ulvac technical journal no.65 2006 「アークプラ … tech/others/… ·...

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1 概要 アルバックでは同軸型の真空アーク蒸着源の開発を行 い,2000 年に市場にリリースした。最近は研究開発用 のナノ薄膜形成だけでなく,ナノ粒子形成や新材料創成 にも用途が広がり始めた。今回は,この同軸型真空アー ク蒸着源(商品名:アークプラズマガン)でのナノ粒子 形成について従来の蒸着法とは異なる知見が得られたの でその結果について報告する。 1.はじめに 近年,ナノメータオーダの粒径の金属粒子やセラミッ ク粒子が様々な分野で用いられている。これには色々理 由があるが,メリットの一つとして体積に対する表面の 比が粒径を小さくすることで大きくなるところにある。 この比表面積が大きくなることおよびサイズの量子効果 でナノ粒子と被接触物質との化学反応を用いる分野では 反応が促進される効果や新たな反応が起こることが期待 できる。ナノメータオーダの粒子(以下,ナノ粒子と呼 称)の形成には湿式法と乾式法がある。化学工業では湿 式によるナノ粒子形成が一般的で,金,銀,白金等が作 られている。乾式法では材料を希薄ガス中で蒸発させ, 蒸発した原子同士を衝突・凝集させるガスデポジション 法や,真空環境下でスパッタリング法や蒸着法で蒸発粒 子を原子状にしておいて,基板上に付着させて成長させ, ナノ粒子を直接形成させたり,一度極薄膜にした後加熱 し,膜を凝縮させて粒子化させる方法などがある。これ らの手法には一長一短があり,目的とする応用に応じて 手法が選択される。ナノ粒子に一般的に求められる特性 としては1)粒径を任意に制御できる,2)粒子の大き さがそろっている,3)粒子の密度(粗密)を制御でき る,4)均一に分散できる,等の要求因子があり,さら に,これにコスト(イニシャルコスト,ランニングコス ト)の要求がからむ。 最近では,ナノ粒子を平らな基板以外のものに付着さ せるニーズもでてきており,μm かそれ以下のサイズの 微粒子にナノ粒子を付着させる等の要求があり,その場 合はこれらの粒子間の密着性も必要となる。このような ナノ粒子に求められる性能は多様であるが,最近アルバ ックでアークプラズマガンを用いてナノ粒子形成法の開 発を行い,上記の多様な要求因子に満足できる結果が得 られつつあるので,今回本稿で紹介する。 ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.65 2006 「アークプラズマガンによるナノ薄膜, ナノ粒子の形成について」 阿川義昭 ,栄 顕一郎 ,齋藤敦史 ,山口広一 ,松浦正道 鈴木康正 ,原 泰博 ,中野美尚 ** ,塚原尚希 ** ,村上裕彦 ** *  (株)アルバック 先端機器事業部 ** (株)アルバック 筑波超材料研究所 写真 アークプラズマガン(ARL-300

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概要

アルバックでは同軸型の真空アーク蒸着源の開発を行

い,2000年に市場にリリースした。最近は研究開発用

のナノ薄膜形成だけでなく,ナノ粒子形成や新材料創成

にも用途が広がり始めた。今回は,この同軸型真空アー

ク蒸着源(商品名:アークプラズマガン)でのナノ粒子

形成について従来の蒸着法とは異なる知見が得られたの

でその結果について報告する。

1.はじめに

近年,ナノメータオーダの粒径の金属粒子やセラミッ

ク粒子が様々な分野で用いられている。これには色々理

由があるが,メリットの一つとして体積に対する表面の

比が粒径を小さくすることで大きくなるところにある。

この比表面積が大きくなることおよびサイズの量子効果

でナノ粒子と被接触物質との化学反応を用いる分野では

反応が促進される効果や新たな反応が起こることが期待

できる。ナノメータオーダの粒子(以下,ナノ粒子と呼

称)の形成には湿式法と乾式法がある。化学工業では湿

式によるナノ粒子形成が一般的で,金,銀,白金等が作

られている。乾式法では材料を希薄ガス中で蒸発させ,

蒸発した原子同士を衝突・凝集させるガスデポジション

法や,真空環境下でスパッタリング法や蒸着法で蒸発粒

子を原子状にしておいて,基板上に付着させて成長させ,

ナノ粒子を直接形成させたり,一度極薄膜にした後加熱

し,膜を凝縮させて粒子化させる方法などがある。これ

らの手法には一長一短があり,目的とする応用に応じて

手法が選択される。ナノ粒子に一般的に求められる特性

としては1)粒径を任意に制御できる,2)粒子の大き

さがそろっている,3)粒子の密度(粗密)を制御でき

る,4)均一に分散できる,等の要求因子があり,さら

に,これにコスト(イニシャルコスト,ランニングコス

ト)の要求がからむ。

最近では,ナノ粒子を平らな基板以外のものに付着さ

せるニーズもでてきており,μmかそれ以下のサイズの

微粒子にナノ粒子を付着させる等の要求があり,その場

合はこれらの粒子間の密着性も必要となる。このような

ナノ粒子に求められる性能は多様であるが,最近アルバ

ックでアークプラズマガンを用いてナノ粒子形成法の開

発を行い,上記の多様な要求因子に満足できる結果が得

られつつあるので,今回本稿で紹介する。

ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.65 2006

「アークプラズマガンによるナノ薄膜,ナノ粒子の形成について」

阿川義昭*,栄 顕一郎*,齋藤敦史*,山口広一*,松浦正道*

鈴木康正*,原 泰博*,中野美尚**,塚原尚希**,村上裕彦**

*  (株)アルバック先端機器事業部** (株)アルバック筑波超材料研究所

写真 アークプラズマガン(ARL-300)

2.同軸型真空アーク蒸着源の原理

この同軸型真空アーク蒸着源(アルバックでの商品

名:アークプラズマガン/ハイパー・アークプラズマガ

ン:APG-1000/ARL-300)は通常の直流型カソー

ディック・アークではなくパルス型カソーディック・ア

ークである。アークプラズマガンは,通常のカソーディ

ック・アーク蒸着源と違い,その構成は円柱のカソード

に対して,円筒のアノードがその外周に同軸上に配置さ

れ,さらに基板はその軸方向と垂直に離して配置される。

そのため基板はカソードを直接見込まないのでドロプレ

ットの付着は低減される。図1にアークプラズマガンの

構造と動作原理を示す。動作方法はトリガ電極より沿面

放電により電子を発生させてトリガーをかけ,外部のコ

ンデンサに充填させた電荷を一気にカソード電極に放電

させて,カソード材料を液化→気化→プラズマにして基

板に飛来・付着させる1),2)。この充放電の繰り返し動

作のため,基板への蒸着粒子の付着は間欠的に行われる

(1Hz)。つまり特徴として:1)デジタル的に膜厚を

制御することができる(膜厚を制御するカソードシャッ

タや基板シャッタが不要),2)電子の発生にガスを用

いていないので,超高真空環境下で成膜することができ,

純度の高い金属薄膜を形成できる,3)カソードとアノ

ードの配置に対し基板を垂直方向に配置しているため従

来のカソーディック・アークよりドロプレットを減らす

ことができる,4)プラズマのイオン化率が高く(~

80%),従来のスパッタや電子ビーム蒸着より粒子の運

動エネルギーが高いため(~80eV),基板上に緻密で密

着性の良い膜を形成できる等の特徴がある。

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図1 アークプラズマガン

図2 サファイア上に金を10nm蒸着した時の表面粗さ:AFM観察

サファイア表面の凹凸 アークプラズマガンで金を10nm蒸着後の表面の凹凸:

3.ナノ粒子の形成

3.1 ナノメータ薄膜のデジタル的な膜厚制御

ナノ粒子を紹介する前にナノメータオーダの膜厚制御

性を示すデータを紹介する。図2にサファイア基板

((0001)面)上に金を蒸着した試料のAFM像を示す。ア

ークプラズマガンの動作パラメータはパルス数:1000

発,コンデンサ容量:4400μF,アーク電圧:100Vで

ある。この場合の成膜レートは0.01nm/パルスであり放

電は1Hzであることからレートとしては,0.01nm/sと

なる。この図で明らかなように10nm積層させてもわず

かRa:0.1nm程度しか数値が変化しておらず,非常に

平坦な膜が形成されている。特にここで強調したいこと

は1)1発あたりの蒸着量が小さいために,放電回数が

10回程度では連続膜になっていないこと,2)平坦な

膜が形成できる要因をアークプラズマガンの蒸発(プラ

ズマ)粒子の特性として持っていることである。

3.2 ナノ粒子の形成

膜厚を究極まで薄くした応用がnmサイズの粒として

の応用である。図3-aにアークプラズマガンの放電回

数を変化させた場合の基板上のコバルトの粒の違いを

TEM観察した結果を示す。基板にはTEM観察用のマイ

クログリッド(コロジン上にアモルファスカーボンを付

着させたもの)を用いた。基板の温度は室温である。ア

ークプラズマガンの動作パラメータはコンデンサ容量:

8800μF,放電電圧:100V,アークプラズマガン先端か

ら基板までは80mmである。図から明らかなように放電

回数が2発では粒は観察されていないが,5発になると

20nm程度の大きな粒も混っているが,2~3nmの小

さい粒が観察され始める。10発になると粒の数は5発

3

図3-a Co粒子発生数のCo蒸着量依存性基板温度:室温 観察 TEM スケールバー:100nm

Co:2発 Co:5発 Co:10発

図3-b Co:10発 基板温度 室温スケールバー:20nm

図4 白金をアモルファスカーボン上にアークプラズマガンで10発蒸着した試料をTEM観察した図

10nm

の場合よりも多くなりかつ非常に均一に分散しているこ

とがわかる。ここでは5発のとき見られた大きな粒はあ

まり観察されていない。大きな粒の発生割合は,基板の

置く位置により異なるようだ。図3-bに10発の場合の

高倍率のTEM像を示す。図から粒の大きさは5nm程

度で揃っていることがわかる。これらの結果からアーク

プラズマガンによるコバルト粒子の形成では,粒の大き

さが5nm程度で揃っており,かつ均一に分散している

ことがわかる。

図4に白金をアークプラズマガンで蒸着した表面の

4

TEM写真を示す。基板はコロジン上にアモルファスカ

ーボンを付着させたもの(市販のTEMマイクログリッ

ド)である。基板温度は室温で行った。コンデンサ容量

は8800μF,放電電圧は100V,放電発数は10発である。

TEM像から明らかなように,白金でも粒径が1~2nm

の粒が均一に分散していることがわかる。

次に図5に電子ビーム蒸着とアークプラズマガンを用

いて白金を蒸着した場合のナノ粒子形成の違いについて

示す。基板はHOPG(高配向パイロリテックグラファイ

ト)を用い,ナノ粒子の形態観測にはAFMを用いた。

測定方法がAFMなので高さを粒径の大きさの目安と仮

定する。基板温度は電子ビーム蒸着では400℃,アーク

プラズマガンでは 500℃である。蒸着量は1 nm相当

(水晶振動子で測定。アークプラズマガンはパルスなの

で蒸着量換算を行い20発とした)である。図から分か

るように,電子ビーム蒸着で付けた粒子は高さが12nm

程度で,その密度は低いが,アークプラズマガンの場合

は2nm程度で多数の粒子が分散している。また,電子

ビーム蒸着の粒子の凝集はHOPG上のステップに集ま

る傾向があるが,アークプラズマガンで蒸着した場合は

そのような傾向は見られず,均一に分散していることが

わかる。

最後にこのアークプラズマガンを用いて触媒層を形成

し,カーボンナノチューブを成長させた試料について,

そのカーボンナノチューブの径の分布について調査した

のでその結果について報告する。図6には電子ビーム蒸

着法(a)とアークプラズマガン(b)にて膜厚,1nm

相当の鉄をシリコン基板上(バッファ層付き)に蒸着し,

図6 電子ビーム蒸着とアークプラズマガンを用いて鉄触媒層(1nm相当)蒸着した後にリモートプラズマでカーボンナノチューブを成長させた試料をTEM観察を行った。電子ビーム蒸着を用いたカーボンナノチューブは約20層,アークプラズマガンのカーボンナノチューブの場合は約1~10層が観察されている。

(a)電子ビーム蒸着で触媒層形成したカーボンナノチューブのTEM写真。約20層のマルチウォール

(b)アークプラズマガンで触媒層形成したカーボンナノチューブのTEM写真。約1~10層のマルチウォール

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図5 電子ビーム蒸着とアークプラズマガンでのナノ粒子の形成の違い。基板はHOPG。基板温度:400℃(電子ビーム蒸着)。500℃(アークプラズマガン)。蒸着量は1nm相当(アークプラズマガンは20発)

電子ビーム蒸着源で白金を成膜したAFM像。蒸着量は1nm。粒の高さは12nm。

アークプラズマガンによる蒸着のAFM像。粒の高さは2nm。

リモートプラズマCVD法にてカーボンナノチューブを

成長させ,TEMで観測した結果を示す。図から明らか

なように電子ビーム蒸着では約20層のマルチ・ウォー

ル・ナノ・チューブが形成されている。一方,アークプ

ラズマガンを用いて形成した触媒層でカーボンナノチュ

ーブを成長させたものは1~10層程度のマルチ・ウォ

ール・ナノ・チューブが観測されている。この結果から,

アークプラズマガンを用いて触媒層を形成させた方が電

子ビーム蒸着法よりもカーボンナノチューブの径が相対

的に細いことがわかる。また,このアークプラズマガン

でニッケル触媒層を形成し,その上にリモートプラズマ

でカーボンナノチューブCNTを成長させ,その径の分

布を測定したものを図7に示す。図から内径については

2~4nm,外形については3~5nmに分布が集中し

ており,アークプラズマガンで形成されるナノ粒子の径

分布の範囲は非常に狭く,粒の径が揃っていることが推

定される。この結果は平松等のアークプラズマガンを用

いてコバルトの触媒層を形成し,その触媒を用いてカー

ボンナノチューブを成長させたところ,2層カーボンナ

ノチューブが70%以上の収率で形成されたという結果

とよく一致している4),5)。

4.最後に

アークプラズマガンを用いてナノ粒子の形成について

調査した。その結果,コバルトについては5nm程度,

白金について2~3nmの粒径の揃ったナノ粒子が基板

上均一に形成できることが分かった。また電子ビーム蒸

着法と比較するとアークプラズマガンを用いた場合は粒

径が小くなり,均一に分散する。これはアークプラズマ

ガンによる蒸着粒子のエネルギーが電子ビーム蒸着法に

よる飛行粒子のエネルギーより大きいため,基板との密

着力が高いことに帰因しているのではないかと考えられ

る。

今後はこのナノ粒子形成の特性を生かして,燃料電池

や触媒分野へ応用を広げていく予定である。

謝辞

今回の論文作成に多大なご協力ならびに助言をいただ

きました,大阪大学 産業科学研究所 ナノテクノロジ

支援センター 河原敏男様にご助言をいただいたことに

深く感謝いたします。また,産業技術総合研究所 計測

フロンティアの山本和弘様には,コバルト,白金での

TEM観察で御協力いただき深く感謝いたします。

参考文献

1)ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.49 1998 p9-11

2)ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.57 2002 p1-5

3)ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.63 2005 p1-5

4)M. Hiramatsu, et al Jpn. J. Appl. Phys., Vol.44,

No22 (2005)

5)ULVAC TECHNICAL JOURNAL No.63 2005 p1-5

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図7 アークプラズマガンでニッケルを50発成膜した触媒層を用いてリモートプラズマでカーボンナノチューブを成長させた時のカーボンナノチューブCNT径のヒストグラム。

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サンプル数

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