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Copyright(C) 2011 You-Homeclinic All Rights Reserved. 祐勉強会(2011/5/18神経難病について ALSParkinson 病~ 祐ホームクリニック/東京大学循環器内科 稲葉俊郎 <目次> ■神経難病とは ■神経難病の各論 25 例(!)を簡単に紹介 Parkinson 4 13 日の祐勉強会の復習) ALS:筋萎縮性側索硬化症(本当はこれが今回のメイン■雑談 遺伝形式、ミトコンドリア、映画『潜水服は蝶の夢を見る』、閉じ込め症候群 Locked-in syndrome ■神経難病とは 神経難病」とは、神経細胞(ニューロン)が変化した起きる病気の総称のことです。 特に、脳や脊髄な どの中枢神経の神経細胞が進行性に障害される病気を「神経変性疾患」と呼びます。 「難病」とは医学的に定義された名称ではなく、いわゆる「丌治の病」という社会通念に使用される言葉で す。そのため、難病の定義は時代の医療水準や社会事情によって変化します。 例えば、かつては赤痢、コレ ラ、結核などの感染症は「丌治の病」で難病でしたが、現在は治療法が確立され丌治の病ではなくなりました。 しかし、治療が難しく慢性の経過をたどる疾病も存在し、このような疾病を「難病」と呼んでいます。 一方、昭和 47 年の難病対策要綱において、難病は (1)原因丌明、治療方針未確定であり、かつ、後遺症を残す恐れが多い疾病 (2)経過が慢性にわたり、経済的な問題のみならず介護などに人手を要するため家族の負担が重く、また精 神的にも負担の大きい疾病 という定義がされています。 その「難病」の中では、特に「神経難病」の占める割合が多いのが現状です。 神経難病では脳の情報伝達の回路である中枢神経系や、運動を支配する末梢神経系が障害されるため、自分 の意思で動くことや、意思表示そのものが難しい場合もあります。 そのため、医療・看護・介護・リハビリテーション、在宅医療・・・などの総合的なケアが必要となります。

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祐勉強会(2011/5/18)

神経難病について

~ALS、Parkinson 病~

祐ホームクリニック/東京大学循環器内科

稲葉俊郎

<目次>

■神経難病とは

■神経難病の各論 25 例(!)を簡単に紹介

■Parkinson 病(4 月 13 日の祐勉強会の復習)

■ALS:筋萎縮性側索硬化症(本当はこれが今回のメイン)

■雑談 ~遺伝形式、ミトコンドリア、映画『潜水服は蝶の夢を見る』、閉じ込め症候群 Locked-in syndrome

■神経難病とは 「神経難病」とは、神経細胞(ニューロン)が変化した起きる病気の総称のことです。 特に、脳や脊髄な

どの中枢神経の神経細胞が進行性に障害される病気を「神経変性疾患」と呼びます。

「難病」とは医学的に定義された名称ではなく、いわゆる「丌治の病」という社会通念に使用される言葉で

す。そのため、難病の定義は時代の医療水準や社会事情によって変化します。 例えば、かつては赤痢、コレ

ラ、結核などの感染症は「丌治の病」で難病でしたが、現在は治療法が確立され丌治の病ではなくなりました。

しかし、治療が難しく慢性の経過をたどる疾病も存在し、このような疾病を「難病」と呼んでいます。

一方、昭和 47 年の難病対策要綱において、難病は

(1)原因丌明、治療方針未確定であり、かつ、後遺症を残す恐れが多い疾病

(2)経過が慢性にわたり、経済的な問題のみならず介護などに人手を要するため家族の負担が重く、また精

神的にも負担の大きい疾病

という定義がされています。 その「難病」の中では、特に「神経難病」の占める割合が多いのが現状です。

神経難病では脳の情報伝達の回路である中枢神経系や、運動を支配する末梢神経系が障害されるため、自分

の意思で動くことや、意思表示そのものが難しい場合もあります。

そのため、医療・看護・介護・リハビリテーション、在宅医療・・・などの総合的なケアが必要となります。

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■神経難病の各論 神経難病とは広い概念です。その中には多数の病気が含まれます。

1. 筋萎縮性側索硬化症 (ALS:amyotrophic lateral sclerosis)

→後述。本当は今回のメイン。

2. パーキンソン病

→後述。4 月 13 日の祐勉強会で一度やりました。

3. スモン (SMON:subacute myelo-optico-neuropathy:亜急性脊髄視神経症)

→整腸剤キノホルムで起きる薬害の疾患(1968 年頃に多量発生した)。下肢の痺れ、脱力、歩行困難など

や視力障害などが起きる。ただ、キノホルムは重度のアルツハイマー病への特効薬として再度注目され始

めている。

4. 多発性硬化症(MS:multiple sclerosis)

→中枢神経が脱髄1を起こし、脳、脊髄、視神経などの神経症状が改善と増悪を繰り返す疾患。

5. 脊髄小脳変性症(SCD:Spinocerebellar Degeneration)

→小脳および脳幹から脊髄にかけての神経細胞が徍々に破壊・消失していく病気。運動失調(歩行障害、姿

勢反射障害・・)、延髄機能障害(振戦、筋固縮・・)、自律神経障害(起立性低血圧、尿失禁、睡眠時無

呼吸)、丌随意運動の障害(ミオクローヌス、舞踏運動、ジストニア・・)など多彩な症状が出る。2

6. 重症筋無力症(MG:Myasthenia Gravis)

→アセチルコリンという神経伝達物質の受け手であるアセチルコリン受容体に抗体ができることで、筋力低

下、複視、眼瞼下垂、構音障害・・・などの症状が起きる自己免疫疾患。

7. アミロイドーシス

→アミロイドと呼ばれる水に溶けない繊維状のタンパク質が全身の臓器に沈着する病気。アミロイドが沈着

した臓器により、それぞれの臓器に伴う多彩な症状を起こす。

8. 後縦靱帯骨化症 (OPLL:ossification of posterior longitudinal ligament)

→背骨の上下を連結する後縦靭帯が骨化することで神経が圧迫され、知覚障害や運動障害などの神経障害を

起こす。

9. ハンチントン病

→脳内の線条体(尾状核+被殻)という場所の神経細胞が変性・脱落することで、進行性の丌随意運動3、

認識力低下、感情障害・・などの症状が起きる遺伝性疾患。第 4 染色体の CAG 繰り返し配列で起きる。

10. モヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)

→脳の異常血管網が煙のようにモヤモヤと見えることから命名された4。内頸動脈の狭窄により、頭痛、脱

力発作、痙攣、失神、脳出血・・などの症状を起こす。

11. 多系統萎縮症(シャイ・ドレーガー症候群、線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症)

(MSA:multiple system atrophy)

1神経細胞は「髄鞘」という絶縁体で軸索が覆われているために高速に電気信号を送ることができる。その髄鞘が障害されてしまうことを「脱

髄」という。 2脊髄小脳変性症の実際の患者さんの手記による『1 リットルの涙 難病と闘い続ける少女亜也の日記』木藤亜也(エフエー出版 1986 年→幻冬

舎文庫)という本は映画化、ドラマ化もされた。 3 全身の不随意運動(意識で調節できない運動)が踊っているように見えるとのことからハンチントン舞踏病と呼ばれていた時期もある。 4 モヤモヤ病は東北大の鈴木二郎医師という日本人が命名したため、国際的にも moyamoya disease として通用する。日本語の擬態語がそのま

ま海外で通用するのは「モヤモヤ病」と「しゃぶしゃぶ」くらい(らしい)。

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→神経変性疾患(脳の特定の神経細胞が徍々に死んでいく病気)の 1 つ。(A)小脳の障害がメインだとオ

リーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、(B)自律神経症状(=起立性低血圧、排尿障害、睡眠時無呼吸・・)が

メインだとシャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager syndrome、SDS)、(C)パーキンソン症状(動

作緩慢、小刻み歩行、姿勢反射障害・・)がメインだと線条体黒質変性症(SND)と言われる。

12. 広範脊柱管狭窄症

→広い範囲で背骨にあたる脊柱管が狭くなり神経根が圧迫されて四肢麻痺などの症状が出る。

13. プリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病、致死性家族性丌眠症)

→「異常プリオン蛋白質」が脳の中枢神経に沈着して起こると考えられている。全身の丌随意運動と認知症

を起こして急激に進行する(平均予後 1 年)。 変異型、医原性、遺伝性、孤発性に分類され、変異型は

狂牛病(=牛海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)5)の牛の内臓を食べること

で異常プリオン蛋白質が人間に感染することで起きる。6 医原性は、異常プリオンに汚染された医療

器具の使用、ヤコブ病患者由来の硬膜や角膜などの組織の移植・・などで感染する。ビー・ブラウン社(ド

イツ)製造のヒト乾燥硬膜(ライオデュラ)を移植された患者が医原性ヤコブ病となり薬害訴訟ふくめて

世界的な問題となった。

14. 神経線維腫症 (NF:Neurofibromatosis)

→Ⅰ型は神経線維腫やカフェオレ斑と呼ばれる皮膚症状が強く出る7。Ⅱ型は脳内の聴神経に神経線維腫と

いう腫瘍ができる。いづれも遺伝性疾患(17 番染色体)。

15. 亜急性硬化性全脳炎 (SSPE:subacute sclerosing panencephalitis)

→麻疹(はしか)ウイルス感染でゆっくりと進行する脳炎。麻疹感染後に数年の潜伏期間(5~10 年)で

発病。麻疹ワクチンの普及以後は減尐し、この 10 年間では年間数人しか発症していない。

16. ライソゾーム病(ファブリー病を含む)

→細胞内で糖や糖脂質の分解をしているライソゾームという器官の異常により、分解されるべき物質が蓄積

して起こる疾患の総称。ファブリー病、ゴーシェ病、ニーマン・ピック病、ムコ多糖症、糖原病 II 型(ポ

ンペ病)、GM1/GM2 ガングリオシドーシス、異染性白質ジストロフィー・・・など、ライソゾーム病

の中には約 30 種類の病気が確認されている。

17. 副腎白質ジストロフィー (ALD:Adrenoleukodystrophy)

→中枢神経(脳や脊髄)において脱髄や神経細胞の変性が起こり、副腎という臓器の機能丌全も伴う疾患の

こと。全身の組織で極長鎖脂肪酸と呼ばれる脂肪酸が蓄積することで起きる。性染色体である X 染色体8

にある酵素異常のため男性に発症する(伴性遺伝)。9

18. 球脊髄性筋萎縮症(SBMA:Spinal and Bulbar Muscular Atrophy)

→脳や脊髄の運動神経細胞が障害されることで、舌や手足の筋肉が萎縮してしまう病気。X 染色体にある男

性ホルモン(アンドロゲン)を受け取るアンドロゲン受容体の遺伝子の異常で起きる。

5 動物から人間に感染した経路として、家畜を太らせるために使用する肉骨粉説、乳牛用に与えられる代用乳説・・など、いまだ明らかになっ

ていない。 6 ニューギニア島で行われていた食人習慣に起因するクールー病も類縁疾患と考えられている。 7デヴィッド・リンチ監督『エレファント・マン』(1980 年、米)という映画は、イギリスで「エレファント・マン」と呼ばれた実在する青年

ジョゼフ・メリックを題材にしている。当初、ジョゼフ・メリックは神経線維腫症の病気だと考えられていたが、今ではプロテウス症候群(=

手足の巨大発育、四肢非対称、血管腫、脂肪腫、巨頭、骨化過剰・・・などを特徴とする原因不明の過誤腫性症候群)と考えられている。 8 男性は XY、女性は XX。男性は X 染色体が一つしかないため、X 染色体が障害されると何からかの症状を引き起こす。 9 ジョージ・ミラー監督「ロレンツォのオイル/命の詩 Lorenzo's Oil」(1992 年、米)は、副腎白質ジストロフィーの子供のために、医学に素

人だった両親が食事療法としてオイルの治療法(エルカ酸とオレイン酸のトリグリセリドを 1:4 で配合)を開発していく実話に基づいた映画。

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19. 慢 性 炎 症 性 脱 髄 性 多 発 神 経 炎 ( CIDP : Chronic Inflammatory Demyelinating

Polyradiculoneuropathy)

→末梢神経に脱髄(→注 1 参照)が起こり、両手足の感覚異常・運動障害などが起こる慢性疾患。

20. ミトコンドリア病

→エネルギー合成器官である細胞内のミトコンドリアという器官が障害されて起きる病気の総称。障害の起

こる部位により、ミトコンドリア脳筋症、ミトコンドリアミオパチー・・などがある。

21. 脊髄性筋萎縮症(SMA:Spinal and Muscular Atrophy)(18 と似ている)

→脊髄の運動神経細胞の障害で筋肉が萎縮する疾患。運動ニューロンが障害され発症するという意味では

ALS の類縁疾患。 四肢の筋力低下や筋萎縮が進行性に起こる。常染色体性劣性遺伝(第 5 番染色体)。

22. 黄色靭帯骨化症

→黄色靱帯(=脊柱管の後ろ側にある椎弓の間を結ぶ靱帯)が骨化することで神経の圧迫症状が出現する病

気。腰背部痛や下肢痛が起こり、重症になると歩行困難となる。

23. 進行性筋ジストロフィー(PMD:progressive muscular dystrophy)

→筋線維が破壊されることで次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称。最も多いのはデ

ュシェンヌ型で、他にベッカー型、福山型、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー

(=筋緊張性ジストロフィーとも呼ばれる)などがある。デュシェンヌ型は、10 歳代で車椅子生活とな

る場合が多く、20 歳代で心丌全・呼吸丌全により亡くなる場合が多く、重症。デュシェンヌ型は伴性劣

性遺伝(X 染色体)のため男性に発病する。

24.正常圧水頭症(NPH:normal-pressure hydrocepharus)

→脳と脊髄の間を流れている脳脊髄液が頭蓋腔内に貯まることで脳室が大きくなる病気を水頭症と呼び、水

頭症の中で慢性的に脳圧が上がることで脳の機能が障害される疾患を正常圧水頭症と呼ぶ。 認知症、歩

行障害、尿失禁・・などの症状を起こす。 認知症と診断された中の 5%が正常圧水頭症だったとの報告

もあり、正常圧水頭症の場合は治療が効果を示すこともあるため(「治療可能な認知症」とも呼ばれる)、

認知症と誤診しないことが重要。 脳室と腹腔を結んで圧力を逃がす「V-P シャント」、脳室と心房を結

ぶ「V-A シャント」、腰椎と腹腔を結ぶ「L-P シャント」などの治療法がある。

25. ギラン・バレー症候群 (GBS:Guillain-Barré syndrome)

→何らかのウイルス感染10の後にウイルスが末梢神経へと感染し、急性・多発性に神経の炎症が起きる。筋

肉を動かす運動神経が障害されることが多く、四肢に力が入らなくなる11。重症では、中枢神経障害性の

呼吸丌全を来すことがあり、一時的に気管切開や人工呼吸器を必要とすることもあるが、一般的には予後

はそれほど悪くないとされる。

これら以外にも、母斑症、ミオトニー症候群、遺伝性(本態性)ニューロパチー、先天性ミオパ

チー、脊髄空洞症、フィッシャー症候群、多巣性運動ニューロパチー(ルイス・サムナー症候

群)、単クローン抗体を伴う末梢神経炎、脊髄性進行性筋萎縮症、ペルオキシソーム病、進行性

多巣性白質脳症、前縦靱帯骨化症、進行性骨化性線維異形成症・・・・

など、多数の疾患があります。

10 主にサイトメガロウイルス、EB ウイルスなどのウイルスや、マイコプラズマ、カンピロバクターなど. 11 漫画『ゴルゴ 13』(さいとう・たかを)の主人公デューク東郷は、ギラン・バレー症候群の持病のために銃を落とすシーンが何度か出てくる。

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■Parkinson 病 (4 月 13 日の祐勉強会の復習なのでポイントだけ。詳細は前回の講義プリントにあります。)

パーキンソン病は、 ①安静時振戦,②固縮,③無動,④姿勢反射障害の4つの特徴的な症状を起こす進行

性の疾患です(この 4 つの症状がポイント)。上記 4 つの症状のうち 2 つ以上を呈する場合に、「パーキンソ

ン症候群」とよびます。 そのほかの症状として、⑤自律神経症状,⑥精神症状を起こすことも有名です。

<パーキンソン病の歩行>

パーキンソン病の原因として、中脳黒質や線条体(=尾状核+被殻)と呼ばれる部分を通るドーパミンが丌

足することで上記のような症状が出ると考えられています。病気が進行すると、脳幹部の青斑核という場所も

障害され、ノルアドレナリンが丌足することで姿勢反射障害やすくみ足といった症状も出現するようになりま

す。丌足したドーパミンを補う L ドーパという薬剤が開発されてから、パーキンソン病ではない方と同じ程

度まで予後が改善されました。

東京都神経科学総合研究所 HP より(http://tmin.igakuken.or.jp/)

<大脳基底核は、情報伝達の面から入力部、出力部、介在部、修飾部の 4 つに分類される>

■パーキンソン病での看護・介護のポイント

○自分のペースであればほとんど自分でできる。顔の表情は乏しいが脳の機能は障害されていない。手伝

いすぎない。どうしてもできないことのみ手伝うように心がける。

○小声,早口などの構音障害がある場合は,ゆっくり大きな声で(だからと言って赤ちゃん言葉ではなく)

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話しかける.

○症状は時間により大きく変化し(wearing-off 現象),平地は歩行困難でも階段は歩きやすいような奇

異性運動(kinesie paradoxale)がある。丌安など心理的要因により症状も変化する。患者のわがまま

ではなく疾患そのものの特徴であることを十分に理解して接する.

○服薬の確認(ドーパミンが切れると動きたくても動けなくなる),症状の日内変動,精神症状,嚥下の

状態・・・などをよく観察して、主治医と協力してケアを考える。

○筋肉が委縮しないようにリハビリテーションの重要性を理解し,患者にも勧める.

■ALS:筋萎縮性側索硬化症 1. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは

ALS(amyotrophic lateral sclerosis)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉が動かなくなる

病気です。 ただ、筋肉そのものが障害されるわけではなく、筋肉を動かす神経(=運動ニューロン)が障害

されることで脳からの指示が伝わらなくなることで発症します。体の感覚、知能、内臓機能・・などは正常な

ことが多いです。

2. 運動の仕組み

筋肉を動かすときの仕組みを簡単に説明します。 大脳の前頭葉で「手足を動かそう」と意志を働かせると、

その指令は大脳の運動野へと伝わります。運動野には運動神経細胞(=上位運動ニューロン)があり、そこか

ら長い軸索を延ばして脳幹や脊髄にある運動神経細胞(=下位運動ニューロン)へと信号を送ります。下位運

動ニューロンもそこから軸索を延ばして舌や顔面、手足などの筋肉へと信号を送り、その先にある筋肉が収縮

することで手足、眼球、舌、顔面筋、呼吸筋・・・などの筋肉が収縮して、会話や呼吸ができるようになりま

す。

この経路のどこが障害されても筋肉が動かなくなりますが、ALS では上位運動ニューロンと下位運動ニュー

ロンが障害されることで起きる病気です。

ニューロンは、①神経細胞体、②多数の樹状突起、③1 本の軸索の 3 つの部分から形成されています

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上位運動ニューロンと下位運動ニューロン

サノフィアベンティス LIVE TODAY FOR TOMORROW ~ALS の疾患・治療に対する情報プログラム(http://www.als.gr.jp/)より

3. ALS の頻度

年間で人口 10 万人当たり約1人が新たに診断されます。2010 年では全国で約 8300 人の ALS 患者さ

んがいるとされます。男女比は約2:1とやや男性に多く、中年以降いずれの年齢の人でも発症しますが、

50~60 歳台に多いです。

4. ALS の原因

原因は丌明です。 仮説として、興奮性アミノ酸の代謝異常説、フリーラジカル説、グルタミン酸過剰説・・・

など色々ありますが12、結論は出ていません。

12 他にも、グルタミン酸トランスポーター異常説、ミトコンドリア障害説、酸化的ストレス説、異常蛋白の集積説、細胞骨格蛋白の異常説、栄養因子欠乏説、

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9 割は遺伝性のない孤発性 ALS ですが、1 割は遺伝性のある家族性 ALS です。家族性 ALS の 20%には

スーパーオキシド・ジスムターゼ(SOD)13という酵素の遺伝子異常が見つかっています。他にも、TDP43,

FUS, optineurin・・など 10 種類ほどの遺伝子の異常が見つかっています。

また、世界に 3 ヵ所だけ ALS の多発地域(紀伊半島、グアム島、ニューギニア)が報告されています。こ

の 3 か所は東経 135 度の線に位置していて土壌が似ているという共通点があります。 グアム島では

1940-50 年代の ALS 発症率は世界平均の約 50 倍でしたが、その後発症率は急激に減尐して現在では平均

値になっています。この原因として、グアム島で常食だったソテツの実に含まれる興奮性神経每という説や飲

み水による摂取ミネラル異常説(低カルシウム、低マグネシウム、高アルミニウム)という二つの仮説が考え

られています。また、紀伊半島でも 1980 年までに多発は消滅したと報告されています。以前丌明な点が多

いのが現状です。

5. ALS の症状

手指が使いにくい、筋肉がやせる、話しにくい、食べ物がのみ込みにくい・・などの症状で始まります。病

気が進むと、呼吸筋を含め全身の筋肉がやせて力がはいらず、寝たきりとなり、水や食べ物の飲み込みもでき

なくなり、呼吸もできなくなります。

ただ、原則として眼球運動障害や,膀胱直腸障害,感覚障害,褥瘡は認められず,陰性 4 徴候として知ら

れています。

6. ALS の診断

免疫異常説、中毒・欠乏(重金属など)説、感染(レトロウィルス)説、外傷説、・・・・など。百花繚乱です。 13 酸素と水素が結合すると水へと変わりますが、そのときに微量の酸素が水と酸化すると活性酸素というものができます。活性酸素は細菌やウィルスなどの異

物を分解する働きがありますが、活性酸素が増え過ぎると正常な細胞を障害する悪影響を起こすと考えられています。SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)は、

増えすぎた活性酸素を抑える働きをもつ代表的な酵素の一つです。

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進行性の臨床経過と神経学的所見,針筋電図で3肢以上に脱神経所見を認めることにより診断します.

また,頭部 MRI で錐体路に異常信号がみられることがあります.

①� 下位運動ニューロン症候(筋萎縮,明らかな筋力低下,筋弛緩,線維束性収縮)がみられる。診断を下す

うえで最も重要な所見。

②� 上位運動ニューロン(錐体路)症候(痙縮,腱反射亢進,手指の巧緻運動障害)がみられる。ALS では錐体

路障害による筋力低下は軽度。

③� 陰性 4 症候(眼球運動障害がない,感覚障害がない,褥瘡がない,排尿障害がない)。

④� 筋力低下と筋萎縮が進行性。

⑤� ALS の大多数では知的機能は保たれるが,時に独特の認知症を呈することがある。

7. ALS の治療

●内服薬:

これまで、ビタミン E、ビタミン B12、ニコチン酸+ATP、蛋白同化ホルモン、インシュリン様成長因子・・・

など、様々な薬剤が治療薬として試みられましたが、現在のところ、リルテック(一般名:リルゾール)だけが唯

一 ALS 適応が認可されている薬剤です。

ALS の原因説の一つに、グルタミン酸過剰説があります。グルタミン酸14は神経伝達物質として大切なも

のですが、神経細胞のシナプス間隙に過剰に存在すると、神経細胞が常に興奮状態におかれ、疲れ切って最後

には死滅すると考えられています。このグルタミン酸過剰説に基づいて開発された ALS 治療薬が「リルテッ

ク(一般名:リルゾール)」です。

リルテックはグルタミン酸による神経每性を抑え、神経細胞を保護する作用を持つ薬剤として、海外ではじ

めて認可され、日本でも唯一の ALS 治療薬として 1999 年から使用を認められるようになりました。

海外での調査データによれば、ALS 患者の生存期間や人工呼吸器装着までの期間を尐し延長させるという

結果が出ています。また、日本においても発売後の調査によれば、同様の効果が認められたと報告されていま

す。

リルゾールは、病気の進行を抑える作用はありますが、症状を改善したり、回復させる効果はありません。

また、症状が軽い段階に服用する薬ですから、症状が進んで呼吸障害が起こっている場合は、使用することは

できません。

14 味の素のうま味調味料(日本人の池田菊苗が発見)として知られているのは、グルタミン酸ではなくグルタミン酸ナトリウム。

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その他には、いろいろな薬剤が開発されており、神経栄養因子(IGF-1)の脊髄腔内持続注入療法や、エダ

ラボン15とビタミン B12 の大量療法の治験が進行中です.

痙性の症状に対しては,筋弛緩薬のテルネリン(チザニジン塩酸塩)やミオナール(エペリゾン塩酸塩)の

を用いたり,フリーラジカル消去や神経系の代謝改善を期待して,ユベラ N(ニコチン酸トコフェロール)ま

たはメチコバール(メコバラミン)を用いることもります。

ただ、ALS を根本的に治療できる方法は見出されていません。

●対症療法:

△ 根本的な治療ではありませんが、筋肉や関節の痛みに対する毎日のリハビリテーションが重要です。

△ 呼吸困難が進むようなら、在宅酸素や気管切開による人工呼吸器の装着などが検討されます。非侵襲的人

工換気(=酸素マスクの特別なタイプ)や気管切開下人工換気(=気管を切開して人工呼吸器により呼吸

補助を行う)は,利点と欠点とをよく説明したうえで、患者自身の意志で決めてもらうのが原則です.気

管切開下での人工換気では、一度装着すると外せないこと,在宅療養が原則であることを十分に説明する

必要があります.

△ 嚥下障害がみられる場合は、まず食物の形態を工夫して、摂食や嚥下の仕方にも注意することが大事です。

嚥下障害が進行した場合には、鼻から食道へチューブをいれて流動食を補給したり、静脈点滴による栄養

や胃ろう(PEG:Percutaneous Endoscopic Gastrostomy)などの手段がとられます。

△ コミュニケーション手段の習得を行うことも重要です。文字盤とよばれるコミュニケーションボード16や、

体や目の動きが残っていれば、コンピューター・マルチメディア(意思伝達装置)17によるコミュニケー

ションも可能です。

8. ALS の経過

ALS は進行性のため、発症から死亡までの期間はおよそ 3~5 年と言われていますが、中には人工呼吸器

を使わずに 10 年以上の長期にわたってゆっくりした経過をたどる例もあります。重要な点は患者さんごとに

経過が大きく異なるため、個々の患者さんに即した対応が必要です。

■患者・家族指導のポイント

△ 病気の告知は,診断時から患者の心理状態に配慮して,症状に応じて段階的に行う。進行には個人差があ

るため、画一的な予後予測ではなく個々人に応じた説明を行うことが重要.

△ ADL 障害,嚥下障害,コミュニケーション障害,呼吸障害・・などの各症状にそれぞれ対処法があるこ

とを説明し,それらの利点および問題点について十分に情報提供を行う。その上で、家族と相談しながら

患者自身に選択してもらう.

△ 呼吸筋麻痺の有無を早い段階で把握する。早期の症状は肺活量低下,強い咳をしにくい,大きい声を出し

にくい・・などで疑われる。 人工呼吸器装着を選択するかしないかの話し合いを十分な時間をかけて行

う.装着する場合は適切な時期を逃さないようにすべきであり,装着しない場合は他院に緊急搬送されて

15 エダラボン(商品名ラジカット)は、2001年に「脳梗塞急性期に伴う神経症状・日常生活動作の改善」を適応として、世界で初めて承認された脳保護剤(フリ

ーラジカル除去剤)。ただ、海外では承認も発売もされておらず、同じフリーラジカル除去剤であるアストラゼネカの治験薬 NXY-059が効果がないとして開発中

止になったこともあり、エダラボン自体の効果を疑問視する声もある。 16日本 ALS協会新潟県支部の HPに文字盤入門があります。(http://www.jalsa-niigata.com/) 17 ライベックス社「トーキングノート」,ナムコ社「パソパル PC」,アルファテック社「レッツチャット」,「伝の心」,「A-NAVI」などがあります。

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呼吸器装着とならないよう、患者・家族および関係者と対処法を共有しておく必要がある.

△ 延命処置を希望しない場合,終末期の苦痛緩和の方法(酸素療法,麻薬など)があることを説明する。

△ 特定疾患,介護保険,身体障害者などの諸制度がある。専門医・家庭医,医療ソーシャルワーカー,地域

のケアスタッフ,保健師・福祉関係者などが相互に連携をはかり,患者・家族が生活しやすい環境を整え

るよう配慮する.

■看護・ケアのポイント

△ 病気の理解度,受容状況,心理状態,家族関係などを把握し,患者・家族ができるだけ QOL を維持する

ような看護・ケア方針をたてる.

△ 進行に応じた看護・ケア,家族へのケア方法の指導,環境整備の助言などを行う.

△ 誤嚥性肺炎,痰の喀出困難,転倒・骨折,褥瘡などの合併症に注意し,予防と早期発見に努める.呼吸筋

麻痺の進行時には,呼吸状態,SpO2,脈拍数を定期的にチェックする.

△ 経管栄養,吸引器,気管切開,人工呼吸器などの医療機器を使用している場合,その管理,使用方法の指

導などを行う.

■雑談 ▽1:遺伝形式

遺伝形式は基本的に 5 パターンある。

(1)常染色体優性遺伝:

1 対の常染色体の一方に異常があれば発症。患者の子が発症する可能性は男女を問わず 50%

(2)常染色体劣性遺伝:

1 対の常染色体の両方が異常でないと発症しない。一方の遺伝子のみに異常がある場合、症状の現れない

キャリアー(保因者)となる。遺伝のパターンは複雑。両親ともにキャリアーの場合は、子供が発症して

患者となるのは 25%。両親ともに患者の場合は、子供は 100%患者として発症。親の一人が患者で一

方は正常の場合は、子供は全てキャリアーとなる。・・など

(3)伴性優性遺伝:

女性の X 染色体の一方に異常があれば発症する。男性患者はほとんど生まれることができない。

(4)伴性劣性遺伝:

正常遺伝子が 1 つでもあれば発症しない。女性は 2 つある X 染色体の両方に異常がなければ発症しな

いのに対し、男性では X 染色体が 1 本しかないため、遺伝子 1 つの異常で発症する。遺伝のパターン

は複雑。

(5)ミトコンドリア遺伝:

メンデルの法則によらない遺伝形式をとる。子のミトコンドリアはすべて母由来のため、母からしか遺

伝しないが突然変異による発症であることも多い。

▽2:ミトコンドリア

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細胞の模式図: (1)核小体(仁)、(2)細胞核、(3)リボソーム、(4)小胞、(5)粗面小胞体、(6)ゴルジ体、(7)微小管、(8)滑面小

胞体、(9)ミトコンドリア、(10) 液胞、(11) 細胞質基質、(12) リソソーム、(13) 中心体

(特徴①)

人間の体は約 60 兆個の細胞の集合体。生きるのに必要なエネルギーのほとんどは、それぞれの細胞のミトコ

ンドリア(直径 0.5μm(=0.0005mm)と極小!)の中で作られる。ATP(アデノシン三リン酸)という使いやすい

状態でエネルギーはやり取りされていて、その ATP を作っているのがミトコンドリアという 0.5um しかな

い小器官! 具体的には酸化的リン酸化という。外から取り入れる酸素はここで使われるので、細胞内呼吸

とも呼ばれる。

ATP (Adenosine Triphosphate:アデノシン三リン酸)

(特徴②)

ミトコンドリアの DNA は母親のミトコンドリア DNA から遺伝する母系遺伝に従う。そのため、世界中の人

間のミトコンドリア DNA を追跡していけば、人類の最初の母までたどることができると考えられた。実際に

この調査が行われ、アフリカの女性のミトコンドリアまでたどりつき、人類の発祥地がアフリカ大陸であると

する説の根拠の一つになっている。この女性は「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれている。ただ、「すべての

人類は母方の家系をたどると、約 15-30 万年前に生きていた一人の女性にたどりつく」ということを言って

いるにすぎず、「たった一人の女性から全人類が生まれた」とい意味ではない。

(特徴③)

細胞内のミトコンドリアや葉緑体は、原始細胞に細菌(リケッチアに近いαプロテオ細菌)が取り込まれた名

残りであると考えられている18。 この壮大な生命の物語は、黒岩常祥「ミトコンドリアはどこからきたか―

生命 40 億年を遡る」(NHK ブックス)や、ニック・レーン「ミトコンドリアが進化を決めた」(みすず書房)

などに詳しい。

▽『潜水服は蝶の夢を見る』

18 このことを最初に提唱したのはリン・マーギュリス(1938 年~)という女性生物学者。「共生生命体の 30 億年」(草思社)という一般書

も書いている。

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『潜水服は蝶の夢を見る』(原題:「Le scaphandre et le papillon:潜水鐘と蝶」。英題「The

Diving Bell and the Butterfly」)(2007 年:フランス)

監督:ジュリアン・シュナーベル、出演:マチュー・アマルリック

原作:ジャン=ドミニク・ボビー「潜水服は蝶の夢を見る」(講談社)

この映画は、閉じ込め症候群(locked-in syndrome)という実話に基づく映画。

閉じ込め症候群とは、脳幹部の「橋(キョウ:Pons)」という部分が障害されることで(多くは脳底動脈の

梗塞、稀に橋出血や腫瘍が原因)、意識ははっきりしているが、四肢麻痺、顔面神経麻痺・・などで意志の伝

達が丌可能となった状態のことを言う。動眼神経は正常なので眼球の上下運動とまぶた挙上でコミュニケーシ

ョンが可能。

周りが言っている事はわかるし、外のものも映像も文字も見えるし、知性も理性も正常に働いているけれど、

外へ向けて言葉や手ぶりで意思表示ができない状況になる。 まるで自分の中に閉じ込められてしまったよう

な状態のために「locked-in syndrome(閉じ込め症候群)」と呼ばれる。

似た状態で「無動無言症」がある。無動無言症は、間脳や脳幹の障害により大脳皮質の機能低下が起きる。

ものを目で追うことができ、睡眠と覚醒の区別はつくが、嗜眠状態にある。構音筋の麻痺はないものの無言状

態で、四肢筋の麻痺はないものの無動の状態が続く。

一方、この映画のような「閉じ込め症候群」では、睡眠リズムは保たれ、まばたきや垂直方向の眼球運動に

よる意志疎通は可能である。 閉じ込め症候群では、意識障害ではなく運動障害が主体であるという点が大事

なポイントで、「意識はあるけど運動(動いたり話したり)できない」状態である。

▽「閉じ込め症候群 Locked-in syndrome」の症例

BMC Neurol. 2010 Jan 29;10:11.

Improving the clinical assessment of consciousness with advances in

electrophysiological and neuroimaging techniques.

Gawryluk JR, D'Arcy RC, Connolly JF, Weaver DF.

Department of Psychology, Dalhousie University, Halifax, Canada.

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○ I always knew he could understand, says mother of man locked in 'coma'

Fina Nicolaes tells how she never gave up on son written off as brain dead

guardian.co.uk, Tuesday 24 November 2009

http://www.guardian.co.uk/science/2009/nov/24/locked-in-syndrome-belgium-research

○「23 年間昏睡状態、実は意識あり ベルギー」2009 年 11 月 25 日

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2667568/4955570?pageID=1

(抜粋)

1983 年 11 月に自動車事故にあって以来 2006 年まで昏睡状態にあると信じられていたベルギー人の男性が、実はその 23

年間ずっと意識があったことが明らかになった。事故前の Houben 氏(当時 20 歳)は 4 カ国語に堪能な工学部の学生。

現在 46 歳の Houben 氏は車イスに搭載された専用コンピューターのタッチスクリーンで語る。

息子に完全に意識がないとは信じることができなかった母親の Fina Houben さん(73 歳)は、最先端の脳の専門家にコンタ

クトをとり再検査を依頼。リエージュ大学の Steven Laureys 卙士が脳をスキャンした結果、脳はほぼ正常に活動していて、

身のまわりで起きていることは完全に把握しているということが明らかになった。

BMC Neurology 誌に掲載された論文で Houben 氏のケースについて触れた Laureys 卙士は、「医学の進歩が Houben 氏

の症例に追いついた」と語り、Houben 氏のように間違って植物状態と診断され、なんとか意思を伝達したいと切望している

患者は世界中の病院のベッドにいるのではないか、と示唆しています。Laureys 卙士らの研究では、植物状態と分類された症

例のうち誤診の割合は、現在でも 15 年前からほとんど減っていないことが明かされている。

▽「閉じ込め症候群 Locked-in syndrome」のアンケート

BMJ Open doi:10.1136/bmjopen-2010-000039

A survey on self-assessed well-being in a cohort of chronic locked-in syndrome

patients: happy majority, miserable minority

Marie-Aurélie Bruno1, Jan L Bernheim2, Didier Ledoux1, Frédéric Pellas3, Athena Demertzi1, Steven

Laureys1

http://blogs.bmj.com/bmjopen/2011/03/25/locked-in-syndrome-article-coverage/

英国医師会(British Medical Association、BMA)発行のオンライン医学誌「BMJ Open」に、「閉じ込め症候群の患者の

「周囲の人々に意識がないと思われていると気付いた時、最初は非常に

怒りを感じました。しかし我慢することを学ばざるを得ませんでした」

「叫んでも叫んでも声が出ないのです。夢を見るしかありませんでした」

「わたしが感じていたものは、フラストレーションという言葉ではとて

も言い尽くせません」

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多くが幸せだと感じている」とする調査結果が発表され、閉じ込め症候群の患者の自殺ほう助に関する議論に一石を投じた。

ベルギー・リエージュ大(University of Liege)のスティーブン・ローレイズ(Steven Laureys)教授(神経学)率いるチ

ームは、フランスの閉じ込め症候群患者団体 ALIS に所属する 168 人に対し、病歴、心の状態、生活の質に関する聞き取り調

査を行った。眼球運動による回答は介護人に記録してもらった。

すべての質問に回答できた患者のうち、「幸せだ」と答えたのは 72%、「丌幸せだ」は 28%、「自殺したい」は 4%だった。

丌幸せだと答えた人の多くは閉じ込め症候群になってから 1 年未満であり、とても丌安だという回答や、体を動かせないつ

らさ、社会生活やレクリエーションに参加できない悔しさを訴える人が多かった。

ただし、回答できたのは 168 人中 91 人であり、すべての質問に回答できたのはわずか 65 人だった。研究者らは低い回答

率により結果がゆがめられている可能性があることを認めている。なお、回答した 91 人のうち 3 分の 2 が自宅住まいでパー

トナーがおり、70%は信仰を持っていた。 一方で研究者らは、閉じ込め症候群患者への自殺ほう助を法律で認めるべきだと

する議論に待ったをかける結果だと主張している。こうした議論は欧州で活発に行われているが、そこには、閉じ込め症候群患

者の人生は耐え難いものだとの前提がある。

また、閉じ込め症候群については、話せるようになった、頭・指・足を動かせるようになったというケースも報告されている。

患者の 80%以上が 10 年以上生存しており、なかには数十年間生存する人もいる。

論文は、「以上の結果は、閉じ込め症候群の急性期においていかに体が衰え患者が精神的苦痛に襲われようと、最善のケアを

することで長期的に大きな利益をもたらしうることを示唆している」とした上で、「閉じ込め症候群を発症したばかりの患者に

は、適切な治療を続ければ幸福な人生を取り戻せるチャンスが大いにあることを伝えるべきだ」と結んでいる。

【参考文献】

・「目で見る神経内科学」(医歯薬出版株式会社)

・「標準神経内科学」(医学書院)

・「ベッドサイドの神経の診かた」(南山堂)

・「今日の治療指針 2011 年版」(医学書院)

・「今日の診断指針 2011 年版」(医学書院)

・「ハリソン内科学 (原著第 17 版)」(メディカルサイエンスインターナショナル)

・「内科学 第 9 版」(朝倉書店)

・「ハイパー臨床内科」(中山書店)

【WEB】

・サノフィアベンティス LIVE TODAY FOR TOMORROW ~ALS の疾患・治療に対する情報プログラム

http://www.als.gr.jp/