未熟児に対する腹臥位強制栄養の有用性 - 仙台市立病院 9.pdf4)martin,...

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仙台市立病院医学雑誌 9(1) 51 看護レポート 未熟児に対する腹臥位強制栄養の有用性 藤崎多美子,菅原知賀子,目黒順子 阿部淳一郎* はじめに 今日の未熟児・ハイリスク児の栄養管理は,児 の代謝能力に応じ,より良い成長を促すことが目 標とされ,積極的に早期授乳が勧められている。し かし,これらの児では,呼吸器,消化器系等の未 熟性が強く,様々な問題が生じてくる。 我々は以前,経管栄養を行った際に強い呼吸抑 制をきたした症例を経験したことがある。その際, 呼吸抑制の少ないとされている腹臥位での経管栄 養と背臥位による方法を併用し,残乳量及び呼吸 状態の比較を行ったところ,腹臥位の残乳量が背 臥位よりも少ない印象を受けた1)。 そこで今回数名の未熟児に対し,統一したプロ トコールにより経管栄養を行い,腹臥位及び背臥 位での残乳量を比較検討した。 1.研究方法 1.対象 症例1:在胎27週3日,出生体重1,090gの呼 吸窮迫症候群,Bomsel II型で,人工サーファクタ ント(サーファクテン,東京田辺)を使用し,呼 吸管理を行った。 症例2:在胎33週6日,出生体重910gの子宮 内発育遅延で,重症仮死を伴った。 症例3:在胎36週0日,出生体重1254gの子 宮内発育遅延。 症例4:在胎34週4日,出生体重2,194gの呼 吸窮迫症候群,Bomsel II型。 2.方法 経管栄養は上体挙上の背臥位あるいは腹臥位の いずれかで行い,ミルク注入終了30分後腹臥位に て栄養チューブによる吸引を行い,残乳量を比較 した。なお,栄養チューブは,3.5~4.OFrを用い, 眉間より剣状突起までの長さを挿入した。ミルク は母乳または明治LWミルクを用い,50℃に設定 した保温器で温め注入した。注入は3時間ごとに 各児の状態に応じて,1時間から1時間30分かけ てシリンジポンプにて注入した。 仙台市立病院小児病棟 *仙台市立病院小児科 II.結 注入したミルクに対する残乳量の百分率を残乳 率とした(図1)。 症例1は生後91日目,体重1,626gの時より調 査し,背臥位で8回,腹臥位で10回行い,その平 均残乳率は背臥位で18,0%,腹臥位で15.0%で あった。 症例2は生後60日目,体重1,246gの時より調 査し,背臥位で15回,腹臥位で18回行い,平均 残乳率は背臥位で8.7%,腹臥位で4.8%であっ た。 症例3は生後9日目,体重1,274gの時より調 査し,背臥位で12回,腹臥位で12回行い,平均 残乳率は背臥位で4.9%,腹臥位で3.0%であっ た。 症例4は生後3日目,体重2,054gの時より調 査し,背臥位で4回,腹臥位で6回行い,平均 残乳率は,背臥位では4.0%,腹臥位では0.7%で あった。 また症例3については強制直後の残乳調査を合 おせて行い,背臥位で6回,腹臥位で4回行い,平 均残乳率は背臥位で30.7%,腹臥位で12.4%と なった(図2)。 一方,症例1において新生児監視モニターを用 い,呼吸曲線の変動を比較したところ,腹臥位で は安定した呼吸曲線が得られたのに対し,背臥位 Presented by Medical*Online

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Page 1: 未熟児に対する腹臥位強制栄養の有用性 - 仙台市立病院 9.pdf4)Martin, RJ., Herrell, N. Rubin, D. and Fanar- off, A.:Effect of supine and

仙台市立病院医学雑誌 9(1) 51

看護レポート

未熟児に対する腹臥位強制栄養の有用性

藤崎多美子,菅原知賀子,目黒順子         阿部淳一郎*

はじめに

 今日の未熟児・ハイリスク児の栄養管理は,児

の代謝能力に応じ,より良い成長を促すことが目

標とされ,積極的に早期授乳が勧められている。し

かし,これらの児では,呼吸器,消化器系等の未

熟性が強く,様々な問題が生じてくる。

 我々は以前,経管栄養を行った際に強い呼吸抑

制をきたした症例を経験したことがある。その際,

呼吸抑制の少ないとされている腹臥位での経管栄

養と背臥位による方法を併用し,残乳量及び呼吸

状態の比較を行ったところ,腹臥位の残乳量が背

臥位よりも少ない印象を受けた1)。

 そこで今回数名の未熟児に対し,統一したプロ

トコールにより経管栄養を行い,腹臥位及び背臥

位での残乳量を比較検討した。

1.研究方法

 1.対象

 症例1:在胎27週3日,出生体重1,090gの呼

吸窮迫症候群,Bomsel II型で,人工サーファクタ

ント(サーファクテン,東京田辺)を使用し,呼

吸管理を行った。

 症例2:在胎33週6日,出生体重910gの子宮

内発育遅延で,重症仮死を伴った。

 症例3:在胎36週0日,出生体重1254gの子宮内発育遅延。

 症例4:在胎34週4日,出生体重2,194gの呼

吸窮迫症候群,Bomsel II型。

 2.方法

 経管栄養は上体挙上の背臥位あるいは腹臥位の

いずれかで行い,ミルク注入終了30分後腹臥位に

て栄養チューブによる吸引を行い,残乳量を比較

した。なお,栄養チューブは,3.5~4.OFrを用い,

眉間より剣状突起までの長さを挿入した。ミルク

は母乳または明治LWミルクを用い,50℃に設定

した保温器で温め注入した。注入は3時間ごとに

各児の状態に応じて,1時間から1時間30分かけ

てシリンジポンプにて注入した。

 仙台市立病院小児病棟

*仙台市立病院小児科

II.結 果

 注入したミルクに対する残乳量の百分率を残乳

率とした(図1)。

 症例1は生後91日目,体重1,626gの時より調

査し,背臥位で8回,腹臥位で10回行い,その平

均残乳率は背臥位で18,0%,腹臥位で15.0%で

あった。

 症例2は生後60日目,体重1,246gの時より調

査し,背臥位で15回,腹臥位で18回行い,平均

残乳率は背臥位で8.7%,腹臥位で4.8%であっ

た。

 症例3は生後9日目,体重1,274gの時より調

査し,背臥位で12回,腹臥位で12回行い,平均

残乳率は背臥位で4.9%,腹臥位で3.0%であっ

た。

 症例4は生後3日目,体重2,054gの時より調

査し,背臥位で4回,腹臥位で6回行い,平均

残乳率は,背臥位では4.0%,腹臥位では0.7%で

あった。

 また症例3については強制直後の残乳調査を合

おせて行い,背臥位で6回,腹臥位で4回行い,平

均残乳率は背臥位で30.7%,腹臥位で12.4%と

なった(図2)。

 一方,症例1において新生児監視モニターを用

い,呼吸曲線の変動を比較したところ,腹臥位で

は安定した呼吸曲線が得られたのに対し,背臥位

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図1.体位による平均残乳率の比較(30分後)

平均残乳率(直後)

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20

0

  臥

   症例3〔W“‖台36」些10 H、

1254g)

図2.体位による残乳率の比較値後)

では,呼吸休止,浅表性呼吸等の不安定な呼吸が

認められた(図3,4)。

 以上の結果より,統計的な有意差は認められな

かったが,各症例とも腹臥位の方が残乳率の低値

が認められた。腹臥位による強制栄養の方がミル

クの通過時間が短く,かつ呼吸抑制をきたしにく

いことが推測された。

IV.考 察

 近年,前川らも述べているように,誤飲予防等

の点からも新生児の腹臥位哺育の有効性がさけば

れてきた2)。未熟児医療においても無呼吸発作の

軽減,良好な換気効率などの点で,積極的に腹臥

位哺育が行われている。

 新生児の呼吸は主に横隔膜優位の呼吸であり,

経管栄養時の呼吸抑制は胃内容積が増し,横隔膜

の動きを抑制することが原因のひとつであると考

えられる。それを軽減させる方策として,ミルク

が早急に胃内を通過することと,1回量のミルク

が短時間で胃内に入るより,少量ずつ注入される

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図3.強制栄養中の呼吸心拍曲線{.腹臥位)

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呼吸パターンが呼吸の振幅が同じ位で続いている。これはほぼ規則的に深い呼吸をしている

ことを示している。

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図4.強制栄養中の呼吸心拍曲線(背臥位)(1min/cm)

   中央右側の呼吸パターンの振幅が狭く,濃くなっている。これは浅表速迫な呼吸をしている

   ことを示している。

ことが適当と考えた。

 新生児の胃の噴門及び幽門部は,解剖学的に体

幹の前面(腹側)に位置しているために,腹臥位

にすることによって,ミルクの胃内通過が早めら

れ,かつ呼吸抑制もきたしにくいとされてい

る3・4)。

 また1988年,Laing5)が述べているように,新生

児の呼吸に主要な役割を果たしている横隔膜の運

動はその背側部分の3分の1が最大である事実か

らも,腹臥位ではミルクが胃底部に停滞して横隔

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膜を強く抑制することが少ないと推察され,それ

らは今回の結果からも裏付けられた。

 今回の調査は調査回数も少なく,各児の疾患や

状態も一定してはいなかった。今後,統一した条

件で症例数を増やして検討し,より信頼性の高い

データを得て,未熟児看護に役立てたいと考える。

結 語

 未熟児の経管栄養の際の体位による残乳率を検

討した。腹臥位の際には,ミルクの通過が背臥位

に比較して良好であり,横隔膜優位の呼吸に対し

て呼吸抑制が少ない利点があると考えられる。

 本研究をまとめるにあたり,当院5階西病棟のスタッフ

の御助言,御協力に深く感謝致します。

文 献

1) 菅原知賀子,藤崎多美子:未熟児の強制栄養を考

  える:看護研究集録2,30,1987.

2)前川喜平:新生児の腹臥位哺育:日本医事新報,

 3260、 138, 1986.

3) Yu, V.Y.H. and Rolfe, P.:Eof body position

  on gastric emptying in the neonate. Arch. Dis.

 Child.50,500,1975.

4)Martin, RJ., Herrell, N. Rubin, D. and Fanar-

  off, A.:Effect of supine and prone positions on

  arterial oxygen tension in the preterm illfallt:

  Pediatrics 63,528,1979.

5) Laing,1.A., Teele, R.L. and Stark, A.R.:Dia-

  phragmatic movement in newborn infants.:J.

  Pediatr.112,638,ユ988.

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