素形材産業年鑑 -...

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20 素形材産業年鑑 SOKEIZAI Vol.53 2012No.5 2. 6 ダイカスト 2. 6. 1 2011 年のダイカスト生産量は、表2.6.1.1 に示すよ うに925,773トンで、世界的な金融危機の影響から脱 した 2010年の980,850トンに比べて約5.5万トン減(約 5.6%減)となった。これは、2011年 3 月11日の東日本 大震災、同年 10月に発生したタイでの洪水、急激な円 高などの影響を受けたものである。また、2011年の生 産金額は 554,609 百万円で 2010 年の 576,237 百万円より 減少し、3.8 % 減となった。 合金別の生産量は、アルミニウム合金ダイカストが 897,286トンで対前年比94.5%、亜鉛合金ダイカストは 23,832 トン で対前年比 89.0 %、その他のダイカストの生 産量も 4,655 トン で対前年比 93.9 % であった。アルミニ ウム合金及びその他の合金ダイカストは 6 %程度の減 少に留まったが、亜鉛合金ダイカストは10%超の減少 となった。合金別の生産量の構成比は、アルミニウム 合金が 96.9 %、亜鉛合金が 2.6 %、その他の合金が 0.5 % で 2010 年とほぼ同程度であった。 合金別の生産金額は、アルミニウム合金ダイカスト が 510,279百万円で対前年比 96.6%、亜鉛合金ダイカス トが 39,950百万円で対前年比92.7%であった。また、 その他の合金の生産金額は、4,381百万円で対前年比 88.2%と減少幅が最も大きい。また、合金別の生産金 額の構成比率は、アルミニウム合金が 92.0%、亜鉛合 金が 7.2 %、その他の合金が 0.8 % であった。 1950 年以降の生産量の推移を表 2.6.1.2 及び図2.6. 1.1 に示す。ダイカスト全体の生産量は、1960年台半 ば以降に自動車産業の発展に伴って増加した。第一次、 第二次オイルショック及びバブル崩壊で一時的に生産 量が減少した時期があったが、マクロ的には右肩上が りに増加してきた。特に 2002年以降の生産量は、著し い伸びを示し、自動車の輸出が大変好調なことに牽引 されたものであった。しかし、2007年にアメリカで発 らつきはなかった。平口 16) は、モーターサイクルの 車体部品におけるアルミニウム合金の鋳物と押出形材 との接合が必須であるが溶融溶接が難しいことから、 TIG、MIG溶接において鋳物中の含有ガスを前提とし た低入熱溶接を目指している。 小松ら 17) は、固体粒子と液体の混合スラリーの衝突 によるエロージョンを調べた。固溶限以下の固溶強化 型 Al-Mg系合金は粒子分散型Al-Si系合金より衝突摩 耗と切削摩耗のいずれのエロージョン状態においても 優れた耐スラリーエロージョンを示している。 松浦 18) は、砂型鋳造では多くの問題を抱えているア ルミニウム基複合材において新しいハイブリッド砂型 低圧鋳造システムを開発した。砂型底面から溶湯を加 圧注湯して湯流れ性と気泡欠陥改善を図り、鋳型底面 に組み込まれた湯口遮断機構により鋳型内充填後に湯 口を切断し加圧を解除して、鋳造サイクルを大幅に短 縮し鋳型の移動を可能にした。凝固収縮に対しては鋳 型上部に高周波加熱押湯を設置して引けを防止した。 この方法によりSiC40%複合材の量産鋳造技術を確立 した。浅野ら 19) は、精密機器に用いる低熱膨張のチタ ン酸カリウム短繊維強化AC8A合金複合材の旋削被削 性を調べた。切削抵抗は複合化で低下し、切削面は滑 らかで、SiC 体積率 25 % で良好な被削性を示した。 (神尾彰彦) 参考文献 1 )岡田民雄ほか:素形材,Vol.52(2011)No.5,14 - 18. 2 )大澤嘉昭:軽金属,Vol.61(2011)No.5,220 - 225. 3 )織田和宏ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.4,149 - 154. 4 )齋藤学ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.11,47 - 57. 5 )千葉浩行ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.4,135 - 141. 6 )座間淳志ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.5,181 - 186. 7 )座間淳志ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.9,446 - 451. 8 )坂口信人ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.2,66 - 71. 9 )植木徹ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.7,334 - 340. 10) 10)下坂大輔ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.6,262 - 268. 11)日本鋳造工学会:研究報告 107,2011.3. 12)原田陽平ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.5,213 - 219. 13)猿渡直洋ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.11,622 - 630. 14)古井光明ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.1,9 - 13. 15)山田徹ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.12,683 - 688. 16)平口興志継:鋳造工学,Vol.83(2011)No.12,689 - 694. 17)小松芳成ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.10,553 - 560. 18)松浦誠:鋳造ジャーナル,Vol.7(2011)No.5,14 - 21. 19)浅野和典ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.2,79 - 85.

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素形材産業年鑑

SOKEIZAI Vol.53(2012)No.5

2. 6 ダイカスト

2. 6. 1 生産量

 2011年のダイカスト生産量は、表 2.6.1.1に示すように925,773トンで、世界的な金融危機の影響から脱した 2010年の980,850トンに比べて約5.5万トン減(約5.6%減)となった。これは、2011年 3 月11日の東日本大震災、同年10月に発生したタイでの洪水、急激な円高などの影響を受けたものである。また、2011年の生産金額は 554,609百万円で 2010年の 576,237百万円より減少し、3.8%減となった。 合金別の生産量は、アルミニウム合金ダイカストが897,286トンで対前年比94.5%、亜鉛合金ダイカストは23,832トンで対前年比89.0%、その他のダイカストの生産量も4,655トンで対前年比93.9%であった。アルミニウム合金及びその他の合金ダイカストは 6 %程度の減少に留まったが、亜鉛合金ダイカストは10%超の減少となった。合金別の生産量の構成比は、アルミニウム

合金が 96.9%、亜鉛合金が2.6%、その他の合金が0.5%で 2010年とほぼ同程度であった。 合金別の生産金額は、アルミニウム合金ダイカストが 510,279百万円で対前年比96.6%、亜鉛合金ダイカストが 39,950百万円で対前年比92.7%であった。また、その他の合金の生産金額は、4,381百万円で対前年比88.2%と減少幅が最も大きい。また、合金別の生産金額の構成比率は、アルミニウム合金が 92.0%、亜鉛合金が 7.2%、その他の合金が 0.8%であった。 1950年以降の生産量の推移を表2.6.1.2及び図2.6.1.1に示す。ダイカスト全体の生産量は、1960年台半ば以降に自動車産業の発展に伴って増加した。第一次、第二次オイルショック及びバブル崩壊で一時的に生産量が減少した時期があったが、マクロ的には右肩上がりに増加してきた。特に 2002年以降の生産量は、著しい伸びを示し、自動車の輸出が大変好調なことに牽引されたものであった。しかし、2007年にアメリカで発

らつきはなかった。平口16)は、モーターサイクルの車体部品におけるアルミニウム合金の鋳物と押出形材との接合が必須であるが溶融溶接が難しいことから、TIG、MIG溶接において鋳物中の含有ガスを前提とした低入熱溶接を目指している。 小松ら17)は、固体粒子と液体の混合スラリーの衝突によるエロージョンを調べた。固溶限以下の固溶強化型Al-Mg系合金は粒子分散型Al-Si系合金より衝突摩耗と切削摩耗のいずれのエロージョン状態においても優れた耐スラリーエロージョンを示している。 松浦18)は、砂型鋳造では多くの問題を抱えているアルミニウム基複合材において新しいハイブリッド砂型低圧鋳造システムを開発した。砂型底面から溶湯を加圧注湯して湯流れ性と気泡欠陥改善を図り、鋳型底面に組み込まれた湯口遮断機構により鋳型内充填後に湯口を切断し加圧を解除して、鋳造サイクルを大幅に短縮し鋳型の移動を可能にした。凝固収縮に対しては鋳型上部に高周波加熱押湯を設置して引けを防止した。この方法によりSiC40%複合材の量産鋳造技術を確立した。浅野ら19)は、精密機器に用いる低熱膨張のチタン酸カリウム短繊維強化AC8A合金複合材の旋削被削性を調べた。切削抵抗は複合化で低下し、切削面は滑らかで、SiC体積率25%で良好な被削性を示した。

(神尾彰彦)

 参考文献1 )岡田民雄ほか:素形材,Vol.52(2011)No.5,14 -18.2 )大澤嘉昭:軽金属,Vol.61(2011)No.5,220 -225.3 )織田和宏ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.4,149 -154.4 )齋藤学ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.11,47-57.5 )千葉浩行ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.4,135 -141.6 )座間淳志ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.5,181-186.7 )座間淳志ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.9,446 -451.8 )坂口信人ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.2,66 -71.9 )植木徹ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.7,334 -340.10)10)下坂大輔ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.6,262 -268.11)日本鋳造工学会:研究報告 107,2011.3.12)原田陽平ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.5,213 -219.13) 猿渡直洋ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.11,622 -630.14)古井光明ほか:軽金属,Vol.61(2011)No.1,9-13.15)山田徹ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.12,683 -688.16)平口興志継:鋳造工学,Vol.83(2011)No.12,689 -694.17)小松芳成ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.10,553 -560.18)松浦誠:鋳造ジャーナル,Vol.7(2011)No .5,14 -21.19)浅野和典ほか:鋳造工学,Vol.83(2011)No.2,79 -85.

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表 2.6.1.1 ダイカストの合金別、用途別生産量

合金 年合 計 一般機械用 電気機械用 自動車用 二輪自動車用 その他用

自己消費生産量

(t)金額

(百万円)生産量(t)

金額(百万円)

生産量(t)

金額(百万円)

生産量(t)

金額(百万円)

生産量(t)

金額(百万円)

生産量(t)

金額(百万円)

アルミニウム

2011 897,286 510,279 41,698 31,980 18,977 20,624 776,171 414,185 33,253 22,797 27,188 20,693 275,6952010 949,118 528,401 43,041 33,171 19,909 21,368 824,095 427,517 33,942 24,099 28,131 22,247 297,893前年比 94.5% 96.6% 96.9% 96.4% 95.3% 96.5% 94.2% 96.9% 98.0% 94.6% 96.0% 93.0% 92.5%

亜鉛2011 23,832 39,950 13,922 32,217 9,910 7,733 10,0982010 26,774 43,103 15,856 34,569 10,916 8,534 11,274前年比 89.0% 92.7% 87.8% 93.2% 90.8 90.6% 89.6%

その他

2011 4,655 4,3812010 4,960 4,966前年比 93.9 % 88.2 %

合計2011 925,773 554,6092010 980,850 576,237前年比 94.4% 96.2

出所:経済産業省 鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計年報、同月報

表 2.6.1.2 ダイカスト合金別生産量推移

年 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2008 2009 2010 2011ダイカスト生産量(t) 1,244 40,309 220,421 433,910 752,035 833,223 1,093,806 758,316 980,850 925,773

構成比(%)

アルミニウム 59.6 66.8 71.5 85.1 91.8 94.5 96.7 96.7 96.8 97.0 897,286 t亜  鉛 23.0 30.1 26.9 14.1 7.5 4.5 2.8 2.7 2.7 2.6 23,832 tそ の 他 17.4 3.1 1.6 0.8 0.7 0.5 0.5 0.6 0.5 0.5 4,655 t

出所:表 2.6.1. 1 に同じ

0

20

40

60

80

100

120

1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010

西暦

アルミニウム合金,亜鉛合金生産量(万t)

0

2

4

6

8

10

12

その他の合金生産量(万t)

合計アルミニウム合金亜鉛合金その他

図 2.6.1.1 ダイカストの生産量推移

生したサブプライムローン問題、2008年秋のリーマン・ブラザーズの経営破綻によって、世界的な金融危機に発展し、世界経済が急速な縮小を余儀なくされ、2009年のダイカスト生産量は急減した。2010年には自動車、家電などの購入に対する政府の補助金の支給による需要増や、中国を始めとする海外の急激な回復による生産増が影響してV字に近い回復を見せた。しかし、先に述べた種々の理由により我が国の経済が若干の後退となり、再び減少するに至った。 合金別では、構成比率の高いアルミニウム合金が

2007年までは順調に増加してきたが、亜鉛合金に関しては 1973年以降徐々に減少を続けておりその推移に変化は見られない。その他の合金については、2000年以降急増していたが、2004年以降減少を続け 2011年は2003年の 1/2 程度まで減少した。 2011年のアルミニウム合金ダイカストの用途別生産量は 2010年に比べて、一般機械用、電気機械用、自動車用、二輪自動車、その他用はそれぞれ、3.1%、4.7%、5.8%、2.0%、4.0%と僅かに減少した。自己消費(内製分)は、7.5%と大幅な減少であった。また、亜鉛合金ダイカストの用途別生産量は、自動車用が12.2%、その他用が 9.2%減少し、自己消費は10.4%減少した。 1998年以降の用途別構成比の変化を図 2.6.1.2に合金ごとに示す。アルミニウム合金の 2011年の構成比率は自動車用が 86.5%で 2010年の 86.8%に比べて僅かに比率が低下した。自動車以外の用途の構成比率はほぼ横這いであった。一方、亜鉛合金では、自動車用の比率が 1999年に一時的に 62.6%と増加したが、それ以外は年々自動車比率が 2009年まで増加を続けて 63.5%となった。しかし、2010年、2011年と僅かずつ減少して58.4%となった。 1980年以降におけるダイカストのキログラム当たり平均価格の推移を合金別に表2.6.1.3、図2.6.1.3に示す。

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アルミニウム合金は、1980年以降価格が低下し続けており、2002年では 514円/kg であったが、原材料価格が上昇したために 2005年以降価格が上昇していた。しかし、2009年には大幅な需要減少により原材料価格が低下したため 2009年は再び低下し 554円/kg、2011年は 569円/kgと若干上昇した。一方、亜鉛合金は、1995年まで上昇し続けて 1996年に急激に低下した後はほぼ横這いであったが、2003年以降は上昇しており、2011年は 1,676円/kgであった。その他の合金は 1999年以降 1100 ~1200円/kg で推移し 2011年は 941円/kgであった。

2. 6. 2 生産技術

 2011年は 2. 6. 1 で紹介したように種々の理由により

我が国の経済が若干の後退となったが、東日本大震災からの復興や世界経済の持ち直しによりダイカスト生産量が回復するとともに、様々な生産技術が開発され、これらの技術がさらなる品質の向上やダイカストとの新たなニーズ発掘につながることが期待される。(1)ダイカストマシン 近年、地球環境問題を背景にダイカストマシンの省エネ化が大きく進展してきている。東芝機械では、既存ダイカストマシンの油圧源の駆動をインダクションモータからACサーボモータに切り替えることにより低コストで大幅な省エネが達成できることや、二段構造の特殊中子シリンダを用いることで、中子を引き抜く瞬間の大出力とその後の低出力を切り替えることで中子駆動に必要な作動油の圧力と流量を低減することで省エネに寄与することなどを提案している1)。宇部興産機械でもダイカストマシンのメインポンプをインダクションモータからACサーボモータに代えることで、アイドルストップと回転数制御を行って省エネ化をはかっている。また、出力制御用サーボバルブに電動式サーボバルブを使用することで超高速射出を行い、短時間充填による鋳造圧力の低圧化による大幅な省エネを可能とした1)。 アイイーソリューションでは、2個のプランジャーチップを使用して、チップを閉じた状態から開くことで溶湯をスリーブ内に吸引して電動サーボモータ駆動により射出充填する方法を提案している2)。

0%

20%

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60%

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1998

暦年

構成比率

自動車 一般機械 電気機械 二輪自動車 その他

2011

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2010

2005

2006

2007

2008

2009

アルミニウム合金

0%

20%

40%

60%

80%

100%

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

暦年

構成比率

自動車 その他

亜鉛合金

0

500

1000

1500

2010200520001995199019851980

暦年

価格 (円/kg)

アルミニウム 亜鉛

その他

表 2.6.1.3 ダイカストのキログラム当たり平均価格の推移(円 /kg)

年 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2008 2009 2010 2011 '11/'10アルミニウム合金 752 707 654 603 532 532 606 554 557 569 102.1%亜 鉛 合 金 854 1,094 1,141 1,328 1,046 1,313 1,600 1,575 1,610 1,676 104.1%そ の 他 961 919 814 1,012 1,289 1,157 1,197 1,044 1001 941 94.0%

図 2.6.1.2 ダイカストの用途別生産比率推移

図 2.6.1.3 ダイカストのキログラムあたりの平均価格推移

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(2)ダイカスト金型技術 日本テクノでは、金型の表面に窒化と同時にカーボン膜を形成する複合処理方法を開発した。カーボン膜の内部には、カーボンナノチューブ、カーボンナノコイル、カーボンナノファイバーなどのナノカーボン類が形成されてカーボン膜が固定される。また、同膜はアルミニウム溶湯との濡れ性が悪く、しかも保温性に優れているため溶湯の流動性が向上した。ダイカスト金型に処理することで、金型寿命を大幅に延長する効果が得られた3)。 トヨタ自動車では、同様にダイカスト金型表面にナノカーボン処理方法を開発した。この方法は、カーボンナノファイバーを析出させた表面にカーボンフラーレンを浸透させるもので、アルミニウム溶湯と親和性が低く、耐久性のある皮膜の形成が可能で、大幅に溶湯の流動性を向上させるとともに鋳造圧力の伝播を向上させることができ、ミクロ組織の緻密化、機械的性質の改善などの効果が得られた4)。 リョービでは、高速・高圧のダイカスト鋳造条件に対応した砂中子の開発を行った。従来の砂中子は、低速~中速充填に対応したものであったが、今回開発した砂中子は、外層に強度・成形性に優れ、内層に崩壊性に優れるレジンコーテッドサンドを用いた 2層構造で、表面には溶湯の侵入を防止するコーティング(ジルコンと雲母の 2層)を施している。これにより、ゲート速度 41m/s、鋳造圧力72MPaの条件にも耐えることが可能で、中空を有する製品の量産を行っている4)。 日立金属では、最近のダイカストのハイサイクル化に対応した新しい金型材料を開発した。ハイサイクル化は、金型表面温度の上昇、表面と内部の温度差の拡大を招き、ヒートクラック、冷却孔の応力腐食割れを誘発する。そこで、従来のSKD改良材料では高温強度と靭性が相反する関係にあったが、合金成分の最適化により両者の特性を同時に満足させることで、型表面からのヒートクラック、大割れ、冷却孔からのクラックの発生を抑制することができる3)。(3)高品質ダイカスト法 トヨタ自動車では、高真空ダイカストでの溶湯の先走り現象を直接観察して、先走りを防止する射出条件の最適化を行うと共に、ガス発生の少ない無機系離型剤を選定することで、ガス含有量の少ないダイカスト法を開発した。それによりガス量を 5 mL/100g 程度に低減し、また介在物も従来の 1/5 まで低減することで、自動車のクロスメンバーのアルミニウム合金ダイカスト化を行い、40%の軽量化を達成した5)。

 アーレスティでは、2003年から量産しているNI(New injection)法の効率を向上させるための改善を行っている。同方法は、従来ダイカスト法に比較してサイクルタイムが長いことが問題であり、その改善策としてCAEによる金型温度予測技術を駆使した内冷強化、製品の 2個取り化、カセットスプレーによる離型剤塗布時間の短縮などを行った5)。 東京理化工業所では、セミソリッドダイカスト法(ナノキャスト法)により生産している二輪自動車のアームサスペンションの品質向上を湯流れ、凝固解析により検討した5)。同製品は重要保安部品で、強度、靱性ともに要求レベルが高い。CAE解析の結果、ゲート手前のランナーのボリュームが不足するとキャビティ内で溶湯の流れが乱れて欠陥が発生すること、指向性凝固が得られず鋳巣が発生することが確認された。 東海精機では、従来減圧法で用いられている金型真空弁から酸素の吹き込みを行い、キャビティ、スリーブの空気を置換する酸素雰囲気ダイカスト法を開発した5)。これにより従来のPF法に比較して特殊な金型を使用することなく、またサイクルタイムもPF法に比較して短くできる。また、製品のガス量を 2 mL/100gAl程度に低減でき、局部加圧と組み合わせることで無含浸で圧漏れ不良を大幅に低減できた。(4) その他 久保製作所では、プランジャースリーブやチップといった射出部材に様々な工夫を行い、寿命向上をはかっている3)。強制空冷チップは、先端まで溝をもうけたインナージョイントをチップに取り付けることで冷却効率を高め、従来チップに比較して 3~ 5 倍の寿命向上を達成した。また、スリーブの給湯口直下の溶損や変形を防止するための冷却ジャケットや、チップが後退しながらチップ円周方向に設置した潤滑経路から潤滑剤を塗布する方法などを提案している。 イーケーケージャパンでは、ダイカスト特有の現象に対するシミュレーションが可能な方法を提案している。ダイカストのガス巻き込みに起因するポロシティ(ブローホール)に関しては湯流れ錬成して巻き込まれたガス気泡の挙動を解析する方法、破断チル層に関してはスリーブ内での溶湯の凝固とその移動を解析して製品内への混入を予測する方法、金型温度に関してはスプレー塗布による熱伝達分布を計算する方法などが開発・提案されている3)。

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2. 6. 3 研究

 2011年は日本ダイカスト会議が開催されていないので、ダイカストに関す論文は少なく、鋳造工学、軽金属などに掲載された研究成果について、それらの主なものを以下に簡単に紹介する。(1)ダイカストの欠陥 豊田中研の岩田らは、ダイカストのガス量、内部巣体積をもとに気体の状態方程式、溶湯圧力伝達挙動から加圧下のガス巻き込み巣(ブローホール)の挙動について検討した6)。そして、ダイカスト内部のガス圧は最大溶湯圧力ではなく溶湯圧力遮断時の圧力と一致すること、またガスの体積は最大溶湯圧力が作用した段階で最小になりその後溶湯圧力遮断まで圧力の低下に伴って大きくなることなどを明らかにした。 アイシン・エー・ダブリュの森中らは、ADC12アルミニウム合金のひけ性に及ぼす金型温度およびCa、Pの影響についてテーターモールドを使用して調査した 7)。その結果、金型温度が高いほど内びけ率は減少し、外びけ率とポロシティ率は増加すること、Caの増加は外びけ率を上昇させ内びけ率を低下するが、Pの増加はその逆となることなどを見いだした。 福井大学の桑水らは、ADC12アルミニウム合金ダイカストのガス欠陥回りに発生するひけ巣クラスターの応力場に及ぼす影響について検討した4)。疲労試験前後のダイカスト試験片をX線CT観察し、内部のひけ巣クラスターを観察し、ミクロ・マクロ応力解析をした。その結果、最大応力点は実際の試験片の破断面の位置と一致したが、ミクロ的にはひけ巣クラスターではなくガス欠陥表面であった。 豊橋技術科学大の伊藤らは、アルミニウム合金ダイカストの表面に発生するブリスターの前駆体としてのミクロポアの可能性について調査した4)。ミクロポアは、試料を高温暴露しながらX線CTにより成長過程を観察し、ミクロポアを粗大化させる力学的な駆動力について検討した。その結果、高温暴露により高密度なミクロポアが観察され、オストワルド成長により粗大化し、ブリスター状に拡大していくことを見いだした。 いすゞ自動車の大村らは、鋳ばりを防止するためダイカスト金型の変形を調査し、変形を低減する型構造について検討した。金型は、型締めにより圧縮方向に、射出・型開きにより引張方向にひずみが発生する。これは、熱膨張により弓形に反った金型が型締めにより平らな方向に変形し、射出・型開きにより解放される方向に応力が働くためで、入れ子とおも型の間に熱膨

張量を吸収する隙間を設けることで変形を抑制し、鋳ばりを低減できることを見いだした4)。 埼玉大の川田らは、ダイカストの破断チル層に見立てたアルミナ平板をADC12内に設置し表面弾性波を用いて検出する方法を検討した4)。その結果、超音波探触子がアルミナ板の近傍では大きな反射波を得ることができ、検出が可能であることが確認できた。(2)新ダイカストプロセス 東北大の平田らは、小型かつ簡便な装置により半凝固スラリーを作製するカップ法について検討した4)。カップ法は所定の高さからアルミニウム合金溶湯をカップに注湯することで半凝固スラリーにすることができ、目標とする固相率はカップと溶湯間の熱平衡によって得られる。溶湯過熱度が低いほど初晶α -Al は微細かつ円形度が向上することを見いだした。同じく平田らは、カップ法の組織のさらなる微細化を検討した。溶湯をカップに注湯する際にカップ内に加振板により振動を与えることでα -Al晶は微細かつ真円度の高いスラリーが得られ、振動数が高いほどその効果が大きいことを見いだした。 東北大学の板村らは、カップ法をさらに簡便にするために、射出スリーブに注湯するだけで半凝固スラリーを生成する方法について検討した2)。スリーブ内における溶湯温度分布を均一かつ任意の固相率になる最適条件を検討した結果、初晶α-Al の粒径が10~30µmで従来のものに比べて微細なスラリーが生成できることを見いだした。 産業総合研究所の村上らは、AC4CH合金のセミソリッドダイカストの流動性に及ぼすゲート速度の影響について検討した2)。完全液相でダイカストした場合には流動長はゲート速度によって変わらないが、セミソリッドでダイカストした場合ゲート速度が増加すると流動長が長くなった。この原因として、セミソリッドの場合、ゲートでα -Al 晶が微細分散されるため流動性が向上したものと考察している。 大紀アルミの渡辺らは、Al-7Cu-10Si合金を離型剤塗布なしで 0.1m/s の低速射出でダイカストしT6 処理を行った2)。その結果、離型剤塗布なしでも焼付きを発生することなくダイカストでき、T6してもブリスターの発生は認められず、引張強さ及び耐力が向上することを見いだした。(3)その他 早稲田大学の井上らは、Al-9Si-0.3Mg ダイカスト合金のT5 熱処理挙動における予備時効条件の影響について検討した。その結果、T5 処理前に273~343Kで予備時効を施した場合、T5 処理時の人工時効後の硬さが高くなり、二段時効が認められた。また、離型後

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水中に急冷する際の離型温度の影響についても調査し、離型温度が623Kと高い場合に423K、523Kに比較して硬さが高くなることを見いだした。 群馬大の加藤らは、ガスを内在したADC12合金ダイカストを摩擦攪拌したのちに加熱して発泡させたポーラスアルミニウムをX線CT装置内で圧縮させ、その変形挙動について検討した4)。その結果、ポーラスアルミニウムは圧縮によって初期に最大圧縮応力に達した後、ひずみによって内部のセル壁が脆性崩壊して座屈することを見いだした。同じく群馬大の高橋らは、ADC12合金ダイカストに発泡剤を添加したものとしないものを摩擦攪拌接合し、発泡させることで気孔率が段階的

に異なる傾斜機能ポーラスアルミニウムの製作が可能であることを報告している4)。

(西 直美)

 参考文献1 )素形材:52(2011)52 )日本鋳造工学会第159回全国講演大会講演概要集(2011)3 )素形材:52(2011)94 )日本鋳造工学会第158回全国講演大会講演概要集(2011)5 )型技術:26(2011)46 )岩田ほか:鋳造工学 83(2011)4217 )森中ほか:鋳造工学 83(2011)1258 )井上ほか:軽金属 61(2011)507

2. 7 精密鋳造

2. 7. 1 生産量

 我が国の精密鋳造品の生産規模の推移を図2.7.1.11)

に示す。この図は平成 3年(1991年)以降の生産重量と売上高を示している。平成21年(2009年)に世界同時不況の影響を受けて生産重量では 4,336トンと前年比 42.4%も減少し、売上高では 434.2億円と前年比27.6% も減少した。しかし 2010年、2011年と連続して回復している。 平成22年(2010年)から 2 年間の月別推移を図2.7.1.2に示す。生産重量・売上高ともに漸増傾向であるが、3 月に起きた東日本大震災の影響が 5 月に現出し、生産重量・売上高ともに単月で年間最低値を示したほかは比較的順調に推移した。2011年全体を通しては、生産重量では前年比 8.7%増加し、売上高でも前年比 1.9% の増加となった。 図 2.7.1.3の平成23年の月別・用途別売上高推移に見られるように、3月の東日本大震災でガスタービン向け製品を生産している工場が 1か月間生産停止を余儀なくされたことにより、落ち込みがあった。またその後のサプライチェーンの混乱による国内自動車生産の停滞があったため、5月には自動車向け売上高が低下を見せたがその後急速に回復した。 表 2.7.1.1に平成23年(2011年)の用途別の生産実績を示し、各々の分野の概況を以下に報告する。(1)一般機械用 生産重量は1,044トンと前年比1.2%増、売上高も62.4億円で 3.4%と微増であった。

図 2.7.1.1 精密鋳造品売上高と生産重量の推移

売上

高(億

円)

重量

(トン)

重量

14000

12000

10000

8000

6000

4000

2000

0

売上高

700

600

500

400

300

200

100

091 1192 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

図 2.7.1.2 平成22年~23年の精密鋳造品売上高と生産重量の推移     

売上高(億円)

売上高重量(トン)

H22年

重量

H23年

700

600

500

400

300

200

100

0

70

60

50

40

30

20

10

01 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11

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