x線顕微鏡(ct nano3dxによる電子部品観察 -...

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リガクジャーナル 50(1) 2019 30 X 線顕微鏡(CTnano3DX による電子部品観察 武田 佳彦 * 1. はじめに サンプル内部を非破壊で 3 次元観察する X Com- puted TomographyCT)は,45 年前の誕生以来 1,医 療やセキュリティ分野の臨床・検査装置として広く使 われている.近年では 10 μ m 弱の 3 次元構造を判別す ることができる分析装置として X 線マイクロ CT が産 業界に浸透してきている.X 線マイクロ CT は主に自 動車関連メーカー,電気メーカーなどで導入されてお り,鋳物,樹脂成型品の“す”やクラック,電子基板 のボンディング不良などの故障解析が主な用途のひと つなっている 2, 3X 線マイクロ CT の広がりと共に対象サンプルに対 する新たな要望が上がってきている.そのうちの 1 は電子部品,電子基板の数μ m 構造の観察である.X 線マイクロ CT は十分な透過力があるものの,空間分 解能が不足し,電子部品内部の微細構造を明瞭に描出 することは難しかった. もう一方は部材の軽量化や複合材料の研究開発に伴 う有機物材料の 3 次元観察である.このようなニーズ に対応するため,物体に対する相互作用の大きいクロ ム(Cr),銅(Cu),モリブデン(Mo)ターゲットか ら発生する単色性の高い長波長 X 線でサンプルを照射 する X 線顕微鏡(CTnano3DX が開発された 4, 5これにより一般的な X 線マイクロ CT に比べて数桁高 い感度で炭素繊維強化樹脂や薬剤,化学製品内部の 1 μ m 程度の構造を非破壊観察できるようになり,従 来の光学顕微鏡や電子顕微鏡といった断面観察手法で は分からなかった内部構造と材料特性の関連が明らか になってきている 6, 72. nano3DX W ターゲット対応と加速電圧の向上 nano3DX は有機物,軽金属に対して高い感度を持つ ものの,最も透過力が高い Mo 特性 X 線でも金属材料 は数 10 μ m 程度しか透過しなかった.そこで新たにタ ングステン Wのターゲットを搭載し,加速電圧を 従来の 50 kV から 60 kV に向上させた nano3DX を開発 した.W ターゲットから発生する白色 X 線を利用する ことで透過率が 1 桁向上し,空間分解能と透過力が同 時に求められる電子部品の観察が可能になると期待さ れる. 3. 電子部品測定例 3.1. 積層チップインダクター 3 に積層チップインダクターを nano3DX CT 測定 した例を示す.図 3 a)の Mo ターゲットでは X 線が透 過しきれず内部構造の観察ができない.一方,図 3 bW ターゲットの例では X 線が十分にサンプルを透過 している.その結果,コイルとコイルの隙間を明瞭に 描出できており,さらにコイルに数μ m の空隙が多数 存在していることが分かった.このようなμ m オーダー の欠陥のサイズやコイルの厚みを解析することで,製 品のばらつき評価や故障解析が可能となった. 3.2. 電子機器,電子基板 次に電子機器の代表例としてスマートフォン 3観察を行った.このような電子機器,基板の観察例は X 線マイクロ CT で多く報告されているものの,光学 系の問題で数 10 μ m 程度の空間分解能の画像しか得ら れていない(図 5).多層基板の配線などを観察する * 株式会社リガク X 線研究所 1. X 線マイクロCT と対象サンプル. Technical note

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Page 1: X線顕微鏡(CT nano3DXによる電子部品観察 - Rigaku...X線顕微鏡(CT)nano3DXによる電子部品観察 リガクジャーナル 50(1) 2019 31 際には,基板を数mm程度に切断し,X線源とサンプ

リガクジャーナル 50(1) 2019 30

X線顕微鏡(CT)nano3DXによる電子部品観察

武田 佳彦*

1. はじめにサンプル内部を非破壊で3次元観察するX線Com-

puted Tomography(CT)は,45年前の誕生以来(1),医療やセキュリティ分野の臨床・検査装置として広く使われている.近年では10 μm弱の3次元構造を判別することができる分析装置としてX線マイクロCTが産業界に浸透してきている.X線マイクロCTは主に自動車関連メーカー,電気メーカーなどで導入されており,鋳物,樹脂成型品の“す”やクラック,電子基板のボンディング不良などの故障解析が主な用途のひとつなっている(2), (3).

X線マイクロCTの広がりと共に対象サンプルに対する新たな要望が上がってきている.そのうちの1つは電子部品,電子基板の数μm構造の観察である.X線マイクロCTは十分な透過力があるものの,空間分解能が不足し,電子部品内部の微細構造を明瞭に描出することは難しかった.もう一方は部材の軽量化や複合材料の研究開発に伴う有機物材料の3次元観察である.このようなニーズに対応するため,物体に対する相互作用の大きいクロ

ム(Cr),銅(Cu),モリブデン(Mo)ターゲットから発生する単色性の高い長波長X線でサンプルを照射するX線顕微鏡(CT)nano3DXが開発された(4),(5).これにより一般的なX線マイクロCTに比べて数桁高い感度で炭素繊維強化樹脂や薬剤,化学製品内部の1 μm程度の構造を非破壊観察できるようになり,従来の光学顕微鏡や電子顕微鏡といった断面観察手法では分からなかった内部構造と材料特性の関連が明らかになってきている(6),(7).

2. nano3DXのWターゲット対応と加速電圧の向上nano3DXは有機物,軽金属に対して高い感度を持つものの,最も透過力が高いMo特性X線でも金属材料は数10 μm程度しか透過しなかった.そこで新たにタングステン (W) のターゲットを搭載し,加速電圧を従来の50 kVから60 kVに向上させたnano3DXを開発した.Wターゲットから発生する白色X線を利用することで透過率が1桁向上し,空間分解能と透過力が同時に求められる電子部品の観察が可能になると期待される.

3. 電子部品測定例3.1. 積層チップインダクター図3に積層チップインダクターをnano3DXでCT測定

した例を示す.図3(a)のMoターゲットではX線が透過しきれず内部構造の観察ができない.一方,図3(b)のWターゲットの例ではX線が十分にサンプルを透過している.その結果,コイルとコイルの隙間を明瞭に描出できており,さらにコイルに数μmの空隙が多数存在していることが分かった.このようなμmオーダーの欠陥のサイズやコイルの厚みを解析することで,製品のばらつき評価や故障解析が可能となった.

3.2. 電子機器,電子基板次に電子機器の代表例としてスマートフォン(3)の観察を行った.このような電子機器,基板の観察例はX線マイクロCTで多く報告されているものの,光学系の問題で数10 μm程度の空間分解能の画像しか得られていない(図5).多層基板の配線などを観察する*株式会社リガク X線研究所

図1. X線マイクロCTと対象サンプル.

Technical note

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X 線顕微鏡(CT)nano3DX による電子部品観察

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際には,基板を数mm程度に切断し,X線源とサンプルを近づけて拡大率を高くする必要があり,結果として破壊測定となることがX線マイクロCTによる電子機器観察の問題となっている.

nano3DXの投影像測定では数秒の露光でワイヤのボンディング状態や空隙を観察できる(図6).また,CT画像では8層の基板をつなぐ数μmの電極のズレや基板の構造が明瞭に描出できている(図7(b)).幾何

図2. 波長によるX線と材料の相互作用.相互作用が大きすぎるとX線がサンプルを透過しない.一方,相互作用が小さすぎると内部が透明になってしまい,個々の微細な構造を判別できない.そのため,サンプルに応じて観察に適した相互作用を持つX線波長を選ぶ必要がある.

(a)Moターゲット,加速電圧50 kV         (b)Wターゲット,加速電圧60 kV

図3. 積層チップインダクターCT測定例(1.08 μm/voxel).

図4. 積層チップインダクター解析例.

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拡大方式のX線マイクロCT(図 7(a))に比べると,サンプルが大きくても空間分解能の低下が小さいというnano3DXの特徴があらわれている例である.電子基板の観察には加速電圧100 kVを超えるX線

管が使われるケースが多いが,加速電圧60 kVでも板状のサンプルであればCT測定中大部分の角度においてX線が十分に透過し,内部構造を観察できることが確かめられた.

X線マイクロCT:幾何拡大方式           nano3DX:疑似平行ビーム+高分解能検出器

図5. 電子機器測定時の光学系の違い.サンプルをX線源に近づけて拡大率を向上させる幾何拡大方式のX線マイクロCTでは,X線源と基板の距離が大きくなり拡大率を高くすることができない.一方で高分解能検出器を用いるnano3DXでは拡大率がサンプルサイズにほとんど影響されないため電子機器内部も高分解能で観察できる.

図6. nano3DX投影像測定例(2 μm/pixel).

(a)X線マイクロCT(130 kV, 10 μm/voxel)       (b)nano3DX(60 kV, 2 μm/voxel)

図7. スマートフォンCT測定画像.

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X 線顕微鏡(CT)nano3DX による電子部品観察

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4. 終わりに有機物,軽金属に特化した X線顕微鏡(CT)

nano3DXにWターゲットを追加し,加速電圧を高くすることで電子部品,電子基板のμmレベルの内部構造や欠陥を可視化することが可能になった.これは非破壊で内部状態を把握するという故障解析の第 1ステップとして非常に有効な手段になると期待される.

参 考 文 献

( 1) Hounsfield, GN. Br. J. Radiol. 46(1973), 1022–

1047.( 2) リガクジャーナル,47(2016), No. 1, 39–41.( 3) リガクジャーナル,49(2018), No. 2, 37–39.( 4) リガクジャーナル,43(2012), No. 2, 28–30.( 5) 武田佳彦:リガクジャーナル,44(2013), No. 1,

16–20.( 6) K. Tanaka, T. Yamada, K. Moriito and T. Katayama:

WIT Trans. Built Env., 166(2016), 307–315.( 7) 永田佳子,阿南ゆりえ,金澤秀子:分析化学

(Bunseki Kagaku), 64(2015), 835–844.