都圏管理職の就業意識調査を行いました。 ここに調査結果の要旨をご報告いたします。

1、 調査結果サマリー

・ 地方への転職に「興味あり」22%は過去最高、「やや興味」との合計(興味

層)は51%に達し、調査開始後初の過半数

・ 人材事業への参入が相次ぐ金融機関に関して、「もし推薦があればポジ

ティブに受け止める」という層が前年同様7割超え

・ 「周囲の人が最近、地方企業に転職した」ことを目撃したのは、前年同率で

28%

・ 「同僚が最近、地方転職」は9%から13%に上昇

・ 「十分に魅力的なオファー」があった場合、前年同様3分の1が1~2年以

内に転職可能

・ 他者の地方転職について73%がポジティブに受け止めている。調査開始以

来、一貫して7割を超える

資料4

<本件に関するお問い合わせ先>株式会社日本人材機構 担当|小西(経営企画本部)TEL 03-6214-3772(代表) FAX 03-6214-3774 MAIL [email protected]

2、調査概要

- 母集団

・ 年齢:35歳~65歳

・ 従業員規模:500名以上(サービス業)、1000名以上(製造業)

・ 一都三県に在住し東京都に勤務している正社員管理職(課長職以上)

― 手法

・ インターネットモニター調査

― プロファイル

・ 実施期間:2020年3月25日~30日 ・ 回収数N=1650

<参考データ>

日本人材機構では、2016年度以降、上記の母集団および手法による調査を毎年行ってる。

今回のリリース内においては、過去に実施した際のデータを参考として掲載する。

▽過去の実施歴(実施時期/回収数N)

2016年度(上期)2016年6月3日~10日 N=1640

(下期)2016年11月30日~12月11日 N=1641

2017年度 2017年10月5日~16日 N=1642

2018年度 2019年3月8日~12日 N=1650

※2016年度は上期と下期に分けて行っているが、設問は全く異なる。本リリース内で紹

介するデータで、N=1640の場合は上期、同1641は下期の調査を指す。

課長補佐

クラス

課長

クラス

部長代理

クラス

部長

クラス

事業本部長

クラス

専務取締役・常務取締役・役員・取締役クラス

総計

35~44歳 18 327 38 57 6 4 450

45~54歳 0 338 95 138 18 11 600

55歳~ 0 215 79 239 30 37 600

総計 18 880 212 434 54 52 1650

1

N=1650

Q:地方企業(東京・大阪・名古

屋などの主要都市を除く)で働くこと

に興味はありますか?

※2016年度から毎年度調査

やや興味がある

29%

あまり興味はない

22%

興味はない27%

地方企業で働くことについて

「興味あり」が22%に増加

「やや興味」含めると初の過半数

興味がある22%

51%

やや興味がある30%

あまり興味はない

33%

興味はない23%

N=1640

44%

興味がある14%

2016年度

N=1642

やや興味がある23%あまり

興味はない23%

興味はない36%

興味がある18%

41%

2017年度

2

N=1650

やや興味がある28%あまり

興味はない26%

興味はない26%

興味がある20%

48%

2018年度

2019年度

Q:地方(東京、大阪、名古屋等の主要都市を除く)の中堅中小企業(売上高10~100億円規

模)から、以下のようなオファーがあった場合、あなたはどう感じますか?

※2018年度以降調査(いずれもN=1650)

地方企業の経営幹部職には年収ダウンでも47%が興味

同水準なら56%、アップなら65%

金融機関による推薦は7割以上がポジティブ

現在の年収からは1

~2割下がるものの、

経営幹部職としてのオ

ファーがあったとき

現在の年収と同程度

で、経営幹部職として

のオファーがあったとき

現在の年収からは1

~2割アップする条件

で、経営幹部職として

のオファーがあったとき

地方の金融機関(※)

から、融資先企業の

経営幹部に推薦する

オファーがあったとき

12% 32% 27% 29%

20% 36% 23% 21%

31% 34% 18% 17%

興味がある やや興味がある どちらかといえば興味はない 興味はない

ポジティブに受け止める

ややポジティブに受け止める

ややネガティブに受け止める

ネガティブに受け止める

27% 46% 18% 9%

※2018年3月から、規制緩和により金融機関による人材紹介が認められています

44%

56%

65%

73%

3

2019年度

2018

2019年度

2018

2019年度

2018

2019年度

2018

35%

27%

26%

12%

21%

35%

23%

21%

30%

35%

18%

17%

22%

49%

21%

8%

47%

65%

71%

56%

Q:十分に魅力のあるオファーが来る

と仮定して、あなた自身にとって、どの

タイミングであれば、地方(東京・大

阪・名古屋等の主要都市を除く)の

中堅中小企業(売上高10~100

億円規模)への転職を考えることが

できますか?

※2018年度以降調査

地方の中堅中小企業からの

十分に魅力的なオファーには

「1~2年後までに転職可能」な層が35%

N=1650

1~2年後17%

すぐにでも20%

2018年度

1~2年後19%

3~4年後15%

5%

一生ない12%

わからない24%

9%

N=16505~9年後

10年後以上

すぐにでも16%

3~4年後13%

5~9年後8%

10年後以上5%

一生ない9%

わからない28%

35%

37%

4

2019年度

Q:あなたの周りの首都圏のビジネスパーソンで、最近2~3年のうちに地方(東京・大阪・名古屋等

の主要都市を除く)の中堅中小企業(売上高10~100億円程度)に転職された方はいますか?

※2018年度以降調査

「周囲の地方転職を目撃」28% 「同僚」が13%に増加

5

N=1650

いない48%

わからない24%

Q:上記で「いる」と答えた方に質問です。周囲のどのような方が地方の中堅中小企業に転職されました

か?(複数回答)

2019年度

同僚 同業他社の社員

友人・家族 その他の知人

※複数回答のため、パーセンテージの合計は上で「いる」と答えたパーセンテージを上回る

いる28%

いる28%

いない48%

わからない24%

N=16502018年度

13%

9%8%

9%7%

8%7% 7%

2019 2018 2019 2018 2019 2018 2019 2018

N=1650

Q:あなたの同年代の友人で、しば

らく会っていないビジネスパーソンが、

地方企業に転職するとの話を耳にし

たとします。あなたはどう受け止めると

思いますか?

※2016年度から毎年度調査

ややポジティブに受け止める

42%

ややネガティブに受け止める

20%

ネガティブに受け止める

他者の地方転職についての印象

「ポジティブ」「ややポジティブ」

7割以上で推移

73%

2019年度

ややポジティブに受け止める

44%

ややネガティブに受け止める

23%

ネガティブに受け止める

7%

N=1640

70%

ポジティブに受け止める

26%

2016年度

N=1642

78%

2017年度

6

N=1650

73%

2018年度

7%

ポジティブに

受け止める31%

ややポジティブに受け止める

40%

ややネガティブに受け止める

18%

ネガティブに受け止める

4%

ポジティブに受け止める

38%

ややポジティブに受け止める

38%

ややネガティブに受け止める

21%

ネガティブに受け止める

6%

ポジティブに受け止める

35%

1割11%

2割18%

3割21%

5割16%

6割以上13%

割合はよくわからない

15%

4割6%

N=1650

活躍している人の割合

半数の管理職が

「1~3割」と実感

Q:あなたの勤務先の同年代の中

で、能力を発揮し活躍している人の

割合はどの程度だと思いますか?

50%

7

N=1640

55%

21%

2016年度

1割 2割 3割 4割 5割 6割以上 割合はよくわからない

17%

17%7%

18%

17%

3%

N=1642

13%

2017年度

17%

19%

4%

17%

17%

13%

N=1650

10%

2018年度

18%

23%

5%

16%

13%

15%

49% 51%

2019年度

N=1650

Q:これまでのキャリアにおいて、もう

一度過去に戻ってやり直せるとしたら、

転職を選択すると思いますか?

※2017年度除き調査

キャリアをやり直せるなら

約半数が「転職を選択」

はい(転職を選択)

56%

いいえ(選択しない)

44%

N=1641

2016年度 2017年度

8

N=1650

2018年度

いいえ(選択しない)

51%

はい(転職を選択)

49%

はい(転職を選択)

46%

いいえ(選択しない)

54%

2019年度

株式会社日本人材機構 企業概要

社名 株式会社日本人材機構 Japan Human Resources Co.,Ltd.

所在地 東京都中央区日本橋二丁目1番14号 日本橋加藤ビルディング9階

設立 2015年8月7日

資本金 2,500百万円

株主構成 株式会社地域経済活性化支援機構100%

代表者 代表取締役社長 小城 武彦

ホームページ http://jhr.co.jp/

以上

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