gps観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3...

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67 日本大学文理学部地球システム科学科: 156 8550 東京都世田谷区桜上水3 25 40 Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University : 3 25 40 Sakurajosui Setagaya ku, Tokyo, 156 8550 Japan 日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.40 2005pp.67 72 している。公開されているデータにはいろいろなレベル のものがあるが,とくにわれわれにとって有用なのは, 各電子基準点の設置以来の毎日の座標値(国土地理院で は「日々の座標値」と呼んでいる)である。解析の基準 となっている座標系 ITRF 2000 における XYZ 座標の値, およびそれより計算された緯度・経度・高さの日々の値 が観測点毎にファイルとなっており,これによって各観 測点の地殻変動を知ることができる。 本研究では,国土地理院により提供されているこの 日々の座標値を解析することで,日本列島における地殻 の上下変動の全体像を求めてみた。この種の研究は国土 地理院(2000 a2002)によっても行われているが,本研 究では解析に使用したデータの期間を長くするととも に,地震等による平常とは違う変動を取り除くことで, 精度を上げることを試みた。 2 解析に使ったのは,国土地理院により提供されている 全国の GEONET 観測点の日々の座標データである。こ の種のデータは 1 週間毎に更新され公開されているが, 1 はじめに GPS Global Positioning System,全地球測位システム) の観測が,地殻変動研究の強力な武器となってきた。 1970 年代にもともとは軍事目的で開発が進められたも のであるが, 1990 年代になって測地測量の目的でも利用 されるようになった。わが国でも,大学や国土地理院の 研究者により GPS の測位精度の向上を目指した研究が 続けられた。連続的な地殻変動をとらえることを目的と したわが国の GPS のネットワークの設置は, 1993 年頃か ら国土地理院により始められた。 1995 1 17 日の兵庫県南部地震の衝撃は, GPS ネッ トワークの建設を加速させた。電子基準点と呼ばれるGPS 観測点が 1997 年までには全国に 947 点設置され,GPS 続観測網(GEONET: GPS Earth Observation Network System)と呼ばれるネットワークが形成された。 1999 以降も電子基準点の増設は続き,現在の GEONET は約 1200 点で連続観測が行われている(測地観測センター, 2004)。 国土地理院では,GEONET による観測データをさま ざまな形で処理して,ネットワークを通じて一般に公開 吉 井 敏 尅 Recent vertical crustal movement in the Japanese Islands is analyzed by using daily positional data observed by the GPS network GEONETof the Geographic Survey Institute, Japan. Velocities of vertical movement of more than 800 GEONET stations are obtained by fitting straight lines on the observed data in the period from 1996 to 2003. A map of ver- tical crustal movement in the Japanese Islands is drown by using a color scale. This map provides important information on prospects of forthcoming large earthquakes around the Islands. Keywords : the Japanese Islands, GPS, crustal movement GPS 観測による日本列島の最近の上下地殻変動 Recent Vertical Crustal Movement in the Japanese Islands as Deduced from GPS Obser vations Toshikatsu YOSHII Received September 30, 2004 13

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Page 1: GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻 変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

─ ─67 ( )

日本大学文理学部地球システム科学科 :〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University : 3-25-40 Sakurajosui Setagaya-ku, Tokyo, 156 -8550 Japan

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要

No.40 (2005) pp.67-72

している。公開されているデータにはいろいろなレベル

のものがあるが,とくにわれわれにとって有用なのは,

各電子基準点の設置以来の毎日の座標値(国土地理院で

は「日々の座標値」と呼んでいる)である。解析の基準

となっている座標系 ITRF2000におけるXYZ座標の値,

およびそれより計算された緯度・経度・高さの日々の値

が観測点毎にファイルとなっており,これによって各観

測点の地殻変動を知ることができる。

本研究では,国土地理院により提供されているこの

日々の座標値を解析することで,日本列島における地殻

の上下変動の全体像を求めてみた。この種の研究は国土

地理院(2000a,2002)によっても行われているが,本研

究では解析に使用したデータの期間を長くするととも

に,地震等による平常とは違う変動を取り除くことで,

精度を上げることを試みた。

2 解 析

解析に使ったのは,国土地理院により提供されている

全国のGEONET観測点の日々の座標データである。こ

の種のデータは1週間毎に更新され公開されているが,

1 はじめに

GPS(Global Positioning System,全地球測位システム)

の観測が,地殻変動研究の強力な武器となってきた。

1970年代にもともとは軍事目的で開発が進められたも

のであるが,1990年代になって測地測量の目的でも利用

されるようになった。わが国でも,大学や国土地理院の

研究者によりGPSの測位精度の向上を目指した研究が

続けられた。連続的な地殻変動をとらえることを目的と

したわが国のGPSのネットワークの設置は,1993年頃か

ら国土地理院により始められた。

1995年1月17日の兵庫県南部地震の衝撃は,GPSネッ

トワークの建設を加速させた。電子基準点と呼ばれるGPS

観測点が1997年までには全国に947点設置され,GPS連

続観測網(GEONET: GPS Earth Observation Network

System)と呼ばれるネットワークが形成された。1999年

以降も電子基準点の増設は続き,現在のGEONETは約

1200点で連続観測が行われている(測地観測センター,

2004)。

国土地理院では,GEONETによる観測データをさま

ざまな形で処理して,ネットワークを通じて一般に公開

吉 井 敏 尅

Recent vertical crustal movement in the Japanese Islands is analyzed by using daily positional data observed by the GPS network “GEONET” of the Geographic Survey Institute, Japan. Velocities of vertical movement of more than 800 GEONET stations are obtained by fitting straight lines on the observed data in the period from 1996 to 2003. A map of ver-tical crustal movement in the Japanese Islands is drown by using a color scale. This map provides important information on prospects of forthcoming large earthquakes around the Islands.

Keywords : the Japanese Islands, GPS, crustal movement

GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動

Recent Vertical Crustal Movement in the Japanese Islands as Deduced from GPS Observations

Toshikatsu YOSHII(Received September 30, 2004)

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Page 2: GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻 変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

図 1 電子基準点「世田谷」におけるGPS観測による地殻変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北成

分(上が北向き変動),上下成分(上が上昇)の変動を

表し,縦軸の単位はmである。

図 2 電子基準点「鴨川」におけるGPS観測による地殻変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北成分(上

が北向き変動),上下成分(上が上昇)の変動を表し,

縦軸の単位はmである。

吉 井 敏 尅

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今回は2004年8月7日までのデータを使用した。なお,

国土地理院では2004年より解析法を変更した日々の座

標値データ(F2)を公開しており,今回使用したのもこ

の新しい解析法によるものである。

前述のように,現在のGEONETの観測点は最近設置

されたものを含めると全国で1200点に及ぶ。しかし,

本研究の解析では正確な地殻の変化をとらえるためにあ

る程度長期間のデータが必要なので,1996年かそれ以前

に設置された観測点のデータを利用することとした。た

だし,これでは北海道北部などで観測点密度が小さくて

解析結果に空白のできるところがでてきたので,例外と

して1997年に設置された電子基準点「稚内2」のデータ

も使用することにした。

図1に示したのは,日本大学文理学部の陸上グランド

脇に設置されている電子基準点「世田谷」(北緯35.6637

度,東経139.6306度)の観測データによる1996年以降

の変動図である。上から,緯度,経度,標高の日々の座

標値をもとにそれぞれのデータ全体の平均値がゼロにな

るようにプロットしたもので,経度と緯度については単

位をmに変換してある。今回の解析に使用したのは,

いちばん下の上下変化のプロットである。このプロット

を見ると2003年のはじめに大きな飛びが見られるが,

これはこの時期に電子基準点のアンテナ等の交換を行っ

たために生じた人工的なものであり,同じ頃にアンテナ

等の交換を行った他の多くの電子基準点のデータにも同

様の飛びが見られる。結局,解析に使用したほとんどの

観測点について,2003年以降のデータは参考にする程度

にとどめた。

上下方向の変動のプロットを見ると,他の東西方向や

南北方向の変動に比べてばらつきが大きいことや大きな

年周変化のあることがわかる。そもそも上下方向の座標

値は決定精度が良くない上に,気象的な要素により大き

な年周変化が現れているのである。今回はデータに対し

てこうした年周変化を取り除くような処理はとくに行わ

ず,全体のデータに最もよく合うよう目視により回帰直

線を当てはめて上下変動の速度を求めた。この「世田谷」

電子基準点についての変動速度は,-0.0033m/年となっ

た。

解析期間の1996年から2004年の間には,いくつか大

きな地震が発生するなど,地殻変動に影響を及ぼすよう

な事件が少なくなかった。2000年10月6日の鳥取県西部

地震(M7.3),2001年3月24日の芸予地震(M6.7)につ

いては,大きな水平変動が記録されているような震源に

近い電子基準点でも上下方向には大きな変動がないのが

ほとんどであった。2000年6月末からの三宅島を中心と

する火山・地震活動に伴う変動は付近の島々できわめて

大きかったので,解析には使わなかった。この2000年

の変動は関東地方を中心に広く観測された。図2に示し

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Page 3: GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻 変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

図 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

成分(上が北向き変動),上下成分(上が上昇)の変動

を表し,縦軸の単位はmである。

図 4 電子基準点「壮瞥」におけるGPS観測による地殻変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北成分(上

が北向き変動),上下成分(上が上昇)の変動を表し,

縦軸の単位はmである。

図 5 電子基準点「浜北」におけるGPS観測による地殻変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北成分(上

が北向き変動),上下成分(上が上昇)の変動を表し,

縦軸の単位はmである。

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GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動

たのは,千葉県の電子基準点「鴨川」(北緯35.1119度,

東経140.0793度)の変動である。東西方向,南北方向の

変動には2000年の三宅島の活動に対応する変動が目立

つが,上下方向にはそれほど目立った変動は見られな

い。この点における上下方向の変動速度は,-0.0044m/

年と求められた。房総半島では,2002年の10月からい

わゆるスロースリップと呼ばれるゆっくりとした地殻変

動が観測されたが,図3に示す「千葉大原」(北緯35.2432

度,東経140.3849度)のデータの東西方向,南北方向に

もこれが認められる。しかし,上下方向のデータにおけ

る変化は小さいし解析期間の終わりに近かったので,本

研究における解析には大きな影響はなかった。

2000年初めの北海道有珠山の活動に伴って,周辺の

電子基準点では大きなステップ状の沈降が見られた。こ

のデータを使い解析期間について単純に上下変動を求め

ると,これらの地域は大きな沈降速度をもつ地域という

ことになる。本研究ではこのような特別な現象を取り除

いた「平常」の変動を解析する方針をとったので,これらの

電子基準点については有珠山の活動に伴うステップ状の

変動の前後における上下変動の速度を採用した。図4は

「壮瞥」(北緯42.5589度,東経140.8991度)の変動図で

ある。ここでもステップ状の変化の前後の変動から,変

動速度を0.0023m/年の隆起とした。有珠山周辺の電子

基準点については,変動がきわめて少ないか,むしろ隆

起の点が多かった。

図5は東海地方の電子基準点である「浜北」(北緯34.7928

度,東経137.7918度)の変動図である。この地域では

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Page 4: GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻 変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

図 6 本研究で上下地殻変動速度を求めた電子基準点の位置

図 7 データの空間的なスムージングに用いた重み関数

吉 井 敏 尅

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2000年頃からゆっくりとした地殻変動が始まり現在も

進行中である。この図でも,東西方向,南北方向のみな

らず上下方向にも大きな変動が認められる。本研究では

2000年までの傾向がこの地域における「平常」の変動で

あると考え,2000年頃までのデータについてのみ直線を

当てはめた。この「浜北」における変動速度は,-0.0033m/

年となった。

このほか,「稚内」などのように,電子基準点設置数

年後から特に上下成分に加速するような特異な変動が記

録されている観測点がある。同様な例は「那智勝浦」で

も観測されており,測地観測センター(2004)によれば

これはGPSのアンテナの周りにある立木が,観測点設

置後に次第に繁茂していった結果によるものである。

「稚内」などについても同じ状況と考えて,変動の始ま

る前のデータに直線を当てはめた。

このようにして長期的な「平常」の上下方向の変動速

度を決めることができたのは,図6に示す836点の電子

基準点である。ただし,図1~図5に図示したような座

標値を得る際の解析上の基準点は国土地理院構内にある

「筑波1」という観測点であり,得られた全国の基準点の

上下変動の速度は,この「筑波1」の変動速度を-0.0018m/

年としたときの値になる。本研究では,特定の電子基準

点を固定点としてそこでの変動をゼロとするような補正

は行わず,得られた値をそのまま使うことにした。また,

南西諸島では少数の観測点がとぎれて並んでいる状態な

ので,この地域は今回の解析には含めなかった。

今回解析する地殻の上下変動のデータは,隣接した観

測点の水平変動速度の差を使って空間的な微分を行って

得られる歪みに比べれば,観測点毎のばらつきが少ない

のでそのままなんらかの方法で地図上に図示しても全体

の傾向をつかむことはできる。ここでは,さらに空間的

なスムージングを行って,より傾向のとらえやすい図を

作ることを試みた。

スムージングの方法は,基本的にはKato et al.(1998)

やSagiya(2004)などが行ったのと同様な手法である。

日本列島の陸の部分を緯度・経度とも0.1度間隔のメッ

シュで被い,各メッシュの交点からの距離が60km以内

にある電子基準点の値に図7に示すような正規分布型の

重みを使って得られた平均値を,そのメッシュ点での値

とした。メッシュ点の総数は6800点以上である。この

重み関数をどのように取るかによって,スムージングの

度合いが変わってくる。前述のように,今回のデータは

もともとばらつきのそう大きくはないものであったの

で,比較的幅の狭い重み関数を使った。図7からわかる

ように,実質的には半径20km程度以内のデータに重み

を置いた平均値となっている。

図8はこうして得られたメッシュ点での上下変動速度

をカラースケールで示したものである。赤系の色はプラ

ス(隆起),青系の色はマイナス(沈降)を表すが,

0.005m/年より大きな値と-0.005m/年より小さな値に

ついては,それぞれ区別無く同じ色とした。また,メッ

シュ点を計算機上で自動的に生成した関係で,陸からは

み出した部分にも色の付いているところがある。

3 考 察

このようにして得られた図8は,主として1996年から

2002年の期間について,地震やスロースリップなどに

よる変動を除いた日本列島全体の上下方向の地殻変動の

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Page 5: GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動›³ 3 電子基準点「千葉大原」におけるGPS観測による地殻 変動図。上から,東西成分(上が東向き変動),南北

図 8 日本列島における地殻上下変動速度の分布。赤系の地域が上昇,青系の地域が下降を表す。

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GPS観測による日本列島の最近の上下地殻変動

速度を表していることになる。大きな沈降速度が見られ

るのは北海道東南部,東北北部,東北東部,房総,東海,

豊後水道南部などであり,逆に大きな隆起速度が見られ

るのは北海道南西部,男鹿半島付近,伊豆諸島,伊勢湾

から紀伊半島,四国北東部などである。

日本列島の上下地殻変動に最も大きな影響を与えてい

るのは,太平洋プレートやフィリピン海プレートの沈み

込みであろう。その意味で,北海道東部から関東にかけ

て太平洋側の地域が全体として沈降になっているのは自

然であるが,よく見ると海岸にそって点々と隆起の場所

が認められる。北海道の襟裳半島先端は隆起であり,沈

降の最も大きい地域は100kmほど内陸にある。八戸付

近にも隆起の場所があり,その南でも沈降の最も大きい

地域は数十km内陸になっている。鹿島灘に面した茨城

県南部の海岸に沿っても,隆起の地域がある。

東海から四国にかけても,予想されている東海地震の

震源域では大きな沈降が認められるが,潮岬や室戸岬は

沈降であるがそのすぐ陸側は隆起の地帯となっている。

北海道南西部では,1993年の北海道南西沖地震の震源域

である奥尻島付近では大きな沈降を示しているが,その

すぐ東側の渡島半島は大きな隆起の地帯となっている。

国土地理院(2002a)もGPSデータを用いて日本列島

の地殻上下変動図を作成している。しかし,解析期間が

1998年から2000年までの3年間なので,精度が十分と

は言えないところがある。国土地理院(2004)は本研究

とほぼ同じ1996年から2002年のデータを使って同様な

図を作成した。この図は本研究の図8とよく似た傾向を

示すが,本研究とは違って地震やスロースリップによる

変動は取り除いていない。そのために,本研究ではむし

ろ隆起の地域となっている有珠山周辺は大きな沈降の地

域になっているし,逆に,本研究では急速な沈降を示す

東海地域が2000年以降のスロースリップの影響で隆起

地帯となっている,などの違いが見られる。

図9は水準測量から求められたこのほぼ100年間の上

下地殻変動である(国土地理院,2002b)。明治16年から

開始された第1回全国一等水準測量(1883~1913年)と最

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図 9 水準測量から求めた最近100年間の日本列島の上下地殻変動(国土地理院,2002b)。

吉 井 敏 尅

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近の全国一等水準測量(1986~2000年)の結果を比較し

て得られた。この100年の間に,日本列島はいくつもの

大きな地震に見舞われてきた。その影響が,この図にも

表されているはずである。1891年の濃尾地震は横ずれ断

層型であったこともあり,その影響はよくわからない。

目立つのは紀伊半島,四国の南端における隆起で,1944

年の東南海地震,1946年の南海地震の発生時における大

きな隆起によるものと考えられる。九州東部に見られる

隆起も,日向灘で多発する地震の影響かもしれない。大

都市周辺平野部における沈降は,かつて著しかった地下

水汲み上げ等による地盤沈下によるものらしい。

多くの地震等の事件を含む長い期間の前後の差をとっ

て作成された図9と,本研究のように地震やスロース

リップの影響を除いた「平常」の変動を示す図8とは,

おのずから性格の異なるものである。「平常」の変動は

次の地震の準備段階を示しているとも言える。その意味

で,中期的な地震の予測に役立つ可能性がある本研究の

ような図の作成は重要であろう。

4 おわりに

GPS観測による位置決定精度の向上は著しいが,上下

動成分の精度は水平動成分のそれに比べて著しく低く,

気象等の影響による年周変化もきわめて大きい。しか

し,5年あるいはそれ以上の期間のデータを解析するこ

とによって,その間の変動速度を比較的精度良く求める

ことが可能である。水平歪みの解析には隣接した観測点

の変動速度の差を求める必要があり,ばらつきの少ない

水平動成分のデータを使ってもその精度には限界があ

る。歪みの解析結果は空間的なばらつきが大きく,何ら

かの方法によるスムージングが不可欠である。生の解析

結果を図示しても全体の傾向は十分にとらえることがで

きるが,本研究では解析結果を見やすくするために上下

動変動についてもスムージングを行った。

地震と地殻変動の関係を考えたとき,上下の変動は横

ずれ型ではなくて逆断層型など縦ずれ型の震源断層をも

つ地震により強く結びつけられる可能性がある。本研究

で示したような上下地殻変動の平常の動向を知ること

は,海溝型の巨大地震を始めとする日本列島付近で発生

する逆断層型の地震の中期的な予測にとっても有用であ

ると考えられる。

本研究では,国土地理院が提供しているGEONETの

「日々の座標値(F2)」を使わせていただいた。記して,

感謝いたします。

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Kato, T., G. S. El -Fiky, E. N. Oware and S. Miyazaki (1998): Crustal Strains in the Japanese Islands as Deduced from Dense GPS Array, Geophys. Res. Lett., 25, 3445-3448.

国土地理院(2002a):全国の地殻変動,地震予知連絡会報,67, 517-533.

国土地理院(2002b):水準測量から求めた全国の上下変動,地震予知連絡会報,67, 555.

国土地理院(2004):北海道地方の地殻変動,地震予知連絡会

報,71, 135-187.Sagiya, T. (2004) : A Decade of GEONET : 1994-2003 - The

Continuous GPS Observation in Japan and Its Impact on Earthquake Studies -, Earth, Planet and Space, 56, xxix-xli.

測地観測センター(2004):小特集電子基準点1200点の全国整備について,国土地理院時報,103, 1-51.

参考文献