日本における慢性閉塞性肺疾患(copd)患者の大 …927 原 著...

9
927 ●原 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査 を実施した.45 歳以上で喫煙歴を有し,COPD,慢性気管支炎,肺気腫のいずれかと診断されるか,また は慢性気管支炎に合致する症状を有するという条件を満たす対象者 400 名を抽出した.これらの対象者に 対し,背景,増悪期の事象,日常生活への影響,管理などに関する質問を行った.400 名のうち診断されて いた人は 209 名(52%)で診断されていなかった人は 191 名(48%)であり,現喫煙率はそれぞれ 35.4% と 35.6% とほぼ同程度であった.400 名のうち 70% の患者は日常生活の制限を受けていたが,薬剤を使用 している 157 名のうちガイドラインで薬物療法の中心として推奨している気管支拡張薬の吸入剤の使用率 は 16% 未満であった.この調査から,日本の COPD 患者は,多くが適切な診断と治療を受けていない実 態が明らかとなり,ガイドラインの普及などによる一般臨床での COPD 診断・管理の向上が急務であるこ とが示唆された. キーワード:負担,慢性閉塞性肺疾患(COPD),診断,管理 Burden,Chronic obstructive pulmonary disease (COPD),Diagnosis,Management 慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease ;COPD)は,疾病による患者への負担(burden) が大きい疾患であると近年認識されている .WHO に よると,COPD の障害調整生存年(「死亡で失った年数」 と「疾病によって負った障害年数」の和により,疾患に よる支障度を表す指標)は,2020 年には男女,全年齢 におけるあらゆる疾患の中で 5 番目にランク付けられる という見通しが報告されている 2000 年に北米・欧州の 8 カ国(米国,カナダ,英国, フランス,ドイツ,オランダ,イタリア及びスペイン) において,COPD による負担と管理の現状を把握する ため,大規模な疫学調査である Confronting COPD(C- COPD)調査が実施された .この欧米版 C-COPD 調査 では,45 歳以上の人口における COPD の有病率が 3.2~ 5.4% と推計され,COPD は日常生活への制限や多額の 医療費支出(急性増悪による事象,通院,治療)など社 会経済に与える影響が大きいと報告されている.日本で も COPD に関する大規模な疫学研究(Nippon COPD Epidemiology study;NICE study)が 2000 年に実施さ れ,COPD の有病率や COPD 患者の人口統計学的特性 など疫学的な結果が報告されているが ,欧米版C-COPD 調査のような疾患による患者の負担に関する検討は,こ れまであまり行われていない. そこで今回,日本での COPD による負担と疾患管理 の現状を明らかにするため,欧米版 C-COPD 調査と同 様のランダムサンプル抽出法を用いて,日本版 C-COPD 調査を実施し,日本における COPD 管理の現状と問題 点について検討した. 対象と方法 1.サンプル抽出及び対象 この調査は,対象者選定のためのスクリーニング調査 と,その後対象者に対して実施した本調査の 2 ステップ 方式で実施した.全国 47 都道府県の人口構成比に準じ 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大規模電話実態調査 ―Confronting COPD Japan Survey― 一ノ瀬正和 相澤 久道 石坂 彰敏 永井 厚志 福地義之助 Hana Muellerova Martin Crane 〒6418509 和歌山県和歌山市紀三井寺 811 番地 1) 和歌山県立医科大学内科学第 3 講座 2) 久留米大学医学部第 1 内科 3) 慶應義塾大学医学部呼吸器内科 4) 東京女子医科大学第 1 内科 5) 順天堂大学医学部呼吸器内科 6) GlaxoSmithKline, Worldwide Epidemiology JASCOM(Japan ASthma and COPD Management Fo- rum) (受付日平成 19 年 4 月 23 日) 日呼吸会誌 45(12),2007.

Upload: others

Post on 13-Feb-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

927

●原 著

要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査を実施した.45歳以上で喫煙歴を有し,COPD,慢性気管支炎,肺気腫のいずれかと診断されるか,または慢性気管支炎に合致する症状を有するという条件を満たす対象者 400 名を抽出した.これらの対象者に対し,背景,増悪期の事象,日常生活への影響,管理などに関する質問を行った.400 名のうち診断されていた人は 209 名(52%)で診断されていなかった人は 191 名(48%)であり,現喫煙率はそれぞれ 35.4%と 35.6%とほぼ同程度であった.400 名のうち 70%の患者は日常生活の制限を受けていたが,薬剤を使用している 157 名のうちガイドラインで薬物療法の中心として推奨している気管支拡張薬の吸入剤の使用率は 16%未満であった.この調査から,日本のCOPD患者は,多くが適切な診断と治療を受けていない実態が明らかとなり,ガイドラインの普及などによる一般臨床でのCOPD診断・管理の向上が急務であることが示唆された.キーワード:負担,慢性閉塞性肺疾患(COPD),診断,管理

Burden,Chronic obstructive pulmonary disease (COPD),Diagnosis,Management

緒 言

慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive PulmonaryDisease ; COPD)は,疾病による患者への負担(burden)が大きい疾患であると近年認識されている1).WHOによると,COPDの障害調整生存年(「死亡で失った年数」と「疾病によって負った障害年数」の和により,疾患による支障度を表す指標)は,2020 年には男女,全年齢におけるあらゆる疾患の中で 5番目にランク付けられるという見通しが報告されている1).2000 年に北米・欧州の 8カ国(米国,カナダ,英国,

フランス,ドイツ,オランダ,イタリア及びスペイン)において,COPDによる負担と管理の現状を把握する

ため,大規模な疫学調査であるConfronting COPD(C-COPD)調査が実施された2).この欧米版C-COPD調査では,45 歳以上の人口におけるCOPDの有病率が 3.2~5.4%と推計され,COPDは日常生活への制限や多額の医療費支出(急性増悪による事象,通院,治療)など社会経済に与える影響が大きいと報告されている.日本でもCOPDに関する大規模な疫学研究(Nippon COPDEpidemiology study;NICE study)が 2000 年に実施され,COPDの有病率やCOPD患者の人口統計学的特性など疫学的な結果が報告されているが3),欧米版C-COPD調査のような疾患による患者の負担に関する検討は,これまであまり行われていない.そこで今回,日本でのCOPDによる負担と疾患管理

の現状を明らかにするため,欧米版C-COPD調査と同様のランダムサンプル抽出法を用いて,日本版C-COPD調査を実施し,日本におけるCOPD管理の現状と問題点について検討した.

対象と方法

1.サンプル抽出及び対象この調査は,対象者選定のためのスクリーニング調査

と,その後対象者に対して実施した本調査の 2ステップ方式で実施した.全国 47 都道府県の人口構成比に準じ

日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大規模電話実態調査

―Confronting COPD Japan Survey―

一ノ瀬正和*1) 相澤 久道*2) 石坂 彰敏*3) 永井 厚志*4)

福地義之助*5) Hana Muellerova6) Martin Crane6)

〒641―8509 和歌山県和歌山市紀三井寺 811 番地1)和歌山県立医科大学内科学第 3講座2)久留米大学医学部第 1内科3)慶應義塾大学医学部呼吸器内科4)東京女子医科大学第 1内科5)順天堂大学医学部呼吸器内科6)GlaxoSmithKline, Worldwide Epidemiology*JASCOM(Japan ASthma and COPDManagement Fo-rum)

(受付日平成 19 年 4月 23 日)

日呼吸会誌 45(12),2007.

Page 2: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日呼吸会誌 45(12),2007.928

Table 1 The case definition for COPD in this survey

Following 3 conditions are satisfied:1. aged≧45 years2. a cumulative cigarette consumption of≧10 pack-years3. had been diagnosed with COPD, emphysema or chronic bronchitis, or whose symptoms fulfilled a definition of chronic bronchitis, i.e. “persistent coughing with phlegm or sputum from the chest for the last 2 years or more”

て合計 1万 5千件の固定電話の番号を選定し,各々の電話番号の下 2桁を乱数化して 1万 5千件の 20 倍(すなわち 30 万件程度)のスクリーニング調査用電話番号リストを作成した.2005 年 11 月~2006 年 2 月にかけてスクリーニング調

査用電話番号リストへランダムに電話をかけ,computer-aided telephone interview(CATI)により一般世帯に対して対象者選定のための調査を実施した.対象者選定の条件は,Table 1 のとおりである.調査を実施する中で,Table 1 の選定条件に合致した人が 1世帯に複数名いた場合,CATI がランダムにその中から対象者を 1名選択した.さらに,Table 1 の条件で選定された対象者に対して,

引き続き本調査を行った.本調査を実施するに当たり,本調査への参加は自由意

志によるものであり,個人情報の取り扱いには十分配慮することを対象者に対して事前に説明した.2.質問表の内容調査で使用した質問表の作成方法とその内容は,次の

とおりである.1)質問表の作成方法調査用の日本語版質問表を作成する目的で,欧米版C-

COPD調査2)で用いられた英語の質問表をもとに,順翻訳及び逆翻訳作業を行った.翻訳作業によって出来上がった質問表に対して,さらに日本呼吸器学会のCOPD診断と治療のためのガイドライン第 2版4)や文化特性,言語特性を加味して最終的に調査に使用する質問表を完成させた.2)質問項目スクリーニング調査では,COPDとは,1)「現在ある

いは過去に医療機関においてCOPD,慢性気管支炎,あるいは肺気腫」と診断されたもの,あるいは 2)最近3カ月間継続している臨床症状(咳嗽,喀痰,息切れ,及び咳嗽や息切れなどによる夜間の覚醒)を有するものを意味する.さらに,喫煙の状況に関する質問も行った.喫煙の状

況については,1日当たりの煙草の本数と毎日喫煙した年数をもとに喫煙量(pack-years で表す)を計算し,対象者選定の判断に用いた.加えて,対象者(本調査で上記の条件でCOPDとし

たもの)の背景(年齢,性別,診断名,合併症の有無など),臨床症状の程度(「毎日」,「ほとんど毎日」,「週に数日」,「月に数日」,あるいは「それ以下」の 5項目で回答),COPD急性増悪期の事象(入院,救急外来,予定外受診),日常生活への制限(「かなり制限されている」,「ある程度制限されている」,「多少は制限されている」,あるいは「全く制限されていない」の 4項目で回答),

COPD管理と治療の状況(通院先,薬物療法)に関する質問を行った.3.集計解析サンプルの代表性を考慮した対象者数を確保するた

め,誤差(α)5%,検出力(1-β)80%で事前に対象者数の計算を行い,本調査の目標解析対象者数を 400 名と設定した.なお,欧米版C-COPD調査2)で解析された対象者数も,各国それぞれ約 400 名であった.集計は,スクリーニング調査用及び本調査用の質問表

の両方をもとに,COPDの有病率,対象者の背景(年齢,性別,合併症)のほかに,喫煙の状況,過去 1年間に COPDの急性増悪が原因で起こった事象(入院,救急外来受診,あるいは予定外受診経験)の有無,通院の状況,治療薬の使用状況,日常生活への制限という項目について行った.なお,日本版C-COPD調査ではCOPD患者の現状を把握することが目的であるため,統計学的有意差検定や多変量解析は実施しなかった.集計解析には,Microsoft Excel 2003 及び SPSS for

Windows 11.5 J を用いた.

結 果

1.サンプル抽出281,023 回の電話調査のうち,スクリーニングに至っ

た協力世帯は 18,613 世帯であった.そのうち 45 歳以上で,COPD,慢性気管支炎,あるいは肺気腫と診断を受けたことのあるもの,もしくは咳嗽や息切れなどの臨床症状を有するものがいる世帯は 898 世帯であった.さらに喫煙条件(10 pack-years 以上)に合致しない世帯を除き,選定条件に合致した世帯は 497 世帯であった.この 497 世帯のうち回答拒否や回答が不完全であった 97世帯を除いた 400 世帯において,CATI が 1 世帯 1名になるように選択し,最終的に本調査における「COPDと推定される 400 名」を抽出した(Fig. 1).2.COPDの推定有病率45 歳以上のものがいる 14,745 世帯を母集団とした

COPDの推定有病率は,497 世帯(3.4%)であった.3.解析対象者の背景本調査の解析対象者であるCOPDと推定される 400

Page 3: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日本のCOPD患者の大規模電話実態調査 929

Fig. 1 Sampling strategy to find out the subjects in whom COPD is highly suspected.

Table 2 Demographic and clinical character-istics of included COPD subjects

n=400Subjects

AGE (yrs)%15.645-5424.855-6429.565-7430.375+

67.2±11.1Mean±SDGENDER %

76.0Male24.0Female

OTHER CONDITIONS % 5.2Arthritis14.5Asthma12.1Cancer or tumor13.9Diabetes 0.6Depression16.8Heart disease27.2Hypertension

SYMPTOMS SUBJECTS HAVE %36.5Coughing46.3Brought up phlegm30.5Shortness of breath13.8Awakened at night

名の背景をTable 2 に示す.平均年齢は 67.2±11.1(SD)歳で,239 名(59.8%)が 65 歳以上の高齢者で占められており,304 名(76.0%)が男性,96 名(24.0%)が女性であった.また,173 名(43.2%)の人が合併症を有しており,高血圧症が 47 名(27.2%),喘息は 25 名(14.5%)であった.さらに,最近 3カ月間に「毎日」あるいは「ほぼ毎日」

症状を有したものの割合は,400 名のうち咳嗽が 146 名(36.5%),喀 痰 が 185 名(46.3%),息 切 れ が 122 名(30.5%),夜間の覚醒が 55 名(13.8%)であった.本調査でCOPDと推定される 400 名の内訳は,慢性

気管支炎,肺気腫の診断名を受けた人がそれぞれ 86 名(21.5%),108 名(27.0%)であり,COPDの病名で診断されていたのは 15 名(3.8%)であった.残りの 191名(47.7%)は診断は受けておらず,咳嗽や息切れなどの臨床症状を有するものであった(Fig. 2-A).診断されていたものあるいはされていなかったものの

現喫煙率はそれぞれ 74 名(35.4%),68 名(35.6%)であった(Fig. 2-B).4.COPDによる患者の負担1)増悪期の事象過去 1年間に,COPDの増悪と考えられる事象(入

院,救急外来,あるいは予定外受診のいずれか)を経験していたものは,COPDと推定される 400 名のうち 78名(19.5%)であった.内訳はCOPD等と診断されていたものと,されていなかったものでほぼ同程度であった(Fig. 3-A).入院を経験したものは 400 名のうち 41 名(10.3%)で,その内訳は診断されていたもの 209 名中 24名(11.5%),診断されていなかったもの 191 名中 17 名(8.9%)であった.救急外来受診を経験したものは 400

名のうち 15 名(3.8%)で,内訳は診断されていたもので 5名(2.4%),診断されていなかったもので 10 名(5.2%)であった.予定外受診を経験したものは 400 名のうち 36 名(9.0%)で,内訳は診断されていたもので17 名(8.1%),診断されていなかったもので 19 名(9.9%)であった(Fig. 3-B).

Page 4: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日呼吸会誌 45(12),2007.930

Fig. 2 Analysis of subjects in whom COPD is highly suspected (n=400).

Fig. 3 Events due to exacerbation.

2)日常生活の制限7項目ある日常生活の制限に関する質問のうち,1項

目でも「かなり制限を受けている」,「ある程度制限を受けている」,あるいは「多少は制限を受けている」と回答した人の割合は,COPDと推定される 400 名のうち280 名(70.0%)であった(Fig. 4-A).項目別では,スポーツ・レクリエーションが 200 名(50.0%)と最も多

く,次いで普通の運動が 194 名(48.6%),社会活動,睡眠はそれぞれ 140 名(35.1%),164 名(41.0%)であった(Fig. 4-B).5.COPDの管理状況1)医療機関への通院状況COPDと推定される 400 名のうち「医療機関へ現在

通院していない」と回答したものは 126 名(31.5%)で,

Page 5: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日本のCOPD患者の大規模電話実態調査 931

Fig. 4 Limitation in activities of daily living due to respiratory condition (n=400).

Fig. 5 Doctor visit status for COPD-related symptoms (Proportion of subjects (%), n=400).

「現在通院している」と回答したものは 274 名(68.5%)であった(Fig. 5-A,B).現在通院していないと回答したもののうち,35 名(27.8%)は過去にCOPDと診断されていた(Fig. 5-A).現在通院していると回答したもののうち,174 名(63.5%)が COPDと診断されていた.現在通院していると回答したものについて医療機関別にみると,診断されていたもの 174 名では開業医・クリ

ニックが 70 名(40.2%),病院の内科 47 名(27.0%),病院の呼吸器専門医 47 名(27.0%)であった(Fig. 5-C).診断されていなかったもの 100 名では開業医・クリニックが 48 名(48.0%),病院の内科 32 名(32.0%),病院の呼吸器専門医 16 名(16.0%)であった(Fig. 5-D).2)治療の状況COPDと推定される 400 名のうち過去 1年間に

Page 6: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日呼吸会誌 45(12),2007.932

Fig. 6 Management status of COPD.

COPDに対する薬剤を使用していたものは,157 名(39.3%)であった.そのうち,診断されていたものは 108名,されていなかった人は 49 名であった.本邦及びGOLD(Global Initiative for Chronic Obstruc-

tive Lung Disease)ガイドライン4)5)で薬物療法の中心として推奨されている気管支拡張薬に関してみると,テオフィリンの使用率はCOPDと診断されたもの 108 名のうちでは 23 名(21.3%),されていなかったもの 49 名のうちでは 8名(16.3%)であった.短時間作用型 β2刺激薬,長時間作用型 β2刺激薬,及び抗コリン薬の吸入剤の使用率は,COPDと診断されていたもの 108 名のうちではそれぞれ 10 名(9.3%),13 名(12.0%),17 名(15.7%),診断されていかかった 49 名のうちではそれぞ れ 1名(2.0%),1名(2.0%),2名(4.1%)で あ った.吸入ステロイド薬(Inhaled Corticosteroid;ICS)の使用率は,診断されたもの 108 名のうちでは 18 名(16.7%),診断されていなかったもの 49 名のうちでは 6名(12.2%)であった(Fig. 6).

考 察

今回我々は日本におけるCOPDによる負担と管理の現状を把握するために,一般世帯に対する大規模電話アンケート調査を実施した.その結果,45 歳以上のCOPD推定有病率は 3.4%であった.一方,これまで日本で行われたCOPD罹患率に関す

る疫学調査,NICE study3)によると,COPDの有病率は40 歳以上で 8.5%と報告されており,我々の調査と異なっている.この違いは,NICE study が呼吸機能検査を行うことで閉塞性障害を判定しているのに対し,我々

の検討では,喫煙歴,症状,診断歴といった聞き取り調査だった点にあると考えられる.すなわち,NICE studyではより軽症COPDまで診断可能であり,今回の我々の調査では実際のCOPD患者数を過少診断してしまっていた可能性があると思われる.しかし,持続的な治療対象となるCOPD患者は有症状であることを考えれば4)5),今回の調査は,医療が必要なCOPD患者群の実数をより反映していると考えられる.今回サンプル抽出のために用いた方法はRDD(Ran-

dom digit dialing)法と呼ばれ,固定電話に加入している世帯をサンプルの母集団として,サンプル抽出と対象者へのアプローチが両方行える方法である.この調査のように,対象者への聞き取りだけでなく肺機能検査による確定診断が必要な疾患の場合,対象者の自己申告に頼らざるを得ないので情報収集にはおのずと限界があり,さらに得られた集計結果に対しても解釈には十分注意する必要がある.RDD法は各世帯に対して等しく抽出確率を有し,我国の固定電話の普及率が 96%(2000 年報告)であることを踏まえると,サンプルの代表性は高く,疫学的調査には有効であると考えられる6).今回の調査において,選定条件に基づいて抽出した対

象者 400 名の人口統計学的特性を検討したところ,約80%が男性で約 60%が 65 歳以上の高齢者であった.この結果はNICE study3)と同様で,日本ではCOPDは高齢者で男性に多い疾患であるという事実が今回の調査で改めて確認された.また,咳嗽,喀痰,及び息切れの臨床症状を最近もほぼ毎日有している対象者がそれぞれ30%以上おり,気管支や肺の慢性的炎症で臨床症状が続くことで患者の生活に支障を与えていると考えられ

Page 7: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日本のCOPD患者の大規模電話実態調査 933

た.この調査で,COPDと考えられる対象者の約 50%は

未診断である実態が明らかとなった.また,診断された群でも,COPDと診断された対象者は全体のわずか 4%に過ぎず,慢性気管支炎(全体の 21.5%)や肺気腫(全体の 27.5%)といった疾患名と比べてきわめて低い数字であった.これは,欧米版C-COPD調査2)で COPDと診断された割合が診断群全体の約 20%と報告されていることと比較しても,日本におけるCOPDという疾患名での診断率の低さを示すものと思われ,一般医療の場でのCOPDという疾患に対する関心,認知度が未だ不十分なことをあらわしていると考えられる.さらに着目すべき点は,診断群における現喫煙者の割

合である.COPDと診断されているにもかかわらず,現喫煙者の割合が約 35%と高率であることは臨床上極めて重大な問題である.高率である理由として考えられることは,ガイドラインにおいてCOPDの治療と管理の第一項目に挙げられている禁煙指導が全く行われていないか,あるいは指導が効果的ではないことである.そのため,COPD患者に対してGOLDガイドライン5)や日本呼吸器学会ガイドライン第 2版4)で紹介されている禁煙支援の基本戦略を参考にし,効率よく禁煙指導を実践することは重要であると考えられた.さらに,WHOによると日本の成人男性の喫煙者率は

52.8%(2002 年報告)7)と欧米に比べて依然高く,近年日本における 20~30 歳代の女性の喫煙者率が上がっている8).そのため,COPDの危険因子となっている喫煙が健康へ与える影響を,男女を問わず一般に対しても啓発していくことは大変重要であると思われた.COPDという疾患により患者が受けている負担に関

しては,本調査ではCOPDと考えられる患者の約 20%が入院などの増悪による事象を経験していたことが明らかとなった.これらの事象は医療費の増大につながり,特に入院は多額な医療費支出の要因とされている9).また,米国では喘息など他の肺疾患と比べてCOPDは多額の医療費が支出されていると報告されていることから10),日本においてもCOPDは他の肺疾患に比べて,大きな経済的負担となることが推測される.増悪はCOPDの病態の進行にともなって増加することから,この調査以前に入院などを経験していなくても,COPDが適切に診断されない限り,将来的には入院や救急受診することは十分に考えられる.さらに 70%の対象者がスポーツや日常の身体的活動,そして社会活動といった日常や社会生活で何らかの制限を受けている実態も明らかになり,COPDが患者にとって大きな負担となっていることが示唆された.また,COPD患者は普段から日常生活の制限について訴えることが少ないため,この

調査でわずかなケースでもQuality of life(QOL)低下が把握できたことは,大変意義があると考える.この調査において約 70%の対象者が医療機関に通院

中であったが,一方で呼吸器の専門医を受診していないことも明らかになり,その傾向は未診断群で顕著だった.さらに,過去 1年間の治療内容について見てみると,本邦及びGOLDガイドライン4)5)で COPDの薬物療法の中心として推奨している気管支拡張薬のうち,吸入剤の使用率は,診断群で 9~15%,未診断群で 2~4%と低かった.近年,薬物療法,特に吸入長時間作動型気管支拡張薬によりCOPD患者の臨床症状やQOLが改善すると報告されている11)~14)が,この調査結果からは,多くの患者がこれらの治療の恩恵を受けていない実態が窺えた.こういったCOPD患者の負担があっても,専門医への受診率が低い理由としては,COPDは病変が徐々に進行する疾患であるため,臨床症状が重篤であるという認識が,患者だけでなく,患者の周囲の人にも十分ではないことが挙げられる.よって,一般医療の現場でのさらなるCOPDの疾患啓発活動が重要であることが推察された.医療機関側の問題としては,COPDを適切に診断・

治療ができる医療機関が少ないことがよく挙げられるが,この調査でもプライマリー・ケアの段階で適切な診断を受けていない実態が示唆される結果となった.患者のQOL向上を目指すために,患者が早期に適切な診断を受け,早期に適切な治療や禁煙指導が受けられるようにプライマリー・ケア医にガイドラインの普及を図ることが今後の大きな課題であり,2006 年に改定されたCOPDの国際ガイドラインGOLDでもその点は特に強調されている5).以上述べたように,今回の検討でCOPDの患者に与

える日常生活の制限や増悪期の事象の実態を調査し,日本におけるCOPDによる負担と治療の実態を明らかにした.今回の結果から,患者のQOL向上のためにはまずCOPDの疾患啓発活動に取り組むとともに,禁煙指導を含めたCOPDの適切な診断と治療が行われるためにCOPDに関するガイドライン4)5)のますますの普及が急務であると考えられた.謝辞:この調査は,グラクソ・スミスクライン株式会社の助成により行なわれたものである.

引用文献

1)Pauwels RA, Buist AS, Calverley PM, et al. GOLDScientific Committee. “Global strategy for the diag-nosis, management, and prevention of chronic ob-structive pulmonary disease. NHLBI�WHO GlobalInitiative for Chronic Obstructive Lung Disease

Page 8: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日呼吸会誌 45(12),2007.934

(GOLD) Workshop summary.”. Am J Respir CritCare Med 2001 ; 163 : 1256―1276.

2)Rennard S, Decramer N, Calverley PMA, et al. Im-pact of COPD in North America and Europe in2000 : subjects’ perspective of Confronting COPDInternational Survey. Eur Respir J 2002 ; 20 : 799―805.

3)Fukuchi Y, Nishimura M, Ichinose M, et al. COPD inJapan : the Nippon COPD Epidemiology Study.Respirology 2004 ; 9 : 458―465.

4)日本呼吸器学会CODPガイドライン第 2版作成委員会.COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン(第 2版).メディカルレビュー社,2004.

5)Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Dis-ease Home page. (Accessed on 27th March 2007,http:��www.goldcopd.com)

6)島田喜郎.RDDサンプリングの理論と実践.マーケティング・リサーチ 2004 ; 97 : 53―62.

7)WHO地域別喫煙率(海外情報).厚生労働省の最新たばこ情報“たばこと健康”.健康・体力づくり事業財団Home page.(Accessed on 14th June 2007,http:��www.health-net.or.jp�tobacco�oversea�ov890000.html)

8)WHO男女別喫煙率(海外情報).厚生労働省の最新たばこ情報“たばこと健康”.健康・体力づくり事業財団Home page.(Accessed on 14th June 2007,http:��www.health-net.or.jp�tobacco�ladies�mr4000006.html)

9)Kessler R, Faller M, Fourgaut F, et al. Predictivefactors of hospitalization for acute exacerbations ina series of 64 patients with COPD. Am J Respir CritCare Med 1999 ; 159 : 158―164.

10)Sullivan SD, Ramsey SD, Lee TA. The economicburden of COPD. Chest 2000 ; 117 (2 Suppl) : 5S―9S.

11)Stockly RA, Chopra N, Rice L. Additional salmeterolto existing treatment in patients with COPD : a 12month study. Thorax 2006 ; 61 : 122―128.

12)Gross NJ. Anticholinergic agents in asthma andCOPD. Eur J Pharmacol 2006 ; 533 : 36―39.

13)Dougherty JA, Didur BL, Aboussouan LS. Long-acting inhaled beta 2-agonists for stable COPD. AnnPharmacother 2003 ; 37 : 1247―1255.

14)Vinchen W, van Noord JA, Greefhorst AP, et al. Im-proved health outcomes in patients with COPD dur-ing 1 yr’s treatment with tiotropium. Eur Respir J2002 ; 19 : 209―216.

Page 9: 日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の大 …927 原 著 要旨:日本における慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の負担と管理の現状を把握するため,大規模電話調査

日本のCOPD患者の大規模電話実態調査 935

Abstract

Chronic obstructive pulmonary disease (COPD) burden in Japan―Confronting COPD Japan survey―

Masakazu Ichinose*1), Hisamichi Aizawa*2), Akitoshi Ishizaka*3), Atsushi Nagai*4),Yoshinosuke Fukuchi*5), Hana Mullerova6)and Martin Crane6)

1)Wakayama Medical University2)Kurume University3)Keio University

4)Tokyo Women’s Medical University5)Juntendo University

6)GlaxoSmithKline, Worldwide Epidemiology*JASCOM (Japan ASthma and COPDManagement Forum)

To grasp the burden and management status of COPD in Japan, a large telephone survey was conducted. Ininitial screening 400 individuals�45 years were identified as either having been given a diagnosis of COPD or ful-filling criteria for their respiratory-related symptoms and smoking history (baseline population) and they were re-cruited for a detailed investigation (interview sample). They were asked about demographic information, exacer-bation, impact of COPD on daily life, and management and treatment. Of the 400 interview samples, 209 subjects(52%) had a diagnosis of COPD, and the remaining 191 ones (48%) were not, retrospectively. It was confirmed thatproportions of a current smoker in the COPD (35.4%) and non-COPD (35.6%) groups were almost at the samelevel. The use of inhaled bronchodilators, recommended by guidelines in 157 treated subjects, was 16% or less,whereas respiratory conditions affected daily activities in 70% of all the subjects. In conclusion, COPD in Japanesesubjects significantly affects daily life yet is undiagnosed ; there is a need to improve COPD diagnosis and man-agement by general practitioners through disseminating guidelines for diagnosis, management, and prevention ofCOPD in Japan.