[ 運動器① ] o2 膝蓋骨骨折術後、膝屈曲 rom 獲得に難渋し...

1
― 7 ― 【目的】膝蓋骨骨折術後 30 日時点での膝屈曲 ROM が 100° 以上獲得されていると予後良好であるとの報告がある(伊藤、 2011)。今回、術後38日時点で膝屈曲 ROM90°と ROM 獲 得に難渋していた症例を担当した。膝蓋骨周囲の組織に着目 し、内外側の膝蓋支帯に対し徒手的治療を行ったところ ROM 改善が得られたため報告する。 【 症例紹介 】 症例は 20 歳代男性で、診断名は左膝蓋骨の完全 骨折である。受傷4日後に観血的整復固定術(tension band wiring)を施行された。術後37日目に当院回復期病棟へ転 院し、治療を開始した。 初期評価は術後 38 日目に実施した。左膝関節 ROM は屈 曲90°で20°の extention lag を有していた。股関節、足関 節に制限はなかった。Quad setting は不十分で、特に内外 側広筋の収縮が乏しかった。膝蓋骨の外径は不明瞭で、可動 性は上下、左右、回旋方向に強い制限があった。また下腿の 内外旋の可動性も乏しかった。安静時痛は無かったが、膝関 節 屈 曲 90°で 膝 蓋 骨 の 上 部 と 下 部 内 外 側 に Numerical Rating Scale(以下、NRS)4 ~ 5 の疼痛の訴えがあった。 本症例の ROM 制限と疼痛の原因を詳細に評価するため、 超音波画像診断装置(日立アロカメディカル社製、以下エ コー)で疼痛部位の観察を行った。膝蓋骨上部の軟部組織に 瘢痕化を示す所見はなかったが、膝関節屈曲時に、過剰な膝 蓋骨の下方偏倚を疑う所見が観察された。また、大腿四頭筋 腱とピンが接触する様子が観察された。膝蓋骨下部内外側に 関しては、疼痛部位が内側と外側の膝蓋支帯に一致していた。 また本症例は下腿内外旋の可動性低下に加え、膝蓋支帯と連 結している内外側広筋の収縮が不十分であった。これらの結 果から内、外側膝蓋支帯の伸張性低下が膝屈曲時の膝蓋骨の 下方偏倚や疼痛を誘発し、そして膝関節 ROM 制限に影響し ているのではないかと考えた。 この問題点を明らかにするため、膝蓋支帯に対し徒手的治 療を行い、即時的効果を検証した。内側膝蓋支帯には、膝関 節屈曲と下腿内旋、外側膝蓋支帯には膝関節屈曲と下腿外旋 の複合運動を反復した。その結果、即時的に膝屈曲角度の増 大と疼痛の軽減を認めたため、介入を継続し膝関節屈曲角度、 下腿回旋角度の継時的変化を評価した。 【 説明と同意 】発表に際し、症例には内容を口頭にて説明し 書面にて同意を得た。また、当院臨床研究審査委員会より承 認を受けている(承認番号 1743 )。 【経過】治療期間は、初期評価を実施した術後 38 日から 54 日までの16日間である。測定期間は術後42日から54日ま での 12 日間で、3 日毎に計 4 回測定した。 他動の膝屈曲角度の測定は端座位で測定した。膝屈曲角度 は大転子と大腿骨外側上顆を結んだ線と、腓骨頭と外果を結 んだ線がなす角と定義し骨指標にマーカーを貼付した。矢状 面からビデオカメラで撮影し、そこから得た画像を画像解析 ソフトImage J(National Institute of Health)を使用し測 定した。下腿回旋角度は、矢状面に平行な線と踵部と第二中 足骨を結んだ線がなす角と定義し、床面に角度計を設置し測 定した。測定肢位は膝屈曲90°の下垂座位とした。また股関 節、足関節の代償を制限するため、大腿遠位部を徒手で固定 し、プラスチック短下肢装具を装着した状態で行った。 術後 42 日で、左膝関節屈曲 98°下腿回旋角度(左 / 右)は 外旋14° /36°、内旋 12° /28°であった。以下 42 日→ 45 日→ 48日→51日→54日後の順に、左膝関節屈曲角度:98°→ 102°→107°→112°→126°、左下腿外旋:14°→18°→18°→ 28°→ 34°、内旋:12°→ 18°→ 18°→ 20°→ 28°となった。 エコー所見では膝蓋骨の下方偏倚は軽減しており、大腿四 頭筋腱とピンの接触は軽減した。疼痛は膝蓋骨の上下ともに NRS 0 となった。また、10°の extention lag は残存した。 【 考察 】膝蓋骨骨折術後、膝関節の ROM 制限と疼痛を認め た症例に対し、その原因を膝蓋支帯と推察し徒手的治療を 行った結果、膝関節の ROM 制限や疼痛が改善した。膝蓋骨 の下腿回旋角度の増大に伴い、膝屈曲 ROM が改善している ことから、内外側膝蓋支帯の影響が大きかったのではないか と考える。 【 理学療法研究としての意義 】膝関節の ROM 獲得に難渋し た症例に対する徒手的治療の可能性を提起することができた。 膝蓋骨骨折術後、膝屈曲 ROM 獲得に難渋した症例に対する 徒手的治療の試み ― 内外側膝蓋支帯に着目した治療の結果と考察 ― ○多久和 良亮 ( たくわ りょうすけ ) ,久保 洋平,宮下 創 星ヶ丘医療センター リハビリテーション部 Key word:膝蓋骨骨折,ROM 制限,徒手的治療 口述 2 セッション  [ 運動器 ① ] O2- 2

Upload: others

Post on 12-Dec-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: [ 運動器① ] O2 膝蓋骨骨折術後、膝屈曲 ROM 獲得に難渋し ...kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/02-2.pdf― 7 ― 【目的】 膝蓋骨骨折術後30日時点での膝屈曲ROMが100

― 7 ―

【目的】 膝蓋骨骨折術後30日時点での膝屈曲 ROM が100°以上獲得されていると予後良好であるとの報告がある(伊藤、2011)。今回、術後38日時点で膝屈曲 ROM90°と ROM 獲得に難渋していた症例を担当した。膝蓋骨周囲の組織に着目し、内外側の膝蓋支帯に対し徒手的治療を行ったところROM 改善が得られたため報告する。

【症例紹介】 症例は20歳代男性で、診断名は左膝蓋骨の完全骨折である。受傷4日後に観血的整復固定術(tension band wiring)を施行された。術後37日目に当院回復期病棟へ転院し、治療を開始した。 初期評価は術後38日目に実施した。左膝関節 ROM は屈曲90°で20°の extention lag を有していた。股関節、足関節に制限はなかった。Quad setting は不十分で、特に内外側広筋の収縮が乏しかった。膝蓋骨の外径は不明瞭で、可動性は上下、左右、回旋方向に強い制限があった。また下腿の内外旋の可動性も乏しかった。安静時痛は無かったが、膝関節屈曲90°で膝蓋骨の上部と下部内外側に Numerical Rating Scale(以下、NRS)4~5の疼痛の訴えがあった。 本症例の ROM 制限と疼痛の原因を詳細に評価するため、超音波画像診断装置(日立アロカメディカル社製、以下エコー)で疼痛部位の観察を行った。膝蓋骨上部の軟部組織に瘢痕化を示す所見はなかったが、膝関節屈曲時に、過剰な膝蓋骨の下方偏倚を疑う所見が観察された。また、大腿四頭筋腱とピンが接触する様子が観察された。膝蓋骨下部内外側に関しては、疼痛部位が内側と外側の膝蓋支帯に一致していた。また本症例は下腿内外旋の可動性低下に加え、膝蓋支帯と連結している内外側広筋の収縮が不十分であった。これらの結果から内、外側膝蓋支帯の伸張性低下が膝屈曲時の膝蓋骨の下方偏倚や疼痛を誘発し、そして膝関節 ROM 制限に影響しているのではないかと考えた。 この問題点を明らかにするため、膝蓋支帯に対し徒手的治療を行い、即時的効果を検証した。内側膝蓋支帯には、膝関節屈曲と下腿内旋、外側膝蓋支帯には膝関節屈曲と下腿外旋の複合運動を反復した。その結果、即時的に膝屈曲角度の増大と疼痛の軽減を認めたため、介入を継続し膝関節屈曲角度、下腿回旋角度の継時的変化を評価した。

【説明と同意】 発表に際し、症例には内容を口頭にて説明し書面にて同意を得た。また、当院臨床研究審査委員会より承

認を受けている(承認番号1743)。【経過】 治療期間は、初期評価を実施した術後38日から54日までの16日間である。測定期間は術後42日から54日までの12日間で、3日毎に計4回測定した。 他動の膝屈曲角度の測定は端座位で測定した。膝屈曲角度は大転子と大腿骨外側上顆を結んだ線と、腓骨頭と外果を結んだ線がなす角と定義し骨指標にマーカーを貼付した。矢状面からビデオカメラで撮影し、そこから得た画像を画像解析ソフト Image J(National Institute of Health)を使用し測定した。下腿回旋角度は、矢状面に平行な線と踵部と第二中足骨を結んだ線がなす角と定義し、床面に角度計を設置し測定した。測定肢位は膝屈曲90°の下垂座位とした。また股関節、足関節の代償を制限するため、大腿遠位部を徒手で固定し、プラスチック短下肢装具を装着した状態で行った。 術後42日で、左膝関節屈曲98°下腿回旋角度(左 / 右)は外旋14°/36°、内旋12°/28°であった。以下42日→45日→ 48日→51日→54日後の順に、左膝関節屈曲角度:98°→ 102°→107°→112°→126°、左下腿外旋:14°→18°→18°→ 28°→34°、内旋:12°→18°→18°→20°→28°となった。 エコー所見では膝蓋骨の下方偏倚は軽減しており、大腿四頭筋腱とピンの接触は軽減した。疼痛は膝蓋骨の上下ともにNRS 0となった。また、10°の extention lag は残存した。

【考察】 膝蓋骨骨折術後、膝関節の ROM 制限と疼痛を認めた症例に対し、その原因を膝蓋支帯と推察し徒手的治療を行った結果、膝関節の ROM 制限や疼痛が改善した。膝蓋骨の下腿回旋角度の増大に伴い、膝屈曲 ROM が改善していることから、内外側膝蓋支帯の影響が大きかったのではないかと考える。

【理学療法研究としての意義】 膝関節の ROM 獲得に難渋した症例に対する徒手的治療の可能性を提起することができた。

膝蓋骨骨折術後、膝屈曲 ROM獲得に難渋した症例に対する 徒手的治療の試み―内外側膝蓋支帯に着目した治療の結果と考察―

○多久和 良亮(たくわ りょうすけ),久保 洋平,宮下 創星ヶ丘医療センター リハビリテーション部

Key word:膝蓋骨骨折,ROM 制限,徒手的治療

口述 第2セッション [ 運動器① ]

O2-2