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1 第1部 総論編 ~価格競争から価値創造経済へ~ 第1章 我が国の経済社会の現状 昨年3月の東日本大震災をきっかけとしたエネルギーの供給問題や急激な円高等、我が国 経済・社会を取り巻く環境は厳しさを増している。また、中長期的には、人口減尐や尐子高 齢化による潜在成長率の低下により、我が国はかつてのような高成長を達成することが難し くなっている。 潜在成長率の推移 3.3 1.0 1.0 1.2 0.5 -0.3 -0.6 -0.7 4.5 1.5 0.7 -1 0 1 2 3 4 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代 就業者数の変化の影響 生産性(就業者一人当たり実質GDP)成長率 実質GDP成長率 (年度平均変化率:%) (年度) (注)性別・年齢別の労働力率は、2009 年度から横ばいと仮定して試算。 (出所)内閣府「国民経済計算」、総務省「労働力調査」、国立社会保障・ 人口問題研究所「将来推計人口」(出生中位・死亡中位)より試算。 こうした厳しい状況を乗り越え、豊かな国民生活を維持していくためには、我が国が今後 何で稼ぎ、何で雇用するのかを明らかにした上で、新産業創出に向けた取組を進める必要が ある。まずは我が国の経済社会の現状を俯瞰し、我が国企業・産業が直面している課題を明 らかにしていく。

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第1部 総論編 ~価格競争から価値創造経済へ~

第1章 我が国の経済社会の現状

昨年3月の東日本大震災をきっかけとしたエネルギーの供給問題や急激な円高等、我が国

経済・社会を取り巻く環境は厳しさを増している。また、中長期的には、人口減尐や尐子高

齢化による潜在成長率の低下により、我が国はかつてのような高成長を達成することが難し

くなっている。

潜在成長率の推移

3.3

1.0 1.0

1.2

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1.5 0.7

-1

0

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1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代

就業者数の変化の影響

生産性(就業者一人当たり実質GDP)成長率

実質GDP成長率

(年度平均変化率:%)

(年度)

(注)性別・年齢別の労働力率は、2009 年度から横ばいと仮定して試算。 (出所)内閣府「国民経済計算」、総務省「労働力調査」、国立社会保障・

人口問題研究所「将来推計人口」(出生中位・死亡中位)より試算。

こうした厳しい状況を乗り越え、豊かな国民生活を維持していくためには、我が国が今後

何で稼ぎ、何で雇用するのかを明らかにした上で、新産業創出に向けた取組を進める必要が

ある。まずは我が国の経済社会の現状を俯瞰し、我が国企業・産業が直面している課題を明

らかにしていく。

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1.「やせ我慢」の縮小経済

近年の日本経済は、企業の生み出す付加価値の低迷、雇用環境の悪化と労働所得の低下、

将来不安の増大と勤労世帯の予備的貯蓄の増大、国内消費の低迷、デフレによる投資の低迷

という、いわば縮小の連鎖が継続する「やせ我慢」の経済であった。

デフレの継続→期待成長率の低下

雇用環境の悪化→労働所得の低下

将来不安の増大国内貯蓄の上昇

国内消費の低迷

「我慢」の企業経営→付加価値の低迷

縮小の連鎖の悪循環

こうした悪循環により、企業も消費者もひたすら「我慢」を続けた結果、我が国の名目G

DP(国内総生産)は3年で 40 兆円近く減尐した。名目値で所得や売上が伸びないことが

国民や企業の閉塞感の原因となっている。

名目GDP民間内需 政府支出 純輸出

輸出 輸入

2008/4-6 506 389 114 3 93 90

2009/4-6 473 354 116 3 58 55

2010/4-6 483 360 117 6 75 69

2011/4-6 464 351 119 -6 69 75

(2008/4-6- 2011/4-6)

▲42 ▲38 5 ▲9 ▲24 ▲15

名目GDPが40兆円減少

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(1)企業の生み出す付加価値の低迷

デフレ下で国内市場が低迷する中で、企業は賃金や投資を抑制して価格競争を行う「我慢」

の経営を続けており、付加価値を生み出す力が低下している。

2000 年代の「戦後最長の景気回復」期においても、我が国は輸入物価指数が上昇する一

方で、輸出物価指数は低迷しており、交易条件は悪化している。これは、燃料・原材料を輸

入して機械製品を輸出するという貿易構造の下で、我が国の産業は資源価格の上昇を輸出価

格に転嫁することができなかった、すなわち付加価値の拡大・創出力が低く「やせ我慢」の

価格競争を続けてきたことを強く示唆している。実際に、企業の生み出す1人当たり付加価

値は、1990 年代以降低迷を続けている。

交易条件の推移

60

70

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2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

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2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数交易条件

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2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

60

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2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

日本 アメリカ

ユーロ圏 アジア

(出所)IMF International Financial Statistics(注)輸入物価はドルベース。アジアはインド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ等。

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2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

( 年 )

輸入物価指数

輸 出 物 価 指 数80

100

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140

160

180

2000 01 02 03 04 05 06 07( 年 )

輸 入 物 価 指 数

輸出物価指数

ア メ リ カ

ヨ ー ロ ッ パ

1人当たり付加価値額の推移

(出所)IMF International Financial Statics ※輸入物価はドルベース

400

450

500

550

600

650

700

750

800

850

900

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10

(一人当たり付加価値額:万円)

(年度)

製造業

非製造業

全産業

(万円)

(出所)財務省「法人企業統計」※付加価値額を従業員数で除して算出

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また、1998 年以降、企業は借入金の返済を優先する一方、期待成長率の低迷や、デフレに

よる実質金利の高止まり等を背景として、国内投資を抑制する「守り」の企業経営を続けて

きた。このため、イノベーションを生み出すための投資が不足し、付加価値を生み出す力を

低下させている可能性がある。

企業の資金過不足と借入の推移

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(期待成長率:%)

(年度)

(設備投資比率GDP:%)

期待成長率(左軸)

設備投資比率(右軸)

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(兆円)

借入

純貸出/純借入(資金過不足)

(暦年)

企業の資金過不足と借入の推移 期待成長率・設備投資比率の推移

(出所)内閣府「国民経済計算」(注)民間非金融法人企業の数値。 (出所)内閣府「企業動向に関するアンケート調査」、内閣府「国民経済計算」

(注)期待成長率は企業に対して、単年度の日本の実質経済成長率の見通しを尋ねた結果。設備投資比率は、民間企業設備投資をGDPで除して算出。2010年度の値は、四半期速報ベース。

期待成長率・設備投資比率の推移

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(期待成長率:%)

(年度)

(設備投資比率GDP:%)

期待成長率(左軸)

設備投資比率(右軸)

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(兆円)

借入

純貸出/純借入(資金過不足)

(暦年)

企業の資金過不足と借入の推移 期待成長率・設備投資比率の推移

(出所)内閣府「国民経済計算」(注)民間非金融法人企業の数値。 (出所)内閣府「企業動向に関するアンケート調査」、内閣府「国民経済計算」

(注)期待成長率は企業に対して、単年度の日本の実質経済成長率の見通しを尋ねた結果。設備投資比率は、民間企業設備投資をGDPで除して算出。2010年度の値は、四半期速報ベース。

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さらに、日本企業は 2000 年代に確かに生産性を上昇させたものの、これは人件費をはじ

めとするコストを削減することにより生産性を上昇させたものであり、生産性の上昇が雇用

の拡大につながらない企業が多かった。

TFP上昇率の企業類型別貢献度分解

(出所)権他(2008)「日本のTFP上昇率はなぜ回復したのか」

-1.0

-0.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

96-00年 00-05年 96-00年 00-05年 96-00年 00-05年

全産業 製造業 非製造業

TFP上昇・雇

用拡大企業

の貢献

TFP上昇・雇

用縮小企業

の貢献

TFP下落・雇

用拡大企業

の貢献

TFP下落・雇

用縮小企業

の貢献

合計

(TFP上昇率:%)

総資産利益率(ROA)、売上高営業利益率を国際的に比較しても、日本企業の収益性の

低さが示され、日本企業が付加価値を生み出す力を失いつつある状況が分かる。

ROAの推移 売上高営業利益率の推移

日本

アメリカ

ヨーロッパ

0

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5

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2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

(ROA:%)

0

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10

12

2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

(売上高営業利益率:%)

アメリカ

ヨーロッパ

日本

(注1)日本は東証上場企業、アメリカはNYSE総合指数の構成企業、ヨーロッパはEU加盟国(1995年時点の15カ国)の主要株価指数を構成する企業。

(注2)2000年から2010年にかけて欠損のない企業の値のみの集計している。(注3)金融・保険業を除く。(注4)自国企業以外は集計から除いている。

(注1)日本は東証上場企業、アメリカはNYSE総合指数の構成企業、ヨーロッパはEU加盟国(1995年時点の15カ国)の主要株価指数を構成する企業。

(注2)2000年から2010年にかけて欠損のない企業の値のみの集計している。(注3)金融・保険業を除く。(注4)自国企業以外は集計から除いている。

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0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

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1980年代 1990年代 2000年代

フランス ドイツ イタリア 日本 イギリス アメリカ

(生産年齢人口一人当たり実質成長率:%)(%)

90

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115

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95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09

(指数:1995年=100)

(暦年)

実質雇用者報酬(一人当たり)

労働生産性(一人当たり)

(2)雇用環境の悪化・将来不安の増大による国内消費の低迷

このように、企業の生み出す付加価値が低迷していることが、雇用環境の悪化や労働所得

の低迷の原因となっている。

2000 年代の日本経済は、アジア向け輸出の拡大やそれに伴う設備投資の回復等により、

一人あたり生産性は持続的に向上し、一人あたり実質成長率はプラスであった。特に、生産

年齢人口一人あたりの実質成長率で見ると、先進諸国で最高水準でさえあった。

生産年齢人口一人当たり実質成長率

他方で、2002 年以降の景気回復局面においても、雇用者報酬は抑制され、「生産性を上げ

ても所得が伸びない」状況が続いている。

労働生産性・雇用者報酬の伸び

(出所)OECD National Accounts

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7

雇用者報酬・個人消費の低迷

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ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ

2002 2003 2004 2005 2006 2007

民間最終

消費支出

輸出

民間固定

資本形成

雇用者報

(2002年第Ⅰ四半期=100)

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105

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ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ

2002 2003 2004 2005 2006 2007

民間最終

消費支出

輸出

民間固定

資本形成

雇用者報

(2002年第Ⅰ四半期=100)

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ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ

2002 2003 2004 2005 2006 2007

民間最終

消費支出

輸出

民間固定

資本形成

雇用者報

(2002年第Ⅰ四半期=100)

90

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120

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ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ

2002 2003 2004 2005 2006 2007

民間最終

消費支出

輸出

民間固定

資本形成

雇用者報

(2002年第Ⅰ四半期=100) 日本 ドイツ

イギリス アメリカ

(出所)OECD

“National

Accounts”、実質値。

一方で、雇用者報酬が低迷しているにも関わらず、我が国の労働分配率は先進諸国と比較

しても高止まりとの見方もあり、企業は雇用維持を重視しつつも、付加価値を拡大できてい

ないことが強く示唆される。

労働分配率の国際比較

55

60

65

70

19

90

19

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20

09

フランス

ドイツ

日本

イギリス

アメリカ

(労働分配率=雇用者報酬/国民所得:%)

(年)

(出所)OECD National Accounts

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8

労働所得の伸び悩みの原因の1つには、非正規労働者の増加がある。非正規雇用者数は

1990 年の約 900 万人から 2010 年には約 1700 万人まで拡大しており、非正規比率は 1990 年

の 20.2%から、2010 年には 34.4%まで上昇している。産業別の非正規雇用者数の推移

をみると、非製造業で増加傾向が示されている。

正規・非正規雇用者数と非正規比率の推移

20.2

26.0

34.4

0

5

10

15

20

25

30

35

40

0

1,000

2,000

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4,000

5,000

6,000

1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010

非正規正規非正規比率(右軸)

(暦年)

(非正規比率:%)(雇用者数:万人)

(出所)総務省「労働力調査」(注)2001年までは「特別調査」、2002年以降は「詳細集計」。

製造業 216 製造業 197

非製造業1270

非製造業1533

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

1800

2003 2010

(非正規雇用者数:万人)

(出所)総務省「労働力調査」(注)日本標準産業分類第11回改訂に基づく産業分類。2010年は、第12回改訂を第11回改訂に組み替えたものだが、厳密な定義は一致していない。

非正規雇用者数の内訳

なお、非正規雇用比率上昇の背景として、既存の実証研究では、①企業が直面する不確実

性の増大、②IT化によるアウトソーシングの進展、③サービス産業の拡大、④労働市場の

硬直性等が指摘されている。

200

250

300

350

400

450

500

550

600

1990 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10

(付加価値のボラティリティ:億円)

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

不明

その他要因

IT化要因

ボラティリティ要因

(1998年からの非正規雇用比率の変動:%ポイント)非正規雇用比率増加の要因分解 上場企業の付加価値のボラティリティの推移

(出所)総務省「労働力調査詳細集計」、浅野他(2011)「非正規労働者はなぜ増えたか」RIETI DPを用いて経済産業省作成。

(注)浅野他(2011)が行っている非正規雇用比率増加の要因分解を、「労働力調査」の非正規雇用比率に乗じることで、簡易的に要因分解を行ったもの。「その他要因」には、産業構造の変化(サービス化が進むことによる非正規雇用比率の増加)や女性の労働参加等の効果が含まれる。なお、浅野他(2011)は、産業構造の変化や労働構成の変化によって、非正規雇用比率の増加の4分の1程度が説明できるとしている。

(出所)東京証券取引所上場企業のデータより経済産業省作成。(注)単独ベースの集計値。各企業について、過去5年間の付加価値の標準偏差を計

算した上で、各企業の付加価値をウエイトとして加重平均を行ったもの。

Page 9: -0.6 -0.7 1.0 0.5 3.3 0.7 13 (1)企業の生み出す付加価値の低迷 デフレ下で国内市場が低迷する中で、企業は賃金や投資を抑制して価格競争を行う「我慢」

9

このように雇用者報酬が伸び悩んだ結果、我が国の世帯所得は、年収 500 万円以上の中・

高所得層が減尐し、年収 200~400 万円の低所得層が増加した。我が国の現状は、経済的な

格差が拡大していると言うよりは、むしろ「全般的な貧困化」が進行していると言える。

我が国の世帯所得の分布変化

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0 平成11年

平成21年

(%)H11年平均

655万円

H21年平均

548万円

(出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」(注1)所得には財産所得や年金所得等を含む。(注2)平成11年の平均所得を、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)を用いて平成21年価格に換算すると、638万円となる。つまり、デフレ要

因を考慮しても、平均所得は90万円程度下落していることになる。(注3)所得階級1200万円以上は、それ以下の所得階級に比べて区分が広くなっている。

こうした雇用環境の悪化、そして労働所得の低迷が続く中で、消費者は消費を「我慢」し

ている。特に、老後に不安を感じる人の増加に伴い、現役勤労者世帯の貯蓄率が上昇してお

り、また老後に不安がある人は貯蓄額を 200~300 万円程度上乗せする傾向がある。

老後の生活不安により、国民も消費を「我慢」している現状が見て取れる。こうした国内

消費の低迷が、デフレを長期化させ、更なる「我慢」の経営を招いている。

(出所)総務省「家計調査」、内閣府「国民生活に関する世論調査」1.家計調査は2人以上の世帯(農林漁家世帯を除く勤労者世帯)。2.横軸は、「国民生活に関する世論調査」で「悩みや不安を感じている」人にその理由を聞いたと

き、「老後の生活設計について」と回答した人の割合(複数回答)。3.「国民生活に関する世論調査」は各年実施だった時期があるため、調査のなかった年はその前年の結果と同じとした。

(出所)内閣府(2009)「平成21年度年次経済財政報告」1.金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」(08)の特別集計により作成されている。なお、必要貯蓄額(2.参照)が1億円を超えるものについて異常値として除外した上で、60歳未満の回答者のみで推計。2.「老後の生活資金として、主に年金を支えている方の年金支給額に準備しておけばよい貯蓄額は、最低どれくらいだとお考えですか」との問い(必要貯蓄額)に併せて、以上の項目に対する回答

を求めている。なお、対象回答者の平均必要貯蓄額は2033万円。

198.2

284.6

178.6

0

50

100

150

200

250

300

「非常に心配

である」

「年金や保険が

十分ではないから」

「年金支給額が

切り下げられると

みているから」

万円

22

23

24

25

26

27

28

29

20 30 40 50 60老後の生活設計に不安を感じる人の割合(%)

貯蓄率(%)

1985年

2008年

貯蓄率と「老後の生活不安」の関係 老後や年金に対する不安が必要貯蓄額に及ぼす影響―不安がある人の必要貯蓄額における上乗せ額―

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10

60

70

80

90

100

110

120

130

140

150

160

2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

60

70

80

90

100

110

120

130

140

150

160

2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数交易条件

80

90

100

110

120

130

140

150

160

170

180

2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

60

70

80

90

100

110

120

130

140

150

160

2000 01 02 03 04 05 06 07

(2000年=100)

(年)

輸入物価指数

輸出物価指数

交易条件

日本 アメリカ

ユーロ圏 アジア

(出所)IMF International Financial Statistics(注)輸入物価はドルベース。アジアはインド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ等。

(3)交易条件の悪化

交易条件の推移を国際比較すると、先進国では輸出入物価の動きが連動しているのに対し、

我が国は円安や資源価格の高騰による輸入物価の上昇を輸出物価に転嫁できなかった。この

ことは、すなわち、付加価値の拡大・創出力が低く「やせ我慢」の価格競争を続けてきたこ

とを強く示唆している。

交易条件の国際比較

輸出入商品構成比の国際比較(2006 年)

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

輸出輸入輸出輸入輸出輸入輸出輸入輸出輸入

日本 アメリカ EU25 韓国 台湾

特殊取扱品

雑製品

機械類及び輸送機器類

原料別製品

化学工業生産品

動物性または植物性の

加工油脂及びろう

鉱物性燃料、潤滑油そ

の他これに類するもの

食用に適しない原材料

(除く鉱物性燃料)

飲料品及びたばこ

食料品及び動物

(輸出入商品構成比)

(出所)泰松(2008)「交易条件の悪化と経済動向」(注)元データはUN Comtrade、台湾

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11

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

470

480

490

500

510

520

530

540

550

560

570

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

所得収支対GDP比(右軸)

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GNI

(兆円) (%)実質GDP、実質GNI、交易利得、所得収支の推移(日本)

(出所)内閣府「国民経済計算」

(注)2000年基準

交易条件の悪化により、輸出を拡大すればするほど、国富が海外に流失する構造が生まれ

ている。2000 年代の実質GDI(国内総所得=実質GDP+交易利得1)の推移をみると、

我が国は資源価格の上昇や円安により交易損失が拡大し、実質GDPと実質GDIの乖離が

拡大している。これは、日本企業が輸出や海外への投資で稼いだ所得が、恒常的に海外に流

出している状況を端的に示している。所得収支を加味した実質GNI(実質GDI+所得収

支)も、実質GDPとほぼ同水準に留まっており、所得収支の増加分が交易損失の拡大によ

って打ち消されてしまっている。

資源を輸入し、国内で加工・製品化して輸出する「加工貿易立国」というビジネスモデル

を成り立たせるためには、価格転嫁力のないコモディティ化した製品から、付加価値の高い

差別化された製品へと転換することが必要である。

実質GDP・実質GDI・交易利得の推移の国際比較

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

21,000

21,500

22,000

22,500

23,000

23,500

24,000

24,500

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(億ユーロ) (%)

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

10

11

11

12

12

13

13

14

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(兆ドル) (%)

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

10,000

10,500

11,000

11,500

12,000

12,500

13,000

13,500

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(億ポンド) (%)

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

600

650

700

750

800

850

900

950

1,000

1,050

1,100

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(兆ウォン) (%)

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

470

480

490

500

510

520

530

540

550

560

570

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(兆円) (%)

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

15,000

15,500

16,000

16,500

17,000

17,500

18,000

18,500

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

交易利得対GDP比(右軸)

実質GDP

実質GDI

(億ユーロ) (%)フランス ドイツ

韓国 イギリス

(出所)OECD.Stat、内閣府「国民経済計算」 (注)日本は内閣府の数値であり2000年基準。その他はOECDの基準年。

日本

アメリカ

日本の実質GDP、実質GNI、交易利得、所得収支の推移

1 交易利得=交易条件(輸出物価÷輸入物価)の変化に伴う所得の変化

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12

<コラム1 堅調なドイツ経済の背景と課題>

ドイツは、周辺国がソブリン危機と緊縮財政によって経済低迷に直面する中でも、堅

調な経済成長と低い失業率を実現している。ドイツは、他の先進諸国においてGDPに

占める製造業のシェアが低下する中で、一定程度のシェアを維持しており、輸出依存度

(=輸出/GDP)も増加傾向にある。

輸出依存度の推移

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

1980

-84

1985

-89

1990

-94

1995

-99

2000-04

2005-08

(輸出依存度:%)

ドイツ

フランス

イタリア

日本

アメリカ

(出所)OECD.Stat

ドイツ経済が堅調な背景として以下の3点を指摘できる。

第一が通貨安である。1999年のユーロ導入直後はユーロ高が進展し、ITバブルの崩

壊や経済統合による競争激化も相まって、経済成長率は低迷した。しかしユーロ圏が拡

大するにつれて、ドイツにとっては実質的に通貨安で推移しており、それが輸出競争力

の上昇に寄与している。

第二が、高い国際競争力である。ユーロ導入当初の通貨高や東欧・新興国との競争激

化を受けて、ドイツはブランド化や新興国へのインフラ関連製品の強化を行ってきた。

ドイツは「隠れたチャンピオン」と呼ばれるニッチトップ企業が高い国際競争力を維持

しており、中堅企業が輸出に寄与する度合いが大きい。管理職や専門・技術職といった

高度人材のシェアが高まってきており、産業構造が高度化してきていることが分かる。

また、製造業であっても、製品単体を売るのではなく顧客に対して「価値」を売る事業

形態に転換してきており、製品とサービスを組み合わせた価値創造が進展している。統

計的にも、対事業所サービスがGDP・輸出に占める割合大きく増加しており、ドイツ

は価値創造経済へ転換してきていることが確認できる。

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13

就業者に占める管理職、専門・技術職のシェア

12.2 13.3 14.7 14.9

30.0 32.8 34.9 34.8

3.7 3.2 3.0 2.7

5.9 5.6

6.8 7.1

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

1995 2000 2005 2008 1995 2000 2005 2008

日本 ドイツ

管理職

専門・

技術職

(就業者に占めるシェア:%)

(出所)ILO

(注)鈴木将之(2012)「空洞化緩和と経済サービス化を両立する方法」第一生命経済研究所

Economic Trends を参考に作成。

GDP・輸出に占める対事業所サービスの割合

(出所)OECD STAN Input-Output Database

(注)対事業所サービスには、リース、情報処理、研究開発等が含まれる。鈴木(2012)(前掲)を参考

に作成。

第三が労働市場改革である。東ドイツの統合やユーロ圏の東欧への拡大に伴って、ド

イツの高い賃金が製造業の立地競争力のマイナス要因となった。シュレーダー政権のア

ジェンダ2010によって、労働市場の規制緩和を進め、失業率を低下させると共に、

ユニットレイバーコストを抑制し、高い立地競争力を回復した結果、輸出競争力が回復

した。

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14

ユニットレイバーコストの推移

80

85

90

95

100

105

110

115

120

125

130

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

フランス

ドイツ

イタリア

日本

イギリス

アメリカ

(ユニットレイバーコスト:2000年=100)

(出所)OECD.Stat

もちろんドイツ経済にも課題は残されている。ドイツの労働所得について、日本と比

べると緩やかではあるものの、アメリカやイギリス等の他の先進諸国と比較すると低迷

しており、その結果、外需に比べて内需が伸び悩んでいる。

しかしながら、経済に占める製造業の役割が大きく、新興国との激しい競争に直面し

ているという、日本と類似した経済環境に置かれているドイツが、価値創造型経済に転

換することで、堅調な経済成長を維持している事実は、日本経済の産業構造・就業構造

転換にも大きな含意を有しているものと考えられる。

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15

(出所)財務省「国際収支状況」、日本銀行「外国為替相場」からジェトロ作成

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

2001 2005 2010

その他

EU

北米

アジア

(億ドル)

8304億

3881億

3008億

(出所)財務省「国際収支状況」、日本銀行「外国為替相場」からジェトロ作成

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

2001 2005 2010

その他

EU

北米

アジア

(億ドル)

8304億

3881億

3008億

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

35%

40%

1998 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

(%)

(年度)

海外設備投資比率

海外現地生産比率

(出所)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」、日本政策投資銀行「設備投資計画調査」

(注)いずれも製造業の結果。海外における設備投資÷(国内設備投資+海外設備投資)×100。海外における設備投資は、連結決算を作成している企業は連結ベースの設備投資額、連結決算を作成していない企業は本体および出資比率(間接を含む)が50%以上の海外子会社による設備投資額。

2.現状を放置した場合のリスクシナリオ

以上のように、現在日本経済は縮小連鎖・じり貧の悪循環に陥り行き詰まりを見せている。

現状の縮小連鎖シナリオを放置した場合、円高継続による素材型製造業を含めた根こそぎ空

洞化、貿易赤字構造の定着や貯蓄投資バランス赤字化による国債の国内消化の限界などのリ

スクに直面するおそれがあり、我が国はさらなる困難に直面する可能性がある。

(1)円高等による根こそぎ空洞化のおそれ

縮小連鎖・じり貧の悪循環の中で、日本企業はアジアをはじめとする新興国の成長を取り

込むべく、積極的な海外展開を進めてきた。我が国企業の対外直接投資残高は、2001 年か

ら 2010 年にかけて2.8倍に増加し、設備投資に占める海外投資の比率や海外現地生産比

率も一貫して増加している。

対外直接投資残高の推移 海外現地生産比率/海外設備投資比率

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16

これまでの海外生産比率の変化を要因分解すると、海外需要の拡大効果が大きくなってお

り、アジア等の外需を取り込むための海外展開が中心だったことが見て取れる。

海外生産比率の変化の要因分解

海外需要拡大

海外生産比率

97 98 99 00 01 02 03 03 04 05 06 07 08

(資料)みずほ総合研究所作成

(出所)大塚哲洋(2011)「製造業の海外展開について」

従来は、自動車や電機等の最終製品の組立が海外に移転する一方、国内拠点から付加価値

の高い部品や素材の輸出を拡大することによって、付加価値を国内に一定程度確保してきた。

しかし、海外市場の動向や為替の状況次第で、部素材産業も含め、更なる海外移転が進む可

能性がある。

業種別の海外生産比率の推移

0

5

10

15

20

25

30

35

パルプ・紙

化学

医薬品

ガラス・土石製品

鉄鋼

非鉄金属

金属製品

機械

電気機器

輸送用機器

精密機器

(海外生産比率:%)

全産業平均

今後、本格的な海外移転の可能性

これまでの海外展開は最終製品の組立が中心

(出所)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」(2009年度)

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17

実際、日本政策投資銀行の企業アンケートによると、製造業の中期的な海外展開の見通し

について、2009 年から 2011 年にかけて、「強化・拡大する」との回答が 87.2%となってい

る。一方、国内展開の見通しについては、2008 年以降、「現状程度を維持する」の割合が高

まっている。

製造業の中期的な海外展開・国内展開の見通し

(出所)JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2011 年度海外直接投資アンケート結果(第 23 回)-」

現下の円高が継続した場合、輸出製造業は、為替エクスポージャー(ドル稼ぎの余剰)を

減らすために、海外移転を進めることが予測される。

輸出製造業は、「円で作りドルで稼ぐ」構図となっているため、為替エクスポージャーが

円高によって目減りすることになる。このため、為替エクスポージャーが高い企業ほど、円

高の影響を受けやすく、収益が悪化するおそれが高くなる。

対ドル1円円高が営業利益に与える影響(億円)

対ユーロ1円円高が営業利益に与える影響(億円)

電機メーカーA 0 ▲60

電機メーカーB ▲15 ▲20

電機メーカーC ▲34 ▲17

自動車メーカーA ▲320 ▲50

自動車メーカーB ▲140 ▲10

自動車メーカーC ▲200 0

<2011年度下半期における各社の為替感応度>

(出所)各社決算発表資料及び報道等より

ドル売上

ドル費用マリー

円費用

円売上

為替リスクにさらされている部分(為替エクスポージャー)

円で作りドルで稼ぐ

輸出

売上 コスト

売上 コスト

この部分が円高により目減り

※為替感応度とは、為替エクスポージャーの大きさ(例:25億ドルのエクスポージャー → 1円円高で25億円利益減少)

為替エクスポージャー(イメージ)

中期的な海外展開の見通し 中期的な国内展開の見通し

79.2%

65.8%

82.8% 87.2%

20.1%

32.2%

16.5%12.6%

0.7% 2.0% 0.7% 0.2%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

2008 2009 2010 2011

縮小・撤退する 現状程度を維持する 強化・拡大する

40.8%

27.2% 31.2%25.9%

53.2%

55.2%58.1%

62.0%

3.1%

6.7%

6.6% 6.2%

2.9%

10.8%4.1% 5.8%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

2008 2009 2010 2011

検討中 縮小・撤退する 現状程度を維持する 強化・拡大する

(611 社) (611 社) (611 社) (594 社) (586 社) (610 社) (589 社) (582 社)

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我が国の輸出企業の採算レートは、近年継続的に円高水準を想定してきており、為替エク

スポージャーを減らすことによって、採算レートを切り上げ、円高への抵抗力を確保してき

た。しかし 2011 年に入ってからは、企業の採算レート・予想レート以上に実際の円高が急

激に進行し、企業の収益を圧迫している。

輸出企業の採算レート・予想レートと実際のドル・円レートの比較

2008年度 2009年度 2010年度 2011年度

当初想定レート

第三四半期決算

当初想定レート

第一四半期決算

第二四半期決算

第三四半期決算

当初想定レート

第一四半期決算

第二四半期決算

第三四半期決算

当初想定レート

第一四半期決算

第二四半期決算

電機メーカーA

100円 90円 100円 93円 90円 90円 90円 90円 83円 83円 83円 80円 76.9円

電機メーカーB 100円 90円 95円 95円 95円 90円 90円 90円 90円 86円 85円 85円 80円

電機メーカーC

100円 90円 95円 94円 94円 94円 90円 88円 83円 83円 83円 83円 76円

<想定為替レート見直しの頻度>

見直し1回

(注)円高方向への見直しのみ記載

見直し1~2回

【出典】各社決算発表資料より

見直し1~2回 見直し1~2回

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実際に、自動車産業の利益構造を分析すると、日本メーカーの収益が悪化している理由と

して、コスト競争力・利益率の低下に加え、足下では円高の進展が大きな影響を与えている

ことがわかる。

自動車産業における利益構造の日韓比較

日本 韓国 算出根拠等 日韓比率

売上高 100.0 100.0 ―

原材料 ▲ 67.8 ▲ 64.4 他コストから逆算して推定 10:9

燃料 ▲ 1.0 ▲ 0.5 電力料金単価の差 10:5

外注費他 ▲ 3.2 ▲ 3.2 格差なしと仮定 ―

人件費 ▲ 10.1 ▲ 7.3 労働生産性、一人当たり人件費の差 10:7

減価償却費 ▲ 4.8 ▲ 5.5 工業統計表等より推定 (9:10)

関税費 ▲ 1.9 0.0 米韓FTAの実効後を想定 ―

(コスト計) 88.8 80.9 10:9

営業利益 11.2 19.1 工業統計表等より推定

支払金利 ▲ 0.1 ▲ 1.0 金利差

税引前利益 11.1 18.0

法人税 ▲ 4.4 ▲ 4.0 日本:40%・韓国:22%

税引後利益 6.6 14.1

為替影響 ▲ 12.8 ▲ 0.4 2005~2010年平均為替相場と足許為替の差

為替勘案後利益 ▲ 6.2 13.6

コスト競争

利益率

円高

(出所)経済産業省「工業統計表」ほか各種資料に基づき、みずほコーポレート銀行産業調査部作成

輸出企業は、為替エクスポージャーを減らすために、為替マリー2の

比率を高める方向に進みつつある。国内市場が伸び悩む中では、円決

済での売上を伸ばすことは困難であるため、円建てコストを削減し、

ドル建てコストを増やすこととなる。この結果、

①輸出を減らし海外移転を進める

②海外からの部品調達を増やす

③国内から現地への部品調達を減らし現地調達を増やす

こととなる。

このように、現下の円高が継続した場合には、川下産業の空洞化や

川上産業の売上減尐が進むおそれがある。実際に、足下では日系企業

のASEAN現地法人の調達先が、日本から現地へと移行しつつある。

2 為替マリー=外貨建ての債権と債務を個別に円決済せずに双方を相殺させる形で為替リスクをヘッ

ジすること

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日系企業ASEAN現地法人の調達先の推移

0

20

40

60

80

100 (%)

(出所)経済産業省調べ(2011年1月)

現地国

日本国内

現地周辺国

その他

設立当時(n=226)

現在(n=234)

将来予定(n=239)

現下の円高により、自動車や電気機器等の川下産業が海外調達の増加・生産拠点の海外移

転を進めた場合、部素材等の川上産業は国内の自動車と電機がメインの顧客であるため、顧

客に近いところで生産するという考えの下、川下産業の空洞化とあわせて、川上産業も地産

地消型の空洞化を進める可能性が高い。

サプライチェーンの俯瞰図

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このように、海外移転を促進させる要因が変化してきたことで、海外移転を行う企業・産

業も変化してきている。現在起きている海外移転は、我が国の立地競争力の低下と、一企業

では対応することができない急激な為替変動リスクを要因としており、その結果、従来は国

内に留まっていた、日本市場向け加工組み立て工場や素材型産業も海外移転を進めつつある。

さらに、国内生産についても海外からの部品調達を増やしつつある。

さらに、東日本大震災以来の電力供給に対する不安についても、企業が海外移転を加速さ

せる要因として挙げられている。

企業の海外流出が加速する要因

順位 要因 構成比(%) 回答社数

1 円高 49.2 5,414

2 人件費が高いため 39.5 4,351

3 電力などのエネルギーの供給問題 37.9 4,174

4 税制(法人税や優遇税制など) 28.3 3,111

5 取引先企業の海外移転 26.5 2,913

(出所)帝国データバンク「産業空洞化に対する企業の意識調査」(2011 年8月) 有効回答企業1万 1006 社、複数回答可、上位 10 項目を掲載

こうした状況になると、たとえ将来的に為替レートが円安基調となったとしても、海外に

出て行った産業は容易に国内に回帰することはなく、我が国製造業が根こそぎ空洞化してし

まうおそれがある。

企業が海外移転するパターンの変化

【従来の海外移転】

◆拡大する現地市場向け

◆低い賃金の活用

将来円安になっても、容易に国内に戻ってこないおそれ。

①現地市場向け加工組立工場の進出

②他方で、装置産業・技術のブラックボックス重視の素材型産業は国内生産中心

【現在起きている海外移転】

◆日本の立地競争力の喪失

◆一企業では対応不能な急激な

為替変動リスク

①日本市場向け加工組立工場の移転

②素材型産業の移転

③国内生産における部品の海外調達シフト

◆日本の立地競争力の喪失

◆一企業では対応不能な急激な為替変動リスク

◆電力供給に対する不安

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一定の仮定のもとに、国内の自動車産業の輸出が半減した空洞化ケースについて試算をし

たところ、輸出減尐の影響はサービス業等の他産業にも波及し、約 480 万人規模の雇用が失

われるおそれがある。

円高によって国内企業の海外シフトのスピードが加速すると、国内で新たな事業や産業が

育つスピードが追いつかなくなり、国内雇用に大きな悪影響を与える可能性が極めて高いこ

とが分かる。

政策実現ケースと空洞化ケースの就業予測

(2010 年と 2020 年の就業者の比較)

サービス業等

製造業

政策実現ケース

-184万人

89万人

雇用の増減 -95万人

103万人

279万人

382万人

空洞化ケース

-287万人

-189万人

-477万人

失業率 6.1% 4.6%-1.5%pt

(注)数値は四捨五入をしているため、合計値が一致しない場合がある。

ケース設定の概要(詳細は後述)

ケース ケースの想定

空洞化

ケース

輸出向け自動車生産が 2020 年にかけて半減(日本の自動車産業

の国内生産比率が約 40%から約 30%への低下に相当)し、関連

産業を含む国内産業の生産が低迷する一方、国内における新産業

創出が十分に進まず、逆輸入が増加するケースを想定。

政策

実現

ケース

①国内の潜在需要のうち、本部会において特に大きな潜在需要が

見込まれると指摘された3分野(ヘルスケア・子育て、新たな

エネルギー産業、クリエイティブ産業)において、国内の新産

業が拡大し、国内の消費が活性化。

②輸出向け自動車生産が維持される一方で、我が国からアジア諸

国向けの輸出や対外直接投資が維持・拡大され、国内の投資や

消費が活性化。

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23

0%

1%

2%

3%

4%

5%

6%

7%

8%

9%

10%

1995 2000 2005

輸入比率のセグメント比較

製造業の輸入中間投入額/製造業の生産額

家計消費における輸入比率

(出所)OECD “STAT Extracts”より作成

家計の輸入は一定

製造業の輸入中間投入額/製造業の生産額家計消費における輸入比率

製造業の部材の海外調達が拡大

(2)国債の国内消化が限界となるおそれ

2011 年、我が国は東日本大震災、急激な円高、タイの洪水、火力発電用燃料の需要増加

といった要因が重なったため、31 年ぶりに貿易赤字を計上した。

燃料輸入額の推移 燃料消費量の推移

0

5

10

15

20

平成22年度 平成23年度

約4兆円

石油

LNG

石油

LNG

(兆円)

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000LNG

0

500

1000

1500

2000

2500

石油 (万t)(万kl)

石油 LNG

(出所)貿易統計 (出所)電力調査統計

さらに、貿易黒字の減尐は、産業の中間投入における輸入物品の増加も原因の一つとして

考えられる。背景としては、円高による国内生産のコストダウン要請から海外調達が拡大し

たことがあげられ、素材部品産業の海外生産・海外調達の流れは今後さらに進行するおそれ

がある。一定の仮定の下、中間投入財を海外で生産・調達する傾向が継続した場合、今後、

貿易赤字構造が定着するおそれがある。

貿易収支の今後の推移予測 輸入比率のセグメント比較

-15

-10

-5

0

5

10

15

1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020

(兆円)

予測

(出所)財務省統計をもとに経済産業省作成

<推計方法> 輸送機械:2012 年値については JEMA の直近予測値(H23.12 月公表)、2012 年以降については各種ヒアリング結果より推計。 一般機械:一般機械の純輸出額伸び率を世界 GDP 成長率で回帰し、当該回帰式を元に下方バイアス(伸び率に 1/2 を乗じた)をかけ

て延長推計(世界 GDP 成長率予測値は 2013 年までは IMF 予測値、それ以降は直近過去 10 年間の成長率実績の平均値を利用)

電気機械:家庭用電気機器とそれ以外(情報通信機器、電子部品・デバイス等)に分け、前者は過去トレンドで延長、後者は過去実績

の純輸出伸び率を世界 GDP成長率で回帰し、当該回帰式を元に延長推計(世界 GDPの将来値は一般機械と同じ数値を利用。 燃料輸入額:2014 年以降の燃料単価の上昇率は 2010 年までの過去 10 年間の上昇率平均を利用して推計。 その他の貿易収支の推移:過去の上昇トレンドを用いて推計。

原発再稼働なし +空洞化ケース

原発再稼働 +円安ケース

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24

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18 1

99

1

19

92

19

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19

99

20

00

20

01

20

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20

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20

18

20

19

20

20

直接投資収益

証券投資収益

所得収支

(兆円)

また、所得収支については、世界経済の拡大を受けて直接投資収益が緩やかに増加するも

のの、証券投資収益については、高齢化による貯蓄の切り崩しと低金利の継続により、緩や

かに減尐するため、所得収支は 2010 年代半ばまで微増を続け、その後横ばいで推移する可

能性がある。

所得収支の今後の推移予測

(出所)財務省統計をもとに経済産業省作成

<推計方法>

証券投資収益の推移:家計の世帯主年齢階級別世帯数推計値(国立社会保障・人口問題研究所)に、各コーホート別の純金融資産推計値(総務省「全国消費実態調査」の実績値を過去トレンドで延長推計)を乗じて、家計の純金融資産の将来推計値を算出し、当該推計値の伸び率を用いて証券投資収益を延長

直接投資収益の推移:過去の直接投資収益の対前年比伸び率を世界GDP成長率で回帰し、当該回帰式を用いて直接投資収益を延長推計(将来世界GDP成長率は前ページと同様の値を利用)

雇用者報酬とその他投資収益は、額が小さいため、直近過去 10 年間平均値で延伸

以上のような予測に基づき、貿易収支の赤字構造が定着し、今後、所得収支が伸びなかっ

た場合には、2010 年代後半には、経常収支も赤字に転落するおそれがある。

経常バランスの推移(2011 年度以降は推計値)

原発再稼働+ 円安ケース

原発再稼働なし+空洞化ケース

経常収支が2010年代後半に赤字化するおそれ

(兆円)

原発再稼働なし+空洞化ケース

原発再稼働+円安ケース

(出所)財務省統計をもとに経済産業省作成

<推計方法>

サービス収支の推移:マイナス額が長期的に漸減傾向(パテント収入の微増)にあるため当該トレンドで延伸 経常移転収支の推移:額が小さく変動も一定のトレンドが見受けられないため、直近 10 年平均値で延伸

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25

財政危機

過剰な円安

輸入物価上昇や円への信認低下による高インフレ

(過去の政府破綻時平均は170%)

利払費の増加(25兆円増加)による財政硬直化

政府の所得再分配機能(社会保障機能)低下

住宅ローン金利上昇による

個人破産の頻発(利払費が10兆円に

倍増)

経済的弱者の困窮・年金生活者・低所得者 等(実質資産価値が1/3以下に)

失業率上昇(11%超に上昇)実質賃金低下

円安による輸出産業復活

既に空洞化済

利払費増・デレバレッジによる企業倒産の頻発

保有国債の価格下落による銀行危機と信用収縮

(金融危機)

急激な株安(金融資産減少)

企業投資減少成長力減退企業業績悪化

長期金利急上昇国債価格下落(長期金利が7%に上昇)

生活危機社会不安増大

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023

(兆円)

(年度)

家計の純金融資産と国・地方の債務残高の推移

家計の純金融資産

(=資産-負債)

(備考)

1.家計純金融資産・対外純資産:2010年度までは実績。

2.国・地方公債等残高:2011年度までは財務関係基礎データ(財務省)より。2012年以降は、「経済財政の中長期試算」(23年8月、内閣府)の慎重シナリオ(復旧・復興財源措置を5年間との想定)に基づく。【出所】資金循環統計(日銀)、財政関係基礎データ(財務省)、経済財政の中長期試算(内閣府)

予測

11年3月時点での差額

家計の純金融資産のみ:287兆円

2011年3月の数値を横置き

国・地方の総債務残高×75%

<家計純金融資産>2010年度までは「資金循環統計」実績値。2011年度以降は、高齢化の影響等を勘案し、横ばいで推移すると仮定。

<総債務残高>「経済財政の中長期試算」(23年8月内閣府)の慎重シナリオ。

【成長率】・2011~2020年度までの平均名目成長率:1%台後半(平均実質成長率:1%強程度、消費者物価指数:1%近傍で安定的に推移<基準改定前>)

【震災復旧・復興対策及び財源】19兆円程度の復旧・復興対策が実施され、時限的な財源措置にて5年間程度。

【社会保障・税一体改革】2015年度までに消費税を段階的に10%まで増税。社会保障機能強化については消費税1%引上げにつき0.2%相当の歳出が追加される前提。

※債務残高のうち、財投債や政府短期証券は増加せずと仮定。

(注)試算の前提

2020年前後

11年3月時点での差額家計の純金融資産のみ:287兆円

2011年3月の数値を横置き

家計の純金融資産(=資産-負債)

国・地方の総債務残高×75%

ISバランス上、経常収支は国民純貯蓄の主要な要素になっており、今後高齢化に伴い家

計部門の貯蓄率が減尐する中で、経常収支の赤字化が進行すると、一般政府の赤字を支えき

れなくなるおそれがある。

家計純金融資産と国・地方の債務残高の推移

最悪の場合、フロー・ストック両面で国債消化余地が消失し、急激な日本売りを通じた長

期金利上昇(債券安)や高インフレ、急激な円安を招くとともに、年金生活者の資産価値の

急落、高失業率など国民生活に激しい痛みをもたらすおそれがある。

財政危機発生による日本経済への影響

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26

<コラム2 所得収支と貿易収支の家計への波及メカニズム>

証券投資収益については、受け取り手の多くは金融機関であり、金融機関への資金の

出し手は家計部門が多いため、家計の預貯金に対する金利が高ければ、証券投資収益は

家計部門の財産所得を押し上げる効果が期待出来るはずである。しかしながら、実際に

は、国内が低金利の環境下にあるために、金融機関が得た証券投資収益(所得収支)は、

家計部門に波及しにくくなっている。

88.2

132.9

153.2

0.0

50.0

100.0

150.0

200.0

250.0

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

証券投資収益と各部門の金融資産からの所得

家計 金融機関 政府 証券投資収益(受取)

(暦年)

(2001年=100)

【出所:財務省「国際収支」、内閣府「国民経済計算」】

また、直接投資収益(再投資収益除き)については、主たる受け手は企業部門であり、

直接投資収益の国内還流により、その資金を用いて、国内設備投資や雇用者報酬の増加

をもたらす波及経路が本来考えられる。直接投資収益の増加は、企業の営業余剰の増加

には一定程度つながっているが、企業部門の国内向け設備投資や雇用者報酬は伸び悩ん

でいるため、雇用者報酬を通じた家計部門への波及も起きにくくなっている。また、そ

もそも日本の直接投資額とその収益は米英等に比べ低くなっている。

88.4 87.8

91.4 91.6

184.8

247.1

114.9

0.0

50.0

100.0

150.0

200.0

250.0

300.0

80.0

90.0

100.0

110.0

120.0

130.0

140.0

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

直接投資収益と設備投資・雇用者報酬の推移

民間企業設備

雇用者報酬

直接投資収益(右軸)

企業・営業余剰

(暦年)

(2001年=100)

【出所:財務省「国際収支」、内閣府「国民経済計算」】

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27

次に、貿易収支が家計へ波及する経路を見ていく。平成17年において、輸送機械機

器製造業、一般機械製造業、電気機械製造業の3業種の国内生産額は130.2兆円で

ある。そのうち輸出事業が41.3兆円であり、全体の約1/3を占めている。このた

め、3業種の雇用者報酬の総額21.3兆円に、国内生産額に占める輸出の割合を掛け

ると、輸出事業(貿易黒字)から約6.8兆円の雇用者報酬が生まれていると機械的に

算出することができ、家計部門への相応の波及効果が想定される。