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Title <サーヴェイ論文>基本情動説と心理構成主義 Author(s) 太田, 陽 Citation Contemporary and Applied Philosophy (2020), 11: 23-57 Issue Date 2020-02-10 URL https://doi.org/10.14989/245633 Right Type Journal Article Textversion publisher Kyoto University

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Page 1: Title 基本情動説と心理構成主義 Issue Date ...* CAP Vol. 11(20 20) pp. 23-57. Submitted: 19 .0820.Accepted: 1104.Category : サーヴェイ論文Published

Title <サーヴェイ論文>基本情動説と心理構成主義

Author(s) 太田, 陽

Citation Contemporary and Applied Philosophy (2020), 11: 23-57

Issue Date 2020-02-10

URL https://doi.org/10.14989/245633

Right

Type Journal Article

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Kyoto University

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* CAP Vol. 11 (2020) pp. 23-57. Submitted: 2019.08.20. Accepted: 2019.11.04. Category: サーヴェイ論文. Published: 2020.02.10.

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基本情動説と心理構成主義* 太田陽

概要

In psychology and cognitive neuroscience, two major theories are competing for the best

theory of emotion: basic emotion theory and psychological constructionism. It is not easy to see

where the theories are different and how the differences are to be understood. In addition, a

growing body of empirical evidence, including neuro-imaging data, has been introduced in the

debates in the recent years, and the old arguments for or against each theory need to be

reconsidered in the light of this new body of evidence. This paper aims to elucidate the

differences between basic emotion theory and psychological constructionism. For this purpose,

the paper, first, discuses five different issues in terms of which the two theories are to be

contrasted: homogeneity, localization, basicness, natural-kindness, and elimination of

folk-psychological emotions. Second, it goes on to formulate and compare arguments for each of

the two theories along the dimensions of the five issues. Finally, using this procedure, the paper

reveals that the two theories differ most fundamentally with regard to whether compound

emotional states or their constituents are natural kinds, and that further evidence concerning the

homogeneity and localization of emotions is needed to settle the debates between the two

theories.

Keywords: emotion, theories of emotion, basic emotion theory, psychological constructionism

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24 基本情動説と心理構成主義

1 導入

情動の本性をめぐる論争の歴史は長い.なかでも,情動についての心理学的研究では,基本情

動説と心理構成主義と呼ばれる2つの立場が対立を続けている*1.しかし,この後詳しく見る通り,

この対立はさまざまな仕方で特徴づけることができる.例えば,もっとも一般的な理解によれば,

2つの立場は,何らかの意味で基礎的な情動は存在するのかという問いをめぐって争っていると

考えられている(e.g., Griffiths & Scarantino, 2011).また,心理構成主義者自身は,基本情動説と

の対立を,情動に関する自然種をめぐる論争として特徴づけることもある(Barrett, 2006).ある

いは,一部の哲学者は,素朴心理学の消去を目指す心理構成主義の態度にもっぱら注目している

(Anderson, 2015).実際のところ,2つの立場のあいだでは,複数の論争が並行しておこなわれ

ており,議論の筋道は錯綜している。そのため,2つの立場が何について対立しているのか,ま

た,どちらの立場がより強力な根拠をもつのか,見定めるのは難しい.

さらに,近年では,2つの立場が援用する経験的証拠の範囲が拡大している.とくに,fMRIな

ど,脳活動を測定する技法の発達を背景として,人間の認知機能と相関する脳領域の活動を探ろ

うとする,脳画像研究のデータが蓄積されてきている.その結果,これまでは純粋に理論的なレ

ベルにとどまっていた論争の一部にも,経験的証拠が多く持ち込まれ,従来おこなわれていた議

論の見直しが必要となっている.このこともまた,両立場の対立点の理解と,正当性の評価をま

すます難しいものにしている.

このような状況を背景として,本稿では,まず,2つの立場のあいだで並行しておこなわれてい

る複数の論争の中から,対立点を明確にする.そのうえで,それぞれの対立点について両立場の

議論の構造を分析する.この手続きを通じて,それぞれの議論の依存関係を明確化し,根本的な

対立点がどこにあるのか見定める.

本稿の構成は以下のとおりである.まず,2節では情動をめぐる2つの立場の概要を示す.3

節では2つの立場の対立点として,均質性・局在性・基礎性・自然種性・素朴心理学の消去とい

う,5つの論点を抽出する.4節ではそれぞれの論点に関して2つの立場が支持するテーゼと,

それらテーゼを支持するために2つの立場がおこなっている議論を定式化する.そのうえで,両

立場の議論がどの程度成功しているのかを評価する. 後に,5節では結論として,基本情動説

と心理構成主義のあいだのもっとも根本的な対立が,情動を階層的に構成する要素のうちどのレ

ベルに自然種を見出そうとしているかという点にあり,この対立の決着が情動の均質性と局在性

とについての経験的証拠に大きく依存していることを指摘する.

*1 情動の研究に携わるすべての心理学者・神経科学者が,基本情動説あるいは心理構成主義のどちらかに賛同しているわけではない.これ以外の主要な立場として,認知的評価理論がある(e.g., Arnold, 1960; Frijda, 1986; Lazarus, 1991; レビューとしては,Moors et al., 2013や Scherer et al., 2001を参照).この立場は,刺激に対する認知的評価によってさまざまな情動を個別化できると主張するが,基本情動説と心理構成主義どちらとも

両立可能であるため,本稿では取り上げない.

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2 情動をめぐる 2 つの立場

2.1 基本情動説

情動についての心理学的研究における伝統的な立場は,「基本情動説」と呼ばれる.基本情動説

はさまざまな論者によって唱えられており,細かな主張は論者ごとに異なるが,ここでは,現在

も大きな影響力を持ち続けている,Paul Ekmanのバージョンを中心にして,基本情動説に典型的

な議論を取り出す(Ekman, 1977, 1992, 1999; Ekman & Cordaro, 2011)*2.

Ekman によれば,基本情動とは,特定の入力刺激に対して自動的な評価を下し,独特な反応の

パッケージを引き起こす心理的なメカニズムである*3.各基本情動を特徴づける独特な反応には,

表情・音声・生理的状態(血流・呼吸・発汗など)・行為・主観的経験などの変化が含まれる.こ

れら諸々の反応は,基本情動メカニズムによって組織化され調和がはかられており,情動ごとに

独特なパターンを示す.例えば,怒りの基本情動は,しかめっ面になる・血圧が上がる・人を殴

ったり怒鳴ったりしたい衝動を抱くといった反応をともなう(e.g., Ekman & Friesen, 1975; Ekman,

1999; Ekman & Cordaro, 2011).

基本情動の作用は,強制的で,無意識的であり,他の心理的プロセスから影響を受けないもの

と考えられており,Fodor(1983)の言うモジュールの特徴を備えている(Griffiths, 1997).そし

て,各基本情動は,特定の生存上の課題の解決のために(e.g, 怒りは,目標を妨害するものや,

仲間に危害を与えようとする敵に対処するために)進化したものであり,生得的な神経基盤をも

つと考えられている.

さらに,一部の基本情動論者は,それぞれの基本情動は他の情動を構成要素として含まないも

のであると考えている.また,複数の基本情動の組み合わせや,基本情動に非情動的な要素を付

け加えることによって,他の情動が構成されると考える論者もおり,例えば,軽蔑は,怒りと嫌

悪の組み合わせから生じるとされる(Ekman, 1999; Plutchik, 1980)*4.

また,先に述べたように,それぞれの基本情動は表情などの独特な反応の集合をともなってお

り,それら反応は独特の神経メカニズムあるいは心理学的メカニズムによって引き起こされてい

るということをふまえて,この立場の支持者の多くは,基本情動を自然種であるとみなしている

(Barrett, 2006).

*2 この他に,基本情動説を支持する経験科学者の議論の例として,Darwin(1872),Izard(1977, 2011),Levenson(1992, 2003),Panksepp(1998; Panksepp & Watt, 2011),Tomkins(1962),Tooby & Cosmides(1990, 2008)などを挙げることができる.また,哲学者では,Griffiths(1997),Prinz(2004),Scarantino(2015)なども,基本情動説を前提として情動についてそれぞれ独自の情動理論を提案している.

*3 Ekman自身は,刺激の評価プロセスを,「自動評価メカニズム」と呼び,その評価を受けて,さまざまな反応を引き起こすプロセスを「アフェクトプログラム」と呼ぶ.ここでは,Griffiths(1997)に従い,2つのプロセスをあわせて,基本情動とみなす.

*4 近年の Ekmanは,基本情動の組み合わせによって,他の情動が生じるという主張を積極的にはおこなってい(Ekman & Cordaro, 2011).

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26 基本情動説と心理構成主義

そして,基本情動は,一般の人々が情動を表すのに用いる,素朴な情動カテゴリーに対応して

存在しているとされ,例えば,初期の Ekmanは,怒り・悲しみ・恐怖・嫌悪・喜び・驚きという

6つの基本情動があると主張した(Ekman, 1977, 1992)*5.

2.2 心理構成主義

伝統的な基本情動説を批判して,近年情動に関するより新しい立場として提案されているのが,

心理構成主義である*6.ここでは,Lisa Feldman Barrett,Kristen Lindquistらのグループによる,も

っとも洗練されたバージョンを取り上げる(e.g., Barrett et al., 2015; Lindquist, 2013; Lindquist et al.,

2012)*7.心理構成主義の立場は,一言であらわすなら,一般の人々が「情動」と呼ぶ現象は,原

初的な心理的プロセス(psychological primitive; 以下,原初プロセスと記す)の相互作用を通して

作り出される,というものである.Barrett らによれば,そのような原初プロセスは少なくとも以

下の4つを含む(Lindquist & Barrett, 2012, pp.534-535;Lindquist et al., 2012).

1. コアアフェクト(内受容感覚): 生理的状態(身体からの感覚入力)を表象するプロセス.

2. 外受容感覚: 外界からの感覚入力を表象するプロセス.

3. 概念化: 感覚入力をカテゴライズするプロセス.

4. 実行機能: 他のプロセスの活動を調整し統一的な意識経験を作り出すプロセス.

コアアフェクトは,内臓感覚・心拍・発汗など,自身の生理的状態についての心的表象であり,

主観的にはさまざまな強度の快不快の感じとして経験される.これに対して,外受容感覚は,外

界からの感覚入力を表象する.そして,概念化は,これらコアアフェクトや外受容感覚を,過去

の感覚経験の記憶と照らし合わせて,自動的にカテゴライズするプロセスであり(Barsalou, 1999;

Wilson-Mendenhall et al., 2011),コアアフェクトや外受容感覚は,概念化を経てはじめて,外的対

象に帰属させられる.例えば,高い強度の不快を感じていたとして,概念化によってはじめて,

その不快さは目の前のヘビについての感じとして経験される. 後に,実行機能は,他の3つの

プロセスの活動を制御し,統一的な意識経験を生じさせる.例えば,感覚入力をカテゴライズす

る際に,特定の感覚入力に注意をむけさせたり,特定の過去の経験の記憶を選択したりする

*5 基本情動のリストは論者によって異なるが,大部分は重複している.例えば,Izard(2011, p.371)は,興味・喜び・悲しみ・怒り・恐怖を,Panksepp & Watt(2011, p.2)は,探求・恐怖・憤怒・欲望・配慮・恐慌(悲嘆)・遊戯を基本情動として挙げている.また,近年の Ekmanの挙げる基本情動は,怒り・恐怖・驚き・悲しみ・嫌悪・軽蔑・幸福である(Ekman & Cordaro, 2011, p.365).

*6 Lindquist & Barrett(2012)は,James(1890)や Wundt(1897)を心理的プロセス一般についての心理構成主義の先駆者とみなしている.また,Lindquist,Barrett 以前に情動の心理構成主義を提唱した論文として Russell(2003)がある.近年の心理構成主義者によるまとまった議論は Barrettの単著(Barrett, 2017)と編著(Barrett & Russell, 2015)を参照.

*7 Barrett,Lindquistらは自身の立場を「概念行為理論(conceptual act theory)」と呼ぶ.

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(Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).

まとめると,「恐怖」や「喜び」といった素朴なカテゴリーであらわされるような情動を自身で

経験したり他者の表情の中に知覚したりする現象は、先行する感覚経験の記憶にもとづいてコア

アフェクトと外受容感覚をカテゴライズすることによって生じる,というのが心理構成主義の考

え方である.例えば,夜間のジョギング中に森の中で迷子になったとする.このとき,ランナー

の外受容感覚・コアアフェクトは,森・夜・動物・乾き・混乱などと関連する過去の感覚経験の

記憶と照合されて,「恐怖」として概念化される.心理構成主義によれば,これが「恐怖」の情動

を経験あるいは知覚していると人が報告する時に,実際に起こっていることである

(Wilson-Mendenhall et al., 2011, pp.1107-1108)*8.

また,Barrettたち心理構成主義者によれば,原初プロセスは,「知覚」,「認知」,「情動」といっ

た,素朴心理学にもとづく伝統的な心理的プロセスの分類をまたいで利用されるものであり,「情

動」だけにとどまらない幅広い心理的現象を作り出す要素でもある(Barrett & Satpute, 2013).

そして,このような原初プロセスはそれぞれ特定の脳領域のネットワークによって実現されて

いるものと考えられている.認知神経科学の領域では,近年,特定の実験課題をおこなっていな

い時に同期して活動する複数の脳領域をノードとしてもつネットワーク(resting state network; 以

下では,安静時ネットワークと呼ぶ)が注目されており,いくつかのネットワークが特定されて

いる*9が,Barrettらは,そのような安静時ネットワークが原初プロセスを実現していると考えてい

る*10.

心理構成主義者の考えでは,原初プロセスは,それ以上他の心理的プロセスに分割できないと

いう意味で基礎的なプロセスであり(Lindquist et al., 2012),情動の心理学にとって有用な自然種

は,この原初プロセスのレベルにしか存在せず(Scarantino & Griffiths, 2011, p.451),「悲しみ」や

「喜び」といった,素朴心理学的な情動カテゴリーは自然種ではないため情動の科学的研究から

消去されるべきだとみなされる(Barrett, 2006; Barrett et al., 2007; Lindquist et al., 2012).

*8 予測符号化理論(e.g., Friston, 2010; Hohwy, 2013)は人間の知覚を感覚入力の原因に対するベイズ主義的推論のプロセスとみなすが,心理構成主義者は,この理論をコアアフェクト(身体状態の知覚)に応用すること

で情動を説明できると主張している(Barrett, 2017; Lindquist et al., 2012).これは興味深い論点だが紙幅の都合上本稿では議論しない.

*9 安静時ネットワーク(resting state network)については,Bressler & Menon(2010)によるレビューを参照.ネットワークの例として,デフォルトモードネットワーク(Raichle et al., 2001),中央実行ネットワーク,サリエンスネットワーク(Seeley et al., 2007)などが知られている.他方で,安静時ネットワークの活動から何らかの認知機能の関与を推論することには懐疑的な議論もある(e.g., Klein, 2014).

*10 Barrettらは,Yeo et al.(2011)が特定したネットワークの分類に依拠している.例えば,彼女らの提案する仮説では,コアアフェクトはサリエンスネットワークと辺縁系ネットワークが実現しており,概念化はデフ

ォルトモードネットワークが実現しているとされる(Barrett & Satpute, 2013; Lindquist & Barrett, 2012).

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28 基本情動説と心理構成主義

3 2つの立場は何について対立しているのか

ここまで基本情動説と心理構成主義という2つの立場の概要を見てきた.2つの立場は一見し

て明らかに異なっており,これら立場の対立はこれまでさまざまな仕方で特徴づけられてきた.

先行研究が取り上げてきた主な対立点の中から,本稿では,以下の5つの問いに対する答え方の

違いに注目して,2つの立場の対立を特徴づける.

均質性の問い:特定の情動カテゴリーの実例の多くが共有する各カテゴリーに独特な性質の集

合は存在するのか.

局在性の問い:情動に関連する心理的プロセスは特定の脳領域あるいは脳領域ネットワークに

よって実現されているのか.

基礎性の問い:情動を構成する要素は何か.

自然種性の問い:情動の科学的研究にとって有用な自然種は何なのか.

素朴心理学の消去についての問い:情動の科学において素朴心理学に由来する情動カテゴリーは

消去されるべきか.

まず,2つの立場の争点となるのは,「喜び」や「悲しみ」といった情動カテゴリーの実例の多

くが共有する,各カテゴリーに独特な性質の集合は存在するのか,という均質性の問いである.

このような均質性を支持する考え方は,近代的な情動研究の始まりから見られる.例えば,Charles

Darwinは,文化や生物種の違いを越えて共通の表情がいくつか存在し,その表情によってさまざ

まな情動を区別できると考えた(Darwin, 1872).また,William Jamesは,多様な情動はそれぞれ

独特な身体状態の変化のパターンをともなっており,そのような身体状態を知覚することが情動

の経験に不可欠だと主張した(James, 1890).同様の考え方は現代の心理学にも引き継がれており,

一般の人々が「喜び」や「悲しみ」を経験したり知覚したりしていると報告するとき,報告され

る情動それぞれに独特の表情・音声・生理的状態・行為・主観的経験などが存在するのかどうか,

という問題が基本情動説と心理構成主義のあいだでも議論されてきた(Scarantino, 2015; Barrett,

2006).

局在性に関して問題となるのは,情動に関連する心理的プロセスが解剖学的に分離できる特定

の脳領域あるいはいくつかの脳領域からなるネットワーク(解剖学的ネットワーク)によって実

現されているのかどうかということである.当然ながらこの問題は情動に限らず心理的プロセス

全般に関して長く論じられてきた.脳画像研究の初期には,さまざまな心理的プロセスはそれぞ

れ独自の脳領域によって実現されているという,局在性の想定が支配的だったが(e.g., Kanwisher

et al., 1997),近年では,脳内の広範囲に分散した複数の領域にまたがる活動が多くの心理的プロ

セスに貢献しているという考え方が支持を集めている(e.g., Bressler & Menon, 2010; Haxby et al.,

2014).このような背景のもと,情動関連プロセスの局在性を支持する基本情動説(Ekman, 1999;

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 29

Izard, 2011; Panksepp & Watt 2011)と,それを否定する心理構成主義(Lindquist et al. 2012; Lindquist

& Barrett, 2012)のあいだに対立が見られる.

次に,基礎性に関して争点となるのは,情動の構成要素である(Scarantino & Griffiths, 2011).

この争点はさらに2つの論点に分析できる.1つは,それ以上別の心理的プロセスに分割できな

いような構成要素は存在するのか,という情動の原初性の問題である.例えば,Lindquist の対比

によれば,基本情動説は基本情動がそれ以上別の心理的プロセスに分割できないという想定をお

いているが,心理構成主義はこれに反対している(Lindquist et al., 2012, p.122).さらに,もう1

つの争点は,多様な情動の構成単位となるのはどのような心理的プロセスなのか,という構成性

の問題である.例えば,Descartes(1649)は,称賛・愛・憎しみ・欲求・喜び・悲しみという6

つの情動のいずれかが混じり合うことで,これ以外のすべての情動が作り出されると考えた.同

様に,現代の基本情動論者の中にも,構成単位としての情動の存在を認める論者がいるが(e.g.,

Ekman & Friesen, 1975; Plutchik, 1962),他方で,心理構成主義者は,これを否定する(e.g., Lindquist

et al., 2012).

さらに,自然種性に関する対立では,情動の科学的研究にとって有用な自然種が何であるのか

が争われている(Barrett, 2006; Scarantino, 2009).科学哲学では,帰納的一般化の対象となるカテ

ゴリーは自然種と呼ばれるが(e.g., Boyd, 1991; Hacking, 1991; Mill, 1843; Quine, 1969),この自然

種を特徴づける仕方には論争がある.伝統的な本質主義によれば,自然種とは,そのメンバーが

何らかの本質を共有するカテゴリーである.ここで本質とは,それをもつことがそのカテゴリー

に属するための必要十分条件となるような性質である(e.g., Kripke, 1980; Putnam, 1975).例えば,

金という元素は原子番号79という本質をもつ自然種である.しかし,生物学や心理学では,1

つの種のメンバーのあいだにも大きな多様性があったり,多くの境界事例が存在したりするので,

本質主義的な自然種の捉え方はうまくいかない.このため,よりゆるやかな自然種の捉え方がい

くつか提案されているが,そのような提案の1つである Richard Boydの恒常的性質クラスター説

によれば,ある種のメンバーが,ある程度高い頻度で共起する性質のクラスターを持ち,それら

性質の共起をもたらす恒常性維持のための因果的メカニズムが存在するとき,その種は自然種で

ある(Boyd, 1991).例えば,ホモ・サピエンスという生物種は,相互交配というメカニズムをも

ち,それによって遺伝子のやりとりがなされる集団内の個体間で類似した性質をもつため,自然

種とみなされる.それと同時に,この説では雌雄や血液型の違いのような生物種内の多様性を許

すことができる.このゆるやかな自然種の特徴づけに従って,心理学では,情動の研究において

何が自然種であるのかが論じられている(e.g., Barrett, 2006; Izard, 2007; Panksepp, 2007).

後に,素朴心理学をめぐって2つの立場の争点となるのは,一般の人々が情動に関してもつ

素朴な心理学的カテゴリーは,情動の科学から消去されるべきなのか,という問題である.近年

の科学哲学では,ある心理学的なカテゴリーが自然種でないこと,つまり,異質な複数のカテゴ

リーに分割できることを根拠として,科学研究上の混乱の原因となるそのようなカテゴリーの使

用を止めるべきだという議論がある(e.g., Griffiths[1997]は「情動」,Machery[2009]は「概

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30 基本情動説と心理構成主義

念」,Irvine[2013]は「意識」についてこの意味での消去を唱える).このような議論をふまえて,

情動の心理学的研究では,「喜び」や「悲しみ」といった素朴なカテゴリーを消去すべきかどうか

が争われている(消去の支持者は e.g., Barrett, 2006; Lindquist et al., 2012; Russell, 2003; 反対者は

e.g., Ekman & Cordaro, 2011; Panksepp & Watt, 2011を参照)*11.

4 2つの立場はどのような議論をしているのか

前節では,均質性・局在性・基礎性・自然種性・素朴心理学の消去という観点から,基本情動

説と心理構成主義との対立を描写してきた.本節では,これら5つの論点に関して,基本情動説

と心理構成主義という2つの立場がどのような議論にもとづいてそれぞれどのような主張をおこ

なっているのか,詳しく検討する.

4.1 均質性

4.1.1 均質性についての基本情動説の議論

人が「怒り」の情動を経験しているとき,多くの場合,その人はしかめっ面になり,血圧が上

がって,他の人を殴ったり怒鳴りつけたりしたいという衝動を抱く.そして,これらの反応は別

の場面で生じる怒りの実例にも共通して含まれており,このような怒りにともなう反応は悲しみ

にともなう反応とは異なっている.このように,あるカテゴリーの情動を経験している人の表情・

音声・生理的状態・行動などの性質は,ある程度高い頻度で共起するひとまとまりのパッケージ

になっており,その情動の実例がもつ性質は,同じ基本情動カテゴリー内の他の実例と類似し,

別の情動カテゴリーの実例とは異なっている,というのが基本情動論者の主張である(e.g., Ekman

& Cordaro, 2011; Izard, 2007; Levenson, 2003; Tooby & Cosmides, 2008)*12.この主張は以下のテーゼ

としてまとめることができる.

*11 Griffiths(1997)は2つの独立した問題を扱っている.すなわち,「情動」という大きなカテゴリーが自然種であるのか,そのカテゴリーを消去すべきなのかという問題と,「喜び」や「悲しみ」といった個別の情動カ

テゴリーが自然種であるのか,それらのカテゴリーを消去すべきなのかという問題である.Barrettら自身はこれらの問題をはっきり区別しておらず,Griffiths(1997)を引用しつつ,「情動」そのものと個別情動の両方について,自然種性を否定しその消去を支持しているようである(Barrett, 2006; Lindquist et al., 2012).しかし,Barrettが示す証拠はもっぱら個別情動の自然種性を否定しその消去を支持するものであるため,本稿では個別の情動の自然種性と消去について論じる.

*12 もちろん基本情動論者も,情動が経験される文脈・個人の学習の履歴・文化差などの影響を認めており,情動に先行する出来事と,それに続いて経験される情動,さらにそれにともなって生じる反応とのあいだには,

「ゆるやかなカップリング」(Lang, 1988),あるいは「確率論的な弱い連関」(Reisenzein, 2000)があると考えられている.

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 31

基本情動の均質性テーゼ:「喜び」,「悲しみ」といった各基本情動カテゴリーの実例の多くは,

情動経験の自己報告・表情・生理的状態・行動などの指標に関して,高い頻度で共起する,カ

テゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもつ.

基本情動説がこの均質性テーゼを支持するためにおこなう議論には,進化からの議論と,表情

に関する証拠にもとづく一般化の2つがある.第一に,基本情動説では,このような基本情動の

均質性は,理論的な要請によって仮定されている(Mauss et al., 2005).先に述べたように,それ

ぞれの基本情動は,固有の課題の解決を容易にすることで進化したと考えられているが,それぞ

れの課題を解決するためには,特定の行動傾向が必要であり(Frijda, 1986),その行動傾向を準備

するためには,特定の表情・音声・生理的状態などのまとまった反応が必要となる,というのが

基本情動の均質性が想定される理由である.例えば,怒りは自身の目標を妨害するものや,仲間

に危害を与えようとする敵に対処するという生存上の優位性によって進化したとされるが,その

ような課題を解決するためには,自身や仲間の害となるものや敵を攻撃しようとする行動傾向が

必要であり,さらに,そのような行動傾向は心拍数・血圧の上昇などを含む情動カテゴリーごと

に特異的で一貫した反応のパッケージによって準備されるはずだという推論がなされる.つまり,

基本情動が進化の産物であるならば,そのような基本情動は,均質な性質の集合をもつはずだと

いうわけだ(e.g., Ekman, 1992, 1999; Lazarus, 1991; Levenson, 1988, 2003; Stemmler, 2004).このよ

うな議論は以下のようにまとめることができる.

<基本情動の均質性を支持する議論>

進化からの議論:

1. 任意の基本情動はそれぞれ独特の課題を解決することによって進化した(想定).

2. 任意の課題の解決はそれぞれ独特の行動傾向を必要とする(想定).

3. 任意の行動傾向はそれぞれ特異的で一貫した,表情・音声・生理的状態のパッケージによ

って準備される(想定).

4. それゆえ,任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,表情・音声・生理的状態・行動な

どに関して,高い頻度で共起する,カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもつ

(1. 2. 3. からの帰結).

次に,2つ目の議論は,表情に関する証拠からの帰納的一般化による.初期の基本情動論者は,

文化の違いを超えて,特定のカテゴリーの情動を経験していると報告する人は特定の表情を示し,

特定の表情を見る人は特定のカテゴリーの情動を知覚するという経験的証拠をもっていた

(Ekman & Friesen, 1975; Ekman, 1980, 1989; レビューとしては,Matsumoto et al., 2008を参照).

ここから,表情だけにとどまらず,音声・生理的状態・行動など幅広い範囲で,それぞれの情動

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32 基本情動説と心理構成主義

経験・知覚の自己報告と共起するカテゴリーごとに特異的で一貫した反応パターンがみつかるこ

とが期待され,基本情動の均質性テーゼが主張された(Ekman, 1999; Ekman et al., 1983).基本

情動の均質性を支持するこの議論は以下のように定式化できる.

表情に関する証拠にもとづく議論:

1. 特定のカテゴリーの情動の経験・知覚の自己報告と高い頻度で共起するカテゴリーごとに

特異的で一貫した表情が存在する(経験的証拠).

2. それゆえ,任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,表情・音声・生理的状態・行動な

どに関して,高い頻度で共起する,カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもつ

(1. からの帰納的帰結).

4.1.2 均質性についての心理構成主義の議論

情動の均質性に関して心理構成主義者は基本情動論者の主張に反対して以下のテーゼを支持す

る(Barrett, 2006; Barrett et al., 2007; Russell, 2003).

基本情動の非均質性テーゼ:「喜び」,「悲しみ」といった各基本情動カテゴリーの実例の多くは,

情動経験の自己報告・表情・生理的状態・行動などの指標に関して,高い頻度で共起する,各

カテゴリーに特異的で一貫した性質の集合をもたない.

心理構成主義者はまず,情動が進化の産物であるという想定にもとづく基本情動論者の議論に

反論する.彼らもまた情動が生物の生存上の課題の解決に貢献することによって進化したという

想定を認める.しかし,彼らの考えでは,生理的状態が準備するのは一般的な行動傾向ではなく,

より個別的な行動である.さらに,課題解決のための行動傾向は文脈に依存してさまざまな具体

的行動によって実現される.このため,具体的行動が特定の生理的状態によって準備されるとし

ても,その行動によって実現される行動傾向と生理的状態とのあいだには一対一対応の関係が成

り立たない.例えば,一般に「怒り」と呼ばれる情動は,自身の目標を妨害する敵を攻撃したい

という行動傾向とみなすことができる.そして,攻撃は,文脈に応じて,怒鳴ったり,殴ったり,

あるいは敵から遠ざかったりといったさまざまな具体的な行動によって実現できる.このため,

怒鳴る,殴るといった行動が特定の生理的状態によって準備されるとしても,攻撃という行動傾

向と,生理的状態とは一対一対応のつながりを持たないことになる.それゆえ,行動傾向すなわ

ち情動と生理的状態とのあいだに一対一対応の関係は成り立たない(Barrett, 2006, pp.41-42).同

様に,行動傾向すなわち情動と,音声・表情などの性質とのあいだにも一対一対応の関係は成り

立たないと考えられる.こうして,心理構成主義者によれば,基本情動カテゴリーは特異的で一

貫した表情・音声・生理的状態・行動を持たない.この議論は以下のように整理できる.

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 33

<基本情動の均質性を否定する議論>

進化からの議論への反論:

1. 任意の基本情動はそれぞれ独特の課題を解決することによって進化した(想定).

2. 任意の課題の解決はそれぞれ独特の行動傾向を必要とする(想定).

3. 任意の行動傾向は,文脈に応じてさまざまな具体的行動によって実現される(観察).

4. 任意の具体的行動は,特異的で一貫した表情・音声・生理的状態のパッケージによって準

備される(想定).

5. それゆえ,任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,表情・音声・生理的状態・行動な

どに関して,高い頻度で共起する,カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもた

ない(1. 2. 3. 4. からの帰結).

また,基本情動論者は表情の均質性に関する経験的証拠にもとづいて,他の性質についても基

本情動カテゴリーごとの均質性が成り立つという一般化をおこなっていた.これに対して心理構

成主義者は生理的状態に関する経験的証拠をあげて,基本情動の均質性テーゼにたいする支持が

決定的ではないことを示そうとする(Barrett, 2006; Barrett et al., 2007).とくに,彼らは,多数の

先行研究を参照して個別の情動の違いがさまざまな生理的指標におよぼす効果の大きさを調べた

メタ分析(Cacioppo et al., 1997; Cacioppo et al., 2000)に依拠する.この分析によれば,たしかにい

くつかの生理的指標では個別の情動に特有の反応が見られるが,分析の対象となった研究ごとに

効果の大きさや有意差の有無にばらつきがあり,個別の情動の種類と生理的指標との関係を媒介

する未知の変数の存在が示唆される.また,多くの生理的指標で,「喜び」,「悲しみ」といった個

別の情動を比較したときの違いよりも,ポジティブな情動とネガティブな情動とのあいだの違い

の方が一貫している.このような分析結果をふまえると,任意の基本情動カテゴリーの多くの実

例は,生理的状態に関して,カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもたないと言える

*13.それゆえ,心理構成主義者によれば,表情の均質性は他の性質の均質性に一般化することが

できず,基本情動の均質性テーゼを支持する証拠は決定的ではないことになる.この議論は以下

のようにまとめることができる.

生理的状態に関する証拠にもとづく議論:

1. 特定のカテゴリーの情動の経験・知覚の自己報告と高い頻度で共起するカテゴリーごとに

特異的で一貫した生理的状態は存在しない(経験的証拠:メタ分析の結果から).

2. それゆえ,任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,表情・音声・生理的状態・行動な

*13 心理構成主義者も,表情や音声については, 均質性を支持する肯定的な証拠がある程度揃っていることを認める.表情についてのメタ分析としては Elfenbein & Ambady, 2002 を,定性的なレビューとしてはMatsumoto et al., 2008を参照.音声については Johnstone & Scherer, 2000を参照.

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34 基本情動説と心理構成主義

どに関して,高い頻度で共起する,カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもた

ない(1. からの帰納的帰結).

4.1.3 均質性をめぐる論争に対する評価

これまで情動の均質性に関する研究は多数おこなわれてきたが,現在でもこの論争に決着はつ

いていない.基本情動論者は,研究の初期に,情動を指示する言葉の使用法と表情のあいだに特

定的な関係を見出したが(e.g., Ekman & Friesen, 1975),その後,心理構成主義者は,生理的指標

の多くに「喜び」,「悲しみ」といった素朴な情動カテゴリーを区別できるパターンが存在するこ

とを否定した(e.g., Barrett, 2006; Cacioppo et al., 2000; Russell et al., 2003).生理的指標に限っても

その後多くの実験研究やメタ分析がおこなわれているが,その結果は一貫していない(e.g., 基本

情動説を支持する研究としては Stemmler, 2004; Kreibig, 2010; Lench et al., 2011; 心理構成主義を

支持する研究としては Critchley, 2009; Lang & Bradley, 2010; Quigley & Barrett, 2014を参照).

そうした中,近年では,多変量パターン解析(MVPA; MultiVariate Pattern Analysis)と呼ばれる

分析手法をもちいて,情動と生理的指標の関係を調べる研究が増えつつある(e.g., Rainville et al.,

2006; Stephens et al. 2010; Kolodyazhniy et al. 2011; 心理構成主義者からのレビューとしては

Quigley & Barrett, 2014を参照).これまで基本情動論者と心理構成主義者のあいだで論争の的とな

ってきたのは,ある基本情動カテゴリーの実例のもつ性質の集合が,同じ情動カテゴリー内の他

の実例とは類似し,別の情動カテゴリーの実例とは異なっているのかどうかという問題だった.

さらに具体的に言うと,この時問題とされてきたのは,情動カテゴリーの実例のもつさまざまな

性質のうち特定の単一の性質に注目することによって基本情動カテゴリーを区別できるのかどう

かということだった(e.g., Ekman, 1983; Cacioppo et al., 1997; Cacioppo et al., 2000).例えば,心拍

数や血圧のような単一の生理的指標それぞれが怒りの 中と喜びの 中で異なった値をとるのか

どうかが検討されてきた.これに対して MVPAをもちいた研究は,単一の生理的指標によって基

本情動を区別できないとしても,複数の指標を組み合わせることで基本情動を区別できるような

反応パターンを見つけ出そうとする.このような試みは生理的指標だけでなく,表情・音声・行

動など基本情動論者が想定する情動反応のパッケージ全体に拡張できるだろう.しかし,そのよ

うな包括的な研究は現在のところおこなわれておらず,情動の均質性について確固とした結論を

導くことはできない.

4.2 局在性

4.2.1 局在性についての基本情動説の議論

情動に関連する心理的プロセスが特定の脳領域あるいは脳領域ネットワークによって実現され

ているのかどうか,という局在性の問いに,基本情動説は以下のように肯定的に答える(e.g.,

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 35

Ekman, 1999; Izard, 2011; Panksepp & Watt, 2011).

基本情動の局在性テーゼ:「喜び」,「悲しみ」といった基本情動はそれぞれの情動カテゴリーと

一対一対応する単独の脳領域あるいは複数の脳領域からなるネットワークが実現している*14.

基本情動説がこのテーゼを支持する根拠のひとつは,先の節で検討した情動の実例の均質性で

ある.基本情動論者によれば,喜びや悲しみといった基本情報それぞれの自己報告にともなって,

高い頻度で表情・音声・生理的状態などの特定的で一貫した反応のパッケージが観察される.こ

のことを説明するには,それらさまざまな反応を調和させるメカニズムとして,基本情動カテゴ

リーと一対一対応する脳領域あるいは脳領域ネットワークが存在すると考えるのが一番良い,と

いう推論がなされる(e.g., Ekman, 1999, pp.50-51).この議論は以下のようにまとめることができ

る.

<基本情動の局在性を支持する議論>

情動の均質性に訴える議論:

1. 任意の基本情動カテゴリーの実例の多くは,表情・音声・生理的状態・行動などに関して,

高い頻度で共起する,情動カテゴリーごとに特異的で一貫した性質の集合をもつ(均質性

の議論の帰結).

2. それゆえ,基本情動は,それぞれの基本情動カテゴリーと一対一対応する脳領域あるいは

脳領域ネットワークが実現している(1. からの IBEによる帰結).

また,病気や事故による脳損傷の認知機能への影響を調べる損傷研究や,脳画像研究の初期に

は,各カテゴリーの情動の自己報告と相関して活動する脳領域の存在を示唆するデータがあり*15,

基本情動論者は,これを基本情動の局在性を支持する証拠とみなした.例えば,嫌悪の情動経験

が報告されるときに前部島の活動が高まることを示す研究結果を証拠として,嫌悪の実現に前部

島が中心的な役割を果たしている,という主張がなされた.経験的証拠にもとづくこのような議

論は以下のようにまとめることができる.

*14 何らかの心理的プロセスが脳領域のネットワークによって実現されるという主張の内実はさまざまである.基本情動説の支持者の中で,ネットワークによる基本情動の実現を明示的に主張する論者は少ないが,

Pankseppは基本情動が解剖学的なネットワークによって実現されると考えている(Panksepp 1998; Panksepp & Watt 2011).また,Hamann(2012)は機能的なネットワークによる基本情動の実現の可能性を示唆している.

*15 例えば,扁桃体は恐怖と(Sprengelmeyer et al., 1999),前部島(AIC)は嫌悪と(Wicker et al., 2003),前帯状皮質膝下部(sgACC)は悲しみ,眼窩前頭皮質(OFC)は怒りと(Murphy et al., 2003)相関して賦活するとされた.

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36 基本情動説と心理構成主義

経験的証拠:損傷研究・脳画像研究に訴える議論:

1. 任意の基本情動カテゴリーに属する情動の自己報告や関連課題の遂行はそれぞれ,特定の

脳領域あるいは脳領域ネットワークの活動と関連がある(経験的証拠:損傷研究・脳画像

研究・メタ分析などのデータから).

2. それゆえ,任意の基本情動は,それぞれの基本情動カテゴリーと一対一対応する脳領域あ

るいは脳領域ネットワークが実現している(1. からの帰結).

4.2.2 局在性についての心理構成主義の議論

これに対して,心理構成主義は,生理的状態を表象するコアアフェクトやそれをカテゴライズ

する概念化といった原初プロセスが特定の脳領域ネットワークによって実現されていると考える.

心理構成主義者は,まず,「喜び」,「悲しみ」といった素朴な情動カテゴリーで指示される基本情

動が,各情動と一対一対応する単独の脳領域や安静時ネットワーク(安静時に同期して活動する

複数の脳領域からなるネットワーク)によって実現されていることを否定する.その上で,一般

の人々が「情動」と呼ぶ現象の生起に貢献する,コアアフェクトや概念化といった原初プロセス

が,特定の安静時ネットワークによって実現されている,と主張する(Barrett & Satpute 2013;

Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).この主張は以下の2つのテーゼとして表現できる.

基本情動の非局在性テーゼ:任意の基本情動は,それぞれの基本情動カテゴリーと一対一対応

する脳領域および安静時ネットワークによって実現されない.

原初プロセスの局在性テーゼ:任意の原初プロセスはそれぞれ,特定の安静時ネットワークによ

って実現される.

心理構成主義が支持するこれら局在性のテーゼは,以下に示す2つの議論それぞれから導かれ

る.まず,基本情動の局在性を否定する議論は以下のように定式化できる.

<基本情動の局在性を否定する議論>

1. 任意の基本情動カテゴリーにのみ特異的に一貫して,相関した活動を示す脳領域はない(経

験的証拠:脳画像研究のメタ分析から).

2. 任意の基本情動カテゴリーにのみ特異的に一貫して,相関した活動を示す安静時ネットワ

ークはない(経験的証拠:脳画像研究のメタ分析から).

3. それゆえ,任意の基本情動は,基本情動カテゴリーと一対一対応する脳領域および安静時

ネットワークによって実現されない(1. と 2. からの帰結).

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 37

基本情動論者が,個別の脳画像研究の結果(e.g., Sprengelmeyer et al., 1999)や古いメタ分析の結

果(e.g., Murphy, et al, 2003)を証拠として,基本情動の局在性を肯定していたのに対して,心理

構成主義者は,より多数の脳画像研究の結果を二次的に分析したメタ分析の結果(Kober et al.,

2008; Lindquist et al., 2012)を証拠として,基本情動の局在性を否定している.心理構成主義者に

よれば,このようなメタ分析結果が示しているのは,任意の基本情動カテゴリーの自己報告と「特

異的に・一貫して」相関して活動する,個別の脳領域も(Lindquist et al., 2012),安静時ネットワ

ークも(Barrett & Satpute 2013; Touroutoglou et al., 2015)存在しないということである.これを「喜

び」の例で説明するなら,「喜び」というカテゴリーの情動の自己報告の多くの実例と相関し(一

貫性をもち),かつ,「喜び」の実例とは相関するが,例えば「悲しみ」の実例とは相関しないよ

うな(特異性をもつ),個別の脳領域も,安静時ネットワークも存在しないということである.

さらに,原初プロセスが安静時ネットワークによって実現されていることを示す議論(Lindquist

& Barrett, 2012, p.537; Barrett & Satpute, 2013, pp.363-365)でも,脳画像研究の結果が証拠として参

照される.1つ目の証拠は,いくつかの安静時ネットワークは,異なる情動カテゴリーをまたい

で情動経験・知覚の自己報告と相関して活動する(Barrett & Satpute, 2013; Touroutoglou et al., 2015)

というデータである.さらに,2 つ目の証拠は,いくつかの安静時ネットワークは,情動以外の

心理的プロセスに関連する課題とも相関して活動する(e.g., Lindquist &Barrett, 2012, p.537; とくに,

サリエンスネットワークとさまざまなドメインの課題との相関については Barrett & Satpute, 2013,

p.365を参照)という観察である.ここから,いくつかの安静時ネットワークは,課題のドメイン

に特定的でない汎用的な原初プロセスを実現している,という主張が導かれる.例えば,基本情

動説によれば,扁桃体は,「恐怖」の情動を実現しているとされる.これに対して,心理構成主義

は,扁桃体を,コアアフェクトを実現するサリエンスネットワークの一部とみなしており,サリ

エンスネットワーク全体としての機能は,外受容感覚から得られた情報のうち接近・回避行動の

誘因として顕著なものに注意を振り向けることであると主張する(Lindquist et al., 2012, p.129;

Barrett & Satpute, 2013, pp.363-365).この議論は次のように定式化できる.

<原初プロセスの局在性を支持する議論>

1. いくつかの安静時ネットワークは,異なる情動カテゴリーをまたいで情動経験・知覚の自

己報告と相関して活動する(経験的証拠:脳画像研究のデータから).

2. いくつかの安静時ネットワークは,情動以外に関連する課題とも相関して活動する(経験

的証拠:脳画像研究のデータから).

3. それゆえに,いくつかの安静時ネットワークは,課題特定的でない汎用的な原初プロセス

を実現している(1. と 2. からの帰結).

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38 基本情動説と心理構成主義

4.2.3 局在性をめぐる論争に対する評価

基本情動は,基本情動カテゴリーと一対一対応する脳領域やネットワークが実現するのか.基

本情動説はこの問いに肯定的に答えてきた.その際,根拠とされてきたのは,情動にともなう表

情などの反応の均質性を示すデータ,損傷研究のデータ,さらには個別の脳画像研究のデータだ

った(e.g., Sprengelmeyer et al., 1999; Wicker et al., 2003; Murphy et al., 2003).これに対して,心理

構成主義者は,多数の脳画像研究の結果を二次的に分析したメタ分析的研究の結果(e.g., Kober et

al., 2008; Lindquist et al., 2012; Touroutoglou et al., 2015)を根拠として,この主張を否定する(Barrett

& Satpute 2013; Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).しかし,ここでも証拠は一貫して

いない.Lindquist らとは異なる分析方法をもちいた脳画像研究のメタ分析では,基本情動カテゴ

リーと対応する脳領域ネットワークの存在を支持する結果が出ており(Vytal & Hamann, 2010),

心理構成主義者の主張を鵜呑みにすることはできない.さらに,基本情動説の支持者のなかには,

基本情動カテゴリーをより細分化すれば局在性が成り立つと主張したり(Scarantino, 2015;

Scarantino & Griffiths, 2011),解剖学的に完全に分散した脳内の空間座標における活動パターンの

分析(MVPA; Multi-Voxel Pattern Analysis)をおこなえば基本情動にたいする特定性がみつかると

主張したりするものもいる(Hamann, 2012).

他方で,局在性に関する心理構成主義者の積極的な主張は,先行研究において特定されたいく

つかの脳領域ネットワークが原初プロセスを実現している(e.g., サリエンスネットワークがコア

アフェクトを実現している)というものだった.しかし,この主張は今のところ仮説として提案

されているだけであり,経験的証拠によって十分裏打ちされているとは言えない.

さらに,脳画像データを根拠として特定の脳領域や安静時ネットワークの実現する心理的プロ

セスを推論すること自体の妥当性についても議論が続いており(安静時ネットワークへの批判は

Klein, 2014 を参照; MVPAに対する批判は Ritchie et al., 2019 を参照),基本情動説,心理構成主

義どちらの局在性に関する主張も慎重に吟味される必要がある.

4.3 基礎性

4.3.1 基礎性についての基本情動説の議論

3つ目の論争は,情動の基礎的な構成要素は何か,という問いをめぐるものである.先に述べ

たように,この問いはさらに原初性と構成性という2つの問いに分析できる.1つは,それ以上

別の心理的プロセスに分割できないような構成要素は存在するのか,という情動の原初性の問い

である*16.心理構成主義者の Lindquistらによれば,基本情動論者は,基本情動をより基礎的な心

*16 この意味での情動の基礎性は Ortony & Turner(1990)によって初めて指摘された.しかし,そこでこのような基礎性を想定している論者として参照されているのは,Frijda(1986),Oatley & Johnson-Laird(1987)など,認知的評価理論の支持者たちである.また近年,Scarantino & Griffiths(2011, p.451)は,Ortonyと Turnerの

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 39

理的成分に分割できないものとみなしていると言う(Lindquist et al., 2012, p.122).しかし,実際

にはこのような情動の原初性に明示的に言及している基本情動論者は少ない*17.他方で,もう1

つの争点は,多様な情動の構成単位となるのはどんな心理的プロセスなのか,という構成性の問

いである.この問いに対して,基本情動説は以下のように答える.

基本情動による構成性テーゼ:基本情動の組み合わせあるいは拡張によって,他のいくつかの情

動が作り出される*18.

基本情動論者によれば,基本情動以外のいくつかの情動は,複数の基本情動を組み合わせるか

(e.g., Ekman & Friesen, 1975; Ekman, 1999; Plutchick, 1962),あるいは,基本情動に他の要素を付け

加えることによって作り出される(e.g., Izard, 2011; Panksepp & Watt, 2011; Prinz, 2004)*19.基本情

動論者がこのテーゼを支持するためにおこなう典型的な議論は以下のように書くことができる.

<基本情動による構成性を支持する議論>

1. 任意の基本情動カテゴリーに属する実例の多くは,カテゴリーごとに特異的で一貫した性

質の集合をもつ(均質性の議論の帰結).

2. 基本的でない情動のもつ性質は,基本情動のもつ性質の組み合わせ,あるいは基本情動の

性質と他の要素の性質の組み合わせによって説明できる(経験的証拠から).

3. ある対象のもつ性質を,別の複数の対象のもつ性質の組み合わせによって説明できるなら

ば,その対象は,それら別の対象の組み合わせによって作られる(想定).

4. それゆえ,基本情動の組み合わせあるいは拡張によって,他のいくつかの情動が作り出さ

れる(1. 2. 3. からの帰結).

先の均質性の議論で見たように,基本情動説の支持者たちは,まず,それぞれの基本情動に独

特な性質の集合が存在すると主張する.そのうえで,複数の基本情動のもつそれら特徴の組み合

わせによって,他の情動の特徴を説明できると考える.例えば,不信感の表情は,嫌悪の表情の

議論をふまえて,情動を構成要素として含まないという意味での「情動原初性」と,快不快のような感情状

態を構成要素として含まないという意味での「感情原初性」を区別した上で,基本情動論者は,基本情動に

ついて,感情原初性を否定しつつも,情動原初性を肯定することができると述べている. *17 Izard(2011, p.372)は例外的にこの意味での基礎性を想定しており,一階の情動は認知的プロセスを構成要素として含まないと考えている.

*18 厳密に言えば,基本情動論者の構成性に関する主張の内実はさまざまである.例えば,Plutchick(1962)は,基本情動の混合によって他のすべての情動が作り出されると考えたが,Izard(2011)は,基本情動がいくつかの情動の構成単位となると述べるに止めている.また,Ekmanは,気分などの感情状態も基本情動を構成要素として含むと考えている(Ekman, 1992; Ekman, 1999; Ekman & Cordaro, 2011).

*19 Izard(2011)や Prinz(2004)は,基本情動に,思考などの認知的要素が組み合わさることで別の情動が生じると考えている.

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40 基本情動説と心理構成主義

口の部分と,驚きの表情の眉の部分の組み合わせであるとされる(Ekman & Friesen, 1975).この

ような観察を根拠として,基本情動はその他の情動のビルディングブロックであるという主張が

導かれる.この議論では,ある対象のもつ性質を,別の複数の対象のもつ性質の組み合わせによ

って説明できるならば,その対象は,それら別の対象の組み合わせによって作られるという想定

がおかれている.

4.3.2 基礎性についての心理構成主義の議論

心理構成主義者は,基礎性に関して次のテーゼを支持する(Lindquist et al., 2012).

原初プロセスの原初性テーゼ:原初プロセスは別の心理的プロセスを構成要素として含まない.

原初プロセスによる構成性テーゼ:「喜び」,「悲しみ」などの基本情動カテゴリーを使って指示

されるすべての心理的現象は,原初プロセスの相互作用によって作り出される*20.

まず,原初プロセスがそれ以上別のプロセスに分割できないという主張を支持するための議論

は明確に示されていない.Lindquist らは,他の心理的プロセスに還元できない,原初プロセスを

見つけ出すことが心理学の目的であると述べており(Lindquist et al., 2012, pp.123-124),原初プロ

セスの原初性テーゼは,心理構成主義者の理論的想定であると言える.2章で見たように心理構

成主義者は,情動の構成に関わる原初プロセスとして,コアアフェクト・外受容感覚・概念化・

実行機能をあげていた.しかし,この原初的なプロセスのリストは,暫定的なものであり,神経

科学的証拠と素朴心理学の双方にもとづいて,常に書き換えられる可能性のあるものとみなされ

ているようである(Lindquist et al., 2012, p.139).

次に,一般の人々が「喜び」や「悲しみ」と呼ぶ心理的現象は原初プロセスの相互作用によっ

て作り出される,という構成性のテーゼであるが,これは,正に心理構成主義の中心的テーゼで

ある.心理構成主義者の研究はすべてこのテーゼの正しさを示すためにおこなわれているとも言

えるため,このテーゼを支持するための議論を簡単に取り出すことはできない.しかし,現在の

ところ心理構成主義者がおこなっている議論は,局在性の節(4.2.2節)で取り上げた,認知神経

科学的証拠に依拠したものである.この議論は以下のように明示化できる.

<原初プロセスによる構成性を支持する議論>

1. 「喜び」,「悲しみ」といった基本情動カテゴリーで指示される心理的現象(基本情動)は,

何らかの脳活動によって実現される(想定).

*20 情動の構成性に関して,心理構成主義者が示している証拠は,おもに基本情動に関するものである.そのため,ここでは彼らの立場を基本情動についての主張として理解する.しかし,彼らは手持ちの証拠を越えて,

情動全般が原初プロセスによって作り出されると考えているようである(e.g., Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 41

2. 任意の基本情動は,基本情動カテゴリーと一対一対応する脳領域および安静時ネットワー

クによって実現されない(局在性の議論の結論).

3. 課題に特定的でない汎用的な原初プロセスが,いくつかの安静時ネットワークによって実

現されている(局在性の議論の結論).

4. それゆえ,「喜び」,「悲しみ」などと呼ばれる基本情動は,汎用的な原初プロセスの相互作

用の結果として生じる(1. 2. 3. からの帰結).

この議論では,まず,一般の人々が「喜び」や「悲しみ」と呼ぶ心理的現象が何らかの脳領域

の活動によって実現されるという前提がおかれている.しかし,先に見たように,局在性に関す

る心理構成主義者の議論によれば,「喜び」や「悲しみ」といった基本情動の実現に特化した脳領

域および安静時ネットワークは存在しない.他方で,それぞれの安静時ネットワークが実現して

いるのは,多様な課題の遂行に関与する汎用的な原初プロセスである,と心理構成主義者は考え

る.これら局在性に関する結論を前提としてふまえ,「喜び」や「悲しみ」などの基本情動カテゴ

リーを使って指示される現象は,原初プロセスの相互作用によって作り出されている見込みが高

い,という推論がなされる(Barrett & Satpute, 2013; Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).

4.3.3 基礎性をめぐる論争に対する評価

まず,両立場の主張を支える証拠の強さを確認してみよう.基本情動説は,「喜び」や「悲しみ」

といった基本情動それぞれに特有の性質の集合が存在するという均質性のテーゼ(4.1.1節)が正

しいことを前提とした上で,そのような各基本情動に特有の性質を組み合わせることで,他の情

動の性質を説明できると主張する.そこから,基本情動の組み合わせや拡張によって,他のすべ

ての情動が作り出されると主張していた.しかし,基本情動の構成性についての基本情動論者の

主張は多様であり(注 14 を参照),詳しい実例を示して実質的な説明をおこなっている論者は

Ekmanらをのぞいてほとんどいない(e.g., Ekman & Friesen, 1975).さらに,先に見たように,心

理構成主義者によれば,それぞれの情動カテゴリーに特有の性質の集合が存在するという,情動

の均質性のテーゼは否定されるので(4.1.2 節),基本情動の基礎性を支持するための基本情動論

者の議論はうまくいかないことになる.少なくとも,現在のところ情動の均質性のテーゼにたい

する決定的な支持はないため,情動の均質性を根拠として基本情動の構成性を支持することはで

きない.

他方で,心理構成主義は,原初プロセスこそが情動の構成要素であると主張する.まず,彼ら

の主張のうち,原初プロセスがそれ以上別の心理的プロセスに分割できないという原初性のテー

ゼは,心理構成主義者の仮定であり,これを支持するための証拠があげられているわけではない.

また,原初プロセスの相互作用を通して,すべての基本情動が作り出されるという構成性の主張

は,既知の安静時ネットワークが原初プロセスを実現しているという,局在性の議論(4.2.2 節)

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42 基本情動説と心理構成主義

に依存している.しかし,既に見たように,原初プロセスの局在性を支持する証拠は現在のとこ

ろそれほど強力ではない.このように,心理構成主義者も基本情動論者と同様に基礎性について

強力な証拠をもっているとは言えない.

さらに指摘できるのは,基礎性という論点に関して基本情動説と心理構成主義の主張は原理的

には両立する可能性があるということである.それ以上別の心理的プロセスに分割できないよう

な情動は存在するのか,という原初性の問題をめぐる対立について Lindquistの見立てが間違って

おり, Izard のような少数の例外をのぞいて基本情動説がこの問題について明確な主張をしてい

ないとすると,情動の基礎性をめぐって2つの立場の争点として残されるのは,多様な情動の構

成単位となるのはどんな心理的プロセスなのか,という情動の構成性に関する問題だけになる.

構成性について,基本情動説は,基本情動がその他の情動の構成単位になると主張しており,他

方で心理構成主義は,原初プロセスがすべての基本情動の構成単位だと主張している.しかし,

この構成性についての2つの主張は両立可能である.なぜなら,原初プロセスによって作り出さ

れるいくつかの情動があり,そのような情動の組み合わせによって(あるいは,そのような情動

に,例えば,認知的要素が付け加えられることによって),他のいくつかの情動が作り出されると

考えることができるからだ*21.このように考えた場合,基礎性という論点に関して2つの立場の

あいだに対立は存在しない.

4.4 自然種性

4.4.1 自然種性についての基本情動説の議論

科学哲学で提案されているゆるやかな特徴づけに従うならば,自然種とは,その種のメンバー

がある程度高い頻度で共起する性質のクラスターを持ち,それら性質の共起をもたらす因果的メ

カニズムが存在するような種であると考えられる(e.g., Boyd, 1991).情動を研究する心理学者の

あいだでは,この特徴づけをふまえて,情動の科学的研究にとって有用な自然種は何なのかとい

う問題が争点となっている(e.g., 基本情動の自然種性を支持する議論としては,Izard, 2007;

Panksepp, 2007; 自然種性を否定する議論としては,Barrett, 2006; Barrett et al., 2007; Russell, 2003;

また論争のレビューとしては Scarantino, 2009 も参照)*22.情動の自然種性に関する基本情動説の

*21 心理構成主義者は,基本情動を含むすべての情動が原初プロセスから直接作り出されることを示そうとしているようである(e.g., Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012).このため,現実には彼らはここで述べた考え方には賛同しないかもしれない.また,心理構成主義者は基本情動論者と異なり,科学的語彙の中か

ら素朴な情動カテゴリーを消去することを支持するため,原初プロセスが作り出す心理的プロセスを「情動」

と呼びたがらないかもしれない. *22 ここでは主に心理学者による議論をとりあげる.これとは別に哲学者による議論としては,Charland(2002),

Griffiths(1997, 2004),Prinz(2004)などがある.例えば,本稿では基本情動説の支持者とみなしてきた Griffiths(1997)は,素朴心理学的カテゴリーとしての情動は不均質な実例を含み,さらに複数のカテゴリーに分割することができるため,自然種とみなすことはできず,その下位カテゴリーのうち「アフェクトプログラム

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 43

主張は以下のとおりである*23.

基本情動の自然種性テーゼ:「怒り」,「悲しみ」といった個別の基本情動についてのカテゴリー

は,自然種である.

次節で見るように,基本情動論者が基本情動を分類するカテゴリーは,一般の人々が情動を表

すのに用いる素朴なカテゴリーをそのまま採用したものである.そのうえで,基本情動説では,

「怒り」や「悲しみ」といった基本情動カテゴリーが自然種であると考えられている.そして,

基本情動が自然種であると判断する際の基準として,そのカテゴリーの実例の多くに共通の観察

可能な性質が存在することと,それら性質を引き起こす共通の因果メカニズムが存在することと

いう2つを採用している.これら2つの基準は科学哲学で受け入れられているものだが(e.g., Boyd,

1991),基本情動説は,これら基準の両方にもとづいて基本情動を自然種とみなしており(Barrett,

2006),以下の議論を用いて,この主張を支持しようとする.

<基本情動の自然種性を示すための議論>

1. あるカテゴリーが自然種であるためには,そのカテゴリーの多くの実例が,類似の観察可

能な性質の集合をもち,それら性質の共起をもたらす共通の因果メカニズムをもつ必要が

ある(自然種の定義).

2. 任意の基本情動カテゴリーに属する多くの実例は,高い頻度で共起する,共通の性質の集

合をもつ(均質性の議論の結論).

3. 任意の基本情動カテゴリーに属する多くの実例は,それぞれの情動カテゴリーと一対一対

応する神経メカニズム(脳領域あるいは脳領域ネットワーク)が実現している(局在性の

議論の結論)

4. それゆえ,基本情動カテゴリーは自然種である(1. 2. 3. からの帰結).

基本情動が自然種であるという主張の1つ目の根拠は,個別の基本情動の実例が,カテゴリー

ごとに共通の性質の集合(表情・生理学的反応・行動など)をもつこと(4.1 節: 均質性の議論

の結論)である.例えば,怒りの実例の多くは,しかめっ面・血圧の上昇・人に対する攻撃衝動

といった反応を伴う.同様に,怒り以外の各基本情動の実例の多くは,カテゴリーごとに独特の

共通の反応のパッケージを伴う(e.g, Ekman & Cordaro 2011; Levenson, 2003).2つ目の根拠は,

個別の基本情動の実例が,情動カテゴリーごとに共通の神経メカニズムによって引き起こされて

いること(4.2節: 局在性の議論の結論)である.例えば,初期の脳画像研究によれば,恐怖の多

情動(基本情動)」と「高次認知情動(複合情動)」のみが自然種であるという立場をとる.

*23 基本情動論者自身は必ずしも明示的に自然種という言葉を使わないが,Barrett(2006)が示しているように彼らは暗黙の想定として基本情動を自然種とみなしている.

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44 基本情動説と心理構成主義

くの実例は,扁桃体という共通の脳領域によって引き起こされていると考えられており,同様に,

基本情動のすべてのカテゴリーそれぞれに,その情動を引き起こす独特の神経メカニズムが存在

する(e.g., 恐怖は扁桃体,嫌悪は島によって引き起こされる.本稿の 4.2 節: 局在性の議論を参

照)という観察が得られていた(e.g., Ekman & Cordaro, 2011; Panksepp & Watt, 2011).基本情動論

者はこれら2つの根拠にもとづき,基本情動を自然種とみなしてきた.

4.4.2 自然種性についての心理構成主義の議論

これに対して,心理構成主義は情動の自然種性について以下の2つのテーゼにコミットしてい

る.

基本情動の非自然種性テーゼ:基本情動は,自然種ではない.

原初プロセスの自然種性テーゼ:原初プロセスが,自然種である.

心理構成主義者は,因果メカニズムと,観察可能な性質の集合という,基本情動論者の採用す

る2つの自然種の基準が両方とも満たされないと示すことで,基本情動は自然種でないと主張す

る(Barrett, 2006).そのための議論はそれぞれ以下の通りである.

<基本情動の自然種性を否定するための議論>

観察可能な性質にもとづく自然種性を否定する議論:

1. あるカテゴリーが自然種であるためには,そのカテゴリーの多くの実例が類似の観察可能

な性質の集合をもち,それら性質の共起をもたらす共通の因果メカニズムをもつ必要があ

る(自然種の定義).

2. 任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,高い頻度で共起する,共通の性質の集合をも

たない(均質性の議論の結論).

3. それゆえ,基本情動は自然種ではない(1. 2. からの帰結).

メカニズムにもとづく自然種性を否定する議論:

1. あるカテゴリーが自然種であるためには,そのカテゴリーの多くの実例が類似の観察可能

な性質の集合をもち,それら性質の共起をもたらす共通の因果メカニズムをもつ必要があ

る(自然種の定義).

2. 任意の基本情動カテゴリーの多くの実例は,それぞれの基本情動カテゴリーと一対一対応

する神経メカニズム(脳領域および脳領域のネットワーク)によって実現されない(局在

性の議論の結論).

3. それゆえ,基本情動は自然種ではない(1. 2. からの帰結).

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 45

1つ目の議論では,基本情動カテゴリーの実例の示す多様性を根拠として,基本情動の自然種

性が否定される.均質性に関する議論(4.1節)で見たように,基本情動論者は,それぞれの基本

情動には,表情・音声・生理的状態・行動・主観的経験など,独特な性質が伴うと考える.しか

し,心理構成主義者によれば,表情・音声・生理的状態・行動・主観的経験など,どの性質に注

目しても,多様に異なった基本情動の実例をみつけることができる.それゆえ,基本情動は自然

種でないことになる(Barrett, 2006; Barrett et al., 2007).

さらに,局在性の議論(4.2節)で見たように,心理構成主義者は,脳画像研究のメタ分析結果

を証拠として,それぞれの基本情動の実例を共通して引き起こす神経メカニズムは存在しないと

考える.2つ目の議論では,これを根拠として,各基本情動の自然種性が否定される(Barrett, 2006;

Lindquist et al., 2011).

それでは,心理構成主義者が自分たちの研究にとって有用な自然種とみなしているものが何か

といえば,コアアフェクトや概念化といった原初プロセスである.しかし,この主張を支持する

ための議論は,今のところ十分におこなわれていない.ただし,局在性の節(4.2節)で見たよう

に,心理構成主義者は原初プロセスを実現する脳内の機能的ネットワークを特定する試みを続け

ており,これは,原初プロセスのメカニズムを探す取り組みとみなすことができる.また同様に,

主観的な快不快の自己報告(コアアフェクト)と,表情・音声・生理的状態・行動などの共起関

係についての研究(Barrett, 2006, p.48)は,原初プロセスのもつ性質の集合に関する研究の一部と

みなすことができる.その意味で原初プロセスが自然種である証拠の探求は続けられており,こ

こで暗黙的におこなわれている議論は以下のように明示化できる.

<原初プロセスの自然種性を支持する議論>

1. あるカテゴリーが自然種であるためには,そのカテゴリーの多くの実例が類似の観察可能

な性質の集合をもち,それら性質の共起をもたらす共通の因果メカニズムをもつ必要があ

る(自然種の定義).

2. あるタイプの原初プロセスの多くの実例は,高い頻度で共起する,共通の性質の集合をも

つ(経験的証拠から).

3. あるタイプの原初プロセスの多くの実例は,共通の神経メカニズム(安静時ネットワーク)

が実現している(局在性の議論の結論).

4. それゆえ,原初プロセスは自然種である(1. 2. 3. からの帰結).

4.4.3 自然種性をめぐる論争に対する評価

基本情動説は,個別の情動に特有の反応の集合が存在すること(4.1.1 節: 均質性についての主

張)と,そのような反応を引き起こす共通の神経メカニズムが存在すること(4.2.1 節: 局在性に

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46 基本情動説と心理構成主義

ついての主張)とにもとづいて,基本情動が自然種であると主張していた.しかし,ここまで見

てきたように,これら2つの主張を支える経験的証拠はどちらも頑健ではない.このため,経験

的証拠に照らせば,基本情動を自然種とみなす立場は,強い根拠を持たないと言える.

他方で,心理構成主義者は,コアアフェクトや概念化といった原初プロセスこそが自然種であ

ると主張していた.彼らは,原初プロセスの因果的メカニズムの候補を脳内の機能的ネットワー

クの中に探している 中であり,原初プロセスの自然種性を支持する証拠を探しているところだ

と言えるが,その探求の結果は局在性についての議論(4.2.節)で見たように,いまのところ決定

的なものではない(Barrett, 2006, p.48).

このような状況をふまえて言えることは,基本情動にしろ,コアアフェクトを含む原初プロセ

スにしろ,情動に関連する何らかのカテゴリーが自然種であるかどうかは経験的証拠に開かれて

いるということだ.そして,現在のところどちらの立場にとっても決定的な証拠はなく,基本情

動とコアアフェクトのどちらにも自然種である可能性が残されている.さらに,重要なことに,

この2つは同時に自然種であるかもしれない.例えば,化学において水のような化合物と,酸素

や水素のような元素とは同時に自然種であると言える.同様に,情動の科学において「防衛のた

めの怒り」「食物に対する嫌悪」(Scarantino, 2015)*24といった個別の情動と,その構成要素である

原初プロセスの両方が同時に自然種だと判明することもあり得る(Scarantino & Griffiths, 2011).

このように考えると,自然種性に関する基本情動説と心理構成主義の主張は必ずしも対立しない.

4.5 素朴心理学の消去

4.5.1 素朴心理学についての基本情動説の議論

後に,基本情動説と心理構成主義とが対立している点は,心理学・認知神経科学を中心とす

る情動についての科学的研究において,素朴心理学に由来する情動カテゴリーは消去されるべき

なのか,という問題である.この点に関して,基本情動論者は明示的な主張や議論をあまりおこ

なっていない.しかし,基本情動説は,「喜び」,「悲しみ」といった,一般の人々の内観にもとづ

く素朴な情動カテゴリーの一部をそのまま流用して基本情動を指示しており(e.g., Ekman &

Cordaro, 2011; Panksepp & Watt, 2011),暗黙的には,素朴な情動カテゴリーを消去すべきでないと

みなしていると言える.この主張を明示的に書くならば以下のようになる.

*24 Scarantinoは基本情動が自然種ではないという Barrettらの主張を認めつつ,基本情動をさらに細かく分割すれば自然種がみつかる可能性を示唆している(e.g., 「嫌悪」を「身体的境界の侵犯に対する嫌悪」と,「不快な食物に対する嫌悪」とに分割するなど.Scarantino, 2009; 2015 を参照).さらに,Scarantinoは,感情価(快不快)と覚醒度(強度)という2次元空間上の点として表現されるコアアフェクトが「喜び」,「悲しみ」な

どの基本情動どころか「疲労」,「睡眠」,「平穏」といった雑多な実例をより多く含むことを根拠に,コアア

フェクトが自然種であるという Barrettの主張も否定している(Scarantino, 2009).しかし,この批判には,各点の近傍が一定の類似性をもつことを考えれば応答することができるだろう.

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 47

素朴心理学の維持テーゼ:「怒り」,「悲しみ」といった素朴心理学に由来する基本情動カテゴリ

ーは情動の科学から消去されるべきでない.

そして,この主張を支持するための議論は以下のように明示化できる.

<素朴心理学の維持を支持するための議論>

1. 素朴心理学に含まれる「情動」の下位カテゴリーの内,「喜び」,「悲しみ」など一部のカテ

ゴリーを「基本情動」と呼ぶ(基本情動の定義).

2. 基本情動カテゴリーは,自然種である(自然種性の議論の結論).

3. 自然種であるカテゴリーは,科学的探求に有益であり,消去すべきでない(想定).

4. それゆえ,基本情動カテゴリーは,情動の科学的探求から消去されるべきではない(2. 3. か

らの帰結).

基本情動説では,一般の人々が情動を表すのに用いる素朴なカテゴリーの一部である「怒り」,

「悲しみ」といったカテゴリーを「基本情動」と定義している.そして,その基本情動は前節で

見たように自然種であると考えられている.それゆえ,素朴な情動カテゴリーの少なくとも一部

は,情動の科学から消去されるべきでないとみなされている(e.g., Ekman & Cordaro, 2011).

4.5.2 素朴心理学についての心理構成主義の議論

これに対して,心理構成主義は,素朴心理学に由来する情動カテゴリーを情動の科学的研究に

とって有害なものとみなし,以下のテーゼを主張する(e.g., Barrett, 2006; Lindquist et al., 2012;

Lindquist & Barrett 2012; Russell,2003).

素朴心理学の消去テーゼ:「怒り」「悲しみ」といった素朴心理学に由来する情動カテゴリーは

情動の科学から消去されるべきである.

この主張を支持するための心理構成主義者の議論は以下の通りである.

<素朴心理学の消去を支持するための議論>

1. 素朴心理学に含まれる「情動」の下位カテゴリーの内,「喜び」,「悲しみ」など一部のカ

テゴリーを「基本情動」と呼ぶ(基本情動の定義).

2. 基本情動カテゴリーは自然種ではない(自然種性の議論の結論).

3. 自然種でないカテゴリーは,科学的探求に有害であり,消去されるべきである(想定).

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48 基本情動説と心理構成主義

4. それゆえ,基本情動カテゴリーは,情動の科学的探求から消去されるべきである(2. 3. か

らの帰結).

心理構成主義者によれば,「怒り」や「悲しみ」といった基本情動カテゴリーは自然種ではない.

心理構成主義者は,一部の科学哲学者による議論と同様に(e.g. Griffiths, 1997; Irvine, 2013; Machery,

2009),自然種でないカテゴリーは,帰納的一般化や他の心理的現象の因果的説明の役に立たず,

科学的探求にとって有害であり,消去されるべきだという想定をおいている.それゆえ,素朴心

理学の一部である基本情動カテゴリーは情動の科学から消去されるべきだとみなされる(e.g.,

Barrett, 2006; Lindquist & Barrett, 2012; Lindquist et al., 2012; Russell,2003).

4.5.3 素朴心理学をめぐる論争に対する評価

基本情動論者は,素朴な情動カテゴリーからその一部を流用した,基本情動カテゴリーを自然

種とみなしており(4.4.1 節),基本情動カテゴリーを情動の科学的探求に有用なものとして擁護

する.これに対して,心理構成主義者によれば,基本情動カテゴリーの自然種性は疑問視されて

いるため(4.4.2 節),基本情動カテゴリーは消去されるべきだとみなされる.しかし,基本情動

論者は,基本情動カテゴリーが自然種でないことを受け入れたとしても,基本情動カテゴリーを

消去すべきという結論を拒否することが可能である.つまり,基本情動カテゴリーが帰納的一般

化や他の現象の説明以外の仕方で科学的探求に役立つと示すことによって,この議論で踏まえら

れている,自然種でないカテゴリーは科学的探求に有害であり消去されるべきであるという想定

を拒否することもできるだろう.

他方で,心理構成主義者も素朴心理学的カテゴリーの使用から無縁ではない.例えば,彼らが

原初プロセスのひとつとみなすコアアフェクトは,「快」,「不快」という内観にもとづく素朴心理

学的なカテゴリーを流用して構想されている.自然種でない素朴心理学的カテゴリーを消去すべ

きだという想定を一貫して維持するならば,心理構成主義者は,彼らが「情動」の構成要素とみ

なす諸々の原初プロセスが自然種であることを示さなければならない.しかし,前節でも見たよ

うに,この仕事はまだ始められたばかりであり,決定的な証拠はみつかっていない.

5 結論

本稿では,基本情動説と心理構成主義という情動についての2つの立場をレビューした.均質

性・局在性・基礎性・自然種性・素朴心理学の消去という5つの論点に関して,2つの立場がど

のような議論にもとづき,どのような主張をおこなっているのか,明らかにした(表 1を参照).

両立場の議論を振り返ってみると,当初の見かけとは裏腹に,いくつかの論点では2つの立場

のあいだに明確な対立は見られなかった.まず,基礎性に関する論争において,情動の 小単位

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Contemporary and Applied Philosophy Vol. 11 49

となる心理的プロセスは何かという原初性の問題について,基本情動説の主要な論者は特定の主

張をおこなっていない.このため,多様な情動の構成単位となるのはどんな心理的プロセスなの

かという構成性の問題について,基本情動説と心理構成主義の主張は両立すると言える(4.3節).

同様に,自然種性に関しても2つの立場は必ずしも対立しない.基本情動説は個別の基本情動

が自然種であると主張し,心理構成主義は情動を構成するコアアフェクトなどの原初プロセスが

自然種だと主張していた.しかし,個別の情動が自然種であるかどうかと,原初プロセスが自然

種であるかどうかとは独立の問題であるため,この2つのレベルのカテゴリーは同時に自然種で

あり得る(Scarantino & Griffiths, 2011).その場合,基本情動説と心理構成主義の主張は両立する

ことになる(4.4節).

さらに,素朴心理学の消去に関する論争でも,2つの立場の対立は当初の見かけとは異なった

ものであることが明らかになった.基本情動説が「喜び」,「悲しみ」といったカテゴリーを素朴

心理学から情動の科学的研究に借用する一方で,心理構成主義はこのような素朴情動カテゴリー

の使用を批判していた.しかし,心理構成主義者自身も「快」,「不快」という一般の人々が用い

る素朴心理学的カテゴリーにもとづいて,彼らの理論にとって中心的な「コアアフェクト」と呼

ばれる心理的プロセスを構想しており,素朴心理学に由来するカテゴリーの使用と無縁ではない

ことがわかった(4.5節).

表1.基本情動説と心理構成主義の対立点と主張

対立点 基本情動説の主張 心理構成主義の主張

均質性 各情動カテゴリーに独特な性質の

集合が存在する.

各情動カテゴリーに独特な性質の

集合は存在しない.

局在性 基本情動はそれらと一対一対応す

る脳領域によって実現される.

原初プロセスは安静時ネットワー

クによって実現される.

基礎性

いくつかの情動は基本情動を要素

として構成される.

原初プロセスは別の心理的プロセ

スを構成要素として含まない.

すべての基本情動は原初プロセス

の相互作用によって作り出される.

自然種性 基本情動は自然種である. 原初プロセスは自然種である.

素朴心理学の消去 基本情動カテゴリーは消去される

べきでない.

基本情動カテゴリーは消去される

べきである.

まとめると,基本情動説と心理構成主義とはどちらも,「情動」が複数のレベルの要素から階層

的に構成されることを認めている.そして,2つの立場はどちらも,素朴心理学に依拠しており,

素朴心理学からの借り物であるカテゴリーを自然種とみなしている.これらのことを考え合わせ

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ると,両立場のあいだに残された根本的な違いは,素朴に「情動」と呼ばれる心理的現象の構成

要素のうち,どのレベルに自然種が見つかる見込みが高いと考えるかという点にあり,はじめに

どのレベルから自然種を探し始めるかという違いであると言える.基本情動説は「喜び」,「悲し

み」といった個別の情動のレベルで自然種を探しており,心理構成主義はそれら情動を構成する

「コアアフェクト」を含む原初プロセスのレベルで自然種を探しながら,それぞれ研究を進めて

いるということだ.

そして,「喜び」,「悲しみ」や「コアアフェクト」といったカテゴリーが実際に自然種であるか

どうかはそれぞれのカテゴリーの均質性と局在性をめぐる論争に依存している.本稿の分析の結

果明らかになったのは,自然種性をめぐる議論において,基本情動説は,均質性(4.1.1節)と局

在性(4.2.1 節)を支持する議論にもとづいて,基本情動の自然種性を肯定しており(4.4.1 節),

反対に心理構成主義は,均質性(4.1.2節)と局在性(4.1.2節)を否定する議論にもとづいて,こ

れを否定しているということだった(4.4.2 節).このような議論の依存関係をふまえると,基本

情動説と心理構成主義のあいだの対立全体をどう裁定するかは,結局のところ均質性(4.1節)と

局在性(4.2節)に関する論争をどう評価するかに大きく依存していると言える.そして,重要な

ことに,この2つの論点はどちらも,経験的証拠に照らして評価されるべき問題であり,今のと

ころ決定的な答えが得られていない.

近年,とくに心理構成主義者は多数の新しい経験的証拠を論争に導入しており,基本情動説に

よる従来の議論は再考を避けられない状況にある.現在のところ提示されている経験的証拠を総

合すると,各論点に対する基本情動説の立場は維持することができない.他方で,心理構成主義

者は,基本情動説の根拠の弱さを示すことには成功しているが,代替の立場である,心理構成主

義そのものについては強い根拠を示すことができていない.2つの立場のあいだの論争のゆくえ

は,結局のところ,情動の均質性と局在性についての証拠のさらなる蓄積にかかっている.

付記

本稿は,応用哲学会第 10回年次研究大会(2018年 4月 7日,名古屋大学)での発表にもとづく.

謝辞

執筆中の草稿にコメントをくださった,笠木雅史,鈴木秀憲,次田瞬,山川香織の各氏に感謝す

る.また,二人の匿名の査読者に感謝する.

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著者情報

太田陽(名古屋大学, [email protected]