なぜシミュレーション教育が a 必要なのか?c-1...
TRANSCRIPT
MEMO
2
Ⅰ.シミュレーション教育の基礎を知ろう!
A-1 変化する社会のニーズに応えるために
シミュレーション教育とは,模擬的な状況の中で,学習者としての個人やチー
ムが医療を経験し,その経験に基づいて,最善の医療を実践するにはどのよ
うな専門的な知識・技術・態度を備えていなければならないのかを,学習者
同士のディスカッションを中心に,関連資料を活用したり,指導者からのフィー
ドバックを参考にしながら医療者としての能力を向上していく教育です。
そのような教育がどうして近年導入されるようになったのでしょう? 大
きく分けて,次のような背景があると私は考えています。
すなわち,①社会の変化をいち早くとらえる「生涯学習する力」と,②社
会のニーズに合った医療を提供できる力(実践力)が問われるようになって
きたということです。
Aなぜシミュレーション教育が必要なのか?
■どのような場でも専門家として技術を提供できる力
本PDFの無断転載・配布を禁じます。
MEMO
3
A なぜシミュレーション教育が必要なのか?
私は看護師となって30年近くになりますが,わが国における医療を取り
巻く環境は,私が看護学校を卒業した頃からは大きく変わりました。
医学や科学の進歩に伴って,提供する医療は高度化しています。また,少
子・超高齢社会の進展,在院日数の短縮化などによって,医療機関や施設,
在宅と,看護を提供する場も広がりをみせています。さらに,個人が望む生
活の質や生き方といった価値観も多様化しています。このような変化の中で
私たち看護師は,医療を必要としている人々の要望に沿って,安全や倫理を
踏まえた最善の医療を,他職種と連携をとりながら提供していかなければな
らなくなってきました。
そのためには,学生のときから「生涯にわたって」常に時代や社会の変化
をとらえて自ら研鑽していくことが必要となります。私たちは,看護の経験
年数を問わず自らを常に振り返り,専門職者としての知識や技術を磨かなけ
ればなりません。
看護を実践する力は経験と研鑽を積むことで高まっていきます。「息が苦
しい」と訴える喘息の患者さんに対して,経験1年目の看護師ができること
息が苦しい
苦しいですね
枕を抱えて
座ってみましょうか?
ゆっくり息をして…
痰は出そうですか?
お水は飲めそうですか?
大丈夫ですよ
すぐに吸入をしましょうね
喘息の発作?
先輩に報告しよう
呼吸回数,呼吸音,脈拍数,血圧,SpO2 を観察して…
息が苦しい
表情,会話,呼吸の型,胸郭の動き,呼吸回数,呼吸音,脈拍数,皮膚の湿潤,チアノーゼの有無,体位,食事との関係,血圧,SpO2…→「喘息中発作!リーダーに報告しよう!」
■実践力は経験と研鑽で高められる
本PDFの無断転載・配布を禁じます。
MEMO
12
Ⅰ.シミュレーション教育の基礎を知ろう!
C-1 評価と学習:大切な2つの側面
臨床を模擬的に想定して体験から学ぶシミュレーション教育には2つの側
面があります。1つは実際の患者さんの前では評価できない実践力を評価す
るという側面です。技術試験や客観的臨床能力試験(Objective Structured
Clinical Examination:OSCE)などがそれにあたります。このシミュレーショ
ンにおいて,受験者は,失敗しないようにうまくやらなければ高得点になり
ません。もう1つは,想定した環境でシミュレーションを行って,そこで起
きたことや考えたことを振り返って知識や技術をより深く学ぶという学習の
側面です。この場合には,学習者はシミュレーションでいっぱい失敗してよ
いのです。失敗を振り返ることで学びが深まります。
シミュレーション教育を企画する場合には,この2つのどちらを行うのか
をはっきりさせておきましょう。
Cシミュレーション教育を企画する前に知っておきたい基本
■シミュレーション教育の2つの側面
本PDFの無断転載・配布を禁じます。
MEMO
13
C シミュレーション教育を企画する前に知っておきたい基本
C-2 シミュレーションによる学習の種類
シミュレーションによる学習は,図Ⅰ-3のように大きく3つに分かれます。
①タスクトレーニング 注射や採血などの技術のトレーニングです。手順を記憶して指導者の前で
正しく行えるだけでなく,どのような条件下でも技術が安全・正確に実施で
きるようになるまで反復するトレーニングとなります。
②アルゴリズム・ベースド・トレーニング 危機的な状況下で医療の質を確保するためのトレーニングで,一次救命処
置(basic life support:BLS)に代表されます。救命率を向上させるために
決められた手順(アルゴリズム)に基づいた対応ができることを目指すトレー
ニングになります。
③シチュエーション・ベースド・トレーニング 臨床で遭遇する患者さんの状態や状況を取りあげて看護を提供していくと
いう,状況に基づいたシミュレーションです。実際の臨床を取りあげて問題
を解決していく思考過程のトレーニングを行うことで,チーム連携の強化な
ど実践に活かせる学習が可能となります。急変場面のみでなく,患者さんへ
シチュエーション・ベースド・トレーニング
タスクトレーニング
アルゴリズム・ベースド・トレーニング
日常の病棟での観察,患者への説明,家族への対応,お焼香,排泄介助,軽い状態変化の観察など
吸引,体位変換,注射,清潔ケアなどの看護技術手順に沿って行うもの
ガイドラインに沿った心肺蘇生の訓練
図Ⅰ-3●トレーニングの種類
本PDFの無断転載・配布を禁じます。
MEMO
96
Ⅲ.シミュレーション教育の指導のコツ
シミュレーション教育における指導者は,学習者がこの教育を通して専門
性の高い知識に裏打ちされた看護実践力を向上させ,また,看護観を深めて
いくことを支援する役割を担います。そのためには,「教える」のではなく,
学習者と「ともに学び」,学習者の「気づきを引き出す」かかわり方を身に
つけなければならないでしょう。実は指導者自身の看護観,物の見方,人の
育て方を問われているのかもしれません。
シミュレーション教育での指導者に求められるスキルをまとめます。図
Ⅰ-1(p.6)で示した,「看護師に必要な能力」にも通じるものがあること
にお気づきになるかと思います。
Eシミュレーション教育の指導者に求められるスキルとは
①臨床でシミュレーションの素材を見つけるセンスと,それを教材化する力
②学習者のレディネスやニーズに基づいてシナリオをデザインする力
③学習環境の設営,シミュレータなどの教材,模擬患者などをコーディネートする力
④学習者のシミュレーションでの集中力を持続させ,やる気を引き出す支援力
⑤シミュレーションの場を盛り上げてリアリティを促進する演技力や表現力
⑥デブリーフィングで学習者の議論を促す対話力
⑦指導者・他職種の医療者との円滑なコミュニケーションを図る力
⑧自らの作成したシナリオと指導を客観的に振り返り,さらによくしようとする力
本PDFの無断転載・配布を禁じます。
MEMO
97
E シミュレーション教育の指導者に求められるスキルとは
指導のスキルに関する Q&A
21ファシリテーターのトレーニングとして,何をしたらよいですか?A 研修に参加したり,シミュレーションセンターでシナリオを作成したり
するとよいでしょう。私の施設でも,行った研修を録画して,多くの指導者らとともに指導方法を評価しながら振り返り,改善策を毎回立てています。自分の作成したシナリオを実施してみて,それを振り返ることが指導者としてのトレーニングになります。
22ファシリテーターの力量によって,学習者の成果に差が出ませんか?
A 言葉の選び方,目標の立て方などによって,教育の質を一律にできないことは確かにあります。ただし,私はファシリテーターの力量の差は永遠にあると思いますし,それがよい場合もあると思っています。指導の最低限の内容や指導方法について,アウトラインシートやデブリーフィングガイドシートを使って共有すれば,学習に大きな差がつかなくなるでしょう。
23同質のデブリーフィングができるようになるには,指導者間の情報共有をどのようにすればよいですか?
A シナリオができたら,ファシリテーターの間でαテストを行いましょう。自分のデブリーフィングをみてもらって意見をもらうなど,指導内容をお互いに評価し合えるようになるとよいですね。事前準備は大変ですが,どんなデブリーフィングを目指しているのかを共有し合う時間をできるだけ作り,実施したことを録画して振り返ると力がつきます。
241年次でできていた血圧測定が3年次にできなくなるのは,シミュレーションの方法が悪いのでしょうか?
A テストのためだけに覚えた手順など,すぐに忘れて当たり前です。3年次でもしっかりできるようにしたいのであれば,血圧を測定する機会を増やさなければならないでしょう。あるいは,忘れるのも当たり前と思って,再度学習するように促すかです。私は,忘れていたら,もう一度思い出す時間を提供して学習させてもよいと思っています。はじめて覚えた1年次の頃よりは,思い出すのも早いでしょう。そのうち実習が始まり,看護師となって毎日測定していたら,数年間ブランクがあってもすぐ,前のようにできるようになります。学生時代は完璧を求めず,忘れることを許容して繰り返し付き合うのも,指導者・教員の役割だと思っています。
Q
Q
Q
Q
本PDFの無断転載・配布を禁じます。