幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1...匿習...

4
匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1 吉田哲津忠則 小松島赤十字病院 小児科 要旨 ベーチェ ット病は、口腔粘膜の再発性ア フ夕、皮膚症状、眼症状、外陰部漬蕩 を 4 主症状 とする慢性遷延性疾患であ る。本邦では、諸外国 に比し、比較的多 い疾患 とされているが、その発症年齢の ピークは 20-40 歳代に あり 、小児期に 発症する 例は まれで、特に幼児期の発症例は 、本邦では数例の報告を見る にす ぎなL 、。 今回、我々は、 1 歳時 よりアフ タ性 口内炎 を繰り返し 、慢性的 に経過する 他の症状 などから 、ベーチェ ッ ト病 と考え られた症例を経験 した ので報告する 。 キーワー ド:ベーチェッ 卜病、アフタ性口内炎、外陰部損蕩 はじめに ベーチェ ッ ト病は、 1937 年 に再発性 アフタ 性 口内炎、 外陰部漬傷、前房蓄膿性再発性虹彩炎を三主徴とする 二例を べーチェ ッ 卜が報告 した ことに始まり、 この三 主徴に皮膚症状を加えた四主症状を持っ ているも のが 本症 と診断されている 。本症は、いまだ病因不明の急 性炎症性病変を反復する難治性疾患で、その診断は|臨 床症状の組み合わせにより行われてい る。 今回、我々は、 1 歳時 に発 症 したべ ーチェ ッ 卜病の 男児ザ I J を経験したので報告する。 症例 例:1981 10 20 日生 まれの男児。 訴 :反復するアフタ 性口 内炎。 家族歴 :特記すべきことなし。 病歴 : (図1) 生後10 カ月時、38.0 0 C 以上の発熱が約三週間持続。 経過中、発疹、肝牌腫、扇桃炎所見、表在 リンパ節腫 大、白血球の著増、GOT GPTの上昇、赤沈冗進 557 58 59 60 61 891011121 234 567 891011121 234567 891011121 234 567891011121 23 皮疹 蹟部潰蕩 4 ミ‘伝染性単核施 ι 胸膜炎 ι 麻疹 メフェナム厳 (ボンタール) ↓↓.j..j. r- グロフ (1)1 VOL.5 NO.l M ARCH 2000 反復性耳下蝕炎 幼児期早期 に発症した ベーチェット 病の l 113

Upload: others

Post on 23-Jan-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1...匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の1例 吉田哲也 中津忠則 小松島赤十字病院 小児科

匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1例

吉田哲也 中津忠則

小松島赤十字病院 小児科

要旨

ベーチェ ット病は、口腔粘膜の再発性アフ夕、皮膚症状、眼症状、外陰部漬蕩を4主症状とする慢性遷延性疾患であ

る。本邦では、諸外国に比し、比較的多い疾患とされているが、その発症年齢の ピークは20-40歳代にあり、小児期に

発症する例はまれで、特に幼児期の発症例は、本邦では数例の報告を見るにすぎなL、。

今回、我々 は、 1歳時よりアフタ性口内炎を繰り返し、慢性的に経過する他の症状などから、ベーチェ ット病と考え

られた症例を経験したので報告する。

キーワード:ベーチェッ卜病、アフタ性口内炎、外陰部損蕩

はじめに

ベーチェ ット病は、1937年に再発性アフタ性口内炎、

外陰部漬傷、前房蓄膿性再発性虹彩炎を三主徴とする

二例をべーチェ ッ卜が報告したことに始まり、 この三

主徴に皮膚症状を加えた四主症状を持っているものが

本症と診断されている。本症は、いまだ病因不明の急

性炎症性病変を反復する難治性疾患で、その診断は|臨

床症状の組み合わせにより行われている。

今回、我々は、 1歳時に発症したべーチェ ッ卜病の

男児ザIJを経験したので報告する。

症 例

症 例:1981年10月20日生まれの男児。

主 訴 :反復するアフタ性口内炎。

家族歴 :特記すべきことなし。

病歴 :(図1)

生後10カ月時、38.00C以上の発熱が約三週間持続。

経過中、発疹、肝牌腫、扇桃炎所見、表在リンパ節腫

大、白血球の著増、GOT・GPTの上昇、赤沈冗進

557 58 59 60 61

8910 11121 234 567891011121 234567891011121 234 5 6 7 8 91011121 23

皮疹

蹟部潰蕩

4ミ ‘ 伝染性単核施

ι胸膜炎 ι麻疹

メフェナム厳(ボンタール)

↓↓.j..j. r-グロフ(1)ン

図 1

VOL.5 NO.l MARCH 2000

反復性耳下蝕炎

幼児期早期に発症したベーチェット病のl例 113

Page 2: 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1...匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の1例 吉田哲也 中津忠則 小松島赤十字病院 小児科

が見られ、 CRP陽性、ポールパンネ ル反応256倍

(::t)だっ た。EBウィルス感染は証明できなかった

が、伝染性単核球症が疑われた。

1歳頃より、多数のアフタ性口内炎が出現し、以後、

完全に消失する ことなく 持続する。この口内炎は、舌、

歯肉部、軟口蓋にも認められ、悪化時には、咽頭部に

もアフタを認めた(図 2)。

図 2

1 歳 2 カ月時、 右胸膜炎とな る 。 この頃より、 II工 f"~

周囲に潰療を形成し、膿汁の分泌を認めるようになる

(図 3)。

図 3

1歳 4カ月時、下肢に毛嚢炎様皮疹が数個出現、一

部膿泡形成も認める。

さらに 2歳時より、排尿時痛、尿道からの膿汁分泌

をる忍めるようになる。

3歳時の一時期、胸部に、皮疹とは異なり、 A工門周

囲潰壊と同様の潰療が認められ、膿I十分泌を認める。

図 lに示すごとく、口腔内アフ夕、虹門部潰傷、尿

道炎は、 幼児期の問、ほとんど消失するこ となく続い

た。ただし、 2歳 2カ月時、麻疹lこ擢患後の約三週間、

すべての症状が消失した。幼児期に症状が完全に消失

したのは、この麻疹後の三週間のみであった。

以上のごとく、 症状の慢性経過より、ベーチェッ卜

病不全型と診断した。

174 幼児期早期に発症したベーチェ ッ 卜病の l例

検査成績

表 lは、 ベーチェッ ト病を疑い始めた 2歳 5カ月頃

の検査所見である。

尿道炎のため尿中白血球が増加、赤沈・ CRp.

ASPなどの炎症所見も認められ、 r-グロブリ ンが

23.4%と増加していた。口内炎による経口摂取不足に

表 1 検査結果

赤沈検尿

蛋白

(+ )

(ー)

潜血 (ー)

ウロビリノーゲン 正常

沈;査 RBC 5~9 / GF

WBC 無数

M

MU

%

qu

f/

4

1

E

}

、〉

qu

×

I、

q

E

n口

件nwM

4

1

a

uマ

ハし

t

b

B

M

前出

H門凶

n

D

H

WBC

Stab

Seg

Lym

Mon

At.Lym

14100

8.0%

49.5%

39.5%

0.5%

2.5%

血清 Fe 141'9/d[

U[BC 274μ9/d[

GOT 64[ U/[

G PT 40 [U/[

コレステロール 126mg/d[

Na 134mEq/[

K 4.0mEq/[

C[ 104mEq/[

Ca 8.8mg/d[

BUN

総蛋白

A[b

8mg/ d [

7.0g/d[

50.1%

4.7%

11. 6 %

10.2%

23.4%

αl-g[

α2-g [

s-g[

y-g [

CRP

ASP

30mm (1 hr)

3.1 mg/d[

252mg/d[

42単位

132mg/d[

26mg/d[

2060mg/d[

653mg/d[

337mg/d[

<2. 0μ9/d[

1257 U

72.7%

C H 50

C3

C, [gG

[gA

[gM

[gD

[gE

OKT-3

o K T -4 28.2%

o K T -8 33.5%

OK-["l 18.8%

リンパT求 B [astgenesis

P H A 21398C P M

Con.A 34697CP M

Contro[ 3549C P M

単純へルペス抗体 (CF) < 4倍帯状短疹ウィルス抗体 (CF) < 4倍

EBウィルス VCA [9G(FA) 160倍

EBウィルスVCA[gM(FA) く10倍

EBウィルス NA(FA) 20倍

RAテスト (ー)

免疫複合体 <0.5mgAHGEq/[

抗核抗体 (ー)

抗 DNA抗体

ツベルクリン反応

針反応

膿汁細菌培養

紅門部潰蕩

尿道

臓部潰蕩

皮疹

<80 x

陰性

陰性

Komatushim a Red Cross Hospital Medical J ournal

Page 3: 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1...匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の1例 吉田哲也 中津忠則 小松島赤十字病院 小児科

より、血清鉄の低値が認められた。なお、各潰蕩部分 は、この診断基準からベーチェ ット病不全型と診断さ

から分泌される膿の細菌培養では、明らかな起炎菌は れる。

認められなかった。

CH50 はやや高値を示し、 IgG.A Eは明 らかに増 表 2 ベーチェッ卜病の診断基準 (1987年厚生省研究班)

加していた。 リンパ球では OKT-4がやや低値、

OKT -8がやや高値を示 していた。ベーチェッ卜病

の一つの特徴である針反応は、本例では陰性であった。

幼児期以降の経過

4歳から 6歳の問、反復性耳下腺炎のため耳下腺腫

脹を7回繰り返している。

6歳H寺、 百日|咳に擢患。

10歳時、肝臓療を発生、増悪して、 右肺化膿症も併

発。抗生剤投与、 ドレナージなどにて治癒。

13歳時、頭痛、めまい、 立ちくらみなと、の症状出現、

頭部 CTスキャンにて左基底核部分に小さな梗塞によ

ると思われる 1~ 2 mm大の低吸収領域が二か所認めら

れた。自然、経過にて一週間後には症状は改善 している。

13歳時、咽後膿壊に催患、内科的治療にて治癒。

14歳時、肝内炎症性褒胞(多胞性)にて発熱、内科

的治療にて二カ月後に治癒。

口内炎は、 18歳の現在まで、ほとんど完治すること

なく持続している。ただし、 10歳頃より、出現するア

フタの数が減少し、 11困頭部分への出現も少なくなり、

経口摂取も少し楽になっている。

皮疹は、 5歳以降はほとんど出現していない。

月工門部潰蕩も、6歳以降はほとんど出現していない。

尿道炎も、 10歳以降はほとんど発症していない。

胸部潰虜は、 3歳時と5歳時に出現し、それ以降は

認めなかった。

17歳時、陰嚢部に小潰壊が出現。数カ月にわたって

繰り返した。

眼症状は現在まで認めていない。

治療は、病初期には抗生斉IJ.グロプリン製剤などの

投与を行うも効果なく、 普段は悲痛緩和のためメ フェ

ナム酸 (ポンタール)を投与した。4歳時にケ 卜ティ

フェン (ザジテン)、 6歳時にセファランチ ンを投与

するも効果は認めなかった。

考察

主症状 副症状1.口腔粘膜の反復性アフ 1. 変形・拘縮のない関節炎

2. 膿皮症タ性潰蕩2.皮膚症状3. 眼症状4. 外陰部潰寝

病型診断

3.消化器病変4. 血管病変5. 中枢神経病変

1.完全型 :経過中lこ4主症状が出現したもの2.不全型 :a) 3主症状または 2主症状と 2副症状

が出現したものb)典型的眼症状と他の 1主症状あるいは2副症状が出現したもの

3. 疑 い:L 、くつかの主症状は呈するが上記の型を満たさない、あるいは典型的な副症状が見られたもの

4. BE 型 :a)消化管べーチェッ卜病b)血管ベーチェット病c)神経ベーチェ ット病

べーチェッ卜病の年少時発症例は少な く、1979年に

本邦で実施された第二回べーチェット病全国疫学調査

では、 総数2000名余りの内、15歳未満発症例は1.6%

(33名)であった。さらに、1995年の小児べーチエツ

卜病の全国調査2)で集計されたのは31名だった。

本邦での幼児期発症例は、本例も含めほとんどが不

全型で、眼症状の出現はl例のみと少な く、逆に成人

では少ない外陰部潰蕩 ・腹部症状の出現頻度が高いな

どの特徴がある。特に全べーチェット病の 1%以下と

される腸管ベーチェッ 卜病が、小児期には50~70% と

極めて高頻度に認められており、小児期発症のベー

チェ ット病では、消化器症状の訴えには特に注意を払

う必要があると思われる。

本症の原因、発生機序はまだ明らかではないが、遺

伝因子として HLA-B51との関係、環境因子として

は Streptococcussanguis抗原の関与、免疫系では

主に細胞性免疫異常によるサイトカイン産生増加、好

中球の機能冗進状態などが症状発生に関係していると

推定されている。|臨床的にも、他の自己免疫疾患と同

様、ベーチェ ッ卜病の母親から生まれた新生児に一過

性のベーチェ ッ卜病症状を認めたとする報告3) や、 本

表 2は、ベーチェ ット病の診断基準1)である。本例 例に見られたごと く麻疹擢患後数週間完全寛解が得ら

VOL.5 NO.l MARCH 2000 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の l例 115

Page 4: 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の 1...匿習 幼児期早期に発症したベーチェッ卜病の1例 吉田哲也 中津忠則 小松島赤十字病院 小児科

れたことなど、免疫系の異常が症状発生に関係してい

る可能性を示していると思われた。

ベーチェ ッ卜病では、眼症状は視力障害をきたす危

険性があり、特殊病型は生命の危険性にかかわる重大

な臓器障害に結び付く恐れがあるが、粘膜や皮膚症状

は可逆的な症状である。一方、本症の病状は長期間経

過すると、本例でも見られるごとく、軽症化する傾向

にあると考えられている。このような観点から治療方

法が選ばれ、 急性期の眼症状や中枢神経症状に対 して

はステロイド剤や免疫抑制剤が使用されている。本例

では、視力障害や重大な臓器障害の危険性がほとんど

なかったため、ステロイド、剤や免疫抑制剤は使用して

いない。

おわりに

幼児期早期に発症したベーチェット病の 1例を報告

した。麻疹擢患後数週間ベーチェット病症状の完全寛

解を認め、本症発生に免疫系の異常が関与しているこ

とを示す臨床的な所見と思われた。

文献

1) Mizushima Y : Recent resarch into Behcet's

disease in Japan. Int J Tiss Reac 10 : 59-65,

1988

2 )藤川 敏、大国真彦 :小児腰原病の全国調査報

告.日本小児リウマチ研究会疫学調査研究班,

1995

3) M A Lewis and B L Priestley Transient

neonatal Behcet's disease Arch Dis Childh

61 : 805-806, 1986

A Case of Behcet Syndrome Occurred in EarlγStage of I nfancy

Tetsuya YOSHIDA, Tadanori NAKATSU

Division of Pediatrics, Komatsushima Red Cross Hospital

Behcet syndrome is a chronic persistent disease showing four major symptoms including recurrent

aphtha of oral mucus, skin symptoms, eye symptoms and ulcus vulvae. Although it is said to occur

relatively frequently in this country in comparison to various foreign counties, the peak of the onset ages is

between 20 and 40 years and, therefore, its occurrence in a child, particularly in infancy, is rare and only

a few cases have been reported in Japan.

1n the present study, we report our experience of a patient who had suffered from recurrent aphthous

stomatitis from the age of 1 year and was considered to have Behcet syndrome based on other symptoms

which had taken chronic courses.

Key words: Behcet syndrome, aphthous stomatitis, ulcus vulvae

Komatushima Red Cross Hospital Medical Journal 5:113-116,2000

176 幼児期早期に発症したべーチェッ 卜病の 1例 Komatushima Red Cross I-Iospital Medical Journal