[ 神経③(症例報告) ] p 4 起き上がり動作困難なパーキンソン病...

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― 91 ― 【 目的 】パーキンソン病患者において、歩行動作が可能であ るにも関わらず起き上がり動作が困難な場合をしばしば経験 する。起き上がり動作が困難なことで、移乗動作は制限され、 活動範囲が縮小することが予測されるため、起き上がり動作 の獲得は重要であると考える。 今回、起き上がり動作困難なパーキンソン病患者において、 運動学習理論における転移、課題難易度、目標設定、モチ ベーション、フィードバック、保持に関する変数設定に基づ いたアプローチを実施した結果、起き上がり動作が可能と なった症例を経験したのでここに報告する。 【 症例紹介 】 症例は 80 歳代女性、X-2 年にレビー小体型認知 症と診断され、X 年に在宅生活困難となり当院医療療養病 棟入院、パーキンソン病の診断を受けリハビリテーション開 始 と な る。 初 期 評 価 時 UPDRSⅢ(運 動 機 能 検 査)33 点、 Hoehn & Yahr の重症度分類Ⅴであり、パーキンソン病症 状として無動、仮面様顔貌、姿勢反射障害がみられた。薬効 により覚醒が保たれている状態において、起き上がり動作最 大介助レベル、歩行器歩行軽~中等度介助レベル、トイレ動 作全介助レベル、食事動作軽介助レベル、車いす移動全介助 レベルであった。関節可動域(以下、ROM)テストは頸部屈 曲35°、体幹屈曲25°・伸展-15°・左回旋30°・右回旋45°・ 左側屈 10°・右側屈 10°、股関節伸展左 -10°・右 -25°、徒 手筋力テストでは体幹屈曲 1・伸展 1・左回旋 1・右回旋 1、 股関節伸展左右 3・屈曲左右 3・外転左右 3・内転左右 3、肩 関節外転左右4・肘関節屈曲左右 4・伸展左右 4、握力は左 9 ㎏・右 5 ㎏であった。 【 説明と同意 】対象者と家族には書面を用いて本報告の概要 と個人情報の取り扱いについて説明し、署名にて同意を得た。 【 経過 】初期評価時、背臥位から端座位への起き上がり動作 において、左下側臥位へ寝返った後下肢をベッドから下垂さ せ、頸部伸展、体幹左回旋・屈曲、右肩関節屈曲・内転・内 旋、右肘関節屈曲位から伸展させ右手掌でベッドを押すが起 き上がり動作は困難であった。健常者と症例の動作パターン を比較すると頸部・体幹の屈曲・側屈角度の不足がみられた。 一般的に、起き上がり動作は頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運 動を主体とする相及び股関節屈筋群により股関節の屈曲運動 を主体とする相に大別できるとされている。本症例は背臥位 において股関節の屈曲運動は可能であったが、頸部・胸椎 部・腰椎部の屈曲運動が困難であった。そこで、運動学習理 論に基づき転移、課題難易度、目標設定、モチベーション、 フィードバック、保持に考慮したアプローチ内容の検討を 図った。転移については、端座位における左方リーチ動作と 左下側臥位から端座位への起き上がり動作に共通する体幹筋 群の筋活動を認めることから、起き上がり動作時に頸部・胸 椎部・腰椎部の屈曲運動を得ることを目的として左方リーチ 動作を実施した。課題難易度・目標設定については、生体力 学的に背臥位と比較して頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動を 行いやすい端座位から開始し、目標とするリーチ距離は 7 割 程度の成功率でできるように設定し徐々に延長した。モチ ベーションについては、起き上がり動作と側方リーチ動作の 関連性について本人へ説明した上で実施し、リーチ距離につ いてフィードバックを与えるようにした。結果として、背臥 位における頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動が可能となり、 左側への起き上がり動作が可能となった。さらにアプローチ は週に 3 回継続し保持テストによって運動学習の効果を確認 した。 【 考察 】起き上がり動作困難なパーキンソン病患者に対して 運動学習理論における変数設定に基づくアプローチを実施し た結果、起き上がり動作が可能となったと考える。一般的に パーキンソン病患者は、系列化動作を自動的に遂行すること が困難となり単純な運動に分解しそれぞれを練習することが 良いとされている。単純な運動として端座位における側方 リーチ動作を練習し、側方リーチ動作と起き上がり動作に必 要な体幹筋群が共通することで起き上がり動作が可能となる 正の転移が生じたと考える。また、課題難易度を考慮した上 で目標設定し常にフィードバックを与えたことがモチベー ションの向上につながり、さらに積極的な練習が可能になり 運動学習の効果を保持することができたと考える。 【 理学療法研究としての意義 】パーキンソン病患者は運動学 習の効果が得られにくいと報告されているが、本症例は運動 学習理論に基づきアプローチをしたことで、起き上がり動作 最大介助レベルから見守りレベルにて可能となり、病棟生活 における介助量の軽減につなげることができたと考える。今 後の臨床においては、運動学習理論の変数設定に基づくアプ ローチが重要であると考える。 起き上がり動作困難なパーキンソン病患者に対して 運動学習理論に基づいたアプローチが有効であった一症例 ○朝倉 沙紀 ( あさくら さき ) ,前川 遼太,久保田 友季子,多田 悟,藤原 今日子, 守矢 高瀬,伊藤 和寛 医療法人恒仁会 近江温泉病院 総合リハビリテーションセンター Key word:パーキンソン病,運動学習,起き上がり ポスター 6 セッション  [ 神経 ③( 症例報告 ) P6- 4

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Page 1: [ 神経③(症例報告) ] P 4 起き上がり動作困難なパーキンソン病 …kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p6-4.pdf · 学的に背臥位と比較して頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動を

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【目的】 パーキンソン病患者において、歩行動作が可能であるにも関わらず起き上がり動作が困難な場合をしばしば経験する。起き上がり動作が困難なことで、移乗動作は制限され、活動範囲が縮小することが予測されるため、起き上がり動作の獲得は重要であると考える。 今回、起き上がり動作困難なパーキンソン病患者において、運動学習理論における転移、課題難易度、目標設定、モチベーション、フィードバック、保持に関する変数設定に基づいたアプローチを実施した結果、起き上がり動作が可能となった症例を経験したのでここに報告する。

【症例紹介】 症例は80歳代女性、X-2年にレビー小体型認知症と診断され、X 年に在宅生活困難となり当院医療療養病棟入院、パーキンソン病の診断を受けリハビリテーション開始となる。初期評価時 UPDRSⅢ(運動機能検査)33点、Hoehn & Yahr の重症度分類Ⅴであり、パーキンソン病症状として無動、仮面様顔貌、姿勢反射障害がみられた。薬効により覚醒が保たれている状態において、起き上がり動作最大介助レベル、歩行器歩行軽~中等度介助レベル、トイレ動作全介助レベル、食事動作軽介助レベル、車いす移動全介助レベルであった。関節可動域(以下、ROM)テストは頸部屈曲35°、体幹屈曲25°・伸展 -15°・左回旋30°・右回旋45°・左側屈10°・右側屈10°、股関節伸展左 -10°・右 -25°、徒手筋力テストでは体幹屈曲1・伸展1・左回旋1・右回旋1、股関節伸展左右3・屈曲左右3・外転左右3・内転左右3、肩関節外転左右4・肘関節屈曲左右4・伸展左右4、握力は左9 ㎏・右5 ㎏であった。

【説明と同意】 対象者と家族には書面を用いて本報告の概要と個人情報の取り扱いについて説明し、署名にて同意を得た。

【経過】 初期評価時、背臥位から端座位への起き上がり動作において、左下側臥位へ寝返った後下肢をベッドから下垂させ、頸部伸展、体幹左回旋・屈曲、右肩関節屈曲・内転・内旋、右肘関節屈曲位から伸展させ右手掌でベッドを押すが起き上がり動作は困難であった。健常者と症例の動作パターンを比較すると頸部・体幹の屈曲・側屈角度の不足がみられた。一般的に、起き上がり動作は頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動を主体とする相及び股関節屈筋群により股関節の屈曲運動を主体とする相に大別できるとされている。本症例は背臥位において股関節の屈曲運動は可能であったが、頸部・胸椎

部・腰椎部の屈曲運動が困難であった。そこで、運動学習理論に基づき転移、課題難易度、目標設定、モチベーション、フィードバック、保持に考慮したアプローチ内容の検討を図った。転移については、端座位における左方リーチ動作と左下側臥位から端座位への起き上がり動作に共通する体幹筋群の筋活動を認めることから、起き上がり動作時に頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動を得ることを目的として左方リーチ動作を実施した。課題難易度・目標設定については、生体力学的に背臥位と比較して頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動を行いやすい端座位から開始し、目標とするリーチ距離は7割程度の成功率でできるように設定し徐々に延長した。モチベーションについては、起き上がり動作と側方リーチ動作の関連性について本人へ説明した上で実施し、リーチ距離についてフィードバックを与えるようにした。結果として、背臥位における頸部・胸椎部・腰椎部の屈曲運動が可能となり、左側への起き上がり動作が可能となった。さらにアプローチは週に3回継続し保持テストによって運動学習の効果を確認した。

【考察】 起き上がり動作困難なパーキンソン病患者に対して運動学習理論における変数設定に基づくアプローチを実施した結果、起き上がり動作が可能となったと考える。一般的にパーキンソン病患者は、系列化動作を自動的に遂行することが困難となり単純な運動に分解しそれぞれを練習することが良いとされている。単純な運動として端座位における側方リーチ動作を練習し、側方リーチ動作と起き上がり動作に必要な体幹筋群が共通することで起き上がり動作が可能となる正の転移が生じたと考える。また、課題難易度を考慮した上で目標設定し常にフィードバックを与えたことがモチベーションの向上につながり、さらに積極的な練習が可能になり運動学習の効果を保持することができたと考える。

【理学療法研究としての意義】 パーキンソン病患者は運動学習の効果が得られにくいと報告されているが、本症例は運動学習理論に基づきアプローチをしたことで、起き上がり動作最大介助レベルから見守りレベルにて可能となり、病棟生活における介助量の軽減につなげることができたと考える。今後の臨床においては、運動学習理論の変数設定に基づくアプローチが重要であると考える。

起き上がり動作困難なパーキンソン病患者に対して 運動学習理論に基づいたアプローチが有効であった一症例

○朝倉 沙紀(あさくら さき),前川 遼太,久保田 友季子,多田 悟,藤原 今日子,守矢 高瀬,伊藤 和寛医療法人恒仁会 近江温泉病院 総合リハビリテーションセンター

Key word:パーキンソン病,運動学習,起き上がり

ポスター 第6セッション [ 神経③(症例報告) ]

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