ictの貢献分野・領域の拡大に向けた 富士通の取組み - fujitsu · 2015. 11....

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FUJITSU. 64, 1, p. 2-7 01, 20132 あらまし 従来,ICTは主に人の仕事を代行することで業務の効率化を図り,コストを削減するた めに活用されていた。しかし昨今,ICT活用への期待が変化しつつある。その背景には, ビジネス環境の変化が挙げられる。市場競争の激化に加え,消費者ニーズの多様化や, 不透明な景気動向が重なり,新しいビジネスの創出は困難を極めている。こうした状況 の中,お客様からも,今までICTが扱ってこなかった分野や,ICTでは実現できないと思 われていた領域に関する相談が増えてきている。著者らは,これらの課題に取り組みつつ, 次の社会のあるべき姿を模索するに当たり,実社会における人の活動やモノの動きから 生まれる「データ」そのものと,データの利活用による新たな価値創造に着目した。富士 通が保有する総合的な技術力で,この膨大で多種多様なデータを分析・融合・活用し,人々 がより豊かに安心して暮らせる社会の実現を目指している。 本稿では,最近注目を集めるビッグデータを中心に,データ利活用によるICTの貢献分 野の拡大と,富士通の総合力,社会の期待と新領域への適用,今後の方向性について紹 介する。 Abstract Conventionally, information and communications technology (ICT) has been mainly used to reduce the amount of work that people need to do, improve operational efciency and reduce costs. Recently, however, expectations for new ways to utilize ICT have arisen. In the background of this phenomenon are changes in the business environment. Diversication of consumer needs and uncertain economic trends, combined with intensied market competition, are making it extremely difcult to create new businesses. Under these circumstances, an increasing number of customers are seeking advice about elds in which ICT has not been applied or in which it was thought impossible to utilize ICT. In the process of seeking the ideal future society while addressing the issues described above, we have focused on the actual data generated by peoples activities and movements of objects in the real world and have worked to create new value with such data. We aim to realize a society in which people can live more afuently and safely by taking advantage of Fujitsus comprehensive technical ability to analyze, integrate and utilize this massive amount of various types of data. This paper describes how to utilize data, mainly big data, which have been attracting attention recently, to expand the elds to which ICT can make contributions. It also presents Fujitsus comprehensive ability, expectations from society, application of ICT to new elds, and the future direction in which we should head. 小林午郎   新井浩治 ICT の貢献分野・領域の拡大に向けた 富士通の取組み Fujitsu’s Approach to Expanding Fields of ICT Application

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FUJITSU. 64, 1, p. 2-7 (01, 2013)2

あ ら ま し

従来,ICTは主に人の仕事を代行することで業務の効率化を図り,コストを削減するために活用されていた。しかし昨今,ICT活用への期待が変化しつつある。その背景には,ビジネス環境の変化が挙げられる。市場競争の激化に加え,消費者ニーズの多様化や,

不透明な景気動向が重なり,新しいビジネスの創出は困難を極めている。こうした状況

の中,お客様からも,今までICTが扱ってこなかった分野や,ICTでは実現できないと思われていた領域に関する相談が増えてきている。著者らは,これらの課題に取り組みつつ,

次の社会のあるべき姿を模索するに当たり,実社会における人の活動やモノの動きから

生まれる「データ」そのものと,データの利活用による新たな価値創造に着目した。富士

通が保有する総合的な技術力で,この膨大で多種多様なデータを分析・融合・活用し,人々

がより豊かに安心して暮らせる社会の実現を目指している。

本稿では,最近注目を集めるビッグデータを中心に,データ利活用によるICTの貢献分野の拡大と,富士通の総合力,社会の期待と新領域への適用,今後の方向性について紹

介する。

Abstract

Conventionally, information and communications technology (ICT) has been mainly used to reduce the amount of work that people need to do, improve operational efficiency and reduce costs. Recently, however, expectations for new ways to utilize ICT have arisen. In the background of this phenomenon are changes in the business environment. Diversification of consumer needs and uncertain economic trends, combined with intensified market competition, are making it extremely difficult to create new businesses. Under these circumstances, an increasing number of customers are seeking advice about fields in which ICT has not been applied or in which it was thought impossible to utilize ICT. In the process of seeking the ideal future society while addressing the issues described above, we have focused on the actual data generated by people’s activities and movements of objects in the real world and have worked to create new value with such data. We aim to realize a society in which people can live more affluently and safely by taking advantage of Fujitsu’s comprehensive technical ability to analyze, integrate and utilize this massive amount of various types of data. This paper describes how to utilize data, mainly big data, which have been attracting attention recently, to expand the fields to which ICT can make contributions. It also presents Fujitsu’s comprehensive ability, expectations from society, application of ICT to new fields, and the future direction in which we should head.

● 小林午郎   ● 新井浩治

ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

Fujitsu’s Approach to Expanding Fields of ICT Application

FUJITSU. 64, 1 (01, 2013) 3

ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

本稿では,最近注目を集めるビッグデータを中心に,データ利活用によるICTの貢献分野の拡大,社会の期待と新領域への適用,今後の方向性について紹介する。

ICTの貢献分野の拡大に向けて

数年前に遡るが,著者らの取組みの起点は,「コンピュータが人々の暮らしに直接役立ったことが今まであっただろうか?」という疑問であった。携帯電話やパソコンが一般の生活に浸透してきたとはいえ,富士通に限らずICT関連企業が提供するコンピュータが長年支えてきたのは,情報システム部門をはじめとするバックオフィスの作業であったという歴史がある。これに対して,著者らが目指すのは,「人々の暮らしに直接的に貢献するようなコンピュータ会社でありたい,より業務の現場に近いフロントシステムや生活に溶け込む社会システムを提供していきたい」というところにある。(1)

お客様から持ち込まれた相談事項の例として,従来のICTとは縁遠い分野と思われていた健康・医療や食・農業分野の話を紹介する。富士通は長年,医療における電子カルテシステムや農業における販売・物流管理システムなど「情報を管理する」システムを提供し,業務の効率化

ICTの貢献分野の拡大に向けて

ま え が き

従来,ICTは主に人の仕事を代行することで作業・業務の効率化を図り,コストを削減するために活用されていた。しかし昨今,ICT活用への期待が変化しつつあり,その背景には,ビジネス環境の変化が挙げられる。近年,市場競争は国内のみならずグローバルに激化している。各社の提供するサービス・製品がコモディティ化する中,業種や部門を問わず,新しいビジネスを創出する必要性が挙げられている。一方,消費者ニーズの多様化や,不透明な景気動向が重なり,新しいビジネスの創出は困難を極めている。こうした状況の中,近年お客様から,今までICTが扱ってこなかった分野や,ICTでは実現できないと思われていた領域に関する相談が,富士通に持ち込まれるようになった。著者らは,これらの課題に取り組みつつ,次の社会のあるべき姿を模索するに当たり,実社会における人の活動やモノの動きから生まれる「データ」そのものと,データの利活用による新たな価値創造に着目した。富士通が保有する総合的な技術力で,膨大で多種多様なデータを分析・融合・活用し,人々がより豊かに安心して暮らせる社会の実現を目指している(図-1)。

ま え が き

図-1 データ活用のイメージ

リアルワールドとバーチャルワールドが密接に連携

リアルワールド

バーチャルワールド

富士通のクラウド基盤

大量データ収集 融合

知恵

リアルワールドの写像センシング ナビゲーション

リアルワールドへのアクション

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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

境が整いつつある。(2)

この結果,センサ,スマートフォンなどから発信される多種多様なデータが,高頻度・リアルタイムに収集・蓄積できるようになった。大量に収集・蓄積されたデータは,従来のように目的に合わせて収集されたデータに比べ,人や社会の実態をより正確に映し出す写像を作ることができるデータになったと言える。例えば,以下に挙げるデータのように,人の行動や感情,設備の使われ方の実態などを示すデータがそれに当たる。(1) ソーシャルメディアをはじめとする,近年新たに取得できるようになったテキスト・画像・動画など,コンシューマが直接発信するデータ

(2) 環境・施設・機器への設置が進むセンサなどから取得されるデータの中でも,主に正常系データのように,今まで収集されていなかったデータや捨ててきたデータ著者らは,このようにデータから新しい発想・着想を得て,より良い製品やサービス,新しいビジネスを創出し,現状打開を目指すことをミッションに,新しい取組みを実施している。

富士通の総合力を生かす

2011年頃から,これらの発想と非常に近い「ビッグデータ」が世間の注目を集めた。ビッグデータ

富士通の総合力を生かす

に寄与してきた。しかし,どれだけ効率的な管理が可能になっても,「病気にならないためにはどうすればよいか?」「おいしい野菜をたくさん作るにはどうすればよいか?」など,本質的な課題には踏み込めなかった。しかし,最近では健康情報から病気になる可能性を予測する取組みや,高品質な野菜を安定的に栽培・収穫できる支援サービスの提供を開始しており(図-2),より社会に貢献できるシステム作りこそが,ミッションであると考えている。このように,人々の暮らしに直接貢献するコンピュータの使われ方を模索する中で,生活やビジネスの実態を表すデータに着目し,データそのものから新しい発想・着想を得られないかという考えが出てきた。

データに着目した背景

データに着目した背景には,技術の進歩がある。飛躍的に進化したハードウェア,ソフトウェア,ネットワーク技術を背景に,世の中にあるセンサ類やスマートフォン・携帯端末など,あらゆるモノが手軽にネットワークにつながるようになった。ネットワークを通してICTリソースを利用する仕組みであるクラウド上にも各種サービスが拡充されており,ネット端末からネットワーク経由で,いつでも・どこからでも,気軽にICTを利用できる環

データに着目した背景

図-2 情報を管理するためのシステムから現場で活用するシステムへ

健康・医療

食・農業

電子カルテ・レセプト

販売管理・物流管理

健康情報分析サービス

栽培・収穫システム

FUJITSU. 64, 1 (01, 2013) 5

ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

は,前述の大量・多種多様・高頻度の三つが特徴とされるが,著者らは,「データの持つ意味」に着目し,データ同士を融合させることで価値を生み出す点を重視している。そして,この「ビッグデータが企業競争力を生み出す源泉になるのではないか」という世の中の期待に先んじて取組みを始めた富士通は,先進的なソリューションやテクノロジーを創り出している。(3)これが可能になったのは,データ利活用による価値創造に必要な全ての技術を富士通が保有しているからにほかならない。データ利活用に関連する主な技術と,それを活用したプロダクトやサービスの例を以下に示す(図-3)。(1) センサ技術:機器に組み込まれるセンサや制御(2) 情報端末技術:スマートフォン・携帯電話・ネット端末などの各種ユビキタスプロダクト

(3) ネットワーク技術:ネットワークサービス,M2MサービスのFENICSⅡ

(4) クラウド基盤:サーバ・ストレージなどの技術をベースにシステムリソース環境を活用できるパブリッククラウドのFGCP/S5など

(5) データ活用基盤・モデル:データ蓄積・管理・分析技術を実装した各種ミドルウェア,OSSノウハウ,シミュレーションなどに活用できるスーパーコンピュータ,専門人材

(6) アプリケーション:既存業務の効率化に寄与する各種アプリケーションこのように,センシングの入口から,現場に役立つアプリケーションに至るまでの技術を富士通は保有している。加えて,あらゆる業種のお客様に対してシステムインテグレーションを行ってきたノウハウ,お客様とお客様とをコネクトできるチャネルを持つのが富士通であり,これらを兼ね備えた「総合力」が,富士通ならではの強みと言えるだろう。

新領域への期待

こうした技術を生かしたデータ利活用への期待として,代表的なものを挙げると,以下の三つがある。(1) 新規ビジネスの創出今までICTで処理できなかった,刻々と変化する

新領域への期待

図-3 富士通の保有する技術・サービス

・様々な機器 (センサ)

・ユビキタスプロダクト

・ネットワーク FENICSII(M2Mサービス)

・クラウド

・データ蓄積・管理・分析基盤

サーバ

ミドルウェア OSS スパコン人材(キュレーター)★

ストレージ

・アプリケーション

人材(SEなど)

新領域

既存領域

健康・美容 農業 エネルギーマネジメント

電子カルテ 会計 生産管理

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

★:キュレーターの従来の意味は,博物館や美術館などで,施設が収集する資料に関する鑑定や研究,業務の管理監督を行う専門職である学芸員を指すが,最近はデータ分析の専門家,分子生物学における分析の専門家も示すようになっている。

(M2Mサ

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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

いくだろう。このとき,肝心のデータに不足があったら,どうすればよいか。特に,新しいビジネスを創出しようとしたとき,自社内から調達できる手持ちのデータだけでは足りず,異業種のデータや,社会そのものから集めたデータが必要になることは想像に難くない。ビッグデータの活用を現実的に考えるとき,このようなデータの調達手段があるかどうかが重要となる。著者らは,データの不足がビジネス創出・拡大の妨げとならないよう,データの供給手段を用意している。様々な企業や業界の持つデータを流通させてビジネスを活性化させる場,いわばデータのマーケットプレイスとも言える場を用意し,広く活用していただく予定である。まずは富士通がデータを仕入れて,品ぞろえを進めているが,将来的には,富士通のクラウド環境上にお客様データ同士を流通させる仕組みを提供しようとしている。企業が収集・蓄積したデータは,その企業にとって価値を持つ。しかし,実はほかの業界からもそのデータの利用に対するニーズが高い。自社企業のデータを継続的に収集・蓄積・活用するとともに,マーケットプレイス上に流通させることで,別の業界のニーズに応えると,データそのものから収

大量データをリアルタイムに活用できれば,新しいビジネスを創出できる。例:エネルギー需給の見える化と需給制御,位置情報サービス,スマートハウス,スマートシティへの展開など(2) マーケティング利用,商品やサービスの改善・開発今まで捨ててきたセンシングデータや,SNSから収集できる大量な非構造データを分析することで,新たな知見獲得ができる。例:POU(Point of Use)データ利用による新商品・サービスの開発,センサ情報利用による農業・畜産支援サービス,健康情報サービスへの展開など(3) 経営指標への貢献データ処理の高速化により,業務サイクルを短縮化することで,見込み生産の精度向上や,サービスの品質向上が期待できる。例:工場運営の効率化,機器の稼働情報からの故障予測と予防保守など

今後の方向性

より良い商品・サービスを生み出す試みや,新しいビジネスの創出を検討するに当たり,データを日ごろから蓄積・保持することは必須となって

今後の方向性

図-4 新しい領域へのアプローチ

・・・企画

これまでの業務システム

お客様の業務領域新領域

データ活用基盤サービス(PaaS)

ビッグデータ

製造 販売

融合

・健康に良い住宅・栄養価の高い野菜

新商品・新サービス センシング・SNS・人の行動動・電電力力利利用状状況

業務データ

既存業務領域

・・・ ・・・

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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み

核としたビジネスの活性化に貢献する。これが富士通の基本姿勢であり,目標とする姿である。

む  す  び

富士通は,人々がより豊かに安心して暮らせる社会「ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティ」をビジョンとして掲げている。データを核としたICTの新領域への貢献拡大は,そのビジョンの実現に大きな役割を担うこととなる。現実世界のあらゆるモノにICTの仕掛けを溶け込ませることで,イノベーションを促進し,人に優しい豊かな社会の実現を目指していく。

参 考 文 献

(1) 川妻庸男:ビッグデータ活用に見る「人と社会に貢献するICT」のあり方.CIAJ JOURNAL,Vol.52, No.8,p.4-10(2012).

(2) 宮沢健太:富士通のクラウド・コンピューティングの取組み.FUJITSU,Vol.62,No.3,p.256-261(2011).

(3) 小林午郎ほか:大量データ収集分析基盤. FUJITSU,Vol.62,No.3,p.356-362(2011).

む  す  び

益を得ることも可能になる。自分の欲しいデータは,マーケットプレイス上で入手し,新しいビジネスを広げていく。これを可能にするために,富士通では,データ活用のための全ての技術を統合した「データ活用基盤サービス」をクラウド型サービスとして提供している。データの流通により,データを通じた新しい協業の形が生まれ,業界内でも異業種同士でも,データ同士を掛け合わせることで,「データの上に新しい産業が生まれる」世界が実現するのではないか。自社の既存業務領域において従来から行われてきたデータ活用に加え,異業種および社会そのものから集めたビッグデータを掛け合わせることで,人や社会に喜ばれる新商品・新サービスを提供することが可能になる(図-4)。富士通は,データ同士の掛け合わせにより,何が生み出せるのかというアイディアに精通し,お客様同士のサービス創出を支援できるようになっていかなければならないと考えている。情報そのものに価値を見出し,そのデータ活用を軸に業種と業種を結びつけ,「データの流通事業者(データサービスプロバイダ)」としてデータを

小林午郎(こばやし ごろう)

コンバージェンスサービス本部戦略企画統括部 所属現在,新サービスの提供をミッションとする新規ビジネス企画に従事。

新井浩治(あらい こうじ)

コンバージェンスサービス本部サービスインテグレーション統括部 所属現在,コンバージェンスサービス実現のための共通基盤および新しいサービスのシステム開発に従事。

著 者 紹 介