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IPCC(気候変動に関する政府間パネル)設立の経緯とその役割 IPCC 第 4 次評価報告書の構成 温暖化の最新の科学的知見を紹介(総括および統合報告書概要) 観測的知見とモデルから見た気候変動(第 1 作業部会報告書概要) 温暖化による自然環境と人間社会への影響(第 2 作業部会報告書概要) 長期的な気候安定化に向けた温暖化緩和策(第 3 作業部会報告書概要)

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Page 1: IPCC(気候変動に関する政府間パネル)設立の経緯 …cger.nies.go.jp › documents › brochures › ar4-200806.pdfFAR:First Assessment Report(第1次評価報告書)

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)設立の経緯とその役割

IPCC 第 4 次評価報告書の構成

温暖化の最新の科学的知見を紹介(総括および統合報告書概要)

観測的知見とモデルから見た気候変動(第 1 作業部会報告書概要)

温暖化による自然環境と人間社会への影響(第 2 作業部会報告書概要)

長期的な気候安定化に向けた温暖化緩和策(第 3 作業部会報告書概要)

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● IPCC (気候変動に関する政府間パネル) 設立の経緯とその役割1979 年、世界気象機関(WMO)により組織された第 1 回世界気候会議は、1957 ~ 58 年 の国際地球観測年以降、継続的

に行われるようになった地球規模の観測や気候研究の成果を背景に、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス濃度の上昇など、人間活動に起因する気候変化が社会経済に顕著な影響を与えることへの懸念を表明し、世界各国が連携して気候プロセスに関する理解を深め、自然および人為的要因による気候変化を調査すること、社会経済活動に与えるであろう著しい影響に関して警告することを求めた。1980 年代の半ば以降、危機感を強めた研究者、政策担当者が一堂に会して、温暖化問題への対応を議論する一連の国際会合が開催された。その成果を踏まえ、1988 年 11 月に国連環境計画と WMO は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC) を設立した。

IPCC の役割は、地球温暖化とそれに伴う気候変動に関する最新の自然科学的および社会科学的知見をそれまでに発表された研究成果を評価して報告書にまとめ、地球温暖化防止政策に科学的な根拠を与えることにある。IPCC の活動に関する意志決定は、参加各国の代表(主として政府関係者)が出席する IPCC 総会で行われる。IPCC の活動は、ビューロー(議長団)の下に、第 1 作業部会(WG1:自然科学的根拠)、第 2 作業部会(WG2:影響、適応、脆弱性)、第 3 作業部会(WG3:緩和策)、並びに温室効果ガスインベントリに関するタスクフォースが置かれ、世界中の多くの科学者の協力を得て行われている。各作業部会での評価作業は定期的に行われ、その信頼性は、厳密かつ透明性の高いレビュープロセスにより保証されている。

こうしてまとめられる IPCC の報告書は、国際的に合意された科学的理解として、政策検討・国際交渉の場面でも多用されてきた。1990 年に公表された第 1 次評価報告書(FAR)は 1992 年の気候変動枠組条約の採択に、1995 年の第 2 次評価報告書(SAR)は 1997 年の京都議定書の採択に重要な役割を果たしている。そして、2001 年の第 3 次評価報告書(TAR)につづき、2007 年に公表されたのが第 4 次評価報告書(AR4)である。

* IPCC は 2007 年 11 月に、AR4 の SYR および SPM を取りまとめ公表した。これに先立ち、IPCC の第 1 から第 3 の各作業部会の SPM が 2007 年 2 月から 5 月にかけて、また、引き続いて各作業部会報告書が公表されてきた。月刊のニュースレター「地球環境研究センターニュース」では、各作業部会 SPM の公表に合わせて、各作業部会報告書のエッセンスに当たる部分を、それぞれ執筆者として参画した国立環境研究所の研究者の目を通して解説する記事を掲載してきた。  SYR の公表を機に、これらの一連の報告書の意義と概要を概観できる資料とすることを目的に、「地球環境研究センターニュース」記事原稿に必要に応じて加筆修正を施し、取りまとめて小冊子化することとした。

*地球環境研究センターでは、地球環境研究分野の研究推進と情報交換のため、「地球環境研究センターニュース」を毎月発行し、希望者に無料で配付している。地球環境研究センターウェブサイト( )でも閲覧できる。

AR4:Fourth Assessment Report(第 4 次評価報告書)AR5:Fifth Assessment Report(第 5 次評価報告書)CDM:Clean Development Mechanism(クリーン開発メカニズム)COP:Conference of the Parties(締約国会議)FAR:First Assessment Report(第 1 次評価報告書)IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change   (気候変動に関する政府間パネル)SAR:Second Assessment Report(第 2 次評価報告書)SPM:Summary for Policymakers(政策決定者向け要約)

SRES:Special Report on Emissions Scenarios (排出シナリオに関する特別報告書)SYR:Synthesis Report(統合報告書)TAR:Third Assessment Report(第 3 次評価報告書)TS:Technical Summary(技術要約)UNFCCC:United Nations Framework Convention on Climate

Change(国連気候変動枠組条約)WG:Working Group(作業部会)WMO:World Meteorological Organization(世界気象機関)

●●●●● 本資料で用いる略語 ●●●●●

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・ 統合報告書の目次

政策決定者向け要約(SPM)本編(longer part) トピック1 気候変化とその影響に関する観測結果 トピック4 適応と緩和のオプション トピック2 変化の原因 トピック5 長期的な展望 トピック3 予測される気候変化とその影響 トピック6 確実な知見と主要な不確実性

注:SPM ではトピック 6 については記載されていない。

・ 作業部会別報告書の目次

政策決定者向け要約(SPM)技術要約 (TS)第1章 気候変動の科学に関す る歴史的概観第2章 大気組成および放射強    制力の変化第3章 観測:大気圏および表 面での気候変化第4章 観測:雪氷および凍土    の変化第5章 観測:海洋気候変動お よび海面水位第6章 古気候第7章 気候システムの変化と 生物地球化学との結合第8章 気候モデルとその評価第9章 気候変動の理解とその 要因第10章 地球規模の気候予測第11章 地域の気候予測

政策決定者向け要約 (SPM)技術要約 (TS)序I . 観測された変化の評価第1章 自然および人為システムにおける観測され    た変化と対応の評価II. 将来の影響および適応の評価:セクターおよびシステム第2章 新たな評価手法および将来状況の描写第3章 淡水資源とその管理第4章 生態系およびその機能、益、サービス第5章 食糧、繊維および森林生産物第6章 沿岸および低地地域第7章 産業、居住および社会第8章 人の健康III. 将来の影響および適応の評価:地域別第9章 アフリカ第10章 アジア第11章 オーストラリアおよびニュージーランド第12章 ヨーロッパ第13章 ラテンアメリカ第14章 北アメリカ第15章 極域(北極および南極) 第16章 小島嶼IV. 影響への対応の評価第17章 適応実施、オプション、制約、能力に関する評価第18章 適応と緩和の相互関係第19章 気候変化による主要な脆弱性およびリスクの評価第20章 気候変化および持続可能性に関する展望

政策決定者向け要約(SPM)技術要約 (TS)Ⅰ . 導入と枠組み第1章 導入第2章 枠組みⅡ . 長期的な緩和状況に関する論点第3章 長期的な緩和状況に関する 論点Ⅲ . 短中期的に見た、具体的な緩和措置第4章 エネルギー供給(すべての エネルギー供給オプション)第5章 輸送と輸送インフラ(道路、

鉄道、航空、船舶そして輸送用燃料を含む)

第6章 住居/商業 (サービス業を含む)第7章 産業第8章 農業(土地利用、生物的炭 素隔離を含む)第9章 林業(土地利用、生物的炭 素隔離を含む)第10章 廃棄物処理Ⅳ . 横断的な分野、国家的、国際的範囲第11章 分野横断的な緩和措置の展望第12章 持続的成長と緩和第13章 政策、手法および協力のア レンジメント

WG1:自然科学的根拠

(The Physical Science Basis)ISBN-13: 9780521705967

WG�:緩和策

(Mitigation of Climate Change)ISBN-13:9780521705981

WG�:影響、適応、脆弱性

(Impacts, Adaptation and Vulnerability)ISBN-13: 9780521705974

● IPCC 第 4 次評価報告書の構成

第 1 ~第 3 次評価報告書と同様、3 つの作業部会がそれぞれ報告書を作成した。 各作業部会報告書は、数百ページの本文と、政策決定者向け要約(SPM)、技術要約(TS)からなる。SPM は、本文の重要事項を 20 ページ程度にまとめたものである。約 50 ページにまとめられた TS は SPM と本文の中間に位置するもので、より詳しく重要な数値なども記載されている。SPMおよび TS に記載された知見には、それぞれ本文における引用元(章節番号)が記載されており、対応する詳細な記述を探したり原論文情報を知りたい場合にも便利である。各作業部会の報告書に加え、全体をまとめた統合報告書(SYR;本編[longer part]と SPM からなる)が作成されている。

なお、AR4 の全文は IPCC ウェブサイト( )からダウンロードできるほか、各作業部会報告書は Cambridge University Press から出版され一般の洋書取扱店で購入できる。日本語訳は、SPM などについて関係府省・機関から公開されている。環境省ウェブサイトの「IPCC 第4次評価報告書について」

にこれらの情報へのリンクがある。

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はじめに

 第 27 回 IPCC 総会(2007 年 11 月 12 ~ 17 日、スペイン・バレンシア)で、第 4 次評価報告書(AR4)の統合報告書(SYR)が採択された。そして、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長も出席して、記者会見が行われ、SYR が世界中に公表された。この SYR とこれに先だって公表された 3 つの作業部会報告書をあわせて、AR4 が完成したことになる。AR4 は、2007 年12 月 3 日からバリ(インドネシア)で開催された COP13 に提出され、2013 年以降の温暖化防止の国際的枠組みを議論する際に、最新の科学的知見として活用された。 IPCC 総会に先立つ 10 月 12 日、IPCC と Al Gore(アル・ゴア)米国元副大統領がノーベル平和賞を授賞することが決まった。受賞の理由は、人為的に起こる気候変動についての科学的知見を蓄積、普及するとともに、気候変動へ対処するための基盤を築いたことである。Rajendra Pachauri(レジェンドラ・パチャウリ)IPCC 議長は、「IPCC がノーベル平和賞を受賞したことは、たいへん光栄なことであり、AR4 の作成に携わった世界中の科学者、専門家ばかりでなく、協力した政策担当者、一般の人々すべてに対して授与されたものである」と今回の IPCC 総会の開会式で述べている。本稿では、SYR の概要を紹介するとともに、AR4 の意義などをまとめた。

統合報告書 (SYR) の概要

 AR4 は 3 つの作業部会の報告書と SYR からなる。SYR は、2001 年の第 3 次評価報告書(TAR)発表以降得られた科学的知見に基づき、気候変動の原因と予測、影響と適応、緩和策など横断的、総合的にとりまとめたものであり、本編(longer part)とそのまとめである政策決定者向け要約(SPM)からなる。SYR の SPM は、最新の科学的知見に基づく情報を的確に提供するために、各作業部会報告書の SPM、本文をもとに、図表も多用して、読みやすく、理解しやすいようにまとめられている。 SYR の SPM は、5 つのトピック、すなわち、①気候変化とその影響に関する観測結果、②変化の原因、③予測される気候変化とその影響、④適応と緩和のオプション、⑤長期的な展望、についてまとめられている。以下各トピックの概要を示す

(IPCC[2007]、文部科学省ほか[2007])。

 トピック①では、観測されている気候変化とそれが人類および自然系に及ぼす影響をまとめている。

○大気や海洋の全球平均温度の上昇、雪氷の広範囲にわたる融解、世界平均海面水位の上昇が観測されているこ

とから、気候システムの温暖化には疑う余地がない(unequivocal)。

○地域的な気候変化により、多くの自然生態系が影響を受けている。

 トピック②は観測された変化の要因をまとめている。○人間活動により、現在の温室効果ガス濃度は産業革命以

前の水準を大きく超えている。○ 20 世紀半ば以降に観測された全球平均気温の上昇のほ

とんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い。

 トピック③は、さまざまなシナリオに基づき、短期的、長期的な気候変化とその影響についてまとめている。

○現在の政策を継続した場合、世界の温室効果ガス排出量は今後 20 ~ 30 年増加し続け、その結果、21 世紀には20 世紀に観測されたものより大規模な温暖化がもたらされると予測される。

○分野や地域ごとの影響やその発現時期、極端現象(異常気象など)の影響など、地球の気候システムに多くの変化が引き起こされると予測される。

 トピック④は適応と緩和策を取り上げ、持続可能な開発との関係を地球規模および地域レベルでまとめている。

○気候変化に対する脆弱性を低減させるには、現在より強力な適応策が必要であり、分野ごとの具体的な適応策を例示している。

○適切な緩和策の実施により、今後数十年にわたり、世界の温室効果ガス排出量の増加を相殺、削減できる。

○緩和策を推進するための国際的枠組みとして、気候変動枠組条約(UNFCCC)および京都議定書は、将来に向けた緩和努力の基礎を築いたと評価された。

 トピック⑤は、長期的な展望として、特に UNFCCC の目的や規定に則り、持続可能な開発との関連で、適応と緩和に関する科学的・社会経済的側面をまとめている。

○脆弱性を考える上で、TAR で示された以下の 5 つの「懸念の理由」(“five reasons for concern”)が AR4 ではより強固な「理由」として評価されている。1) 極地や高山の地域社会、生態系など特異で危機にさ

らされているシステムへのリスクの増加2) 干ばつ、熱波、洪水など極端な気象現象のリスクの

増加3) 地域的・社会的な弱者に大きな影響と脆弱性が表れる4)地球温暖化の便益は温度がより低い段階で頭打ちに

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なり、地球温暖化の進行に伴い被害が増大し、地球温暖化のコストは時間とともに増加

5)海面水位上昇、氷床の減少加速など、大規模な変動リスクの増加

○適応策と緩和策は、どちらか一方では不十分で、互いに補完しあうことで気候変化のリスクをかなり低減することが可能。

○既存技術および今後数十年で実用化される技術により温室効果ガス濃度の安定化は可能である。今後 20 ~ 30 年間の緩和努力と投資が鍵となる。

  なお、総会に提出された SPM 草稿には、トピック⑥「確実な知見と主要な不確実性」があったが、ページ数の関係もあり、本編のみで記載することとなった。

第4次評価報告書の意義

 第1~第 3 作業部会報告書の詳細については、次ページ以降で解説されるが、SYR を含めた AR4 の意義をまとめておくと以下のようになろう。

人為的な温暖化は疑う余地がない 気候変動の観測や現象解明が進み、気候システムが温暖化していることは非常に可能性が高い(very likely)と評価し、温暖化の原因は温室効果ガスの排出など人間活動によるとほぼ断定するなど、気候変動の科学的知見の確からしさが向上した。温暖化の影響が顕在化している すべての大陸とほとんどの海洋で、雪氷や生態系など自然環境や人間活動にも影響がでていることが明らかになった。温暖化は種々の分野や地域に影響をもたらす 21 世紀末には地球の平均気温が 1980 ~ 99 年に比較し

て 1.1 ~ 6.4℃上昇し、海面が 18 ~ 59cm 上昇するため、種々の分野や地域に影響が現れると予測される。1980 ~ 99 年比で 1 ~ 3℃未満の気温上昇では好影響(例えば、寒冷地が温暖化して穀物栽培ができるなど)が一時的に現われる地域・分野もあるが、さらに気温が上昇した場合は悪影響が卓越する。気候変動への早期対応が必要 温暖化を防止するためには、この 20 ~ 30 年に温室効果ガスの排出を減少傾向に転じさせ、2050 年までには大幅な削減を行うことが必要であり、今後 20 ~ 30 年間の緩和努力と投資が鍵となること、ポスト京都の枠組みの検討に資する長期的な安定化濃度と対策との関係を示した。緩和策は被害に比べて低コストで実施できる 緩和対策として、現在の技術、経済的対策、ライフスタイルや消費パターンの変更などによって温室効果ガスの排出を十分削減することができ、その経済的費用は、副次的便益

(cobenefit)を考慮すると、影響被害コストに比べると少ない。緩和策・適応策の両方が必要 温暖化を防止するための緩和策と温暖化の影響を低減する適応策の両方が必要である。両者をうまく組み合わせることにより、限られた資金のもとで、温暖化のリスクを低減することができる。しかし、両対策を進めるにあたっては、種々の制約条件もまだある。

今後の展開と日本の貢献

 AR4 は完成したが、第 5 次評価報告書(AR5)に向けた活動がすでに始まっている。AR5 の時期は 2013 年頃になると予想され、報告書の執筆作業には 3 年ぐらいかかることから、2008 年から種々の活動が開始されよう。AR5 に向けて日本が研究面において貢献できることとしては、研究成果の査読付き英文論文としての公表、執筆者としての参画、日本の温暖化研究のレビュー、IPCC ワークショップ等への積極的参加が挙げ

られる。さらにアジアの途上国における温暖化研究に対する支援も必要であろう。

参考文献

(1) 文部科学省・経済産業省・気象庁・環境省(2007) 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書統合報告書の公表について , 2007 年 11 月 17 日記者発表資料 .(2)IPCC(2007)Summary for Policymakers of the Synthesis R e p o r t o f t h e I P C C F o u r t h Assessment Report. 23pp.

図 第 � 次評価報告書と統合報告書(統合報告書は、IPCC の � つの作業部会で行われ

た評価に基づき、第 �次評価報告書として総合的な見解を示す)

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はじめに

 IPCC 第 4 次評価報告書(AR4)のうち、第 1 作業部会(WG1)報告書について、本文各章の記述も概観した上で内容のポイントをまとめる。 地球温暖化は、人間活動によって放出された温室効果ガスの増加が原因で、地球の放射平衡が変化して起こる現象である。古くは、1861 年にアイルランドの科学者 John Tyndall(ジョン・チンダル)が、N2、O2 のような 2 原子分子ではないより複雑な分子は赤外線を吸収することを発見し、大気に含まれる水と二酸化炭素の赤外吸収で気候変化が引き起こされる可能性を指摘した。1896 年にはスウェーデンの物理化学者 Svante August Arrhenius(スヴァンテ・アレニウス)が二酸化炭素増加に対する気温変化推定を半定量的に行った。それ以来、地球温暖化は自然科学の問題の一つとなった。100 年以上も前になされた先人の理論的考察を検証するという大規模な実験を、はからずも、人類は今行っているのに等しい。例えば、1938年の Guy Stewart Callendar(ガイ・カレンダー)による二酸化炭素倍増時の気温上昇量試算は約 2℃であり、今日の予測と大きく変わらない値であったことには驚かされる。

報告書のポイント

 WG1 の報告書は、そのタイトルを Physical Science Basis(自然科学的根拠)としている。その本体は 11 章から構成されており、歴史的概観を導入とし、気候変動を与える大気成分である温室効果ガス・エアロゾルなどの観測的知見、気候の観測的知見、気候影響を受ける雪氷圏や海洋の変化に関する観測的知見、過去の地球の気候に関する研究成果、地球上の炭素をはじめとする気候変動関連物質の循環に関する知見、気候モデルの現状とモデルによって理解されたこれまでの気候変動に関する知見、今後の気候変動の予測、という一連の流れが章立てに採用された。 気候変動の科学に関する歴史的概観(Historical Overview of Climate Change Science)について、一章としてまとめられたことはこれまでにない特徴であり、先に引用したような主に19 世紀からの科学の歩みと、1990 年以来の IPCC による一連の報告書について記述し、これまでの気候変動科学の進歩を振り返っている。気候変動の観測、および、これまでの気候変動の理解は、真に科学が解明するべき命題である。しかしながら、今後の気候変動予測は単に自然科学だけで解明できるものでない。主として温室効果ガス排出という形をもって人間活動による地球システムへの影響が起こるため、世界の社会経済が決定要因となる温室効果ガスの排出量を与えられないことには、科

学は気候変動予測という命題に答えることはできない。そこで、予測という作業のために、IPCC が 2000 年に特別報告書として発表した SRES(11 ページの「SRES シナリオとは」を参照)と呼ばれる温室効果ガス排出シナリオを用いることとなった。 今回の WG1 報告書にまとめた気候変動予測に関する知見は、地球科学的シミュレーションに携わる世界中の研究グループが総力を挙げてそれぞれの予測プログラムを開発し、共通の排出シナリオに対して行った実験の結果を基にしている。WG1 自身は、SRES シナリオのそれぞれが実際に起こる可能性を評価していないし、温暖化対策の現実性を議論したわけでもないことに、注意すべきである。温室効果ガス排出量とその濃度増加の道筋が与えられないことには気候変動予測モデルは結果を示すことができない。シナリオの不確実性は将来予測をより不確実にするが、これは WG1 の問題ではない。この点は本文第 10 章に強く記述されている。 さて、ここでは、第3次評価報告書(TAR)の時点と比べて特に科学的理解が進んだと考えられる4つの重要事項に絞り、WG1 報告書の記述の概要を示す。

近年の気候変動に関する観測的知見 これまでに起こってきた気候変動の理解は、観測データの質と量の改善、観測領域の拡大などを通じて年々進んできた。特に氷河と積雪については 1960 年代以降、海面水位と氷床については過去 10 年間に観測が進歩して、理解の確実性が高まってきた。その結果、最近 12 年間(1995 ~ 2006年)に世界平均として温暖な年の上位 11 年が集中したことが間違いないことなどがわかった。長期の地表気温上昇率が0.74℃/ 100 年(1906 ~ 2005 年)であるのに対し、最近 50 年の昇温傾向は 0.13℃/ 10 年とその 2 倍に近い上昇率であった。 また、温度上昇が表層海水温のみならず海洋中層にまで及んでいることが最近の解析で明らかになった。地球全体の熱吸収量の 80%以上が海洋に吸収されていて、その結果起こる海水膨張が海面水位の上昇に寄与している。海面水位上昇速度は 1.8mm /年(1961 ~ 2003 年)であるが、最近 10年(1993 ~ 2003 年)では 3.1mm /年と増加が速まった。ただし、この上昇の加速が自然要因であるのか温暖化影響であるのかはまだ判定できない。

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様な 6 つのシナリオに基づく予測結果の幅(1.4 ~ 5.8℃)と単純に比較すると、予測の範囲が広がり不確実性が高まったという印象をもたれるかもしれない。しかしながら、その但し書きを注意して読む必要がある。TAR と AR4 では、昇温予測の不確実性の扱い方が異なり、AR4 では気候-炭素循環のフィードバックがもたらす不確実性の幅まで含む昇温予測が与えられた。加えて、簡易モデルや観測による気候感度推定の結果も考慮された。与えられた不確実性の幅は、最終的にはエキスパートジャッジメント(専門家による判断)の結果とされ、IPCCの今回報告書で定義された likely(66%確率範囲)に相当すると強調されている。両報告書の昇温予測の幅は直接比較できるものではなく、フィードバックを含む点で予測はより精密になったとされている。 予測を行った世界の 17 グループ 23 モデル(解像度の違いも数えて)のうち 2 グループ 3 モデルが日本のグループであり、東京大学・国立環境研究所・海洋研究開発機構共同モデルと気象研究所モデルが参加した。気象研究所のモデル名は機関名略称と等しく MRI とされ認識しやすいが、東京大学・国立環境研究所・海洋研究開発機構のモデルは報告書本文ではモデル名

(MIROC)のみで示されていることが多いことに注意されたい。

海洋の酸性化 海洋酸性化が進んでいる事実とその将来予測が示された。海洋は大気の二酸化炭素の吸収源として働いている結果、表層海水の二酸化炭素濃度が高まり、酸性度の指標である pH が低下

してきた。最近の pH 低下は 10年あたり 0.02 程度である。産業革命以降 pH は約 0.1 程度低下したと考えられ、これは水素イオン濃度の 30%増大を意味している。 大気中二酸化炭素の増大シナリオに対して海洋酸性化予測を行うことができる。現在の海洋は炭酸カルシウムの溶解度以上に炭酸イオンが存在する過飽和状態であるが、酸性度が高まると炭酸イオンが減少し、海域によっては炭酸カルシウムの溶解度を下回る。これは炭酸カルシウム殻を作る海洋生物生存の閾

しきい

値とも考えられる。大気濃度が 600ppm程度になると水温の低い南極周辺で最初に海洋生物が炭酸殻を生成できない状態になる。この濃度は 21 世紀後半には到達すると考えられる濃度である。

これまでの気候変動の理解 気候モデルによる将来予測が正確かどうか判断するのに、過去、主として 20 世紀の気候変動をモデルが再現できるかどうかが判断基準となる。そのため、WG1 報告書のために将来予測を行った多くの気候モデルによって、過去の気候変動再現実験も合わせて行われ、20 世紀における気候変動の理解は格段に進んだ。20 世紀においては、火山噴火によるエアロゾル供給や、人為起源の硫酸エアロゾル供給のために、温室効果ガス濃度増加による昇温がある程度相殺された可能性が高い。また、温室効果ガスの濃度増加をモデルに入れないで過去 50 年の地球気温の上昇を説明することは極めて難しく、このことからも自然要因ではない温室効果ガスの濃度増加が気候変動の原因であるという結論が支持される。また、過去 7 世紀間の気候変動は気候システム内の自然変動ではなく、火山噴火や太陽活動の変化など気候システムに対して働く外部要因による可能性が高いとされた。

気候変動予測の精緻化 21 世紀の気候変動予測は、先に述べた SRES による 6 つのシナリオに対して算出された。その結果、1980 ~ 1999年と 2090 ~ 2099 年の期間を比較した地上気温平均の昇温として、B1:1.8℃(1.1 ~ 2.9℃)、B2:2.4℃(1.4 ~ 3.8℃)、A1B:2.8 ℃(1.7 ~ 4.4 ℃)、A1T:2.4 ℃(1.4 ~ 3.8 ℃)、A2:3.4℃(2.0 ~ 5.4℃)、A1FI:4.0℃(2.4 ~ 6.4℃)が示された。この結果の全体の幅(1.1 ~ 6.4℃)を TAR の同

図 �1 世紀の地表平均気温上昇予測と、�つの排出シナリオに対する �100 年昇温予測幅。

グラフの気温上昇予測においては、多くのモデル実験の平均を実線で、それらの間の1σ

変動幅をシェードで表現している。�100 年昇温予測は、大気海洋結合モデルの平均を最

確値として中央の実線で表現し、その不確実性の範囲(likely=��% 確率範囲)をグレー

の棒で表現している。(出典:IPCC 第 1 作業部会 SPM に基づき作成。なお、和訳は IPCC

の公式和訳ではない。)

2000 年の大気濃度で一定にした

場合の気温上昇

20 世紀の気温上昇の履歴

地表

気温

上昇

(℃

)

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はじめに

 第 2 作業部会(WG2)報告書では、2001 年に公表された第3 次評価報告書(TAR)以降、約 6 年間に蓄積された、温暖化影響の実態と今後の見通しならびに影響軽減のための対策(適応策)についての最新知見が取りまとめられている。本稿では、WG2 報告書のポイントを整理して、注釈を加えつつ紹介する。

報告書のポイント

観測された影響について TAR 時点(2001 年)までに比べ、自然環境の変化傾向、ならびにその変化傾向と地域的気候変化との関係に関する研究知見が大きく増加した。具体的には、以下のような自然環境への影響が、数多く観測されている。○氷河融解に伴う氷河湖の増加・拡大、永久凍土地域における

地盤の不安定化、山岳における氷雪・岩石雪崩の増加○氷河や雪融け水の流れ込む河川における流量増加と春の流量

ピークの時期の早まり、内部の温度分布・水質への影響を伴う湖沼や河川の水温上昇等、水文環境の変化

○生物の春季現象(開花、鳥の渡り、産卵行動など)の早期化、動植物の生息域の高緯度・高地方向への移動等の、陸域生態系の変化

○高緯度海洋における藻類・プランクトン・魚類の数の変化等の、水温変化に伴う海洋生態系・淡水生態系の変化

 人間社会への影響については、気候以外の因子の寄与度も大きく、気温上昇との関わりを示すのは難しい場合が多いものの、北半球高緯度地域における農作物の春の植え付け時期の早期化など、気温上昇の影響が現れているとの知見が示されつつある。 また、1970 年以降の影響発現の膨大な観測事例を地球規模で評価し、「人為的な」気候変化が既に自然環境に対して多くの識別可能な影響を及ぼしている可能性が高いと結論づけたことは、特筆すべき点である。全球を通して、顕著に温暖化している地域と顕著な自然環境の変化が生じている地域とがかなりの割合で一致することや、自然的な強制力と人為的な強制力をともに想定したモデルが、自然的な強制力のみを想定したモデルに比べて、観測された変化をよりよく再現するということなどが、この結論付けの根拠となっている。

将来の影響に関する知見 報告書の第 3 章~第 8 章では部門別に、第 9 章~第 16 章では地域別に、現状における感度・脆弱性(影響の受けやすさ)、影響に関わる各種因子の将来趨勢、将来の影響と脆弱性、影響

軽減のための対策(適応策)、といった観点から、科学的知見がまとめられている。政策決定者向け要約(SPM)では、報告書本文から、各部門・各地域で今世紀に予測される影響のうち、特に人々および環境に関係が深いものが選択され、報告されている。例えば、淡水資源の部門別影響に関しては、今世紀半ばまでに、年間平均河川流量と水の利用可能性が、高緯度域およびいくつかの熱帯湿潤地域において 10 ~ 40%増加し、中緯度域のいくつかの乾燥地域および熱帯乾燥地域では 10 ~ 30%減少する、干ばつの影響を受ける地域の面積が増加する可能性が高く、強い降雨現象の頻度増加により洪水リスクが増加する、といったことが挙げられている。 また地域別影響については、アジアを例にとると、沿岸地域、とりわけ人口が密集するメガデルタ地帯では、海洋もしくは河川からの洪水の増加に起因して、非常に高いリスクに直面すると予測されること、穀物生産量は、21 世紀半ばまでに、東アジアおよび東南アジアでは最大 20%増加し得る一方、中央アジアおよび南アジアでは最大 30%減少する可能性があり、人口成長・都市化をあわせて考慮すると、いくつかの途上国では、非常に高い飢餓リスクが継続すると予測されること、などが挙げられている。 今回の報告書で注目すべき点の一つに、現状からの全球平均気温上昇の大きさに応じて、各部門で生じうる影響が表として整理されたことがある(図)。これは WG1 報告書の気候変化予測に関する知見と組み合わせて用いれば、排出削減努力をなんら行わなかった場合に生ずる影響、ある排出削減政策が実現された場合に抑制しうる影響、また影響をある水準以下に抑えるために必要な排出削減経路、といった議論を下支えする科学的材料となりうる。 なお、報告書では、各部門・各地域で予測される影響に関する知見に基づき、全球平均気温の上昇が 1990 年水準から1 ~ 3℃未満である場合、部門と地域により、便益と損失が混在するが、気温の上昇が約 2 ~ 3℃以上である場合には、すべての地域において正味の便益の減少もしくは正味の損失の増加のいずれかを蒙る可能性が非常に高いと結論づけている。 この報告書結論については、誤解を避けるため、著者の理解の範囲で注釈を加えておきたい。この結論は「気温上昇を現状水準から約 2 ~ 3℃を超して上昇しないように抑えておけば、それでよし」と訴えるものでは決してないことに注意が必要である。影響を個別に見れば、1℃の気温上昇でさえサンゴの白化が広がったり、生物の生息域が変化したりすると予測されている。1 ~ 2℃の気温上昇でも、高緯度では農

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作物の生産性は増加するものの、低緯度、特に乾燥熱帯地域では生産性が減少して飢餓リスクが増加し、熱波による死亡率も増加する。気温上昇が 2~ 3℃を超えないようにできたとしても、こうした影響は生ずる可能性が高い。万人にとって悲劇的な状況を回避することについて異論を挟む人は少ないだろうが、目指すべき到達点としてそれで十分であるかはまた別の話である。

適応について われわれが最大限の排出削減努力を実現できたとしても、過去に既に排出した温室効果ガスの大気中への蓄積があり、ある程度の気候変化は避け得ないことがわかっている。その気候変化による影響に対してわれわれが取りうる対策は、変化した気候の下で影響被害を小さく抑えるための適応策に限られる。気候変化そのものを抑制する排出削減策とうまく組み合わせて、適応策を実施していく重要性の認識はここ数年急激に高まりつつある。TARでは、適応の概念整理・類型化が重点的に行われたが、今回の報告書(AR4)では既にさまざまな適応策が実際に行われつつあることが重点的に示された。例えば、欧州の熱波対策、氷河の融解につれて拡大しつつある氷河湖決壊の危険性を回避するために行われているネパールでの排水事業、将来の海面上昇を見越したカナダの橋梁の設計などの事例が多数挙げられている。予期される気候変化に対抗するには、さらなる適応策の実施が必要となるが、環境、財政、情報、社会、行動様式といった諸条件が整わない場合には取るべき適応策を取れない場合もあると指摘するとともに、貧困の改善や衛生施設の普及といった持続可能な開発に向けた取り組みを通じてこれら諸条件を改善し、適応

実施の能力を高めることができるとの見解も示している。 ここで注意を喚起しておきたい点が一つある。以上のように、適応策の重要性について述べると、「適応策があるのだから緩和策による排出削減は頑張らなくてもいいではないか」といった短絡的な意見を述べる人が出てくる。しかしながら、それは大きな間違いである。今回の報告書でも、適応策のみによってあらゆる気候変化影響を和らげることは不可能であり、特に長期的に気候変化ならびにその影響が増加した場合には適応策では対処できづらくなるため、緩和策も同時に進める必要がある、と結論づけられている。なお、緩和策の効果が現れるのには時間がかかるため、早急に大幅削減に向けた取り組みを開始し、それを長期にわたり強化・継続せねばならないことにも留意する必要がある。

おわりに

 京都議定書の第 1約束期間(2008 ~ 2012 年)以降の国際枠組みに関する議論が活発化しているが、その議論の中では、影響リスクに関する科学的知見に基づいて、気候変化をどの程度までに抑えねばならないのか、そのためには短期的にどのくらい排出削減が必要であるか、といったことが検討される。また、温暖化が既に顕在化しているとの認識が高まるにつれ、適応策に対する注目が大きくなってきており、いつ、どこで、誰が、どんな適応策を実施することが必要か、その実施を促すために必要な政策はどのようなものか、といったことが、政府、自治体、企業といったさまざまなレベルで検討されはじめている。今回の報告書は、以上のような急を要する対策検討作業の土台として、今後数年間大いに活用されることになるという点も最後に指摘しておきたい。

図 全球平均気温の上昇に伴う各部門の主要な影響

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はじめに

 IPCC 第 4 次評価報告書(AR4)第 3 作業部会(WG3)報告書は緩和策についてとりまとめられている。WG3 では、温暖化防止のコストと具体策を示し、政策支援が必要であることを指摘している。 以下に、WG3 報告書のポイントを紹介する。

報告書のポイント

長期的な気候安定化について 大気中の温室効果ガス濃度を安定化させるためには、排出量はどこかでピークを迎え、その後減少していかなければならない。より低いレベルの濃度での安定化を実現するためには、今後 20 ~ 30 年間の緩和努力が大きな意味を持つ。 では、どの程度温室効果ガス排出量を削減する必要があるのか。報告書では、第 3 次評価報告書(TAR)以降に発表された排出シナリオについてレビューを行い、大気中の温室効果ガスの濃度、予想される気温上昇、二酸化炭素排出量がピークを迎える年、2050 年における二酸化炭素排出量(2000 年比)などについて、6つのカテゴリに分類して検討した(表)。カテゴリⅠの産業革命以前からの気温上昇を 2℃から 2.4℃以内に抑えるためには、2050 年における世界全体の二酸化炭素排出量を、2000 年と比べて 50 ~ 85%削減しなくてはならない。今後、新興国、途上国からの温室効果ガス排出量が大幅に増加すると予想されるので、非常に厳しい数値である。 報告書では、現在利用可能な、もしくは、今後数十年のうちに実用化されると予測される技術の組み合せによって、気候安定化は達成できるとしている。しかし、現状のままでの達成は難しく、革新技術の開発投資、完成、実用化や普及、および関連した障壁に取り組むことに対して、適切で効果的なインセンティブが与えられることを前提としている。また、種々の対策を組み合わせて初めて安定化目標の達成が可能である。 2050 年におけるマクロ経済の損失については、温室効果ガスの大気中の濃度をカテゴリ I と II の範囲である 445 ~535ppmv(二酸化炭素換算、以下同様)に安定化させ、産業革命以前からの気温上昇幅が 2.0℃から 2.8℃相当と予測するシナリオでは、緩和策を講じない場合と比較して、世界平均で最大 5.5%である。また、カテゴリⅣ(濃度レベルが 590 ~710ppmv、気温上昇幅が 3.2℃から 4.0℃)では、世界平均のマクロ経済影響は2%の損失から1%の増加に相当する。多くの論文では温暖化対策を行うと GDP が減少すると予測しているが、プラスの影響を示している論文では、温室効果ガス排出量についての厳しい制約が課せられると、技術革新が進み、結

果的に GDP が増加するとしている。ただし、国あるいは部門によって、経済影響は大きく異なる。

中短期の削減ポテンシャルとコスト(2030 年まで) 本報告書では、エネルギー供給、運輸、建築、産業、農業、森林、廃棄物の 7 部門について、詳細に削減ポテンシャルを示した。推計にはエネルギー消費や生産活動、そこで使われる技術を積み上げて温室効果ガス排出量の推移を予測するボトムアップ方式と、経済的需要と供給の関係を組み入れて表現するトップダウン方式の両方の結果が用いられた。 2030 年を見通した削減ポテンシャルは、予測される世界の排出量の伸び率を相殺し、さらに現在の排出量以下にできる可能性があることが示された(意見の一致度が高く、証拠も多い)。しかし、この可能性を現実のものとできるかどうかは、政府のイニシアティブも含めて、われわれの努力にかかっている。 2030 年における削減ポテンシャルは、ボトムアップ方式の研究によると、炭素価格が二酸化炭素換算で1トンあたり20 米ドルの場合は、年 90 ~ 170 億トン(二酸化炭素換算、以下同様)であり、炭素価格が同様に 100 米ドルの場合は、年 160 ~ 310 億トンである。また、トップダウン方式の研究では、炭素価格が二酸化炭素換算で1トンあたり 20 米ドルの場合は、年 90 ~ 180 億トンであり、炭素価格が同様に 100 米ドルの場合は、年 170 ~ 260 億トンである。一般にボトムアップ方式での見積は、経済的なリバウンド(注)効果などを加味していないために高めに見積もられるといわれているが、今回の評価結果では両方式の推計結果は非常に近い。炭素価格と削減量の関係を明らかにすることで、政策を実行する際の目安をつくったといえる。 2030 年におけるマクロ経済の損失は、温室効果ガスの大気中濃度をカテゴリ I と II の範囲である 445 ~ 535ppm で安定化させるための排出経路をとる場合、世界平均で最大3%である。また、濃度レベルが 590 ~ 710ppmv のカテゴリⅣでは、世界平均のマクロ経済影響は 1.2%の損失から0.6%の増加に相当する。ただし、地域的な影響はこの世界平均の結果とは大きく異なる場合がある。また、人々のライフスタイルや行動パターンを変えることは、すべての部門にわたって温室効果ガス削減に役立つと指摘している。

気候変動緩和のための政策・措置・手段について 温室効果ガスの緩和を促すインセンティブを与えるために、各国政府がとりうる国内政策および手法は多種多様であ

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る。適用できるかどうかは、国の事情や政策間の関係によって違ってくる。本報告書では、規制措置、税金・課徴金、排出権取引制度、自主協定、情報的手法、技術開発などについて、利点と欠点を詳しくレビューしている。また、環境効果について部門ごとに、少なくとも数カ国の事例で証明されているものに関してまとめているのも特徴である。 報告書は、国際レベルでの協力を通じて、世界の温室効果ガスの排出量を削減するさまざまな方策があることを示している。また、文献によれば、成功する協定は環境の面で効果があり、費用効果が高く、配分に関する配慮と衡平性を組み込んだものであり、そして制度的にも実現可能なものである。 より協調的に排出削減に取り組むことによって、一定の緩和レベルを達成するための世界の対策コストの削減が促進されるか、あるいは、環境の改善が進展するだろうと当報告書では見ている。市場メカニズム(排出量取引、共同実施、クリーン開発メカニズム[CDM]など)の改良とその範囲の拡大は、全体の緩和コストを削減しうる。

持続可能な開発と気候変動の緩和 IPCC の SRES シナリオでは(今後対策が講じられない場

表 安定化シナリオにおける気温上昇と排出量との関係 合のシナリオ)、2000年から 2030 年までに世界の温室効果ガス排出 量 は 25 ~ 90 % 増加 す る と 予 想 し て いる。化石燃料は 2030年以降もエネルギー源の主要な位置を占めると予想されるので、エネルギー利用からの二酸化炭素排出量は、この期間に 40 ~ 110%

増加し、そのうち 3 分の 2 から 4 分の 3 は途上国地域からの増加だと指摘する。2004 年時点で先進国の人口は世界全体の20%を、温室効果ガス排出量は世界の排出量の 46%を占めていたが、今後は新興国、途上国からの温室効果ガスの排出量が増えるため、新興国、途上国における対策をどのように進めていくかが非常に重要になってくる。このため、持続的開発と気候変動の緩和を結びつけて、両方の問題を解決するのが今後の課題である。 持続可能な開発と温室効果ガス削減の関係については、TARでは一部触れられていただけだったが、今回は一つの章として取り上げ、その重要性を指摘している。開発の方向をより持続可能なものにすることは、気候変動の緩和に役立つとしている。 これまで、マクロ経済政策、農業政策、多国間の開発銀行貸付、保険業務、電力市場改革、エネルギー安全保障や森林保全などに関する決定は、気候政策とは別と考えらえてきたが、これらを適切に推進することによって排出量を大幅に削減できる可能性があることがわかってきた。

(注)将来の技術開発の進展により価格の安い技術が導入された場合

に、当初の想定以上に普及が進み、結果として排出量が増加すること。

出典:環境省による第 �作業部会 SPM 仮訳

●●●●● SRES (Special Report on Emissions Scenarios) シナリオとは ●●●●●

 地球温暖化が将来どのような気候変化をもたらすかを予測するためには、今後社会がどう発展し、人間活動から将来どのくらい温室効果ガスが排出されるかを示す「排出シナリオ」が必要となる。IPCC は 2000 年 3 月に新しい排出シナリオを承認し、特別報告書(SRES)として公表した。これが SRES シナリオと呼ばれるもので、(A)経済発展重視か(B)環境と経済の調和か、

(1)グローバル化が進むか(2)地域がブロック化するか、という 2 つの軸で説明される次の4つの叙述的シナリオ(「ストーリーライン」)に沿って作成されている。A1:(高成長)グローバル化による高い経済成長の維持と、21 世紀半ば以降減少に転ずる世界人口。新技術や高効率化技術が

世界に普及し、地域間格差は縮小。A1FI:化石燃料集中型、A1T:新エネルギーなど非化石燃料重視型、A1B:化石燃料・非化石燃料のバランス型の3つに分けられる。

A�:(多元化)独立独行と地域の独自性の保持。人口増加が継続。経済成長や技術革新の度合は遅い。B1:(循環型)世界規模でサービスおよび情報経済へと経済構造が変化し、地域間格差が縮小。クリーンで省資源型の技術が

導入され、物質循環が進展する。B�:(地域共存)比較的緩やかな経済成長を前提とし、経済、社会および環境の持続可能性を確保するために地域的な対策を重視。

 なお、国立環境研究所はマーカーシナリオ(叙述的シナリオに対応する代表的な定量的排出シナリオ)や排出シナリオデータベースの提供などで SRES の作成に多大な貢献をした。

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科学(岩波書店) 2007 年 7 月号(Vol.77 No.7) 特集= 地球温暖化をよむ   IPCC 第 4 次報告書から環境管理((社)産業環境管理協会)2007 年 9 月号(Vol. 43 No.9) 特集:気候変動:最新知見と国際動向グローバルネット((財)地球・人間環境フォーラム)2007 年 6 月号(199 号) 特集/地球温暖化は人間活動が原因!~ IPCC 第 4 次評価報告書が 90 ~ 95%の確からしさで断定日経エコロジー(日経 BP 社) 2007 年 7 月号(97 号) 特集 ここまでわかった! 地球温暖化の現実Newton((株)ニュートン プレス)2007 年 8 月号 人類が直面する最大の課題 地球温暖化がみるみるわかる その「原因」と「影響」を徹底検証!

国立環境研究所の研究者が執筆などで協力しました

 国立環境研究所では、1988 年に IPCC が設立されて以来、その活動に多方面にわたり貢献してきました。

評価報告書の執筆者としての貢献第1~第4次評価報告書に、研究論文・科学的データの提供や執筆者として、報告書草案の作成などに貢献してきた。とくに第 4 次評価報告書においては、IPCC より代表執筆者として、タスクグループも含めると7 名の研究者が選ばれ、原案作成活動に貢献した。

特別報告書などの執筆者としての貢献IPCC は特定の話題について特別報告書などを適宜とりまとめており、気候・影響・政策研究などに活用されてきた。「温暖化影響評価のためのガイドライン」(1994 年)、「排出シナリオに関する特別報告書」(SRES、2000 年)は、国立環境研究所の研究者が各国研究者と共同して作成したものである。ほかにも、多くの報告書に代表執筆者などとして寄与している。

IPCC 活動の普及・広報IPCC 総会や執筆者会合の報告、報告書の解説などを「地球環境研究センターニュース」や各種メディアを通じて行い、IPCC 活動の国内での普及・広報につとめてきた。「地球環境研究センターニュース」の IPCC記事は 50 本以上に及んでいる。

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