医療用マスクの選択基準...astmの変更点は、マスクの防護性...

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製品の防護性能が箱に図示される 本日のテーマは医療用マスクの選択 基準ですが、選択基準や規格に興味を 持っている方は少数だと思います。感 染制御チーム(Infection Control Team、以下ICT)は様々な物品の購入、 交換をしますが、規格を知らなければ 適切に評価することはできません。そ こで本日は学術的な部分だけでなく米 国材料試験協会(American Society for Testing and Materials、以下 ASTM)規格の変更点をまずお話し し、その後規格内容について、不織布 について、マスクの詳細について解説 します。(図1) ASTMの変更点は、マスクの防護性 能に対してバリアレベルの設定が必要 になりました。加えて、多くの製品の一 次包装である箱にバリアレベルの図示 が必要になりました。これまでサージカ ル マ スクの 製 品 に は 、細 菌 濾 過 率 医療用マスクに対する ASTMの新規格 医療用マスクの選択基準 ~新ASTM規格に基づいて~ 1第29回日本環境感染学会総会・学術集会 2014 2 15 日(土) グランドプリンスホテル高輪 B1F ロイヤルルーム 第29回日本環境感染学会総会・学術集会 キンバリークラーク・ヘルスケア・インク 12 : 10~13 : 00 医療従事者は血液媒介感染症に加えて職務上の曝露により常に新型インフルエンザや重症急性呼吸器 症候群(SARS)に代表される、新たな感染症に罹患するリスクを抱えています。このような感染リスクを 低減するための個人防護具のひとつが医療用マスクです。しかし、日本には医療用マスクの性能規格 基準が存在せず、現場のニーズとはかけ離れたところでマスクの選定が行われています。今回は箕面市立 病院、四宮聡先生をお招きし、現状を踏まえた医療用マスクの選定に役立つ規格、マスク素材やリスク アセスメントの方法などをお話しいただきました。 2006年岩手医科大学附属病院 医療安全管理部 感染症 対策室長就任。2012年日本環境感染学会 アドホック委員会 「被災地における感染対策に関する検討委員会」委員長就 任。医学部のみならず看護短大などでも講義や実習指導を 担当し、教育者としても幅広く活動。 岩手医科大学附属病院 医療安全管理部/感染症対策室長 櫻井 滋 先生 2001年大阪府立千里看護専門学校卒業後、箕面市立病院 看護部に勤務。2006年日本看護協会認定看護師教育過 程、2007年感染管理認定看護師を取得。2013年東京医療 保健大学大学院(感染制御学)修士課程修了。日本環境感 染学会をはじめ、日本医療器学会、日本手術医学学会な ど、学会活動も多岐に渡る。 箕面市立病院 チーム医療推進部/感染管理担当主任 (2014年4月より、 ICT担当副部長) 四宮 聡 先生 Surgical & Infection Prevention ナレッジ・コミュニケーション Vol. 5

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Page 1: 医療用マスクの選択基準...ASTMの変更点は、マスクの防護性 能に対してバリアレベルの設定が必要 になりました。加えて、多くの製品の一

製品の防護性能が箱に図示される 本日のテーマは医療用マスクの選択基準ですが、選択基準や規格に興味を持っている方は少数だと思います。感染制御チーム(Infec t ion Cont ro l

Team、以下ICT)は様々な物品の購入、交換をしますが、規格を知らなければ適切に評価することはできません。そこで本日は学術的な部分だけでなく米国材料試験協会(American Society fo r Tes t ing and Mate r ia l s、以下ASTM)規格の変更点をまずお話しし、その後規格内容について、不織布

について、マスクの詳細について解説します。(図1) ASTMの変更点は、マスクの防護性能に対してバリアレベルの設定が必要になりました。加えて、多くの製品の一次包装である箱にバリアレベルの図示が必要になりました。これまでサージカルマスクの製品には、細菌濾過率

医療用マスクに対するASTMの新規格

医療用マスクの選択基準~新ASTM規格に基づいて~

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第29回日本環境感染学会総会・学術集会

日 時

会 場

2014年2月15日(土)グランドプリンスホテル高輪 B1F ロイヤルルーム

共 催 第29回日本環境感染学会総会・学術集会 キンバリークラーク・ヘルスケア・インク

12:10~13:00

医療従事者は血液媒介感染症に加えて職務上の曝露により常に新型インフルエンザや重症急性呼吸器症候群(SARS)に代表される、新たな感染症に罹患するリスクを抱えています。このような感染リスクを低減するための個人防護具のひとつが医療用マスクです。しかし、日本には医療用マスクの性能規格基準が存在せず、現場のニーズとはかけ離れたところでマスクの選定が行われています。今回は箕面市立病院、四宮聡先生をお招きし、現状を踏まえた医療用マスクの選定に役立つ規格、マスク素材やリスクアセスメントの方法などをお話しいただきました。

2006年岩手医科大学附属病院 医療安全管理部 感染症対策室長就任。2012年日本環境感染学会 アドホック委員会「被災地における感染対策に関する検討委員会」委員長就任。医学部のみならず看護短大などでも講義や実習指導を担当し、教育者としても幅広く活動。

岩手医科大学附属病院医療安全管理部/感染症対策室長

櫻井 滋 先生2001年大阪府立千里看護専門学校卒業後、箕面市立病院看護部に勤務。2006年日本看護協会認定看護師教育過程、2007年感染管理認定看護師を取得。2013年東京医療保健大学大学院(感染制御学)修士課程修了。日本環境感染学会をはじめ、日本医療器学会、日本手術医学学会など、学会活動も多岐に渡る。

箕面市立病院チーム医療推進部/感染管理担当主任(2014年4月より、ICT担当副部長)

四宮 聡 先生

座 長 演 者

Surgical & Infection Prevention

ナレッジ・コミュニケーション

Vol.5

Page 2: 医療用マスクの選択基準...ASTMの変更点は、マスクの防護性 能に対してバリアレベルの設定が必要 になりました。加えて、多くの製品の一

(Bacter ia l F i l t rat ion Efficiency、以下BFE)95%以上と表記され、その説明が各国の言葉で書かれていました。ASTM規格に準拠した場合は、パッケージにそのバリアレベルの図示と表示が必要になります。図示では人工血液に対する浸透性の差、圧力の差、細菌や微粒子の通り易さ、燃え難さでレベルを設定しており、それぞれに評価試験を行っています。メーカーがASTMに準拠したサージカルマスクを持ってきた際には、これらの項目を見てください。項目がない場合は、質問することで物品評価に役立つと考えます。

2009年パンデミックの状況 2014年1月31日に中国で人への感染が拡がっているインフルエンザ(H7N9)の問題が報道されました。最近もマレーシアの方が旅行に行って中国で感染したと報告されていました。季節型インフルエンザの対応でも各施設は大変だと思います。例えば、病院の職員が発症した場合は就業制限を考えなければなりませんし、患者さんの場合は入院から一週間も経過してインフルエンザが発症することがあります。様々な対策は施していますが、新たに出現すると、かつての新型インフルエンザを思い出します。

 2009年のパンデミックで若干のパニックになったことは、ご記憶にあるかもしれません。マスクが何処にもなく購入できませんでした。一方で、オークションサイトでは通常50枚1,980円のものが、落札時には17,000円と8.5倍に跳ね上がる状況でした。まもなく厚生労働省がマスク業界に対して増産を要請し、スーパーやドラッグストアでは箱入りのマスクが大量に置かれるようになりましたが、駅ではほぼ全ての方がマスクをしており、一種の強迫観念のようになっていました。 箕面市立病院では5月20日の翌日に「大阪府箕面市の男性看護師が、全国で初めて新型インフルエンザに罹患した」と報道され、その対応に追われました。記者会見も開かれ、病院幹部が記者クラブに行きました。院内では職員が翌朝出勤する際にマスク着用を義務付けるという提案が挙がり、個人的には必要ないのではと感じたものの、パンデミックを経て記者会見も行った中で「必要ない」と決定するには勇気が必要でした。結果的にはマスク着用を推奨する連絡網を回したのを覚えています。その後も病院や病棟を閉鎖する要請があり、保健所、大阪府、最後には国立感染研究所の派遣チームが調査することになりました。

様々な曝露にひとつのマスクでは対応できない このような異様な状況は、日常では起こりませんが、そもそもサージカルマスクがどういう特性を持ち、どう着用すれば良いかを知らないことは感染対策上問題です。 マスクはどの病院でも看護師、医師、看護助手、技師からリネン担当者まで、ほぼ全ての院内業務に従事する方が着用しています。エピネットによる針刺しを除く皮膚・粘膜の曝露発生のデータからは、病室、病室外、手術室、外来、検査室など様々な部署で曝露を受けていることが分かります。血液、吐物、痰など内訳も様々です。結果、眼、鼻、口など汚染部位も多様です。一概にサージカルマスクを着用するといっても、多くの職種がこれだけ様々な場所で様々な体液に曝露されているため、ひとつのマスクだけで全てに対応するのは難しく、ICNはリスクアセスメントが必要になります。  米 国 疾 病 予 防 管 理 センター(Cente r s f o r D i s e a s e Con t r o l and Prevent ion:CDC)のガイドラインでは、医療用マスクは次のように定められています。

 咳エチケットは、パンデミックを契機に厚生労働省が啓発しているため、認知度が高まっていますが依然として紙や布マスクは残っているのではないでしょうか。医療用を強く

意識した場合、医療の現場で紙や布製は使うべきではありません。ただしその選定は、感染管理の認定を持っている看護師が主導でするのか、または医師が主導でするのかは施設の状況によるでしょう。一般的には経費との兼ね合いや発言力のある医師の決定というケースが多いようですが、価格や権威で決めてしまうことには反対です。 マネジメント理論で頻繁に引用されるドラッカーは、労働における生産性の向上の条件として、1:仕事の分析(作業、手順、状況を知る)、2:それをプロセスとして編成し統合させる、3:管理手段に組み込み管理する、4:適切な道具を与えるという4つを挙げています。道具は適正なものを正しく使うところに、マネジメントの要諦が含まれていることが分かります。目的に応じた適正使用はたいへん困難です。マスクのように多くの職種が様々な部署でつける際にどのように導入または変更するのか、評価は同じものさしで公平に行わなければなりません。 評価にはあらかじめ評価項目と尺度の作成が必須です。トライアル、サンプリングを経て、最終結果が得られた段階で協議して決めるのは公正な評価とは言えないと思

います。また、サージカルマスクをつける機会が少なく、曝露リスクを考慮できない職種だけで安い新製品があると説明を受け、価格のみで決定することは良くありません。IC Tは普段から鼻を出さない、顎を出さない、ポケットに入れない、使い切ったものは正しく廃棄する、手指衛生も合わせて行うと指導しているにも関わらず、品質に問題がある製品に切り替えることは、遵守も悪化させることにつながります。そのため、ICTは積極的な関与が求められます。 同じ「ものさしで」評価を行う際に重要になるのが規格です。個人防護具(Personal Protective Equipment、以下PPE)にはN95レスピレーターから手術用の手袋までありますが、日本で規格が表されているのは検査用グローブ、ドレープなどで、手術も含めたガウンには規格がなく雑品扱いです。同様にサージカルマスクにも規格がありません。規格がない製品を公平に評価する際には、やはりASTM規格が大事な情報源になります。

不織布と綿布の特性の違いを知る マスクの評価は自ずと不織布の評価になるため、不織布について解説

します。いまでも手術用の器械を滅菌する際に、不織布を包んだ上から滅菌バッグに入れているケースが見られます。不織布の特性を知っている方には、お金が掛かるうえにゴミも増え、意味がないことが分かると思います。当院では、滅菌期限を1年としてイベントリレーティッド(破損、汚染等のイベント発生時が期限)を採用し、米国と近い物品管理で手術室の滅菌管理を行っています。 手術室のPPEを装着する場所には様々な種類のキャップやマスクがあり、当然その中には不織布があります。最近は患者さんに使うガーゼも不織布を用いるようになってきています。不織布は、言葉の通り織り目がない布ですが、それ以外にも特性を持っています。 例えば、かつて手術中に掛けていたドレープは綿布製のものが多く、拡大して見てみると編んでいることがすぐに分かります。また、今では全て不織布になり使い捨てですが、外科手術は綿布を使い、針と絹糸で患者さんの皮膚を縫合することもありました。穴があれば何かが通り易いということですから、綿布に比べて不織布の方が血液やバクテリアなどをシャットアウトし易いということになります。

公平な評価基準こそ正しい選定への第一歩

❶自分を血液・体液から守る

❷患者さんを医療者が保菌して いる病原体から守る

❸咳による飛び散りを防止する (咳エチケット)

図1. 医療用フェイスマスクの材料に関する5つの要求事項

要求される5つの試験

人工血液に対する耐浸透性

圧力差(通気性)

最近濾過率(BFE)

微粒子濾過率(PFE)

難燃性

ASTM規格:F1862

MIL規格:MIL-M-36954C

ASTM規格:F2101

ASTM規格:F2299

連邦規格:16CFR Part1610

80mm Hg

<4.0mm H2O

≧95%

≧95%

Class1

@0.1micron

試験規格 バリアレベル1

120mm Hg

<5.0mm H2O

≧98%

≧98%

Class1

@0.1micron

バリアレベル2

160mm Hg

<5.0mm H2O

≧98%

≧98%

Class1

@0.1micron

バリアレベル3

参照元:F2100-11 Standard Specification for Performance of Materials Used on Medical Face Masks

第29回日本環境感染学会総会・学術集会

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 一方で、スパンレースや S M S(Spunbond+Meltblown+Spunbond)はもともと不織布ですが、いくつかの層になっています。SMSは、手術の借用器械などを中心に使用されています。スパンボンドやメルトブローンというのは基本的には材料を入れて溶かして抽出し、それを集めた物をシートにして一枚の布として作っているため、容易に様々なかたちに加工できます。 特性を理解すれば、これほど緻密に製造されているものをさらに紙と滅菌バッグで包むことに、全く意味がないと分かるのではないでしょうか。

原材料に着目したバリアレベルの設定 このような特性をもった素材でマスクを作る際に適用するのがASTM規格です。米国材料試験協会とあるようにASTMは規格を策定する民間機関です。規格は任意ですが、実際には12,000ほどの規格があり、品質システム、研究開発、商業取引、製品試験・判定に活用されています。評価手順等のPDFを販売し、民間団体としての運営収入に当てているようです。メーカーは、これら規格の中から自分たちの製品に適合するものを探し、その評価基準や方法に則った製品作りをしています。 ここで注意しておきたいことは、医療用フェイスマスクに使用される規格は、材料の性能に関するものだということです。製品として完成したサージカルマスクをそのまま持ってくるのではなく、原材料に着目しています。バリア性能のレベルを測るために設定している項目には、液体の抵抗性、圧力差(通気性)、細菌濾過率、粒子濾過率などがあり、血液・体液の通り易さや息のし易さ、菌・粒子の透過率、燃え難さの点で、医療現場での使用に問題がないかを調査

しています。ただしこれはフェイス用マスクそのものの評価ではないため、小児用と大人用でデザインが異なればフィットの状況も異なります。ASTMにも“この試験方法は全ての曝露状況には適応されない”とあり、部署や処置の特殊性からリスクに対して適切に考慮すべきです。 その際に、曝露のリスクアセスメントは欠かせません。例えば材料部での器材洗浄と、薬剤部でミキシングや混注をされている方が同じサージカルマスクをつけているケースは多く、使用部署や作業の特性を踏ま

えた選択が必要です。私たちICTは適正使用に関して要望しますが、それに加えて快適に着用でき、作業上の曝露を低減できるという部分のリスクアセスメントが必要です。

AAMIによる曝露予測のリスク 曝露のリスクを予測する尺度のひとつに医療器具開発協会(Association for the Advancement of Medical Instrumentation、以下AAMI)の基準があります。AAMIは液量(ほとんどの液体)、液体の噴霧または飛沫(飛んでくる状況)、ガウンまたはド

レープに対する圧力(液体が圧着する状況)という3つのカテゴリーでそれぞれをレベル1~4の4段階に分けています。レベル1の処置例には簡単な切除生検などがあり、4には開胸手術や前腕が体腔内に入る全ての処置などがあります。(図2) これらは手術を想定した項目ですが、これをサージカルマスクに転用して考えてみます。曝露のリスクは低中高の3段階程度に分け(図3)、処置例として材料部や内視鏡室で次々に洗浄しているような部署やリネン交換の際につけるような部署を挙げています。それぞれの場所でマスクに求められる性能やつける種類は異なるため、リスクアセスメントを加えた上での物品の選定、評価が必須であると考えます。

要求事項を知ることで現場に即した選定を 次に医療用フェイスマスクの材料に関する5つの要求事項を解説します。(図1) まずは人工血液に対する耐浸透性です。人の血圧を80mmHg、120mmHg、160mmHgと3段階に分け、水鉄砲のように噴射した際の透過率を試験し

ます。80mmHg程度の圧力を防ぐのがバリアレベル1、160mmHg程度の圧力でも進入がないものがバリアレベル3です。この圧力を日常に置き換えると80mmHg、指先に単一乾電池を置いた圧力になります。バリアレベル3では単一乾電池2個を指先に置いた感覚になり、まずまずの圧力です。手術中に血管損傷が起こる等の状況が想定される場合には参考にすべき性能です。侵襲的な処置をする部署では、自分のマスクに血液が掛かり、浸透することを避ける必要があるため、高いバリア性が求められます。しかし、この基準がリネン交換の業務中に適応する必要性はありません。それがリスクアセスメントです。(図4) 2つめの圧力差(通気性)は息のし易さです。サージカルマスクでは細菌や粒子の濾過率だけでなく、息のし易さも重要です。材料を通 過する空気の抵抗を表すΔP(different ia l P ressu re 以下ΔP)という数値を用いて、空気抵抗を測定します。ΔP試験を用いた快適尺度では、5を超えると酸素が通り難いため苦しくなり、1に近くなると非常に楽になります。要求される5つの試験の圧力差(通気性)では、バリアレベル1で4以下、レベル2と3で5以下となっていま

すが、4以上が求められていますので息のし易さも指標として覚えてください。(図5) 3つめはBFEです。細菌をエアロゾルで吹きかけ、その通過度合いを見ます。例えば黄色ブドウ球菌2,200個を用いてバリア素材を通るかを試した場合、50%であれば1,10 0個、99%であれば22個とカウントします。インフルエンザでは飛沫感染が話題にのぼりますが、BFEの規格では黄色ブドウ球菌を使用することになっているため、サージカルマスクを選定する際に、BFEだけを見るのは不十分です。最低でも濾過率95%を超えなければならないという基準は、バリアレベル1の設定が95%以上であるためで、レベル2~3では98%以上となっています。(図6)

医療用フェイスマスクに対する5つの要求事項

医療用フェイスマスクに求められるリスクアセスメント

図3. 医療用フェイスマスクにおける曝露予測リスク

・飛沫感染対策としてのマスク着用・注射剤のミキシング・リネン交換

・喀痰量の多い患者さんの吸引・マウスケア・下痢患者のおむつ交換

・中央材料部/内視鏡室の洗浄・手術室・病棟/外来の観血的処置または洗浄

曝露の予測リスク 処置例

流圧(mmHg)を圧力に換算すると….

  80mmHg=約100 g/㎠  →指先に「単一乾電池1個」

  160 mmHg=約200(g/cm2)  単一乾電池2個

図5. ΔP試験における快適尺度

スコア

5.0超

4.0~5.0

3.0~4.0

2.0~3.0

1.0~2.0

暑い

非常に温かい

温かい

涼しい

非常に涼しい

知 覚苦

図6. 細菌を用いた素材透過実験細菌2,200個*を用いてバリア素材を試験した場合:

*ASTM F2101の試験では、黄色ブドウ菌を用いる

% FiltrationEfficiency

# Bacteria passthrough fabric

50%

95%

96%

97%

98%

99%

1,100

110

88

66

44

22

図2. 曝露の予測リスク~AAMIより~

AAMIレベル

1 最小 最小 最小

4 高 高 高

3 中 中 中

2 低 低 低

・簡易な切除生検・簡易な皮膚病変の切除など・眼科学的な手技・簡易的な耳鼻咽頭処置

・扁桃摘出とアデノイド切除術・内視鏡下の消化器(胃・腸)処置 ・駆血器を用いる簡易的な整形外科処置・開腹ヘルニア修復術・侵襲性の少ない手術・インターベンショナルラジオロジーや        カテーテル室での処置

・乳房切除術・関節鏡視下の整形外科的な処置・内視鏡下の泌尿器科的な処置 例:経尿道的前立腺切除術・開腹下の胃、腸や泌尿器、生殖器系の処置

・術者の前腕が体腔内に入る全ての処置 ・駆血器を用いない整形外科的な処置・心血管や胸部の開胸術・外傷処置・帝王切開

液量の噴霧または飛沫

ガウンまたはドレープに対する圧力

液量

曝露の予測リスク

処置例

Adapted from AAMI. Selection and use of protective apparel and surgical drapes in health care facilities.AAMI TIR11:2005. Section6. Table 3. 図4. 血圧を日常の圧力に変換した例

要求される5つの試験

人工血液に対する耐浸透性 ASTM規格:F1862 80mm Hg

試験規格 バリアレベル1

120mm Hg

バリアレベル2

160mm Hg

バリアレベル3

第29回日本環境感染学会総会・学術集会

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 4つめは微粒子濾過率(Particulate Filtration Efficiency:PFE)です。ラテックスの粒子を噴霧して、それがどの程度通過するかを見ます。中和されていない0 .1μのポリスチレンラテックス球を、マスクの材料である不織布に当てて浸透具合を測定しますが、これは菌を通さないこととは若干異なり、実際には帯電で粒子を吸着してしまいます。バリアレベル1では95%以上、レベル2~3では98%以上が求められています。 5つめが燃焼、延焼、可燃などの燃え難さです。着火してその素材がすぐに燃え広がると大事故になるため、着火から3. 5秒燃えなければ良いというカテゴリーになります。病院では簡単に実験できないため、この規格で評価を行います。少し話は逸れますが、米国サンフランシスコの病院では、手術室の中に消火器を置く州法になっていると伺い、火災に関しての取り組みが進んでいると感じました。 以上の5つが基本的な規格です。これが絶対ではありませんが、評価する際の知識としては非常に有用だと考えます。血液・体液の浸透、息のし易さ、菌と粒子の透過、燃え難さを集約すれば、曝露を踏まえて現場の職

員を守るための濾過率性能を考えることができると思います。

手術中の煙に対する各国の対応 最後にサージカルスモークの話をします。サージカルスモークとは術中に生体組織を焼灼・凝固・切開すると発生するガスのことで、1gの生体組織に電気メスを照射するとタバコ6本分の煙が発生すると言われています。以前から米国の手術室ではこの煙を吸わないように警告されており、私も何度か見聞きしていました。米国周術期看護師協会(Association of periOperative Registered Nurses:AORN)では、非常にクリティカルな事象として排煙装置をつけるよう警告を出し、推奨業務の中にも表記されています。最近では学術雑誌などにも、サージカルスモークが問題視された広告が掲載されています。各国で様々な対策が啓発され、欧州では排煙装置を着けることを義務付けている国もあるようです。他にもいくつかの報告を見ると、病原体の粒子はスモークの中で維持され、その病原性は残っているというレポートや、煙が患者さんに吸収されて良くないという論文も出ているようです。私もまだまだ理解が十分とは言えませんが間違いなく悪いということは多数の文献から知ることができました。 2006年にはサージカルスモークと感染管理ということで、感染管理の側面から報告されています。サージカルスモークに関する文献でよく引用されているものは、大気汚染とサージカルスモークを直接結び付けるわけではなく、微粒子を長時間吸うことでどの程度のリスクがあるかを、健康障害との関係で調査しています。 現状では、排煙装置にはどの程度の費用が掛かるかや手術操作への

影響なども検討すべきですが、問題意識をもってディスカッションすることは必要ではないでしょうか。

まとめ ~櫻井先生~ サージカルマスクに、今後バリア性能が図示されることは大きな変化です。その表示が全くなければ、バリアレベルがどの程度か、息のし易さや透過率以外の記載されていない事項も聞いていただくことで雑品の中から良質な製品を見つける必要があります。規格がなければ、選定者側が知識を持って見定めなければなりません。 またサージカルスモークに関しても様々なレポートや事象が挙げられる中で、ICTが職種、場所におけるリスクを発見し、現場のスタッフや責任者の方々にリスクアセスメントしていく必要があると考えています。皆さんの全てが手術の介助を日々行われるわけではありませんが、手術室の方に情報提供できる機会があれば教えていただきたいと思います。 病院内のリスクアセスメントはひとつの職種だけでは十分にできません。看護師、医者、ICTが協力し合い、組織横断的な対策に取り組んでください。

対策が急がれるサージカルスモーク

ディスカッション

日本に医療用マスクの規格が存在していないという事実には驚くばかりです。工業規格(JIS)はありますが、溶接用物品のための工業規格が出発点であり、それを医療用に転用しています。日本は良質な原材料を使っていると思いますが、新たな規格を作るとすれば何が必要でしょうか。

燃え難さまでは難しいかもしれませんが、それ以外の部分は世界基準のASTMをそのまま活用すれば良いと考えています。ひとつ一つの検証を始めると、正しさが確認できるまでは認可できないということになりかねません。

櫻井先生

櫻井先生

櫻井先生

櫻井先生

櫻井先生

四宮先生

N95レスピレーターはフィッティングテストが開発されていますが、普段使っているサージカルマスクではそこまでは困難なことが分かりました。一方でテレビでは3Dマスクや、ウイルスをシャットアウトというようなキャッチコピーが踊っています。それが真実なら、なぜ病院が採用しないのかと疑問に思いますが、先生がお話しされたように雑品として扱われているのがその要因のひとつです。医療用マスクは雑品ではありえませんし、それならば規格が必要ですね。

米国にはNPOなどがレギュレーションを作る仕組みがあります。スポーツもそうですがルールがなければ不公平ですし危険なことになります。お話しの中でASTM規格ではカバーできないフィッティングに関する規格はあるのでしょうか。

サージカルマスクのフィッティングに限定した規格は存じませんが、N95レスピレーターではフィッティングがより一層重要になりますので、定量で測れるものを使用しています。

四宮先生

目的や仕組みを理解したうえで選択していただくということですね。安価なマスクについ惑わされがちですが、医療用は医療の規格を把握しているメーカーから提供を受け、それをまた公正な目で見ることが重要だと本日学びました。雑品の選択にはリスクがあることと、新しくサージカルスモークの話題が出ましたので、今後この様な事柄にもご注目ください。

現実には事務方が一番安い物を買っているか、最終的に看護部と事務の意見によって、雑品が購入されている場合が大多数かと思います。これは結局ICNの責任が大きいということの裏返しだと思います。実際にICNが決める場合でも病棟にサンプルを置くなどして仲間の意見を聞くと思いますが、その際に注意すべきことはありますか。

ひとつは病棟や評価していただく方の特性があるため、先入観がない人を選びます。ICT内部の看護部スタッフが協力的なため、そこから現場の声を聞いています。かつては一部署に決めてトライアルなどを行っていましたが、アンケートが面倒だという方もおり適正な評価ができません。普段から密にコミュニケーションを取っていれば、使っていて気付いたことを直接言ってもらえるスタッフもかなりいるため、そういった方には新しい情報をこちらからお持ちするなど、新商品をできるだけ多くの人に使っていただく工夫をしています。

四宮先生

第29回日本環境感染学会総会・学術集会

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