公園海浜部における堆砂垣の設置について -...

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1 公園海浜部における堆砂垣の設置について 佐々木 勝也 1 1 国営常陸海浜公園事務所 工務課 (〒312-0012 茨城県ひたちなか市馬渡字大沼605-4国営ひたち海浜公園の海浜部は、供用していない未開園の区域である。近年、砂浜の砂の減 少が際立ってきており、海浜植物の減少も問題となっている。今後、開園に向けて整備する上 で、海浜部における砂浜の保全が必要となっている。また、隣接する県道へ堆砂が著しく、飛 砂を抑制する必要もある。これらの対策の1例として、試験的に堆砂垣を設置した結果、一定の 効果を得ることができた。 キーワード 堆砂垣,静砂垣,飛砂 1. 海浜部の概要 国営ひたち海浜公園は、1973 年に米軍から返還された 水戸対地射爆撃場跡地(現在のひたちなか地区)の平和 利用の一環として、恵まれた自然環境を保全するととも に、関東地方の広域的なレクリエーション需要に対応す るため、国が整備・管理を行っている都市公園である。 計画面積350ha に対し、現在199.5ha を開園している。 海浜部は、本公園の東部に位置し、約1 ㎞の海岸を有 する供用していない未開園の区域である(図-1 )。 海浜部は、近年、砂浜の砂の減少が際立ってきており、 海浜植物の減少も問題となっている(図-2 )。また、隣 接する県道への堆砂が顕著である。 これらの要因は、海浜部周辺の施設整備等による潮流 変化に伴う漂砂の減少、本公園の北部を流れる久慈川等 からの土砂供給の減少、風向風速による影響等が考えら れるが、様々な要因が複合的に作用しており、これらの 要因に対する対策は困難である。 このため、海浜部において、砂浜の堆砂を促進させ、 隣接する県道への飛砂を抑制させる対策が必要である。 海浜部 -1 海浜部の位置図 -2 海浜部の経年変化

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Page 1: 公園海浜部における堆砂垣の設置について - mlit.go.jpな植物が確認されていない箇所を選定した(図-3)。 堆砂垣C 3. 対応策の効果 (1) モニタリング結果

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公園海浜部における堆砂垣の設置について

佐々木 勝也1

1国営常陸海浜公園事務所 工務課 (〒312-0012 茨城県ひたちなか市馬渡字大沼605-4)

国営ひたち海浜公園の海浜部は、供用していない未開園の区域である。近年、砂浜の砂の減

少が際立ってきており、海浜植物の減少も問題となっている。今後、開園に向けて整備する上

で、海浜部における砂浜の保全が必要となっている。また、隣接する県道へ堆砂が著しく、飛

砂を抑制する必要もある。これらの対策の1例として、試験的に堆砂垣を設置した結果、一定の

効果を得ることができた。

キーワード 堆砂垣,静砂垣,飛砂

1. 海浜部の概要

国営ひたち海浜公園は、1973年に米軍から返還された

水戸対地射爆撃場跡地(現在のひたちなか地区)の平和

利用の一環として、恵まれた自然環境を保全するととも

に、関東地方の広域的なレクリエーション需要に対応す

るため、国が整備・管理を行っている都市公園である。

計画面積350haに対し、現在199.5haを開園している。

海浜部は、本公園の東部に位置し、約1㎞の海岸を有

する供用していない未開園の区域である(図-1)。

海浜部は、近年、砂浜の砂の減少が際立ってきており、

海浜植物の減少も問題となっている(図-2)。また、隣

接する県道への堆砂が顕著である。

これらの要因は、海浜部周辺の施設整備等による潮流

変化に伴う漂砂の減少、本公園の北部を流れる久慈川等

からの土砂供給の減少、風向風速による影響等が考えら

れるが、様々な要因が複合的に作用しており、これらの

要因に対する対策は困難である。

このため、海浜部において、砂浜の堆砂を促進させ、

隣接する県道への飛砂を抑制させる対策が必要である。

海浜部

図-1 海浜部の位置図

図-2 海浜部の経年変化

Page 2: 公園海浜部における堆砂垣の設置について - mlit.go.jpな植物が確認されていない箇所を選定した(図-3)。 堆砂垣C 3. 対応策の効果 (1) モニタリング結果

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2. 対応策の検討

(1) 対応策の立案

飛砂対策としては、「地形」による対策、「植生」に

よる対策、「構造物」による対策が考えられる。

a) 「地形」による対策

砂丘、トレンチ(溝)等により地形を造成・整理し、

海岸からの風力の減殺等を図ることによって、飛砂の軽

減及び砂地を固定する。

b) 「植生」による対策

植生の繁茂による砂地表面風速の緩和効果及び根系の

砂地表層の緊縛効果により、砂地を固定する。

c) 「構造物」による対策

海側から風送される砂を堆砂垣等の構造物によって抑

留して、その前後に堆砂させ、砂丘を造成させる。

なお、堆砂垣は、飛砂防止対策として最も一般的に使

用されている工法の一つである。

(2) 対応策の選定

対応策の選定にあたっては、「砂の捕捉効果」、「効

果の持続性」、「コスト」の3要素に着目し、比較を行

った(表-1)。

その結果、砂の捕捉効果が大きく、一定期間、効果が

持続され、かつ、コスト的にも有利な構造物(堆砂垣)

による対応策を選定した。

(3) 試行パターンの検討

事例や学術知見等により、堆砂垣が高く長いほど多く

の砂を捕捉すること、さらに複数列の方が多くの砂を捕

捉することが考えられる。また、堆砂垣の空隙率によっ

て、堆砂量や堆砂形状が異なることも知られている。一

方、堆砂垣に用いる材料の耐久性や空隙率に関しては知

見が不足しており、また、海浜部の風況に関する情報も

不足している。

このため、今回は、「高さ」「向き」「材料」の異な

る3ケース、8パターンを試験的に実施した(表-2)。

設置箇所については、隣接する県道上の堆砂が著しく、

かつ、想定される堆砂範囲(堆砂垣の前後10m)に希少

な植物が確認されていない箇所を選定した(図-3)。

3. 対応策の効果

(1) モニタリング結果

8パターンの堆砂垣を以下のとおり4分類として整理す

る(表-3)。

方向 高さ(m) 材料

北東 アズマネザサ

北東風に直角 シノ竹

北東 アズマネザサ

北東風に直角 シノ竹

東 アズマネザサ

汀線と平行 シノ竹

東 アズマネザサ

汀線と平行 シノ竹

堆砂垣A

堆砂垣B

堆砂垣C

堆砂垣C

分類名

0.5

1.0

0.5

1.0

規格

項目 確認点 パターン

高さ

高さが高いほど多くの砂を捕捉する可能性がある。しかし、当該地区の風況に関する情報が不足しているため、高さを変えて耐久性、砂の捕捉状況の違いを確認する。

①:100㎝

②:50㎝

向き

当該地区は昔から北東風が卓越するといわれており、風紋からもその傾向が推察される。このため、向きを変えて耐久性、砂の捕捉状況の違いを確認する。

③:卓越風(北東)に対して直角

④:汀線(東)に対して平行

材料材料の違いによる効果(耐久性や砂の捕捉状況)について検証を行う。

⑤:アズマネザサ

⑥:シノ竹

砂の捕捉効果 △ 大きい × 小さい ○ 非常に大きい

効果の持続性 × 砂丘等変状まで ○ 枯死まで △構造物埋没後

砂丘等変状まで

コスト × 1.71 △ 1.58 ○ 1.00

評価

地形(砂丘・溝)

×

植生(海浜植物)

△ ○

構造物(堆砂垣)

表-1 対応策選定表

表-2 試行パターン

表-3 試行パターン分類表

図-3 堆砂垣設置位置図

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a) 前面高

堆砂垣Aが突出して高く、それ以外は、堆砂するもの

の相対的に効果は低い傾向であった(図-4,5,6)。

b) 前面長(風上)

堆砂垣Bが広範囲に及んでおり、次いで、堆砂垣Aで

あった(図-7,8,9)。

c) 後面長(風下)

堆砂垣A(シノ竹)の範囲が最も広く、それ以外は、

相対的に狭い範囲であった(図-10,11,12)。

図-4 堆砂垣モニタリング結果(前面高)

図-5 堆砂垣A(前面)の状況(2015年11月13日)

図-6 堆砂垣A(前面)の状況(2016年5月20日)

図-7 堆砂垣モニタリング結果(前面長)

図-8 堆砂垣B(前面)の状況(2015年11月13日)

図-9 堆砂垣B(前面)の状況(2016年5月20日)

図-10 堆砂垣モニタリング結果(後面長)

図-11 堆砂垣A(後面)の状況(2015年11月13日)

図-12 堆砂垣A(後面)の状況(2016年5月20日)

Page 4: 公園海浜部における堆砂垣の設置について - mlit.go.jpな植物が確認されていない箇所を選定した(図-3)。 堆砂垣C 3. 対応策の効果 (1) モニタリング結果

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(2) モニタリング結果の考察

a) 高さについて

高さの違いによる効果の差は明確化できなかった。こ

れは、高さの違いよりも、設置位置の違い等、別の要因

による影響が大きいものと推測される。

同位置に更に高い堆砂垣を設置することにより、高さ

による効果の違いが明確になる可能性はあるが、現状の

構造では1.0mより高くすると構造的に不安定であり、強

風時に倒壊の恐れがある。

飛砂の高さについては、地形状況、植生状況等により、

異なると考えられるため、飛砂状況の鉛直分布を調査す

ることにより、最も効果的な堆砂垣の高さを求めること

ができると考えられる。

b) 向きについて

堆砂垣A、B(北東向き)の方が、堆砂垣C、D(東

向き)よりも効果が大きい結果であった。当該地区は北

東風が卓越しており、その卓越風に対し直角に設置する

ことにより、大きな効果が得られたと考えられる。

なお、当該箇所は、供用していない未開園の区域であ

り、環境上、配慮すべき事項はあるものの、設置箇所を

自由に選定できることが大きな効果を得られた要因の一

つだと思われる。

c) 材料について

アズマネザサはシノ竹に比べ、空隙が少なく、砂の捕

捉効果が高いと想定していた。短期的には、想定通りの

結果となったが、現在は、堆積高、前面長、後面長で判

断すると大きな差は生じていないが、堆積量は、アズマ

ネザサの方が大きいと推測される。

現時点では、アズマネザサの方が有利であるが、長期

的には、葉が落ち、空隙が多くなり、シノ竹と大きな差

が生じなくなる可能性があると考えられる。

d) 設置位置について

堆砂垣Aが最も高い砂の捕捉効果を示した。これは、

堆砂垣の設置位置にも関係があると考えられる。海浜部

の北側は漂砂の供給が大きく、南下するとともに小さく

なり、南側では供給不足のため、汀線が浸食されている。

これらの状況から最北部の堆砂垣Aが、高い効果を示

したものと考えられる。

e) 海浜植物について

堆砂垣設置後、堆砂垣周辺の堆砂部に海浜植物の生育

が確認された。植生が繁茂することにより、副次的な効

果として、更なる飛砂抑制が期待できると考えられる。

海浜植物の生育は、堆砂量が多い堆砂垣Aは基より、

比較的堆砂量が少ない堆砂垣B~Dについても確認され

た。これは、堆砂垣による砂の捕捉効果が小さくても、

植生による捕捉効果と相まって、長期的には、一定の効

果が期待できると考えられる。

なお、現在、確認された海浜植物は、カワラヨモギ、

帰化植物であるコマツヨイグサ、茨城県版レッドデータ

ブックの準絶滅危惧に指定されているビロードテンツキ

の3種である。3種とも多年草であるため、新たに定着し

た植物であるかは不明であるが、堆砂部とそれ以外の箇

所では生育状況に明確な違いがあり、堆砂部の方が生育

状況が良好であった(図-13)。

4. まとめ

堆砂垣による砂の捕捉については、北側かつ北東向き

が最も効果が高い。南側、東向については、堆砂垣によ

る効果は低いものの、植生による砂の捕捉効果と相まっ

て、長期的には、一定の効果が期待できる。高さ及び材

料については、大差ないと判断できる。

しかし、堆砂垣設置により、飛砂が固定され、砂浜の

草地化が進み、帰化植物の侵入が懸念されるため、飛砂

抑制と環境保全の両立させる対策が必要である。

5. 今後の展開

(1) モニタリング調査の継続

堆砂垣の堆砂状況、堆砂部の植生繁茂状況等について、

引き続き、モニタリング調査を実施することにより、中

長期的な評価が可能となる。

(2) 鉛直分布状況の把握

簡易的な測定装置を設置し、当該箇所の飛砂量及び鉛

直方向の飛砂量を把握する。設置箇所については、既設

堆砂垣付近及び現地状況等により、高い効果が期待でき

る箇所を選定する。

(3) 堆砂垣の増設

堆砂状況、植生状況のモニタリング調査結果と鉛直分

布状況の調査結果等により、堆砂垣の仕様、設置箇所等

を検討し、更なる効果的な堆砂垣を増設する。

謝辞:堆砂垣の設置にあたり、日頃よりひたち海浜公

園の動植物調査や保護・保全に多大なご協力、ご指導を

いただいている茨城生物の会の皆様に、ご助言をいただ

きました。心より感謝を申し上げます。

図-13 堆砂垣周辺の植生生育状況(2016年5月20日)