ー『 心のケア4 の検討を含めて- -...

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【資 料】 大阪市立大学看護学雑誌 6 (2010.3) 被災時の子 どもの心理反応及び必要 とされるケア ー『 心のケア 4 原則の検討を含めて- ResponsesofChildrentoDisastersandMentalCaresf♭rVictimChildren withReviewingthe"FourMentalCarePrinciples'' 内見紘子1) 山川真裕美2) 喜多淳子3)) 藤浮正代4) Hiroko Naimi MayumiYamakawaAtsukoKita MasayoFujisawa Abstract Theimportanceofmentalcaresf♭rthevictimchildrenhavebeensuggestedsinceHanshin-Awajiear也quakedisaster(1995). Maru (2005)proposedthef ourmentalcareprinciplesforthev ictim childrenatdisastersbasedont heirresponsesandmental caremanuals.In也isstudyweanalyzedacollectionofcompositionsofchildrentofindresponsesto也edisaster.Asconsequence , characteristicsdependedondevelopmenta l stageshaveemerged.Itwasf oundt hatanxiety,regressresponses,aggression . a nd expressionofgriefwerecategorizedamonginfantsandschoolchild , whilevolcano,regretandself・accusationwerecategorized amongchildreninadolescence.Thisconsequencewouldafirmca renecessitiesaccordingtot hef ourprinciplesproposedbyMaru (2005).Itwasalsosuggested也atnursesshouldexecute也eaheadinstructionofstressmanagementtochildren.sinceitwould buferacutestressdisorderofchildren. Keywords:Hanshin-Awajieart hquakedisaster,responsesofchildrenatdisasters,menta lCa re,stressmanagement 阪神 一淡路大震災 (1995) 以降、災害看護領域では災害時の子 どもに対する心のケアの重要性が指摘 されるようになっ た。丸 (2005)は、災害時における子 どもの心的反応や心のケアに関するマニュアルや手引 きから、被災時の子 ども に対する心のケアには 4 つの原則があるとい うことを提唱 した。今回被災時の子 どもの反応 に関する文集 を分析 した 結果、発達段階による認知能力の違いを反映 した心的反応の特徴 も明 らか となった。幼児期及び学童期には不安や退 行 といった反応、攻撃性や悲 しみ といった感情の表出、思春期以降では感情の抑圧、後悔や 自責の念が見 られた。 こ れらの結果は、丸の提唱 した 4 原則に基づいたケアの必要を肯定すると考えられる。また、事前のス トレスマネジメ ント教育が、子 どもの災害時急性ス トレス反応の緩和につながることから、今後、看護職に求められる援助及び教育 的役割が示唆 された。 キーワー ド:阪神 一淡路大震災、災害時の子 どもの反応、心のケア、ス トレスマネジメン ト教育 2009 8 30 日受付 2009 12 25 日受理 1)大阪赤十字病 院 2)大阪大学医学部付属病院 3)大阪市立大学大学院看護学研究科 4)医療 法 人 子安会 なか に し産婦 人科 ク リニ ック *連絡先:喜多淳子 〒545-0051 大阪市阿倍野区旭町 1-5-17 大阪市立大学大学院看護学研究科 35-

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【資 料】 大阪市立大学看護学雑誌 第 6巻 (2010.3)

被災時の子どもの心理反応及び必要とされるケア

ー『心のケア4原則』の検討を含めて-

ResponsesofChildrentoDisastersandMentalCaresf♭rVictimChildren

withReviewingthe"FourMentalCarePrinciples''

内見紘子1) 山川真裕美2) 喜多淳子3)) 藤浮正代4)

HirokoNaimi MayumiYamakawa AtsukoKita MasayoFujisawa

Abstract

Theimportanceofmentalcaresf♭rthevictimchildrenhavebeensuggestedsinceHanshin-Awajiear也quakedisaster(1995).

Maru(2005)proposedthefourmentalcareprinciplesforthevictimchildrenatdisastersbasedontheirresponsesandmental

caremanuals.In也isstudyweanalyzedacollectionofcompositionsofchildrentofindresponsesto也edisaster.Asconsequence,

characteristicsdependedondevelopmentalstageshaveemerged.Itwasfoundthatanxiety,regressresponses,aggression.and

expressionofgriefwerecategorizedamonginfantsandschoolchild,whilevolcano,regretandself・accusationwerecategorized

amongchildreninadolescence.ThisconsequencewouldaffirmcarenecessitiesaccordingtothefourprinciplesproposedbyMaru

(2005).Itwasalsosuggested也atnursesshouldexecute也eaheadinstructionofstressmanagementtochildren.sinceitwould

bufferacutestressdisorderofchildren.

Keywords:Hanshin-Awajiearthquakedisaster,responsesofchildrenatdisasters,mentalCare,stressmanagement

抄 録

阪神一淡路大震災 (1995)以降、災害看護領域では災害時の子どもに対する心のケアの重要性が指摘されるようになっ

た。丸 (2005)は、災害時における子 どもの心的反応や心のケアに関するマニュアルや手引きから、被災時の子ども

に対する心のケアには4つの原則があるということを提唱した。今回被災時の子 どもの反応に関する文集を分析 した

結果、発達段階による認知能力の違いを反映した心的反応の特徴も明らかとなった。幼児期及び学童期には不安や退

行といった反応、攻撃性や悲 しみといった感情の表出、思春期以降では感情の抑圧、後悔や自責の念が見 られた。こ

れらの結果は、丸の提唱した4原則に基づいたケアの必要を肯定すると考えられる。また、事前のス トレスマネジメ

ント教育が、子どもの災害時急性ス トレス反応の緩和につながることから、今後、看護職に求められる援助及び教育

的役割が示唆された。

キーワー ド:阪神一淡路大震災、災害時の子どもの反応、心のケア、ス トレスマネジメント教育

2009年8月30日受付 2009年12月25日受理

1)大阪赤十字病院

2)大阪大学医学部付属病院

3)大阪市立大学大学院看護学研究科

4)医療法人 子安会 なかにし産婦人科クリニック

*連絡先 :喜多淳子 〒545-0051 大阪市阿倍野区旭町 1-5-17 大阪市立大学大学院看護学研究科

ー 35-

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Ⅰ.序 論

1995年 1月17日午前5時46分に発生したマグニチュー

ド7.2の兵庫県南部地震、通称 「阪神 一淡路大震災」。西

日本の中心都市を襲ったこの地震は直接死と関連死を含

めて6,000名以上の命を奪い、数ヶ月間に渡って都市機

能を麻痔させた。被災者の中には当然、多くの子どもが

含まれており、復旧作業に追われる大人たちとともに様

変わりした環境の中で生活していた。震災は「恐怖体験」

や 「喪失体験」といった形で被災者に大きな影響を及ぼ

し、それは心の傷を生む.阪神一淡路大震災では早期か

ら被災者の 「心のケア」の必要性が叫ばれたが、それま

での災害でのデータの蓄積による研究はほとんどなく、

ケアのマニュアルや手引きは存在しなかった。

この震災以降、災害看護領域では災害時の子どもに対

する心のケアの重要性が指摘されるようになった。状況

の認識、理解、判断能力の発達しきっていない子どもの

方が大人よりも遥かに影響を受けやすいことは明らかで

ある。その後、様々な研究姓や専門家によって災害時に

おける子どもの心的反応や心のケアに関するマニュアル

や手引きが作成された。また、災害時に子ども達はどの

ような反応を示し、どのような援助を必要としているか

が徐々に明らかにされてきた。丸 (2005)は、それらの

マニュアルや手引きから被災時の子どもに対する心のケ

アには4つの原則:「原則 Ⅰ:安心感を与えるがある」「原

則 Ⅱ:子どもの感情表現を促す」「原則Ⅲ:子どもの無

力感を少なくする」「原則Ⅳ:子どもを否定しない」(以

下、心のケア4原則)を提唱している。

本研究では阪神一淡路大震災当時の手記や文集、阪神

一淡路大震災に関する論文などから被災時の子どもの反

応について分析データへの抽出結果を元に、心のケア4

原則の意義および看護職者として子どもに対する心のケ

アを実践するための方向性を検討することを目的とした。

Ⅱ.方 法

医学中央雑誌および阪神一淡路大震災に関連する様々

な資料を収集 ・保存している 「人と防災未来センター

資料室」にて阪神一淡路大震災、災害、子ども、心のケ

アなどをキーワードに収集した文献および既存の理論に

ついて文献検討を行った。分析対象は、収集した文献か

ら無作為に被災時の子どもの反応について抽出した記述

内容とした。また、被災体験文集及び論文に記載された

恐怖体験や重要他者の喪失体験に対する子どもの反応に

ついて、発達段階および被災後の時間経過によって分類

-36-

して分析を行い、それぞれの反応をカテゴリ化した。さ

らに、これらを統合して、心のケア4原則との比較検討

を行った。

「人と防災未来センター」は、国の支援を得て平成14

年4月に兵庫県が設置し、財団法人ひょうご震災記念21

世紀研究機構が運営を行っている施設である。阪神 ・淡

路大震災の経験を語り継ぎ、その教訓を未来に生かすこ

とを通じて、災害文化の形成、地域防災力の向上、防災

政策の開発支援を図り、安全 ・安心な市民協働 ・減災社

会の実現に貢献することをミッションとしており、「減

災社会の実現」と 「いのちの大切さ」「共に生きること

の素晴らしさ」を世界へ、そして未来へと発信している。

さらには、世界的な防災研究の拠点として、災害全般に

関する有効な対策の発信地となることをめざしている。

(阪神 ・淡路大震災記念 人と未来防災センター,2009)

Ⅲ.結 果

データの概要

文献より抽出した被災時の子 どもの反応に関する稔

データ数は451であった。その内訳は<喪失体験を経験

したことが明らかであるもの>83、<喪失体験を経験し

ていないことが明らかであるもの>48、<喪失体験の有

無がはっきりしないもの>365であった。

データの分析結果

収集したデータのうち、比較的事例背景が明らかであ

るものが多かった<喪失体験を経験したことが明らかで

あるもの>83を発達段階別に分類し、更に被災後の時期

別に分け、それぞれの反応をカテゴリ化した (文中 【 】

内はカテゴリ名)。その結果を 「表 1 時期別、及び発

達段階別・時期別にみた、被災後の子どもの反応」に示す。

ここでは重要他者の喪失体験事例には*印を付け、客観

的により大きなス トレスを経験 したものとして、その他

の自宅など物的喪失体験事例と区別している。

発達段階別に見ると、幼児期 ・学童期では被災後早期

から不安や恐怖などの感情の表出が見られるが、思春期

以降では逆に感情の抑圧や否認 といった反応が見られ

る。また、思春期以降の反応の特徴として、自責 ・後悔

が挙げられる。被災後の時期別でみると、発達段階によ

らず、6カ月-1年後には現実と向き合う準備が整い、

前向きな反応を見せる子どもが多い。しかし、思春期で

は1-3カ月後という比較的早期から現実的な問題に直

面し、無理矢理にでも現実と向き合わなければならない

場合もあるといえる。

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大阪市立大学看護学雑誌 第 6巻 (2010.3)

<幼児期>

表1 時期別、及び発達段階別 ・時期別にみた被災後の子どもの反応

一時 期 別-

データ カテゴリ

【被災直後】

深夜まで眠れぬことが多く、途中目覚めては母を起こすo(6歳、女) 分離不安 不安

母が離れると探 し回って不安そうにする (3歳、男)

外出中、母の手を離さず握 り締めている (6歳、女)

テレビを一人で見れない (6歳、女)

折りにつけ 「死なない?」 と質問を繰 り返すo(6歳、女) 死の恐怖

外出がいや、保育所-も行きたくない (6歳、女) 外出拒否

赤ちゃん返 り (3歳、男) 退行

余震、テレビの地震報道、車の振動、救急車のサイレンの音でパニックを起こすo 再体験、パニック(6歳、女)

以前はタオルを持って寝ていたが、今は持たずに寝ている (3歳、男) 回避 (意識的)

ひとりで2階で寝てたかみんなで寝てたか覚えていないo(幼児、女)* (無意識的)

【1-3カ月後】

夜泣き、一人にされるのが怖い (幼児、女)* 分離不安 不安

人形をたたきつけるo荒れて大変o(幼児、女)* 攻撃性

しかると 「(親戚の家に」来ないほうがよかつた」というo(幼児、女)* 周囲-の反発

共同生活による親の気疲れが子どもの負担になっているo(6歳、女) 親からの影響

突然 「(両親は)死んじゃつてお写真になったんo」というo(幼児、女)* 死の認識

移住後も 「友達に会いたい」と電車で元の幼稚園に通っていたが、ようやく 「また 前向きな反応、感謝お友達つくる」と話しはじめたo(6歳、男)

ホテルのシャワーを浴び 「ありがたい」 (6歳、男)

【6ケ月-1年後】

親戚の家に移住し、やつと最近落ち着き、甘えるようになったo(幼児、女)* 環境変化-の適応(移住 し、)はじめは幼稚園の先生が怖かつたが今では甘え、友達もできたo楽 し

そう○(幼児、女)*両親の話をぽろっとするようになったo(幼児、女)* 死者の話をする

【1年以降】

「地震」と聞くだけで身をすくめ 「またくるかな、くるかな」とつぶやくo(6歳、 恐怖、過敏反応

<学童期>一発達段階別 ・時期別-

データ カテゴリ

【被災直後】

夜中に起き上がり「出られない」と叫んで戸を開けるしぐさをする (小学 5年、女) 悪夢、恐怖

遺影の置かれた部屋で 「まったあ?」 と大声を張り上げる (小学6年、女)* 否認

【1-3ケ月後】

被災ですべてを失った親の無気力感が子どもの不登校を促進しているo(小学生) 親からの影響

移住後、神戸の友人を心配 し文通しているo(小学 5年、女) 他者の心配

学年があがつても机は置いておく○だっていなくなったら悲しいo 死者-の気遣い私たちは23人みんなで6年生になるo(小学6年、女)*新しい土地に友人ができた○元気o(小学 5年、女) 環境変化-の適応

【6ケ月-1年後】

甘えん坊で、わがままになる (小学生、男)* 退行

地震の話になるとどこか-行ってしまうo(小学生、男)* 回避 (意識的)

当時の家 .自分の部屋 .玩具や衣類 .居間のソファーなど、思い出しては懐かしが 懐古つたり悲しがつたりする 「懐古」 の症状をよく起こすo(′J、学4年、男)

壊れた家やなくしたもののことを思い出して話す○(小学 1年、男)

疎開したが、元の小学校に通っている (小学生、男)* 元の生活-の愛着

【1年以降】

夜になると一人で2階-上がれないo震災で 2階がつぶれてしまったことの衝撃を 回避

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【時期不明】

とても、とっても悔 しいo 怒 り「お母さんを返せ !」と叫びたい気持ちがずーっとまだ残っているo(小学 5年、女)*

かみさまのいじわる (小学 2年、男)

地震がなければ.-

家、友人とはなればなれ .5千5百人の死もなかったはずだo(小学 5年、女)

ショックすぎて涙が出ないo信じられないo(小学6年、女)* ショック、悲 しみつぶれた家を見て悲しくなったo(小学3年、女)*

l復興-の願い

つぶれた家を見るといやな気持ちo早く建ってほしいo(小学 5年、女)

神戸は復興しているo早くもとに戻ればいいのにo(小学5年、女)

他の地域の地震や予言の本を見て「本当に日本はどうなるんだろう」(小学 5年、女) 自然の脅威の実感この地震は自然が怒っているからo自然を大切にし、協力しなければ○(小学6年)

もつと苦しんでる人たちがいるのに、(行くところが無いからといって避難所に) 他者の心配、

僕たちが入っていいのか (小学生、男) 幸福度の比較

父は死んじゃつたけどよく一緒に遊んだことを忘れずに頑張っていきたいo(小学 前向きな決意、

3年、女)*(母親-)「みんなおかしやいろんな物をもってきてくれるよ○

私たちはいつもどおり元気o元気に友人とあそんでるo」(小学4年、女)* 死者-の気遣い

何でもがんばっていくからいつもお空で見守っていてo(小学4年、女)*毎日楽しくあそんでるから心配しないでo(小学4年、男)*

日本全国からの手紙、はげましの言葉などに力づけられ、ありがたかつたo(小学 感謝5年、女)

遠いところからこんな多くの人が来てくれてありがたいなあと感謝したo(小学6年)いいこともあったo近所 .ボランティアの心のあたたかさに触れたo(′J、学5年、女)

<思春期>

データ カテゴリ

【被災直後】■ ■自分の中に感情をため込むようになってしまったo(看護学校生、女)* 感情の抑圧

「冗談でしょ」と思いショックはなかった○ 悪い夢と言い聞かせたo(看護学校生、女)* 否認

母死亡の知らせがあった時に涙はないが、遺体と対面し泣くo (中学 3年)* ショックI

【1-3カ月後】

早く神戸に戻りたいが、親を思う (精神面 .金銭面)と急かすわけにはいかない○ 現実的な問題、

(16歳、男) 親-の気遣い

【6ケ月-1年後】

思い出すと悲しいが、いまだに泣き暮らしていたら母は喜ばないo(看護学校生、女)* 死者-の気遣い

これからは母の役目を私がして、父と頑張りたい○(看護学校生、女)* 前向きな決意家族で何もかも協力して、お母さんの分まで頑張っていこう○(中学 3年、女)*後悔や罪悪感は胸の中にしまい、前向きに頑張っていこうと思うo(中学3年、女)*

もつと多く家族を亡くした男児と比べ 「まだ幸せなんだから」と力づけられる (香 幸福度の比較護学校生、女)* .

【時期不明】

地震の日、こんな風になるとはoあまり思い出したくないo(中学 1年、男)* 回避

金だけもらって冷たくしていたo 後悔l

もうケンカすることもない○いくらくやんでも、もう二度とかえらないo(高校 2

年、男)*前日に反抗して怒られた○素直にできなかったのがとても悔しい○

ごめんなさい、お父さんo(中学 1年、女)*今まで反発ばかりしていてごめんOもう一度ゆっくり話したいねo(高校 1年、女)* 死者-の謝罪わがままぽっかり言ってごめんoありがとうo(高校 3年、女)*

父と弟が夢に出てくるo今なにをしてるか想像つかないoどんなところかしりたいo 死者の夢I死者-の愛情

(中学 1年、男)*夢で父に会 うo生前と変わらず優 しいo(高校 3年)*今は平気だけど、やっぱりお母さんがいちばん○(高校 1年、女)*ふと帰ってきそうな気がする (高校 3年、女)*生前父が買ってくれたもの○もつと大切に扱うo(高校 3年)*2人は死んだけどこの先もずつと私の両親oずつと心の中で生きさせるo(高校 1

年、女)*

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大阪市立大学看護学雑誌 第 6巻 (2010.3)

父が死んで悲しいこと、つらいことが本当にたくさんあったoだから何があつても 前向きな決意

大丈夫o(高校 1年、女)*大学をあきらめようと思ってたけど、やっぱり行きたいので頑張ることにしまし

た○(高校 1年、女)*父と弟の分生きたいo(中学1年、男)*本当は先生になりたいが、大学までいかなければならないから迷っているo(中学 現実的な問題

<青年期>

データ カテゴリ

【時期不明】

計画も思い出も命もすべて地震が奪っていったo涙が止まらないo(大学2年、女) 怒り、悲しみ*母はなんであんな地震くらいで死んでしもたんや (大学4年、男)*同じ死ぬんやつたら、あんな恐怖は味あわせたくなかった (大学4年、男)*

母は前日ずつと働いていたから最後にかわした言葉がないoなんでもいいからしや 後悔、自責べつておけばよかつたoごつつい心残りo(大学4年、男)*こんなことが起こるとわかってたら、もつと母親孝行したかつたo(大学4年、男)*

母さんの分もできるかわからんけど、親父を大事にしてみせるo(大学4年、男)* 前向きな決意

*重要他者の喪失体験事例

Ⅳ.考 察

今回得られた結果について、震災経験そのものが子ど

もに与えた影響及びそれに対する介入方法を中心に危機

理論に基づいて考察した後に心のケア4原則の検討を行

う。さらに、重要他者の喪失を体験した子どものみに焦

点を当てた考察を行って心のケア4原則に含まれない事

前教育の必要性にも言及する。

1.危機状態の発生とその成長促進可能性

山本 (1997)は、天災を経験 した人の状態は、キャブ

ランの唱えた危機理論を用いて説明することができると

した。

人の心の平衡を揺さぶり、ス トレスや苦痛を与え

る難問発生状況において、うまく対処しきれずに危

機状況に陥った場合、更に追い込み要因が重なるこ

とで、危機状況は現実化する。人は、平衡が取れて

いない不安定な危機状態からなんとか抜け出そうと

解決策を模索する。その際に採用した方法が健康的

な解決策であったか不健康な解決策であったかに

よって、危機はその人自身の成長を促進させよりよ

い方向に向かうか、病的状態へ向かうかの重要な分

かれ目の時点になる。また、難問発生状況が人に

及ぼすス トレス刺激の程度はその人のパーソナリ

ティー特性 ・状況の認知の仕方 ・経験に基づく対処

の見通しによって異なり、反応の仕方も異なってく

る。

阪神一淡路大震災を経験 した子どもたちの状況をこの

危機理論に当てはめると、難問発生状況は震災そのもの

の経験や重要他者との死別、震災による負傷、恐怖体験

などと解釈できる。さらに彼らが置かれた状況を考えた

とき、その追い込み要因となったのは、大人の無力さ

を目の当た りにするという経験、物質的 ・金銭的な困

窮状態、自責の念を強 くさせるような重要他者の死亡

状況などであったと推察する事ができる。また、震災

遺児家庭に対するインタビュー調査 (あしなが育英会,

2007)の結果 (震災以前に比べて遺児が 「しっかりした

」33.2%、「責任感が強くなった」12.6%、「親思いになっ

た」13.0%、「優 しくなった」2.6%、「家事を良 く手伝

うようになった」18.5%、「家事を中心になってするよ

うになった」3.8%、「人生の意味を考えるようになった

」8.8%、「生 と死についてまじめに考えるようになった

」5.0%)か ら危機状況において健康的な解決策を採用

した場合の成長促進可能性を読み取る事ができる。

このように自己の確立や社会性の成長を現す選択肢へ

の回答がみられ、人生観における成長を認める回答も少

数ながらみられている。このことは危機的状況をうまく

切 り抜けたことで、危機がその人の成長する機会となっ

たことを示唆 している。また、震災後遺児たちと継続的

なかかわりを続けてきた樋口 (1998)は、震災発生後3

年目の子どもたちの様子について、「親がなくなった体

験を語るのは恥ずかしいことではない、という反応が出

てきて、心が少し整理されてきた様子」としている。し

かしその一方で、「当時の事を語ることを拒否 している

子は全然癒されておらず、その差が生じている」とも記

している。これは健康的な解決策にめぐり合うことがで

-39-

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き危機を成長の機会としつつある子どもと不健康な解決

策の選択の失敗の積み重なりにより病的状態へ向かいつ

つある子どもの両者がいることを示しており、危機状態

が持つ分かれ目としての意味を示唆している内容であ

る。

さらに被害の大きさとス トレス反応の関連について

は、より大きいストレスを経験したと客観的に考えられ

る表1に示した*印のデータと、*印以外のデータの比

較を行った。その結果重要他者の喪失の有無に関わら

ず、幼児期では 【分離不安】【再体験】【パニック】【回

避】、学童期では 【不登校】【回避】などの心的外傷体験

に伴う (広常,2004)とされているカテゴリに分類され

るデータが見られ、子どもが受けたストレス刺激が極め

て強いものであったと解釈できる。各事例 (データ)に

おいて震災発生時の状況や、住宅損壊の程度などの詳細

な背景についてはわかっていない。しかし、この結果は

子どもが受けた客観的な被害の大きさによって、必ずし

もそのス トレス刺激の大きさを定義する事はできないこ

とを意味している。また、表1にまとめた子どもの反応

は発達段階や時間経過によって一棟の定義づけを行う事

ができるようなものでなく、実に多様な内容であること

も物語っている。このことは、子どもの体験やその背景

及びパーソナリティー特性 ・状況の認知の仕方 ・経験に

基づく対処の見通しがそれぞれ異なっており、また子ど

もが経験したス トレス刺激の程度も異なっていたためと

考えられる。

2.危機介入のタイミングの重要性

次に震災経験そのものが子どもに与えた影響および子

どもが必要としている心のケアについて危機理論に基づ

いて考察する。

危機状態とは何か新しい対処方法を求める欲求が最も

強い不安定な時点であり、この時点で相談者がタイミン

グよく介入することが求められている (山本,1997)0

危機状態への介入の遅れは即ち、その人が何らかの解決

策を自力で見出し平衡状態を取 り戻していることを意味

する。健康であっても、不健康であっても、平衡状態の

回復により介入の効果は薄れてしまう。ところが阪神一

淡路大震災を経験した子どもたちの状況を考えた場合、

彼らが最も頼りにしている親もまた危機状態にあり、対

処方法を模索している最中であったことが推測される。

そのような場合、子どもの状態を冷静に見守りつつタイ

ミングを逃さずに健康的な対処方法を示すことは困難と

なる。あるいはその親が亡くなってしまっており心を許

せる大人がそばにいない、子どもの発達が未熟であるた

-40-

めにうまく表現することができず周囲の者に自分の思い

を打ち明けて助けを求める事ができないなどの事態も、

現実に存在 している。「レインボーハウスの子どもたち

-阪神大震災遺児の10年-」(八木,2004)には、震災

後8年目に一人の男子高校生が話した次のような言葉が

紹介されている。

「周 りの変化が激しすぎて、お父さんの死を悲し

いと思うことすらできませんでした。僕は何で自

分は涙が出ないのか、お父さんのことをなんとも

思っていなかったからじゃないのかという答えし

か出なくて、その答えを認めたくなくて考えるの

をやめていました。」

八木 (2004)によればこの言葉に同調する子どもが多

かったという。これは父の死という難問発生状況にあっ

て、悲しいと感じたり涙を流したりという一般的な悲嘆

反応を示すことができない自分自身に出会い、その事実

が追い込み要因となって危機状態に陥っている事例であ

る。彼はこの状況を乗り越えるにあたり、なぜ自分は涙

が出ないのか、どうすれば一般的な悲嘆反応を示すこと

ができるのかということについての答えを見出そうとし

ている。しかし、これまでの経験から持っていた知識は、

「悲しいときは涙が出る」というものだけであった。そ

の結果 「お父さんのことをなんとも思っていなかったか

らじゃないのか」という答えにしか行き着くことができ

なかった。こうして出た答えを彼は認めたくないと感じ

て採用しようとはしなかったが、新たな答えにめぐり合

うことはできなかった。そこで彼は、この危機状態から

抜け出して平衡を取 り戻すために考えるのをやめるとい

う回避の方法を選択したと解釈できる。子どもの悲嘆反

応の特徴については後述するが、回避は不健康な対処方

法で、「悲しいと感じられない」「涙が出ない」といった

反応こそが正常な反応のひとつと言われる。もしも彼が

「なぜ自分は涙が出ないのか」と答えを求めていたとき

にタイミングよく介入して、その反応が正常なものであ

ることを伝える事ができたとしたら、彼がもっと早くこ

の苦しみから抜け出す事も可能であったと考える。また、

震災遺児家庭に対する震災 1年目の調査 (あしなが育英

会,2006)では、ボランティアに対する反応はほとんど

が肯定的でありその活動は高く評価されていることやあ

しなが育英会の活動に対する反応もすべて肯定的であっ

たことが報告されている。これは、ボランティアやあし

なが育英会のメンバーが被災者の危機状態にタイミング

よく介入することに成功した例と考える。

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大阪市立大学看護学雑誌 第6巻 (2010.3)

3.子どもたちが危機状態にあることを見極める指標と

しての象徴言語

これまで用いてきた危機理論やその介入方法とは別

に、われわれは危機状態にある人が自分の心の内を他者

に伝えるため 「象徴言語」という比倫的表現を用いると

いうキュプラ一 ・ロス (Kublre-Ross.E,1999)の説に

注目した。それによると象徴言語は一般に言う比倫とは

異なるもので、危機状態に陥ったときに誰もが用いる世

界共通語でありことに子どもは誰に教わるでもなくこの

言語を使用するとされている。表 1に幼児期の女児によ

る 「(両親は)死んじゃってお写真になったん」という

表現があるが、この女児は亡くした両親について語る際

に比倫的な表現を使っている。これを幼児期特有のアニ

ミズムや比倫ではなく象徴言語であると捉えると、彼女

がこのとき危機状態にあって介入を必要としていると判

断できる。キュプラ一 ・ロス (1999)に依拠すればこの

場合の介入とは、両親が死ぬというのはどういう意味な

のかということをじっくり話し合い、また教えてくれる

大人が存在することを指す。子どもの表現を否定せずあ

りのまま受け入れてさらにじっくりと話し合うという点

で、この象徴言語の概念は心のケア4原則の原則Ⅳと通

じるところがあると言える。言語表現能力がまだ十分に

発達していない子どもたちにとって大人が象徴言語の存

在を知っている事は、危機介入のタイミングを見極める

ことに役立つだけでなく助けを必要としている子どもを

適切なケアにつなげるためのヒントとなり得ると考える。

4.心のケア4原則についての検討

ここではこれまでの考察を踏まえて、心のケア4原則

に沿って災害時の子どもに対する心のケアについて検討

する。

原則 Ⅰ:安心感を与える援助の必要性 幼児期 ・学童

期において 【不安】【退行】といった反応が比較的多 く

見られたが、これらは思春期 ・青年期ではあまり見られ

ることのない、この時期に特異な反応であるといえる。

これは年齢が幼い子どもほど症状がはっきりと言語化さ

れにくく、漠然とした不安、退行、身体症状、問題行動

といった形で現れやすい (広常,2004)ためであるとい

える。こういった反応はいわゆる危険反応、恐怖反応で

あり、子どもたちが安全の保障を求めている状態で示す

反応だと解釈することができる。そこでわれわれは、マ

ズロー (Maslow.A.H,1971)の主張 した人間の動機

付けに関する理論を用いることで、子どもたちの反応に

ついて考察する。マズローは人間の持つ基本的欲求につ

いて、あらゆる欲求が満たされない場合、成人のように

運動能力の発達や知識や慣れといった力を持たない幼児

では生理的欲求と同等に安全の欲求もまた意識のほとん

どを占有して、あらゆる能力を安全の欲求を充足するた

めに使うことがあるとしている。

地震による被災という状況下では、物質的な困窮状態

の解消が最重要課題であると一般的に思われがちであ

る。しかし、子どもに対する援助では安全の欲求を満た

すための援助は、物質的な援助と同じ位置づけで重要

視されなければならない。子どもはある種の日常の決

まりきった、崩さないリズムや家庭に対する選好性を

持ち、組織された、構造を持った世界を必要とし、ど

のようなことがあろうとも強力な親または保護者がい

て危害から守ってくれるのである (Maslow,1971/小

口訳,1987)。つまり、被災 した子どもの置かれた環境

を、できるだけ早くもとの生活に近い状態に整える事が

必要であるということがわかる。この意味で、物質的な

援助や環境の整備に最も力が注がれることは有効である

と解釈することができる。しかし、同時に助けを求めれ

ばいつでも応えてくれる安全基盤としての大人の存在を

必要としていることを忘れてはならない。広常 (2004)

による心的外傷後ス トレス障害 (posttraumaticstress

disorder:以下PTSD)の治療指針の中でも安全基盤の再

確立の重要性が述べられている。PTSDの原因が自然災

害であった場合には、家族とともに過ごせ二次災害が襲

う心配のないところに避難すること、衣食が整った安全

な場所を確保することが第-に求められると説明されて

いる。事実、保育所や幼稚園の再開、学校の再開が子ど

もの安定に大きく関わっており、この意味で遊び場の提

供も有効であったという報告 (井出,2007)もある。

こういった安全基盤の再確立の概念を危機介入のプロ

セスに組み入れて考察すると、子どもにとって難問発生

状況の発生とは、生理的欲求を含めて専ら安全の欲求に

その意識が占有されている状態を意味する。したがって

子どもへの危機介入を試みる際には、まずその安全の欲

求が満たされているかを確認しなければならない。すな

わち、安全基盤の再確立なしに危機介入の成功はありえ

ないと考える。 以上のことから、原則 Ⅰの安心感を与え

る援助は、あらゆる援助に先立って必要とされる援助で

あるといえる。

原則Ⅱ:感情表現を促す援助の必要性 重要他者の喪

失に際して、幼児期 ・学童期では 【攻撃性】【怒り】【悲

しみ】など様々な感情の表現がみられた。一方、思春期

以降では同様の表現は減少し【否認日感情の抑圧】といっ

た感情表現とは正反対の反応が現れる。感情、ことに悲

嘆感情の表出についてキュプラ一・ロス (Kublre-Ross.E,

- 4 1 -

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1999/鈴木訳,2001)は、悲嘆は自然な感情で、あり

とあらゆる喪失に対処するためのものであり、悲嘆と関

係のあることに出会うたびにそのとき思いっきり嘆き悲

しませてやることが必要であると述べている。従って、

重要他者の喪失を経験した子どもがその悲嘆から回復す

るためには、感情表現を抑制せずに素直に話し合うこと

のできる環境が必要であるということになる。このこと

から原則Ⅱの妥当性が伺える。しかし、前述の被災男子

高校生の言葉に多くの子どもが同調していたという報告

は、周囲のあわただしさや大人が無意識に示す反応に

よって悲嘆の表出を回避してしまっていた子どもが少な

からぬことを示唆していると考える。特に自分の社会的

な責任や役割を考えられるようになるような思春期以降

の子どもでは、【親への気遣い】【現実的な問題】に見ら

れるような周囲への気兼ねもあり、感情の表出をうまく

できないケースが増すと解釈できる。

一方心理治療の側面から見ると、このように悲嘆の表

出にためらいがあり心的外傷体験を語 りたがらないとい

う【回避】は、心の傷をより癒えにくいものにしてしまう。

広常 (2004)はPTSDの治療において外傷的出来事を直

接扱う事は最も重要であり、そうすることが再び機能す

ることにつながり、体験をコントロールできているとい

う感覚を取 り戻す事になるとしている。先述の被災男子

高校生の事例において彼が選択 した 「考えるのをやめる

」という方法は不健康な対処方法である。しかし、それ

によって彼の心は平衡を取 り戻し、危機状態から抜け出

したのである。この時点で 「涙が出ないのはお父さんの

ことをなんとも思っていなかったからである」という彼

にとってのつらい事実と再び向き合わせる介入を行うこ

とには、大きな負担や危険を伴う事が伺える。こういっ

た場合、断片化されてしまった トラウマの記憶を安全な

感覚のもとで再び想起しなおして自分の記憶全体の中に

統合させていく事が求められ、その全経過を通して安心

感や安全感の回復に努めることは非常に重要な事である

(広常,2004)。心的外傷を語って慰められるか、逆に話

した事で余計に傷つき、再外傷体験をしてしまう事にな

るかは紙一重のところにあると言える。つまり、原則Ⅱ

については被災後早期には非常に有効な手段ではある

が、子どもが何らかの方法で既に一度危機状態を脱した

後では二次的に危機状態に陥らせる可能性も含むもので

あると言える。

原則Ⅲ :無力感を少なくする援助、および原則Ⅳ:千

どもを否定しないことの必要性 井出 (2007)は被災児

のPTSDへの対応について、精神科医レノア ・テアの定

義を用いて次のように述べている。

-42-

今回の大震災のような命を奪われかねない体験

は、子どもたちから安全基盤を奪ってその出来事に

庄倒された感覚は無力感を引き起こす。さらに、子

どもが罪悪感を抱いてしまうような場合や トラウマ

に対する病的症状とみなせるような反応を自らの弱

きの結果であると受け止めている場合、子どもの無

力感は一層強まって自己評価は低下する。このよう

な自尊感情の揺らぎが病的症状とみなせるような反

応を増強させてさらに無力感を強めるという悪循環

を引き起こす。

このようにPTSDの予防には、子どもの安全基盤、有

能感 ・自己評価の回復が重要となる。従って、原則Ⅲお

よびⅣは、子どもの心のケアを考える上で有効であると

いえる。

安全基盤の再確立については原則 Ⅰの検討において述

べたとお りである。子どもの有能感および自己評価の回

復を促すためには不安を表現し、大人に甘え、依存的に

なっている子どもをまずそのまま受け入れるようにす

る。被災した子どもが怖いと訴えられること、不安から

の苛立ちを示せること、甘えを否定されたり叱責された

りせずに受け止めてもらうことが必要になる。つまり、

大人が自分たちを肯定的に受け止めてくれていると感じ

ることで、子どもは自分自身を肯定的に受け止める事が

できる。また、甘えを出す事をためらう思春期に近い年

長児に対しては、大人の手伝いをさせるなどして共に行

動する時間を増やすよう助言する事も有効と考える。そ

れに対して喜びや感謝を伝えることで自らを肯定的に捉

えさせる事ができるようになる。思春期以降、【後悔目白

責】といった反応が特徴的に見られたが、これらは原則

Ⅲのような関わりを必要としている反応であると解釈で

きる。今回収集したデータに原則Ⅳを裏付けるものはな

かったものの、その意義についてはここで述べたとおり

である。

5.発達段階に応じた援助の重要性

ここまでに被災児の体験を分析ならびに検討した結果

から、彼らは発達段階の違いによって異なる反応を示す

こと、そしてそれが認知能力の違いを反映した表現上の

特徴を根拠とするものであることが示唆された。一方、

本研究では分析対象事例に死を身近に体験 した子どもの

反応が半数以上含まれていた。親の死を経験 した子ども

に対するケアとして、悲嘆に関するデイレグロフの説に

依拠して遠藤 (1997)が示しているガイドラインがある。

その趣旨は感情の表出を助けること、そして発達段階に

合った適切な死の認知を助けることである。つまり、親

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大阪市立大学看護学雑誌 第6巻 (2010.3)

の死を経験した子どもは、前述のように感情表現を促す

援助に加えて大人から死を理解するための援助を受ける

べきであることが示されている。発達段階による認知能

力の差から死の理解の仕方には違いが生じてくることは

明らかと言える。この違いを明確にしなければ、死につ

いて正しい理解を促す援助を行うことはできない。ピア

ジェは、人の認知の発達を感覚運動期、前操作期、具体

的操作期、形式的振作期の4段階に区分している (大浜,

1982)。遠藤 (1997)は、悲嘆の変化には認知的発達と

いう要因が不可避的に介在していると述べている。ここ

ではこれらに依拠 して震災で重要他者を亡くした子ども

の様々な死の表現 (表1)から、発達段階に応 じた認知

能力の違いによる子どもの死に対する理解の変化とその

特徴を探っていく。

幼児期 (感覚運動期から前操作期)目に見える世界と

自分がイメージする世界がすべてという、直感的思考で

ある。あらゆるものを具体的に捉え、場合によっては自

身を取り巻く世界を 『アニミズム』と呼ばれる方法で理

解する。したがって、この段階では死んでいなくなった

後自分の元に帰ってくるのかどうかや、死を自分や他の

対象に置き換えるということまで思考できない。つまり、

死の不可逆性や普遍性は理解しておらず、多くの場合可

逆性のものとして認識している (伊藤ら,1965)O蛋災

で両親を亡くした女児は、「(両親は)死んじゃって、お

写真になったん。」と両親の死を表現した。これは比倫

ではなく、すべての事象を具体的に思考するという認知

上の制約により、この子どもは本当に突然自分の前から

居なくなってしまった両親が写真になったと思ってい

る。これは、死について全く何も理解できていないので

はなく、それがその時の彼女にとってはすべてだといえ

る。このように、思考と知覚がはっきりと切 り離されて

おらず、常に知覚が優位になる (伊藤ら,1%5)幼児期

の子どもにとって、人が死ぬということは非常に不思議

な現象である。こういった思考の制約によって幼児は死

の概念が未確立であり、死の長期的影響について予測で

きない。従って、幼児の場合両親の死の体験などにより

大きな病理の核を抱え込む危険性がある。同時に、幼児

における思考の制約や死の概念が未確立なゆえに逆に早

い立ち直りも考えられる。

学童期 (具体的操作期) 具体的な事象の思考による

操作が可能になり、具体的場面の中に存在する対象に対

しては<保存 (conservation)>が成立し、推論をする

こと (宮原,1983)が可能になる。さらに、自己中心的

思考から、客観的 ・論理的思考に移行していく。この時

期にある子どもの反応の中には 【死者への気遣い】を表

す 「私たちは23人みんなで6年生になる。学年が上がっ

ても机は置いておく。だっていなくなったら悲しい」や

「何でも頑張っていくからいつもお空で見守っていて」

という表現があった。これらは、"いなくなったら"や"見

守っていて"というように、まるでまだ死者はどこかに

存在していてその死者とのつながりを求めるような表現

である。客観的・論理的思考により、死んだら二度と帰っ

てこないことは理解できる。しかし、その思考構造には

未だ具体的性質を残してお り、死者の存在や死者とのつ

ながりに具体性を持たせることで死に対処しているとい

える。【前向きな決意、死者への気遣い】からも、死者

とののつなが りが子どもにとっての生きる支えとなり、

死を乗 り越え、成長していくことがわかる。

思春期以降 (形式的操作期) 成人と同様にかなり抽

象度の高いものまで思考による操作が可能になる。それ

によって、死の不可逆性や、普遍性を理解していること

が 「もう二度とかえらない」や 「同じ死ぬんやったら」

という表現に示されている。さらに、思春期以降の子ど

もの反応に特徴的なのが 【後悔】である。あしなが育英

会による震災遺児家庭に対する調査 (あしなが育英会,

1996)においても年長遺児に多い特徴として 「震災で親

が死んだことへの後悔、自責、罪悪感」が報告されている。

これもまた認知の発達によるものと解釈できる。仮説的

思考が可能になることで、事態のさまざまな側面および

それが自らに別の形で生じた場合などについて考慮でき

るようになるため、「こんなことが起こるとわかってた

ら、もっと母親孝行したかった」「なんでもいいからしゃ

べっておけばよかった」という後悔や自責の念が生まれ

ると考えられる。後悔や自責の念に加え、青年期の 【怒

り、悲しみ】の表現に見られるように死の正当性や不当

性および運命やパラサイコロジカル (超心理学的)な現

象に関心を向ける傾向も見られる。また、そのことに起

因して、死に対する心理的解決が遅れるような場合も少

なくはない。その一方で、「(もっと多く家族を亡くした

男児と比べて)ほ だ幸せなんだから』と力づけられる」

というように、状況を別の側面から捉えなおすことで、

死に有効に対処することもまた、思考の発達により可能

になるといえる。

このような死に対する理解の違いから、正しい理解を

促す援助を行うためにはそれぞれの子どもの発達投階に

応じた方法の選択が非常に重要である。しかし、子ども

を死から遠ざけるのではなく、死に接する機会を与えな

ければならない点はどの発達投階においても同様であ

る。 そのためには、大人もまた死と真っ直ぐ向き合うこ

とが求められる。

- 43 -

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6.ストレスについて知るということ

表 1に示 した結果から震災直後には 【不安】や 【パ

ニック】などの反応が見られるが、時間経過にしたがっ

て減少していることがわかる。地震などの自然災害は、

子どもに 『恐怖体験』や 『喪失体験』を与える。これら

の体験が原因となって被災した子どもは、急性ストレス

反応 (acutestressdisorder:以下、As°)と呼ばれる典

型的な災害時の急性的なストレス反応を示し、通常は時

の経過とともに症状は軽減していく。前述の 「病的症状

とみなせる反応」「平衡が揺さぶられたために起こった

一時的な反応」は、ASDの状態である。 しかし場合に

よってこれらが長期に渡り、症状を残すことがある。こ

れがPTSDであり、危機状態における不健康な対処方法

の採用の連続により病的平衡が保たれている状態であ

る。山田 (1997a;1997b)は災害直後に必要なケアとは、

ASDの段階からPTSDに移行しないようなケアであると

している。

阪神 一淡路大震災の直後、山田 (1997a)らは小中学

校へのス トレスマネジメント介入を目的としたケア隊

(服部祥子前大阪府立看護大学教授を代表とする子ども

のストレス研究会)を組織して学童への震災ス トレスマ

ネジメント教育を開始した。教師にス トレスに関する講

義を行った後、実際に子どもたちがどのようなストレス

反応を示しているかを知る為の合計23の症状群リストか

らなる 「自分を知ろうチェックリスト」という震災スト

レス評価尺度を作成した。このチェックリストではイラ

ストを用いるなどして被災によって引き起こされる心身

の反応が示されており、子どもたち自身にそれらが判る

ようにした。

山田 (1997a)は、震災後のス トレス反応を児童に教

えつつ自らのス トレス度合いをチェックさせることは、

ストレスとは何かを教える健康教育に他ならないと述べ

ている。つまり、地震が発生 した後で慌てて行う治療

的 ・対処法的ケアではなく普段から行う予防教育 ・健康

教育として、ストレスマネジメント教育を行うことが重

要であるとしている。これらの活動により介入した小学

校中学校では、被災後PTSDに移行した児童は1人もい

なかったと報告されている (山田ら,1997b)。このよ

うに、普段からストレスに関する教育を受けている事に

よって、地震などの災害による予測不能な将来への不安

を軽減することは可能と考える。また危機状態に陥った

時の新たな対処法を自らの力で導き出すことも、全く知

識のない場合に比べれば容易になると思われる。そのこ

とが災害時の子どもへの介入をより有効で確実なものに

し、ひいては急性ストレス反応の緩和に繋がると考えら

れる。

以上の考察を踏まえて本研究によって明らかとなった

被災時の子どもの心理的プロセスについて、山本 (1997)

による危機状態とその対処の流れに関する説を基に、著

者らが再構築した内容を "図1 被災時の子どもの危機

反応及び心理プロセスならびに介入方法"で捷示した。

すなわち、「追い込み要因」における具体的項目、「危機

状態」における年齢層による特徴、「危機状態」と 「よ

り不健康な平衡状態」との間の関連項目『回避.川再体験J

『病気J、「危機状態」と 「より健康な平衡状態」との間

の関連項目 『体験を語るJを付記した.また、専門職者

による 「介入」として年齢層による特徴ならびに関連項

目 『不適切な介入』、「新しい対処方法」を危機状態に対

する子どもの対処法として加えた。また、丸 (2005)に

より捷唱された被災児に付する心のケア4原則について

は、危機状態や悲嘆の心理に沿って子どもが危機状態に

対して健康的な対処法を見出すことを助ける援助という

点で一般的に有効といえることが本研究により根拠付け

られた。従って、心のケア4原則を 「介入」における基

本的方略として図に加えた。心のケア4原則は、実際の

援助場面においては対象の発達段階や被災時の状況、被

災後の時間経過に沿った対応が求められるのであり、さ

もなければ再び危機状態に陥れてしまう危険性を内包し

ていることも明らかとなった。

V.結 論

本研究では被災時の子どもへの細やかなケアのための

指標が必要であるという考察から、被災時の子どもの危

機反応及び心理的プロセスならびに介入方法についての

提案を行った。子どもへのケアを準備していくうえで災

害発生後に行うケアにとどまらず予防的な心のケアであ

るストレスマネジメント教育の必要性が示唆された。

今後の課題としては以上の内容を反映したマニュアル

作 りとその普及、有用性を継続的に評価してゆく事があ

げられる。看護職者としてケアへの理解を深め、実践す

ることはもちろん、子どもたちに援助や教育を行う大人

に対してその必要性を提言し正しい知識を普及していく

こともまた重要な課題である。

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追い込み要因

大人 (人間)の無力さの実感

物的 ・金銭的な困窮状態

自責の念を強くするような被災状況

1

一瓶

1

難問発生状況

震災

喪失体験

恐怖体験

体験を語る

危機状態 (-不均衡状態)

幼児期 ・学童期

安全 ・生理的欲求に意識が占有された状態

より健康な平衡状態

新しい対処方法

より不健康な平術状態

-●●●●●●●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●●●●●●●●●●

図1 被災時の子どもの危機反応及び心理プロセスならびに介入方法

病気(=PTSD)

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(20)0.3)

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