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1 2020 年 1 月 24 日 No.2019-034 アジア自動車需要の短期・長期展望 ― 所得増と人口増を背景に市場規模は今後 30 年で 3 倍に ― 調査部 副主任研究員 野木森 稔 《要 点》 アジア自動車市場は長年にわたる堅調な成長が一転、2018、2019 年は販売台数が 連続して前年比マイナスになった模様である。しかし、これは構造的な下落局面入 りではなく、金融環境悪化を主因とした一時的な下落局面だった可能性が高い。実 際、アジア各国・地域で 2019 年に利下げが実施されて金融環境が改善するととも に、多く国で足元の販売状況は好転している。 さらに、長期で見た自動車市場の拡大基調は崩れていないと考えられる。今後、ア ジア全体として、所得水準上昇と人口増加を背景に自動車需要は増加を続けると予 想される。アジアでは自動車普及が加速する節目となる一人当たり GDP「5,000 ド ルの壁」を超えていく国が増えることが大きな後押しとなる。 現状、アジアの自動車保有率はかなり低く、今後の市場拡大余地は大きい。一方で、 アジア特有の二輪車利用の定着、都市部の高い人口密度に加え、近年のカーシェア などの新たな動きが自動車保有拡大の抑制要因となりうる。所得増、人口増に保有 率の上昇ペース加速に加え、これらを勘案して一定の前提の下で推計したが、それ でも今後 30 年でアジアの自動車市場は現在の 3 倍程度まで拡大すると試算された。 2030 年までは中国の市場拡大が目立つ形となり、その後はインドや ASEAN が拡大 ペースを速める。とりわけインドは 2050 年には現在の 10 倍以上の規模となり、年 間販売 5,000 万台が視野に入ってくる。 アジア自動車市場は、今後も金融面の弱さなどを背景に、しばしば不安定化するこ とが懸念される。しかし、そうした中でも所得、人口といったファンダメンタルズ に基づく成長が期待できるため、積極的な市場獲得に力を入れていく必要がある。 アジアでは市場拡大のなか、環境対策を背景に自動車の買い替えを促す動きが続く ため、技術面で優位な日本の自動車企業にとって好機となる。 Research Focus Research Focus Research Focus Research Focus https://www.jri.co.jp

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Page 1: Research FocusResearch Focus3 日本総研 Research Focus 1.はじめに 長らくアジア自動車市場は堅調な成長 が続いていたが、2018年と2019年は一転、

1

2020年 1月 24日 No.2019-034

アジア自動車需要の短期・長期展望 ― 所得増と人口増を背景に市場規模は今後 30年で 3 倍に ―

調査部 副主任研究員 野木森 稔

《要 点》

アジア自動車市場は長年にわたる堅調な成長が一転、2018、2019 年は販売台数が

連続して前年比マイナスになった模様である。しかし、これは構造的な下落局面入

りではなく、金融環境悪化を主因とした一時的な下落局面だった可能性が高い。実

際、アジア各国・地域で 2019 年に利下げが実施されて金融環境が改善するととも

に、多く国で足元の販売状況は好転している。

さらに、長期で見た自動車市場の拡大基調は崩れていないと考えられる。今後、ア

ジア全体として、所得水準上昇と人口増加を背景に自動車需要は増加を続けると予

想される。アジアでは自動車普及が加速する節目となる一人当たり GDP「5,000 ド

ルの壁」を超えていく国が増えることが大きな後押しとなる。

現状、アジアの自動車保有率はかなり低く、今後の市場拡大余地は大きい。一方で、

アジア特有の二輪車利用の定着、都市部の高い人口密度に加え、近年のカーシェア

などの新たな動きが自動車保有拡大の抑制要因となりうる。所得増、人口増に保有

率の上昇ペース加速に加え、これらを勘案して一定の前提の下で推計したが、それ

でも今後 30年でアジアの自動車市場は現在の 3倍程度まで拡大すると試算された。

2030 年までは中国の市場拡大が目立つ形となり、その後はインドや ASEAN が拡大

ペースを速める。とりわけインドは 2050年には現在の 10倍以上の規模となり、年

間販売 5,000万台が視野に入ってくる。

アジア自動車市場は、今後も金融面の弱さなどを背景に、しばしば不安定化するこ

とが懸念される。しかし、そうした中でも所得、人口といったファンダメンタルズ

に基づく成長が期待できるため、積極的な市場獲得に力を入れていく必要がある。

アジアでは市場拡大のなか、環境対策を背景に自動車の買い替えを促す動きが続く

ため、技術面で優位な日本の自動車企業にとって好機となる。

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日本総研 Research Focus 2

本件に関するご照会は、調査部・副主任研究員・野木森稔宛にお願いいたします。

Tel:03-6627-0426 Mail:[email protected]

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本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、

作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するも

のではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがありますので、ご了承ください。

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日本総研 Research Focus 3

1.はじめに

長らくアジア自動車市場は堅調な成長

が続いていたが、2018年と 2019年は一転、

低迷にあえぐこととなった。アジア自動車

販売台数1は 2018年に前年比▲0.8%と減少

し、2019年も二年連続でマイナスとなった

模様である。既に 2019 年 12 月分まで発表

されている中国の販売台数は前年比▲

8.1%と、前年▲3.1%からマイナス幅を拡

大、インドでは前年比▲13.3%の大幅マイ

ナスに陥っている。他方、ベトナムでは前

年比+10.7%と 2018 年に続いて高い伸び

となり、フィリピンでも前年比+11.9%と

いった例外もあるが、ほとんどの国・地域

で 2019 年の販売台数は前年比マイナスで

ある。アジアの自動車販売台数は 2018年に世界の 40%を占める(2005年時点では 16%)まで

に成長しており、過去 2年の自動車市場はアジア景気全体に対する大きな下押し要因になった

と言える。

とはいえ、足元の動きを見ると、下げ止まりの動きが示されている(図表 1)。悲観的な見方

が広がるアジアの自動車市場であるが、昨年までの不振は構造的な低迷というより、短期的な

下振れだった可能性がある。今後、同市場が回復に向かっているとすれば、今後のアジア経済

にはポジティブな要因として期待できよう。そこで以下では、今次不振局面の背景を整理した

うえで、アジアの自動車市場の中長期的な動向を展望したい。

2.構造的な下落局面ではなく金融環境悪化が主因

成長市場と見られていたアジア地域において、2018年からの自動車販売減少はやや驚きであった。

背景には、各国・地域ごとに様々な事情が指摘されている。中国では、小型車販売の減税措置(小

型車に対する自動車取得税を 10%から 5%に引き下げ)が 2017年末で廃止されたことや、環境対策

として実施する自動車のナンバープレート発給制限が強まったことが主に指摘される。また、地方

経済の大幅な景気悪化も自動車販売の下振れにつながったと考えられる。インドでは、今後の排ガ

ス基準の厳格化に関連した買い控えも影響したとされる。また、フィリピンでは 2018年からの増税

(自動車にかかる物品税の最低税率を 2%から 4%に引き上げ)、といった要因が影響を与えたとさ

1 データについては、年次は OICA(国際自動車工業連合会、Organisation Internationale des Constructeurs d'Automobiles)

ベースだが、月次は各国統計ベース。アジアは中国、韓国、台湾、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベト

ナムの合計としている。なお、本稿では、家計向けの乗用車だけでなく、バスやトラックなど商用車も含む「自動車(Automobile、

二輪車は除く)」の定義を主に利用する。多くの国で「乗用車(一般に passenger car とされるもの)」という定義があるが、必ず

しも家計利用に限定されていない(SUV やピックアップトラックを乗用車に含むか、などが各国で取り扱いが異なる)。米国でピ

ックアップトラックが家計用に普及しているように、アジアでも軽トラックの利用が必ずしも商用とは限らないなど、バスやトラ

ックも含む方が自動車保有率などを計測するうえで適切と判断した。

(図表 1)アジア自動車販売動向

(季調済、年率)

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

4,000

4,500

2007 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19

トラック・バス含む自動車

乗用車

(万台)

(年/月)(資料)CEICを基に日本総研作成

(注)中国、台湾、韓国、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タ

イ、ベトナムの合計値。2019年12月分は公表されている国のみの前年同

月比で延長。

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日本総研 Research Focus 4

れている。

もっとも、アジア全体の自動車需要を低下させた最大の要因は、金融引き締めや金融セクターの

信用不安などによる金融環境の悪化であった。例えば、2018年に中国と韓国で 1回、インドで 2回、

フィリピンとインドネシアでは 5回以上の利上げが実施された。これらの金融引き締めはタイムラ

グを伴い自動車販売の下押しした(図表 2、3)。加えて、中国では政府のデレバレッジ(債務圧縮)

政策により自動車ローンを組むことが難しくなったことが影響している。インドでも、大手ノンバ

ンクでの債券デフォルトが相次いだ 2018年後半以降、金融セクターの信用不安を背景とした金融機

関の貸出態度厳格化などによる金融環境の悪化が加速した。タイでは、2019 年に入って高止まりす

る家計債務を懸念したタイ中央銀行により自動車ローンの厳格化が実施された。

しかし、足元では金利が大幅に低下するな

ど、金融環境に改善の動きが見られる。実際

に、アジアの多くの国・地域で市場金利が低

下している(図表 4)。2019 年に入ってインド

で 5回、インドネシアで 4回、フィリピンで

3 回、タイと韓国で 2 回、マレーシアとベト

ナムで 1回と、アジア各国・地域では政策金

利の引き下げが実施され、特に東南・南アジ

ア諸国で積極的に金融を緩和する動きが見ら

れた2。中国でも 2019 年に新たに導入された

ばかりの1年物 LPR(貸出基礎金利)3を 3回

2 2020 年に入ってからは 1 月 22 日にマレーシア中銀が追加利下げを実施している。 3 LPR は 2013 年に導入されたが、市場の需給を反映するものではなかったため、2019 年に公開市場操作金利に連動する形で公

表された。融資に適用する新しいベンチマークであり、事実上の政策金利と位置付けられる。また、中国には公開市場操作を通じ

た短期金利調整に利用される 7 日物リバースレポ金利という多くの国で金融政策に利用される政策金利に相当するものがあるが、

2.55%から 2.50%へと僅かな低下にとどまっている。

(図表 2)自動車販売台数と政策金利

<中国、台湾、韓国>

(図表 3)自動車販売台数と政策金利

<インド、ASEAN>

(図表 4)アジア金利の変化幅(2019年)

▲3

▲2

▲1

0

政策金利

短期金利(3カ月物)

(資料)CEIC、Bloomberg L.P.

(注)2019年初から2019年末までの低下幅。

(%ポイント)

2.0

2.1

2.2

2.3

2.4

2.5

2.6▲ 20

▲ 15

▲ 10

▲ 5

0

5

10

15

20

25

30

2016 17 18 19

自動車販売台数(前年同月比)

政策金利(6カ月先行、右・逆目盛)

(%)

(年/月)(資料)CEIC、Bloomberg L.P.を基に日本総研作成

(注)政策金利は3ヵ国・地域の2018年各国乗用車販売台数をウェイト

付けして加重平均したもの。中国の政策金利には7日物リバースレポ

レートを利用。

金融緩和

金融引き締め

(%) 3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

6.0

6.5▲ 25

▲ 20

▲ 15

▲ 10

▲ 5

0

5

10

15

20

25

30

2016 17 18 19

自動車販売台数(前年同月比)

政策金利(6カ月先行、右・逆目盛)

(%)

(年/月)(資料)CEIC、Bloomberg L.P.を基に日本総研作成

(注)政策金利はインドとASEAN5ヵ国(インドネシア、フィリピン、マ

レーシア、タイ、ベトナム)の2018年各国乗用車販売台数をウェイト付

けして加重平均したもの。

金融緩和

金融引き締め

(%)

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日本総研 Research Focus 5

引き下げた。ただし、4.31%から 4.15%と僅かな引き下げ幅であり、自動車販売に対するプラス効

果はインド、ASEANに比べ限定的である。

利下げ以外にも、2019 年 7 月以降、インドでは金融セクターの信用不安への対応策が複数打ち

出された。また、インドネシアで 2019 年 12 月から自動車ローン頭金規制緩和が実施された。

こうした金融環境の改善により、アジア地域での自動車販売は全体として持ち直しに向かってい

ると考えられる。先行きに関しては、各国・地域の早急な引き締めの公算は小さく、金利は現行水

準近辺でとどまると見られることから、総じて、低金利がアジア自動車販売の支えになることが予

想される。

3.長期的に見込まれるアジア自動車需要増加

(1)一人当たり GDP「5,000ドルの壁」突破と続く人口増加

今次局面におけるアジアでの自動車販売減少は金融環境の問題が背景にあり、各国の政策対応で

その解消が図られつつあるという点で、一時的な悪化局面であったと考えられる。さらに先行きを

より長いスパンで展望しても、①所得水準上昇、②人口増加、を背景に、アジアの自動車市場その

ものの趨勢は拡大の方向を維持すると見込まれる。

① 所得水準の上昇は続く

アジアではまだ自動車が十分普及していない国・地域が多く、所得水準上昇を受けて全体として

今後も普及率が高まっていくと見られる。自動車保有率は一人当たり GDPの水準と概ね連動する(図

表 5)。IMFと OECDの予測に基づく推計4では、アジア各国・地域で今後も一人当たり GDPは堅調に

伸びていくことが示されている(図表 6)。

また、耐久財の普及率は一般的に概ね S字を描く傾向にあり、所得が高まっていくと普及率が急

4 2024 年までを IMF、それ以降を OECD Long-Term Baseline Scenario(OECD Economic Outlook No.103)の 2060 年までの

予測値を利用して推計している。

(図表 5)1,000人当たり自動車保有台数と

一人当たり GDP(2017年)

(図表 6)アジアの一人当たり GDP

ドイツ

イタリア

フランス

英国スペイン スウェーデン

ポーランド

スイス

米国

カナダ

日本

中国

韓国

インド

タイ

インドネシア

台湾

マレーシア

フィリピン

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

(万ドル)

(資料)JAMA、CEIC、IMFを基に日本総研作成

(注)乗用車にトラック・バスを加えたもの。

(台/1000人)

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

2005 2010 2015 2020 2025 2030

中国

インド

アセアン

(資料)IMF、OECDを基に日本総研作成

(注)ASEANはインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、ベトナム。

(ドル)

(年)

推計

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日本総研 Research Focus 6

速に上昇することが知られている(経済産業省(2013))。自動車についても、Dargay and Gately

(2007)の研究で「一人当たり GDP3,000~10,000ドルの間で所得の伸びの倍のペースで保有が増加、

10,000~20,000ドルの間では保有の伸びは所得の伸びと同じ程度になる」という傾向が示されてい

る。

ただし、図表 7、8、9 に示されるように、各

国・地域での 1,000人当たりの自動車保有台数

を見ると、普及には一定のパターンがあるとい

うわけではない。米国では 1930年代にすでに

200台/1,000人(5人に一人が保有)を超えて

いたが、当時の一人当たり GDPは 1,000ドル以

下である。日本では 1960年代後半に一人当たり

GDPが 1,000ドルに到達した近辺から普及率が

急速に高まっていった5。アジアでは、中国での

普及率上昇局面は 2008年に一人当たり GDPが

3,000ドルを超えたところと言えそうだが、タ

イでは1996年に3,000ドルを超えたにもかかわ

らず伸び悩み、200台/1,000 人に満たない状況

が続いた。インドネシアやフィリピンは 3,000ドルを超えてもそれぞれ 1,000 人当たり 100台、42

台と低い普及率にとどまる6。1980年代に一人当たり GDP5,000ドル到達を契機に普及台数が高まっ

た韓国や台湾の経験も踏まえると、アジアでは一人当たり GDPは 3,000ドルではなく、「5,000ドル」

近辺が節目になっていると考えられる(図表 8、9)。図表 6の推計にあるように、2030年までに ASEAN、

インドで一人当たり GDPが 5,000ドルに達すると見られる。具体的には、インドネシアが 2022年、

5 1970 年の乗用車価格(東京都区部小売価格ベース)は 2000 年代の価格のおおよそ 3 分の 1 であることから、Dargay and Gately

(2007)が示したパターン(3,000 ドル程度からの普及率加速)に近いと言える。 6 ただし、マレーシアはアジアにおいて例外的に一人当たりGDPが 3,000ドルを超えた後に保有率が急速に上昇、一人当たりGDP

は 1 万ドル程度にもかかわらず高い自動車普及率を実現している。1980 年代からの「国民車構想」によって政府の優遇政策のよ

る低価格車両の供給が普及したことなどが保有率を後押しした可能性がある。

(図表 8)アジアの自動車保有台数

<中国、台湾、韓国>

(図表 7)日米の自動車保有台数

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

1910 1930 1950 1970 1990 2010

日本

米国

(台/1000人)

(年)(資料)CEIC、UNを基に日本総研作成。

(注)塗りつぶしのマーカーはそれぞれ一人当たりGDPが1,000ドル(▲)、

3,000ドル(■)、5,000ドル(●)を超えた時点。

(図表 9)アジアの自動車保有台数

<インド、ASEAN>

0

100

200

300

400

500

600

1970 1980 1990 2000 2010

中国

韓国

台湾

(台/1000人)

(年)(資料)CEIC、UNを基に日本総研作成。

(注)塗りつぶしのマーカーはそれぞれ一人当たりGDPが1,000ドル(▲)、

3,000ドル(■)、5,000ドル(●)を超えた時点。

0

100

200

300

400

500

600

1970 1980 1990 2000 2010

インド

インドネシア

マレーシア

フィリピン

タイ

(台/1000人)

(年)(資料)CEIC、UNを基に日本総研作成。

(注)塗りつぶしのマーカーはそれぞれ一人当たりGDPが1,000ドル(▲)、

3,000ドル(■)、5,000ドル(●)を超えた時点。

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日本総研 Research Focus 7

フィリピンが 2025年、ベトナムが 2026年、インドが 2029年にそれぞれ到達する見込みであり、こ

れに伴って 2020年代はアジアにおいて自動車普及が大きく加速することが予想される。

② インドと ASEAN の人口増加は続く

普及率上昇に加え、人口増もアジア自動車市場の拡大を支える見込みである。中国を中心に北ア

ジアでは人口が減少に転じることが指摘されているが、東南アジアと南アジアでは今後も人口増加

が続く国は多い。国連の予測に基づけば、ASEANは足元の 5.8億人から 2050年には約 7億人へ、イ

ンドは足元の 13.7億人から 2050年に約 16億人に増加する。とりわけインドの人口は 2027年に中

国に追いつき、世界最大の人口規模となる見込みである(図表 10)。

(2)市場規模は今後 30年で 3倍に

ここまでの議論を踏まえ、所得増、人口増に保有率の上昇ペース加速を考慮して推計したところ

(補論参照)、今後 30年でアジア自動車市場は 3倍以上に膨らむとの結果が得られた(図表 11)。

2018年の販売台数は 3,822万台(OICAベース)だったが 2050年には 1億 2,639万台に拡大する。

個別にみると、中国は 2030 年まで増加傾向が続くと予想され、その後、頭打ちとなる。代わってイ

ンドと ASEANが 2050年にかけてけん引役となる見込みである。特にインドは、2050年には 2018年

実績の 10倍を超える 4,849 万台と、5,000万台の市場が見えてくると予想される。

なお、本稿における自動車保有台数の推計では、一人当たり 5,000 ドルに達した時点を起点とし

て、アジア各国・地域では 1,000 人当たり保有台数が韓国、台湾の 2018 年平均台数(396 台、欧

米平均の 60%程度)並に達した段階で飽和水準に至ると仮定している。つまり、今後、アジア各国・

地域は現在の台湾と韓国並みの水準までしか保有比率が伸びないことを想定した保守的な推計とな

っている。アジアでは一人当たり GDP「5,000 ドルの壁」を超えることで、中期的に自動車保有率

が上昇していくことが見込まれるが、その後、欧米並みに自動車保有率が上がっていくと考えるの

は早計だろう。米国では 1949 年に既に 1,000 人当たり自動車保有台数は 300 台となり、現在のア

(図表 10)アジア人口動態 (図表 11)アジア自動車販売台数推計

4

5

6

7

8

11

12

13

14

15

16

17

2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050

インド

中国

アセアン(右目盛)

(資料)United Nations "World Population Prospects 2019"を基に日本

総研作成。(注)アセアンはインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、

ベトナム。

(億人)

(年)

国連予測値(億人)

2,808

4,601 5,249 5,296 440

1,031

3,240 4,849

349

1,062

1,824

2,215

225

257

277

282

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

14,000

2018(実績) 2030 2040 2050

(万台)中国

インド

ASEAN

台湾・韓国

(資料)IMF、OECD、UN、OICAを基に日本総研推計

(注)ASEANはインドネシア、フィリピン、タイ、マレーシア、ベトナム。IMFとOECD

による一人当たりGDPと人口と、Gompertz関数を用いて推計した一人当たり乗

用車販売台数を用いて推計している(補論参照)。

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日本総研 Research Focus 8

ジア(日本除く)単純平均 230 台を超えている。日本でも 1974 年にはその水準を超え、かなり高い

保有率が早い段階から実現できていたことが示されている。このように欧米やその他先進国では、

車が社会に根付く構造がしっかり出来上がっていたが、アジア各国・地域において同様の自動車社

会は生まれにくいと考えられる。実際に、台湾と韓国は一人当たり GDP が 2 万ドル以上と比較的

高い水準まで伸びているが、自動車保有率は伸び悩む形となっている。

背景には、アジア特有の①高い二輪保有率、②各都市の人口密度の高さ、が挙げられる。前者に

ついては、実際に台湾を筆頭にアジアでは二輪車・オートバイの利用が広がっている(図表 12)。

自動車保有にはある種のステータスがあり、二輪車と完全に代替関係にあるものではないが、移動

の利便性を十分補うことができる。それにより、アジアでは低・中所得層で自動車を保有しない世

帯が多いと推測される。人口密度も重要なポイントである(図表 13)。インドネシアのジャカルタ

など、アジアの一部都市では深刻な交通渋滞が自動車普及の妨げとして指摘されている。

さらに、これからはカーシェアリングやライドシェアリングなどの「所有」から「シェア」とい

う新たな動きも、保有率上昇の妨げとなる可能性がある。先進的なサービスの普及の早い中国など

では、これらの影響を大きく受ける可能性が高い。自動車業界は 100 年に 1 度と言われる変革期に

ある中で、そうした社会・産業構造の変化による下振れリスクにも目を配る必要があろう。

4.おわりに

以上のように、先進国に比べると自動車普及を抑制する要因が多いとはいえ、インド、ASEANを

中心にアジアの自動車市場の拡大局面は今後も長期にわたって続くと予想される。ただし、今次局

面に見られたように、アジア自動車市場はやや不安定になる可能性は今後もある。一時的低迷の背

景であった金融環境の悪化は、各国における急速な利上げが引き金となったと見られるが、それら

通貨防衛のためのやむ得ぬ利上げという色彩が強かった。現在でもアジアの少なからぬ国では米国

が利上げをする局面で対ドルの自国通貨の減価を抑えるため、景気や物価動向と関係なく、金融引

(図表 12)各国・地域の二輪車保有台数 (図表 13)主要都市の人口密度

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5

ニューヨーク(21)サンフランシスコ(6)ロサンゼルス(15)

ミラノ(5)パリ(11)

マドリッド(6)ロンドン(11)

クアラルンプール(8)東京・横浜(39)

北京(19)バンコク(16)

上海(22)ホーチミン(11)

深セン(13)台北(9)

ソウル・インチョン(24)ヤンゴン(6)ハノイ(8)

ジャカルタ(34)シンガポール(6)

デリー(28)カラチ(13)マニラ(25)香港(7)

ムンバイ(24)ダッカ(19)

(万人/平方

キロメートル)

(資料)"Demographia World Urban Areas, 15th Annual Edition: 201904" より主

要都市圏(500万人以上)のデータを抽出 (注)カッコ内は人口(100万人)。各

人口・人口密度はその都市だけでなく、周辺都市圏も含む。

アジア

加重平均:1.2万人

加重平均:0.3万人

0 100 200 300 400 500 600

英国(2014)

米国(2015)

フランス(2014)

オランダ(2014)

ドイツ(2017)

オーストリア(2014)

チェコ(2014)

スイス(2014)

スペイン(2014)

イタリア(2017)

ギリシャ(2014)

韓国(2017)

中国(2017)

フィリピン(2017)

日本(2017)

インド(2017)

タイ(2015)

マレーシア(2014)

インドネシア(2017)

台湾(2017)

(台/1000人)

(資料)JAMA、CEIC、IMFを基に日本総研作成

(注)各国・地域で計測時点が異なり、カッコ内に計測された年を記載。

アジア

加重平均:130台

加重平均:55台

Page 9: Research FocusResearch Focus3 日本総研 Research Focus 1.はじめに 長らくアジア自動車市場は堅調な成長 が続いていたが、2018年と2019年は一転、

日本総研 Research Focus 9

き締めに踏み切らざるを得ない。そうした経済・金融環境の脆弱性は今後も折に触れ不安定化を招

き得る。しかし、そうした中でも所得、人口といったファンダメンタルズに基づく成長が期待でき

るため、自動車関連企業は積極的なアジア市場の獲得に力を入れていく必要があろう。

また、アジアでは大気汚染などの問題の深刻化など、環境対策の重要性が高まっており、各国・

地域での環境性能の良い自動車への買い替えを促す動きが強まっている。日本の自動車関連企業は、

高度な環境対応の技術を有しており、その面で高い競争力が維持されることとなろう。

以 上

補論:自動車販売台数の推計について

●保有率推計は以下の Gompertz関数に基づく(図表 14)。

𝑦 = 𝐾𝛾𝑒−𝛽𝑡

, 𝑦:1,000人当たり保有台数 𝐾: 飽和水準, 𝑡: 時間, 𝛾, 𝛽 : 推計パラメータ

(日本を除くアジア各国・地域の平均保有台比率との誤差を最小にするようにパラメータを推計)

●1,000人当たり自動車保有台数と 1,000人当たりの新車販売との相関関係を利用し、1,000人当た

り販売台数を延長推計(図表 15)。

●推計された 1,000人当たり販売台数と国連の人口予測(図表 10)により、自動車販売台数の長期

推計を作成(図表 11)。

0

50

100

150

200

250

300

350

400

-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30

中国

インドネシア

フィリピン

インド

推計値

(台/1000人)

(経過年数)(資料)CEIC、UNを基に日本総研推計。

(注)横軸における0は一人当たりGDPが5000ドルに到達した年。

(図表 14)アジア各国の 1,000人当たり

自動車保有台数と保有率の推計 (図表 15)自動車の保有と販売の関係

2

4

6

8

10

12

14

0

20

40

60

80

100

120

140

2005 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18

自動車販売台数(右目盛)

自動車保有台数(左目盛)

(台/1000人)

(年)(資料)CEIC、OICA、UNを基に日本総研作成

(注)中国、台湾、韓国、インドネシア、フィリピン、タイ、マレーシ

ア、インドの合計値。

(台/1000人)

Page 10: Research FocusResearch Focus3 日本総研 Research Focus 1.はじめに 長らくアジア自動車市場は堅調な成長 が続いていたが、2018年と2019年は一転、

日本総研 Research Focus 10

参考文献

・熊谷 章太郎(2019)「販売の不振が続くインド経済の行方」リサーチ・フォーカス, No.2019-021

・経済産業省(2013)「通商白書 2013」

・JETRO(2019)「2018年 主要国の自動車生産・販売動向」 調査レポート, 2019年 11月

・関 辰一(2019)「中国の景気対策効果と政策スタンス」 アジア・マンスリー, 2019年 11月号

・Dargay, Joyce and Dermot Gately (2007)「Income's effect on car and vehicle

ownership,worldwide:1960-2015」The Energy Journal, October 2007