日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を 用いた...

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1. 問題 レストランの予約をするときなど,電話番号を入力するまでは番号を覚えているが,予約 し終えると再び番号を思い出すのは難しい。このように人の記憶にはその時に必要な情報を 使用するまでの間だけ一時的に覚えておき,不要になると忘れてしまうという特徴がある。 このことは認知心理学の観点から次のように考える。 Cowan1995)によると,一時的に 記憶することとは,必要な情報に注意を向けることによって情報を最も活動レベル(活性化) が高い状態に維持することである。この状態の記憶の集合をワーキングメモリと呼ぶ。すな わち,電話番号は入力するまではワーキングメモリとして維持されている。 しかし,ワーキングメモリとして一時的に維持できる記憶量は非常に小さい(Miller, 1956)。そのため,通話中に電話番号を維持し続けようとすると予約の日にちを間違えると いうように会話が困難になってしまう。そこで通話のための情報を維持する容量を確保する ために,入力し終えて不要になった電話番号をワーキングメモリから排除する。そのため通 話後に再度電話番号を思い出せなくなると考えられている。 排除の仕組みには,抑制と呼ばれる不要な情報に対して活性化を低下させる働きが想定さ れる(Friedman & Miyake, 2004; Hasher & Zacks, 1988)。ワーキングメモリは活性化の高い 記憶であるため,抑制され活性化が低下するとワーキングメモリとして維持されなくなる。 すなわち抑制によって不要な情報が排除される。この働きにより,ワーキングメモリが必要 な情報のみを維持できるようになり適切に認知活動を行うことができると考えられている Hasher & Zacks, 1988)。逆に,抑制の働きが低下することが,思考の反芻や注意の転導性 といった認知障害の一因と考えられている(Anderson, 2003)。 抑制の考えは多くの相関研究から支持されてきたが(e.g., Friedman & Miyake, 2004),詳 細なメカニズムまで言及されることは少なかった。その原因として,抑制を実験的に捉える ことが難しく,その処理過程がどのように進行していくかに関して実証的な知見が蓄積され づらいという背景があったことが考えられる。このような状況のなか Oberauer 2001)が考 案した修正版スタンバーグ課題(modified Sternberg task)は,情報が抑制されていく過程 127 日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を 用いた記憶抑制の研究 1玉木 賢太郎 内藤 佳津雄

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1. 問題

レストランの予約をするときなど,電話番号を入力するまでは番号を覚えているが,予約

し終えると再び番号を思い出すのは難しい。このように人の記憶にはその時に必要な情報を

使用するまでの間だけ一時的に覚えておき,不要になると忘れてしまうという特徴がある。

このことは認知心理学の観点から次のように考える。Cowan(1995)によると,一時的に

記憶することとは,必要な情報に注意を向けることによって情報を最も活動レベル(活性化)

が高い状態に維持することである。この状態の記憶の集合をワーキングメモリと呼ぶ。すな

わち,電話番号は入力するまではワーキングメモリとして維持されている。

しかし,ワーキングメモリとして一時的に維持できる記憶量は非常に小さい(Miller,

1956)。そのため,通話中に電話番号を維持し続けようとすると予約の日にちを間違えると

いうように会話が困難になってしまう。そこで通話のための情報を維持する容量を確保する

ために,入力し終えて不要になった電話番号をワーキングメモリから排除する。そのため通

話後に再度電話番号を思い出せなくなると考えられている。

排除の仕組みには,抑制と呼ばれる不要な情報に対して活性化を低下させる働きが想定さ

れる(Friedman & Miyake, 2004; Hasher & Zacks, 1988)。ワーキングメモリは活性化の高い

記憶であるため,抑制され活性化が低下するとワーキングメモリとして維持されなくなる。

すなわち抑制によって不要な情報が排除される。この働きにより,ワーキングメモリが必要

な情報のみを維持できるようになり適切に認知活動を行うことができると考えられている

(Hasher & Zacks, 1988)。逆に,抑制の働きが低下することが,思考の反芻や注意の転導性

といった認知障害の一因と考えられている(Anderson, 2003)。

抑制の考えは多くの相関研究から支持されてきたが(e.g., Friedman & Miyake, 2004),詳

細なメカニズムまで言及されることは少なかった。その原因として,抑制を実験的に捉える

ことが難しく,その処理過程がどのように進行していくかに関して実証的な知見が蓄積され

づらいという背景があったことが考えられる。このような状況のなかOberauer(2001)が考

案した修正版スタンバーグ課題(modified Sternberg task)は,情報が抑制されていく過程

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を

用いた記憶抑制の研究1)

玉木 賢太郎内藤 佳津雄

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

を捉えることができる数少ない実験課題の一つである。

修正版スタンバーグ課題の手続きでは参加者に1単語か3単語で構成される記憶セットを

2セット覚えるよう求める。2つの記憶セットは異なる色で表記されており,記憶セットの後

に2色のうち1色を示す手がかりが提示される。手がかりの後にプローブ刺激が提示され,

参加者はプローブが指示された色の記憶セットに含まれていたかどうかの判断をおこなう。

正しい判断をおこなうためには,手がかりに一致するリスト(以下,一致リストとする)の

単語と色を思い出すことができればよく,参加者は指示されなかったリスト(以下,不一致

リストとする)を必ずしも覚えている必要はない。よって,一致リストが指示されると,不

要な情報となった不一致リストが抑制されると考えられる(Hasher & Zacks, 1988)。

不一致リストが抑制されていく過程はセットサイズ効果に反映される(Oberauer, 2001)。

セットサイズ効果とは,プローブへの判断に要する反応時間が覚えた記憶セットに含まれる

刺激数に比例することを指す(Sternberg, 1969)。プローブが提示されるとワーキングメモ

リとして維持した情報とプローブの照合がおこなわれる。刺激数が増えることは照合する記

憶が増えることでありその分反応時間も長くなる。それゆえ,セットサイズ効果はワーキン

グメモリとして維持した情報量を反映していると考えられている(Oberauer, 2001;

Sternberg, 1969)。言い換えると,セットサイズ効果が認められる記憶セットはワーキング

メモリとして維持されているとみなすことができる。修正版スタンバーグ課題は記憶セット

が2つあるため,一致リストのセットサイズ効果と不一致リストのセットサイズ効果がそれ

ぞれ認められるかどうかによってどのような情報がワーキングメモリとして維持されている

かを捉えることができる手続きとなっている。

Oberauer(2001)は,手がかりの提示からプローブの提示までの時間間隔(Cue-Stimulus

Interval: CSI)を操作することで,必要な情報が指示されてからどの程度の時間間隔まで不

要な情報がワーキングメモリとして維持されているのかを検討した。その結果,不一致リス

トのセットサイズ効果は,CSIが長くなるとともに減少しCSIが600 msで消失した。すなわ

ち,必要な情報が指示されてから600 ms経過すると,ワーキングメモリに不一致リストが

維持されていないことが示唆された。一方で,一致リストのセットサイズ効果はCSIの変化

による影響を受けず,必要な情報は常に維持されていることが示された。このように修正版

スタンバーグ課題では抑制の進行度合いを捉えることができるため(Oberauer, 2001),抑制

メカニズムの検討には不可欠な課題であると考えられる。

しかし,この課題を利用して実験をおこなうためには刺激となる単語の特徴に留意する必

要がある。記憶課題では刺激の処理過程の違いが反応時間や正答率に影響する(e.g., word

length effect: Baddeley, Thomson, & Buchanan, 1975)。修正版スタンバーグ課題でこれまで

使用されてきた刺激は,ドイツ語(Oberauer, 2001, 2005),および英語の名詞であった

(LaRocque, Lewis-Peacock, Drysdale, Oberauer, & Postle, 2013)。

言語学では日本語の仮名文字とドイツ語,英語は異なる表記形態に分類される。仮名文字

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

は表音文字の一つであり,さらに表音文字の下位分類である音節文字に属する。音節文字は

1文字が特定の音に対応しており,音節と文字数が一致することが多い。一方,ドイツ語と

英語も表音文字の一つであるが,隣接する母音と子音によって発音が決まる音素文字に分類

される。音節文字と音素文字は,視覚提示されたときに処理過程が異なることが指摘されて

おり(村山・伊賀崎・河本・梶原・米積 , 2002),音素文字では音素を音韻として表現するた

めには刺激を複合させて処理することから,刺激提示後300 ms以上の時点での処理に日本

語に比べ負荷がかかると考えられている(篠田・石井・鈴木 , 2013)。

このような刺激の言語による処理過程の違いも,語長効果のように,記憶課題に影響を与

えることが考えられる。Oberauer(2009)によると,ワーキングメモリとして維持している

情報の照合は情報の弁別のしやすさによって効率が変わる。視覚提示される音素を複合して

音韻表現する音素文字に比べ,仮名文字では刺激の複雑性が低く情報間の弁別性が高いと考

えられる。この場合,日本語刺激ではワーキングメモリを構成している個々の情報の照合が

容易であり,照合に要する時間は音素文字より短く,それゆえ排除もより短いタイムコース

で完了する可能性がある。例えば,日本語刺激を用いて記憶間の競合状態を操作した修正版

スタンバーグ課題を実施した玉木・内藤(2017)では一致リストに含まれる刺激が1つの場

合に不一致リストのセットサイズ効果が認められなかった。

しかしながら,修正版スタンバーグ課題を利用した実験結果がOberauer(2001)と異なる

結果を示したとしても,それが言語の違いなのか実験操作の効果なのかを区別できない。修

正版スタンバーグ課題を利用した実験結果を解釈するにはOberauer(2001)の手続きを踏襲

した日本語刺激による実験結果を示す必要がある。そこで,本研究では日本語刺激を用いて

Oberauer(2001)の実験と同じ手続きで修正版スタンバーグ課題を実施する。

2. 方 法

参加者 大学生17名が実験に参加した。参加者は実施前に実験の目的と内容,途中退出

が可能であること,個人情報の取り扱い,謝礼及び不利益について説明を受けたのちに同意

書に署名をおこなった。また,参加者は謝礼として金券500円分を受け取った。実験の実施

時間は約30分であった。

実験計画 2(一致リストサイズ : 1,3)×2(不一致リストサイズ : 1,3)×2(CSI: 100 ms,

2,000 ms)の3要因参加者内計画とした。CSIは次の理由から,100 msと2,000 msに設定した。

修正版スタンバーグ課題では一度維持された不一致リストが排除される過程を観察するた

め,不一致リストのセットサイズ効果が認められる時点と効果が消失した時点を捉えること

が重要となる。そのため先行研究(Oberauer, 2001, 2005;玉木・内藤,2016,2017)と比較

可能なCSIのうち最も短い100 msと排除が見込める2,000 msを設定した。

実験刺激 実験刺激として日本語の語彙特性第2期CD-ROM版(天野・近藤 , 2003b)に掲

載されている341,722単語から,以下の基準により単語を選定した。まず,全単語から2モー

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

ラの名詞を対象に,心像性(日本語の語彙特性第3期CD-ROM版:佐久間ら , 2005),親密度

(日本語の語彙特性第1期CD-ROM版:天野・近藤, 2003a)のデータが存在するものを選んだ。

選定した単語から,さらに,単語頻度が中央値の34以上であり,文字音声単語親密度,音

声単語親密度5以上,音声単語心像性4以上の単語を抽出した。これらの単語のうち,読み

の重複する単語については,親密度が低いものを除外した。最終的に選択した単語の語彙特

性の平均値をTable 1に示した。単語の合計数は424単語であり,そのうち320単語を乱数表

により選択し,1ブロックの刺激とした。ブロック内で単語の重複はなかった。

手続き 参加者は,練習試行を16試行おこなった後に本実験をおこなった。練習試行の

はじめの6試行は本実験より画面の切り替わり速度を遅く設定した。本実験は3ブロックで

構成し,2ブロックが修正版スタンバーグ課題,1ブロックがスタンバーグ課題であった 2)。

修正版スタンバーグ課題では,まずグレー背景に2×3のマトリックスになるよう単語を提

示した。単語は赤か青のいずれかで表記されており,一方の色をマトリックスの上行に,他

方の色を下行になるように配置した(Figure 1)。単語の提示画面は1単語あたり1,300 msで,

最大7,800 msであった。1試行において提示する単語数は,一致リストの単語数(1単語,3

単語)と不一致リストの単語数(1単語,3単語)の組み合わせで決まるため,2単語,4単語,

6単語のいずれかであった。単語の提示後,グレー画面を700 ms提示し,一致リストを指示

する四角形のフレームを提示した。フレームの提示時間はCSIに基づき,ブロック間で変動

した。その後,フレーム内にプローブを提示し再認判断を求めた 3)。参加者にはプローブが

一致リストに含まれる場合キーボードの “L” のキーを,含まれていない場合 “D” のキーを押

すよう教示した。

各ブロック内では一致リストサイズと不一致リストサイズの組み合わせが同数提示される

ように設定した。また,プローブの種類は一致リストの単語と同じ単語をプローブに用いる

Positiveプローブと学習時に提示されていない単語をプローブに用いる Negativeプローブ,

不一致リストに含まれる単語を用いる Intrusionプローブが2: 1: 1の比で出現するよう設定

した。そのほかに,一致リストが提示される画面位置(上行,下行),一致リストになる色(赤,

青),画面位置における単語数が全て同数出現するように組み合わせた。

スタンバーグ課題では,白色のフレームを100 ms提示した後,プローブを提示した。ス

タンバーグ課題のリジェクト反応はNegativeプローブのみであり,Positiveプローブとの比

FrequencyWord-speech

familiaritySpeech

familiarityWord

familiaritySpeech

imageabilityWord

imageabilityMean 580.58 5.99 5.82 6.01 5.05 5.17SD 1332.62 0.37 0.41 0.39 0.69 0.67Median 170.00 6.00 5.84 6.03 4.97 5.09Max 18984.00 6.66 6.66 6.72 6.68 6.69Min 34.00 5.00 5.00 4.63 4.03 3.11

Table 1 Properties of words used in the experiment

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

が1: 1となるよう試行数を設定した。すべての実験において刺激の提示はE-Prime 2.0

(Psychology Software Tools, Inc.)によっておこない,反応はLenovo社製ラップトップPC

(T510)によって取得した。

3. 結 果

Positiveプローブに対する反応について,平均正答率および誤答をおこなった試行を除外

した平均反応時間を条件ごとにTable 2に示した。反応時間に関する分散分析の結果,CSIの

主効果(F (1,16) = 82.58, MSe = 9,959.03, p<.001, partial 2 = .84),および一致リストサイズ

の主効果が有意であった(F (1,16) = 78.51 , MSe = 7,739.66, p< .001, partial 2= .83)。また,

CSIと一致リストサイズの交互作用と(F (1,16) = 9.58, MSe = 2,871.82, p = .007, partial 2=

.37),CSIと不一致リストサイズの交互作用が有意であった(F (1,16) = 5.21, MSe = 4,990.04,

p = .04, partial 2= .25)。加えて,不一致リストサイズの主効果(F (1,10) = 3.37, MSe = 5,986.80,

p = .08, partial 2= .17),および一致リストサイズと不一致リストサイズの交互作用が有意

傾向であった(F (1,16) = 4.11, MSe = 4,417.16, p = .06, partial 2= .20)。

CSIと一致リストサイズの交互作用について単純主効果の分析をおこなったところ,CSI

の単純主効果は一致リストサイズが1と3のどちらの場合においても有意であった(1の場合 :

Figure 1 Schematic description of the modified Sternberg task.

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

F (1,16) = 84.00, MSe = 6,580.67, p< .001, partial 2= .84; 3の場合 : F (1,16) = 45.91, MSe = 5,980.67,

p< .001, partial 2= .74)。同様に,一致リストサイズの単純主効果もCSIが100 msと2,000

msの両時点において有意であった(100 ms: F (1,16) = 28.08, MSe = 6,705.84, p< .001, partial 21= .64; 2,000 ms: F (1,16) = 114.41, MSe = 3,905.64, p< .001, partial 2

= .88)。これらのこと

から,反応時間は,全般的にCSIが2,000 msの方が短いが,どちらのCSIの場合にも一致リ

ストサイズが1の場合に比べ3の場合に反応に時間を要することが示された。すなわち,一

致リストのセットサイズ効果はCSIにかかわらず観察された。

CSIと不一致リストサイズの交互作用について単純主効果の分析をおこなったところ,CSI

の単純主効果は不一致リストサイズが1の場合も3の場合も有意であった(1の場合 : F (1,16)

= 69.57, MSe = 3,995.61, p< .001, partial 2= .81; 3の場合 : F (1,16) = 52.08, MSe = 10,953.03, p<

.001, partial 2= .77)。しかし,不一致リストサイズの単純主効果は,CSIが100 msの時点で

のみ有意であり(F (1,16) = 4.92, MSe = 9,343.03, p = .04, partial 2= .24),CSIが2,000 msの時

点では認められなかった(F (1,16) = 0.11, MSe = 1.633.81, p = .74, partial 2= .007)。この交互

作用について,CSIの単純主効果は一致リストの場合と同様で,全般的な反応時間はCSIが

2,000 msの方が短いことが示された。一方,不一致リストサイズの効果はCSIが100 msの時

点では認められているが,CSIが2,000 msの時点で消失していることが示された。これは,

不一致リストのセットサイズ効果はCSIが長くなると消失することを意味している。

また,一致リストサイズと不一致リストサイズの交互作用についても単純主効果の分析を

おこなった。一致リストサイズの単純主効果は,不一致リストが1の場合にも,3の場合に

も認められた(1の場合 : F (1,16) = 43.33, MSe = 4,797.45, p< .001, partial 2= .73; 3の場合 : F

(1,16) = 56.79, MSe = 7,359.37, p< .001, partial 2= .78)。一方,不一致リストサイズの単純主

効果は,一致リストサイズが1の場合には認められず(F (1,16) = 0.008, MSe = 3,559.47, p =

.93, partial 2= .0005),一致リストサイズが3の場合にのみ有意であった(F (1,16) = 5.60,

MSe = 6,844.50, p = .03, partial 2= .26)。これは,不一致リストのセットサイズ効果は一致リ

ストの組み合わせによって調整されており,一致リストサイズが3の場合にのみ認められる

ことを意味している。

Table 2  Mean reaction times, mean rates of correct response, Standard Deviations, and 95 % CIs as a

function of relevant and irrelevant set size and CSIs for positive probes.

Dependent variables CSI (ms) M SD 95%CI M SD 95%CI M SD 95%CI M SD 95%CIRTs (ms) 100 623 119 586-659 655 140 618-691 708 131 671-744 780 182 744-817

2,000 469 91 433-506 440 82 404-477 606 124 569-642 628 127 592-665Correct responses (%) 100 92.6 8.9 87.0-98.3 86.8 14.3 81.2-92.4 88.2 14.3 82.6-93.8 89.7 11.9 84.1-95.3

2,000 96.3 7.3 90.7-100 92.6 15.3 87.0-98.3 91.9 7.6 86.3-97.5 87.5 14.7 81.9-93.1Note. SD = Standard Deviation, 95%CI = 95% Confidence Interrval CSI = Cue-Stimulus Intervals

3=ezistestnaveleR1=ezistestnaveleRIrrelevant set size = 1 Irrelevant set size = 3 Irrelevant set size = 1 Irrelevant set size = 3

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

これらをまとめると,まず全般的な反応時間はCSIが100 msの時点よりもCSIが2,000 ms

の方が短いことが示された。また,CSIにかかわらず一致リストサイズが3の場合の方が1の

場合に比べ反応時間が長い傾向がある。よって,一致リストのセットサイズ効果は,CSIに

かかわらず認められたといえる。これに対して,不一致リストのセットサイズ効果は部分的

なものであった。不一致リストサイズの効果は,一致リストが3の場合に有意であったが,

この効果はCSIが2,000 msになると有意ではないことが示された。これは不一致リストサイ

ズのセットサイズ効果は,一致リストが3の場合にのみ観察できるが,この効果はCSIが2,000

msの時点では消失していることを示している。

Positiveプローブにおける正答率についても反応時間と同様の分散分析をおこなったが,

全ての主効果と交互作用が有意ではなく,条件間の差は認められなかった。

4. 考 察

再認反応時間の結果から,一致リストのセットサイズ効果はCSIにかかわらず認められる

ことが示された。これはOberauer(2001)の結果と同様であり,課題に必要な情報はワーキ

ングメモリとして維持され続けていることを示唆している。Positiveプローブにおける正答

率が90%前後で条件間の差が認められていないことも,この考えを支持するものと考えら

れる。

一方,不一致リストのセットサイズ効果は,一致リストのセットサイズによって異なると

いう結果であった。一致リストサイズが3の場合には,CSIが100 msの時点で認められたが,

CSIが2,000 msの時点では消失していた。この不一致リストのセットサイズ効果の傾向も

Oberauer(2001)と同様であり,不一致リストは必要な情報が決まった後100 msの時点では

未だワーキングメモリとして維持されているが,2,000 ms経過するとワーキングメモリの集

合から排除されていると解釈することができる。

一方,一致リストサイズが1の場合,不一致リストのセットサイズ効果は認められなかっ

た。この結果はカタカナ文字を使用した玉木・内藤(2017)の結果と同様であり,一致リス

トサイズが1のときに不一致リストのセットサイズ効果が認められないことは日本語を刺激

とした場合の特徴と考えることができる。

ドイツ語や英語といった音素文字を刺激とした先行研究では一致リストサイズにかかわら

ずCSIが100 msの時点で不一致リストのセットサイズ効果が認められているのに対し日本

語刺激では認められない理由として,ワーキングメモリを構成している個々の情報の照合は

情報間の弁別が容易であれば早くなることを踏まえると(Oberauer, 2009),一致リストサイ

ズが1の場合には照合が容易であり,必要な情報の選択が即座に完了する可能性が考えられ

る。特に,修正版スタンバーグ課題では単語の表記色によってリストを指示する。表記色に

一致する単語が1つしかなければほぼ自動的に一致リストの1単語を思い出すことができる

と考えられる。これらの過程が隣接する文字を組み合わせて音韻情報を形成する音素文字に

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

比べ,文字と音が対応している音節文字において特に早く,手がかりの提示後すぐに抑制が

始まり,CSIが100 msの時点ですでに統計的に検出されないほどに排除されている可能性が

考えられる。

以上から,日本語を刺激とする修正版スタンバーグ課題における傾向が示された。まず,

一致リストのセットサイズ効果はOberauer(2001)と同じくCSIの変化によらず認められる

ことから,必要な情報が維持され続ける過程に言語の違いはないものと考えられる。

一方,本研究の結果から,不一致リストのセットサイズ効果は一致リストにより調整され

ることが示された。一致リストサイズが3のときにはCSIが100 msで不一致リストのセット

サイズ効果が認められるが,2,000 msでは認められない。それゆえ,一致リストサイズが3

の場合は不一致リストのセットサイズ効果を抑制の指標としてみることができる。しかし,

一致リストサイズが1のときには100 msにおける不一致リストのセットサイズ効果も認めら

れなくなることから,一致リストサイズが1の場合の結果には留意する必要がある。

このことを踏まえると,記憶検索時の競合が大きい条件で修正版スタンバーグ課題を実施

したところ,一致リストサイズが1の条件では不一致リストのセットサイズ効果が認められ

なかったという玉木・内藤(2017)の結果は,競合を増大させた実験操作により生じたので

はなく,日本語刺激の特性を反映したものであると考えられる。

1) 本研究は平成 28年度日本大学に提出した博士論文の一部を加筆修正したものである。

2) 実験では刺激の言語以外の実験環境を Oberauer(2001)の手続きと共通のものとするために,

スタンバーグ課題を 1ブロック設けた。しかし,課題の処理が修正版スタンバーグ課題と異

なるため両課題を直接比較することは難しいと考えられる。Oberauer(2001)も課題間の比

較をおこなっていない。短期記憶の検索過程に関する議論は,本論文の目的とするところで

はないため,スタンバーグ課題の結果は割愛した。

3) 本論文では,全ての実験において「提示される単語がフレームと同じ色で提示されていたか

判断してください」という教示を画面上でおこなった。

引用文献

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天野 成昭・近藤 公久(2003b).NTT データベースシリーズ.日本語の語彙特性 第 2期.三省堂 .

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日本語刺激による修正版スタンバーグ課題を用いた記憶抑制の研究

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