impression of fashion images in optical simulation …...copyright © 2017...

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Copyright © 2017 日本感性工学会.All Rights Reserved. 日本感性工学会論文誌 Vol.17 No.1 pp.79-88 2018doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-17-00047 特集「第 19 回大会」 J-STAGE Advance Published Date: 2017.10.04 79 1. 色(色彩)はファッション(服飾)を構成する視覚的要素, 例えば服の造形や複数アイテムによるファッション全体の 構成の中でも,他者に対し特に強いアピール力を持つものの 一つである.ファッションにおける色には,服飾の機能とし て,個人,社会,季節,時代などの情報を表現する役割もあ るため,服飾の色に対して,多くの人が,程度の差はあれ, 共通の認識,つまり服飾が発する社会的な記号の意味に対し ての認識,を併せて持つことになる[1-3].そのため,通常 の場面では,ファッションにおける色は,多くの人が持つ共 通認識に配慮しつつ,個人的な嗜好を加えて決定されている と言える[4-7].ただし社会的意味における色の共通性につ いて考えると,その一般化(汎化)はそれほど簡単ではなく, 個人差が大きい傾向も同時に示されている[4-7].これらを 踏まえると,ファッションの色は,社会的な,さらには個人 差の根源としての個別という意味でパーソナルでもある非言 語的コミュニケーションであると言えよう. しかし,そもそも物体の表面に対する人間の色の感じ方は 一様ではない.先天的な要因により一般的な色覚である3 覚とは異なる色覚を有する人が存在し, 2 色覚(先天色覚異常) と呼ばれる[8].2 色覚では,先天的に 3 種類ある錐体のう ちの 1 種類が実質的に機能していないため,一部の色の見分 けが困難となる.一般的には,錐体の内部にある光受容物質 であるオプシン[opsin]は,錐体の種類ごとに分子構造が 異なっている.そのため,可視域波長中の長波長に最大感度 を持つL 錐体と中波長に最大感度を持つM 錐体は,感度が異 なる別種の錐体として機能している.2 色覚の場合,極めて 少ない例外を除けば,遺伝的理由によってオプシンの分子構 造が極めて近くなってしまっており,実質的にL 錐体が無い L 錐体になるべき錐体にM錐体用のオプシンが入っている) か,M錐体が無い(M錐体になるべき錐体にL 錐体のオプシ ンが入っている)ため,L 錐体とM 錐体の2 種類となるべき ところが,1 種類になっている.これにより両錐体の感度の差 によって見分けられる色の違いが見分けられなくなる[8]. この時,両者のオプシンの分子構造が違ってはいるが近くなっ ている[9]場合もあり,L 錐体とM 錐体は違ってはいるもの の,その差がほとんどないため,色が見分けにくい状態にな る[10].これは異常3 色覚と呼ばれる.2 色覚や異常3 色覚 の人は,日本人では男性で約20 人に1 人,女性で約500 人に 1 人といわれており,決して無視できる数ではない[8]. しかし, 2 色覚者や異常 3 色覚者の色の見え方については, よくわかっていない面がある[11].赤緑間の色の見分け(色 弁別),より正確には混同色線上の色の見分けが困難である ことから,色彩理論的に推定すると,一般に,先天色覚異常 2 色覚・異常 3 色覚)者は赤や緑の応答が無いか,微弱であ ると考えられている[12,13].このことは,非常にまれな場 合であるが,片眼が正常でもう片眼が 2 色覚である場合があ り,そのときの見え方の比較とも一致している[14].この ことから,赤や緑が見えないとすれば,それらを用いた配色 のファッションから受ける印象が3 色覚者とは大きく異なる Received: 2017.05.08 / Accepted: 2017.08.01 原著論文 2 色覚模擬におけるファッションイメージの印象 色弱模擬フィルタ着用による SD 法評価の変化 篠森 敬三,西村 美月 高知工科大学 Impression of Fashion Images in Optical Simulation of Dichromatism – Change of Evaluation in SD Method by the Functional Filter for Optical Simulation of Dichromats – Keizo SHINOMORI and Mizuki NISHIMURA Kochi University of Technology, 185 Miyanokuchi, Tosayamada, Kami-city, Kochi 782-8502, Japan Abstract : The person whose color perception is different with color normals is called as a dichromat. Since typical dichromats have no perception of redness and greenness, impressions of fashion in red and green schemes would be greatly different with ones of color normals. We investigated the change of fashion image impression on color normals wearing the functional filter for optical simulation of dichromats because of the possibility that the impression evaluated by semantic differential method could be influenced not only by the color vision difference but by differences of long-term visual experiences, which may differentiate ‘semantic words’ usage. As the result, the impression of red, orange, green and purple fashion images were greatly changed with the filter, while little change in yellow and blue images. The impression under the simulated red-green color deficiency indicates the maximum difference and can be the basis of the measurement on dichromats. Keywords : Color deficiency, SD method, Fashion impression

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Page 1: Impression of Fashion Images in Optical Simulation …...Copyright © 2017 日本感性工学会.All Rights Reserved. 日本感性工学会論文誌V ol . 17N p 9- 8(20 ) doi:

Copyright © 2017 日本感性工学会.All Rights Reserved.

日本感性工学会論文誌 Vol.17 No.1 pp.79-88(2018)doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-17-00047

特集「第19回大会」

J-STAGE Advance Published Date: 2017.10.04 79

1. は じ め に

色(色彩)はファッション(服飾)を構成する視覚的要素,例えば服の造形や複数アイテムによるファッション全体の構成の中でも,他者に対し特に強いアピール力を持つものの一つである.ファッションにおける色には,服飾の機能として,個人,社会,季節,時代などの情報を表現する役割もあるため,服飾の色に対して,多くの人が,程度の差はあれ,共通の認識,つまり服飾が発する社会的な記号の意味に対しての認識,を併せて持つことになる[1-3].そのため,通常の場面では,ファッションにおける色は,多くの人が持つ共通認識に配慮しつつ,個人的な嗜好を加えて決定されていると言える[4-7].ただし社会的意味における色の共通性について考えると,その一般化(汎化)はそれほど簡単ではなく,個人差が大きい傾向も同時に示されている[4-7].これらを踏まえると,ファッションの色は,社会的な,さらには個人差の根源としての個別という意味でパーソナルでもある非言語的コミュニケーションであると言えよう.しかし,そもそも物体の表面に対する人間の色の感じ方は一様ではない.先天的な要因により一般的な色覚である3色覚とは異なる色覚を有する人が存在し,2色覚(先天色覚異常)と呼ばれる[8].2色覚では,先天的に3種類ある錐体のうちの1種類が実質的に機能していないため,一部の色の見分けが困難となる.一般的には,錐体の内部にある光受容物質であるオプシン[opsin]は,錐体の種類ごとに分子構造が

異なっている.そのため,可視域波長中の長波長に最大感度を持つL錐体と中波長に最大感度を持つM錐体は,感度が異なる別種の錐体として機能している.2色覚の場合,極めて少ない例外を除けば,遺伝的理由によってオプシンの分子構造が極めて近くなってしまっており,実質的にL錐体が無い(L錐体になるべき錐体にM錐体用のオプシンが入っている)か,M錐体が無い(M錐体になるべき錐体にL錐体のオプシンが入っている)ため,L錐体とM錐体の2種類となるべきところが,1種類になっている.これにより両錐体の感度の差によって見分けられる色の違いが見分けられなくなる[8].この時,両者のオプシンの分子構造が違ってはいるが近くなっている[9]場合もあり,L錐体とM錐体は違ってはいるものの,その差がほとんどないため,色が見分けにくい状態になる[10].これは異常3色覚と呼ばれる.2色覚や異常3色覚の人は,日本人では男性で約20人に1人,女性で約500人に1人といわれており,決して無視できる数ではない[8].しかし,2色覚者や異常3色覚者の色の見え方については,よくわかっていない面がある[11].赤緑間の色の見分け(色弁別),より正確には混同色線上の色の見分けが困難であることから,色彩理論的に推定すると,一般に,先天色覚異常(2色覚・異常3色覚)者は赤や緑の応答が無いか,微弱であると考えられている[12,13].このことは,非常にまれな場合であるが,片眼が正常でもう片眼が2色覚である場合があり,そのときの見え方の比較とも一致している[14].このことから,赤や緑が見えないとすれば,それらを用いた配色のファッションから受ける印象が3色覚者とは大きく異なる

Received: 2017.05.08 / Accepted: 2017.08.01

原著論文

2色覚模擬におけるファッションイメージの印象̶ 色弱模擬フィルタ着用によるSD法評価の変化 ̶

篠森 敬三,西村 美月

高知工科大学

Impression of Fashion Images in Optical Simulation of Dichromatism– Change of Evaluation in SD Method by the Functional Filter

for Optical Simulation of Dichromats –

Keizo SHINOMORI and Mizuki NISHIMURA

Kochi University of Technology, 185 Miyanokuchi, Tosayamada, Kami-city, Kochi 782-8502, Japan

Abstract : The person whose color perception is different with color normals is called as a dichromat. Since typical dichromats have no perception of redness and greenness, impressions of fashion in red and green schemes would be greatly different with ones of color normals. We investigated the change of fashion image impression on color normals wearing the functional filter for optical simulation of dichromats because of the possibility that the impression evaluated by semantic differential method could be influenced not only by the color vision difference but by differences of long-term visual experiences, which may differentiate ‘semantic words’ usage. As the result, the impression of red, orange, green and purple fashion images were greatly changed with the filter, while little change in yellow and blue images. The impression under the simulated red-green color deficiency indicates the maximum difference and can be the basis of the measurement on dichromats.

Keywords : Color deficiency, SD method, Fashion impression

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可能性がある.ところが,色の見分け(色弁別)が困難である2色覚者でも,単独の色票で示される赤や緑の色名を正確に答えられる[15]ことから,色の見え方そのものには,色弁別とは異なって赤や緑が見えているのではないかという議論もあり,現在でも明確になっていない[11].加えて,2色覚者が各色から受ける印象についての研究は少なく,また結果も明確になっていない.色印象が3色覚者(一般色覚者)とほぼ類似している2色覚者の例も報告されている[16]一方で,2色覚者において赤やオレンジにおいて大きな印象の差を示す報告[17]もある.ファッションの色に戻って考えると,二つの状況が存在する.一つには,2色覚者が他者のファッション色を見る際に受ける印象であり,もう一つは,2色覚者自身が選択したファッション色が3色覚者に与える印象である.最初に述べたように,ファッション色がある程度社会的な意味を持つとすれば,服飾の色によって2色覚者が受ける印象と与える印象が,多数を占める3色覚者の印象と異なる場合には,ファション色の持つ意味合いも変わってくることになる.この際,社会的,個人的なコミュニケーションにおける錯誤,いわゆるミスコミュニケーション,が誘発されるのでは無いかという危惧がある.このようなファッションの色のもたらす意味が違ってくる可能性について理解することは,色覚バリアフリーのためのカラーユニバーサルデザインを展開する[11]にあたっても非常に重要である.以上を踏まえ,本研究ではファッション色に対する感性的な評価であるファッションイメージの印象について,3色覚者と2色覚者の間での相違を明らかにすることを目的とし,3色覚者が色弱模擬フィルタを装着した場合(2色覚模擬)としない場合とでの,ファッションイメージに対する印象評価をセマンティック・ディファレンシャル[semantic differential](SD)法により行って,その結果の比較から2色覚における印象評価を推定した.なお,本研究の意義にも深く関わるが,2色覚の見え方の研究において,色弱模擬フィルタによる2色覚模擬を行う妥当性について述べておきたい.2色覚者の持つファッションイメージの印象について検討するのであれば,このような色弱模擬フィルタによる2色覚模擬による計測ではなく,実際の2色覚者で直接計測する[16,17]ことが望ましいという考え方も当然ある.しかし,本研究では,それら先行研究での結果の曖昧さに見られるような2色覚者における感性計測の根源的な難しさが危惧された.2色覚や異常3色覚は先天的なものであるため,2色覚者の印象と,3色覚者の印象が異なる場合.その相違がどこから来るのかについて考える必要がある為である.やや外れている事例ではあるが,2色覚者は交通信号を赤や緑といった色印象では無く,どの場所で点灯しているかという位置印象で認識している[18].これは色の見分けが困難であることから,幼少時より交通信号は点灯位置により情報を伝達すると学習している為と考えられている.この事例等から類推すると,2色覚者と3色覚者のファッション色における印象の相違は,単純に考えると両者の色覚の差によって生じると考えられるけれども,印象評価

にSD法を用いた場合には,必ずしもその様に単純化は出来ない可能性が残る.色の対する印象は,幼少時より形成されるため,例えば鮮やかな赤が2色覚模擬において推定されるくすんだ茶色に見えるとしても,回答される色名は両者とも同じ赤であり,また生得的な経験の積み重ねとして,くすんだ茶色に対して外部(3色覚者)から学んだ「活動的である」という印象を持ったとしても,決して不自然ではない.実際に先行研究[16,17]間の2色覚者印象の相違もこのように考えると定性的に矛盾無く説明可能である.このため,2色覚者と3色覚者のSD法の結果比較だけでは,ファッション色に起因するファッションイメージの印象は,少なくても同じ色の見えに対しては両者同一であるという保証すら無いことになる.もしそうであるならば,2色覚者と3色覚者の結果の相違は,色覚の相違と経験により獲得した印象の相違の両方に依存することになり,その解析も困難であると考えられた.そのため,総括的な研究の第一段階として,印象の差違を色覚の相違による影響に限定させるため,同じ3色覚の被験者において,色弱模擬フィルタによる2色覚模擬がある場合と無い場合との結果を比較することとしたものである.

2. 方 法

2.1 被験者今回の実験では,20歳から22歳の男性7名,女性8名の計15名の理工学系大学生を被験者とした.被験者の色覚は,石原色覚検査表国際版38表とパネルD-15より全員3色覚(一般色覚)者であった.なお,被験者に著者は含まれない.実験にあたっては高知工科大学研究倫理審査委員会の承認を得るとともに,被験者から同意書を頂いた.これらは国際的なヘルシンキ宣言に準拠するものである.

2.2 装置と呈示刺激実験は,暗室内に設置された標準光源装置Macbeth Judge

II(X-rite社製)を用いた.光源は上部から照射される約640

lxの白色光(D65蛍光灯)であった.また,ブース内には呈示刺激を配置するため45度の角度をつけた台を設置した.装置と実際の実験の様子を図1に示す.

図1 装置と実験の様子

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2色覚模擬におけるファッションイメージの印象

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呈示刺激として,PCCS配色パレットCD-ROM版(日本色研製)が生成するファッション・デザイン画(ジャケット・スカートスタイル2)に,画面彩色して画像化し高品質印刷したシートを用いた.ファッション・デザインに配色する色として,反対色を構成する赤-緑,黄-青の4色に加え,それらの中間の色で赤が寄与する色であるオレンジ(黄+赤)と紫(青+赤)の2色の合計6色を用いた.高彩度の色であるとともに異なる色相間での印象を出来るだけ同じにするため,色のトーン[tone]を合わせることとして,それらの色は日本色研配色体系[PCCS]のビビットカラー[vivid color]群から選択した.印刷時の場合の色の精度も考慮して,v2(赤),v6(黄みのオレンジ),v8(黄),v13(青みの緑),v18(青),v22(紫)を選択した.図2の灰色四角(■)は理論(計算)上の刺激色および標準光源の白色昼光D65のCIE1976u’v’色度図上の色度点を示す.また図2の白丸(○)は実際に分光放射輝度計 CS-1000(コニカ・ミノルタ社製)で計測した刺激色および印刷台紙の白色の色度点を示す.ファッション・デザイン画上で行う配色は,ジャケットとスカートを同一の1色とし,ジャケットの下に着ているトップスを別の1色とした(全て同一色の配色は用いなかった).このためファッション・デザイン画は.6P2=6×5=30種類であった.ジャケット・スカート-トップスの順で赤,オレンジ(橙),黄,青みの緑,青,紫の順に番号を振った.

2.3 評定方法SD法により,被験者は呈示されるファッション画像30枚それぞれに対して,9つの評価カテゴリに分けられた23個の意味語対[paired semantic words]の評価尺度を用いて7段階(+3, +2, +1, 0, -1, -2, -3)の評定を行った.評定に用いた意味語対は,SD法の三大領域やファッション分析を考慮して,大きく3つのカテゴリから選択された.(1)SD法でよく用いられる3つの大きな印象方向性である価値・活動性・力量性に対応した意味語対[19]から著者が選択したもの,(2)SD法による2色配色のファッションに対す

る印象分析の先行研究[20]で用いられた意味語対から著者が選択したもの,(3)ネイルアートに対する印象分析の先行研究[21]で用いられたSD法意味語対から著者が選択したもの,である.選択に当たっては,それぞれの先行研究[19-21]において,結果に対する寄与率が高いことを判断基準とした.SD法の適用手順としては,ファッション配色についての先行研究で寄与率が高い意味語対を中心とするのが一般的ではあるが,本研究では2色覚模擬に伴う色の見えの変化に付帯して生じる可能性のある全体印象の変化についても感度よく捉えることを企図したため,SD法における3大印象方向性についても意味語対を設定した.加えて,より近年の研究対象であるネイルアートの示す意味語対は,コスメティックスとしての印象にも関連しており[21],ファッション印象をより網羅的に捉えるのに有利であると考えられた.評定に用いた9つの評価カテゴリと,そこに含まれる意味語対は以下の通りである.次章の結果では,意味語対の左側の語を正得点とし,この順序で表示した.(1)SD法でよく使われる一般的意味語対カテゴリ[19]

• 価値カテゴリ

 健康な-不健康な,良い-悪い• 活動性カテゴリ

 動いている-止まっている,熱い-冷たい,

 安定した-不安定な• 力量性カテゴリ

 軽い-重い,強い-弱い,柔らかい-堅い(2)ファッション分析意味語対カテゴリ[20]

• 優雅さカテゴリ

 品のある-品のない,美しい-美しくない,

 癒される-癒されない,高級な-低級な• 目立ちカテゴリ

 積極的な-消極的な,派手な-地味な,  自信のある-自信のない• 愛らしさカテゴリ

 若々しい-年寄りじみた,

 可愛らしい-可愛らしくない,陽気な-陰気な(3)ネイルアート分析意味語対カテゴリ[21]

• 時代カテゴリ

 モダンな-クラッシック,斬新な-オーソドックス,

 ファッショナブル-時代遅れ• 感覚カテゴリ

 ロマンチック-実用的• 様式カテゴリ

 にぎやかな-すっきりした尺度軸は横線の上に縦線目盛と数値を記載する方式で,

+3から-3までを表現した.意味語対の順序は上記カテゴリが1つに集まらないようにランダムな順序とし,尺度軸についても,意味語対に対する正負を一部ランダムとして一方向にバイアスが生じないように配慮した.被験者ごとに意味語対の順序や尺度軸の正負を変えてはおらず評価シートは1種類であった.

0

0.1

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0.5

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v'

u'図2 呈示刺激色(□理論値,○実測値)

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被験者は,呈示された各ファッション画像に対し,その印象を評価用シートに直接記入した(図1参照).尺度軸上の評定においては,目盛間に印を付けることを認め,アナログ的に小数第1位まで読み取ったが,被験者に対して中間的な位置への記入についての特段の説明[instruction]は行っていない.

2.4 2色覚模擬本実験では2色覚模擬に,分光透過特性により2色覚模擬を行う色弱模擬フィルタであるバリアントールP型,D型(伊藤光学工業)[22,23]を用いた.それぞれ1型2色覚[protanope]と2型2色覚[deuteranope]の模擬となる.フィルタによる2色覚模擬は,コンピュータソフトウエアによって色変換した画像を画面表示した場合に比べ,模擬された色世界に対する没入感がより優れており[11,22],本研究の目的に対し,より有利であると考えられた.今回使用したD65蛍光灯の様な幅広い波長帯を持つ光源を使用した場合での印刷物における2色覚模擬効果の精度については,想定されていない特異的な効果は生じないことを検証済みである[11].色覚特性の1つとして,1型2色覚ではL錐体が機能していないため長波長である赤系統が非常に暗くなる一方で,2型2色覚ではM錐体が機能していないため中波長の緑系統の色がやや暗くなる[8].フィルタ無しの場合とP型,D型フィルタを使用した場合のそれぞれで台紙白色の輝度で正規化した値に対して,フィルタ無しの場合を1とした各色の相対輝度を図3に示す.赤やオレンジの赤系統で1型(P型)模擬の相対輝度が,緑や青で2型(D型)模擬の相対輝度がそれぞれ減少していることがわかる.またフィルタによる呈示刺激色の色度点移動については,

1型模擬を赤で,2型模擬を青で図4に示す.図中の赤,青点線は2色覚模擬における赤緑反対色の縮退(赤緑の色が失われる)による色の集約線(青黄反対色のみ残る色)を示す.バリアントールP型による模擬では,集約線がS錐体混同色中心(図中下部の黒点)を通っており,色の違い(色弁別)にS錐体刺激量しか寄与できないことを示している.これは2色覚の色彩理論通りである.一方,バリアントールD型による模擬の集約線は,S錐体混同色中心を通ってはいないけれども,模擬された色の色度座標がほぼ黄-白-青の線上に乗っていることから,この程度の微弱なL,M錐体の寄与は,3色覚者にとっては本実験の結果にはほとんど影響を及ぼさないと考えられる.これはP型,D型模擬の白色点の色度座標で示される様に,フィルタ使用時に台紙白色上に(それぞれ)緑みと赤みが微少に残っている事とも併せて関連する.単に視野中のある1色のみ色がずれている場合と異なり,色弱模擬フィルタの使用では眼鏡型フィルタとして装着するために視野全体でかつ色領域全体での微少な色のシフトとなるため,錐体順応による色恒常性効果が適性に生じて白色補正が行われる[24].さらに,この色恒常性による白色補正は,2色覚者の場合でも有効に生じることが既に明らかになっている[25].そのため,呈示刺激色の見え方に

対しての影響はどちらの場合もごく小さいと考えられる.実際に,実験被験者からは,フィルタ装着直後は薄い緑や薄い赤(ピンク)の印象を感じていたものの,評定実験を始める段階では,ほとんど気にならなくなったという内観を得ている.

2.5 実験手順本実験では,シャッフルされた30枚のファッション画像を実験者(著者)が1枚ずつブース内の台に設置して被験者に呈示した.被験者は,呈示されたファッション画像を,時間を含め自由に観察し,事前に配布された評価用シートに,ファッション画像に対する印象を記入した.ファッション画像が呈示されてから被験者が評価用シートのすべての項目に印象を記入するまでを1試行とし,全30試行を1セッションとした.被験者は色弱模擬フィルタについて,着用なし,バリアントールP型装着,バリアントールD型装着の計3つの独立したセッションを行った.実験中はセッション終了後,被験者に適宜休憩をとらせた.

0

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0.4

0.6

0.8

1

1.2

赤 橙 黄色 青み緑 青 紫

相対輝度

呈示刺激色

図3 呈示刺激色のフィルタによる相対輝度変化(白○はフィルタ無,赤□はP型,青△はD型.)

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0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

v'

u'図4 呈示刺激色のフィルタによる色変化

(白○はフィルタ無,赤□はP型,青△はD型. 点線は色集約線.●はS錐体混同色中心.)

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2色覚模擬におけるファッションイメージの印象

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3. 結 果

3.1 各刺激色の評定値30種類のデザイン画に対して,被験者はフィルタの着用無し,P型フィルタ着用,D型フィルタ着用のそれぞれで独立して評定値を求めた.フィルタ条件ごとで1名の被験者は1条件あたり1回の評定のみを行っており,また実際にはほとんどの被験者が整数値のみを評定値として回答した.そのため,本研究の実験結果から被験者間の相違を論じることは困難であり,15名の平均値をデータとして使用した.ジャケット・スカート色が同じ色の場合で異なるトップス色間での結果は,意味語対に依存して類似となる場合と異なる場合とが見られ,全体的な傾向は複雑で分析は容易ではなかった.そこで,まずトップス間の平均を取り,ジャケット・スカート色ごとの評定値を比較したのが図5である.全体的な傾向として暖色(赤,オレンジ,黄)と寒色(青みの緑,

青,紫)とに分離されるため,図では別のパネルに表示した.上図では赤,下図では紫のデータ点に,上下とも2倍の標準誤差を取った誤差棒を表示した.この上下誤差棒の範囲は95%信頼区間を示している[注1].信頼区間から考えて統計的に有意に絶対値が1を超えている場合に,その刺激色を持つファッション・デザインは,当該意味語対の特徴を強く表現していると考えられる.この観点から,まず暖色の結果を分析すると,8意味語にわたっており,「熱い」(赤),「強い」(赤),「癒されない」(「癒される」の負値方向対語,赤),「積極的な」(赤,橙,黄),「派手な」(赤,橙,黄),「自信のある」(赤,橙,黄),「陽気な」(赤,橙,黄),「にぎやかな」(赤)の各意味語の表す特徴を,括弧内の色において強く示す結果となった.

これらは,今回採用したビビッド・カラーが高彩度であることから,高彩度暖色が示す印象と良く一致している[26].一方寒色の場合は,強い特徴を示す意味語対は少なく,「冷たい」(「熱い」の対語,青),「重い」(「軽い」の対語,紫),「年寄りじみた」(「若々しい」の対語,紫),「すっきりした」(「にぎやかな」の対語,青)の4意味語対であった.この暖色と寒色の分類において,2色覚模擬の効果を3色平均で検証すると,P型,D型フィルタのいずれでも,暖色においては意味語で表現される特徴を減少する効果があった.一方,寒色においては,多くの意味語対においてフィルタ装着による変化がほとんど見られない.ただし,「重い」→「軽い」,「硬い」→「やわらかい」,「派手な」→「地味な」,「すっきりした」→「にぎやかな」の意味語対については,意味語が対語に移るという効果が見られた.またP型,D型フィルタの間での評定値平均の相違は小さく,2.4節で述べた見えに対する色恒常性効果が現れていることを示唆している.

3.2 主成分分析による解析前述の様に,ジャケット・スカート色とトップスの色の関係性や,刺激色ごとの意味語対全体を通しての傾向は複雑で容易には分析できなかった.そこで,全フィルタ条件(3条件)とファッション・デザイン画全種類(30種)の被験者平均値をデータとして主成分分析を行った.図6に第1主成分(寄与率58.1%),第2主成分(寄与率21.3%)及び第3主成分(寄与率8.0%)における意味語(対)の主成分(因子)負荷量を示す.ただし,いずれの主成分も便宜的に正負を逆にして記載している(例えば「-第1主成分」).この3つの主成分の累積寄与率は87.6%であり,この3つでほぼ全体の傾向を表すことが出来る.図においては,絶対値が最大絶対値の65%以上となる負荷量データ点を黒枠で囲んだ.第1主成分は,基本的には全体の評定値を上下させるオフセットの役割を果たすと考えられるけれども,他の2つの主成分が表現する意味語(特徴)についての負荷量は小さくなっている.正負逆転表現における第1主成分を網羅的に記載すれば「健康的で活発・にぎやかであり,力量性に優れ,目立つ・愛らしい・時代に合っているという特性」を表現している.これを様々なファッション・ニーズを満足させるという意味に捉えることも出来るけれども,ここでは特徴をよ

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健康な

良い

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⾃信のある

若々しい

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モダンな

斬新な

ファッショナブルな

ロマンチックな

にぎやかな

評定値平均

意味語(正値⽅向)

トップス5⾊×被験者15名の平均

⾚ オレンジ 黄 P型3⾊平均 D型3⾊平均

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健康な良い

動いている熱い

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可愛らしい

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斬新な

ファッショナブルな

ロマンチックな

にぎやかな

評定値平均

意味語(正値⽅向)

トップス5⾊×被験者15名の平均

⻘みの緑 ⻘ 紫 P型3⾊平均 D型3⾊平均

図5 ジャケット・スカート色ごとの評定値平均(上図:赤,オレンジ,黄,下図:青みの緑,青,紫).

■はP型,▲はD型フィルタ使用時の3色平均. 誤差棒は2倍標準誤差(赤,紫のみ).

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り強調して捉える意味で「1. 愛らしさ・目立ち因子」[注2]と呼ぶことにする.正負逆転表現における第2主成分は,「上品で美しく,安定していて良い」という特性であるので,「2. 高価値・優雅さ因子」と呼ぶことにする.正負逆転表現

における第3主成分は,「高級でロマンチックである」という感覚的な特性であり,「3. 高級・ロマンチック因子」と呼ぶことにする.だたし,寄与率が8%と小さいので,後の解析には用いない.得られた第1主成分(第1因子)と第2主成分(第2因子)について,フィルタ,ジャケット・スカート色,トップス色の各条件別に,正負反転した因子得点を2次元座標にプロットすることで,特に色弱模擬フィルタによってどのように因子得点の布置が変わるかを検討する.ジャケット・スカート色ごとの因子得点布置図を,暖色を図7に,寒色を図8に示す.左右パネルで共通する色シンボルはフィルタ無し条件,黒シンボルは左パネルではP型フィルタ,右パネルではD型フィルタ条件での得点布置を示す.シンボル形状はトップスの色を示す.横軸には正負反転した愛らしさ・目立ち因子(第1因子)得点を,縦軸には同様に正負反転した高価値・優雅さ因子(第2因子)得点を取った.正負反転によりいずれも正方向(右・上方向)が,因子特徴が強くなる方向となっている.図7上図のジャケット・スカート色が赤の時の因子得点については,フィルタ無しのときの赤色ファッションに対する印象は愛らしさ・目立ち因子得点の度合いが大きいのに対し,高価値・優雅さ因子得点が低いという印象にほぼ統一さ

-0.5

-0.4

-0.3

-0.2

-0.1

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

健康な良い

動いている熱い

安定した軽い強い

やわらかい

品のある

美しい

癒される

⾼級な

積極的な

派⼿な

⾃信のある

若々しい

可愛らしい

陽気な

モダンな

斬新な

ファッショナブルな

ロマンチックな

にぎやかな

主成分負荷量

意味語(正値⽅向)

ー第1主成分 ー第2主成分 ー第3主成分

図6 主成分負荷量(●第1,□第2,▲第3主成分) いずれも正負反転済みである.シンボル囲みは負荷 量絶対値が最大値の65%を超えるデータを示す.

図7 因子得点布置図(暖色)(上図:赤,中図:橙(オレンジ),下図:黄).

色シンボルはフィルタ無し,黒シンボルは左側図P 型フィルタ,右側図D型フィルタの結果.シンボル形状はトップスの色

(赤■,橙◇,黄▲,緑○,青×,紫+)を示す.

図8 因子得点布置図(寒色)(上図:青み緑,中図:青,下図:紫).

色シンボルはフィルタ無し,黒シンボルは左側図P 型フィルタ,右側図D型フィルタの結果.シンボル形状はトップスの色

(赤■,橙◇,黄▲,緑○,青×,紫+)を示す.

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2色覚模擬におけるファッションイメージの印象

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れている.しかしP型フィルタ装着により,愛らしさ・目立ち因子得点が減少する一方で,高価値・優雅さ因子得点が大きくなっていることが分かる.予想通り2色覚模擬により赤を基調とするファッションイメージの印象が変化したと考えられる.一方D型フィルタ装着時は,フィルタ無しのときと比べて高価値・優雅さの度合いはほとんど上昇していないのに,愛らしさ・目立ちの度合いは減少する結果となった.この差は,図3にあるようにP型フィルタにより赤の輝度が大きく下がり黒系の印象となるのに対して,D型フィルタの場合は輝度低下が少ないため茶系の印象となることによるものと考えられる(図9参照).オレンジ(橙色)ファッションに対する印象は,フィルタ無しのときと比べてP型フィルタにより愛らしさ・目立ちと,高価値・優雅さがともに減少していることが分かる.特に,トップスが黄色のときでは,フィルタ無しのとき愛らしさ・目立ちと高価値・優雅さ共に最も高い因子得点を持つが,P型フィルタ装着時は,両因子共に最も低い因子得点へと変化している.これはフィルタによりオレンジから赤み成分が失われることで,黄色同士の組合せになることによると思われる.D型フィルタ装着時での印象は,フィルタ無しのときと比べて,高価値・優雅さが減少しているものもあるが,愛らしさ・目立ちの変化は少ない.またトップスが青色のときはD型フィルタ装着時のほうが愛らしさ・目立ちと高価値・優雅さの因子得点がともに大きくなった.黄を基調とする場合には,P型,D型フィルタ装着時共にフィルタ無しのときと比べて系統的には因子得点は変化していない.フィルタのありなしに関わらず,黄色ファッションに対しては愛らしさ・目立つといった印象を抱いたことが分かった.図8上図のジャケット・スカート色が青みの緑の時の因子得点については,フィルタ無しの場合,ファッションイメージの印象は,トップスの色に依存して大きく異なっていた.しかし,P型フィルタ装着時は,トップスの色に関わらず目立ち・優雅さ共に因子得点は負値を持ち,愛らしくなく目立たない,かつ高価値・優雅でないといった印象を抱いていることが分かった.D型フィルタ装着時でも目立ちの度合いは小さい.しかしトップスが赤色のときを除いて高価値・優雅さが正値であることから,P型フィルタ装着時とは異なる印象を抱いたことが分かった.これはジャケット・スカート色が赤の場合とは逆に,青みの緑の場合はD型フィルタにおいて大きく輝度が下がり(図3参照),黒の見えに近づくことによると考えられる(図10参照).青色ファッションイメージの場合は,2色覚模擬の特性から青については大きく色の見え方が変わらないと予想されるように,黄色ファッションと同様に,P型,D型フィルタ装着時共にフィルタ無しのときと比べても系統的には変化していない.フィルタのありなしに関わらず,青色ファッションに対して,ほとんどの場合,高価値・優雅であるといった印象を抱いたことが分かった.紫色ファッションに対する印象は,フィルタ無しのときにトップスの色が高価値・優雅さに大きく影響を与えていた.

しかし,P型フィルタ装着時,優雅さがいずれの場合も正値となり,優雅であるといった印象に変化したことが分かる.D型フィルタ装着時でも,トップスが赤色のときを除いて優雅さが正値に変化した.P型,D型フィルタ装着時のいずれにおいても,紫から赤だけが失われ,青の見えに変化することになり,結局,紫色ファッションの見え方はフィルタ装着時の青色ファッションと同じになるはずである.実際に図8の中図と下図の比較からわかるように,フィルタ装着時の両者の布置図上の位置は近傍となっている.

4. 考 察

色弱模擬フィルタ装着による2色覚模擬による変化を通じて,本研究の主目的である2色覚でのファッションイメージの印象について考察する.どちらのフィルタ装着によっても系統的な変化の無かった黄・青色ファッションを除き,P型フィルタ装着での実験結果では,高価値・優雅さの度合いが赤・紫色ファッションで大きくなった.一方,D型フィルタ装着での実験結果では,高価値・優雅さの因子得点が青み緑色,紫色ファッションで(トップスが赤色のときを除き)正値であった.これらの点を2色覚者における赤緑の見えの消失(可能性)と関連させて検討する.赤色ファッションではフィルタ無しのときと比べて,P型フィルタ装着では,愛らしさ・目立ちと高価値・優雅さが共に真逆の得点布置になったことから,1型2色覚では赤色ファッションに対して,見えとして赤みが失われ,黒系になることによって,目立たないが優雅であるといった印象を抱いたと考えられる.一方,D型フィルタ装着では,優雅さの度合いは小さいままで,さらに目立ちの度合いも小さくなっている.また,その他のジャケット・スカート色のファッションに関しても,トップスが赤のとき,フィルタ装着時は目立ちの因子得点が減少している.2型 2色覚者にとって面積比に関係なく,赤色がファッションに含まれるとき,目立たないといった印象を抱いていた.2型2色覚では赤系の輝度が下がらないので,赤系が茶系に変化することによると考えられる.このような分析においては実際に色弱模擬フィルタを着用しないと印象変化の理解が難しいため,色は必ずしも正確に再現できないけれども,ソフトウエアによる2色覚模擬の技術[27]を使ってファッション色別の印象の変化を図9に示した.あくまでも画像シミュレーションの結果ではあるが,上述の輝度変化の大きさによる色印象の黒系,あるいは茶系への変化も含めて印象変化の要因となった色の見えの変化が定性的に示されている.また,赤緑反対色のもう一方の色である緑色ファッションでは,フィルタ無しのとき,トップスの色によって印象にばらつきがあるのに対し,P型フィルタ装着時は因子得点が愛らしさ・目立ちと,高価値・優雅さ共に負値に集中したことから,1型2色覚ではトップスの色に影響されず緑色ファッションに対して目立たない,かつ優雅でないといった印象を抱いている可能性が示された.これは,1型2色覚では赤み

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と異なり緑みでは輝度が低下しないため,赤が落ち着いた印象を与える黒系に変化するのとは異なり,緑は茶色系に変化するためであると推定される. その一方,前述の通りD型フィルタ装着での実験結果では,青み緑色ファッションで(トップスが赤色のときを除き)高価値・優雅さの因子得点が正値であった.1型2色覚と2型2色覚では緑色ファッションの優雅さに対する印象が大きく異なると考えられる.1型2色覚の赤の場合と同様に考えると,2型2色覚者では緑の輝度が下がることで緑に黒系の印象が出るため,高価値・優雅さの因子得点が上昇したと考えられる.赤の場合と同様に画像シミュレーションの結果を図10に示す.青と赤の混色である紫色のファッションでは,2色覚模擬により赤みが失われ,青色ファッションに近い見えに変化したと考えられる.印象変化を図11に示す.紫色ファッションの因子得点は愛らしさ・目立ちと高価値・優雅さ共に青色ファッションの因子得点に近く,1型,2型2色覚の両方で青色ファッションと紫色ファッションに対する印象はほぼ同じと考えられる.ただし,これは3色覚者が抱く印象とは大きく異なっているのは図11に示されている通りである.

黄色と赤の混色である橙色ファッションも同じロジックで2色覚模擬により赤みが失われ,黄色ファッションに近い印象になると予想された.しかし,結果は異なり,P型フィルタ装着では,高価値・優雅さの因子得点がトップスの色に関わらず負値となった.また,愛らしさ・目立ちの度合いもフィルタ無しのときと比べて小さくなっていることから,1型2色覚者は3色覚者に比べて橙色ファッションに対して悪い印象を抱いている可能性があり,その見えは黄色ファッションとは異なると考えられる.この1つの要因としては,輝度の低下に伴い,オレンジが黄色になるのではなく,茶系当の色になるため,オレンジや黄色が持っていた印象が失われ,茶色ファッションとしての印象となった可能性が考えられる.このときの画像シミュレーションによる変化を図12に示す.その一方で,D型フィルタ装着では,P型フィルタ装着時よりもフィルタの有り無しで変化が少なく,2型2色覚者は1型2色覚者に比べて橙色ファッショ

ンに対してそれほど悪い印象を抱いていない可能性がある.おそらく赤み部分に起因する輝度低下が少ないため(図3参照),茶色ではなく黄色の見えを維持できている事によると思われる.先述のとおり,黄・青色ファッションではフィルタのありなしで系統的に変化が無かったことから,1型,2型ともに2色覚者がこれらの色のファッションに対して抱く印象は3色覚者と大きく変化はないと考えられる.図13に画像シミュレーションの結果を示す.

5. 結 論

本研究では,代表的な色を用いたときのファッションイメージの印象が,3色覚者が色弱模擬フィルタを装着した場合の2色覚模擬においてどのように変化するかをSD法評価により測定し,結果から2色覚における印象を推定した.

図10 青み緑色ファッションの1型,2型2色覚模擬

図11 紫色ファッションの1型,2型2色覚模擬

図12 オレンジ色ファッションの1型2色覚模擬

図13 黄色,青色ファッションの1型2色覚模擬

図9 赤色ファッションの1型,2型2色覚模擬(画像シミュレーション手法での表示)

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2色覚模擬におけるファッションイメージの印象

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SD法の意味語対の評価数値(被験者平均)は,暖色の特徴である「積極的な」「派手な」「自信のある」「陽気な」(赤,橙,黄)と「熱い」「強い」「癒されない」「にぎやかな」(赤のみ)の各意味語の表す特徴は,2色覚模擬により有意に減少した.一方,寒色では「冷たい」「すっきりした」(青のみ)と「重い」「年寄りじみた」(紫のみ)の特徴が見られたが,2色覚模擬により「すっきりした」と「重い」について意味語が対語に移る現象が見られた.評価数値の被験者平均は,ジャケット・スカート色とトップス色の組合せにより複雑な変化を示したため,主成分(因子)分析を用いて特徴量を解析したところ,正負逆転表現で「1. 愛らしさ・目立ち因子」(寄与率58.1%),「2. 高価値・優雅さ因子」(寄与率21.3%),「3. 高級・ロマンチック因子」(寄与率8.0%)の主成分(主要因子)を得た.第1,第2主成分の値の分析より,P型,D型フィルタ装着により図14で示したような印象変化が生じていることが明らかとなった.この結果より,2色覚者のファッションイメージの印象変化は,赤緑が失われたことによる単純な色相シフトだけで決まるのではなく,1型,2型のそれぞれの2色覚の特徴としての輝度変化量にも依存することが示された.輝度が一定量より低くなり黒系の見えになる場合,目立ち度が小さくなる代わりに優雅さが大きくなった.また輝度が比較的高く維持される場合は,赤緑が失われて青や黄色の見えに近づき,印象はそれらとほぼ同じであった.一方,輝度がやや減少するような場合には,赤~橙~緑の見えがくすんだ茶色の見えとなり,目立ち度も優雅さも減少した.本研究結果は,2色覚者のファッション色に対する印象が3色覚者と異なり,またその相違は1型,2型間でも異なっていることを示唆すると共に,その現象への合理的な説明を提供する.今後,本研究結果を基盤として実際の2色覚者を被験者とする同様の評価を行うとともに,併せて色の見え方や輝度の感度(明所視分光視感効率)計測を実施し,2色覚者の色に対する感性評価を総合的に明らかにする必要があると考えられる.

謝 辞本研究は,高知工科大学総合研究所の重点研究室支援特定研究費により視覚・感性統合重点研究室において実施されました.また貴重な査読意見を下さいました査読者に感謝致します.

注[注1] より正確には,標準誤差の1.96倍を上下に取った範囲が

95%信頼区間となるが,習慣的に2倍を用いる.[注2] 厳密には因子分析とは分析の方向が逆ではあるが,第1,

第2主成分とも(図6中に囲みシンボルで示される)上位数値の値がほぼ同じであり,(正負反転は実施したものの)因子分析にあたっての主成分方向からの軸の回転を特に必要としなかった.このため,実質的に因子分析の結果と同じと考えてよく,ここでは因子の意味を含めて取り扱う.

参 考 文 献

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図14 フィルタによる2色覚模擬の印象変化のまとめ

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h t t p : / /www. toyo ink1050p lu s . com/ too l s / ud ing /

(2017/05/03閲覧).

篠森 敬三(正会員)

1992年東京工業大学大学院総合理工学研究科物理情報工学専攻博士後期課程修了.コロラド大学ボルダー校心理学科,フライブルグ大学を経て1997年高知工科大学工学部助教授.

2003年より同学部教授.現在は高知工科大学情報学群教授,総合研究所視覚・感性統合重点研究室長.工学博士.視覚・色覚の時間応答,加齢効果,2色覚,色恒常性,感性工学の研究に従事.平成23年度文部科学大臣表彰科学技術賞【開発部門】,第9回産学官連携功労者表彰経済産業大臣賞各受賞.

西村 美月(非会員)

2016年高知工科大学情報学群卒業.ファッション全般への興味から,3色覚者や2色覚者の色の見え方とファッション印象との関係についての研究に従事.2016年よりファッション関係企業にて,ファションマーケティング・ファションアドバイス関連業務に従事 .