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〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階 Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/ 編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会 発 行:  富士製薬工業株式会社 Vol.20 2016.7 01 Infertility Menopause 生殖補助医療における新しいプロゲステロン腟剤 「ウトロゲスタン ® 腟用カプセル200mg」 桑原 章 徳島大学大学院医歯薬学研究部 産科婦人科学分野 2013年に国内で生殖補助医療(ART)を行った回数が 368,764周期、うまれた子供が42,554人と、全出生(2013 年は1,029,816人)の4.1%がART由来であった。特に凍結融 解胚移植による出生が32,142名と全ART出生の75.5%を占 め、今後も増加すると考えられることから、凍結融解胚移植 周期の管理およびその成績がART全体の成績を左右する重 要な点となっている。凍結融解胚移植は、自然排卵周期で行 うことも可能であるが、排卵が不安定な症例、黄体機能が不 十分な症例ではホルモン補充周期の方が確実となる。さら に、日程の調整や管理の容易さなど、医療機関、患者双方の 様々な理由によりホルモン補充周期で胚移植を計画するこ とが多く、さまざまな薬剤(プロゲスチンやE2)のなかから、 どのような薬剤を選択するか、施設毎に検討が進んでいる。 プロゲスチン製剤の投与経路には筋肉内投与、経口投与、 経腟投与があるが、プロゲスチンとして最も望ましい天然型 プロゲステロンは筋肉内投与または経腟投与のみが選択枝 となる。以前は、我が国では利用可能な市販経腟黄体ホルモ ン剤が無いため、院内調剤などが主であったが、今回、我々 は天然型プロゲステロン200mgを有効成分として含有する カプセル剤「ウトロゲスタン ® 腟用カプセル200mg」の安全 性と有効性を評価する機会を得たので、この製剤の特徴を紹 介したい。 2014年1月から2014年8月に全国12施設で実施された臨 床試験(非ランダム化多施設共同オープン試験)の概要は以 下の通りであった。新鮮胚移植あるいは凍結胚移植を行う予 定の20歳以上40歳未満の女性で、文書による同意が得られ た症例が対象となった。新鮮胚移植群ではGnRHアナログ (GnRHアゴニストあるいはアンタゴニスト)を併用した採卵 周期を対象とした。凍結融解胚移植群ではGnRHアゴニスト を併用したホルモン補充周期を対象とした。用いた薬剤 「ウトロゲスタン ® 腟用カプセル200mg」(以下、本剤)には天 然型プロゲステロン(日局プロゲステロン)200mgが含まれ ている。投与方法(図1)は、移植胚のステージに応じ移植2 ~7日前より本剤を1日当たり600mg(朝、昼、夜 各200 mg)、経腟投与し、胚移植後2週目(妊娠4週目)に妊娠が確 認できた場合は胚移植後9週(妊娠11週)の6日目夜まで投与 本剤投与期間(最大77日間) 8日以内 臨床試験における本剤の投与方法および投与期間を示す。 10 12 図1 本剤の投与および観察期間

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Page 1: Infertility Menopause 生殖補助医療における新しい … Vol.20 03 Infertility Menopause 生殖医療と生殖幹細胞 髙井 泰 埼玉医科大学総合医療センター

〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/

編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会発 行:  富士製薬工業株式会社

Vol.202016.7

01

Infertility Menopause

生殖補助医療における新しいプロゲステロン腟剤「ウトロゲスタン®腟用カプセル200mg」

桑原 章徳島大学大学院医歯薬学研究部

産科婦人科学分野

2013年に国内で生殖補助医療(ART)を行った回数が368,764周期、うまれた子供が42,554人と、全出生(2013年は1,029,816人)の4.1%がART由来であった。特に凍結融解胚移植による出生が32,142名と全ART出生の75.5%を占め、今後も増加すると考えられることから、凍結融解胚移植周期の管理およびその成績がART全体の成績を左右する重要な点となっている。凍結融解胚移植は、自然排卵周期で行うことも可能であるが、排卵が不安定な症例、黄体機能が不十分な症例ではホルモン補充周期の方が確実となる。さらに、日程の調整や管理の容易さなど、医療機関、患者双方の様々な理由によりホルモン補充周期で胚移植を計画することが多く、さまざまな薬剤(プロゲスチンやE2)のなかから、どのような薬剤を選択するか、施設毎に検討が進んでいる。

プロゲスチン製剤の投与経路には筋肉内投与、経口投与、経腟投与があるが、プロゲスチンとして最も望ましい天然型プロゲステロンは筋肉内投与または経腟投与のみが選択枝となる。以前は、我が国では利用可能な市販経腟黄体ホルモン剤が無いため、院内調剤などが主であったが、今回、我々

は天然型プロゲステロン200mgを有効成分として含有するカプセル剤「ウトロゲスタン®腟用カプセル200mg」の安全性と有効性を評価する機会を得たので、この製剤の特徴を紹介したい。

2014年1月から2014年8月に全国12施設で実施された臨床試験(非ランダム化多施設共同オープン試験)の概要は以下の通りであった。新鮮胚移植あるいは凍結胚移植を行う予定の20歳以上40歳未満の女性で、文書による同意が得られた症例が対象となった。新鮮胚移植群ではGnRHアナログ

(GnRHアゴニストあるいはアンタゴニスト)を併用した採卵周期を対象とした。凍結融解胚移植群ではGnRHアゴニストを併用したホルモン補充周期を対象とした。用いた薬剤

「ウトロゲスタン®腟用カプセル200mg」(以下、本剤)には天然型プロゲステロン(日局プロゲステロン)200mgが含まれている。投与方法(図1)は、移植胚のステージに応じ移植2~7日前より本剤を1日当たり600mg(朝、昼、夜 各200 mg)、経腟投与し、胚移植後2週目(妊娠4週目)に妊娠が確認できた場合は胚移植後9週(妊娠11週)の6日目夜まで投与

本剤投与期間(最大77日間)

8日以内

臨床試験における本剤の投与方法および投与期間を示す。

スクリーニング検査

本登録

胚移植日

胚移植後2週目(妊娠4週目)

胚移植後4週目(妊娠6週目)

胚移植後6週目(妊娠8週目)

胚移植後10週目(妊娠12週目)

投与開始日

(胚移植2~7日前)

図1 本剤の投与および観察期間

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を継続した。尚、黄体賦活のためのhCG製剤、本剤以外のプロゲスチン製剤の併用を禁止した。

結果の評価が可能であった144例(表1、表2)の妊娠6週目の臨床的妊娠率は41.0%(新鮮胚移植群34.9%、凍結胚移植群43.6%)であった。妊娠12週目における胚移植当たり妊娠率は29.9%、流産率は27.1%であった。妊娠4週目の血清中P4

濃度(図2)を検討したところ、両群の妊娠例、非妊娠例の間では胚移植後2週目(妊娠4週目)の血中P4濃度に有意な差を認めたが、凍結胚移植群においては新鮮胚移植群での妊娠例、非妊娠例の間程の乖離は無かった。凍結胚移植周期では内因性プロゲステロンの産生はほぼ無く、測定されたプロゲステロンはほとんど本剤に由来すると考えられ、本剤を600mg連日投与して得られる血清中P4濃度は、ARTにおいて妊娠が成立するために十分な濃度に達していると考えられた。尚、新鮮胚移植例における妊娠4週目の血清中P4濃度の比較では、妊娠群が非妊娠群より著しく高値を示しており、内因性黄体ホルモン分泌機能と関連する発育卵胞数、受精卵数など患者背景の差を反映していると考えられた。ARTにおけるホルモン補充周期においては、いつまで黄体補充を続けるか明確な結論は出ていない。黄体-胎盤シフトが起こ

る妊娠7~9週まで黄体補充を行うことが望ましいと考えるのが一般的であるが、今回の検討では安全性を考慮し妊娠12週目まで黄体補充を行っている。今後は必要な補充期間に関して、追加して検討を続ける必要性があると考えられる。「ウトロゲスタン®腟用カプセル200mg」はプロゲステロン

欠乏に対する治療薬であり、Utrogestan®、Progestan®、Prometrium®あるいは、Utrogest®などの商品名で現在、世界80ヵ国以上で承認・販売されている。また2012年に英国でARTにおける黄体補充の適応が得られている。我が国ではこれまで長い間、プロゲステロン製剤は筋肉内注射剤のみが認可されており、連日の通院や注射部位の炎症等が患者の大きな負担となってきた。多くのART施設では、本剤などを個人輸入するか、経腟剤を院内製剤していた。ARTにおける黄体補充を目的とした本剤は利便性、安全性に優れた有用性の高い薬剤と考えられ、本剤が我が国で使用可能となることは、医師、患者双方にとってメリットと思われる。

謝辞本試験に参加された施設関係者の方々に心よりお礼を申

し上げます。

表1 患者背景新鮮胚

移植群

凍結胚移植群

(胚を作成した新鮮周期でのデータ)

n 43 101

年齢(歳) 33.0±4.16 33.9±3.56

採卵数(個) 10.2±5.19 13.9±7.87

受精卵数(個) 5.7±3.07 8.8±5.54

初期胚移植(例) 28 8

胚盤胞移植(例) 14 90

その他の移植(例) 1 3

単一胚移植率(%) 85.4 86.7

新鮮胚移植群43例、凍結胚移植群101例の背景を示す。

表2 有効性評価新鮮胚

移植群

凍結胚

移植群合 計

n 43 101 144

臨床的妊娠率(%)

(妊娠6週目、

移植あたり)

34.9

(15/43)

43.6

(44/101)

41.0

(59/144)

継続妊娠率(%)

(妊娠12週目、

移植あたり)

27.9

(12/43)

30.7

(31/101)

29.9

(43/144)

流産率(%)

(妊娠12週目、

臨床的妊娠あたり)

20.0

(3/15)

29.5

(13/44)

27.1

(16/59)

新鮮胚移植群、凍結胚移植群および両群を合わせた144例

における有効性評価を示す。

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

妊娠例 非妊娠例

新鮮胚移植群(n=35)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

妊娠例 非妊娠例

凍結胚移植群(n=84)

血中

P 4 濃

度(

ng/m

L)

p<0.0001

p=0.0317

胚移植後2週目(妊娠4週目)における血中P4濃度を示す。両群の妊娠例、非妊娠例の間では胚移植後2週目(妊娠4週目)の血中P4濃度に有意(p<0.05)な差を認めたが、凍結胚移植群においては新鮮胚移植群での妊娠例、非妊娠例の間程の乖離は無かった。

図2 胚移植後2週目(妊娠4週目)の血中P4濃度

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Vol.202016.7

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Infertility Menopause

生殖医療と生殖幹細胞髙井 泰

埼玉医科大学総合医療センター 産婦人科学

はじめに卵巣組織中、あるいは胚性幹細胞(ES細胞)・人工多能性

幹細胞(iPS細胞)から卵子幹細胞と考えられる細胞が分離、あるいは作成され、マウスでは産仔が得られたとの報告がなされた。特に卵巣組織中から増殖可能な生殖系列細胞が得られたことは、成体卵巣中の始原生殖細胞は補充・再生されないという従来の学説の見直しを迫るものである。卵子幹細胞の発見は、ART(生殖補助医療)などの不妊治療や悪性腫瘍患者の妊孕性温存のみならず、卵生成のメカニズムの研究にも応用可能と思われる。

卵巣組織からの卵子幹細胞の分離卵巣中の始原生殖細胞は出生後減り続けるのみであり、補

充・再生されないというのは生殖医学における「セントラル・ドグマ」とも言うべき学説だった。これに対して2004年、マウス成体卵巣中での卵胞再生を示唆する知見1)が報告

され、大論争を引き起こした。その後、複数の施設から、ショウジョウバエやメダカ同様に、マウス成体卵巣中にも少数の増殖可能な生殖細胞が存在し、卵子さらには産仔を生成しうることが報告された2)。そして遂に2012年、ヒト成人の卵巣から増殖可能な卵子幹細胞(oogonial stem cells; OSCs)が分離され3)、臨床応用の可能性が議論されることとなった。

本研究では、性同一性障害に対する性別適合手術を受けた20代から30代前半までの6人の卵巣を、Cryotissue法という卵巣組織に最適化されたガラス化凍結保存技術4)によって予め凍結保存したものを使用した。この凍結ヒト卵巣組織を融解した細胞懸濁液から、上述した従来の分離法2)を改良した、生殖細胞特異的なRNA helicaseであるDDX4(DEAD box polypeptide 4)の細胞外ドメインを認識する抗体を用いたFACS(蛍光活性細胞分離法)によって、OSCsとみられる細胞を分離した(図1)。このヒトOSCsは直径5-8µmの細胞で、卵

原始卵胞卵子幹細胞

ヒト卵巣皮質細胞懸濁液

FACSによる分離

体細胞

増殖活性を持つ卵子幹細胞

継代培養GFP遺伝子を導入

GFP標識卵子幹細胞

ヒト卵巣皮質組織片に注入

1-3日間培養 免疫不全マウス

に異種移植

7-14日間

GFP陽性卵母細胞を有する原始卵胞

抗DDX4抗体

図1 ヒト卵巣組織からの卵子幹細胞(OSCs)の分離とOSCs由来卵胞の新生文献 21)より改変。

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巣中にごくわずかに(懸濁生細胞中の約1.7%)存在し、PRDM1、DPPA3、IFITM3、TERT などの初期生殖細胞に特異的なmRNAを発現していた。ヒトOSCsを、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)をfeederとして4-8週間培養したところ、MEF非存在下で安定的に増殖する細胞が得られ、4ヶ月以上の培養後も前述した初期生殖細胞特異的なmRNAおよび蛋白を発現していた。

卵子幹細胞からの卵子の産生培養ヒトOSCsでは、継代の72時間後をピークとして直径

35-50µmの大きな細胞が産生された。この大細胞はDDX4、KIT、YBX2、LHX8などのmRNAおよび蛋白を発現しており、卵母細胞と考えられた。更に継代72時間後のヒトOSCsでは減数分裂特異的なDMC1および SYCP3の発現を核に認め、FACSを用いた核DNA量分析では生殖細胞(卵子)と思われる1n細胞を認めた。

また、ヒトOSCsをGFPで標識してからヒト卵巣組織の細胞懸濁液と培養したところ、24時間後には直径50µm超の大きなGFP陽性細胞を小さなGFP陰性細胞が取り囲む卵胞に類似した構造を認めた。これは、ヒトOSCsから卵母細胞が産生され、卵巣組織懸濁液中の顆粒膜細胞が周囲に結合したものと考えられた。更にGFP標識ヒトOSCsをヒト卵巣組織片に注入し、この組織片を免疫抑制マウスに異種移植すると、1-2週間後にGFP陽性細胞を扁平な細胞が取り囲んだ原始卵胞を認めた(図1)。このGFP陽性細胞は卵母細胞特異的なLHX8およびYBX2を発現しており、特にYBX2は減数分裂の複糸期(相同染色体の対合・交差・相同組み替えが起こる)に特異的なマーカーである点が重要である。倫理的・法的理由からヒトOSCsから得られた卵子をヒト精子と受精させることはできなかったが、同様の方法でマウス卵巣から分離された細胞をGFPで標識して成体マウスの卵巣に移植し、ゴナドトロピン製剤によって排卵誘発したところ、GFPを発現した成熟卵子が得られ、マウス精子との体外受精で胚盤胞が得られた。なお、従来の分離法で得られたOSCsをGFPで標識して不妊マウスの卵巣に注入したところ、GFPを発現する産仔が得られている2)。

以上の知見は精子幹細胞研究で広く受け入れられた手法を応用して得られたものだが、凍結保存したヒト卵巣組織からヒトOSCsが分離・同定され、卵子が産生されることを強く示唆している。また、ヒトOSCsは数ヶ月以上にわたって分裂・増殖が可能であり、雌性生殖細胞は出生後に増殖しないという従来の学説の変更を迫る画期的な発見でもある。更に、ヒトOSCsを注入したヒト卵巣で、わずか1-2週間のうちにOSCs由来の原始卵胞が認められたことより、ヒト成人卵巣においても、他の動物同様に、卵胞新生を支持する仕組みが存在することが示唆された。

「卵子幹細胞」に対する懐疑論この「卵子幹細胞」に関するTillyらの報告3)に対しては、複

数の懐疑的な論評や反証が呈示され、議論は現在も続いている。まず、「卵子幹細胞」の分離の際に手懸かりとされたDDX4(マウスでは Ddx4)は従来細胞質に局在すると考えられていたため、その細胞外ドメインを対象としたFACSを用

いた方法論に対する疑義が示された。これに対してTillyらは、初期生殖細胞特異的で細胞膜貫通型蛋白として知られるIfitm3(Fragilis とも呼ばれる)を用いても同様の細胞がマウス成体卵巣から分離できることを報告した5, 6)。更に、細胞外にhelicaseドメインが「隔離」されて機能を抑制されたDdx4が、OSCsの継代培養の過程で細胞質に移動し、減数分裂開始に関わるStra8などの発現に関与する可能性を示唆した7)。また、マウスOSCsの遺伝子発現プロファイルを、マウス胚性幹細胞(ESCs)やマウス胎仔始原生殖細胞(PGCs)と比較したところ、分離直後のOSCsではESCsやPGCsでみられる多能性遺伝子を認めず、数ヶ月間の継代培養後に多能性遺伝子を発現することが報告された8)。

一方、LiuらはCre-loxP部位特異的組換えシステムを応用してDdx4を発現する生殖系列細胞を蛍光により可視化したDdx4-Cre;Rosa26rbw/+マウスを作成し、8日齢の同マウスの卵巣から直径40µm未満の細胞を分離し培養したところ、分割能を持ったDdx4発現細胞は認めなかったと報告した9)。これに対してTillyらは、同様のDdx4-Cre;Rosa26tdTm/+マウスを作成し、tdTm陽性細胞の大部分は生殖系列細胞ではなかったが、抗Ddx4抗体を用いたFACSによってtdTm陽性のOSCs が分離されたと報告した10)。

更に、Liuらは他の3研究室と共同でTillyらの報告3)の追試を行った11)。ヒト卵巣から抗DDX4抗体を用いたFACSによって細胞を分離したが、これらの細胞にDDX4は発現しておらず、非特異的な抗DDX4抗体への結合が示唆された。また、分離した細胞をEGFPで標識してヒト卵巣組織片に注入し、この組織片を免疫抑制マウスに異種移植したが、EGFP陽性の卵子は認めなかった。これに対してTillyらは、Liuらの 分離した細胞は純度が低く、解析法に改善の余地があることを指摘し、サルやヒヒでもOSCsが分離されたことを報告 した6, 12)。

ES細胞やiPS細胞からの生殖幹細胞の誘導と配偶子の産生上述のように卵巣組織から卵子幹細胞が単離される一方

で、マウス胚性幹細胞(ES細胞)やマウス人工多能性幹細胞(iPS細胞)からも生殖幹細胞(始原生殖細胞;PGC)が分化誘導され、得られた精子や卵子から産仔が得られたと報告された13-15)。まずマウスES細胞をKSR、Activin A、bFGFを添加した条件下で数日間培養することにより、エピブラスト様細胞

(EpiLCs)に分化させた。次にEpiLCsをBMP4、BMP8a、SCF、EGF、LIFなどのサイトカインによって始原生殖細胞様細胞

(PGCLCs)に分化させた。PGCLCsへの誘導の条件の最適化にあたっては、in vivoにおいて胎生6日にPGC前駆細胞で発現されるBlimp1遺伝子と、それに引き続くspecificationにより胎生7日に発現されるStella遺伝子に注目し、PGCで発現される両遺伝子(Blimp1およびStella)のプロモーター誘導下に蛍光タンパクが発現されるES細胞株を用いた。

卵子の作成にあたっては、雌ES細胞から得られたPGCLCsをPGC特異的遺伝子Blimp1と結合させた蛍光蛋白の発現を指標としたFACSを用いて単離した後、12.5日齢のメス胎仔性腺から分離された体細胞(あらかじめメス胎仔性腺由来のPGCは除去してある)と共培養し、再構成卵巣を作成した。更に再構成卵巣を免疫不全マウスの卵巣嚢中に移植したと

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ころ、約4週間後にPGCLCs由来のGV期卵子を多層の顆粒膜細胞が包囲した卵胞が形成された。このPGCLCs由来GV期卵子を器械的に単離し、in vitro maturationによってMII期成熟卵子を得て、ドナー精子とのIVFによって受精卵を得た。この受精卵を仮親に胚移植したところ、PGCLCs由来の産仔を得た(図2)。同様の方法によって、iPS細胞由来のPGCLCsからも精子や卵子を作成でき、産仔を得ることができた。産仔の発育やインプリンティング遺伝子メチル化パターンは正常で、生殖能力も正常だった。

更に、前述したBMP4などのサイトカインを用いず、Blimp1、Prdm14、Tfap2cという3種類の転写因子を同時に発現させることによって、ES細胞由来のEpiLCsをPGCLCsに分化させることに成功したとの報告がなされた16)。誘導効率はサイトカインを用いた従来の方法(約40%)を上回る約80%に達し、誘導に要する時間も半分程度に短縮された。この転写因子誘導性PGCLCsの遺伝子発現をDNAマイクロアレイで解析し、得られた遺伝子発現情報について主成分分析を行った結果、従来のサイトカインを用いた方法で誘導した場合は一時的に体細胞への分化プロセスを経てPGCLCsへと分化するのに対し、転写因子を用いて誘導した場合は、体細胞への分化プロセスを経ることなく速やかにPGCLCsへと分化することが分かった。また、これら3種類の転写因子遺伝子を、それぞれ1種類ずつ人為的に発現させることによって、各遺伝子が果たしている役割について検討し、遺伝子発現情報を比較した結果、特にPrdm14遺伝子が、生殖細胞プログラムの誘導において中心的な役割を果たしていることが明らかとなった。

生殖細胞は生体内での数が少なく、その発生過程のメカニ

ズムには不明な点が多い。以上のES細胞やiPS細胞を用いた一連の研究により、体外培養系を用いてPGCLCsを多数得ることが可能となり、PGCLCsの誘導において中心的に機能する遺伝子を絞り込むことに成功した。この培養系は生体内で起こる現象を体外で再現する上で基盤となるものであり、生殖細胞の発生に関する知見が深まることが期待されている。最近、ヒトES細胞やヒトiPS細胞からPGCLCsを誘導できたと報告され17, 18)、ヒト生殖細胞を人為的に誘導できる可能性が示されたとも考えられる。ただし、ヒトにおける生殖細胞の研究は、倫理的な課題を慎重に検討することが不可欠である。

卵子幹細胞の臨床応用上述したように、OSCsから成熟MII期卵子を得るために

は、これを卵巣組織中に注入して、卵巣組織中の顆粒膜細胞に包囲させた原始卵胞を形成させることが必要である。既に原始卵胞を含んだヒト卵巣組織をin vitroで培養し、前胞状卵胞まで発育させた後に単離して、アクチビン A存在下の卵胞培養によって胞状卵胞まで発育させる、2ステップ無血清卵胞培養法が報告されている19)。そこでヒトOSCs由来の原始卵胞を本法によって培養・発育させ、得られた胞状卵胞から卵子を単離し、in vitro maturation(IVM)によってヒトMII期成熟卵子を得ることが計画されている(図3)。

また、OSCsのin vitro培養によって卵子が分化・産生される分子メカニズムが解析され、卵巣組織内における卵子生成メカニズムと比較検討することによって、卵子の産生や質に影響する因子を同定・評価することが期待される。更に、成人女性の卵巣中に存在するOSCsに作用する因子の投与に

♀ES細胞♀iPS細胞

再構成卵巣

胎仔由来PGCをMACSで除去

免疫不全マウスに移植

卵胞からGV期卵子を

単離

MII期卵子にIVM

ドナー精子とIVF-ET

新生仔

day-2day 0 (d0)

d1 PGCLCs

d2 PGCLCs

d3 PGCLCs

d3ag1 PGCLCs

d3ag2 PGCLCs

d3ag3 PGCLCs

EpiLC induction

EpiLCs

PGCLC induction

PGCLCs

E12.5 ♀ Gonad

Aggregation

図2 ES 細胞や iPS 細胞からの卵子幹細胞(PGCLCs)の作成文献 14, 15)より改変。

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よって、卵巣予備能を維持・回復させる治療が可能となるかもしれない(図3)。

更に、OSCsは細胞エネルギー源としての有用性も期待されている。加齢に伴う卵子の質の低下の理由の一つとして細胞内エネルギー産生能の低下が推定され、若年ドナーの卵子から得られた少量の卵細胞質を反復IVF不成功例の卵子に注入することにより、生殖補助医療(ART)の成功率が著しく改善したとの報告が1990年代になされた。しかしながら、他者からの卵細胞質移植は他者のミトコンドリアDNAを子孫に伝えることに繋がるため、米国食品衛生局はこれを直ちに禁止した。

この他者の遺伝子の混入という問題点を克服するために、患者自身から得られたヒトOSCsのミトコンドリアやその活性化因子を顕微授精(ICSI)時などに注入することによって、卵子の質を改善し、ART成功率を上昇させる臨床研究が行われており、2015年末にわが国からも1施設の参加が発表された(図3)。現時点の報告20)によると、海外では既に93名のART不成功歴を持つ不妊症患者からヒトOSCsが得られ、ミトコンドリアが抽出された。電子顕微鏡による観察では、ヒト卵子とヒトOSCsのミトコンドリアは類似した形態を示していた。これらの患者から得られた卵子に、自身のOSCs由来のミトコンドリアを注入したところ、採卵周期あたりの継続妊娠率が1.4-2.0%から18-26%に著明に改善した。25名の患者では、ICSI時に卵子を2群に分け、一方はICSIのみ、一方はICSIと同時に自身のOSCs由来のミトコンドリアも注入したところ、ICSI単独群に比べてミトコンドリア注入群で有意に妊娠率が改善した。しかしながら、対象となった患者は必ずしも高齢では無く、多嚢胞性卵巣症候群など卵巣予備能が不良とは言えない症例も含まれており、適応の妥当性、安全性の検証など検討すべき多くの問題が指摘されている。

卵巣組織由来の生殖幹細胞は、不妊症患者に対する生殖補助医療のみならず、悪性腫瘍患者に対するがん・生殖医療にとっても非常に有用な選択肢を提供できる可能性がある。現在、わが国でもがん・生殖医療としての卵巣組織の凍結保存

が始められているが、将来的には卵巣組織から卵子幹細胞を分離し、がん細胞を含まない体外培養系で増殖させ、そのまま体外で成熟させたり、残存性腺組織に再移植することなどによって、多くの成熟配偶子を安全に得ることが可能になるかもしれない。

一方、ES細胞やiPS細胞由来の生殖幹細胞(PGCLCs)も、ヒト卵巣組織由来のヒトOSCs同様に、ARTやがん・生殖医療への応用が期待される(図3)。また、卵巣組織由来とES細胞・iPS細胞由来という2種類の生殖幹細胞を用いた研究が並行して進展することによって、一方で得られた知見が他方の研究を更に推し進める知見をもたらす可能性も期待される。

生殖幹細胞研究の今後の課題生殖幹細胞から得られた精子や卵子そのものを用いた

ARTやがん・生殖医療を施行するためには、なお一層の基礎的研究が必要である。例えば、成熟した精子や卵子を得るためには、精巣・卵巣組織由来であれ、ES細胞・iPS細胞由来であれ、一旦精巣あるいは卵巣組織中に注入することが必要だが、注入後に組織内で起こっている現象に関する知見は乏しい。また、幹細胞におけるヒストン修飾やDNA修飾といったエピジェネティック制御に関する知見も重要であろう。既にマウスでは産仔が得られているが、ヒトへの応用には霊長類などの高等動物を用いた安全性の検証が必須と思われる。

今後、卵巣組織由来の卵子幹細胞(OSCs)やES細胞・iPS 細胞由来の生殖幹細胞(PGCLCs)を用いた生殖医学の研究が一層、加速するとみられるが、技術の進歩に議論が追いついていないのが現状である。我が国は、ARTの研究に限って生体から採取した卵子と精子を受精させることを認めているが、幹細胞の取り扱いを定めた国の指針では「できた卵子や精子を受精させない」としている。研究の進展による成果への期待が高まる中、どの段階までの研究が認められるのか、具体的な幅広い議論が必要だろう。

in vitro maturation =

iPS

図3 ヒト卵子幹細胞を用いた研究が生殖補助医療やがん・生殖医療に及ぼす影響文献 22)より改変。

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文献1) Johnson J, et al: Germline stem cells and follicular

renewal in the postnatal mammalian ovary. Nature 2004; 428: 145-150.

2) Zou K, et al: Production of offspring from a germline stem cell line derived from neonatal ovaries. Nat Cell Biol 2009; 11: 631-636.

3) White YA, et al: Oocyte formation by mitotically active germ cells purified from ovaries of reproductive-age women. Nat Med 2012; 18: 413-421.

4) Kagawa N, et al: Successful vitrification of bovine and human ovarian tissue. Reprod Biomed Online 2009; 18: 568-577.

5) Woods DC, et al: Purification of oogonial stem cells from adult mouse and human ovaries: an assessment of the literature and a view toward the future. Reprod Sci 2013; 20: 7-15.

6) Woods DC, et al: Isolation, characterization and propagation of mitotically active germ cells from adult mouse and human ovaries. Nat Protoc 2013; 8: 966-988.

7) Imudia AN, et al: Comparative gene expression profiling of adult mouse ovary-derived oogonial stem cells supports a distinct cellular identity. Fertil Steril 2013; in press.

8) Imudia AN, et al: Comparative gene expression profiling of adult mouse ovary-derived oogonial stem cells supports a distinct cellular identity. Fertil Steril 2013; 100: 1451-1458.

9) Zhang H, et al: Experimental evidence showing that no mitotically active female germline progenitors exist in postnatal mouse ovaries. Proc Natl Acad Sci U S A 2012; 109: 12580-12585.

10) Park ES, et al: Use of DEAD-box polypeptide-4 (Ddx4) gene promoter-driven fluorescent reporter mice to identify mitotically active germ cells in post-natal

mouse ovaries. Mol Hum Reprod 2015; 21: 58-65.11) Zhang H, et al: Adult human and mouse ovaries lack

DDX4-expressing functional oogonial stem cells. Nat Med 2015; 21: 1116-1118.

12) Woods DC, et al: Reply to Adult human and mouse ovaries lack DDX4-expressing functional oogonial stem cells. Nat Med 2015; 21: 1118-1121.

13) Hayashi K, et al: Reconstitution of the mouse germ cell specification pathway in culture by pluripotent stem cells. Cell 2011;146: 519-532.

14) Hayashi K, et al: Generation of eggs from mouse embryonic stem cells and induced pluripotent stem cells. Nat Protoc 2013; 8: 1513-1524.

15) Hayashi K, et al: Offspring from oocytes derived from in vitro primordial germ cell-like cells in mice. Science 2012; 338: 971-975.

16) Nakaki F, et al: Induction of mouse germ-cell fate by transcription factors in vitro. Nature 2013; 501: 222-226.

17) Sasaki K, et al: Robust In Vitro Induction of Human Germ Cell Fate from Pluripotent Stem Cells. Cell Stem Cell 2015; 17: 178-194.

18) Irie N, et al: SOX17 is a critical specifier of human primordial germ cell fate. Cell 2015; 160: 253-268.

19) Telfer EE, et al: In vitro development of ovarian follicles. Semin Reprod Med 2011; 29: 15-23.

20) Fakih MH, et al : The AUGMENTSM Treatment: Physician Reported Outcomes of the Initial Global Patient Experience. JFIV Reprod Med Genet 2015; 3: 154.

21) Telfer EE, et al: The quest for human ovarian stem cells. Nat Med 2012; 18: 353-354.

22) Woods DC, et al: The next (re)generation of ovarian biology and fertility in women: is current science tomorrow's practice? Fertil Steril 2012; 98: 3-10.

医学界に影響を与えた偉人たち荻野 久作

(おぎの きゅうさく、1882年3月25日 - 1975年1月1日)は産婦人科医、医学博士である。女性の月経周期と妊娠との関連性を研究した先駆的業績で知られる。

不妊や多産に苦しむ新潟の女性を目にし、当時解明されていなかった排卵時期の研究を行う。3年の歳月をかけ1924年(大正13年)、論文「排卵ノ時期、黄体ト子宮粘膜ノ周期的変化トノ関係、子宮粘膜ノ周期的変化ノ周期及ビ受胎胎日二就テ」を完成させ「日本婦人科学会雑誌」に発表した。この論文は翌年、懸賞当選論文として採用されたが、反対意見も多かった。そこで1929年(昭和4年)6月、ドイツに渡った。日本で行った論文発表の6年後の1930年(昭和5年)2月22日に現地の学会誌(ドイツの『婦人科中央雑誌』(1930年第22巻2号))に『排卵と受胎日』というタイトルで発表された。その後日本婦人科学会雑誌第19巻6号に掲載された。なお学位は1923年東京帝国大学より「人類黄体の研究」より得ている。ところがオーストリア人のヘルマン・クナウス(Hermann Knaus)が久作の手法の目的を逆転させて避妊法と

して使うことを提唱する。これは当時から避妊法としては他の手段と比べて非常に不確実な手法であることがわかっていたので久作は反対意見を表明する。しかし不本意にもこの避妊法は後にオギノ式と呼ばれるようになる。もっと確実な避妊法があるにもかかわらず自身の学説を安易な避妊法として使い、結果として望まない妊娠をして人工妊娠中絶により失われる命のあることに久作は憤りを感じていた。そして、むしろ不妊治療に役立てて欲しいと主張した。1975年(昭和50年)新潟市の自宅にて死去。最晩年まで医師として現役を貫いた。新潟市の自宅前の通りは、没後に新潟市民の運動により、その功績を讃えて「オギノ通り」と名づけられている。

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08

Infertility Menopause

出生前診断について 浜之上 はるか横浜市立大学付属病院 遺伝子診療部

【はじめに】分子遺伝学の進歩により、多くの健康上の問題に遺伝が関

わることが分かってきた。特に、胎芽・胎児期や新生児期には染色体異常や遺伝子変異にもとづく疾病や障害が比較的みられるため、生殖医療、不育、周産期に関わる医療者は、遺伝の問題について患者から相談されるケースも多い。ここでは、出生前検査を希望する妊婦にどのように対応すべきか整理してみようと思う。

1. 出生前診断とは出生前診断とは、妊娠中に行われる胎児に対しての診断で

ある。広義では着床前診断(受精卵や極体診断)も含まれるが、こちらは限られた集団にのみ提供される技術である。

出生前診断の多くは染色体異常症に関する検査であるが、特定の遺伝子変異を同定する目的で行われることもある。また実際には、超音波検査も胎児の形態的評価に結びつくことがあるため、通常の産科診療でも意識せず出生前診断を行っている場合がある。

2. 出生前診断の範囲一般的に、出生時には3~5%の先天異常が発見されるもの

であり、幼少期までに疾病や障害を指摘される可能性はそれ以上にある。図1に、先天性疾患の原因内訳を示している1)。出生前診断で主に調べられているのは染色体疾患と一部の単一遺伝性疾患のみであり、当然であるがその多くは出生前診断では知り得ない。たとえばダウン症候群は出生前診断の対象疾患のひとつであるが、それは、全先天異常の10%程度である事に留意すべきである。

多くは遺伝学的検査に該当し(図2)2)、日本産科婦人科学

会より見解3)が出ており、原則として「重篤な疾患」のみが出生前診断の対象疾患となると示されている。しかし、「重篤」の基準がいまだに定まっていない。

3. 染色体異常症に対する出生前診断の手法以下に示す5つに分けられ、①~③は非確定的検査、④と⑤

は確定的検査である。同時に、①~③は、胎児への侵襲のない検査であり、④と⑤は胎児に対して侵襲的な検査である。

① 超音波スクリーニング初期(13週6日まで)と中期(18週~20週頃)に大別されるが、染色体スクリーニングとしては妊娠10~14週までに行われることが多い。もっとも重要な所見は、NT(Nuchal Translucency)であり、胎児の矢状断面での後頸部の皮下のfluid accumulationを検出する。これが厚いと、ダウン症候群などの染色体異常の可能性やその他の形態学的異常(心奇形など)の可能性が高くなる。他に、静脈管血流量、三尖弁逆流、鼻骨高、cyst ic hygroma、水頭症、臍帯ヘルニアの残存、四肢異常、輝度の高い腸管像、短い大腿骨・上腕骨、CRLの小ささ、脈絡叢囊胞、心室内高輝度エコー、腎盂拡大、短頭、小脳低形成、中節骨低形成、第5指変形、離れた第1趾、小耳介、巨舌、長い長骨、絨毛膜と羊膜の癒合の遅れなどから染色体異常症のスクリーニングがされる事がある。単独の所見での感度は高くないため非確定的検査であり、その他の超音波所見や他の出生前スクリーニング検査(母体血清マーカーなど)と組み合わせて評価することで診断精度を上げることが出来る(表1)4)。

13%5%13%

16%

53%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

13トリソミー

21トリソミー

18トリソミー

性染色体数的異常

環境・催奇形因子 5%

その他

染色体疾患25%

多因子遺伝50%

単一遺伝子の変異20%

図1 先天性疾患の原因内訳Thompson & Thompson Genetics in Medicine 7th editionより改変

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② 母体血清マーカー検査(図3)母体血に含まれるホルモンや生化学物質を指標に、染色体異常症などのリスク算出を行うものである。リスク算定に影響を与えるものとして、人種、妊娠週数、多胎の有無、体重、家族歴、抗てんかん薬の有無、インスリン依存性糖尿病の有無、喫煙の有無、体外受精の有無がある。妊娠中期に行われるものとして、トリプルマーカーテスト(14週以降)とクアトロテスト(15週以降)がよく知られている。より早期のものとして、ダブルテ

スト(12週)というものもあるが、14週頃まではAFPは比較的髙値を示すため、信頼性には限界がある(開放性二分脊椎のリスク評価はすべきではない)。妊娠初期マーカーも開発が進んでおり、上述した超音波ソフトマーカーとの組み合わせ検査(コンバインドテスト:NT測定値+PAPP-A+βhCG)は従来の非確定的検査よりも高い感度(83%)でダウン症候群が検出できるとされている5)。

表1項目 検出率(%)

年齢のみ 年齢 31

ダブルテスト 年齢+AFP+hCG 66

トリプルマーカーテスト 年齢+AFP+hCG+uE3 65〜74

クアトロテスト 年齢+AFP+hCG+uE3+inhibinA 70〜81

NT 年齢+NT 64〜70

combined test 年齢+NT+PAPP-A+βhCG 82〜87

combined test+超音波スクリーニング 年齢+NT+PAPP-A+βhCG+NB or TR or DV flow 93〜96

serum integrated test 年齢+PAPP-A+AFP+hCG+uE3+inhibinA 85〜88

integrated test 年齢+NT+PAPP-A+AFP+hCG+uE3+inhibinA 94〜96

d)通常の妊婦健診での標準的な超音波検査

g)心臓など特定の臓器の形態や機能の異常に対する積極的な胎児スクリーニング検査※※

e)侵襲的検査

f)非侵襲的検査

羊水検査

絨毛検査

NIPT

母体血清マーカー検査

b)狭義の出生前診断

h)NT測定や胎児鼻骨の有無などの染色体異常に対する積極的な胎児スクリーニング検査

胎児発育などの標準的な超音波検査

欧米のgeneticsonographyに相当

c)超音波検査

a)広義の出生前診断

図2 出生前診断と超音波検査の関係

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10

③ 母体血胎児染色体検査(図4)母体血中にあるcell free DNAをもとに胎児の染色体異数性を調べる方法で、解析には主に次世代高速シークエンサーを用いる。無侵襲的出生前遺伝学的検査

(NIPT)として知られている。2011年秋より海外では受託サービスが開始された。染色体異数性のうち、ダウン症候群(21トリソミー)・18トリソミー・13トリソミーはもとより、より多くの染色体異数性、性別診断、染色体構造異常(微細欠失症候群)や3倍体、父子鑑定、片親性ダイソミーなどの検出に対しても提供されるようになっている。将来的には、一塩基置換なども検出できる可能性がある。胎児に無侵襲でありながら、従来のスクリーニング方法よりも感度・特異度が高く、安易に受検する妊婦が増える可能性、その影響でその疾患に対する差別が強まる可能性などが指摘されており、2013年、日本医師会、日本医学会、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会および日本人類遺伝学会による共同声明のもと、指針が策定され6)、認定を受けた施設が臨床研究としてハイリスク妊婦のみに対し実施している。対象疾患は、国内では指針に基づき、ダウン症候群(21トリソミー)・18トリソミー・13トリソミーの3つのみとされている。妊娠10(9)週より受託可能である。精度は高いが偽陽性が存在するため、陽性となった場合は確定診断が基本的に求められる。

④ 絨毛採取・染色体分析(図5)妊娠10週~14週までに行う。経腟法、経腹法とあり、胎盤の位置などで決定する。超音波ガイド下で鉗子やPTC針などを用いて絨毛組織(胎盤の胎児面に近い方)を吸引あるいは生検する。2週間ほどの培養ののち核型分析となるので、結果を得るのに通常2週間以上かかる。実施時期が早いメリットはあるが、羊水検査同様に侵襲的検査である(熟練した医師が行っての流産率は0.6~0.8%とされている)。採取時に脱落膜が混入し誤診となる可能性、また、胎盤限局性モザイク(胎児には染色体異常がない場合)の可能性もあるため、手技の習熟、結果の慎重な評価が求められる。侵襲を伴う出生前検査であるため、日本産科婦人科学会の見解により受検の要件が定められている(表2)。

⑤ 羊水検査(図5)妊娠15週後半以降に行う。超音波ガイド下で仰臥位にした妊婦の腹壁から穿刺し羊水を採取する。通常23GのPTC針を使用し、10~20mL採取する、染色体分析では、培養するため、G bandの結果を得るのに2週間程度かかる。流産リスクが0.3~0.5%程度ある。侵襲を伴う出生前検査であるため、日本産科婦人科学会の見解により受検の要件が定められている(表2)。

MPSS法

Plasma = Maternal + Fetal DNA

SNPSequencing

Maternal + Fetal Genotype

Panorama simultaneously targets 19,488 SNPs

Sequencing the Buffy Coatto Get Maternal SNP Genotype

Buffy coat = Maternal DNA

SNPSequencing

Maternal Genotype

Fetal Genotype Maternal

blood

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 X Y

染色体番号

胎児が正常核型

胎児がT21

SNP typing法

§ 胎児由来DNA断片 ( )§ 母体由来DNA断片 ( )

母体血内

13 18 21 ランダムSNP領域

Targeted MPS法

・・・SNP (A or B)

AGCAATGTCAGAGATAGGGCAGAGCGATGGTGGTGAC chr8

GGCCCTGGGGACAGTCTCCAATCCACTGAGTCATCT chr10

GACACGGTGGAGCTCGGCCACACCAGGCCCAGCTGG chr14

TCCGCCCAGGCCATGAGGGACCTGGAAATGGCTGAT chr21

ATGAAGAGCGACGAATGACTTGGAGACTTTATGACGAA chrX

GTCAGAGATAGGGCAGAGCGATGGTGGTGACAACGCT chr9

AGATCTAAAGAAGATGGTGAGACCACAACTCAGATCTG chr4

TCCAGAGGAGAATGACAAGGAAGGTCAGCAGATTGT chr1

ATTGATTTGTTCATCCCTATACTTCAGGTCAAGGCTGGAA chr7

CTTCGAAGAATGAAATTGATGTTGAGCTCTCACTTCCACGG chr5

TCTTGGAGAGAATGCATCCGAGGTACATGATCTATTTTTT chr5

GACAGAGGAAGAAACAGCATCAAACTGCAGAATGA chr21

TTAGGTCCTGCTGAACATTGCAAATGCAGCAGCCTAGGCA chr2

TCTGAAAGAGCTTTGGTCCTATTGAACCTTCTCCTTC chr3

図3

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11

初期マーカー

クアトロテスト

トリプルマーカー

ダブルマーカー

図4

図5

表2 侵襲的な検査や新たな分子遺伝学的技術を用いた検査の実施要件

1.  夫婦のいずれかが,染色体異常の保因者である場合

2.  染色体異常症に罹患した児を妊娠,分娩した既往を有する場合

3.  高齢妊娠の場合

4.  妊婦が新生児期もしくは小児期に発症する重篤なX連鎖遺伝病のヘテロ接合体の場合

5.   夫婦の両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体の場合

6.   夫婦の一方もしくは両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体優性遺伝病の ヘテロ接合体の場合

7. その他,胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合

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12

以上の要点を表にまとめた(表3)7)。非確定的検査はいずれも陰性的中率は大変高く(99%以上)、スクリーニングとしては大変有用であり、より高額な検査や侵襲的検査を回避できる可能性がある。一方で、偽陽性も多い。母体血胎児染色体検査のダウン症候群に関する陽性的中率はハイリスク妊婦で75~95%とされており、超音波スクリーニングや母体血清マーカー検査の陽性的中率は数%でしかない。結果の解釈は慎重に扱う必要がある。

【おわりに】多くの妊婦は、命の誕生を前に期待を抱く一方で、不安を

感じているものである。「高齢妊娠」、「出生前診断」、「ダウン

文献1) Data adapted from Wellesley, D, et al., Rare chromosome

abnormalities, prevalence and prenatal diagnosis rates from population-based congenital anomaly registers in Europe(2000- 2006). Eur J of Hum Gen, 11 January 2012.

2) 澤井 英明, 他: 医学のあゆみ 2013; 246巻2号: p.150-1573) 日本産科婦人科学会: 出生前に行われる遺伝学的検査およ

び診断に関する見解.(2013年6月22日)4) Kypros H. Nicolaides, et al: Prenatal Diabn 2011; 31:

p.7-15

症候群」、「不妊治療」などのキーワードからあふれる情報を目にすれば、その不安が増強される場合も少なくない。一方で、出生前診断には技術的な限界に加え、生命倫理的な問題、社会的問題が数多く存在する。「不安だから希望する」カップルに、今抱えている不安はいったい何なのか、何を確認してどう考えていきたいのかを問いかけ、自身とパートナーの思いを理解・整理するよう促さなくてはならない。そのためには、日常診療とは切り離した「遺伝カウンセリング」という場が望ましく、共感的姿勢を持って丁寧に分かりやすく情報提供を行い、カップルが熟慮の末に下した自律的決定を支援していく事を示す必要がある。

5) Comas C1, et al: Obstet Gynecol. 2002 Oct; 100(4): 648-54.

6) 日本産科婦人科学会: 「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針 日本医師会・日本医学会・日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本人類遺伝学会「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」についての共同声明(2013年3月9日)

7) ACOG Committee on Practice Bulletins: ACOG Practice Bulletin No.77: ACOG Practice Bulletin No.77: screening for fetal chromosomal abnormalities. Obstet Gynecol 109: 217-227, 2007

表3 非確定的検査 確定的検査

検査法超音波

スクリーニング超音波スクリーニング

母体血清マーカー母体血清マーカー 母体血胎児染色体検査 絨毛検査 羊水検査

原理ソフトマーカー(NT測定ほか)

ソフトマーカーと生化学的分析

(NT+PAPP-A+βhCG)

生化学的分析(hCG, AFP, E3, InhibinA,)

NIPT(MPS法 ・ SNPs法ほか)

絨毛生検 ・G band法

羊水穿刺 ・G band法

商品名(例)First Screen®

(初期コンバインドテスト)トリプルマーカーテスト®

クアトロテスト®

Maternity PLUS®

Panorama™ prenatal test ほか

検査時期 妊娠10~14週 妊娠11週0日〜13週6日 妊娠14週〜 妊娠10週〜 妊娠10~14週 妊娠15週後半〜

対象疾患21トリソミー18トリソミー13トリソミー

21トリソミー18トリソミー

21トリソミー(18トリソミー)

(開放性神経管閉鎖障害)

21トリソミー18トリソミー13トリソミー

染色体異常症全般 染色体異常症全般

T21感度 64〜79% 83% 66〜81% 99.1% 100% 100%

T21特異度 95.4% 91〜95% 99.9% 100% 100%

特徴超音波技術の熟練が必要

超音波技術の熟練が必要

臨床研究(施設認定が必要)

胎盤性モザイク

絨毛生検に熟練が必要胎盤性モザイク

検査期間 その場 5〜7日 5〜7日 10〜15日 14〜21日 14〜21日

リスク ー ー ー ー 流産率0.6~0.8% 流産率0.3〜0.5%

価格(参考) 1〜2万 3万円前後 1〜2万 15〜21万 10〜15万 10〜15万

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Infertility Menopause

骨粗鬆症のアスリートにおける経皮的ホルモン補充療法

能瀬 さやか国立スポーツ科学センター メディカルセンター 婦人科

はじめに近年、女性アスリートの活躍や女子種目の拡大、東京五輪

招致決定を受けて女性アスリートの支援について取り上げられる機会が多くなっている。女性アスリートが抱える婦人科の問題の1つに、「女性アスリートの三主徴」が挙げられる。アメリカスポーツ医学会では、「Low energy availability

(ここではエネルギー不足と訳す)」、「無月経」、「骨粗鬆症」を女性アスリートの三主徴と定義している1)。また、国際 オリンピック委員会では、「Relative Energy Deficiency in Sport:RED-S(アスリートにおける相対的なエネルギー不足)」は、男女問わず全てのアスリートにとって循環器や免疫、代謝、精神面等全身に悪影響を与え結果的にパフォーマンス低下をもたらすとし2)3)、女性アスリートの三主徴はこのRED-Sの中に位置づけられている(図1)。両者とも、「運動による消費エネルギーに見合った食事からの摂取エネルギー」の重要性を強調した概念である。このエネルギー不足が続くことにより、黄体形成ホルモンの周期的な分泌が抑制され無月経となり、無月経に伴う低エストロゲン状態は、精神面や血管内皮、骨量等全身へ影響を与えることが明らかとなっている。

エネルギー不足と無月経アメリカスポーツ医学会では、〔(摂取エネルギー)-(運

動による消費エネルギー)〕/除脂肪量(kg)/日が30kcal/kg/日未満の状態をエネルギー不足と定義している1)。しかし、日常の診療において運動による消費エネルギーを計算することは専門家でも難しく、標準体重やBMIをスクリーニング項目として用いている。思春期では標準体重の75%以下、成人ではBMI17.5以下をエネルギー不足とし、治療の目標値は標準体重85%以上、BMI18.5以上としている。これらの数値が本邦のアスリートに適用できるかについて、これまでデータがなく明らかではなかった。H26年度文科省(現スポーツ庁)の受託事業で、国立スポーツ科学センターと日本産科婦人科学会が共同研究で全国の大学生アスリート約2,000名に対する調査を実施した。その結果、これらの月経周期異常の問題は、決してトップ選手特有の問題ではなくどの競技レベルにおいても見られることが明らかとなった(図2)。また、BMI18.5未満のアスリートではBMI18.5以上のアスリートと比較し有意に無月経の割合が高い結果となり、本邦のアスリートの指針につながる結果となった(図3)。

RREED-SRelativeEnergy

DeficiencyIn Sports

免疫系

血液

内分泌

代謝

心血管系

消化器系 月経

発育

精神

スポーツにおける

相対的な

エネルギー不足

三主徴

図1 IOC Medical Commission Position Stand on The Female Athlete triad, consensus statement

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14

0% 20% 40% 60% 80% 100%

日本代表206名

全国大会329名

地方大会330名

上記以外396名

コントロール512名

無月経

月経不順

正常周期

26.5

20.3

4.6 3.9 2.9 3.6 1.6

12.9

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

<17.534名/34名

17.5〜18.579名/55名

18.5〜25.01,099名/373名

25.0≦52名/31名

アスリート

コントロール

*Steel検定

p<0.0001

p<0.0001

%

全体数

BMI

図2 競技レベル別にみた月経周期異常

図3 BMI別にみた無月経の頻度(n=1,757)

アスリートの低骨量/骨粗鬆症競技にもよるがアスリートでは、荷重負荷によりその部位

の骨量は一般女性と比較し増加することが報告されてい る4)5)6)。しかし、無月経のアスリートでは荷重負荷があるにも関わらず骨量は低下しているケースも多くみられる。本邦では、アスリートの骨粗鬆症の診断基準はないが、アメリカスポーツ医学会では骨密度の測定部位として、20歳未満では、腰椎または頭部を除く全身を、20歳以上では、荷重部位である腰椎または大腿骨の測定を推奨しこれらの荷重部位の測定が難しい場合には非荷重部位である橈骨遠位端の測定が勧められている1)。また、閉経後女性の骨粗鬆症の診断基準としてYoung Adult Mean(YAM)値が使われるが、アメ

リカスポーツ医学会では、同年代の女性との比較であるZスコアを使用しZスコア-1.0未満かつ、疲労骨折の既往や続発性骨粗鬆症のリスク因子の有無がアスリートの骨粗鬆症の診断基準に含まれている。この低骨量/骨粗鬆症は、アスリートにおいて疲労骨折のリスクファクターの1つとなることも報告されている。ここで注意したいことは、疲労骨折の最も影響を与えるリスクファクターはトレーニング量や強度であり、骨量が正常なアスリートでも疲労骨折が起こることである。低骨量/骨粗鬆症は障害予防の点からも医学的介入が必要であるが、生涯の女性の健康においても放置してはならない問題である。

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アスリートの低骨量/骨粗鬆症に対する治療無月経のアスリートが婦人科を受診した際、既に低骨量や

骨粗鬆症をきたしているケースは珍しくない。しかし、このようなアスリートに対し、骨量を増加させる決定的な治療法がないことが現場での問題点である。体重や筋量と骨量には相関関係があり、体重増加による骨量増加についての報告は散見されるが、陸上長距離や新体操等のような低体重を求められる競技では、体重増加によるパフォーマンス低下や体型の変化よる採点への影響が懸念され、競技レベルが高くなるほど体重増加による治療が難しい現状にある。このようなアスリートに対し考慮されるホルモン補充療法が骨量を増加させるかについては、コンセンサスが得られておらず投与量についても検討が必要である。ホルモン補充療法を施行する際のエストロゲン投与経路については、経口投与より経皮的投与のほうが骨量増加には有効であるという報告が多い。これは、経口投与では、肝臓で骨芽細胞の分化に必要なIGF-1が抑制されるのに対し、経皮的投与ではIGF-1は抑制されないためと考えられている7)。現在、国立スポーツ科学センターでは、無月経のアスリートの骨量について調査中であり、経皮的ホルモン補充療法による骨量の変化についてデータを蓄積している。

経皮的ホルモン補充療法による骨量の変化現在、当センターでは、女性アスリートの骨量について調

査を行っており、その中から症例をピックアップし紹介す

る。持久系競技に参加する無月経アスリート3名のホルモン補充療法施行後の骨量変化について調査を行った。3選手の背景及び血液データを表1に示す。平均年齢は18.7±0.6歳、BMI 16.7±1.4、平均無月経期間は64±14か月、初診時のホルモン値は、LH 0.7±0.9mIU/mL、FSH 3.1±1.4mIU/mL、Estradiol 16.0±6.6pg/mLだった。また、全選手で疲労骨折の既往があった。初診時に実施したDXA法(Dual-energy X-ray Absorption:2重エネルギーエックス線吸収測定法)では、3名とも腰椎Zスコアは、-2.0以下であり、その他疲労骨折の既往があることからアメリカスポーツ医学会が定義する骨粗鬆症の診断となった。これらの選手に対し図4に示すプロトコールで経皮的ホルモン補充療法を施行した。経皮的エストラジオール製剤(ル・エストロジェルⓇ、富士製薬を2プッシュ(1.8g、エストラジオールとして1.08mg含有)連日使用し、1~2か月に1度ジドロゲステロン錠10mgを7日間服用し消退出血を起こした。若年者の骨量増加に対するエストロゲンの目標値は明らかになっていないが、ホルモン補充療法後は定期的に血中エストラジオール値を測定し、最低でもエストラジオール値40pg/mL以上であることを確認した。ホルモン補充療法開始後6か月、12か月、18か月に測定した骨量の変化を図5に示す。

この3選手の骨量は、同年代の女性の骨量と比較したZスコアで比較すると初診時と比較し、明らかな低下は認められなかった。全選手は体重に変化がみられないため、体重の骨量への影響を除いた検討であると考えられる。

初診時

年齢(歳) 18.7±0.6

初経年齢(歳) 13.3±1.5

競技開始年齢(歳) 12.3±0.6

無月経期間(月) 64±14

BMI 16.7±1.4

体脂肪率(%) 16.3±5.4

LH(mIU/mL) 0.7±0.9

FSH(mIU/mL) 3.1±1.4

Estradiol(pg/mL) 16.0±6.6

TRACP-5b(mU/dL) 390.3±169.2

血清NTX(nmol/L) 14.6±2.3

BAP(μg/L) 17.3±3.7

投与例(消退出血を起こすタイミングは、試合や練習の スケジュールにより選手毎に異なる)

経皮エストラジオール製剤投与

プロゲスチン製剤内服7日

表1 3選手の背景及び血液データ

図4 ホルモン補充療法プロトコール

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おわりに今回の結果より、経皮的エストラジオール製剤によるホル

モン補充療法がアスリートの骨量維持に寄与している可能性が示唆された。しかし、競技特性による荷重部位の違いや最大骨量獲得前後で結果が異なることも予想され、低骨量や骨粗鬆症のアスリートに対する治療法の確立は今後の課題であり、引き続きデータを蓄積し調査を行っていく予定である。しかし、競技特性上体重増加が難しいケースが多いことやホルモン補充療法による骨量への影響が明らかとなっていない現状を考えると、予防に主眼が置かれることは言うまでもない。つまり、10代でのエネルギー不足による低体重、またこれによって引き起こされる低エストロゲン状態を回避し10代で出来るだけ最大骨量を獲得することが競技生活中のみならずアスリートの生涯にわたる健康を考える上で最も重要であることを忘れてはならない。

部活動やスポーツの現場で、アスリートや指導者、保護者、メディカルスタッフ等にこれらの問題点をいかに伝えていくかが今後の課題である。

参考文献1) De Souza MJ, et al.: 2014 Female Athlete Triad Coalition

Consensus Statement on Treatment and Return to Play of the Female Athlete Triad: 1st Internat ional Conference held in San Francisco, California, May 2012 and 2nd International Conference held in Indianapolis,

Indiana, May 2013. Br J Sports Med 2014; 48: 289 PMID: 24463911

2) Mountjoy M.et al. The IOC consensus statement: beyond the Female Athlete Triad-Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med. 2014; 48: 491-497

3) De Souza MJ.et al. Misunderstanding the female athlete triad: refuting the IOC consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport(RED-S). Br J Sports Med. 2014; 48: 1461-1465

4) Colletti L. et al.The effect of muscle-biuilding exercise on bone mineral density of the radius,spine,and hip in young men.Calcif.Tissue Int.1989; 45: 12-14

5) Alfredson H1. et al. Bone mass in female volleyball players: a comparison of total and regional bone mass in female volleyball players and nonactive females. Calcif Tissue Int. 1997; 60: 338-342

6) Huddlestone A. et al.Bone mass in lifetime tennis athletes. JAMA 1980; 244: 1107-1109

7) De Souza MJ. et al. 2014 Female Athlete Triad Coalition consensus statement on treatment and return to play of the female athlete triad: 1st International Conference held in San Francisco, CA, May 2012, and 2nd International Conference held in Indianapolis, IN, May 2013. Clin J Sport Med. 2014; 24: 96-119.

Zスコア

A選手

B選手

C選手

治療開始前 6か月後 12か月後 18か月後

0

-0.5

-1

-1.5

-2

-2.5

-3

ホルモン補充療法

図5 ホルモン補充療法後の骨量変化

掲載されている薬剤のご使用にあたっては、製品添付文書をご参照ください。

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Infertility Menopause

婦人科がん治療後のHRTは危険なのか? 髙松 潔

東京歯科大学市川総合病院 産婦人科

1. はじめに − がんサバイバーのQOL向上のために近年、がんサバイバーシップという言葉がトピックスと

なっている。サバイバーというとがんを克服したものと考えがちであるが、これはがんが発見された時からいかに自分らしく生きることができるかを追求するという概念であり、QOLを重視する欧米らしい考え方といえる。最近のがん罹患率の上昇と治療法の進歩に伴う生存率の向上とがあいまって、がんサバイバーは増加しており、国民20人に1人ががんサバイバーになる時代も近いと言われている。実際の正確な統計はないものの、婦人科がんにおいては、人口動態統計によるがん死亡データと地域がん登録全国推計によるがん罹患データに基づき1), 2)、単純に罹患数から死亡数を引いた数である年間がんサバイバー増加数は、1988年には子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんそれぞれ6,670、2,243、1,841名であったのに対し、2008年には7,308、9,085、4,413名になっていた(図1)。つまり、トータルではなく増加数ですら、卵巣がんで2倍以上、子宮体がんでは4倍以上に増加しており、生命予後のみならず、QOLへの対応は急務であるといえる。

婦人科がん治療後におけるQOL阻害の要因としては、他の悪性腫瘍同様、再発・再燃への不安と同時に、両側卵巣摘出術や放射線療法・抗癌剤などによる卵巣機能の廃絶、つまりエストロゲンの消退による卵巣欠落症状が特徴的である。また、エストロゲンの消退は脂質異常症から冠動脈疾患を発症したり、骨量減少や骨粗鬆症を招いたりするリスクも有している。これに対し、最も理に適った対応法はホルモン補充療法(HRT)であることには言をまたない。しかし、エストロゲンは古くから発がんリスク、特にエストロゲンに依存する組織のがんである子宮内膜癌や乳がんの問題が取り上げられてきた諸刃の剣のような存在でもあり、婦人科がん治療後におけるHRT施行については原病の再発リスクへの影響を考

えて躊躇することも少なくないと思われる。そこで本稿では子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんの治療後におけるHRT施行による再発リスクからみたHRTの適応について考えてみたい。

2. 婦人科がん治療後のHRTと再発リスク1)子宮頸がん

エストロゲン受容体(ER)は子宮頸部扁平上皮癌細胞にも発現していることが知られているが、臨床的にはエストロゲン依存性腫瘍とは考えられてはいない3)。また、閉経後におけるhigh-risk HPV感染へのエストロゲンの影響も知られてはいない4)。従って、子宮頸がんにおいて多数を占める扁平上皮癌の治療後の再発リスクにHRTが影響を与えないことには異議はないであろう。これまで組織型別の治療後におけるHRTによる再発リスクの検討はなされてはいないが、Plochは臨床進行期I~II期の子宮頸がんの治療後における再発率がHRT群で20%、コントロール群で32%と有意差がなかったことを報告している(図2)5)。一方、子宮頸部腺癌については、従来からエストロゲンとの関連性が議論されてきた。HRTによりリスクが上昇する可能性が否定できず、健常女性に対するエストロゲン単独療法(ET)による発症の相対危険率(RR)は2.7(95%信頼区間(CI) 1.1-6.8)(ただし、エストロゲン+黄体ホルモン併用療法(EPT)ではRR 1.1

(95%CI 0.26-5.0)と有意差なし)という報告6)や5年間のEPT施行にて、一般統計から予測されるデータと比較した比である標準化罹患比(standardized incidence ratio:SIR)が1.83(95%CI 1.24-2.59)と有意に上昇したという報告7)がなされているものの、現在までのところ子宮頸がん治療後のHRTが再発リスクを上昇させるという報告はない。

以上のことから子宮頸がん治療後におけるHRTは安全に施行可能であるといえる。

5,000

1988年0

1998年 2008年

10,000(人)

子宮頸がん

子宮体がん

卵巣がん

図1 婦人科がんにおける年間推定がんサバイバー増加数(文献1,2より作成)

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2)子宮体がん(子宮内膜癌)婦人科がんの中では、子宮体がんは比較的早期の進行期が

多く、予後のよいがんである。また、日本婦人科腫瘍学会による子宮体がん治療ガイドライン2013年版に従えば、手術可能な症例では基本術式として両側付属器切除術(BSO)が勧められていることから8)、BSOを施行された子宮体がんサバイバーが多いこととそれに伴う治療後のHRTの必要性が理解されよう。

子宮体がん、特に子宮内膜癌治療後のHRTと再発リスクに関しては、これまで旧進行期分類III期までの症例に施行した6つの報告がある。少なくとも再発率が上昇したという報告はなく、2報告では有意にHRT群において再発率が低かった。このうち唯一のランダム化比較試験(RCT)は、Gynecologic Oncology Groupによるプラセボ対照ランダム化二重盲検非劣性試験(GOG #137)であるが、再発リスクはET群においてRR 1.27(80%CI 0.916-1.77)とプラセボ群との間に有意差を認めていない9)。また、2014年に報告された、これら6報告のメタ解析によれば、図310)に示すようにオッズ比(OR)は0.534(95%CI 0.297-0.960)と有意に低下するという。

以上の検討結果からは、少なくとも旧II期、あるいはデータがある旧III期までであればHRTは決して危険ではないと考えられる。子宮体がん治療ガイドライン2013年版におい

ても、Clinical Question(CQ)「治療後のホルモン補充療法(HRT)は推奨されるか?」に対して「治療後のHRTは、そのメリット・デメリットを十分に説明した上で慎重に考慮する

(グレードC1)」という前向きな推奨で取り上げられている8)。

3)卵巣がん卵巣がんでは基本的に両側卵巣を摘出することになるこ

とはいうまでもなく、また、HRTによる卵巣がんリスクに関する52研究のメタ解析ではRR 1.37(95%CI 1.29-1.46)とリスクが有意に上昇することも報告されているため11)、治療後のHRTによる再発リスクは気になるところである。

これに関しては、2014年までに6つの報告がある。これらは臨床進行期などの条件なくHRTを施行しており、1報告で有意に死亡リスクが低下、5報告では死亡リスクや全生存期間(OS)、無病生存期間(DFS)には有意差なしという結果であり、2つのRCTにおいては共に有意差を認めていなかった。2015年に報告された、これら6つの報告のメタ解析では、再発死亡リスクはハザード比(HR) 0.68(95%CI 0.54-0.86)と有意に低下していた(図4)12)。

さらに最近、欧州におけるRCTにおいて、HRTの継続期間が中央値で1.14年にもかかわらず、約19年間のフォローアップにおけるOSが有意に延長していたことが報告された。本論文では卵巣がん治療後に高度の更年期障害様症状を訴

40

0

20

60

80

100(%)

HRTControl

20%32%

N.S.

Study name

Oddsratio

Creasman(1986)

Lee(1990)

Chapman(1996)

Suriano(2001)

Ayhan(2006)

Barakat(2006)

Overall ( =49.0)

0.124

0.121

0.306

0.159

0.340

1.171

0.534

0.016

0.007

0.059

0.034

0.014

0.537

0.297

0.937

2.143

1.578

0.746

8.543

2.552

0.960

1/47

0/44

2/62

2/75

0/50

14/618

26/174

8/99

6/61

11/75

1/52

12/618

0.01

l 2

Lowerlimit

Upperlimit Treatment Control

Favours HRT Favours Control

Recurrence / Total Odds ratio and 95% Cl

0.1 1 10 100

図2 子宮頸がん治療後症例へのHRTによる再発リスク(文献5より作成)

図3 子宮体がん治療後症例へのHRTによる再発リスク(文献10より引用)

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える女性にはHRTは安全に投与できるし、QOLの向上のみならず、OSの改善にもつながる可能性があると結論づけている13)。

また、卵巣がんには多くの組織型があることが知られているが、組織型別の生存率の検討では、粘液性癌(HR 1.29

(95%CI 0.28-6.14))や類内膜癌(HR 0.54(95%CI 0.28-1.06))においてはHRT未施行群と有意差を認めておらず、一方、漿液性癌(HR 0.65(95%CI 0.44-0.96))とその他の組織型(HR 0.23(95%CI 0.06-0.91)では有意にHRT群で良好な生存率を示していたと報告されている14)。

以上のことから、上皮性卵巣癌治療後のHRTは少なくとも再発や死亡リスクに悪影響を与えないと考えられる。卵巣がん治療ガイドライン2015年版においてもCQ「ホルモン補充療法(HRT)は推奨されるか?」に対して「HRTは、個々の症例において、そのメリット・デメリットを十分に説明した上で慎重に考慮する(グレードC1)」と子宮体がんと同様の推奨がなされている15)。さらにOSを延長させるという報告がなされていることから、近年、維持療法としての有用性を期待するAdjuvant Hormone Therapy(AHT)という概念も登場してきている13)。

3. 婦人科がん治療後のHRT施行時の注意点このように婦人科がん治療後のHRTは決して再発リスク

に大きな影響を与えるものではないと考えられる。ただし、大規模RCTは少なく、各種バイアスが掛かっている可能性があることなど、問題点があることも理解をしておく必要がある。また、至適なレジメンに関する検討もなされてはいない。歴史的な問題から結合型エストロゲンが多く使われてきたが、理論上は発癌作用を持つ代謝産物が含まれる可能性が低い17β-エストラジオール製剤が好ましいと考えられる。もちろん投与量も最少量から開始することには異論はないと思われる。投与経路、つまり経口剤か経皮剤かに関しては、上記同様の理由で経皮のデータがほとんどなく、不明である。悪性腫瘍治療後は諸臓器が受けているダメージを考慮し、肝初回通過効果のない経皮製剤が好ましいとも考えられるが、エビデンスはなく、現状では患者の好みでどちらも可

能であろう。

4. おわりに − がんサバイバーに対するHRTの ベネフィット/リスク比は高い

QOLに対する考え方は個人によって異なるため、悪性腫瘍治療後のQOL向上への治療法選択におけるベネフィットと再発リスクのバランス評価もそれぞれの考え方に依存するところが大きい。例えば、乳がん治療後のHRTは原則的に禁忌とされているが、がんサバイバーシップの考え方から、

「もし起こりうるリスクを理解しており、HRTが症状に有効で、これからの人生のQOLを最重要視するなら、HRTの絶対的禁忌はない」というコンセプトの下、HRTを許容する意見もある16)。

以上のことから、婦人科がん治療後には、少なくともHRTの可能性を提示することは必須であると考えられる。日本においては患者サイドも医療者もともに、HRTを含めてホルモン療法に対するアレルギー的な感覚があるが、最近実施された子宮体がん治療後のHRTに関する婦人科腫瘍医へのアンケートでは、日本における医療者側の意識は少なくとも欧米と同等であり、決してネガティブな態度ではないことも明らかになっている17)。今後、HRTの更なる普及によって、日本における婦人科がんサバイバーのQOLがより向上することが期待される。

文献1) 厚生労働省大臣官房統計情報部編: 人口動態統計. http://

www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html(平成27年12月5日アクセス)

2) Matsuda A, Matsuda T, Shibata A, Katanoda K, Sobue T, Nishimoto H and The Japan Cancer Surveillance Research Group : Cancer Incidence and Incidence Rates in Japan in 2007: A Study of 21 Population-based Cancer Registries for the Monitoring of Cancer Incidence in Japan (MCIJ) Project. Jpn J Clin Oncol 43(3): 328-336, 2013

Study ID HR (95% CI)

Eeles (1991)

Guidozzi (1999)

Ursic-Vrscaj (2001)

Mascarenhas (2006)

Li (2012)

Wen (2013)

Overall (I-squared = 0.0%, p = 0.495)

.18 1

0.73 (0.44, 1.20)

1.13 (0.55, 2.31)

1.14 (0.38, 3.39)

0.57 (0.42, 0.78)

0.88 (0.35, 2.32)

0.67 (0.18, 2.50)

0.68 (0.54, 0.86)

5.56

図4 卵巣がん術後症例へのHRTによる再発死亡リスク(文献12より引用)

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3) Guidozzi F: Estrogen therapy in gynecological cancer survivors. Climacteric 16(6): 611-617, 2013

4) Ferenczy A, Gelfand MM, Franco E, Mansour N: Human papillomavirus infection in postmenopausal women with and without hormone therapy. Obstet Gynecol 90(1): 7-11, 1997

5) Ploch E: Hormone replacement therapy in patients after cervical cancer treatment. Gynecol Oncol 26(2): 169-177, 1987

6) Lacey JV Jr., Brinton LA, Barnes WA, Gravitt PE, Greenberg MD, Hadjimichael OC, McGowan L, Mortel R, Schwartz PE, Kurman RJ, Hildesheim A. Use of hormone replacement therapy and adenocarcinomas and squamous cell carcinomas of the uterine cervix. Gynecol Oncol 77(1): 149-154, 2000

7) Jaakkola S, Pukkala E, K Lyytinen H, Ylikorkala O: Postmenopausal estradiol-progestagen therapy and risk for uterine cervical cancer. Int J Cancer 131(4): E537-543, 2012

8) 日本婦人科腫瘍学会編: 子宮体がん治療ガイドライン2013年版. 金原出版, 東京, 2013

9) Barakat RR, Bundy BN, Spirtos NM, Bell J, Mannel RS. Randomized double-blind trial of estrogen replacement therapy versus placebo in stage I or II endometrial cancer: a Gynaecologic Oncology Group study. J Clin Oncol 24 (4): 587-592, 2006

10) Shim SH, Lee SJ, Kim SN: Effects of hormone replacement therapy on the rate of recurrence in endometrial cancer survivors: a meta-analysis. Eur J Cancer 50(9): 1628-1637, 2014

11) Collaborative Group on Epidemiological Studies of Ovarian Cancer: Menopausal hormone use and ovarian

cancer risk: individual participant meta-analysis of 52 epidemiological studies. Lancet 385(9980): 1835-1842, 2015

12) Li D, Ding CY, Qiu LH: Postoperative hormone replacement therapy for epithelial ovarian cancer patients: A systematic review and meta-analysis. Gynecol Oncol 139(2): 355-362, 2015

13) Eeles RA, Morden JP, Gore M, Mansi J, Glees J, Wenczl M, Williams C, Kitchener H, Osborne R, Guthrie D, Harper P, Bliss JM: Adjuvant Hormone Therapy May Improve Survival in Epithelial Ovarian Cancer: Results o f the AHT Randomized Tr ia l . J C l in Onco l 33(35):4138-4144, 2015

14) Mascarenhas C, Lambe M, Bellocco R, Bergfeldt K, Riman T, Persson I, Weiderpass E: Use of hormone replacement therapy before and after ovarian cancer diagnosis and ovarian cancer survival. Int J Cancer 119(12): 2907-2915, 2006

15) 日本婦人科腫瘍学会編: 卵巣がん治療ガイドライン2015年版. 金原出版, 東京, 2015

16) Loibl S, Lintermans A, Dieudonné AS, Neven P: Management of menopausal symptoms in breast cancer patients. Maturitas 68(2): 148-154, 2011

17) Yokoyama Y, Ito K, Takamatsu K, Susumu N, Takehara K, Nakanishi T, Harano K, Watari H, Aoki D, Saito T: Disease Committee of Uterine Cancer, Japanese Gynecologic Oncology Group: How do Japanese gynecologists view hormone replacement therapy for survivors of endometrial cancer? Japanese Gynecologic Oncology Group (JGOG) survey. Int J Clin Oncol 20(5): 997-1004, 2015

Congress Schedule (2016年7月〜2017年1月)

2016年月 日 学会名 開催地 会場

7月3日―6日 第32回欧州ヒト生殖医学会(ESHRE) フィンランド ヘルシンキ8日―10日 第58回日本婦人科腫瘍学会学術講演会 米子 米子コンベンションセンター17日 第15回生殖バイオロジー東京シンポジウム 東京 都市センターホテル

8月 6日―7日 第45回日本女性心身医学会学術集会 大津 ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)27日―28日 第35回日本思春期学会総会学術集会 東京 浅草ビューホテル

9月

1日―3日 第56回日本産科婦人科内視鏡学会学術講演会 長崎 長崎ブリックホール1日―3日 JSAWI第17回シンポジウム 淡路 淡路夢舞台国際会議場11日 第14回日本生殖看護学会学術集会 仙台 東北大学医学部開設百周年記念ホール15日―16日 第34回日本受精着床学会総会・学術講演会 軽井沢 軽井沢プリンスホテルウエスト22日―24日 第5回アジア子宮内膜症会議(ACE2016) 日本 大阪28日―10月1日 第15回世界更年期学会(IMS) チェコ プラハ

10月1日―2日 第19回日本IVF学会 神戸 神戸国際会議場7日―8日 第37回日本妊娠高血圧学会 さいたま 大宮ソニックシティ14日―15日 第57回日本母性衛生学会総会・学術集会 東京 品川プリンスホテル15日―19日 第72回米国生殖学会(ASRM2016) アメリカ ソルトレイクシティ

11月3日―4日 第61回日本生殖医学会総会・学術講演会 横浜 パシフィコ横浜5日―6日 第31回日本女性医学学会学術集会 京都 ウェスティン都ホテル京都10日―13日 第24回世界産科婦人科不妊症討論会議(COGI 2016) オランダ アムステルダム

12月 2日―3日 第31回日本生殖免疫学会総会・学術集会 神戸 神戸国際会議場3日―4日 第29回日本性感染症学会学術大会 岡山 岡山コンベンションセンター

2017年月 日 学会名 開催地 会場

1月8日―9日 第22回日本臨床エンブリオロジスト学会学術大会 東京 すみだリバーサイドホール14日 第21回日本生殖内分泌学会学術集会 大阪 千里ライフサイエンスセンター21日―22日 第38回日本エンドメトリオーシス学会学術講演会 東京 東京コンベンションホール