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1 中学校社会科における社会認識の外化を支援する方法 ―「省察的な態度」と「振り返り」学習活動― 隆史 The Method for Supporting to externalize Social Cognition in Social Studies of Middle School “Reflective Attitude” and “Reflection” Activity Takashi KON 1. はじめに 1.1 研究の目的 学習における「振り返り」を促す手立ては,多くの社会科の授業実践において見受けられ る。しかし,その手立ては具体的な目的や効果を念頭に置いて行われているだろうか。社会 科のねらいとしてしばしば議論される「社会認識」との関連は意識されているだろうか。授 業実践の現場における「振り返り」の手立ては,単に「感想など思ったことをただ書かせる」 ものが多く,「振り返り」に臨む子ども自身の態度や有する視点によっては,学習の成果が 適切に表現されにくい場合がある。その点に改善の余地があると筆者は考える。 授業実践における効果的な「振り返り」の在り方をひろく模索するにあたり,近年教育学 研究で注目されている「省察」 (reflection)の概念に着目したい。多くの先行研究が提起する ところによれば,学習における「省察」は,深い思考や深い理解といった事柄につながると いう (1) 。しかし,この「省察」の概念規定とその効果が具体的に示された実践事例は少ない。 そこで,本研究では近年唱えられているこの「省察」の概念に着目し,先行研究の整理から 「省察」に求められる諸要素を整理しまとめた上で,それに依拠した具体的な「振り返り」 学習活動の方法を構築したい。 そして本研究ではこの「振り返り」学習活動の,社会科教育における成果を分析する視点 として,子どもの「社会認識」に焦点を当てる。「省察」の結果もたらされる深い思考や深 い理解といった事柄を,社会科教育のねらいに即し,社会認識の外化(言語化などを通じて 表出すること)と読み換えるのである。その理由は,社会科教育における多くの先行研究が, 継続的な学びの中で育む社会科の学力に社会認識の概念を位置付けていること (2) ,また,「社 会科の授業は,社会をどう認識させるかということに関する考えなくしてはなされない」と の前提 (3) に立つとき,授業の目標を踏まえてなされる「振り返り」は,学習の成果として形 成された認識を外化すると考えられるためである。 以上のことから,本研究では「学習者の社会認識の外化を支援する方法としての,『省察』

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中学校社会科における社会認識の外化を支援する方法

―「省察的な態度」と「振り返り」学習活動―

今 隆史

The Method for Supporting to externalize Social Cognition in Social Studies of Middle School

“Reflective Attitude” and “Reflection” Activity

Takashi KON

1. はじめに

1.1 研究の目的

学習における「振り返り」を促す手立ては,多くの社会科の授業実践において見受けられ

る。しかし,その手立ては具体的な目的や効果を念頭に置いて行われているだろうか。社会

科のねらいとしてしばしば議論される「社会認識」との関連は意識されているだろうか。授

業実践の現場における「振り返り」の手立ては,単に「感想など思ったことをただ書かせる」

ものが多く,「振り返り」に臨む子ども自身の態度や有する視点によっては,学習の成果が

適切に表現されにくい場合がある。その点に改善の余地があると筆者は考える。

授業実践における効果的な「振り返り」の在り方をひろく模索するにあたり,近年教育学

研究で注目されている「省察」(reflection)の概念に着目したい。多くの先行研究が提起する

ところによれば,学習における「省察」は,深い思考や深い理解といった事柄につながると

いう(1)。しかし,この「省察」の概念規定とその効果が具体的に示された実践事例は少ない。

そこで,本研究では近年唱えられているこの「省察」の概念に着目し,先行研究の整理から

「省察」に求められる諸要素を整理しまとめた上で,それに依拠した具体的な「振り返り」

学習活動の方法を構築したい。

そして本研究ではこの「振り返り」学習活動の,社会科教育における成果を分析する視点

として,子どもの「社会認識」に焦点を当てる。「省察」の結果もたらされる深い思考や深

い理解といった事柄を,社会科教育のねらいに即し,社会認識の外化(言語化などを通じて

表出すること)と読み換えるのである。その理由は,社会科教育における多くの先行研究が,

継続的な学びの中で育む社会科の学力に社会認識の概念を位置付けていること(2),また,「社

会科の授業は,社会をどう認識させるかということに関する考えなくしてはなされない」と

の前提(3)に立つとき,授業の目標を踏まえてなされる「振り返り」は,学習の成果として形

成された認識を外化すると考えられるためである。

以上のことから,本研究では「学習者の社会認識の外化を支援する方法としての,『省察』

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を促す『振り返り』学習活動の有効性を明らかにすること」をその目的とする。

1.2 研究の方法

①効果的な「振り返り」に求められる諸要素を整理し,「省察的な態度」として新たに定義

する。これを基に本研究における「振り返り」学習活動のためのツールを作成する。

②本研究における社会認識の概念を規定する。

③②で定めた社会認識の概念を基に社会科学習単元を編成し,実践する。

④事前・事後の質問紙への回答に対し,量的な分析を加える。

⑤③の実践において蓄積された「振り返り」記述に対し,質的な分析を加える。

⑥研究の成果と課題を確認する。

2.「省察的な態度」と「振り返り」学習活動

2.1 省察に関する先行研究と「省察的な態度」

本研究では「省察的な態度」を伴う「振り返り」を,効果的な「振り返り」と仮定する。

「省察的な態度」とは,ショーン(2007)によって提起された「省察」(reflection)の概念(4)か

ら示唆を受けて筆者が構築した,学習を振り返る際の態度を表わす概念である。藤原(2008)

によれば,この「省察」(reflection)という用語は,ショーンの議論の紹介を契機に,“リフ

レクション”として,近年最も広く用いられるようになった教育研究上の用語の一つだとい

う(5)。

例えばソーヤー(2009)は「多くの場合,学習者が実際に何かを学ぶのは,それを明示化し

始めてからである。つまり,人は自分の考えを外に出すこと(外化)によって,静かに学ん

でいる時よりもすばやく,そして深く学ぶことができるのである。(中略)そして学習科学

の知見によれば,明示化は,有効な省察が最も得られやすいような形態で,特定の知識が明

示化されやすいよう足場かけされる時に,より効果的になることが分かっている。」と述べ

ている(6)。加えて他の論者によっても,近年の研究の成果から,より良い学習を促進する重

要な要素の一つとして「省察(reflection)」の概念が繰り返し提起されている(7)。

このように「省察」(reflection)という用語は,近年の教育学研究において広く取り上げら

れるようになっている。しかし,藤原 (2008)はこうした状況に対し,「“リフレクション”

=事後的な実践のふり返りという意味でのみ理解されている場合も,多いのではなかろう

か」とも指摘している。筆者の管見においても,近年の教育学研究における「振り返り」,

「省察」,「リフレクション」などの用語は,単に「学習後に学習内容を思い返すこと」程度

の意味合いで,概念規定の明示や区別がなされずに用いられる傾向があると考えられる。

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そこで本研究では,先行研究において「省察」の意味内容として論じられている事柄を 5

つの視点に整理する。そして,「振り返り」においてその各視点を意識するよう努める態度

のことを,「省察的な態度」として新たに定義する。 「省察的な態度」の 5 つの視点 ①「位置づけ」の視点:これまでの自分と比較して,真剣に取り組むことができたか。 ②「関連づけ」の視点:友達の考えに注目できたか,自分と比較してどうだったか。 ③「意味づけ」の視点:(学習の文脈において)自身の学び方にはどのような意味があったか。 ④「価値づけ」の視点:本時の学習内容が理解できたか。本時までの学びで,できるようになったことや分かるよ

う になったことは何か。

⑤「方向づけ」の視点:本時(まで)の学びを踏まえた上で,次回の学習に向けた目標や課題はあるか。

これら 5つの視点を効果的な「振り返り」に必要な視点と仮定し,これに依拠した「振り

返り」学習活動のためのツールを作成する。

2.2 「振り返り」学習活動のツール

以下に【図 1】毎時の「ふり返りシート」,【図 2】単元中間の「中間まとめシート」を掲

載する。(掲載の都合上,記述スペース等は実物と異なる)

2.3 学習省察尺度と学習省察度得点

「省察的な態度」への意識づけの度合いは,質問紙による量的調査から数値化して示す。

具体的には「学習省察尺度」として試験的に作成した尺度を含む質問紙「社会科についての

アンケート」(8)を単元の事前と事後の計 2回に渡って実施する。学習省察尺度を構成する質

問項目は以下に示す(3)~(7)の計 5つの質問である。この 5つの質問項目には,本研究にお

ける「省察的な態度」の 5つの視点を中学生の理解力を考慮して落とし込んでいる。 「学習省察尺度」を構成する 5 つの質問項目

④ふだんの社会科授業の,後半~おわりの部分での自分をふり返って答えなさい。

【図 2】 単元中間の「中間まとめシート」(シート内番号

①-⑤は「省察的な態度」①-⑤に対応)

【図 1】 毎時の「ふり返りシート」(シート内番号 1.は「省察的な態度」①,2.は②,3.と 4.は④,5.は

⑤に対応。③を省いたのは,それがある程度の学習スパンを必要とする視点のため)

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(3)授業をふり返って,「自分はマジメに勉強できたかな」と思い返す。(視点①) (4)授業をふり返って,「友達のよい意見」を思い返す。(視点②) (5)授業をふり返って,「自分の勉強のしかたはうまくいっていたかな」と考える。(視点③) (6)授業をふり返って,「できるようになったこと」や「わかるようになったこと」があると思う。(視点④) (7)授業で学んだことや反省したことは,次の授業にいかしたい。(視点⑤) (3)~(7)の質問に対する回答の合計点は 5-20 点の値をとる「学習省察度得点」として扱

う。尺度の信頼性に関しては,SPSS(多変量解析ソフト)を用いクロンバックのα係数を

算出したところ,対象となる生徒集団(N=67)の合計でα=0.731という数字が得られた。α

係数が基準の 0.7を満たすことから (9),尺度として利用する。

3.本研究における「社会認識」概念の位置付け

3.1 社会認識概念についての先行研究

ここでは,「振り返り」学習活動によって外化される,本研究における学習の成果として

の「社会認識」概念について論じる。社会科の目標については,これまで多くの先行研究が

「社会認識を通した公民的資質(市民的資質)の育成」という内容を掲げてきた。社会科の目

標論の中核を占める「社会認識」概念について,関連する先行研究を概観したい。

社会科における認識を取り上げた先行研究には,森分孝治の一連の研究が挙げられる。森

分は認識の過程を「理解」と「説明」という語から捉え,社会認識を「子どもの内面に形成

される社会事象に関する知識体系」としている(10)。森分の論は,社会認識を構成する知識の

構造について鋭い分析を加えるものであり,社会科における知識の在り様を整理し,説明し

ている点において,参考になる。認識を仮に「わかる」こととして捉えてみた場合,片上

(1983)の論も示唆に富むものである。片上は,社会科における「わかる」ということについ

て,授業中の具体的な資料や発問,学習活動等の問題との関連から考察している(11)。そこで

は 3つの段階からなる「わかり方」の概念が提唱されている。この論では社会認識という言

葉は使われていないものの,ここで示されているわかり方の構造は,多くの点で社会認識に

関する議論に重なるものと考えられる。学力論と社会認識との関わりについては,宮本

(1989)が検討を加えている。宮本は,社会科における学力の構造の中に社会認識概念を明確

に位置付けており(12),その内実を,認識する知識内容と,認識する際の方法・仕方の二つに

分けられるものとしている。川本(2006)は社会認識の形成過程における授業展開の在り方に

着目し,社会認識の発達に関する検討を行っている。その中で川本は,目指すべき社会認識

を「『事実に基づいて事実そのものを認識し(=事実認識),複数の事実の関係を論理的に把

握する(=関係認識)というひとまとまりの学習を通して,全体としての意味を見出す(=意

味認識)』という授業の展開によって得られる社会事象に対する認識」 (13) と規定している。

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上のように社会科教育における社会認識の位置付けや構造を論じた先行研究は数多く見

られる。しかし,教育学的に合意が得られるような共通の概念を規定することは困難であろ

う。社会認識の科学性や合理性の基準といった本質的な事柄についての議論の紛糾や,客観

的な規準によって「学習者の認知構造」という目に見えないものを捉えることの困難性が常

に付きまとうためである。

山根(1977)は,「そもそもすべての子どもにまったく同じ社会認識を形成するということ

は不可能であるし,どうしても個々の子どもの個性的社会認識を認めざるを得ない」と述べ,

社会認識にどこまで共通性を求め,どこまで個性を認めるかを課題としている(14)。上田

(1977)は「認識の基本の一つは各人の相対性にある」として,社会認識が動的であり,静的

な枠組みでは割り切れない性質を持つことから,理論と理論,教師と子ども,子どもと子ど

もの間に起こる「ずれ」を積極的に評価することの必要性を主張している(15)。加えて,昨今

においては教育心理学の分野から,そもそも社会事象についての認識は自然事象のそれと

比べ,確実に誤りと断定するのが難しいという指摘もなされている(16)。

子どもに形成させたい認識の在り様を明らかにし,それを目標の設定や教材の構成,学習

活動の組織といったプロセスに反映させていくとき,先行研究の蓄積は有益な知見を与え

る。しかし理論の適用に際しては,認識の発達過程の複雑さも同時に踏まえる必要があるだ

ろう。静的な理論の枠組みは,時に多様性や複雑性といった学校現場のリアルな様相を捨象

することにもなりかねない。こうした危険性も複数の先行研究が指摘するところである。実

践活動における社会認識概念の取扱い―特に概念を措定する場面においては,以上に挙げ

たような複数の論者による見解を踏まえる必要があると考えられる。

3.2 本研究における社会認識の概念規定

本研究における社会認識の概念を措定するに当たり,まずは松岡(2009)よる社会認識の構

造と社会科授業論に関する考察(17)をベースとしたい。その理由は,認識の各段階に対する説

明が,具体的な「問い」の在り方との関連からなされており,実践の文脈でイメージがしや

すいこと。代表的な先行研究の整理から,認識を 3 つの段階によって捉える根拠が示され

ていること。以上のような事柄が挙げられる。松岡は,日本の社会科教育の基本的性格を「社

会認識を通して市民的資質を育成する」とした上で,社会認識概念を,「事実認識」「関係認

識」「価値認識」の 3つの枠組に区別して捉えている。【表 1】

【表 1】 松岡「社会認識の構造」 (表は筆者作成)

段階 松岡による説明 問いと学習活動 価値認識 「解釈する」という学習活動を通して Why の問い B

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社 会 認 識

(解釈すること) 形成される社会認識 (どうすべきかと問い,社会的事象の意味・

意義を解釈する活動) 関係認識

(説明すること) 「事象間の関係を求める」ための学習

活動を通して形成される社会認識 Why の問い A

(なぜなのかと問い,社会的事象間の関係を

説明する活動) 事実認識

(わかること) 「情報を求める」「情報をまとめる」た

めの学習活動を通して形成される社会

認識

How の問い (どのようにと問い,社会的事象の構造や過

程を調べまとめる活動) 事実認識

(知ること) What の問い

(何がと問い,個別の情報を求める活動)

この枠組みをベースに,これまで述べてきた先行研究の知見を加味し,実践の文脈に沿

って社会認識概念を再構築する。これにより,本研究における社会認識の概念規定を,以

下 3つの認識の様相をもって暫定的に定義したい。 本研究における社会認識の概念規定 (1) 社会的な事象や事物そのものの存在を知り,そのしくみや過程のあらましを理解すること(事実認識に相当) (2) 個別の事象をこえ,複数の事象や事物間にある関係性を把握すること(関係認識に相当) (3) 社会に対する見方や考え方,感じ方を拡げたり,深めたり,更新させたりすること(価値認識に相当)

基本的には,認識の深まりに応じて(1)と(2)を行き来する中で,(3)が形成されていくと想

定する。(1)は「事実認識」に相当する部分である。具体的には森分 (2000)による「個別的

記述的知識」―「いつ,どこで,誰が,誰に,何を,どうして,どうなったか,何が,どう

であったかなど,事象の構成要素や展開の過程に関する知識」(18)や,片上 (1983)による「わ

かる」論の第 1段階―「事物や事象との出会い(事物や事象の用語的把握)」(19)のような,個

別的な事象に対する認識の在り方を想定する。(2)は「関係認識」に相当する部分である。複

数の事象のしくみ,過程,構造,特色などに注目し,それらを比較,検討するような認識の

在り方を想定する。小原 (1991)の論にある表現(20)を借りれば,「なぜ,どうして」という問

いを立て,事象を「目的論的(目的・手段)」,「条件的(条件・結果)」,或いは「因果的(原因・

結果)」に説明するような学習活動によってもたらされる認識,と説明できる。(3)は「価値

認識」に相当する部分である。ここでは,時代や機構の中における社会的事象の意味や意義

を解釈することによる認識を想定する。

以上が本研究における「社会認識」の概念規定である。普遍的な定義を定めることが困難

である以上,本来であれば概念規定は子どもの実状に応じて生成的に練り上げていくべき

と筆者は考える。多様性や複雑性に満ちたリアルな実践の文脈の中では,修正が求められる

可能性も考えられるためである。こうした理由から,本研究における「社会認識」の概念規

定は,その構造の細部に渡る言及を意図的に避けたものであり,その表現に幅を持たせたも

のとしている。ここには 3.1.3で論じたように,枠組み自体を静的・一義的なものと捉える

ことによる弊害を避ける意図がある。

4. 検証授業実践と本研究の仮説

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4.1 実践の概要

本研究における検証授業実践は,東京都品川区の公立中学校で行った。対象は中学校第 1

学年,品川区社会科「私たちと現代の社会」分野(21)の学習として我が国の政治のしくみを取

り上げた単元である。これは品川区小中一貫教育要領における第 7 学年の内容「①わが国

の政治と日本国憲法との関係はどのようになっているのだろうか(Ⅱ)」に該当する。本単元

は全 13時間構成であり,第 3~6,8~12時の授業終了後に「ふり返りシート」に取り組ま

せた。また,第 7時には「ふり返りシート」の拡大版である「中間まとめ」を,第 13時に

は「最終まとめ」をそれぞれ実施した。「省察的な態度」への意識付けの度合いをみるため

の「社会科に関するアンケート」は,第 1,13時に実施した。単元の構成は,日本国憲法と

の関わりを中心に,国家三権のしくみと話題のニュースを絡める形で日本の政治のしくみ

を概観していくものである。別添資料に単元指導計画(抄)を掲載する。

4.2 本研究の仮説

これまで論じてきたことより,本研究の仮説を次のように設定する。すなわち,「『学習省

察度得点』が単元の事前・事後で上昇した生徒(単元を通し,『振り返り』における『省察的

な態度』の 5視点への意識付けが促進された生徒)は,「振り返り」記述に表れる『社会認識』

の様相も質的に深まる」である。

5.分析の実際

5.1 量的な視点からの分析①

事前と事後で比較した「学習省察度

得点」の増減の分布をグラフ化したも

のが【図 3】である。この結果を受けて

実際に生徒の記述に目を通すと,「振り

返り」記述の内容が質的に向上(学習内容に加えて自身の考えも記述しているなど)してい

る生徒,またそれが本研究の想定する「社会認識」の形成に適合すると思われる生徒は,筆

者の予想の通り上昇群の中に多く見られた。しかし,ここで同時に数人の“反例”の存在が

明らかになった。すなわち「学習省察度得点」の数値が上昇しているものの「振り返り」記

述に質的な深まりが見られない生徒,もしくは「学習省察度得点」の数値が下降しているも

のの質の高い記述を残している生徒の存在である。このことにより,「学習省察度得点」の

変化は,必ずしも記述の質の変化に結びついていない可能性が指摘できる。反例の存在が看

過できない以上,それを乗り越えて考察を進めるためには,反例の存在に何らかの理由を求

【図 3】 「学習省察度得点」の増減分布(N=67)

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め,解釈を加えることにより,記述分析における対象生徒を選定するための新たな条件を設

定する必要がある。反例の存在にはいくつかの理由が考えられる。例えば,「学習省察度得

点」は生徒の自己評価による数値であるため,必ずしも全ての生徒において実際の姿が反映

されているとは言い難く,加えて生徒自身の内にある自己評価規準の変容までをカバーす

るものではないということが挙げられる。また,認識を「形成」することとそれを確認可能

な形で適切に「外化」できることとは異なる力であることも挙げられる。つまり,外化する

力の不足ゆえに,社会認識が充分に形成されていないと判断されてしまう生徒が存在する

ということである。しかし,これらの理由については,得られたデータから充分な考察を加

えることが難しい。そのため,本研究では以下の事柄に反例の存在する理由を求め,考察を

進めることとしたい。すなわち,「仮説設定の段階において,『省察的な態度』を構成する 5

つの視点に対する生徒の意識付けの度合いを,それぞれ独立したものとして並列的に扱い,

全て合算して『学習省察度得点』とした。しかし,記述の質への影響を分析するにあたり,

この単純な合算自体に誤りがあった。」ということである。

5.2 量的な視点からの分析②

そこで,「学習省察尺度」を構成する 5つの質問項目の,事前・事後での得点の変化(N=67)

に対し,SPSS を用いた主成分分析を試みたところ,2つの成分が算出された【図 4】。

これにより,「省察的な態度」を構成する 5 つの視点(いわゆる量的変数の情報)を,より

少ない視点(次元)にまとめ上げることができたと言える(23)。ここで「主成分負荷量」(24)をみ

ると,成分 1は「位置づけ(rd4_3)」「価値づけ(rd4_6)」「方向づけ(rd4_7)」の質問の得点の

増減に強い相関があることが分かる。また,成分 2は「関連づけ(rd4_4)」「意味づけ (rd4_5)」

の質問の点数の増減に強い相関があることが分かる。この結果に解釈を加えるとするなら

ば,成分 1は「振り返り」における意識付けが「これまで」「現時点」「これから」に強く関

わっており,主な興味・関心が自己の内面における時間軸の推移(学びのプロセス)にあると

【図 4】 主成分分析の結果(N=67)

学習省察尺度を構成する質問項目のうち,「位置づけ」

に対する意識付けの度合いを示す得点の変化

学習省察尺度を構成する質問項目のうち,「関連づけ」

に対する意識付けの度合いを示す得点の変化

学習省察尺度を構成する質問項目のうち,「意味づけ」

に対する意識付けの度合いを示す得点の変化

学習省察尺度を構成する質問項目のうち,「価値づけ」

に対する意識付けの度合いを示す得点の変化

学習省察尺度を構成する質問項目のうち,「方向づけ」

に対する意識付けの度合いを示す得点の変化

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みられる。このことから,成分 1を仮に「成分 1-学びのプロセス」と表現したい。また,成

分 2 は「振り返り」における意識付けが,「友達の考え」「その時々で提示される学習の方

法」に強く関わっており,主な興味・関心が時間軸上の一点における自己の外にあると考え

られる。このことから,成分 2を仮に「成分 2-他者の考え・学び方」と表現したい。主成分

分析の結果から,各生徒の「省察的な態度」への意識付けの度合いは「学習省察度得点」の

増減をみて判断するのではなく,5 つの視点の合成から導き出された 2 成分との関連(相

関)に着目して判断したい。よって,後述の記述分析では,この 2 成分に対する各生徒の

「主成分得点」(25)を基に,分析対象となる生徒を選定する。

5-3 記述分析(質的な視点からの分析)

2つの成分に対する各生徒の主成分得点を座標軸上にプロットすると,以下のようなグラ

フ【図 5】が得られた。グラフは横軸が「成分 1-学びのプロセス」に対する各生徒の主成分得

点,縦軸が「成分 2-他者の考え・学び方」に対する各生徒の主成分得点である。そこで,次

の①~③の条件に適合する生徒を選定し,記述分析の対象とする。 ①成分 1 に対する主成分得点が高く,かつ成分 2 に対する主成分得点の絶対値が小さい生徒 …A 男 ②成分 2 に対する主成分得点が高く,かつ成分 1 に対する主成分得点の絶対値が小さい生徒 …B 子 ③成分 1 と成分 2 の両方の成分に対する主成分得点が高い生徒 …C 子

5-3-1 事例①:A男

・A男の主成分得点

成分 1への適合の度合いが高い

ことから,振り返りにおいて「こ

れまでと比較した自身の学習態度

(位置づけ)」や「各授業における目標の達成(価値づけ)」,「今後の学習への展望(方向づけ)」

といった視点に力点が置かれていると考えられる。社会認識の様相について,以下それらの

視点との質的な関連を見取っていく。

・認識の見取り

社会認識の第 2の段階(関係認識)と「価値づけ」「方向づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述 5時 今まで「国会なんてただのおやじが集まって,必要のない話をしているだけだろ」と思っていたけど,選

挙をして選ばれた人たちだけで話をしていることが分かった。だから大切だと思った。

7時 ・国会がある理由や国会の大切さ,ルールなど(わかるようになったことやできるようになったこと)

【図 5】 各生徒の 2 成分に対する主成分得点(N=67)

成分 1 成分 2

主成分

得点2.28515 -0.10181

A男

B子 C子

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(中間) ・政治も大切だと思うけど,他のこともしっかりした理由を学ぶようにしたい。(後半に向けて)

・エピソード

第 5時の題目は「なぜ国会が法律を作るという大きな役目を持っているのか?」である。

生徒たちは導入における交通ルールの例から,社会における「ルール」が大切であるという

ことに加え,「ルール」は締めすぎず緩すぎずの適正な範囲で定められなければ,本当の意

味で個人の自由を守るものにはならないということに気付く。そして,この「ルール」が「法

律」のことを指しており,国会がその法律をつくっていると知った時,生徒たちは「なぜ国

会はこのような大事な仕事をしているのか」という問いに対し興味を示した。

特にこの A 男は,終始身を乗り出すような様子で発問に答え,また挙手をするなど積極

的な姿勢が目立った。それまで彼にとっての国会議員とは他でもなく「ただのおやじ」であ

り,「必要のない話」をしているだけの存在であった。これは各種メディアや周囲の大人た

ちの会話などが影響を与える中で,自然に形成された認識だと考えられる。その認識が強か

った分,第 5時における衝撃が大きかったのかも知れない。国会議員は「選挙をして選ばれ

た人」であり,まさに彼らが国民の代表であるとの認識に至った時,彼の中で「国会が法律

をつくるという大事な仕事をしている理由」が腑に落ちた模様である。このことは第 7 時

の「中間まとめ」の場において「国会がある理由」「国会の大切さ」という形で再び言及さ

れており,この一連の学びを通し,A男は政治の学習だけでなく,社会事象全般について背

景や理由を学ぶことの大切さに気付いている。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

こうした A男の認識と関連があるのは,「価値づけ」と「方向づけ」の二つの視点と考え

られる。毎時の「ふり返りシート」には,④「価値付け」の視点として,授業目標の達成度

が,生徒による自己評価の項目として組み込まれている。第 5時の授業目標は「社会におけ

る法律の大切さを理解する」と「日本の政治の中で『国会』が大きな力を持つ理由を理解す

る」の二つであった。先の考察からも,A 男の振り返り記述は,これらの授業目標(特に後

者)を十分に踏まえているものと判断できる。つまり,A男が認識を外化させるにあたって,

授業目標への意識付けが適切になされたと言える。このことから,第 5 時における A 男の

記述は「価値付け」の視点と関連があると考えることができる。

第 7時「中間まとめ」において「わかるようになったこと」としての「国会がある理由や

国会の大切さ,ルールなど」という記述は,単元前半における自身の成長を捉えたものであ

る。この記述は「価値づけ」の視点に対応した質問項目への回答である。また,ここに見ら

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れる「理由」への着目は,第 5時の学びを踏まえたものであると同時に「政治も大切だと思

うけど,他のこともしっかりした理由を学ぶようにしたい。」という後半の記述にもつなが

っており,政治の学習を越える認識となっている。この後半の記述は「方向づけ」に対応し

た質問項目への回答である。このことから,第 7時「中間まとめ」における A男の記述は,

「価値づけ」と「方向づけ」の二つの視点に関連したものと考えることができる。

5-3-2 事例②:B子

・B子の主成分得点

成分 2 への適合の度合いが高いことから,振り返りにおいて

「友 他者の意見(関連づけ)」や「学び方(意味づけ)」といった視点に

力点が置かれていると考えられる。社会認識の様相について,以下,それらの視点との質的

な関連を見取っていく。

・社会認識の見取り

社会認識の第 2の段階(関係認識)と「関連づけ」・「意味づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述 6時 今日は,よりよい議論とは何だろうか,という勉強をしました。それについて私は,よりよい議論とは国民

の意見が出やすい場だと考えました。なぜなら,国民も権利を持っているのだから,意見の出しやすい場所

があればいいと思いました。

7時 (中間)

・Yさん(いいなと思う意見を言った友達) ・二院制は何のためにあるのか考えてみよう!のところで,「国民の意見が出やすいようにしたんではない

か」という意見。(意見の内容) ・自分から積極的に手を挙げ,授業をしていきたい。友達の意見も大切にして,これからも頑張る。」(後半

に向けて) ・「これまで憲法や国会のしくみなどについて学んできました。その結果,私は今“政治”について,国民

の意見や考えなどを話し合う場と考えています。なぜなら,国民から出た意見や考えをしっかりと受け

止めて,それについて色々な党と話し合って物事を決めているから。」(単元前半の学習内容について) 11時 今日は,司法の未来について学習しました。それについて私は,裁判員制度はこれからもずっと続いていく

と思いました。なぜなら,国民の意見を聞くのは重要なことだと思ったからです。 13時 (最終)

・友達の意見を取り入れるやり方(政治についての理解が深まったと感じた学び方)

・友達の意見を聞くことで,また新しい自分の意見が生まれたりしたから学び方がよいと自覚した。(理由)

・エピソード

第 6時の授業プリントには,「二院制」

の存在する理由を書き込む欄がある。最

初に B子は国会議員の“人数”に着目し

た記述をしている【図 6】。

つまり,人数が多いと話し合いが滞るため,単純に二つに分割して行っているという考え方

である。ここには政治機構単体への着目はあっても,政治と国民の間にある関係性への着目

はない。数人の生徒に挙手を求め,発表させた際,生徒 Yが「2種類あれば色々な意見が出

【図 6】 第 6 時における B 子の授業プリントの一部

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るので,国民の意見が出やすいのではないか。」という主旨の発言をした。多様な人々の意

見を吸い上げることによって,より多くの人々の幸福が実現する。そのためには,1種類よ

りも 2種類の方が好ましいという考え方である。この考え方の前提には,“立法機関として

の国会のはたらき”や,“国民の幸福,権利”といった事柄への理解があると考えられる。

B子の「人数が多いために単純に二つに分けて行っている」という考察も明確に誤りである

とは言い切れないが,比較すると生徒 Y の方が,考察の質が高いと言える。【図 6】をみる

と,欄外に生徒 Yの意見をメモした形跡がある。このメモが,B子が生徒 Yの発言に感銘

を受けて書いたものであることは,後々の B 子の「ふり返りシート」を確認することで明

らかになる。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

B子の認識と関連があるのは「関連づけ」と「意味づけ」の二つの視点と考えられる。第

6 時の「ふり返りシート」には,「よりよい議論とは国民の意見が出やすい場だと考えまし

た。なぜなら,国民も権利を持っているのだから,意見の出しやすい場所があればいいと思

いました。」という記述がある。注目したいのが,「国民の意見」「国民も権利を持っている」

という記述であり,政治のしくみを機構単体からでなく,国民との関連から捉えている点で

ある。この認識は,生徒 Y の発言に重なる。その後も第 7 時「中間まとめ」において「こ

れまで憲法や国会のしくみなどについて学んできました。その結果,私は今“政治”につい

て,国民の意見や考えなどを話し合う場と考えています。」という記述,第 11 時において

「国民の意見を聞くのは重要なことだと思ったからです。」という記述を残している。これ

らの記述も同様に,政治のしくみを国民との関係から捉えたものと言えよう。

また,B子は第 13時「最終まとめ」において,理解を深める「学び方」として「友達の

意見を取り入れるやり方」を挙げており,理由として「友達の意見を聞くことで,また新し

い自分の意見が生まれたりしたから」と記述している。このことから,単元を通して B 子

は友達の意見を積極的に取り入れようとする態度を身に付け,それを自分なりに“学習がう

まくいく方法の一つ”として捉えていると考えられる。これは第 6時以降においても,生徒

Yによる意見の要素が含まれた記述が,度々出てくることからも言える。以上より,B子の

認識は,「関連づけ」「意味づけ」の視点と関連があると考えることができる。

5-3-3事例③:C子

・C子の主成分得点

両成分へ適合の度合いが高いことから,振り返りにおける「省察的な態度」の 5つの視

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点が偏りなく意識されていると考えられる。社会認識の様相に

ついて,以下,各視点との質的な関連を見取っていく。

・社会認識の見取り(1/2)

社会認識の第 2の段階(関係認識)と「価値づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述 6時 国民のためにある政治はたくさんの人の意見によって成り立っているんだと思いました。二院制やたくさ

んの政党はそのためにあるんだと思いました。

7時 (中間)

・前と比べてちゃんと内容を理解しようと思うようになった。政治はちゃんと意味があることをやってい

たんだと改めて思った。(できるようになったことやわかるようになったこと)

9時 内閣総理大臣も国民に選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした理由があるとは思いませんで

した。政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。

12時 もともと私は政治に興味がなかったけど,勉強してみて,色々な単語が分かるようになっています。司法

権とか行政権は勉強しなきゃ知らなかったです。また政治のしくみも勉強して,その中で特に総理大臣の

選び方の意味が特に納得できました。政治は一つひとつきちんと考えられているということを思い知らさ

れた感じでした。この 1学期で以前よりすごく政治が分かった気がします。

13時 (最終)

・うまくできなかった点を意識すること(社会科の学習で大切なこと)

・しっかり理解していると次の授業にも役立つから。(上記の理由)

・エピソード

事象の背景・理由に着目する記述は,C子の学びのプロセスにおいて,第 6時が初出であ

る。この時を境に後の C 子の記述には,事象の背景や理由に着目する記述が出てくるよう

になる。例えば,第 7時「中間まとめ」では,単元前半の学びを振り返り,「政治はちゃん

と意味のあることをやっていたんだと改めて思った。」という記述をしている。また,第 9

時では「内閣総理大臣も国民に選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした理由が

あるとは思いませんでした。政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。」という記述

をしている。第 12時では「政治のしくみも勉強して,その中で特に総理大臣の選び方の意

味が特に納得できました。政治は一つひとつきちんと考えられているということを思い知

らされた感じでした。」という記述をしている。これらの記述は,事象の背景や理由への気

付きにより,政治の学習における理解が深まった様子を表していると考えられる。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

こうした C子の認識と関連があるのは,「価値づけ」の視点と考えられる。第 7時「中間

まとめ」における「できるようになったことやわかるようになったこと(「価値づけ」の視

点に対応した問い)」に対し,C 子は「前と比べてちゃんと内容を理解しようと思うように

なった。」と前置きし,「政治はちゃんと意味があることをやっていたんだと改めて思った。」

と記述している。また,第 13時「最終まとめ」では「しっかり理解していると次の授業に

役立つ」と記述している。これらの記述から,C子は日々の授業内容を,一つひとつ着実に

理解しようと努めていたと考えられる。C子のいう「しっかり理解」とは,まさに「授業目

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標の達成」に他ならない。A男の記述分析でも述べたが,日々の授業に用いる「ふり返りシ

ート」には,「価値づけ」の視点として,「授業目標の達成度」への自己評価項目が設定され

ている。例えば第 9時の「ふり返りシート」では,この部分に「内閣総理大臣が国会で選ば

れる理由が理解できた」という項目が設定されている。C 子による第 9 時の学習内容の振

り返りは,「内閣総理大臣も国民に選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした理

由があるとは思いませんでした。政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。」となっ

ており,これは授業目標を踏まえた記述と言えよう。指示語の指す具体的な内容が書かれて

いない点が残念だが,この第 9時の記述に見られるように,C子の認識は「価値づけ」の視

点に関連したものと考えることができる。

・社会認識の見取り(2/2)

社会認識の第 3の段階(価値認識)と「関連づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述 7時

(中間) ・Sさん(いいなと思う意見を言った友達) ・「国民のことを第一に考える」(意見の内容)

・これまで法律のことや国会のことなどを学んできました。それで私は政治について意外に必要なことなん

だと思いました。昔は別に社会科なんてどうでもいいだろうと思っていたけれど,ほとんどの政治家の人

たちは私たちのために毎日悩んでくれているんだと思うようになりました。(単元前半の学習内容につい

て)

・エピソード

C子は単元前半の学びを振り返り,政治のもつ意義への気付きや,政治家の人たちに対す

る印象の変容を記述している。もちろん,これは C 子が独力で獲得した認識ということも

できる。しかし,C 子の授業中における学習の様子(積極的な挙手や発言はないが,友達が

話をしている際はよく耳を傾けて聴いている)を含めたいくつかの要素から,ここでは友達

の発言内容が彼女の認識に影響を及ぼしている可能性を指摘したい。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

こうした C子の認識と関連があるのは,「関連づけ」の視点と考えられる。C子のポート

フォリオを振り返ってみると,生徒 S の意見は第 6 時に出されたことが分かる。第 6 時で

は「各政党が自分たちの意見を実現するためには,どのような努力が必要か」ということに

ついて,数人の生徒が意見を発表する場面があった。C子のワークシートには,出された意

見のうちのいくつかがメモさ

れており,その中には生徒 S

の意見と思われるメモが見ら

れる。【図 7】

【図 7】 第 6 時における C 子のワークシートの一部

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【図 7】で C 子は「国民のことを第一に考える」という生徒 S の意見を色つきのペンで強

調している(欄内の他の線は鉛筆による)。このことから,C子には友達の意見を積極的に取

り入れようとする姿勢があること,複数出された意見の中でも,特に生徒 S の意見に感銘

を受けたことが読み取れる。生徒 S の意見は,政党に所属する国会議員の努力について考

察する文脈から出されたものであり,これが第 7時「中間まとめ」における記述「ほとんど

の政治家の人たちは私たちのために毎日悩んでくれているんだと思うようになりました。」

(見方・考え方・感じ方の変容)につながったと考えられる。こうした友達の意見を参考にす

る姿勢は,「省察的な態度」の②「関連づけ」の視点に当たるものであり,C子の認識は,

振り返りにおける「関連づけ」の視点に影響を受けたものと解釈することができる。

5.3.4 第 3象限の生徒について

象徴事例として示した A男・B子・C子のように,成分 1・2への適合が強い生徒の「社

会認識」の様相には,「省察的な態度」への意識付けと関連した向上的な変容が見られる傾

向があった。逆に,【図 5】の第 3象限に属する生徒(本研究で提起する成分 1・2に合致しな

い生徒)の「振り返り」記述には,質的に低いものと高いものが傾向性なく混在しており(質

的に低いとみられる記述の方が多い),記述の質が安定しにくい傾向がみられた。こうした

生徒とその「振り返り」記述に対しては,教員のコメントなどによるフィードバックといっ

た学習支援のための手立てを講じていく必要があると考えられる。

6. 結語

「省察的な態度」の各視点への意識付けと「社会認識」形成との間に質的な関連がみられ

たことから,「省察」を促す「振り返り」学習活動には,社会認識の形成を支援する方法と

して,一定の効果があったと考えられる。このことから,社会認識の様相をスムーズに外化

させるためには,振り返りの指導において「感想など思ったことをただ書かせる」のではな

く,振り返る際の視点を生徒に対し明確に示していく必要性が示唆される。加えて,「省察

的な態度」の 5つの視点を統計的な手法を用いて分析した結果,大きく 2成分に分かれた。

この 2成分の含意する「自己の学びのプロセス」と「他者の考え・学び方」は,学習の「振

り返り」について指導を行っていく際,学習者に意識付けを促す視点として,ひとつのモデ

ルとなり得る。これを社会科学習指導論へ向けた提言としたい。

研究の課題としては,生徒による自己評価の不確実性や,文章記述という外化方法の問題

点についての考察が充分ではなかった可能性が挙げられる。

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(1) R.K.ソーヤー[原編],森敏昭・秋田喜代美[監訳]『学習科学ハンドブック』培風館,2009

(2) 例えば宮本光雄「社会科『学力』論の再検討」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.60,1989など

(3) 森分孝治『社会科授業構成の理論と方法』明治図書出版,1978,p.40 本文 1-2 行目引用。

(4) ドナルド・A・ショーン著『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』

(柳沢昌一・三輪建二監訳,鳳書房,2007)

(5) 藤原顕氏による書籍の紹介『教育学研究 第 75 巻 第 3 号』兵庫教育大学,2008,pp.60-

61

(6) 前掲(1)R. Keith Sawyer「1章 イントロダクション 新しい学習科学」p.9左段 32行目

-右段 15行目引用。

(7) Allan Collins「4章 認知的徒弟制」,Daniel C. Edelson and Brain J. Reiser「第 20章

学習者が取り組みやすい真正実践とは」など。

(8) 本質問紙調査は生徒の実態を考慮し全 24問構成,回答は 1.「いいえ」,2.「どちらかと

いえばいいえ」,3.「どちらかといえばはい」4.「はい」の 4件法。

(9) 鎌原雅彦,宮下一博,大野木裕明,中澤潤[編]『心理学マニュアル 質問紙法』北大路書

房,2008,p.104を参照。

(10) 森分孝治『現代社会科授業理論』明治図書,1984,p.50や,「社会認識」日本社会科教育

学会[編]『社会科教育辞典』ぎょうせい,2000,pp.64-65など。

(11) 片上宗二「社会科における『わかる』ことの究明」明治図書『教育科学社会科教育』No.

245,1983

(12) 前掲(2)

(13) 川本治夫「社会認識獲得過程における社会科授業の展開」『和歌山大学教育学部教育実

践総合センター紀要』No.16,2006,p.100,本文左段 2-6行目より引用。

(14) 山根栄次「社会認識教育学方法論(試論)」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.39,1977

(15) 上田薫「社会認識と人間形成」『教育学全集[増補版]8 社会の認識』小学館,1977

(16) 麻柄啓一,進藤聡彦『社会科領域における学習者の不十分な認識とその修正』東北大学

出版会,2008

(17) 松岡尚敏「平成 20 年版学習指導要領と社会科授業改善の視点(2)―社会科授業におけ

る『わかる』『考える』再考―」『宮城教育大学紀要』第 44巻,2009

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(18) 前掲(10)後者

(19) 片上宗二氏「わかる」日本社会科教育学会[編]『社会科教育辞典』ぎょうせい,2000

(20) 小原友行「知識の構造と社会科授業構成理論」『社会科の授業理論と実際』研秀出

版,1991

(21) 品川区小中一貫教育では,従来の社会科における公民的分野を「私たちと現代の社会」

と読み換え,小中 9年間を貫く継続的なカリキュラムの中で指導している。

(22) 前掲(17)において松岡は,社会認識概念を「事実認識」(What-何が, How-どのよ

うにの問いから導出),「関係認識」(Why-なぜなのかの問いから導出),「価値認識」(Why

-なぜ善いのかの問いから導出)の 3 つの段階から捉えている。本実践ではこれらの認識を

導く各「問い」を,単元を構成する各授業において,主発問のレベルで組み込んでいる。

(23) 「第 11章 変数の合成と主成分分析」村瀬洋一・高田洋・廣瀬毅士『SPSSによる多変

量解析』オーム社,2007,pp.224-248を参照。

(24) 主成分分析によって導き出された各成分と,変数との相関を数値化したもの。

(25) 変数の傾向(本研究では各生徒における,「学習省察尺度」を構成する 5つの質問項目

への回答パターン)と抽出された成分との相関を示す数値のこと。

別添資料

単元指導計画(抄)

1単元名 「わが国の政治と日本国憲法との関係はどのようになっているのだろうか(Ⅱ)」(対象:中学校第 1 学年)

(教科書:品川区教育委員会『調べ・考え・社会をつくる』,pp.58-67) 2単元の目標 ・憲法にある「国民の持つ権利」の考え方を軸に,「わが国の政治のしくみ」のあらましを理解させる。 ・政治のしくみがなぜ存在するのか,どのような長所・短所があるのか,どのような点において自分たちの生活と関わっているのか, ということを考えさせる。 ・政治について自分なりの意見を持たせ,他者との意見交流をさせながら「中学生としてどう政治と関わっていくか」といった今後 の社会参画に向けた意識を持たせる。

3単元の評価規準

ア:社会的事象への関

心・意欲・態度

・わが国の政治の動向に対する関心が高まっている。・将来国政に参加する公民として,民主的な政治

のあり方と政治参加の方法について考えようとしている。

イ:社会的な思考・判

断・表現

・政治機構や制度のあり方を,多面的・多角的に考察している。・機構や制度が存在する理由を,知識

や技能を活用して考察している。

ウ:資料活用の技能 ・機構や制度を含む社会的な事象を考察する際,新聞記事や映像,統計等の諸資料の活用を試みてい

る。 エ:社会的事象に

ついての知識・理解

・わが国における政治の特色をとらえ,その中における憲法の役割を理解している。・国会,内閣,裁判

所のしくみに関する基礎的知識を身に付けている。

4単元の指導計画と評価の計画(13 時間扱い) (22) 時 題目(略) 内容 評価の観点 1 ガイダンス 学習の見通しを立てる。 ア,ウ 2 「政治」とは① 現在の「政治」への認識を確認し,クラス全体で共有する。 イ,エ 3 憲法 国民の権利と政治との関わりを考え,憲法の重要性を理解する。 イ,エ 4 日本の政治 「民主制」「三権分立」から,日本の政治の特徴を理解する。 イ,エ 5 国会① 社会におけるルールの働きを考え,国会の重要性を理解する。 イ,エ 6 国会② 国会において「二院制」「政党政治」のしくみがある理由を考える。 イ,エ 7 中間まとめ 単元前半における「自分の学び」「学習内容」を振り返る。 ア,イ 8 内閣① 内閣のしくみを理解し,行政と国民の生活とのつながりを考える。 イ 9 内閣② 議会制民主主義しくみを理解し,長所と短所を考える。 イ,エ 10 裁判所① 裁判所のしくみを理解し,司法のはたらきの重要性を考える。 イ,エ 11 裁判所② 様々な資料を活用し,「裁判員制度」の是非を考える。 イ,エ,ウ 12 「政治」とは② 現在の「政治」への認識を確認し,第 2 時の結果と比較する。 ア,ウ 13 最終まとめ 単元全体における「自分の学び」「学習内容」を振り返る。 ア