p-94 人工林管理に対応した森林生態系放射性 セシウム動態モデ … ·...

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SATテクノロジー・ショーケース 2019 福島第一原発事故により、環境中に多くの放射性Csが 放出され、その多くが森林生態系に沈着した。 137 Csは約 30年という長い物理半減期を有し、比較的長い将来にわ たって、環境中に存在することになる。汚染された森林域 は、チェルノブイリ近郊に比べ森林生態系内の放射線強 度は低いが、今後の空間線量の推移や植食生動物等を 介しての食物網、さらには魚類等への移行を考える上で、 今後の森林生態系内での動態の把握が重要になる。特に 汚染域の多くは人工林であり、持続的な材木・バイオマス 生産、生態系機能を維持するために、間伐や皆伐といっ た森林施業を考慮することが必要不可欠である。そこで著 者らは、材木生産と人工林管理を考慮した森林生態系内 137 Cs動態モデルを開発し、福島の森林生態系の放射性 Csの将来予測を行うための枠組みを作成した。またモデ ルはオープンソースとして公開している。 1.放射性Cs動態モデル“FoRothCs”の開発と改良 開発したモデルは林業生産モデルと土壌炭素分解モ デルをベースとし、各種放射性Csの移行プロセスをモデ ル化して、各要素の濃度やインベントリを予測するモデル を作成した(図1)。バイオマス生産モデルには、自己間引 き効果を考慮した人工林動態モデルを利用し、施業と放 射性Cs動態をリンクしてバイオマス(炭素)ベースでの物 質循環を再現することによって、間伐等の人為要因を定 量的に評価できるようにした。また樹木の基本的形状を予 測するために立木材積を計算することが可能であり、これ は森林経営を実施する上で基盤的な情報となりうる。 2.近似ベイズ計算による予測精度改善とパラメータ推定 事故から7年が経過し、森林生態系における 137 Cs動態 の時系列データが利用できるようになりつつある。そこで 近似ベイズ計算を用いて、観測データに計算結果をフィッ トさせることによってFoRothCsモデルの 137 Cs移行プロセス に関連するパラメータを推定し、また予測精度の改善を試 みた。その結果、予測精度の向上とともに、実測では把握 することが困難な、樹木根からの 137 Cs吸収速度などのパ ラメータを間接的に推定することが可能となった。 3.今後の取組 FoRothCsを用いて最適な森林管理について模索する。 特に、事故直後の最適な除染管理や、木材生産と樹木内 137 Cs濃度推移を考慮した伐期の最適化について検討を 行う予定である。 下記のWebページにソースコード(R言語)を公開した。 https://github.com/Nishina-NIES/FoRothCs 学術論文: Nishina et al. (2015) Frontiers in Environmental Science. 3:61. doi: 10.3389/fenvs.2015.00061 Nishina et al. (2018) J. Environmental Radioactivity. 193– 194, 82-90. doi: 10.1016/j.jenvrad.2018.09.002 図 1: FoRothCs モデルの構造と 137 Cs 移行プロセスの概要 図 2: 近似ベイズ計算を用いた予測結果の改善 左図:デフォルト値を使ったケースの計算結果 右図:事後分布の中央値(推定されたパラメータ)を 用いて計算を行った結果 (点は観測データ。詳細は Nishina et al.(2018)) 表発表問合せ先 3 0 5 - 8 5 0 6 1 6 - 2 T E L 0 2 9 - 8 5 0 - 2 3 3 5 n i s h i n a . k a z u y a @ n i e s . g o . j p 1放射性セシウム環境動態 (2)数理モデル (3)近似ベイズ計算 林誠二(国立環境研究所) P-94 96

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Page 1: P-94 人工林管理に対応した森林生態系放射性 セシウム動態モデ … · 福島第一原発事故により、環境中に多くの放射性Csが 放出され、その多くが森林生態系に沈着した。137Csは約

SATテクノロジー・ショーケース2019

■ はじめに 福島第一原発事故により、環境中に多くの放射性Csが

放出され、その多くが森林生態系に沈着した。137Csは約30年という長い物理半減期を有し、比較的長い将来にわたって、環境中に存在することになる。汚染された森林域は、チェルノブイリ近郊に比べ森林生態系内の放射線強度は低いが、今後の空間線量の推移や植食生動物等を介しての食物網、さらには魚類等への移行を考える上で、今後の森林生態系内での動態の把握が重要になる。特に汚染域の多くは人工林であり、持続的な材木・バイオマス生産、生態系機能を維持するために、間伐や皆伐といった森林施業を考慮することが必要不可欠である。そこで著者らは、材木生産と人工林管理を考慮した森林生態系内137Cs動態モデルを開発し、福島の森林生態系の放射性Csの将来予測を行うための枠組みを作成した。またモデルはオープンソースとして公開している。 ■ 活動内容 1.放射性Cs動態モデル“FoRothCs”の開発と改良

開発したモデルは林業生産モデルと土壌炭素分解モデルをベースとし、各種放射性Csの移行プロセスをモデル化して、各要素の濃度やインベントリを予測するモデルを作成した(図1)。バイオマス生産モデルには、自己間引き効果を考慮した人工林動態モデルを利用し、施業と放射性Cs動態をリンクしてバイオマス(炭素)ベースでの物質循環を再現することによって、間伐等の人為要因を定量的に評価できるようにした。また樹木の基本的形状を予測するために立木材積を計算することが可能であり、これは森林経営を実施する上で基盤的な情報となりうる。 2.近似ベイズ計算による予測精度改善とパラメータ推定

事故から7年が経過し、森林生態系における137Cs動態の時系列データが利用できるようになりつつある。そこで近似ベイズ計算を用いて、観測データに計算結果をフィットさせることによってFoRothCsモデルの137Cs移行プロセスに関連するパラメータを推定し、また予測精度の改善を試みた。その結果、予測精度の向上とともに、実測では把握することが困難な、樹木根からの137Cs吸収速度などのパラメータを間接的に推定することが可能となった。

3.今後の取組 FoRothCsを用いて最適な森林管理について模索する。

特に、事故直後の最適な除染管理や、木材生産と樹木内137Cs濃度推移を考慮した伐期の最適化について検討を行う予定である。 ■ 関連情報等 下記のWebページにソースコード(R言語)を公開した。 https://github.com/Nishina-NIES/FoRothCs 学術論文: Nishina et al. (2015) Frontiers in Environmental Science. 3:61. doi: 10.3389/fenvs.2015.00061 Nishina et al. (2018) J. Environmental Radioactivity. 193–194, 82-90. doi: 10.1016/j.jenvrad.2018.09.002

図1: FoRothCs モデルの構造と 137Cs 移行プロセスの概要 図 2: 近似ベイズ計算を用いた予測結果の改善

左図:デフォルト値を使ったケースの計算結果 右図:事後分布の中央値(推定されたパラメータ)を 用いて計算を行った結果 (点は観測データ。詳細は Nishina et al.(2018))

環境

人工林管理に対応した森林生態系放射性 セシウム動態モデルの開発とその高度化

代表発表者 仁科 一哉(にしな かずや) 所 属 国立環境研究所

地域環境研究センター 土壌環境研究室

問合せ先 〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2 TEL:029-850-2335 [email protected]

■キーワード: (1)放射性セシウム環境動態 (2)数理モデル (3)近似ベイズ計算 ■共同研究者:林誠二(国立環境研究所)

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