橡urayasu.meikai.ac.jp/japanese/meikainihongo/1/肥瓜...68 「 非 独 立 表 記 」 と 「 零...
TRANSCRIPT
「明
海
日
本
語
」
第
一号
(一九
九
五
・三
)
日本漢
字音
における喉内鼻音韻尾
の
鼻
音
性
と
そ
の
表
記
-
清濁の対立との相関1
肥
爪
周
二
キ
ー
ワ
ード
一喉
内
鼻
音
韻
尾
、
濁音表記、法華
経
音
、
物名
歌
、
悉曇要集記
65
今
日
のよ
う
に、外
来
語
の浸
透
に
よ
り、
様
々な音
節
が
日本
語
の音
韻
体系
の中
に新
た
に定
着
し
た
と言
わ
れ
る時
代
に
お
い
ても
、
外
国
語
の
発
音
を
仮
名
で忠
実
に表
記
し
よ
う
とす
る
場
合
、
そ
こ
には
幾
多
の困
難が
生
じ、
様
々な表
記
の揺
れが
見
ら
れ
る
も
の
であ
る
。
古
代
の日
本
人が
、
中
国
か
ら
漢
字
を
輸
入
し、
そ
の発
音
を
な
んと
か
書
き
と
め
よ
う
とす
る
場
合
に
も
、
同
様
の苦
労
が
あ
ったわ
け
であ
る
が
、
本稿
で
は
、特
に
喉
内鼻
音
韻
尾
(η韻
尾
)
の表
記
と
、
こ
の音
に関
わ
る
いく
つか
の現
象
か
ら
、当
時
の
日本
人
に
よ
って、
こ
の外
来音
が
ど
の
よう
に把
握
さ
れ
、
固有
の音
韻
体
系
と関
連
づ
け
ら
れ
て
いた
かを
考
察
す
る
◎喉
内
鼻
音
韻
尾
を有
す
る漢
字
は、
中
古
音
で
いう
と
通
摂
・江
摂
・宕
摂
・梗
摂
・曾
摂
の諸
韻
に属
す
。
これ
ら
の漢字
の現
在
の日本
漢
字
音
が
、
ど
の
よう
な
も
の
であ
るか
を
、
大
雑
把
に示
す
と
以
下
のご
とく
であ
る。
(論
述
の便
宜
のた
め
に
字
音
仮
名
遣
で示
す
。⑦
は
ア段
音
と
いう
意
味
であ
る。)
66
【呉音
】
通
摂
一等
三等
江
摂
二等
宕
摂
一等
三等
梗
摂
二等
三
四
等
曾
摂
一等
三
等
【漢
音
】
通
摂
一等
三
等
江
摂
二等
宕
摂
一等
三
等
梗
摂
二等
三
四等
曾
摂
一等
三等
以
上
の
よ
う
に
、
②
ウ
・◎
ウ
・◎
(⑳
ウ
・◎
ウ
・◎
・④
ウ
・④
ユ
⑦
ウ
・②
ウ
⑦
ウ
⑦
ウ
・④
ヤ
ウ
⑦
ウ
・①
ヤ
ウ
④
ヤ
ウ
⑳
ウ
⑳
ウ
・④
ヨ
ウ
②
ウ
①
ウ
・①
ユ
・①
ヨウ
⑦
ウ
⑦
ウ
④
ヤ
ウ
⑦
ウ
㊥
イ
②
ウ
①
ヨウ
多
く
の場
合
、
喉内鼻音韻尾に対応する箇
所
は
「ウ」
(漢
音
の梗
摂
三
四等
の場
合
は
「イ
」)
と
いう
日本
語
の仮
名
と
な
って
いる。
と
ころが
、
「◎
」
「①
ウ」
「①
ユ」
の音
形
は、漢
字
音
の音
節
構
造
を
コ=
く■\↓」
と分
析
し
た場
合
、
E
(喉
内
鼻
音
韻
尾)
に
一対
一に対
応
す
る部
分
を
持
って
いな
い。
こ
のよ
う
な音
形
を
、表
記
の観
点
か
ら、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の
「非
独
立
表
記」
と
呼
ぶ
こ
と
にす
る。
こ
れ
に
対
し
て、
「⑦
ウ」
等
の音
形
は
「独
立表
記」
と
呼
び
こ
と
にす
る。
従
っ
て、
右
に整
理
し
た
も
の
には
含
ま
れ
て
いな
い、
猛
者
(モサ)・
弘
徽
殿
(コキデ
ソ)
のご
と
き
特
定
の熟
語
に現
れ
る
「⑳
」
の
音
形
も
喉
内
鼻
音
韻
尾
の非
独
立
表
記
と
いう
こ
と
に
な
ろ
う。
ま
た
、
地
名
や
人
名
な
ど
に用
いら
れ
る
、
万葉
仮名
等
に由
来
す
る
漢字
に
は、
曾
(ソ)
・良
(ラ)
のよ
う
に喉内
鼻
音
韻
尾
を
切
り
捨
て
て日
本
語
音
に引
き
当
てた
と解
さ
れ
る
も
のが
あ
る
が
、
本稿
で
は、
こ
の種
の漢
字
音
は扱
わ
な
いこ
と
に
す
る
。
二
さ
て喉
内
鼻
音
韻
尾
の非
独
立
表
記
・独
立
表
記
の
いか
ん
に関
わら
ず
、
現
代
の
日本
漢
字
音
(唐
音
を除
く)で
は、
中
国
原
音
の
持
って
い
た鼻
音
性
は
一切
保
存
され
て
いな
い。
しか
し
、
古
い
時
代
(平
安
時
代
以
前
と
さ
れ
る)
に
は、
日
本
漢
字
音
にお
い
て
も
喉
内
鼻
音
韻
尾
は鼻
音
と
し
て発
音
され
る
べき
も
の
であ
り
、
日本漢字音におけ る喉 内鼻音韻尾 の鼻音性 とそ の表記67
遇
摂
・敷
摂
・流
摂
・蟹
摂
の陰
類
の諸
韻
の漢
字
と
、
厳
然
と
区
別
さ
れ
る
べき
も
のと
考
え
ら
れ
て
いた
こと
は
、
多
く
の字
音
資
料
の表
記
や
、
連
濁
現
象
(特
に呉
音
資
料
にお
い
て、
熟
語
の上
字
が
喉
内
鼻
音
韻
尾
を
持
つ場
合
、
他
の鼻
音
韻
尾
を
有
す
る
漢
字
の場
合
と
同
様
に
連
濁
が
起
こる
が
、
仮
名
書
き
音
形
が
同
じ
で
あ
っても
、
陰
類
の場
合
に
は
原
則
と
し
て
連
濁
が
起
こら
な
いと
い
う
明
ら
か
な
傾
向
が
あ
る
)
な
ど
か
ら
知
る
こと
が
でき
る
。
さ
て、
そ
の喉
内鼻
音
韻
尾
の表記
で
あ
るが
、
こ
れ
が実
に
多
種
多
様
であ
る
。
こ
の問
題
に
つ
いて
は
、
諸
先学
によ
る
膨
大
な
(1)
研
究
の蓄
積が
あ
り
当
然詳
し
く
言
及
す
る
べき
な
の
であ
る
が
、
今
、
具
体
的
な資
料
を
網羅
的
に取
り
上
げ
る
余
裕
も準
備
も
な
く
、
と
り
あ
えず
大
雑把
な見
通
し
を
立
て
る
こ
とが
本稿
の目
的
で
あ
る
ので
、
代表
的
な資
料
、
代表
的
な表
記
法
のみ
を取
り
上
げ
る
こ
と
にす
る。
な
お
、
以
下
にあ
げ
る字
音
の
具体
例
は
、す
べ
て複
製
本
・先
学
の調
査
報
告
を利
用
し
たも
のであ
る。
二
・
二
特
殊
な
記
号
を
用
い
る
こ
と
な
く、
喉
内
鼻
音
韻
尾
を持
つ漢
字
を表
記
す
る方
法
と
し
て
は、
後
世
も
行
わ
れ
た通
常
の表
記
以外
に
、類
音
表記
に
よ
る
も
の
と零
表
記
に
よ
るも
のが
あ
る。
例
え
ば
、
地
蔵
十輪
経
元慶
七年
(八
八
三)
点
で
は
以
下
のよ
う
に
喉
(2)
内
鼻
音
韻
尾
を持
つ漢
字
の音
が
表
記
さ
れ
て
い
る
一部
省
略
し
た)。
ア ア
撃蓋醸ソ 漠 梁
l l
名 令
暢
-
長
林
-
生
弄
-
令
慧
-
桐
乗
-
所
(私
意
に
よ
り
整
-
相
貢
-
宮
右
の例
に
は存
疑
のも
のも
含
め
たが
、
こ
の種
の表
記
は他
の
資
料
にも
見
ら
れ
るも
の
であ
り
、
確
か
に喉
内
鼻
音
韻
尾
を
持
つ
漢
字
音
を、
類
音
表
記
・零
表
記
で表
す
方
法
が
存
在
し
た
。
地
蔵
十
輪
経
元
慶
七
年
点
に
は、
こ
の
ほ
か
に通
常
のウ
表
記
・イ表
記
も
存
在
し、
陰
類
の漢
字
音
と表
記
上
は同
一にな
ってし
ま
う
場
合
が
あ
り
、
類
音
表
記
の音
注
の中
に、
実
際
に混
同
し
て
いる
箇
所
も
あ
るが
、
少
な
く
と
も
規
範
的
に
は、
喉
内
鼻
音
韻
尾
と
陰
類
韻
尾
(母
音
韻
尾
と
零
韻
尾
を
併
せ
て、
こう
呼
ぶ
こと
にす
る)
と
が
発
音
さ
れ
分
け
る
べき
も
の
であ
った
のは
明
白
であ
る
。
と
ころ
で、
零
表
記
に
つ
いて
は、
喉
内
鼻
音
韻
尾
が
表
記
し
が
た
か
った
た
め零
表
記
と
し
た、
と
いう
説
明
が
し
ば
し
ば
な
さ
れ
て
い
る。
た
し
か
にそ
れ
も
真
実
の
一面
では
あ
ろ
う
が
、
本稿
で
定
義
し
た
と
こ
ろ
の
「◎
・④
ウ
・①
ユ」
の喉
内
鼻
音
韻
尾
の
68
「非
独
立表
記」
と
「零
表
記」
を
比較
し
た場
合
、
そ
の表
記
方
法
の本
質
に
そ
れ
ほ
ど
大
き
な
隔
た
り
は
な
いよう
に思
われ
る。
「重
(チ
ウと
「竜
(リ
ウ)」
のご
と
き
「④
ウ」
の形
を
と
る
表
記
は
、
通常
「⑦
ウ
」
な
ど
と
同
列
に、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の
「ウ
表
記
」と
し
て扱
われ
て
し
ま
う
よう
に思
う
が
、「④
ウ」の
「ウ」
の部
分
は
、機
械
的
に
割
り
当
て
れば
、中
国
原
音
コ=
<■\↓」
の
「<■」
に相
当
す
る
の
であ
り
、
「◎
・④
ユ」
の形
と同
列
に
扱
う
べき
であ
る。
そ
の延
長線
上
で考
え
れば
、
「⑦
・②
」
の
形
を
と
る典
型
的
な
「零
表
記」
の場合
も
、
そ
の鼻
音
性
は主
母
音
の方
に繰
り
上げ
ら
れ
て把
握
さ
れ
た
の
で
あ
り
、
そ
の発
音
も
、
ア段音
・オ
段
音
の後
に鼻
音
を
加
え
る
と
い
う
よ
りも
、
ア
段音
・オ
段
音
そ
のも
のに鼻
音
性
を付
加
し
て発
音
す
ると
いう
イ
メー
ジが
持
た
れ
て
いた
可能
性
も十
分
に考
え
ら
れ
よう
。
そ
れ
は音
声
的
に
は
決
し
て
不
自
然
な把
握
で
は
な
い
し、
実
際
に中
国
の方
言
の中
に
は
、
喉
内鼻
音
韻
尾が
、
主
母音
の鼻
音
化
と
し
(3)
て実
現
し
て
いる
も
のも
あ
る
。
も
ち
ろ
ん
、零
表
記
が
そ
の
よう
な
中
国
原
音
を
写
し
た
も
の
であ
る
と
主
張
す
る
わけ
で
は
な
い。
同
様
に
、
舌
内
鼻
音
韻
尾
・唇
内
鼻音
韻
尾
を持
つ漢
字
音
の表
記
に
も
見
ら
れ
る
「零
表
記
」
の例
も
、韻
尾
を
独
立
し
た要
素
で
は
な
く
、
主
母
音
に属
す
る
要
素
、
も
っと
踏
み
込
ん
で
いえば
、
主
母
音
の変
調
と
捉
え
て
い
た可
能
性
も
、
考
慮
さ
れ
る
べき
であ
ろう
。
以
上
のよ
う
な
見
通
し
の下
に、
「⑦
・②
」
のご
とき
「零
表
記
」
も
、
本稿
では
、
喉
内鼻
音韻
尾
の
「非
独
立表
記
」
と捉
え
る
こと
にす
る。
次
に類
音
表
記
であ
るが
、あ
ら
ゆ
る漢
字
音
が
一様
に類
音
表
記
さ
れ
る
の
では
な
く
、
喉
内鼻
音
韻
尾
の表
記
手
段
と
し
て
、あ
え
て類
音
表
記
が
採
用
さ
れ
る
ことが
あ
る
こ
と
は、
小
林
芳
規
氏
(4)
に
よ
って指
摘
さ
れ
て
いる
と
ころ
であ
る。
韻
尾
を
独
立さ
せ
て
表
記
し
な
いと
いう
意
味
で
は、
「非
独
立
表記
」
と
いう
こ
と
に
な
る
が
、
こ
の場
合
は
、
韻
尾
を把
握
の仕
方
ま
で
を
こ
の表
記
か
ら
云
々す
る
こと
は
でき
な
い
ので
、
別枠
で考
え
る
必要
が
あ
ろ
う
。
二
・
三
次
に特
殊
な
記
号
を
用
い
て喉
内
鼻
音
韻
尾
を表
記
す
る方
法
を
見
る。
これ
に
は大
き
く
分
け
て
二通
り
の方
法
が
あ
り
、
一つ
は
独
立
し
た記
号
を用
い
るも
の、
も
う
一つ
は仮
名
に補
助
記
号
を
添
加
し
て鼻
音
韻
尾
であ
る
こと
を
表
示
す
るも
の
であ
る
。
前
者
と
し
て、
も
っと
も
著
名
な
資
料
は、
承
暦
三
年
本
『金
光
(5)
明
最
勝
王経
音
義
』
であ
ろう
。
こ
の文
献
の冒
頭
に、
いろ
は歌
及
び
濁音
の音
図が
載
せ
られ
て
い
る
こ
と
は周
知
の
こと
であ
る
が
、
そ
の直
後
に次
のよう
な記
述
が
あ
る
(声
点
は略
す
)。
日本漢字音 におけ る喉内鼻音韻尾 の鼻音性 とその表記69
方仙
次
可
知
レ>
二
種
借字
ハレ
房
婆
レ
経
キ
ヤ
レ
件
レ音
宇
ニ
ハ異
也
可知
之
セ>
善
是
>
見
ケ>
件音
ム
ニ
ハ異
也
可
知之
形
義
ヤ
レ
(以
下
略
)
現
下
>
(以下
略)
つま
り
、
こ
の原
理
に従
う
な
ら
ば
、
喉
内鼻
音
韻
尾
は
「レ」、
舌
内
鼻
音
韻
尾
は
「>
」、
唇
内
鼻
音
韻
尾
は
「ム」
で表
記
さ
れ
、
同
時
に喉
内
鼻
音
韻
尾
は、
「宇
」
で表
記
さ
れ
る
陰
類
韻
尾
と
明
確
に
区
別
さ
れ
る
の
であ
る。
音
義
の本
文
は
、類
音字
注が
混
ざ
る
な
ど
、
必
ず
し
も
右
の原
理
が
貫
か
れ
て
いる
わ
け
で
は
な
い
の
であ
る
け
れ
ど
、
そ
の意
図
は
明
快
で
あ
る
。
ま
た
、喉
内鼻
音
韻
尾
に特
殊
な
記
号
が
割
り当
てら
れ
て
は
い
るけ
れ
ど
も
、
「件
レ
音
宇
ニ
ハ異
也
」
と
あ
る
よう
に、
や
は
り
陰
類
の漢字
音
と
無
関
係
な
音
と
把
握
さ
れ
て
い
たわ
け
では
な
く
、
こ
の二
種
を
区
別
す
る
の
に
特
に
注
意
が
必
要
であ
った
のも
明
ら
か
であ
る。
つま
り
、
通
常
の
「ウ表
記
」
が
背
後
に存
在
し
て
、
初
め
て意
味
を
持
つ特
殊
記
号
であ
ったと
推
定
さ
れ
る
の
であ
る
。
実
際
、
こ
の種
の喉
内
鼻
音
韻
尾
用
の特
殊
記
号
が
用
いら
れ
始
める
の
は、
平
安
後
期
・十
一世
紀
ご
ろ
か
ら
であ
り、
「ウ表
記
」
が
す
で
に
一般
的
であ
った
ので
あ
る
か
ら
。
と
こ
ろが
、
右
の表
記
原
理
を
す
べ
て
の喉
内鼻
音
韻
尾
を
持
つ
漢
字
音
に適
用
す
る
の
に
は、
多
少
の困
難
が
伴
う
。
「レ」
と
い
う
独
立
し
た記
号
を用
い
る
た
め
に
は、
前
提
と
な
る
通常
の字
音
の仮
名
表
記
が
「ウ」
と
いう
独
立
し
た部
分
を
持
って
いる
必
要
が
で
て
く
る
の
であ
る。
そ
の条
件
に
かな
う
のは
、
本稿
で
いう
と
こ
ろ
の
「独
立表
記
」
を
し
て
い
る
も
の
と
、
「非
独
立
表
記
」
をす
る
も
の
の
う
ち
「④
ウ」
の形
を
と
るも
の
であ
る
。
後
者
の
例
と
し
て、
「中
チ
レ」
「重
地
レ」
が
実
際
に
『金
光
明
最
勝
王
経音
義』
に
見
ら
れ
る。
「中
チ
ユレ」
「重
地
ユレ」
の
よ
う
に
は
な
ら
な
い
点
か
ら
も
、
こ
の音
義
の
「レ表
記
」
が
、
生
の
中
国
語
の発
音
に基
づ
い
たも
の
で
はな
く
、
従
来
の
「ウ
表
記
」
を
べ
ー
スに
し
た
も
のであ
る
と考
え
る
のが
自
然
であ
る。
「◎
・④
ユ」
に
つい
て
は対
応
す
る長
音
形
「◎
ウ
・④
ユゥ
・
④
ウ」
な
ど
を
用
いれば
す
む
。
古
い時
代
に
は
こう
し
た
長
短
の
(6)
違
いは
揺
れ
の範
囲
であ
って、
通
常
問
題
は起
こら
な
か
った
よ
(7)
う
で
あ
るが
、
九条
家
本
『法
華
経
音
』
の
よう
に独
自
の字
音
分
類
を
有
す
る
文
献
の場合
に
は
、す
べ
て
の喉
内
鼻
音
韻
尾
を
持
つ
漢
字
に特
殊
記
号
を適
用
し
よ
う
とす
る
と、
部
分
的
に
不都
合
が
生
じ
る
こと
にな
る。
九
条
家
本
『法
華
経
音』
は
、法
華経
所
載
漢
字
の
字
音
を
分
類
・掲
出
し
た直
後
に、
次
のよ
う
な
記
述
を持
って
い
る
。
鼻声字
ウ
口声字
子
舌
内
字
レ
m
唇
内
字
ム
と
こ
ろが
、
現
存
木
で
は、
こ
の表
肥
原
理
は
採
用
さ
れ
て
お
ら
ず
、
そ
れ
は原
本
に存
在
し
た
これ
ら
の表
記
が
失
わ
れ
た
た
めと
説
明
され
る
こ
とが
あ
る。
し
か
し、
原
本
の音
注
に
右
の表
記
原
理
が
存
在
し
た
と
い
う考
え方
に
は疑
閥
を
感
じ
な
く
も
な
い。
九
条
家
本
『法
華
経
音
』
に
お
い
て、
喉
内鼻
音
韻
尾
を
有
す
る
漢
字
は
三種
類
に分
類
さ
れ
る
。
す
な
わ
ち
、
「本
鼻
声
」
「末
鼻
(8)
声
」
「本唇
内」
の三
種
であ
る。
「本
介
声
」
に
つい
て
も
、
そ
こ
に
属
す
る
と推
定
され
る
「恭
・宮
・空
・共」
な
ど
の諸字
が
、
編纂
者
にと
ってす
べ
て長
音
表
記
す
る
べ
き
語
であ
った
か
ど
う
か
明
確
にし
が
た
いが
、
「本唇
内
」
に属
す
る
漢
字
の扱
いは
、
も
っと
や
っか
い
であ
る。
こ
こ
に属
す
る
漢
字
に
は、喉
内
鼻音
韻
尾
を有
す
るも
の
(蒙
・
夢
)と
、
陰
類
韻
尾
を
有
す
る
も
の
(無
・茂
・某
・務
・牟
.貿
)
(9)
の両
方
が
あ
るが
、
これ
は吉
田
金
彦
氏
の指
摘
す
る
よ
う
に、韻
尾
の混
乱
と
いう
よ
りも
陰
類
韻
尾
を
右
す
る右
の諸
字
が
[ヨ
」
のご
と
く
発
音
さ
れ
た
た
め
一つのグ
ル
ープ
に
ま
と
め
ら
れ
た
の
であ
ろう
。
いず
れ
に
し
ても
、
鼻
声
字
「ウ」・口声
字
「干
」
と
いう
表
記
原
理
は、
九
条
家
本
『法
華
経
音
』
の字
音
分類
原
理
に
完
全
に
はな
じ
ま
な
いも
のな
のであ
る。
した
が
って
、
そ
れ
を
誰
よ
り
も
よく
理解
し
て
い
た編
纂
者
自
身
が
、
書
き
わ
け
の原
理
を
提
示
し
た
も
の
の、
そ
の運
用
を
放棄
し
て
し
玄
った
可能
性も
十
分
に
あ
るだ
ろう
。
こ
のほ
か
の独
立
し
た
特
殊
記
号
と
し
て
は
、
「>
・<
・]」
な
ど
が
知
ら
れ
て
い
るが
、
省
略
す
る。
二
四
も
う
一つ
の喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
法
と
し
て
、
通
常
の仮名
表
記
に
記
号
を
付
加
し
て鼻
音
韻
尾
であ
る
こ
と
を表
す
も
の
が
あ
る
。
こ
の表
記
法
を持
つも
のと
し
て
も
っとも
著
名
なも
のは
、
や
は
り
『類
聚
名
義
抄』
であ
る
。
観
智院
本
・図書
寮
本
とも
に、
和
音
など
の喉
内
鼻
音
韻
尾
を
表
記
す
る
た
め
に、
『」』
と
いう
記
号
を
仮
名
音
注
に
見
え
る
「ウ
・イ」
の右
側
に付
し
て
い
る
。細
か
に見
て
いけ
ば
例外
も
多
いが
、
こ
の記
号
を、
喉
内
鼻
音
韻
尾
を持
つ漢
字
す
べ
て
に付
す
こ
と
を
、
こ
の辞
書
の編
纂
者
は意
図
し
て
い
た
も
のと考
え
て
よ
い
であ
ろ
う
。
『類
聚
名
義抄
』
のこ
の記
号が
、喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
のみ
な
ら
ず
、濁
音
の表
記
にも
用
いら
れ
て
い
る
こ
と
は
、
よ
く知
ら
れ
て
いる
こ
と
で
あ
る。
『類
聚
名
義
抄
』
の濁
音
表
記
は、
こ
の
ほ
か
に濁
音
仮
名
・濁声
点
によ
る
こ
と
もあ
るが
、
一つ
の音
注
に同
じ
記
号
を
別
々
の意
味
(濁音
表
記
・喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
)
日本漢字音 における喉 内鼻音韻 尾の鼻音性 とその表 記71
で使
った例
も
見
られ
る
(声
点
は略
す)。
紅従瓶
ヒ ー 主 一 ク ー
ヤ ウ ー ウ ー
ウ ー
紹強形
キ ー カ ー ソ ー
ヤ ウ ー ウ ー
ウ ー
(図
書
寮
本
)
」
-」
上
シ
ヤウ
盛
謝 一
ウ 」
こ
の
よ
う
な表
記
法
を
と
る以
上
、
表
記
とが
まぎ
れ
な
い
よう
にす
る
た
めに
は、
以
上
であ
る
必要
が
あ
る。
実
際
に
は、
の仮
名
に
も
こ
の記
号
を
用
いた例
が
あ
る
の
で、
を表
記
す
る
とき
のみ
、
二字
以
上
の仮
名
音
注
で
あ
る
必
要
が
あ
る
と
い
う
こ
と
であ
り
、確
か
に例
外
な
く
そ
の通
り
にな
って
い
る。
そ
し
て
、
二字
以
上
の仮名
音
注
と
は
い
っても
、
「④
ウ
」
の形
は
あ
って
も
、
「④
ユ」
の形
は
例
が
な
い
の
で
(遇
摂
に
は
あ
る)、
こ
の原
理
は単
純
に文
字
数
に基
づ
いたも
の
で
は
なく
、
字
音
の
末
尾
に
「ウ
(イ)」
の
仮
名
が
あ
る
か
ど
う
か
によ
った
も
ので
あ
る
こ
と
が
わ
か
る
。
濁
音
表
記
と
喉
内
鼻
音
韻
尾表
記
と
に、
同
じ
記
号
が
用
いら
れ
て
いる
理
由
と
し
て
、
「鼻
音
性
」
と
いう
音
声
上
の共
通
点
を
あ
げ
る
こと
が
多
いが
、
そ
れ
以
前
の問
題
と
し
て、
濁
音
や喉
内
鼻
音
韻
尾
の発
音
に、
あ
る
仮
名
に何
ら
か
の要
素
を
加
え
て発
音
す
る
、
あ
る仮
名
を
変
調
さ
せ
て発
音す
る
と
いう直
感
的
な理
解
が
(観智院本)
濁音表記と喉内鼻音韻尾
仮名音注が二字
濁音表記
の場合は
一字
喉内鼻音韻尾
共
通
し
てあ
った
こと
を
、
想
定
す
る
べき
であ
ろう
。
『類
聚
名
義
抄
』
以
外
にも
、
濁
音
表
記
と
喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
が
同
一であ
る文
献
は
いく
つ
か
あ
り
、
興
聖
寺
本
『大唐
西
域
記』
巻
第
十
二
・高
山寺
蔵
『本
命
供
略
作
法
』
嘉
保
三年
点
は
右
肩
の単
点
を
用
い、仁
和
寺
蔵
『諸
経
要
集
』
巻
第
十
八は
『類
聚
名
義
抄
』
と
(10
)
同様
に、」
を
用
いて
いる
こと
が
指摘
さ
れ
て
いる。
二
・五
以
上
のこ
と
か
ら、
平
安
後
期
・院
政
期
の人
々が
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
を
、特
別
な表
記
を用
いて
い
る場
合
にも
、
通
常
の仮
名
表
記
を
通
し
て理解
し
て
いた
こ
とが
推
定
でき
る。
そ
し
てそ
の発
音
も
、
母
音
の
「ウ
(イ)」
の変
化
し
たも
のと
し
て捉
え
、
ま
た
発
音
し
て
いた
のであ
る
と考
え
る
のが
妥
当
であ
る。
外
国
音
を
理
解
す
る
と
き
、
母語
の発
音
を基
本
に
お
い
て、
そ
の変
形
と
し
て
理解
す
る
こと
は
、現
代
でも
ご
く
普
通
に見
られ
る
こ
と
で
あ
る
(例
えば
、英
語
の
rも1
日本
語
の
ラ行
音
の変
形
と
し
て
聞
き
取
り
、
発
音
す
る
のが
標
準
的
な
日本
人
であ
ろ
う)。
三
二
・
一~
五
で
述
べ
た
よ
う
に
、
喉内鼻音韻尾の発音は、通
72
常
の仮
名
表
記
を
べ
ー
ス
に、
そ
の発
音
を変
化
さ
せ
る
、あ
る
い
は、
何
ら
か
の要
素
を
加
え
て発
音
す
る
も
のと
捉
え
ら
れ
て
いた
と
考
え
ら
れ
る
の
であ
るが
、
そ
れ
は日
本
語
に
あ
ら
か
じ
め存
在
し
た濁
音
の清
音
に対
す
る関
係
に通
じ
る
と
ころ
が
あ
った
わ
け
であ
る。
だ
か
ら
こ
そ
、
『類
聚
名
義
抄
』
を
はじ
めと
す
る
いく
つか
の文
献
で、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
と
濁
音
の表
記
が
同
じ
形
式
を
と
り
え
た
ので
あ
ろ
う。
そ
こ
で、
喉
内
鼻
音
韻
尾
と濁
音
の
表
記
全
般
に
目
を向
け
て
み
る
と
、そ
れ
ぞ
れ
の表
記
法
の分
類
整
理
が
、
共
通
の枠
組
み
で
、
あ
る
程度
ま
で
は可
能
であ
る
こ
と
に
気
が
つく
。
ま
ず
濁
音
の表
記
であ
る
が
、
大
き
く
分
け
て
、
濁
音
仮
名
にょ
るも
の、
濁
点
・濁
声
点
な
ど
の補
助
符
号
によ
る
も
の、清
音
と
区
別
し
な
いも
のの
三
つ
に
分
類
さ
れ
る
。
こ
れ
を
順
に
レ
ベ
ル
ー
・レ
ベ
ル
π
・レベ
ル皿
とす
る。も
う
少
し
一般
化
す
る
な
ら
ば
、
レベ
ルー
は
二
つ
の音
韻
に対
し
て全
く
異
な
る表
記
を
与
え
るも
の、
レペ
ル皿
は
一方
の音
韻
の表
記
を加
工す
る
こと
に
よ
りも
う
一方
の音
韻
を
表
示す
るも
の、
レベ
ル皿
は
二
つの音
韻
を
表
記
上
区
別
し
な
いも
のと
な
る。
現
代
東京
語
の
\パ\
"\∞>
\叶\"\σq\'\σq\"\O\
と
いう音
韻
の対
立
に対
応
す
る表
記
の対
立
を
、
かり
に
こ
の三
つ
の
レベ
ルに引
き
当
て
る
な
らば
、
そ
れ
ぞ
れ
レベ
ルー
・レベ
ル皿
・レ
ベ
ル皿
に相
当
す
る
こ
と
に
な
る。
し
たが
って、
相
対
的
に
では
あ
る
が
、
レベ
ルー
は
音
韻
的
に
上位
の対
立
、
レベ
ル
π
は中
位
の対
立
、
レベ
ル皿
は下
位
の対
立
と
し
て把
握
し
た表
記
と
い
う見
通
しが
得
ら
れ
よ
う。
も
ち
ろ
ん表
記
と
い
うも
の
は歴
史
の産
物
であ
り、
特
に濁
音
の表
記
の場合
、
声
調
の表
示
と
いう他
の要
素
も
絡
ん
でく
る
ので、
表
記
の
レベ
ルが
、
そ
のま
ま音
韻
の主観
的
レベ
ルを反
映
し
て
いる
わ
け
で
も
な
い
のだ
ろ
うが
、表
記
が
逆
に音
韻
の主観
的
レ
ベ
ルを
形
成
す
る
と
いう
一面
が
あ
る
のも事
実
であ
る
の
で、
こ
こ
で表
記
の
レベ
ル
に基づ
いた整
理
を
行
う
こと
も
全
く
無
意
味
で
は
な
い
であ
ろう
。
以
上
を整
理
し
て
表
にす
る
と
次
の
よう
に
な
る
。
/レ
ベ
ル
ー
レ
ベ
ル
亙
レベ
ル皿
濁音表記法
濁音仮名
濁音符
・濁声
点
清
音と区
別せず
同
様
に喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
に
つ
いて
も
整
理
を
す
る
が
、
そ
れ
に先
だ
って、
レベ
ル皿
に
相
当
す
る
、
特
殊
記
号
を
用
いな
い
通
常
の表
記
に
つい
て再
整
理
を
し
て
おく
。
本
稿
で
は、
「⑦
ウ
・②
ウ
・◎
ウ」
の
よう
な
表
記
を
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の
独
立表
記
、
「◎
・④
ウ」
や
「⑦
・②
」
の
よう
な
表
記
を
非
独
立
表
記
と
呼
ん
だ
のであ
るが
、非
独
立表
記
の中
日本漢字音 におけ る喉内鼻音韻尾の鼻 音性 とその表記
で、
「④
ウ」
の形
を
と
るも
のだ
け
は
、
レベ
ルー
・五
に相
当
す
る喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
で、
独
立
表
記
のグ
ル
ープ
と
同
じ
扱
い
を
さ
れ
る
。
そ
こ
で
、
独
立表
記
のグ
ル
ープ
と
「④
ウ」
を
併
せ
て
「長
音
表
記
」、
そ
の他
のも
のを
「短
音表
記」
と
呼
ぶ
こと
にす
る。
ま
た、
「零
表
記
」
と
し
て
一括
し
て扱
ってき
た
「⑦
」
と
「②
」
のう
ち、
「⑳
」
は時
代
が
下
って
も
見
ら
れ
る音
形
で
あ
り
(猛
者
モサ等
)、
そ
れ
は
「零
表
記」
の
影
響
と
いう
よ
りも
、
オ
段
長
音
の
短
呼
と
し
て説
明
さ
れ
る
べ
き
であ
ろう
か
ら、
一応
「⑦
」
と
「②
」
を
区
別
し
て
扱
って
お
く
方
が
よ
い
で
あ
ろ
う
。
以
上
を
考慮
し
て喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
法
を
整
理
す
ると
次
の
よ
う
にな
る
。
/レ
ベ
ル
ー
レ
ベ
ル
n
レペ
ル皿
喉内鼻音韻尾表記法
類音表記
独
立
記
号
(レ
・くな
ど
)
補
助
記
号
(」
・・な
ど
)
⑦
ウ
・②
ウ
・◎
ウ
㊤
イ
な
ど
独立表記
④
ウ
◎など
な②ど
⑦など
非独立表記
長音表記
短音表記
73
以
上
の
よう
に、
濁
音
表
記
と喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
を
共
通
の基
準
で分
類
し
て
み
た
わけ
だが
、
濁
音
表
記
・喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
のそ
れ
ぞ
れ
が
、
同
一文
献
でも
複
数
の
レベ
ルに
ま
たが
って
い
る
こと
も
多
く
、さ
ら
に、「日本
語
」
の音
であ
る濁
音
の表
記
法
と
、
基
本
的
に
は
外
国語
音
であ
る喉
内
鼻音
韻
尾
の表
記法
の
レ
ベ
ル
の相
関
関
係
を見
る
こ
と
は、
多
く
の場
合
意
味
の
な
いこ
と
で
はあ
ろ
う
。
し
か
し
、あ
え
て
こ
こ
ま
で
に取
り
上げ
た文
献
の
濁
音
表
記
法
と
喉
内鼻
音
韻
尾表
記
法
の
レベ
ルを
比
べ
て
み
る
な
ら
ば
、
『金
光
明
最
勝
王
経音
義』
は
濁
音表
記
・喉内
鼻
音
韻
尾
表
記
と
も
に
レ
ベ
ルー
、
『類
聚
名
義
抄
』
の仮
名
音
注
は
、
濁
音
表
記
が
レベ
ル
ー
・五
、
喉
内鼻
音
韻
尾
表
記
が
レベ
ル皿
と
いう
こと
にな
る
。
当
然
のこ
と
な
が
ら
、
濁
音
表
記
が
、常
に
喉
内
鼻
音
韻
尾
表
記
と
同
等
か
そ
れ
以
上
の
レベ
ル
の表
記
を
と
る
と
いう
一般
論
は成
り
立
た
な
い。
別
の見
方
を
す
れ
ば
、
こ
の
よう
に外
国
語
音
の表
記
と
の
レベ
ル
の相
関
関
係
が
一様
でな
いほ
ど
、
日
本
語
の表
記
体
系
にお
け
る
濁
音
表
記
の位置
が
特
殊
で
あ
る
と
い
う
こと
で
あ
る。
四
こ
こ
で表
記
以
外
の現
象
に
目
を
転
じ
て
、清
音
に
対
す
る
濁
音
、
陰
類
韻
尾
に対
す
る
喉
内
鼻
音
韻
尾
の関
係
の平
行
性
に
つ
い
て指
摘
し
て
お
く
。
74
古
典
和
歌
に
おけ
る掛
詞
で
は清
濁
の相
違
は許
容
さ
れ
る
と
し
ば
し
ば
説
明
さ
れ
るが
、
実
際
に
は、
狭
義
の掛
詞
か
ら、
そ
の確
実
な
例
を
指
摘
す
る
の
は意
外
に困
難
であ
る。
そ
の
よう
な
イ
メ
ージ
が
持
たれ
る
の
は、
狭
義
の掛
詞
から
と言
う
よ
りも
、
広
義
の掛
詞
、
す
な
わ
ち物
名
歌
やそ
れ
に準
じ
る歌
で清
濁
の相
違
が
許
容
され
る
こと
に
よ
る
の
であ
ろう
。
物
名
歌
で
は積
極
的
に清
濁
を
たが
え
て
い
る
の
で
はな
い
かと
思
わ
れ
る
ほど
、
詠
み込
ま
れ
る言
葉
と歌
の中
の言
葉
と
で清
濁
が
食
い違
う
(歌
数
で数
え
る
な
らば
、
『古
今
集
』
の物
名
歌
五十
二首
中
二十
四首
が
清
濁
の食
い違
う箇
所
を含
ん
で
い
る)。
普
通
、
物
名
歌
は音
で
は
な
く
文
字
を詠
み込
ん
だも
の
であ
る
から
、
こ
の
よう
な清
濁
の
不
一致
が
許
容
さ
れ
る
の
であ
る
と説
明
さ
れ、
確
か
に
そう
し
た
一
面
も
あ
ろ
うが
、
ハ行
転
呼
現
象
が
一般
化
す
る前
の物
名
歌
に
ま
で、
そ
の説
明
を適
用す
る
の
は、
も
う
少
し慎
重
であ
る
べき
で
あ
ろ
う
。
さ
て
、物
名
歌
に詠
み込
まれ
る言
葉
に
は、
普
通
な
ら和
歌
に
用
いら
れ
る
こ
と
のな
い漢
語
も
含
まれ
て
お
り、
そ
れ
ら
の中
に
は
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
を有
す
る語
も
あ
る
。
『古
今
集
』
で
は次
の
三首
が
そ
の例
であ
る
(表
記
を私
意
に
よ
って改
め
た部
分
が
あ
る)。
さ
う
ぴ
(薔
薇
)
貫
之
我
は
け
さ
う
ひ
にぞ
見
つる花
の
い
ろ
をあ
だ
な
る物
と
いふ
べ
か
り
け
り
(四
三
六
)
き
ち
か
う
(桔
梗
)
のは
な
友
則
あ
き
ち
か
う野
は
な
り
にけ
り
し
ら
つゆ
の
おけ
る草
葉
も
色
か
は
りゆ
く
(四
四〇
)
は
く
わ
か
う
(百和
香)
よ
み
人
し
らず
花
こ
と
に飽
かず
散
ら
し
し風
な
れ
は
いく
そば
く
わ
がう
し
と
か
は思
ふ
(四
六
四)
右
の例
で
は
いず
れ
も
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
に対
応
す
る
「ウ」
の
部
分
が
、
歌
の方
で鼻
音
性
を持
た
な
い
「う」
に割
り振
られ
て
いる。
外
国
音
の受
容
に
は、
様
々な
レベ
ルが
あ
り
得
るけ
れ
ど
も
、
当
時
の勅
撰
集
の撰
者
の
よう
な知
識
人
層
にと
って
は、
喉
内
鼻
音
韻
尾
は鼻
音
性
を
帯
び
て発
音
され
る
べき
も
の
であ
った
だ
ろう
。
つま
り
、
物
名
歌
に
お
い
て
は、
清
濁
の対
立
と
同様
に
、字
音
の韻
尾
の鼻
音
性
の有
無
も
、
たが
え
て詠
み込
む
こと
が
許
容
さ
れ
て
いた
と考
え
ら
れ
る
の
であ
る。
五
も
う
一つ、
清
濁
の対
立
と喉
内
鼻
音
韻
尾
の鼻
音
性
の問
題
が
同
じ
よう
に扱
われ
て
い
るも
の
と
し
て、
寛
智
『悉
曇
要
集
記
』
奥
文
に見
ら
れ
る音
図
の例
を
あ
げ
た
い。
こ
の音
図
は現
行
の
五十
音
図
の行
配
列
、
す
な
わ
ち
ア
カ
サ
タ
日本漢字音 におけ る喉 内鼻音韻尾 の鼻音性 とその表記75
ナ
ハ
マヤ
ラ
ワ順
に
一致
す
る
最
も
早
い例
と
し
て
知
ら
れ
る
が
、
段
配
列
の方
は
かな
り奇
妙
な
も
の
であ
り
、
十
分
納
得
の
いく
説
明
が
され
て
いな
か
った。
そ
の配
列
の原
理
に
つ
い
て、
以
前
私
(n)
見
を
述
べ
た
こと
が
あ
るが
、
そ
こ
で
は
「ア
・イ
.ウ
.オ
.
エ
・ア
イ
・ア
ム
・ア
ク」
と
いう
序
列
を
次
の
よう
に悉
曇
十
二
摩
多
と関
連
づ
け
た。
↑
一
a
a
i
-
U
一U
e
.a
・
㎜
.㎝
め
↑
↑
{ウヂ
二 ←
↑
一ア ウー
一1
三汀↑
ア
ム
↑
ア
イ
アイ
アク
詳
し
いこ
と
は
省
略
す
る
が
、
き
に対
応
す
る
ア
ウ
の段
を
欠
いて
いる
原
因
を
、
「直
後
にあ
る
空
点
の下
位
分
類
の
一つで
あ
る喉
内鼻
音
韻
尾
を持
つ
アウ
と
一括
さ
れ
、
さ
ら
に空
点
が
ア
ム
と
し
て整
理
さ
れ
る
際
に
、直
前
の
アウ
も
同時
に繰
り
入
れ
ら
れ
て
し
ま
った
」
と解
し
た
の
であ
る。
単
純
な誤
脱
でな
いと
す
れ
ば
、
そ
のよ
う
に解
釈す
る
のが
最
も
音
韻史
的
に
も穏
当
で
あ
ろ
う
。
前稿
で
は
、
「さす
れ
ば
、
こ
の場
合
喉
内
鼻
音
韻
尾
の
『ウ』
は
、
そ
の鼻
音
性
を
失
って
いた
こ
と
に
な
ろ
う
か
」
と
いう曖
昧
な
表
現
で逃
げ
てし
ま
った
の
であ
るが
、
そ
れ
は
、
悉曇
学
と
い
う
、
こ
の問
題
に
特
に
敏感
な
音
韻
理
論
の場
で
、
こ
の時
期
に
そ
の
よう
な
字
音
の日
本
化
を
想
定
す
る
のが
妥
当
で
あ
る
の
か
と
い
う
不
安
が
あ
った
か
ら
であ
る
。
し
か
し
、
そ
も
そ
も
こ
の音
図
は清
濁
の区
別
を
し
て
いな
い
の
だ
から
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の鼻
音
性
も
同
じ
レ
ベ
ル
で捉
え
、
音
図
作
成
の際
に、
韻
尾
の鼻
音
性
の有
無
も
切
り
捨
てら
れ
て
し
ま
っ
た
の
であ
ると
説
明
す
る
こと
も
可
能
であ
ろ
う
。
従
って、
こ
の
音
図
の作
成
者
の字
音
が
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の鼻
音
性
を
失
って
い
た
とす
る
必要
はな
い
の
であ
る。
{ノ N
以
上
、
日本
漢
字
音
に
おけ
る、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
と
そ
の
音
意
識
の問
題
を、
清
濁
の問
題
と絡
め
て論
じ
てき
た
の
であ
る
が
、
話
の見
通
し
を
よ
くす
る
た
め
に
、切
り捨
て
て
し
ま
った問
題
が
いく
つか
あ
る
。
本稿
で
は
、
喉内
鼻
音
韻
尾
の問題
を、
あ
く
ま
で外
国
語
音
の
問
題
と
し
て
扱
ってき
たが
、
「う
め」"「む
め」、・「う
ま」"「む
ま
」
な
ど
の対
立
、
バ行
・マ行
四
段活
用
のウ音
便
形
と擾
音
便
形
の併存
、
ガ
行
四
段活
用
のイ音
便
が
連
濁
を起
こす
こ
と
、推
量
の助動
詞
「む」
の発
音
や表
記
の問
題
な
ど
、日
本
語
側
に
も
、
喉
内鼻
音
韻
尾
の鼻
音
性
と関
連
す
る
と思
わ
れ
る現
象
が
いく
つ
76
かあ
る。
ま
た、
漢
字
音
の
三種
の鼻
音
韻
尾
の
う
ち、
舌
内
鼻
音
韻
尾
・唇
内
鼻
音
韻
尾
の表
記
の問
題
は、
本
稿
で
は
一切
触
れ
て
いな
いが
、
表
記
が
ま
だ揺
れ
て
い
る時
代
の
三種
の鼻
音
韻
尾
の
表
記
に、
意
外
に類
縁
性
が
あ
る
(詳
細
は略
す
)
こと
を
考
え
る
と
、後
世
の漢
字
音
を
基
準
に
し
て、「舌
内
鼻
音
韻
尾
と唇
内
鼻
音
韻
尾
」「喉
内
鼻
音
韻
尾
と
陰
類
韻
尾
」の
区
別
は難
し
か
ったが
、
そ
れぞ
れ
のグ
ルー
プ間
で
は
まぎ
れ
る
こ
と
は
な
か
った、
と
い
う予
想
を
す
る
のは
楽
観
的
すぎ
よ
う
。
「判
官
(ハウグ
ワソ)」
(舌
内
)
「十
三
(シフ訓
)」
(唇
内
)
など
の特
定
の語
に
用
いら
れ
る
慣
用
的
な
音
形
も
気
にな
る
と
ころ
であ
る。
こ
の
よう
な
間
題
点
が
あ
る
こと
を
認
め
つ
つも
、
喉
内
鼻
音
韻
尾
の鼻
音
性
の問
題
と、
清
濁
の対
立
の問
題
が
、
あ
る種
の相
関
性
を
も
って把
握
さ
れ、
そ
れが
表
記
など
に反
映
す
る
こと
も
あ
った
と
いう
こ
と
は
、
日本
語
の音
韻
体
系
の中
で
の
「濁
音
」
の
位
置
を
考
え
る
上
で
も
、他
言語
音
の母語
音
への受
け
入
れ方
と
いう
一般
的
な
問
題
を考
え
る
上
で
も
、
興
味深
い現
象
であ
る
と
いう
こと
を
、
最
後
にも
う
一度
述
べ
て
おき
た
い。
(2)
(3)
(4)
( (6 5) )
( (8 7) )
(9)
(10)
(U) 沼
本克
明
『日本
漢
字
音
の
歴史
』
(一九
八
六)
中
田
祝
夫
『古
点本
の国
語学
的
研究
』
訳
文
篇
・研
究
篇
(一
九
五
四
)
に
よ
る。
張
現
『漢
語
方
音』
所収
「漢
語方
言
中
鼻
音
韻
尾
的
消
失
」
(一九
九
二
)
に詳
細
な
報告
が
あ
る。
小林芳規
「平安
時代
の平仮
名文の表記様式-
語
の漢字
表記を主としてl
I
・π」
『国語学』
44
・45
(一九
六
一)
『古辞書音義集成』(汲古書院)所収の複
製本
による。
沼本克明
「字音直読資料
の長音表記
の変遷-
音節構造
と
の関係1
」『訓点語と訓点資料』第
88輯
(一九九二)
同
「長音表記漢語
の史的背景-
詩歌
(シイカ)等ー
」
『小林芳規博
士退官記念国語学論集』(一九九二)
古典保存会複製本
による。
林
史典
「九条家本法華経音
の
脱落部
について」
『国語
学』第
79集
(一九
六九)
吉田金彦
「中古
日本
呉音
の表記史的考察-
法華経単字
の反
切と
字音
をめぐ
ってー
」
『静岡女子短期大学紀要』
4
(一九五七)
吉田金彦
「訓点
拾遺
五題」
『訓点語
と
訓点資料』第十
一
輯
(一九五九)
築島
裕
『平安時代訓点本論考』(一九八六)
拙稿
「悉曇要集
記奥文の
音図をめぐ
って」
『松村明先生
喜寿記念
国語研究』(一九九三)
《注》
(1)
各種
の文献
の喉内鼻
音韻尾
の表記を収集
・整
理したも
の
としては次
のようなも
のがあ
る。
築島
裕
『興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝古
点の国語学的研
究』研究篇
・第三章第三節第十項
(一九
六七)『平安時代
語新論』(一九六九)『平安
時代訓点本論考』
(一九
八六)