日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

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日本の 通翻訳者養成 ISO17100と日本における通翻訳職業教育の将来 特集 #274 一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌 日本翻訳ジャーナル November / December 2014

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Page 1: 日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

日本の 通翻訳者養成ISO17100と日本における通翻訳職業教育の将来

特集

#274

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌 日本翻訳ジャーナル

翻 訳 の 未 来 を 考 え る

November / December 2014

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Page 3: 日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

3

c o n t e n t s

無断転用禁止 Copyright©2014 Japan Translat ion Federation

一般社団法人 日本翻訳連盟〒104-0031

東京都中央区京橋 3-9-2 宝国ビル 7F

TEL. 03-6228-6607 FAX. 03-6228-6604

E-mail. [email protected] URL. http://www.jtf.jp/

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌日本翻訳ジャーナル

2014年 11月/ 12月号 #274

発行人●東 郁男(会長)編集人●河野 弘毅

特集:日本の通翻訳者養成 5 日本の大学・大学院における翻訳者養成と翻訳教育 ● 影浦 峡

6 翻訳サービス規格 ISO 17100の紹介 ● 田嶌 奈々

7 英国リーズ大学大学院における翻訳者養成 ● トニー ハートレー

8 日本の大学・大学院における翻訳(通訳)者養成の展望 ● 武田 珂代子

10 質疑・ディスカッション

イベント報告 12 2014年度 第2回 JTF関西セミナー報告

「法務日英翻訳 プレイン・イングリッシュの薦め」 ● リサ ヒュー

14 2014年度 第2回 JTF翻訳セミナー報告

「マーケティング翻訳とMTPE」 ● 三笠 綱郎/薄井 譲/門 慶孝

翻訳会社の声 16 限りなく100%のコミュニケーションを目指して ● 工藤 浩美

連載コラム 18 ほんやく検定受験 ― 私の場合 ● 三浦 朋子

20 Out of Line ● 小野寺 粛

22 辞書を歩む ● 松田 浩一

24 A Literary Expedition ● 内村 ウェンディ

「トニー ハートレーさん」

トニー ハートレーさんは英国のリーズ大学翻訳研究所を設立時から所長として率いて、10年間で欧州における代表的な通翻訳者の養成機関のひとつに育て上げた実績を持つ方です(詳しくは特集記事をご覧ください)。現在は日本における通翻訳者教育の仕組みづくりに向けて意欲をもって取り組んでおり、英国での経験を活かして日本における通翻訳者教育の新しい扉をひらく役割を担う方として期待されています。表紙写真の撮影は台東区立書道博物館にて行いました。この博物館は夏目漱石『吾輩は猫である』の挿絵画家として知られる洋画家、書家の中村不折(1866-1943)が収集した約16,000点の個人コレクションを展示しており、展示物には甲骨文、青銅器、石経、拓本など貴重な文化財が数多く含まれます。「ことば」の歴史をふりかえるのにまたとないこの場所で、ことばの未来に向けて新しい歴史をいま作ろうとする人の姿を撮影して表紙に収めたいという編集者の願望を快諾してくださり、無償でご協力くださった写真家の世良武史さんにお礼申し上げます。(河野)

表 紙 の ひ と

撮影:世良武史

November / December 2014 #274

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特集

日本の通翻訳者養成

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特集

翻訳メモリ(TM)や「機械翻訳+事後編集」(MT+PE)の導入、クラウド翻訳やファンサブの展開、多言語・翻訳サービス企業の世界的な系列化、安ければよいというクライアントの増加と価格破壊。翻訳サービス・翻訳産業をめぐる状況が大きく変化しつつある中で、翻訳の品質を担保し、付加価値としての翻訳サービスを改めて社会に認知させることは、翻訳産業にとってだけでなく、文化の問題としても重要です。そうした中で、まもなく国際標準化機構

(ISO)の翻訳サービス規格(ISO 17100)が発効される見込みです。この規格は、認証規格として、翻訳産業に世界的な影響を与えることが予測されます。この規格では、翻訳サービスの提供にあたり翻訳者に必要な能力と資格要件を定めており、品質管理と付加価値の維持にも関係してくるものです。

ISOの規格が翻訳者について定める資格要件の一つに、翻訳の学位があります。欧州や北米、韓国では、大学院レベルで翻訳・翻訳学の訓練を受けて翻訳の職に就くことが標準的な流れとなっています。日本の大学では、主に語学力の強化や異文化コミュニケーション、一般教養を培う枠組みの中で翻訳教育が行われてきましたが(長沼 , 2008; 日本学術会議 , 2012; また染谷 ,

2010も参照)、翻訳産業の変化と ISOの導入に伴い、大学・大学院における翻訳者養

成教育のあり方、その翻訳産業との関係を検討することは、翻訳産業・大学双方にとって重要な課題となるでしょう。この問題を考えていくためには、大学教

員だけでなく、翻訳産業、翻訳者、翻訳学校の関係者、翻訳関連技術の開発・提供者が意見を交換する場が求められますし、共通の参照点も必要になります。

JTFでは、このような認識のもと、2014

年7月9日、「ISO 17100と日本における翻訳職業教育の将来」と題するセミナーを開催しました。本特集は、このセミナーに基づき、(株)翻訳センター田嶌奈々氏による ISO 17100の報告、リーズ大学翻訳研究所前所長トニー・ハートレー教授によるリーズ大学翻訳研究所の紹介、立教大学武田珂代子教授による日本の大学・大学院における翻訳者養成の展望に、セミナーでのディスカッションをまとめたものです。中にはまだ答えがない課題もあります。ウェブ版では、さらに、神戸女学院大学

の田辺希久子先生とフェロー・アカデミーの室田陽子理事長にそれぞれ大学と産業の立場から日本の大学における翻訳教育について、また、日中韓翻訳の重要性に鑑み、広東外語外貿大学の仲伟合(Zhong

Weihe)教授とソウル外国語大学の길영숙(Gil Young-Sook)教授にそれぞれ中国と韓国の翻訳教育事情について、コラムを寄稿していただきました。

本特集が、大学における翻訳職業教育と翻訳産業の関係を考え、好ましい形でそれらを展開していくための議論を促すひとつのきっかけとなれば幸いです。

参考文献染谷泰正 (2010) 「大学における翻訳教育の位置づけとその目標」『外国語教育研究』第3号 , 73-102.長沼美香子 (2008) 「アンケートにみる日本の大学翻訳教育の現状 ̶ 翻訳教育実態調査の集計と分析 ̶」『通訳翻訳研究』8号 , 285-297.日本学術会議 (2012) 『報告 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 言語・文学分野』 26p.

「日本の大学・大学院における翻訳者養成と翻訳教育」

日本の通翻訳者養成

東京大学大学院教授特集記事編集者

影 浦 峡K a g e u r a K y o

I n t r o d u c t i o n

P R O F I L E東京大学大学院生涯学習基盤経営コース教授、東京大学教育学部教育実践・政策学コース教授(図書館情報学)。1986

年東京大学教育学部卒業,学術情報センター助手、国立情報学研究所助教授等を経て、現職。PhD(マンチェスター大学,1993年)。専門は言語とメディア、翻訳支援。著書に The Dynamics of

Terminology (Amsterdam: John Benjamins,

2002),『子どもと話す 言葉ってなに?』(現代企画室,2006),『3.11後の放射能「安全」報道を読み解く:社会情報リテラシー実践講座』(現代企画室,2011),The Quantitative Analysis of the Dynamics

and Structure of Terminologies (Amsterdam:

John Benjamins, 2012)、『信頼の条件:原発事故をめぐる言葉』(岩波 , 2013)など。オンラインの翻訳支援サイト「みんなの翻訳」(http://trans-aid.jp/)を運用している。

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P R O F I L E外国語大学を卒業後、いくつかの会社で翻訳コーディネーター兼チェッカーとして約4年の経験を経たのち、翻訳センターに入社。メディカル分野の社内チェッカーとして約8年、実案件の品質管理業務に従事した。2012年以降、分野や案件の枠を越えて全社の品質向上を推進する部署の起ち上げを機に、社内作業の標準化や仕組み作りを行っている。品質向上の取組みの一環として、翻訳会社と翻訳者との交流を推進すべく勉強会やセミナーの開催にも力を入れている。ISOの規格策定には、日本の翻訳業界を代表して2012年のマドリッド総会から参加している。

株式会社 翻訳センターhttp://www.honyakuctr.com/

P R O F I L E

翻訳者が遵守すべき事項が記載されています。翻訳産業と教育の観点から特に重要なの

は、第3章の記載です。翻訳者に求められる能力として、表1に示す6項目が挙げられています。それぞれの力についてある程度具体的な説明はありますが、何をもってこれらの能力を有していると言えるかについては曖昧です。翻訳者の資格要件としては、最終的に、

a)翻訳の学位、b)翻訳以外の学位+翻訳経験2年、c)翻訳経験5年、のいずれかを満たすことが求められることになります。「翻訳経験」はフルタイムとされていますが、フルタイムとは何かの規定はなく、解釈の余地が残ります。なお、規格の検討段階では、政府認定資格も選択肢のひとつにありましたが、総会の決定により削除されることになります。日本には政府認定資格がないので、この項目の削除を要求してきました。ですから、削除はむしろ歓迎すべきものです。日本では、現役でプロとして活動してい

る翻訳者は資格要件の b)と c)のいずれかをほぼ満たしていると考えられますから、ISOの導入ですぐに資格要件面の影響が出ることはないでしょう。一方、日本の大学が翻訳の学位を出していない点は、他の少なからぬ国と比べて遅れており、この点は、これからの課題となるでしょう。

国際標準化機構(International Organization

for Standardization; ISO)は2012年から翻訳関係の規格策定を開始しました。翻訳サービスに関する規格である17100は、翻訳会社と翻訳者が遵守すべき要件を定めるもので、すでに発効直前の段階に来ており、早ければ2014年中に発効される予定です。関連する規格として、通訳とポストエディティングの規格も検討されています。

ISO 17100は推奨事項をまとめた「ガイダンス」ではなく、より強い「認証規格」となります。規格の趣旨として、「自称翻訳者」「ボランティア翻訳者」等と、プロの翻訳者が提供する翻訳サービスを明確に区別し、翻訳者や翻訳業界の地位向上に使おうというのが世界各国の共通認識です。ただし、すべての翻訳案件に適用することが趣旨となっているわけではありません。欧州の翻訳サービス規格である EN15038

をもとにしていますが、世界各国で適用できるよう、要件が緩和されており、運用上多様な解釈が可能な記載も多くなっています。規格は25ページ程で、全6章(1「適用範囲」、2「用語の定義」、3「翻訳者の要件」、4「翻訳前の工程」、5「翻訳の工程」、6「翻訳後の工程」)および附属文書からなっています。ちなみに、MT+ PEはこの規格の対象外となっています。第3章に翻訳者の能力と資格、第4章と第6章に主として翻訳会社が遵守すべきプロセス、第5章に

表 1 翻訳者に求められる能力

a) 翻訳力適切に内容を翻訳する能力で、言語コンテンツの理解と生成に関する問題に対処する力、翻訳の仕様に従って目標言語のコンテンツを提供する力。

b) 起点言語および目標言語における 言語・テキストに関する能力

起点言語の理解力、目標言語の流暢さ、テキスト上の約束事に関する知識、およびそれらを応用する力。

c) 調査・情報収集・情報処理の能力起点言語のコンテンツ理解・目標言語のコンテンツ生成に必要な言語的・専門的知識を調査する力。調査ツールの利用、情報資源の効率的利用戦略を練る力を含む。

d) 文化に関する能力行動基準や最新の用語法、価値体系を活用する力、および起点言語・目標言語の文化を特徴付けるものを見極める力。

e) 技術的能力翻訳プロセス全体を支援するツールや ITシステムなどの技術資源を利用して翻訳プロセスにおける技術的なタスクを遂行するための知識や技術。

f ) 分野に関する能力起点言語のコンテンツを理解し、適切なスタイルと用語を用いて目標言語で再現する能力。

翻訳サービス規格ISO 17100の紹介田 嶌 奈 々 株式会社 翻訳センター 品質管理推進部 部長T a j i m a N a n a

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特集

日本の通翻訳者養成

P R O F I L E現在、東京外国語大学で翻訳テクノロジーと会議通訳を教えている。大学で翻訳通訳学を学んだのち、通訳として活動するかたわら、フランスおよび英国の大学で教える。 1990年度のルノードー賞受賞作家ジャン・コロンビエの翻訳も行う。その後、機械翻訳(MT)研究と応用との関連で、認知科学の修士号を取得。2001年から2010年までは、英国リーズ大学大学院翻訳研究所所長。この間、欧州全域の高等教育機関および関連企業と協力して翻訳研究と教育を進めた。仏リール第三大学、豪連邦科学産業研究機構、加ケベック州ラヴァル大学、日本の情報通信研究機構、立教大学、東京大学各客員。日欧との共同研究として、機械翻訳および共同翻訳に対する計算機支援等を進め、関連の主要学会で研究成果を発表している。授業においては、現実の課題を利用し、学習に対する問題志向かつ共同的アプローチを重視している。

Currently I teach translation technologies

and conference interpreting at Tokyo

University of Foreign Studies. My initial

training was in translation and interpreting

and I worked extensively as an interpreter

while teaching in universities in France

and UK. I also translated a novel by Jean

Colombier, winner of the 1990 Renaudot

prize. Along the way to Japan I added

a qualification in Cognitive Science to

consolidate my research and applied

interests in machine translation (MT). From

2001 to 2010 I was Director of the graduate

Centre for Translation Studies, University

of Leeds, UK, working in partnership with

academic and industrial groups throughout

Europe. I’ve held visiting positions in Lille,

Sydney, Quebec and, in Japan, NICT, Rikkyo

and Todai. My research with colleagues

in Japan and Europe focuses on MT

and computer support for collaborative

translation, with joint publications at the

leading venues in the field. In class, I try to

promote a problem-based, collaborative

approach to learning prompted by

authentic tasks.

リーズ大学翻訳研究所は2001年に設立され、私が所長を務めました。当時、実務翻訳を教える「応用翻訳」の修士課程がありましたが、研究所設置後10年で、「会議通訳」「オーディオビジュアル翻訳」「英国手話通訳」が加わり、専任教員は2名から9名に、非常勤教員は9名から22名に、対応言語は独・西・仏・伊・日・葡・露・中の8カ国語に亜・英国手話・希・波が加わりました。ただし、扱う言語は定期的に見直され、変わることがありますので、最新の情報はウェブサイトでご確認ください。学生数は35人から110人になりました。助成金収入も約100万ポンドに増え、経営面でも成功しています。以下では、「応用翻訳」コースについて

少し詳しくお話しします。コースは1年のプログラムとなっています。コースのビジョンとして、翻訳力に加え、

「反省的」な力、すなわち、自分が何をどのように行っているか、どうしてそうしているか明確に説明できる力を育成することを重視しています。翻訳の力としては、理論に加え、実践面ではプロジェクト管理や用語管理も取り入れているほか、翻訳支援ツールの導入にも力を入れました。その際も、ただツールを使うことではなく、ツールを利用するかどうか判断できる力の養成を重視しています。表2は、コースのモジュールを欧州単位

互換制度の単位(European Credit Transfer

System; ECTS。概ね25~30時間の学習で1単位となる)とともに示したものです。ローカリゼーション、プロジェクト管理、用語管理を含むコンピュータ支援翻訳(CAT)を重視しています。翻訳実習は1

万語の長文翻訳を加えて合計で30単位です。さらに複数の選択単位を選ぶ必要があり、追加実習も選択肢となっています。これだけ多くのモジュールに全体として

一貫性を持たせるために、品質とその評価を、モジュールを横断するテーマとして重視しています。品質評価という観点は、どのような選択肢の中から何を根拠にどの方針を選択するかに関わるもので、翻訳だけではなく、技術的な選択やプロジェクトの実施においても重要です。例えば、言語のレベルでは、可能な表現

の範囲を明確に意識した上で、採用する表現を決めることが重要です。ある学生が別の学生の翻訳を評価し修正するときには、その理由をはっきり説明できなくてはなりません。技術的なレベルでは、ただツールを使えるというのではなく、どのような条件でどのようなツールを選ぶか判断できる必要があります。そのような視点を養うために、リーズでは5つの翻訳メモリ・システムを使えるようになっています。実務レベルでは、翻訳案件を受注するかどうか、営利的・倫理的観点から意思決定できることが重要です。

英国リーズ大学大学院における翻訳者養成

表 2 リーズ大学「応用翻訳」修士プログラムの構成モジュール ECTS

必修

翻訳の方法と翻訳論 15

CAT(L10N・プロジェクト管理・チームワーク) 22.5

専門翻訳(4分野・いくつかのテキストタイプ) 15

長文翻訳(1万語)または論文 15

選択

専門翻訳・追加言語

3×7.5=

22.5

機械翻訳の原理と応用(RBMT・SMT・評価)翻訳者のためのコーパス言語学(コーパス構築・用語抽出)テクニカルライティング(制限言語・情報デザイン)AV翻訳入門通訳技術入門その他のオプション・・・

ト ニ ー ハ ー ト レ ー リーズ大学翻訳研究所元所長/名誉教授・東京外国語大学特任講師T o n y H a r t l e y

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P R O F I L E立教大学異文化コミュニケーション学部・大学院異文化コミュニケーション研究科教授。会議・法務通訳者、翻訳者。日本通訳翻訳学会副会長。国際学術誌 Interpreting および International

Journal of Legal Translation and Court

Interpreting の編集顧問。2011年までモントレー国際大学 (MIIS) 翻訳通訳大学院日本語科主任。米国時代に外務省、カナダ政府の通訳者養成、通訳資格試験に従事。元カリフォルニア州認定法廷通訳者、全米翻訳者協会認定翻訳者。MIIS

で翻訳通訳修士号、ロビラ・イ・ビルジリ大学(スペイン)で翻通訳・異文化間研究博士号を取得。

日本の大学・大学院における翻訳(通訳)者養成の展望武 田 珂 代 子 立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科・教授T a k e d a K a y o k o

大学・大学院の翻訳教育はほとんど通訳教育と一緒になっており、以下の話の多くは両方にあてはまります。最初に、私が長年教えていたモントレー国際大学翻訳通訳大学院(MIIS)の例を紹介します。MIIS

の修士号には、翻訳、翻訳と通訳、会議通訳、翻訳とローカリゼーション管理、の4種類があり、英語を軸として、中・仏・独・日・韓・露・西に対応しています。入学のときに自分の A/B/C言語(表3)を宣言します。教える側も目標言語が A言語であることが求められます。A言語は日本語、B言語が英語の私は、英日翻訳・通訳を教えていました。モントレーは大学院のコースです。私自

身、日本の状況は異なり、民間の翻訳学校で学んだり翻訳者のもとで修行してすばらしい翻訳者が生まれてきたことは認識していますが、最近は、大学院で翻訳者の養成を行うことが好ましいと考えています。まず、選抜された学生を対象に体系的カ

リキュラムを組むことができます。研究と教育が直結する点もメリットです。また、世界的にみると大学院での翻訳者・通訳者養成が標準なので、各国の教育機関と協力関係を樹立することができます。(民間の学校と大学院の協力は制度的に困難です。)翻訳・通訳の社会的認知向上にも繋がります。さらに、国際的に活動する場合、翻訳・通訳関係の修士号を持っていないと就労ビザが下りないという問題もあります。

表 3 A/B/C言語

A言語(A-language) Native language, or language that is equivalent to a native language

B言語(B-language)Language, other than a translator’s native language, of which the translator has an excellent command

C言語(C-language) Language of which a translator has a complete understanding

出典:ISO規格 TS11669(発行済)「Translation projects – General guidance」

リーズ大学のプログラムは、欧州翻訳修士課程(European Masters in Translation:

EMT)ネットワークの基準を満たしています。その基準は、ISOおよびその元となった EN15038の要件にとても近いものですが、さらに、品質管理、顧客との関係、サービスの手続き、翻訳過程についての基準が設定されています。コースの運営にあたっては、様々な機関との協力関係を重視しています。他の大学との協力に加え、日本の JTFに相当する英独の翻訳専門組織である英国翻訳通訳協会(Institute of Translation and Interpreting;

ITI)とドイツ連邦翻訳者通訳者協会(Bundesverband der Dolmetscher und

Übersetzer; BDÜ)、さらに複数の翻訳企業と協力し、様々なプロジェクトを遂行して、教材や教育環境を構築しています。これについては、リーズ大学翻訳研究所のウェブサイトを参照してください。

適切な翻訳者養成コースは、学生にとっても魅力的です。そうしたコースで、産業と大学が協力できれば、大学として学問的に魅力をもつと同時に、産業の観点からも有効なコースを実現することができます。協力関係の構築がとても大切なものとなります。

Page 9: 日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

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特集

日本の通翻訳者養成

で「翻訳『革命』期の翻訳者養成」というプロジェクトを行い、さらに、2014年度から2016年度の予定で「翻訳通訳リテラシー教育の確立」という、専門職教育ではなく、翻訳通訳の実践に対する適切な理解と対応ができるような教育を学部生向けに考えるプロジェクトを行なっています。日本で翻訳通訳学部や大学院を作る場

合、いくつかの課題があります。手続き面では、新学部設置に関する文科省の認可を得るのが大変です。実質面で最大の問題は、教員の確保です。優れた先生や翻訳者、通訳者の方はいますが、学位、教歴、論文などの基準が問題となります。中国では、翻訳・通訳の修士号を国家認定学位とし、150以上の大学に修士課程を作りましたが、教えられる教員がいないことが問題になっています。今やるべきこと、検討すべきことは、い

くつか考えられます。第一に、指導者の養成です。私自身、現

在、立教における自分の任務は、回り道だとしても、翻訳・通訳に関する指導者・研究者の養成にあると考えています。また、大学で柔軟な雇用を実現することが重要です。第一線の翻訳者や通訳者が、論文がないとか修士や博士の学位がないといった理由で非常勤でも教えられない状況を変える必要があります。海外の大学では、この点について柔軟な考えを採用しているところがあります。

大学の体制に目を向けるならば、コンソーシアム的大学プログラムも検討に値します。複数の大学が共同で学位相当の認定書を出すといったことも考えられるでしょう。認定試験もコンソーシアム的に、複数の大学が関与して認定試験を作ることが考えられます。さらに、民間の翻訳・通訳学校には、今

まで蓄積してきたノウハウや重要な実践があるので、連携や協力関係を作ることが望ましいと考えています。

ちなみに、ISOの資格要件では、学士と修士を区別せずに学位といっているようですが、これは問題です。また、学位名に「翻訳」が入ってさえいればよいのか、入っていなくてはだめなのかという点もきちんと考える必要がある点です。日本の大学では、現在、翻訳・通訳関係の科目を提供しようとするケースが増えています。文学などでは学生をなかなか惹きつけられないため、よりコミュニケーション志向で実践的なものをという背景があると思いますが、ISOは意識していないと思われます。

2011年に立教大学に来てから、教育面では、翻訳テクノロジーの利点と問題点、評価方法などを扱う「翻訳テクノロジー論」、通訳・翻訳教育の方法論を扱う「通訳翻訳教育論」、ゲスト講師を招いて翻訳・通訳の実情を話してもらう「翻訳通訳と現代社会」といった科目を新設しました。また、海外の大学と共同でオンライン・ワークショップを行なっています。大学院では、研究や理論を教えています。

博士課程の学生は全員が実務家で、理論を学び、自分たちの行為を体系的に分析し言葉にするとともに、のちのち大学で教えるための学位を取りたいという人もいます。韓国の翻訳・通訳に関する名門大学院を出て、理論・研究を立教で学び博士号を取りたいという人もいます。研究としては、2011年度から13年度ま

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● ISO規格の位置づけについて。そもそも ISOという基本的に工業分野の規格で扱われること、翻訳の学位があれば専門分野の知識や実務経験がなくてもよいという点は、問題ではないでしょうか。

●リーズ大学の翻訳コースに入学した人のうち単位を取得して卒業する割合は?

ハートレー:入学の基準を非常に厳しく設定していますので、90パーセント以上の学生が単位を取得して卒業します。推薦状を丁寧にチェックするほか、入学試験があるので、そこで厳しく入学者を選別しています。入学後のサポートも細かく行なっているので、ドロップアウトする人は年間で1人か2人くらいです。

武田:具体的な協力関係としては、インターンなどをとっていただけると、大変すばらしいと思います。学生にとって現場が見えることはとても大事なことです。先ほど専門知識の話が出ましたが、MIISの例で言うと、大学院で翻訳を教える場合、学部で様々な分野を学んだ人が来ます。そうした人が、夏の間3カ月、有給でインターンに行く仕組みができあがっています。日本でもそれができるととてもよいと思います。

ハートレー:英国では ITIが実務翻訳者による学生指導の仲介をすることがあり、ITIの会員となっている大学もあります。日本でも、大学の翻訳者養成コースが成功するためには、JTFといった組織との連携は重要で、本日のセミナーはその一歩だと思います。

●質問ではありませんが、規格を受けて、民間の翻訳学校という立場から何ができるのかを考えなくてはならないと思いました。

●大学教育の立場からはご意見がいただけましたが、産業の立場から何ができるか、例えば JTFがどのように関われば、よい形で前進できるのでしょうか。

影浦:大学側から見たとき、現状の展開として翻訳大学院ができても、レベルコントロールができずに形骸化する恐れがあります。大学では教員も学生も、翻訳というと出版翻訳、特に文学翻訳のイメージが強いので、産業翻訳の領域に対する理解を促すことはとても大切な課題となっています。一方で、きちんと教育を行うことは、日本の翻訳産業2000億円全体のクオリティコントロールとも繋がる、重要な課題だと思います。

質疑・ディスカッション

D i s c u s s i o n

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特集

日本の通翻訳者養成

●日本の翻訳者で食べていける人はほとんどが技術翻訳者だという点を考えると、企業の協力を受けて技術的な知識を学べる仕組みがないと難しいと思います。英国で特に技術翻訳について企業との協力例はありますか。

ハートレー:リーズでも他の大学でも、技術翻訳を実務翻訳者が教えています。通常、そうした翻訳者は ITIのメンバーで、多くの場合、教え方も上手です。また、翻訳支援ツールや関連ソフトウェアのベンダーと大学は良好な関係にあり、多くのベンダーから教育用に無償で使用ライセンスを得ています。

影浦: 大学における教員の柔軟な雇用と、企業や JTFとの協力関係は鍵ですね。今のままだと、そうした協力なしに大学側で翻訳教育コースを作ってしまう恐れがあります。

●大学や大学院で教えるとして、どこまで教えるのか、どのレベルをもって何が身についたと考えるのかは重要な問題です。リーズ大学の「長文翻訳」で1万ワード程度だと、体験してみましたという程度です。

武田:2年で誰もがトップレベルになれるわけないのですが、現実にMIISは就職率が100パーセントです。エントリーレベルとして受け入れられる基準に達しているのだと思います。もう一つ、学生のほとんどは社内翻訳、組織内での翻訳や通訳を希望しています。

MIISの「翻訳とローカリゼーション管理」の卒業生は企業で翻訳プロジェクトの管理者になります。

●もちろん入口に立てるかどうかという話なわけですが、ISOの規定を日本の状況で考えるとフリーランスでないと話が合わないように思います。そうすると、修士卒の資格もフリーランスとしてやっていけるレベルと考えざるを得ず、困難だと思います。

ハートレー:1年や2年のコースで育成しているのは熟練した翻訳者ではなく、信頼できる新人です。翻訳という仕事を理解しており、新しい技術にも対応できるので、卒業生の就職率はとても高いです。専門分野の知識については、実務翻訳の場で、自分が学んだ専門とは別の分野の翻訳が必要になることもありますから、必要に応じて専門分野に対応する調査力が大切ではないかと思っています。

影浦:日本の翻訳産業構造で考えなくてはならないフリーランス翻訳者と大学での教育との関係はきちんと考える必要がありますが、今回、キックオフとして、ISOに形だけ対応するのではなく、実質を伴う形で翻訳産業も大学も適切に対応するためにどうすればよいか、問題提起はできたと思います。今後、継続的に、大学、産業、専門学校を含めて具体的な翻訳者養成をどうするか、考えていくことができれば幸いです。

D i s c u s s i o n

Page 12: 日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

SEMINAR

12

Event R

epo

rt 01

2014 年度 第 2 回 JTF 関西セミナー

日 時 ● 2014年 9月 9日(火) 14:00 ~ 17:00

開催場所 ● 大阪大学中之島センター

テーマ ● 法務日英翻訳 プレイン・イングリッシュの薦め  “Sesquipedalianism”と“Legalese”を排除し、簡潔に英訳する 講 師 ● リーガル翻訳者、株式会社ベルトランスレーション 代表取締役

リサ ヒュー L i s a H e w

報告者 ● 寺沢 芳子(株式会社 翻訳センター)

2 0 1 4 年 度 第 2 回 J T F 関 西 セミナ ー 報 告

法務文書といえば独特の用語や難解な文体を思い浮かべる人も多いだろう。今回のセミナーは、法務文の英訳にありがちな長々しい単語(sesquipedalianism)を排除し、難解な言い回し(legalese)を使わずに、読者が理解しやすい翻訳文にすることに焦点を絞り Plain English

に向けて改善すべき点をあげ、レクチャーとワークショップを交互に展開しながら進められた。

まず Plain English writing̶

・is clear and simple.

・is appropriate to your audience.

・draws on common, everyday language.

・is accessible to a wide audience.

・relies heavily on simple sentence structures.

・generally avoids passive voice.

・is respectful of the reader.

ということである。

最も重要なことは1度読むだけで理解ができる、読者が正確に意味をつかめること =Readabilityを念頭において訳文を作成することである。そのために改善すべきポイントとして

5点(Wordiness、Legalese、Nominalisation、Redundancy、Translationisms)があげられた。以下各ポイントについての説明を追っ

てゆく。

1 Wordiness くどい言い回し

・同じことを表現するのに単語数が多くないか?冗長表現は使わないこと。例えば according to より per、for a

period of より forを使う。・ofの多用を避ける。・他の前置詞やフレーズの妥当性、アポストロフィ sの代用などで ofを減らせないか考える。

・追加すべき意味を持たない言葉のゴミ(clutter)を捨てる。例えば、「AAから BBの期間」に対する訳を“during

the period from AA to BB”とした場合の、AA to BB以外は削除すべき、となる。

・能動態にできないかを考えてみる。

Wordinessからの脱却には上記項目に注意して余計なものを排除し、簡潔な文章を心がけること。

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SEMINAR

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Event R

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リーガル翻訳者、株式会社ベルトランスレーション

代表取締役

カナダ出身。トロント大学で東アジア研究を専攻。日本在住は18年。日米会話学院で日本語を学び、上智大学に留学。 仙台市にて JETプログラム国際交流員として勤務後、企画販売を担う総合衣料メーカーである株式会社ワールド、TMI総合法律事務所勤務を経て2011年1月に翻訳者として独立。本年4月14日、株式会社ベルトランスレーション代表取締役に就任。法務、マーケティング分野を中心に翻訳業を展開している。

P R O F I L E

L i s a H e wリ サ ヒ ュ ー

2 Legalese 法律用語

Hereinafter、thereof、herewithなどは契約書でお馴染みの用語であるが果たしてこれらは本当に必要なものなのか?なければ文意が変わるのか?講師曰く「それらが意味を追加するものでないなら要らない」(!!!)ので削除する。意味があるものだけで文を構成すること!また助動詞では当たり前のように shallが使われているが、誤用や乱用が大多数を占めているようで、これも「義務がある(has a duty to)」の意味の時にはmust

を使い、意味のない shallは使わない。

3 Nominalisation 動詞の名詞化

例えばmake a decision と decide、give

a proposal と propose ―これらは前者と後者で意味が違うのか? 違わなければ簡潔に動詞の方を使うようにする。

4 Redundancy 重量的表現

これも契約書などで頻出する「同じことを二重、三重に表現する文言。」これらは法務文書が何語で書かれるかの変遷(ラテン語→仏語→英語)を経た際に筆記者がすべての意味を落とさないようにすべくこのような形で残るようになったものだが、結果として冗長になってしまった。現在米国やオーストラリアの政府機関等では使わなくてよいガイドラインになっているという。例としては any

and all、sole and exclusive、terms and

conditions など。これらもいずれかひとつでよい。

5 Translationisms 直訳調の表現

原文に沿おうとするあまり直訳になり、その結果、不自然な表現になってしまうことがある。日英翻訳で、原文と同じ意味をもたせつつ、より自然な表現の訳文にするために注意すべきこととは?  

・関係要素は近くに配置する

(特に onlyは位置により係りが変わるので注意)

・シリアルコンマを使う

(コンマありなしで係り関係が変わる)・there isや it isはできるだけ使わない・big wordsや日常会話で使わない言葉・表現等は使わず簡単な言葉を使う。例えば、aggregate なら total、commence なら begin や start を使う。

・その他、単複の妥当性、定冠詞(the

Buyer, the Productsなど)を使う場合の一貫性、長文は2文に分けられないか(15~20単語で1文にする)などにも注意して翻訳する。

冗長性の排除を視野に入れつつ翻訳文の最終チェックとして以下を確認する。

・短く簡単にできないか・文章の構造を変えて、不必要な“to be”動詞を削除できないか

・of の削除・置き換えは可能か・主体が明確なものは能動態になっているか

・法律用語は適切か?・thereや it はより直観的な表現に書き換えられないか

時間を空けて何度か読み直し、簡潔にできるところはないか、不要な単語等がないかをチェックする。忘れてはいけないのは読者の側に立っ

て、読みやすく、理解しやすい訳文にすること。

セミナー中、何度となく繰り返された“Readability”の重要性が誰を尊重した翻訳文であるべきかを示している。当たり前といえば当たり前だが法務文書といえども読んで分からなければ意味がないのだ。翻訳会社のチェッカーとして、契約書の英訳では法律用語や重量的表現など当たり前、2回読んでやっと原文との整合性を確認できるような長文にも遭遇する。講師にも経験があるように「法務文書らしい要素」、今回のセミナーでいうところの排除すべきものが訳文に一切なければクライアントから「この訳文は大丈夫なのか?」との確認が入るであろうことは想像に難くない。本来の意義からすれば分かりやすく書かれるべきであろう法務文書が現在はまだ厚い壁の向こう側にあるようだ。このセミナーで明らかにされたことが広く世間の常識となれば、法務文書は翻訳者、チェッカー、また最も重視されるべき読者にとっても非常に理解し易いものになるだろう。

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SEMINAR

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2014 年度 第 2 回 JTF 翻訳セミナー

日 時 ● 2014年 9月 11日(木)14:00~ 16:40

開催場所 ● 剛堂会館

テーマ ● マーケティング翻訳とMTPE ̶ 今後の翻訳サービスの方向性 講 師 ● 三笠 綱郎(SDLジャパン株式会社 ランゲージソリューションズ部 トランスレーションマネージャー) M i k a s a T s u n a o

薄井 譲(同社 トランスレーション ライン マネージャー) U s u i Y u z u r u

門 慶孝(同社 プリンシパル トランスレーター) K a d o Y o s h i t a k a

報告者 ● 津田 美貴(個人翻訳者)

2 0 1 4 年 度 第 2 回 J T F 翻 訳 セミナ ー 報 告

今回のセミナー講師は、SDLジャパン株式会社の三笠綱郎氏、薄井譲氏、門慶孝氏の3名。三笠氏が機械翻訳(以下MT)についての全般的なお話を、薄井氏がMTポストエディットの事例紹介を、門氏がマーケティング翻訳の事例についてお話し下さった。

今後の翻訳サービスの方向性(三笠氏)

いま「翻訳」に何が求められているか

いま翻訳に何が求められているかというと、メッセージ性である。ユーザーや読者はますます言葉の中にメッセージ性=深層的な意味を求めている。というのも、スマホなどのモバイル機器、そしてSNS(Twitter、Facebook、LINE な ど )の広範な普及により、即時的な発信型コミュニケーションが常態化し、言葉によるメッセージはより短くより濃くなってきた。特に10代の若い人は TVではなくWebから情報を取得することが多い。翻訳業界は、こういう世の中の変化についていくことが求められている。一方で大量情報の効率的な伝達への要求も減っていない。いまや事実上あらゆる文字情報が電子化されている。翻訳ビジネス(特に英語からの)の潜在需要は無尽蔵である。翻訳できるはずのものは潜在的には増えている。これを掘り起こして翻訳サービスを提供するのが重要である。

これらのことから、翻訳サービス提供者に求められている役割は、①コンテンツに応じた適切な品質の翻訳を、②大量に効率よく、③適正な価格で提供することである。手間をかけないでいいものは安く、手間のかかるものは高くというように、翻訳サービスを細分化することが必要になっている。

「機械にできること」と「人間にしかできないこと」

言葉の意味には、表層的な意味と深層的な意味の2つがある。表層的な意味の翻訳、すなわち機械的な逐語訳は、すでに多くの言語でMTが利用されている。とはいえ、英⇔日翻訳は MTでは依然としてもっとも難しい翻訳の1つである(他はフィンランド語とアラビア語がある)。辞書を引く、簡単な構文解析をするなどの作業をMTに任せることは現在でも既に可能である。とはいえ、表層的な意味と深層的な意味の間には“ほぼ”絶対的な隔たりがあると思ってよい。表層的な意味と深層的な意味の境界は不確定で流動的ではあるが、未来永劫この差は埋まらない。つまり人間の翻訳者の仕事はなくならない。機械にできることは機械に任せて、人間はより価値の高い人間にしかできないことをするべきである。現在の翻訳業界においてのそれは、マーケティング翻訳とポストエディットである。

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SEMINAR

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K a d o Y o s h i t a k a

U s u i Y u z u r u

M i k a s a T s u n a o

P R O F I L E

P R O F I L E

P R O F I L E

門 慶 孝

薄 井 譲

三 笠 綱 郎

Principal Translator, Language Solutions, SDL

スリー・エー・システムズで翻訳業界へ。Welocalize

Japan、MICを経て、2010年、SDLジャパンに入社。主にマーケティングマテリアルの翻訳やレビュー、後進の育成に従事する。

Translation Line Manager, Language Solutions, SDL

ITPジャパンで翻訳業界へ。その後 SDLジャパンでリンギストとしてさまざまな分野のクライアントの案件に従事。現在もトランスレーションラインマネージャとして SDLに勤務し、各種クライアントのプロジェクトに従事する。

Translation Manager, Language Solutions, SDL

日立製作所でシステム開発に従事した後、翻訳業界へ。ベルリッツ・ジャパン、ITPジャパン、SDLジャパンを経て、約8年間フリーランス翻訳者を経験。IT系を中心にさまざまな分野の翻訳に携わる。2011年に古巣の SDLに戻り、現在は翻訳部の数十名のメンバーとともに品質管理と生産性向上に取り組む。

コンテンツによる翻訳サービスの細分化

マーケティング翻訳とは、広告文などのコンテキスト依存性が高いもの、メッセージ性の高いものである。たとえば、つい先日行われた新型 iPhoneの発売発表などがそうだ。産業翻訳の対象コンテンツのうち最もメッセージ性の高いマーケティングマテリアルの翻訳はもちろん人間にしかできない。短く簡潔なメッセージほど、訳すには広く深いコンテキストの理解が必要になる。行間に埋め込まれ、文字ではっきりと表されていない意味や情報を拾い上げることは人間にしかできない。また、ポストエディット(PE)も人

間にしかできない作業である。MTから出力された訳文を人間が編集して必要な品質レベルに引き上げる作業は人間にしかできない。今後MTの出力品質が向上していっても原理的に PEはなくならない。PEは、チャップリンのモダンタイムスのように機械に隷属した“非人間的な仕事”と誤解されていることが多いが、そんなことはなく「人間にしかできない」作業である。

MTポストエディット事例紹介(薄井氏)

大量のコンテンツを適切な品質かつ適切な価格で提供するためにMTを導入するという選択肢がある。ただ、MTをそのまま使用すると理解しやすさと正確さに課題が残る。だが、少し人間が手を加えることでこの問題を解決することができる。人間による質の向上、付加価値をつけることをポストエディット(PE)という。

MTを採用する際、まず顧客に対し、人間と同じレベルの翻訳ではないことを事前に説明して納得してもらうことが大切である。たとえば、自然な日本語らしい表現が損なわれる可能性があることや、目的語の位置や選択した単語が異なると同じ内容の文章でも同一の文章にはならない(揺れが生じる)などをあらかじめ伝えておく必要がある。また、PEの実作業者へのトレーニングにも十分な時間を割いた。導入の背景

を説明し、MT出力に大きく関係する使用エンジンの特性を知ってもらい、注意して見てもらいたいMT出力の典型的なエラーを伝えた。そして、「ここまでやる必要はない」という留意点を周知徹底した。このように注意しながら PEを導入し

た結果、この案件では従来の1.4倍のコンテンツをローカライズすることができ、LISAモデルの基準を満たす品質で、目標に近い削減額を実現することができた。しかし、課題も残る。導入前は2倍の生産性を目指していたが、そこまで生産性が上がらなかった。今後もポストエディットの手法や手順を見直す必要があると考えている。

マーケティング翻訳の実際(門氏)

マーケティング翻訳と IT翻訳との違いとは、求められる品質の違いである。IT翻訳は正確性とスピードが求められるのが、マーケティング翻訳はさらに、読みやすさ、わかりやすさ、インパクトが求められる。マーケティング翻訳の目的は「読み手

に興味を持たせ、製品やサービスを買ってもらうこと」である。そのためには読み手にアピールする訳文が必要である。つまり、①何を誰のために訳すのか?②原文のトーンは?(柔らかい?硬い?)③クライアントの好みは?を訳す前に考えなければならない。そして訳した後も、自分が読んだときに興味を持てるか?購入したいと思えるか?という視点で見直す必要がある。マーケティング翻訳で NGとされる翻訳は、何の工夫もない直訳、原文と関係がない創作のような超訳、リズムのない単調なつまらない文章である。逆に読み手にアピールする訳文とは、直訳を避け、わかりやすく工夫された、読みやすく自然で、文にリズムのある日本語である。そして、最も大切なのは第一印象と読後感だ。では、上達のためには何を心がければ

よいか。①原文との適度な距離感を保つ。原文に忠実に訳すことは必要だが逐語訳にならないように適度にスパイスをきかせる。②日本語を何度も読み返す。文章

の流れを大切にし、IT翻訳とは逆に用語や文末表現にバリエーションをつけ、文章にリズムを持たせる。③お手本となる文章を暗記する。素晴らしいコピーをみつけたら覚えて自分のものにする。④英語力を伸ばす。訳文にスパイスをきかせるために、原文の「メッセージ」を正確につかむ。⑤小説や書籍を読む。小説家は美しい日本語を書くエキスパートなので、小説を読んで美しい日本語を身につける。またコピーライターが言葉にどういうこだわりをもっているのかを知ることも重要なので、コピーライティングの書籍でコピーライターの実践テクニックを学ぶことも大切である。

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翻訳会社の声Found in Translation Company

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株式会社テンナイン・コミュニケーション代表取締役

工 藤 浩 美

でおり、そういう人はどんどん成長します。反対に慣れた仕事だけ受け、新分野にチャレンジすることなく現状に満足している人は、なかなか伸びることが出来ません。私自身もそういう翻訳者を見て、「もっと自分も会社も頑張ろう」とモチベーションを高めています。チャレンジする翻訳者がいる限り、伸びしろのある会社を目指すという意思を込めて、テンナイン・コミュニケーションという社名にし、意識の高い翻訳者をネットワークしてきました。テンナインの強みは、まさに常

に上を目指すという姿勢にあります。私たちは創立当初から「記憶に残る通訳・心に届く翻訳」というミッションを掲げ、会社全体で積極的に取り組んでまいりました。どんなに素晴らしい言葉も、相手の心に届かなければ意味がありません。翻訳はただ言葉を縦から横に訳すだけでは不十分です。テンナインでは言葉の背景にある思いやメッセージを汲み取って、相手に正確に伝えるということを

テンナイン・コミュニケーションを設立したのは、今から14年前のことです。社名であるテンナイン(ten nines)とは、99.9

9999999と表記し、ほぼ100%完璧という意味です。9が10個並び、限りなく100%のコミュニケーションに近づきたいという、会社の姿勢を表しています。「なぜ100%ではなく、99.9999

9999なのですか?」と聞かれることがあります。それには理由があります、「言葉」は時代の息遣いを反映し、常に変化し、進化を続ける不完全なものだからです。翻訳という仕事はその不完全な言葉に携わる仕事です。だからこそ、100%ではなく、常に100%を目指すという姿勢が大切だと考えています。私はプロの翻訳者との何気ない

会話の中から、多くのことを学んでいます。それがコーディネーターという仕事の一番の醍醐味です。私が尊敬する翻訳者は常に自分の力に満足することなく、上を目指して継続的に勉強に取り組ん

モットーにしています。またもう一つの強みは、2004

年よりスタートした「ハイキャリア(http://www.hicareer.jp/)」というサイトを運営していることです。登録者の面接の際に「どうやったら通訳・翻訳者になれるのか、きっかけがよくわからない」という質問が多かったのがサイト作りのきっかけです。通訳・翻訳業界は中にいると気づかないのですが、外から見ると非常に閉ざされたニッチな業界です。これから通訳・翻訳者を目指す人のための情報を発信するサイトを作りたいと思いました。結果オープンよりトータル4000名以上の方がこのサイトを通して登録し、会社の知名度も上がり基盤を作ることが出来ました。まさに「情報は発信しているところに集まってくる」のだと思いました。

21世紀はまさにコミュニケーションの時代です。2020年のビッグイベントに向けて、翻訳の需要はますます高まってくるでしょう。ただクライアントの翻訳に求めるニーズも、加速するグローバル化を背景にどんどん変化しています。変化しているというより、より高いパフォーマンスが求められるようになりました。その上コストに対しては非常にシビアです。クライアントは「スピード」「品質」「価格」の3つを同時に求めてきます。「短納期」でありながら、「低価格」と「高品質」を求められることも多くなりました。弊社では安易に価格の値引きに応じないようにしています。なぜならそのまま翻訳者の生活に直結するからです。適正な翻訳単価を守るために

も、交渉力と提案力のあるコーディネーターが不可欠です。クライアントに翻訳というものを理解いただくのはエージェントやコーディネーターの重要な仕事の一つです。テンナインではコーディ

限りなく100%のコミュニケーションを目指して

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翻訳会社の声Found in Translation Company

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白百合女子大学を卒業後、総合商社で事務職を経験。一度は結婚退職したものの、通訳・翻訳サービス会社に再就職。まったく未経験の業界で、年間5億円以上の業績を上げた後、株式会社テンナイン・コミュニケーションを起業。一方で、かつては脚本家としても活躍し、読売テレビシナリオ大賞 佳作受賞、フジテレビ・テレビ朝日・城戸賞のシナリオコンクールで最終候補者に残り、竹内結子主演のドラマ『ランチの女王』(フジテレビ)などの脚本制作にも関わる。著書に『英語が会社の公用語になる日』(KADOKAWA 中経出版)がある。http://www.ten-nine.co.jp/

K u d o H i r o m i工 藤 浩 美

ネーター育成に何より力を入れています。私自身、会社員時代は一人で何でも仕事をしていたと思っていたのですが、会社を設立して「一人で出来ることは限られている」ということに気づきました。例えば名刺から会社案内、HPの作成、切手の購入まですべて一人でやるのは、本当に大変です。そこで「人を育てる」ということに力を入れるようになりました。人材育成に限らず仕事上で「人」に関する悩みは尽きません。例えば「嫌いな上司がいる」「部下がなかなか仕事を覚えない」「クライアントとうまくいかない」「翻訳者とうまくコミュニケーションが取れない」など人以外の悩みはないと言ってもいいぐらいです。つまり仕事上のトラブルや問題は人が運んできます。私は人材ビジネスを通して、人の問題に直面することも多くありますが、翻訳者より登録者や仕事をご紹介いただくこともあります。「仕事」や「幸せ」も人が運んできてくれるのです。私の中で人材育成はもっとも重要な取り組みです。コーディネーターに求められるのは、きちんと基本は守りながらも、臨機応変な対応力です。クライアントのニーズを聞き出し、提案し、粘り強く折衝できること、無理な依頼も NOと言わずに出来る限りクライアントに寄り添って受注に繋げる、または結果的にお断りすることになったとしても、クライアントがまた仕事を頼もうと思っていただけるような前向きな NOを伝えることが必要です。例えばクライアントから値引きの交渉があったとします。ただお断わりするのではなく、トータルでコストカットのために出来ることを提案します。本当に全文の訳が必要なのか、特急なのか、オンサイトで対応出来ないかなど、コストカットのための提案をします。コーディネーターは自分自身が通訳・翻訳を行っている訳ではな

いので、1日に複数の案件に対応します。1つのことに何時間も集中して仕事をすることは出来ません。社内のスタッフには「分散された集中力が必要だ」と伝えていますが、イメージとしては、皿回し芸人のような感じです。今日納品の翻訳の調整をしていても、来週の見積や、新しい依頼がどんどん入ってきます。1枚の皿だけに集中すると、他の皿が割れてしまうので、臨機応変な対応力が求められます。私たちコーディネーターにも、つい頼みたくなる翻訳者と、できれば頼みたくないと思ってしまう翻訳者がいます。頼みたい翻訳者はスキルが高いのは第一条件、そして時にはキャパシティーを少し超えてでも受けてくれるだけの力強さがある人には、依頼が集中するようです。限界を超えてストレッチするからこそ、翻訳力が付くというのはあると思います。後は背景知識が豊富で、ITスキルもある程度必要です。反対に頼みたくないという翻

訳者は、第一に納期を守らない人。それ以外にも自分で調べずにすぐに質問をしてくる人、自分でできる範囲を決めて、その範囲でしかやらない人という声がありました。翻訳者という職業はプロフェッショナルな仕事です。誤解を恐れずにお伝えするならば空いた時間とか、何かの片手間に目指せるような簡単な職業ではありません。これから翻訳者を目指す人には、それを十分に理解してもらいたいです。

現在翻訳部が抱えている課題は、いかに新しい翻訳者の方を開拓するかということです。トライアルでは非常にいい成績でも、実際に仕事を頼んだ際に、力を出し切れない翻訳者の方もいます。またコーディネーターはいつも頼んでいる慣れた翻訳者に依頼したほうが、失敗もなく、安心だと思い

がちです。ただそれでは成長はありません。一人でも優秀な翻訳者を増やし一緒に新しい仕事をすることが、会社の成長にも繋がります。最初に翻訳をお願いする際に

は、まず翻訳のチェック作業から依頼をしたり、納期が比較的長いもの、その方の得意分野などを考慮してご依頼するなど工夫したりしています。またテンナインには「カウプロジェクト」という丑年にスタートしたプロジェクトがあります。翻訳のポテンシャルがあるけど、未経験でなかなかチャンスがないけど翻訳者になりたいという方に、オフィスに出社していただき、チェッカーをやっていただくという取組です。そこでたくさんの翻訳に触れていただき、少しずつ翻訳の仕事を依頼し、最終的にはフリーランスの翻訳者を目指していただきます。このプロジェクトは大成功で、たくさんのプロの翻訳者が誕生しました。是非テンナインで経験を積みたいという方はご連絡ください。

未来は今日の小さな一歩から、選択できる!私はそう思っています。

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M I S S I O N S T A T E M E N T

Column 01OwnerC

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「意外と知られていないフリーランス翻訳者の素顔をさぐる」ために始まったこのシリーズですが、丸2年経ってみると、フリーランス翻訳者の実態も「けっこう知られるようになってきた」ように思います。この間に、翻訳者の SNS利用率もすっかり増え、Facebookなどでもその日常は垣間見えるようになってきて、このコーナーの役目もちょっと一段落というところです。そこで、これからは、今までとできるだけ違う生活をしていそうな翻訳者にご登場いただこうと思っています。そこでまず、今年度前半は、JTFほ

んやく検定の1級合格者3人の最近の様子をうかがってみることにしました。

高 橋 聡T a k a h a s h i A k i r a

CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10 年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生活を約8 年経たのち、2007 年にフリーランスに。現在は IT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種 SNS の翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」 http://baldhatter.txt-nifty.com/misc/

ほんやく検定受験— 私の場合

医薬翻訳者

三 浦 朋 子

医薬翻訳者の三浦朋子です。2008年から医薬分野を専門とする翻訳会社に勤務し、2013年にフリーランスになりました。まだフリーランス歴が1年数カ月と短いため、フリーランス翻訳者のライフスタイルをテーマとしたこのコラムに寄稿させていただくことは少々恐れ多いような気がしましたが、コラムオーナーの高橋様から「ほんやく検定のお話を」とのお題をいただきましたので、ほんやく検定の受験経験と、受験をとおして感じたことを中心に書かせていただこうと思います。

私が初めてほんやく検定を受験したのは2012年7月の第57回で、まだ翻訳会社に勤務していた時のことです。ちょうどこの頃に家庭の事情で翌年(2013年)の年明けに転居することが決まり、転居と同時に退職してフリーランスとしてやっていこうと決めた時期でもありました。この時点で翻訳会社での医薬翻

訳経験が数年あったものの、それ以前は「新聞社の広告営業→音楽大学の助手→映画会社の宣伝担当」と、なんとも一貫性のない仕

事人生を歩んでいました。そのうえ理系出身でもなかった私にはこれといって強い「売り」もなく、フリーランスになるにあたって少しでも「売り」になりそうなことはなんでもやってみよう、と考えていました。そんな時に第57回の受験申し込みの受付期間中でありことを知り、すぐに申し込みました。

さて、試験当日。自分の PCを使って自宅で受験できる制度はとてもありがたいのですが、当時まだ5歳と3歳だった子どもがいる我が家の場合、休日の自宅は決して集中できる場所ではありません。とりあえず試験に集中する環境を確保するため、電車で1時間かかる実家に行って子ども達を預けてから1人で帰宅し、ギリギリのタイミングで PCの前に座りました。自宅受験だというのに、なぜか受験のために往復2時間電車で移動するという慌ただしい受験となりました。時間の制約もあり、試験開始時

間が遅い日英のみの受験でしたが、この時に2級に合格し、その後2014年2月の第60回で、医学薬学の日英で1級に合格することができました。

1級に合格してから日が浅いので、1級合格の仕事への影響についてはまだ語れるほどではありませんが、2級合格時に JTF翻訳ジャーナルにプロフィールを掲載していただいたため、ジャーナル経由でご連絡を下さり、お仕事をいただけるようになった会社が数社あります。

フリーランスになるための最初の関門はトライアル受験ですが、課題送付や合否判定に何カ月もかかったり、初仕事がなかなかこなかったりということは、私も含めて多くの方が経験されているかと思います。しかし、あくまでも私の少ない経験に限った話ではありますが、検定合格者のプロフィールから興味を持っていただ

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りしたほうがいいのだろうと思いつつ、根っからの運動嫌いなのでなかなかできずにいます。

この秋には、娘と一緒にバイオリンを習い始めました。20代の頃に習っていたものの1年で辞めてしまった過去がありますが、10数年のブランクを経て再開しました。会社勤めで帰宅が夜になる生活では練習時間の確保が難しかったのですが、今はお昼の休憩時間に練習しています。この時間を確保するため、午前中の仕事の集中度がかなりあがったような気がします。仕事をして、楽器を弾いて…、

と書くと、なんだか優雅な感じもしますが、実際には、子供のお迎えなどで仕事の時間はいつも強制終了され、時間に追われている生活です。それでも、育児や趣味の時間と比較的折り合いがつけやすいこの生活を、今はとても気に入っています。

最後に、ほんやく検定の話に戻りますが、翻訳には「これでなければダメ」という解答があるわけでもなく、たった1つの課題だけで実力を判定することについてはいろいろな意見があるでしょうし、翻訳に試験なんて必要ないという考え方もあるかもしれません。それでも、トライアル合格へ向けて勉強中の方や、仕事を始めたばかりの方にとっては、検定合格が仕事上の良いご縁を得るためのきっかけにはなると思いますし、受験して損をすることは何もないので、なにはともあれチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

「声をかけてもらえるきっかけをつくることが大切」と書きまし

き、声をかけてくださった翻訳会社では、トライアルの課題送付や合否判定に時間がかかったところは1社もありませんし(合否判定はどこも1週間以内)、どこも価格の交渉時にこちらの希望レートを了承してくださいました(通常は若干下がることが多い)。偶然といえば偶然なのかもしれませんが、翻訳者を探していた翻訳会社のニーズと、こちらの提供できるものがマッチしたということも多少はあるのかな、と勝手に考えています(そう思いたい)。こちらから積極的に登録先を探してトライアルを受験することももちろん大事ですが、多くの翻訳者の中から「自分のことを見つけてもらい、先方から声をかけてもらう」きっかけを作ることも大切だと感じています。

ほんやく検定に合格したおかげ…かどうかは断言できませんが、どうにかコンスタントにお仕事をいただきながら、フリーランス生活も2年目に入りました。少しだけ仕事スタイルについて書きますと、私は超朝型なので、仕事開始は午前3時頃です。3時から5時半まで仕事をし、朝の家事を済ませて子ども達がそれぞれ登校・登園した後、8時半頃に仕事を再開します。その後、休憩等をはさみますが、午後2時過ぎに子供が帰宅するまでが仕事時間です。トータルで1日7時間ぐらいでしょうか。日中にもう少し時間がとれるとよいのですが、しばらくは難しそうです。

仕事机の周りは写真のような感じになっています。隣のピアノは、予定していた場所に置けずにやむを得ずここに置くことになったものですが、置いてみるとこれがなかなかいい感じなのです。仕事に行き詰まったらそのまま左に移動してピアノに触って息抜きをし、終ったらまた右に戻って仕事再開です。仕事中はほとんど動かないので、外に出たり、運動した

たが、継続的に仕事をするための本当の勝負は声をかけていただいた後の仕事そのものです。今後は、「登録のため」だけではなく、継続的に声をかけていただける翻訳者になるために、試行錯誤を重ねながら、ほんやく検定以外の自分の「売り」を作っていきたいと思っています。

日英・英日医薬翻訳者。外国語学部英米語学科卒業。英国の大学で Arts and Heritage Managementを専攻し、修士号(MA)取得。新聞社、映画会社等での勤務を経て、2008年から医薬分野を専門とする翻訳会社で翻訳者として勤務し、2013年にフリーランス翻訳者として独立。治験関連文書、論文、厚労省通知、照会事項、副作用報告等を得意とする。

三 浦 朋 子M i u r a T o m o k o

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M I S S I O N S T A T E M E N T

矢 能 千 秋Y a n o C h i a k i

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Column 02Owner

Out of Line

編集者・翻訳者

小 野 寺 粛

いつまでも駆け出しのつもりが、あっという間に7年。後ろを振りかえればたちまち赤面、穴に入って越冬したくなるが、次の瞬間、迫りくる納期にはっと我に返り、ゆく日も来る日もキーを叩き続け、壊したパソコンは10を超える。過去を忘れるのが幸せの秘訣と悟ったような気もするが、せっかくの機会を活かして、支障のない範囲で足元を見つめなおしてみたい。

もともと予備校で英語を教え始めたのが、翻訳に興味を持ったきっかけである。20代半ば、音楽を学ぶ片手間にとアルバイト気分ではじめた仕事だったが、受験英語とはいえ、教えるには自分の実力があまりに足りないことを悟り、語学の勉強をはじめた。当時は TOEICや英検を目標にしていたが、先輩講師がふと口にした、「英語を使って仕事をするなら、翻訳や通訳をめざすしかない。アメリカ人のようにペラペラしゃべれたって、らちが明かないだろう」という一言が、知らぬうちに、そっと心に根を下ろした。

その後どういう風の吹き回しか、社会人向けの通信講座の制作責任者となり、語学からはしばらく遠ざかった。ただ、法律や金融・会計、不動産や福祉といった多岐にわたる分野の編集を行う中で、ビジネス系の実務翻訳に必要な知識が身についたのだろう。

通信講座の立上げがひと通り終わったころ、予備校を辞めてフリーになった。当初は前職の仕事を請け負っていたので金銭面の問題はなかったが、いずれ袂を分かつことがわかっていたので、次の道を考えなければならなかった。今のうちに何か手に職をつけておこうと思った時に、天啓のように心に蘇ったのが先ほどの言葉。「翻訳を学んでみよう」と思って、翻訳学校で学ぶことに決めた。

しかし翻訳学校では、よい学びをすることができなかった。最大の理由は、自分に謙虚さが欠けていたからである。たとえば、the

Westに対して私が「西洋」という訳語をあてたのに対し、「西洋は古い響きがする。欧米と言うべきだ」というコメントをいただいたことがあった。しかし当時の私は言葉に対する感覚があまりにも鈍く、「てやんでえ、どちらでも同じだろう」と、反発心しか抱かなかった。Wikipediaの記述をここで引用するのは気が引けるが、「西洋」の項には「現代では、東洋・西洋の意味は歴史的な観点で用いられることが多く、現代用語としてはその役割を終えている」とあり、先の指摘はもちろん正鵠を射たものである。だが、当時の私はただ受け身で先生の解説を聞いているだけで、自分で調べることさえしなかった。「レモン畑」なのか「レモン園」なのか、「美しい」なのか「麗しい」なのか。日本語の精妙な使い分けに心を砕く翻訳者が、重箱の隅をつつく、どこか辛気臭い人種に思えたのである。

さらに、先生方の指摘にぶれが

University of Redlands卒。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。NPOえむ・えむ国際交流協会(代表 :村松 増美)事務局を経て、現在フリーランス14年目、JAT会員9年目。JATではアンソロジー委員会、ウェブサイト・コンテンツ委員会に所属。英語ネイティブ校正者とペアを組み、スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道、環境分野における日英・英日翻訳に従事。2012年よりサン・フレアアカデミーにてオープンスクール講師。

■ Twitter: @ChiakiYano

■ブログ : http://chiakiyano.blog.so-net.ne.jp/

■ http://jat.org/translators/4596

フリーランス翻訳者になり14年目に入りました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。

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O n o d e r a S h u k u小 野 寺 粛

いえば、「専門はありません、何でも訳します」という翻訳者や翻訳会社の存在が、翻訳者全体の信頼性を損ない、翻訳者の地位の低下につながっているのではないだろうか。専門の確立は、とても重要だと思う。

閑話休題、そうこうするうちに、またどういうわけか、三省堂に入社した。三省堂では翻訳書をメインで扱うポジションにはいないが、お世話になった先生方の翻訳学習書を出版させていただいたし、今後とも、出来る範囲で手を広げてみたい。

さらに、ここしばらく、ボランティアベースで、新人翻訳者を他社にご紹介する機会をいただいている。訳書を出したいが、最初の一冊を出すご縁に恵まれず苦戦する翻訳者は多い。一方、出版社の側も意外に人脈が限られているから、よい方を紹介すると喜ばれる。そこで、知人や兄弟弟子の中からプロジェクトの適任者を選び、ご紹介している。

駆け出しの時に自分自身が苦しんだ分、多くの方が最初の一歩を踏み出せるように、という思いで新しい方を積極的にご紹介させていただいているが、いざ選ぶ立場になってみると、ずっとご一緒させていただくのは、お人柄が優れて仕事がていねい、いつも感謝の気持ちを伝えてくださる人に、どうしても偏りがちである。どんなに実力があっても、取るに足りないつまらない仕事という雰囲気を感じさせたり、全力を尽くしていない様子を見せられたりすると、その翻訳者とはまず続かない。

逆に今は力が足りないけれども、人柄もよく頑張っているから時間をかけて育ててみよう、ということもある。また、一回でよいものにならなくても、面倒がらずにフィードバックを受け止めて、ていねいに推敲してもらえると、

あり、時には誤りがあるのも気になった。思い上がりもはなはだしいが、授業料を払っているのだから、一つひとつの課題に対して完全に割り切れた解答や解説が示されるのが当たり前、と当時は考えていた。しかし本当に身につけるべきなのは、先生方の翻訳に対する姿勢だった。常に完璧であることが不可能であることを前提に、生の原文に対してどこまでも謙虚に、慎重に調べつくして臨む、という態度が大切だったのに、と今にして思う。翻訳学校に通う最大のメリットは、先生方の引立てを受けて仕事や人脈を紹介していただくこと、のはずだが、私のような思い上がった人間を、どうにかしてやろうと思う人がいるわけもない。

一方この時期、普通の翻訳者が聞いたら卒倒するような安いレートで官公庁案件を大量に行った。お金を払って学ぶだけでなく、少しでも報酬をいただいて学ぼう、と思ってやった仕事だが、正式な公用文が多かったため、結果的には日英の基礎が固まった。個人的には、体力づくりや基礎固めという目的を忘れなければ、このような仕事をある時期にすることは悪いことではないと思う。

その後は人並みのレートの仕事に落ち着いたが、ジャンルを一切決めず、特許から文化評論まで、あらゆる仕事を引き受けていった。ただ、これは良い選択ではなかったと思う。先日、看護師から医療翻訳者になった方が、「みんなどうして医療翻訳者になりたいのか、さっぱりわからない。私だって、何年も大学で専門に勉強してやっとここまできたのに、なんですぐ医療翻訳ができると思うのかしら」とおっしゃっていた。「稼げる分野の翻訳者に」というキャッチコピーに乗って、専門知識ゼロから技術系の翻訳者を目指すという話を聞くが、多分、そう簡単なものではなかろう。もっと

信頼関係が築かれていくように思う。

そうはいっても、もちろん手配師になるつもりはなく、私自身もこれからも翻訳を続けていきたいが、自分でなければできない仕事、自分がやるべき仕事、ということを考えたとき、音楽や芸術に関する著作を、時間をかけて紹介していこうと思う。専業翻訳者の足元にも及ばないことは先刻承知だが、一介のアマチュアとして、翻訳という知的で素晴らしい仕事に一生関わることができれば、望外の幸せである。

1973年富山県生まれ。東京大学国際関係論分科卒業。現在は出版社に勤務、フリーの時期に通翻訳に従事したのを機に、翻訳学習書の編集のほか、自分でも翻訳を続けている。表向きの趣味は将棋と海外旅行だが、本当の趣味は仕事。また、ピアニストとしてもまれに活動し、東京やスペインでリサイタルを行う。2012年にはルーマニア・バカウ交響楽団とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番を協演。さらに、占い師として、一時期横浜中華街にも出店していた。

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M I S S I O N S T A T E M E N T

「翻訳横丁の表通り」には色々な人々が往来するようになりました。このコーナーでは、翻訳者さん達に

「翻訳横丁の表通り」に出店して頂き、自身が持つ翻訳への「こだわり」を記事にして頂きます。「想い」であったり「ツール」であったり、「翻訳方法」であったり「将来の夢」であったり、何が飛び出るかは執筆者の翻訳への「こだわり」次第。ちょっと立ち寄って、覗いていきませんか?

2月は大雪の頃、投稿のお誘いを受けてからしばらくは余裕綽々で構えていたはずなのに、手つかずのまま放置していたら紅葉の季節になってしまった。火事場の馬鹿力を発揮して一気にねじ伏せようとする性懲りもない人間である。翻訳者として独立してからの9年間、どうにかこうにか切り抜けてきたが、まだまだ課題山積の発展途上だと反省。

タイトル「辞書を歩む」は「 舟 を 編 む 」(http://youtu.be/

xnqat2m0D2c)の安直なパクリであるが、三浦しをん原作の本/映画ともに大ファンである。普段「愛読書は辞書」と公言してはばからないのだが、辞書に纏わる造詣が深いわけでもなければ、辞書を学問として体系的に学んだ経験もなく、ただただ市井の辞書マニアに過ぎないのである。それを承知で、翻訳者としてのこれまでの歩みの一端を、辞書への思いも織り交ぜながら振り返ってみたいと思う。

翻訳者としてのこれまで

2005年10月18日は翻訳者として独り立ちした日。前年3月に会社を早期退職し、それから一年半の修行期間を経てようやく独立を許されたときの、身も震える高揚感は今なお心の襞に刻まれている。四半世紀にわたってエンジニア一筋で明け暮れ、留学経験や海外赴任の経験もなく、抜きんでた語学力を持ち合わせていたわけで

もない私にとって、徒手空拳で飛び込んだ翻訳の世界は、ゴールへの道筋がなかなか見通せない新天地だった。ただ幸いにも、この修行中に生涯の師となる先達の薫陶を受ける幸運に恵まれたことで、翻訳者としての今日の軸足が定まっているのだと痛感している。

その後、実務経験を積み重ねていくうちに、2008年からは後進の指導に携わるご縁もいただき、翻訳者と翻訳講師の二足の草鞋を履く生活を続けて今日に至る次第。人と交わることが好きな性格もさることながら、まず自分自身が学ぶためにチャレンジしてみようとの思いが強かったように感じる。他人の倍は勉強するつもりで講義に臨んだし、疑問点を翌日に持ち越さないよう努めてきた。様々な出会いにも恵まれ、上には上があるのだと気づかされ、大いに落ち込むこともあれば、陽気に励まされることも多く、まことに愉快で得がたい経験に感謝するばかり。

言葉へのこだわり辞書への思い

「辞書を買うために翻訳し、買った辞書を使うために翻訳をすれば、本当のプロになれる」(小澤勉)

翻訳者としての私の支えになっている言葉である。何かしら心に引っかかる言葉を目にし、耳にして、そのまま通り過ぎることができない性分は子どもの頃から変わらない。疑問が湧けば調べ、納得しては赤線を引き、覚えるために頁の端を折って過ごした。しかしなぜか、手垢にまみれないよう手を洗ってから辞書を引くという、妙に潔癖症の子どもだった。今でも本屋に足を運べば、辞書コーナーを素通りできない性分だけは変わらない。

言葉の迷宮に足を踏み入れると、「もうこれで十分」とか「改

辞書を歩む特許翻訳者

松 田 浩 一

P R O F I L E

Column 03Owner

S a i t o T a k a a k i齊 藤 貴 昭

電子機器メーカーにて開発/製造から市場までの品質管理に長年従事。5 年間の米国赴任から帰国後、社内通訳・翻訳者を6 年間経験。2007 年から翻訳コーディネータ兼翻訳者として従事。「翻訳者 SNS

コーディネータ」として業界活動に精を出す。ポタリングが趣味。甘いもの好き。Twitter や Blog「翻訳横丁の裏路地」にて翻訳に関する情報発信をしています。

■ Twitter:terrysaito

■ Blog:http://terrysaito.com

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松 田 浩 一M a t s u d a K o i c h i

横浜市在住の特許翻訳者。長年 SONYで開発系エンジニアを務め、一念発起して2004年春に早期退職し、2005年秋よりフリーランスの特許翻訳者として独立して今日に至る。専門分野は電子・電気/通信・ネットワーク/機械系。翻訳者としての仕事を軸足に、翻訳学校講師、ネット翻訳道場の道場主を兼務し、SNS

の翻訳コミュニティも数多く主宰。元気の源は愛犬と愛猫。辞書と音楽と iPhoneが三種の神器。

■プロの翻訳者/通訳者/語学関係者のコミュニティOne Hundred Club(Facebook):https://www.facebook.com/groups/honyaku/

善の余地はない」などと底が浅く透けて見える世界では決してないことに気づき、底なし沼の景色がそこに広がる。普段の仕事ではもちろんのこと、書籍やネット上で目にする言葉遣いにいちいち反応するのが日常生活の一部になっている。たまたま、春先のテレビ番組で拝見した長井鞠子さん(同時通訳者)のドキュメンタリーにいたく感銘を受け(http://bit.

ly/1kc6gNJ)、通訳者と翻訳者の違いにも面白い気づきを得ることができた。毎月決まって長井さんが和歌の稽古をなさるという件で、日本語をもっと極めたいと仰っている姿にまず共感を覚えるとともに、大和言葉を極めたいとのメッセージに、はたと膝を打った。特許翻訳では逆に、冗長な言い回しを避けるためにも意図して漢語を多用する傾向にある。やはり耳で聞いて理解する通訳(大和言葉)と、目で見て理解する特許翻訳(漢語)では違うのだと興味深く感じ入った。

辞書環境のどたばた(2013 ~ 2014年)

昨年の大きな動きとして EPWING系辞書の絶滅危惧種指定が衝撃だった。恐らくは著作権管理の問題をクリアできなかったからであろう。今も発売を継続している辞書はあるが、これから新規発刊される ROM媒体辞書の全てが EPWING

以外の形式になるはず。ちなみに、今春リリースされたリーダーズ第三版は LogoVista 形式である。これまで、ほとんどの辞書を EPWING形式で揃えてきた身にとっては、辞書環境を構築し直すのは億劫でもあり悩ましい作業であったが、2013年夏に大きく模様替えした(写真1、2)。

EPWING系で統一された旧環境(写真1)は、ある意味でガラパゴスの楽園だった。現在(写真2)は、以下のような複数の検索ブラウザを使い分けて、検索の一覧性と効率化を両立させている。以下に、主なブラウザとその役割分担について簡単に紹介する(詳細はネットで検索されたい)。

・Logophile(ROM系辞書の串刺し検索)EPWING / LogoVista の両形式に対応

・Dicregate(ネット系辞書の串刺し検索)

・Multiterm(自作辞書の登録/検索)

・PDIC(自作ノウハウ集の登録/検索)

・かんざし(上記4つのブラウザの司令塔役)

達人、怪人、そして変人

誰もがネット上で自由に発言できるようになるにつれ、一般人のレベルに引きずられ業界人やマスコミ人の書き言葉の質までが低下してきている。反面教師ともいえ

るこうした書き言葉が氾濫している昨今だが、見方を変えれば、「ここが問題だな」、「それはこうすればいいんじゃないかな」とちゃっかり勉強できるのだから、うまく活用できれば面白いと思う。また、日頃よく目にする光景として、難しいことを易しく説明なさる「達人」もいらっしゃれば、易しいことをどうしてそこまで難しく表現なさるのだろうと首を傾げたくなる「怪人」もいらっしゃる。日々こうした人間観察もまた楽しいのだが、そうして一人ほくそ笑んでいる私自身は「変人」なのかも知れない。

「あぁぁ言葉って面白い」これこそが変人翻訳者として生

きる醍醐味である。

最後までお読みいただいた皆さんと、これをきっかけに素敵なご縁が生まれるなら、火事場の馬鹿力も無駄ではなかったと自分を慰めてやりたい。

写真1:旧辞書環境(~2013年7月)

写真2:新辞書環境(2013年8月~)

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P R O F I L E

Column 04Owner

M I S S I O N S T A T E M E N T

遠 田 和 子E n d a K a z u k o

日英翻訳の傍ら翻訳学校での講師、またプレゼン研修の講師をしています。著書に、「英語なるほどライティング」、「Google英文ライティング」、「eリーディング英語学習法」、「あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話」(講談社)があります。趣味は読書・映画・旅行です。また英語スピーチの練習、バレエのレッスンを続けています。それぞれ少しでも上手くなるため、地道に努力しています。

*Website:WordSmyth英語ラボ  http://www.wordsmyth.jp

* Facebook Page:WordSmyth

  http://www.facebook.com/wordsmythlab

* e-readingブログ:One Chapter Reading Club

  http://minamimuki.com/fun-and-free

A Literary Expedition翻訳者・英文校正・編集者

内 村 ウ ェ ン デ ィ

“I am a translator.”

How many of us have pronounced our profession in this way, only

in the next moment to be asked “So, have you translated any books?”

For people outside of the industry, the zenith of being a translator

seems to be measured in published achievements, rather than the

plethora of material that streams across our desks day in and day

out. We could have translated a gazillion words, but their value is

only recognizable to many if they are bound in tomes and found in

bookshops, or these days, online as e-books. Some of you reading this

may have already translated a book. Some of you may be considering

translating one or have been asked if you could, while others of you

would never dream of going down that path.

Last year I did go down that path. Along all its twists and turns, its

ravines and pinnacles. I found myself in the unique world of Manabu

Makime, accompanied by an array of comical characters who invited

me to travel along reedy waterways, dine in high fashion at a palace,

gallop headfirst to the bottom of a lake, before finally letting me

rise up gasping for air at the end of it all. Even the title was unique

– The Great Shu Ra Ra Boom! (偉大なる、しゅららぼん [Idai naru,

shurarabon] in Japanese).

I set off with good intentions. I have my own style of translation,

as I am sure you all do, and I am no stranger to large projects. I break

the texts I am given into manageable sections and go through each

part, flowing the sentences together and translating directly into the

digital document to save time. So the first steps I took were wide

and confident. I planned my schedule with the number of pages

to be done each week, and the weekend set aside for revisions and

redrafting. It was exhilarating to think that I was translating a book

and I woke every day eager to keep up the pace.

Soon though I began to notice that I was falling into bed by 10 pm

exhausted, and sometimes not even making it that far, waking later in

the night to find myself face-down in my papers. I still got up early the

next day, ready to push ahead, but a silent unease began to creep in.

My excitement was being offset by the pressure that people, maybe,

hopefully, a lot of people were going to be reading this book once it

was out in the world.

I suddenly felt that the way I translate was not right for this project.

While my pace stayed the same, I was battling something completely

unexpected – myself. This was no longer an exhilarating word hike,

but a full out mental marathon.

It was time to change my approach even if it meant losing time.

I took to writing out my first draft by hand, then typing it up and

revising as I went along. In effect I was adding another draft stage.

WordSmyth Caféは、翻訳に関わるさまざまの人々が集う「誌上カフェ」です。当コーナーでは、毎号異なる執筆者にご登場願い、翻訳を含む言語に関わるさまざまなテーマを取り上げます。名前のWordSmyth (ワードスミス)は、wordsmith (言葉の職人)とmyth(神話=お話)を組み合わせた造語です。「言葉の職人として、さまざまな物語を紡ぎたい」という店主の願いを表しています。

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イギリスのヨークシャー州出身。10年以上の英訳経験があり、現在はライセンス(許諾商標)事業やファッション企業から人権活動、ウェブコンテンツまで、幅広いクリエイティブ分野で活躍中。万城目学著「偉大なる、しゅららぼん」英語版 The

Great Shu Ra Ra Boom!の翻訳者

内 村 ウ ェ ン デ ィU c h i m u r a W e n d y

Doing it this way allowed me to take an extra step away from

methodical translation and move down a more creative path, similar

to the actual writing process.

There were of course a few obstacles along the way that I had to

clamber over. The first was that there is a lot of water in the story. It

is everywhere - in the lake, round the castle, in the magical powers

of the main characters and even in their names. When the names

Ryosuke and Tanjuro are written in Japanese, 涼介 and 淡十郎, it is

easy for Japanese readers to see that the first Chinese character of

each name uses the water radical. This is an important part of the

plot as this radical signifies which characters have powers. But that

cannot be conveyed to English readers just by writing their names, so

explanations had to be added.

Historical and cultural research was important too. It is not possible

to just translate what is written on the page, especially when the

potential readers of the story may never have set foot in Japan or

even know anything of Japanese culture. You have to ask yourself, if I

was sitting in a little village in Yorkshire, would I understand this? For

me, although I have been in Japan a long time, I have never been to

Lake Biwa where The Great Shu Ra Ra Boom! is set. I would have loved

to visit to really get a feel of what is being described in the book,

but it was not possible. In addition, while I have visited many castles

in Japan, it turns out all the ones I went to are flatland types. The

structure of the one in the story is hilltop (the Hinode family castle is

based on Hikone Castle in Shiga Prefecture), so I needed to research

the correct terminology and how to describe it so that someone who

has maybe never seen a castle can envisage it. This is where image

search comes in very handy.

Finally, Manabu Makime’s world is very three-dimensional. As

well as the strange colourful images and incredulous scenes, bizarre

sounds leap from the page and characters let out strange yells and

occasionally burst into song. Translating these sounds was sometimes

both a challenge and an enjoyment as I said them out loud over

and over to make sure they read so that they could be heard in the

reader’s mind.

I submitted my draft and you would think, as with most

translations we do, that would be it. Your client takes it and does

whatever they want with it. With a book though, you have the nerve-

wracking editing stage to undertake. The draft that I had labored over

for so long and became the ‘final’ draft that I submitted now returns

to the beginning to be treated as a first draft. This is the steep and

treacherous part of the path where you need climbing partners, the

editors, copy editors, and proofreaders, to rope the prose together

and get it ready for the end goal - publication. There will be some

parts that although you reworked them for days (or months) that are

going to be cut in a no-nonsense edit. You have to learn to let go of

them. This stage is an opportunity to vastly improve our translation

and editing skills.

The day the book is released is the finish line. But as with

everything, once you reach that goal, you realize it is merely the

starting point of a more invigorating path.

Outline ̶「偉大なる、しゅららぼん」は万城目学による小説で2011年に出版、その後漫画化と映画化もされています。内村ウェンディさんはこの小説の英訳にあたり、普段の仕事同様に段取りを整え作業に取り掛かりました。しかし直ちに通常の翻訳手法では小説を訳せないことに気が付きます。小説では効率を追求することができなかったのです。また、日本が舞台の物語では、漢字に含まれる意味をいかに訳出するか、日本の歴史や文化特有の事柄をいかに分かりやすく異文化の読者に伝えるかなど、さまざまな苦労があります。さらにこの小説では「万城目ワールド」とも称される奇想天外なめくるめく世界が展開されるので、音や色の訳にも工夫が必要でした。こんな文芸翻訳の苦心と醍醐味を、内村さんが語ってくれました。

Page 26: 日本翻訳ジャーナル 2014年11/12月号

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次号予告

募集 広告募集のおしらせ特集記事の掲載に合わせて関連する広告を募集しています。お気軽に JTF事務局までお問い合わせください。

Next Issue

今回の特集を企画するにあたって、ISO規格で通翻訳者の資格要件が定められようとしていることを身の回りの業界関係者に話す機会が何度かありました。私は「これって僕たちにとって大変なことじゃない !?」というテンションで話題を切り出すのですが、意外にも?多くの業界関係者からは「ふーん…で、具体的には何が変わるの?」「先の話じゃないの?」「いま仕事できっちりお客さんを掴んでいる我々には関係ない話でしょ」という“冷めた”反応が返ってくることが多くて、同じ業界にいても考えていることは人それぞれだということを認識しました。特集記事にもあるとおり、たしかに現役のプロ翻訳者プロ通訳者は

ISOの要件をクリアしている人たちであり、むしろ今後この業界に新規参入してくる将来の競争相手に課せられる「参入障壁」があがることは歓迎すべきという考え方があるかもしれません。もしこの業界が国際競争から隔離された保護産業なのであればその論も一理あるかもしれませんが、言うまでもなく通訳翻訳業界は世界に対して開かれており、(しばしば海外に本社機能がある)私たちの顧客企業は、通訳でも翻訳でも世界中の個人や業者から自らの需要にもっとも適したプロバイダを選ぶことができます。国内の通翻訳者の基盤が先細りになったとき、国内の翻訳会社の未来も先細りになるのは自明でしょう。私たちの業界は人材育成、技術開発、基準策定など多くの面で、世界

のトップに追いつくどころか、うっかりするとはるか後方に引き離されて挽回できなくなるという危機感を私は持っています。日本における通翻訳者養成の教育機関(大学・大学院)を充実することは、この分野における日本の競争力強化のための必須要素のひとつです。今回の特集記事が、日本における通翻訳者養成への関心を高める一助となることを願っています。

河 野 弘 毅K a w a n o H i r o k i

編集長

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌日本翻訳ジャーナル2014年 11月/12月号 #274

発 行 ● 2014年 11月 7日

発行人 ● 東 郁男(会長)

編集人 ● 河野 弘毅

発行所 ● 一般社団法人 日本翻訳連盟 〒104-0031東京都中央区京橋 3-9-2 宝国ビル 7F TEL. 03-6228-6607 FAX. 03-6228-6604 E-mail. [email protected] URL. http://www.jtf.jp/

企画・編集 ● ジャーナル編集委員会

校正協力 ● 菊地 清香、久松 紀子、松浦 悦子、矢能 千秋

表紙撮影 ● 世良 武史

デザイン ● 中村 ヒロユキ(Charlie's HOUSE)

印刷 ● 株式会社 プリントパック

Janualy / Februaly 2015 #275

11月26日(水)、JTF翻訳祭がアルカディア市ヶ谷にて開催されます。JAT(日本翻訳者協会)、AAMT(アジア太平洋機械翻訳協会)、JAITS(日本通訳翻訳学会)、JTCA(テクニカルコミュニケーター協会)の

各団体にもご協力いただき、翻訳者・翻訳会社・クライアントのいずれの立場の方にとっても役立つ企画を揃えました。最新の翻訳支援ツールがならぶ製品説明コーナーも見逃せません。

次号は JTF翻訳祭の特集です。ご期待ください。

特集 「第24回JTF翻訳祭」

2015年1月16日発行予定※発行日や内容は変更になる可能性があります。

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51年目のスタート。

翻訳・ローカリゼーション・ドキュメンテーションサービス

Communications for a global marketplace

<新住所> 〒141-0031 東京都品川区西五反田7丁目25番5号 オーク五反田ビル TEL 03-5759-4353(代表) FAX 03-5759-4375

本社移転のお知らせOur office has moved >>>営業開始日: 2014年4月21日(月)

51十印は、ますます激しくなる時代の変化に迅速に対応するため、

機械翻訳をはじめとした技術革新を目指します。2014年、更なる進化を求めて、

新オフィスで51年目をスタートしました。

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I N F O R M A T I O N

英語ネイティブ校正者と日本人編集者のクロスチェックによる高品質な英文校正サービス

・各分野の専業校正者がていねいに校閲・日本人編集者による原文照合・クロスチェック・各種ジャーナル投稿規定に準じた修正・ビジネス文書等にも幅広く対応

英文校正サービス Refinehttp://proofreading.sub.jp [email protected]

頒布価格 

540円(税込)

IT 分野、環境分野を中心に質の高い翻訳をお届けしています! 翻訳のご用命は、当社の Web ページよりお問い合わせください。 登録翻訳者/校閲者も随時募集中です。募集の詳細は Web ページをご覧ください。

株式会社 トータルナレッジ〒102-0073 東京都千代田区九段北四丁目2 番 2 号 桜ビル 701 号03-5276-9726 [email protected]://www.tkinc.co.jp http://www.kankyo-net.infohttp://www.ikaros.jp/ http://www.tsuhon.jp/

イカロス出版株式会社

現役の翻訳者・通訳者とこれからプロを目指す方のための情報誌2月・5月・8月・11月の 21日発売(年 4 回発行・季刊誌)

メディファーマランゲージ株式会社03-3589-2770 [email protected]://www.mplanguage.co.jp

医薬医療系専門の翻訳会社。かつ、医薬領域の、特に、和文英訳の教育に力を傾注。全8コースを御用意。また、最新の翻訳受発注形態として、クラウドソーシング活用のオンライン医療系翻訳マッチングを運営管理中。

〒104-0032 東京都中央区八丁堀 2-13-4 第三長岡ビル 8F03-5566-1669 http://www.wysiwyg.co.jp/

株式会社ウィズウィグ

ウィズウィグは今年で 20 周年を迎えました。医学薬学に特化した翻訳会社として、グローバル化に伴い変化し続けるこの先も、翻訳者の皆様と共に生き残っていく。そんな思いでこれからも走り続けます。

株式会社 アットグローバル〒111-0032 東京都台東区浅草 7-9-3-901 [email protected] http://www.e-glocom.comhttp://ijet.jat.org/

IJET-26 York, UK ― 20-21 June 2015第 26 回日英・英日翻訳国際会議

来年の IJET は梅雨の日本を離れ、爽やかな夏至のイギリスへ! 2000 年の歴史の面影が今も街角に息づく古都ヨークで皆さまをお待ちしています。

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株式会社アルク メディアプランニングチーム さすが!コミュニケーションズ 岩田ヘレンTel.03-3323-0505 [email protected] http://www.alc.co.jp www.sasugacommunications.com

英日中韓、東南アジア言語を中心に、ビジネス文書・法務・金融・IT・医療・観光といった幅広い分野の翻訳に対応。 お客様の会社の一員になったかのような当事者意識を持って業務に当たらせていただきます。

一般社団法人

日本翻訳連盟

機関誌

日本翻訳ジャーナル

2014年

11月

7日発行

#274 November / December 2014