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修士論文
非クラマース2重項における八極子揺らぎ効果とNMRの理論
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
柴田 孝
平成 18年
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目次
第 1章 序論 51.1 研究の背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 51.2 研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 61.3 核磁気共鳴について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7
第 2章 線形応答理論 92.1 応答関数、緩和関数、複素感受率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 92.2 久保公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 102.3 揺動散逸定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 122.4 一般化されたランジュバン方程式と森公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
第 3章 多極子(Multipole) 173.1 多重極展開 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 173.2 Wigner-Eckartの定理と Stevensの等価演算子法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 183.3 結晶場ポテンシャル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
第 4章 PrAg2In, PrMg 3 204.1 PrAg2In, PrMg3の基礎物性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 204.2 Pr3+の結晶場固有状態 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23
第 5章 核磁気緩和時間 255.1 核磁気と伝導電子の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 255.2 核磁気と局在磁気モーメントの相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 285.3 理論と実験結果の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 315.4 核磁気と磁気八極子の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 335.5 核磁気と磁気八極子の相互作用を含めた理論
と実験結果の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35
第 6章 局在電子のエネルギー線幅の温度依存性 386.1 局在スピンの揺らぎ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 386.2 実験結果との比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 406.3 Γ3の分裂を考慮した場合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43
第 7章 結論 447.1 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 447.2 今後の課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44
4
付録 A 森公式で使う公式の導出 45
付録 B Korringa 則の補足 47
付録C 超微細相互作用定数 49
付録D 縦緩和率の磁場依存性 50
付録 E 多極子間の相互作用の計算 52
謝辞 58
5
第1章 序論
1.1 研究の背景希土類、アクチナイド系の原子は、f軌道という角運動量が大きく半径の小さい軌道に閉
殻にならない半端な電子を持っている。一般にこれをf電子という。f電子はよく局在していて軌道間相互作用よりも結晶場の影響を強く受ける。そのため、f電子系化合物には低温まで軌道縮退やクラマース縮退が存在して磁気秩序やヤーン=テラー (Jahn=Teller)効果を起こすものがある。Kramersの定理 [22]では、電子が奇数個の場合、電子スピンの和はどうやってもゼロにならないので、その基底状態にはスピンのアップとダウンの縮退、即ち時間反転の縮退が必ず残ることが示されている。クラマース縮退というのはKramersの定理で示される時間反転の縮退のことである。 近年、注目されているCeB6は Γ8基底で軌道縮退とクラマース縮退を合わせた四重縮退を持つ。このため、磁場や温度によって反強磁性(Antiferromagnetism略して AF)になったり、反強四極子(Antiferroquadrupolar略して AFQ)秩序になったりと、特異な相図を作ることが研究されてきた。[23] 四極子秩序は重い電子系の物質と関連して、最近注目を集めており、Coxの提唱する四極子の自由度による近藤効果(四重極近藤効果)[15]は興味を持たれている。また、CeB6のCeを Laで希釈したCe1−xLaxB6で指摘される八極子秩序の可能性も議論がなされている。 非クラマース縮退の Γ3は、Γ8と違って非磁性であるため、四極子と八極子の自由度による物性への影響がよりはっきり見られると考えられる。ゆえに、本研究では非クラマース縮退の Γ3を基底状態にもつ物質に着目している。Γ3を基底に持つ物質は PrPb3、PrPtBi、UNiSnなど [23]いくつかある。中でも立方晶のPrAg2Inは理想的である。なぜなら、PrAg2Inは結晶構造が単純で、磁気モーメントを持つクラマース縮退が 70[K]近い高温まで離れていて、励起状態の磁気モーメントの効果が低温でほとんど現れないからである。また、PrMg3も立方晶で PrAg2Inに近い物性を示している。PrAg2Inと PrMg3は最後の縮退のエントロピーがどのように失われるか分かっていない。 谷田・高木らはPrAg2In[1]とPrMg3[2]について実験を行っているが、中でもPrAg2InにおけるNMRを用いた核磁気の緩和時間の実験結果は興味深いものであった。PrAg2Inは非クラマース基底であるため、従来の理論によれば、低温で磁気揺らぎが小さくなる。それに連れて、核磁気緩和率も小さくなるはずである。しかし、実際にはあまり小さくならなかった。それどころか、Ag核における核磁気緩和率は温度が下がるほど増大する傾向さえ見られた。
6 第 1章 序論
1.2 研究の目的本研究の目的は、重い電子など固体中の量子的な現象と多極子の自由度との関係を研究す
るための新たな知見を得ることである。そのために、谷田・高木らの PrAg2Inにおける核磁気緩和率の実験結果がこれまでの理論と顕著に違う原因を解明し、非クラマース縮退の Γ3基底とどのように関係するかを解くことは一つの重要な目標である。
本論文の構成であるが、まず、NMRについて簡単に説明する。第二章では線形応答理論について説明する。第三章では多極子について簡単に説明する。第四章では研究の対象である非クラマース2重項の物質 PrAg2Inと PrMg3の物性とNMRの実験結果について述べる。第四章までの話は現在までに行われてきた研究のレビューであり、第五章以降の本研究を円滑に説明するための準備である。第五章では八極子揺らぎ効果を考えた場合のNMRの理論と実験結果の比較、第六章スペクトル幅の温度依存性を考慮したときの計算の違いについて述べる。第七章では研究のまとめと課題について述べる。
1.3. 核磁気共鳴について 7
1.3 核磁気共鳴について核磁気共鳴はNMR(nuclear magnetic resonance)と略称されて現在さまざまな研究に用い
られている。核磁気共鳴は、静磁場のもとで原子核のもつ磁気モーメントの固有振動数と電磁波の振動数の共鳴を観測することである。このような磁気モーメントの固有振動数との共鳴を利用するものを共鳴法といい、他に電子常磁性共鳴(electron paramagnetic resonance略して EPR、ESRとも書く),核四重極共鳴(nuclear quadrupole resonance略してNQR)などがある。NMR(他の共鳴法もそうだが)の利点は問題にしようとする寄与がマクロな物理量(例えば全磁化率)の中で小さいものであっても、それだけを取り出せることにある。例えば、鉄のような電子による強磁性が支配的な中でも核の弱い常磁性を観測できる。NMRは正確かつ詳細な磁性に関する知見を得ることができるのである。また、原子核の種類やその周辺の配位により固有振動数が違うので、有機化学や生化学では複雑な分子の同定や構造決定に応用されている。医学の分野にも磁気共鳴映像法(MRI)として応用されていて人体の構造を3次元的に描写することを可能にした。[19],[24]核磁気共鳴の理論について簡単に説明する。
まず、磁気モーメント µおよび角運動量 ~I を持つ一個の原子核について考える。これらは
µ = γN~I (1.1)
という関係で結ばれる。ここで、γN(= gIµN/~)は核の磁気回転比である。外部磁場Bを加えたときの相互作用エネルギーは
U = −µ · B (1.2)
であり、B = B0zとすれば、
U = −γN~B0Iz (1.3)
となる。Izは量子力学からの要請で Iz = I , I − 1, · · · ,−I のように離散的な値をとる。この結果、磁場中で原子核は 2I + 1個のエネルギー準位を持つことになる。各準位のエネルギー差は γN~B0であるから、電磁波のエネルギーを ~ω0とすると
ω0 = γNB0 (1.4)
を満たすとき、共鳴吸収が起こる。系の磁気モーメントの時間変化は、U = H とするとHisenberg方程式から
dIx
dt=
i~
[H , Ix]
= γNB0Iy (1.5)
同様に
dIydt
= −γNB0Ix (1.6)
dIzdt
= 0 (1.7)
8 第 1章 序論
これらをベクトルで一般的に表現すると
dIdt
= I × γNB (1.8)
この結果、磁気モーメントの運動方程式が得られる。
d〈µ〉dt
= 〈µ〉 × γNB (1.9)
これは古典的に磁気モーメントに働くトルクを考えても同じである。この式は独立な磁気モーメントの式であり、固体中での実際的な問題を考えると磁化の変化の効果がない。つまり、z
方向に磁場を加えても歳差運動をするだけである。磁化の z成分が変化するためには外部との相互作用によりエネルギーをやりとりする必要がある。このことを定性的に考えた運動方程式をブロッホ方程式(Bloch equation)という。全磁気モーメントをM とし、熱平衡のときに Mz = M0であるとすると
dMz
dt= γN(M × B)z +
M0 − Mz
T1(1.10)
よく用いられる記号T1は、縦緩和時間 (longitudinal relaxation time)またはスピン-格子緩和時間 (spin-lattice relaxation time)と呼ばれる。また、外部磁場に垂直な成分は均一化してゼロに収束する。
dMx
dt= γN(M × B)x − Mx
T2(1.11)
dMy
dt= γN(M × B)y −
My
T2(1.12)
この緩和時間はT1と異なるので別の記号T2が用いられる。T2は横緩和時間 (transverse relax-ation time)と呼ばれる。
9
第2章 線形応答理論
ある平衡状態の系に外力を加えて非平衡状態にすると、系は平衡状態に戻ろうとして何らかの応答を示す。例えば、電気伝導度 σの金属に電圧 Eを加えると、J = σEに従って電流 Jが流れる。外力が十分小さければ、すなわち系の平衡状態からのずれが十分小さければ、その応答は単純な線型方程式で書くことができる。このような場合の理論を線形応答理論といい、電気伝導度、熱伝導度、核磁気共鳴、光電子分光などさまざまな実験を理解するうえで重要な役割を持っている。([17],[18])
2.1 応答関数、緩和関数、複素感受率電場、磁場、圧力などをまとめて一般的な力として Fで表し、これに対する応答である電
流、磁化、体積変化などをまとめて一般的な変位として ∆Bと書くとき、線形応答の関係は
∆B(t) =
∫ t
−∞dt′Φ(t − t
′)F(t
′) (2.1)
と書くことができる。これはある時刻 t′に加えられた力に対して ∆Bはすぐに変化せず、時
刻 tになってから影響が出るという効果を因果的に可能な全ての t′に関して足し合わせたと
いうことである。つまり、∆Bはそれまでの遅れを含めた応答である。ここでΦ(t)は応答関数 (response function)と呼ばれる。仮に遅れが全くない場合、Φ(t) ∝ δ(t)と書けて、∆B ∝ F(t)となり両者は連動する。また、外力によって塑性変形を起こさないとすれば
limt→+∞
Φ(t) = 0 (2.2)
を満たす。次に緩和関数(relaxation function)Ψ(t)を定義する。意味は系に継続して加えられていた
力がある時刻 t′で消失したとき、本来の平衡状態への変化を表す関数である。すなわち、(2.1)
式にF(t) = θ(−t)と大きさ1の階段関数で表した外力を用いたときの変位である。ただし、変位の原点は F = 0のときの変位とする。
Ψ(t) ≡∫ t
−∞dt′Φ(t − t
′)θ(t
′)
= −∫ 0
∞dsΦ(s)θ(s− t)
=
∫ ∞
tdsΦ(s) (2.3)
10 第 2章 線形応答理論
(2.2)式と (2.3)式から
Φ(t) = −dΨ(t)dt
(2.4)
limt→+∞
Ψ(t) = 0 (2.5)
また、(2.1)式をフーリエ変換すると扱いやすい形が得られる。
∆B(ω) = χ(ω)F(ω) (2.6)
χ(ω) ≡∫ ∞
0dteiωtΦ(t) (2.7)
χ(ω)は複素アドミッタンス、あるいは複素感受率(susceptibility)と呼ばれる。
2.2 久保公式応答関数Φ,緩和関数Ψ,複素感受率 χを量子力学的に考察する。すなわち、各物理量は
微視的な状態における値を分布の重みにしたがって平均した値として考える。
B = Tr(ρ(t)B) =∑
s
〈s | ρ(t)B | s〉 (2.8)
ここで、ρ(t)は密度行列であり、平衡状態では ρeq = e−βH/Tre−βH で定義される。β = 1/kBTである。ρeqはその定義から時間変化しない。一般の状態も系の状態 | s〉の完全系を用いて行列の形
ρ(t) =∑
s
| s〉Ps〈s | (2.9)
と書ける。このPsは時間に依らず、状態の方が時間変化する。シュレディンガー方程式より、
i~∂
∂t| s〉 = H | s〉, −i~
∂
∂t〈s |= 〈s | H (2.10)
を用いると、
i~∂ρ(t)∂t
= [H , ρ(t)] (2.11)
となる。(2.11)式はノイマン (Neumann)の式とよばれる。この式に ρeqを代入するとHと ρeq
は可換なので時間変化していないことが確かめられる。ここでは時間に依存する摂動がある場合を考える。
H = H0 +H1(t), ρ(t) = ρeq + ρ1(t) (2.12)
ここで、ρeqはH0の平衡状態である。このとき、ρ(t)の運動方程式は
i~∂ρ(t)∂t
= [H0 +H1(t), ρeq + ρ1(t)]
⇒ i~∂ρ1(t)∂t
' [H0, ρ1(t)] + [H1(t), ρeq]
2.2. 久保公式 11
ただしH1(t)は小さいとして、その一次までを考慮するものとした。この ρ1(t)に関する微分方程式の解は
ρ1(t) =1i~
∫ t
−∞dt′e−iH0(t−t
′)/~[H1(t
′), ρeq]e
iH0(t−t′)/~ (2.13)
で与えられる。摂動項を
H1(t) = −F(t) · A (2.14)
のように書ける場合を考える。ここで一般化された力 F(t)とそれに応じた変位や流れAは共役な関係であるという。一般に共役な関係ではその内積がエネルギーになる。外力によって生じる変位や流れは共役な関係のものだけに限らないが、共役な関係のものがもっとも影響を受ける。また、Aは演算子でよいが、F(t)は c数(普通の数のこと)であるとする。(2.8)式から (2.13)式を使って変位 Bの時間変化を考える。
B(t) = Tr(ρeqB) +1i~
∫ t
−∞dt′Tr
(e−iH0(t−t
′)/~[H1(t
′), ρeq]e
iH0(t−t′)/~B
)
∆B(t) =1i~
∫ t
−∞dt′Tr([H1(t
′), ρeq]B(t − t
′))
= − 1i~
∫ t
−∞dt′Tr([F(t
′)A, ρeq]B(t − t
′))
ここで Bは Aと同じでも同じでなくても良い。∆B ≡ B(t) − 〈B〉である。〈B〉は摂動のないときの平衡状態の期待値である。また、B(t) = eiH0t/~Be−iH0t/~とし、Tr(ABC) =Tr(BCA)というトレースの性質を使った。応答関数の定義である(2.1)式と比べると、
Φ(t − t′) = −Tr
( 1i~
[A, ρeq]B(t − t′))
(2.15)
ここで変位 Aと共役な力を FAとすると、この応答関数Φは力 FAによって生じた変位 Bの応答を測るものなので、以下ではあからさまにΦBAと書くことにする。トレースの性質より
ΦBA(t) = − 1i~
Tr
(AρeqB(t)
) − Tr(ρeqAB(t)
)
= − 1i~
Tr
(ρeqB(t)A(0)
) − Tr(ρeqA(0)B(t)
)
= − 1i~
⟨[B(t),A(0)]
⟩(2.16)
ΦABのフーリエ変換した複素感受率も同様に χAB(ω)として次のように表現できる。因果律より t > 0とした。
χBA(ω) =i~
∫ ∞
0dteiωt 〈[B(t),A(0)]〉 (2.17)
これを久保公式という。
12 第 2章 線形応答理論
2.3 揺動散逸定理線形近似の範囲では、系が熱平衡状態から少し外れたときの応答の様子は、熱平衡状態にお
ける物理量の時間変化(揺らぎと同じ)から計算することができる。別の言い方をすれば、「外場から与えられたエネルギーが系の内部の熱運動となり散逸してしまう様子を表現すること」は「外場がないときの系の熱的揺らぎの様子を表現すること」と基本的に同じである、ということを線形応答理論では示すことができる。これを「揺動散逸定理(fluctuation-dissipationtheorem)」という。[21]以下では後の計算に必要となる、揺動散逸定理の代表的な式のみ計算する。[17],[22]
自己相関関数 〈A(t)B(0)〉のフーリエ変換CAB(ω)を導入する。(CAB(ω)は動的相関関数とも呼ばれる)
CAB(ω) ≡∫ ∞
−∞dteiωt〈A(t)B(0)〉 =
∫ ∞
−∞dte−iωt〈A(0)B(t)〉 (2.18)
ただし、時間の並進対称性を仮定した。つまり、演算子の時間依存性には熱平衡のときのHしか含まれていない。これを次のように変形する。
CAB(ω) =
∫ ∞
0dteiωt〈A(t)B(0)〉 +
∫ 0
−∞dteiωt〈A(t)B(0)〉
=
∫ ∞
0dteiωt〈A(t)B(0)〉 +
∫ ∞
0dt′e−iωt
′ 〈A(−t′)B(0)〉
=
∫ ∞
0dteiωt〈A(t)B(0)〉 +
∫ ∞
0dt′e−iωt
′ 〈A(0)B(t′)〉 (2.19)
同様に
CBA(−ω) =
∫ ∞
0dte−iωt〈B(t)A(0)〉 +
∫ ∞
0dt′eiωt
′ 〈B(0)A(t′)〉 (2.20)
ここから、2つの差をとると、
CAB(ω) −CBA(−ω) =
∫ ∞
0dteiωt〈A(t)B(0)− B(0)A(t)〉 −
∫ ∞
0dte−iωt〈B(t)A(0)− A(0)B(t)〉
=
∫ ∞
0dteiωt〈[A(t), B(0)]〉 −
∫ ∞
0dte−iωt〈[B(t),A(0)]〉 (2.21)
ここで、(2.17)式の久保公式と後で証明するCBA(−ω) = e−β~ωCAB(ω)という関係を利用すると、
(2.21) ⇔ CAB(ω)(1− e−β~ω) = −i~(χAB(ω) − χBA(−ω)) (2.22)
また、χ∗AB(ω)は χAB(ω)の複素共役で χ∗AB(ω) = χA†B†(−ω) という関係を使う。これは久保公式から簡単に示せる。ここでは A,Bがスピンの昇降演算子のような場合を想定しているのでA† = Bである場合を考える。ただし、A†は Aのエルミート共役な演算子である。
(2.22) ⇔ CAB(ω)(1− e−β~ω) = −i~(χAB(ω) − χBA(−ω))
⇔ CAB(ω) =−i~
1− e−β~ω(χAB(ω) − χ∗B†A†(ω))
=−i~
1− e−β~ω(χAB(ω) − χ∗AB(ω))
=2~
1− e−β~ωImχAB(ω) (2.23)
2.3. 揺動散逸定理 13
結局、得られた式は ∫ ∞
−∞dteiωt〈A(t)B(0)〉 =
2~1− e−β~ω
ImχAB(ω) (2.24)
である。左辺が熱平衡のときの揺らぎで右辺が外場から得たエネルギーの散逸に相当する。また、左辺を対称化するには、CAB(ω)のところをCBA(−ω)にして
CBA(−ω) =2~e−β~ω
1− e−β~ωImχAB(ω) (2.25)
とすれば
12(CAB(ω) + CBA(−ω)
)=
~(1 + e−β~ω)1− e−β~ω
ImχAB(ω)
⇔ 12
∫ ∞
−∞dteiωt〈A(t)B(0) + B(0)A(t)〉 = ~ coth
(β~ω
2
)ImχAB(ω) (2.26)
2.3.1 補足1
CBA(−ω) = e−β~ωCAB(ω)を証明する。ここで、ρeq(Ek) = e−βEk/Tr(e−βH0)とする。
CAB(ω) ≡∫ ∞
−∞dteiωt〈A(t)B(0)〉
=
∫ ∞
−∞dte−iωt
∑
k,l
ρeq(Ek)〈k | A | l〉〈l | B | k〉ei(Ek−El )t/~
= 2π~∑
k,l
ρeq(Ek)δ(Ek − El + ~ω)〈k | A | l〉〈l | B | k〉 (2.27)
また、CBA(−ω)も同様に書き換えると、
CBA(−ω) = 2π~∑
k,l
ρeq(Ek)δ(Ek − El − ~ω)〈k | B | l〉〈l | A | k〉
= 2π~∑
k,l
ρeq(El)δ(El − Ek − ~ω)〈l | B | k〉〈k | A | l〉 (2.28)
二行目へは kと lを交換した。これは和を取っているので交換しても問題ない。また、〈l | B | k〉や 〈k | A | l〉はただの行列要素であるから交換できる。δ(x)は
2πδ(x) =
∫ ∞
−∞dkeikx (2.29)
であり、偶関数であるから
CBA(−ω) = 2π~∑
k,l
ρeq(El)δ(Ek − El + ~ω)〈k | A | l〉〈l | B | k〉
と変形できる。また、ゼロでないのは El = Ek + ~ωのときだけなので
ρeq(El) =e−βEl
Tre−βH0=
e−β(Ek+~ω)
Tre−βH0= ρeq(Ek)e
−β~ω (2.30)
よって、
CBA(−ω) = e−β~ωCAB(ω) (2.31)
を導くことができる。
14 第 2章 線形応答理論
2.4 一般化されたランジュバン方程式と森公式もともとランジュバン方程式はブラウン運動を説明するため、通常の粒子の運動にランダ
ム力を加えたものである。これを演算子を用いて一般的に考えたものが下の一般化されたランジュバン方程式である。[16]
dA(t)dt
= iΩA(t) −∫ t
0dt′κ(t
′)A(t − t
′) + F(t) (2.32)
これにより、ある物理量Aの時間変化を導く方程式を得ることができる。ここで、第一項が周期的な運動を表し、第二項は外力に対する応答を表し、第三項はランダム力を表す。これを自己相関関数に直すと、C(t) ≡ 〈A(t)A†(0)〉であるが、ランダム力の平均はゼロなので、
dC(t)dt
= iΩC(t) −∫ t
0dt′κ(t
′)C(t − t
′) (2.33)
となる。これを ”memory function equation”という。memory functionから緩和時間を導出する。[14]
〈A|B〉 =
∫ β
0dτ〈eτHA†e−τHB〉 ≡ β〈A†; B〉 (2.34)
ここで、〈A; B〉 = 〈A(0); B(t = 0)〉はカノニカル相関関数と呼ばれ、以下の形で表現される。
〈A(0); B(t)〉 ≡∫ β
0
dτβ
Tr(e−βHeτHAe−τHB(t))/Z (2.35)
=
∫ ∞
−∞
e−iωtdωβ
~∑
k,l
ρ(Ek) − ρ(El)El − Ek
δ(El − Ek + ~ω)AklBlk (2.36)
ただし、
ρ(Ek) =e−βEk
Tre−βHZ = Tr(e−βH ) (2.37)
であるとした。(2.36)式を証明する。始めにカノニカル相関のフーリエ変換を考える。
∫ ∞
−∞dteiωt〈A(0); B(t)〉 =
∫ ∞
−∞dt
∫ β
0dτ
eiωt
βZTr(e−βH0eτH0Ae−τH0eiH0t/~Be−iH0t/~)
=
∫ ∞
−∞
dtβ
∫ β
0dτ
∑
k,l
ei(El−Ek~ +ω)tρ(Ek)e
(Ek−El )τAklBlk
=1β
∫ β
0dτ
∑
k,l
2π~δ(El − Ek + ~ω)ρ(Ek)e(Ek−El )τAklBlk
=2π~β
∑
k,l
ρ(El) − ρ(Ek)Ek − El
δ(El − Ek + ~ω)AklBlk (2.38)
これを逆フーリエ変換すると、(2.36)式を得ることができる。
2.4. 一般化されたランジュバン方程式と森公式 15
また、Liouville 演算子LをLA ≡ [H ,A]と定める。Liouville 演算子によって時間発展を考えるとき、A(t) = eiLt/~Aと見る。dynamical susceptibilityχABは久保公式より次のように書ける。
χAB(ω) =i~
∫ ∞
0dt〈[A(t), B(0)]〉eiωt (2.39)
また、
β〈A(t); B〉 =i~〈[A(t), B(0)]〉 (2.40)
を使う。ただし、B ≡ dB(t)dt |t=0を意味する。( (2.40)式の証明は付録参照 ) ω→ z = ω + iηとし
て書き換える。ただし、簡単のためL′ ≡ L/~と表記する。
χAB(z) =
∫ ∞
0dteiztβ〈A(t); B〉
=
∫ ∞
0dteizt〈A†(−t)|iL′ |B〉
(Imz> 0) =
∫ ∞
0dt〈A†|ei(z−L′ )tiL′ |B〉
形式的に = 〈A†| −L′
z− L′ |B〉 (2.41)
ここで、L′をただの数として変形している。η > 0は発散を抑えるための収束因子であり、ηは無限小と考える。また、応答関数をΦAB、緩和関数をΨABとすると
χAB(z) =
∫ ∞
0dteiztΦAB(t) (2.42)
ΦAB(t) = −dΨAB(t)dt
(2.43)
これらの関係から緩和関数のフーリエ変換は
ΨAB(z) = 〈A†| iz− L′ |B〉 (2.44)
と表現できる。ここで緩和関数を計算するために、(z− L′)−1を求める。つまり、〈φ|(z− L′)−1|φ〉の逆行列を計算する。まず、任意の物理量Mへの射影演算子 Pと Pに直交する成分への演算子Qを定義する。
P ≡ |M〉χ−1M 〈M| (2.45)
Q ≡ 1− P (2.46)
ここで χM = 〈M|M〉 は static susceptibilityである。また P2 = P = P†を満たす。Qも同様である。
[ a b∗
b c
−1 ]
11=
1a− b∗c−1b
(2.47)
16 第 2章 線形応答理論
という関係を利用する。(証明は付録参照) この式はbが行ベクトルでcが行列でも成り立つ。しかし線形代数を使うためには規格化が必要なので、〈M′ |M′〉 = 1かつ P|φ〉 = |M′〉 = χ
− 12
M |M〉と定義する。ここで、a = P(z− L′)P , b = −QL′P , c = Q(z− L′)Qとすれば
ΨM(z) = 〈M| iz− L′ |M〉 = χM〈M′ | i
z− L′ |M′〉
= iχM
[〈φ|
P(z− L′)P −PL′Q−QL′P Q(z− L′)Q
−1
|φ〉]11
= iχM
1
〈φ|P(z− L′)P|φ〉 − 〈φ|PL′Q[Q(z− L′)Q]−1QL′P|φ〉= iχM
1z〈M′ |M′〉 − 〈M′ |L′ |M′〉 − 〈M′ |L′Q[Q(z− L′)Q]−1QL′ |M′〉
= iχM1
z− χ−1M 〈M|L′ |M〉 − χ−1
M 〈QM|[Q(z− L′)Q]−1|QM〉 (2.48)
ここで、QとL′はエルミートである。Ω = (~χM)−1 〈M|L|M〉 (2.49)
Γ(z) = (~χM)−1 〈QM| i~z− QLQ
|QM〉 (2.50)
とおけば、
ΨM(z) = iχM1
z−Ω + iΓ(z)(2.51)
であり、また一般に線形応答の範囲内では
Ψ(t) = Ψ(0)e−(Γ′+iΩ′)t (Γ
′=
1τ
) (2.52)
Ψ(ω) = iΨ(0)1
z−Ω′ + iΓ′(2.53)
なので (2.50)式から緩和時間 τを計算することができる。ここで、Mは物理量Mに対して直交するベクトルであるため、QM = Mである。η → 0とし、最低次(H2
1)のみ考えるとすると
1τ
= ReΓ(ω→ 0) (2.54)
= limω→0
π (~χM)−1 〈[H1,M]|δ(~ω − L0)|[H1,M]〉 (2.55)
ここでL0A ≡ [H0,A]で定義される非摂動の Liouville演算子である。このような計算を森公式 (Mori formalism)という。Ψ(z)にした操作と同様の操作を Γ(z)にも行うことで (2.51)式は次のような連分数にすることができる。
ΨM(z) =iχM
z−Ω0 +iχQ1M
z−Ω1 +iχQ2Q1M
z−Ω2 + · · ·
(2.56)
ここで、χQ1MはMに直交する物理量Q1Mの静的感受率で χQ2Q1MはQ1Mに直交する物理量の静的感受率である。これを森の連分数公式という。
17
第3章 多極子(Multipole)
3.1 多重極展開半径 r 程度の空間に分布する点電荷の群れがその空間から十分離れた距離R(R> r)に作る
ポテンシャルを考える。電荷 Zieを持つ点電荷が r iにあるとすると
V(R) =∑
i
Zie2
| R − r i | (3.1)
である。ここで r i < Rより、ルジャンドル (Legendre)多項式を用いれば、
1| R − r i | =
1R
∞∑
k
( r i
R
)k
Pk(cos(∠r iR)) (3.2)
ここで、∠r iRは r iとRのなす角である。r iとRの極座標を (r i , θi , φi), (R,Θ,Φ)として、ルジャンドル多項式を球面調和関数 (Yk,m(θ, φ))で書くと
Pk(cos(∠r iR)) =4π
2k + 1
k∑
m=−k
Yk,m(θi , φi)Y∗k,m(Θ,Φ) (3.3)
Y∗k,m(Θ,Φ) = (−1)mYk,−m(Θ,Φ) (3.4)
であるから、ポテンシャル V(R)は
V(R) =
∞∑
k
k∑
m=−k
∑
i
Zie2
R
( r i
R
)k 4π(−1)m
2k + 1Yk,m(θi , φi)Yk,−m(Θ,Φ) (3.5)
と展開できた。ここで、k = 1,2,3 · · · が電気の双極子、四極子、八極子、· · · に対応する。ここで、四極子について具体的に見てみる。Y2,m(θ, φ)(m = −2, · · · ,2)で表現される5つの
成分が四極子であるが、結晶では対称性を点群で表すときの既約表現の基底をよく使うので、次のような線形変換を行う。
O20 :3z2 − r2
r2∝ Y2,0(θ, φ)
O22 :x2 − y2
r2∝ Y2,2(θ, φ) + Y2,−2(θ, φ)
Oxy :xyr2∝ Y2,2(θ, φ) − Y2,−2(θ, φ) (3.6)
Oyz :yzr2∝ Y2,1(θ, φ) − Y2,−1(θ, φ)
Ozx :zxr2∝ Y2,1(θ, φ) + Y2,−1(θ, φ)
18 第 3章 多極子(Multipole)
左に並ぶOnmは対応する等価演算子である。これについては後で説明する。Oh群では四極子にあたるものは [25]
xy, yz, zx : T2g表現の基底
x2 − y2, 3z2 − r2 : Eg 〃
また、八極子にあたるものは
x3 − 35
xr2, y3 − 35
yr2, z3 − 35
zr2 : T1u表現の基底
x(y2 − z2), y(z2 − x2), z(x2 − y2) : T2u 〃
xyz, : A2u 〃
というように分けられている。例としてO20,O22,Txyzを分かりやすく絵で表現してみると次のようになる。ただし、正負の異なる部分を区別していないことに注意する。
図 3.1: O20 : 3z2 − r2 図 3.2: O22 : x2 − y2 図 3.3: Txyz : xyz
3.2 Wigner-Eckartの定理とStevensの等価演算子法Wigner-Eckartの定理は r , r などに依存する一般のテンソル演算子において、角運動量の固
有状態を用いてテンソル演算子の行列要素を書くことができ、そのとき各固有状態の z成分によらず共通の比例定数で表すことができるというものである。[26]これを利用して角運動量演算子を用いた等価演算子を作ることをStevensの等価演算子法(Stevens’ operator-equivalentmethod)という。
f電子の場合について、合成角運動量を Jとして Stevensの等価演算子法を使う。r の二次の場合だと [13]
∑
i
(3z2i − r2
i ) = αJ
⟨r2
⟩[3J2
z − J(J + 1)] = αJ
⟨r2
⟩O20 (3.7)
∑
i
(x2i − y2
i ) = αJ
⟨r2
⟩[J2
x − J2y ] = αJ
⟨r2
⟩O22 (3.8)
∑
i
(xiyi) = αJ
⟨r2
⟩[(JxJy + JyJx)/2] = αJ
⟨r2
⟩Oxy (3.9)
3.3. 結晶場ポテンシャル 19
ここで、O20,O22,Oxyは結晶の対称性を点群で表すときの既約表現の基底である。O20,O22はO 0
2 ,O2
2 と書く場合もある。これは x, y, zを r, θ, φを用いて球面調和関数の基底 Y m(2)(θ, φ)で表
すときの数字に由来する。また、αJは Stevens係数で Jによって決まる定数である。慣例に習って、四次の係数は βJ、六次の係数は γJと書く。ここでStevensの等価演算子を使うとき、偶数次は問題ないが奇数次では rと Jでは時間反
転の操作に対して等価でないことに注意する。例えば、電気四極子は良いが、磁気四極子はJrの積で rの一次であるから磁場などは等価演算子に書き換えられない。また、その次の磁気八極子は Jr2であるから良いが、電気八極子は er3であるからやはり置き換えることはできない。
3.3 結晶場ポテンシャル結晶場のポテンシャルの対象となるf電子が原点にあるとし、結晶中にある原子を点電荷
とみなしてそれらはf電子の位置ベクトル r に対して十分離れた位置Riに原子があると考える。この原子を点電荷とみなすと、
VCEF(r ) =∑
i
Zie2
| Ri − r | (3.10)
(3.1)式とは異なる状況であるが、同じ式であり同じように(
rRi
)で展開できる。ただし、r と
Riの極座標を (r, θ, φ), (Ri ,Θi ,Φi)とする。
VCEF(r ) =∑
i
∞∑
k
k∑
m=−k
Zie2
Ri
(rRi
)k 4π(−1)m
2k + 1Yk,m(Θi ,Φi)Yk,−m(θ, φ) (3.11)
具体的にPrAg2Inの場合について考える。ただし、iは最近接の原子に限る。立方対称なので(Θi ,Φi)は (π2,0), (π2,
π2), (π2, π), (π2,
3π2 ), (0,0), (π,0)であり、Zi = Z,Ri = aである。これを代入して
計算すると
VCEF(r ) =6Ze2
a+
7√πZe2
3a5r4
Y4,0(θ, φ) +
√514
[Y4,4(θ, φ) + Y4,−4(θ, φ)]
+3√
13πZe2
26a7r6
Y6,0(θ, φ) −√
72
[Y6,4(θ, φ) + Y6,−4(θ, φ)]
+ · · · (3.12)
第一項は全体にエネルギーをシフトさせるだけなので重要ではない。また、実際のエネルギーの期待値を計算するときは、球面調和関数の積分を行うが行列要素がゼロでないためには
⟨l1,m1 | Yk,m | l2,m2
⟩, 0
m = m1 −m2, k + l1 + l2 =偶数 かつ | l1 − l2 |≤ k ≤ l1 + l2 (3.13)
という条件があるのでf電子でも最大で k = 6まで計算すれば残りの項は必要ない。これらの球面調和関数を x, y, zで置き換えて Stevensの等価演算子で書き換えれば
HCEF = B 04 (O 0
4 + 5O 44 ) + B 0
6 (O 06 − 21O 4
6 ) (3.14)
を得る。ただし、B 04 , B
06 は Stevens係数や Z,e,a, 〈r4〉, 〈r6〉を含めた定数である。
20
第4章 PrAg2In, PrMg 3
4.1 PrAg2In, PrMg 3の基礎物性
図 4.1:結晶構造
PrAg2Inと PrMg3は結晶構造は立方晶Heusler型 (L21) [5]で上の図のようになっている。PrAg2Inの電気抵抗率、比熱、磁化率は [7]の文献から次のようになることが分かっている。
電気抵抗は金属的な振る舞いで、比熱や磁化率からは相転移を示す鋭いピークは観測されていないことがわかる。磁化率は低温では Γ3が Γ4と Γ5に遷移するVan-Vleck常磁性が支配的で、高温では Γ4と Γ5の Curie則に従う磁化率がそれに加算されている。磁化率は低温で若干の増大が見える点以外は不自然な点はない。また、比熱は結晶場の分裂によるショットキー比熱が大きく現れている。1K以下のところでなだらかな山が見えているのはおそらくΓ3の非クラマース縮退の影響である。このC/Tの増大を伝導電子の状態密度の増大が原因であるとすると、ゾンマーフェルト定数が γ =6.5J mol−1K−2もあり、非常に重い電子系となっていると考えられる。しかし、この増大がヤーン=テラー(Jahn=Teller)効果や磁気秩序でΓ3の縮退が解けてショットキー比熱として現れているとも考えられる。
4.1. PrAg2In, PrMg3の基礎物性 21
図 4.2: PrAg2Inの電気抵抗率 図 4.3: PrAg2Inの帯磁率と逆帯磁率
図 4.4: PrAg2Inの比熱図 4.5:低温の比熱
22 第 4章 PrAg2In, PrMg3
また、超音波の実験([4])も行われていて電気四極子に特異な変化が観測されている。こ
図 4.6: PrAg2Inの弾性定数
こで、(C11 −C12)/2は電気四極子のO22,O20に対応する部分であるが、低温でのソフト化はヤーン=テラー効果であるとしても、高温から低温へと徐々にソフト化して途中でハード化している点は説明がつかない。C44は電気四極子のOxy,Oyz,Ozxに対応するがこの部分には全く異常がない。このような奇妙な振る舞いは PrOs4Sb12のようなスクッテルダイトでも観測されている。
4.2. Pr3+の結晶場固有状態 23
PrMg3はPrAg2Inと同じ結晶構造をしていてAgと InをMgで置換した格好になる。物性もPrAg2Inと基本的には同じような性質を示している。まず、電気抵抗率は金属的で低温で一定値に漸近するところまで似ている。[6] 比熱も結晶場の分裂によるショットキー比熱が大きく現れている。また、1Kのところにピークを持つ山がありC/Tで見ると γ =2.8J mol−1K−2
以上ある。[2]
図 4.7: PrMg3の電気抵抗率
図 4.8: PrMg3の帯磁率
図 4.9: PrMg3の 4f電子の比熱
4.2 Pr3+の結晶場固有状態Pr3+は 4f電子が2個なので、L = 5,S = 1で合成角運動量は J = 4である。J多重項は9重
に縮退していて結晶場によって分裂する。立方対称における結晶場のハミルトニアンは次の
24 第 4章 PrAg2In, PrMg3
ようになる。[8] ただし、B 04 , B
06 は結晶場のパラメータと呼ばれる定数でO j
i はStevensの等価演算子である。
HCEF = B 04 (O 0
4 + 5O 44 ) + B 0
6 (O 06 − 21O 4
6 ) (4.1)
O 04 = 35J4
z − [30J(J + 1)− 25]J2z − 6J(J + 1) + 3J2(J + 1)2
O 44 =
12
(J4+ − J4
−)
O 06 = 231J6
z − 105[3J(J + 1)− 7]J4z + [105J2(J + 1)2 − 525J(J + 1) + 294]J2
z
−5J3(J + 1)3 + 40J2(J + 1)2 − 60J(J + 1)
O 46 =
14
[11J2z − J(J + 1)− 38](J4
+ + J4−) +
14
(J4+ + J4
−)[11J2z − J(J + 1)− 38]
このとき、固有状態は Jzの固有状態、|Jz〉を用いて次のように表される。 固有状態 固有値
|Γα3〉 =
√724|4〉 +
√512|0〉 +
√724| − 4〉, |Γβ3〉 =
√12 |2〉 +
√12 | − 2〉 E3 = (64− 60|x|)w sgn(x)
|Γα4〉 = −√
12 |4〉 +
√12 | − 4〉, |Γβ4〉 = −
√18 |3〉 +
√78 | − 1〉
|Γγ4〉 =
√78 |1〉 +
√18 | − 3〉, E4 = (4 + 10|x|)w sgn(x)
|Γα5〉 = −√
78 |3〉 +
√18 | − 1〉, |Γβ5〉 = −
√12 |2〉 +
√12 | − 2〉
|Γγ5〉 =
√18 |1〉 −
√78 | − 3〉 E5 = (−20− 6 |x|)w sgn(x)
|Γ1〉 =
√724|4〉 −
√512|0〉 +
√724| − 4〉 E1 = (−80+ 108|x|)w sgn(x)
ただし、x,wは結晶場のパラメータから計算できるパラメータである。
B 04 =
wx60, B 0
6 =w(1− |x|)
1260(4.2)
PrAg2Inは [11]の中性子非弾性散乱実験から結晶場準位は Γ3 (0[meV]) - Γ4 (6.1[meV]) -Γ5 (8.3[meV]) -Γ1(15.2[meV])と分かっている。結晶場パラメータも同文献で計算されていてx ∼ −0.08と w ∼ −0.1[meV]である。温度で表現すると 6.1[meV]'71[K]でかなり離れており、十分低温では Γ3の性質がはっきり表れると予想できる。
PrMg3も [6] の中性子非弾性散乱実験から結晶場準位は Γ3 (0[meV]) - Γ4 (4.83[meV]) -Γ1
(11.64[meV]) -Γ5 (15.78[meV])と分かっている。結晶場パラメータも同文献で計算されていて x ∼ 0.64とw ∼ −0.31[meV]である。温度で表現すると4.83[meV]'56[K]で離れており、やはり十分低温では Γ3の性質が表れると予想できる。基底状態は Γ3で次のような成分をもつ。
Jx = Jy = Jz =
0 00 0
O20 =
4 00 −4
O22 =
0 44 0
Txyz =
0 −18√
5i18√
5i 0
ここから低温では四極子や八極子が Γ3の自由度で相互作用の主要部分である。ただし、励
起準位が混じるとこの限りではない。
25
第5章 核磁気緩和時間
本研究では核磁気緩和時間の計算に森公式を用いて計算したが、森公式から計算しなければならないということはない。森公式は線形応答の知識が必要でやや難解な面もあり、入門的なNMRの専門書では好まれない。それ以外の方法としては核スピンの遷移確率が緩和率と等しいとしてフェルミの黄金律を使う方法がある。フェルミの黄金律で計算すれば比較的簡単に(5.16)式を得ることができるが、T1は核スピン量子数 I に依存した定義が必要になる。統計力学的な表現を利用すると I に依らず一般的に表現できる。ゆえに、本研究では森公式で計算する。
5.1 核磁気と伝導電子の相互作用核スピンと伝導電子スピンの相互作用による核スピンの緩和を考える。I を核スピン、S
を伝導電子のスピンとする。系は等方的であるとして hyperfine constantAHFとし、空間変化(波数依存性)は無視する。ただし、~ = 1とする。
H ′1 = γNAHFI · S (5.1)
H0ではスピンのz成分は保存するとし、スピン間相互作用を摂動とする。あらわに書き直すと
H0 = Helectron+Hnuclear (5.2)
H1 =γNAHF
2(I+S− + I−S+) (5.3)
物理量を表す演算子 Mを Izとする。本来の相互作用はH ′1であるが、z成分を保存する部分
はなくしてH1のようにしたほうが計算が見やすいからである。この省略は緩和時間の計算自体には影響しない。
M = i[H ,M] = i[H0, Iz] + i[H1, Iz] (5.4)
[H1, Iz] =γNAHF
2([I+S−, Iz] + [I−S+, Iz])
=γNAHF
2(−I+S− + I−S+) (5.5)
を使って、(2.55)式を計算すると最低次はH21 で
ReΓ(z) = πχ−1I 〈[H1, Iz]|δ(z− L0)[H1, Iz]〉 + O(H3
1) (5.6)
26 第 5章 核磁気緩和時間
ReΓ(z) = Γ(ω)とし、(2.34)の定義にしたがって計算する。
〈A|B〉 =
∫ β
0dτ〈eτH0A†e−τH0B〉 ≡ β〈A†; B〉 (5.7)
最低次のみの計算であるから Eはすべて E0であると考える。
Γ(ω) = πχ−1I
∫ β
0dτ〈eτH0[H1, Iz]
†e−τH0δ(ω − L0)[H1, Iz]〉
=12χ−1
I
∫ ∞
−∞dtei(ω−L0)t
∫ β
0dτ〈eτH0[H1, Iz]
†e−τH0[H1, Iz]〉
=12χ−1
I
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτ〈eτH0e−iH0t[H1, Iz]
†eiH0te−τH0[H1, Iz]〉 (5.8)
(2.38)式より = πχ−1I
∑
k,l
ρeq(El) − ρeq(Ek)
Ek − Elδ(El − Ek + ω)〈k|[H1, Iz]
†|l〉〈l|[H1, Iz]|k〉
k,lを交換して = πχ−1I
∑
k,l
ρeq(Ek)1− e−βω
ωδ(El − Ek − ω)〈k|[H1, Iz]|l〉〈l|[H1, Iz]
†|k〉 (5.9)
ここで、(2.27)の関係式を使って再び相関関数の形に直す。
CAB(ω) =
∫ ∞
−∞dteiωt〈A(t)B(0)〉 = 2π
∑
k,l
ρeq(Ek)δ(El − Ek − ω)〈k|A|l〉〈l|B|k〉 (5.10)
Γ(ω) = χ−1I
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dteiωt〈eiH0t[H1, Iz]e
−iH0t[H1, Iz]†〉 (5.11)
= χ−1I
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dteiωtγ
2N|AHF |2
4〈eiH0t(−I+S− + I−S+)e−iH0t(−I−S+ + I+S−)〉 (5.12)
ここでフーリエ変換の中の部分を計算する。ただし、見やすくするため、S+(t)を S+と書くことにする。
(−I+(t)S−(t) + I−(t)S+(t))(−I−S+ + I+S−)
= I+S−I−S+ + I−S+I+S−
= I+I−S−S+ + I−I+S+S−
= (Ix + i Iy)(Ix − iI y)(Sx − iSy)(Sx + iSy) + (Ix − i Iy)(Ix + iI y)(Sx + iSy)(Sx − iSy)
' (IxIx + IyIy)(SxSx + SySy) × 2
' 8IzIzSzSz (5.13)
1行目から2行目:前と後ろで同じ状態で挟むので(+-)のペア以外は消す。2行目から3行目:ハミルトニアンを核スピンはHn、電子はHeと書くと、
I+(t) = exp[iHnt]I+exp[−iHnt] , S+(t) = exp[iHet]S+exp[−iHet]であるから、S+と I+は交換できる。
4行目から5行目:非対角成分 〈Ix(t)Iy〉はゼロとみなす。5行目から6行目:系が x, y, z軸で対称であるとする。
5.1. 核磁気と伝導電子の相互作用 27
Γ(ω) = χ−1I
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dt2γ2
N|AHF |2〈Iz(t)Iz(0)〉〈Sz(t)Sz(0)〉eiωt (5.14)
ここで、[Iz,H0] = 0を利用すると、(5.7)式より
〈Iz(0)|Iz(0)〉 = 〈Iz; Iz〉 =1β〈Iz|Iz〉
=1βχI (5.15)
したがって、揺動散逸定理の (2.24)式より
Γ(ω) =1− e−βω
βω
∫ ∞
−∞dtγ2
N|AHF |2〈Sz(t)Sz(0)〉eiωt
⇔ Γ(ω→ 0) = limω→0
∫ ∞
−∞dtγ2
N|AHF |2〈Sz(t)Sz(0)〉eiωt (5.16)
= limω→0
2γ2N|AHF |2
1− e−βωImχs(ω)
∴( 1T1
)= Γ(ω→ 0) = 2γ2
N|AHF |2kBT limω→0
Imχs(ω)ω
(5.17)
と変形して縦緩和率(
1T1
)を得ることができる。ここで、limω→0
Imχs(ω)ωは温度に依らない一定
の値になる。(付録参照)その結果得られる ( 1
T1
) ∝ T という関係をKorringa(コリンハ)則という。以下、伝導電子による核スピン緩和率は
( 1T1
)Korringaと書く。
28 第 5章 核磁気緩和時間
5.2 核磁気と局在磁気モーメントの相互作用局在電子の合成スピンが核スピンと相互作用する場合でも、伝導電子のときと同様の計算
ができる。ただし、局在スピンをもつ原子と観測している核をもつ原子は異なり、その位置関係により相互作用の働き方が違うことに注意しなければいけない。合成スピンを Jとし、結合定数を AHFとする。
H1 = γNAHFI · J (5.18)
局在磁気モーメントと核の磁気モーメントの磁気双極子同士の相互作用なので、その緩和率を
( 1T1
)dipと書く。伝導電子と同様の計算をして(5.16)式と似た形まで変形すると
( 1T1
)dip
= limω→0
∫ ∞
−∞dtγ2
N|AHF |2〈Jz(t)Jz(0)〉eiωt
= 2γ2N|AHF |2kBT lim
ω→0
ImχJ(ω)ω
(5.19)
また、χJ(ω)と動的帯磁率は定数倍だけで繋がっている。磁気モーメントを M = γe~Jz (γe =
gµB/~)とすると、久保公式より
χ(ω) =i~
∫ ∞
0dteiωt〈[M(t),M(0)]〉
=i~
∫ ∞
0dteiωt(γe~)
2〈[Jz(t), Jz(0)]〉= (γe~)
2χJ(ω) (5.20)
ゆえに、実験により動的帯磁率が分かれば緩和時間は分かる。今の場合、中性子非弾性散乱の実験で結晶場のエネルギー準位が分かっているので適当な近似のもとに χJ(ω)を計算することができる。
χJ(ω) =i~
∫ ∞
0dteiωt〈[Jz(t), Jz(0)]〉
=i~
∫ ∞
0eiωt
∑
k,l
ρ(Ek)(ei(Ek−El )t/~ 〈k | Jz | l〉 〈l | Jz | k〉
−e−i(Ek−El )t/~ 〈k | Jz | l〉 〈l | Jz | k〉)
=i~
∫ ∞
0dteiωt
∑
k,l
(ρ(Ek) − ρ(El))eiωklt 〈k | Jz | l〉 〈l | Jz | k〉
=i~
∫ ∞
0dteiωt
∑
k,l
ρ(Ek)(1− eβ~ωkl)eiωklt 〈k | Jz | l〉 〈l | Jz | k〉 (5.21)
ただし、
ωkl ≡ Ek − El
~(5.22)
5.2. 核磁気と局在磁気モーメントの相互作用 29
とした。積分を実行しても有限であるようにωをω + iηとする。ただし、ηは無限小で正の定数であるとする。
χJ(ω + iη) =1~
∑
k,l
ρ(Ek)(1− eβ~ωkl)−1
ω + ωkl + iη〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉
⇔ ImχJ(ω + iη) =−1~
∑
k,l
ρ(Ek)(1− eβ~ωkl)η
(ω + ωkl)2 + η2〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉
(η→ 0) =−1~
∑
k,l
ρ(Ek)(1− eβ~ωkl)πδ(ω + ωkl) 〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉 (5.23)
このように非摂動の場合にはスペクトルは δ関数的になる。しかし、実際の系では様々な相互作用により、スペクトルは幅を持つ。そこで、現象論的にスペクトルをローレンツィアンに近似する。
δ(ω + ωkl) → 1π
Γ
(ω + ωkl)2 + Γ2(5.24)
よって
ImχJ(ω) ' −1~
∑
k,l
ρ(Ek)(1− eβ~ωkl)Γ(kl)
(ω + ωkl)2 + Γ2(kl)
〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉 (5.25)
ここで、近似後の固有状態は多体効果を除いた時間不変なポテンシャル中を動く電子の固有状態であるとする。また Γは微小量 ηとは関係がなく ωや ωklより小さいとは限らない。また、Γ(kl)としたのはスペクトルの幅は各エネルギー準位の遷移を観測するときに表れるもので準位の組によって一般に異なるからである。加えて、一般に Imχ(ω)は ωの奇関数であるという性質を保つため、Γ(kl) = Γ(lk)を満たすとする。ここからは局在電子のエネルギー準位を想定して計算を進める。すなわち、磁気モーメントを持つ準位の縮退が複数あり、異なる縮退同士のエネルギー差ωklは Γklに比べて十分大きく、その場合の(k, l)の組は無視できるとする。以下では kBT ~ωklとして扱う。その結果、
ImχJ(ω)ω
' 1~
∑
k,l
ρ(Ek)β~ωkl
ω
Γ(kl)
(ω + ωkl)2 + Γ2(kl)
〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉 (5.26)
となる。NMRで測定されるのはω ∼ ωkl ∼ 0である。後で示すがωkl/ωは ImχJ(ω)に変形したときの産物なので 1として良い。このとき、縮退のなかで適当に基底状態を取り替えてよいので |k〉を Jzの固有状態で表現すれば、対角成分だけが残るので
limω→0
ImχJ(ω)ω
' 1kBT
∑
n,m
ρ(En)Γ(n)
〈Jn,m | Jz | Jn,m〉2 (5.27)
となる。ここで、nは縮退の番号で、Jnは縮退nの全角運動量で、mはその z成分である。ただし、縮退 nの中ではエネルギーも、準位間のスペクトル幅も区別できないので、ρ(Ek) = ρ(En)かつ Γ(kl) = Γ(n)であるとした。また、|k〉,|l〉が | Jn,m〉と同じだと考えると対角成分はゼロになるので正しくない。これは磁場を加えることにより x, y, zの等価性が失われているため (5.13)式が使えなくなるからである。磁場により縮退が解けていると考える場合は、厳密には Jzで
30 第 5章 核磁気緩和時間
はなく J+と J−を用いる必要がある。(詳しくは付録参照)また、全てのスペクトルの幅が等しいとすると
limω→0
Imχ(ω)ω
' χ(0)Γ
(5.28)
という近似と同じになる。ただし、Imχ(ω)は動的帯磁率の虚数部で χ(0)はキュリー則を満たす帯磁率である。結果として局在電子による核スピン緩和率は
( 1T1
)dip
= 2γ2N|AHF |2
∑
n,m
ρ(En)Γ(n)
〈Jn,m | Jz | Jn,m〉2 (5.29)
となる。ここで(
1T1
)dipとしたのは双極子相互作用による緩和と後で説明する磁気八極子によ
る緩和を区別するためである。
5.2.1 補足2
(5.24)式のようなスペクトルが幅を持つと仮定する場合、注意すべき点がいくつかある。揺動散逸定理の証明使った (2.31)式が成立しない。なぜなら、
CAB(ω) = 2π~∑
k,l
ρeq(Ek)Γ(kl)
(ω + ωkl)2 + Γ2(kl)
〈k | A | l〉〈l | B | k〉 (5.30)
となり、ω = −ωklとは言えない。ゆえに、この近似のもとで揺動散逸定理を使うことはできないので (5.8)式から変形をしていく必要がある。ただし、あらかじめ断っておくが (5.29)式への道筋が変わるだけで結果は変わらない。
Γ(ω) =12χ−1
I
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτ
⟨[H1, Iz]
†(−t − i~τ)[H1, Iz]⟩
(5.13)式より = χ−1I
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτγ2
N |AHF |2 〈Iz(−t − i~τ)Iz〉 〈Jz(−t − i~τ)Jz〉
(5.15)式より =1β
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτγ2
N |AHF |2 〈Jz(−t − i~τ)Jz〉
=1β
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτγ2
N |AHF |2⟨eτH0e−iH0tJze
iH0te−τH0 Jz
⟩
(2.38)式より =2πβγ2
N |AHF |2∑
k,l
ρeq(El) − ρeq(Ek)
Ek − Elδ(El − Ek − ω) 〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉
=2πβγ2
N |AHF |2∑
k,l
ρeq(Ek) − ρeq(El)
El − Ekδ(Ek − El − ω) 〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉
' 2βγ2
N |AHF |2∑
k,l
ρeq(Ek)1− eβωkl
−ωkl
Γ(kl)
(ωkl + ω)2 + Γ2(kl)
〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉
(βωkl 1) ' 2γ2N |AHF |2
∑
k,l
ρeq(Ek)Γ(kl)
(ωkl + ω)2 + Γ2(kl)
〈k|Jz|l〉 〈l|Jz|k〉 (5.31)
5.3. 理論と実験結果の比較 31
ゆえに、ωkl, ω→ 0とすれば (5.29)式が得られる。このとき、ωkl/ωの因子は付かない。揺動散逸定理はω = −ωklというエネルギー保存則に基づいて成立する。ただし、その場合
のエネルギー Ekというのは全系のエネルギーでなくてはならない。考えているハミルトニアンが全系ではなく、一部の電子と原子核に限った場合、他の相互作用によってエネルギーが考えてる系の外に流れてしまう。今の場合では核スピンのエネルギーは局在電子だけが受け取るとは言えず、伝導電子など他の電子や原子にエネルギーが流れる。完全でない Ekの作るはωklは緩和に寄与してもω = −ωklを満たすわけではない。ここでω , −ωklであっても核磁気緩和に寄与する、と考えることは潜在的に他の相互作用を解してエネルギーを失うことを仮定している。これはスペクトルが幅を持つと考えることと物理的な意味は同じである。
5.3 理論と実験結果の比較ここまでの結果をPrAg2Inに反映すると谷田、高木らの論文 [1]に乗せられているグラフに
なる。
図 5.1: Agの縦緩和率 [1]
32 第 5章 核磁気緩和時間
図 5.2: Inの縦緩和率 [1]
Inの核磁気緩和率(
1T1
)の連続な線は
1T1
=
( 1T1
)dip
+
( 1T1
)Korringa
(5.32)
から計算されている。LaAg2Inの緩和率が(
1T1
)Korringa
とほぼ同じであることを利用している。
Agの核磁気緩和率は全く一致しないため理論的な線が描かれていない。この結果を説明すると、Inについては、低温での違いが著しいがあるものの高温では割と一致している。しかし、Agについては、温度依存性が全く逆で、低温に行くほど緩和率が増大していて理論とのずれが著しい。結合定数の AHFはナイトシフトと帯磁率から評価されるが、実験的に温度による変化が小さい (付録参照)ことが確かめられていてこのような大きな違いを生じる原因は見当たらない。PrAg2Inの Inの緩和率が 103ほども Agの緩和率と異なるのは、AHFが 20倍ほど違うのと核の磁気回転比 γNが違うためである。また、磁場が 7[T]と 10[T]で違いが見られる。これについては付録で述べる。また、図 (5.1)は核磁化の緩和率が回復曲線上の 0%~80% (又は 90% )の間と 90%~100%の間では異なることを示している。この違いは 5[K]以下の低温で顕著になる。この温度では緩和率が 2種類以上ある可能性がある。5[K] 以下の部分は本研究では議論の中心ではないが、0%~80%の間に限れば一つの値でも問題はない。
5.4. 核磁気と磁気八極子の相互作用 33
5.4 核磁気と磁気八極子の相互作用先の計算に含まれていない効果として内殻偏極(Core Polarization)[9]や電気四極子 [10]
を解する核スピンの緩和が既に研究されているが、内殻偏極による効果は f電子ではとても小さく、温度依存性もKorringa則を修正するというものである。また、電気四極子を主要と考える場合は核の電気四極子と周囲の電気四極子の相互作用を考えるが、少なくともPrAg2Inの Agは核スピンが 1
2で四重極能率を持たない。故に内殻偏極や四極子では実験との著しい違いを説明することができない。 しかし、LaAg2Inとの比較を見ても Prの持つ 4f電子が原因であることは疑いがない。したがって、残っている自由度の八極子に原因があると考える。以下の式はO.SAKAIらの論文 [3]から結晶中の配置と多極子の関係を説明する。ここで、四極子同士の相互作用はH sc
even,Hbcc
evenに含まれるが T1には重要でないことが分かっているので除く。また、八極子同士の相互作用以上の高次の多極子間相互作用は無視する。
H scodd = b1
[Jx,−qJx,q cos(qxa) + c.p.
]+ b2
[Jx,−qJx,q(cos(qya) + cos(qza)) + c.p.
]
+b3
[Jx,−qT
βx,q(cos(qya) − cos(qza)) + c.p.
]+ O(J6) (5.33)
Hbccodd = b1
[(Jx,−qJx,q + c.p.) cos(qxa) cos(qya) cos(qza)
]
+b2[Jx,−qJy,q sin(qxa) sin(qya) cos(qza) + c.p.
]
+b3
[Jx,−qTxyz,q(cos(qxa) sin(qya) sin(qza)) + c.p.
]
+b4
[Jx,−q(T
βy,−q sin(qya) cos(qza) − Tβ
z,q sin(qza) cos(qya)) sin(qxa) + c.p.]
+ O(J6)
(5.34)
ここで、(c.p.)は cyclic permutationを意味する。つまり、代表として1成分計算されているのと同様のものがあと2成分あるということである。また、
Tβx,q =
1√2
(Oxy(q) −Ozx(q))Jx(q) (5.35)
Tβy,q =
1√2
(Oyz(q) −Oxy(q))Jy(q) (5.36)
Tβz,q =
1√2
(Ozx(q) −Oyz(q))Jz(q) (5.37)
Txyz,q =
√156
Jx(q)Jy(q)Jz(q) (5.38)
を意味していて、Tβi (i = x, y, z)はいずれも Txyzの成分を持たない。また、(Pr3+)の Γ3基底で
は Txyzと四極子の自由度しかない。このことを考慮すると、
Hbccodd = b3
[Jx,−qTxyz,q(cos(qxa) sin(qya) sin(qza)) + c.p.
](5.39)
のみ有効であることが分かる。ここでPrAg2Inについて考えると、図(4.1)より、AgはPrに対してbccの位置にあるの
34 第 5章 核磁気緩和時間
で最近接サイトのPrから八極子の影響を受ける。それに対して In はPrに対してscの位置になるため、最近接サイトのPrから八極子効果はない。しかし、次近接サイトのPrに対してはbccの位置にあるのでAgと同様の相互作用がAgの場合よりも弱く働いているものと考えられる。これは谷田・高木らの論文で示されていて、Prを (0,0,0)としたとき、Inの第二近接 (±a/2,±a/2,±a/2)の 8個、Inの第三近接 (±a,±a/2,0)の 24個が相互作用し得るという内容と同じである。Prとの位置関係による多極子間相互作用の違いは、PrMg3のMgの核スピン緩和率にも現れていて、Agの位置と Inの位置とでは低温での増大に差が出ている。これらから八極子の場合のハミルトニアンは下のようになる。ただし、(5.34)のb3をγNAT
HF
に変えて、Jも核スピン I にした。
H1 =∑
q
γNATHF
(Ix(−q)Tx(q) + Iy(−q)Ty(q)
)(5.40)
Tx(q) ≡ Txyz(q) cos(qxa) sin(qya) sin(qza) (5.41)
ここで Ix(Rl) = 1N
∑q Ix(q)eiq·Rl のように定義される。Tの場合も同様である。これについて局
在電子との相互作用と同様の計算をする。ただし、TxyzはベクトルではないがTx(q)はベクトル的な性質をもっている。すなわち、演算子を等方性から変換するところでは単に cos(qxx) · · ·の部分を書き換えていることを意味する。(5.11)式の 〈· · · 〉の部分に着目してみると
〈eiH0t([H1, Iz])†e−iH0t[H1, Iz]〉
=∑
q
γ2N|AT
HF |2〈Iy(q, t)Iy(−q,0)Tx(−q, t)Tx(q,0) + Ix(q, t)Ix(−q,0)Ty(−q, t)Ty(q,0)〉
I (q),T(q)を qに依存しないとし、[0,2π]の qで平均をとり、z成分へ置き換えれば
= 16γ2N|AT
HF |2〈Iz(t)Iz(0)〉〈Txyz(t)Txyz(0)〉 (5.42)
qの平均の計算は付録に詳しく書いた。この結果、( 1T1
)oct
= limω→0
∫ ∞
−∞dt8γ2
N|ATHF |2〈Txyz(t)Txyz(0)〉eiωt
= 16γ2N|AT
HF |2kBT limω→0
ImχT(ω)ω
(5.43)
ここで(
1T1
)octは八極子による核スピン緩和率を意味する。PrAg2Inの場合にここまでの計算
を適用すると、
Inの場合:( 1T1
)oct
= 16γ2N|AT
HF,Pr−In|2kBT limω→0
ImχT(ω)ω
(5.44)( 1T1
)dip
= 4γ2N|AJ
HF,Pr−In|2kBT limω→0
ImχJ(ω)ω
(5.45)
Agの場合:( 1T1
)oct
= 8γ2N|AT
HF,Pr−Ag|2kBT limω→0
ImχT(ω)ω
(5.46)( 1T1
)dip
=(8γ2
N|AJ−paraHF,Pr−Ag|2 + 16γ2
N|AJ−vertHF,Pr−Ag|2
)kBT lim
ω→0
ImχJ(ω)ω
(5.47)
ただし、γNAJHF,Pr−In, γNAJ−para
HF,Pr−Ag, γNAJ−vertHF,Pr−Agは順に (5.33)式のb1,(5.34)式のb1,b2に対応する。
配置の違いからこれらの値は大きく異なるので定数倍の因子は重要ではない。ImχJ(ω),ImχT(ω)
5.5. 核磁気と磁気八極子の相互作用を含めた理論 と実験結果の比較 35
を、(5.29)を使ってあらわに書くと
limω→0
ImχT(ω)ω
=2
kBTe−βEΓ3
ZΓ(Γ3)|〈Γα3 | Txyz | Γβ3〉|2 (5.48)
limω→0
ImχJ(ω)ω
=2
kBT
(e−βEΓ4
ZΓ(Γ4)|〈Γ4,+
12| Jz | Γ4,+
12〉|2 +
e−βEΓ5
ZΓ(Γ5)|〈Γ5,+
52| Jz | Γ5,+
52〉|2
)
(5.49)
5.5 核磁気と磁気八極子の相互作用を含めた理論と実験結果の比較
Γ(Γk)(k = 3,4,5)は定数とし、結晶場準位は Γ3 (0[meV]) - Γ4 (6.1[meV]) -Γ5 (8.3[meV]) -Γ1
(15.2[meV]) [11]を用いた。(5.44)~(5.49)式から AHF の結合定数を実験結果に合うように適当にスケールする
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (s
-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 5.3: Agの縦緩和率(線幅は温度不変)
36 第 5章 核磁気緩和時間
0
1
2
3
4
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 5.4: Inの縦緩和率(線幅は温度不変)
5.5. 核磁気と磁気八極子の相互作用を含めた理論 と実験結果の比較 37
PrMg3の実験結果に対するフィッティングも行う。PrMg3の 1T1の実験データは谷田・高木
らから提供していただいた。結晶場準位は Γ3 (0[meV]) - Γ4 (4.83[meV]) -Γ1 (11.64[meV]) -Γ5 (15.78[meV])[6]を用いた。
0
1
2
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
PrMg3(Ag-site)LaMg3
TotalΓ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 5.5: PrAg2Inの Agの位置にある PrMg3のMgの縦緩和率
0
1
2
3
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
PrMg3(In-site)LaMg3
TotalΓ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 5.6: PrAg2Inの Inの位置にある PrMg3のMgの縦緩和率
これらは低温でやや違いがあるものの高温ではよく一致している
38
第6章 局在電子のエネルギー線幅の温度依存性
6.1 局在スピンの揺らぎ図 (5.3)~(5.6)のグラフは全体的によく一致しているが低温の振る舞いが大きく異なる。緩和時間の温度変化をより詳しく知るために線幅 Γについて考える。最初に Γ3の二重縮退が異なるOctupole成分を持つ2準位に分裂するとする。このとき片方からもう片方へ移るのを利用して核スピンは緩和する。これは Γ3の準位が常に熱平衡でなければ緩和の速度は測定の度に異なる値を持つことになる。すなわち、Γ3の準位を熱平衡へと移す相互作用があって、Γ3のOctupole成分の緩和も核スピンの緩和と同様に存在するはずである。Γ3の準位の緩和時間を τ3とすると 1
τ3= Γ(Γ3)で、同様に森公式を用いれば計算できる。
Γ(Γ3) = limz→0
Γ(z) = limz→0
χ−1M 〈QM| i
z− QLQ|QM〉 (6.1)
ここで Γ3の持つ自由度は3つであり、これはパウリのスピン行列と同じ形をしている。
O20 = 4
1 00 −1
O22 = 4
0 11 0
Txyz = 18√
5
0 −ii 0
そこでを S = 1
2の擬スピンとして τ f とおき、
τ fx =
12· 1
4O22, τ f
y =12· 1
18√
5Txyz, τ f
z =12· 1
4O20 (6.2)
とすれば、τ f は普通のスピンと同様に扱うことができる。今、Txyzを z成分にとりたいのでx→ y,y→ z,z→ xと回転させる。通常のスピンであれば回転対称性から明らかであるが、擬スピンであるため古典的描像で考えると不自然である。行列を実際に計算することにより成り立つことを保証する。τ f
z の固有状態を | 1〉z,| −1〉zとする。基底を τfy の固有状態に取り直
すと、
τ fy | 1〉z =
i2| −1〉z, τ f
y | −1〉z =−i2| 1〉z (6.3)
τfy の固有状態を | 1〉y,| −1〉yとすると次のように表現できる。
| 1〉y =1√2
(| 1〉z + i | −1〉z
)(6.4)
| −1〉y =1√2
(| 1〉z− i | −1〉z
)(6.5)
6.1. 局在スピンの揺らぎ 39
そうすると、
τ fx | 1〉y =
i2| −1〉y, τ f
x | −1〉y =−i2| 1〉y (6.6)
τ fz | 1〉y =
12| −1〉y, τ f
z | −1〉y =12| 1〉y (6.7)
となり、τ fxが y成分、τ f
z が x成分のスピン行列に書き換えることができた。また、行列として扱う限り
τ fxτ
fx = τ f
yτfy = τ f
zτfz =
14
1 00 1
(6.8)
も成り立つ。すなわち、この2重縮退が解けないかぎり
〈τ fxτ
fx〉 = 〈τ f
yτfy〉 = 〈τ f
zτfz〉 (6.9)
も保証される。
また、交換関係もスピン行列の性質を使って同じように定める。
τf+ = τ f
z + iτ fx, τ
f− = τ f
z − iτ fx (6.10)[
τf+, τ
fy
]= −τ f
+,[τ
f−, τ
fy
]= +τ
f− (6.11)
八極子が緩和するためには横成分である四極子が相互作用を持たなければならない。そこで伝導電子との四極子相互作用を摂動項として考える。ここで伝導電子の四極子をOc
20のように cをつけて表すことにする。
H ′1 = (c1O
c20τ
fz + c2O
c22τ
fx)
=c1
2Oc
20(τf+ + τ
f−) +
c2
2iOc
22(τf+ − τ f
−) (6.12)
交換関係を計算すると[H1, τ
fy
]= −c1
2Oc
20(τf+ − τ f
−) −c2
2iOc
22(τf+ + τ
f−) (6.13)
となる。森公式の (2.55)式より、(5.8)式から先の計算と同じことを行う。
Γ(ω) = πχ−1T
⟨[H1, τ
fy ] | δ(ω − L0) | [H1, τ
fy ]⟩
+ O(H31)
=12χ−1
T
∫ ∞
−∞dteiωt
∫ β
0dτ〈eτH0e−iH0t[H1, τ
fy ]†eiH0te−τH0[H1, τ
fy ]〉
= χ−1T
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dteiωt
⟨eiH0t[H1, τ
fy ]e−iH0t[H1, τ
fy ]†
⟩
= χ−1T
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dteiωt
⟨eiH0t
(−c1
2Oc
20(τf+ − τ f
−) −c2
2iOc
22(τf+ + τ
f−)
)e−iH0t
×(c1
2Oc
20(τf+ − τ f
−) +c2
2iOc
22(τf+ + τ
f−)
)⟩(6.14)
40 第 6章 局在電子のエネルギー線幅の温度依存性
角括弧の部分を計算する。
−⟨eiH0t
(c1
2Oc
20(τf+ − τ f
−) +c2
2iOc
22(τf+ + τ
f−)
)e−iH0t
(c1
2Oc
20(τf+ − τ f
−) +c2
2iOc
22(τf+ + τ
f−)
)⟩
= −(c1
2
)2 ⟨Oc
20(t)Oc20
⟩ ⟨(τ f
+ − τ f−)(τ
f+ − τ f
−)⟩
+
(c2
2
)2 ⟨Oc
22(t)Oc22
⟩ ⟨(τ f
+ + τf−)(τ
f+ + τ
f−)
⟩
=
(c1
2
)2 ⟨Oc
20(t)Oc20
⟩ ⟨τ
f+τ
f− + τ
f−τ
f+
⟩+
(c2
2
)2 ⟨Oc
22(t)Oc22
⟩ ⟨τ
f+τ
f− + τ
f−τ
f+
⟩
ここで τf−τ
f+ = (τ f
z − iτ fx)(τ
fz + iτ f
x) =((τ f
z)2 + (τ fx)
2 + i[τ fz , τ
fx])
τf+τ
f− = (τ f
z + iτ fx)(τ
fz − iτ f
x) =((τ f
z)2 + (τ fx)
2 − i[τ fz , τ
fx])
=
(c2
1
⟨Oc
20(t)Oc20
⟩+ c2
2
⟨Oc
22(t)Oc22
⟩) ⟨τ f
yτfy
⟩(6.15)
ここで、χT は次のように定義される。八極子の static susceptibilityとは定数因子の分だけ異なる。
χT =⟨τ f
y | τ fy
⟩=
∫ β
0dτTr(e−βH0eτH0τ f
ye−τH0τ fy)/Tr(e−βH0)
= β⟨(τ f
y)2⟩
(6.16)
したがって、
Γ(ω) = π1− e−βω
2βω
∫ ∞
−∞dteiωt
(c2
1
⟨Oc
20(t)Oc20
⟩+ c2
2
⟨Oc
22(t)Oc22
⟩)
= π1− e−βω
2βω· 2
1− e−βω
(c2
1ImχOc20
(ω) + c22ImχOc
22(ω)
)
∴ Γ(Γ3) = πkBT limω→0
(c2
1
ImχOc20
(ω)
ω+ c2
2
ImχOc22
(ω)
ω
)(6.17)
伝導電子の四極子の static susceptibilityの虚数部は伝導電子間の相互作用を無視した場合はほぼ一定である。
6.2 実験結果との比較先に求めた線幅の温度依存性が
Γ(Γ3) = πkBT limω→0
(c2
1
ImχOc20
(ω)
ω+ c2
2
ImχOc22
(ω)
ω
)∝ T (6.18)
であることから、この結果を純粋にいままでの結果に反映させると次のグラフのようになる。ただし、各関数の scale factorは適当に調整した。
6.2. 実験結果との比較 41
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 6.1: Agの Γ(Γ3)のみ線形温度依存
0
1
2
3
4
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 6.2: Inの Γ(Γ3)のみ線形温度依存
42 第 6章 局在電子のエネルギー線幅の温度依存性
また、Γ(Γ4),Γ(Γ5)についても伝導電子との磁気相互作用
H1 =B2
(J+S− + J−S+) (6.19)
が働くことにより、Γ(Γ4) ∝ T,Γ(Γ5) ∝ Tとなるとすると次のグラフのようになる。この効果は
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (s
-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 6.3: Agの Γ(n)が線形温度依存
Agは非常に合っているが、Inの方がこれだと全く合わない。
0
1
2
3
4
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (1
03 s-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 6.4: Inの Γ(n)が線形温度依存
これは線幅が温度に比例しているとは言い難い結果で、実際に中性子非弾性散乱による線幅の見積もりからも妥当ではない。[11]
6.3. Γ3の分裂を考慮した場合 43
6.3 Γ3の分裂を考慮した場合線幅の温度依存性を考えたとき、ゼロ温度で緩和率が発散していたが、物理的には核スピ
ンのレベルと電子の励起レベルが全く等しくない限り正しくない。これは内部で共鳴しなければ、線幅がゼロになるとき緩和時間が無限大になるべきだからである。スペクトルをローレンツィアンに仮定した (5.26)式に立ち戻り、磁場効果を考えると
( 1T1
)dip
= 2γ2N|AHF |2
∑
k,l
ρ(Ek)Γ(kl)
(ω + ωkl)2 + Γ2(kl)
〈k|J+|l〉 〈l|J−|k〉 (6.20)
と書ける。八極子の場合も J±が τf±に変わるだけで基本的に同じである。NMRでの測定では
ωは核のゼーマン分裂程度であるから、ωkl ωであるとして Γ3の準位の分裂を仮定した場合を考える。すると、低温での発散は抑えられる。このときフィッティングで得られた値では ωkl = 0.018[meV] ∼ 0.20[K]ぐらいで比熱のピー
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 50 100 150 200 250 300
1/T
1 (s
-1)
Temperature(K)
ExperimentDataTotal
Γ 4Γ 5
KorringaΓ 3
図 6.5: Agの Γ(3)の分裂を含めた場合
クと比べて小さいもののそれほどおかしな値ではない。ただし、低温の温度変化がこのローレンツィアンにあるという意味ではない。図(6.5)は計算結果が実験と矛盾するものでないという程度の意味である。フィッティングによって実験結果に一致させているので見た目は非常によく一致しているが、高次の相互作用を考慮するほうが低温での振舞いを考える上で重要である。しかし、それは簡単ではない。他に低温の発散を抑えるものとしては、例えば近藤効果のような伝導電子による遮蔽効果が考えられる。測定されている温度領域においてPrMg3のMgの縦緩和率は低温でも減少のきざしがなく、PrAg2Inとの違いの原因は今後の課題である。
44
第7章 結論
7.1 まとめ谷田・高木らのPrAg2InとPrMg3におけるNMRの 1/T1の測定で見られた低温での著しい
増大は、八極子揺らぎの効果を一次摂動で取り入れ、最低次だけを考えても高温側は説明できることが理論的に初めて確認できた。このとき、Agは最隣接のみ考えればよいが、Inは最近接では相互作用しないので次近接まで考えている。縦緩和率の計算に電気四極子相互作用による核磁気の間接的な緩和は本研究では議論しなかったが、無いとは言えない。In核は四重極能率を持つので Inの緩和は次近接の Prとの相互作用ではない可能性を残している。 また、低温での違いが残っているのが、Prのエネルギースペクトルの幅の温度変化によるものである可能性がある。しかし、スペクトルの幅を八極子と伝導電子との相互作用と仮定し、八極子の緩和率が温度に比例すると考えたのは正しくなかった。この結果から、すぐにPr間の多極子相互作用を無視したせいとは言えないが、近藤効果に類する伝導電子との相互作用よりもRKKY 的な相互作用の方が重要ではないかと考えさせられる。つまり、PrAg2InとPrMg3において近藤格子として四極子近藤効果が観測される可能性は低いと推察する。Prの希薄な系であるほうが、四極子近藤効果は期待できる。 ただ、第六章の計算にあるように、非クラマース縮退の Γ3において八極子揺らぎと四極子揺らぎには密接な関連があることが分かったので、NMRの核磁気緩和の温度依存性は弾性定数の温度依存性の変化を知る手がかりになる可能性がある。磁気的な八極子と電気的な四極子との関連性は意外であるが、興味深く思う。
7.2 今後の課題局在電子間の相互作用から八極子の緩和率を計算したり、四極子の緩和率を計算して超音
波実験との比較を行い、Pr系における八極子の緩和率と弾性定数の温度依存性に関連があるか議論するのが一番の課題である。また、スクッテルダイトでは八極子の相互作用は影響を与えているのかについても議論する必要がある。また PrAg2Inの Ag核では低温で緩和率の減少が顕著に見られるが、In核でその傾向は小さく、PrMg3では減少する傾向が見られないことも興味深い問題である。
45
付録A 森公式で使う公式の導出
(2.40)式の証明
β〈A(t); B〉 =i~〈[A(t), B(0)]〉 (A.1)
(A.1)式の左辺を変形する。ここで
(左辺) =
∫ β
0dτ
⟨eτHA(t)e−τH B
⟩
=
∫ β
0dτ
⟨eτHeiH t/~Ae−iH t/~e−τH
i~
[H , B]⟩
=i~
∫ β
0dτTr
[e−βHeτHeiH t/~Ae−iH t/~e−τH (HB− BH)
]/Z (A.2)
Tr(ABC)=Tr(BCA)を利用して変形すると
= − i~
∫ β
0dτ
⟨eτHeiH t/~[H ,A]e−iH t/~e−τHB
⟩
= −∫ β
0dτ
⟨dA(t − i~τ)
dtB
⟩(A.3)
ここで s = t − i~τとして変数変換を行う
= − i~
∫ t−i~β
tds
⟨dA(s)
dsB
⟩
= − i~〈A(t − i~β)B〉 − 〈A(t)B〉
= − i~
Tr(A(t)e−βHB) − Tr(e−βHA(t)B)
/Tr(e−βH )
=i~〈[A(t), B(0)]〉 (A.4)
よって、(2.40)式が証明できた。 また、
(左辺) = −β⟨dA(t)
dt; B
⟩= − d
dt(β 〈A(t); B〉) (A.5)
であるから、(2.16)式と (2.4)式より
ΨAB(t) = β 〈A(t); B〉 (A.6)
も導ける。
46 付録 A 森公式で使う公式の導出
(2.47)式を証明する。ここでは、bを行ベクトル、cを行列として一般的に計算することにする。また、|A| ≡ detAとし、余因子は Ai j と書くことにする。
[A−1]11 =A11
|A|
⇔
a b∗2 . . . b∗nb2 c22 . . . c2n...
.... . .
...
bn cn2 . . . cnn
−1
11
=
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
c22 . . . c2n...
. . ....
cn2 . . . cnn
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
a b∗2 . . . b∗nb2 c22 . . . c2n...
.... . .
...
bn cn2 . . . cnn
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
(A.7)
(分子)= |c|分母をサラスの法則で展開する。
(分母) = a |c| +n∑
i=2
(−1)i−1bi
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
b∗2 . . . b∗nc22 . . . c2n...
. . ....
cn2 . . . cnn
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
= a |c| −n∑
i=2
bi
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
c22 . . . c2n...
. . ....
ci−1,2 . . . ci−1,n
b∗2 . . . b∗nci+1,2 . . . ci+1,n...
. . ....
cn2 . . . cnn
∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣
= a |c| −n∑
i=2
bi
n∑
j=2
b∗j ci j
= |c|(a− bc−1b∗
)
∴[ a b∗
b c
−1 ]
11=
1a− b∗c−1b
(A.8)
47
付録B Korringa 則の補足
dynamical susceptibilityの虚数部が温度変化に対して一定であることを示す。
limω→0
Imχs(ω)ω
= limω→0
β
2
∫ ∞
−∞dteiωt 〈Sz(t)Sz(0)〉 (B.1)
Szは c†qα, cqαを波数 q,スピン αの伝導電子の生成消滅演算子として、
Sz =12
(Ψ†↑(r = 0)Ψ↑(r = 0)− Ψ
†↓(r = 0)Ψ↓(r = 0)
)
=12
∑
α,β
Ψ†α(0)σzαβΨβ(0)
=12
∑
k,k′ ,α,β
c†kασzαβck′β (B.2)
で表せられる。ここで、kは波数、αはスピンを表す。これは原子の核を原点としたとき、原点に出来る電子のS波のスピン密度の分極である。無摂動のハミルトニアンは伝導電子なので、
H0 =∑
k,α
(εk + εα) c†kαckα (B.3)
とかける。ここで、εkは運動エネルギー、εαは電子スピンのエネルギーである。また、[H0,Sz
], 0 (B.4)
であることに注意して計算する。
β
2
∫ ∞
−∞dteiωt 〈Sz(t)Sz(0)〉
=β
2
∫ ∞
−∞dteiωt
∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
14
⟨c†kα(t)σ
zαβck′β(t)c
†qµσ
zµνcq′ν
⟩
=β
2
∫ ∞
−∞dteiωt
∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
14σzαβσ
zµν
⟨c†kαck′βc
†qµcq′ν
⟩ei(εk+εα−εk′−εβ)t
=β
2
∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
14σzαβσ
zµν
⟨c†kαck′βc
†qµcq′ν
⟩
×2πδ(ω + εk + εα − εk′ − εβ) (B.5)
ここで、
eεc†kαckαckαe
−εc†kαckα = e−εckα (B.6)
eεc†kαckαc†kαe
−εc†kαckα = eεc†kα (B.7)
48 付録 B Korringa則の補足
を使った。また、ウィック (Wick)の定理 (あるいはブロッホ・ドミニシス (Bloch-de Dominicis)の定理)を使えば
⟨c†kαck′βc
†qµcq′ν
⟩=
⟨c†kαck′β
⟩ ⟨c†qµcq′ν
⟩+
⟨c†kαcq′ν
⟩ ⟨ck′βc
†qµ
⟩(B.8)
と変形できるので、∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
σzαβσ
zµν
⟨c†kαck′βc
†qµcq′ν
⟩
=∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
σzαβσ
zµν
[⟨c†kαck′β
⟩ ⟨c†qµcq′ν
⟩+
⟨c†kαcq′ν
⟩ ⟨ck′βc
†qµ
⟩]
=∑
k,k′ ,q,q′ ,α,β,µ,ν
σzαβσ
zµν
[f (k, α)δkk′δαβ f (q, µ)δqq′δµν + f (k, α)δkq′δαν(1− f (k
′, β))δk′qδβµ
]
=
∑
k,q,α,µ
f (k, α) f (q, µ)σzαασ
zµµ +
∑
k,k′ ,α,β
f (k, α)(1− f (k
′, β)
)σzαβσ
zβα
= 2∑
k,k′ ,α,β
f (k, α)(1− f (k
′, β)
)(∵ Tr[σz] = 0,Tr[(σz)2] = 2) (B.9)
となる。ここでフェルミの分布関数を f (k, α)とした。 f (k, α)にもスピンの要素が入っているので第一項はゼロではなく f (k, ↑)− f (k, ↓)という形で残る。しかし、(B.5)式では δkk′δαβよりlimω→+0
δ(ω) = 0となるので気にしなくてよい。(ωは核スピンのエネルギー程度で 0に近いが 0
ではない。) (B.5)式に (B.9)式を代入すると、
(B.5)式 =β
4
∑
k,k′ ,α
f (k, α)(1− f (k
′, α)
)2πδ(ω + εk + εα − εk′ − εα)
=πβ
2
∑
α
" ∞
0dkdk
′δ(ω + εk − εk′ ) f (k, α)
(1− f (k
′, α)
)
=πβ
2
∑
α
" ∞
0dεkdεk′g(εk)g(εk′ )δ(ω + εk − εk′ ) f (εk + εα)
(1− f (εk′ + εα)
)(B.10)
となる。ここで状態密度を g(ε)とした。g(ε)は滑らかな関数であり、εF εαなので εαは無視できる。したがって、ω→ 0とすると、
' πβ
2
∫ ∞
0dεkg
2(εk)kBTδ(εF − εk)
' π
2g2(εF) (B.11)
という結果が得られる。ここで
f (ε)(1− f (ε)) = −kBT∂ f∂ε' kBTδ(εF − ε) (B.12)
を使った。このとき、補正項は (kBTεF
)2なので無視してもよい。したがって、
limω→0
Imχs(ω)ω
' π
2g2(εF) (B.13)
これは温度に依らない。この計算では簡単のためフェルミ面を球だとしたが、通常は波数空間の積分にフェルミ面の情報を加えた形で表現される。
49
付録C 超微細相互作用定数
AHFは核スピン I が感じる有効磁場との結合定数で hyperfine coupling constant(超微細相互作用定数)と言われる。これは
115AHF = NAµB
(115Kχbulk
)(C.1)
のように定義される。ここで 115というのは核の質量数で 115Kはその核のナイトシフト(又は金属シフト、分子化学では化学シフトと呼ばれる)である。ナイトシフトとは、観測の対象となる原子の周囲に配位する他の原子によって、印加された外場とは異なる有効磁場として対象の原子核に作用するため、共鳴周波数が裸の原子核の理論値からシフトする現象のことである。単純な金属ではそのシフト量はバルクの磁化率に比例する。ただし、物質によっては核に働く有効磁場とバルクの磁化率が温度によって異なる場合があるので実験によって確認する必要がある。文献 [1]によれば、であり、一定である。ただ、10[K]以下の低温では
図 C.1: 115Inの K-χプロット 図 C.2: 109Agの K-χプロット
やや折れて見えるが、伝導電子による遮蔽効果というよりは表面電流などの外的要因によりバルクの帯磁率が若干増えたものと考えられる。
50
付録D 縦緩和率の磁場依存性
z方向にかけられた静磁場が小さくないとき、x, y, zの対称性は失われているので (eq:緩和+-)式から (eq:緩和 z)式への変形を行うことはできない。その場合、核磁気緩和率 Γ(ω)はS+,S−のまま計算する。
Γ(ω) = χ−1I
1− e−βω
2ω
∫ ∞
−∞dteiωtγ
2N |AHF |2
4〈I+(t)I− + I−(t)I+〉 〈S+(t)S− + S−(t)S+〉
=18χI+I−χI
γ2N |AHF |2
[∫ ∞
−∞dteiωt 〈S+(t)S−〉 +
∫ ∞
−∞dteiωt 〈S−(t)S+〉
](D.1)
スペクトル幅は無限小として、揺動散逸定理の (2.24)式より
=χI+I−χI
γ2N |AHF |24βω
(ImχS+S−(ω) + ImχS−S+(ω))
∴1T1
=14χI+I−χI
kBTγ2N |AHF |2 lim
ω→0
(ImχS+S−(ω)
ω+
ImχS−S+(ω)ω
)(D.2)
ここで、対称化された揺動散逸定理の式とは t依存性が違うことに注意する。また、x, y, zの対称性があれば、〈Sx(t)Sx〉 =
⟨Sy(t)Sy
⟩= 〈Sz(t)Sz〉を使って、χI+I− = 2χI , ImχS+S− =ImχS−S+ =
2ImχSが示せるので以前の (5.17)式と同じになることが分かる。局在電子の場合について、スペクトル幅が無視できない大きさの場合を S→ Jとして計算してみると
1T1
=14χI+I−χI
γ2N |AHF |2
∑
k,l
ρ(Ek)Γ(kl)
(ω + ωkl)2 + Γ2(kl)
(〈k|S+|l〉 〈l|S−|k〉 + 〈k|S−|l〉 〈l|S+|k〉)
(D.3)
この場合、| k〉, | l〉を Jzの固有状態と見なし、ωklを縮退内のゼーマン分裂のエネルギーと考えてよい。NMRで測定する ωは核のゼーマンエネルギーであり、ωklが電子のゼーマンエネルギーであるからωはゼロとしてよい。ローレンツィアンの部分は磁場が強くなると緩和率を減少させる方向に働くが、ρ(Ek)の部分は自明ではない。これらについて 10[T]の静磁場の場合を具体的に計算してみる。例えば Γ5では J = 5
2、µB = 0.579× 10−4[eV/T]より
ωkl = gµBHJ ∼ 0.6[meV] ∼ 7[K] (D.4)
非弾性中性子散乱実験 [11]によれば、温度 4.4[K]で線幅は Γ(Γ3Γ5) ' 0.13[meV]である。この実験の値と Γ5の準位内での遷移の幅が同じとは限らないが、仮に 100Kで Γ(Γ5) ' 0.6[meV]程度だとしてもローレンツィアンは 7[T]から 10[T]に変わると約 0.75倍になる。実験で高温部分で磁場が大きくなると緩和率が下がるのはこの影響であると考えられる。
51
ρ(Ek)の部分は例えば Γ5の縮退に着目して和を取ると (5.49)式に補正が入る。
limω→0
ImχJ+J−(ω)ω
=2
kBTe−βEΓ5
ZΓ(Γ5)|〈Γ5,+
52| J+ | Γ5,0〉|2 cos(
54βµBH) (D.5)
この cos(54βµBH)の補正は(µBHkBT
)2として入るので 10[T]の場合でも 10[K]以下の低温でなけれ
ばあまり有効ではない。これも磁場が強くなると緩和率を減少させる効果になる。しかし、分配関数 Zが変わって Γ3の重みが大きくなれば低温では緩和率を増大させる効果になり得る。さらに厳密に話を進めるには固有状態の変化について議論しなければいけない。
52
付録E 多極子間の相互作用の計算
(5.34)式の計算方法を例として紹介する。bcc構造では、dipole間相互作用は二種類が考えられる。
図 E.1: bccの Jz-Jz相互作用 図 E.2: bccの Jz-Jx相互作用
図 (E.1)のように平行な場合は注目する中心の原子と立方体の原子の双極子は互いに異色同士が向き合っているので全て同じ符号の相互作用として書ける。立方体の一辺の長さを 2aとして z成分のみ考えると
HbccJJ−para = AJ
HF
∑
q
Iz,−qJz,q
(ei(qx+qy+qz)a + ei(−qx+qy+qz)a + ei(qx−qy+qz)a
+ei(−qx−qy+qz)a + ei(qx+qy−qz)a + ei(−qx+qy−qz)a
+ei(qx−qy−qz)a + ei(−qx−qy−qz)a)
= 8AJHF
∑
q
Iz,−qJz,q cos(qxa) cos(qya) cos(qza) (E.1)
ここで、Iz,−qJz,qが qに依存しないとして、ハミルトニアンの行列要素の絶対値の2乗の平均
53
をとる。
|〈k | HbccJJ−para | l〉|2 = 64
∣∣∣AJHF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2
× a3
(2π)3
$ 2πa
0dqxdqydqz cos2(qxa) cos2(qya) cos2(qza)
= 8∣∣∣AJ
HF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2 (E.2)
図 (E.2)のように垂直な場合は同色同士を正、異色同士を負に選ぶとき、(x,z)のペアのみを先と同様に計算すると、
HbccJJ−vert = AJ
HF
∑
q
Ix,−qJz,q
(−ei(qx+qy+qz)a + ei(−qx+qy+qz)a − ei(qx−qy+qz)a
+ei(−qx−qy+qz)a + ei(qx+qy−qz)a − ei(−qx+qy−qz)a
+ei(qx−qy−qz)a − ei(−qx−qy−qz)a)
= 8AJHF
∑
q
Ix,−qJz,q sin(qxa) cos(qya) sin(qza) (E.3)
八極子の場合、図 (E.3)のようになるので Jzと Txyzのペアだけ考えると
図 E.3: bccの Jz-Txyz相互作用
HbccJT = AT
HF
∑
q
Iz,−qTxyz,q
(−ei(qx+qy+qz)a + ei(−qx+qy+qz)a + ei(qx−qy+qz)a
−ei(−qx−qy+qz)a − ei(qx+qy−qz)a + ei(−qx+qy−qz)a
+ei(qx−qy−qz)a − ei(−qx−qy−qz)a)
= 8ATHF
∑
q
Iz,−qTxyz,q sin(qxa) sin(qya) cos(qza) (E.4)
PrAg2Inの場合の結晶構造と Txyzは図 (E.4),図 (E.5)のようになっている。(これは図 (4.1)と図 (3.3)と同じ図である。)この図から Txyzにおいて、Agでは最近接の4個の Prが最低次
54 付録 E 多極子間の相互作用の計算
図 E.4:結晶構造 図 E.5: Txyz : xyz
の相互作用を持ち、Inでは次近接の8個の Prが最低次の相互作用を持っていることが分かる。Agの場合は実際には4個だけが Prであることを考慮して先の八極子との相互作用を書き直すと、
HbccJT = AT
HF
∑
q
Iz,−qTxyz,q
(−ei(qx+qy+qz)a − ei(−qx−qy+qz)a + ei(−qx+qy−qz)a + ei(qx−qy−qz)a
)
= 2ATHF
∑
q
Iz,−qTxyz,q
(− cos[(qx + qy)a]eiqza + cos[(−qx + qy)a]e−iqza
)
= 2ATHF
∑
q
Iz,−qTxyz,q
(−(cos(qxa) cos(qya) − sin(qxa) sin(qya))eiqza
+(cos(qxa) cos(qya) + sin(qxa) sin(qya))e−iqza)
= 4ATHF
∑
q
Iz,−qTxyz,q
(−i cos(qxa) cos(qya) sin(qza) + sin(qxa) sin(qya) cos(qza)
)(E.5)
絶対値の2乗は
∣∣∣∣⟨k | Hbcc
JT | l⟩∣∣∣∣
2= 16
∣∣∣ATHF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2∣∣∣∣⟨k | Txyz | l
⟩∣∣∣∣2 a3
(2π)3
$ 2πa
0dqxdqydqz
(
cos2(qxa) cos2(qya) sin2(qza) + sin2(qxa) sin2(qya) cos2(qza))
= 4∣∣∣AT
HF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2∣∣∣∣⟨k | Txyz | l
⟩∣∣∣∣2
(E.6)
55
双極子との相互作用は
HbccJJ−para = AJ
HF
∑
q
Iz,−qJz,q
(ei(qx+qy+qz)a + ei(−qx−qy+qz)a + ei(−qx+qy−qz)a + ei(qx−qy−qz)a
)
= 4AJHF
∑
q
Iz,−qJz,q
(cos(qxa) cos(qya) cos(qza) − i sin(qxa) sin(qya) sin(qza)
)(E.7)
HbccJJ−vert = AJ
HF
∑
q
Ix,−qJz,q
(−ei(qx+qy+qz)a + ei(−qx−qy+qz)a − ei(−qx+qy−qz)a + ei(qx−qy−qz)a
)
+ (y,z)の組
= 4AJHF
∑
q
Ix,−qJz,q
(sin(qxa) cos(qya) sin(qza) + i cos(qxa) sin(qya) cos(qza)
)
+ (y,z)の組 (E.8)
絶対値の2乗は∣∣∣∣⟨k | Hbcc
JJ−para | l⟩∣∣∣∣
2= 4
∣∣∣AJ−paraHF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2 (E.9)∣∣∣∣⟨k | Hbcc
JJ−vert | l⟩∣∣∣∣
2= 4
∣∣∣AJ−vertHF
∣∣∣2 |〈k | Ix | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2 + 4∣∣∣AJ−vert
HF
∣∣∣2 ∣∣∣〈k | Iy | l〉∣∣∣2 |〈k | Jz | l〉|2
(E.10)
Inの場合は八極子は次近接では8個で最初の計算どおりである。双極子の場合は
H sc = AJHF
∑
q
Iz,−qJz,q
(−eiqza − e−iqza
)
= −2AJHF
∑
q
Iz,−qJz,q cos(qza) (E.11)
絶対値の2乗は
|〈k | H sc | l〉|2 = 4∣∣∣AJ
HF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2 a2π
∫ 2πa
0dqz cos2(qza)
= 2∣∣∣AJ
HF
∣∣∣2 |〈k | Iz | l〉|2 |〈k | Jz | l〉|2 (E.12)
56
~参考文献~
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[16] 臨界現象の理論(1973年度物性若手夏の学校における全体講義の講義ノート)(森肇著)(1998第一版)
[17] 統計物理学(今田正俊著)
57
[18] 熱・統計力学 (宮下精二著)
[19] 磁気共鳴の原理 (Charles P.Slichter著 /益田義賀,雑賀亜幌訳)
[20] 遍歴電子系の核磁気共鳴 (朝山邦輔著)
[21] 多体問題(高田康民著)
[22] 磁性の理論(永宮健夫著)
[23] 「f電子系の物理の最近の発展」固体物理特集号 (1998) Vol.33 No.4 (榊原俊郎著)
[24] 固体物理学入門(下) (Charles Kittel著 /宇野良清他訳)
[25] 配位子場理論とその応用 (上村 洸,菅野 暁,田辺行人著 /今井功,他編)
[26] 現代の量子力学(上) (J.J.Sakurai(桜井 純)著 / San Fu Tuan編 /桜井 明夫訳)
58
謝辞
本研究は多くの人の支援と協力によってここまで進めることができました。この場を借りてお礼申し上げます。 倉本先生には本研究についての指導のみならず、研究の進め方についてもいろいろ指導していただきました。楠瀬先生には研究上でいろいろとアドバイスをいただきました。また、大槻さん、林くんをはじめとする研究室の方々にはしばしば議論の相手をしてもらいました。ここに深く感謝します。 また、学部のときに指導して下さった高木先生と小野寺先生、先輩の谷田さんには研究についてたくさんのことを教わりました。今回の研究にあたっては、PrAg2Inと PrMg3に関する実験データや論文の情報などを提供していただきました。ここに深く感謝します。 修士論文を書くにあたって、倉本先生、楠瀬先生、大槻さん、高木先生、谷田さんには貴重なアドバイスをしてもらいました。また、山影くんには一部の計算の見直しを手伝ってもらいました。多くの助力をしていただいたことを改めて感謝します。 最後に大学院まで勉強させてくれている両親に感謝します。