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若手任期付研究員支援 事後評価 「NMR 法による Transthyretin のアミロイド 形成機構の解明」 任期付研究員氏名:水口 峰之 研究期間:平成13年 月~平成18年3月

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  • 若手任期付研究員支援 事後評価

    「NMR 法による Transthyretin のアミロイド

    形成機構の解明」

    任期付研究員氏名:水口 峰之

    研究期間:平成13年10月~平成18年3月

  • NMR法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究計画の概要 p.1

    研究成果の概要 p.4

    研究成果の詳細報告

    1. Transthyretin 大量発現系の構築と発現・精製 p.10

    2. Transthyretin 変性状態の NMR による構造解析 p.13

    3. Transthyretin 変異体の安定性・構造解析

    3.1. 家族性アミロイドポリニューロパシー関連変異体と非アミロイド原性変異体の安定性・構造解析 p.19

    3.2. DE-loopにおけるアミロイド原性変異がTransthyretin立体構造に与える影響 p.24

    4. Transthyretin 変性中間体の NMR による構造解析 p.29

    5. Transthyretin 変異体の細胞毒性に関する研究

    5.1. 培養神経細胞の生存度に対するTransthyretin 変異体の効果 p.34

    5.2. Transthyretin 変異体による神経細胞死の解明 p.36

    5.3. 細胞毒性を示す分子種ができる仕組みの解明 p.38

    成果の発表 p.42

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究計画の概要

    ■ プログラム名

    若手任期付研究員支援 事後評価

    ■ 研究課題名

    NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    ■ 任期付研究員氏名(所属研究機関名・役職)

    水口 峰之(国立大学法人富山大学 大学院医学薬学研究部・助教授)

    ■ 研究期間及び研究総経費 (金額単位:百万円)

    研究期間:5年, 研究総経費:58 百万円

    ■ 研究の趣旨 (研究を実施した背景、必要性、目的、目標等を記入してください)

    Transthyretin (TTR)は、アミロイド線維となって生体内に蓄積することで老人性全身アミロイドーシス(SSA)や家族性アミ

    ロイドポリニューロパシー(FAP)を引き起こす。SSA は野生型 TTR からなるアミロイド線維によって、FAP は TTR の点変異

    体がアミロイド線維となって蓄積することが原因である。これまでに行われた研究により、TTR がアミロイド線維となるには、

    部分的に立体構造が壊れたアミロイド中間体になってから凝集すると考えられている。また、FAP は、TTR の点変異が天然

    構造を不安定化しアミロイド中間体が形成しやすくなることに由来すると考えられている。しかしながら、これまで、アミロイド

    線維形成に伴う立体構造変化や FAP 変異による TTR の不安定化について完全には解明されてはいなかった。本研究の

    目的は、核磁気共鳴(NMR)法などの物理化学的手法を用いて、TTR のアミロイド形成機構を分子・原子レベルで明らかに

    することである。

    ■ 研究経緯の要旨

    1. 研究計画及び研究成果の要旨

    本研究は、Transthyretin (TTR)の大量発現系を構築し、その立体構造解析と安定性解析からアミロイド形成機構につい

    て分子・原子レベルで解明する。具体的な研究計画は、TTR 変性状態の構造解析、TTR 変異体の安定性・構造解析、

    TTR変性中間体の構造解析を行う。さらに、これらの研究基盤を活かして、TTR変異体の細胞毒性に関する研究を行う。こ

    れは、TTR の構造解析や安定性解析に関する研究成果を病態解明へと結びつけるために有用な研究になると期待され

    る。

    研究成果に関しては、まず TTR の発現・精製方法を大きく改善することに成功したことがあげられる。これは、本研究プロ

    ジェクトを推進するのに必要不可欠な研究成果であった。TTR 変性状態の解析という点では、TTR 部分配列について変性

    構造を決定することに成功し、アミロイド線維や天然構造中でのコンフォメーションとの違いを明確に示すことができた。

    TTR 変異体の安定性・構造解析に関しては、FAP 発症に関与する様々な変異体を作製し、立体構造の不安定化をタンパ

    ク質構造から解明した。この中で、S112I 変異体が生理的条件下で二量体として存在し球状凝集物になるなど、いくつかの

    興味深い研究成果を得ることに成功している。さらに、TTRの細胞毒性に関して研究し、球状凝集物になるS112Iが培養神

    経細胞の生存度を低下させ、アポトーシス様の細胞死を引き起こすことを明らかにした。

    2. 中間評価の要旨 (中間評価時の「今後の進め方」:b)

    中間評価では、任期付研究員自らのアイディアに基づいて概ね自立した研究が行われているとの評価であった。中間

    評価時点で、TTR 変異体について大腸菌での作製に成功し、その作製法を論文で発表するなど、研究の進捗状況は概

    1

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    ね順調であるとの見解であった。研究成果の情報発信に関しても、国内外への発信が概ね行われていると評価された。

    一方、中間評価時点で、アミロイド線維形成と立体構造の NMR 解析結果との相関性が不明確であるとの意見があり、具

    体的な方向性が見えるような研究展開が期待された。この点では、評価後に TTR の部分配列についてアミロイドになる前

    の立体構造を解明することに成功し、アミロイド線維形成に伴うコンフォメーション変化を明確に示すことに成功した。また、

    FAP 変異によって二量体-二量体相互作用部位の不安定化が起きることを明らかにするなど、変異に伴う立体構造変化と

    FAP 発症との関係についての研究成果を得た。これらの研究では、V30M や L55P の構造解析とも比較検討し、FAP 変異

    と動的構造安定性について有用な情報を得ることができた。

    また、中間評価時点で、アミロイドーシスのメカニズムについて in vitro の実験系を駆使して解明するという方向性は評価

    されたものの、今後は病態解明に還元する成果を期待するとの意見もあった。同時に、多くのアミロイドーシスとの関係を考

    慮した方法的基盤を再検討することが望まれた。この点では、採用時の研究計画を見直し、アミロイド形成阻害ペプチドの

    開発に進むことを取りやめ、TTR 変異体の神経細胞障害性の解明に取り組んだ。FAP 発症の原因となる変異と神経細胞

    死について研究を行い、TTR 変異体が球状凝集物となってアポトーシス様の細胞死を起こすなど、興味深い研究成果を

    得た。また、アルツハイマー病などのアミロイドーシスでも球状凝集物がアポトーシス様細胞死を起こすと報告されているこ

    とから、このことは、FAP と他のアミロイドーシスで共通の発症機構が存在する可能性を示唆する興味深い結果であった。

    以上のことから、本研究プロジェクトは、中間評価の内容を考慮して研究することで十分な成果を得たとみなすことができ

    る。

    2

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    3

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の概要

    ■ 研究成果の要旨 (研究成果の内容を要約し記入してください)

    Transthyretin (TTR)は、アミロイド線維となって生体内に蓄積することで老人性全身アミロイドーシス(SSA)や家族性アミ

    ロイドポリニューロパシー(FAP)を引き起こす。本研究の目的は、核磁気共鳴(NMR)法などの物理化学的手法を用いて、

    TTR のアミロイド線維形成機構を分子・原子レベルで明らかにすることである。

    本研究では、TTR の発現・精製方法を大きく改善することに成功し、TTR を大量に発現・精製する方法を確立した。また、

    TTR 部分配列について変性構造を決定し、アミロイド線維や天然構造中でのコンフォメーションとの違いを明確に示すこと

    に成功した。また、これまでアミロイド線維にならないと考えられていた TTR のモルテングロビュール様構造がアミロイド様凝

    集体になることも発見した。TTR 変異体の安定性・構造解析に関しては、FAP 発症に関与する様々な変異体を作製し、立

    体構造の不安定化をタンパク質構造や動的安定性から解明した。研究した FAP 変異体の一つである S112I 変異体に関し

    て、この変異体が生理的条件下で二量体として存在し球状凝集物になるなど、いくつかの興味深い研究成果を得た。さら

    に、TTR の細胞毒性に関して研究し、球状凝集物になる S112I 変異体が培養神経細胞の生存度を低下させ、アポトーシス

    様の細胞死を引き起こすことを明らかにした。

    ■ 研究目標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① Transthyretin 大量発現系の構築と発現・精製

    ② Transthyretin 変性状態の NMR による構造解析

    ③ Transthyretin 変異体の安定性・構造解析

    ④ Transthyretin 変性中間体の NMR による構造解析

    ⑤ アミロイド形成阻害剤の設計と解析

    ⑤については、中間評価において、in vitro の研究成果を病態発症の解明に結びつける研究に変えるべきとの意見であ

    ったため以下の研究項目に変更した。

    (変更後の目標)

    ⑤ Transthyretin 変異体の細胞毒性に関する研究

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させてその結果を箇条書きで記入してください)

    ① Transthyretin(TTR)を大量に得ることを可能とする大腸菌を利用した発現システムを構築することに成功した。

    ② TTR 部分配列の変性構造を NMR で決定し、立体構造変化とアミロイド線維形成についての知見を得た。また、部分

    配列のアミロイド線維形成が核依存的重合モデルでよく表されることを示した。

    ③ 家族性アミロイドポリニューロパシー(FAP)の原因となる Y114H および Y116S 変異は、二次構造、三次構造、四次構

    造の全てを不安定化することを明らかにした。FAP を発症させない Y116V 変異は、四次構造安定性に影響しないが、

    二次構造と三次構造を顕著に安定化することを示した。L58H、L58R、T59K、E61K 変異は G ストランドと AB ループ

    領域を特に不安定化させ、四次構造レベルでは、二量体-二量体相互部分を不安定化することがわかった。

    ④ 野生型 TTR が、pH 2.0、37oC の条件でアミロイド様凝集物になること示し、アミロイド様構造となるには水素結合によ

    って安定化されていない揺らぎの大きな構造になってから凝集することを明らかにした。

    ⑤ FAP 発症に関与する S112I や Y116S 変異体が培養神経細胞の生存度を低下させることを明らかにした。また、神経

    細胞死がアポトーシス様の細胞死であることを示した。さらに、非天然の三次構造をもつ二量体構造が球状凝集物と

    なって凝集することを明らかとし、球状凝集物と神経細胞死との関連を示す結果を得た。

    4

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    ■ 科学的・技術的価値 (研究の創造性や独創性、得られた成果の世界的な価値について、具体的な事例を

    挙げて客観的に記入してください)

    本研究の目的は、核磁気共鳴(NMR)法などの物理化学的手法を用いて、Transthyretin(TTR)のアミロイド線維形成機

    構を分子・原子レベルで明らかにすることである。研究の結果、TTR 部分配列について変性構造を決定し、アミロイド線維

    や天然構造中でのコンフォメーションとの違いを明確に示すことに成功した。これまで、他のアミロイドタンパク質の研究に

    おいてもアミロイド線維になる前後の立体構造を原子レベルで解明した研究はほとんどないことから、TTR アミロイドの研究

    だけでなく、アミロイド形成機構の一般原理を解明する上でも重要な研究になると期待できる。また、本研究は、これまでア

    ミロイド線維にならないと考えられていた TTR のモルテングロビュール様構造がアミロイド様凝集体になることも発見した。こ

    れらの結果は、TTR のアミロイド形成機構を理解する上で非常に重要な知見である。さらに、FAP 変異体の一つである

    S112I 変異体に関して、この変異体が生理的条件下で二量体として存在し球状凝集物になるなど、いくつかの興味深い研

    究成果を得た。同時に、FAP 発症の原因となる変異と神経細胞死について研究を行い、球状凝集物になる S112I が培養

    神経細胞の生存度を低下させ、アポトーシス様の細胞死を引き起こすことを明らかにした。近年、アルツハイマー病などの

    アミロイドーシスでも球状凝集物がアポトーシス様細胞死を起こすと報告されていることから、このことは、FAP と他のアミロイ

    ドーシスで共通の発症機構が存在する可能性を示唆する興味深い結果であった。

    ■ 科学的・技術的波及効果について (研究成果にどのような波及効果が期待されるか記入してください)

    本研究では、TTR の発現・精製方法を大きく改善することに成功し、TTR を大量に発現・精製する方法を確立した。これ

    は、本研究プロジェクトのみにとどまらず、TTR のアミロイド線維に関する研究を促進する効果があると期待される。また、

    TTRのモルテングロビュール状態がアミロイド様凝集物になることを示すなど、これまでとは違う考えをいくつか提案できた。

    TTR 変異体が球状凝集物となって神経細胞死を起こすこともその一つで、今後の TTR アミロイドの研究に影響を与える可

    能性も考えられる。

    ■ 研究計画について (研究計画の妥当性や予算配分、状況を踏まえた計画の変更等について記入してくだ

    さい。)

    研究 1 年目の目標は、Transthyretin 大量発現系の構築と発現・精製であり、その後の in vitro 研究の基盤をなすもので

    ある。NMR による TTR の構造解析や安定性解析は研究 2 年目以降に行った。最終年度で、それまでの in vitro 研究を病

    態解明へと結びつける研究に着手し、いくつかの重要な成果を得た。予算配分に関しては、研究プロジェクトの前半に研

    究に必要な備品を購入することで研究設備の整備を行い、研究の後半は予算のほとんどを消耗品の購入に使用した。ま

    た、中間評価の結果を受けて一部研究計画の見直しを行った結果、研究プロジェクト開始時の予定よりも興味深い結果が

    いくつか得られた。以上より、研究計画や予算配分は妥当であり、適切な計画変更もできたと考える。

    ■ 今後の発展方向、改善点等

    本研究では、in vitro の研究によって Transthyretin のアミロイド形成について研究し、いくつかの重要な研究成果を得る

    ことに成功した。今後は、このような研究成果を老人性全身アミロイドーシスや家族性アミロイドポリニューロパシーの病態解

    明に結びつけることが重要である。また、本研究によって、TTR の NMR 解析に関して一定以上の基盤は整ったと考えられ、

    今後は構造を認識する低分子化合物のスクリーニングに応用するなどの視点を加えていくことが重要である。

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  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    3. 所要経費

    (直接経費のみ記入してください)

    所要経費

    研 究 項 目 担当機関等 研 究

    担当者 H13

    年度

    H14

    年度

    H15

    年度 合計

    1. Transthyretin 大量発現系の構築と

    発現・精製

    2. Transthyretin 変性状態の NMR によ

    る構造解析

    3. Transthyretin 変異体の安定性・構

    造解析

    (1) 家族性アミロイドポリニューロパシ

    ー関連変異体と非アミロイド原性変

    異体の安定性・構造解析

    (2) DE-loop におけるアミロイド原性変

    異が Transthyretin 立体構造に与

    える影響

    4. Transthyretin 変性中間体の NMR に

    よる構造解析

    5. Transthyretin 変異体の細胞毒性に

    関する研究

    (1) 培養神経細胞の生存度に対する

    Transthyretin 変異体の効果

    (2) Transthyretin 変異体による神経細

    胞死の解明

    (3) 細胞毒性を示す分子種ができる仕

    組みの解明

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    7.4

    5.3

    4.0

    4.0

    1.1

    2.0

    2.0

    2.0

    7.4

    6.4

    6.0

    6.0

    2.0

    所 要 経 費 (合 計) 7.4 13.3 7.1 27.8

    (単位:百万円)

    6

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    (直接経費のみ記入してください)

    所要経費

    研 究 項 目 担当機関等 研 究

    担当者 H16

    年度

    H17

    年度 合計

    1. Transthyretin 大量発現系の構築と

    発現・精製

    2. Transthyretin 変性状態の NMR によ

    る構造解析

    3. Transthyretin 変異体の安定性・構

    造解析

    (1) 家族性アミロイドポリニューロパシ

    ー関連変異体と非アミロイド原性変

    異体の安定性・構造解析

    (2) DE-loop におけるアミロイド原性変

    異が Transthyretin 立体構造に与

    える影響

    4. Transthyretin 変性中間体の NMR に

    よる構造解析

    5. Transthyretin 変異体の細胞毒性に

    関する研究

    (1) 培養神経細胞の生存度に対する

    Transthyretin 変異体の効果

    (2) Transthyretin 変異体による神経細

    胞死の解明

    (3) 細胞毒性を示す分子種ができる仕

    組みの解明

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    富山大大学大学院

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    水口 峰之

    1.5

    1.4

    5.0

    1.0

    3.2

    2.2

    2.8

    1.5

    1.4

    5.0

    4.2

    2.2

    2.8

    所 要 経 費 (合 計) 8.9 8.2 17.1

    (単位:百万円)

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  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    4, 使用区分

    (直接経費のみ記入してください)

    サブテーマ1 サブテーマ2 サブテーマ3 計

    設備備品費 4.1 0 6.8 10.9

    試作品費 0 0 0 0

    消耗品費 3.0 6.4 8.1 17.5

    人件費 0 0 0 0

    その他 0.3 0 0 0.3

    計 7.4 6.4 14.9 28.7

    (単位:百万円)

    サブテーマ4 サブテーマ5 計

    設備備品費 0 0 0

    試作品費 0 0 0

    消耗品費 7.0 9.2 16.2

    人件費 0 0 0

    その他 0 0 0

    計 7.0 9.2 16.2

    (単位:百万円)

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  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    5. 研究成果の発表状況 (本振興調整費による成果に限り記入してください)

    ■ 研究発表件数

    原著論文による発表 (査読付き)

    左記以外の誌上発表 口頭発表 合 計

    国 内 0 件 0 件 5 件 5 件

    海 外 6 件 0 件 1 件 7 件

    合 計 6 件 0 件 6 件 12 件

    ■ 特許等出願件数

    該当なし

    ■ 受賞等

    該当なし

    ■ 主な原著論文による発表 (査読制度のある雑誌への投稿論文に限る)

    国内誌(国内英文誌を含む)

    該当なし

    海外誌

    1) Takeuchi, M., Mizuguchi, M., Kouno, T., Shinohara, Y., Aizawa, T., Demura, M., Mori, Y., Shinoda H. and Kawano, K. 「Destabilization of transthyretin by pathogenic mutations in the DE loop.」 PROTEINS: Structure, Function, and Bioinformatics, (submitted, 2006).

    2) Marchesini, G. R., Meulenberg, E., Haasnoot, W., Mizuguchi, M. and Irth, H. 「Biosensor recognition of thyroid-disrupting chemicals using transport proteins.」 Analytical Chemistry, 78(4), 1107-1114 (2006).

    3) Sato, T., Ando, Y., Susuki, S., Mikami, F., Ikemizu, S., Nakamura, M., Suhr, O., Anraku, M., Kai, T., Suico, M. A., Shuto, T., Mizuguchi, M., Yamagata, Y. and Kai, H. 「Chromium (III) ion and thyroxine cooperate to stabilize the transthyretin tetramer and suppress in vitro amyloid fibril formation.」 FEBS Letters, 580(2), 491-496 (2006).

    4) Matsubara, K., Mizuguchi, M., Igarashi, K., Shinohara, Y., Takeuchi, M., Matsuura, A., Saitoh, T., Mori, Y., Shinoda H. and Kawano, K. 「Dimeric transthyretin variant assembles into spherical neurotoxins.」 Biochemistry, 44 (9), 3280-3288 (2005).

    5) Shinohara, Y., Mizuguchi, M., Matsubara, K., Takeuchi, M., Matsuura, A., Aoki, T., Igarashi, K., Terada, Y. and Kawano, K. 「Biophysical analyses of the transthyretin variants, Tyr114His and Tyr116Ser, associated with familial amyloidotic polyneuropathy.」 Biochemistry, 42 (51), 15053-15060 (2003).

    6) Matsubara, K., Mizuguchi, M. and Kawano, K. Expression of a synthetic gene encoding human transthyretin in Escherichia coli. Protein Expression and Purification, 30 (1), 55-61, (2003).

    ■ 情報発信(Web 公開等)

    該当なし

    9

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    1. Transthyretin 大量発現系の構築と発現・精製

    ■ 要 旨 (研究内容及び研究成果の要約を記入してください)

    Transthyretin(TTR)のアミロイド線維は、老人性全身アミロイドーシスや家族性アミロイドポリニューロパシーを引き起こす

    と考えられている。TTR を高効率で発現するプラスミドを作製することに成功した。8 本の合成 DNA を組み合わせ、PCR で

    増幅することによって作製した TTR 遺伝子を大腸菌用発現ベクターに組み込んだ。作製した発現ベクターを使って大腸菌

    M15 を形質転換し、TTR を His-tag 融合タンパク質として発現させた。His-tag と Ni2+イオンとのアフィニティーを利用して、

    一段階で精製した TTR は高純度であり、かつ培地 1 リットルあたり 130 mg 得ることに成功した。His-tag 付 TTR は中性の

    pH では四量体として存在し、酸性 pH ではアミロイド様の凝集物を形成した。本研究成果は、TTR の物理化学的、構造生

    物学的研究を促進する上での基盤となった。

    ■ 目 的 (研究を実施した目的を記入してください)

    TTR の物理化学的、構造生物学的研究を行うには、目的タンパク質を高効率で大量に発現・精製することを可能とする

    システムの構築が不可欠である。そのために、本研究では、TTR を大量に得ることを可能とする大腸菌発現システムの構

    築を行った。

    ■ 目 標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① Transthyretin 大量発現系の構築と発現・精製

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させて簡素に箇条書きで記入してください)

    ① Transthyretin を大量に得ることを可能とする大腸菌を利用した発現系を構築することに成功した。

    ■ 研究方法 (試験研究の実験手法等を記述して下さい)

    TTR のアミノ酸配列をコードする DNA を 8 本に分けて合成した。この際、DNA は大腸菌で最も高頻度で現れるコドンで

    作製した。8 本の DNA(fTTR-1F, fTTR-1R, fTTR-2F, fTTR-2R, fTTR-3F, fTTR-3R, fTTR-4F, fTTR-4R)を順番に

    Annealing および Ligation することによって TTR をコードする DNA を作製した。PCR によって増幅した後、BmaHI と HindIII

    制限酵素サイトを使って、大腸菌用発現ベクターpQE30 に目的 DNA を組み込んだ(図‐1)。

    図-1 Transthyretin 発現ベクター(pQE30-TTR)の作製。

    10

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ■ 研究成果の内容 (研究の成果を簡潔かつ具体的に記述して下さい)

    作製した pQE-TTR ベクターによって大腸菌 M19 を形質転換し 37oC で培養し、IPTG を加えることによって TTR の発現

    を誘導した。遠心分離によって大腸菌を収集し、超音波処理することによって大腸菌を破砕した。SDS-PAGE で確認すると

    TTR は可溶性画分に存在していた(図‐2)。6)

    本研究によって作製した pQE30-TTR ベクターは TTR の N 末端に His-tag を付加した状態で発現する。そこで、TTR を

    His-tag と Ni2+イオンのアフィニティーを利用して精製した。SDS-PAGE 等で確認したところ、N2+イオンとのアフィニティー精

    製によって、一段階で高純度のタンパク質を得ることができることを示した(図‐2)。LB 培地 1 リットルあたり 130 mg の TTR

    を得ることに成功した。6)

    発現・精製した TTR を使ってゲルろ過クロマトグラフィーを行い、中性 pH で四量体構造となっていることを確認した(図‐

    3)。また、アミロイド線維に結合して蛍光を示す Thioflavin-T を使って、酸性 pH においてアミロイド様凝集物を形成すること

    を示した(図‐4)。6)

    ■ 考 察 (研究成果からの考察を記入して下さい)

    TTR を大腸菌で発現する方法については、これまでに数例報告されている。本研究において構築された発現・精製シス

    テムは、TTR の発現量と精製方法に関して、これまで報告されているシステムよりも優れている点が二つある。まず、本シス

    テムでは LB 培地 1 リットルあたり 130 mg 以上得ることが可能であるが、これは、以前に報告されている収量の 25 倍以上で

    図-2 Transthyretin の SDS-PAGE。1, 分子量マーカー; 2,超音波処理前の大腸菌; 3,超音波処理後の上清画分; 4,Ni2+アフィニティーカラムによる精製でのフロースルー;5,Ni2+アフィニティーカラムによる精製後のサンプル。D は二量体、M は単量体のバンドを表す。

    図-3 Transthyretin のゲルろ過クロマトグラフィー。(A) BSA (67 kDa);(B) ovalbumin (43 kDa) ;(C) myoglobin (20 kDa) ;(D) hen lysozyme。

    図-4 酸性 pH における Transthyretin のアミロイド様凝集物の形成。アミロイド線維に結合する Thioflavin-T を用いて、蛍光強度の時間変化を追跡した。

    11

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ある(参考文献 1)。高発現を実現した要因はいくつかあると考えられるが、その一つは、大腸菌に最適なコドンを利用して

    TTR の DNA を作製したためであろうと予想される(参考文献 2)。また、本システムは一段階の精製で高純度の TTR を得る

    ことができ、この点においても他の発現・精製システムよりも優れている。

    ■ 今後の発展方向、改善点等

    本研究で作製した TTR の発現・精製システムは、本研究プロジェクトのみならず、TTR のアミロイド線維形成についての

    物理化学的研究、構造生物学的研究を推進する上で大きく貢献するものと期待される。TTR のアミロイド形成機構解明に

    向けて、本システムを用いた国内外の研究者との共同研究を積極的に推進していくべきである。2,3)

    ■ 参考(引用)文献

    1) Furuya H, Nakazato M, Saraiva MJ, Costa SP, Sasaki H, Matsuo H, Goto I, Sakaki Y. : 「Tetramer formation of a variant

    type human transthyretin (prealbumin) produced by Escherichia coli expression system. 」, Biochem Biophys Res Commun, 163(2), 851-859 (1989)

    2) Springer BA, Sligar SG.「High-level expression of sperm whale myoglobin in Escherichia coli. 」, Proc Natl Acad Sci USA, 84(24), 8961-8965 (1987)

    12

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    2. Transthyretin 変性状態の NMR による構造解析

    ■ 要 旨 (研究内容及び研究成果の要約を記入してください)

    Transthyretin(TTR)はアミロイド線維となることで老人性全身アミロイドーシスや家族性アミロイドポリニューロパシーを引

    き起こす。本研究では、TTR の Y105-S115 残基からなるペプチドである TTR(105-115)について、核磁気共鳴(NMR)、

    原子間力顕微鏡(AFM)、Thioflavin-T 蛍光の手法を用いて研究した。TTR(105-115)の立体構造を NMR によって解析し、

    天然構造やアミロイド線維中の構造とは全く異なることを明らかにした。また、TTR(105-115)のアミロイド線維形成は、核依

    存的重合モデルで表せることを示した。さらに、TTR(105-115)の 106~114 残基をそれぞれ Gly に置換した変異体につい

    て調べ、アミロイド線維形成に重要なアミノ酸残基を明らかにした。

    ■ 目 的 (研究を実施した目的を記入してください)

    TTR は 127 残基から成る単量体が4つ集合した四量体構造として存在し、単量体は A~H ストランドの 8 本のβストラン

    ドと1本のαヘリックスから構成されている。TTR の Y105-S115 残基からなるペプチドである TTR(105-115)はアミロイド線

    維を形成することが知られており、近年固体 NMR によってアミロイド線維中のコンフォメーションが明らかにされた(図-5、参

    考文献 1,2)。その結果、TTR(105-115)はアミロイド線維中で伸びたβストランド構造をとっており、TTR の天然構造とほぼ

    同じコンフォメーションをとっていると報告されている。アミロイド線維形成を理解するためには、アミロイド線維になる前後の

    構造を解明する必要があるが、TTR(105-115)がアミロイド線維になる前の変性構造は未だ解明されていない。本研究では、

    NMR によって TTR(105-115)の溶液構造について研究するとともにアミロイド線維形成について研究した。

    ■ 目 標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① TTR の Y105-S115 残基からなる TTR(105-115)について NMR で立体構造を決定する。

    ② TTR(105-115)のアミロイド線維形成機構を明らかにする。

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させて簡素に箇条書きで記入してください)

    ① 可溶性 TTR(105-115)の立体構造を NMR で決定し、立体構造変化とアミロイド線維形成についての知見を得た。

    ② TTR(105-115)のアミロイド線維形成は核依存的重合モデルでよく表されることを示した。

    図-5 トランスサイレチンの立体構造(PDB: 1DVQ)。(A)は四量体構造、(B)は単量体構

    造。Y105-S115 を赤で示した。

    (A) (B)

    13

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ■ 研究方法 (試験研究の実験手法等を記述して下さい)

    Thioflavin-T 蛍光測定は、励起波長 450 nm で 25oC、pH 2.8 の条件で行った。NMR 測定は、Brukuer DMX500 NMR 装

    置を用いて 25oC で行った。AFM 測定は Nanoscope IIIa(Digital Instruments)AFM 装置で大気中にて行った。

    ■ 研究成果の内容 (研究の成果を簡潔かつ具体的に記述して下さい)

    TTR(105-115)のアミロイド線維形成について、Thioflavin-T 蛍光を用いて調べた(図-6)。あらかじめ作製しておいた同じ

    ペプチドからなるアミロイド線維をシード(種)として加えたときと、加えていないときで明らかな変化が認められた。今回の実

    験条件では、シードが存在しないときにはアミロイド線維は形成しないが、シードが存在するときにはラグタイムの後で蛍光

    強度の著しい増加が観測された。これらの結果は、TTR(105-115)のアミロイド線維形成が、核依存的重合モデルでよく表さ

    れることを示している(参考文献 3)。

    次に、AFM を用いて、シードとして加えたアミロイド線維と、シードを加えることによってできたアミロイド線維の形態を観

    察した(図-7,8)。シードとして利用したアミロイド線維は比較的細く、数本の線維が集まっている様子が観測された(図-7)。

    それに対して、シードを加えることによってできたアミロイド線維は、シードよりも太く、直線的な線維であることが示された

    (図-8)。

    図-7 図-6 の実験で使用した TTR(105-115)のシード(種)。AFM 測定は大気中で行っ

    た。

    図-6 TTR(105-115)のアミロイド線維形成。Thioflavin-T 蛍光を使用して、pH2.8, 25℃

    の条件下で測定した。シードは TTR(105-115)の反応溶液に 1/100 量加えた(赤)。シー

    ドが存在する場合にはアミロイド線維を形成し(赤)、シードが存在しない場合は全くアミ

    ロイド線維を形成しないことがわかる(黒)。

    14

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    TTR(105-115)は、シードが存在しない場合には、600 時間以上の長い間、凝集することなく可溶性のまま存在する(図

    -6)。これは、アミロイド線維になる前の状態を表していると考えられるが、そのような状態の立体構造を解明することは重要

    である。そこで、この可溶性 TTR(105-115)について、1H-1H 二次元 NMR スペクトルを測定、解析することによって立体構

    造を決定した(図-9)。

    結果から、可溶性 TTR(105-115)の立体構造は、コイル状の変性構造をとっていることが示され、Jaroniec らが固体 NMR

    によって決定したアミロイド線維中でのコンフォメーションとは全く異なる構造であることがわかった(図-10; 参考文献 1,2)。

    アミロイド線維では、TTR(105-115)は伸びたβストランド構造をとっているため、ラマチャンドランプロットの左上の領域にプ

    ロットされるが、可溶性 TTR(105-115)ではその領域にはほとんどプロットされていない(図-10)。

    図-8 シードを加えることによってできたTTR(105-115)のアミロイド線維。AFM測定は大

    気中で行った。

    図-9 NMR によって決定した可溶性 TTR(105-115)の立体構造。NMR スペクトルは、

    Bruker DMX500 NMR を使用して、25℃、pH 2.8 の条件で測定した。(A)では NMR によっ

    て決定した 20 個の構造の主鎖と側鎖、(B)は主鎖のみ、(C)はチューブモデルと側鎖を

    表示した。

    15

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    次に、TTR(105-115)の 106~114 残基をそれぞれ Gly に置換した変異体を作製し(図-11)、それらがアミロイド線維を

    形成するかどうかについて調べた(図-12)。シードを加えていないときには、全ての変異ペプチドはアミロイド線維が形成さ

    れたことを示す Thiflavin-T 蛍光の増加が観測されなかった(図-12B)。シードを加えたときであっても、S112G と P113G 以

    外のペプチドはアミロイド線維を形成しなかった(図-12A)。したがって、TTR(105-115)がアミロイド線維を形成するために

    は、T106~L111 と Y114 が必須であることがわかった。P113G 変異ペプチドは、野生型 TTR(105-115)よりも線維形成は速

    やかに進行した。これは、P113 が Gly に変異することで自由度が増加しアミロイド線維になりやすくなったと解釈できる。し

    たがって、アミロイド線維形成が起きるときには P113 での二面角の変化が特に重要であると推測される。

    図-10 (A) 可溶性 TTR(105-115)と(B) 線維 TTR(105-115)のラマチャンドランプロット。

    チューブモデル構造を図の上部に表示した。

    図-11 TTR(105-115)の Gly 変異。T106 から Y114 まで、それぞれ Gly に変異させた変

    異ペプチドを作製した。

    16

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ■ 考 察 (研究成果からの考察を記入して下さい)

    本研究では、NMR によって TTR(105-115)のアミロイド線維になる状態の立体構造を決定した。TTR(105-115)は、天然

    構造とは全く異なる構造をしており、また、アミロイド線維中の構造とも異なっていた。したがって、本研究から、アミロイド線

    維形成に伴う立体構造変化を解明することに成功したといえる。また、TTR(105-115)のアミロイド線維形成は、核依存的重

    合モデルによって説明でき、これは、他のアミロイドタンパク質やペプチドで提案されているモデルと一致する。ところが、全

    長の TTR においては、アミロイド形成は核依存的重合モデルではなく、シード(核)に依存しないダウンヒル重合モデルで

    あると解釈されている(参考文献 4)。

    AFM 測定から、アミロイド線維のシードと、そのシードを加えることによって形成したアミロイド線維は形態がわずかに異な

    っているように見えた。これは、アミロイド線維を形成した溶液条件の違いを反映しているのかもしれない。シードは pH 2.0

    の 10% アセトニトリル中で作製し、アミロイド線維は 100 mM 酢酸(pH 2.8)の条件で形成させた。これらの結果から推測する

    と、同じペプチドであっても溶媒条件の違いでアミロイドの形態を変化させることができるのかもしれない。

    ■ 今後の発展方向、改善点等

    TTR(105-115)はアミロイド線維を形成する前後で、そのコンフォメーションを大きく変化させることが示された。シードは、

    このようなコンフォメーション変化を促進する効果があると考えられるが、如何にして促進するのかを解明することは今後の

    研究課題である。

    アミロイド形成は、TTR(105-115)は核依存的重合モデルで、全長 TTR はダウンヒル重合モデルで進行する(参考文献

    3,4)。なぜフラグメントと全長でアミロイド形成機構が異なるのか、さらに、アミロイド機構を変える要因は何かといった疑問

    点は今後解明されるべき課題である。

    ■ 参考(引用)文献

    1) Jaroniec CP, MacPhee CE, Astrof NS, Dobson CM, Griffin RG. : 「Molecular conformation of a peptide fragment of

    transthyretin in an amyloid fibril. 」, Proc Natl Acad Sci USA, 99(26), 16748-16753, (2002)

    2) Jaroniec CP, MacPhee CE, Bajaj VS, McMahon MT, Dobson CM, Griffin RG. : 「High-resolution molecular structure of

    図-12 TTR(105-115)の Gly 変異体のアミロイド線維。Thioflavin-T 蛍光を使用して線維

    形成を追跡した(pH2.8、25℃)。(A) .シード存在下における Gly 変異体。 P113G の線維

    形成は急激に進み、S112G は 350hr 以降に線維形成が起きた。(B)はシードを加えてい

    ない場合。

    17

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    a peptide in an amyloid fibril determined by magic angle spinning NMR spectroscopy. 」, Proc Natl Acad Sci USA, 101(3),

    711-716, (2004)

    3) Jarrett JT, Lansbury PT Jr. :「Seeding "one-dimensional crystallization" of amyloid: a pathogenic mechanism in

    Alzheimer's disease and scrapie? 」, Cell, 73(6), 1055-1058, (1993)

    4) Hurshman AR, White JT, Powers ET, Kelly JW. :「Transthyretin aggregation under partially denaturing conditions is a

    downhill polymerization. 」, Biochemistry, 43(23), 7365-7381, (2004)

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  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    3. Transthyretin 変異体の安定性・構造解析

    3.1. 家族性アミロイドポリニューロパシー関連変異体と非アミロイド原性変異体の安定性・構造解析

    ■ 要 旨 (研究内容及び研究成果の要約を記入してください)

    家族性アミロイドポリニューロパシー(FAP)は、Transthyretin(TTR)遺伝子の点変異と密接に関係している。本研究では、

    単量体-単量体相互作用部位、及び二量体-二量体相互作用部位の点変異に注目した。FAP の原因になることが既にわ

    かっている TTR 変異体(Y114H および Y116S)の構造安定性を野生型 TTR、および健常者で発見された非アミロイド原性

    変異体(Y116V)と比較することによって、FAP の原因となるアミノ酸変異(以下、FAP 変異と略)が TTR 立体構造に与える

    影響について研究した。Y114H 及び Y116S 変異体は、野生型 TTR や Y116V 変異体よりも明らかに多くのアミロイド様構造

    物を形成することが示された。また、Y114H および Y116S 変異体は、これまでによく研究されている FAP 変異体(V30M や

    L55P 変異体)よりも凝集しやすい性質があることもわかった。二次構造、三次構造、四次構造の安定性に関しては、Y114H

    および Y116S 変異体は野生型よりもかなり不安定な構造であり、立体構造の協同性が低下していることが示された。さらに、

    これらの変異体では、pH 7.0 の条件においても単量体構造へ一部解離していることが示され、したがって、Tyr114 と Y116

    は、単量体‐単量体や二量体‐二量体の接触を強化するために特に重要であることがわかった。

    ■ 目 的 (研究を実施した目的を記入してください)

    TTR の突然変異は、FAP においてアミロイド線維が蓄積する直接の原因であると考えられている。これまでに 80 種類以

    上の FAP 変異体が発見されているが、TTR のアミノ酸配列において特に変異が起きやすい部分配列はなく、変異は TTR

    のアミノ酸配列全体にわたって分布している(参考文献 1)。これまでに X 線結晶構造解析によって、V30M や L55P などの

    FAP 変異体の立体構造が明らかにされている。しかしながら、FAP 変異によってわずかな構造変化が観測されるが、あまり

    に微細な構造変化であるため、アミロイド線維形成の直接の原因であるか否かについては議論が分かれていた(参考文献

    2)。一方で、FAP 変異は TTR 立体構造を不安定化し、解離、変性しやすくすることでアミロイド線維化を促進していると提

    案する研究が多数報告されている。しかしながら、FAP 変異が二次構造、三次構造、四次構造の何れを不安定化するのか、

    さらには、TTR の不安定化効果は、どの FAP 変異でも類似しているのか等の疑問点は解明されていない。本研究では、単

    量体-単量体相互作用部位、および二量体-二量体相互作用部位において点変異が存在する FAP変異体(Y114H、

    Y116S)の構造安定性について調べた。また、健常者で発見されており、FAP 発症に関与しない Y116V 変異体についても

    同様に研究し、FAP 変異との違いについて研究した。

    ■ 目 標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① FAP の原因となる Y114H および Y116S 変異体の立体構造安定性について研究し、FAP 変異が TTR 立体構造にど

    のような影響を与えるのかについて研究する。

    ② 非アミロイド原性 Y116V 変異体の立体構造安定性について研究し、非アミロイド原性変異と FAP 変異の違いについ

    て調べる。

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させて簡素に箇条書きで記入してください)

    ① FAP の原因となる Y114H および Y116S 変異は、二次構造、三次構造、四次構造の全てを不安定化することを明ら

    かにした。

    ② FAP を発症させない Y116V 変異は、四次構造安定性に影響しないが、二次構造と三次構造を顕著に安定化するこ

    とが示された。

    19

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ■ 研究方法 (試験研究の実験手法等を記述して下さい)

    Y114H、Y116S、Y116V 変異体の発現プラスミドは、野生型 TTR の発現プラスミド(pQE30-TTR)をテンプレートにして、

    目的の位置のDNAに変異を導入することによって得た。これらの変異体の発現と精製は、本研究プロジェクトで開発された

    方法を用いて行った。6)

    TTR の凝集体形成の評価は、OD400 nmの測定とThioflavin-T 蛍光法の2つの方法で行った。1 mg/mL のTTR溶液を200

    mM クエン酸緩衝液または 200 mM リン酸緩衝液と 1:1 で混合し、37oC で 72 時間静置した後 OD400 nm を測定した。

    Thioflavin-T の測定には、TTR 溶液と緩衝液の混合液 0.4 mL を 2.75 mL の Tris 緩衝液と 30 μl の 2.0 mM Thioflavin-T

    溶液と混合し、励起波長が 440 nm で 482 nm の蛍光強度を測定した。

    SDS-PAGE によって四次構造を評価する際には、様々な pH の TTR 溶液(0.2 mg/mL)を準備し、4oC で 40 時間静置し

    た。そして、10 μl の TTR 溶液を 5 μl のゲルローディング溶液(0.1% SDS, 13%グリセロール)と混合し、15% SDS のアクリルア

    ミドゲルにアプライした。

    二次構造と三次構造の安定性は、変性剤による変性過程を 215 nm の円二色性と Trp 蛍光で追跡することによって研究

    した。円二色性および Trp 蛍光測定は、0.4 mg/mL のタンパク質濃度でサンプルを調製し、25oC で 96 時間静置し十分平

    衡に達してから 25oC で測定した。

    ゲルろ過クロマトグラフィーは pH 7.0、4oC の条件で行った。測定前には 0.5 M NaOH でカラムを十分洗浄した後、さらに

    リン酸緩衝液で十分に平衡化してからタンパク質溶液をアプライした。0.2, 0.4, 0.6, 1.0 mg/mL の4種類のタンパク質濃度

    で行った。

    ■ 研究成果の内容 (研究の成果を簡潔かつ具体的に記述して下さい)

    Y114H、Y116S、Y116V 変異体の凝集体形成について調べ、野生型 TTR と比較した。FAP 変異体である Y114H、Y116S

    変異体は、野生型TTRよりも多くの凝集体を形成し、その凝集体はThioflavin-Tに結合することから、アミロイド様構造物で

    あることが示唆された。一方で、健常者で発見された Y116V 変異体は、凝集のしやすさという点においては、野生型とほぼ

    同じ挙動を示した(図-13)。5)

    図-13 野生型 TTR と変異体の凝集体形成。(a) OD400 nmn の pH 依存性、(b) Thioflavin-T の蛍光強度。野生型,白 ;Y114H,黒 ;Y116S,グレー ;Y116V,網掛け。

    図-14. SDS-PAGE によって観測した四次構造の pH 依存性。

    20

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    FAP 変異体の四次構造安定性を評価するために、既に他の研究者によって確立されている方法を採用して研究した

    (参考文献 3)。この方法では、四次構造の pH 依存性を SDS-PAGE で観測することによって、野生型 TTR と変異体を比較

    し、FAP 変異が四次構造に与える影響について比較的簡便に解析することができる。結果を図-14 に示した。野生型 TTR

    や非アミロイド原性変異体である Y116V 変異体では、pH 5.5-7.6 で四量体構造を表すバンドが強く観測されている。それ

    に対して、FAP 変異体である Y114H や Y116S 変異体では、同じ pH 範囲で四量体のバンドよりも単量体のバンドのほうが

    強い。また、pH 4.0-4.5 においては、野生型や Y116V 変異体では大部分が単量体となっているが、Y114H や Y116S 変異

    体では単量体と二量体の両方が観測された。これらの結果から、FAP 変異は TTR の四次構造安定性を変化させ、pH

    5.5-7.6 では単量体構造へと解離しやすくし、pH 4.0-4.5 では二量体と単量体になりやすくする効果があると予想される。5)

    四次構造の安定性については、pH 7.0、4oC の条件でゲルろ過クロマトグラフィーを用いても研究した(図-15)。野生型

    TTR と Y116V 変異体では、分子量 60 kDa に相当する四量体構造のみが観測された。それに対して、Y114H と Y116S 変

    体では四次構造以外の分子種が観測された。すなわち、Y114H 変異体では、分子量 60 kDa と 15 kDa に相当するピーク

    が観測され、この変異体では四量体と単量体が混在することが示された。Y116S 変異体では、分子量 60 kDa と 15 kDa の

    ピークの中間にブロードなピークが観測された。これは、四量体や単量体などの分子量の異なる分子種が速い平衡にある

    ことを示している。これらの結果は、Y114H や Y116S 変異体などの FAP 変異体では、野生型 TTR や Y116V 変異体より四

    次構造がかなり不安定で、pH 7.0 の条件においても四量体が一部解離する傾向があることを示している。5)

    二次構造と三次構造の安定性は、変性剤による変性過程を 215 nm の円二色性と Trp 蛍光で追跡することによって研究

    した(図-16)。野生型 TTR では、二次構造を反映する 215 nm の円二色性で観測した変性曲線と、三次構造を反映する

    Trp 蛍光の変性曲線は一致し、協同的な相互作用によって安定化されていると考えられた。それに対して、H114H や

    Y116S 変異体では、これらの二種類の方法で観測した変性曲線が一致せず、明らかに協同性が低下していると考えられた

    (図-16)。協同性の低下は、変性の協同性を表す m 値を比較しても明らかであった。野生型では、2.5-2.8 kcal mol-1 M-1

    であるのに対して、Y114H や Y116S 変異体では 1.1-1.4 kcal mol-1 M-1 であった。また、円二色性で観測した変性の中点

    (Cm 値)と Trp 蛍光で観測した Cm 値の両方において、Y114H と Y116S 変異体では Cm 値が減少していた(表-1)。これらの

    Cm 値から判断すると、これらの FAP 変異は、二次構造と三次構造の両方を不安定化していると考えられた。5)

    図-15 (a) 野生型 TTR、(b) Y114H、(c) Y116S、(d) Y116V のゲルろ過クロマトグラフィー。

    1.0, 0.6, 0.4, 0.2 mg/mL のタンパク質濃度で行った。

    21

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    表-1 変性の中点(Cm)と変性の協同性を表す m 値。

    b 215 nm の円二色性によって観測した。

    c Trp 蛍光によって観測した。

    d Not determined.

    ■ 考 察 (研究成果からの考察を記入して下さい)

    FAP変異はTTR立体構造を不安定化し、解離、変性しやすくすることでアミロイド線維化を促進している、このような提案

    をする研究が多数報告されている。しかしながら、FAP 変異が二次構造、三次構造、四次構造の何れを不安定化するのか、

    さらには、TTR の不安定化効果は、どの FAP 変異でも類似しているのか等の疑問点は解明されていなかった。Y114H と

    Y116S に関する本研究の結果から、FAP変異体は、二次構造、三次構造、四次構造の全てを不安定化することが示された。

    これらの結果が他の FAP 変異に対しても成り立つのかどうかについては、さらなる研究を行う必要があると考えられる。また、

    健常者で発見されており、FAP を発症させない Y116V 変異体についても同様に研究したが、FAP 変異とは明らかに異なり、

    四次構造安定性には影響はないが、二次構造と三次構造が顕著に安定化されていることが示された。したがって、これら

    の結果は、FAP 変異によって引き起こされる in vivo における TTR の挙動の変化は、in vitro において観測された様々なレ

    ベルの構造安定性と相関があることを示唆しており、特に、FAP 変異体で生理的条件に近い溶媒条件においてでも単量

    体や二量体へ解離しやすくなることが示された点は興味深い。また、本研究における Y114H や Y116S 変異は、V30M 変異

    や L55P 変異などの他の FAP 変異よりも明らかに不安定化効果は大きかった。これらの結果は、GH-loop に存在する Y114

    や H ストランドに存在する Y116 は、TTR の二次構造、三次構造、四次構造を保持する上で特に重要であることを示唆して

    いる。

    ■ 今後の発展方向、改善点等

    これまで、FAP におけるアミロイド線維から TTR の点変異体が発見され、また、FAP 患者の遺伝子解析から TTR の点変

    異と FAP 発症が関係していると考えられてきたが、FAP 変異が TTR 立体構造をどのように変化させるのかについては、必

    野生型 TTR

    Y114H

    Y116S

    Y116V

    Cm (M) b

    3.50 ± 0.02

    2.19 ± 0.01

    2.37 ± 0.03

    N.D.d

    m (kcal mol-1 M-1) b

    2.50 ± 0.23

    1.36 ± 0.02

    1.10 ± 0.05

    N.D.d

    Cm (M) c

    3.50 ± 0.01

    2.76 ± 0.01

    2.99 ± 0.01

    N.D.d

    m (kcal mol-1 M-1) c

    2.84 ± 0.18

    1.16 ± 0.02

    1.06 ± 0.02

    N.D.d

    図-16 (a) 野生型 TTR, (b)Y114H, (c)Y116S, (d)Y116V の変性曲線。変性剤(尿素)による変性過程を 215 nm(白丸)の CD および Trp 蛍光(黒丸)によって追跡した。

    22

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ずしも十分な研究が行われていたわけではなかった。本研究における Y114H と Y116S 変異は、二次構造、三次構造、四

    次構造の全てを不安定化させており、一方、同じ Y116 を Val に変異させた Y116V(健常者から発見された非アミロイド原性

    変異体)では TTR を安定化する効果が認められた。今後は、このような非アミロイド原性変異を in vivo の系において応用し、

    TTR 立体構造を自由に安定化できれば治療へと応用できる可能性もある。そのためには、FAP 変異と非アミロイド原性変

    異の両方について、TTR のアミノ酸変異と TTR 構造安定性に関する情報をよりいっそう蓄積するべきである。

    ■ 参考(引用)文献

    1) Eneqvist T, Sauer-Eriksson AE. : 「 Structural distribution of mutations associated with familial amyloidotic

    polyneuropathy in human transthyretin. 」, Amyloid, 8(3), 149-168, (2001)

    2) Hornberg A, Eneqvist T, Olofsson A, Lundgren E, Sauer-Eriksson AE. : 「A comparative analysis of 23 structures of the

    amyloidogenic protein transthyretin. 」, J Mol Biol, 302(3), 649-669, (2000)

    3) McCutchen SL, Colon W, Kelly JW. : 「Transthyretin mutation Leu-55-Pro significantly alters tetramer stability and

    increases amyloidogenicity. 」, Biochemistry, 32(45), 12119-12127, (1993)

    23

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    3. Transthyretin 変異体の安定性・構造解析

    3.2. DE-loop におけるアミロイド原性変異が Transthyretin 立体構造に与える影響

    ■ 要 旨 (研究内容及び研究成果の要約を記入してください)

    Transthyretin(TTR)の点変異体は家族性アミロイドポリニューロパシー(FAP)と密接に関係している。本研究では、FAP

    発症に関与する変異体のうち、D ストランドと E ストランドを連結するループ領域(DE ループ領域)にアミノ酸変異が導入さ

    れた変異体(L58H、L58R、T59K、E61K)について研究した。また、アミノ酸変異を導入した L58 および T59 は、DE ループ

    に位置するだけでなく単量体構造のコア部分にも含まれている。これら四種類の FAP 変異体について、FAP 変異がもたら

    す動的な立体構造変化と安定性について調べた。L58H、L58R、T59K変異はE61K変異よりも不安定化効果が大きかった

    ことから、DE ループと単量体コアの両方に位置するアミノ酸の変異で TTR は大きく不安定化することが示された。また、

    NMR と重水素交換法を用いて研究することにより、DE ループにおける変異は G ストランドと AB ループ領域を特に不安定

    化させることがわかった。四次構造レベルでは、二量体と二量体が接触する部分において顕著な不安定化が認められた。

    これらの結果は、二量体-二量体相互作用部位と単量体コアの不安定化が TTR のアミロイド形成に重要であることを示して

    いる。

    ■ 目 的 (研究を実施した目的を記入してください)

    DE ループ領域にアミノ酸変異が導入された変異体(L58H、L58R、T59K、E61K)について研究し、FAP 変異による動的

    な立体構造変化について NMR 法で明らかとする。これらの FAP 変異体の立体構造安定性についても情報を得る。

    ■ 目 標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① NMR 法と重水素交換実験により、FAP 変異(L58H、L58R、T59K、E61K)による動的構造変化について調べる。

    ② L58H、L58R、T59K、E61K 変異体について立体構造安定性を調べ、これらの FAP 変異が及ぼす不安定化効果に

    ついて研究する。

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させて簡素に箇条書きで記入してください)

    ① L58H、L58R、T59K、E61K 変異は G ストランドと AB ループ領域を特に不安定化させることが示された。四次構造レ

    ベルでは、二量体-二量体相互部分において顕著な不安定化が認められた。

    ② L58H、L58R、T59K 変異体は E61K 変異体よりも大きく不安定化されていた。これは、E61 が単量体コアに含まれな

    いのに対して、L58 と T59 は単量体コアに含まれているためであると推測された。

    ■ 研究方法 (試験研究の実験手法等を記述して下さい)

    L58H、L58R、T59K、E61K変異体の発現プラスミドは、野生型TTRの発現プラスミド(pQE30-TTR)をテンプレートにして、

    目的の位置のDNAに変異を導入することによって得た。これらの変異体の発現と精製は、本研究プロジェクトで開発された

    方法を用いて行った。また、野生型 TTR および変異体の 2H/13C/15N ラベル体および 2H/15N ラベル体を作製した。6)

    SDS-PAGE によって四次構造を評価する際には、様々な pH の TTR 溶液(0.2 mg/mL)を準備し、4oC で 40 時間静置し

    た。そして、10 μl の TTR 溶液を 5 μl のゲルローディング溶液(0.1% SDS, 13%グリセロール)と混合し、15% SDS のアクリルア

    ミドゲルにアプライした。タンパク質は Coomassie brilliant blue R-250 によって染色し、四量体、二量体、単量体の割合は、

    SDS-PAGE ゲルでのタンパク質のバンドを SCION IMAGE プログラムによって定量化することによって得た。

    二次構造の安定性は、変性剤による変性過程を 215 nm の円二色性で追跡することによって評価した。円二色性測定は、

    24

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    0.4 mg/mL のタンパク質濃度でサンプルを調製し、25oC で 96 時間静置し十分平衡に達してから 25oC で測定した。

    野生型 TTR および FAP 変異体の主鎖連鎖帰属は、TROSY-HNCA と TROSY-HN(CO)CA を測定、解析することによっ

    て得た。NMR 測定は、1.5 mM のタンパク質濃度で pH 7.0 の条件で行った。測定には Bruker DMX500 NMR 装置を用い

    て 37oC で行った。重水素交換速度は、37oC の重水中におけるタンパク質のアミドプロトンのシグナル強度の減少を追跡す

    ることによって得た。プロテクションファクターは、タンパク質のアミドプロトンの重水素交換速度(kex)とアミドプロトン固有の

    重水素交換速度(kint)の比(P = kint/kex)で表した。

    ■ 研究成果の内容 (研究の成果を簡潔かつ具体的に記述して下さい)

    L58H、L58R、T59K、E61K の FAP 変異体は野生型 TTR と二次構造、三次構造に大きな変化がないことを円二色性ス

    ペクトルを用いて確認した。次に、これらの FAP 変異体について、変性剤(尿素)による変性過程を 215 nm の円二色性で

    追跡した(図-17)。変性曲線を解析することによって得られた変性の中点(Cm)を表-2 に示す。L58H、L58R、T59K 変異体

    は E61K 変異体よりも二次構造が大きく不安定化されていることがわかる。1)

    表-2 変性の中点(Cm)と変性の協同性を表す m 値。

    Cm (M) m (kcal mol-1 M-1)

    野生型 TTR 3.57±0.10 3.51±0.76

    L58H 2.66±0.04 3.20±0.62

    L58R 2.53±0.06 2.81±0.67

    T59K 2.56±0.05 2.34±0.33

    E61K 3.19±0.06 2.52±0.54

    野生型 TTR と FAP 変異体(L58H、L58R、T59K、E61K)について、pH の変化による四量体の解離を SDS-PAGE によっ

    て観測した(図-18)。図では、様々な pH における四量体と単量体の割合を表している。野生型 TTR は pH 5.5-4.5 におい

    て四量体から単量体へと解離した。E61K 変異体は野生型 TTR と類似した pH 範囲で解離したが、野生型 TTR よりもわず

    かに高い pH で解離することがわかった。それに対して、L58H、L58R、T59K 変異体では、四量体から単量体への解離は

    pH が 6.0-5.0 で起きた。したがって、四次構造についても、L58H、L58R、T59K 変異体は E61K 変異体よりも大きく不安定

    化されていることが示された。1)

    図-17 野生型 TTR および変異体の変性剤(尿素)による変性過程。野生型 TTR,黒丸; L58H,白丸; L58R,三角; T59K,四角; E61K,ひし形。. 215 nm の円二色性を用いて 25oC で測定した。

    25

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    遅い重水素交換反応はタンパク質分子中のアミドプロトンが溶媒から遮蔽されていることに由来し、一般的には水素結

    合による結果であると解釈される。本研究では、野生型TTRとFAP変異体(L58H、L58R、T59K、E61K)について重水素交

    換と NMR を使って研究した。FAP 変異によって不安定化されている構造部位では、プロテクションファクター(重水素交換

    からの保護の程度)の低下が観測されるはずである。野生型 TTR と FAP 変異体(L58H、L58R、T59K、E61K)のプロテクシ

    ョンファクターを調べた結果を図-19 に示す。野生型 TTR においては、プロテクションファクターが 107 以上のアミノ酸残基

    はβストランド A、B、E、F、G に位置していることがわかる。一方で、βストランド C と H では、E42 と V122 以外のアミノ酸残

    基は重水素交換から保護されていなかった。1)

    図-19 の結果から判断すると、野生型 TTR と FAP 変異体で、重水素交換に大きな相違点が認められた。例えば、プロテ

    クションファクターが 104 以上のアミノ酸残基は、野生型 TTR では 33 個であったのに対して、FAP 変異体では 22-26 個で

    あり、FAP 変異体の立体構造が不安定であることと矛盾しない結果であった。不安定化されたアミノ酸残基は、主に AB ル

    ープと G ストランドに位置していた。1)

    野生型TTRの立体構造を詳しく見ると、二量体-二量体相互作用部位ではA19、G22、Y114、V122が水素結合を形成し

    二量体同士を連結していることがわかる。一方、単量体-単量体相互作用部位では、E89、V94、Y114、Y116、T118、A120

    の6残基が水素結合を形成している(図-20)。重水素交換と NMR によって調べた結果から、二量体同士を連結している

    A19、G22、Y114、V122 は野生型 TTR において高いプロテクションファクターを示していた。一方で、単量体-単量体の相

    互作用部位では、Y114 のみが高いプロテクションファクターを示した。したがって、野生型 TTR で二量体同士は水素結合

    によって安定化されているが、単量体-単量体相互作用部位は比較的運動性が高いことが示された。また、FAP 変異体に

    図-18 野生型 TTR(黒丸)、L58H(白丸)、L58R(三角)、T59K(四角)、E61K(ひし形)の四量体から単量体への解離。(a)は各 pH における四量体の割合、(b)は単量体の割合を表す。SDS-PAGE によって観測した。

    図-19 野生型 TTR(a)、L58H(b)、L58R(c)、T59K(d)、E61K(e)のプロテクションファクター(P)。横軸は残基番号、縦軸は logP を表す。図の上部には、A~Hストランドの位置とαヘリックスの位置を示した。

    26

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    おいては、二量体と二量体を水素結合で連結するのに重要なアミノ酸残基である G22、Y114、V122 でプロテクションファク

    ターが低下していた。したがって、DEループにおけるFAP変異は二量体-二量体相互作用部位を不安定化することが示さ

    れた。1)

    ■ 考 察 (研究成果からの考察を記入して下さい)

    本研究によって、DE ループにおける FAP変異は、二量体と二量体のインターフェイスを不安定化することが示された。こ

    のような二量体-二量体相互作用部位の不安定化は、過渡的に二量体へ解離する確率を高めると予想され、そのような過

    渡的に二量体となってしまったTTRでは、四量体構造において水素結合を形成していた水素原子や酸素原子を表面に露

    出し、また、四量体構造において内部に埋まっていた疎水性表面も溶媒へ露出していると予想される。そのような分子表面

    は、分子間相互作用を起こし、凝集体形成へと導くのかもしれない。二量体-二量体相互作用部位の不安定化は、L55P 変

    異体の X 線結晶構造でも指摘されている(参考文献 1)。L55P 変異体では、二量体と二量体を連結する AB ループと H ス

    トランドの距離が野生型 TTR よりも長いことがわかっており、また、二量体と二量体が接する表面積が野生型 TTR よりもわ

    ずかながら減少していると報告されている。

    スクリプス研究所の Kelly 教授のグループは、pH 4.5 付近で観測される単量体構造(非天然の三次構造をもつとされる)

    がアミロイド線維になると提案している(参考文献 2)。彼らは、このようなアミロイド中間体では C、B、E、F ストランドからなる

    βシート CBEF が特に不安定化されていると報告している(参考文献 3)。L58H、L58R、T59K、E61K 変異体でもβシート

    CBEF が不安定化されいることが示された。しかし、本研究では、DE ループ上の FAP 変異が不安定化するのは、βシート

    CBEF だけではなく、D、A、G、H ストランドからなるβシート DAGH や AB ループのアミノ酸残基も多数不安定化されること

    を明らかにした。

    V30M や L55P 変異体に関しては、同様の手法を使った研究例が既に報告されており、V30M と L55P で不安定化される

    構造部位が異なると指摘されている。すなわち、L55P 変異体では、二量体-二量体相互作用部位と単量体コアが不安定

    化され、V30M では単量体コアが不安定化されていると報告されている。本研究での L58H、L58R、T59K、E61K 変異体は

    全てL55P変異体と同様の性質を示した。以上より、過渡的に形成される二量体構造がTTRのアミロイド形成に特に重要な

    のではないかと推測される。

    ■ 今後の発展方向、改善点等

    FAP 発症との関連が強く指摘されている TTR のアミノ酸変異(FAP 変異)は、全て同じように TTR 構造を不安定させるの

    か否かをはっきりさせることは重要である。なぜなら、FAP の治療薬開発のために TTR を安定化させることが本当に重要な

    のかどうか、また、もしそうであるなら、種類の異なる FAP 変異体を安定化するために同じ戦略をとることが可能かどうかに

    ついての知見を与えると期待できるからである。本研究は、FAP 変異は確かに TTR 構造を不安定化するが、どのような構

    図-20 野生型 TTR の X 線結晶構造において水素結合に関与しているアミノ酸残基。(a) 単量体-単量体相互作用部位と、(b) 二量体-二量体相互作用部位において水素結合を形成しているアミノ酸残基。主鎖原子で水素結合に関与しているアミノ酸のみを表示した。窒素原子と酸素原子はそれぞれ青と赤で表し、それ以外の原子は灰色で表した。四量体におけるサブユニットの番号を括弧の中に示した。

    27

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    造を不安定化するのかは、FAP 変異によって異なることを示唆している。なぜなら、本研究での L58H、L58R、T59K、E61K

    および L55P では不安定化された構造部位は類似しているが、これらの FAP 変異体と V30M 変異体では不安定化されて

    いる構造部位が異なるからである。FAP 発症機序および治療法開発の研究においては、今後は FAP 変異によって不安定

    化される構造部位は異なる可能性を考慮して進めるべきであるのかもしれない。

    ■ 参考(引用)文献

    1) Sebastiao MP, Saraiva MJ, Damas AM. : 「The crystal structure of amyloidogenic Leu55 --> Pro transthyretin variant

    reveals a possible pathway for transthyretin polymerization into amyloid fibrils. 」, J Biol Chem, 273(38), 24715-24722,

    (1998)

    2) Colon W, Kelly JW. : 「Partial denaturation of transthyretin is sufficient for amyloid fibril formation in vitro. 」,

    Biochemistry, 31(36), 8654-8660, (1992)

    3) Liu K, Cho HS, Lashuel HA, Kelly JW, Wemmer DE. : 「A glimpse of a possible amyloidogenic intermediate of

    transthyretin. 」, Nat Struct Biol, 7 (9), 754-757, (2000)

    28

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    (A) (B)

    4. Transthyretin 変性中間体の NMR による構造解析

    ■ 要 旨 (研究内容及び研究成果の要約を記入してください)

    Transthyretin(TTR)は、水素結合で安定化されていない揺らぎの大きな構造になってからアミロイド様凝集物になること

    を明らかにした。アミロイド様凝集物は細く、カーブした形状をしており、他のアミロイドタンパク質やペプチドからなる典型的

    なアミロイド線維とは形態が異なっていた。これらの結果は、水素結合によって安定化された部分構造は、アミロイド様構造

    物を形成するのに重要ではないことを示唆している。

    ■ 目 的 (研究を実施した目的を記入してください)

    TTR は、生理的条件下においては四量体構造となり、また、構成単位である単量体は、原子が密にパッキングされた構

    造となっている。これまで、pH 4.5 付近では TTR は部分的に壊れた中間体構造となっているが、側鎖のパッキングや水素

    結合が部分的に残っていると考えられていた。それに対して、pH 2.0 付近の酸変性構造では、側鎖のパッキングがほとん

    どない典型的なモルテングロビュール構造であると考えられている(図-21 の A、参考文献1)。pH 4.5 における中間体構造

    では、βサンドウィッチ構造のストランド C、B、E、F からなるβシート構造が壊れているが、他の部分では一部側鎖の特異

    的なパッキングが残っており、モルテングロビュール状態よりも天然構造に類似していると報告されている(参考文献 2)。こ

    の中間体構造では、安定な水素結合が部分的にできていると考えられており、例えば、βストランド A の L12、M13、V14、

    K15、V16、L17、D18、A19、G22、A25 やストランド G の I107 や L111 は水素結合によって安定化されていると提案されてい

    る(図-21 の B、参考文献 2)。

    このような pH 4.5 における中間体構造は、37℃でインキュベーションすると会合し、Thioflavin-T や Congo Red に結合す

    るなど、アミロイド線維に似た性質を示す凝集物となる。しかし、この中間体からできた凝集物には不定形な凝集物が多く含

    まれており、典型的なアミロイド線維は観測できないことも多い。そこで本研究では、TTR がアミロイド様凝集物となる条件を

    再検討し、さらに、そのようなアミロイド様凝集物ができるためには TTR がどのような立体構造になる必要があるのか検討し

    た。

    ■ 目 標 (課題採択時に決定した研究目標を簡潔に箇条書きで記入してください)

    ① 野生型 TTR がアミロイド様構造となる実験条件を再検討する。

    図-21 (A) pH変化によるTTRの立体構造変化。酸性pHにおいてはTTRは単量体構造となる。pH 4.5の構造は、

    水素結合によって部分的に安定化されているが、pH 2.0 の構造は揺らぎの大きいモルテングロビュール様構造で

    あると考えられている。(B) TTR の単量体構造。βストランドの位置をラベルした。pH 4.5 の中間体構造では、スト

    ランド C, B, E, F が不安定化されているが、A ストランドや G ストランドではかなりの水素結合が残っていると報告さ

    れている。

    29

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    ② 野生型 TTR のアミロイド様構造の形態について研究する。

    ③ アミロイド様構造となるには、TTR はどのような構造になる必要があるのか明らかにする。

    ■ 目標に対する結果 (前記目標に対比させて簡素に箇条書きで記入してください)

    ① 野生型TTRがアミロイド様構造となる実験条件を再検討し、pH 2.0、37oCの条件でアミロイド様凝集物になることを明

    らかにした。

    ② pH 2.0 で形成したアミロイド様凝集物は細く、カーブした線維状構造であることを明らかにした。

    ③ アミロイド様構造となるには、水素結合によって安定化されていない大きく揺らいでいる構造になってから凝集するこ

    とが示された。

    ■ 研究方法 (試験研究の実験手法等を記述して下さい)

    TTR の凝集反応について調べる際には、1 mg/ml となるように pH 7.0 の緩衝液に溶解し、様々な pH の緩衝液と 1:1 で

    混合した。pH が 5.8 以上の場合はリン酸緩衝液を利用し、pH が 5.4 以下の場合はクエン酸緩衝液を使用した。溶液を調

    製後、37oC で 72 時間静置し OD400 nm を測定した。Thioflavin-T 蛍光を測定する際には、0.4 mL の TTR 溶液を 20 μM

    Thioflavin-T 溶液(pH 8.0)に加えてから測定した。

    原子間力顕微鏡(AMF)測定のサンプルは、pH 2.0 の TTR 溶液を準備し、フィルターろ過した後 37oC で 12 日間静置し

    た。TTR 溶液を固定化し、超純水で十分リンスした後、大気中で AMF 測定を行った。

    円二色性スペクトルの測定は、0.5 mg/ml のタンパク質溶液を調整後、12 時間 4oC で静置してから 25oC の条件で測定し

    た。

    NMR 測定は、全て野生型 TTR の 2H/15N ラベル体を用いて行った。あらかじめ重水素化しておいた 2H/15N 安定同位体

    標識 TTR を、pH 2.0、0.1 mg/ml の条件下で軽水に溶解し、フィルターろ過した後一定時間静置した。その後、500 mM の

    リン酸緩衝液に加えて pH を 5.85 とし、フィルターろ過してから 1 mM となるまで濃縮した。40oC の条件で TROSY-type

    HSQC を Bruker DMX 500 NMR 装置によって測定した。

    アミロイド線維のシードは、TTR の 105-115 残基のフラグメントからなるアミロイド線維を用いた。ペプチドを 15 mg/ml の

    濃度で 10% アセトニトリル(pH 2.0)に溶解し、37oC で 48 時間静置した。ペプチドの濃度が 0.3 mg/ml となるようにクエン酸

    緩衝液を加えて超音波処理した。ペプチドがアミロイド線維となっていることは、Thioflavin-T 蛍光と AFM によって確認し

    た。

    ■ 研究成果の内容 (研究の成果を簡潔かつ具体的に記述して下さい)

    TTR がアミロイド様構造物となる条件を再検討した。野生型 TTR を pH 7.4~pH 1.8 の条件で 37oC でインキュベーショ

    ンし、OD400 nm と thioflavin-T 蛍光を用いて調べた(図-22)。TTR は pH 3.8~4.6 で OD400 nm の値が大きく、大きな凝集物が

    できていると考えられた。Thioflavin-T 蛍光を用いて調べた結果では、TTR は pH 3.8~1.8 で大きな値を示した。これまで、

    pH 2.0 付近ではアミロイド線維にならないと提案されていたが(参考文献 1)、今回の結果から考えると、pH 2.0 の条件でも

    アミロイド様構造物となっている可能性が示唆された。

    30

  • NMR 法による Transthyretin のアミロイド形成機構の解明

    研究成果の詳細報告

    TTR を pH2.0、37℃の条件でインキュベーションし、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した(図-23)。AFM 像からは、細い

    構造物が多数集まった様子が観測された。これは、他のアミロイドタンパク質やペプチドで観察される直線状のアミロイド線

    維とは異なり、カーブした線維状物質であることが示された。

    典型的なアミロイド線維においては、アミロイド線維を細かく砕いた“シード(種)”を加えることでアミロイド線維形成が加

    速される。このようなシーディング現象は、核依存的重合モデルを用いて表現することができ、アミロイド線維の物性をよく表

    していると考えられている。しかし、酸変性構造が会合してできたアミロイド様凝集物では、このようなシーディング現象は観

    測されなかった(図-24)。このことは、酸変性構造が会合してできたアミロイド様凝集物は、典型的なアミロイド線維とは微細

    構造が異なっていることを示唆しており、先の AFM の結果を支持する。

    図-22 pH 1.8~7.4 における野生型 TTR の凝集体形成。(A)は OD400 nm で評価し、(B)は Thioflavin-T 蛍光で評価

    した。(B)から pH 2.0 の条件でもアミロイド様の構造物ができていると考えられた。

    図-23 pH 2.0、37oC でインキュベーションした野生型 TTR の AFM 像。他のアミロイドタンパク質やペプチドで観察

    される典型的なアミロイド線維とは異なり、細い構造物が多数集まり、カーブした線維状物質であることが示され

    た�