日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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IJET-25 東京 基調講演: 村岡花子『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望 新連載「翻訳会社の声 Found in Translation Company 特集 #273 一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌 日本翻訳ジャーナル September / October 2014 ビジネス急拡大につき 優秀な人材を多数募集中! ・プロジェクトマネージャー ・翻訳マネージャー / 翻訳コーディネーター / 翻訳者 ・ローカリゼーションエンジニア ・QA テスティングエンジニア ・プリセールス ・アカウントマネージャー 詳細は下記 URL をご覧ください。 http://www.sdl.com/jp/about-us/careers/default.asp

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Page 1: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

IJET-25 東京基調講演:村岡花子-『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望新連載「翻訳会社の声 Found in Translation Company」

特集

#273

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌 日本翻訳ジャーナル

翻 訳 の 未 来 を 考 え る

September / October 2014

ビジネス急拡大につき優秀な人材を多数募集中!・プロジェクトマネージャー・翻訳マネージャー / 翻訳コーディネーター / 翻訳者・ローカリゼーションエンジニア・QAテスティングエンジニア・プリセールス・アカウントマネージャー

詳細は下記 URLをご覧ください。http://www.sdl.com/jp/about-us/careers/default.asp

Page 3: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

3

c o n t e n t s

無断転用禁止 Copyright©2014 Japan Translat ion Federation

一般社団法人 日本翻訳連盟〒104-0031

東京都中央区京橋 3-9-2 宝国ビル 7F

TEL. 03-6228-6607 FAX. 03-6228-6604

E-mail. [email protected] URL. http://www.jtf.jp/

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌日本翻訳ジャーナル

2014年 9月/ 10月号 #273

発行人●東 郁男(会長)編集人●河野 弘毅

特集:IJET-25 東京 4 東京で初めて開催された IJET ―― IJET-25 東京、開催概要

5 基調講演:村岡花子 ―『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望 ● 村岡 恵理

6 Financial Translation Workshop ● Terry Gallagher

6 さらば「日本語が透けて見える英語」! ● 遠田 和子

8 逐次通訳の基礎 ● 武田 珂代子

9 Writing and Translating for Museums and Artists ● Alice Gordenker

10 IR関連翻訳に求められる専門知識 ● 手島 直樹

11 JTFスタイルガイドを英訳した方たち

イベント報告 12 2014年度 第1回 JTF翻訳セミナー報告

「翻訳業務でExcelを効率よく使うには」 ● 田中 亨

14 2014年度 第1回 JTF関西セミナー報告

「CTD臨床パートのライティングと英訳」 ● 津村 建一郎

新連載:翻訳会社の声 16 グローバルコミュニケーションをデザイン ● 加藤 啓介

連載コラム 18 かけがえのないもの ̶ IJET-25実行委員を経験して ● 井口 富美子

20 小さな節目に ● 熊谷 玲美

22 ドラマに酔う。映像翻訳屋の基本メニュー ● 佐々木 真美

24 アフリカとアジアの昔話 ̶ 再話による絵本化 ● よしざわようこ

「村岡恵理さん」

IJET-25 東京は、2014年前期の NHK連続テレビ小説「花子とアン」の原案となった『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』の著者である村岡恵理(むらおか えり)さんの基調講演「村岡花子 -『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望」で幕を開けました。村岡花子については NHKのドラマでひろく知

られるようになったためすでに多くの方がご存知かと思いますが、児童文学の翻訳者として数々の名作を日本に紹介した方です。村岡恵理さんはそのお孫さんにあたります。また、恵理さんのお姉さんである村岡美枝さんはご自身が翻訳者として活躍しておられます。

IJET-25には、村岡美枝さんも足を運んでくださいました。下の写真は姉妹おそろいで撮らせていただいた一枚です。(河野)

表 紙 の ひ と

表紙撮影:世良武史

September / October 2014 #273

Page 4: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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特集

225周年という節目、そして初めての東京での開催。そんな記念となる大会にふさわしく、翻訳通訳に関わるどんな人でも楽しめるイベントにしよう ―― Cathy Eberst実行委員長を中心とする実行委員会が当初から考えていたのは、何よりもその一点でした。日本翻訳者協会(JAT)が主催する年1回のイベント、IJET(International Japanese-

English Translation Conference,英日・日英翻訳国際会議)が、2014年6月21日~22

日に東京ビッグサイトで開催されました。日本国内はもとより、北米、オセアニア、ヨーロッパ、アジアの各国から最終的に700人を超える参加者が集まりました(講演者、基調講演一般参加者を含む)。プレゼンテーション、パネルディスカッション、ワークショップなどのセッション数は合計67に及び、10トラックの同時進行となりました。基調講演には、『赤毛のアン』シリーズの翻訳者として知られる村岡花子氏の孫娘で

あり作家でもある村岡恵理氏をお迎えしました。「村岡花子-『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望」と題して、英語が敵性語とされた時代に空襲におびやかされながらも戦火の中で『赤毛のアン』を密かに訳し続けた花子の半生と、その訳文の色あせることのない魅力についてお話しいただきました。また今回は、JATTOOLS(ツール)、JATLAW(法律)、JATPHARMA(医薬)、JATINT(通訳)、JATENT(エンターテイメント)、JATTIP(自主出版)などの JATの分野別分科会(SIG)による専門的なセッションを設けたほか、ツール、ビジネスノウハウ、ライフスタイルといったトラックもとりそろえました。まさに、企画段階でめざした「翻訳のテーマパーク」という構想のとおりです。開催後のアンケート結果でも、セッションの豊富さは好評だったようです。さらに、ネットワーキングの機会も数多く用意され、SIGなどのボランティアによる

ネットワーキング・ランチでは、初参加者、金融 /経済、IT、ライフスタイル、居住地別など、小さなグループに分かれての交流の場がもたれました。土曜日のネットワーキング・ディナーでは、スポンサー提供による豪華景品の当たる抽選会や第10回新人翻訳者コンテストの授賞式も行われました。

JATはボランティアベースで運営される組織。講演者、参加者、スポンサー、そして実行委員やボランティアの一体感にあふれる IJETも、そうした組織ならではのイベントでした。次回の IJETは JAT設立30周年を記念し、2015年6月20日~21日にイングランド北

部の歴史ある美しい街ヨークで盛大に開催される予定です。

東京で初めて開催された IJET ―― IJET-25 東京、開催概要

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基調講演の当日は奇しくも村岡花子の121回目の誕生日であった。「曲がり角」となるいくつかのエピソードから、花子が家庭文学の翻訳家となり『赤毛のアン』を翻訳するに至るまでの生涯と花子が翻訳に込めた思いが語られた。なお、ドラマ化についてはフィクションが多いので、誤解のないように。できるだけ史実を知ってもらいたいと思っているとのこと。

東洋英和女学校で受けた教育英米文学の翻訳に必要な素養は、カ

ナダ系ミッションスクールである東洋英和女学校で培われた。徹底的な英語とキリスト教の教育に加え、テニスンやブラウニングといった英詩をはじめ多くの英米文学を通して西洋思想を学んだ。カナダ式の教育とカナダ人宣教師との出会いは、後の『赤毛のアン』の翻訳に大きく影響する。一方、日本文学も学ぶ必要があると考え、親友の柳原燁子(白蓮)の紹介で佐佐木信綱門下に入門し、日本の古典文学を学ぶとともに、限られた字数で言葉を選び表現する短歌を通して日本語の感覚を研鑽した。

家庭文学卒業後に教師として働いた山梨英和

女学校では、十代の生徒達が読み物を求めているのに、日本には青春期向けの適当なものがないと不満を抱いていた。そこで、女性や子ども向けの物語を自ら創作し、英米の作品を翻訳するようになる。こうして、自分が探究する文学は家庭小説ともいえる児童・青春文学であると確信する。その後東京の教文館で子ども向け雑誌の編集、翻訳および創作に携わる。

天職としての翻訳家次の大きな曲がり角は大正15年の幼い長男の病死であった。子どもに読ませたい物語を翻訳あるいは創作することが花子の原動力であったが、花子はこれを失い絶望していた。この時、信綱門下で出会った歌人で翻訳家の片山廣子からマーク・トウェインの"The Prince and the Pauper"(邦題『王子と乞食』)を渡され、日本の若い人に希望を与える上質の文学を世に出してほしいと励まされる。花子は同書を翻訳することで立ち直り、「子どもは失ったけれど、かわりに日本中の子どもたちのために上質の家庭文学を翻訳しよう」と、神が定めた天職として家庭文学の翻訳に専念することを決意した。

『赤毛のアン』の翻訳戦争で帰国せざるを得なくなった友

人のカナダ人宣教師から渡された『赤毛のアン』の原書を読んだ花子は、物語が自らの青春時代に似ていることに驚き運命を感じる。自分を培った素晴らしい恩師や環境が戦争によって失われていくことに対して、恩師や同級生との友情の証をたてるという使命感のもと、戦時中の過酷な状況で同書の翻訳に取り組んだ。

花子にとって翻訳とは花子にとって翻訳とは、原作を生ん

だ国と自分の国とを結ぶ友情のシンボルとなるものであり、原作の素晴らしい言葉や人格を読者に伝えることを生涯追及した。そのためには、原作の言語だけでなく、その国の文化や歴史も含めた環境を深く理解する必要があるという。また、日本の読者に向けては、誰でも理解できるように、心に届くやさしい言葉を選ぶことを心掛けていた。

講演の最後には、私たち翻訳者に向けた励ましのメッセージもいただき、まさに IJET-25の開幕にふさわしい基調講演となった。

【報告者】石原 奈緒美

基調講演:村岡花子―『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望

翻訳家村岡花子の孫にあたる。姉、村岡美枝はアン・シリーズ最終巻『アンの想い出の日々』の翻訳者。東洋英和女学院高等部、成城大学文芸学部卒業後、雑誌の記者として活動。一方で、91年より、翻訳家の祖母、村岡花子の書斎を「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」と称し、姉と共に、蔵書や資料の保存、整理にあたる。(記念館は予約制で公開をしていたが、現在は休館中)

M u r a o k a E r i

P R O F I L E

村 岡 恵 理

村 岡 恵 理M u r a o k a E r i

撮影:世良武史

Page 6: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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日英翻訳者。翻訳学校サン・フレア アカデミー講師。日本英語交流連盟(ESUJ)公認インストラクタ。JTFジャーナル編集委員。『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)にて「英訳ドリル」連載中。著書には、『英語「なるほど!」ライティング』、『Google英文ライティング』、『eリーディング英語学習法』、『あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話』がある。訳書には、小川英子著『ピアニャン』英語版 Little

Keys and the Red Piano、星野富弘著『愛、深き淵より』英語版 Love from the Depths

─ The Story of Tomihiro Hoshino(共に共訳)がある。

P R O F I L EFrom his home on Cape Cod, Terry

Gallagher has been a freelance translator

for over a decade. His work is mainly

reports for investment banks, and he also

translated the Bank of Japan's definitive

tome on its operations. Since the demise

of Lehman Brothers, he has diversified into

legal translation. But he also translates "fun

stuff." This year, he received a Philip K. Dick

Award Special Citation for his translation of

Self-Reference Engine by Akutagawa Prize

winner Toh EnJoe(円城塔)..

P R O F I L E

て気づかされました。次の問題は日本文の曖昧さや日本語独

特の表現でした。日本文は主語や目的語がない場合も多く、曖昧なものになりがちで翻訳者にとっては共通の悩みですので、具体的な文章の指摘箇所については参加者全員が頷いていました。

Gallagher氏は、英語圏の一般の読者が相手なので、自然で魅力的な英文記事になるように翻訳しなければならいと、実例を挙げて説明されました。ではどのように翻訳をされているかというと、英語的なロジックや慣用的な表現の面でも違和感のない文章に Recast されているそうです。自然な英語になるように文章を

「Recast」してしまうと聞いた時には、そこまで要求されるのかとハードルの高さにもショックを受けましたが、そこまでしてもいいのかと正直羨ましさも感じました。また、正確に原文の内容を盛り込むだ

けでなく、文字数をできるだけ削った切れ味のある英文に訳す必要がある点を強調されていたのが印象的でしたし、「ニクソンショック」や「リーマンショック」等のカタカナ用語も実は外国ではそのような言い方をしないし、アメリカ人にとってはあまり愉快な呼び名ではない事なども、門外漢の私にとってはとても新鮮でした。セミナーの後半は、具体的な表現につ

いての質疑応答で、細かい点について活発なディスカッションになりました。和気藹々とした雰囲気でしたが、読者

を魅せる英文記事になるよういかにして和文英訳に翻訳者が真摯に取り組んでいるのかが伝わってきました。経済記事を訳すことのハードルの高さと面白さを感じさせるセミナーでした。

【報告者】二神 信也

本セミナーは実際の経済雑誌を例題にしたワークショップで、参加者からも積極的に発言があった活気のあるものでした。スピーカーの Terry Gallagher氏は、元ロイター通信の記者をされていた方で、経済関連の翻訳だけでなく小説などの翻訳も手がけているベテラン翻訳者です。言語や文化の壁を越えていかにニュースを伝えるかという事について翻訳の話だけでなく記者としての視点からもお話しくださいました。セミナーは、まず日本のニュース記事と英語圏のニュース記事の大きな違いは何かという話から始まりました。英語圏のニュース記事では一番重要な内容を記載するのは3段落目とほぼ決まっていて、後になるにつれて書いてある内容の重要度が下がっていくものだが、日本の記事ではポイントとなる内容がどこに記載されているかは一定ではないし、記事の最後に書かれていることもあるので、記事を最後まで読んでから内容を判断することが大事だということを課題の記事を読みながら説明されました。日本人の感覚では何となくざっと読んで違和感がない文章も英語のネイティブにとってそうではないという事に改め

IJET25、2日目。小雨降りしきる東京。遠田先生の元気いっぱいな挨拶でセッションが始まりました。このセッションのテーマは、ずばり、

「さらば、日本語が透けて見える英語」。遠田先生がこれまでのキャリアから導き出した「英語らしい英語」にするためのノウハウを、予め出されていた課題を通して学び、参加者同士の意見交換で理解を深めました。英語らしい英語にするために必要なス

テップには以下の3つが挙げられます。

1)定義する2)目標を決める3)ノウハウを学び、使う

それぞれについて細かく見て行きます。

1)「英語らしい英語」を定義する「日本語が透けて見える英語」と「英語らしい英語」の違いはどこにあるのでしょうか?今年2014年の大ヒット映画、「アナと雪の女王」のタイトルなどを日英で比較

Financial Translation Workshop

6.21 sat. 13 :15-15:15

T e r r y G a l l a g h e r

さらば「日本語が透けて見える英語」!

遠 田 和 子E n d a k a z u k o

6.22 sun. 9:00-11 : 15

Page 7: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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特集

すると分かるように、英語は動作(アクション)を志向すると英語らしく、日本語は状態・状況を表現すると日本語らしくなることがわかります。

映画タイトル  英語:Frozen

日本語:アナと雪の女王主題歌タイトル 英語:Let it go

日本語:ありのままで

そのため、単語と構文だけ入れ替えて日本文を英文にしても「英語らしく」なりません。また、日本語は言葉を重ねて状況をはっきりさせることが多いのですが、英語では「強い」動詞を使い、少ない語数で意味をはっきりさせることがポイントです。そうすると、

・ SVが文頭にあって、お互いの位置が近い・ 動詞Vが強い動詞である・ 最少の語数で最大の情報を提供している

英文が、「英語らしく明解な英語」として定義することができます。

2)目標仮に自分が書いた英語原稿にネイティブチェックが入るとしても、それはあくまでもチェックであって、rewrite ではありません。文法的に明らかな間違いがない限り直されることもまずありません。ですから、自分の書いた英文をself-editできるようになることを目標にします。

3)self-editの過程ではまず、「主語と動詞に丸をつけ」、「最初の5ワードに下線を引いて」みましょう。そして、主語と動詞は近い位置にあるか、強い動詞を選択できているかを確認します。同時に、最初の5ワードでどれだけの情報が伝えられているかについても確認します。日本語では左側(文頭側)の言葉が右側(文末側)の言葉を修飾していくのに対し、英語では左側の言葉を右側の言葉が修飾しますから、修飾されるべき主語をうまく配置しないと、SVの関係が分かりにくくなることがあります。ここが上手くいっていれば、語数の少ない簡潔な文章

になっている可能性が高いです。上手くいっていなければ、見直す必要があるでしょう。また be動詞や仮主語の多用には要注意です。見直しの過程では、否定で書かれていた文を肯定にするといった柔軟な発想も重要になります。

今回のセッションはネイティブの方も積極的に議論に参加して下さったため、とても有意義で楽しいものになりました。遠田先生が提示して下さった self-

editの具体策を活かして、日本人だからこそ提供できる質の高い英訳を目指したいと思います。

【報告者】大谷 奈緒美

Page 8: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科・異文化コミュニケーション学部教授。元モントレー国際大学大学院日本語翻訳通訳プログラム主任。通訳・翻訳者としての長年の経験をもとに、通訳翻訳の歴史、社会文化的側面、教育などの研究に取り組む。日本通訳翻訳学会理事。著書に『東京裁判における通訳』、訳書に『翻訳理論の探求』(A・ピム著)など。

P R O F I L E

6.22 sun. 13 :00-15:45逐次通訳の基礎

武 田 珂 代 子T a k e d a K a y o k o

22日の立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科の武田珂代子氏による「逐次通訳の基礎」のセッションに出席しましたので、ここに報告します。セッションは通訳者としてのキャリアがすでにある方や、通訳者を目指して学んでいる方を対象に、講義と通訳演習を組み合わせて進行されました。まず、通訳の歴史・背景などが説明されました。20世紀初頭、ヨーロッパの外交の場ではフランス語が公用語で、通訳が必要なときは代表団などの一員が他の任務も兼任しながら一文ずつの通訳を行っていました。第一次大戦後のパリ講和会議、その後創設された国際機関で多言語主義がとられ、会議通訳の専門職化が進むと、ジュネーブ大学などで通訳者の養成が始まりました。そこでは、長いスピーチを逐次通訳するための訓練が行われました。通訳は逐次通訳が基本であり、訓練もまず逐次から始まります。1回に通訳する長さについては、様々な意見があります。日本では、比較的短く切った逐次通訳の訓練が主流のようですが、ヨーロッパ言語では8分ほどの長さの通訳訓練にこだわる向きもあるようです。このような訓練は、市場で行われている逐次通訳

の現状とはかけ離れたものだという批判がありますが、長い発話を訳出する訓練に慣れると短い逐次通訳も楽にできるようになるという主張もあるようです。通訳訓練には重要な要素がいくつかありますが、Active Listening はとても重要でしょう。通訳とは、聞いて→理解し→記憶を一定時間保持し→アウトプットする行為ですが、その最初の「聞く」訓練では、能動的に分析しながら聞く Active Listeningの力を養います。その際、内容の分析 (Analyzing)、予想(Anticipation)、論理の流れ(Logical

flow)、 主 旨(Main message)、 要 点(Main topics)、情報の優先順位づけ(Prioritizing)、構造(Structure)などを考えながら聞くようにします。

Active Listening で 聞 い た 内 容 をMemorizeする(一定時間の記憶保持)と同時に、記憶を想起するための Note-

takingの技術も重要になってきます。Note-takingではシンボルなどでメモを取り、訳出補助に使います。武田先生がお使いのメモと、メモ取りのシンボルを参考として紹介してくださいましたが、メモ取りのシンボルに正解といったものはありません。なぜならシンボルには文化的な要素が多く反映されているからで、極端に言えば自分が書いたメモを見て訳出できれば、それが正解となります。メモ取りは自分が一目見てイメージやコンセプトが浮かぶようなシンボルを使うこと、垂直方向にメモを取って行き、訳出し終わった箇所は斜線を引くなどの工夫も必要です。

また、色々な分野の背景知識を増やすことも重要で、背景知識があると「聞いて理解する」ことの認知的負荷が低減され、アウトプットにより多くの注意を傾けることが可能になります。具体的な訓練方法の説明の後に、武田

先生の英語スピーチを Active Listening

で分析する練習を行い、セッション参加者の英語スピーチおよび日本語スピーチをそれぞれ分析して日本語/英語に訳す通訳実践を行いました。最初は全くNote-takingをせずに Active Listening

だけで訳出にチャレンジしてみました。Note-takingばかりに注意が行き、Active Listeningがおろそかになってしまうケースも多くあるとのことで、バランスが重要なのだと改めて感じさせられました。ただ理論を教わるだけでなく、実際に

実践してみることで通訳とは何かを何倍にもよく理解できた有意義なセッションでした。学習者だけでなく、プロの通訳者にも役立つセッションだったと思います。

【報告者】邊保 信子

Page 9: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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特集

2020年に開催される東京オリンピック。海外から日本を訪れる観光客の数は今後ますます増えることが予想される。そんな中で、日本の伝統的な芸術に触れるために美術館や博物館に足を運ぶ外国人が困っていることがある。展覧会の作品などについている解説の英語の情報量が日本語と比べてかなり少ないのだ。原因のひとつには、美術館などの資金不足があるようだ。しかし現在、日本政府はオリンピックに向けて日本の文化を世界に発信しようと、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2014」を作成し、文化庁も助成金の枠を拡大している。つまり、これまでニッチな分野とされてきた美術館などでの展覧会や海外に情報を発信したい芸術家のための日英翻訳の需要が高まっているのだ。展覧会の翻訳には、作品の解説の他に、カタログ、冒頭のあいさつや年表などのパネル、案内表示、そして近年では音声ガイドの多言語化も必要だ。Gordenker

氏は、こうした翻訳では、美術の知識はもちろんだがそれ以上にさまざまな工夫をしてきたと言う。例えば、日本人には重要でも外国人にはなじみのない事件を年表から削除したり、解説パネルのチャプター名を短くするなどしているそうだ。そして、日本の文化に詳しくな

い鑑賞者たちを対象に言葉を選び、「幕末」を「Bakumatsu」と訳さないで「the

end of the Edo era」、もしくは「during

the late 19th century」としたり説明の言葉を補足している。また、作品の解説を翻訳するときにはテキストしかない場合もあり、「男女の写真」と日本語で書かれているだけでは人数が分からず、複数形にすべきか判断できないことがあるといった苦労話も語ってくれた。音声案内にはテキストがないこともあり、翻訳にはさらにコストがかかってしまう。そこで彼女は、自分が英訳を手がけた「RENJO展」で英語でのフロアレクチャーも行ったそうだ。さらに、ライターとしての能力を活用し、展覧会のプレスリリースやWebサイトの英語テキストを作成する仕事もしている。彼女がこの仕事を始めたきっかけは、

偶然訪れた展覧会で学芸員に解説の英訳をする人材が必要ではないかと聞いてみたからだ。彼女は、翻訳のスキルがあれば芸術についての知識は少なくとも何らかの機会はあると言う。また、地方の美術館の方が都会よりもチャンスはあるとも。自分のWebサイトの英訳を必要としている芸術家もいるだろう。とにかく、行動してみることが鍵のようだ。こうした業界における今後の課題は何

だろうか。先ずは芸術家が翻訳の大切さを認識することだろう。英訳を嫌がる人は減ってきているが、自分のコメントを自ら英訳した人が専門用語やライティングのスタイルが間違っているなどが理由で、せっかくの作品や貴重な意見が上手く伝わらない例もあるようだ。そのために、芸術分野の多言語化のための委員会を立ち上げる、翻訳者と学芸員や芸術家とのコミュニケーションを密にする、英語のできる学芸員を増員するなどの対策が必要になっている。「分かりやすく文化を伝える。」それが私たち翻訳家の大切な役割なのだ。

【報告者】玉川 千絵子

Alice Gordenker is a Tokyo-based writer who

translates regularly for museums, artists and

NHK’s international programming. She has

translated about all sorts of arts and traditional

crafts, from pottery to painting, and has

developed a special focus on photography.

She has handled all aspects of translation

for museum exhibitions, from catalogs and

captions to the invitations for openings, and

has written press releases and web pages as

well as artist statements and profiles.

P R O F I L E

6.22 sun. 13 :00-14:15Writing and Translating for Museums and Artists

A l i c e G o r d e n k e r

Page 10: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

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インサイトフィナンシャル株式会社代表取締役。CFA協会認定証券アナリスト、公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員。経営コンサルタントとして財務アドバイザリー業務に従事するとともに、金融・経済分野の翻訳者の育成も行う。著書に『まだ「ファイナンス理論」を使いますか? MBA依存症が企業価値を壊す』(日本経済新聞出版社)、『グロービッシュ実践勉強法』(日本実業出版社)がある。

P R O F I L E

6.22 sun. 16:00-17 :15

IR関連翻訳に求められる専門知識

手 島 直 樹T e j i m a N a o k i

セミナー冒頭からいきなり、「私はリサーチは信じていません」と手島氏。リサーチを頼りに金融分野にもうかうかと手を出している私のような翻訳者の甘さを見事にくじく、厳しいお言葉がガンガン続く。専門知識のない人が訳したものは必ずボロが出るもので、「最後の10%はごまかせません」。そして、「だから私は翻訳本は読まないようにしています」とまで! そ、それでは一体、金融畑出身でない翻訳者はどうしたら? 答えはひとつ、「専門知識をつけること」。身もフタもないようだけれど、良い翻訳に近道はないということですね。

ぜなら、自社株買いに応じるかどうかは選択可能だからだ。】こうした用語をすべて網羅した市販の

辞書や用語集は存在しない。これまた、普段から日英の最新情報に触れているかどうかが試される、というのが結論だった。セミナーの最後に、手島氏は IR翻訳者が常に読んでおくべき媒体をいくつか挙げてくれた。金融用語マスターのためには鉄板の『日本経済新聞』と、投資家のコメントが頻繁に出ている『日経ヴェリタス』、英語では『Wall Street

Journal』。基礎を勉強したい人には、米国の大学で広く使われている定評あるテキスト『Principle of Corporate

Finance』(McGraw-Hill刊)と、入門編として手島氏の著書『まだ「ファイナンス理論」を使いますか?』、そして伊藤邦雄氏の『新・現代会計入門』と『ゼミナール 企業価値評価』(いずれも日本経済新聞出版社刊)がお勧めだそうだ。

【報告者】城田 朋子

しかし、押さえておくべきポイントというのはある。CFAホルダーでもある手島氏によると、金融分野の膨大な情報の中でも IR実務で真に必要とされる部分はわりあいに限定されているようだ。まず当然ながら財務諸表分析、そしてコーポレートファイナンスに関する情報が最も使用頻度が高い。IR翻訳に関して言えば、投資家が企業に求めていること、つまり重視されている経営指標(ROE、ROIC、資本コストなど)についての理解は必須。これらは企業側が投資家に発信したいコアな情報でもあり、IR情報の中心となるからだ。また、IRにおいては、投資判断/株主還元/資本構成/資本コストからなる「ファイナンスの四本柱」の理解が非常に重要。これは、IR

を扱う以上、最低限身につけるべき金融理論の中枢であると手島氏は言う。ソース言語で内容を理解できたとして

も、次にはそれを正しい訳語に置き換えられるかという問題がある。たとえば今回のセミナーで事前配布された和訳課題。自社株買いを使った株主還元についての記事で、次のような文章があった。

Some investors, too, prefer repurchases

because they can then choose whether

or not to participate.

この「participate」を何と訳すか。自社株買いについての情報を日本語で読んだことがないと、つい「参加する」などという訳語を捻り出してしまいたくなるが、「(自社株買いに)応じる」が正解。【訳例:自社株買いを好む投資家もいる。な

Page 11: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

11

特集

今号で IJET-25という大きなイベントを紹介した日本翻訳者協会(JAT)と JTFは、平素からいろいろな形で連携を図っています。昨年も JTFは、JATと協力して『JTF日本語標準スタイルガイド』の英語版である“JTF

Style Guide for Translators Working into Japanese”を作成しました。現在、JTFと JATのウェブサイト内で無償で公開しています。● JTFサイト:http://www.jtf.jp/jp/style_guide/styleguide_top.html

● JATサイト:http://jat.org/ja/news/show/e_to_j_style_guide

ネイティブの日本人にとっても理解しづらい日本語表記のルールを見事な英文に翻訳したのは、JATの会員であるフレッド・ウレマンさん、佐藤エミリー綾子さん、森井サイラさんの3人です。それぞれの写真とコメントを紹介します。

Fred UlemanさんEvery language has its conventions, and translation needs to respect these

conventions so the writing does not get in the way of the message. Yet it is all too easy

for translators to unthinkingly mimic/transplant the source language’s conventions.

That is why this Style Guide is so important for everyone working from E to J. Not only

does it remind you what the Japanese conventions are, it suggests how to standardize

your output when there are multiple choices – including the reminder that client style

guides also need to be referred to. It was a pleasure to work on the translation.

Syra MoriiさんConsistency is key to creating professional and polished target text, and the JTF Style

Guide covers common areas where consistency is often lacking. When translating from

English into Japanese, proper nouns, notations and common Japanese words can be

written in various ways, and even seemingly straightforward punctuation and spacing

is open to interpretation. Translators often face questions from clients over what the

proper usage is, while the Internet abounds with standard and non-standard variations.

The JTF Style Guide is designed to serve as a guide and source of reference for these

linguistic dilemmas. It was a pleasure working on this project and I hope it serves as a

useful tool for language professionals working between English and Japanese.

佐藤エミリー綾子さん英語圏には、The Chicago Style of Manual等、文章を書くための手引書が数多くあります。今回、「同じようなものは当然、日本にもあるだろう」と思っており、「日本語は読めないけれど、どのような文章作成のルールや表記の基準があるかは知っておきたい」と希望する英語圏出身者を対象に、JAT会員3人が『JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)』の解説部分を英訳しました。

JTF版スタイルガイドは、外国語から日本語への翻訳用ですが、JATではその逆の日本語から英語への翻訳用スタイルガイドの作成を進めています。近い将来、何らかの成果を発表できればと考えています。

JTFスタイルガイドを英訳した方たち

Page 12: 日本翻訳ジャーナル 2014年9/10月号

SEMINAR

12

Event R

epo

rt 01

2014 年度 第 1 回 JTF 翻訳セミナー

日 時 ● 2014年 5月 15日(木)14:00~ 16:40

開催場所 ● 剛堂会館

テーマ ● 「翻訳業務でExcelを効率よく使うには」 講 師 ● 一般社団法人実践ワークシート協会 代表理事 田中 亨 T a n a k a T o r u

報告者 ● 津田 美貴(個人翻訳者)

2 0 1 4 年 度 第 1回 J T F 翻 訳 セミナ ー 報 告

今回のセミナー講師は MicrosoftのMVPアワード Excel部門日本初の受賞者田中亨氏。Excel関連の本も多数執筆されており、氏の著書にお世話になった方も多いのではないだろうか?本セミナーでは、Excelのスペシャリストからお伝えしたい、Excelの正しい使い方、VBAを効率よく活用するために必要な概念、その学習方法などについてお話し下さった。

Excelとは何か?

エクセルは、「機能」「関数」「VBA」の3要素で構成されている「表計算ソフト」である。「機能」は手動で何かをする(ex.グラフを作るなど)、「関数」はセル内の計算(ex.参照式、ワークシート関数など)、「VBA」はプログラム言語で Excelを自動化する際に用いる(ex.

マクロ、ユーザー定義関数など)。Excel

ではこの3要素を駆使して行いたいことを実現する。「機能」は覚えて選ぶもの、対して「関数」と「VBA」は理解して作るもの、という違いがある。マクロと VBAが同じものと混同され

ることも多いが、まったく別物である。マクロは Excelの機能(あらかじめ準備されている命令書)であり、VBAはプログラム言語(Cや Javaと同様に機械に対して命令するための言語)である。また、マクロとマクロ記録(実際に行った操作を記録する)は別物なので注意して欲しい。関数は覚えて使うものだが、マクロの作成はストーリーを作るような

もの(スクラッチで書く)であり、選んで使うものではない。つまり、書くために使う言語が VBAというわけだ。

翻訳業務で便利なマクロと機能

お役に立ちそうなマクロを3つ作ってきたのでまずは見ていただきたい。(デモ①:用語集から該当の用語(英単語or訳語)を探して表示するマクロ。デモ②:Excelの原稿内から検索したい文字 or文字列を指定すると、該当する箇所の文字色を変えるマクロ。デモ③: テキスト Boxに入っている内容をテキストファイルに書き出す。訳した後に元のテキスト Boxに戻すマクロ)デモ①や②は並べ替えやオートフィル

タ、検索機能(Ctl+ F)などを使えば同じことができるのでは?と思った方もいらっしゃるのでは?その通り、可能である。ではマクロを使うことで何がいいことなのかというと、「選択肢が増える」ということである。逆にデモ③のようにマクロでしか実現できないこともある。例えば、先ほど質問ででた1週間分の検索した英単語の履歴を取りたいとか、手動コピーでは失敗するほど大量のコピーを行いたいもマクロでなら可能だ。しかし Excelは本来表計算ソフトなので、できることとできないことがある。たとえばセル内の文字が印刷すると途中で切れてしまうことがあるが、これは1

セル内に入力可能な文字数が決っているためでマクロでも直すことができない。

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Excelの機能・関数・VBAすべてに精通する数少ないExcelのプロフェッショナル。税理士事務所勤務を経て、1997年に「入門 Excel97 VBA」(秀和システム)を執筆、以降 Excel関連の書籍を多数執筆。ネット上で Excelの有益な情報提供サイトの草分け的存在である officetanaka.netを1995年に開設。さらにMicrosoftが卓越したコミュニティ活動者に対してアワードを授与する MVPアワード Excel部門の日本で最初の受賞者。以降、11年連続で MSMVPアワードを受賞中。近年はトレーニング、セミナー、企業向けコンサルティングを実施し直接ユーザーに対して Excelを指導。2013年に一般社団法人実践ワークシート協会を設立、代表理事。

P R O F I L E

T a n a k a T o r u田 中 亨

また、Excelは表計算ソフトなので、経理用の機能、営業用の機能というものはない。同様に、翻訳用の機能などというものもない。表記の揺れをチェックする(文字列を探す、一括変換する)ことは可能だが別のソフトを使った方が早い。したがって、Excelは表計算ソフトであるからとある程度割り切って使ってもらう必要がある。

なぜそのままExcelマクロを使えないのか

ネット上で公開されているマクロを持ってきて、自分の環境で使えなかったという経験は無いだろうか?環境設定とか Excelのバージョンの違いなど、自分の環境に合わせたカスタマイズが必要になる。また、汎用的なマクロを組むことは難しいので、ファイル名や Sheet名、セル幅など、運用の際にルールを作っておく必要があることもある。このようにマクロを移植する際に少し手直しする必要があるが、基礎がわかっていないと直すことはできない。これは翻訳の際に主語と述語がわかっていないと訳せないのと同じようなものだ。手直しをする際にネットで調べると

「こうすればできる」はあっても「なぜこうすべきか」が書かれていないものがほとんどである。Excelを理解して書いている人は少なく、素人がちょっと直したら動いたと理解しないで書いているものが多いので情報を鵜呑みにしないこと。ネットの情報は玉石混交なので気をつけて使って欲しい。

Excelを使いこなすために何を学べばよいか?

「これから Excelを勉強したいが、「機能」「関数」「VBA」のどれから始めたらよいだろうか?」と質問されることがよくある。機能をわかっていないとマクロは書けない。したがって、どれか1つだけやどれかを優先的に学ぶということではなく、3つとも並列して学ぶ必要がある。Excelや VBAの基礎を学習するしかなく、何か特別なことや近道はない。マクロを作るためには、「機能」を覚えて「関数」と「VBA」を理解して作る。

関数と VBAは一覧表などから選ぼうとせずに覚えて使うようにする。関数は単体ではなく組み合わせて使うものが多く、あくまで素材でしかない。そういう意味でも一覧表から選んで使うという発想は捨てていただきたい。自分が考えているマクロを実現するこ

とが可能か不可能かなら、実現することが可能だ。しかし、それを自分でプログラムを組んで実現するのが現実的かはまた別だ。手動で行ったほうが早い場合もあるし、外注して作ってもらったほうが早く安くできる場合もある。その判断は必要である。みなさんが作りたいと思っているマク

ロは、マクロ記録で作れるほど楽な操作ではないので、マクロ記録でマクロを作ることはできない。ただし、マクロ記録をわからないことを調べる辞書の代わりに使うのはかまわない。また、Excel

VBAはあくまで道具なので、人間がルールを作って運用していかなければならない。プログラム云々はその後で、人間のうっかりミスを減らすためのものである。

まとめ

Excelは本来「表計算ソフト」であり翻訳業務を支援する専用の機能はない。デモで紹介したマクロは一般的な文字列操作のマクロでしかない。

Excelは本来入力→計算→出力(グラフを作る、ピボットテーブル、印刷、保存など)の流れを想定して作られているので、この流れにそって Excelを正しく使って業務を効率化していただけたら幸いである。

(感想)

デモ③のテキスト Boxに入っている内容をテキストファイルに書き出す、もとに戻すツールは会場内のあちらこちらから「欲しい!!」という声が上がった。Excelは表計算ソフトなので用語集くらいしか使い道がないと思っていたのだが、マクロを使えばこんなことも Excel

でできるのか!と目から鱗であった。

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2014 年度 第 1 回 JTF 関西セミナー

日 時 ● 2014年 5月 29日(木)14:00~ 17:00

開催場所 ● 大阪大学中之島センター

テーマ ● 「CTD臨床パートのライティングと英訳 ~第2部 2.5と2.7の書き分け、訳し分け~」

講 師 ● T Quest 代表、株式会社 アスカコーポレーション 顧問

津村 建一郎 T s u m u r a K e n i c h i r o

報告者 ● 小泉 志保(株式会社 アスカコーポレーション)

2 0 1 4 年 度 第 1回 J T F 関 西 セミナ ー 報 告

本セミナーの講師は T Questの代表である津村建一郎氏。氏は長年医薬品の開発業務に携わっておりメディカルライティングやメディカル翻訳等との関わりが深い。今回は承認申請資料であるCTD内での臨床パートのライティングと英訳、その中でも重要であるが難しい第2部2.5と2.7の書き分け、訳し分けに焦点を絞りご講授いただいた。

CTDとは

CTDとは、「Common Technical Document

(コモン・テクニカル・ドキュメント)」の略であり、医薬品等の製造販売承認取得のために規制当局に提出する承認申請資料である。これまで申請資料などは日本国内ですべて作成されていたが、CTD

になってからは国際試験が増えているため、日米欧で同時開発・申請することが多くなっている。英語で書かれた主要な海外試験の治験総括報告書(CSR)と日本の CSRを統合して日本国内申請用 CTDを作成することが今の主流である。そこで、海外の CSRや CTDを日本の CTDに再ライティングまたは翻訳する際の注意点をここで述べたい。

CTDはあくまで 「様式」

CTDの章立ては日米欧で合意に達しているが、CTDの各章中に何を書くか、どこまで書くかは各地域・国でそれぞれ異なる。そのため、米国 FDAで承認が取れた CTDをそのまま翻訳して日本の

CTDとして PMDAに申請しても受け付けてもらえない。米国・欧州で承認された CTDがあったとしても、日本用に再ライティングと翻訳作業が必要になる。日本の CTDで当局が特に重視しているのは「モジュール2」である。モジュール2は他のモジュールと異なり図表以外の文言を必ず日本語で作成しなければならず、さらに、米国・欧州とは記載する内容や程度が異なるため、欧米の「モジュール2」の記載だけでは足りない。

モジュール2の重要性

CTDはモジュール2~5で構成されており、CTDの臨床パートはモジュール2.5および2.7である。モジュール1は各地域・国で必要な情報を記載する場所なので、ICHガイドラインからは除外されている。日本の申請ではモジュール2が命であり、モジュール2がどれだけ良くできているかによって承認の合否が決まるといっても過言ではない。欧米で使用された CTDを和訳するだけなく、新たに日本用のモジュール2を作成しなければならない。翻訳だけではなくライティング作業がここで必要となる。

CTD作成時のキーポイント

申請者が提出した CTDは PMDAを通じて最終的には厚労省の薬事・食品衛生審議会に届く。ところが、この薬事・食品衛生審議会がおもに審査する資料は申請者が提出した CTDではなく、PMDA

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T s u m u r a K e n i c h i r o

P R O F I L E

津 村 建 一 郎

外資系製薬メーカー、CRO等にて30年以上にわたって医薬品等の臨床開発業務に携わっており様々なプロジェクトを成功させてきた。現在は T Questを設立し、代表をつとめる。メディカルライティングのみならず、翻訳、翻訳学校での講義、医薬品等の開発コンサルティングなど多方面で活躍中である。

が作成した「審査報告書」である。CTD

は薬事・食品衛生審議会ではほとんど評価されない。一方で、「審査報告書」はPMDAの審査官がおもに CTDを基に作成するので、審査報告書にどのような内容が書かれるかは CTDの出来次第である。審査官が審査報告書を作成する際に重視しているポイントまたは重要な情報源を CTDで十分に明記して審査官が審査報告書を作成しやすいように CTDを作ることが速やかに承認を得る鍵となる。

モジュール2.5と2.7の違い

CTDモジュール2.5「臨床に関する概括評価」とモジュール2.7「臨床概要」は似ているようで全く違う目的の項目である。2.5の「臨床に関する概括評価」では新薬などを申請するに至った臨床的考察や解釈などの申請者の思い(申請者の主観)を述べる箇所であり、2.7の「臨床概要」では試験成績の事実(客観的データ)を簡潔に述べる箇所である。特に、CTDの中で申請者の思いを述べることができるのはこの2.5のみであり、他の項目で主観を述べることは避けるべきである。臨床的考察と解釈(申請者の思い)の例としては、「…本剤の臨床上の存在意義は大きい。」、「…These

results support the choice of 50 mg as

effective dose…」等の推察に基づいた主観的な文言などに代表される。

モジュール2.5作成上の留意点

モジュール2.5では申請医薬品の開発計画および試験結果の優れた点と限界(strength and limitations)を示し、目的とする疾患におけるベネフィットとリスクを分析し、試験結果が添付文書中の重要な部分をどのように裏付けているか申請者の考えるところを記述する。当局が申請理由を知るための箇所である。

リスクとベネフィットとは

リスクとベネフィットとは医薬品等に期待されているベネフィットが懸念されるリスクを上回っていることを示すこと

である。ベネフィットがリスクを上回っていることの評価は概ね主観的であるため、申請者は客観的に示す方法を考えなければならない。真に科学的な基準に基づいた判断かどうかは常に留意しておく必要がある。良いことと悪いことのバランスを取って書くことが重要。リスクとベネフィットを絶対値として示すことは難しいため、相対的評価を行うことになる(例:既存医薬品との比較)。つまり、改良したベネフィット/リスクが平均的対象患者に対してどのように作用しているのか臨床データから具体的に述べ、その改良したベネフィット/リスクが現在の医療に対してどのようなインパクトをもたらすのかを記述する。

添付文書中の重要な部分とは

厚労省は申請された薬物(製品)に対して承認を与えるが、具体的には添付文書に記載されるすべての文言を承認するということである。従って、添付文書の文言は承認事項であり、勝手に変更することができない公文書である。つまり、モジュール1.8「添付文書案」に対して最終的に承認を出すことになる。1.8にはおもに「効能・効果」および「効能・効果の設定根拠」ならびに「用法・用量」および「用法・用量の設定根拠」が書かれている。これらはすべてモジュール2.5

および2.7の項目から参照されており、最終的には2.7.6「個々の試験のまとめ」につながる。そのため、2.7.6~1.8のすべての項目に論理の一貫性が求められる。さらに、この2.7.6は翻訳が最も多く発生するパートであるため、翻訳する際に最終的に承認時に重要な箇所となる認識をもつことが重要である。

モジュール2.5作成のポイント

申請する薬剤の臨床上の優位点、結果の解釈の限界(限界の例:適切な実薬対照比較試験がない、エンドポイントや併用療法に関する情報が少ない、無効非劣性の可能性など)、日本の臨床の場での申請する当該薬剤の位置づけについて述べる。主眼は、CSRなどの申請資料から導かれる結論と臨床上の意義を述べること(申請者の主観的な思い)。モジュー

ル2.7「臨床結果」(試験結果)の単なる繰り返しにならないように注意する。

モジュール2.7作成上の留意点

モジュール2.7は、CTDの中で最もボリュームが大きく翻訳依頼も多いパート。モジュール2.7.4「臨床的安全性の概要」では治療変更(投与中止、用量変更、治療の追加)をもたらした有害事象について記述する。モジュール2.7.6「個々の試験のまとめ」では中止脱落例およびプロトコール逸脱例に言及し、それぞれの理由・解釈を一覧にすることにより適切なクライテリアに基づいて試験が行われおり、試験内および試験間にバイアスがないことを当局に示す。

まとめ

・ 事実と推察(思い)を明確に分ける。事実(臨床試験結果)に基づく議論・考察(おもにモジュール2.7)と推察に基づく議論・考察(おもにモジュール2.5)を混在させないこと。・ 悪い情報を隠さない。プラスがあればマイナスもあることを審査官は心得ているので自らの主張に都合の良い情報・文献のみで議論を進めないこと。不利な情報も平等に開示し、その反論が来ることを踏まえた論理構成を目指すこと。

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翻訳会社の声Found in Translation Company

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株式会社エスケイワード代表取締役

加 藤 啓 介

二の波は、インターネットの登場・普及である。実はそれ以前にも「ニューメディア」と呼ばれるブームがあり、通信と連動した専用端末などが開発されていた。ところが、期待したほどには普及せず、いつしか言葉まで聞かれなくなった。この経験により、インターネットに対しても登場当時は懐疑的、または様子見的な態度が主流であった。ところが、インターネットという通信手段とWWWという表示技術の相乗効果で、瞬く間に普及が進み、情報が国境を越え、地球をめぐり始めた。実は組版の分野にはインターネットの登場以前から SGMLという構造化のタグの規格があり、WEBでいう HTMLとの親和性は極めて高かった。そのような技術的バックボーンにより、当社においても、WEBへの取り組みは一気に進み、多言語WEBサイトの制作が当社の一つの看板メニューとなった。

外国語とともに半世紀

 当社、株式会社エスケイワードは昭和39年に創業、昨年でちょうど50周年を迎えた。この50年間、一貫して外国語に携わってきたものの、翻訳業の看板をあげたのはここ十年ほどのことである。つまり、歴史ある翻訳業界においては新参者である。創業時は欧文写真植字業であり、組版を生業としていた。本社のある名古屋市は、当時より製造業が盛んで、輸出用の製品マニュアルやカタログ等の制作を多く手掛けてきた。その後テクノロジーの革新により業態も変化していく。第一には Macの登場。文字組版の専門業者から、DTP業へと変化していった。その恩恵として、デザイン業との境目がなくなり、当社においてもデザイン部門の充実が図られた。当時の当社の得意分野は、多言語でのパンフレット制作であった。第

そのころから、翻訳のニーズも高まり専任のコーディネータの養成からはじまり、今では社内の一部門(マルチリンガルサービス事業部)として独立して翻訳に取り組んでいる。現在はマネージャー2

名(東京、名古屋に各1名)とコーディネータ4名体制である。

多言語クリエイティブ会社というポジショニング

このように、半世紀に亘り外国語を核として事業展開してきているが、その成り立ちとしての必然か、現在の当社の立ち位置は多言語によるクリエイティブ会社または制作会社といえる。マルチリンガルサービス部門のほかにWEB

ソリューション部門(12名)、クロスメディア部門(9名)があり、互いに連携して仕事を行っている。本社名古屋が制作拠点となり、東京では営業とディレクションを行っている。WEBソリューション部門は IT技術のバックボーンが色濃く、中・大規模の CMS構築を得手としており、iPadアプリの開発などプログラミングも手掛ける。クロスメディア部門は、プリントメディアを中心とした制作をおこなっており、創業当時からの遺伝子を引き継いで「美しい組版」へのこだわりを強く持っている。当社のビジョンは「グローバル

コミュニケーションをデザインする。」というものである。デザインするとは、単にビジュアル表現としてのデザインに留まらず、コミュニケーションにおける言語とメディアを包括した表現設計であると考える。その実現のため、3

つの事業部が連携し、ワンストップで制作に取り組んだときに最大限の力が発揮されると考えている。例えば、WEBサイトの多言語化は、最も手軽な方法としては元となる日本語サイトを翻訳し、コーディングで差し替えることで

グローバルコミュニケーションをデザイン

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翻訳会社の声Found in Translation Company

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株式会社エスケイワード 代表取締役1958年名古屋生まれ。立教大学卒業。コピーライター、ディレクターとして広告、広報誌、大学案内、会社案内、IR報告書など企業コミュニケーション業務に携わる。1991年より現職。中部グラフィックコミュニケーションズ工業組合理事長。http://www.skword.co.jp

K a t o K e i s u k e加 藤 啓 介

制作できる。しかし、グローバルWEBサイトの構築は別物である。CMSをベースとした場合には、WEBの設計工程、デザイン工程、翻訳工程、マークアップ工程、チェック工程が複雑に絡み合い、むしろ分離できないものとなる。こうした事案において社内で一貫して制作に携わることで、工程コントロール、品質コントロールにおいてアドバンテージが発揮できるものと自負している。

高まる、言葉の重要性

かく言う私はというと、会社の歴史のちょうど半分、Macが登場した時期からのかかわりである。そもそものキャリアをコピーライターとして積んでおり、もっぱら日本語を専門として企業コミュニケーションにかかわってきた。外国語の専門家の方が読者の大半であろうこのジャーナルに寄稿させていただくにはいささか躊躇もあったが、言葉を愛する気持ちに免じて、言葉の専門家の端くれに加えていただきたい。そんな立場から、釈迦に説法ながら、翻訳業の今後のあり方について書かせていただきたい。ひとつは、「ローカライズ」で

ある。もともと、ソフトウェアやゲームの現地語化で使われていた言葉だが、最近は翻訳やWEBの分野でも使われることが多くなっている。「トランスクリエイション」という概念もこれに近いと思う。近年のわが社の事例では、一昨年、昨年とある空港サイトの多言語化に取り組ませていただいた。クライアントの目線が非常に高く、利用者(読み手)のことを常に意識されており、気づきと学びを多く得た仕事であった。そもそも空港の日本語サイトは国内から海外へ飛び立つ利用者を意識したものであり、これを単に翻訳したのでは、海外からの利用者には必要な情報が得られないものと

なってしまう。当然、多言語化の前提として、視点を逆にしての原文からのライティングが必要となる。さらに、読み手の国民性や嗜好までも意識した記事内容が求められた。これを翻訳工程のみで解決するのは無理な話であり、この経験を通して原文のライティング(クリエイティブ)の重要性を痛感させられた。もう一点は、「現地語発信」で

ある。近年では、ソーシャルメディアの普及が著しく、当社でも Facebookを活用したインバウンドプロモーションを手掛けさせていただいている。仕組みとしては、国内の観光地を外国人留学生が巡り、紀行文や写真をアップしてもらっている。この場合は、日本語の原文がなく、当然ながら翻訳もない。つまり日本人の感性が一切介在しないところにリアリティがあると感じている。ソーシャルメディアにおいては、言葉による発信力の重要性がますます高まっている。また、当社のオリジナルコンテンツとして日本のポップカルチャーを海外(主に中国)に向けて紹介する「ASIA POPCULTURE TODAY http://

www.asia-popculture.com.cn/」を運営しているが、これも中国人のアニメやフィギュア好きの留学生を中心にして取材をおこない、そのまま記事として書き起こして発信している。ネイティブであることに加え、それ以上にこうした分野の熱烈なファンであることがリアリティを高めていると考えている。管理やチェックの問題は残るものの、翻訳を介さない現地語による発信は今後も増えると思われる。

個が輝き、調和を育む会社

最後になるが、今後求められる人材について考えてみたい。いま注目されている「プロジェクトマ

ネージャー」について。当社でも、部門をこえたプロジェクトを統括する場合には、コーディネータ、ディレクターよりさらに上位の視点で仕事全体を統括する「プロジェクトマネージャー」の必要性と重要性は高まっている。ローカライズの視点に立ってワークフローが構築でき、言語能力とメディア対応力に優れる。クライアントと折衝し、チームをコントロールしていくコミュニケーション能力。さらには工程管理能力、リスク管理能力。いささか無いものねだりの感はあるが、そんなスーパーな人材を何人育て上げられるかがこれから問われるだろう。わが社の経営理念の一つに、「個が輝き、調和を育む器であり続けます。」というのがある。これが、私の経営のモチベーションの原点ともいえる。やる気に溢れ、夢を持つ若者の個性を伸ばし、一人一人が輝く仕事の場を提供したい。国籍や民族をも超えた個性が集まり、調和を保ちつつ協力し合って成果を出していく。この業界にかかわる一経営者として、そんな仕事、職場を維持し続けなければならないと強く思う。

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今号の「フリースタイル、翻訳ライフ」は、通常の連載を1回お休みした特別編成でお送りします。コラムオーナーの高橋は今回、 「IJET-25 特集」(p.4~)の編集も担当しましたが、それは高橋が IJET-25に実行委員のひとりとして関わったからでした。このコラムで毎回お届けしている「いろんな翻訳者の素顔、翻訳者どうしの交わり」をまとめて体験することができる、それも IJETの醍醐味です。そこで、こちらのコラムでも特集記事に連動し、同じ実行委員として活躍した井口富美子さんの特別寄稿をお届けすることにしました。

高 橋 聡T a k a h a s h i A k i r a

CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10 年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生活を約8 年経たのち、2007 年にフリーランスに。現在は IT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種 SNS の翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」 http://baldhatter.txt-nifty.com/misc/

かけがえのないもの— IJET-25実行委員を経験して

翻訳者

井 口 富 美 子

IJET-25 東京は、最終的に700

人以上の方々にご参加いただき、好評のうちに先日無事終了しました。実行委員の末席に私も名を連ねたこの会議は準備期間2年という大きなイベントでしたが、手伝ってくれないかとお誘いいただいた2年前がもう遠い昔のように思えます。私は JATに入会してから日も浅く IJETに参加した経験もなかったのでなかなか実感が湧かず、初の東京開催で前例のない規模、といわれても全体像を把握できず、これほど大変な仕事になるとは思ってもおりませんでした。

委員長が中心となって400人規模を目標にプランを練り、予算を立て、いくつもの会場を見学し、基調講演の候補を絞り、プログラムの案を集め(実際のセッション数の倍以上のアイデアが出されました)、ウェブサイトを作り、IJET-24(ハワイで開催)で披露する宣伝ビデオを作成した頃にはもう1年が過ぎていました。なかなか決まらずに気をもんだ基調講演でしたが、委員長他2人の委員が村岡恵理さんをお訪ねし、ご快

諾いただいたときは皆で小躍りして喜んだものです。

一番の関心は400人の参加者が集まるかどうかでした。SNSを駆使してしつこくない程度に宣伝し、チラシも手分けして各方面に配布しましたが、集客の鍵はプログラムの質であると考え、法律や医薬などの分科会の協力も得て時間をかけて案を練りました。日英と英日、各専門分野、通訳と翻訳などのバランスを取る必要があり、委員間での意見の食い違いもあって決して平坦な道のりではありませんでしたが、私たち実行委員自身が翻訳者・通訳者として聞きたいセッションを企画したことがプログラムの魅力の一因だったと自負しています。早割で400名に達し、締め切り前に定員の550

名を超えたときには、参加者の皆さんの大きな期待を感じました。さらにスポンサーが集まるかどうかも心配でした。JAT理事会が外務省や国際交流基金の後援を取りつけてくださったこともあり、また実行委員がそれぞれの顧客としっかりした信頼関係を構築していたことも幸いして、予想を大幅に上回るオファーをいただきました。私はチームの皆さんの人脈と顧客との太いパイプ、そして営業努力と手腕にただただ驚くばかりでした。

スポンサーとの連絡その他事務手続きを一切引き受けて音が聞こえるかと思えるほどバッサバッサと片付けてくださった委員、賃料が決して安くはない会場相手に見事なネゴシエーションでこちらの希望を通し、ケータリング会社にも的確な指示を出されていた委員、さらに委員長を助けて膨大な量の各種マニュアルを英日で準備してくださった委員。ネットワーキング・ディナーのプランニングから司会まですべて引き受けてくださった委員。プログラムの作成と印刷に奔走し、通訳セッションのセッション手配をすべて行い、

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て IJET25バースデーケーキのデザインやリフレッシュメントルームのお菓子を考えたり、開催一週間前に皆で委員長宅に集まり、受付時に配布するバッグに資料や景品を詰めたり、終わってしまえば思い出すのは楽しかったことばかり、終わりよければすべてよし、です。青い法被(委員の奥様手作り)や IJET飴、スポンサー提供グッズの抽選会や配布資料集など、皆で出し合ったアイデアもたくさん実現しました。 最終準備に追われた直前一週間と当日は手順通り運ぶことだけに集中していたので記憶も定かではないですが、当日朝委員が円陣を組んで気合いをいれたときの心地よい緊張感と、生まれて初めてインカムを付けて会場を走り回ったことが印象に残っています。パソコンやモニターの不具合から MCの急な変更まで、次々発生する問題に対応しながら参加者の皆さんの楽しそうな様子を見て疲れが吹き飛んだことも覚えています。閉会式では涙をこらえきれない副委員長と一生懸命我慢している委員長を見ながら、涙が止まりませんでした。

そして私がこの2年間を通してかけがえがないと思ったことは、参加者の皆さんと出会えたこと、そしてなにより実行委員の皆さんと出会えたことです。委員の一人から「大変なことを成し遂げた仲間とは特別な友情で結ばれる」という言葉を贈ってもらいました。名古屋やオーストラリア在住の委員とは残念ながらしょっちゅう会うことはかないませんが、ある実行委員のご自宅に招かれて打ち上げパーティをしたとき、その言葉を早くも実感いたしました。心残りはセッションにほとんど参加できなかったことです。アーカイブは膨大な量なのですぐにアップロードすることは無理ですが(こ

参加者のための宿泊手配(代々木オリンピックセンターと提携ホテルの両方)までしてくださった委員、時間と手間のかかるウェブサイトの編集・更新を申し込みフォームも含めほとんど一人でこなしてくださった委員。膨大な入金出金数の会計処理を一手に引き受けてくださった委員(会計処理は終了後も続きます)。事前の会場案内や当日のサポートも含め半年間ずっと村岡さんとの連絡係を務めてくださった上に、翻訳という仕事を少しでも一般の方に知っていただきたいと基調講演の一般公開を企画して手配された委員。宣伝のため行ったプレイベント(名古屋、仙台、東京)にご自身のお仕事が忙しい中すべて参加され、会議当日の機材一切の手配もしてくださった委員――まさに適材適所のすばらしいチームでした。

そしてそのチームをまとめ、絶対に成功させるという鉄のような意志でがんばり続けた委員長と、迷ったり悩んだり辛そうな委員長を広い視野と冷静な判断で支えた副委員長は、終盤の1ヶ月以上IJET-25にかかりきりだったと思います。私も、せめて他の委員の半分でも力を出せればと思い、非力ながら6月は仕事をほとんど返上して当日ボランティアの手配を含め IJETの仕事に専念しました。

このように、JATも IJETも会員からの会費で運営され、実務はすべてボランティアが行っています。そのため自分たちのやりたいことを自由にでき、そのことがこの団体の大きな強みだと思います。IJET-25実行委員会ももちろん2年間完全なボランティアとして会議を企画・運営しました。ボランティアとはいえ相当な時間を拘束されるので辛いこともあれば、やめたくなることもあり、モチベーションも上がったり下がったりでしたけれども、ミーティングやスカイプ会議、掲示板を使っ

れも実行委員の仕事です)、IJET-

25参加者と JAT会員に公開されたらじっくり見たいと思っています。

独日英日実務翻訳者。立教大学文学部日本文学科卒業後図書館勤務を経てフンボルト大学に留学。帰国後は翻訳会社に10年勤務し、05年よりフリーランス。専門分野は自動車・機械・医療機器・歯学など。翻訳勉強会十人十色管理人。

井 口 富 美 子I g u c h i F u m i k o

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M I S S I O N S T A T E M E N T

矢 能 千 秋Y a n o C h i a k i

P R O F I L E

Column 02Owner

小さな節目に

翻訳者

熊 谷 玲 美

いきなり私事で恐縮だが、この JTFジャーナルが発行される2014年9月というのは、私にとって小さな節目の月だ。7年9カ月在籍した勤め先を退職したのが2006年末。この9月でそれからちょうど7年9カ月になる。独立してからはあっという間なので実感はあまりないが、これからは翻訳の仕事をしている期間の方が長くなる。いまだに毎日反省ばかりで、仕事について何か有意義なことは書けないのだが、個人的な節目のタイミングでご依頼いただいたのが嬉しく、思い切って引き受けることにした。

翻訳者として独立した当初は、元の勤め先から科学政策関係の報告書の翻訳を頼まれたり、翻訳会社経由でプレゼン資料の翻訳を受注するなど、実務翻訳が中心だったが、現在は出版翻訳(ノンフィクション書)と、IT関連のウェブニュース記事和訳の2本柱で仕事をしている。ノンフィクション翻訳の

道に進んだのは、フェローアカデミーで斉藤隆央先生の「科学翻訳」がテーマのノンフィクションコースを受講したのがきっかけだ。私の大学時代の専攻は地球物理学。「オーロラの研究者になりたい」という夢は早々に挫折してしまったが、科学の面白さや楽しさを伝えたい、なにより自分でそれを味わいたいとずっと思っていたので、科学ノンフィクションの翻訳というのはそれにぴったりだった。受講後に、斉藤先生のご紹介で受講生仲間との共訳の仕事をいただき、以来、少しずつではあるが翻訳の機会をいただいている。科学ノンフィクションの翻訳で

一番大変だが面白いのは、調べ物作業だ。最近訳した「世界一うつくしい昆虫図鑑」では、何百種という昆虫の学名に対応する和名(たとえば Argyrophorus

argenteus→チリギンジャノメ)を調べるために図書館に何日もこもった。別の本では著者が引用している数字が間違っていたこともあるので、数字はできるだけ裏を取らなければならない。難しい科学法則を平易に説明している原文の場合、かえって科学的に不正確にならないよう、きっちり確認してから訳す必要がある。いろいろと気は遣うが、科学好きとしてはたまらない作業だ。そしてノン

University of Redlands卒。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。NPOえむ・えむ国際交流協会(代表 :村松 増美)事務局を経て、現在フリーランス13年目、JAT会員9年目。JATではアンソロジー委員会、SNS管理委員会、ウェブサイト・コンテンツ委員会に所属。NESとペアを組み、スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道、環境分野における日英・英日翻訳に従事。2012年よりサン・フレアアカデミーにてオープンスクール講師も務める。

■ Twitter: @ChiakiYano

■ブログ : http://chiakiyano.blog.so-net.ne.jp/

■ http://jat.org/translators/4596

フリーランス翻訳者になり13年目に入りました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。

俳句の吟行中。といっても気分は自然観察。最近、昆虫本を訳したせいで、少しずつ昆虫好きに。

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K u m a g a i R e m i熊 谷 玲 美

は身についてきた気がする。ニュース翻訳は実務翻訳に分類

されるのかもしれないが、翻訳作業としては、時間の都合上、ファイルに上書きしていく作業になることや、ウェブ向けの処理を多少すること以外、出版翻訳とほとんど変わらない。また、ウェブ上で一般の人の目に触れる読み物なので、出版翻訳の経験がとても役に立っている。逆に、最近訳した、テクノロジーでグローバルな問題を解決できることを説いた「楽観主義者の未来予測」では、ニュース翻訳で得た最新テクノロジーの知識がとても役に立った。

独立してから今日までは、本当にあっという間だった。もともとのんびり屋で、1人で過ごすのも好きなので、フリーランスでの仕事でもストレスがたまらず良いのだが、つい生活が不規則になり、スケジュールも遅れがちで、反省の毎日だ。マイペースな私の翻訳者生活だが、小さな節目を迎えた今、また気持ちを引き締めて仕事をしたいと思っている。

フィクション翻訳で何より楽しいのは、仕事をするにつれて知識がどんどん広がること。一般向けの数学の本を何冊か訳したのだが、実を言うと学生時代は数学が大の苦手。クラスメートの英語の予習を手伝う代わりに、数学を教えてもらっていたくらいだったのだが、訳した本はどれも数学の面白さや実用性を理解しやすく説明する内容で、難しいが、意外なほど面白い翻訳作業だった。出版翻訳の場合、原稿は電子データの場合でも、紙の本の場合でも、かならずプリントアウトして(本の場合は拡大してコピー)、訳語のメモや、作業メモをあれこれ書き込むようにしている。実際の翻訳の進め方は、恥ずかしながらいまだに試行錯誤中だ。他の翻訳者さんに聞くと、「完成原稿に近いレベルにしあげながら進む」派と「ひとまず粗訳を最後まで作ってから何度も推敲する」派がいるようだ。私自身は、以前は「完成原稿派」だったのだが、難しい箇所にくるたびに進捗が遅れていくので、最近は「粗訳派」に移行している。こういうノウハウは人それぞれのようで、翻訳者仲間とあって話をするたび、「そういう方法があったか!」と驚いてばかりいる。

2本柱のもう一つ、ITニュースの翻訳は、週2日、定期的にお引き受けしているもので、内容は消費者や企業向けのサービスや製品についての話題が中心。どんなニュースが来るかはその日にならないと分からないので、日頃から情報収集は欠かせない。話題になっている SNSやアプリは、無料のものはとりあえず試してみる。ハードウェアはさすがに全て手に入れられないので、苦労することは多い(それでも「仕事に必要だから」という理由をつけて、スマートフォンに変え、Macを購入した)。最初は知らないことが多くて苦労したが、続けているうちにだいたいの方向感覚くらい

翻訳者。1975年北海道札幌市生まれ。北海道大学卒、東京大学大学院修士課程修了。専攻は地球物理学。科学技術振興機構勤務を経て、2007年よりフリーランス翻訳者。訳書は「世界一うつくしい昆虫図鑑」(宝島社)、「楽観主義者の未来予測」(早川書房)、「無限の始まり」(共訳、インターシフト)など。共著書に「カガク英語ドリル」(シーエムシー出版)。趣味は、野球(観戦もプレーも)、弓道、俳句、多摩川での自然観察。東京都調布市在住。

訳書リスト:http://astore.amazon.co.jp/offbulscitra-22

twitter: @nordlys75

昨年WindowsからMacにしたが、特に翻訳ツールを使わないので、移行に問題なし。

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M I S S I O N S T A T E M E N T

「翻訳横丁の表通り」には色々な人々が往来するようになりました。このコーナーでは、翻訳者さん達に

「翻訳横丁の表通り」に出店して頂き、自身が持つ翻訳への「こだわり」を記事にして頂きます。「想い」であったり「ツール」であったり、「翻訳方法」であったり「将来の夢」であったり、何が飛び出るかは執筆者の翻訳への「こだわり」次第。ちょっと立ち寄って、覗いていきませんか?

いらっしゃいませ!この度テリーさんのお計らいで、「翻訳横丁の表通り」の片隅に出店させていただきました。店主の映像翻訳へのこだわり3品を肴に、軽く一杯おつきあいください。

制約へのチャレンジ焼き

同業者の方には当たり前な話で恐縮ですが、映像翻訳に馴染みがない方のために説明しておきます。映像翻訳とは、外国の映画、ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像に、字幕をつけたり吹替台本を作ったりする仕事です。

日本語字幕の場合、視聴者が読み切れるように「原音1秒ごとに4文字」という基準があります。

登場人物が発する音を、長くとも6秒以内で区切っていき、その区切りごとに最大24文字(横12

~14文字、縦9~10文字×2行)の字幕をハメていきます。この縛りがあるため、原音の情

報すべてを盛り込むことは至難の業。ポイントを絞り、効率的にメッセージを伝えることが大切になるのです。そのためにセリフを削ったり圧縮したり。時には意訳という形で飾ることもあります。英語はそんなこと言ってないじゃん!というツッコミは覚悟。画面を訳文で埋めることはできない以上、ある種の諦めも必要です。

吹替の場合は、登場人物のしゃべりに合わせて、役者(声優)さんが演じるセリフを作ります。梗概やト書き(場面や動作の説明)なども挿入しますので、ドラマの台本を書く感覚です。シーンの背景で流れる、特に重

要ではないテレビの音声や、レストランの客の無関係な会話など、字幕では飛ばしてしまう(スクリプトにも書かれていない)部分も訳出します。画面に口元が映っているか否かを表す記号など、様々な合図も書き込まなくてはなりません。台本作りに加えアテレコに同席することもあるので、字幕の何倍も作業時間がかかります。体力がないと続けられない仕事です。

ちなみに舞台(戯曲)の翻訳ですが、基本的に映像が手元にないので、紙の台本から芝居をイメージするしかありません。現地の舞台を観に行けたら良いのですが、それは時間的、費用的にも難しい。役者の様子や舞台美術などの視覚的情報がない状況での翻訳は、想像力が試されます。

セリフの活け造り

セリフは、一言一句、すべてが大切な素材。原音のニュアンスをしっかり理解した上で、語感やリ

ドラマに酔う。映像翻訳屋の基本メニュー

映像・エンターテインメント翻訳者

佐 々 木 真 美

P R O F I L E

Column 03Owner

S a i t o T a k a a k i齊 藤 貴 昭

電子機器メーカーにて開発/製造から市場までの品質管理に長年従事。5 年間の米国赴任から帰国後、社内通訳・翻訳者を6 年間経験。2007 年から翻訳コーディネータ兼翻訳者として従事。「翻訳者 SNS

コーディネータ」として業界活動に精を出す。ポタリングが趣味。甘いもの好き。Twitter や Blog「翻訳横丁の裏路地」にて翻訳に関する情報発信をしています。

■ Twitter:terrysaito

■ Blog:http://terrysaito.com

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佐 々 木 真 美S a s a k i M a m i

映像・エンターテインメント翻訳者(字幕、吹替、舞台)高校卒業後、カリフォルニア州に留学。在米中、近所の基地に飛んできたブルーエンジェルスに感化され、自家用機の操縦免許を取得。帰国後は米系航空会社に就職。2001年の同時多発テロを機に退職し、フリーの映像翻訳者に。作品歴:字幕「クローザー」「Law&Orderクリミナル・インテント」「ナイトライダー」「フライト93」「ホテル ・フォー ・ ドッグス」、吹替「スピンシティ」ディズニー作品シリーズ、舞台「スペリング・ビー」など

ズムを整えながら、ひとつひとつ丁寧にドラマを組み立てていきます。前後の流れを合わせること、会話をかみ合わせること、全体の統一感を持たせること。作品のカラーやキャラクターの性格も念頭に置かなくてはなりません。

字幕では字面も気にします。ひらがなばかりがずらっとならぶとよみにくいですよね。漢字の羅列は詰屈で難解な印象、カタカナオンリーモナカナカツライ。視聴者の目にスッと入る読みやすさを心がけます。雰囲気や内容に合わせて表記を変えることもあります。例えば「あいつは酒に弱い」。「アイツは酒に弱い」にすれば女子っぽさや軽いニュアンスが出せますし、「あいつは酒にヨワい」にすると、お酒が大好きで目がないという意味合いを表現できます。(この場合は視聴者が迷う恐れがあるので、「ヨワい」の上にルビ点を振るほうが良いかも。)登場人物が酔っ払っていたり、宇宙人だったり、発言が理解不能な時は、「#$%☆@△」のように記号を使ったりもします。

吹替では、いかにも翻訳!と感じさせない、自然なしゃべり言葉を目指します。違和感のないセリフを、口の動きにピッタリ合わせるのは楽じゃありませんが、多少の粗は役者さんの演技力でカバーしてもらえたりします(本物のプロだなぁと感心)。ですから、視聴者の耳に届きやすいというだけではなく、役者さんがしゃべりやすいセリフにすることが肝心です。また、可能な限りですが、日本語を画面の口の形に合わせるように気をつけます。例えば、お酒を持ってきてと下品にお願いするシーン。口の形が「お」で終わっていれば「酒持ってこいコノヤロー」。口の形が「い」であれば「コノヤロー酒持ってこい」。という感じに合わせるわけです。

作品愛の乗っけ盛り

「どんな映画でも、必ずいいところがある」と映画評論家の故 ・淀川長治さんがおっしゃっていました。私もそう思います。正直に言えば、つまらない作品ってあるんです。何年か前に担当した、ある SF映画もそうでした。どこかの惑星で異常事態が起こって、ついでに地球も危うし!ってやつです。詰めの甘いストーリー、ラジー賞総なめかと思われる俳優陣、オモチャのような安いセット。逃げ惑うシーンでは延々とWatch

out! Let’s go! ばかり叫んでるし。バリエーションを出すのに苦労しました。

訳すのが苦痛に思えてきたので、私はその映画の好きになれるところを探しました。音楽のノリがいい、脇役のオッサンがちょっと好み、親子愛が(泣こうと思えば)泣ける。そうやって作品に対する愛情を育てると、B級映画でも少しはマシなドラマに仕上げる手伝いをしようと思えます。

もちろん、すばらしい作品に出会えた時は、思い入れも何十倍。その完成度を損なわないよう、キャラクターを活かしきれるよう、張り切ってセリフを作ります。とはいえ、入れ込み過ぎて独りよがりになることは避けるべきです。オリジナルの制作者の想いと、クライアントの意向を汲むことを忘れてはなりません。

仕事の出来に100パーセント満足することは一生ないでしょう。それでも、ぴったりハマるセリフを思いつくと幸せ。出来上がった作品は愛おしい。巷では、映像翻訳は目立たない

ことが大事、観終わった後に「あれ、字幕なんてあったっけ?」「外国の俳優が日本語を話しているような感覚だった」と思ってもらえることが目標、なんて言われておりますが。何日もかけて、ウンウ

ン唸って、ひねり出したセリフたち。「翻訳もよかった!」とホメてもらいたいのが本音でございます。

ちょっと一杯、最後までお付き合いありがとうございました。いつかまた、一緒に乾杯できるご縁がありますように!

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Column 04Owner

M I S S I O N S T A T E M E N T

遠 田 和 子E n d a K a z u k o

日英翻訳の傍ら翻訳学校での講師、またプレゼン研修の講師をしています。著書に、「英語なるほどライティング」、「Google英文ライティング」、「eリーディング英語学習法」、「あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話」(講談社)があります。趣味は読書・映画・旅行です。また英語スピーチの練習、バレエのレッスンを続けています。それぞれ少しでも上手くなるため、地道に努力しています。

*Website:WordSmyth英語ラボ  http://www.wordsmyth.jp

* Facebook Page:WordSmyth

  http://www.facebook.com/wordsmythlab

* e-readingブログ:One Chapter Reading Club

  http://minamimuki.com/fun-and-free

アフリカとアジアの昔話 — 再話による絵本化

絵本作家・画家

よ し ざ わ よ う こ

大学時代、留学先の米国で多種多様な絵本に触れ、その翻訳家になろうと心に決めた。卒業後は実務翻訳の仕事をしながら児童文学の翻訳を勉強。同時に執筆と絵の創作も始めた。数年後、ある出版社が主催した絵本コンペのイラスト部門で大賞を受賞し、「おおかみと7ひきのこやぎ」(文:遠藤みえ子、絵:よしざわようこ、コーキ出版1983)が出版された。月刊誌や雑誌にも絵物語やお話を書かせてもらった。今回は、アフリカとアジアの昔話の再話による3冊の絵本を紹介したい。

旅や仕事で海外を訪れるたびに、その国の昔話を現地の人に聞いたり、民話集を探したりするのが私の楽しみだ。またそれらを題材にした絵本を探すのだが、アジア・アフリカの多くの国では絵本文化が認知されていないこと、翻訳されていない昔話が数多くあることを知った。そこでこれらの昔話を日本に紹介したいと思い立たち、さらに欲が出て、現地に素晴らしい画家がいるのだから彼らに絵を描いてもらおうと考えた。「アジア・アフリカの昔話を現地の画家の絵で絵本にしたい!」という夢を抱いたのだ。

そして1992年、タンザニアに出向いた。当時は首都のダルエスサラームにも書店がなく、図書館に通ってボロボロの蔵書の中から、アメリカの児童文学作家Verna Aardema(1911 – 2000)が英語で再話したアフリカの昔話集を見つけ、何話かを必死に書き写した。図書館にも町にもコピー機はなかったのだ。帰国後はアジア・アフリカ図書館へ通い、Aardema が Magic Pumpkin としている西アフリカの昔話の日本語文献を探し出した。するとこれは、日本人再話者により「おおぐいひょうたん」とのタイトルが付けられていた。アフリカでは食器や容器として瓢箪を多用する。南瓜の原産国が中南米とされることからも、この話に登場するのは瓢箪だと思われる。

「おおぐいひょうたん」は、齋藤隆夫氏の絵と私の再話で絵本化されることになった。広辞苑によれば再話は「昔話・伝説などを、言い伝えられたままではなく、現代的な表現の話に作り上げること。また、その話」、大辞林では「昔からの物語や伝説・民話などを,主として子供向きにわかりやすく書き直すこと」とある。Aardemaの再話は主語と動詞で筋を追っているだけなので、スワヒリ語の原文に近いものだと思う。このお話では、瓢箪に化けた魔物が「にくが くいたい、にくが」と言いながら女の子を追いかけ回し、家畜を次々と喰らっていく。私は擬音語を多く取り入れてダイナミックさを出すようにした。齋藤氏の絵が仕上がる前に何

WordSmyth Caféは、翻訳に関わるさまざまの人々が集う「誌上カフェ」です。当コーナーでは、毎号異なる執筆者にご登場願い、翻訳を含む言語に関わるさまざまなテーマを取り上げます。名前のWordSmyth (ワードスミス)は、wordsmith (言葉の職人)とmyth(神話=お話)を組み合わせた造語です。「言葉の職人として、さまざまな物語を紡ぎたい」という店主の願いを表しています。

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東京で生を受けたが、一歳から鎌倉在住。青山学院文学部英米文学科在学中、交換留学生としてUniversity of the Pacific, Stockton, California にて9ヶ月を過ごす。卒業後、実務翻訳の仕事をしながら創作活動を続け現在に至る。途中、ケニヤ・スワヒリ語学院に6ヶ月、某テレビ番組の動物取材班の通訳としてナミビアとボツワナに延べ6ヶ月滞在。旅行を入れるとアフリカ生活は述べ1年半になる。本文中に記載以外の著作に、「はらぺこライオン」(中学1年 英語教科書 挿絵、東京書籍 2004)、「こどものとも」年中向け 折込み冊子「せかいの どうぶつ ことわざ リレー」連載(福音館書店2008.4 – 2009. 3)、朝日ウィークリー "Animal Idioms & Sayings" 連載(文と挿絵、朝日新聞社2009.4 – 2011. 3 隔週)がある。版画・油彩画の個展も各地で開催されている。

よ し ざ わ よ う こY o s h i z a w a Y o k o

度も編集者と話し合い、書き直しをしたが、本画が出来上がってくると「この絵にはこの助詞や擬音語が合わない」ということで、さらに手直しを加えた。絵本の場合は、絵と文の兼ね合いが大きなウェイトを占めるのだ。工夫した擬音語をいくつか紹介する。

ひょうたんは ひょんころ ひょんと ついていきました。ひょうたんは ひつじの むれをさぷさぷと のみこむと、ひょうたんは らくだを がふがふと のみこむと、

ところでこの絵本は3回重版され、2015年には中国で出版されることになっている。これらの擬音語を使った表現が、中国語でどのように再話されるのか興味深い。

続けて、英語にも訳されているタイの民話 A Boy and Crowsの再話に取り組んだ。私はタイ人の友人のニックネームであるサムリを主人公の名前に使わせてもらい、タイトルを「サムリまめをとりかえす」(福音館 2006)とした。

文章は、独自に考えだした擬音語が前作品で好評だったので、このお話でも犬の鳴き声(ワフワフ

ガルル)や火を消す音(ジュリジュリ ジュジュッ)、象が水を撒く音(バルルルルーッ)等を苦心してひねり出した。またタイの寺院の壁に描かれていたランナー絵画(13世紀ランナー王朝時代の

絵画様式)が素晴らしく、ぜひこの絵で絵本にしたいと考えた。そこでタイに2ヶ月滞在し、チェンマイ大学芸術学部講師のコムキャウ氏に交渉して絵を描いてもらった。アジア・アフリカの昔話を現地の画家の絵で絵本に・・・との夢が叶った最初の一冊だ。         2014年2月に福音館から出版

されたばかりのマサイ族の昔話「ナガイモンジャ」の絵は、タンザニアのティンガティンガ村に2ヶ月滞在して4人の画家に描いてもらった。たった4色のペンキで動植物や精霊を描く、ティンガティンガ派と呼ばれる素朴な絵の画家たちである。絵本を見たことのない彼らに一連の絵を描いてもらうのは無理だったので、私が絵本のダミーを作り、それに沿って原画を描いてもらった。このお話では、小さな毛虫が姿を隠したまま「おれさまは ナガイモンジャだぞー」と言って他の動物たちを脅す。小さいけれど細長い毛虫が犯人だったという落ちなのだが、タイトルを決めるのに苦労した。最初は「ナガイモンジャじけん」としたが、5歳児に「事件」は難しいということになり、「ナガイモンジャ」に変えた。次に、「長い」という登場人物を示す言葉がタイトルに入らない方が良いのでは・・・との意見が出て、「長い者」を表すスワヒリ語「マタタムレフ」に変更。けれども「おれさまは ナガイモンジャだぞー」という台詞が繰り返し出てくるので、結局は「ナガイモンジャ」に納まった。このお話の再話では、場面ごとのインパクトよりもストーリーの流れを優先させたので、擬音語は極力省いた。

このように今では再話者として仕事をさせてもらっているが、学

生時代には再話というジャンルがあることさえ認識していなかった。実務翻訳では原文に忠実で読みやすい翻訳を心がけた。児童文学の翻訳を勉強しているときは、原文の言葉遣いの面白さを活かすように努力した。絵本の再話では、対象とする読者の年齢によって文体やリズムを変えて脚色する。原文にはない言葉を加えるという創造力も要求される。原話の世界観を大切にしながら、その魅力を最大限引き出すように仕立てなくてはならない。翻訳とは違う気を遣うが、私には面白い仕事だ。これからも、楽しい再話を手掛けていきたい。

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次号予告

募集 広告募集のおしらせ特集記事の掲載に合わせて関連する広告を募集しています。お気軽に JTF事務局までお問い合わせください。

Next Issue

『いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう』という絵本を子どもといっしょに何度か読みましたが、この絵本を翻訳した村岡花子の生涯については、IJET-25で村岡恵理さんの基調講演を聴いてはじめて知りました。翻訳者は、翻訳元の言語を理解するとともに翻訳先の言語での表現に

優れている必要があるわけですが、村岡花子は女学校時代に充実した英語教育を受けることで翻訳元の言語である英語の理解能力を修得し、その後、英語教師として子どもたちと接する経験を積むなかで当時の日本において成長期の子どもたちが読むべき優れた児童書に対する需要が満たされていないことを知ります。また、一時は歌人となることを目指した時期もあり、良き師に恵まれて日本の古典文学についても造詣を深め、翻訳先の言語である日本語の表現能力を身につけます。つまり、人生のある時期までに、翻訳元言語の理解力、翻訳先言語の

表現力、そして読者である子どもについての認識の三つがそろっていきます。はじめから児童文学の翻訳者になるためにキャリアプランをたてたわけではないのに、村岡花子の歩む道には児童文学の翻訳者となるために必要な要素が歳月とともにそろっていきます。このことに運命の不思議を感じるとともに、いま、翻訳の仕事に従事している多くの人もそれぞれの運命の不思議に導かれて、必要な素養を身につけてきたはずという思いが重なり、村岡花子を身近な存在として感じることができました。しかし、これらの要素がそろっただけでは児童文学翻訳者・村岡花子

は誕生しなかったように思います。愛する息子の死という大きく深い悲しみを克服するなかで子どもたちに優れた文学作品を届けることを自らのつとめと定めたことが、大きな力となって村岡花子を世に出したのではないでしょうか。悲運に屈せず意味ある仕事を成し遂げた生涯に感銘を受けました。

河 野 弘 毅K a w a n o H i r o k i

編集長

一般社団法人 日本翻訳連盟 機関誌日本翻訳ジャーナル2014年 9月/10月号 #273

発 行 ● 2014年 9月 12日

発行人 ● 東 郁男(会長)

編集人 ● 河野 弘毅

発行所 ● 一般社団法人 日本翻訳連盟 〒104-0031東京都中央区京橋 3-9-2 宝国ビル 7F TEL. 03-6228-6607 FAX. 03-6228-6604 E-mail. [email protected] URL. http://www.jtf.jp/

企画・編集 ● ジャーナル編集委員会

校正協力 ● 中尾千恵、久松紀子、矢能千秋

表紙撮影 ● 世良 武史

デザイン ● 中村 ヒロユキ(Charlie's HOUSE)

印刷 ● 株式会社 プリントパック

November / December 2014 #274

通訳翻訳の分野における標準規格の制定を進めている ISO/TC37では、通翻訳者の要件についても議論されています。

次号(No.274)では東京大学の影浦峡さんを協力編集者としてお迎えし、日本における通翻訳者養成を特集します。ご期待ください。

特集「日本の通翻訳者養成」

2014年11月7日発行予定※発行日や内容は変更になる可能性があります。

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51年目のスタート。

翻訳・ローカリゼーション・ドキュメンテーションサービス

Communications for a global marketplace

<新住所> 〒141-0031 東京都品川区西五反田7丁目25番5号 オーク五反田ビル TEL 03-5759-4353(代表) FAX 03-5759-4375

本社移転のお知らせOur office has moved >>>営業開始日: 2014年4月21日(月)

51十印は、ますます激しくなる時代の変化に迅速に対応するため、

機械翻訳をはじめとした技術革新を目指します。2014年、更なる進化を求めて、

新オフィスで51年目をスタートしました。

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#273 September / October 2014一般社団法人

日本翻訳連盟

機関誌

日本翻訳ジャーナル

2014年

9月

12日発行

第 24回 JTF 翻訳祭全体テーマ:「2020 年へ 新翻訳時代の幕開け ~ Break The Paradigm, Shape The Future ~」日時:2014 年 11月26日(水)9:30 ~ 20:30(開場・展示会開始 9:00)場所:「アルカディア市ヶ谷(私学会館)」来場者数:850 名(見込み) ※前年度 824 名申込締切:2014 年 11月19日(水)まで運営:第 24回 JTF 翻訳祭企画実行委員会

詳細はWebへ http://www.jtf.jp/jp/festival/festival_top.html

翻訳祭は翻訳者、翻訳会社、クライアント、翻訳支援ツールメーカーなど翻訳関係者が一堂に会する国内最大規模の翻訳イベントです。今年翻訳祭は24回目を迎えます。1991年に産声をあげたこのイベントも、まもなく誕生から4半世紀が経とうとしています。年々規模は拡大、昨年は824名の参加を数えるに至りました。会場も初期のマツダホールからアルカディア市ヶ谷に移し、同時にマルチセッション式で7会場を同時進行させるまでの規模へと成長しています。

来る2020年に開催が決定した東京オリンピック。この大きなイベントに向けて日本中が激しく揺れ動いています。言葉の世界もまた揺れ動いています。今年の翻訳祭のテーマは「2020年へ 新翻訳時代の幕開け」。昨年は「大翻訳時代」と位置づけ、いまだ参入者のいない未開拓の市場Blue Oceanを探りましたが、今年は時代の胎動を感じさせる「新翻訳時代の幕開け」と名付けました。そしてサブテーマを「Break The Paradigm, Shape The Future」とし、「既成概念を壊して、新しい時代を創っていこう」と高らかに目標を掲げました。

このテーマの元に24の講演&パネルディスカッション、6つのプレゼン・製品説明コーナー、30社あまりが出展する翻訳プラザ(展示会)が用意されます。セッション終了後の交流パーティーには300名の翻訳者、翻訳会社、業界関係者も集います。お互いに緊密な情報交換をし、ビジネスチャンスの開拓をするにもとても有効な機会です。飲み物コーナーも充実させ、より寛げる雰囲気も。今年の翻訳祭にぜひご参加いただければと

思います。

JTF理事、第24回翻訳祭企画実行委員長      中尾 勝      

「第 24回 JTF 翻訳祭」のご案内

2020 年へ 新翻訳時代の幕開け~ Break The Paradigm, Shape The Future ~

I N F O R M A T I O N頒布価格 

540円(税込)