地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス - 香川...

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香川大学経済論叢 68 巻第 2 3 1995 11 187-209 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 一一一内的過程の導入による時間地理学の再検討一一一 真志 はじめに 高度経済成長を達成し,経済大国と呼ばれるようになったわが国で,豊かさ が実感できる生活環境をいかに実現するかが問われている。より良い生活環境 を整備していくためには,多様な人々のさまざまな生活需要を集約して対応す る必要があるが,混住化社会研究,地域社会研究で指摘されるように,しばし ば住民間に摩擦が生じており,住民間の合意形成の作業は容易ではない。合意 形成のためには,いかなる住民が,日常どのような空間を前提に,どのような 形で地域と関わり合って生活をしているのかを把握しておく必要がある。 スウェーデンの地理学者, Hagerstrand によって提唱された時間地理学は, 人々の活動の地空間上の軌跡から日常生活のさまざまな制約を分析しようとす るもので,その後,地理学だけではなく,都市計画,地域政策といったプラン ニングや, Anthony Giddens の構造化理論といった社会理論など,多方面に 影響が及んでいるが, Hagerstrandは当初,時間地理学によって都市社会に おける「生活の質」や「暮しやすさ」といった現代的課題に取り組むことを意 図しており,その視点は,まさに現在の日本で必要とされているものであった。 生活環境の議論は,地域社会のあり方と密接な関係があると考えられる。し ( 1) Hagerstrand T Whataboutpeopleinregionalscience ?", Paj ersand Pro eed- ingsoj Regional Scie ceAsso zation 24 1970 7-21 , 荒井良雄・ II[ 口太郎・岡本耕平・ 神谷浩夫編訳生活の空間都市の時間 1 ,古今書院, 1989 5 -24.. 荒井良雄都 市における生活活動空間の基本構造とその問題点」信州大学経済学論集, 29 1992 27 -67. 香川大学経済論叢 68 巻第 2 3 1995 11 187-209 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 一一一内的過程の導入による時間地理学の再検討一一一 真志 はじめに 高度経済成長を達成し,経済大国と呼ばれるようになったわが国で,豊かさ が実感できる生活環境をいかに実現するかが問われている。より良い生活環境 を整備していくためには,多様な人々のさまざまな生活需要を集約して対応す る必要があるが,混住化社会研究,地域社会研究で指摘されるように,しばし ば住民間に摩擦が生じており,住民間の合意形成の作業は容易ではない。合意 形成のためには,いかなる住民が,日常どのような空間を前提に,どのような 形で地域と関わり合って生活をしているのかを把握しておく必要がある。 スウェーデンの地理学者, Hagerstrand によって提唱された時間地理学は, 人々の活動の地空間上の軌跡から日常生活のさまざまな制約を分析しようとす るもので,その後,地理学だけではなく,都市計画,地域政策といったプラン ニングや, Anthony Giddens の構造化理論といった社会理論など,多方面に 影響が及んでいるが, Hagerstrandは当初,時間地理学によって都市社会に おける「生活の質」や「暮しやすさ」といった現代的課題に取り組むことを意 図しており,その視点は,まさに現在の日本で必要とされているものであった。 生活環境の議論は,地域社会のあり方と密接な関係があると考えられる。し ( 1) Hagerstrand T Whataboutpeopleinregionalscience ?", Paj ersand Pro eed- ingsoj Regional Scie ceAsso zation 24 1970 7-21 , 荒井良雄・ II[ 口太郎・岡本耕平・ 神谷浩夫編訳生活の空間都市の時間 1 ,古今書院, 1989 5 -24.. 荒井良雄都 市における生活活動空間の基本構造とその問題点」信州大学経済学論集, 29 1992 27 -67. OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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香川大学経済 論 叢

第68巻第 2・3号 1995年 11月 187-209

地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス

一一一内的過程の導入による時間地理学の再検討一一一

原 真志

はじめに

高度経済成長を達成し,経済大国と呼ばれるようになったわが国で,豊かさ

が実感できる生活環境をいかに実現するかが問われている。より良い生活環境

を整備していくためには,多様な人々のさまざまな生活需要を集約して対応す

る必要があるが,混住化社会研究,地域社会研究で指摘されるように,しばし

ば住民間に摩擦が生じており,住民間の合意形成の作業は容易ではない。合意

形成のためには,いかなる住民が,日常どのような空間を前提に,どのような

形で地域と関わり合って生活をしているのかを把握しておく必要がある。

スウェーデンの地理学者, Hagerstrandによって提唱された時間地理学は,

人々の活動の地空間上の軌跡から日常生活のさまざまな制約を分析しようとす

るもので,その後,地理学だけではなく,都市計画,地域政策といったプラン

ニングや, Anthony Giddensの構造化理論といった社会理論など,多方面に

影響が及んでいるが, Hagerstrandは当初,時間地理学によって都市社会に

おける「生活の質」や「暮しやすさ」といった現代的課題に取り組むことを意

図しており,その視点は,まさに現在の日本で必要とされているものであった。

生活環境の議論は,地域社会のあり方と密接な関係があると考えられる。し

( 1) Hagerstrand, T ,“ What about people in regional science ?", Pajうersand Proじeed-

ings oj Regional Scie抑ceAssoじzation,24, 1970, 7-21, 荒井良雄・ II[口太郎・岡本耕平・

神谷浩夫編訳生活の空間都市の時間1,古今書院, 1989, 5 -24..荒井良雄都

市における生活活動空間の基本構造とその問題点」信州大学経済学論集, 29, 1992, 27

-67.

香川大学経済 論 叢

第68巻第 2・3号 1995年 11月 187-209

地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス

一一一内的過程の導入による時間地理学の再検討一一一

原 真志

はじめに

高度経済成長を達成し,経済大国と呼ばれるようになったわが国で,豊かさ

が実感できる生活環境をいかに実現するかが問われている。より良い生活環境

を整備していくためには,多様な人々のさまざまな生活需要を集約して対応す

る必要があるが,混住化社会研究,地域社会研究で指摘されるように,しばし

ば住民間に摩擦が生じており,住民間の合意形成の作業は容易ではない。合意

形成のためには,いかなる住民が,日常どのような空間を前提に,どのような

形で地域と関わり合って生活をしているのかを把握しておく必要がある。

スウェーデンの地理学者, Hagerstrandによって提唱された時間地理学は,

人々の活動の地空間上の軌跡から日常生活のさまざまな制約を分析しようとす

るもので,その後,地理学だけではなく,都市計画,地域政策といったプラン

ニングや, Anthony Giddensの構造化理論といった社会理論など,多方面に

影響が及んでいるが, Hagerstrandは当初,時間地理学によって都市社会に

おける「生活の質」や「暮しやすさ」といった現代的課題に取り組むことを意

図しており,その視点は,まさに現在の日本で必要とされているものであった。

生活環境の議論は,地域社会のあり方と密接な関係があると考えられる。し

( 1) Hagerstrand, T ,“ What about people in regional science ?", Pajうersand Proじeed-

ings oj Regional Scie抑ceAssoじzation,24, 1970, 7-21, 荒井良雄・ II[口太郎・岡本耕平・

神谷浩夫編訳生活の空間都市の時間1,古今書院, 1989, 5 -24..荒井良雄都

市における生活活動空間の基本構造とその問題点」信州大学経済学論集, 29, 1992, 27

-67.

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-188 香川大学経済論叢 384

かし,時間地理学は日常の生活活動を対象としながらも,これまで地域社会の

問題については,直接扱うことが少なかった。それには,時間地理学が主に顕

在的な生活活動のみを研究対象とし,人々の内的過程を十分扱ってこなかった

こと,地域社会の概念規定をめぐる暖昧さから操作的把握が困難"であったこと

など,いくつかの理由が考えられる。その後,時間地理学は社会学:者との交流

などを通じた社会地理学の展開の中で多面的に検討され,また他方,最近,地

理学においても地域社会概念の整理がすすみ,新しい行動地理学が地域社会を

対象とした研究を蓄積してきており,今一度,時間地理学の枠組みを見直して,

地域社会研究に応用する時期に来ていると思われる。以上の問題関心から,本

稿では,時間地理学と地域社会研究を再検討し,特に内的過程に注目すること

で,時間地理学の枠組みを地域社会研究に適用して,新たな統一的研究枠組み

を提示することを試みたい。

II 時間地理学の検討

時間地理学は,人々の活動の軌跡を個別具体的に追跡する方法によって,マ

クロな集計では抜け落ちてしまう人間的リアリズムを取り戻すことを意図して

(2 ) 子供の発達に対するコミュニティの影響を時間配分から分析した Mantensson(1977)は数少ない例である。 Mantensson,S,“Childhood interaction and temporal

organization", Econ仰nugeogrゆhy53, 1977, 99-125,荒井良雄ほか編訳, iIIJ掲 1),61 叩97

(3 ) 時間地理学の進展については,次の文献に詳しい。櫛谷圭可時間地理学の動向J,

人文地理, 37, 1985, 533-551. JII口太郎・神谷浩夫都市における生活行動研究の視

点J,人文地理, 43, 1991, 348-367. (4) 地域社会概念については,最近では Lewis(1979), Davies and Herbert (1993)が,

入念なサーベイを行っている。 Lewis,G l. Ruralωmmimtzes,David & Charles, Lon-

don, 1979, 255 pルイス, G. J,石原 潤・浜谷正人・山田正浩監訳農村社会地理

学~,大命堂, 1986, 226 p Davies, W K D and Herbert, D. T, Communzlzes within the

dties 仰 urbansOGZal geogrtψh九 BerhavenPress, London, 1993, 196 p

(5 ) 環境心理学を援用した新しい行動地理学については, Aitken and Bjorklun Aitken什

S. C,“Local evaluation of neighberhood change" Anηals 0/ the Association 0/ Amerzωη GeograJぅhers,80, 1990, 24i-267 Aitken, S. C and Bjorklund, E M,‘Trans-

actional and transformational theories in behavioral geograph:y", The trofesszo向。l

geogra}りher,40. 1988 54-64

-188 香川大学経済論叢 384

かし,時間地理学は日常の生活活動を対象としながらも,これまで地域社会の

問題については,直接扱うことが少なかった。それには,時間地理学が主に顕

在的な生活活動のみを研究対象とし,人々の内的過程を十分扱ってこなかった

こと,地域社会の概念規定をめぐる暖昧さから操作的把握が困難であコたこと

など,いくつかの理由が考えられる。その後,時間地理学は社会学:者との交流

などを通じた社会地理学の展開の中で多面的に検討され,また他方,最近,地

理学においても地域社会概念の整理がすすみ,新しい行動地理学が地域社会を

対象とした研究を蓄積してきており,今一度,時間地理学の枠組みを見直vて,

地域社会研究に応用する時期に来ていると思われる。以上の問題関心から,本

稿では,時間地理学と地域社会研究を再検討し,特に内的過程に注目すること

で,時間地理学の枠組みを地域社会研究に適用して,新たな統一的研究枠組み

を提示することを試みたい。

II 時間地理学の検討

時間地理学は,人々の活動の軌跡を個別具体的に追跡する方法によって,マ

クロな集計では抜け落ちてしまう人間的リアリズムを取り戻すことを意図して

(2 ) 子供の発達に対するコミュニティの影響を時間配分から分析した Mantensson

(1977)は数少ない例である。 Mantensson,S, "Childhood interaction and temporal organization", Econ仰nugeogra,戸初日, 1977, 99-125,荒井良雄ほか編訳,前掲 1),61 叩97

(3 ) 時間地理学の進展については,次の文献に詳しい。櫛谷圭可時間地理学の動向J,人文地理, 37, 1985, 533-551. JII口太郎・神谷浩夫都市における生活行動研究の視

点J,人文地理, 43, 1991, 348-367. (4) 地域社会概念については,最近では Lewis(1979), Davies and Herbert (1993)が,

入念なサーベイを行っている。 Lewis,G l. Ruralωmmimtzes,David & Charles, Lon-

don, 1979, 255 pルイス, G. J,石原 潤・浜谷正人・山田正浩監訳農村社会地理学~,大命堂, 1986, 226 p Davies, W K D and Herbert, D. T, Communzlzes within the uties a抑仰'bansoιzal geograph九 BerhavenPress, London, 1993, 196 p

(5 ) 環境心理学を援用した新しい行動地理学については, Aitken and Bjorklun Aitken什

S. C,“Local evaluation of neighberhood change" Anηals 0/ the Asso正iation0/ Amerzωη Geographers, 80, 1990, 24i-267 Aitken, S. C and Bjorklund, E M,‘Trans-

actional and transformational theories in behavioral geograph:y", The trofesszo向。l

geogra}りher,40, 1988 54-64

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385 地域在会と生活空間の時空間構造化プロセス -189

いた。 Hagerstrandは,時空間の中の個人の軌跡を意味する「パスj,いくつ

かのパスの集まりで,複数の人聞が時空間の中で集まり一定の関係を取り結ぶ、

ことを意味する「バンドノレj,時空間状で表した移動可能な空間的範囲を意味

する「プリズムj,特定のゴールを目指したさまざまな活動の集合を意味する

「プロジェクト」といった概念ツールを用いて時空間上に個人の軌跡を表示す

るとともに,人々の活動のパスを制限する制約として r個人の生物学的な成

立ち,もしくは使える道具,あるいはその両方によって個人の活動が制限され

ること」を意味する「能力制約j,r個人が生産や消費や取引のために,他の人

聞や道具や物と,いつ,どこで,どれだけの時間,結びついていなければなら

ないか」を意味する「結合制約j,r管理領域(ドメイン)j すなわち r特定の

個人や集団のコントロールの下にある事物が存在する時空間の総体」による制

約を意味する「権威制約」という 3つの制約を用いて,人々の活動の時空間制

約を分析する枠組みを提示した。

こうした時間地理学の枠組みは,①生活の質や社会的厚生への強い関心を持

つ,②人間を集計量として扱わない,③分析の単位として, ミクロ・レベルと

マクロ・レベルをつなぐスケールを目指す,④需要や選好ではなく制約を重視

する,といった点から評価されている。 Lund大学のグループによって様々な

応用研究が行われるなど, 1970年代には,行動の制約分析として都市計画へ

の応用研究が蓄積されていき,またわが国でも,時間地理学の枠組みを援用し

た研究が行われている。

その後,時間地理学は分岐的展開を示すようになる。 1980年代になって,

在会理論との交流により,いくつかの方法論的検討を経て,個人と社会の弁証

法を志向する研究が行われていった。そうした研究の中には,個人の精神の領

(6 ) 時間地理学の基本的枠組みにコいてはI-Iag巴rstrand,前掲1),櫛谷,前掲 3),}II

口・神谷,前掲 3),荒井, liIJ掲1)を参照。(7) 神谷治夫・岡本耕平・荒井良雄・川口太郎長野県下諏訪町における既婚女性の就

業に関する時間地理学的分析J,地理学評論, 63 A, 1990, 766-783. (8 ) 日本での展開については,川口・神谷,前掲 3),荒井,前掲 1)を参照。

385 地域在会と生活空間の時空間構造化プロセス -189

いた。 Hagerstrandは,時空間の中の個人の軌跡を意味する「パスj,いくつ

かのパスの集まりで,複数の人聞が時空間の中で集まり一定の関係を取り結ぶ、

ことを意味する「バンドノレj,時空間状で表した移動可能な空間的範囲を意味

する「プリズムj,特定のゴールを目指したさまざまな活動の集合を意味する

「プロジェクト」といった概念ツールを用いて時空間上に個人の軌跡を表示す

るとともに,人々の活動のパスを制限する制約として r個人の生物学的な成

立ち,もしくは使える道具,あるいはその両方によって個人の活動が制限され

ること」を意味する「能力制約j,r個人が生産や消費や取引のために,他の人

聞や道具や物と,いつ,どこで,どれだけの時間,結びついていなければなら

ないか」を意味する「結合制約j,r管理領域(ドメイン)j すなわち r特定の

個人や集団のコントロールの下にある事物が存在する時空間の総体」による制

約を意味する「権威制約」という 3つの制約を用いて,人々の活動の時空間制

約を分析する枠組みを提示した。

こうした時間地理学の枠組みは,①生活の質や社会的厚生への強い関心を持

つ,②人間を集計量として扱わない,③分析の単位として, ミクロ・レベルと

マクロ・レベルをつなぐスケールを目指す,④需要や選好ではなく制約を重視

する,といった点から評価されている。 Lund大学のグループによって様々な

応用研究が行われるなど, 1970年代には,行動の制約分析として都市計画へ

の応用研究が蓄積されていき,またわが国でも,時間地理学の枠組みを援用し

た研究が行われている。

その後,時間地理学は分岐的展開を示すようになる。 1980年代になって,

在会理論との交流により,いくつかの方法論的検討を経て,個人と社会の弁証

法を志向する研究が行われていった。そうした研究の中には,個人の精神の領

(6 ) 時間地理学の基本的枠組みにコいてはI-Iag巴rstrand,前掲1),櫛谷,前掲 3),}II

口・神谷,前掲 3),荒井, liIJ掲1)を参照。(7) 神谷治夫・岡本耕平・荒井良雄・川口太郎長野県下諏訪町における既婚女性の就

業に関する時間地理学的分析J,地理学評論, 63 A, 1990, 766-783. (8 ) 日本での展開については,川口・神谷,前掲 3),荒井,前掲 1)を参照。

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-190 香川大学経済論叢 386

域に踏み込んで、,行動地理学との境界を解消する方向と,個人を包み込むよ

うな現代社会の複雑な構造形成のプロセスへの関心をもっ方向の土つの流れが

あることが指摘されている。

こうした展開の中で,時間地理学の枠組みに対して幾つかの批判的検討がな

されてきた。主たる批判点を整理すると次の 3つにまとめることができょう O

①物質主義と批判されるように,人を粒子として扱う傾向があり,個人の聞

の相互作用を十分に取り扱っていないことがあげられる。相互作用に関して

は,バンドノレ形成という形で,オリジナルの枠組みで、も間接的に取り扱うこと

は可能であり,子供の発達に対するコミュニティの影響を時間配分から分析し

た若干の研究例があるが,こうした方向の研究はその後あまり蓄積されていな

②物質主義という批判のもう一つの点は,時空間に顕在化した観察可能な行

動のみを扱ったため,内的過程の分析が不十分であるというものである。この

ことは相互作用の分析が不十分であったこととも関係する。 Hagerstrandも,

単に物的環境による制約だけではなく,社会制度や慣習をも問題意識としては

持ち合わせていたと言われるが,それらが分析対象として明示的な形で取り扱

われることはなしまた枠組みの中での扱いは不十分であった。 Thrift(1983)

は,人間の活動を,抽象化を基礎とした形式論理の手法で導かれる,類似性を

(9 ) 行動地理学については,次の文献に詳しい。生田真人人間行動研究の動向について

一一合衆国の消費者行動分析を中心に一一J,人文地理, 33, 1981, 425-443.若林芳樹,「行動地理学の現状と問題点J,人文地理, 37,1985,149-166.Golledge, R. G and Stim-

son, R. J , Anaかtzcalbehavioural geogra.戸hy,Croom Helm, London, 1987, 345 p

(10) 櫛谷,前掲 3)。

(11) 川口・神谷,前掲 3),櫛谷,前掲 3)。(12) M<1ntensson,前掲 2)。

(13) 川口・神谷,前掲3)。川口・神谷 (1991)は個人と社会の相互作用のひとつの局面として,観察された行動の背後に隠された制約を『読む.!Jといった手法を提示してい

るが,いかに「読む」のかが不明確なまま読む」ことが索朴にブラックボックスとして示されており,あげている例では,依然,個人を規定する要因のみを「読」んでいるように思える。 Giddensのいうような「人間の行為と社会の構造との相互規定的な関

係から構造が逐一再生産されている(jll口・神谷,前掲 3))Jといった視点で読む」とはどういったことなのかを示す必要があろう。

一向田町田E

-190 香川大学経済論叢 386

域に踏み込んで,行動地理学との境界を解消する方向と,個人を包み込むよ

うな現代社会の複雑な構造形成のプロセスへの関心をもっ方向のこつの流れが

あることが指摘されている。

こうした展開の中で,時間地理学の枠組みに対して幾つかの批判的検討がな

されてきた。主たる批判点を整理すると次の 3つにまとめることができょう O

0::物質主義と批判されるように,人を粒子として扱う傾向があり,個人の聞

の相互作用を十分に取り扱っていないことがあげられる。相互作用に関して

は,バンドノレ形成という形で,オリジナルの枠組みでも間接的に取り扱うこと

は可能であり,子供の発達に対するコミュニティの影響を時間配分から分析し

た若干の研究例があるが,こうした方向の研究はその後あまり蓄積されていな

②物質主義という批判のもう一つの点は,時空間に顕在化した観察可能な行

動のみを扱ったため,内的過程の分析が不十分であるというものである。この

ことは相互作用の分析が不十分であったこととも関係する。 Hagerstrandも,

単に物的環境による制約だけではなく,社会制度や慣習をも問題意識としては

持ち合わせていたと言われるが,それらが分析対象として明示的な形で取り扱

われることはなしまた枠組みの中での扱いは不十分であった。 Thrift(1983)

は,人間の活動を,抽象化を基礎とした形式論理の手法で導かれる,類似性を

(9 ) 行動地理学については,次の文献に詳しい。生田真人人間行動研究の動向について一一合衆国の消費者行動分析を中心にー一一J,人文地理, 33, 1981, 425-443.若林芳樹,「行動地理学の現状と問題点J,人文地理, 37,1985,149-166.Golledge, R G and Stim-

son, R J, Anafytzwl behavioural geography, Croom Helm, London, 1987, 345 p

(10) 櫛谷,前掲 3)。(11) 川口・神谷,前掲 3),櫛谷,前掲 3)。(12) M<1ntensson,前掲 2)。

(13) 川口・神谷,前掲3)。川口・神谷 (1991)は個人と社会の相互作用のひとつの局面として,観察された行動の背後に隠された制約を『読む.!Jといった手法を提示しているが,いかに「読む」のかが不明確なまま読む」ことが索朴にブラックボックスとして示されており,あげている例では,依然,個人を規定する要因のみを「読」んでいるように思える。 Giddensのいうような「人間の行為と社会の構造との相互規定的な関係から構造が逐一再生産されている (}II口・神谷,前掲 3))Jといった視点で読む」とはどういったことなのかを示す必要があろう。

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387 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -191

根拠とした一般的カテゴリーに分解し,それらを社会の説明のために再結合す

る構成的アプローチと,人間の活動をじかに接する空間的時間的状況での社会

的時間的状況での社会的事象として扱い,導かれるカテゴリーは分解されては

ならない「一緒性 (togetherness)J に基礎をおいている文脈的アプローチを区

別して議論している。 Hagerstrand自身,文脈的アプローチが地理学にとっ

て重要であることを指摘しているが,そうした文脈的アプローチの議論におい

ては,物的環境としての空間が強調され,構造を生成する社会空間としての側

面が考察から抜け落ちていることが指摘されている。

③行動の制約分析では,人間の主体としての位置づけが後退しているため,

構造主義の一つにすぎないのではないかという批判がなされる。時間地理学の

影響を受け, Giddensが主体と構造のどちらにも偏らない枠組みとして構造化

理論を提示しているが,その視点をフィードパックし,時間地理学を単に構造

が主体を規定する制約の研究枠組みとしてではなく,主体の行動の蓄積によっ

て構造が生成あるいは変容するメカニズムを解明する枠組みとして,位置づけ

ることが必要である。

(14) Schatzki, T,“Spatial onthology and explanation", Annals of the Association oj

Amerzwn GeograPhe1eS, 81, 1991, 650-670

また,現象学と時間地理学の接合を目指す視点については,次の論文で触れられている。

Buttimer, A,“Grasping the dynamism of lifeworld", Annals oj the Assoιiatωn oj

A meriwn Geogれapher.s,66, 1976, 277-292. Rose, CI,“Reflections on the notion of

time incorporated in Hagerstrand's time-geographic model of society", TiJdscかが}

voor Eωη仰刊zscheen 50ciale Geograjze, 68, 1976, 43-50 櫛谷,前掲 3)。

これと関連して, Jackson and Smith (1984) は共同主観性の概念を重視しており,原

(1994) は共同主観性からみた混住化社会研究の再検討を行っている。 Jackson, P and Smith, J S, E.xρloring social geogアaphy,George Allen & Unwin (publishers) Ltd,

London, 1984, ジャクソン, P・スミス, S 著,浜谷正人訳『社会地理学の探検j,大

命室, 1991, 300 p 原 真正、共同主観性からみた混住化社会研究の方法論的再検討J,

地理, 39-6, 1994, 103-109. (15) Buttimer,前掲 14),Gregory,“Suspended animation: the stasis of diffusion the-

ory", Gregory, D and Urry, J eds.: 50正ialrelatio月 andstatial structure, Macmillan,

London, 1985, 296-336

(16) 川口・神谷,前掲 3)0 Giddens, A, Central problems in social theory action,

structure, and contradiction in social analysis, Macmillan, 1979, ギデンズ, A.,友

松敏雄・今回高俊・森 重雄訳干士会理論の最前線h ハーベスト社, 1989, 307 p ..

(17) Pred (1981)も同様の指摘をしている。 Pred,A,“Of paths and projects 田 individ-

387 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -191

根拠とした一般的カテゴリーに分解し,それらを社会の説明のために再結合す

る構成的アプローチと,人間の活動をじかに接する空間的時間的状況での社会

的時間的状況での社会的事象として扱い,導かれるカテゴリーは分解されては

ならない「一緒性 (togetherness)J に基礎をおいている文脈的アプローチを区

別して議論している。 Hagerstrand自身,文脈的アプローチが地理学にとっ

て重要であることを指摘しているが,そうした文脈的アプローチの議論におい

ては,物的環境としての空間が強調され,構造を生成する社会空間としての側

面が考察から抜け落ちていることが指摘されている。

③行動の制約分析では,人間の主体としての位置づけが後退しているため,

構造主義の一つにすぎないのではないかという批判がなされる。時間地理学の

影響を受け, Giddensが主体と構造のどちらにも偏らない枠組みとして構造化

理論を提示しているが,その視点をフィードパックし,時間地理学を単に構造

が主体を規定する制約の研究枠組みとしてではなく,主体の行動の蓄積によっ

て構造が生成あるいは変容するメカニズムを解明する枠組みとして,位置づけ

ることが必要である。

(14) Schatzki, T,“Spatial onthology and explanation", Annals of the Association oj

Amerzwn GeograPhe1eS, 81, 1991, 650-670

また,現象学と時間地理学の接合を目指す視点については,次の論文で触れられている。

Buttimer, A,“Grasping the dynamism of lifeworld", Annals oj the Assoιiatωn oj

A meriwn Geogれapher.s,66, 1976, 277-292. Rose, CI,“Reflections on the notion of

time incorporated in Hagerstrand's time-geographic model of society", TiJdscかが}

voor Eωη仰刊zscheen 50ciale Geograjze, 68, 1976, 43-50 櫛谷,前掲 3)。

これと関連して, Jackson and Smith (1984) は共同主観性の概念を重視しており,原

(1994) は共同主観性からみた混住化社会研究の再検討を行っている。 Jackson, P and Smith, J S, E.xρloring social geogアaphy,George Allen & Unwin (publishers) Ltd,

London, 1984, ジャクソン, P・スミス, S 著,浜谷正人訳『社会地理学の探検j,大

命室, 1991, 300 p 原 真正、共同主観性からみた混住化社会研究の方法論的再検討J,

地理, 39-6, 1994, 103-109. (15) Buttimer,前掲 14),Gregory,“Suspended animation: the stasis of diffusion the-

ory", Gregory, D and Urry, J eds.: 50正ialrelatio月 andstatial structure, Macmillan,

London, 1985, 296-336

(16) 川口・神谷,前掲 3)0 Giddens, A, Central problems in social theory action,

structure, and contradiction in social analysis, Macmillan, 1979, ギデンズ, A.,友

松敏雄・今回高俊・森 重雄訳干士会理論の最前線h ハーベスト社, 1989, 307 p ..

(17) Pred (1981)も同様の指摘をしている。 Pred,A,“Of paths and projects 田 individ-

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

Page 6: 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス - 香川 …shark.lib.kagawa-u.ac.jp/kuir/file/5508/20190528133905/...学~,大命堂,1986, 226 p Davies , W K D

一一192 香川大学経済論叢 388

Pred (1981)は,こうした批判点をある程度克服し, ミクロからマクロ,

マクロからミクロという双方向のアプローチを必要とする中で,個人と社会,

内的過程と外的過程の弁証法という視点を示している。しかし,こうした時間

地理学の考え方は概念上は非常に魅力に富むものの,現実の分析ではどのよう

にしてこうした双方向のアプローチをつなげていったらよいのかという課題に

対し,必ずしも十分に答えていないという批判がなされている。

III 地域社会研究の検討

地域社会とは一般に,通常何らかの決まった領域と関連する,相互に作用し担問

あっている個人間の社会ネットワークとされ,これまでに多くの具体的な研究

が蓄積されてきているが,地域社会の概念規定をめぐってさまざまな混乱がみ目立)

られる。そうした中で,多様な地域社会概念を整理する試みも,何度か行われ

ており,最近では Daviesand Herbert (1993) が,多くの概念規定を検討しω)

た上で,地域社会の内容 (content)を 3つの分類にまとめているO 地理学で

伝統的によく用いられる生態学的アプローテによって抽出されるような,物理

ual behavior and its societal context", Cox, R. K and Goliedge,R eds, BehaZlZ'oral

problems in geogra,戸hyrevzsiled, Methuen, 1981, 231-255, 寺阪目白信監訳『空間と行動

員命一一一地理学における行動論の諮問題一一一~,地入者房, 1986, 231-245.

(18) Pred,前掲 17)。(19) Giddens, A.,“Time, space and regionalization", Gr巴gory,D and Urry, J eds

Soαal relatzon and spatial structure, Macmillan, London, 1985, 265-295

(20) Johnston, R. J, Gregory, D and Smith, D M. eds, The dzazonary ofhuman geog.

raphy, 3 rd ed., Blackweli, Oxford, 1994, 576 p

(21) 様々な手法による村落を対象とした地域社会の事例研究については, Lewis,前掲

4 ),と次の文献に詳しい。浜谷正人欧米における最近の村落研究動向一一社会一一

空間構成研究を中心として一一J,人文地理, 35, 1983, 311-327. また,都市における研究については, Davies and Herbert,前掲 4)と,次の文献を参

照。 Ley,0.., A social geogra)幼Iyofthe aty, Harper & Row,New York, 1983, 449 p

(22) Lewis,前掲 4)。

(23) Davies and Herbert,前掲4)。さらに,地域社会の文脈 (context)については,通

時的な変化に関係する「動態的か静態的か(thedynamic or temporal domain) ,占める

地域的範囲と周辺地域との関係に関する「地域的スケールと外部性 (geographicalscale

and externalitY)J,周囲の社会のもつ影響力に関する「周囲の社会(thesurrounding 50-

ciety)という 3つの留窓点を指摘している。

一ー明圃圃圃

一一192 香川大学経済論叢 388

Pred (1981)は,こうした批判点をある程度克服し, ミクロからマクロ,

マクロからミクロという双方向のアプローチを必要とする中で,個人と社会,

内的過程と外的過程の弁証法という視点を示している。しかし,こうした時間

地理学の考え方は概念上は非常に魅力に富むものの,現実の分析ではどのよう

にしてこうした双方向のアプローチをつなげていったらよいのかという課題に

対し,必ずしも十分に答えていないという批判がなされている。

III 地域社会研究の検討

地域社会とは一般に,通常何らかの決まった領域と関連する,相互に作用し担問

あっている個人聞の社会ネットワークとされ,これまでに多くの具体的な研究

が蓄積されてきているが,地域社会の概念規定をめぐってさまざまな混乱がみ目立)

られる。そうした中で,多様な地域社会概念を整理する試みも,何度か行われ

ており,最近では Daviesand Herbert (1993) が,多くの概念規定を検討しω

た上で,地域社会の内容 (content)を 3つの分類にまとめている。地理学で

伝統的によく用いられる生態学的アプローチによって抽出されるような,物理

ual behavior and its societal context", Cox, R. K and Goliedge,R eds, BehaZlZ'oral

Pァoblemsin geogra,戸hyrevzsiled, Methuen, 1981, 231-255, 寺阪日間言監訳『空間と行動

論一一地理学における行動論の諸問題 ~ ,地入者房, 1986, 231-245. (18) Pred,前掲 17)。(19) Giddens, A.,“Time, space and regionalization", Gr巴gory,D and Urry, J eds

Soαal relatzon and spatial structure, Macmillan, London, 1985, 265-295

(20) Johnston, R. J, Gregory, D and Smith, D M. eds, The dzazonary ofhuman geog.

raphy, 3 rd ed., Blackweli, Oxford, 1994, 576 p

(21) 様々な手法による村落を対象とした地域社会の事例研究については, Lewis,前掲

4 ),と次の文献に詳しい。浜谷正人欧米における最近の村落研究動向一一一社会一一

空間構成研究を中心として一一J,人文地理, 35, 1983, 311-327. また,都市における研究については, Davies and Herbert,前掲 4)と,次の文献を参

照。 Ley,0.., A social geogra)幼Iyofthe ιtか, Harper & Row,N ew Y ork, 1983, 449 p

(22) Lewis,前掲 4)。

(23) Davies and Herbert,前掲4)。さらに,地域社会の文脈 (context)については,通

時的な変化に関係する「動態的か静態的か(thedynamic or temporal domain) ,占める

地域的範囲と周辺地域との関係に関する「地域的スケールと外部性 (geographicalscale and externalitY)J,周囲の社会のもつ影響力に関する「周囲の社会(thesurrounding 50-

ciety)という 3つの留窓点を指摘している。

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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389 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -193

的,社会的な地域分化の特徴を表す「地域内容 (arealcontent) j,隣人との接

触や庖の利用など,人あるいは施設の間の相互作用を意味する「行動あるいは

相互作用 (behavioror interaction)jに加え,地域社会を社会的につくられる

存在ととらえる視点から,認知や愛着といった人々が地域に対してもつ態度

(attitudes)に着目する「概念的同一性 (conceptualidentity) jをあげており, 3

つめの分類には行動地理学の認知論的アプローチで研究されてきたメンタルマ

ツ9ゃ最近の人文主義地理学でよく用いられる場所感覚(senseof placgが含

まれる。また, Aitken and Biorklund (1988) は,環境心理学における相互

交渉・変換理論 (transactionaland transformation theory)を行動地理学に

応用して,人間と環境は何らかの認知的表象が媒介する絶えざる相互交渉関係

にあるという視点から,人間と環境の関係を動態的にとらえ,地域社会の変化

を課題に新たな行動論的アプローチの研究を展開しており,地域社会の内的過

程への関心が高まっている。

わが国においても,数多くの地域担会研究が行われてきたが,特に高度経済

成長期における都市化の拡大にともない,都市近郊で従来の農村でも都市でも

ない異質な地域社会が出現しているという認識がなされ,農家と非農家あるい

は旧住民と新住民が混住する混住化社会として定式化,研究がなされてきていω る。こうした混住化社会研究の枠組みに関しては,事例研究の蓄積を通してい

(24) メンタルマ、yプの研究については,次の文献を参照。中村 豊メンタルマップ研

究の成果とその意義J,人文地理, 31, 1979, 507-523.岡本耕平認知距離研究の展

望J,人文地理, 34, 1982, 429-448.

(25) 場所感覚は,①場所 (place)自体に固有の性格,②人々が場所 (place)に対して持、コて

いる愛着 (attachment)と定義されている。 Johnston et al eds,前掲 20)。場所感覚に関

する議論については,次の文献を参照。大城直樹墓地と場所感覚J,地理学評論, 67 A, 1994, 169-182 Entrikin, J N, The betwee目nessojρlace towards a geography oj

問 odernzか,乱l[acmillan,London,1991, 196 p (26) 混{主化社会研究の経緯,および概念的検討については高橋(1991)に詳しい。高橋

誠都市近郊農村の社会変化に関する地理学的研究一一特に概念的枠組みを中心に一

一J,人文地理, 43, 1991, 47-66.

また,社会学における地域社会研究については,次の文献を参照。奥田道大戦後日本

の都市社会学と地域社会J,社会学評論, 38, 1987, 181-199.蓮見音彦編地域社会

学],サイエンス社, 1991, 217 P.中西典子地域社会学への空間視角導入の方向性

389 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -193

的,社会的な地域分化の特徴を表す「地域内容 (arealcontent) j,隣人との接

触や庖の利用など,人あるいは施設の間の相互作用を意味する「行動あるいは

相互作用 (behavioror interaction)jに加え,地域社会を社会的につくられる

存在ととらえる視点から,認知や愛着といった人々が地域に対してもつ態度

(attitudes)に着目する「概念的同一性 (conceptualidentity) jをあげており, 3

つめの分類には行動地理学の認知論的アプローチで研究されてきたメンタルマ~5) Jゃ最近の人文主義地理学でよく用いられる場所感覚 (senseof place)が含

まれる。また, Aitken and Biorklund (1988) は,環境心理学における相互

交渉・変換理論 (transactionaland transformation theory)を行動地理学に

応用して,人間と環境は何らかの認知的表象が媒介する絶えざる相互交渉関係

にあるという視点から,人間と環境の関係を動態的にとらえ,地域社会の変化

を課題に新たな行動論的アプローチの研究を展開しており,地域社会の内的過

程への関心が高まっている。

わが国においても,数多くの地域担会研究が行われてきたが,特に高度経済

成長期における都市化の拡大にともない,都市近郊で従来の農村でも都市でも

ない異質な地域社会が出現しているという認識がなされ,農家と非農家あるい

は旧住民と新住民が混住する混住化社会として定式化,研究がなされてきてい

2。こうした混住化社会研究の枠組みに関しては,事例研究の蓄積を通してい

(24) メンタルマ、yプの研究については,次の文献を参照。中村 豊メンタルマップ研

究の成果とその意義j,人文地理, 31, 1979, 507-523.岡本耕平認知距離研究の展

望j,人文地理, 34, 1982, 429-448. (25) 場所感覚は,①場所 (place)自体に固有の性格,②人々が場所 (place)に対して持、コて

いる愛着 (attachment)と定義されている。 Johnston et al eds,前掲 20)。場所感覚に|期

する議論については,次の文献を参照。大城直樹墓地と場所感覚j,地理学評論, 67 A, 1994, 169-182 Entrikin, J N, The betweenness o}ρlace towards a geography oj 問 odernzfy,Macmillan,London, 1991, 196 p

(26) 混住化社会研究の経緯,および概念的検討については高橋(1991)に詳しい。高橋

誠都市近郊農村の社会変化に関する地理学的研究一一特に概念的枠組みを中心に

一j,人文地理, 43, 1991, 47-66.

また,社会学における地域社会研究については,次の文献を参照。奥田道大戦後日本

の都市社会学と地域社会j,社会学評論, 38, 1987, 181-199.蓮見音彦編地域社会

学],サイエンス社, 1991, 217 P.中西典子地域社会学への空間視角導入の方向性

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-194 香川大学経済論議' 390

くつかの批判点が指摘されている。その主な点としては次の 5つに整理できよ

う。

①農家・非農家や旧住民・新住民といった混住化主体のご分法が実態にそぐ

わない。土分法に替えて,出身地と年齢などを加味した主体類型が提示されて

いる(古田, 1990)。理念型としてのこ分法を実態分析に適用する場合に,起

こりがちな問題、であり,かといって類型を増やす対処では,一見説明力が増す

ようにみえるが,統一的な説明を与えているとは言い難い。重要なのは,静態

的な枠組みとして考えがちな混住化社会の二分法と,ある一時点での分析にお

わりがちな事例研究の分析結果を,動態的な枠組みでとらえ直す視点である。

旧住民,新住民といったものを動態的なものとして把握する必要がある。

②摩擦の原因として,住民の日常生活における社会的枠組み,認知次元,価。。

値意識といったものの相違に注目する必要がある。これは時間地理学の検討で

指摘された内的過程への視点の必要性と通じるものである。

③実態分析を通じて得られる地域社会の特徴は,すでに村落社会とは言い難

く,混住化社会研究で,村落社会などの社会的属性をあらかじめ前提として分ω

析することに疑問がある。何らかの社会集団の特性を前提とすることはでき

ず,個人を単位とした詳細な分析から,社会属性をあきらかにする必要がある。

④これまでは,実態の微視的な分析が先行し,統一的な説明枠組みの構築がω

先送りになっている。

⑤さらに,これらに加えて,個人と地域社会の関係が不明確ではないかとい

う点が指摘できる。地域社会研究全般に言えることであるが,地域社会の概念

について 戦後日本の地域社会学における分析方法上の検討か一一j,立命館産業社会論集, 29, 1993, 261・288.社会学においては都市社会学と農村社会学が別個に発達していったために,混住化といった現象に有効に対処できず,その反省から地域社会学がつくられるに至ったとされる。

(27) 浜谷正人日本農村における社会空間の実証分析一一一いわゆる『村落領域』を事例として一一一j,歴史地理学, 120, 1983, 1 -14.古田充宏都市近郊『農村』の混イ主化に関する社会地理学的研究一一!日広島市近郊のー集落を事例として一一j,人文地理, 42, 1990, 503-521.

(28) 古田,前掲27)。(29) 高橋,前掲26)。

一一『圃圃

-194 香川大学経済論議ー 390

くつかの批判点が指摘されている。その主な点としては次の 5つに整理できよ

う。

①農家・非農家や旧住民・新住民といった混住化主体の二分法が実態にそぐ

わない。二分法に替えて,出身地と年齢などを加味した主体類型が提示されて

いる(古田, 1990)。理念型としてのこ分法を実態分析に適用する場合に,起

こりがちな問題であり,かといって類型を増やす対処では,一見説明力が増す

ようにみえるが,統一的な説明を与えているとは言い難い。重要なのは,静態

的な枠組みとして考えがちな混住化社会の二分法と,ある一時点での分析にお

わりがちな事例研究の分析結果を,動態的な枠組みでとらえ直す視点である。

旧住民,新住民といったものを動態的なものとして把握する必要がある。

②摩擦の原因として,住民の日常生活における社会的枠組み,認知次元,価(初

値意識といったものの相違に注目する必要がある。これは時間地理学の検討で

指摘された内的過程への視点の必要性と通じるものである。

③実態分析を通じて得られる地域社会の特徴は,すでに村落社会とは言い難

く,混住化社会研究で,村落社会などの社会的属性をあらかじめ前提として分ω

析することに疑問がある。何らかの社会集団の特性を前提とすることはでき

ず,個人を単位とした詳細な分析から,社会属性をあきらかにする必要がある。

④これまでは,実態の微視的な分析が先行し,統一的な説明枠組みの構築がω

先送りになっている。

⑤さらに,これらに加えて,個人と地域社会の関係が不明確ではないかとい

う点が指摘できる。地域社会研究全般に言えることであるが,地域社会の概念

について一一戦後日本の地域社会学における分析方法上の検討か一一j,立命館産業社会論集, 29, 1993, 261・288.社会学においては都市社会学と農村社会学が別個に発達していったために,混住化といった現象に有効に対処できず,その反省から地域社会学がつくられるに至ったとされる。

(27) 浜谷正人日本農村における社会空間の実証分析一一一いわゆる『村落領域』を事例として一一一j,歴史地理学, 120, 1983, 1 -14.古田充宏都市近郊『農村』の混f主化に関する社会地理学的研究一一一!日広島市近郊のー集落を事例としてー j,人文地理, 42, 1990, 503-521.

(28) 古田,前掲27)。(29) 高橋,前掲26)。

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391 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 195-

が不明確でトあると批判される大きな原因がこの点にあるように思われる。詳細

な分析を行うためには,何らかの形で地域社会を操作化する必要があり,例え

ば地域組織を地域社会とみなすアプローチは,その一つの有効な手段であっ

J。しかし,この方法に対しては,地域組織を実際の地域社会と同一視でき

るのかという批判がされることになる。特に都市化が進展して,従来のような

閉鎖的な地域社会を前提とできない現代においては,個人を単位とした詳細な

分析から社会特性を考察する必要があり,社会ネットワークやメンタノレマッ

プ,場所感覚など,地域社会を操作化する方法が考案され事例研究が蓄積され

た。そうすると,今度は個人の認知や行動を分析しているだけで,どうして地

域社会と言えるのかという疑問に答えなくてはいけない。地域社会を詳細に分

析することと,地域社会を個人の行動と区別した形で明確に位置づけることと

いうこつを整合した枠組みを提示することが問われることになる。

W 時空間構造化プロセス

ここまでの時間地理学と地域社会研究の検討を踏まえ,本章では,個人の生

活空間と地域社会の時空間構造化プロセスの枠組みを提示したい。

1. 個人と地域社会の関係

まず最初に,内的過程の視点を導入して,第 3章の最後に指摘した個人と地

域社会の関係の位置づけを試みたい。地域社会の定義の多様性についてはすで

に述べた通りであるが,地域社会を基礎づける基本的な要件としては,①ある

空間スケールにおいて(空間性),②一人ではなく複数の人聞が関係しており

(集団性),③何らかの形で個人の行動に影響を与える側面がある(主体の規

定要因),④しかし,また個人の行動の蓄積によって変化しうる動態的なもの

として把握する必要があり(動態性), ([個人と地域担会は相互にっくり,つ

(30) Lewis,前掲 4)。

(31) 十時厳局大都市閣の拡大と地域変動 神奈川県横須賀市の事例 h 慶慮義塾

大学法学研究会, 1989, 396 P.

391 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 195-

が不明確でトあると批判される大きな原因がこの点にあるように思われる。詳細

な分析を行うためには,何らかの形で地域社会を操作化する必要があり,例え

ば地域組織を地域社会とみなすアプローチは,その一つの有効な手段であっ

J。しかし,この方法に対しては,地域組織を実際の地域社会と同一視でき

るのかという批判がされることになる。特に都市化が進展して,従来のような

閉鎖的な地域社会を前提とできない現代においては,個人を単位とした詳細な

分析から社会特性を考察する必要があり,社会ネットワークやメンタノレマッ

プ,場所感覚など,地域社会を操作化する方法が考案され事例研究が蓄積され

た。そうすると,今度は個人の認知や行動を分析しているだけで,どうして地

域社会と言えるのかという疑問に答えなくてはいけない。地域社会を詳細に分

析することと,地域社会を個人の行動と区別した形で明確に位置づけることと

いうこつを整合した枠組みを提示することが問われることになる。

W 時空間構造化プロセス

ここまでの時間地理学と地域社会研究の検討を踏まえ,本章では,個人の生

活空間と地域社会の時空間構造化プロセスの枠組みを提示したい。

1. 個人と地域社会の関係

まず最初に,内的過程の視点を導入して,第 3章の最後に指摘した個人と地

域社会の関係の位置づけを試みたい。地域社会の定義の多様性についてはすで

に述べた通りであるが,地域社会を基礎づける基本的な要件としては,①ある

空間スケールにおいて(空間性),②一人ではなく複数の人聞が関係しており

(集団性),③何らかの形で個人の行動に影響を与える側面がある(主体の規

定要因),④しかし,また個人の行動の蓄積によって変化しうる動態的なもの

として把握する必要があり(動態性), ([個人と地域担会は相互にっくり,つ

(30) Lewis,前掲 4)。

(31) 十時厳局大都市閣の拡大と地域変動 神奈川県横須賀市の事例 h 慶慮義塾

大学法学研究会, 1989, 396 P.

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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196 香川大学経済論叢 392

くられる関係にある(再帰性)。⑥地域社会として定式化ごきるのは,複数の

個人の聞に共有されているという点にあると考えられ(共有性),⑦それは個人

間の内的過程を通じた相互作用によって実現されていく(内的過程,相互作用)。

したがって,地域社会を次のように定式化したい。

「地域社会とは,個人のある空間スケー/レの地域での活動の蓄積(個人聞の相

互作用と共通経験の蓄積)の結果,複数の個人に共有されている当該地域にお

ける生活活動のパターン,社会ネットワーク,認知情報,場所感覚,ルール,

価値意識,規範の総体である。」

地域社会は,人々の日常の生活行動の結果,創り出される社会的構築物であり,

人々の新しい行動の蓄積によって,通時的に変化していく。しかしながら,逆

に,過去の人々の行動の蓄積の結果である地域社会は,そう簡単には変化し切

らないため,個人の中に蓄積されている地域社会は,相互作用を通じて人々の

行動に影響を及ぼす。重要な点は,地域担会はどこにあるのかという問いに対

しては,各個人の中にあるという答えになるという点である。地域社会は社会

的なものでありながら,個人の中に蓄積されているという点では個人的なもの

であり,他方,個人の行動は他者との相互作用を通じて地域社会の両生産や変自由

容に寄与するという点では社会的であるというご重性を持っている。したがっ

て,地域社会を詳細に分析するためには,個人の生活行動,社会ネットワーク,

場所感覚などを綿密に分析し,共有されている部分を検討するという方法をと伽)

ることになる。ただし,混住化社会研究で問われるような都市化が進行した現

代の地域社会では,同一地域に居住していても,空間スケーノレが異なる地域社(3~

会システムが重層的に存在していると考えられる点に,注意する必要がある。

(32) この伺人と地域社会の関係は,丸山(1981)が整理しているようなソシュールのラングとパロールの二、重性に類似している。丸山主三郎ソシュールの思想h 岩波書

庖, 1981, 352 P.

(33) ここでの,個人と地域社会の関係は,ギデンズのいう構造化理論で想定されているような,相互生産関係にあるものとして定式化していることになる。川口・神谷,前掲 3)。Giddens, A,前掲 16)。

(34) 原(1994)が指摘したように,同 tlh域に居住していても,異なる定着プロセスをた

196- 香川大学経済論叢 392

くられる関係にある(再帰性)。⑥地域社会として定式化できるのは,複数の

個人の聞に共有されているという点にあると考えられ(共有性),⑦それは個人

間の内的過程を通じた相互作用によって実現されていく(内的過程,相互作用)。

したがって,地域社会を次のように定式化したい。

「地域社会とは,個人のある空間スケー/レの地域での活動の蓄積(個人聞の相

互作用と共通経験の蓄積)の結果,複数の個人に共有されている当該地域にお

ける生活活動のパターン,社会ネットワーク,認知情報,場所感覚,ルール,

価値意識,規範の総体である。」

地域社会は,人々の日常の生活行動の結果,創り出される社会的構築物であり,

人々の新しい行動の蓄積によって,通時的に変化していく。しかしながら,逆

に,過去の人々の行動の蓄積の結果である地域社会は,そう簡単には変化し切

らないため,個人の中に蓄積されている地域社会は,相互作用を通じて人々の

行動に影響を及ぼす。重要な点は,地域担会はどこにあるのかという問いに対

しては,各個人の中にあるという答えになるという点である。地域社会は社会

的なものでありながら,個人の中に蓄積されているという点では個人的なもの

であり,他方,個人の行動は他者との相互作用を通じて地域社会の南生産や変ω

容に寄与するという点では社会的であるというご重性を持っている。したがっ

て,地域社会を詳細に分析するためには,個人の生活行動,社会ネットワーク,

場所感覚などを綿密に分析し,共有されている部分を検討するという方法をと伽)

ることになる。ただし,混住化社会研究で問われるような都市化が進行した現

代の地域社会では,同一地域に居住していても,空間スケーノレが異なる地域社(3~

会システムが重層的に存在していると考えられる点に,注意する必要がある。

(32) この個人と地域社会の関係は,丸山(1981)が整理しているようなソシュールのラン

グとパロールの二重性に類似している。丸山主三郎ソシュールの思想1,岩波書

庖, 1981, 352 P.

(33) ここでの,個人と地域社会の関係は,ギデンズのいう構造化理論で想定されているよ

うな,相互生産関係にあるものとして定式化していることになる。川口・神谷,前掲 3)。

Giddens, A,前掲 16)。

(34) 原(1994) が指摘したように,同一地域に居住していても,異なる定着プロセスをた

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393 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス ー 197-

2. 時間地理学における内的制約邸)

地理学においては,行動地理学 (behaviouralgeography)が,環境と空間的

行動の関係の媒介変数として認知と意思決定過程の役割を重視するアプローチω

によって,内的過程に関する研究を行ってきた。先に述べたように, Hager-

strandのオリジナノレな時間地理学には内的過程への視点が欠知していたが,

その後, Predらによって内的過程の重要性が指摘され,また,地域社会の研

究においても,内的過程の重要性が指摘されている。内的過程に焦点をあてる

ためには,行動地理学における認知と行動の枠組みを時間地理学に導入するこ

とが有効で、あると考える。そこで,まず Hagerstrandの提示した能力制約,

結合制約,権威制約という 3つのいわば外的制約に加え,認知制約と価値制約

という 2つの内的制約を提示したい。

認知制約とは,個人が認知している情報量と情報の正確度による制約であ

る。メンタルマップがこれに相当し,量的尺度で計ることができる価値的に中

立な次元の制約と言える。認知が行動を制約するという視点は,行動地理学の

枠組みの中で表されているものである。

どっている場合がある。原 具志社会ネットワークと社会空間からみた住民の定着

過程一一堺市百舌烏梅北町 5Tを事例に一一一J,地理学評論, 67 A, 1994, 701苧722.(35) 生田,前掲 9),若林,前掲 9), Golledge and Stimson,前掲 9)。

(36) 行動地理学は広義には,実証主義に依拠した行動論的アプローチ (behavioural ap-

proach)と,現象学に基づく人文主義的アプローチ (humanistic approach)の両方を含

んでいるが,外部カコらの観察や測定が可能な行動に研究対象を限定する行動主義 (behav-

iouism)のアプローチを指すことがある。若林,前掲 9) 0 Trift (1981)は,行動地理

学を,空間的行動の説明で心理的過程を重視する能動的アプローチ (active approach)

と時間地理学の制約概念を柱に空間的行動の社会的側面を重視する受動的アプローチ

(reactive approach)から成るという見方を示しており,これを若林(1985) は「狭義の

行動地理学」と呼んど、いる。Thrift,N.,“Behavioral geographyぺWrigley,N and Ben-

net, R J ed, Quantztatzve geograjJhy a Brztish vzeω, Routledg巴 andKegan Paul,

London, 1981, 352-365

(37) Desbarates (1983) も,制約を「態度と矛盾した行為を生じさせる圧力や障害」と定

義した上引で,外的制約とともに内的制約を考慮し,社会心理学の理論を援用して,議論

を行っており, Thriftのいう能動的アプローチと受動的アプローチを統合する視点とし

て評価されて¥)る。若林,前掲 9),Desbarates, J,“Spatial choice and constraints on behavior", Annals o} the Assoczatioη ofAmeriwn GeograJうhers,73, 1983, 340-357

393 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス ー 197-

2. 時間地理学における内的制約邸)

地理学においては,行動地理学 (behaviouralgeography)が,環境と空間的

行動の関係の媒介変数として認知と意思決定過程の役割を重視するアプローチω

によって,内的過程に関する研究を行ってきた。先に述べたように, Hager-

strandのオリジナノレな時間地理学には内的過程への視点が欠知していたが,

その後, Predらによって内的過程の重要性が指摘され,また,地域社会の研

究においても,内的過程の重要性が指摘されている。内的過程に焦点をあてる

ためには,行動地理学における認知と行動の枠組みを時間地理学に導入するこ

とが有効でbあると考える。そこで,まず Hagerstrandの提示した能力制約,

結合制約,権威制約という 3つのいわば外的制約に加え,認知制約と価値制約

という 2つの内的制約を提示したい。

認知制約とは,個人が認知している情報量と情報の正確度による制約であ

る。メンタルマップがこれに相当し,量的尺度で計ることができる価値的に中

立な次元の制約と言える。認知が行動を制約するという視点は,行動地理学の

枠組みの中で表されているものである。

どっている場合がある。原 具志社会ネットワークと社会空間からみた住民の定着

過程一一堺市百舌烏梅北町 5Tを事例に一一一J,地理学評論, 67 A, 1994, 701苧722.(35) 生田,前掲 9),若林,前掲 9),Golledge and Stimson,前掲 9)。

(36) 行動地理学は広義には,実証主義に依拠した行動論的アプローチ (behavioural ap-

proach)と,現象学に基づく人文主義的アプローチ (humanistic approach)の両方を含

んでいるが,外音防コらの観察や測定が可能な行動に研究対象を限定する行動主義 (behav-

iouism)のアプローチを指すことがある。若林,前掲 9) 0 Trift (1981)は,行動地理

学を,空間的行動の説明で心理的過程を重視する能動的アプローチ (active approach)

と時間地理学の制約概念を柱に空間的行動の社会的側面を重視する受動的アプロ チ

(reactive approach)から成るという見方を示しどおり,これを若林(1985) は「狭義の

行動地理学」と呼んごいる。Thrift,N.,“Behavioral geographyぺWrigley,N and Ben-

net, R J ed, Quantztatzve geogr<<ρhy a Brztish vzew, Routledg巴 andKegan Paul,

London, 1981, 352-365

(37) Desbarates (1983) も,制約を「態度と矛盾した行為を生じさせる圧力や障害」と定

義した上、で,外的制約とともに内的制約を考慮し,社会心理学の理論を援用して,議論

を行っており, Thriftのいう能動的アプローチと受動的アプローチを統合する視点とし

て許価されている。若林,前掲 9),Desbarates, J,“Spatial choice and constraints on b巴havior",Annals o} the Assoczatioη ofAmeriwn GeograJうhers,73, 1983, 340-357

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198 香川大学経済論叢 394

それに対し,価値制約とは個人が持っている価値観や意味づけによる制約で

ある。人生観,倫理観,場所感覚,などがこれに相当し,質的な検討を必要と

するもので,文字通り何らかの価値や意味づけを表しており,価値的に中立で

はない。

Hagerstrandのオリジナルの 3つの外的制約は,能力制約が各個人の問題

であるのに対し,結合制約は,個人一人だけではなく複数の個人に関係する問

題であり,さらに権威制約は,単なる複数の個人ではなく,複数の個人に外在

する社会的なものを問題としている。

こうした点からみると 2つの内的制約は,内的ゆえに各個人の問題であると

いう基本的な特徴では能力制約と類似するが,特に地域社会の問題では,複数

の個人に共有されているから制約として効果を発揮する点では複数の個人と関

係し結合制約と類似している。また,共有された価値観などは多分に社会的な

ものである点では,権威制約に類似している。こうした点は,内的制約が媒介

としていると考えられる,個人と社会の二重性という特徴をよく表していると

言うことができる。

さらに,言うまでもなしこれらの諸制約の聞には相互影響関係が認められ

る。能力,結合,権威のいわば外的制約が,認知と価値の内的制約の規定要因

になる。また,認知と価値の内的制約が,能力,結合,権威の外的制約を形作

る。例えば,メンタノレマップの研究は,他の諸制約による認知制約への影響の

分析と言うことができるし,行動地理学における居住地選択や庖舗選択の研究

の一部では,認知制約の結合制約への影響を扱っているということになる。

3. 生活空間の時空間構造化プロセスモデル

これまでの検討の結果を踏まえ,さらに,概念のフローとストックの区別す

る視点を導入して,時間地理学と行動論的アプローチ結合し,地域社会を詳細

に検討するための,個人の生活空間分析の総合的理論枠組みを提示する。その

枠組みの特徴は,①内的過程と外的過程の横断,②相互作用=個人間の横断,

③動態的視点ニ時間の横断,④フローとストック=時間次元の横断,⑤個人と

『閉

198 香川大学経済論叢 394

それに対し,価値制約とは個人が持っている価値観や意味づけによる制約で

ある。人生観,倫理観,場所感覚,などがこれに相当し,質的な検討を必要と

するもので,文字通り何らかの価値や意味づけを表しており,価値的に中立で

はない。

Hagerstrandのオリジナルの 3つの外的制約は,能力制約が各個人の問題

であるのに対し,結合制約は,個人一人だけではなく複数の個人に関係する問

題であり,さらに権威制約は,単なる複数の個人ではなく,複数の個人に外在

する社会的なものを問題としている。

こうした点からみると 2つの内的制約は,内的ゆえに各個人の問題であると

いう基本的な特徴では能力制約と類似するが,特に地域社会の問題では,複数

の個人に共有されているから制約として効果を発揮する点では複数の個人と関

係し結合制約と類似している。また,共有された価値観などは多分に社会的な

ものである点では,権威制約に類似している。こうした点は,内的制約が媒介

としていると考えられる,個人と社会の二重性という特徴をよく表していると

言うことができる。

さらに,言うまでもなしこれらの諸制約の聞には相互影響関係が認められ

る。能力,結合,権威のいわば外的制約が,認知と価値の内的制約の規定要因

になる。また,認知と価値の内的制約が,能力,結合,権威の外的制約を形作

る。例えば,メンタノレマップの研究は,他の諸制約による認知制約への影響の

分析と言うことができるし,行動地理学における居住地選択や庖舗選択の研究

の一部では,認知制約の結合制約への影響を扱っているということになる。

3. 生活空間の時空間構造化プロセスモデル

これまでの検討の結果を踏まえ,さらに,概念のフローとストックの区別す

る視点を導入して,時間地理学と行動論的アプローチ結合し,地域社会を詳細

に検討するための,個人の生活空間分析の総合的理論枠組みを提示する。その

枠組みの特徴は,①内的過程と外的過程の横断,②相互作用=個人間の横断,

③動態的視点ニ時間の横断,④フローとストック=時間次元の横断,⑤個人と

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395 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -199ー

社会の横断,⑥空間スケールの横断という,相互に関連する 6つの横断的視点

を総合するところにある。

以下, I1買に 12の命題という形で,論じていくことにする。

個人の生活空間を,顕在的,可視的,外的な次元である活動空間だけでなく,

潜在的,認知論的,内的次元を加えて位置づける。よって,

命題1 個人の生活空間は,顕在的に現れた生活活動の空間的軌跡としての活

動空間,生活活動の結果ある地域に関して獲得している認知情報であ

るメンタノレマップ,生活活動の結果ある地域に関して持っている場所

感覚からなる。

生活空間は,固定的なものではなく,動態的に変化していくものととらえる

必要がある。動態的な変化を定式化するため,フローとストックを区別する視

点を導入し,諸概念の相互関係を位置づける(第 1図,第 l表)。

ここでフローとはある単位時間をとったときに現れる個々の行動の次元を意

味し,ストックとはある時点において,それ以前の一定期間の活動の結果,蓄

積されているものの次元を意味する。通勤や購買,友人との交遊,余暇などの

活動はフローの次元の概念であり,社会ネットワーク,メンタルマップ,場所

感覚はストックの次元の概念である。

時間地理学の枠組みでは,時空間の軌跡がパスとして描かれる。フローとは,

このパスをある一定の単位時間でとらえたものであり,またストックとは,こ

のパスの過去から現在までをすべて集計したもの,およびその結果,内的に蓄

積されているものということができる。ストックの各概念はそれぞれフローの自国

概念をある基準で集計したものということができる。例えば,社会ネットワー

クはコミュニケーション行動に注目して集計することで得られるものであり,

メンタルマップは,すべての生活活動の結果,収集される認知情報を集計した

(38) 積分という概念をあてはめることが可能ではないかと考える。

395 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -199ー

社会の横断,⑥空間スケールの横断という,相互に関連する 6つの横断的視点、

を総合するところにある。

以下, I1買に 12の命題という形で,論じていくことにする。

個人の生活空間を,顕在的,可視的,外的な次元である活動空間だけでなく,

潜在的,認知論的,内的次元を加えて位置づける。よって,

命題1 個人の生活空間は,顕在的に現れた生活活動の空間的軌跡としての活

動空間,生活活動の結果ある地域に関して獲得している認知情報であ

るメンタノレマップ,生活活動の結果ある地域に関して持っている場所

感覚からなる。

生活空間は,固定的なものではなく,動態的に変化していくものととらえる

必要がある。動態的な変化を定式化するため,フローとストックを区別する視

点を導入し,諸概念の相互関係を位置づける(第 1図,第 l表)。

ここでフローとはある単位時間をとったときに現れる個々の行動の次元を意

味し,ストックとはある時点において,それ以前の一定期間の活動の結果,蓄

積されているものの次元を意味する。通勤や購買,友人との交遊,余暇などの

活動はフローの次元の概念であり,社会ネットワーク,メンタルマップ,場所

感覚はストックの次元の概念である。

時間地理学の枠組みでは,時空間の軌跡がパスとして描かれる。フローとは,

このパスをある一定の単位時間でとらえたものであり,またストックとは,こ

のパスの過去から現在までをすべて集計したもの,およびその結果,内的に蓄

積されているものということができる。ストックの各概念はそれぞれフローの自国

概念をある基準で集計したものということができる。例えば,社会ネットワー

クはコミュニケーション行動に注目して集計することで得られるものであり,

メンタルマップは,すべての生活活動の結果,収集される認知情報を集計した

(38) 積分という概念をあてはめることが可能ではないかと考える。

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200 香川大学経済論叢 396

時間

フ口、一

ストック(個人)

社会空間

ストック(地域社会)

第 1図 時間地理学の枠組みによるフローとストックの概念図

Hagerstrand (1970) ,荒井(1992), Johnston et.al.eds. (1994) を参考に、筆者作成。

咽圃・田

200 香川大学経済論叢 396

時間

フ口、一

ストック(個人)

社会空間

ストック(地域社会)

第 1図 時間地理学の枠組みによるフローとストックの概念図

Hagerstrand (1970) ,荒井(1992), Johnston et.al.eds. (1994) を参考に、筆者作成。

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397 地域社会と生活空間の時空間構造化プロゼス -201

第 1表 内的次元一外的次元,フローーストック軸による諸概念の分類

フロー ストック

外的 活動空間 活動の蓄積=経験

個々の諸活動 社会ネットワーク

没価値的 情報の獲得 メンタルマップ

内的

価値的 個々の判断 場所感覚

ものである。

ある時点のストック次元の概念は,その時点より過去のフロ一次元の概念の

蓄積の結果である。ストック次元の概念は,フロ一次元の概念の反復によって

生成,変化する。長期的には変化するが,短期的にはその変化は微少であると

考えられる。しかし,微少な短期的変化の蓄積によっては連続的に変化するも

のと,微少な短期的変化の蓄積の結果,ある時点、で不連続に変化するものの両

方があると想定できる。メンタノレマップは前者,場所感覚は後者ではないかと

考えられる。

命題2 ある時点の生活空間は,過去の生活空間の蓄積の影響を受ける。

(個人史的変容プロセス)

命題3 活動空間,メンタルマップ,場所感覚は相互に影響しあい,またフロ

ーとストックの相互作用を通して,ル}プを繰り返す中で変化してい

く(第 2図)0 (行動論的枠組み)

例えば,通勤・通学,購買,余暇,コミュニケーションなど様々な諸活動(フ

ロ一次元)を,繰り返し行って経験が蓄積されるとともに,在会ネットワーク

397 地域社会と生活空間の時空間構造化プロゼス -201

第 1表 内的次元一外的次元,フローーストック軸による諸概念の分類

フロー ストック

外的 活動空間 活動の蓄積=経験

個々の諸活動 社会ネットワーク

没価値的 情報の獲得 メンタルマップ

内的

価値的 個々の判断 場所感覚

ものである。

ある時点のストック次元の概念は,その時点より過去のフロ一次元の概念の

蓄積の結果である。ストック次元の概念は,フロ一次元の概念の反復によって

生成,変化する。長期的には変化するが,短期的にはその変化は微少であると

考えられる。しかし,微少な短期的変化の蓄積によっては連続的に変化するも

のと,微少な短期的変化の蓄積の結果,ある時点、で不連続に変化するものの両

方があると想定できる。メンタノレマップは前者,場所感覚は後者ではないかと

考えられる。

命題2 ある時点の生活空間は,過去の生活空間の蓄積の影響を受ける。

(個人史的変容プロセス)

命題3 活動空間,メンタルマップ,場所感覚は相互に影響しあい,またフロ

ーとストックの相互作用を通して,ル}プを繰り返す中で変化してい

く(第 2図)0 (行動論的枠組み)

例えば,通勤・通学,購買,余暇,コミュニケーションなど様々な諸活動(フ

ロ一次元)を,繰り返し行って経験が蓄積されるとともに,社会ネットワーク

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← 202-

内的次元

外的次元

香川大学経済論叢

ストック

メンタルマップ

場所感覚

フロー

活動空間

個々の諸活動

ストック

活動の蓄積=経験

社会ネットワーク

第2図 内的次元一外的次元,フローーストックのダイナミクス

398

が形成されていく(ストック次元),そうした中で地域に関する情報を獲得し

て,メンタ/レマップが形成されていき(フロ!一次元),そうしてできたメンタ

ルマップ(ストック次元)を前提に,新たな諸活動が行われ(フロ一次元),

メンタノレマップがより精微化され,社会ネットワークも拡大していく (ストッ

ク次元)。

すでに動態的な枠組みの中で触れているように,相互作用の視点を導入する。

命題4 ある個人の生活空間は,接触する他の個人の生活空間の影響を受け

る。それはコミュニケーションや共通の活動の蓄積によって生じる。

(個人間の相互作用)

命題5 ある個人の生活空間は,物理的そして柱会的環境の影響を受ける。

(環境との相互作用)

個人間そして環境との相互作用による影響は,内的過程が媒介していると考

えられる。

〆寸〆3 山 川 ソ

← 202-

内的次元

外的次元

香川大学経済論叢

ストック

メンタルマップ

場所感覚

フロー

活動空間

個々の諸活動

ストック

活動の蓄積=経験

社会ネットワーク

第 2図 内的次元一外的次元,フローーストックのダイナミクス

398

が形成されていく(ストック次元),そうした中で地域に関する情報を獲得し

て,メンタルマップが形成されていき(フロ一次元),そうしてできたメンタ

ルマップ(ストック次元)を前提に,新たな諸活動が行われ(フロ一次元),

メンタノレマップがより精微化され,社会ネットワークも拡大していく (ストッ

ク次元)。

すでに動態的な枠組みの中で触れているように,相互作用の視点を導入する。

命題4 ある個人の生活空間は,接触する他の個人の生活空間の影響を受け

る。それはコミュニケーションや共通の活動の蓄積によって生じる。

(個人間の相互作用)

命題5 ある個人の生活空間は,物理的そして社会的環境の影響を受ける。

(環境との相互作用)

個人間そして環境との相互作用による影響は,内的過程が媒介していると考

えられる。

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399 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス

以上が個人の生活空間に関する基本的な命題である。

続いて,地域社会に関係する命題を追加していく。

203-

命題6 個人の生活空間は,相互作用の結果,共通部分が形成され,共有され

た生活空間は,相互作用を通じて,増殖する。

そして,先に定義したように,

命題 7 地域社会とは,個人のある空間スケーJレの地域での活動の蓄積(個人

聞の相互作用と共通経験の蓄積)の結果,複数の個人に共有されてい

る,当該地域における生活活動のパターン,社会ネットワーク,認知

情報,場所感覚,ルーノレ,価値意識,規範の総体である。

ここまでの定式化は,複数の個人聞に関するレベルの問題であった。次に個

人に外在する権威制約レベjレの問題に移る。

命題8 生活空間の共有の結果,共有した生活空間をもっ人々の聞で,円滑な

活動,相互調整,問題処理のために,暗黙の了解の醸成されたり,明

示的なノレーlレが作成されたり,時には組織の形成がなされ,人々の生

活空間に資する一つのシステムとも呼ぶべき統合されたものがつくら日目

れることがある。それを,ここでは地域社会システムと定義すること

にする。

その一つに,町内会などの地域組織の分析によって,近似的に接近できるも

のがある。ただし,すべての人が地域社会システムに同じように関係している

わけではない。

(39) システム概念に関しては, Giddens, A.,前掲 16)。

399 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -203-

以上が個人の生活空間に関する基本的な命題である。

続いて,地域社会に関係する命題を追加していく。

命題6 個人の生活空間は,相互作用の結果,共通部分が形成され,共有され

た生活空間は,相互作用を通じて,増殖する。

そして,先に定義したように,

命題 7 地域社会とは,個人のある空間スケーJレの地域での活動の蓄積(個人

聞の相互作用と共通経験の蓄積)の結果,複数の個人に共有されてい

る,当該地域における生、活活動のパターン,社会ネットワーク,認知

情報,場所感覚,ルーノレ,価値意識,規範の総体である。

ここまでの定式化は,複数の個人聞に関するレベルの問題であった。次に個

人に外在する権威制約レベjレの問題に移る。

命題8 生活空間の共有の結果,共有した生活空間をもっ人々の聞で,円滑な

活動,相互調整,問題処理のために,暗黙の了解の醸成されたり,明

示的なノレーlレが作成されたり,時には組織の形成がなされ,人々の生

活空間に資する一つのシステムとも呼ぶべき統合されたものがつくら(湖

れることがある。それを,ここでは地域社会システムと定義すること

にする。

その一つに,町内会などの地域組織の分析によって,近似的に接近できるも

のがある。ただし,すべての人が地域社会システムに同じように関係している

わけではない。

(39) システム概念に関しては, Giddens, A.,前掲 16)。

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一一204 香川大学経済論叢 400

命題9 地域社会システムへのアクセスが,当該地域での生活空間の共有を促

進する。(地域社会の再生産)

地域社会システムにアクセスすることにより,人々に共有されている生活空

間に関連する行動が反復され,共通経験がより蓄積されていく。その中で,情

報,規範が認識され,人々はその幾っかには,同意するか,許容するか,ある

いは慣れていく。このプロセスはいわゆる文化変容を含み,通常 assimilation(10:

processと呼ばれる。

命題 10 ある一定の空間が意味づけられ,その空間の中で生活空間が共有さ

れ,地域社会が再生産されている。こうした社会的に認識され社会と

個人の再生産が行われている空間を,社会空間と位置づけることがで

きょう。(社会空間)

ただし,先にも指摘しておいたように,

命題 11 異なる空間スケーノレでの活動の蓄積の結果,異なる地域社会が空間的

に重層して形成される。(地域社会の空間的重層性)

同じ地域を含んで,空間スケー/レの異なる複数の地域討会システムが重層的

に存在しうる。

命題 12 アクセスする地域社会システムによって異なる生活空間の形成が促進

される。

(40) Lewis,前掲 4)。

(41) 原,前掲 33) は,都市化の進行した旧集落地域で事例研究を行い,すでに景観的に

は不明瞭な旧集落の範闘が社会空間として認知されており,そこで依然として社会ネッ

トワークが再生産されている点を分析した。

一一ー¥fZZ'Y'''̂

一一204 香川大学経済論叢 400

命題9 地域社会システムへのアクセスが,当該地域での生活空間の共有を促

進する o (地域社会の再生産)

地域社会システムにアクセスすることにより,人々に共有されている生活空

間に関連する行動が反復され,共通経験がより蓄積されていく。その中で,情

報,規範が認識され,人々はその幾っかには,同意するか,許容するか,ある

いは慣れていく。このプロセスはいわゆる文化変容を含み,通常 assimilation

processと呼ばれる。

命題 10 ある一定の空間が意味づけられ,その空間の中で生活空間が共有さ

れ,地域社会が再生産されている。こうした社会的に認識され社会と

個人の再生産が行われている空間を,社会空間と位置づけることがで

きょう。(社会空間)

ただし,先にも指摘しておいたように,

命題 11異なる空間スケーノレでの活動の蓄積の結果,異なる地域担会が空間的

に重層して形成される。(地域社会の空間的重層J性)

同じ地域を含んで,空間スケー/レの異なる複数の地域討会システムが重層的

に存在しうる。

命題 12 アクセスする地域社会システムによって異なる生活空間の形成が促進

される。

(40) Lewis,前掲 4)。

(41) 原,前掲 33) は,都市化の進行した旧集落地域で事例研究を行い,すでに景観的に

は不明瞭な旧集落の範闘が社会空間として認知されており,そこで依然として社会ネッ

トワークが再生産されている点を分析した。

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401 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 205

同じ地域に居住していても,アクセスする,あるいはアクセスできる地域社

会システムの違いによって,異なる生活空間の形成が促進されることになる。

また,個人は複数の地域社会システムに取り込まれている可能性がある。複数

の地域社会システムへの取り込まれ方によって,促進される生活空間が異なっ

てくる。(複数の定着プロセス)

例えば,広域でのみ生活空間が発達している広域特化型,反対に狭域でのみ

生活空間が発達している狭域特化型,広域と狭域の両方で生活空間が発達して

いる全域型,生活空間が発達していない非、活動型という生活空間の 4つの類型

を設定できょう。また,生活空間の年齢あるいは居住年数による通時的変化と

して,生活空間の外延が量的に膨張していく拡大プロセスと,生活空間の内包

が質的に充実していく充填プロセスというこつのプロセスが考えられるが,生

活空間の変化のプロセスとして,まず外延的に広域へと拡大し,後に狭域が充

填されるという,広域特化型から全域型への広域先行型プロセスと,最初に狭

域が充填され,徐々に広域へ拡大するという,狭域特化型から全域型への狭域

先行型プロセスというごつの変化の方向が想定できる。

以上のように,個人の生活空間と地域社会の間では,相互にっくりつくられ

る不断のプロセスが時空間上で進行している。これを,生活空間と地域社会の

時空間構造化プロセスと呼ぶことにする。実際の地域社会の分析の際には,こ

うした地域社会と個人の生活空間の時空間構造化プロセスにおける変化の一断

面を取り上げ,個人間の共通性を抽出することになる。

4. 研究課題

次に,個人と地域社会の再生産および変容という視点と,空間スケーノレの重

層性に十分配慮して地域社会概念を全体社会と個人を媒介する中間スケーJレに

位置づけることで得られる,全体社会と個人をつなぐマクロ・ミクロ・ダイナ

ミクスの視点から,以上の枠組みによる研究課題を整理し,また,時間地理学

の枠組みによる構造化プロセスの解明の方向を例示したい。

401 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 205

同じ地域に居住していても,アクセスする,あるいはアクセスできる地域社

会システムの違いによって,異なる生活空間の形成が促進されることになる。

また,個人は複数の地域社会システムに取り込まれている可能性がある。複数

の地域社会システムへの取り込まれ方によって,促進される生活空間が異なっ

てくる。(複数の定着プロセス)

例えば,広域でのみ生活空間が発達している広域特化型,反対に狭域でのみ

生活空間が発達している狭域特化型,広域と狭域の両方で生活空間が発達して

いる全域型,生活空間が発達していない非活動型という生活空間の 4つの類型

を設定できょう。また,生活空間の年齢あるいは居住年数による通時的変化と

して,生活空間の外延が量的に膨張していく拡大プロセスと,生活空間の内包

が質的に充実していく充填プロセスというこつのプロセスが考えられるが,生

活空間の変化のプロセスとして,まず外延的に広域へと拡大し,後に狭域が充

填されるという,広域特化型から全域型への広域先行型プロセスと,最初に狭

域が充填され,徐々に広域へ拡大するという,狭域特化型から全域型への狭域

先行型プロセスというごつの変化の方向が想定できる。

以上のように,個人の生活空間と地域社会の間では,相互にっくりつくられ

る不断のプロセスが時空間上で進行している。これを,生活空間と地域社会の

時空間構造化プロセスと呼ぶ、ことにする。実際の地域社会の分析の際には,こ

うした地域社会と個人の生活空間の時空間構造化プロセスにおける変化の一断

面を取り上げ,個人間の共通性を抽出することになる。

4. 研究課題

次に,個人と地域社会の再生産および変容という視点と,空間スケーノレの重

層性に十分配慮して地域社会概念を全体社会と個人を媒介する中間スケーJレに

位置づけることで得られる,全体社会と個人をつなぐマクロ・ミクロ・ダイナ

ミクスの視点から,以上の枠組みによる研究課題を整理し,また,時間地理学

の枠組みによる構造化プロセスの解明の方向を例示したい。

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-206- 香川大学経済論叢 402

1)地域社会の再生産プロセスの解明

個人と地域担会は絶えず、っくりつくられる関係にあると考えられるが,どう

いった制約が,パスおよびバンドルに影響し,また,ある空間スケーノレでの生

活空間の共有に寄与しているのかを解明する必要がある。

例えば,町内会や学校組織など,何らかの地域社会システムによる生活空間

への影響が考えられる。出身地,友人,家族の影響で,地域社会システム(具

体的には何らかの組織や活動の機会など)へのアクセス性の相違が生じると考

えられ,アクセスしている場合に,ある空間スケーノレでの活動が促進し,生活

空間の共有が進むのではないかと考えられる。

2 )地域社会の変容プロセス(再構造化)の解明

個人の新しい行動の蓄積が,地域社会を変容させることがある。どういった

制約の変化が,パスおよび、バンドルに影響し,ある空間スケールでの新しい生

活空間の共有に寄与しているかを解明する必要がある。

時間地理学の制約の枠組みを用いて,再生産および変容の動態的なメカニズ

ムを解明する方向が考えられる。例えば,都市が拡大し交通網の発達し,能力

制約が緩和したことは,脱集落的活動を促進する要因となったと考えられる。

ただし,都心一郊外聞の路線上では促進されるが,郊外の中の各路線聞の移動

の制約は残っており,このことが新たな生活空間の形成に影響していると考え

られる。また,結合制約に関しては,電話,テレビなどメディアの発達により,

直接接触しなくてもコミュニケーションができ,情報を収集することが可能と

なったため,広域スケールでの結合制約が緩和した。しかし,逆に狭域スケー

ノレでの情報の流通チャンネJレが相対的に欠如しがちになる点が指摘できる。さ

らに,権威制約については,離農や,通勤・購買などの生活圏の拡大により,

(42) 川村は (1995)は,時間地理学の 3つの制約概念を,資源論の視点と結びつけて独自に

解釈し,組織論のアプローチに導入して,神戸の都市形成の解明を試みている。ただし本

稿の議論においては,時間地理学の 3つの外的制約は, Hagerstrandのオリジナノレの定

義に基づいている。川村尚也 r制約の夕、イナミクスー一一明治期の神戸におげる都市形

成過程の組織論的分析一一J,一橋大学大学院商学科博士課程単位修得論文, 1995。

206- 香川大学経済論叢 402

1)地域社会の再生産プロセスの解明

個人と地域社会は絶えずっくりつくられる関係にあると考えられるが,どう

いった制約が,パスおよびバンドルに影響し,また,ある空間スケーノレでの生

活空間の共有に寄与しているのかを解明する必要がある。

例えば,町内会や学校組織など,何らかの地域社会システムによる生活空間

への影響が考えられる。出身地,友人,家族の影響で,地域社会システム(具

体的には何らかの組織や活動の機会など)へのアクセス性の相違が生じると考

えられ,アクセスしている場合に,ある空間スケーノレでの活動が促進し,生活

空間の共有が進むのではないかと考えられる。

2 )地域社会の変容プロセス(再構造化)の解明

個人の新しい行動の蓄積が,地域社会を変容させることがある。どういった

制約の変化が,パスおよび、バンドルに影響し,ある空間スケールでの新しい生

活空間の共有に寄与しているかを解明する必要がある。

時間地理学の制約の枠組みを用いて,再生産および変容の動態的なメカニズω

ムを解明する方向が考えられる。例えば,都市が拡大し交通網の発達し,能力

制約が緩和したことは,脱集落的活動を促進する要因となったと考えられる。

ただし,都心一郊外聞の路線上では促進されるが,郊外の中の各路線聞の移動

の制約は残っており,このことが新たな生活空間の形成に影響していると考え

られる。また,結合制約に関しては,電話,テレビなどメディアの発達により,

直接接触しなくてもコミュニケーションができ,情報を収集することが可能と

なったため,広域スケールでの結合制約が緩和した。しかし,逆に狭域スケー

ノレでの情報の流通チャンネJレが相対的に欠如しがちになる点が指摘できる。さ

らに,権威制約については,離農や,通勤・購買などの生活圏の拡大により,

(42) 川村は (1995)は,時間地理学の 3つの制約概念を,資源論の視点と結びつけて独自に解釈し,組織論のアプローチに導入して,神戸の都市形成の解明を試みている。ただし本稿の議論においては,時間地理学の 3つの外的制約は, Hagerstrandのオリジナノレの定義に基づいている。川村尚也 r制約の夕、イナミクスー一一明治期の神戸におげる都市形

成過程の組織論的分析一一ーJ,一橋大学大学院商学科博士課程単位修得論文, 1995。

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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403 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 207-

旧集落や町内といった狭域スケーノレでの権威制約は緩和したと考えられる。一

方,学校や自治体といった新しい空間単位で,いわゆる形式地域の実質地域化

の過程で,新たな権威制約が形成されていると考えられる。

内的制約は,外的制約が作用する媒介項としても作用していると考えられ

る。持っている認知情報が限定的であるため,行動が制限されるという点は,

混住化社会では祭りや運動会その他の地域の活動への参加の際によくみられ

る。居住年数の浅い人は地域の祭りや自治会についての,昔から住んでいる人

には,ごく当たり前のことと考えられる情報を持ち合わせておらず,そもそも

どういった形で参加できるのかがわからない,参加したいがその方法がわから

ないといった現象が生じる。また,価値制約では,祭りに対する寄付や労力の

提供,あるいは自治組織の役員選出や意思決定の仕方に関する基準についての

考え方が異なっているため,そうした行事の際にとる行動が異なってくる。そ

もそも,住民の問題解決に町内会が適切かといったいわば合意形成の土俵につ

いての合意が成立していないことがある。

これらの諸制約は,相互に関連しあっており,動態的なメカニズムの解明の

中で,その相互関係を明らかにしていく必要があろう。

3 )全体社会,地域社会,個人の間の相互関係の解明

上の二つに空間の重層性(=複数のスケールでの並存の可能性)に配慮する

ことで,全体社会と個人をつなぐ相互関係の枠組みとなる。

①再生産プロセス

マクロな社会空間構造,地域社会,個人が相互にっくりつくられると考えら

れるが,どういった制約が,パスやバンドノレに影響し,地域社会の再生産に寄

与しているか,また,どういった行動の蓄積が,地域社会,全体社会の再生産

に寄与しているかを解明する。

②再構造化プロセス

より空間スケーノレの大きなマクロな社会変化が,相対的に小さな地域社会を

変容させるプロセスを解明する。個人と社会の媒介項として地域社会を想定す

403 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス 207-

旧集落や町内といった狭域スケールでの権威制約は緩和したと考えられる。一

方,学校や自治体といった新しい空間単位で,いわゆる形式地域の実質地域化

の過程で,新たな権威制約が形成されていると考えられる。

内的制約は,外的制約が作用する媒介項としても作用していると考えられ

る。持っている認知情報が限定的であるため,行動が制限されるという点は,

混住化社会では祭りや運動会その他の地域の活動への参加の際によくみられ

る。居住年数の浅い人は地域の祭りや自治会についての,昔から住んでいる人

には,ごく当たり前のことと考えられる情報を持ち合わせておらず,そもそも

どういった形で参加できるのかがわからない,参加したいがその方法がわから

ないといった現象が生じる。また,価値制約では,祭りに対する寄付や労力の

提供,あるいは自治組織の役員選出や意思決定の仕方に関する基準についての

考え方が異なっているため,そうした行事の際にとる行動が異なってくる。そ

もそも,住民の問題解決に町内会が適切かといったいわば合意形成の土俵につ

いての合意が成立していないことがある。

これらの諸制約は,相互に関連しあっており,動態的なメカニズムの解明の

中で,その相互関係を明らかにしていく必要があろう。

3 )全体社会,地域社会,個人の間の相互関係の解明

上の二つに空間の重層性(=複数のスケールでの並存の可能性)に配慮する

ことで,全体社会と個人をつなぐ相互関係の枠組みとなる。

①再生産プロセス

マクロな社会空間構造,地域社会,個人が相互にっくりつくられると考えら

れるが,どういった制約が,パスやバンドノレに影響し,地域社会の再生産に寄

与しているか,また,どういった行動の蓄積が,地域社会,全体社会の再生産

に寄与しているかを解明する。

②再構造化プロセス

より空間スケールの大きなマクロな社会変化が,相対的に小さな地域社会を

変容させるプロセスを解明する。個人と社会の媒介項として地域社会を想定す

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--208 香川大学経済論叢

ることヵγCきる。

マクロな社会変化→地域担会変化→個人の変化

マクロな社会変化←地域社会変化←個人の変化

404

という,双方向の変化の中--r,どういった制約の変化が,パスとバンドルに影

響しているか,どういった新しい行動の蓄積が,地域在会,全体社会の変化に

寄与しているかを解明する。

例えば,マクロな人口流動の変化が(全体社会),混住化のような地域社会

の構成員の変化を生じさせる(地域社会)。すると,異質な個人の聞の相互作

用を通じて,個人の生活空間が変化していく(個人)。また,そうした生活空

間の変化が,多くの人々に共有されていくことは,地域社会が変容することを

意味する(地域社会)。変容した地域社会では,新しい形の生活空間の形成が

促進されることになる(個人)。それは地域での定着のあり方に違ったスタイ

ルが生じることを意味する。こうした変化の累積が,全体社会の変化をさらに

促したり,時には新しい変化を生み出すこともありうる。

労働市場の需要と供給のミスマッチが,人口移動を有む一つの要因と考えら

れるが,これは,全体社会の変化が,生涯パスに影響を与える面であり,都市

における鉄道網の発達などは,通勤・通学・購買を通した日常ノfスに影響を与

える面である。

意味のある地域社会の空間スケールを明示的に位置づけ,また中間スケーノレ

においても,複数の地域社会が重層する可能性がある。例えば,郊外の自立傾

向といった議論が示唆するように,大都市圏と隣近所の地域社会の間に,郊外

核を中心とする郊外圏を想定することができょう。

こうしたダイナミクスの中で,では,どういった条件では再生産の方が卓越

し,どういった条件で変化が起きるのかといった点が肝要であり,より詳細な

分析から解明する必要がある。

V おわりに

Hagerstrandのオリジナルには欠けていた内的過程を取り込むことで,時

←-208~ 香川大学経済論叢

ることができる。

マクロな担会変化→地域担会変化→個人の変化

マクロな社会変化←地域社会変化←個人の変化

404

という,双方向の変化の中--r,どういった制約の変化が,パスとバンドルに影

響しているか,どういった新しい行動の蓄積が,地域在会,全体社会の変化に

寄与しているかを解明する。

例えば,マクロな人口流動の変化が(全体社会),混住化のような地域社会

の構成員の変化を生じさせる(地域担会)。すると,異質な個人の聞の相互作

用を通じて,個人の生活空間が変化していく(個人)。また,そうした生活空

間の変化が,多くの人々に共有されていくことは,地域社会が変容することを

意味する(地域社会)。変容した地域社会では,新しい形の生活空間の形成が

促進されることになる(個人)。それは地域での定着のあり方に違ったスタイ

ルが生じることを意味する。こうした変化の累積が,全体社会の変化をさらに

促したり,時には新しい変化を生み出すこともありうる。

労働市場の需要と供給のミスマッチが,人口移動を有む一つの要因と考えら

れるが,これは,全体社会の変化が,生涯ノfスに影響を与える面であり,都市

における鉄道網の発達などは,通勤・通学・購買を通した日常ノfスに影響を与

える面である。

意味のある地域社会の空間スケールを明示的に位置づけ,また中間スケーノレ

においても,複数の地域社会が重層する可能性がある。例えば,郊外の自立傾

向といった議論が示唆するように,大都市圏と隣近所の地域社会の間に,郊外

核を中心とする郊外圏を想定することができょう。

こうしたダイナミクスの中で,では,どういった条件では再生産の方が卓越

し,どういった条件で変化が起きるのかといった点が肝要であり,より詳細な

分析から解明する必要がある。

V おわりに

Hagerstrandのオリジナルには欠けていた内的過程を取り込むことで,時

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405 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -209-

問地理学の枠組みを,地域社会研究に応用し,個人の生活空間と地域社会との

時空間構造化プロセスのフレームワークを試論として提示した。本稿では,特

に内的過程の取り込みに焦点をあてたため,物的環境の生成過程や相互作用に

ついてはより詳細な検討が必要であるが,これについては今後の課題とした

し)0

405 地域社会と生活空間の時空間構造化プロセス -209-

問地理学の枠組みを,地域社会研究に応用し,個人の生活空間と地域社会との

時空間構造化プロセスのフレームワークを試論として提示した。本稿では,特

に内的過程の取り込みに焦点をあてたため,物的環境の生成過程や相互作用に

ついてはより詳細な検討が必要であるが,これについては今後の課題とした

し)0

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