地図帳の有効な活用法 中国の食文化と農業の地域性...26 27...

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26 地図帳の有効な活用法 中国の食文化と農業の地域性 奈良教育大学教授 岩本廣美 1 人気の「中華料理」 日本人の食生活は外国の影響を強く受けて おり、なかでも中国に起源を持つ「中華料理」 は、カレー類やパスタ類などとともに、もっ とも人気のある料理群である。試みに、地理 的分野の中国を扱う単元の導入で、食べたこ とのある「中華料理」を生徒に自由に言わせ れば、ラーメン、ギョウザ、ワンタン、シュ ウマイなど実にさまざまな料理が出され、教 室が沸き立つことは確実である。しかし、広 い中国の各地域ではどのような料理が食べら れているのであろうか、という問いには生徒 は必ずしも答えられないのが通常である。 『中学校社会科地図 初訂版』(以下、地図 帳と記す)21ページ「自然と農業」Cの主題 図「おもな家庭料理」(裏表紙裏参照)は、 そうした問いに直接答えてくれる資料図であ る。これを見れば、中国の家庭料理は、大き く東西南北4つの系統に分かれていることが わかる。北方系ではペキンダック、東方系で はワンタンなど、それぞれに特徴的な料理が 写真で紹介されている。生徒にとってなじみ のある料理も含まれている。そこで、これら の料理の中から話題を取り上げ、21ページの 他の資料図などを通して、中国の食文化と農 業の地域性を生徒が具体的に理解できるよう な授業展開を、以下で述べてみたい。 2 中国の民族分布と料理の関係 まず、地図帳21ページの主題図「おもな家 庭料理」と「中国の人々」Aの主題図「漢民 族と少数民族」を比較させたい。すると、生 徒は、先に見た4つの系統の分布範囲が、漢 民族の分布範囲とおおよそ一致していること に気づくであろう。「中華料理」として日本 人が親しんでいるのは、おもに漢民族の人た ちの料理であり、これ以外の民族の料理は日 本ではほとんど見られないことがわかる。 「中学校社会科地図 初訂版」p.21 ここで、生徒がチベット族、モンゴル族、 ウイグル族などの人々がどのような料理を食 べているのかという疑問を持った場合は、地 図帳13~14ページの主題図「世界各地の食事」 を参考にしてもらうとよい。「肉と乳」の分

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地図帳の有効な活用法

中国の食文化と農業の地域性

奈良教育大学教授 岩本廣美

1 人気の「中華料理」

 日本人の食生活は外国の影響を強く受けて

おり、なかでも中国に起源を持つ「中華料理」

は、カレー類やパスタ類などとともに、もっ

とも人気のある料理群である。試みに、地理

的分野の中国を扱う単元の導入で、食べたこ

とのある「中華料理」を生徒に自由に言わせ

れば、ラーメン、ギョウザ、ワンタン、シュ

ウマイなど実にさまざまな料理が出され、教

室が沸き立つことは確実である。しかし、広

い中国の各地域ではどのような料理が食べら

れているのであろうか、という問いには生徒

は必ずしも答えられないのが通常である。

 『中学校社会科地図 初訂版』(以下、地図

帳と記す)21ページ「自然と農業」Cの主題

図「おもな家庭料理」(裏表紙裏参照)は、

そうした問いに直接答えてくれる資料図であ

る。これを見れば、中国の家庭料理は、大き

く東西南北4つの系統に分かれていることが

わかる。北方系ではペキンダック、東方系で

はワンタンなど、それぞれに特徴的な料理が

写真で紹介されている。生徒にとってなじみ

のある料理も含まれている。そこで、これら

の料理の中から話題を取り上げ、21ページの

他の資料図などを通して、中国の食文化と農

業の地域性を生徒が具体的に理解できるよう

な授業展開を、以下で述べてみたい。

2 中国の民族分布と料理の関係

 まず、地図帳21ページの主題図「おもな家

庭料理」と「中国の人々」Aの主題図「漢民

族と少数民族」を比較させたい。すると、生

徒は、先に見た4つの系統の分布範囲が、漢

民族の分布範囲とおおよそ一致していること

に気づくであろう。「中華料理」として日本

人が親しんでいるのは、おもに漢民族の人た

ちの料理であり、これ以外の民族の料理は日

本ではほとんど見られないことがわかる。

「中学校社会科地図 初訂版」p.21

 ここで、生徒がチベット族、モンゴル族、

ウイグル族などの人々がどのような料理を食

べているのかという疑問を持った場合は、地

図帳13~14ページの主題図「世界各地の食事」

を参考にしてもらうとよい。「肉と乳」の分

26 27

布範囲とチベット族、モンゴル族の分布範囲

は重なっており、漢民族とは料理がかなり異

なっていることがわかる。また、地図帳21~

22ページ上部のイラスト「中国の鳥かん図」

を見れば、チベット族はヤクを、モンゴル族

はヒツジ、ウマ、ラクダをそれぞれ放牧して

おり、牧畜が行われていることが読み取れる

ので、これらの動物が「肉や乳」をもたらし

ていることが推測できよう。さらには、地図

帳21~22ページ鳥かん図の左下に、写真「チ

ベットの人々とヤク」およびイラスト「中国

の代表的な家畜」が配置されているので、生

徒はヤクの放牧の様子を具体的に知ることが

できるのである。イラストからは、ヤクがウ

シに似ているが、毛がふさふさしていること

も想像でき、チベット高原の冬の寒さをうか

がい知ることができそうである。

3 「中華料理」と農業の関係

 では、漢民族起源の「中華料理」と農業の

関係を生徒が具体的に理解できるようにする

には、どのような展開が適切なのであろうか。

 まず、地図帳21ページの「自然と農業」B

の主題図「米・小麦の生産」を生徒に見せたい。

この図から、中国では、長江付近より北では

小麦、南では米の生産がそれぞれ盛んである

ことが明瞭に読み取れる。同じページのAの

主題図「年間降水量と1月の平均気温」と比

較すれば、小麦と米の生産がそれぞれ盛んな

「中学校社会科地図 初訂版」p.13~14

「中学校社会科地図 初訂版」p.21

「中学校社会科地図 初訂版」p.21~22

地 理

歴 史

公 民

地 図

社会科

28 29

地域の分布は、年間降水量との関係がありそ

うなことも読み取れる。地図帳19~20ページ

の基本図(裏表紙裏参照)で緯度を確認する

と、北緯35度付近を境に中国の農業生産は大

きく異なっていることを具体的に理解できる

のである。

 次に、地図帳21ページの主題図「おもな家

庭料理」で紹介されている料理の中から小麦

と米をそれぞれ使っている料理を生徒に気づ

かせたい。おそらく、小麦を使った料理につ

いては、生徒は比較的容易に発見するであろ

う。生徒にとってなじみのあるギョウザ*や

ワンタンが紹介されているためである。しか

し、「とうがらし入りめん」が米を使った料理

であることに気づく生徒は多くないであろう。

中国南部では、米で作られた「めん」のビー

フンが盛んに食べられているが、ビーフンを

使った料理は、同じめん料理でもラーメンや

焼きそばと比較すると日本ではそれほど人気

のあるメニューではないため、見落とされが

ちである。

 ここで、地図帳13~14ページの主題図「世

界各地の食事」に、もう一度目を向けさせた

い。中国南部で「かゆ」が食べられているこ

とが写真とともに紹介されていることにも気

づくことになるためである。結局、中国南部

では、米を「ごはん」として食べることもあ

ろうが、「かゆ」や「めん」にして食べるこ

とがさかんであることが理解できる。

 このように考えてきたとき、「中華料理」の

中でも、日本でかなり一般的になっているも

のと、必ずしもそうでないものとがあること

に生徒は気づくことになろう。

・     ・     ・

 地図帳19~20ページの基本図、21~22ペー

ジの主題図やイラストなどを総動員させ、13

~14ページの主題図「世界各地の食事」の助

けも借りれば、中国の食文化と農業の関係に

ついて、民族分布とも関連させながら、かな

り具体的に理解することができることは明ら

かである。「中華料理」が生徒にとってなじ

みの深い料理であることは、こうした学習に

とって有利な点である半面、固定観念となり、

ときに事実の発見を妨げることもある点には

留意すべきであろう。

*ただし、中国で一般的なギョウザは「水ギョウザ」

であり、日本では「ごはん」との相性の関係などか

ら「水ギョウザ」よりも「焼きギョウザ」が一般化

した点でギョウザの事情はやや異なる。ちなみに、

日本でギョウザが普及したのは、第二次世界大戦後

のことである。

「中学校社会科地図 初訂版」p.21

「中学校社会科地図 初訂版」p.21

本文p.26〜28の関連地図です

 地図の美しさ・見やすさは、地

図編集上最も留意している点のひ

とつである。p.19〜20「東アジア」

では、土地利用と植生の分布がは

っきりと正しく読みとれるように

着色することを心がけつつ、それ

らを具体的にイメージしやすいよ

う、色の配合や地紋の表現を工夫

している。たとえば、長江流域や

スーチョワン盆地などにみられる

稲作地は、水で潤う水田をイメー

ジしやすいよう、深緑色で着色し、

地形図の水田記号を地紋で併記し

ている。一方、華北平原やトンペ

イ平原に卓越する畑作地は、畑の

畝をイメージした薄茶色で着色

し、綿花・大豆・小麦・茶などの

中国を代表する作物の絵記号を併

記している。また、モンゴル付近

に卓越する草地・遊牧地は、鮮や

かな黄緑色で着色し、短草を模し

たオリジナルの地紋を併記してい

る。こうした工夫は、中国におけ

る食文化の地域性を視覚的にとら

えることにも結びつく。たとえば、

長江流域では米を使った料理、華

北平原やトンペイ平原では小麦を

使った料理、モンゴルの草原では

牧畜による肉や乳など、各地域の

食文化を想像しながら地図帳を読

むことで、地図帳を一層楽しく活

用できるにちがいない。

(帝国書院編集部)