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NTT技術ジャーナル 2014.968
2014年 5 月22日に東京 ・ パレスホテルにおいて,LSP(線スペクトル対)の開発,普及の功績に対する「IEEEマイルストーン」認定の記念式典が開催されました.ここでは,LSPが携帯電話等の急速な普及に大きく貢献したことが評価され,認定銘板が手渡された贈呈式と,記念祝賀会および記念講演会の模様を紹介します.
ほぼ全世界の携帯電話に搭載されているLSP
NTTが1975年に世界に先駆けて開発した「LSP(線スペクトル対)方式」は,限られた伝送帯域でより多くの音声通信を行うために,音声の高圧縮符号化を実現するための基本技術で,音声の中から口の形に対応した周波数特性を効率良く表現できるので,より少ない情報量で同等の音声品質が得ることができます(図 1).この技術は,現在使われている第3 世代の携帯電話やIP電話などに採用されているほか,これから注目されるVoLTE(ボルテ)にも技術が活用される予定です.
このように全世界の携帯電話に欠かせない音声符号化の基本技術であり,全世界の情報伝達に大きな変革をもたらしたLSP方式の開発,普及の功績が,世界的に権威のある「IEEEマイルストーン」に認定されました.IEEEマイルストーンは,IEEE*が電気 ・ 電子 ・ 情報 ・ 通信技術,およびその関連分野における技術革新の歴史的成果を認定する賞で,その技術が開発以来25年以上にわたって国際的に高い実績を築いてきた経緯が評価されるものです.今
回の認定に伴い,IEEEより記念の認定銘板がNTTに贈呈されました(図 2).
ほぼ全世界の携帯電話に搭載されているLSP
* IEEE:“アイ・トリプル・イー”と読み,Institute of Electrical and Electronics Engineersを意味しており,米国公益法人法で公益法人に指定されています.世界160カ国以上から42万人を超える会員を持つ世界最大の学会.ニューヨークに本部があり,コンピュータ,バイオ,通信,電力,航空,電子などさまざまな技術分野で指導的な役割を担っています.※ 現,NTTコム ソリューション&エンジニアリング
図 1 LSPの役割
鼻腔
硬口蓋
軟口蓋口蓋帆
咽頭喉頭食道
鼻孔
口唇空気振動
舌歯
口腔
気管
肺
LSPは,口の形の周波数特性表現法
声道(斜線部分)
声帯
声帯振動などの波形表現法
出典:古井貞熙著「ディジタル音声処理」より転載
人間の発声器官
マイク
高圧縮符号化
A/D変換
空気振動をデジタル化
変調
LSPと波形表現に分解して圧縮
+
通信網
LSP
波形表現
IEEEマイルストーン
LSP
式典概要 LSP(線スペクトル対)方式の開発,普及の功績による「IEEEマイルストーン」認定記念式典開催報告
加か が た
賀田 俊しゅん
/島しまむら
村 健たけし
NTT研究企画部門
※
NTT技術ジャーナル 2014.9 69
EVENT
REPORTS
IEEEマイルストーン贈呈式
■主催者挨拶贈呈式では,まず主催者を代表してIEEE東京支部Chairである津田俊隆氏が挨拶されました(写真 1).津田氏から「このような受賞をきっかけに,日本のICT業界が元気を取り戻し,若いエンジニアの活力となるよう期待したい」とのお言葉をいただきました.■IEEE本部会長が,NTT社長に認定銘板を授与次にIEEE本部(米国ニューヨー
ク)の会長(President and CEO)であるJ. Roberto de Marca氏が挨拶されました(写真 2).de Marca会長は,「今日使われている携帯電話やIP電話サービスのデジタル音声コミュニケーションは,その明瞭さや品質の高さにおいて,NTTで成し遂げられたLSP技術に拠るところが大きい」と功績を高く評価され,「LSPのようなマイルストーンによって,人類に恩恵を与えるテクノロジを進化させるための無数の技術者による努力を我々に思い出させてくれる」と結びました.挨拶の後,de Marca会長からNTT代表取締役社長 鵜浦博夫にマイルストーン認定銘板が授与され,会場は大きな拍手に包まれました(写真 3).
■NTT社長挨拶鵜浦社長は,世界最大の学会であるIEEEから大変栄誉のある賞をいただいたことに心からのお礼を述べました.挨拶の最後に「NTTグループはお客さまにとってのバリューパートナーとして,ビジネスやライフスタイルの変革に貢献するため,より一層新しい技術開発に努めてまいります」と述べて挨拶を締めくくりました(写真 4).
記念祝賀会
■関係者が集うIEEEマイルストーン祝賀会を開催贈呈式の後,NTT,IEEEをはじめ,総務省,学会,通信機器メーカ関係者など参加者100名程度が集い,今回の認定を祝う会が開催されました.祝賀会の開会にあたり,主催者
代表の鵜浦社長はブラジルよりde Marca会長自ら贈呈にお越しいただいたことへの感謝を述べ,またLSP方式の技術開発や普及に携わった関係者の努力,ならびに総務省や学会等のこれまでのお力添えに対し謝辞を述べました.■総務審議官をはじめとする来賓からの祝辞来賓からは,まず総務省を代表して桜井俊総務審議官の祝辞をいただきました.さらにIEEE Japan Council Chair小山正樹氏,一般社団法人電子情報通信学会 会長 井上友二氏,TTC(The Telecommunication Technology Committee:一般社団法人情報通信技術委員会)代表理事専務理事 前田洋一氏からLSPが標準化された当時のエピソード等を交えた祝辞をいただき,NTTドコモ 研究開発センター所長 取締役常務執行役員 尾上誠蔵の乾杯の音頭で
IEEEマイルストーン贈呈式
記念祝賀会
写真 1 IEEE東京支部Chair 津田俊隆氏
写真 2 IEEE本部会長 de Marca氏図 2 LSPの開発,普及の功績が
鋳込まれた認定銘板 写真 4 NTT代表取締役社長 鵜浦博夫
写真 3 マイルストーン認定銘板の授与
NTT技術ジャーナル 2014.970
歓談がスタートしました.会場内のいたるところで当時の苦労話などがわき起こり,参加者相互の懇親を深めました.しばし歓談の後,NTT常務取締役研究企画部門長 篠原弘道がお礼の挨拶を述べ,祝賀会は盛況のうちに幕を閉じました.
記念講演会
祝賀会終了後,IEEE東京支部,IEEE SPソサエティ日本支部主催の記念講演会として,IEEE Japan Council History Committee Chairの白川功氏,NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェローの守谷健弘氏,ならびに名古屋大学名誉教
授(元NTT電気通信研究所)の板倉文忠氏により,苦労話やエピソードを交えた講演が行われました.■IEEEマイルストーン概要 最初に白川氏がIEEEとIEEEマイルストーンについての説明がありました(写真 5).白川氏は,IEEEが世界最大の学会であり,日本においても 1万4000人の会員を擁すること,また,IEEEマイルストーンの基礎要件として,①人類の発展に寄与した卓越したイノベーションであること,②地域の発展,ひいては社会の発展に貢献したこと,③発明 ・ 開発から25年以上経過していること,の 3つを挙げました.次に,Regionごとのこれまでの受
賞数として,Region1~ 6(米国)72件,Region7(カナダ)13件,Region8(EU,アフリカ)31件,Region9(中南米) 4件,Region10(アジア太平洋)25件であることを紹介し,特にRegion10では大多数が日本からの受賞であることを挙げ,本講演を締めくくりました.■線スペクトル対LSPの普及状況続いて守谷氏がLSPの普及状況についての講演を行いました(写真 6).(1) LSPの意義冒頭に,今回IEEE認定銘板に記された碑文の和訳を紹介し(図 3),「もしも,当時LSPがなければ,世界の携帯電話の品質が低下し,現在のような携帯電話の世界的普及は達成できなかったと思われる」と守谷氏は語りました.さらに,「LSPはこれまで40年近く使われ続け,不動の地位を保っており,今後100年も使われ続けると考えている.世の通常の技術は,技術競争により数年程度で新たなものに置き換わることを考えると,IEEEマイルストーンにふさわしい技術だ」と強調されました.(2) 音声符号化のためのLSPと,LSPを使う国際標準規格次に,音声合成においては相互接続が不要なため,標準化や技術の公開がないので,利用実態は把握しきれないものの,LSPは現在でも相当程度使われていると守谷氏は語りました.他方,「音声符号化においては1980年ごろ,“LSPを主体とする分析合成符号化”と“波形符号化”を組み合わせたハイブリッド符号化が発展を遂げた,LSPの値をいかに効率的に量子化するか,LSPを利用して波形情報をどのように表現するか,といった研究が世界中で進められていた.そして,それをベー
記念講演会
写真 6 NTTコミュニケーション科学基礎研究所フェロー 守谷健弘氏
図 3 IEEEマイルストーンの認定(碑文)
(和訳)高圧縮音声符号化のための線スペクトル対(LSP), 1975
1975年にNTTで考案された線スペクトル対は,音声合成や符号化のための重要な技術である.1980年には線スペクトル対に基づく音声合成チップが作成された.1990年代には,この技術はほぼすべての国際音声符号化標準に必須の要素技術として採用され,世界中の移動体やインターネットでのデジタル音声通信の高品質化に貢献した.
2014年 5 月
写真 5 IEEE Japan Council History Committee Chair 白川功氏
NTT技術ジャーナル 2014.9 71
EVENT
REPORTS
スにITU-Tなど国際標準化の作業が行われ,その標準に準拠した携帯電話やIP電話が世界中に普及していった」と説明されました.最後に守谷氏は,「LSP方式はNTTの社是(企業理念:私たちは,世界的視野に立った技術開発をもとに,最高のサービスと信頼を提供しつづけ,豊かな生活 ・ 文化の創造に貢献します)に沿って開発し,世界に貢献した技術の 1つとして今回認めていただいた.引き続き,世界に貢献できる優れた技術の研究開発を推進していきたい」と,本講演を締めくくりました.■線スペクトル対LSPの発案の経緯続いて板倉氏がLSP発案の経緯についての講演を行いました(写真 7).(1) ML(最ゆう法)からPARCORを経て,LSPへ板倉氏は,「携帯電話などの無線通信では,できる限り伝送帯域を落とし,かつ品質は落とさないという相反する要求を満たす必要がある.音声信号の符号化の基本は,音声のパラメータを分析抽出し,低ビットレートで伝送し,再び元の音を合成する“音声分析合成系”である」と述べました.そして,「LSPの出発点となったのは,“最ゆうスペクトル推定法に
よる音声分析合成方式(ML方式)”である.音声信号に何らかの加工を行って伝送する技術としては1930年代後半に米国のベル研究所でボコーダという研究がなされたが,一般用途には適さなかった.1960年代に私はボコーダを発展させ,数学的な知見として確立統計モデルを活用することを考え,1967年にML方式の概念を生んだことを説明されました.その後,さまざまな挑戦と失敗を繰り返しながら,ML方式の持つ問題を解決した“PARCOR方式”を理論的に示した」と振り返りました.1970年にはPARCOR合成器をつくり理論をハードウェア化し,それをきっかけにNTTのサービスとして音声応答装置などに採用された.また,1971年から1972年にかけて国際会議で発表し,国際的にも認知を得て,1976年には米国において,PARCORの機能を持つ音声合成LSIが実用化されていることを説明しました.(2) LSPの誕生板倉氏は,「ベル研究所の客員研究員として過ごしていた1974年に,図書室で見つけた論文からヒントを得て,Toeplitz行列のスペクトラム分解の理論をPARCORと結びつけると,全極型フィルタの線スペクトル表現が可能であることを発見した」との経緯を紹介されました.そのようにして誕生したLSPは,
・ PARCOR係数に比べて,パラメータ量子化誤差の影響が少ない・ パラメータを補完したときのスペクトル再現精度が高い
という長所を持っていることを強調され,その後LSI化が進み,1980年にLSP音声合成器としてのLSIチップが完成したと説明しました(図4).最後に,板倉氏は「ここで紹介した音声分析合成技術は,“千里の道の一里塚”にすぎないが,数理的な基礎が強固であるアルゴリズムであるため,安心して応用でき,実用性も高いものといえる」と語られ,本講演を締めくくりました.
記念式典を終えて
現在においてもLSP方式は世界中の多くの携帯電話やIP電話等で利用され,技術開発されてから25年を大幅に超えてもなお世界中の人々のコミュニケーションを支える技術として貢献しており,その開発 ・ 普及に携わった内外の研究者の皆様の不断の努力に敬意を表します.NTTは,今後も世界をリードする技術を通じて,社会や産業,学術の発展に寄与していくとともに,安心 ・ 安全で豊かな社会の創造に貢献していきます.なお,LSP方式の技術詳細は本誌「世界に誇れる研究開発成果」(58ページ)をご参照ください.
記念式典を終えて
◆問い合わせ先 NTT研究企画部門
R&D推進担当 技術渉外TEL 03-6838-5303FAX 03-6838-5349E-mail ntt-tea-ml hco.ntt.co.jp
写真 7 名古屋大学名誉教授 板倉文忠氏
図 4 LSP音声合成を搭載した LSIチップ
LSP音声合成LSI(ECL1565)
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨