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JF 日本語教育スタンダード準拠コースブック を使用した教師研修 -『まるごと 日本のことばと文化』(入門 A1 かつどう)教師研修の実践- 早川直子・カルメンシータ・ビスカラ・中込達哉 〔キーワード〕JF 日本語教育スタンダード、教師研修、気づき、自己変容 〔要 旨〕 本稿はマニラ日本文化センターで実施された『まるごと 日本のことばと文化』(入門 A1 かつ どう)を使用した教師養成について述べる。 2012 年4月、センターでは新規講座である「まるごとA1 コース」が開講された。開講してすぐに、次に開講するのは継続コースのA2コースか、より多くの新 規学習者を開拓するA1コースかという選択に迫られた。「JF 日本語講座講師訪日研修」に参加した わずか2名の講師体制では両コースを同時に開講することはできず、センター内で新たに「まるごとA 1コース」の担当講師を養成することにした。本稿では「まるごと教師研修」が始まった経緯と研修の 内容、さらに文型導入から基本練習という流れの授業になじんでいた実習生たちが「まるごと教師研修」 を通してどのような気づきや自己変容への認識を得たかを報告する。 1.はじめに 国際交流基金マニラ日本文化センター(以下、JF マニラ)では 2012 年4月より『まるごと 日本のことばと文化』(入門 A1 かつどう) (以下、『まるごと』)を使用した日本語会 話コース、「まるごとA1コース」が始まった。試験合格や就職を目的とした日本語学習者で はなく、アニメやマンガのファン、日本食愛好家、日本人の配偶者などが楽しみながら気軽に 日本語に触れるコースとして順調に走り始めた。 2011 年と 2013 年に「JF 日本語講座講師訪日研修」に参加した2名のフィリピン人講師(以 下、まるごと講師)は 2011 年の帰国後も JF マニラの日本語教育アドバイザー(以下、JF アド バイザー)のもとで半年の研修を受け、翌4月から「まるごとA1コース」を担当した。この JF マニラでの研修では自分が担当する課の教案作成、JF アドバイザーとのディスカッション、 教案修正、模擬授業をくりかえし行った。そして4月のコースが始まってまもなく学習者から A2コースに進みたいという要望があがった。 しかしながら「まるごと講師」は他にも所属先があり、わずか2名の講師体制では『まるご と』講座は1コースの開講が限界であった。そのため継続コースであるA2コースを開設する 国際交流基金日本語教育紀要 10 号( 2014 年) 〔実践報告〕 71

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JF 日本語教育スタンダード準拠コースブックを使用した教師研修

-『まるごと 日本のことばと文化』(入門 A1 かつどう)教師研修の実践-

早川直子・カルメンシータ・ビスカラ・中込達哉

〔キーワード〕JF日本語教育スタンダード、教師研修、気づき、自己変容

〔要 旨〕

本稿はマニラ日本文化センターで実施された『まるごと 日本のことばと文化』(入門 A1 かつどう)を使用した教師養成について述べる。2012年4月、センターでは新規講座である「まるごとA1コース」が開講された。開講してすぐに、次に開講するのは継続コースのA2コースか、より多くの新規学習者を開拓するA1コースかという選択に迫られた。「JF日本語講座講師訪日研修」に参加したわずか2名の講師体制では両コースを同時に開講することはできず、センター内で新たに「まるごとA1コース」の担当講師を養成することにした。本稿では「まるごと教師研修」が始まった経緯と研修の内容、さらに文型導入から基本練習という流れの授業になじんでいた実習生たちが「まるごと教師研修」を通してどのような気づきや自己変容への認識を得たかを報告する。

1.はじめに国際交流基金マニラ日本文化センター(以下、JFマニラ)では2012年4月より『まるごと

日本のことばと文化』(入門 A1 かつどう)(1)(以下、『まるごと』)を使用した日本語会

話コース、「まるごとA1コース」が始まった。試験合格や就職を目的とした日本語学習者で

はなく、アニメやマンガのファン、日本食愛好家、日本人の配偶者などが楽しみながら気軽に

日本語に触れるコースとして順調に走り始めた。

2011年と2013年に「JF日本語講座講師訪日研修」に参加した2名のフィリピン人講師(以

下、まるごと講師)は2011年の帰国後も JFマニラの日本語教育アドバイザー(以下、JFアド

バイザー)のもとで半年の研修を受け、翌4月から「まるごとA1コース」を担当した。この

JFマニラでの研修では自分が担当する課の教案作成、JFアドバイザーとのディスカッション、

教案修正、模擬授業をくりかえし行った。そして4月のコースが始まってまもなく学習者から

A2コースに進みたいという要望があがった。

しかしながら「まるごと講師」は他にも所属先があり、わずか2名の講師体制では『まるご

と』講座は1コースの開講が限界であった。そのため継続コースであるA2コースを開設する

国際交流基金日本語教育紀要第10号(2014年) 〔実践報告〕

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か、あるいは新たな学習者掘り起しのためにもう一度A1コースを開講するか、どちらか一方

を選択せざるを得なかった。結局A1修了者を増やすことを優先するという理由で後者を選ん

だ。こうした教師不足の背景を踏まえ、『まるごと』のコンセプトに沿った授業ができる「ま

るごと講師」を JFマニラ内部で養成する「まるごと教師研修」が始まった。本稿は10か月に

渡った第1期研修と第2期研修について報告する。

2.「まるごと教師研修」の内容2.1 研修期間

「まるごと教師研修」は「まるごとA1コース」の授業見学を兼ねるため、下図のようにコ

ース開講期間を前後に拡張したスケジュールで行った。コース開講前には教師研修のオリエン

テーション、コース中盤から終了後しばらくは模擬授業などを実施した。

図1の通り、第1期研修は2012年9月から2013年5月までの間、「まるごとA1コース」の

速習コースと土曜コースのスケジュールに合わせて実施した。JFマニラの「まるごとA1コ

ース」は第1課から第10課までを学ぶ「モジュール1」、第11課から18課までを学ぶ「モジュ

ール2」(各24時間)に分かれている。速習コースは大学の学期休みである10月に合わせ、一

日2時間、2週間で「まるごとA1コース」の1課から10課までを学ぶ短期コース、一方の土

曜日コースは土曜日の午前中2時間、7か月弱かけて1課から18課まで学ぶ長期コースである。

研修当初は数名の確保を見込んでいたが、実習生たちは課題をこなせず途中であきらめたり新

しい仕事に就くなどして離脱していった。

実習生補充の目的で始まった第2期研修は、「まるごとA1コース」の火・木コース合わせて

実施した。このコースと研修のスケジュール例は稿末の資料1に記した。「火・木コース」は

4月から6月までのコースで、一日2時間、週2回でモジュール1と2を学ぶ。コース開講直

前の3月に研修のオリエンテーションを、コース後半からコース終了後7月にかけては模擬授

業とふりかえりを行った。第1期、第2期を合わせ、「まるごと教師研修」は10か月にも及んだ。

図1「まるごとA1コース」と「まるごと教師研修」スケジュール

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2.2 実習生

第1期実習生の選抜は研修担当者である JFア

ドバイザー2名と「まるごと講師」1名が行った。

公募はせず、これまで JFマニラの教師研修やセ

ミナー、フォーラムに参加した約170名の教師リ

ストの中から選んだ。選考基準は現役の日本語教

師であること、日本語能力試験N2程度以上の日

本語レベルであること、協調性があることで、第

1期研修は8名(表1の1A~1H)が登録した。

しかし実習生は仕事や学業で忙しく、最後の模擬

授業まで残ったのは3名(1A、1C、1H)で

あった。

第2期研修は『まるごと』を教えたいという希

望者7名(2I~2O)でスタートした。経験豊

富で日本語能力の高い、即戦力として期待できる

実習生が多く、研修担当者は連絡をこまめに取り

サポートに力を入れた。

2.3 研修の流れ

全ての実習生にとって『まるごと』は初めて見る教材であった。しかも JFマニラの「まる

ごとA1コース」はコミュニケーション言語活動を中心に学ぶクラスのため、文法を教え、文

型練習に慣れている教師には授業がイメージしにくいと想定された。そこで教材のコンセプト

を理解し、授業をイメージしてもらう一番いい方法は実際の授業を見学することではないかと

考えた。実習生は「まるごとA1コース」の授業見学を通して、『まるごと』のコンセプトや

授業の流れを理解し、自分の授業のための教案を作ることを目指していく。

次の図2に第2期研修の流れを示した。まず研修のスケジュールとテキストを見て見学希望

日を決め、次に見学前の教案作成と提出、授業見学、見学後のディスカッション、教案再提出

の工程をくりかえした後、仕上げの模擬授業と研修のふりかえりを行った。

実習生* 性別 年代 日本語教授歴

1A F 20代 7年1B F 50代 4年1C F 20代 0年1D F 40代 6年1E F 20代 1年1F F 20代 3か月1G M 20代 9か月1H F 30代 0年2I F 60代 20年2J F 30代 6年2K F 30代 14年2L F 30代 5年2M F 40代 1.5年2N F 20代 4か月2O F 20代 4か月

表1 実習生一覧

*先頭の番号は期

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3.研修のプロセスと内容3.1 ガイダンスから授業見学前の教案作成まで

ガイダンスでは JF日本語教育スタンダードとA1からC2までの6つのレベル(4)、そして

『まるごと』のコンセプト、研修のスケジュールが説明された。実習生たちは新しいテキスト

に興味を示し教えることへの期待を高める一方で、今までの「説明する授業」とは別の「気づ

かせる授業」を実践することに対して不安を見せた。「まるごとA1コース」はコミュニケー

ション言語活動を中心に学ぶクラスである。音声、イラスト、写真を用いたインプットから、

会話の流れやよく使われる表現に気づかせ、口頭練習ののちタスクを通して実際に使えるよう

にしていく流れで行われる。これまで文型導入や文型練習が中心の授業に慣れていた教師たち

にとって新しいタイプの授業だった。

授業見学の条件は見学の1週間前までに見学を希望する課の教案を提出することであったが、

教案を作った経験がない実習生もいたため、ガイダンス時にサンプル教案を配布して教案に入

れる必要最低限の項目を確認した。提出された教案は日本語で書かれたもの、英語で書かれた

もの、1ページに収まっているもの、20ページ近くにわたって詳細を記述したもの、パワーポ

イントを付けたものと形式は様々であったが、ことばや表現を丁寧にわかりやすく説明するこ

とに重点を置いたものが多く、コースの「場面を理解し、その場でシンプルな交流ができる内

容を気軽に学ぶ」というねらいとは異なっていた。

図2 第2期研修の流れ(2013年3月~7月)

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3.2 授業見学、ディスカッションでの気づき

授業見学は「まるごとA1コース」開講期間中の希望日に行われた。学習者に配慮し、一度

に教室に入る実習生の数を制限して見学スケジュールを組んだ。見学中、実習生は自分の教案

を手元に置き実際の授業の流れと比較しチェックを入れた。

見学後のディスカッションは同じ課の教案を作成した実習生を集めて実施し、自分の教案に

入れたチェックを参考に各自が気づいたことを述べていった。そこでは「『まるごと』の授業の

流れは私の教案と全然違った」、「私が説明したかった部分を、教師は教えるのではなく学習

者から引き出していた」といった気づきが目立った。それぞれが気づいた点や反省点について

述べた後で、研修担当者が教案のよかった部分をフィードバックし、各実習生が得た気づきを

全体で再度確認した。一度に伝えきれないほどのアドバイスがあったものの、教案の再提出時

に生かしてもらうため、コメントの数や内容をコントロールし、ポイントを最小限にしぼって

伝える努力をした。この見学やディスカッションの過程で、実習生たちは他者の気づきからも

学ぶ機会を得ることができた。そして、その気づきは次第に教案に反映されていった。

3.3 模擬授業と評価

教案提出、授業見学、教案再提出を終えた実習生は実際の授業と同じ教室で模擬授業を行っ

た。すでにこの段階では、「インプットからアウトプットへ」、「教えないで気づかせる」、「気

軽で楽しい学習」というコースのコンセプトを理解しており、あとはそれを実践の場でどれだ

け実現できるかが課題となっていた。タイムマネジメントなどの課題は残ったものの、実習生

は研修の仕上げにふさわしい授業をした。第1期研修の模擬授業では学生役を研修担当者が演

じたが、第2期研修では「まるごとA1コース」に在籍した学習者を学生役にして生の教室に

近い環境を設定した。

評価に関しては第2期のモジュール2

の研修開始時に研修担当者がファシリテ

ーターとなり、「いい教師とは?」とい

うテーマでディスカッションを行った。

ブレインストーミングにマンダラート(5)

を活用し、実習生自身のことばで理想の

授業像、よい授業像、教師像とは何かを

図3にある8つのキーワードでまとめた。

このキーワードは研修の共通目標として

設定され、模擬授業の評価基準やふりか

えりのポイントとなった。終わりに示し

図3 「いい教師とは?」実習生へのコメントシート

JF日本語教育スタンダード準拠コースブックを使用した教師研修

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た資料2のようにそれぞれのマスに見学した実習生からのコメントが書き込まれ、模擬授業の

最後に実習生本人に渡された。

3.4 感想シートによる気づき

研修の最後に、実習生は研修全体への感想、授業見学や教案作成、模擬授業などの各段階で

感じたことなどをシートに記入した。資料3として稿末に例示したように、これまでの自分の

授業と『まるごと』の授業の違いを明確にしたものが多かった。以下のコメントにみられた「説

明せずに学習者に気づかせることを学んだ」という気づき(下線部)が、この「まるごと教師

研修」が自身のビリーフスに影響をもたらし、結果的に自己変容を促すきっかけとなった証左

であろう。

今まで文法説明の際は英訳をすぐ言ってしまっていたが、「まるごと」は学習者に気が

付かせるスタイル。学習者は、自分で発見すると嬉しいし、忘れないと思う。(中略)

Can−Doが明確なので、教師、学習者ともに振り返りがしやすい。(2M、下線筆者)

教師の役割は、学習の過程をファシリテートすることであり、(中略)語彙や文型を

列挙することでは学習者は磨かれていかない。学習者はコミュニケーションのため、

相互理解のため、相手に自分の考えを説明するための機会を与えることで磨かれてい

く。 (1A、原文は英語、下線筆者)

これまでの私の教え方は、多くのフィリピンでのクラスのように、教師が学習者にす

べての情報を与えることに重点を置いてきたが、これは効果的ではないと気づいた。

学習とは双方向性のもので、よい授業では教師と学習者がお互いから学び合えるもの

だ。 (1C、原文は英語、下線筆者)

加えて「まるごとA1コース」の授業の特性への気づきとして、以下のように『まるごと』

の学習者がかなり話せるようになったことを指摘したコメントがあった。

学習者に考えさせる、気づかせることを大切にしていると感じた。また、教科書に出

てくる表現を全てわからせようと思っていたが、数や日にちの数え方など、全てその

課でマスターしなくても、聞いてわかれば良いレベルに目標を定めれば、プレッシャ

ーもなく学べる。(中略)状況の絵や写真を見せれば、自然と会話が出てくるような

学習の流れになっている。文法積み上げ式の教科書を使用する場合と比較すると、同

じ学習時間数では、かなり話せるようになると感じた。 (2M)

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外国語を教えるとき、学習者がコースの最後に実際の場面で習ったことが使えるよう

になっていればいいと思う。日本語での「読むこと」「書くこと」は大切であるが、

入門期の学習者には、実生活で使うことができる「話すこと」「聞くこと」により力

を入れるべきであると思う。(1C、原文は英語)

授業を見学しただけではなく、自分自身も模擬授業を通じて学習者から言いたいことを引き

出し、その成果を体感したからこそ得られた気づきではないかと考える。

その一方で、文法積み上げ式の授業に慣れていた実習生は「授業の進め方は理解できたか」

という質問に対して以下のように述べた。

この「まるごと」コースは実用的な言語使用を目的とした授業である。それは文法を

教えることを目的とした授業よりもかなり複雑である。コンセプトは理解できたが、

120分で4ページを効果的/効率的に教える方法がまだ少しわからない。

(2N、原文は英語)

コースの特性を頭では理解しているものの実行することが難しいという葛藤が表れている。

この実習生は経験が浅く、ふりかえり時は文法積み上げ式の教授法で丁寧に説明する授業によ

うやく慣れたころだった。当時は『まるごと』の教え方に不安を見せていたが、現在では問題

なく授業を担当している。

また特に模擬授業で顕著であったのはタイムマネジメントの問題であった。時間通りに授業

を進行し、終了できる実習生が非常に少なかった。研修担当者からは教案の内容に優先順位を

つけ、削除してもいい部分にマークをしたり、時間があるときに紹介できるような文化的なト

リビアやエピソードを入れておくなど、時間調整が可能な教案にすることを提案した。

4.まとめ(成果)と今後の課題「まるごと教師研修」には延べ15名が参加した。次ページの表2の通り、モジュール1まで

修了した実習生は3名、モジュール2まで修了した実習生は6名であった。課題をこなせずあ

きらめてしまった実習生もいた一方で、参加した多くの実習生が3.4でみられた自己変容への

認識へとつながるような気づきを得られた。これらの気づきは自身で得たものに加え、他者を

通して得たものもあったに違いない。研修の過程で仲間の成長をじかに見ることは自身を磨く

動因となったであろうし、他の実習生の存在を通して自身を振り返ることで、教師としての成

長をより強く実感することができたのではないかと思われる。

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この気づきを促した一因として、「まるごとA1コース」が文型導入や文型練習中心ではな

くコミュニケーション言語活動中心という実習生たちにとって未体験の授業だったことが大き

い。経験豊富な実習生でさえも、会話のモデルとしての自身の発音に注意したり話題を広げる

ための情報収集をするなど、授業の準備に余念がなかった。

研修担当者である筆者らが心がけたことは、まず「実習生に楽しい授業を見てもらい、楽し

くするための仕掛けに気づいてもらう」こと、次に「実際の授業の流れと自分の教案の違いに

気づき、教案をどう改善するか考えてもらう」こと、そして「早く『まるごと』を教えたいと

いう気持ちで模擬授業をしてもらう」こと、この過程がスムーズに運ぶよう、実習生のその時

の状態に合ったアドバイスをすることだった。

研修を終えた実習生たちは2013年9月からの「まるごとA1コース」、そのほか単発講座を

担当する。実習生のうち2名は JFマニラと共同で「まるごとA1コース」を実施している日

本語センター財団に所属しており、今後はそこでの『まるごと』コースを担当する。また JF

マニラの「まるごとA1コース」は「かつどう」のみの使用であることから、ローマ字表記が

なくなるA2コースへ進級するためには文字学習の必要が出てくる。JFマニラにはA1コー

スからA2コースへの橋渡しのコースとして文字とA1の語彙を学ぶ「まるごと文字コース」

(全10回)があり、次回の開講からは実習生に授業を任せる予定である。

実習生モジュール1見学前教案

モジュール1見学後教案

モジュール1模擬授業

モジュール2見学前教案

モジュール2見学後教案

モジュール2模擬授業

修了モジュール

1A � � � 1

1B � �1C � � � 1

1D � �1E

1F

1G

1H � � � � � � 1&2

2I � �2J � � � � � � 1&2

2K � � � � � � 1&2

2L � � � � � � 1&2

2M � � � � � � 1&2

2N � � � � � � 1&2

2O � � � � � 1

表2 実習生別課題修了一覧

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今後の課題はコースが増えるにつれ「まるごと教師研修」に時間がかけられなくなることで

ある。いかに短時間で実習生に『まるごと』のコンセプトを理解させ、授業の流れのポイント

をつかませるかといった工夫が必要になる。研修で一番時間がかかるのは教案指導の部分で、

この部分の質を落とさずに簡略化するために実習生に提示するサンプル教案の内容を充実させ

ることが喫緊の課題である。初めて『まるごと』を手に取る教師でも戸惑うことなく教え方の

ポイントをつかみ、自由にアレンジしながら使っていけるようなサンプル教案を提供したいと

考えている。

今回の研修は「まるごと教師研修」という『まるごと』コース限定の教師養成であったが、

そこで得られた気づきは必ずしもテキストが『まるごと』でなくても応用できるはずである。

場面を提示し、大量のインプットからシンプルな表現に気づかせ、それを使ってコミュニケー

ションするという流れはほかのテキストを使用した授業でも実践できる。市販化で拡充するで

あろう『まるごと』講座の担い手として、「まるごと教師研修」の実習生たちが大きくはばた

いて波及効果を生み出してくれると信じたい。

〔注〕(1)海外の日本語学習者(一般成人)を対象とした教材。本実践では試用版を使用した。A1レベルは入門レベルをさす。試用版は「活動編」、「理解編」に加え「語彙帳」からなっているが、本実践では「活動編」と「語彙帳」のみ使用した。「活動編」は、コミュニケーション言語活動を中心に学ぶ教材で、日本語を実際に聞いたり話したりしながら、日本語でコミュニケーションができるようになることを目的とした教材である。

(2)「まるごと教師研修」に参加できなくなった場合、貸し出した教材一式を返還するよう求める同意書。(3)国際交流基金の理念「国際交流」「相互理解」を受けて、欧州の CEFR(Common European Framework ofReference for Language : Learning,teaching,assessment)を参考にして作られた日本語教育の教授、学習、評価のツール。

(4)JFスタンダードでは6段階(A1~C2)で言語熟達度を示す。「A:基礎段階の言語使用者」、「B:自立した言語使用者」、「C:熟達した言語使用者」の3つの段階が、さらに2つに分かれる。

(5)9マスの正方形で発想を促すアイデア思考法。中央のマスに考える1つのことを書きその周囲に考えつく8つの関連要素を書き込んでいくもの。

〔参考文献/参考サイト〕

来嶋洋美・八田直美・柴原智代(2012)「『まるごと 日本のことばと文化』-その理念と概要-」第17回海外日本語教育研究会、国際交流基金日本語国際センター 配布資料

来嶋 洋美、柴原 智代、八田 直美(2012)「JF日本語教育スタンダード準拠コースブックの開発」『国際交流基金日本語教育紀要』第8号、103‐117

国際交流基金「JF日本語教育スタンダード」サイト<http : //jfstandard.jp/top/ja/render.do>2013年7月28日参照

国際交流基金(2011)『まるごと 日本のことばと文化』試用版(入門 A1 活動編、理解編、語彙帳)、

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独立行政法人国際交流基金春原憲一郎・横溝紳一郎(2006)『日本語教師の成長と自己研修-新たな教師研修ストラテジーの可能性

をめざして』、凡人社藤森弘子(2005)「プロセス重視型の日本語教育実習の試み-実習生の気づきレポートの分析から-」『東

京外国語大学論集』第71号、249‐262

国際交流基金日本語教育紀要 第10号(2014年)

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〔資料1〕まるごとA1コース(モジュール1)と第2期研修スケジュール

(授業):「まるごとA1コース」の授業 (研修):教案についてのディスカッション

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〔資料2〕研修実習生から他実習生への模擬授業の評価(「いい教師とは?」8つのポイントから)

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Activities my usual way MARUGOTO way

☆Discussion of the vocabulary before thelesson proper itself

○ ×

☆Making the students guess the meaningof words/ phrases/ sentences based on

the picture

×(I usually give the students hints or

situation where they are used)

☆Abundant discussion of culture Sometimes ○

☆Used of CD for language exposure ○(I usually play the CD for vocabulary

introduction and listening

comprehension (as summary of

the lesson))

○(Plays CD to provide language

input and sometimes for

listening tasks)

☆Pattern drills ○ ×

☆Grammar explanation ○ ×

☆Output activities ○(My output activity varies from oral

to written depending on time

constraint.It usually includes task

that must use the patterns and

vocabularies learned in the lesson.)

○(definitely involves interaction

with co−learners and used of

the language in real − life

situations)

☆Correction of errors ○(I tend to identify students’ error

and address it in class, explaining

what error was committed and how

to correct it)

×(Teacher tend not to address the

grammatical errors committed

by students and provide

explanation differentiating the

error from the correct form.)

☆Student’s participation ○(Students participate and use the

language within their means− what

was retained in their memory, what

they have studied (patterns,

vocabularies).I usually address a

question to the class and then

nominate one student to answer

said question.)

○(Students seem more relax and

free to share their ideas and

thoughts with the members of

the class.Since the atmosphere

is nonthreatening, they have

more confidence to speak out

their mind and answer

questions.)

☆Student’s reflection × ○(students are asked to check

their can−do list at the end of

each lesson making them think

of what they have and have not

accomplished of the day)

〔資料3〕研修修了時の感想シート(抜粋部分「自分の今までの教え方とまるごとの教え方との違い」)

JF日本語教育スタンダード準拠コースブックを使用した教師研修

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