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最近のMMTをめぐる議論と今後の財政運営のあり方 2019年9月26日 牛嶋俊一郎 1

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Page 1: MMTをめぐる議論と今後の財政運営のあり方kiip.or.jp/societystudy/doc/kokusai/kokusaiseiji-S...11 2.MMTに対する批判とMMT側の反論 (1)MMTに対する代表的な批判

最近のMMTをめぐる議論と今後の財政運営のあり方

2019年9月26日

牛嶋俊一郎

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Page 2: MMTをめぐる議論と今後の財政運営のあり方kiip.or.jp/societystudy/doc/kokusai/kokusaiseiji-S...11 2.MMTに対する批判とMMT側の反論 (1)MMTに対する代表的な批判

(はじめに)日本経済が抱える多くの課題に如何に対応するかを考える上で、最初に整理しておくべき問題は財政赤字と膨れ上がる政府の債務残高に関する政策対応である。この点に関し、このところMMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)がアメリカや日本で大きな関心を呼んでおり、政治家に中にも共鳴する人が出てきた。

以下ではまずMMTがどのようなものであるかを簡単に説明した上で、著名な学者からのものも含めたMMTに対するよく見られる批判とそれに対するMMTの反論を紹介する。それらを踏まえて筆者のMMTに対する評価とこれからの財政政策運営の考え方を論じたい。

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1.MMTの起源と主張

(1)MMTの起源

市場経済の自動安定化を否定するケインズの考え方を受け継ぎ、ゲオルク・フリードリヒ・クナップ(貨幣国定説)、アバ・ラーナー(functional finance=機能的財政論)、ハイマン・ミンスキー(金融部門を含む市場経済の不安定性)、Wynn Godley(部門別金融バランス、ないし部門別貯蓄投資バランス)等の理論を取り入れて、L. Randall Wray(ニューヨーク州の私立大学Bard College)、Bill Mitchell(オーストラリアのUniversity of Newcastle)、Stephanie Kelton(the State University of New York at Stony Brook)等によって1990年代以降体系的にまとめられてきた理論。その過程でヘッジファンドのマネージ―として成功したWarren Moslerのサポートが重要な役割を果たした。

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(2)MMTに対する批判と支持の動き① 理論が打ち出された当初から現在まで続く数多くの批判MMTの主張は異端のポストケインジアンによるものであり、当初から多くの批判を浴びて

きており、最近でも主流派経済学者の多くから様々な批判を受けている。(最近の批判については2019年4月17日の財政制度等審議会財政制度分科会の配布資料に一覧表が掲載されている)

② 最近の支持の動き一方で近年ではアメリカの民主党左派の間で支持が少しずつ広まり、Stephanie Keltonが

2016年のアメリカ大統領選でバーニー・サンダース議員の経済顧問として採用されたほか、2018年11月の下院選挙で女性として史上最年少の29歳で当選したオカシオコルテス議員がMMT支持を表明した。また、このところ民主党左派を中心に提唱されている国民皆保険

や「グリーン・ニューディール」の財源確保の理論的裏付けとしても注目されている。日本でも経済評論家の中野剛志氏、元内閣官房参与の藤井聡京都大学教授、参議院議員の西田昌司氏等がMMTの考えに賛同を表明している。本年7月には藤井聡京都大学教授の招きでStephanie Keltonが来日し、マスコミ等で話題となった。

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(3)MMTの理論的な主張(主要なもの)

① 変動相場制の下で自国通貨を発行している国(政府)は財政収支の赤字が続いても自国通貨建ての国債を発行している限り債務不履行(デフォルト)に陥ることはない。

② 自国通貨を発行する国の政府支出の制約になるものは税収(ないし財政赤字)ではなく、実体経済の資源制約=インフレである。

③ 財政は公共目的(完全雇用と物価の安定、貧富の格差是正、環境保全等)を達成するために用いられるべきものであり、財政健全化を目的として運営されるべきものではない(Abba Lernerの機能的財政論(Functional Finance))。

④ 税は政府の支出を賄うために必要なものではなく、公共目的達成のために用いられるべきものである。

⑤ 国(政府)の財政収支は、経済を構成するそれ以外の部門の貯蓄・投資バランスの裏返しであり、財政赤字(黒字)はその時の非政府部門の貯蓄超過(投資超過)の反映である(図1-1、図1-2参照)。

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⑥ 国(政府)の債務は、経済を構成するそれ以外の部門(非政府部門)の資産である。(表1参照)

⑦ 金利を政策手段とする金融政策の経済を安定させる効果は確実なものではなく 、金

利は低位に固定させておく方が望ましい(所得格差を大きくしない観点からも)。金利以外にも銀行の貸出規制等需要をコントロールする金融的手段は存在する。

⑧ 総需要管理の手段としては財政政策の役割が大きく、総需要が総供給を超過してインフレになりそうな時は増税なり、歳出削減なりを行うべきである。ただし税や歳出の裁量的な変更によって総需要を調整し経済の安定を保つという考え方は現実的ではなく、むしろ累進税制や雇用保障政策(Job Guarantee:JG)等を通じた自動安定化機能の強化が望ましい。

⑨ そもそも総需要管理のみで真の意味で完全雇用を実現することは困難であり、その実現のためには働きたい人すべてに最低賃金で職を提供する雇用保障政策(JG)が欠かせない。

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(補足)MMTが推奨するJG(Job Guarantee、雇用保障政策)とはどのようなものか以下は、Randall Wray et al.(2018)によるものである:

1.JGとは・総需要政策では真の意味で完全雇用は実現できないので、働きたい人すべてに最低賃金で雇用を提供する仕組み・・・ミンスキーのEmployer of Last Resort (ELR)のアイデアがその起源・総需要が落ち込めば通常の雇用者が減りJGの雇用者が増え、総需要が増加すれば通常の雇用者が増え

JGの雇用者が減るという形で常に完全雇用が維持される・費用は連邦政府が出し、実施主体は地方政府やNPOが担う

2.仕事の種類:事業者がビジネスとして賃金を払って雇用することのないような仕事(1)Care for the environment:公園の維持管理や更新、環境調査、動物の生態調査、外来種の駆除、洪水対策等(2)Care for the community:空家の清掃、小規模インフラの保善・改修、学校の庭の整備、歩道・自転車レーンの整備等(3)Care for the people:学校の放課後の活動の組織化、デイケアプログラムの支援、教師・ホスピスワーカー手伝い等

3雇用条件(the Levy Economics Instituteの提案)・最低賃金の時間当たり15ドル+支払賃金20%相当の諸手当(子ども手当等)+支払賃金25%相当の諸経費

4.JGを導入した場合の効果=予算規模と雇用数・・・The Levy Economics Instituteのシミュレーションによるもの・連邦政府の予算 最初の10年間は年間約4000億ドル(社会支出の減少は含んでいない)・GDPの押し上げ効果 年間5600億ドル・・・ (参考)アメリカの2018年のGDPは20兆 5000億ドル・雇用増加数 JGによる直接雇用者数1500万人+誘発された雇用者数 400万人の合計1900万人

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図1-1 日本の部門別貯蓄投資バランスの推移、GDP比、%

国内非政府部門(法人企業+家計)

一般政府

海外

出所:内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算」8

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図1-2 アメリカの政府部門と民間部門の貯蓄投資バランス、GDP比%

出所:Scott T. Fullwiler “The Debt Ratio and Sustainable Macroeconomic Policy,” World Economic Review 7. 20169

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2017年度の金融資産取引表、兆円

出所:日本銀行 資金循環表

中央銀行 一般政府 金融機関 非金融法人 家計 海外資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債

現金・預金 0 33 -3 0 46 44 12 0 20 1 2貸出 2 -3 -1 -1 40 25 -2 6 8 9 13

債務証券 30 -3 16 -14 5 1 -1 -1 7株式等・投資信託受益

証券6 -1 15 18 1 1 -3 2

保険・年金・定型保証 -1 4 -1 4対外資産 0 8 7 7 0 21 0 1 8 35その他 0 0 1 -2 7 10 9 10 -1 0 2 0

資金過不足 0 -13 -7 27 11 -22合計 37 37 0 0 98 98 43 43 19 19 28 28

中央銀行 一般政府 金融機関 非金融法人 家計 海外資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債 資産 負債

現金・預金 1 502 90 613 1,467 277 959 10 21貸出 49 0 24 159 1,329 540 47 463 0 300 175 151

債務証券 464 81 1,069 670 281 30 80 23 154株式等・投資信託受益

証券27 124 14 321 359 407 1,002 276 228

保険・年金・定型保証 25 524 3 27 522対外資産 6 21 196 2 361 21 160 0 23 45 742その他 6 0 55 43 51 51 302 305 28 17 48 56

金融資産・負債差額 29 -717 111 -650 1,513 -310合計 553 553 571 571 3,460 3,460 1,227 1,227 1,831 1,831 660 660

(表1) 部門別金融資産・負債残高表 2018年3月末 兆円

(注)2017年度の非金融法人企業の対外直接投資は10兆円程度。

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2.MMTに対する批判とMMT側の反論

(1)MMTに対する代表的な批判

① クラウディングアウトを無視している(クル-グマン)

② MMTのやり方では財政が破綻する(クル-グマン)

③ ハイパーインフレをもたらす(サマーズ)

④ 為替レートの崩壊、利子率の高騰、リスクプレミアムの増加等をもたらす(サマーズ)

⑤ 財政運営(増税や歳出カット)でインフレを制御するのは政治的にとても難しい( Jayadev and Mason (2018年8月)、 Josh Barro(2019年1月9日))

以下、クルーグマン、サマーズ、 Jayadev and Mason 等の批判に対するMMT側の反論を紹介する

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(1)クルーグマンの批判とそれに対する反論

① クルーグマンによるNew York Timesのコラム「Opinion」への投稿記事(2019年2月12日と2月25日)での批判・・・MMTをラーナーの機能的財政論と同一視して批判

1)クラウディングアウトを無視しているゼロ金利制約(ZLB)の状況ではない通常の場合には財政赤字を増やして財政支出を拡大すれば金利が上昇して民間投資をクラウディングアウトするが、MMTはこの点を考慮していない。

2)MMTのやり方でやればいつかは財政が破綻する

金利>成長率の場合、基礎的財政収支が必要なだけ黒字にならなければ国の財政赤字と公債残高は際限なく膨らみ、人々はより高い利子率を要求するようになる。公債残高/GDP比は無限に大きくなることはできないので、ある時点で政府は財政を黒字にして公債残高/GDP比を安定させる政策をとることを余儀なくされる。(数値例:金利-成長率=1.5%の場合、債務残高/GDP比が300%だとすると、その比率で安定させるためには財政のプライマリーバランスがGDP比で4.5%の黒字にならなければならない)・・・実際にそれを実現するための増税や歳出削減は実行困難であり、MMTのやり方ではいつかは財政が破たんする。

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② クルーグマンに対する反論Stephanie KeltonはBloombergのOpinionへの投稿記事(2019年2月21日、3月1日、および3月5日)で次のように反論している:

1 )クラウディングアウトについて財政赤字を増やして財政支出を拡大しても金利は上昇しないので、民間投資のクラウディングアウトは起こらない。むしろ起こるのはクラウディングインである。

(注)この点についての筆者の解釈:完全雇用が実現される前までの状況では、政府が財政赤字を増やして支出を増やしても、中央銀行が政策金利を固定している限り長期金利への影響はそれほど大きいものではなく、むしろ稼働率の向上と将来見通しの改善により民間投資は誘発される可能性の方が高いであろう(クラウディングイン) 。

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2)財政破綻について

クルーグマンの金利の想定がおかしい。金利は中央銀行の政策変数であり、中央銀行が金利を成長率以下に設定することにより歳出削減や増税を行うことなく債務残高/GDP比率の安定化ないし低下を実現できる。

(注1)以上のKeltonの反論の根拠を理解することは、完全雇用の実現のために必要な場合、財政赤字を出し続けても財政破綻しないというMMTの考え方を理解する上で不可欠なので、少し長くなるが付論を参照されたい。ポイントは成長率と金利の大小関係である。

(注2) Keltonは反論の一環として次のような考えを述べている:「クル-グマンの例のように、仮に債務残高/GDP比率が300%で金利が成長率よりも高く、国の債務=非政府部門の資産がGDPよりもどんどん大きくなるような状況では、非政府部

門の金利収入がどんどん膨らんで支出が大きく伸びインフレをさらに悪化させることになる。インフレの加速を避けるためにも中央銀行は金利を成長率以下に下げてそのような状況を避けるはずである。」こうした認識の根拠も付論の中で示しておいたので、興味のある方は参照されたい。

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(2)サマーズの批判とそれに対するMMT側の反論

① サマーズによるWashington Postへの投稿記事(2019年3月4日)での批判

1)ハイパーインフレをもたらす

政府は新しく通貨を印刷することにより期限の来たすべての国債をゼロコストで償還 し、デフォルトを回避できるというMMTの考えは間違いである。多くの途上国の経験が示して

いるように、債務がある水準を超えると通貨の印刷により期限のきた債務を償還するというこのアプローチはハイパーインフレをもたらす

2)為替レートの崩壊、利子率の高騰等につながるMMTは閉鎖経済を前提としており、閉鎖経済でない場合はこのアプローチは為替レートの崩壊を招き、利子率の高騰、リスクプレミアムの増加、資本の外国逃避等につながる。

(サマーズのMMT批判に対する筆者の感想)サマーズはMMT論者のことを(例えばvoodooeconomics、fringe economists等の言葉を使って)かなり口汚く批判してい

る。サマーズは主流派マクロ経済学者の主要メンバーとして経済の動学的効率性の問題にも深くかわっており、経済が正常な状態では金利>成長率が当然と考えてきた中で、近年、経済の均衡と整合的な自然利子率がマイナスになり金融政策では対応できないので(Secular stagnation)、財政赤字の下でも財政による対応が必要であるとの考えを表明してい

る。自分が苦労して到達した財政赤字下での財政政策の活用という結論を、あたかも当然のごとく、なんの条件も付けずに主張するMMTが許せないのではないか。

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②MMTのサマーズに対する反論

1)ハイパーインフレに対してJames MontierはGMOの投稿記事(2019年4月3日)で次のように反論している:

ⅰ)変動相場制の下で自国通貨を発行する主権国家の自国通貨建ての国債がデフォルトしないことは理論ではなく当然の事実。自国通貨を発行できず、外国通貨建ての国債を発行し、また、為替制度も変動相場制ではない途上国の例はアメリカ等には当てはまらない。

ⅱ)財政赤字は非政府部門の貯蓄超過の反映。財政赤字を通貨でファイナンスするか国債でファイナンスするかは非政府部門が貯蓄超過分をどのような資産構成で保有したいかに対応したものであり、インフレとは関係がない。国債は定期預金のようなものであり、財政赤字を通貨でファイナンスするか国債でファイナンスするかはいわば銀行預金を普通預金で持つか定期預金で持つかの違いに過ぎない。

ⅲ)インフレは総需要が経済の供給能力を超えた時に起こるものである。MMTにとって財政支出の制約はインフレであり、総需要が供給能力を超えてインフレが高進する中で財政支出の拡大を続け、さらにインフレを高進させるということはMMTの政策運営ではあり得ない。

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2)為替レートの暴落、利子率の高騰等に対して(A) John T.HarveyがForbesの投稿記事(2019年3月5日)で次のように反論をしている:

ⅰ)MMTの主張は閉鎖経済ではなく開放経済で変動為替相場制度の場合を想定。ⅱ)変動相場制の場合、インフレになっても財政支出を増やし続ければインフレが高進し、為替レートは下落するが、MMTではインフレを高進させるような支出は行わない。

ⅲ)自国通貨を発行できる国の国債のデフォルトはあり得ず、MMTの政策によってインフレの高進もないのだから、為替レートの暴落、リスクプレミアムの上昇、利子率の高騰といった事態はありえない。

(B) サマーズの批判に直接反論したものではないが、Scott Fullwilerが2016年の論文でBond Vigilantesの市場アタックについて次のような趣旨のことを述べている:「財政の通時的予算制約が守られておらず国債のデフォルトリスクが高まった等の理由で内外の投資家(Bond Vigilantes)から売りが殺到したとしても、中央銀行は目標金利を維持するためにいくらでも国債を買うことができ、国債価格=金利水準は維持される。」

Scott Fullwilerの論文では為替レートについては触れていないが、変動相場の下で自国通貨を発行できる国の国債のデフォルトはあり得ないので、完全雇用の下でインフレの上昇がない場合、為替レートの暴落もあり得ないであろう。

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(3)財政運営でインフレを制御するのは政治的にとても難しいという多くの人からの批判とMMT側の反論

① 増税や歳出削減でインフレを制御するのは政治的にとても難しいというMMT批判1)Jayadev and Mason (2018年8月)の批判MMTをラーナーのFunctional Financeの枠組みで理解すれば、MMTと主流派経済学の違いは両者の理論上の違いではなく、財政と金融(政策金利)の二つの政策手段を物価の安定と政府の債務の安定という二つの目標に対してどう割り当てるべきかについての考え方の違いである:主流派経済学は金融(政策金利)を物価の安定(と完全雇用の達成)に割り当て、財政を政府債務の安定に割り当てるのに対して、MMT は財政を物価の安定(と完全雇用の達成)に割り当て、金融(政策金利)を政府債務の安定に割り当てている。MMTに反対する多くの人の心配は選挙で選ばれた政策決定者(国会議員)が財政バランス決定の自由を与えられたとき、物価安定(=完全雇用)と整合的な水準を選択することでとどまれるか、つまりインフレ抑制のために増税(と歳出削減)が求められる時にそれができるかということである。MMTはこの点について答える必要がある。

2)Josh Barro(2019年1月9日)の批判MMTの主張者はどのような場合にも金利は低く設定すべきだと言うが、経済が完全雇用を達成しさらに経済が拡大してインフレが深刻化しそうな時に、財政でインフレを抑えるために議会が増税と歳出削減を決定する仕組みがうまくいくとはとても思えない。常に金利を低く保ちインフレを増税(と歳出削減)でコントロールするというMMTの考え方に多くの人は強い懸念を抱いている。

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② MMT側の反論1)Jayadev and Masonに対する反論

MMT側の反論は彼らがMMTから雇用保障政策(JG)を除いてラーナーのFunctional Financeの考え方のみでMMTを理解していることに集中しており、選挙で選ばれた政策決定者が財政運営でインフレを適切に制御できるかという問いにはあまり反応していないようである。

・Randall Wray:New Economic Perspectives 2019年3月12日によるJayadev and Masonへの反論MMTは総需要政策だけでは市場経済の不安定性を解消できないというミンスキーの考えを取り入れており、完全雇用を持続的に実現するには働きたい人すべてに最低賃金で職を提供する雇用保障政策(JG)が不可欠であると考えている。フィリップスカーブからも明らかなように総需要管理政策で総需要をコントロールしても、完全雇用の実現を市場に任せておけばあるプラスの失業率(NAIRUないし自然失業率)を大きく下回ることなくインフレが加速してしまい、働きたい人が働けないまま残されてしまう。JGを導入すれば働きたい全ての人が働ける真の意味での完全雇用を実現できるし、仮に総需要が下がっても完全雇用は維持される。

なお別の機会にRandall Wrayは、ⅰ)インフレが長引き加速しそうな時は増税や歳出カットを推奨するが、財政による総需要管理のあり方としては累進所得税制や雇用保障政策(JG)等を通じた財政の自動安定化の作用が基本(Randall Wray:NewEconomic Perspectives 2019年2月25日)、ⅱ)インフレ抑制を財政にゆだねるという方法はハイパーインフレにつながるとクルーグマンは批判しているが、我が国の政策決定者がそのような政策選択をするとは考えられない(Bradford Delong(2013年3月18日)参照)という趣旨のことを述べている。

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2)Josh Barroに対する反論

Scott Fullwiler, Rohan Grey, Nathan TankusによるFT Alphaville(2019年3月1日)で以下のような趣旨の反論をしている:1) 増税はインフレ対応の重要な手段であるが、インフレ発生後の議会による即座の対応が困難なことは理解

MMTはインフレのすべてが超過需要によるものだとは考えていないが、超過需要を原因とするインフレに対

応するための重要な手段として増税を考えている。ただし、議会に対してインフレが発生した後で、時を置かず税を引き上げるというようなことを求めているわけではない。

2) 無自覚のうちにインフレが発生してしまうという状況を未然に防止することが肝要

我々のアプローチは議会がインフレのダイナミズムに注意を払わないで歳出だけを決め、その結果インフレが起こってしまうという状況を避けることを意図している。

3)そのためには新規予算の経済への影響を分析・評価する体制の整備・強化、税制・歳出面での財政の自動安定化機能の強化が必要

そのためには、新規予算のインフレ等に与える影響の詳細な分析評価、政策目的に照らしたインフレ抑制策の事前の検討等が不可欠でありそのための体制整備が必要である。

また、インフレの発生に備えた財政の自動安定化機能の強化(例えば累進税率の階層切り分けの細分化等)も重要であり、財政の自動安定化機能を高めることにより経済の動きを踏まえた日々の裁量的な政策決定への依存度を減らすことができる。

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3.財政政策の運営に関する様々な意見がある中でのMMTの評価(1)財政政策の運営に関して対立する3つの考え方と先進国における実際の財政運営方針

① 対立する3つの考え方

1) 従来型の主流派経済学者=日本の財務省・財政制度審議会の考え方財政赤字は将来世代への負担の先送りであり、また公債残高の累増は様々なリスクを生み出すので、歳出の削減・抑制、増税等により財政赤字を早急に削減し、公債残高の速やかな縮小を目指すべき。完全雇用の実現とインフレ目標の達成・維持は基本的には金融政策の役割。

2) クルーグマン、サマーズ、ブランシャール等のアメリカの有力な主流派経済学者の考え方自然利子率が大幅に低下して経済停滞が続き、中央銀行がゼロ金利制約ないしそれに近い低金利状態にある場合には成長率>利子率となり、財政赤字を拡大させてもコストは小さいくメリットの方が大きいので、仮に財政赤字と大きな債務残高があっても財政支出を拡大させ経済停滞から脱却することが重要。経済が正常に戻れば、完全雇用の実現とインフレ目標の達成・維持は金融政策が担い、財政は均衡させることが望ましい。

3) MMT(現代貨幣論)の考え方財政は財政健全化を目的として運営されるべきものではなく、望ましい公共目的(完全雇用と物価の安定等)を達成するために用いられるべきもの。財政収支は完全雇用が実現された時の非政府部門の貯蓄超過の状況に応じて黒字にもなれば赤字にもなる。その収支を気にすることはない。金利を通じた金融政策の有効性は低く、金利は常に低い水準で固定させておく方が望ましい。

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22

② 上記の3つの考え方と先進国における実際の財政運営方針との関係

先進国の財政運営方針は我が国も含め、基本的には「財政の均衡を重視する従来の主流派経済学の考え方」に沿っている(現在のアメリカのトランプ政権がどのような考え方に立って政策運営しているかはよくわからないが)。

「中央銀行がゼロ金利制約に直面している低金利の時代には財政赤字であっても景気対策として財政拡張策を採用すべしとする考え方」は経済学者の間では広がりを見せているが、実際の政策運営に当たっての考え方として採用されるまでには至っていない。

「MMTの考え方」は日米の金融政策の責任者や主流派経済学者の多くが批判しており、実際の政策運営の考え方として採用される状況には全くない(ただし、アメリカの次期大統領選でMMTを支持する民主党左派の議員が当選すれば話は違ってくるだろうが可能性は低そうである)。

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(2)MMTに対する筆者の評価

① MMTは日本経済の停滞の一因でもあった均衡財政を基本とする従来の財政運営のあり方の問題点を的確に指摘

・ バブル崩壊後の日本経済の長期経済停滞は需要面からの総需要不足と供給面からの(イノベーションや国際競争力も含む)生産性上昇率の停滞に起因

・ 総需要不足の大きな要因は企業部門と家計部門からなる国内非政府部門の貯蓄超過幅の増大とその継続・ 非政府部門が全体として貯蓄超過の場合、完全雇用の実現に必要な総需要を実現するためには政府部門がそれに対応した財政赤字を出さざるを得ない。

・ 政府は経済の停滞が深刻になるたびに減税と公共投資の増加を中心とする経済対策を実施して財政赤字を拡大し総需要の維持・回復を図ってきたが、財政の均衡が財政運営の基本であるとする考え方のために、経済の状態が少し改善すると財政赤字削減を目指して歳出の削減・抑制等を実施

・ 非政府部門の大幅な貯蓄超過が続いている状態で政府が歳出抑制・削減等による財政赤字の縮小を図ると総需要が不足して経済は停滞し雇用は減少

・ バブル崩壊後の財政政策は以上の繰り返しで、総需要不足が継続

MMTの考え方は以上のようなバブル崩壊後の日本政府の財政運営の問題点を浮き彫りにするものである。つまり、財政の均衡を目標とするのではなく経済の完全雇用=デフレ脱却の実現を目標として財政赤字下でも必要なだけの歳出拡大を行うべきであった。

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② MMTに対する主流派経済学者等からの次のような批判は当たらない

・財政赤字は民間投資をクラウディングアウトする(クルーグマン等)

・MMTのやり方を続ければ公債残高/GDP比が発散し財政が破たんする(クルーグマン等)

・インフレが止まらなくなり、ハイパーインフレになる(サマーズ等)

・為替レートが暴落する(サマーズ等)

・財政赤字は将来世代への負担のつけ回しである(財務省等)

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③ ただし、MMTに対しては完全雇用達成後の財政運営面での懸念がないわけではない完全雇用=インフレ目標の達成後の財政運営に関して次の二つの懸念がある:

(適切な総需要管理ができるか)一つは、Jayadev and Mason やJosh Barro等が表明している懸念とも通ずるものであるが、適切な総需要管理ができるかという点である。財政赤字の下では歳出拡大はできないという従来の分かりやすい基準ではなく、財政赤字の下でもインフレにならない限り税負担なしに財政支出を増やせるというMMTの考えが広まった場合、財政支出拡大への国民や業界、政治家の要求が大きく膨らむであろう。実際に目標インフレ率を上回るインフレが起きてしまった後に、過大な要求が続き、時の政権がそれを認めるとは考えにくいが、問題は完全雇用に近い状況にあっても深刻なインフレが起きる前である。実際にインフレが起こっていなければ要求は断りにくいかもしれないし、仮に過大な予算が成立しインフレが加速し始めた場合、そのスピードは予想以上に早いかもしれない。日本で典型的な需要超過によるインフレは1972年から73年秋のオイルショック前に経験したが(円高不況、列島改造論、福祉元年等を受け、72年秋の大型予算に加えて73年度当初予算は前年度比25%増)、72年に入って5%前後であったCPIの前年比上昇率が秋以降高まり、73年9月には14%を超えるまでになった(筆者は当時、経済企画庁の物価局に勤務していたので、石油ショックのことも含め今でも実感をもって思い出す)。こういう事態になった場合、即座に効果的な対応をとることは難しく、結局は財政を圧縮し(当時は金融引き締めも行い)経済を不況化させて物価及び賃金を鎮静化させるしかないであろう。発生したインフレを抑えることに伴う経済へのマイナスの影響は大きい可能性がある。ただし、73年以降のインフレに対処するため財政面からも厳しい抑制政策を導入しており、MMTを採用した

としても日本の財政運営の仕組みの中でハイパーインフレになるとは考えられない。

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26

14.2

0

5

10

15

20

25

30

第1次石油危機当時のCPI総合、前年同月比、%

-20.0

-10.0

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0

80.0

Jan

-71

Mar

-71

May

-71

Jul-

71

Sep

-71

No

v-7

1

Jan

-72

Mar

-72

May

-72

Jul-

72

Sep

-72

No

v-7

2

Jan

-73

Mar

-73

May

-73

Jul-

73

Sep

-73

第1次石油危機前の卸売物価指数の推移、前年同月比、%

[総合卸売物価指数] 総平均

製材・木製品

窯業・土石製品

鉄鋼

非鉄金属

出所:日本銀行「時系列統計検索サイト」 出所:総務省「消費者物価統計」

第4次中東戦争の発生➞

<参考図 1972年から73年にかけての超過需要を背景とした卸売物価と消費者物価の急騰>

0

5

10

15

20

25

30CPI総合、前年同月比、%

80年代初めまでのCPIのインフレ率の推移

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(適切な財政圧縮ができるか)もう一つは財政圧縮を行う場合の中身に関する懸念である。バブル崩壊後の政権与党は景気対策としては減税を繰り返してきた一方で、財政赤字削減のために財政圧縮を行う場合、国民に不人気な増税等の手段を極力避け(注1)、社会保障分野では高齢化の進行に伴う歳出増を極力抑制するとともに、非社会保障の分野では優先順位の見直しや無駄の削減を掲げて歳出の削減・抑制を実施してきた(注2)。その結果として、経済規模との比率で見た日本政府の租税収入および非社会保障支出は先進国の中でほぼ最低であり(図2、図3)、財政支出を伴う政策課題の多くが未解決のまま残されている。今後も財政圧縮が求められる状況が生じた場合、増税は極力避け、国民一般が直ちには痛みを感じることが少ない非社会保障経費の圧縮に走る可能性がある。こうなれば日本の将来にとって大きなマイナスである。ただしこの点は旧来からある問題でありMMTだからということではない。

(注1)1997年の消費税率引き上げは、その前に行われていた所得税引き下げとのセットで直間比率の見直しという名目で行われた。2014年及び2019年の引き上げは民主党政権時代に決定された税社会保障一体改革を行うことを条件に総選挙を行ったところから実施されたものであり、現政権が主体的に導入したものではない。

(注2)マスコミをはじめ国民の多くが財政赤字を行政のムダ遣い、あるいは無駄な事業の実施のためと思っているが、財政赤字の基本的な原因は非政府部門の貯蓄超過であり、財政赤字をもって予算のムダ遣いと断ずるのは誤りである。

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出所:財務省「日本の財政関係資料(2019年6月)」

25.6

18.6

05

101520253035404550

1デンマーク

2スウェーデン

3アイスランド

4フィンランド

5ベルギー

6イタリア

7オーストリア

8フランス

9ノルウェー

10オーストラリア

11ルクセンブルク

12英国

13イスラエル

14ハンガリー

15ギリシャ

16ポルトガル

17オランダ

18ドイツ

19エストニア

20スペイン

21スロベニア

22ラトビア

23スイス

24米国

25ポーランド

26アイルランド

27チェコ

28日本

29韓国

30スロバキア

図2 OECD諸国の政府の租税収入/GDP比、2015年、%

21.8

15.4

0

5

10

15

20

25

30

35

1ハンガリー

2ギリシャ

3ベルギー

4アイスランド

5フィンランド

6フランス

7イスラエル

8スロベニア

9ポルトガル

10スロバキア

11デンマーク

12スウェーデン

13イタリア

14ラトビア

15エストニア

16韓国

17オーストリア

18チェコ

19ノルウェー

20ポーランド

21米国

22スペイン

23オランダ

24オーストラリア

25スイス

26ルクセンブルク

27英国

28ドイツ

29日本

30アイルランド

図3 OECD諸国の社会保障以外の支出/GDP比、2015、%

OECD諸国の中位国と比べた場合の日本政府の位置づけは次の通り:

中位国 日本 差(ポイント)租税収入/GDP比(%) 25.6 18.6 7.0

社会保障以外の支出 21.8 15.4 6.4のGDP比(%)

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④ MMTは打ち出の小槌ではなく、完全雇用達成後も政府支出の拡大を行うためには増税が必要

MMTの考え方に従っても、完全雇用後にインフレなしに政府支出を増やすためには基本的には増税(社会保障負担を含む)が必要になる。アメリカの政府支出のGDP比を税負担を引上げることなしにスウェーデンと同じ水準まで引上げることができるかという疑問をMMTに対して発した論者があったが、平時においては多少の違いはあれ税負担を引き上げることなしに政府支出の水準だけ引き上げることはできないことは当然であろう。(図4参照)

y = 0.9373x + 3.0306R² = 0.9214

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0

総支出/GDP図4 OECD諸国の政府支出と政府収入のGDP比、2017, %

総収入/GDP

Randall WrayはNew Economic Perspectivesへの投稿記事(2019年5月16日)でグリーン・ニューディールの財源の一部として、ケインズの“How to pay for the war”を参考にした消費を将来に先延ばしにする貯蓄

債権を候補として上げ、それを出せばその分の消費が抑えられ資源が浮くので、その分だけ増税を低く抑えて財政赤字を膨らましても追加需要を抑えられてインフレを招かないで済むという趣旨のことを述べている。また、Randall WrayとYeva Nersisyanの共著論文(2019年5月)How to pay for the Green New Dealで

そうした手段も含めたより詳細な検討を行っている。いずれにしてもMTT論者は完全雇用下の歳出増加額=増税額とは単純に考えていないようである。

出所:OECD Economic Outlook May 2019, Statistical Annex

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4.今後の財政政策運営のあり方

(1)今後の財政政策運営の二つの基本今後は財政赤字と国の債務残高の増大を理由に歳出増加をタブー視する考え方を捨て、以下で述べる二つの基本に沿って財政運営のあり方を転換すべきである。

① 財政運営の総需要管理面での基本・・・財政均衡ではなく完全雇用=物価安定(インフレ目標)の実現を目標とすること1)プライマリーバランス黒字化目標の廃止日本経済の現状は完全雇用に近い状態であるが、非政府部門の貯蓄超過は継続している。この状況が続く限り、財政赤字は完全雇用を実現・維持するために必要なものである。それにもかかわらず政府は依然として年限を区切ったプライマリーバランスの黒字化目標を掲げ歳出の抑制、合理化でそれを達成する方針である。部門別の貯蓄投資バランスを無視して、政府部門の財政赤字を一方的に削減しようとすれば、需要不足に起因して長期停滞から脱却できなかったこれまでの経験の繰り返しにしかならない。完全雇用の実現、維持のためには均衡財政の考え方から脱却してプライマリーバランスの黒字化目標を廃止し、非政府部門の貯蓄超過の状況=経済の需要不足の状況に応じて必要な財政規模を確保すべきである。この場合でも金利水準の適切な設定によって財政の持続可能性は維持できる。

2)想定を超えるインフレが発生した場合の対応の事前作成インフレリスクに備えるために、予算編成過程において予算案の経済・物価に与える影響を詳細に分析・評価し、予算の規模及び内容をインフレ目標と整合的なものにするとともに、想定を超えるインフレが発生した場合の対応を予算案の決定と同時に作成しておくこと・・・現在の政府見通しよりも踏み込んだ分析が必要

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② 中長期的視点から財政運営の基本・・・日本経済の再興を目標とし、歳出増と増税をタブー視せず国民の理解のもとに必要な政策を実行すること

1)問題解決のための歳出増を必要とする政策課題は多く残されているバブル崩壊後の長期経済停滞は総需要不足のみでなく、供給面からの要因も大きかった:イノベーションや生産性の停滞、それに起因する国際競争力の低下と輸出の停滞、教育・研究能力の低迷、少子化が引き起こした人口減少・高齢化、それらも一因となった地方の衰退等々。さらには国土強靭化や地球環境問題への対応も大きな課題として残されている。仮に総需要不足が解消し完全雇用が実現してもこれらの課題への適切な対応なしには日本経済が世界に伍して発展し、国民が幸せで豊かな生活を送り続けることはできない。これらの課題は市場にゆだねれば自然に解決するというものではなく、財政支出を伴う政府の関与が必要なものが多い。バブル崩壊後の政権与党は財政赤字削減のために非社会保障の分野での歳出の削減・抑制を継続して実施し、その結果として政策対応が必要な多くの課題が未解決のまま残されてきた。2)国民の理解を得たうえでの増税と政策の実行現在の日本経済の状況から判断すれば、増税なしの場合、財政支出の増加額があまり大きな規模になる前にインフレ目標の達成=完全雇用=資源制約に直面することになろう。完全雇用が達成された後でも、上記のような歳出増加を伴う政策対応が必要な日本経済再興のための課題は数多くあるが、増税で国民の購買力を減じない限りインフレを加速させることなく歳出増加を伴う追加的政策を実行することはできない。増税は国民に不人気であるが、増税が必要であることを理由に課題の解決をあきらめれば、それこそツケが将来世代に先送りされる(注)。増税によって実行しようとする政策の意義とメリットを国民に理解してもらい、日本経済が抱える課題を解決していくことがこれからの財政運営の大きな課題である。増税には法改正、ないし新規立法が必要なため政治家とマスコミの理解と支持も欠かせない。

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(注)ここで言う将来世代へのツケについてはFurman and SummersがPIIEに投稿した記事(2019年4月22日)にある次の文章がよく表している:

The budget deficit is not our only or even most important national deficit. Those worried about placing burdens on the next generations should be even more concerned with an inadequate infrastructure, an education system that fails most young people, places where employment rates are too low, insufficient investment in scientific leadership, and a government that increasingly lacks the capacity to do fundamental tasks like collecting taxes, caring for veterans, and enforcing the law.

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(2)中長期的視点から適切な財政政策運営を行うために必要な準備(増税と財政支出の増加を国民に問う前に必要なこと):今後10年から50年(地球環境等)程度を見通した我が国のグランドデザインとそれに対応した政策プランの策定

(新しい政策と負担増についての国民の賛同を得る必要性)法改正なり新規の立法を必要とする増税を実現するには少なくとも国民と政治家の過半数以上の賛同が必要である。その賛同を得るためには増税=歳出増がそれを行わなかった場合と比べて、日本国民や日本経済にどのようないいことをもたらすのかを示す必要がある。

毎年毎年、プロジェクトごとに増税を国民に問うよりも、実施しようとしている各種政策の規模とタイミング、そのために必要な増税の中身と実施のタイミングについて可能な範囲で一括して国民に問い、賛同を得る方が現実的であろう。日本の税・社会保障負担のGDP比や非社会保障支出のGDP比をOECD諸国の中位数と比べた場合、5~6%ポイントの差があるので、増税=歳出増の目安としてはGDPの5~6%、金額的には年間30兆円前

後ということもあり得るかもしれない。もちろん様々な制度改革や実施体制の整備も必要なので一挙に増やすのではなく、5年から10年くらいの年月をかけて増加させていくということになるであろう。

(国民に問いかけるべき国の将来像=グランドデザインの作成)その際、説得力を持って国民に問いかけるためには、今後10年から50年(地球環境等)程度を見通した上で、

政策で実現を目指している中長期的な国の将来像=グランドデザインを明らかにし、その実現のために必要とされる政策とその実施スケジュール、および必要となる増税の内容と規模及び実施のタイミングを示すことが望ましいやり方として考えられる。

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(作業の体制)

かつての経済企画庁+経済審議会で作成されていた経済計画がその作成体制も含めて一つのモデルとして想起されるが、必要な増税の内容までも含めたものとするためには、関係各省庁の主体的参加と総理や関係大臣の政治的なリーダーシップも不可欠なものとなるので、作成体制も含めてより包括的、総合的ものが必要とされよう。

(新しい政策と増税のセットを作成する作業のイメージ)2年程度をかけた大まかな作業の流れとしては次のようなものが頭に浮かぶ:今後10年から50年程度を見通した場合に施策の充実・拡充の必要性が明らかな分野(少子化対応、幼児教育、義務教育、高等教育、公的機関の研究開発、統計の整備、国土強靭化、地方創生に必要なインフラ整備、地球環境対策等々)について、所管省庁が主体となって実施すべき政策の内容と必要な費用(実施の期間、タイミングも含む)、および施策の効果について広く社会の知恵を集めて検討した上で、内閣府を中心としてそれらの政策の内容を精査し、政府として取りまとめを行う。一方で、財務省を中心に様々な税についてそのあり方を見直すとともに、増税を行う場合の増税の方法、税収への効果、経済的な影響等について検討してリストアップする。諸外国の状況も踏まえて日本において妥当な増税の目安を政府内で共有しておくことも必要かもしれない。準備が整ったところで両者を突き合わせ、日本の将来のグランドデザインを実現するための新しい政策と増税をセットにしたプログラムを作成し、政府として国民に訴えるという手順が考えられる。

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(3)金融政策における当面の低金利の維持と国債残高/GDP比が十分に低下した後での経済安定策としての金融政策の活用

1) 国債残高/GDP比が高いうちは(政策金利による)金融政策の活用は抑制=低金利の維持MMTは金利を通じた金融政策の有効性を否定しているが、戦後の日本の経験に照らせば有効に機能した

ケースも数多くあるので、筆者としては金利を通じた金融政策も経済安定化の重要なツールとして活用できる方が望ましいと考える。ただし、国債残高/GDP比が高い間は財政破綻=国債残高/GDP比の発散を避けるた

めにも政策金利は成長率よりもある程度以上低く設定せざるを得ず、金利を通じた金融政策の自由度は狭いものとならざるを得ない。いずれにしても金融政策運営の自由度を高めて総需要管理をより適切に行うことを可能とするためには国債残高/GDP比がある程度まで低くなることを待つ必要があろう。

2) 国債残高/GDP比がどの程度まで下がるまで待つべきかは要検討具体的に(日本銀行保有分を除く)国債残高/GDP比がどの程度のレベルまで下がる必要があるのか、関係

者間で政策金利引き上げの経済への効果、財政の持続可能性に与える影響等について認識のすり合わせが必要であり、 (日本銀行保有分を除く)国債残高/GDP比が十分に低下した後で、金融政策は財政政策と連携しながら経済安定のために運用することが適切であろう。

3)いずれにしても必要な政府と日本銀行間での出口戦略についての考えのすり合わせ

それまでの間は(インフレ目標が達成された後でもゼロ金利ないしそれに近い低金利を続ける等)、政策金利をできるだけ低く抑えておくことが適切であろう。 (MMTを導入する・しないは別にしても)現在の金融緩和の出

口政策について、政府と日本銀行間の考えのすり合わせは必要である。

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(4)本年10月の消費税率引き上げについて

MMT論者は日本の本年10月の消費税率引き上げについて反対しているが、これは消費税率引き上げを財政赤字縮小の目的で導入されたものとして捉えたもので、MMT論者としては当然の反応であろう。しかし上記で述べたように日本政府は経済再生の観点から歳出増を伴う政策で対応すべき課題を多く抱えておりそのための政策余地を大きくするという観点からは歓迎すべき措置である。ただし、引き上げに伴う歳出増の中身として今回の予算に見られるようなその場しのぎの景気対策的なものでは意味がない。また重要な課題への対応であっても政策の費用と効果を十分に検討し、様々な政策対応の中からプライオリティを明確にしたうえで行うべきである(今回の例でいえば、教育無償化の前に教育の供給体制の充実強化を図るべきであったと考える)。選挙受けを重視した政策では何のための増税かわからなくなる。上述したように日本経済が抱える課題を踏まえ長期的な視点に立って十分な検討を行った上で、その場しのぎではない本格的・恒常的な政策を実施すべきである。

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(補足:国債の実質金利を長期にわたりマイナスとしておくことへの抵抗感とプラスにできる可能性)現金ないし当座・普通預金の実質金利がマイナスであっても流動性を提供してくれるメリットもあるのでそれほど気にならないが、資産の保全手段としての定期預金、ないし長期国債の実質金利が長期にわたってマイナスということは、まさにインフレ税を課されていることであり、あまり納得のいく話ではない。ただし、このことについて希望の光がないわけではない。実質金利の水準がプラスであるためには名目金利がインフレ率より高くなければならないが、その条件で国債残高/GDP比が一定の以内に収まるためには基礎的財政収支が設定された条件に応じて十分に小さな赤字になっているか、ないし黒字化している必要がある。そうなる可能性が十分にあることが、 Wynne Godley and Marc Lavoie(2006)によって以下のようにして示されている:

非政府部門の貯蓄超過はその部門の金融資産蓄積意欲の現れである。また財政収支のGDP比は非政府部門の貯蓄超過のGDP比と表裏の関係にある。Wynne Godley and Marc Lavoie(2006)はこの点を明示的にモデル化して金利等と財政収支、基礎的財政収支及び公債残高のGDP比との関係を数値的に検討し、金利と成長率の差が小さい場合、ないしプラスの場合でも最終的には公債残高/GDP比は想定された条件に対応した一定の値に収束し発散しないこと、財政収支は赤字になるが基礎的財政収支は黒字化することを示した。この計算は家計部門の目標金融資産/可処分所得比が一定である等の単純な前提をおいているため直ちに現実の経済に適用することはできないが、家計部門、企業部門ともに対可処分所得比で金融資産を際限なく蓄積するとは考えにくい。つまりは、実質金利をマイナスにしなくてもよくなる状況が実現する可能性が十分にあることを示していると言えよう。

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(付論) Stephanie Keltonのクルーグマンへの反論の解説-金利と財政の持続可能性-

1.国債発行残高の推移式と財政の持続可能性国債発行残高の推移式は次式で表される:

𝐷𝑡 = 𝐵𝑡 + (1 + 𝑟𝑡)𝐷𝑡−1 (1)

Dは国債残高、Bは基礎的財政収支赤字、 rは名目国債金利、添え字のtは年を示している。残高は期末の値。(1)式の両辺をt期の名目GDPで割ると次の式が得られる:

𝑑𝑡 = 𝑏𝑡 +1+𝑟𝑡

1+𝑔𝑡𝑑𝑡−1 (2)

∆𝑑𝑡 = 𝑏𝑡 +𝑟𝑡−𝑔𝑡

1+𝑔𝑡𝑑𝑡−1 ≈ 𝑏𝑡 + (𝑟𝑡 − 𝑔𝑡)𝑑𝑡−1 (3) ➜

上記の(2)式のdは国債残高/GDP比、bは基礎的財政収支赤字のGDP比、 rは名目国債金利、 gは名目経済成長率、(3)式のΔは前年差を示している。

財政の持続可能性は国債残高/GDP比のdが発散するかどうかで判断できる。(2)式ないし(3)式から分かるように金利が成長率より高い場合、基礎的財政収支が均衡を続けても国債残高/GDP比は発散し、国債残高/GDP比を安定させるためには基礎的財政収支を黒字化させる必要がある。逆に金利が成長率より低い場合は基礎的財政収支が赤字の場合でも国債残高/GDP比は発散しない。

g>rの場合の国債残高/GDP比の均衡値d*は近似的に次式で表される:

𝑑∗ ≈𝑏

𝑔−𝑟(4)

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2.クルーグマンとKeltonの論争における金利と国債発行残高/GDP比の関係(1)クルーグマンの例通常の将来推計では金利>経済成長率が当然のこととして想定されており、(3)式が示すように基礎的財政収支が赤字である限り国債残高GDP比は際限なく上昇を続ける。国債残高GDP比をある水準で安定させるためには基礎的財政収支を必要なだけ黒字化させなければならない。クルーグマンの例のように金利-成長率が1.5%で国債残高GDP比が300%(つまり3倍)の場合、必要な基礎的財政収支黒字のGDP比4.5%となる。

(3)式 (クルーグマンの例) (Keltonの場合の一つの例)∆𝑑𝑡 ≈ 𝑏𝑡 + (𝑟𝑡 − 𝑔𝑡)𝑑𝑡−1 Δd=b+0.015×3=b+0.045 Δd=b-0.01×3=b-0.03

(2)Keltonの反論の背景一方、名目成長率が名目利子率より高ければ(3)式の右辺の第2項はマイナスになり、基礎的財政収支が赤字でものGDP比がそれほど大きくなければ金利を十分に下げることによって国債残高GDP比を前年と比べて低下させることができる。クルーグマンの例のように国債残高GDP比が300%(つまり3倍)の場合、金利を成長率より1%(2%)低くすれば、基礎的財政収支赤字のGDP比が3%(6%)の時に国債残高GDP比は安定し、それ以下であれば前年と比べて低下することになる。アメリカのCBO(議会予算局)によれば、2018年の連邦政府の基礎的財政収支/GDP比はおおよそ2%なので、この程度の値ならば増税も歳出削減もせずに国債残高/GDP比を安定ないし低下させることができる。

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(3)基礎的財政収支赤字のGDP比と成長率と利子率の差の組み合わせによる国債残高/GDP比の動きの違い:日本を念頭に置いた組み合わせ計算例

日本を念頭に置いて、基礎的財政収支赤字のGDP比と成長率と利子率の差の組み合わせによる国債残高/GDP比の動きの違いを見るために(3)式を使って計算した結果を付表2で示した。出発点の国債残高/GDP比を2(200%)として、名目利子率が名目成長率より高い場合と低い場合に分けて、その差と基礎的財政収支赤字のGDP比との組み合わせで50年後の国債残高/GDP比がどのような値になるのかを計算した。この表からも国債残高/GDP比の動きを考える上で、基礎的財政収支のみでなく利子率と成長率との大小関係の想定がいかに重要かが理解できる。

付表1 基礎的財政収支赤字のGDP比と成長率と利子率の差の組み合わせによる出発点で2(200%)であった国債残高/GDP比の50年後の値

基礎的財政収支赤字のGDP比 3% 2% 1% 0%

金利(r)と成長率(g)の大小 r>g r<g r>g r<g r>g r<g r>g r<g

金利と成長率の差

2% 7.9 1.7 7.1 1.4 6.8 1 5.4 0.7

1.5% 6.4 2 5.7 1.6 4.9 1.3 4.2 0.9

1% 5.2 2.4 4.6 2 3.9 1.6 3.3 1.2

0.5% 4.3 2.9 3.7 3.1 3.1 2 2.6 1.640

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(事例1)2018年4月の財政制度審議会財政制度分科会に提出された「我が国の財政に関する長期推計」(改訂版)における想定

2018年4月に財政制度審議会財政制度分科会に提出された「我が国の財政に関する長期推計」(改訂版)では、2060年度以降に国の債務残高GDP比を安定させるために必要な基礎的財政収支の恒久的な改善を2020年度に1回で行うためには、国・地方ベースでGDP比6.26%~7.19%の収支改善が必要とされているが、この計算の前提として2028年度以降の名目経済成長率が1.6%~3.4%、名目長期金利が3.8%~5.0%と想定されており、金利が成長率よりも2%ポイント前後高くなっている。金利・成長率格差に伴い必要となる収支改善幅として2.26%~3.38%ポイントが計上されていることから、金利が成長率より低くなれば財務省の計算による収支改善の必要幅もかなり小さくなると考えてよさそうである。

試算の背景にある2028年度以降の想定:

名目経済成長率 1.6%~3.4%名目長期金利 3.8%~5.0%

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(事例2)OECDの2019年対日経済審査報告書における財政バランスに関する長期試算

日本政府の楽観シナリオに基づいても2060年までに公債残高/GDP比を150%まで下げるには2025年度以降2035年までの10年間にGDP比で5%の更なる基礎的財政収支の黒字化が必要。黒字化の取り組みを10年遅らせれば以後10年間に必要な黒字化の大きさはGDP比で8.1%になる。なお、5%の基礎的財政収支の黒字化に必要な消費税率の引き上げ幅は10%である(毎年1%ずつ10年かけて実現)。

(筆者注)この試算は財政制度審議会財政制度分科会の「我が国の財政に関する長期推計」(改訂版)におけるものと同様の金利と成長率の想定をしており、金利の想定を下げることでかなり違った結果となる。

OECDの発想も財政健全化であり、この点では日本の財務省と同様のスタンス。

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3.国債金利と経済成長率の関係:過去のデータによる検証(1)アメリカのデータ

出所:Scott T. Fullwiler,

“The Debt Ratio and Sustainable Macroeconomic

Policy,” World Economic Review 7. 2016

1953年以降最近までの四半期データ

を用いて名目経済成長率と国債金利との比較を行った研究があり、1980年代から90年代の期間を除き、国債金利の

方が名目経済成長率より低かったという結果が得られている(付図1参照)。1980年代は当時のFRBのボルカー議長(1979-87年)がインフレ抑制を目指して高金

利をいとわない強力な金融引き締め政策をとった時期である。

付図1 戦後アメリカの経済成長率と国債金利の推移

3か月物及び10年物国債金利と名目経済成長率の差の8四半期移動平均値の推移

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付図2 国債利回りと名目経済成長率の推移、暦年、%

10年物国債流通利回り

名目GDP成長率

(2)日本のデータ日本のデータで見ると1960年代から1978年までは10年物の国債金利が経済成長率より低く、その後2012年までの期間、国債金利が経済成長率より高くなり、2013年の量的質的金融緩和以降再び国債金利が経済成長率より低くなっている。日本の場合も財務省等が主張するように、国債金利が成長率よりも高いことが正常な状態というわけではないことがわかる。

出所:国民経済計算、平成24年度経済財政年次報告、浜町SCI

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4.自国通貨を発行できる国の国債金利は財政赤字や国の債務残高ではなく金融政策で決まっている

(1)自国通貨を発行できる国の国債はデフォルトしない・・・Bond Vigilantesのストーリーは虚構

「国債残高が膨らめば国の将来の返済負担が膨らみある水準を超えると国債のデフォルトを恐れる投資家( Bond Vigilantes)による売りが殺到し、国債価格の暴落と金利の高騰が起こり国の財政は破たんする」という趣旨の話はよく聞かれる。しかし、変動相場制の下で自国通貨を発行できる国は、仮に多くの投資家がこの国の将来の税収では国債を償還できないからデフォルトすると考えて自国通貨建ての国債を売りに出しても、いくらでも必要なだけ通貨を発行して買い取ることができる。すなわち国が自らデフォルトしようと意図しない限りデフォルトは起こらず、国債金利の水準も維持できる。

(2)自国通貨を発行できる国の国債金利は金融政策で決まる実際、自国通貨を発行できる国の国債金利は国の債務残高や財政赤字とは関係なく金融政策でほとんど決まっていることが確認できる。国債金利も短期のものから長期のものまであり、満期が数か月から1年程度の短期のものは政策金利とほぼ同様に動くし、長期のものはその期間の政策金利の平均将来期待値に流動性プレミアム(期間プレミアム)が上乗せされるが、政策金利の動きとほぼ並行して動いている(もちろん将来期待とプレミアムの大きさが時々の状況で変動するので短期の国債金利ほどの一体感はないが)。

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付図3 アメリカの政策金利と国債金利、月次、%

FFrate

3か月物

1年物

10年物

出所:FRB

① アメリカの場合次の付図4はアメリカにおける月次ベースのFFレート(政策金利)と3か月物財務省証券、1年物及び10年物国債の利回りの推移をグラフ化しているが、FFレートと3か月物、および1年物国債がほぼ並行して動いていることが見て取れる。また(参考)は連邦政府の債務残高/GDP比が大幅に上昇している中で、10年物国債金利が低下していることを示している。

(参考) 連邦政府の債務残高/GDP比と10年物国債金利

出所:John Dinger ”Bond bull market shows modernmonetary theory may be new normal” 2019年7月31日Bloomberg

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② 日本の場合日本の政策金利と国債利回りの関係は次の付図4で見ることができるが、90年代以降1年物国債金利はほぼ政策金利と一体となって動いていること、10年物国債金利もほぼ政策金利と並行して動いていることがわかる。自国通貨を発行できる国の国債金利は財政赤字や国の債務残高ではなく金融政策で決まるとするMMTの主張の正しさがデータで示されていると言えよう。

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付図4 日本の政策金利と国債金利の推移、月次、%

1年物国債利回り

10年物国債利回り

公定歩合

無担保コールレート翌日物

2016年1月に導入された「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」及び同年9月に導入された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を受けて、2016年以降は10年物国債金利がほぼゼロ%前後の水準となっている。

90年代以降我が国の財政は大幅な赤字が続いて公債発行残高が猛烈な勢いで膨らみ、また小泉内閣以降の政府の基礎的財政収支黒字化目標も達成も何回にもわたって先延ばしされる中で国債金利は金融政策の流れに沿って低下を続けている。

出所:日本銀行「時系列統計データ検索サイト」、浜町SCI

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5. 財政の持続可能性に関する主流派マクロ経済学とMMTの基本的な違い

主流派マクロ経済学の「財政の持続可能性」に関する認識と主張はAbel et.al(1989)、Blanchard and Weil (1992)、Ball et.al(1998) 、麻生(2013)によっている。

(1)主流派マクロ経済学の認識と主張・・・先進国経済は動学的効率性の条件を満たしている

① 金利と経済成長率・・・安全資産(国債)の金利が経済成長率より低いことはあり得る

不確実性のある経済において動学的効率性が満たされている場合、リスク資産の収益率=資本の限界生産性は経済成長率よりも高いが、安全資産である国債の平均金利は経済成長率の平均値より低いこともあり得る。

<アメリカの名目経済成長率と国債金利の期間別平均値の比較、%>

出所: Ball et.al(1998)

② その場合でも、財政の持続可能性を確実に維持するためには基礎的財政収支の黒字が必要

その場合でも、基礎的財政収支をゼロに保って国債の利払いと残高の償還を新たな国債の発行によって賄うというポンジスキームは成立しない(国債残高/GDP比はいつか必ず発散する)。国債残高を抱える政府

が財政の持続可能性を維持するためにはそれなりの基礎的財政収支の黒字が必要である。

期間 名目経済成長率 1年物国債金利 国債の平均支払金利

1887-1992 5.9 4.3 4.0

1920-1992 6.5 4.2 4.8

1946-1992 7.4 5.3 5.8

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③ 前述の主流派マクロ経済学の主張の背景:

1)リスク資本にかかる金利は時々の資本の限界生産性であり、労働に対する資本の量が増えれば低下し、減れば上昇する。

2)安全資産である国債の金利は時々の資本の限界生産性の期待値からリスクプレミアム相当分を引いたものであり、時系列的には国債金利はリスク資本の限界生産性の期待値の変動に応じて変動する。

3)財政赤字は資本のクラウディングアウトをもたらし資本の量を減らしてその限界生産性を高め、次期以降の国債金利を引き上げる方向に作用する。国債金利が上がれば金利支払いが増えて財政赤字が膨らみより一層のクラウディングアウトを引き起こす。この過程が続けば国債金利は経済成長率を上回るようになる。

4)基礎的財政収支をゼロに保って国債の利払いと残高の償還を新たな国債の発行によって賄うというやり方の場合、3)で述べたことが続けば財政は破たんする。ただし、時間を区切って考えた場合(例えばこの先50年間)、確率的に起こる事象の状況いかんではこの過程が押しとどめられ、財政の破綻は避けられることもあり得る。

5)しかし動学的に効率的な経済においては時間を区切ったとしても発生する全ての事象において財政破綻が起こらないということはあり得ない。すなわち基礎的財政収支をゼロに保って国債の利払いと残高の償還を新たな国債の発行によって賄うというやり方ではたとえ時間を区切ったとしても財政はある確率で破綻する。

5)つまり、財政の持続可能性を確実に確保するためには基礎的財政収支の相応の黒字が必要である。

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(2)MMTの主張とその背景

MMTによれば、完全雇用を実現するために必要に応じて基礎的財政収支の赤字を続けた場合でも国債残高/GDP比ないし支払金利/GDP比を一定の水準以下にとどめることができる。その主張の背景には以下のような根拠がある:

① 金利は経済成長率より低く設定可能

安全資産である国債の金利は金融政策によって決められるものであり、経済成長率より低い水準に保つことができる。

② 財政収支は非政府部門の貯蓄超過の状況の反映財政収支は政府が外生的に決めるものではなく、非政府部門の貯蓄超過の状況によってきまるものである。完全雇用の状態で財政収支が赤字か黒字かはその状態で非政府部門が貯蓄超過かどうかによって決まり、財政収支から国債の支払金利分を除いた基礎的財政収支はその一環で決まる。

③ 発生しない民間資本のクラウディングアウト財政収支赤字が金利引き上げを通じて民間資本のクラウディングアウトを引き起こすことはない。

④ 財政収支の赤字が続いても財政の持続可能性は維持可能安全雇用を実現・維持するために財政収支及び基礎的財政収支の赤字を続ける必要がある場合でも、金融政策により国債金利を経済成長率より十分に低い水準に設定することで、国債残高/GDP比を一定の水準以下にとどめておくことができる。

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(3)主流派マクロ経済学とMMTの基本的な違い

① マクロ経済の需給均衡と財政の役割1)主流派 マクロ経済は賃金物価の硬直性がなければ自動均衡。特別の場合を除き財政の役割はない。2)MMT マクロ経済は自動均衡しない方が普通。完全雇用達成のために財政は重要な役割。

② 財政収支(ないし基礎的財政収支)の決まり方1)主流派 基礎的財政収支は政府が決定。財政の通時的予算制約を守らなければ債務不履行に陥る。2)MMT 財政収支(ないし基礎的財政収支)は非政府部門の貯蓄超過の状況を反映して決まるもの。赤字

が続いても政府が債務不履行に陥ることはあり得ない。

③ 金利の決まり方1)主流派 金利の基本は資本の限界生産性。動学的に効率的な経済では金利=資本の限界生産性は経済

成長率以上の水準。安全資産である国債の金利は民間資本の期待利子率からリスクプレミアム相当分を引いたもの。ただし、時々には市場の期待に応じて大きく変動する。

2)MMT 金利は基本的に金融政策によって決まる。長期国債の金利は政策金利の将来にわたる期待値の

平均にタームプレミアムを加えたもの。国債金利の水準を経済成長率以下に設定できる。

④ 財政赤字に伴うクラウディングアウトの有無1)主流派 財政赤字は貯蓄のうちの資本に回せる分を減らし、金利の上昇とクラウディングアウトを起こす。

2)MMT 財政収支が赤字であってもそれは民間部門の投資が決まった後の貯蓄投資バランスを反映したもの。クラウディングアウトを起こすものではなく、クラウディングインを起こすと考える方が素直。

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6.政策金利の引き上げは需要抑制的か拡大的か・・・MMTの考え方

MMT論者は金利の変更を通じた総需要管理政策に懐疑的である。例えばStephanie Keltonがクルーグマンへの反論の中で、国債残高のGDP比が300%の状況で金利を上げればインフレを悪化させるという認識を表明しており、Randall Wrayは自らのモデル・シミュレーション結果を踏まえ、様々な機会に国債残高/GDP比が60%を超えれば利上げは総需要拡大の効果を持つという考えを述べている。この背景には以下のような認識がある:① 政府の国債残高は非政府部門の資産から負債を引いたネットの金融資産残高に対応する② 政府の金利支払いは非政府部門の可処分所得になり、国債残高が大きい場合、金利引き上げの可処分所得を増加させる程度は大きくなり、支出に与える影響も大きい

③ 一方、設備投資等の様々な支出の利子感応度は状況によって違い、必ずしもそれほど大きくはない。④ 従って非政府部門のネットの金融資産残高がある水準以上に大きくなれば、金利の引き上げは総需要

を増加させる方向に働く

日本の場合、内閣府経済社会総合研究所の短期日本経済マクロ計量モデル(2015年版)のシミュレーションによると政策金利の1%の引き上げの2年目の効果は個人消費を0.22%引き上げる一方、設備投資を▲3.23%引き下げるなどのマイナス効果の方が大きく、全体でGDPを▲0.26%引き下げるとしている。

大きさはともかく、方向的にはこうした認識が一般的とは思われるが、バブル崩壊後の設備投資の金利感応度の低さを考慮すると、本稿の筆者としてはMMTの考え方を一概に否定する気にはならない(次ページの日本の家計部門の純金融資産残高と受取金利の推移も参照)。なお、FTPL(物価水準の財政理論)では財政が非リカーディアンの時、金融がインフレに対してテイラールールに従って利上げで対応するとハイパーインフレになるとしている。

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付図5 家計部門の金融資産(ネット)/GDP比と受取利子(ネット)/GDP比の推移、%

家計の金融資産/GDP比(ネット)、左目盛

受取利子(ネット)/GDP、右目盛

平均預金金利(新規)、右目盛

出所:日本銀行「資金循環表」、「時系列統計検索サイト」、内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算」

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・企業の期待成長率と設備投資/GDP比率の密接な関係

・企業の期待成長率を使用した設備投資関数の推計

𝐼𝑡

𝑌𝑡−1= 14.2 + 1.13𝑔𝑡−1

𝑒3 − 0.046𝐷𝐼𝑡−1 + 2.7𝐷88−91 (1)

(57.7) (11.2) (-3.9) (9.9)R2=0.957、DW=1.35 推計期間 1988-2017年

R2は自由度修正済み決定係数、DWはダービンワトソン比、( )内はt値。

(1)式で使用したデータは以下の通り:It :t期の民間企業設備投資(暦年、名目値)Yt-1:t-1期の名目GDP(暦年)

𝐼𝑡

𝑌𝑡−1は%表示。

𝑔𝑡−1𝑒3 :内閣府「企業行動アンケート調査」によるt-1期末時点の今後3年間の

業界の実質成長率見通し、全産業、%𝐷𝐼𝑡−1 : 「日銀短観」のt-1期時点における生産・営業用設備の過不足判断DI、

全産業、 90年以前は製造業の過不足判断DIで遡及させたD88-91: バブルダミー、1988年~1991年は1、他の年は0

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(1)式の実績と推計値、%

実績

推計値

-0.50.00.51.01.52.02.53.03.54.04.55.05.56.0

13.014.015.016.017.018.019.020.021.022.023.0

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企業の期待成長率と設備投資/GDP比率の関係、%

民間企業設備投資/GDP(-1,暦年)

企業の業界期待成長率(今後3年)

(補足)企業の設備投資/GDP比の大幅な減少とその要因・・・設備投資の利子弾力性はそれほど大きくないかもしれない

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(参考1)日本経済の現状

(1)低い潜在成長率の下で総需要の緩やかな回復が続き、経済はほぼ完全雇用に近い状態

2018/2012の年平均伸び率

実質GDP 1.1%

就業者数 1.0%

生産年齢人口 ▲1.1%

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実質GDPと就業者の推移

実質GDP、兆円、左目盛

就業者数、万人、右目盛

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生産年齢人口1.63

0.000.200.400.600.801.001.201.401.601.80

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有効求人倍率

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失業率

出所:内閣府「国民経済計算」

出所:総務省「労働力調査」

出所:総務省「労働力調査」

出所:厚生労働省「一般職業紹介状況」

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(2) 総需要の回復にはサービスを中心とする輸出の増加と設備投資の緩やかな拡大等が寄与

<2018/2012年の実質GDPの年平均伸び率と各項目の寄与度、%>

GDP民間最終消費支出

民間住宅投資

民間企業設備投資

公的需要 輸出合計 財貨輸出サービス輸出

年平均伸び率 1.1 0.4 0.7 3.1 0.9 4.1 2.7 12.1

寄与度 - 0.3 0.0 0.5 0.2 0.6- -

(注)輸出の内訳は2017年までの年平均

(参考)1990年代半ば以降、内需が低迷する中で日本経済を動かしている原動力は輸出

0

10,000

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30,000

40,000

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60,000

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18

実質GDPと輸出の動き、10億円

GDP(左目盛り)

輸出(右目盛り)

出所:内閣府「国民経済計算」

出所:内閣府「国民経済計算」 56

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(3) 緩やかな回復の継続に伴いこれまでなかなか上がらなかった賃金と物価も今後は上昇基調を強める可能性もあろう

57

(賃金)

失業率

所定内給与前年度比

<今後の失業率の動向と賃金の動向>

生産年齢人口が減少する一方で、高齢者の増加による医療・介護需要の増加と財・サービス輸出の増加という外生的な需要が増加し、労働需給はひっ迫を続けている。

生産年齢人口が1%強の率で減少する中で、今後とも1%前後の経済成長率が続けば失業率はさらに下がり、2%台初めまで低下する可能性がある。

そうなった場合、従来の失業率と賃金の関係に照らせば、賃金上昇率が3%程度にまで上昇することもありえよう(来年ないし再来年の春闘)。そうなれば2%のインフレ目標が達成される条件が整うことになる。ただし、賃金が上がりにくい状況は欧米でも観測されており、また今後の世界経済への懸念もあり楽観はできない。

2018

-2.0

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1.0

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0 1 2 3 4 5 6

1-3月期の失業率と翌年度の所定内給与の伸び率

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春闘賃上げ率と所定内給与前年度比の推移

春闘賃上げ率

所定内給与 前年度比

出所:総務省「労働力調査」、 厚生労働省「毎月勤労統計調査」出所:厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」、「毎月勤労統計調査」

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(物価)

CPI = −0.69 + 0.471 W + 0.209 CP11 + 0.015Pm2,3+0.017Pc0,1D84-08+0.084Pc0,1D0909-18+0.57R (1)(-5.8) (12.9) (7.7) (4.6) (1.9) (8.1) (4.4)

R2=0.980, DW=1.66、推計期間 1984年度~2018年度R2は自由度修正済み決定係数、DWはダービン・ワトソン比、( )内はt値である。

この推計式で使用した変数は以下の通り:CPI:食料、エネルギーを除く消費者物価総合の前年度比(消費税の影響は調整済み)、%W : 所定内給与、就業形態計、全産業、前年度比、% W : 0.75W+0.25W-1、%

CP11:消費者物価指数総合前年度比の過去11年間の平均、%(期待インフレの代理変数)Pm2,3:輸入投入コストの2年前と3年前の前年度比の平均、%Pc0,1:輸入消費財価格の当該年と1年前の前年比の平均、%D84-08:1984年度~2008年度=1、それ以降ゼロのダミーD0909-18:2009年度~2018年度=1、それ以前ゼロのダミーR:有効求人倍率(暦年)

<消費者物価の推計式>

58

(1)式を使ってCPIの上昇率が2%になるために必要な賃金

上昇率を計算すると、期待インフレ、輸入物価ともに2%で上昇するとの前提で、おおむね3%となる。

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CPI(食料とエネルギーを除く総合)、前年度比、%

実績

推計値

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(参考2) 国際比較による日本政府の規模の検証と日本経済再興のために歳出増が必要な政策課題の例

(1) 政府の活動の基礎となる雇用者数でみた日本政府の規模は極端に小さい

12.6

48.7 53.1

22.39.9

42.2

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69.6 73.9

0

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日本 イギリス フランス ドイツ アメリカ

人口千人当たり公務員数

国家公務員 地方公務員 合計

出所:野村総合研究所「公務員数の国際比較に関する調査報告書」(2005年11月)

出所:OECD「Government at a Glance 2017」

18.1

5.9

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0

ノルウェー

デンマーク

スウェーデン

フィンランド

エストニア

ハンガリー

フランス

リトビア

イスラエル

スロヴァキア

ベルギー

カナダ

OEC

D平均

ギリシャ

スロヴェニア

イギリス

チェコ

オーストリア

スペイン

アメリカ

ポルトガル

アイルランド

イタリア

オランダ

トルコ

ルクセンブルグ

ドイツ

チリ

韓国

日本

全雇用者数に対する一般政府の雇用者比率、% 2015年

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60

(注書き)上記の日本のデータは2004年時点のもので、国の統計職員数6272人のうち4351人は農水省の地方支分部局の職員。2018年現在では国の統計職員数は1940人、そのうち486人は地方支分部局の職員であり、本省職員は1454人。他の国については、アメリカ2005年、イギリス1997年、フランス2001年、ドイツとカナダ2004年当時のデータ。

日本の政府の職員数の少なさの一つの事例:統計担当職員数の国際比較

出所:内閣府資料「主要国の統計制度及び統計組織について」(2005年12月27日)。2018年の数値は総務省「我が国の統計機構」による。

2018年現在、1940人(うち本省1454人)

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61

① 公的教育費支出のGDP比(2014)はOECD諸国の中で最低

出所:OECD Education at a Glance 2017

(2) 日本経済再興のために歳出増が必要な政策課題の例:公的教育研究支出

4.4

3.2

0.0

1.0

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Jap

an

教育への公的支出(2014)、GDP比、%

幼児教育から高等教育までを含めた教育全体に対する公的支出のGDP比を国際比較してみると、2014年時点で日本は3.2%とOECD諸国中最低である。OECD平均4.4%との差は1.2%ポイントであり、GDPを530兆円とすると6.4兆円に相当。

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62

② 高等教育に対する公的支出の規模も非常に小さい

出所:OECD Education at a Glance 2017

1.1

0.5

0.00.20.40.60.81.01.21.41.61.82.0

フィンランド

エストニア

オーストリア

ノルウェー

デンマーク

スウェーデン

ベルギー

トルコ

リトアニア

カナダ

オランダ

フランス

ポーランド

アイスランド

ラトビア

OEC

D平均

ドイツ

メキシコ

韓国

チェコ

スロベニア

アメリカ

ニュージーランド

すペイン

ポルトガル

イスラエル

スロバキア

アイルランド

イタリア

オーストラリア

ハンガリー

イギリス

日本

ルクセンブルグ

高等教育に対する公的支出のGDP比、%、2014

大学を含む高等教育機関に対する公的支出のGDP比も日本は際立って低く、0.5%とOECD諸国中ほぼ最低であり、OECD平均の1.1%より0.6%ポイント低い。GDPの規模を530兆円とするとおおよそ3兆円に相当。

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63

③ 世界の流れに遅れをとる日本の大学等における近年の教育研究活動

大学等に対する公的支出の相対的な小ささに加え、国立大学法人化以降の日本政府の予算措置もあって、近年、日本の大学等における研究教育活動は世界の流れに取り残されつつある。

1) 研究論文数の停滞と世界的に見た日本の論文の質の低下・世界の各国が大学等での研究論文数を毎年増加させているのに対し、我が国では2000年代前半以降、研究論文数が減少に転じている。・論文の質の低下も著しく、研究者による引用数でトップ10%に入る論文数の世界ランクは大きく下がり、論文数のシェアも大幅に低下。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

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0.0

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1.2

1.4

日本

アメリカ

ドイツ

トップ10%論文の日本の世界シェア(右目盛)

< 主要国の論文数(分数法、2000年=1)と引用数トップ10%論文の日本の世界シェア(%)>

(備考)データは3年移動平均。なお図では示さなかったが他の先進国もアメリカやドイツと同様のペースで論文数を増やしており、中国の論文数は2000年から2015年までの間におよそ10倍になっている。出所:村上昭義、伊神正貫「科学研究のベンチマーキング2017-論文で見る世界の研究活動の変化と日本の状況―」

Page 64: MMTをめぐる議論と今後の財政運営のあり方kiip.or.jp/societystudy/doc/kokusai/kokusaiseiji-S...11 2.MMTに対する批判とMMT側の反論 (1)MMTに対する代表的な批判

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2) 日本の大学の世界ランキングの低迷大学を様々な角度から総合的に評価したイギリスの教育専門誌THE(Times Higher Education)による世界の大学ランキングによれば、日本の大学が200位以内に2009年までは10~11校、2014年までは5校入っていたが、2015年以降は東大(2018年の順位42位)と京大(同65位)の2校のみとなっている。

200位以内にランクインした大学の数は国別にみて1位がアメリカの60校、2位がイギリスの29校、3位がドイツの23校、4位オランダの12校、5位がオーストラリア9校、6位が中国とスイスの7校となっており、香港と韓国はそれぞれ5校である。日本は中国のみならず、香港、韓国の後塵を拝している。

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2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

THE 世界大学ランキング

200位以内の日本の大学数の推移

THE 世界大学ランキング国別にみた200位以内の大学数(2018年)

ランキング 国 大学数

1 アメリカ 602 イギリス 293 ドイツ 234 オランダ 125 オーストラリア 96 スイス 76 中国 7

香港 5韓国 5

シンガポール 2日本 2

出所:各年のTHE-World University Rankings