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21 牧草と園芸 第67巻第4号(2019年) Ⅰ 哺育牛を飼育する環境が重要です 1  哺育牛には快適な環境を用意する 哺育期間中は、衛生環境について特に注意しなけ ればならない時期です。環境性の下痢や呼吸器病の 感染が起こりやすいので、牛舎内は換気を良くし、 消毒や石灰塗布をするなど衛生的な環境の維持に努 めてください。 母乳で飼育している場合は図1 のような別飼い施 設を作り、そこには敷き料をたっぷりと使い、保温 と乾燥に努めてください(お腹を冷やさないように することが大事です)。冬期間は、保温ランプを付 けるなど寒さ対策も必要です。特に牛体が濡れた状 態で隙間風にさらされると、体温を奪われて体力の 消耗が著しく、下痢や風邪の発生が急増します。 また、密閉し過ぎて湿度が高くアンモニア臭がこ もるような牛舎では、採食量が減ったり、呼吸器官 が損傷を受けて呼吸器病が多発したりします。夏期 間は窓を開放したり、扇風機で送風し、冬期間は換 気扇をゆっくり回し、晴れて風のない日に窓を開け るなど、年間を通してこまめな管理が必要です。 2  呼吸器病を防ぐ 呼吸器病の 原因は下痢と 同じように、 感染性と非感 染性がありま す。感染性で は、ウイルス や細菌などが 原因となり、 非感染性では 空気中のアン モニアやほこり、換気不足などが原因となって呼吸 器病に罹患します。 健康な牛であれば、細菌が気管支に侵入しても気 管支粘膜にある繊毛が活発に運動し、細菌が肺に到 達することはありません。しかし、アンモニアやほ こりが多い環境にいる牛は、気管支粘膜の繊毛がダ メージを受け弱ってしまうので、ウイルスなどに感 染しやすくなります。風邪は鼻や気管支粘膜に付着 した細菌やウイルスにより感染し、発病に至りま す。とくに子牛は床に近いところで呼吸するので、 ほこりやアンモニアの刺激を受けやすいと言えま す。これらの刺激から守るためには、換気を心がけ ましょう。 ☆舎内が凍らない程度に日中は窓を開閉するなど、 換気に努める。 ☆寝床の敷料を増やし床が乾くようにする(換気が 良くなれば舎内は乾燥します)。 3  風邪や下痢の予防に換気と保温に努める  離乳前の子牛が寒い冬に、身体を震わせながら縮 出雲 将之 雪印種苗株式会社 トータルサポート室 技術顧問 和牛の飼養管理 Vol.3 哺育から市場出荷までの子牛管理 通  路 親  牛 水槽 飼槽 子 牛 別飼い 施 設 (拡大図) (子牛出入口) ( 拡 大 図 ) 1m 以上 35cm 子牛 出入口 図 1  子牛別飼い施設 呼吸器病発生機序 アンモニア、ほこりなどにより 気管支粘膜の絨毛が損傷する ウイルス、マイコプラズマなど が、気管支粘膜に感染する 肺が細菌に感染する 肺炎を発症する

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Page 1: Vol.3 哺育から市場出荷までの子牛管理€¦ · 3 風邪や下痢の予防に換気と保温に努める 離乳前の子牛が寒い冬に、身体を震わせながら縮

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牧草と園芸 第67巻第4号(2019年)

Ⅰ 哺育牛を飼育する環境が重要です

1  哺育牛には快適な環境を用意する哺育期間中は、衛生環境について特に注意しなければならない時期です。環境性の下痢や呼吸器病の感染が起こりやすいので、牛舎内は換気を良くし、消毒や石灰塗布をするなど衛生的な環境の維持に努めてください。母乳で飼育している場合は図 1のような別飼い施

設を作り、そこには敷き料をたっぷりと使い、保温と乾燥に努めてください(お腹を冷やさないようにすることが大事です)。冬期間は、保温ランプを付けるなど寒さ対策も必要です。特に牛体が濡れた状態で隙間風にさらされると、体温を奪われて体力の消耗が著しく、下痢や風邪の発生が急増します。また、密閉し過ぎて湿度が高くアンモニア臭がこ

もるような牛舎では、採食量が減ったり、呼吸器官

が損傷を受けて呼吸器病が多発したりします。夏期間は窓を開放したり、扇風機で送風し、冬期間は換気扇をゆっくり回し、晴れて風のない日に窓を開けるなど、年間を通してこまめな管理が必要です。

2  呼吸器病を防ぐ呼吸器病の原因は下痢と同じように、感染性と非感染性があります。感染性では、ウイルスや細菌などが原因となり、非感染性では空気中のアンモニアやほこり、換気不足などが原因となって呼吸器病に罹患します。健康な牛であれば、細菌が気管支に侵入しても気管支粘膜にある繊毛が活発に運動し、細菌が肺に到達することはありません。しかし、アンモニアやほこりが多い環境にいる牛は、気管支粘膜の繊毛がダメージを受け弱ってしまうので、ウイルスなどに感染しやすくなります。風邪は鼻や気管支粘膜に付着した細菌やウイルスにより感染し、発病に至ります。とくに子牛は床に近いところで呼吸するので、ほこりやアンモニアの刺激を受けやすいと言えます。これらの刺激から守るためには、換気を心がけましょう。☆舎内が凍らない程度に日中は窓を開閉するなど、換気に努める。☆寝床の敷料を増やし床が乾くようにする(換気が良くなれば舎内は乾燥します)。

3  風邪や下痢の予防に換気と保温に努める 離乳前の子牛が寒い冬に、身体を震わせながら縮

出雲 将之雪印種苗株式会社 トータルサポート室 技術顧問

和牛の飼養管理 Vol.3哺育から市場出荷までの子牛管理

通  路

親  牛

水槽

飼槽

子 牛別飼い施 設

(拡大図)(子牛出入口)

( 拡 大 図 )

1m以上 35cm外

     壁

子牛

出入口

図 1 子牛別飼い施設

呼吸器病発生機序アンモニア、ほこりなどにより気管支粘膜の絨毛が損傷する

↓ウイルス、マイコプラズマなどが、気管支粘膜に感染する

↓肺が細菌に感染する

↓肺炎を発症する

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こまっている姿ほど可哀想に思えることはありません。下痢や風邪をひいて免疫力が低下している時にこのような寒さに当たると、病気が重症になり取り返しのつかないことになってしまいます。離乳前の子牛の環境適応限界気温の下限値は 5℃とされており、寒さは抵抗力の低い子牛にとっては大敵となります。(図 2)寒さ対策として牛舎内に繁殖牛を閉じこめ、ウ

オーターカップが凍らないよう舎内温度を高めようとする人もいますが、このような牛舎では風邪から肺炎をこじらせる子牛が多発します。湿気がこもり換気不良の牛舎では、糞尿からのアンモニアが子牛の気管を痛め肺炎に至ることが多くなります。冬期間でも換気が良好で、暖かい環境を整えてあげることが重要です。空気がきれいで暖かい場所を作り、子牛が自由に

好きな環境を選べられるように、「別飼い施設」を用意してあげてください。快適な環境であることが分かれば、子牛は自然に「別飼い施設」で休息するようになります。加えて冬でも天気の良い日には、屋外にも出られるようになっていれば最高です。重要なのは、牛が喜ぶ環境を人間が用意してあげ、子牛が好きな時に行き来できるようにしておくことです。

4  子牛の防寒対策( 1)分娩房で産ませるお産直後から寒さに気をつけなければなりませ

ん。ある農家で、冬期間に屋外で産んでしまって、見つけた時には子牛が死んでいたことがありました。子牛は産まれた直後は全身が濡れた状態ですから、冬の屋外では一気に身体の熱が奪われてしまいます。体温の低下とともに体力も低下し、自力で立ち上がることが出来ず初乳も飲めずに、凍死してしまうことになります。予定日の 2週間前頃から分娩

房に入れ、お産に備えましょう。( 2)腹を冷やさない(写真 1)床がコンクリートむき出しで冷たいと、腹を冷やしてしまいます。子牛のいる場所には、麦桿やいなわらをたっぷりと敷いてあげてください。最近は電気式の保温マットが売り出されているのでそれを使うのも良いと思いますが、麦桿やいなわらのフワフワ感には替えがたいものがあります。( 3)子牛に暖かい環境を用意するア 人工哺育の場合分娩後30日位までの幼令牛は抵抗力が低いので、冬期間は写真 2・ 3のように施設全体を暖めることが可能な簡易施設で飼育する方法があります。この農家では45~60日令までこのビニールハウスの哺育舎(写真 2、 3)で育て、それ以降別の育成牛舎へ移動します。繁殖牛50頭規模で、このハウスに12頭が収容できるスペースを作りました(50㎡)が、分娩頭数からいって丁度良いようです。ボイラーなどの機材を含めて、60万円程度で出来ました。この期間を大事に扱い健康であれば、その後の育

図 2 下痢と寒冷のダブルパンチで病状悪化

写真 1 ふかふかの寝床

写真 2 ビニールハウス牛舎

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成でのトラブルは少なくなります。イ 親づけの場合牛舎に余裕があれば写真 4のように、子牛だけが入ることの出来る別飼い施設を、牛舎内に設置しましょう。繁殖牛舎が過密な場合は、子牛が屋外の別飼い施設に入れるような工夫をすることも必要です。足下から冷えるとダメージが大きいので、出来れば床には十分な敷きわらを入れます。換気は軒下から空気を取り込むようにします。必要に応じて暖房機を設置しておくと、寒い日には暖房機のそばに子牛が集まってきます。ウ 保温用の機材で暖める(但し火災には十分注

意する)電熱器や赤外線ヒーターなど家畜用の暖房機は

色々出ており、寒い日にはそこに子牛達が集まってきます(写真 5)。暖めるのには非常に効果的と言えますが、火災に対しては十分な注意が必要です。エ 温水を給与する飲水量が多いほどスターターの食い込みが良くなり、子牛の発育は向上します。冬期間は、冷たい水

よりも温水のほうが格段に飲む量が増えます。温水は腹を冷やすことも防いでくれるので、冬期間は温水を給与できれば言うことはありません。

Ⅱ 栄養を充足させる

子牛の栄養が十分満たされていれば、寒さや病気に対する抵抗力が高まり少々の寒さでも風邪など引いたりしません。親付けの場合、子牛は母乳をどれくらい飲めているのか分かりません。頻繁に乳首に吸い付いている子牛が、たらふく母乳を飲めているとは限りません。乳の出が悪いため頻繁に吸い付いているだけで、あまり飲めていないことが多いです。乳の出がよい母牛ほど一度に出る乳量が多いので、子牛は何回も吸い付かなくても良いのです。しつこく子牛が吸い付いているから、たっぷりお乳を飲んでいると思うのは間違いで、逆に母乳の出が悪いことを疑ってください。そういう場合は、人工哺育でミルクを補ってやることも 1つの方法です。

写真 4 子牛用別飼い施設

写真 5 ヒーターで暖房

写真 6 哺育瓶で追加哺乳

写真 3 牛舎内部のボイラー

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母乳を飲んでいる子牛でも腹が減っていると、哺乳瓶からミルクを飲んでくれる子牛もいるようです。写真 6はある農家さんが、親付けの子牛に哺乳瓶でミルクを飲ませている様子です。この農家さんは「哺乳瓶で飲んでくれない子牛もいるが、飲む子牛には飲ませるようにしている。」と話されていました。飲む子牛だけでも飲ませるようにしているそうです。

Ⅲ 市場出荷前の牛体手入れ

子牛の市場出荷は、野菜を直売所に陳列して買ってもらうことと同じで、きれいで美しく見栄えが良く、人にさわられてもおどおどしない、おとなしい牛にしておくことが重要です。大事な商品を出荷するのですから、ある程度の手入れが必要です。

1  削蹄写真 7のように、牛が起き上がる時はヨイショと後肢でお尻を持ち上げ、前肢に体重をかけてから立ち上がります。肥育牛ともなれば体重が何百kgにもなりますが、その体重の大部分が前肢にかかりながら起き上がるのです。その体重を支える足のツメが変形していては身体を支えきれなくなったり、寝起きが大変になってエサ食いが悪くなることにもつながります(かため食いによるアシドーシスも心配です)。ツメが伸びすぎないように削蹄してから市場出荷することが、購買者に喜ばれます。

2  つなぎ運動肩と耳の高さが水平になるよう顔を持ち上げる格

好で、木枠などに頭絡(もくし)を 結びつけておきます(写真 8)。これは人で言えば「気をつけ」の姿勢です。最初は10分から始め市場出荷前には 2

時間程度の立ち姿勢を保つようにします。こうすることで、落ち着きがあり立ち姿勢の美しい子牛になります。

3  ブラッシング親牛まかせで育てられた子牛は、人になつきにくくなりがちです。そういう時、人との親和性を高めるために、市場出荷 1カ月前頃から前述のつなぎ運動とあわせてブラッシングを行うことで、人に馴れて落ち着きのある子牛に出来ます。市場で購買者にさわられて怯えるようでは、買い手も考えてしまいます。

Ⅳ 施設

子牛と違って親牛は寒さに強いです。気温がマイナス10度になる北海道でも、親牛であれば冬期間に屋外で寝起きさせていても大丈夫です。親牛に牛舎と屋外を自由に行き来できるようにさせていると、冬でも好んで屋外にいる場合が多いです。飼料価格や燃料代など殆どの資材費が値上がりを続ける中、低コストで牛飼いを目指すのであれば牛

写真 7 起き上がる時前肢に体重がかかる 写真 9 繁殖牛用屋外給餌場

写真 8 つなぎ運動とブラッシング

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舎を持たないで投資を押さえるのも一つの選択肢です(写真 9)。分娩房や、繁殖牛の捕獲と飼料給与のための連動スタンチョンや休息場。また哺育牛のための別飼い施設と、離乳後市場出荷までの育成牛舎は必要ですが、繁殖牛を収容する牛舎は持たなくても牛飼いは可能です。北海道で繁殖牛100頭規模の大型経営を展開している繁殖農家は、繁殖牛を収容する牛舎を持たない方が結構います。図 3のように、子牛と分娩のための牛舎は持ちますが、それ以外は簡易な施設とすることで、低コストな経営が展開できます。

Ⅴ 種雄牛と交配

1  交配種雄牛の考え方( 1)販売牛用の場合購買者は次の 3点を重視して素牛を購入すること

から、そういう牛になるような交配を心がけてくだ

さい。具体的には、気高、田尻、藤良系の 3元交配を基本にしながら、肥育成績の実績が出ている(あるいは出そうな)種雄牛を交配しましょう。・サシが入ること・枝肉重量が取れること・歩留りが良く、もも抜け※1があり、枝の厚み※2

があること( 2)後継生産牛用の場合外部導入により、白血病などの持ち込みが心配されるので、後継牛は出来るだけ自家産の優秀な種牛(雌牛)を保留しましょう。そのために重要なことは、母乳の出が良くて子育てが上手な、種牛能力の高い雌牛を選び、適切に種雄牛を交配することです。

2  交配例交配する種雄牛   父   母の父 母の母の父

美津照重or花国安福=勝早桜 5×安福久×平茂勝勝早桜 5 or秋忠平 =安福久 ×百合茂×福之国勝早桜 5 or秋忠平 =北平安 ×百合茂×第一花国花国安福or福之姫 =隆之国 ×福安照×百合茂美津照重or梅栄福 =勝忠平 ×第一花国×福栄

語句説明

※ 1(もも抜け) 枝肉格付けはロース芯の脂肪交雑(サシ)の入り具合を見るが、ももにもサシの入っていることが重要で、ももの部位のサシの入りが良いことを、「もも抜け」が良いと言う。

※ 2(肉の厚み) 枝肉形状は厚みがあることにより、歩留まりが良く肉量が取れるので、購買者に喜ばれる。図 3 牛舎施設のレイアウト(出雲原図)

〈当社代用乳・人工乳のご紹介〉

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