「変形性膝関節症における...
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第2回膝OAと運動・装具療法セミナー 2012年7月6日
京王プラザホテル(東京)
第2回膝OAと運動・装具療法セミナーは,2012年7月6日,京王プラザホテル(東京)にて,
2011年に続き第24回日本運動器科学会のサテライトイブニングセミナーとして開催された。
変形性膝関節症(膝OA)の病態と運動・装具療法の概要の紹介を主題とした第1回に対し,
今回は膝OAをさまざまな角度から評価する目的で,医用画像,疼痛,歩行解析,筋力測定の
4つを取り上げ,それぞれ最新の知見と自施設における検討結果が提示された。
「変形性膝関節症における 各種評価」 座長: 大森 豪 氏 新潟大学研究推進機構超域学術院 教授 出家 正隆 氏 広島大学大学院医歯薬保健学研究科 保健学専攻心身機能生活制御科学講座 教授
変形性膝関節症の医用画質定量評価 岡 敬之 氏 東京大学医学部附属病院22世紀医療センター関節疾患総合研究講座 特任助教
疼痛から見た変形性膝関節症の評価 池内 昌彦 氏 高知大学医学部整形外科学 講師
変形性膝関節症の歩行解析による臨床評価 名倉 武雄 氏 慶應義塾大学医学部運動器生体工学寄附講座 特任准教授 (現・慶應義塾大学医学部整形外科 講師)
筋力から見た変形性膝関節症の評価 渡邉 博史 氏 新潟県厚生農業協同組合連合会新潟医療センターリハビリテーション科
出家 正隆 氏
岡 敬之 氏
池内 昌彦 氏
名倉 武雄 氏
渡邉 博史 氏
大森 豪 氏
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Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:1Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:1 14.5.8 11:11:50 AM14.5.8 11:11:50 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
膝OAの推定患者数は全国で約2,530万人と有病率が
高く(Yoshimura N, et al. J Bone Miner Metab 2009; 27:
620-628),膝OAの病態を正確に把握するための客観的・
定量的な画像評価基準の確立が,運動器の診療に携わる
医療従事者の大きな命題の1つとなっています。この評
価基準の確立により,膝OAの診療,予防,創薬に関する適
正な評価が可能になると期待されます。
現在,膝OAの診断基準として頻用されているのは,X線
撮影によるKellgren-Lawrence(KL)分類です。KL分類では
骨棘の形成や関節裂隙の狭小化,軟骨下骨の骨硬
化を基準として5段階で重症度を評価しますが,
大きな骨棘と強い痛みを有する症例でも関節裂隙
の狭小化がなければ軽症と診断されるなど,実際
の臨床像との間にずれが生じることがあります。ま
た,診断が医師の主観に委ねられるため,同じ画像
でも医師によって診断が異なる可能性があります。
そこで,われわれは,X線画像に基づきJSA(関節
裂隙面積),mJSW(関節裂隙最小距離),OPA(骨
棘面積),FTA(大腿脛骨角)の4つの膝OAのパラ
メータを自動測定し,膝OAを定量評価する診断
支援ソフトウエアKOACAD(Knee OA Computer
Aided Diagnosis)を開発しました。50膝のJSA,
mJSW,OPA,FTAをKOACADと医師の手動測定で
複数回測定して再現性を調べたところ,手動測定
のICC(級内相関係数)が評価者内一致率で0.56~
0.72,評価者間一致率で0.64~0.75であったのに
対し,KOACADでは評価者にかかわらず全パラ
メータで1.0となり,KOACADが高い再現性を有
することが分かりました。
しかし,臨床でこのKOACADの再現性を生かす
ためには,X線撮影自体の再現性を高める必要が
あります。膝X線撮影のプロトコルには,膝を伸ば
した状態で撮影する立位荷重伸展位撮影,膝を屈
曲した状態で撮影するMTP(metatarsophalangeal)法,
膝の屈曲度を固定し透視撮影を行う膝屈曲位固定撮影法
(fi xed fl extion protocol)があり,立位荷重伸展位撮影は
簡便ですが荷重部位を描出できない,MTP法は荷重部位
の描出が可能ですが撮影技術を要するなど,個々に長所・
短所があります。膝のX線撮影では撮影法によって画像上
の顆間窩やFTAの描出が異なり,JSA,mJSW,OPA,FTA
にも差異が生じることが分かっています。そこでわれわれ
は,膝OAを診断する上で信頼性が高いX線撮影時の屈曲
度についてKOACADを用いて検討しました。20膝につい
て屈曲度0°,10°,20°,30°の撮影を2週間隔で2回行い,
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X線膝OA診断支援ソフトウエアKOACADの活用
変形性膝関節症の医用画質定量評価東京大学医学部附属病院22世紀医療センター関節疾患総合研究講座 特任助教
岡 敬之氏
表1 KOACADによる膝OAパラメータと膝痛の有無との相関〔骨関節疾患の疫学調査ROAD studyにおける都市型コホート(東京都板橋区)の1,979膝〕
男性(699膝)OR
1.46
0.99
0.99
1.07
1.16~1.90
0.79~1.23
0.96~1.04
1.01~1.13
0.0018
0.72
0.06
0.004
95%CI P値女性(1,280膝)
OR
1.41
1.10
0.99
1.07
1.22~1.63
0.98~1.24
0.98~1.00
1.03~1.10
<0.0001
0.16
0.15
<0.0001
95%CI P値
(Oka H, et al. Osteoarthritis Cartilage 2008; 16: 1300-1306)
ロジスティック回帰分析
FTA
mJSW(外側)
OPA
mJSW(内側)
図1 X線画像によるOAの重症度診断と3D MRIによる軟骨体積・厚みの所見の比較
* 軟骨体積はKL分類による重症度より体格に依存すると推測される。
(提供:岡 敬之氏)
軟骨体積 13.70cm3*A
B
C
軟骨体積 15.60cm3*
軟骨体積 14.12cm3*
変形性膝関節症における各種評価
Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:2Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:2 14.5.8 11:11:51 AM14.5.8 11:11:51 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
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JSA,mJSW,OPA,FTAを測定して比較したところ,ICCは0°
で最も1.0に近づき,立位荷重伸展位撮影の再現性が高い
ことが分かりました。MTP法の再現性が低くなる理由とし
ては,膝の屈曲の再現やフィルムからの距離,脚の回旋位
の保持が難しいことが挙げられます。
このようにKOACADにより撮影法の評価を行うことも
可能ですが,われわれはさらにKOACADで測定したJSA,
mJSW,OPA,FTAと疼痛との関連性を調べました。その結
果,内側mJSWが短い症例,FTAが大きい症例において有
意に疼痛リスクが高く,内側関節裂隙とアライメントが膝
OAの痛みに影響を与える因子であることが分かりました
(表1)。KOACADに関しては,現在もヒアルロン酸を用いた治療効果判定への応用などの研究が進められてお
り,膝OAの診断,治療の両面において広い範囲での活用
が可能なツールになりうると考えています。
X線は安価で汎用性が高い画像診断法ですが,X線が
透過する軟骨や半月板,靭帯は可視化できず,X線画像に
基づくKL分類のみで膝OAの病態を完全に把握すること
は困難です。これに対し,MRIではX線で評価できない組
織の状態を把握することが可能であり,MRIの普及が進ん
だ今,膝OA診断においてMRIの有効利用を検討していく
ことが重要と考えています。
膝MRIでは,SE(スピンエコー)は半月板,靭帯,骨の描
出に優れるが軟骨と骨の境界域の描出は不明瞭,逆に3D
脂肪抑制SPGR(スポイルドグラディエントエコー)は半月
板などの評価が難しいが軟骨と骨との境界域の描出に優
れるなど,シーケンスごとに特徴があり,対象によって至適
なシーケンスを選択したり,複数のシーケンスで得た画像
を組み合わせて診断する必要があります。われわれは,膝
OA診断時には3D MRIを作成し,軟骨と骨の境界域を指定
して軟骨領域を抽出して体積と厚みを測定すると同時に
カラーマッピングを行うことで,軟骨の状態を評価してい
ます。しかし,この3D MRIによる診断結果とX線撮影によ
るKL分類の重症度は必ずしも一致せず,KL分類で重症な
症例の軟骨体積が大きかったり,KL分類でほぼ正常な
症例(図1A)の3D MRIで内側の軟骨に摩耗を認めることがあります。また,X線で評価不可能な膝蓋骨軟骨の摩耗
が3D MRIにより明らかになった症例も経験しており(図1B),X線撮影で評価困難な症例でMRIを追加することは,膝OAの多様な病態を把握する上で有用と考えられます。
これらのX線,MRIでの軟骨定量評価に加え,MRIを用いて
形態変化が生じる前のコラーゲン・プロテオグリカン変性
の評価(軟骨質的評価)や膝の動作解析における定量的
評価を行うことで,今後,より早い時期から膝OAが診断で
きるようになるのではないかと期待しています。
3D MRIで膝軟骨の摩耗状態の評価が可能に
疼痛から見た変形性膝関節症の評価高知大学医学部整形外科学講師
池内 昌彦氏
膝OAにおける関節軟骨の変性・摩耗に関する病態解
明が進む一方で,患者の主訴である痛みの治療はいまだ
不十分なことが多く,治療の基盤となる膝OAの疼痛の評
価法を確立することが課題となっています。膝OAの疼痛
を評価するためには,最初に膝OAの臨床像と疼痛の関
係,痛みの発症機序について正確に把握する必要があり
ます。膝OAによる疼痛は,内側関節裂隙や膝窩部を中心
として広範囲に発生し,KL分類で重症度が高い例ほど痛
膝OAでは局所の侵害刺激だけでなく末梢・中枢感作が痛みを増強
みが発生する傾向が見られますが,ROAD(Research on
Osteoarthritis Against Disability)StudyでKL分類3以
上の群の疼痛保有率が男性約40%,女性約60%にとど
まっていたように(Muraki S, et al. Osteoarthritis Cartilage
2009; 17: 1137-1143),重症度が高ければ必ず痛み
があるわけではありません。また,MOST(Multicenter
Osteoarthritis Study)によると,疼痛の有無について2回
問診したところ,対象の43%が1回だけ疼痛ありと回答し
ました(Neogi T, et al. Osteoarthritis Cartilage 2010; 18:
1250-1255)。このように非持続的な疼痛が存在すること
Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:3Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:3 14.5.8 11:11:55 AM14.5.8 11:11:55 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
側面を併せ持つことが示唆されています。一般に痛みの
閾値は笑い,気晴らし,理解,共感により上昇,不安,抑う
つ,怒り,悲しみにより低下するとされています。つまり,膝
OAでは,膝関節・関節外組織の侵害刺激が神経系を伝播
する過程で末梢感作,中枢感作が発生し,情動に関連する
心理社会的要素の影響を受けて,最終的に痛みとして認
識されるといえます(図2)。
膝OAの疼痛は,上述のように局所の痛みだけでなく,
神経系感作や心理社会的要素が関与しているため,これ
らを適切に評価する必要があります。関節局所の炎症・機
械的刺激・虚血の評価法としては,身体所見,バイオメカ
ニカル分析の他,最近ではMRIにより骨髄病変や滑膜炎
など,痛みに関係する病態の評価が可能になり,注目さ
れています。神経機能の評価には,fMRIの他,圧痛閾値計
測,DNIC(広汎性侵害抑制調節),QST(網羅的定量的感覚
機能評価)があります。DNICでは別の部位に痛み刺激を
与えることにより本来の痛みが軽減・消失する疼痛抑制系
の機能を評価しますが,膝OA患者の一部にこの疼痛抑制
系の機能低下があると考えられています。一方,患者の体
性感覚(触覚・温覚・冷覚・熱痛・圧痛の閾値)の特性を調
べるQSTでは,膝OA患者の34%で触覚感度が低下,32%
で圧痛感度が上昇していると報告されています〔Wylde V,
et al. Rheumatology(Oxford) 2012; 51: 535-543〕。また,
心理社会的要素では,うつ,破局的思考が痛みの程度と治
療反応性に影響すると考えられており,うつはSDS(うつ病
自己評価性抑うつ尺度),破局的思考はPCS(疼痛破局的
思考尺度)などの自己記入式調査票での評価が行われて
います。
4
も膝OAの重症度と疼痛の病態が一致しない要因となって
います。
膝OAに伴う末梢神経系の変化は形態的変化(本来神
経が存在しない組織に神経が分布する変化)と機能的変
化(疼痛関連分子の発現,非活動性侵害受容器の活性化,
C線維の自発放電,Aβ線維への侵害刺激の伝播)に大別されます。膝OAが進行すると軟骨表層から摩耗するだけ
でなく,軟骨下骨深層で破骨細胞が石灰化層を吸収しま
す。これらの修復過程のため各種成長因子が放出され,本
来,分布していなかった領域へ神経・血管が成長します。
これにより軟骨の軽度の摩耗で神経が露出して炎症性サ
イトカイン・発痛物質に曝露され,機械的に損傷を受ける
ことで末梢感作状態に至ると考えられています。われわれ
が後十字靭帯における神経線維の分布を調べた結果,正
常膝との比較において,OA膝では神経線維マーカーのPGP
(Protein Gene Product)9.5陽性神経線維の密度は下が
りますがCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)陽性神
経線維は有意な減少を認めず,痛覚に関連する神経線維
が選択的に残存している可能性が示されました(Ikeuchi
M, et al. Arch Orthop Trauma Surg 2012; 132: 891-895)。
さらに,末梢感作により継続して脊髄後角に刺激が加
わると中枢感作になり,痛覚過敏,広範囲疼痛,関連痛,ア
ロディニア(微小刺激を疼痛と認識する感覚異常)が惹起
されます。膝OAと中枢感作の関係を調べた海外の研究で
は,前脛骨筋筋肉痛モデルにおいて膝OA群で対照群に
比べ有意に疼痛のVAS(Visual Analogue Scale)スコアが
高く(P<0.05),発生範囲が広く(P<0.05),持続時間が長
い(P=0.025)という結果が出ています(Bajaj P, et al. Pain
2001; 93: 107-114)。一方,fMRI,PET画像では,膝OAの自
発痛において情動に関連する脳の前頭葉や大脳辺縁系
の活動が観察され,膝OAの痛みは感覚だけでなく情動的
膝OAの疼痛評価には局所的な侵害刺激だけでなく神経系や心理社会的要素を加味する必要がある
変形性膝関節症における各種評価
図2 膝の痛みの発症機序
ブラジキニンプロスタグランジンプロトンセロトニンATP
筋緊張末梢感作
痛み
炎症
(池内昌彦. 変形性膝関節症の疼痛発生機序. Bone Joint Nerve 2012; 2: 317-323より改変)
中枢感作
膝関節 神経系
関節外組織
心理社会的要素
生体力学的異常
血管収縮
膝OAの痛みに関する病期分類
Strage1:Early OA(初期OA)
Constantbackgroundpain
(自発痛)
Intermittent intensive pain(時折起こる強い痛み) ADL
disturbance(ADLの阻害)Predictable
(予測可能)Unpredictable(予測不可能)
Strage2:Mid OA(中期OA)
Strage3:Advanced OA(進行期OA)
-
+
++
-
+
++
-
+
++
+
+
+
(Hawker GA, et al. Osteoarthritis Cartilage 2008; 16: 415-422より作成)
表2
Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:4Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:4 14.5.8 11:11:55 AM14.5.8 11:11:55 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
これらの他,膝OAの疼痛の定量的評価法としてはVAS,
NRS(Numeric Rating Scale),face scaleが用いられて
いますが,主観に基づく疼痛の数値化には限界があり,
WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities
Osteoarthritis Index),JKOM(日本版変形性膝関節症機
能評価表),SF-36(Medical Outcomes Study 36-item
Short Form Health Survey)などにより機能障害やQOLも
評価する必要があります。
Hawkerらは,膝OAの痛みに関する自己記入式の質問
5
膝OA患者では,膝関節の変形や下肢アライメントの異
常に伴い,さまざまな歩行異常が発現します。われわれは
3次元動作解析装置によってX線画像では得られない膝
OAの動的異常の検出と定量的評価が可能になると考え,
検討を進めています。ここでは,①歩行時のOA患者の膝
の動態②日常生活動作の解析③スラスト〔立脚初期~中
期の膝関節の急激な外側への動き(lateral thrust)〕と膝
OAの臨床症状の関係④足底板の定量的な評価について
解説します。
正常な歩行運動では,接地時に膝が最も伸展し,荷重
が増すにつれて膝がやや屈曲・伸展した後,遊脚期に向
けて膝が屈曲していく運動パターンを取ります(double
knee action,図3)。一方,膝OA患者の歩行運動では,接地するときに膝が伸び切らない,double knee actionの
1つ目のピークが小さくなる,遊脚期の膝の屈曲が小さく
なるという異常が現れます。
膝OA患者では,膝関節のROM(関節可動域)の制限が
膝屈曲運動パターンの異常を引き起こす可能性が指摘さ
れています。そこでわれわれは,伸展制限あるいは屈曲制
限がある膝OA症例の歩行中における膝の動態について
検討しました。内側型膝OA 34人42膝で患者の骨盤,股関
節,大転子,膝外側,足関節,足部にマーカーを貼付し,3
次元動作解析装置で歩行データを測定・解析したところ,
膝関節のROM制限は膝OA患者の歩行時の膝の動態を悪化させる
変形性膝関節症の装具療法としてのアプローチ
膝OAでは歩行時における膝運動パターンで最大伸展角
度の減少,立脚初期屈曲角度の減少,遊脚期屈曲角度の
減少の3つの異常が認められました。また,膝OAでは屈
曲拘縮により膝関節のROMが減少しますが,120°以上の
屈曲制限を有する群では,制限がない群と比べて有意に
遊脚期の屈曲角度が減少し(P=0.01),膝関節のROM制
限が歩行時の膝の動態を悪化させていました(岩本航,
他. 臨床バイオメカニクス 2011; 32: 407-411)。
膝OAでは,ROMの減少とともに大腿四頭筋力が低下
し,屈曲動作時に痛みが生じるため立ち上がり動作など
が困難となり,ADL,QOLが低下すると考えられています。
内側型膝OA 26人38膝で荷重時最大屈曲角度(起立可能
な膝の最大屈曲位)を測定したわれわれの検討では,膝
OA症例の荷重時最大屈曲角度とROM,臨床スコア〔HSS
(Hospital for Special Surgery knee score)〕との間に正
の相関が認められました(各R=0.52,R=0.63)。つまり
ROMが大きい症例,臨床スコアが高い症例では荷重時最
大屈曲角度が大きく,膝の機能が保持されていると評価
することができます。さらに,対象をKL分類2とKL分類3・
4の2群に分け,対照群(健常な膝)を加えて比較したと
ころ,膝OAでは荷重時最大屈曲角度と大腿四頭筋モーメ
ント(床反力計を用いて測定する起立時に要する膝屈曲
膝OAでは重症度に応じ荷重時最大屈曲角度と大腿四頭筋モーメントが減少
票であるPatient Generated Index(PGI)の回答として寄
せられた痛みを表すキーワードを,痛みの強さ,頻度・期
間,予測性などに分類し,その分類に基づき膝OAの痛み
を評価する病期分類を提案しており(表2),治療戦略を立てる上でこの病期分類を参照することも可能です。膝
OAの痛みの出発点は局所の炎症,機械的刺激ですが,
治療において神経系,心理社会的要因の影響は無視でき
ず,今後は上述した評価法の組み合わせによる包括的評
価に基づく多角的な疼痛治療の発展が望まれます。
変形性膝関節症の歩行解析による臨床評価慶應義塾大学医学部運動器生体工学寄附講座 特任准教授(現・慶應義塾大学医学部整形外科 講師)
名倉 武雄氏
Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:5Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:5 14.5.8 11:11:55 AM14.5.8 11:11:55 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
結果,内反モーメントは足底板なし群と比較して従来型群
で8%,バンド固定型群で13%低下しました(各P<0.05,
P<0.01)。従来型に比べてバンド固定型で膝内反モーメ
ントの抑制効果が高い理由は,従来型では膝関節内側へ
の荷重は減少してもFTAに変化が見られないのに対し,バ
ンド固定型の足底板では踵骨外反が抑制されることで,荷
重軸が修正され,膝関節内側への荷重が減少し,FTAが正
常に近い状態に調整されるためと考えられます。また,重
症度別の検討において,KL分類2の群および3の群では
足底板なし群と比べて従来型群(各P=0.024,P=0.019),
バンド固定型群(各P=0.048,P=0.0050)ともに膝内反
モーメントが有意に減少し,足底板の有用性が認められま
した。一方で,KL分類4の群では従来型群(P=0.046),バ
ンド固定型群(P=0.40)ともに減少幅が小さくなり,屈曲
拘縮が進行した重症膝OAでは足底板による介入効果が
得られにくくなることが分かりました(Kuroyanagi Y, et al.
Osteoarthritis Cartilage 2007; 15: 932-936)。
以上をまとめると,膝OA患者の歩行時における膝の動
態には屈曲拘縮が,また,荷重時最大屈曲角度には重症度
が反映されており,ROMの維持により日常動作時の機能的
ROMも維持されると考えられています。また,スラスト量は
膝OAの動的パラメータ,下肢アライメント,重症度,臨床
症状を反映する指標として注目されており,膝の内反モー
メントを抑制する足底板は膝OAの治療法として評価され
ています。
動作解析は膝OAの評価に有用ですが,3次元動作解析
装置は高価で,あまり普及していないのが現状です。今後,
実臨床でこの動作解析評価を取り入れていくために,ビデオ
などによりスラスト量の定量的な測定を行うなど,より汎用
的な測定装置による簡易評価法の確立が急がれています。
6
スラストは動的パラメータ,下肢アライメントと相関
膝OAに対する足底板の検討
モーメントから算出された指標)が重症度に応じ,対照群
に比べ有意に低下することが示されました(図4)。
日本人に多い内側型膝OAでは,スラストという膝関節
の異常運動が頻発します。スラストの定量的評価を目的と
して内側型膝OA 32人44膝の歩行解析を行ったわれわれ
の検討では,FTAと内反モーメント(膝関節を内反させよう
とする力)の間に正の相関が認められました(R=0.47)。
さらに,立脚中期のマーカーFTA(大転子,膝外側,足関節
にマーカーを貼付して測定した大腿脛骨角)最大値と接
地時マーカーFTAの差を「内反スラスト量」と定義し,FTA,
内反モーメントとの関係を調べたところ,FTAと内反スラ
スト量(R=0.47),内反モーメントと内反スラスト量(R=
0.73)の両者で正の相関が認められました(Kuroyanagi
Y, et al. Knee 2012: 130-134)。以上から,内反スラスト
量は動的パラメータ(内反モーメント),下肢アライメント
(FTA)と相関し,臨床症状(痛み,膝OAの進行)や重症度
を反映する有用な予後因子であると考えられています。
膝OAの保存療法において足底板は大きな役割を果た
していますが,その有効性についてのエビデンスはX線な
どの静的評価や臨床スコアに基づく報告が中心となって
います。われわれは膝OA 21人37膝について足底板なし,
従来の外側ウェッジ型足底板(以下,従来型)または足関節
8字弾性固定バンド付き足底挿板(以下,バンド固定型)
を装着した状態で歩行解析を行い,各群の内反モーメント
を定量的に比較して足底板の治療効果を調べました。その
図3 膝OAにおける歩行時の膝の動態
80
60
40
20
0Heel strike Toe off
Stance
正常歩行における膝屈曲運動パターン膝OAの膝屈曲運動パターン
(提供:名倉武雄氏)
Swing
角度
接地時屈曲減少立脚初期屈曲減少
遊脚期屈曲減少
KL分類の重症度と最大屈曲動作の関係
荷重最大屈曲角度 大腿四頭筋モーメントP=0.00071 P=0.0040
P=0.049P=0.032
健常な膝
KL分類2
KL分類3・4
健常な膝
KL分類2
KL分類3・4
140120100806040200
9876543210
(Kuroyanagi Y, et al. The Knee 2009; 16: 371-374)
図4
変形性膝関節症における各種評価
Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:6Alcare_2ndOA2012.indd Sec1:6 14.5.8 11:11:56 AM14.5.8 11:11:56 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック
実際には基準以上の筋力を維持していても膝OAは発症・
進行すること,70歳以上では低値群と高値群の発症率・進
行率に有意差が生じなかったことから,膝OAの発症・進行
には,膝伸展筋力以外の加齢に伴う他の因子の介在が疑
われます。そこで70歳以上の高値群において,検診の視触
診項目(20項目)について男女別に多変量解析を行ったと
ころ,膝OAの発症に関しては女性のBMI,円背(骨盤後傾
位)と男性の円背,また,進行に関しては女性のBMI,FTA
で有意差を認め(P<0.05),膝OAの発症・進行に対する
肥満や円背,膝内反変形,膝屈曲拘縮などの構築学的要
因の関与が示唆されました。
次に,膝伸展筋力の短期的な変化と膝OAの発症・進行
の関係を評価するために,われわれは2006年,2007年と
連続して検診を受診した533膝のデータを用い,1年間の
膝伸展筋力の低下が20%以上の群を低下群,20%未満
の群を維持群として男女別に膝OAの発症率・進行率を検
討しました。その結果,女性の膝OA発症率は低下群が維
持群に比べ有意に高くなりました(P<0.05,渡邉博史,他.
運動療法と物理療法; 2010; 21: 45-50)。
これらの検討結果から,60歳以上の膝伸展筋力低下は
膝OAの発症・進行の危険因子であり,女性では短期間に
おける急激な膝伸展筋力の低下が膝OAの発症に影響し
ていることが示唆され,運動療法による大腿四頭筋の機
能強化・維持の重要性が再認識されました。
われわれは,膝OAに対する運動療法の効果を検討す
るために,外来女性膝OA患者58人114膝に下肢筋力測
定・訓練器を貸与し,最大努力セッティング運動時の値に
対する60%の負荷で自宅にて大腿四頭筋セッティング運
動※を行うよう指導し,運動前と2カ月後の膝伸展筋力,
および1カ月後,2カ月後の疼痛スコア(VAS),機能スコア
(JKOM)の平均値を比較しました。その結果,膝伸展筋力
7
膝OAの評価において,膝伸展筋力に代表される大腿四
頭筋の機能評価は重要な要素とされています。事実,国内
外の数多くの研究において,大腿四頭筋の筋力低下と膝
OAの発症・進行,日常生活の障害度,疼痛などとの関連性
が報告されています。われわれも膝OAの疫学調査(松代
膝検診)と外来診療での膝伸展筋力の測定結果を分析し,
膝OAの評価における大腿四頭筋の機能評価の意義を明
らかにするための多面的な検討を行っています。
松代膝検診は1979年に調査を開始した新潟県十日町
市松代地区の膝検診に基づく膝OAの長期縦断疫学調査
であり,2006年からは下肢筋力測定・訓練器を用いた大
腿四頭筋力の定量的測定(図5)が取り入れられています。われわれは膝伸展筋力とKL分類による膝OAの病期と
の関係を調べることを目的として,松代膝検診のデータか
ら2010年の1,037人2,017膝のデータを抽出し,対象を性
別,年齢,KL分類の重症度で群別化して比較しました。そ
の結果,膝伸展筋力は膝OAの有無に関係なく男女とも60
歳以上で低下し,重症度が高いほど低下する傾向も認め
られました。しかし,80歳以上では重症度と関係なく全体
に低値となりました。
われわれはまた,膝伸展筋力と膝OAの発症・進行の関
係について検討するために,2010年の検診受診者の中
で2007年の検診も受診していた60歳以上の800人1,172
膝に関して縦断的検討を行いました。2007年時点の膝伸
展筋力を体重で除した値(体重比)を算出し,対象を女性
0.4,男性0.6というROC曲線を基に計算した閾値より低い
群(低値群)と高い群(高値群)に分けて,3年後の膝OAの
発症率(KL分類0,1から2以上へ変化したもの)・進行率
(KL分類2以上から3以上へ変化したもの)を年代別に
検討しました。その結果,60歳代で,女性は膝OAの発症
率,また,男性は膝OAの進行率が高値群に比べ低値群で
有意に高くなる結果が得られました(各P<0.05)。しかし,
2カ月間の運動療法で膝伸展筋力が有意に向上し疼痛スコア,機能スコアも有意に改善
60歳以上の膝伸展筋力低下は膝OAの発症および進行の危険因子
変形性膝関節症の装具療法としてのアプローチ筋力から見た変形性膝関節症の評価新潟県厚生農業協同組合連合会新潟医療センターリハビリテーション科
渡邉 博史氏
※10秒間持続,10回を1セットとし原則2セットを1日1回
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は2カ月後に有意に上昇,VAS,JKOMスコアは1カ月後
に有意に低下し(各P<0.05),大腿四頭筋の機能向上に
伴い,疼痛,膝機能が短期間で改善することが分かりまし
た。さらに,対象を膝伸展筋力が向上した群(向上群)と低
下した群(低下群)に分け,運動療法前後のVAS,JKOMス
コアについて検討したところ,両スコアとも向上群が低下
群に比べて有意に改善しました(図6)。この低下群において疼痛の改善が少ないという結果は,言い換えると疼
痛が軽減しない例では筋力が改善しにくいことを意味し
ており,疼痛が大腿四頭筋の機能向上の阻害因子である
ことが示唆されました。
これらの検討から導き出される結論は,以下の通りで
す。膝伸展筋力の向上および維持は,膝OA発症・進行の
抑制に有効であり,肥満対策とともに大腿四頭筋の機能
強化に努めるよう,患者を指導することが重要と考えられ
ます。また,下肢筋力測定・訓練器による筋力の定量的測
定は,膝OAの客観的評価指標として有用であり,体重比
女性0.4,男性0.6の目標値を設定することで患者の意欲
が促進され,運動療法の継続性が向上することが期待さ
れます。さらに,適切な疼痛管理を行い,患者ごとに異な
る膝伸展筋力以外の関連因子を特定して個別のプラン
を作成することで運動療法の有用性は大幅に向上すると
考えられており,その実行が今後の大きな課題となって
います。
下肢筋力測定・訓練器による運動療法後の膝伸展筋力の変化と疼痛スコア,機能スコアの関係
VAS JKOM(点) (点)*
*
運動療法前 1カ月後 2カ月後
運動療法前 1カ月後 2カ月後
筋力向上群(N=63膝) 筋力低下群(N=51膝)P<0.05
60
40
20
0
80
60
40
20
0
(提供:渡邉博史氏)
図6
*
下肢筋力測定・訓練器の測定手順・原理
膝関節約20°~30°屈曲位の長坐位において,
(提供:渡邉博史氏)
図5
❶非伸縮性バンドで骨盤と下腿遠位を固定❷患者に下腿遠位の固定バンドを膝伸展方向に押し上げさせ,大腿四頭筋に等尺性膝伸展運動を行うように指示❸等尺性膝伸展運動によって膝窩部が下降することで荷重が測定部に加わる❹膝窩部の荷重値(kgf,等尺性膝伸展筋力)を測定
● ●
●●●
●❶ ❶
❷❷❸
❹
わが国の膝OAは,社会の高齢化に伴い増加の一途にあり,膝OAの診療を通じて患者さんのADL(日常生活動作),QOLを守ることは,運動器領域に携わる医療従事者にとって大きな課題となっています。私たちは2011年に膝OAと運動・装具療法研究会を立ち上げ,第23回日本運動器科学会サテライトイブニングセミナーとして膝OAに関するパネルディスカッションを開催し,膝OAの病態と運動・装具療法について医師と理学療法士を中心としたコメディカルの方々とディスカッションを行いました。そこで今回は,「膝OAの評価法」をテーマに掲げ,画像,疼痛,歩行解析,筋力の4つの異なる切り口から,膝OAの評価について考察いたしました。 現在,膝OAの診断にはX線が用いられていますが,
Kellgren-Lawrence(KL)分類は定性的であり定量評価は困難です。また,膝OAの主症状である疼痛の評価もも曖昧な点が多く,膝OAに最も影響する歩行動作や筋力と膝OAの関連性についても不明な点が多く残されています。今回,本セミナーを通じて,さまざまな角度から膝OAの病態を見詰め直し,現在研究が進められている各種の評価法の臨床的有用性を検討して,日常臨床の糧としていただければ幸いです。 膝OAの治療には,整形外科医だけではなく理学療法士をはじめとしたコメディカルスタッフの力が不可欠です。本セミナーが医師とコメディカルスタッフが一堂に会して膝OAの保存療法に関する議論を行う場として発展していくことを願っています。
座長挨拶新潟大学研究推進機構超域学術院 教授
大森 豪氏
発行:アルケア株式会社編集・制作:株式会社メディカルトリビューン2012年12月作成
変形性膝関節症における各種評価
Alcare_2ndOA2012.indd 8Alcare_2ndOA2012.indd 8 14.5.8 11:11:46 AM14.5.8 11:11:46 AMプロセスシアンプロセスシアンプロセスマゼンタプロセスマゼンタプロセスイエロープロセスイエロープロセスブラックプロセスブラック