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Page 1: 喪服の少女 - 神奈川大学human.kanagawa-u.ac.jp/gakkai/student/pdf/i13/130305.pdf · 青年は少し急ぐようにバーコードリーダーを握る 今の彼女は見間違いだったのだろうか?

喪服の少女

人間科学部

人間科学科1年 

榎本 

凱斗

コンビニエンスストアは、この土地に住む人々─

─主に老人が生命線としているだけあって、暇な

時間帯というものがほとんどない。実際には田舎

田舎というほど過疎化の進む土地というわけでも

ないので、若い人も少ないわけではないのだが、

それ故に人々の生活形態が多様で、店員もそれに

対応する形になっている。

常連の御老人が、お釣りを受け取って店を出て

いく。次のお客が来るまでの間の僅かな時間に、

青年の視線は店内の角に設置されている防犯用の

鏡に向けられる。盗みなど高校一年生の頃からこ

こで働いてきた彼ですら遭遇したことが無い。そ

んな店舗に設置されたその鏡は本来の用途から逸

れ、ただ時間を持て余し労働という行為に走る青

年の興味関心によってのみ存在意義を与えられて

いた。

その鏡に映っていないかと期待されているのは、

例の彼女だ。そしてその彼女はついに映らなかっ

た。次のお客が持ってきた買い物籠を受け取って、

青年は少し急ぐようにバーコードリーダーを握る

手を動かし始めた。

今の彼女は見間違いだったのだろうか? 

青年

は視線を忙しくさせながら、接客と興味関心を両

立させていた。

商売というものには波があって、チェーン店で

もないこの店もその例外ではない。近くにバス停

があるので、その停車にしたがって必ず客は流れ

てくるし、バスが来なくても何故か客はやってく

る。どこか遠くで人々を見守っている存在によっ

て、操られているのではないかと思えてくるほど

だ。青

年はその波を捌き切ると、小さく溜め息を吐

いた。誠心誠意この仕事を三年間続けてきた彼に

とって、この程度の波は大したことではない。お

客もほとんどが顔見知りで、その応対も気軽なも

のだ。だが、途中で鏡に視線を移すのを止めてし

まい、例の彼女は少し眼を離した隙に店を出ていっ

てしまったか、それとも本当に見間違いだったの

彼女を見かけるようになったのは、蝉騒めく夏

の中旬。学生が暇を持て余し、社会人が懐かしみ

羨む長期休暇、つまり夏休みのことだった。

彼女は他のお客がそうするように、初めは窓際

にある雑誌棚の方を進んで視界から消えていった。

しかし夏休み中にセーラー服を着てやってくるお

客など、部活動に励む地元の中学生や高校生くら

いのものだし、何よりこの辺りでは見たことの無

い黒いセーラー服だったので、その一瞬ですらも

青年の視線は彼女に引き寄せられた。

コンビニエンスストアのアルバイト店員という

仕事柄故、レジカウンターの中に立っていれば流

れて来るのはお客と買い物籠だ。呆然とその残像

を追うかのように呆けていた青年は、常連客の御

老人が大きな音を立てて商品を差し出してくるの

を、それでも慣れていることなので何でもないよ

うにバーコードリーダーを手に取った。

周囲半径二キロ圏内に同業店舗もないような田

舎に、ぽつんと場違いのように居座っているこの

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● 小説

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か判断できなかった。

「どうかしたのかい?」

カウンターの内側で、共にお客様を捌いていた

店主が青年に訊ねた。五十半ばの中年男性で、丸

いレンズの眼鏡を掛けたその風貌は、知識に富ん

だ頭脳と聡明さを如実に示していた。作家として

活躍している彼だが、今はその活動の勢いを抑え、

それまでの蓄えでこの店を立ち上げ営んでいる変

わり者である。

「いいえ。なんでもありませんよ」

青年は微笑を浮かべて、何の取柄もない自分を

雇ってくれている店主に答えた。すると店主は「そ

うか。それなら用度品の在庫確認をしておいてく

れ。私は事務所にいるから」と言い残してカウン

ターから出ていった。

青年はこの個人店の制服代わりのエプロンのポ

ケットから、ペンを取り出して用度品管理の用紙

とバインダーを手に取った。そのボールペンを指

揮棒のように振り回しながら、彼は割り箸やスト

ロー、ポリ袋などの在庫を見て回った。

その全てはカウンター内で完結する作業だった。

それ故に彼は彼女が未だ店内にいることを知らな

かったし、店内にお客様はいらっしゃらないと思

い込んでいたためか、青年は彼女がレジ前に立っ

ていることにしばらく気付かなかった。

「おお! 

いや、申し訳ありません、失礼を致し

ました。いらっしゃいませ」

青年は二つ分の驚きに声を上げてしまったこと

を恥じ、深々と頭を下げた。それから顔を上げると、

彼は目の前に黒いセーラー服を着た少女が立って

いることをはっきりと眼で捉えた。

彼女は一見具合が悪いように思えるほど、顔色

が優れなかった。しかしそれが黒いセーラー服に

よって色白さが際立って見えているのだと知ると、

青年は少し安堵した。肩の辺りで切り揃えられた

黒く艶やかな髪と、美しく整ったその顔の色の悪

さが、彼女を幽霊に仕立て上げようとしていたか

らだ。

青年がバインダーをカウンターの端に置くと、

少女はやっと要件を言おうと口を開いた。こちら

を顧慮してそのようにしているのだと察すると、

青年は年上ながら少女に敬意すら覚えた。

「あの、携帯電話の充電器を探しているんですけ

ど」

「充電器、ですか」

「はい。色々な種類があってよくわからなくて」

「乾電池で充電するものと、コンセントに繋いで

充電するものと、どちらをお探しでしょう?」

「コンセントに繋ぐものを」

ある程度電子機器に関する知識を持っていた青

年は、カウンターを出て少女の側に寄ると、「探し

てみましょう」と言って彼女を充電器が並べられ

ている棚の方まで案内した。

「携帯電話のキャリアはどちらですか?」

「○○です」

「○○……ああ、それでしたらこちらになります」

青年は、携帯電話のキャリアごとに充電器のコ

ネクタの形状が異なることを知ってたが、少女は

それを知らなかったようで、差し出されたパッケー

ジを両手で持ってじっと見つめていた。「よろしい

ですか?」と青年が訪ねると、少女は首肯して場

面は会計に移った。

「にしても、見ない制服ですね。どこか遠くから

いらっしゃったのですか?」

充電器をポリ袋に詰めながら、青年はそんなこ

とを訪ねてみた。すると、一見そういったことを

尋ねられるのを嫌いそうな雰囲気のある少女は、

抵抗なく首を縦に振った。

「東京の方から。父方の伯父が亡くなったので、

その葬儀に」

青年はしまった、と思った。今度は恥じ入ると

いうより自身の軽率さや思慮の無さを悔いて、頭

を下げた。

「申し訳ありません、大変失礼なことをお尋ねい

たしました」

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喪服の少女

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すると、少女は慌てたようにそれに答えた。

「いいえ、どうか頭を上げてください。父方の親族

とは疎遠でしたので、特に思い出もありませんし。

だからどうか、気にしないで下さい」

そうは言ってくださったものの、青年にとってそ

の問いかけは間違いなく今日一番の失敗であった。

何故セーラー服が喪服であるという考えに至らな

かったのか。きっと店主ならその思慮深さでもって、

このようなことは難なく回避しただろうに。

青年が後悔の色を顔に滲ませていると、少女は

困ったように微笑を浮かべた。

「充電器を買いに来たのはついでで、本当は暇つぶ

しに来たんです。言った通り私の家は父方の親族と

は疎遠なので、どうも居心地が悪くて」

少女がそのように話題を変えようとしてくれて

いることを見て、青年は更に少女の魅力に触れて

いった。なんと包容力のある人だろうと感銘を受け、

乾燥しかけていた彼の青春に潤いを与えた。この人

とはもっと話してみるべきだと本能が訴えていた。

「……読書はされますか?」

「ええ、しますけど」

要領を得ないといった様子の少女の答えに、青年

は満足そうに微笑んだ。

「なら、ここから少し行ったところにある本屋に

行ってみて下さい。きっと時間を潰せるでしょう。

個人店ですから仕入れの良し悪しもありますが、運

が良ければ気に入る本も見つかるかもしれません

よ」

「本当ですか? 

なら一度行ってみます」

こうして、青年は彼女との出会いを果たした。そ

れはあくまでお客と店員という関係で交わされたも

のだが、それでも青年には微かな恋心が芽生えてい

たし、少女の反応も悪いものではなかったように思

えた。少なくとも嫌われてはいないだろうと、自分

の接客やその態度を後で思い返してみて確信した。

さて、青年はそうやって喪服の少女と知り合えた

わけなのだが、少女はあくまで葬儀の間だけこの土

地に滞在しているらしかった。つまり青年の実家が

あるこの土地に居られるのは、二人が出会ったその

日を始めにしてもせめて一週間程度であろうと

いった具合だった。

青年は少女が店を出ていった後、そのことだけを

頭に残して仕事をこなした。別に恋心を抱いたから

といって、それを相手に伝える必要はないわけだし、

ひと夏別れの惜しい出会いがあったとしても、それ

はそれで良い思い出となるだろうと青年は思ってい

た。こ

のようなことから、青年は一見勢いでものを

言ってしまいそうな人であっても、その内面は意外

にも冷めていて、達観したものであるらしかった。

翌日、青年は再びレジの中に立っていた。この店

を支えるアルバイトは彼以外にも複数名いて、その

ほとんどが学生であった。そのようなことがあって、

今青年の隣で彼と同じように接客をしているのは、

青年より二つ年下の少年であった。

真面目な青年が教育係をしたこともあって、この

職に就いてまだ一年目だというのに、少年の手つき

は随分慣れたものだった。そのお陰もあってか、昼

時の大きな波も軽く乗り切ることができて、さあ後

はレジの引き継ぎ作業をするのみといった状態

だった。十三時には交代として昼勤務の学生がやっ

てくることだし、気楽なものだった。

禁じられているわけではないが、お客がいる場合

は控えるべきであるとされる私語も、その時ばかり

は捗った。青年と少年はなかなか趣味の似通ったと

ころがあって、好きな本がどうだといった内容のも

のから、常連の爺さんがまた少し物覚えが悪くなっ

ているようだといった、常連客の近況報告のような

ことをして時間を潰した。

そしてついに時間が追いついて、青年はエプロン

を外すことになった。事務所にある小さなロッカー

に収めてあった財布や腕時計といった貴重品を身に

着けて、寝不足気味の店主に「お先に失礼致します」

と声を掛けてその日の務めは終わった。

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そこで青年が驚いたのは、自身が事務所の方に

引っ込んでいる間に、店に例の少女がやってきてい

たことだった。今日の少女はセーラー服ではなく私

服で、青年はそこにも驚いた。青年に刻まれた少女

の第一印象はまさしく『黒のセーラー服』であった

からだ。

青年が認識している少女のアイデンティティと

すら言えるセーラー服を着ていない彼女は、まるで

別人のようにすら見えて、彼は声を掛けるのを躊躇

した。すると少女は彼女を見て硬直している青年を

見つけてくれて、彼ができなかったことを簡単にし

て見せた。

「こんにちは」

「ああ、どうも」

何とも締まらない挨拶しか出てこなかった青年

は、この店の店員として振る舞うべきか、一人の年

長者として振る舞うべきか迷った。しかし今更彼女

に敬語を捨てて話すというのも恥ずかしさを覚える

ので、接客中と同じようにとはいかないまでも、敬

語のままでいいかという判断に至ったのだった。

「今日はお客さんなんですね」

昨日と同じように微笑を向けてはくれまいかと

青年が期待していた反面、少女の顔は表情が乏し

かった。元々そういった性格の娘なのだろうと青年

は飲み込み、それに答えた。

「いいえ、さっきまでレジに立っていましたよ。丁

度今勤務を終えたので、家に帰ろうとしていたとこ

ろです」

「それはご苦労様です」

「ああ、はい。どうも」

突然労いの言葉を掛けられて、青年はまたしても

なんと返したらいいか戸惑った。取りあえず礼を

言っておくことは出来たが、気の利いたことは何一

つ言えていないような気がして、今一つ彼女とどう

接したらいいかわかっていない自分がいるのを感じ

ていた。

「そういう君は、いったいどんな用事でまたここ

に?」

そう訊ねると、少女は今度こそ微笑を浮かべてそ

れに答えた。

「暇を潰しに」

「そうですか!」

青年は嬉しくなった。その暇つぶしでわざわざこ

の店に来てもらえることが、何より嬉しかった。

「ところで、この間言っていた本屋はどこにあるん

ですか?」

「この店から少し行ったところです。口で説明する

のはなかなか伝わらないものですし、よかったら案

内しましょうか?」

「いいのですか?」

「もちろん」

言いも悪いも、青年にとっては願ったり叶ったり

だった。

このようなことから見てわかるように、青年は二

度目の再開にして少女に惚れていた。外見で視線を

奪われ、言葉で心を奪われていた。たかだか数回言

葉を交わしただけとはいえ、青年にとってはその人

間性を推し量るには十分だったわけだ。

ところで、青年は普段朝からの勤務に入っている

と、昼食はいつも帰りがけにその店で買うことにし

ていた。なので、この炎天下の中を歩いて本屋まで

行くのは辛かろうと、二人分のお茶を、それから手

早く昼食を済ませられるように菓子パンを一つ

買って店を出た。

「近くに住んでいらっしゃるんですか?」

歩き始めて、青年が行儀悪くも菓子パンを腹に収

めたのを見計らって少女がそう訊ねた。

「とは言っても、夏休みの間だけですが。僕は今、

東京の方の大学に通っているので、家というのはそ

の近くのアパートになります」

「一人暮らしをされているんですね」

「ええ、まあ。そういう君は、今後どうするんです

か? 

昨日見たところ、学生さんでしょう? 

進学

先などはもう考えているんですか?」

それから少女は、考え込むような仕草をした。そ

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喪服の少女

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こで青年は、初めてこの少女が年相応に子供らしい

顔をしているのを見た。彼女がまだ進路というもの

に迷っているのは簡単に見て取れた。

「一応、○○大学あたりを考えています」

「○○大!」

青年は今度こそ飛び跳ねそうになった。その名は、

青年が通う大学そのものの名だったからだ。自分の

後輩として少女が同じ大学に通うなど、何という偶

然だろうと青年は空を仰ぎ見た。

「僕はそこの大学に通っているんです。面白い教授

はいるし、学食は美味いし、図書館もあって。良い

ところだと思いますよ」

普段大学の友人と話すときはまず出ないであろ

う大学の褒め言葉を即座に並べて見せた。

「そうですか」

しかし、少女の反応はあまりいいものではなかっ

た。それは青年が大学の名を売り込んでいることに

対してというより、単純に別の方向に思考が傾いて

いるからであった。

会話が少なくなって、歩くこと十五分ほど。二人

の目に本屋が現れた。東京で目にするようなチェー

ン店とは比べ物にならないほどの小さな店だが、青

年はそこで何冊も本を買い漁ったことがあった。

店内に入ると、店の主人が出迎えてくれて、しか

し少女が欲しい本が既に決まっているのか、店内を

嘗め回す様に眺めていた。それから少女の探し物に

小一時間ほど付き合って、ようやく見つけた本の

入った袋を手に帰路についた。

「欲しいものが見つかって良かったじゃないです

か。ね、言ったでしょう? 

あの店は店主の気分次

第で仕入れがされるから、お目当ての本があるのは

珍しいんですよ」

「ええ。本当に良かったです」

少女はさも満足といった具合に笑みを浮かべて

青年の言葉に応じた。青年もそれが嬉しくて、今日

ばかりはあの趣味の合わない店主に感謝を述べたい

気持ちになった。

しばらく歩いて、少女が少し疲れた様子を見せて

いたので、近くの公園で休んでいこうということに

なった。こちらに出かける際に買ったお茶を少女に

与えて、青年も自分の分のそれに口をつけていた。

「ところで、何故その本を買ったんです?」

その言葉には、何故このような場所に来てまで、

といった意味合いが含まれていた。見たところ、少

女は本屋に目的の本があって足を運んだように思え

た。しかし、あの店は目的の本を買うというよりは

出会いを求める店といった性質を持っている。目的

の本を買うなら、少女の実家がある東京の方が品揃

えはあるだろうしと思って、青年は訊ねた。

「昨日、伯父とはなんの思い出もないと言ったのを

覚えていますか?」

「ええ」

「私、小学生の頃に一度だけ伯父に会って、その時

にこの本を譲ってくれたのを思い出しました。でも

小学生だった私にはまだ難しくて読めなくて。それ

で、何年かして古本に出してしまったんです」

「ほう」

「遺品整理の時に見たのですが、読書家だった伯父

の本棚にその本の続編がありました。でも一巻だけ

が欠けていて、伯父はシリーズものの一巻だけを私

に与えたのだとつい最近知りました。一体伯父は何

を思って私にその一巻を与えたのかわからなくて。

だから、改めて読んでみたいと思ったんです」

青年は、少女が喪に服しているのを改めて思い知

らされた。それどころか、どうして自分はそんなこ

とを一切視界に入れていなかったのだろうと自分を

殴ってやりたくなった。親族が亡くなっている少女

に易々と声を掛け、暇つぶしと称して出歩いている

のを良いことに、自分が好意を抱いているからと

いって本屋に案内までしてしまった!

いいや、それ自体は何も悪いことではないのだろ

う。しかし、青年には少なからず恋心があって、そ

れ故の行動があった。それを青年の真面目な性格が

許さなかった。

少女が何故その本を求めたのか。その理由を聞い

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て、そして再び帰り道を歩いた。青年から少女に

声を掛けることは殆どなく、対して少女がその様

子を心配するように言葉を投げ掛けていた。

とうとう青年が働いている商店の前まで戻って

きた。ここからは少女も一人で戻れるだろう。

「今日は本当にありがとうございました。その

……お疲れの中案内してくださったようで」

少女は自分が大人しくなったのは疲れの所為だ

と見たようだが、そんなことはなかった。単純に、

弁えるべきところを知っただけの事だった。その

事実を伝える代わりに、青年は少女に微笑を向け

て言った。

「僕は明日からしばらく店には行きません。なの

で、恐らく君と話すのもこれが最後になりますね」

「そう……なのですか」

少女は意外にも寂しそうな顔をしてくれた。恐

らく形は違うものだろうが、彼女も青年に対して

好意を抱いていたことに変わりはなかったのだろ

う。そのことだけが、唯一今回の出会いで自分が

誇れることだと青年は思った。

「ところで、伯父さんが何故一巻だけあなたに贈っ

たのか、なんとなくわかりました。本を好んで読

むようになった今のあなたには、なかなかわかり

辛いことだと思いますが」

「……それはなんでしょう?」

「単純に、子供のあなたに本を好きになってもら

いたかったのでしょう。一巻だけを読んでみて、

しばらくすると続きが読みたくて仕方がない。そ

んな気持ちを君にも味わってもらいたかったので

は?」

あくまで個人の考えではあるが、青年は自分の

考えをそのように述べた。すると少女はその言葉

をしっかりと受け止めたようで、微笑を浮かべな

がら青年に言った。

「もしそうなら、伯父は相当に意地の悪い人です

ね」違

いない、と青年は笑った。

少女とはそれ以降、本当に会うことはなかった。

夏が終わり、実家から東京のアパートに戻って

ひと月ぶりの一人暮らしを再開して、三ヶ月が経っ

た。季節が変わり、冬となった。都会の寒さは実

家の方の寒さとは違って、鋭い刃物が触れていく

かのような感覚を伴っていた。

青年は、少女が言っていた本のタイトルを思い

出し、それを書店で購入していた。一巻だけを、じっ

くりと時間をかけて読んでいくと、濃密な時間が

過ぎていった。そして後から湧き上がってくるか

のような衝動が、静かに青年の胸の奥でうごめい

ていた。

あと四か月後。青年は、新入生たちの中に彼女

が混じっていることを想像する。そして本の一巻

から最終巻までを読破した彼女は、その喜びに胸

を躍らせながら新たな日々に身を任せるのだ。

作品についてのコメント

自分の文章がどの程度のものとして物語を作り

上げるかを試そうとして、この作中ではあえて大

げさに表現をしている節があります。それ故に時

代性と表現の組み合わせが上手くできていない部

分があるように見えます。ですがそれはそれで文

章という表現の中ではなかなかうまく誤魔化せる

もので、後から読み返してみると、まあ読めなく

もないかなといった具合です。

ほんの一、二週間の空いた時間に書き上げたもの

なので、登場人物に対する愛着も物語に対する自

信もありません。自分の渾身の一作が書けたとも

思っていません。短編を書いたのはこれが初めて

ですし、書いていて物足りないと思ったことも多々

あります。ただ、せっかく大学に入りこのように

自分の文章を評価してくれる機会があるならと

思って、この作品を投稿させていただきました。

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