資本市場を通じた資金調達と企業行動 ipo, seo, および … ·...

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO, SEO, および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発― - 80 - 資本市場を通じた資金調達と企業行動 *1 IPO, SEO, および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発― 細野薫 *2 滝澤美帆 *3 内本憲児 *4 蜂須賀圭史 *5 要  約 本稿では,1990 年代後半以降の日本企業を対象として,非上場企業の IPO(新規株式公開) と上場企業の株式発行(SEO)・社債発行による資金調達の決定要因,および,資金調達後の 企業行動を分析した。 IPO に関する分析では,収益性,健全性が高い企業は IPO をする確率が高いこと,また, IPO をした企業は,その後非 IPO 企業に比べて,設備投資や研究開発を有意に増加させてい ることが明らかになった。この結果は,IPO が単に株価のミスプライシングを利用するためだ けではなく,設備投資や研究開発のための資金調達手段として用いられていることを示して いる。 上場企業による株式発行(SEO)・社債発行に関する分析では,時価簿価比率およびレバレ ッジが高い企業は株式発行割合が高く,売上高伸び率および債務不履行確率が高い企業は社 債発行割合が高いことなどが明らかになった。株式発行に関する結果は,マーケットタイミ ング(ミスプライシング)仮説および資本構成に関する既存の理論仮説(トレードオフ,お よびペッキングオーダー)と整合的であり,社債発行に関する結果は,銀行によるホールド アップ仮説と整合的であるが,銀行の再交渉機能を重視する仮説は支持されない。また,上 場企業による資金調達後の投資行動を分析したところ,社債発行は企業の設備投資を有意に 増加させるものの,SEO が設備投資,研究開発を有意に増加させる効果は限定的であった。 キーワード:IPOSEO,社債,設備投資,研究開発 JEL Classification CodesG30, E22, O30 1)フィナンシャル・レビュー論文検討会議参加者から,有益なコメントを得た。また,細野は科学研究費補 助金(基盤研究(B)課題番号 22330098)から研究助成を受けた。ここに記して感謝申し上げる。 2)財務総合政策研究所総括主任研究官,学習院大学経済経営研究所客員所員 3)東洋大学経済学部准教授,財務総合政策研究所客員研究員 4)財務総合政策研究所研究員 5)財務総合政策研究所研究員

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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資本市場を通じた資金調達と企業行動*1

―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―細野薫*2

滝澤美帆*3

内本憲児*4

蜂須賀圭史*5

要  約本稿では,1990 年代後半以降の日本企業を対象として,非上場企業の IPO(新規株式公開)

と上場企業の株式発行(SEO)・社債発行による資金調達の決定要因,および,資金調達後の企業行動を分析した。IPO に関する分析では,収益性,健全性が高い企業は IPO をする確率が高いこと,また,

IPO をした企業は,その後非 IPO 企業に比べて,設備投資や研究開発を有意に増加させていることが明らかになった。この結果は,IPO が単に株価のミスプライシングを利用するためだけではなく,設備投資や研究開発のための資金調達手段として用いられていることを示している。

上場企業による株式発行(SEO)・社債発行に関する分析では,時価簿価比率およびレバレッジが高い企業は株式発行割合が高く,売上高伸び率および債務不履行確率が高い企業は社債発行割合が高いことなどが明らかになった。株式発行に関する結果は,マーケットタイミング(ミスプライシング)仮説および資本構成に関する既存の理論仮説(トレードオフ,およびペッキングオーダー)と整合的であり,社債発行に関する結果は,銀行によるホールドアップ仮説と整合的であるが,銀行の再交渉機能を重視する仮説は支持されない。また,上場企業による資金調達後の投資行動を分析したところ,社債発行は企業の設備投資を有意に増加させるものの,SEO が設備投資,研究開発を有意に増加させる効果は限定的であった。

キーワード:IPO,SEO,社債,設備投資,研究開発JEL�Classification�Codes:G30,�E22,�O30�

1�)フィナンシャル・レビュー論文検討会議参加者から,有益なコメントを得た。また,細野は科学研究費補助金(基盤研究(B)課題番号 22330098)から研究助成を受けた。ここに記して感謝申し上げる。

2)財務総合政策研究所総括主任研究官,学習院大学経済経営研究所客員所員3)東洋大学経済学部准教授,財務総合政策研究所客員研究員4)財務総合政策研究所研究員5)財務総合政策研究所研究員

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< 財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 25 年第 1 号(通巻第 112 号)2013 年1月>

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1980 年代以降に行われた金融規制緩和により,日本企業の資金調達行動は大きな変化を見せた。図1は,民間非金融法人企業の資金調達残高(ストック)の推移を示している。これによると,借入が 1990 年度の 461 兆円をピークに 2010 年度の 265 兆円にまで減少したのに対し,社債はおよそ 75 兆円程度でほぼ安定的に推移し,株式・出資金は同期間に 95 兆円から158 兆円に増加した。図 2 は,同じく民間非金

融法人企業の資金調達額(フロー)の推移を示している。1990 年代半ば以降,日本の民間非金融法人企業は貯蓄超過傾向にあったため,資金調達総額はおおむねマイナスで推移したが,資金調達額減少の大部分は借入によるものであり,社債はわずかなマイナス(発行が償還を下回る)にとどまり,株式・出資金はほとんどの年でプラスとなっている。

Ⅰ.はじめに

図1 民間非金融法人企業の資金調達額(ストック)

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図1 民間非金融法人企業の資金調達額(ストック)

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貸出 株式・出資金 社債(出所)日本銀行 資金循環統計

図2 民間非金融法人企業の資金調達額(フロー)

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ただし,2008 年のグローバル金融危機は日本の社債・株式市場に一時的あるいは永続的な影響を及ぼした。とりわけ,株式発行のなかでも非上場企業による IPO(新規株式公開)に

限ると,図 3 に示すように,1990 年代半ば以降おおむね 100 件前後で推移していたものが,2008 年以降激減し,2010 年には 22 件にまで減少した。

図2 民間非金融法人企業の資金調達額(フロー)

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図3 IPO件数

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このように,企業の資金調達が過去 20 年間に大きく変化するなかで,この間の資本市場を通じた資金調達が企業行動に与える影響については,必ずしも明らかにされてこなかった。本論文では,日本の 1990 年代後半以降の企業データを用いて,どのような企業が株式発行(新規株式公開(IPO)および上場企業による株式発行(SEO))や社債による資金調達を選択するのか,また,株式発行や社債による資金調達は,その後の企業行動,とりわけ設備投資や研究開発にどう影響するのかを分析する。

具体的には,まず,IPO の意思決定と,IPO後の企業行動を分析する。既存研究の多くは,IPO 企業の特質もしくは IPO 後の株価の推移を調べたものであり,IPO による資金調達の使途を調べたものは少ない6)。資金使途を調べた分析においても,株式発行による資金調達額とその後の設備投資等との相関を調べているものがほとんどであり7),株式発行後に設備投資が増えたとしても,株式発行をした企業と似た属性をもつが,株式発行をしていない企業も,同様に設備投資を増やしているかもしれない。この場合は,必ずしも株式発行によって設備投資が増加したとはいえない。そこで我々は,まず IPO の意思決定に関する Probit モデルを推計し,次に非 IPO 企業のなかから Propensity�Score�Matching によって比較対照(コントロール群)を選定し,IPO 企業とコントロール群で,IPO の前後で設備投資比率や研究開発費比率の変化に差があったかどうか(Difference-in-Differences:�DID)を検証する。Probit推計の結果,収益性,健全性が高い企業が IPO をしやすいが,必ずしも成長性が高い企業が IPO をしやすいわけではないことが明らかになった。また,DID の検証を行った結果,IPO 企業は非 IPO 企業に比べ,設備投資や研究開発が有意に増加していることが明らかになった。

次に,上場企業による株式発行(SEO)・社債発行に関する意思決定と,資金調達後の企業

行動を分析する。SEO の事前動機および事後的な資金使途に関する既存研究は少なく,特にSEO 企業と非 SEO 企業との事後的な企業行動を比較している研究は,我々の知る限り存在しない。社債発行については,特に銀行借入との対比で,多くの実証研究が存在するが,資金調達の動機,すなわち事前の企業特性が借入・社債発行の選択に及ぼす影響の分析にとどまっており,調達した資金の使途に関する分析はない。我々は,2002 年から 2010 年度に東京証券取引所第1部に上場している企業を対象として,まず,社債発行および株式発行(SEO)がそれぞれ外部資金調達に占める割合を Tobit モデルで推計した。この結果,時価簿価比率およびレバレッジが高い企業は株式発行割合が高く,売上高伸び率および債務不履行確率が高い企業は社債発行割合が高いことなどが明らかになった。株式発行に関する結果は,マーケットタイミング(ミスプライシング)仮説および資本構成に関する既存の理論仮説(トレードオフ,およびペッキングオーダー)と整合的であり,社債発行に関する結果は,銀行によるホールドアップ仮説と整合的であるが,銀行の再交渉機能を重視する仮説は支持されない。また,レバレッジが高い企業ほど社債発行割合が高いという結果は,1990 年代の日本企業を対象とする既存研究の結果とも対照的である。最後に,上場企業による資金調達後の設備投資比率,研究開発費比率を PS-Matching と DID の手法を用いて分析したところ,社債発行は企業の設備投資を有意に増加させるものの,上場企業による株式発行

(SEO)は,IPO と異なり,設備投資,研究開発を有意に増加させる効果は限定的であった。

以下,第 II 節では IPO,SEO と社債発行に関する理論仮説を提示し,第 III 節では既存の実証研究をサーベイする。第 IV 節では,IPO の動機と IPO 後の企業行動に関する分析を行う。第 V節では,SEO,社債発行の動機とその後の企業行動に関する分析を行う。第VI節は結論である。

6)既存研究は,Ⅲ節で詳細にレビューする。7�)例外は,Asker,�Farre-Mensa�and�Ljungqvist�(2011)である。彼らは,IPO 企業と,産業と規模を基準に選定

した非 IPO 企業の比較を行っている。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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Ⅱ- 1.IPOの動機IPO の動機については,(相互に排他的では

ない)いくつかの仮説が存在する。

①�マーケットタイミング仮説(ミスプライシング仮説)企業は,株価がファンダメンタルを上回る

タイミングに株式を売却し,ファンダメンタルを下回るタイミングに株式を買い戻すことで,新規株主あるいは売却株主の犠牲のもとに既存株主の利益を高められる可能性がある(Fischer�and�Merton,�1984;�Barro,�1990;�Blanchard,�Rhee�and�Summers,�1993;�Stein,�1996;�Baker,�Stein�and�Wurgler,�2003)。効率的で統合された資本市場では,こうした利益機会は存在しないが,非効率なあるいは分断化された資本市場では,株式の発行と売却のタイミングを見計らうことにより利益を得ることが可能となる。

②資金調達仮説企業は,投資資金を調達するために株式を

発行する。Chammanur�and�Fulghieri�(1999)は,ベンチャーキャピタルからの私的な資金調達と IPO による多数からの資金調達とを理論的に比較し,IPO のタイミングは,IPO による情報生産の重複というコストと,ベンチャーキャピタルから要求されるリスクプレミアムとのトレードオフによって決まることを示している。Subrahmanyam�and�Titman�(1999)は,経営者が得られない情報を外部投資家が得られる状況では,ハイテク企業のように,外部投資家の間で情報の重複が少なく,情報の取得コストが低い場合に,企業は IPO を行うことを示している。

③流動性向上仮説

株式市場に上場することで,既存株主の資産の流動性が高まるとともに,企業の資金調達 が 容 易 に な る。Subrahmanyam�and�Titman�

(1999)は,IPO する企業の数が多く株式市場の流動性が高いほど,株価は情報を効率的に伝達するようになり,ますます IPO の魅力が増す一方,IPO の数が少ないと市場の流動性が低下し,資本コストが上昇するので IPO の数が減ってしまうという,複数均衡の可能性を示している。

Ⅱ- 2.SEO の動機上場企業による SEO の動機についても,

IPO 同様,(排他的ではない)複数の仮説が存在する。

① 資本構成のトレードオフ理論この理論によれば,負債による節税効果の

現在価値と期待デフォルト・コストの現在価値を比較し,企業価値が最大になる負債比率が 選 択 さ れ る(Kraus�and�Litzenberger,�1973;�Scott,�1976)。したがって,負債比率が最適水準よりも高くなると企業は株式を発行すると予想される。

② ペッキングオーダー理論Myers�and�Majluf(1984)によれば,情報の

非対称性によって経営者と投資家の間に生まれるエージェンシーコストが最も低い順に資金調達を行う。具体的には,まず,情報の非対称性の問題が存在しない内部留保を経営者は優先的に使う。次に,負債を用い,情報の非対称性による問題が最も深刻な株式が最後に発行される。これは,投資家は経営者が行う投資の正確な価値を知らず,発行された株

Ⅱ.理論仮説

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式の正確な価値がわからない状況を想定すると,企業が株式を発行するのは企業価値が過大に評価されている場合のみであり,したがって,逆選択の問題から,株式発行は投資家によって悪いシグナルと捉えられ,株価下落を引き起こすため,エージェンシーコストが大きくなるからである。

③ �マーケットタイミング仮説(ミスプライシング仮説)IPO 同様,企業は株価がファンダメンタル

ズ価格を上回っているタイミングで SEO を実施することにより,新規株主の犠牲のもとに既存株の価値を高めることができる(Baker�and�Wurgler,�2002)。

④ 予備的動機に基づく現金保有豊富な投資機会に恵まれているが,キャッ

シュフローの変動が激しい企業は,予備的に現金を保有する動機が強い。仮に資金が不足してしまうと,投資機会を見逃してしまうからである。McLean�(2011)は,資金調達の流動性は時間を通じて変動するので,流動性が高く,株式発行のコストが低いときに株式発行を行い,現金を保有するという仮説を提示し,アメリカの上場企業を対象として,この仮説と整合的な実証結果を得ている。

Ⅱ- 3.社債発行の動機社債発行に関する仮説は,いずれも資金調

達動機によるものだが,株式発行(自己資本)と対比したものと,銀行借入と対比したものが存在する。

Ⅱ- 3 - 1.負債対自己資本① フリーキャッシュフロー(負債による規

律付け)仮説Jensen(1986),Aghion� and�Bolton(1992)

によると,負債契約は経営を効率化させる。負債契約は経営者に元本と利子の返済を約束させることを通じて,経営者の裁量による非効率な支出を抑制する(Jensen,�1986)。さらに,負債契約によりデフォルト時に経営権が経営者から債権者に移転してしまうため,経営者への規律付けがなされる(Aghion�and�Bolton, 1992)。これらの「負債による規律付け」仮説によれば,フリーキャッシュフロー8)を潤沢に有する企業,すなわち,経営者が裁量的に使えるキャッシュフローが多い企業ほど,それを防ぐために株主は負債比率を高めようとする9)。

② 資本構成のトレードオフ理論上述のとおり,この理論に沿えば,負債比率

が最適水準よりも低くなると企業は負債を発行すると予想される。

③ ペッキングオーダー理論 上述のとおり,この理論によれば,企業は内

部留保の取り崩しが限界に達した後に社債を発行すると予想される。また,借入と社債の順序については,情報の非対称性問題によるコストが低い借入が優先される。

④ デット・オーバーハング負債は株式よりも優先的に収益を受け取る。

このため,負債が多ければ,たとえ投資機会が存在しても,その収益がすべて債権者にまわってしまうので,株主(および株主と利害が一致する経営者)は,投資を実行しないかもしれない。こうした負債による過小投資問題は,デット・オーバーハングと呼ばれる(Myers,�1977)。

8�)株主および債権者に分配できるキャッシュフローの総額であり,EBITDA(金利・税金・償却前利益)から運転資本の増加と資本支出を引いた額に相当する。

9�)Roberts�and�Sufi�(2009b)は,米国企業を対象として,企業が負債の付帯条項(covenants)に違反した後の負債政策を分析し,企業と外部投資家のインセンティブ問題が企業の負債政策に大きな影響を与えていることを示している。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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10�)銀行借入と社債との選択に関する既存研究のサーベイは,例えば,Kale�and�Meneghetti�(2011)を参照のこと。11�)再交渉は,必ずしも企業が財務上の困難に陥った時に限らない。Roberts�and�Sufi�(2009a)は,アメリカ

の上場企業を対象にした研究で,長期負債契約の 90%超が満期前に再交渉されたことを示している。

成長機会が豊富な企業ほど,デット・オーバーハングによる損失を避けようとするため,負債の発行が抑えられる。

Ⅱ- 3- 2.社債対銀行借入銀行借入との対比では,以下のとおり,銀行

による情報生産や再交渉から得られる便益と,モニタリングやホールドアップに伴うコストとの比較に基づいて借入と社債を選択するという仮説が存在する 10)。

① 銀行の情報生産機能Diamond�(1984)および Fama�(1985)は,借

り手との距離を置いた(arm's�length)投資家よりも銀行や私的な貸し手の方がモニタリング機能において優れていると主張している。したがって,情報の非対称性が大きい企業は銀行から借入を行い,非対称性の小さい企業は公開市場から資金を調達する。Diamond(1991),Rajan

(1992)によると,負債選択と企業の質には関係がある。彼らによると,質の高い企業(正常返済の履歴が長く資本市場での評判が十分に確立している企業,あるいは,企業家の努力水準には依存しない期待収益が高いプロジェクトを持つ企業)は公開市場から資金調達を行い,中程度の質の企業は借入を選択する。しかし企業の質が低い場合,銀行によるモニタリングコストが便益を上回るので,社債発行を選択する。

成長機会が豊富な企業は,情報の非対称性が深刻な場合が多い。銀行はモニタリングによってこうした企業のエージェンシーコストを下げる可能性がある。この場合,成長機会が豊富な企業は社債よりも銀行借入を選択する。

② 再交渉銀行借り入れを選択するメリットのひとつ

に,比較的,再交渉が容易である点があげられる。銀行は社債権者に比べて,企業が返済困難

に陥った場合,破産させるか負債契約を再交渉して事業を継続させるかをより柔軟かつ適切に決定できる(Berlin�and�Loeys,�1988)。社債の負債契約を変更するには社債権者全員の同意を得る必要があるため,債権者の数が銀行借入よりも多くなる社債は,再交渉に向かない。このため,財務上のリスクを抱えている企業は,社債より銀行借入を行う傾向にある。また,銀行は資金市場において長期のプレイヤーであり,名声を高めるためにも,すぐには企業を倒産に追いやらず,企業と負債契約について再交渉の余地を持つ�(Chammanur�and�Fulghieri,�1994)11)。

③ ホールドアップ仮説銀行によるホールドアップとは,銀行がモ

ニタリングによって得た情報を独占することで,借り手に対して交渉力を強め,借り手の超過収益(レント)を奪うことをさす(Sharpe,�1990)。企業が銀行借り入れに依存している場合,プロジェクトが成功し,利益が生まれても,交渉力を強めた銀行にその利益の一部を配分する必要が出てくる。それにより,経営者のプロジェクト成功への努力は過小なものになってしまう(Rajan,�1992)。成長機会が豊富な企業は,こうした損失を避けるために,超過収益に対する分配を事後的に求められない社債を選択すると考えられる。

④ 経営者の裁量経営者が株式価値の上昇と私的便益の双方

から便益を得る状況では,銀行によるモニタリングを受け入れることには,株式価値の上昇と私的便益の減少というトレードオフが存在する(Almazen�and�Suarez,�2003)。また,経営者が株主利益のために,債権者を犠牲にして,リスクの高いプロジェクトを選択する資産代替の可能性がある状況では,銀行によるモニタリングを受け入れることにより,資産代替が抑制さ

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れ,結果として低い資金調達コストを享受できる(Meneghaetti,�2012)。この理論によれば,役員持ち株比率が高い企業の経営陣は,より株主

の利益に沿って行動するため,モニタリングを伴う銀行借入による資金調達を選択する。

Ⅲ- 1.IPOの動機と資金使途Pagano,�Panetta�and�Zingales�(1998)は,イタ

リアの企業データを用いて,IPO 企業の事前の特徴と事後のパフォーマンスを非上場企業と比較した。その結果,IPO 確率は企業規模と産業の時価簿価比率の上昇に伴って上昇すること,IPO 後に資本支出や売上高伸び率は増加せず,負債比率は低下していることを見出している。これらの結果は,IPO の主目的は将来の投資や成長のための資金調達ではなく,資本構成のリバランスとミスプライシングの利用であることを示している。Kim�and�Weisbach�(2008)は 1990 年から 2003

年までの先進国と新興国の計 38 ヶ国のデータを用い,IPO 当期からその 3 期後までの合計 4期間にわたり,総資産,棚卸資産,投資,買収,研究開発,現金保有高の増加と長期負債の減少を分析した。その結果,IPO 翌期においては現金保有高の伸びが最も大きかった。その後,現金は投資計画等に費やされたと考えられ,現金保有高の伸びは減少した。また,研究開発と投資についても IPO 翌期に増加しており,その後も引き続き増加している。この結果は,投資の資金調達のために IPO をしていることを示唆している。但し,Kim�and�Weisbach�(2008)は IPO した企業の IPO 前後の変化を分析しているのみで,非 IPO 企業との比較を行っているわけではない。したがって,例えば IPO 後に投資が増えたとしても,それが IPO による

資金調達の効果なのか,収益力が高く投資意欲が高い企業が IPO を行っているからなのかは区別できていない。

一方,Asker,� Farre-Mensa� and� Ljungqvist�(2011)(以下,AFL)は米国の2001年から2007年における企業データを用いて,IPO企業と非IPO企業の投資行動について比較分析を行った。この結果,実際にIPOした企業と,非IPO企業であるがIPO企業と類似した企業(産業と規模に基づいて選定)を比較すると,IPO企 業 の 投 資 が 少 な い と い う 結 果 を 得 て いる。AFLはIPOがもたらす負の効果として次の2点を述べている。1つ目はエージェンシー問題である。株主と経営者の利害が一致せず,経営者は非効率的な投資を行うかもしれない。2つ目はその企業にトラブルの兆候が見られたらすぐに株式を売却されてしまい,結果として企業統治のインセンティブが弱くなるということである12)。具体的には,IPO企業の経営者は,株式市場の投資家が長期的な投資計画を正しく評価せず株式を売却することを恐れ,短期的な投資計画を好む。また,多くのIPO企業経営者は,当期の収益が落ち込む投資を控える。AFLによれば,このような「短期主義」が米国においてIPO企業の方が非IPO企業より投資が少ない理由である。

本稿では IPO 企業の比較対照企業(非 IPO企業)を選定するにあたって,Probit 推定に基づく Propensity�Score�Matching と呼ばれる手法

12�)Brau�and�Fawcett�(2006)は,最高財務責任者(CFOs)に対するアンケート調査をもとに,アメリカの非IPO 企業が IPO しないのは意思決定権と所有権を保持するためであることを見出している。このアンケート調査によれば,IPO の主要な目的は買収の促進である。

Ⅲ.既存の実証研究

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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を用い,AFL よりも厳密な比較を行うこととする。

Ⅲ-2.SEOの動機と資金使途SEO の動機を分析した先行研究には,ミ

スプライシング仮説を支持するものが多い。Loughran�and�Ritter(1995,�1997)および Baker�and�Wurgler�(2000)は,米国企業を対象として,株式の売出はその後のマイナスの超過収益率につながることを見出している 13)。Henderson,�Jegadeesh�and�Weisbach�(2006)は,世界の企業の株式発行について,同様の傾向を見出している。Baker�and�Wurgler�(2002)は,米国上場企業を対象として,資本構成が過去の時価簿価比率によって影響を受けていることを見出し,資本構成がマーケットタイミングによる株式発行と株式買入によって決まるという理論と整合的な結果を得ている。SEO による資金調達の使途については,上

述の Kim�and�Weisbach�(2008)が分析している。彼らは,SEO による資金調達によって,その後,投資,買収,研究開発,現金保有が増加すること,とりわけ,研究開発と現金保有が主な資金使途であることを見出している。これは,資金調達仮説と整合的な結果である。同時に,時価簿価比率が高い企業ほど現金保有に向かう割合が高く,また既存株式の売却割合が高いことも見出しており,この点では,ミスプライシング仮説とも整合的である。ただし,非 SEO 企業との比較をしているわけではない。

Ⅲ- 3.社債発行の動機と資金使途社債発行の動機に関する先行研究の多くは,

私的な負債(銀行借入等)と公的な負債(社債)との対比を行っている。Houston�and�James�

(1996),�Johnson�(1997),�Krishnaswami,�Spindt�and�Subramaniam�(1999),�お よ び Cantillo�and�Wright�(2000)は,米国上場企業を対象として,

企業規模,負債比率,企業年齢,および過去の発行額は,社債の割合を高めることを見出している。他方,時価簿価比率や固定資産比率の効果については,一貫した結果は得られていない。Denis�and�Mihov�(2003)は 1995 - 1996 年の米国企業による新規負債発行データを用いて,資金調達手段を銀行借入・ノンバンク借入・公開市場調達の3つに分類し,その決定要因を分析している。それによると,負債調達手段選択の主な決定要因は負債発行主体の収益性(EBITD

(金利・税・減価償却費控除前利益)/総資産)と健全性(Altman の Z スコア,インタレストカバレッジレシオ(EBITD/ 支払利息),格付け)であり,収益性,健全性の高い企業は公開市場による調達,中程度の質の企業は銀行借入を,収益性,健全性の低い企業はノンバンク借入を選択することを明らかにした。彼らはまた,経営者持ち株比率が高い企業ほど社債発行の割合が低いことを示している。これは,経営者報酬がより株式ベースであるほど銀行借入を選択するという仮説と整合的である。

日 本 企 業 に つ い て は,Hoshi,�Kashyap�and�Sharfstein�(1993),�Hosono�(1998),�福田(2003)などによって,ストックベースで測った社債比率(負債総額あるいは借入金と社債の合計額に占める割合)に関する分析が行われている。新規発行(フロー)ベースによる分析は,Shirasu�and�Xu�(2007)によって初めて行われた。彼らは,受託銀行制度が廃止された後の 1993 -1997 年における東証一部上場企業をサンプルとして,借入もしくは公開市場による資金調達の選択をフローとストックの両面から分析している。その結果,株式の時価簿価比率で測った質の高い企業は銀行借入から社債へ,質の低い企業は社債から銀行借入へ移行していること,全体として 1990 年代の景気後退により社債から銀行借入への回帰が見られることを明らかにしている。負債だけでなく資本性の調達手段も

13�)Loughran�and�Ritter�(1995)は IPO についてもその後のマイナスの超過収益率を見出している。また,Loughran�and�Ritter�(1997)は,事業パフォーマンスは SEO の前には改善するが,その後悪化することも見出している。

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考慮に入れたものでは,嶋谷・川井・馬場(2005)がある。嶋谷らは 1996 - 2003 年における東証一部上場企業を対象とし,株式,転換社債,普通社債,借入を組み合わせた8つの選択肢をもとに多項ロジットモデルを推計している。彼らは,①すべての資金調達方法にわたって,企業は内部留保,負債,株式の順に資金調達を行うというペッキングオーダー仮説が成立している

こと,②借入以外の市場性の資金調達手段は,比較的規模の大きい企業が中心であること,③過剰負債比率の高い企業ほど新規借入を抑えることなどを明らかにしている。

社債を発行した企業のその後の資金使途,企業行動に関する分析は,我々が知る限り,日本企業,外国企業を問わず,存在しない。

Ⅳ�- 1.�データ・ソースおよびサンプル・セレクションIPO に関する主なデータ・ソースは,『株式

公開白書』(プロネクサス(旧亜細亜証券印刷))である。本書は,1995 年から 2010 年までの各年に日本の株式市場で実施された IPO の公募株式数,売出株式数,公募価格,払込金額の総額,売出金額の総額などが掲載されている。このように,既存株主が保有する株の売出と,新規資金調達のための払込金額が分けて掲載されている。

基礎的な財務データについては『企業活動基本調査』(経済産業省)の個票データを用いる。

『企業活動基本調査』は,上場企業・非上場企業を問わず,従業者 50 人以上かつ資本金又は出資金 3,000 万円以上の会社を対象として,各年度の基礎的な財務データや研究開発費,産業区分,従業員数等が含まれており,企業名と電話番号から上場企業かどうかを照合し,証券コードを振ることができる。そこで,『株価 CD-ROM』に収録されている証券コードを用いて,

『株式公開白書』のデータと『企業活動基本調査』のデータをマッチングした。この際,『株式公開白書』では,発行時期は暦年ベースでのみ掲載されているのに対し,『企業活動基本調査』は,年度ベース(4 月から翌年 3 月)で記載されているので,暦年ベースの IPO 情報を,

『株価 CD-ROM』を用いて年度ベースに分類しなおした。具体的には,『株価 CD-ROM』には月別の株価データが収録されているため,株価が最初に掲載されていた月を IPO した月とみなすことにより,IPO の年度を特定した。IPO 企業の特性を分析するための Probit 回

帰においては,1995 年度から 2010 年度までの『企業活動基本調査』に掲載されている企業が対象サンプルとなる。この総数(企業・年)は444,740 存在するが,このうち,IPO 企業における IPO 翌年度以降のデータは Probit 回帰分析の対象から外しているため,実際のサンプルサイズは 436,148 となる。

サンプル期間中の IPO 件数は 1,902 件だが,そのうち,企業活動基本調査にデータが収録されていたのは 876 件であり,ここから財務数値のデータの欠損により 423 の企業を除外した結果,453 件の IPO がサンプルとして存在する。IPO の資金使途を分析するための DID 分析

では,Propensity�Score�Matching�により処置群(IPO 企業)と対照群(非 IPO 企業)を選定する。マッチングする非 IPO 企業を同一産業に限定しない場合は,453 の IPO 企業と同数の非IPO 企業が選定される。また,マッチングする非 IPO 企業を同一産業に限定した場合では 428の IPO企業と,同数の非 IPO企業が選定された。

Ⅳ.IPO の動機と資金使途

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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Ⅳ- 2.IPO企業の事前の特徴Ⅳ- 2- 1.定式化と仮説IPO 企業の事前の特徴を明らかにするため,

以下のような IPO 確率の Probit モデルを推計する。

(1)

添え字 i,�t はそれぞれ企業,年度のインデックスである。被説明変数の IPO は,IPO 企業がIPO した年度においてのみ 1 をとり,その他の企業・年では 0 をとる。なお,IPO した企業は,IPO 翌年度以降,サンプルから除外する。また,IPO しない企業の中には,わずかながら,他の株主への売却(trade�sales)やレバレッジドバイアウト(LBO)を経験する企業が存在する可能性があるが,データの制約上,これらを区別することはしない。

説明変数のassets,debt,salesgrowth,cashflow,costs,age,RD,sales,YEARdummyはそれぞれ,総資産,負債,売上高伸び率,キャッシュフロー(経常利益+支払利息割引料+減価償却費),費用(売上原価+販売管理費),企業年齢(t年度-企業設立年度),研究開発費,売上,年ダミーである。

説明変数のうち,まず総資産(対数値)については,次の理由からプラスの符号をとると予想される。第一に,上場には,会計・監査・ディスクロージャーに伴うコスト,株式の引受手数料,証券取引所への登録手数料などのコストがかかるが,これらの多くは固定費用である。第二に,外部投資家と企業との間に情報の非対称性があれば,逆選択が生じて株価は過小評価

されてしまうが(Rock,�1986 他),この情報の非対称性の程度は,規模が大きく,外部からの可視性が良好なほど軽減される。第三に,上場によって株式の流動性が高まるが,この効果は取引量が大きいほど大きいため,規模が大きな企業ほど流動性向上の便益を受けやすい。最後に,上場基準として一定以上の時価総額あるいは純資産が要求される(上場基準については,付論1参照)。

次に,負債比率(対総資産)および売上高伸び率についてはプラスの符号が予想される。これは,資金調達仮説によれば,IPO の主目的は資金調達であり,株式市場からの資金調達ニーズが高いのは,1)すでに銀行借り入れなどの借入を多く行っており,負債比率が高い企業,および 2)成長機会が豊富で,売上高伸び率が高い企業だからである。また,ホールドアップ仮説によれば,成長性が高い企業ほど,銀行によるレント収奪から逃れ,より低い調達コストで資金を調達しようとする。この点でも,成長性が高い企業ほど IPO 確率が高まると予想される。ただし,一部の証券取引所では,上場基準として一定以上の純資産を要求しており,この面では,負債比率が高い企業は上場基準を満たしにくくなるので,マイナスの符号になる可能性もある。

キャッシュフロー比率(対総資産)はプラス,マイナスいずれの符号も予想される。まず,キャッシュフロー比率は収益性と高い相関を示す指標だが,一部の証券取引所では,上場基準として一定の利益を満たすことを要件として課している。また,一時的に収益が高い企業は,外部投資家が当該企業が恒久的に収益性が高いと誤って認識し,株価を過大評価するだろうと予想して IPO をするかもしれない。この二つの要因からは,キャッシュフロー比率はプラスの符号が予想される。他方,キャッシュフロー比率が高ければ,潤沢な内部資金を有しており,IPO による外部資金調達ニーズは低いので,この面ではマイナスの符号が予想される。費用比率(対総資産)については,キャッシュフロー

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比率と同様の理由から,利益指標としてはマイナスの符号が予想される。

企業年齢については,プラスの符号が予想される。若い企業ほど,資金の調達・返済に関する記録(トラックレコード)が少なく,外部投資家と企業との情報の非対称性に伴う株価の過小評価の問題が深刻だと考えられるからである。ただし,一定以上の企業年齢になれば,トラックレコードの蓄積による限界的な効果は小さくなると予想されるため,企業年齢の2乗項はマイナスが予想される。

研究開発費比率(対売上高)については,プ

ラス,マイナスいずれの符号も予想される。研究開発費比率が高いほど成長性も高く,資金調達ニーズが強ければ,プラスが予想される。他方,証券取引所のディスクロージャールールによって,企業は研究開発投資など,ライバル企業との競争上重要な情報を開示しなければならず,この点では,研究開発費比率が高い企業ほど,開示による損失が大きいために IPO を躊躇すると考えられる(Yosha,�1995)。

最後に,年ダミーについては,IPO に影響する様々なマクロショックをコントロールするために説明変数に加えている。たとえば,マー

表1 IPO分析の統計量・メディアン検定�IPOdummy 別

38

表1 IPO 分析の統計量・メディアン検定 IPOdummy別

観測数 平均値 標準偏差 中央値 差

IPOdummy = 1 612 9.245 1.184 9.191

IPOdummy = 0 377102 8.313 1.368 8.148

IPOdummy = 1 608 0.637 0.203 0.675

IPOdummy = 0 372972 0.725 0.355 0.752

IPOdummy = 1 477 0.108 0.268 0.068

IPOdummy = 0 329774 0.033 1.250 0.002

IPOdummy = 1 540 0.108 0.073 0.098

IPOdummy = 0 329482 0.070 0.121 0.059

IPOdummy = 1 612 1.379 0.837 1.166

IPOdummy = 0 376352 1.682 2.658 1.335

IPOdummy = 1 611 32 16 30

IPOdummy = 0 376013 38 17 39

IPOdummy = 1 611 1252 1147 900

IPOdummy = 0 376013 1750 1755 1521

IPOdummy = 1 566 0.342 1.136 0.125

IPOdummy = 0 369558 0.540 19.898 0.057

IPOdummy = 1 467 0.016 0.033 0.003

IPOdummy = 0 203315 0.010 0.039 0.000

総資産(対数)

負債比率

売上高増加率

投資比率

研究開発費比率

キャッシュフロー比率

費用/総資産

企業年齢

企業年齢の2乗

1.043

-0.077

0.066

0.038

-0.169

-9

-621

0.002

0.067

***

***

***

***

***

***

***

***

***

IPO ダミーは,IPO した企業の IPO 年度にのみ 1 をとり,それ以外(IPO した企業の IPO前年度までと,IPO しなかった企業の全年度)は 0 を取る。***, **,*はそれぞれ,1%,5%,

10%水準で有意であることを示す。 表2 IPO 企業の資金調達額

観測数 平均値 標準偏差 中央値

資金調達額(百万円) 880 2332.872 7760.319 669.000

資金調達額/前期資本ストック 612 3.077 15.760 0.263

資金調達額/前期売上高 613 0.140 0.336 0.051

IPO ダミーは,IPO した企業の IPO 年度にのみ 1 をとり,それ以外(IPO した企業の IPO 前年度までと,IPO しなかった企業の全年度)は 0 を取る。***,�**,* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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ケットタイミング仮説によれば,平均株価が高いときほど IPO 確率は高まるであろう。また,IPO や増資に絡むインサイダー取引が発覚した時には,投資家の市場に対する信頼が失われ,株価が過小評価される可能性が高まるため,IPO 確率は低くなると予想される。

Ⅳ- 2- 2.記述統計量表 1 は,Probit 回帰に用いる各変数について,

IPO =1(IPO した企業の IPO 年度)と IPO=0(IPO した企業の IPO 前年度までと,IPO しなかった企業の全年度)に分けて記述統計量を示

している。また,中央値の差の検定結果も示している。変数はすべて,1 期ラグの値である。これを見ると,IPO=1 のサンプルは,IPO=0 のサンプルに比べて,総資産(対数値),売上高増加率,キャッシュフロー比率,研究開発費比率が高く,負債比率,費用比率,企業年齢が低いことがわかる。

表2は,IPO による資金調達額を示している。ばらつきが大きいものの,中央値は調達額が 6億 6900 万円,調達額の対前期末資本ストックに対する比率が 26.3%,調達額の全売上高に対する比率が 5.1%である。

表2 IPO企業の資金調達額

38

表1 IPO 分析の統計量・メディアン検定 IPOdummy別

観測数 平均値 標準偏差 中央値 差

IPOdummy = 1 612 9.245 1.184 9.191

IPOdummy = 0 377102 8.313 1.368 8.148

IPOdummy = 1 608 0.637 0.203 0.675

IPOdummy = 0 372972 0.725 0.355 0.752

IPOdummy = 1 477 0.108 0.268 0.068

IPOdummy = 0 329774 0.033 1.250 0.002

IPOdummy = 1 540 0.108 0.073 0.098

IPOdummy = 0 329482 0.070 0.121 0.059

IPOdummy = 1 612 1.379 0.837 1.166

IPOdummy = 0 376352 1.682 2.658 1.335

IPOdummy = 1 611 32 16 30

IPOdummy = 0 376013 38 17 39

IPOdummy = 1 611 1252 1147 900

IPOdummy = 0 376013 1750 1755 1521

IPOdummy = 1 566 0.342 1.136 0.125

IPOdummy = 0 369558 0.540 19.898 0.057

IPOdummy = 1 467 0.016 0.033 0.003

IPOdummy = 0 203315 0.010 0.039 0.000

総資産(対数)

負債比率

売上高増加率

投資比率

研究開発費比率

キャッシュフロー比率

費用/総資産

企業年齢

企業年齢の2乗

1.043

-0.077

0.066

0.038

-0.169

-9

-621

0.002

0.067

***

***

***

***

***

***

***

***

***

IPO ダミーは,IPO した企業の IPO 年度にのみ 1 をとり,それ以外(IPO した企業の IPO前年度までと,IPO しなかった企業の全年度)は 0 を取る。***, **,*はそれぞれ,1%,5%,

10%水準で有意であることを示す。 表2 IPO 企業の資金調達額

観測数 平均値 標準偏差 中央値

資金調達額(百万円) 880 2332.872 7760.319 669.000

資金調達額/前期資本ストック 612 3.077 15.760 0.263

資金調達額/前期売上高 613 0.140 0.336 0.051

Ⅳ- 2- 3.プロビット推計結果表3は,(1)式のプロビットモデルの最尤法

による推計結果(限界効果)を示している。研究開発のデータが収録されている企業数は少ないので,(1)列で研究開発費比率を除いた推計

結果を示し,(2)列で研究開発費比率を含む推計結果を示しているが,研究開発費比率以外の変数の符号,有意性は(1)列,(2)列でほぼ同じである。

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表3 IPO確率の Probit 推定結果

39

表3 IPO 確率の Probit 推定結果

IPOダミー 限界効果 標準誤差 限界効果 標準誤差

総資産 0.0004735 *** 0.0000373 0.0007639 *** 0.0000609

負債比率 -0.0014874 *** 0.0001907 -0.0028749 *** 0.0003724

売上高増加率 0.0000068 0.0000097 0.0000184 0.0000285

キャッシュフロー比率 0.0002957 *** 0.0000982 0.0004858 *** 0.0001822

研究開発費比率 0.0004932 0.0009797

費用/総資産 -0.0001120 ** 0.0000464 -0.0002325 ** 0.0001064

企業年齢 -0.0000377 *** 0.0000033 -0.0000610 *** 0.0000060

企業年齢の2乗 0.0000000187 *** 0.0000000017 0.0000000303 *** 0.0000000030

1996年ダミー

1997年ダミー 0.0017298 *** 0.0006675 0.0007150 0.0006663

1998年ダミー 0.0009518 *** 0.0004990 0.0001768 0.0005495

1999年ダミー 0.0022532 *** 0.0007591 0.0012659 ** 0.0007274

2000年ダミー 0.0031656 *** 0.0009329 0.0020318 *** 0.0008622

2001年ダミー 0.0012713 *** 0.0005693 0.0003403 0.0005639

2002年ダミー -0.0009183 * 0.0003629

2003年ダミー 0.0012898 *** 0.0005745 0.0003339 0.0006696

2004年ダミー 0.0014491 *** 0.0006087 0.0009492 0.0008189

2005年ダミー 0.0011514 *** 0.0005425 0.0002567 0.0006517

2006年ダミー 0.0004560 0.0004040

2008年ダミー -0.0006044 ** 0.0001664 -0.0012159 ** 0.0002640

2009年ダミー -0.0007769 *** 0.0001305

number of obs.

LR chi2

Prob > chi2

Pseudo R2

Log likelihood

264890 146694

(1) (2)

640.85 350.36

0.0000 0.0000

0.0933 0.0696

-3113.6257 -2341.9698

***, **,*はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

***,�**,* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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まず,総資産(対数値)は予想通りプラスで有意である。総資産(対数値)の1標準偏差の上昇は,IPO 確率を 0.047% ポイント高める。これは,IPO 確率のサンプル平均値の 25.7% に相当する。

次に,資金ニーズをとらえる売上高伸び率はプラスだが有意ではない。また,負債比率はマイナスで有意である。これは,負債比率が低いほど一部取引所の上場基準を満たしやすいことを反映しているのかもしれない。この結果は,

(キャッシュフロー比率のプラスの効果と相まって)デフォルト確率が低く健全な企業ほどIPO 確率が高まることを示している。

キャッシュフロー比率はプラス,費用比率はマイナスで,いずれも有意である。これは,キャッシュフロー比率が高いほど上場基準を満たしやすく,また,収益性が高いほど株価の過大評価を狙って IPO を行うという仮説と整合的である。

企業年齢は,予想に反してマイナスに有意である。企業年齢の 2 次項はプラスで有意だが,係数の絶対値は,サンプル企業のすべての年齢の範囲で,年齢の上昇は IPO 確率を下げることを示している。若い企業ほど,信用市場における評判は確立しておらず,株価が過小評価される可能性が高いが,その効果以上に,今後の成長に必要な資金調達ニーズが強いことを示唆しているのかもしれない。(2)列において研究開発費比率は,係数はプ

ラスだが,有意ではない。最後に,図4は,(1)列の年度ダミーの係数

を東証株価指数(TOPIX)の対前年度比(月末終値の 12 ヶ月単純平均値の対前年度比)と比較したものである。これによると,2009 年度以降の株価回復期を除き,おおむね株価上昇期に IPO 確率が上昇することがわかる。これは,マーケットタイミング仮説と整合的である。

図4 TOPIX 上昇率と probit 推計による年ダミー係数

(出所) TOPIX は Nikkei Financial Quest による。

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以上の推計結果を既存研究と比較する。企業データを用いて IPO 確率を推計しているのは,我々が知る限り,イタリア企業を対象としたPagano,�Panetta�and�Zingales�(1998)のみである。彼らの全サンプルを用いた推計結果は,規模(売上),売上高伸び率,収益性(EBITDA/ 総資産),および産業の時価簿価比率のミディアン値がプラスで有意である一方,負債比率はマイナスだが有意ではなく,借入金利(全企業平均からのかい離)は有意にマイナスであることを示している。このうち,規模及び収益性については,表3の結果と整合的である。他方,負債比率については,日本企業を対象とした我々の推計結果ではマイナスに有意である。なお,Pagano他は,企業年齢や研究開発はデータが入手できなかったとして,説明変数に加えていない。

Ⅳ- 2- 4.金融危機の影響図3に示したように,グローバル金融危機

が生じた 2008 年以降,日本の IPO は大幅に減少した。このため,金融危機以前と以後では,IPO 確率に影響する企業属性も変わっている可能性がある。そこで,本節では,サンプル期間を金融危機以前(1995 年から 2007 年)に限った推計を行う。金融危機時あるいはそれ以降については,IPO 件数が少ないため,意味のある推計ができない。

表4に結果を示す。これを見ると,全サンプル期間の結果と符合,有意性ともに同じである。したがって,この結果からは,金融危機後に大きく IPO 企業の特性が変わったという証拠は得られなかった。

Ⅳ-3.�IPO後の投資・研究開発Ⅳ-3-1.手法

本節では,IPO が企業のその後にどのような効果をもたらすかを分析するために,Propensity�Score�Matching�という手法を用いて処置群(IPO 企業)と対照群(非 IPO 企業)を選定する。IPO の効果を分析する際,単純にIPO 企業と非 IPO 企業を比較すると,観測され

る投資や研究開発の変化が IPO によるものか,別の要因によるものか判別できない。この問題を回避するためには,IPO 企業と近い属性を持っていたが IPO しなかった企業を選定し,その企業と IPO 企業を比較することが必要となる。そのような非 IPO 企業の選定方法としてPropensity�Score�Matching を用いる。

まず,Ⅳ- 2 - 3 節で行った Probit モデルの推計で得られた係数を用いて各企業,各年度別に IPO 確率(スコア)を求める。次に,IPO 企業と同程度の IPO 確率を持つ(正確には,スコアの差が最小となる)非 IPO 企業を選定する(Nearest-Neighbor�Matching)。 最 後 に,IPO企業の IPO 前後の投資(設備投資および研究開発)の変化と,同期間の非 IPO 企業の投資の変化を比較する(この手法は,変化の差をみるという意味で,Difference-in-Differences と呼ばれる)。こうして両者を比較した結果,投資の変化に両者の間で違いがあれば,その差はIPO の効果ということができる。なぜなら,互いに似通った企業を比較することで IPO 以外による違いの影響を排除しているからである。この手法の利点は,観測できる企業属性を出来るだけコントロールしたうえで,IPO の効果を測定できる点にある。もちろん,IPO 企業はなんらかの動機に基づいて IPO を決定していると考えられるので,全くランダムに IPO 企業が選ばれているわけではない。むしろ,IPO 確率を高める,観測できない企業属性(たとえば,過去の売上高増加率などでは把握できない投資機会の存在)が,IPO の意思決定と,その後の設備投資や研究開発を決定付けていると考えるほうが自然である。その意味で,Propensity�Score�Matching によって非 IPO 企業を選定し,それと IPO 企業の投資を比較するという本稿の手法は,IPO の動機を事後的に分析するための手法だと位置づけられる。たとえば,株価のミスプライシングの利用が IPO の主たる動機であれば,IPO 企業が非 IPO 企業と比較して投資を増やすという効果は見られないであろう。逆に,資金調達が主な動機であれば,IPO 企業

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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表4 金融危機前(1995 年度から 2007 年度)における IPO確率の Probit 推定結果

40

表4 金融危機前(1995 年度から 2007 年度)における IPO 確率の Probit 推定結果

IPOダミー 限界効果 標準誤差 限界効果 標準誤差

総資産 0.0006946 *** 0.0000455 0.0008301 *** 0.0000652

負債比率 -0.0021773 *** 0.0002614 -0.0030821 *** 0.0003992

売上高増加率 0.0000098 0.0000139 0.0000199 0.0000304

キャッシュフロー比率 0.0004269 *** 0.0001406 0.0005231 *** 0.0001943

研究開発費比率 0.0005445 0.0010432

費用/総資産 -0.0001546 ** 0.0000668 -0.0002307 ** 0.0001128

企業年齢 -0.0000574 *** 0.0000043 -0.0000666 *** 0.0000065

企業年齢の2乗 0.0000000284 *** 0.0000000021 0.0000000331 *** 0.0000000032

1996年ダミー

1997年ダミー 0.0023923 *** 0.0008903 0.0007581 0.0007081

1998年ダミー 0.0013285 ** 0.0006812 0.0001844 0.0005865

1999年ダミー 0.0030973 *** 0.0009974 0.0013411 ** 0.0007681

2000年ダミー 0.0043046 *** 0.001203 0.0021500 *** 0.0009058

2001年ダミー 0.0017766 *** 0.0007707 0.0003617 0.0006013

2002年ダミー -0.0009869 * 0.0003925

2003年ダミー 0.0017990 *** 0.0007768 0.0003597 0.0007165

2004年ダミー 0.0020162 *** 0.0008191 0.0010174 0.0008733

2005年ダミー 0.0016075 *** 0.0007363 0.0002744 0.0006969

2006年ダミー 0.0006437 0.0005658

2008年ダミー

2009年ダミー

number of obs.

LR chi2

Prob > chi2

Pseudo R2

Log likelihood

219319 138668

(1) (2)

526.04 332.71

0.0000 0.0000

0.0799 0.0674

-3027.179 -2300.766

***, **,*はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

***,�**,* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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は非 IPO 企業と比較して設備投資や研究開発を増やすという効果が認められるであろう。なお,この手法は,IPO による資金調達額による影響の差を考慮しておらず,平均的な効果あるいはミディアン値での効果しか測れないという点は考慮が必要である。

比較する変数は,IPO 年度を t で表すと,t+4年度までの設備投資額あるいは研究開発費の累計値である。具体的には,資本ストック(有形固定資産)を K,設備投資を I,研究開発費を RD,売上を sales で表すと,以下の 2 変数である。

①設備投資比率:�

S

ss        

   

S

ss

� (2)

②研究開発費比率:���

S

ss

   

S

ss

(3)

Ⅳ�- 3- 2.IPO後の設備投資および研究開発の分析結果IPO 企業とマッチングする非 IPO 企業のデー

タは IPO 年度と同年度のものを使用する。マッチングは 2 通り行う。1 つは IPO 企業とスコアが近く,かつ同一年度の非 IPO 企業をマッチングするという方法である(以下,「異産業」と呼ぶ)。もう 1 つはマッチングする非 IPO 企

業を相手の IPO 企業と同一の産業に限るという条件を更に加えたものである(以下,「同産業」と呼ぶ)。前者のマッチングでは 453 の IPO 企業とそれに対応する同数の非 IPO 企業が選定され,後者のマッチングでは 428 の IPO 企業とそれに対応する同数の非 IPO 企業が選定された。そこから,設備投資,研究開発のデータが欠損しているサンプルを除外すると,設備投資比率の観測数は IPO 年度(t 期)で 391,研究開発費比率の観測値数は,t 期で 98 となる。IPO 年(t 年)から4年後(t+4 年)までの変

化を見る際,サンプルの取り方としては,各年で取れるサンプルをすべて取ることとする。DID の検定にあたっては,平均値の比較

(Average�Treatment�Effect:�ATE)に加えて,異常値の影響を軽減するため,ミディアン値が処置群(IPO 企業)と対照群(非 IPO 企業)で同じであるという帰無仮説も検定する。平均値の検定には t-test,ミディアン値の検定には Wilcoxon�singed-rank�test�(Wilcoxon,�1945)14)を用いる。

表5に結果を示す。まず,設備投資比率をみると,ミディアン値の比較では t+1 期から t+4期まですべての期において,IPO 企業のほうが非 IPO 企業よりも有意に大きい。平均値でみても,有意水準はやや劣るものの,おおむね同様の結果が得られている(「同産業」サンプルとの比較では t+1 期と t+2 期が有意,「異産業」サンプルとの比較では t+2 期から t+4 期まで有意)。平均値,ミディアン値いずれでみても,IPO 企業と非 IPO 企業の差は期を追うごとに大きくなる傾向にある(例外は,異産業の t+3 期から t+4 期にかけてのミディアン値のみ)。

14�)Wilcoxon�singed-rank�test はノンパラメトリックな検定であり,正規分布の仮定を必要としない。ただし,分布が対称的であるという仮定が必要である。

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表5 IPO後の設備投資および研究開発(Difference-in-Differences)

41

表5 IPO 後の設備投資および研究開発(Difference-in-Difference)

IPO 非IPO 差 IPO 非IPO 差 観測数

設備投資比率 同産業 0.0059 -0.0478 0.0537 0.0042 -0.0018 0.0061 782

異産業 -0.0799 0.0595 -0.1393 0.0023 0.0013 0.0010 824

同産業 0.5058 0.1489 0.3569 ** 0.1569 0.0532 0.1037 *** 746

異産業 0.3652 0.1384 0.2268 0.1533 0.0650 0.0883 *** 776

同産業 1.0696 0.4430 0.6266 ** 0.2995 0.1202 0.1792 *** 666

異産業 0.9794 0.3872 0.5922 ** 0.2961 0.1506 0.1455 *** 684

同産業 1.4037 0.7470 0.6567 0.4507 0.2041 0.2466 *** 582

異産業 1.4523 0.5091 0.9433 ** 0.4214 0.2195 0.2020 *** 620

同産業 1.8040 0.8434 0.9606 0.5614 0.2759 0.2856 *** 518

異産業 1.7040 0.6080 1.0960 * 0.5250 0.3476 0.1774 *** 552

研究開発費比率 同産業 0.0042 -0.0001 0.0044 0.0000 0.0000 0.0000 196

異産業 0.0065 0.0017 0.0048 0.0000 0.0003 -0.0003 146

同産業 0.0364 0.0238 0.0126 0.0181 0.0075 0.0106 ** 188

異産業 0.0410 0.0254 0.0156 0.0176 0.0090 0.0087 132

同産業 0.0632 0.0471 0.0160 0.0473 0.0191 0.0282 ** 158

異産業 0.0903 0.0604 0.0299 0.0542 0.0261 0.0280 104

同産業 0.1089 0.0752 0.0336 * 0.0793 0.0370 0.0423 ** 122

異産業 0.1317 0.0911 0.0406 0.1095 0.0460 0.0635 * 76

同産業 0.1547 0.1078 0.0469 0.1100 0.0503 0.0597 ** 102

異産業 0.1828 0.1090 0.0738 * 0.1483 0.0562 0.0921 ** 66

中央値

t

t+1

t+3

t+2

t+3

t+2

平均値

t+4

t+4

t

t+1

(注)差は,処置群(IPO 企業)から対照群(非 IPO 企業)を引いた値。観測数は,処置

群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon singed-rank test による。***, **,*はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示

す。

(注)差は,処置群(IPO 企業)から対照群(非 IPO 企業)を引いた値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon�singed-rank�test による。***,�**,* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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次に,研究開発費比率をみると,ミディアン値の比較では,t+1 期から t+4 期まですべての期において,IPO 企業のほうが非 IPO 企業よりも有意に大きい(ただし,「異産業」サンプルとの比較では,t+3 期および t+4 期のみ有意である)。平均値の比較では,t+3 期(「同産業」 サンプルとの比較)あるいは t+4 期(「異産業」サンプルとの比較)において,IPO 企業のほうが非 IPO企業よりも有意に大きい。平均値,ミディアン値いずれでみても,IPO 企業と非IPO 企業の差は期を追うごとに大きくなっている。

以上から,IPO により企業は設備投資および研究開発を増加させるが,それは IPO の翌期以降,段階的に進むことがわかる。たとえば,「同産業」サンプルでミディアン値を比較すると,t+4 期では,IPO 企業は非 IPO 企業に比べて投資比率が 28.56% ポイント,研究開発費比率が5.97% ポイント大きい。表1によると,非 IPO企業および IPO 企業の IPO 前年までの投資比率のミディアン値が 5.7%,研究開発費比率のミディアン値が 0.0% なので,IPO による資金調達の効果は経済的にみても大きいことがわかる。また,「同産業」サンプルの t+4 期における IPO 企業のサンプルに限って,IPO による資

金調達額の大きさをみると,対前期末資本ストックでは 15.9%,対前期売上高が 5.1%である(いずれも中央値)。したがって,IPO による資金調達額を上回る設備投資と研究開発が IPO後 4 年間に行われていることがわかる。

Ⅳ�- 3 - 3.金融危機前の IPO 後の投資,研究開発金融危機の影響を除外するために,金融危機

以前(1995 年から 2007 年)にサンプルを限って,DID 推計を行った。非 IPO 企業の選定は,表4の Probit推計結果による。表6に結果を示す。これを見ると,設備投資比率は,全期間の推計結果とほぼ同様である(ただし,平均値については,「同産業」サンプルとの比較では,t 期から t+4 期まですべての期で有意なのに対し,「異産業」サンプルとの比較では,いずれの期も有意ではない)。他方,研究開発費比率は,ミディアン値の比較では,t 期から t+3 期には有意な差はなく,t+4 期において,有意に IPO 企業の方が大きい。

金融危機以降の分析は,サンプル数が少ないのでできないが,表5と比較すると,金融危機以降には,より早く研究開発への効果が現れている可能性がある。

Ⅴ- 1.データ・ソースおよびサンプル・セレクション株式発行(SEO),社債発行,新規借入,お

よびコマーシャルペーパー(CP)発行額のデータ・ソースは,Nikkei�Financial�Quest に掲載されているキャッシュフロー計算書である。対象は,キャッシュフロー計算書が入手可能な2002 - 2010 年度に東証一部に上場していた企業 15)(保険・証券・銀行など金融除く)である。

財務データについても,Nikkei�Financial�Questを用いる。社債については,満期で分けた分析も行うが,この場合には,満期の情報も掲載されている『公社債便覧』(日本証券業協会)も用いる。

借入は,銀行借入だけではなく,ノンバンクや関連会社からの借入金を含む。社債については,国内で発行された社債だけではなく,海外

V.上場企業の株式発行(SEO),社債発行の動機と資金使途

15)各年度末時点で上場している企業を抽出。上場している期間のみを分析対象とした。

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- 100 -

表6 金融危機前(1995 年度から 2007 年度)における IPO後の設備投資および研究開発(Difference-in-Differences)

42

表6 金融危機前(1995 年度から 2007 年度)における IPO 後の設備投資および研究開発

(Difference-in-Difference)

IPO 非IPO 差 IPO 非IPO 差 観測数

設備投資比率 同産業 0.0039 -0.3412 0.3450 * 0.0041 -0.0048 0.0090 758

異産業 -0.0872 0.0342 -0.1214 0.0039 -0.0026 0.0065 782

同産業 0.4864 -0.1881 0.6745 *** 0.1415 0.0515 0.0900 *** 740

異産業 0.3560 0.3537 0.0023 0.1477 0.0498 0.0980 *** 728

同産業 1.0443 0.0816 0.9626 *** 0.2954 0.1060 0.1894 *** 654

異産業 1.0260 0.7838 0.2423 0.3212 0.1506 0.1707 *** 634

同産業 1.5040 0.1866 1.3174 *** 0.4436 0.1877 0.2559 *** 580

異産業 1.4918 1.0091 0.4827 0.4714 0.2405 0.2308 *** 590

同産業 1.9175 0.4697 1.4478 ** 0.5645 0.2337 0.3308 *** 508

異産業 1.1756 1.3170 -0.1415 0.5781 0.3203 0.2579 *** 526

研究開発費比率 同産業 0.0047 -0.0001 0.0047 0.0001 0.0000 0.0001 206

異産業 0.0024 0.0033 -0.0009 0.0002 0.0001 0.0001 134

同産業 0.0358 0.0259 0.0099 0.0142 0.0110 0.0033 196

異産業 0.0298 0.0280 0.0018 0.0111 0.0121 -0.0010 126

同産業 0.0622 0.0518 0.0104 0.0452 0.0245 0.0207 166

異産業 0.0640 0.0568 0.0073 0.0274 0.0302 -0.0028 100

同産業 0.1072 0.0900 0.0172 0.0795 0.0384 0.0411 126

異産業 0.1087 0.0794 0.0293 0.0634 0.0346 0.0288 70

同産業 0.1486 0.1161 0.0324 0.1088 0.0505 0.0583 * 100

異産業 0.1573 0.1016 0.0558 0.1054 0.0463 0.0591 54t+4

t+4

t

t+1

中央値

t

t+1

t+3

t+2

t+3

t+2

平均値

(注)差は,処置群(IPO 企業)から対照群(非 IPO 企業)を引いた値。観測数は,処置

群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon singed-rank test による。***, **,*はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示

す。

(注)差は,処置群(IPO 企業)から対照群(非 IPO 企業)を引いた値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon�singed-rank�test による。***,�**,* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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で発行された社債も含む。また,普通社債だけでなく,ワラント債も含む。しかし,サンプル期間においてワラント債は極めて少ない(発行額ベースで 0.23%(『公社債便覧』(日本証券業協会))。ただし,社債の満期で分けた分析を行う際に用いる『公社債便覧』は,国内で発行される普通社債のみが掲載されている。株式については,公募増資,第三者割り当て等の発行形態にかかわらずすべて含まれる。

対象となるサンプル(企業・年)数は 13,458

あるが,これから外れ値を除外し 16),最終的に延べ 12,660 企業・年をサンプルとする。なお,社債・借入・株式の発行額は各企業における会計年度内の合計額である。

図 5 は,我々のサンプル企業の全サンプル期間における資金調達額の割合を示している。これによると,長期借入金が最も多く 44%,次いで順に,短期借入金 26%,社債 13%,CP14%,株式発行が 3%となっている。

図5 上場企業の資金調達額(フロー)内訳:2002 年度から 2010 年度

長期借入金44%

社債13%

株式3%

コマーシャルペーパー14%

短期借入金26%

16�)外れ値等のサンプル除外処理については,以下の手順で行った。推計に必要な各変数の値が入手できなかった企業を除外。時価簿価比率の値が上位・下位0.5%のサンプルを除外。社債・借入・株式発行額がマイナス値のものを除外。カバレッジレシオがマイナス値のものを除外。役員持ち株比率が1以上のものを除外。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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Ⅴ- 2.企業の事前特性と資金調達手段Ⅴ- 2- 1.定式化

本節では,企業の事前特性と社債または株式発行との関係を分析する。具体的には,借入,CP,社債または株式による資金調達を行っている企業・年をサンプルとし,被説明変数が上限 1,下限 0 で切断される,以下の Tobit モデルを推計する。

(4)

i,t は企業,年のインデックス,被説明変数の BondIssue / ExternalFinance は 社 債 発 行 額 /外部資金調達総額(新規借入額,社債,コマーシャルペーパー,株式発行の合計),説明変数 の Size, Profit, Growth, DefaultProb, Leverage, Collateral, ManageOwn, Yeardummy はそれぞれ,規模,収益性,成長性,債務不履行確率,レバレッジ,担保提供能力,経営者の株式所有割合,年ダミーを示す変数ベクトルである。株式についても,上記と同様の推計式により分析する。以下,説明変数について,順に仮説と予想される符号を述べる。

まず,Size(規模)変数としては,総資産を用いる。規模が大きい企業ほど,証券アナリストや格付け会社が詳細な分析を行い,情報の非対称性が小さいと考えられる。また,発行額に対して発行コストが相対的に小さくなる。したがって,総資産が大きい企業ほど,社債や株式発行により調達する割合が高いと予想される。

次に,Growth(成長性)変数としては,資

本の時価簿価比率,売上高伸び率(対前年比),有形固定資産伸び率(対前年比),研究開発 /売上比率を用いる。デット・オーバーハング仮説によれば,成長機会が豊富な企業は,社債および銀行借入による調達割合を減らす。また,マーケットタイミング仮説によると,企業は市場において株価が相対的に高い評価を得ているときに増資を行う傾向にあることから,時価簿価比率の値が大きいほど株式による資金調達割合が高いと予想される。ホールドアップ仮説によれば,成長機会が豊富な企業は,負債のなかでも銀行借入による調達割合を減らし,社債による調達割合を高める。

Profit(収益性)変数としては,EBITDA17)(金利・税金・償却前利益)/ 総資産を用いる。銀行による情報生産あるいは再交渉の理論によれば,収益性が低い企業ほど社債発行よりも銀行借入の割合が高まる。また,投資額を所与とすると,EBITDA はフリーキャッシュフローと相関が強い。このため,負債による規律付けを重視する理論によれば,EBITDA が高い企業ほど負債(借入あるいは社債)の割合が高いと予想される。

DefaultProb(債務不履行確率)変数としては,倒産確率指標(SAF ダミー B,C,D)およびカバレッジ比率(営業利益/(支払利息+割引料))を用いる。SAF ダミーは白田(2003)に基づく格付けの代理変数であり 18),カバレッジ比率は,Hosono(2003)および Shirasu�and�Xu(2007)にならい,2 未満の場合に 1 をとるダミー変数(低カバレッジダミー)とする。銀行の情報生産および再交渉の理論によれば,債務の返済能力が低く,倒産確率が高い企業ほど,銀行借入割合が高くなり,社債発行割合が低くなる。

Leverage(レバレッジ)は,簿価ベースのレ

17)EBITDA�=税引前利益�+�特別損益�+�支払利息�+�減価償却費18�)格付け機関による格付けデータについては,Fitch�Rating のものを入手したが,対象企業は 2002-2010 年

で延べ355社と少なく,優良企業に限られるため推計には用いない。なお,Fitch�Ratingを数値換算し(AAA=21,以下,格付けが1段階下がるごとに1ずつ減少し,D = 1まで),SAF の値との相関係数を調べたところ,0.499 となった。具体的な倒産確率指標の作成方法は,付論2を参照されたい。

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バレッジ比率(負債 / 総資産)を用いる。資本構成のトレードオフ理論やペッキングオーダー仮説によれば,レバレッジ比率が高いほど,株式発行の割合が高まる。また,レバレッジ比率が高いと,デット・オーバーハングの問題がより深刻になりやすいため,負債のなかでも再交渉が可能な借入の比率を多くすることが予想される。一方で,Denis�and�Mihov(2003)は,レバレッジ比率は信用市場における評価の高さを表すものとして捉えており,レバレッジ比率が大きいほど社債の発行に有利であるとしている。

Collateral(担保提供能力)は,固定資産比率(対総資産)を用いる。固定資産比率が高いほど,債務不履行時の弁済割合が高いので,負債(借入あるいは社債)による資金調達割合が高いと予想される。

ManageOwn(経営者による株式保有)は,総発行済株式数に占める役員持ち株比率を用いる。これは,経営者の利害と株主の利害の一致の程度を示す。経営者の裁量に関する仮説によれば,役員持ち株比率が高いほど,借入による

資金調達割合が高まり,社債による資金調達割合が減る。

Ⅴ- 2- 2.記述統計量表7は,サンプル企業・年を,「新規調達な

し」,「借入あり」,「社債発行あり」,「株式発行あり」に分けて,Tobit 分析で用いる変数の中央値を示している。なお,同一年度に複数の資金調達がある場合は,それぞれの資金調達手段に重複してカウントされている。これを見ると,社債発行企業は他の資金調達手段を選択している企業(あるいは,資金調達をしていない企業)よりも総資産や固定資産比率の値が大きく,レバレッジ比率が高く,倒産確率 19)およびカバレッジで測った債務不履行確率が高い。株式発行企業は,時価簿価比率,売上高伸び率,有形固定資産伸び率といった成長性を示す変数の値が大きい。借入を選択した企業は,規模が小さく,社債発行企業に比べると,固定資産伸び率や売上高伸び率が大きい。

表7 上場企業の資金調達分析に用いる変数の記述統計表(中央値)

43

表7 上場企業の資金調達分析に用いる変数の記述統計表(中央値)

新規調達なし 新規借入 新規社債発行 新規株式発行

サンプル数 2856 9435 2239 1208総資産 6.1424 1.1273 24.9830 6.9819資本の時価簿価比率 1.1752 1.1274 1.1470 1.3640売上高伸び率(対前年比) 0.0111 0.0184 0.0147 0.0560有形固定資産伸び率(対前年比) -0.0137 -0.0032 -0.0043 0.0061研究開発/売上比率 0.0077 0.0070 0.0065 0.0026EBITDA/総資産 0.0920 0.0794 0.0784 0.0958倒産確率指標(SAF) 1.2373 0.9696 0.8485 1.0363カバレッジ比率 42.2802 9.5490 5.5708 14.9415レバレッジ比率 0.3595 0.5837 0.6776 0.5688固定資産比率 0.4027 0.5050 0.5586 0.4641役員持ち株比率 0.0000 0.0000 0.0000 0.0000設備投資比率 0.0960 0.0996 0.0926 0.1457研究開発比率 0.0063 0.0069 0.0064 0.0026

(注)設備投資比率,研究開発費比率以外は資金調達前年の値。 (注)設備投資比率,研究開発費比率以外は資金調達前年の値。�

19)SAF2002 の値が小さいほど,倒産確率は大きい。

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表8は,社債,株式発行による資金調達額を示している。これによると,それぞれ中央値でみて,社債発行額は 90 億円(対前期末資本

ストック 6.26%,対前期売上 2.88%),株式発行額は 2 億 9200 万円(対前期末資本ストック2.01%,対前期売上 0.31%)である。

表8 上場企業の社債および株式による資金調達額

43

表7 上場企業の資金調達分析に用いる変数の記述統計表(中央値)

新規調達なし 新規借入 新規社債発行 新規株式発行

サンプル数 2856 9435 2239 1208総資産 6.1424 1.1273 24.9830 6.9819資本の時価簿価比率 1.1752 1.1274 1.1470 1.3640売上高伸び率(対前年比) 0.0111 0.0184 0.0147 0.0560有形固定資産伸び率(対前年比) -0.0137 -0.0032 -0.0043 0.0061研究開発/売上比率 0.0077 0.0070 0.0065 0.0026EBITDA/総資産 0.0920 0.0794 0.0784 0.0958倒産確率指標(SAF2002) 1.2373 0.9696 0.8485 1.0363カバレッジ比率 42.2802 9.5490 5.5708 14.9415レバレッジ比率 0.3595 0.5837 0.6776 0.5688固定資産比率 0.4027 0.5050 0.5586 0.4641役員持ち株比率 0.0000 0.0000 0.0000 0.0000設備投資比率 0.0960 0.0996 0.0926 0.1457研究開発比率 0.0063 0.0069 0.0064 0.0026

(注)設備投資比率,研究開発費比率以外は資金調達前年の値。 表8 上場企業の社債および株式による資金調達額

サンプル数 平均値 標準偏差 中央値社債発行額(単位:百万円) 2239 24608 51361 9000社債発行額/前期有形固定資産 2239 0.2425 1.6778 0.0626社債発行額/前期売上高 2239 0.0519 0.0905 0.0288株式発行額(単位:百万円) 1208 8847 39566 292株式発行額/前期有形固定資産 1208 0.5061 4.8243 0.0201株式発行額/前期売上高 1208 0.0500 0.3405 0.0031

Ⅴ- 2- 3.ベースライン推計結果表9において,社債比率および株式比率に関

する Tobit モデルの推計結果(係数)を示している。説明変数のうち,低カバレッジダミーはSAF-D ダミーあるいは EBITDA/ 総資産比率と

の相関係数が比較的高いので(それぞれ 0.445,-0.454),すべてを含む推計に加えて,低カバレッジダミーを除いた推計結果も示しているが

((2)列),低カバレッジダミー以外の変数の符号,有意性は変わらない。

表9 社債および株式の外部資金調達に占める比率に関する Tobit モデルの推計結果

44

表9 社債および株式の外部資金調達に占める比率に関する Tobit モデルの推計結果

Tobit分析(フロー) (1) (2) (3)

社債/ 社債/ 株式/借入+社債・CP+株式 借入+社債・CP+株式 借入+社債・CP+株式

(カバレッジレシオダミー なし)

総資産 0.001 *** 0.001 *** -0.001 ***

時価簿価比率 0.029 0.015 0.402 ***

売上高伸び率 0.143 * 0.169 ** 0.224

有形固定資産伸び率 -0.046 -0.047 0.068研究開発費/売上比率 0.716 * 0.840 ** -0.401

EBITDA/総資産比率 0.756 *** 1.084 *** 0.850 **

SAF D 0.586 *** 0.560 *** -0.167 *

SAF C 0.484 *** 0.488 *** -0.479 ***

SAF B 0.359 *** 0.369 *** -0.285 ***

カバレッジレシオ<2 ダミー -0.106 *** 0.225 ***

レバレッジ比率 0.388 *** 0.511 *** 0.486 ***

固定資産/総資産比率 0.492 *** 0.575 *** -0.583 ***

役員持ち株比率 0.394 0.136 -0.2212003年ダミー 0.081 ** 0.086 ** 0.154 **

2004年ダミー 0.095 ** 0.098 ** 0.386 ***

2005年ダミー 0.057 0.055 0.489 ***

2006年ダミー 0.040 0.043 0.361 ***

2007年ダミー -0.014 -0.002 0.339 ***

2008年ダミー -0.040 -0.028 0.038

2009年ダミー 0.091 ** 0.088 ** 0.134 *

2010年ダミー 0.050 0.050 0.166 **

定数項 -1.577 *** -1.707 *** -1.693 ***

number of obs. 9415 9415 9415

LR chi2 887.160 1106.370 774.700

Prob > chi2 0.000 0.000 0.000

Pseudo R2 0.064 0.097 0.106Log likelihood -6447.6763 -5133.1022 -3281.2104

(注)***,�**,�* はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す。

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まず,Size(規模)変数としての総資産の係数をみると,社債割合に対して有意にプラス,株式割合に対して有意にマイナスである。規模の大きな企業ほど情報の非対称性が軽減され,証券発行に伴う固定的な手数料を相対的に節約できるというメリットは,社債発行に顕著に表れている。

Growth(成長性)変数をみると,時価簿価比率は株式発行に対して有意にプラスであり,売上高成長率と研究開発費比率は社債割合に対して有意にプラスである。社債割合の結果は,銀行借入のホールドアップ仮説と整合的である。株式割合について,成長性指標のうち時価簿価比率のみ株式発行に対して有意に正であるという結果は,成長性が高いほど負債を減らすというデット・オーバーハング仮説よりはむしろ,マーケットタイミング仮説を示唆しているのかもしれない。

Profit(収益性)変数である EBITDA/ 総資産は,社債割合に対して有意にプラスであり,この点では,銀行貸出による情報生産機能を重視する仮説とは整合的である。EBITDA/ 総資産は,株式割合に対しては有意にプラスである。これは,負債による規律付けの仮説とは必ずしも整合的ではない。

DefaultProb(債務不履行確率)変数をみると,SAF-B,�C,�D�いずれも社債割合に対して有意にプラスであり,返済能力の劣る順に係数が大きい。これらの係数は,最も安全性の高い SAFダミー A の企業との比較である。したがって,負債の安全性が劣る企業ほど社債割合が高いことを示している。この結果は,幾つかのチェックを行っても頑健である。

具体的には,表は省略するが,SAF ダミーの代わりに Altman の Z スコアを用いた場合,産業ダミー(日経業種コードに基づく中分類)

を説明変数に加えた場合,電力・ガス・JR 20)

を除いた場合のそれぞれにおいても同様の結果が得られた。他方,低カバレッジダミーは,社債割合に対して有意にマイナスである。したがって,銀行による再交渉の能力を強調する仮説は,これを支持しない結果(SAF ダミー)と支持する結果(低カバレッジダミー)があり,一貫して支持されるわけではない。

株式割合に対しては,SAF-B,C,�D いずれも有意にマイナスだが,係数の大きさをみると,一番倒産確率の低い A ランクと一番倒産確率が高い D ランクで株式割合が高いことがわかる。これは,財務の健全性が優れており公募増資を行う企業と,資金繰りが厳しく第三者割り当て増資を行う企業がサンプルに混在していることによる可能性がある 21)。低カバレッジ(カバレッジ <�2)ダミーは株式割合に対して有意にプラスで有意である。これは,後者のタイプの影響が表れているのかもしれない。

Leverage(レバレッジ)を示すレバレッジ比率をみると,社債割合に対して有意にプラスであり,やはり,再交渉の仮説と整合的ではなく,むしろ,レバレッジ比率が信用市場における評価の高さを示すという仮説と整合的である。レバレッジ比率は株式割合に対して有意にプラスであり,資本構成のトレードオフ理論やペッキングオーダー仮説と整合的である。

Collateral(担保提供能力)である固定資産比率は,株式割合に対しては有意にマイナス,社債割合に対して有意にプラスである。固定資産比率が高まるほど株式割合が減るという結果は,担保提供能力が高いほど負債発行が容易になるという仮説と整合的だが,負債のうち社債割合を増やすという結果は,有担保が多い銀行貸出の慣行とは整合的でない。土地以外の固定資産は,現金・有価証券などの流動性資産と比

20�)電力・ガス・JR は以下の企業とした。東京電力,中部電力,関西電力,中国電力,北陸電力,東北電力,四国電力,九州電力,北海道電力,沖縄電力,東京瓦斯,大阪瓦斯,東邦瓦斯,東日本旅客鉄道,東海旅客鉄道,西日本旅客鉄道

21�)嶋谷・川井・馬場(2005)は,2001 年以降,格付けの低い企業が株式発行を選択する確率が上昇していることを示している。

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べると担保としての適格性に劣っていることによるのかもしれない。

最後に,ManageOwn(経営者による株式保有)を示す役員持ち株比率は社債,株式いずれの資金調達割合に対しても有意ではなく,経営者の裁量に関する仮説を支持しない。

以上の結果を要約し,先行研究と比較する。まず,株式発行に関しては,先行研究同様,マーケットタイミング仮説と整合的な結果を得た。また,資本構成のトレードオフ仮説,ペッキングオーダー理論と整合的な結果も得られた。さらに,負債の安全性が高い企業と低い企業がともに株式発行の割合が高いことが明らかになった。

社債発行については,銀行のホールドアップ仮説と整合的な結果は得られたが,情報生産機能や再交渉機能を支持する一貫した結果は得られなかった。これは,1990 年代の日本企業を対象とした先行研究とは異なる。たとえば,Shirasu�and�Xu(2007) で は 1993 - 1997 年 の日本企業はレバレッジ比率の高い企業ほど借入を選択し,低い企業ほど社債を選択するとの結果を得ている。また,嶋谷・川井・馬場(2005)によれば,1996 - 2003 年の日本企業は格付けの高い企業ほど社債の選択確率が高く,低い企業ほど借入を選択している。この先行研究との違いは,90 年代の日本では一部の高格付け企業しか参加できなかった社債市場が,2000 年代以降徐々に裾野が広がり,米国のように財務状態が良くない企業も社債を発行できるようになったことを示唆している。実際,日本より社債市場の裾野が広い米国における 1995 - 1996年の資金調達を対象にした研究でも,本稿と同様レバレッジ比率が高い企業ほど社債を出すとの結果を得ている(Denis�and�Mihov, 2003)。

Ⅴ- 2- 4.長期性資金の割合前節での推計は,満期が主に1年未満の短

期的な資金(短期借入・CP)を含む総資金調達額に占める社債あるいは株式発行額の割合であったが,ここでは短期借入・CP を除いた長期的な資金(満期1年以上)に対象を絞った分析を行う。この分析を行う目的は二つある。第一に,短期資金と長期資金との間で調達動機が異なる可能性を考慮するためである。例えば,Myers�(1977)は,成長機会が豊富な企業ほど株主と債権者との利害対立が深刻になるが(デット・オーバーハング問題),この問題を回避するためには,資本構成にしめる負債の割合を減らすだけでなく,負債に占める長期負債の割合を減らすことが有効であると指摘している。また,Diamond�(1991,�1993)は,モニタリングコストと清算のリスクとのトレードオフを考慮すると,信用力が高い企業と低い企業は短期負債の割合が高く,信用力が中程度の企業は長期負債の割合が高いことを理論的に示している。実証的には,Barclay�and�Smith�(1995)が,アメリカの上場企業のデータを用いて,Myers�やDiamond の仮説を支持する結果を得ている。また福田(2003)は,日本の製造業(鉄鋼,化学,非鉄金属,輸送機械および電機)の上場企業に関する 1970 年から 1996 年までのデータを用いて,長期借入が総借入に占める比率(ストックベース)は,借入比率(対総資産)と正に相関し,営業利益率,時価簿価比率と負に相関していることを示している22)。我々のサンプルを用いて,短期資金が総資金調達に占める割合を Tobit モデルで推計した結果(表は省略),総資産および売上高伸び率が有意にプラス,時価簿価比率,研究開発費比率,EBITDA/ 総資産,SAF-B,�C,�D ダミー,レバレッジ比率および役員持ち株比率がマイナスに有意であることが明らかになった。これらの既存研究および推計結果を踏まえると,株式発行額や社債発行額が長期資金に占める割合を分析することにより,長期資金のなかでの資金調達手段の選択に分析の焦点を絞る

22�)祝迫�(2011)は,「法人企業統計」の年度別(1986 年から 2008 年まで),産業別(34 産業)データを用いて,日本企業の負債が長期化した要因を分析し,総負債の伸び率をコントロールすると,短期金融機関借入成長率と ROA に正の相関があることを見出している。

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ことができる。第二に,短期的な資金の調達と返済を繰り返

すことで借入や社債の発行額が大きくなってしまうという影響を緩和することができる。前節では SAF ランクの低い(倒産確率が高い)企業は社債割合が高いとの結果を得たが,こうした企業が満期の短い社債の発行と償還を繰り返していることで結果が歪められている可能性もある。ここでは特に,満期の長い社債においても SAF ランクが低い(倒産確率が高い)企業が社債を発行しているという結果が得られるのか確かめたい。社債データには,『公社債便覧』に掲載されている,国内で発行された公募社債のみのデータ 23)を用い,満期が 60 ヶ月未満のものを中期社債,60 ヶ月以上のものを長期社債に分類した。

表 10 に結果を示す。まず,社債発行と株式発行について,長期資金調達額に占める割合(表10)と総資金調達額に占める割合(表9)を比較する。両者に違いが生じる場合,サンプルの違い(表9では,外国で発行された社債が含まれるのに対し,表 10 では国内で発行された社債のみ)に加えて,短期資金が分母に含まれるかどうかに起因すると考えられる。

まず社債発行について,長期資金に占める割合でみると,時価簿価比率の係数がプラスに有意となる一方,売上高成長率および EBITDA/総資産が有意でなくなる。収益性(EBITDA/総資産)が高まると,総資金調達に占める社債発行の割合は有意に増加するが(表9),長期資金調達に占める社債発行の割合は有意に変化しない(表 10)という結果は,収益性が高いほど短期借入が減って長期の借入や社債が増える一方(上述の短期資金割合の推計結果),長期借入と社債との選択においては,収益性が有意な効果をもたないことを示唆している。株式発行について,総資金調達に占める割合では

EBITDA/ 総資産とレバレッジ比率が有意だが,長期資金に占める割合でみると有意でなくなるのも,同様の理由であると考えられる。その他の変数については,社債,株式のそれぞれ総資金調達に占める割合でみても,長期資金に占める割合でみても,ほとんど同じである。

次に,中期社債と長期社債の推計結果をみる。まず SAF ダミーの結果をみると,SAF-B,�C,�D ダミーはいずれも中期社債に対しては有意ではなく,長期社債に対してはプラスに有意であり,債務不履行確率の高い企業が比較的満期の短い社債のロールオーバーを繰り返しているわけではないことが示された。

その他,前節と異なる係数のみ言及すると,まず,EBITDA/ 総資産は中期社債に対しては有意ではなく,長期社債に対してのみプラスで有意であるが,これは,収益性の高い企業ほど短期資金割合が少ないという,上述の結果と整合的である。他方,レバレッジ比率は中期社債割合に対しては有意にプラスだが,長期社債割合に対しては有意ではない。レバレッジ比率が高い企業ほど短期資金割合が小さいという上述の結果と併せて考えると,レバレッジが満期構成に及ぼす影響は単調ではないことを示唆している。成長性を示す変数のうち,時価簿価比率は中期社債割合に対して有意にプラス,研究開発費比率は長期社債割合に対して有意にプラスである。

さらに表 10 の結果の頑健性を確かめるために,借り換え目的の要因をコントロールする。具体的には,説明変数に当期借入返済額/前期総負債,当期社債償還額/前期総負債を加えて分析を行った。表は省略するが,表 10 とほぼ同様の結果が得られた。異なるのは,長期社債割合に対してレバレッジ比率が有意にプラス,成長性を示す有形固定資産伸び率が有意にマイナスになっている点のみである。返済額や償還

23�)ただし,説明変数となる財務データは企業ごとの会計年度基準,本節で被説明変数となる公募社債データは年度(4月~3月)で編集されており,編集期間のずれが発生する。このずれの影響が推計結果を歪めないよう,本節における分析は両データの編集期間が一致する3月期決算の企業のみをサンプルとしている。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

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表10 社債および株式の長期性資金調達に占める比率に関するTobitモデルの推計結果

45

表10 社

債お

よび

株式

の長

期性

資金

調達

に占

める

比率

に関

する

Tobi

tモデ

ルの

推計

結果

Tobi

t分析

(フロー)

(1)

(2)

(3)

(4)

社債全体/

中期社債/

長期社債/

株式/

長期借入+中期社債+長期社債+株式

長期借入+中期社債+長期社債+株式

長期借入+中期社債+長期社債+株式

長期借入+中期社債+長期社債+株式

総資産

0.0

02

***

0.0

01

***

0.0

02

***

-0.0

01

*

時価簿価比率

0.1

55

***

0.1

64

**

0.0

94

0.6

91

***

売上高伸び率

0.0

49

0.3

45

*-0.1

70

0.2

00

有形固定資産伸び率

-0.2

44

-0.1

14

-0.2

77

-0.1

16

研究開発費/売上比率

1.8

79

**

1.2

93

2.1

85

***

-0.3

33

EBIT

DA/総資産比率

0.9

02

-0.3

96

1.3

35

**

0.5

65

SAF

D0.6

49

***

0.3

23

0.5

47

***

-0.5

52

***

SAF

C0.6

03

***

0.2

94

0.5

35

***

-0.9

68

***

SAF

B0.4

64

***

0.2

16

0.3

95

***

-0.5

98

***

カバレッジレシオ<2 ダミー

-0.3

60

***

-0.2

14

***

-0.3

50

***

0.3

84

***

レバレッジ比率

0.3

20

**

0.8

89

***

0.2

14

0.1

86

固定資産/総資産比率

1.3

51

***

0.8

67

***

1.3

41

***

-1.1

80

***

役員持ち株比率

-3763149

-2457906

-3647717

-1.4

44

2003

年ダミー

0.0

17

-0.0

30

0.0

39

0.1

92

2004

年ダミー

-0.0

16

-0.0

97

0.0

03

0.4

52

***

2005

年ダミー

-0.0

64

-0.0

56

-0.0

77

0.6

32

***

2006

年ダミー

0.0

07

0.0

15

0.0

19

0.4

24

***

2007

年ダミー

0.0

56

-0.1

13

0.0

85

0.3

67

***

2008

年ダミー

-0.0

90

-0.0

13

-0.0

67

-0.0

71

2009

年ダミー

0.1

29

*0.0

43

0.1

40

*0.0

73

2010

年ダミー

0.1

79

**

0.1

51

*0.1

37

*0.1

43

定数項

-2.8

64

***

-2.7

38

***

-2.7

07

***

-1.6

60

***

num

ber

of o

bs.

6386

6386

6386

6386

LR c

hi2

694.5

40

320.4

30

880.2

00

581.5

50

Prob

> c

hi2

0.0

00

0.0

00

0.0

00

0.0

00

Pseu

do R

20.0

85

0.1

75

0.2

01

0.1

08

Log

likel

ihoo

d-3721.4

88

-756.0

38

-1754.8

39

-2414.2

29

(注)

***,

**,

* はそ

れぞ

れ1%

,5%

,10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示す

満期が

60ヶ

月未

満の

もの

を中

期社

債,

60ヶ

月以

上の

もの

を長

期社

債に

分類

した

(注

)***,

**,* 

はそ

れぞ

れ1%

,5%

,10%

水準

で有

意で

ある

こと

を示

す。

満期

が60

ヶ月

未満

のも

のを

中期

社債

,60

ヶ月

以上

のも

のを

長期

社債

に分

類し

た。

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< 財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 25 年第 1 号(通巻第 112 号)2013 年1月>

- 109 -

額をみると,中期および長期社債割合には社債償還割合が,それぞれ有意にプラスであり,社債発行の借り換え需要が強いことが分かる。

Ⅴ�- 2- 5.金融危機時における資金調達行動の変化

金融危機により社債・CP 市場が一時的に混乱した 2008 年のサンプルを抜き出し,他年度と比較して企業の資金調達行動にどのような変化が見られるのかを明らかにする。本節では,金融危機時以外(2008 年以外)と金融危機時

(2008 年)のサンプルを比較する。

表 11 社債および株式の外部資金調達に占める比率に関するTobit モデルの推計結果:金融危機時(2008 年)とそれ以外

46

表11 社債および株式の外部資金調達に占める比率に関する Tobit モデルの推計結果:金融危

機時(2008年)とそれ以外

Tobit分析(フロー) (1) (2)

社債/(借入+社債・CP+株式)      株式/(借入+社債・CP+株式)2008以外 2008 2008以外 2008

総資産 0.001 *** 0.001 *** -0.001 ** -0.001

時価簿価比率 0.039 -0.079 0.418 *** 0.250 ***

売上高伸び率 0.180 ** -0.217 0.284 * -0.343

有形固定資産伸び率 -0.071 0.165 0.033 0.375研究開発費/売上比率 0.576 1.442 0.032 -4.977 **

EBITDA/総資産比率 0.661 ** 1.725 ** 0.743 * 1.948 *

SAF D 0.634 *** 0.355 ** -0.211 ** 0.066

SAF C 0.536 *** 0.244 -0.532 *** -0.061

SAF B 0.403 *** 0.169 -0.316 *** -0.105

カバレッジレシオ<2 ダミー -0.103 *** -0.121 0.229 *** 0.184

レバレッジ比率 0.375 *** 0.462 ** 0.544 *** -0.076

固定資産/総資産比率 0.493 *** 0.476 *** -0.566 *** -0.651 ***

役員持ち株比率 0.449 -578.803 -0.217 -7.298

2003年ダミー 0.081 ** 0.155 *

2004年ダミー 0.095 ** 0.389 ***

2005年ダミー 0.056 0.490 ***

2006年ダミー 0.038 0.357 ***

2007年ダミー -0.014 0.337 ***

2009年ダミー 0.093 ** 0.135 *

2010年ダミー 0.055 0.170 **

定数項 -1.625 *** -1.333 *** -1.739 *** -1.084 ***

number of obs. 8272 1143 8272 1143

LR chi2 784.600 100.890 713.700 58.830

Prob > chi2 0.000 0.000 0.000 0.000

Pseudo R2 0.085 0.097 0.107 0.087

Log likelihood -4235.461 -471.673 -2964.664 -307.657 (注)***,**,* はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す。 2008年以外は2002-2007年と2009-2010年を表す。

(注)***,**,* はそれぞれ 1%,5%,10% 水準で有意であることを示す。2008 年以外は 2002-2007 年と 2009-2010 年を表す。

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資本市場を通じた資金調達と企業行動―IPO,�SEO,�および社債発行の意思決定とその後の投資・研究開発―

- 110 -

表 11 に結果を示し,2008 年の特徴を述べる。まず, Growth(成長性)が高い企業ほど株式発行割合および社債割合が高いという傾向が 2008 年には弱まっている。具体的には,株式割合に対しては,時価簿価比率は 2008 年以外,2008 年いずれもプラスで有意だが,係数は 2008 年のほうが小さい。また,売上高伸び率が 2008 年以外では有意にプラスだが 2008 年は有意ではなく,さらに,研究開発費比率が2008 年に有意にマイナスである。社債割合に対しても,売上高成長率が 2008 年以外は有意だが,2008 年には有意でなくなっている。

Profit(収益性)変数であるEBITDA/総資産は,係数の符号,有意性はいずれの資金調達手段に対しても,2008 年以外と 2008 年の間で相違はない。ただし,係数の大きさを比較すると,いずれの資金調達手段に対しても,2008 年には絶対値が大きくなっており,収益性の高い企業が社債割合,株式割合を高める傾向が 2008 年に強まったことを示している。実際,内野(2011)は 2008 年の金融危機時において,満期を迎える社債が多い企業ほど銀行借り入れを増加させていることを確認しており,平常時には償還に対して新規の起債で対応していた企業のうち,収益性が低い企業は新規借入によって社債を償還していたことを示唆している。

DefaultProb(債務不履行確率)が高い企業ほど社債割合が高いという傾向も 2008 年には弱まっている。社債割合に対し,SAF-B,�C,�D ダミーは 2008 年以外にはすべて有意にプラスであるのに対し,2008 年には SAF-D のみ有意にプラスである。なお,社債割合に対しては,低カバレッジダミーが 2008 年以外では有意でマイナスなのに対し,2008 年に有意ではなくなっているが,係数の絶対値は両者でほぼ同じである。SAF-B,�C,�D ダミーについては,株式割合に対する影響も 2008 年には有意でなくなっている。

Leverage(レバレッジ)については,株式発

行割合に対して,2008 年以外は有意にプラスだが,2008 年には有意ではない。レバレッジ比率の高い企業は,金融危機時には株式発行が困難になったことを示唆している。

最後に,Collateral(担保提供能力)およびManageOwn(経営者による株式保有)が社債割合,株式割合に及ぼす影響は,2008 年とそれ以外で違いは見れらない。

Ⅴ- 3.調達資金の使途Ⅴ- 3- 1.分析手法

本節では,調達された資金の使途がその調達手段によって異なるのかを分析する。その手法としては,IPO の資金使途と同様,まずProbit 推計により社債発行および株式発行の推定確率(Score)を求め,次に,Propensity�Score�Matching 法(以下,PS マッチング。具体的には,Nearest-Neighbor�Matching) に よ っ て 抽 出された処置群と対照群に対して,Difference-in-Differences(以下,DID)法により,資金調達が企業の設備投資および研究開発に与える影響を分析する。なお,分析対象とは異なる手段の資金調達による影響を軽減するため,社債発行の影響を分析する際には,前年および分析対象期間に社債および株式を発行していない企業のみをサンプルとして用いる(処置群によるt期の社債発行を除く)24)。株式発行の分析も同様である。これらの制約を加えるため,資金調達後長期にわたって資金使途を比較しようとすると,サンプル数が相当数減ってしまう。このため,本節では,資金調達年をt期としてt+2期までの投資と研究開発費の伸びを比べることとする。説明変数は,前節の Tobit モデルで用いた変数と同じものを用いる。ただし,前節のTobit モデルの推計と異なり,ここでは,外部資金調達を行っていない企業もサンプルに含まれる。

表 12 は,長期借入,社債発行,株式発行に関する Probit 推計の結果を示したものである。

24)サンプル数が大きく減少することを防ぐため,借入を行ったサンプルは除いていない。

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- 111 -

社債発行確率の推計結果は,変数の符号,有意性ともおおむね表9の Tobit モデルと同様の結果となっている(例外は,Probit 推計では研究開発費比率が有意でない)。株式発行確率についても,Probit 推計では売上高成長率と有形

固定資産伸び率がプラスで有意となっており,SAF-D,B の係数が有意でなくなっているが,それ以外は表9の Tobit モデルと同様の結果となっている。

表 12 社債発行確率および株式発行確率のProbit モデルの推計結果表12 差し替え用

Probit分析(フロー) (1) (2)

社債 株式限界効果 Std.Err. 限界効果 Std.Err.

総資産 0.0014 *** 0.000 -0.0001 *** 0.000

時価簿価比率 0.006 0.009 0.058 *** 0.005

前年比売上高成長率 0.081 ** 0.033 0.079 *** 0.022

前年比有形資産伸び率 0.041 0.025 0.044 *** 0.015

研究開発費/売上比率 0.065 0.143 -0.062 0.092

EBITDA/総資産比率 0.256 *** 0.097 0.162 *** 0.060

SAF D 0.322 *** 0.040 0.018 0.017

SAF C 0.259 *** 0.034 -0.034 *** 0.011

SAF B 0.135 *** 0.020 -0.009 0.010

カバレッジレシオ<2 ダミー -0.039 *** 0.010 0.028 *** 0.011

レバレッジ比率 0.256 *** 0.026 0.138 *** 0.018

固定資産/総資産比率 0.275 *** 0.020 -0.040 *** 0.014

役員持ち株比率 0.178 0.239 0.095 0.139

2003年ダミー 0.036 ** 0.017 0.025 * 0.015

2004年ダミー 0.055 *** 0.018 0.078 *** 0.018

2005年ダミー 0.039 ** 0.017 0.107 *** 0.019

2006年ダミー 0.037 ** 0.018 0.082 *** 0.018

2007年ダミー 0.011 0.017 0.074 *** 0.017

2009年ダミー 0.011 0.016 0.017 0.014

2010年ダミー 0.049 *** 0.017 0.025 * 0.014

number of obs. 11631 11631

LR chi2 2112.270 704.360

Prob > chi2 0.000 0.000

Pseudo R2 0.190 0.097

Log likelihood -4514.239 -3292.796

(注)***,**,* はそれぞれ 1%,5%,10% 水準で有意であることを示す。

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- 112 -

Ⅴ�- 3- 2.資金調達後の投資および研究開発投資の分析結果Probit 推計に基づいて,PS マッチングによ

って各資金調達確率が同程度の,同一年の企業を対照群として抽出し 25),DID による分析を行う。比較する変数は,IPO 同様,設備投資比率(2)式,研究開発費比率(3)式に加えて,現預金および負債である。具体的には,現預金残高を Cash,負債を Debt,総資産を Asset であらわすと,以下の 2 変数を追加する。

③現預金比率 : 

   (5)

④負債比率:      (6)

表 13 は,設備投資比率,研究開発費比率に加えて,現預金比率(対総資産)と負債比率(対総資産)の平均値およびミディアン値の差の検定結果を示している。IV-3 節同様,平均値とミディアン値の検定方法はそれぞれ t-test とWilcoxon�singed-rank�test である。

表 13 をみると,社債,株式発行いずれも,平均値では現預金比率および負債比率については有意な効果が見られるが,投資比率および研究開発費比率については,資金調達企業とそれ以外との間に有意な差は見られない。以下では,ミディアン値について詳細に記述する。まず,社債発行を行った企業は t+1 期と t+2 期に設備投資比率を有意に増加させていることから,社債発行によって調達した資金を設備投資に充当していることが示唆される。社債発行企業は非発行企業にくらべ,t+2 期における設備投資比率を 5.7% 増やしている。表7によれば,外部資金調達のない企業の設備投資比率(ミディ

アン値)は,9.6%なので,社債発行の効果は,経済的にみても有意であることがわかる。t+2期の社債発行サンプルに限って,社債発行額の前期末資本ストックに対する比率をみると,ミディアン値は 10.85% であった。したがって,社債発行額のおよそ半分程度が,発行後 2 年間に設備投資に支出されていると推測される。また,現預金比率は t 期に有意に増加していることから,社債発行を現預金の積み増しに充てていることが示唆される。また,負債比率は,対照群と比べると,t 期と t+2 期に有意に増加しており,t+2 期の増加幅は,中央値で 2.38%である。これは,t+2 期の社債発行サンプルに限った社債発行額の対前期末資産割合(3.41%)よりも小さく,社債発行の一部を負債の返済に充てていることが示唆される。一方,研究開発費比率については統計的に有意な変化が見られなかった。

株式発行を行った企業をみると,設備投資比率,研究開発費比率はいずれも,株式発行をしていない企業と比べて発行後に有意な変化は見られない。他方,現預金比率は t 期および t+2期に有意に増加し,負債比率は t 期と t+1 期に有意に減少していることから,株式発行による資金を現預金の積み増しと自己資本比率の充足に充当していることが示唆される。これらの結果は,最適資本構成仮説,マーケットタイミング仮説,および予備的動機に基づく現金保有仮説と整合的であるが,SEO の投資のための資金調達手段としての役割は限定的であることを示唆している。

Ⅴ- 3- 3.金融危機による資金使途の変化ここではサンプルを金融危機の前後に分け

ることで,危機前と危機後における資金使途の変化を明らかにする。具体的には,サンプルを2002 - 2007 年(危機前),2008 - 2010 年(危機以後)の2つの期間に区切り,それぞれを前

25�)対照群を選ぶにあたり,本節では,同一産業という条件は課していない(Ⅳ節の定義に沿うと,「異産業」サンプルに該当する)。また,DID の分析を行うにあたっては,各年で取れるサンプルをすべて取っている。

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- 113 -

節と同様の手法で分析する。表 14 は,ミディアン値に関する分析の結果

を示している 26)。これによると,危機前では社債発行によって t+2 期の設備投資比率および研究開発費比率が有意に増加している。加えて,t 期から t+2 期までの現預金保有比率,および t期の負債比率が有意に増加している。一方,危

機以後を見ると,サンプル数が少ない点には注意が必要だが,社債発行が行われたにもかかわらず,設備投資比率,研究開発費比率,現預金比率はいずれも有意に増えておらず,t 期の負債比率のみ有意に増加している。危機後の社債発行は借り換えが主な目的であった可能性がある。

(注)***,**,* はそれぞれ 1%,5%,10% 水準で有意であることを示す。差は処置群(発行企業)から対照群(非発行企業)を引いた値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon�singed-rank�test による。

表 13 社債発行および株式発行後の設備投資および研究開発(Difference-in-Differences)

26�)平均値の差による検定の結果は以下のとおり。社債については,危機前では,t+2 期の研究開発費比率,t期と t+2 期の現預金比率,および t 期の負債比率が有意であるのに対し,危機後は,有意な変化はない。株式については,危機前では,t 期と t+1 期の負債比率が有意であるのに対し,危機後では,t+1 期の投資比率が有意であった。

表13 社債発行および株式発行後の設備投資および研究開発(Difference-in-Difference)

社債

平均値 中央値

発行 非発行 差 発行 非発行 差 観測数

設備投資比率 t 0.00470 -0.01344 0.01814 -0.00411 0.00095 -0.00506 938

t+1 0.14158 0.17035 -0.02877 0.10213 0.08473 0.01739 ** 564

t+2 0.33244 0.33193 0.00050 0.24599 0.18856 0.05743 ** 354

研究開発費比率 t 0.00016 0.00033 -0.00017 -0.00004 -0.00005 0.00001 938

t+1 0.02489 0.02654 -0.00166 0.01642 0.01558 0.00084 564

t+2 0.05226 0.04815 0.00411 0.03461 0.02562 0.00900 354

現預金/総資産 t 0.01031 0.00251 0.00780 *** 0.00436 -0.00006 0.00441 *** 938

t+1 0.01056 0.00708 0.00348 0.00649 0.00431 0.00218 564

t+2 0.01900 0.01105 0.00795 0.01194 0.00551 0.00643 354

総負債/総資産 t 0.01241 -0.00628 0.01869 *** 0.00125 -0.00945 0.01070 *** 938

t+1 0.00139 0.00203 -0.00063 -0.00359 -0.01569 0.01210 564

t+2 0.00475 -0.03916 0.04391 *** -0.00533 -0.02912 0.02380 *** 354

株式

平均値 中央値

発行 非発行 差 発行 非発行 差 観測数

設備投資比率 t 0.05206 0.01188 0.04018 0.01216 0.00516 0.00700 370

t+1 0.24554 0.39770 -0.15217 0.15557 0.17626 -0.02069 206

t+2 0.41779 0.36816 0.04962 0.31444 0.20743 0.10700 130

研究開発費比率 t 0.00160 0.00026 0.00134 -0.00004 -0.00008 0.00004 370

t+1 0.02615 0.02620 -0.00006 0.01462 0.01482 -0.00020 206

t+2 0.05476 0.04881 0.00594 0.02062 0.02937 -0.00875 130

現預金/総資産 t 0.01963 0.00665 0.01298 ** 0.00842 0.00150 0.00692 ** 370

t+1 0.01192 0.00682 0.00509 0.00220 -0.00035 0.00255 206

t+2 0.02323 -0.00080 0.02403 0.00544 0.01021 -0.00477 ** 130

総負債/総資産 t -0.02927 0.02008 -0.04935 ** -0.01121 -0.00231 -0.00890 ** 370

t+1 -0.05629 0.02062 -0.07691 *** -0.02205 0.00015 -0.02221 ** 206

t+2 -0.00953 -0.03244 0.02290 -0.01346 -0.02909 0.01563 130

(注)***,**,* はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す。 差は(発行 ― 非発行)の値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は

t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon singed-rank test による。

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- 114 -

株式について見てみると,危機前には,t 期の研究開発比率が有意に増加している。また,t 期の現預金比率が有意に増加し,t 期から t+2

期にかけて負債比率が有意に減少している。危機後は,t 期の負債比率のみ有意に減少している。

表 14 社債発行および株式発行後の設備投資および研究開発(Difference-in-Differences):金融危機前,危機以後

(注)***,**,* はそれぞれ 1%,5%,10% 水準で有意であることを示す。差は処置群(発行企業)から対照群(非発行企業)を引いた値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。ミディアン値の検定は Wilcoxon�singed-rank�test による。

1

表14 社債発行および株式発行後の設備投資および研究開発(Difference-in-Difference):金

融危機前,危機以後 社債

危機前(中央値) 危機以後(中央値)

発行 非発行 差 観測数 発行 非発行 差 観測数

設備投資比率 t 0.00414 0.00352 0.00062 618 -0.01053 -0.00963 -0.00090 276

t+1 0.10489 0.11403 -0.00913 370 0.08887 0.06750 0.02137 126

t+2 0.30737 0.20910 0.09827 * 212 0.20060 0.18806 0.01254 40

研究開発費比率 t -0.00021 -0.00010 -0.00012 618 0.00009 0.00014 -0.00005 276

t+1 0.01644 0.01224 0.00420 370 0.01400 0.01356 0.00045 126

t+2 0.04418 0.02959 0.01459 * 212 0.03222 0.02008 0.01214 40

現預金/総資産 t 0.00338 -0.00244 0.00582 *** 618 0.00659 0.00722 -0.00063 276

t+1 0.00356 -0.00345 0.00701 ** 370 0.01497 0.03341 -0.01844 126

t+2 0.00712 -0.00203 0.00914 *** 212 0.01966 0.02839 -0.00874 40

総負債/総資産 t 0.00313 -0.01238 0.01551 *** 618 -0.00214 -0.01723 0.01508 * 276

t+1 0.00751 -0.00179 0.00930 370 -0.01284 -0.02652 0.01368 126

t+2 0.01651 0.00809 0.00842 212 -0.06051 -0.06438 0.00386 40

株式

危機前(中央値) 危機以後(中央値)

発行 非発行 差 発行 非発行 差 観測数

設備投資比率 t 0.01935 0.01012 0.00924 300 0.00119 -0.00259 0.00378 92

t+1 0.14829 0.13789 0.01040 134 0.13843 0.11937 0.01907 36

t+2 0.31597 0.20650 0.10948 66 . . . .

研究開発費比率 t 0.00001 -0.00016 0.00017 ** 300 0.00027 0.00021 0.00006 92

t+1 0.01909 0.01360 0.00549 134 0.01698 0.00725 0.00974 36

t+2 0.03556 0.03999 -0.00442 66 . . . .

現預金/総資産 t 0.00592 0.00086 0.00505 * 300 0.00675 0.00999 -0.00324 92

t+1 -0.00465 -0.00606 0.00141 134 0.02059 0.00580 0.01479 36

t+2 -0.00666 0.01843 -0.02508 66 . . . .

総負債/総資産 t -0.00201 0.00664 -0.00865 * 300 -0.04193 -0.01441 -0.02752 ** 92

t+1 -0.00660 0.02046 -0.02706 *** 134 -0.05596 -0.02492 -0.03103 36

t+2 0.00190 0.05059 -0.04869 ** 66 . . . .

(注)***,**,* はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す。 差は(発行 ― 非発行)の値。観測数は,処置群と対照群のサンプル数の和。平均値の検定は

t-test,ミディアン値の検定は Wilcoxon singed-rank test による。

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1990 年代以降,日本企業の外部資金調達は徐々に借入から社債や株式へとシフトした。そこで本稿では,1990 年代後半以降の日本企業を対象として,非上場企業の IPO(新規株式公開)と上場企業の株式発行(SEO)・社債発行による資金調達の決定要因,および,資金調達後の企業行動を分析した。

まず,1995 年度から 2010 年度までの『企業活動基本調査』を用いて IPO に関する分析を行った。この結果,収益性,健全性が高い企業は IPO をする確率が高いこと,また,IPO をした企業は,その後非 IPO 企業に比べて,設備投資や研究開発を有意に増加させていることが明らかになった。これらの効果は経済的にも意味のある大きさであり,IPO が単に株価のミスプライシングを利用するためだけではなく,設備投資や研究開発のための資金調達手段として用いられていることを示している。

上場企業による株式発行(SEO)・社債発行に関する分析では,2002 年度から 2010 年度に東京証券取引所第1部に上場している企業を対象とした分析を行った。この結果,時価簿価比率およびレバレッジが高い企業は株式発行割合が高く,売上高伸び率および債務不履行確率が高い企業は社債発行割合が高いことなどが明らかになった。株式発行に関する結果は,マーケットタイミング(ミスプライシング)仮説および資本構成に関する既存の理論仮説(トレードオフ,およびペッキングオーダー)と整合的であり,社債発行に関する結果は,銀行によるホールドアップ仮説と整合的であるが,銀行の再交渉機能を重視する仮説は支持されない。また,上場企業による資金調達後の投資行動を分析したところ,社債発行は企業の設備投資を有意に増加させるものの,SEO が設備投資,研

究開発を有意に増加させる効果は限定的であった(金融危機前に研究開発投資を増加させる効果が認められたのみである)。

本稿では,2008 年のグローバル金融危機時の資本市場の動揺の影響についても分析を行った。この時期,IPO 件数は大きく落ち込んだが,この時期に IPO した企業は,それ以前の時期に IPO をした企業にくらべて,むしろ IPO 後に投資や研究開発を増やした可能性がある。他方,社債の発行も危機時一時的に減少したが,金融危機以後に社債発行した企業は,その後投資や研究開発を増やしておらず,IPO とは異なる結果が得られた。

本稿の結果は,まず,未上場企業の設備投資や研究開発を促すうえで,IPOの役割が重要であることを示唆している。グローバル金融危機以降,IPO件数が低迷している背景には,開業率の低迷などさまざまな要因が考えられるが,インサイダー取引の排除など,透明性の確保を通じて IPO 市場を活性化させることは,IPO の増加を通じて投資や研究開発を促進し,さらにはマクロ経済の成長率を高める上で有益であろう。

他方,上場企業による株式発行が直接,設備投資や研究開発を増やすという効果は限定的であったが,これは,上場企業による株式発行は経済成長への意義が認められないという意味ではない。株式発行は,レバレッジを有意に低下させることが示されたが,設備投資や研究開発に関する多くの実証研究は,レバレッジの高さが外部資金調達を阻害する一因であることを指摘している。したがって,上場企業による株式発行は,企業の資本構成のリバランスを通じて,間接的に設備投資や研究開発を促進している可能性が高い。

最後に,上場企業による社債発行は,直接,

Ⅵ.おわりに

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設備投資に寄与していることが示された。1990年代の社債発行に関する規制緩和は,着実に成果を挙げていると評価できよう。

グローバル金融危機時に見られたように,金融危機は資本市場を一時的に麻痺させることがある。こうした市場の混乱が一時的なものであれば,銀行による貸出である程度代替することが可能であるが,本稿の分析結果は,銀行借入

と社債,株式発行が完全な代替物ではないことを示している。特に,成長性の高い企業が社債や株式発行に依存しているという本稿の分析結果に鑑みれば,資本市場の混乱は,特に成長性の高い企業に負担を強いることが示唆される。その意味でも,資本市場による資金調達環境を安定,向上させることは,経済成長に重要な意義を持つ。

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付論1.上場基準

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付論1 上場基準

開設年 株主数 流通株式 事業継続年数 時価総額(注1) 純資産(注2) 利益(注2) 売上高(注3)

旧ジャスダック 1983年

上場株式数が・1万単元未満の場合、300人以上・1万以上2万単元未満の場合、400人以上・2万単元以上の場合、500人以上

制限なし取締役会の設置から1年以上

自己株式を除き10億円以上

2億円以上

当期純利益金額が正、または経常利益が5億円以上。ただし、上場時価総額が50億円以上(見込み)の場合は利益は不問。

制限なし

新ジャスダック(スタンダード)

制限なし浮動株時価総額が5億円以上

2億円以上

経常利益が1億円以上。ただし上場日における時価総額が50億円の場合、「利益の額」は問わない。

制限なし

新ジャスダック(グロース)

制限なし浮動株時価総額が5億円以上

正であること 制限なし 制限なし

マザーズ 1999年 300人以上

・流通株式数 2,000単位以上・流通株式時価総額 5億円以上・流通株式比率 上場株券等の数の25%以上

取締役会の設置から1年以上

10億円以上 制限なし 制限なし 制限なし

ヘラクレス スタンダード基準第1号

制限なし浮動株時価総額が8億円以上

充足していること 充足していること 充足していること

ヘラクレス スタンダード基準第2号

2年以上浮動株時価総額が18億円以上

充足していること 充足していること 充足していること

ヘラクレス スタンダード基準第3号

制限なし浮動株時価総額が20億円以上

充足していること 充足していること 充足していること

ヘラクレス グロース基準

300人以上

・最低浮動株式数:1,000単位以上・最低公開株式数:上場株式数の10%以上(最低1,000単位)

1年以上(上場時価総額50億円以上の場合は1年未満でも可)

浮動株時価総額が5億円以上

充足していること 充足していること 充足していること

アンビシャス 2000年 200人以上・500単位以上(上場申請日から上場日の前日まで)

取締役会の設置から1年以上

直前事業年度の営業利益の額が正であること ※営業利益が負でも高い収益性が期待できる場合は可。

制限なし

セントレックス 1999年 300人以上・500単位以上(上場申請日から上場日の前日まで)

取締役会の設置から1年以上

5億円以上 制限なし 制限なし

上場申請日の前日までに成長可能事業の売上高が計上されていること

Q-Board 2000年 200人以上・500単位以上(上場申請日から上場日の前日まで)

取締役会の設置から1年以上

3億円以上正であること(上場日時点)

制限なし

上場対象となる事業について計上されていること(上場申請日の前日時点)

NEO 2007年 300人以上 制限なし

・上場申請日から起算して1年以前から取締役会を設置していること・成長可能性のある新技術または新たなビジネスモデルに基づく最初の売上計上から10年を経過していないこと

自己株式を除き10億円以上

負でないこと 制限なし 制限なし

(注)1 特に記載がなければ、時価総額は上場時の見込みとする2 特に記載がなければ、純資産、利益は直前営業年度末の数値とする3 特に記載がなければ、対象事業の売上高計上は上場申請日の前日までとする

2010年

2000年

以下のいずれかに適合していること(1)純資産の額が1億円以上、かつ時価総額3億円以上(2)純資産の額が正であり、かつ時価総額が5億円以上

300人以上・1,000単位または上場株式数の10%

400人以上

・最低浮動株式数:1,100単位以上・最低公開株式数:上場株式数の10%以上(最低1,000単位)

(注) 1 特に記載がなければ,時価総額は上場時の見込みとする   2 特に記載がなければ,純資産、利益は直前営業年度末の数値とする   3 特に記載がなければ,対象事業の売上高計上は上場申請日の前日までとする

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本稿では,上場企業の財務状態を表す変数として,倒産確率指標 SAF2002(白田 2003)を用いる。これは以下の式によって算出され,本稿ではさらに白田が提唱する4つのレベルに従って SAF 値を分類し,SAF 値が各レベルの範囲に収まる場合に1となるダミー変数を用いた。

以下,SAF の算出方法を記す。

SAF�=�0.01036X1�+�0.02682X2�-�0.06610X3�-�0.02368X4�+�0.70773

X1. 総資本内部留保利益率(%)�=期首・期末平均内部留保利益(利益剰余金)÷期首・期末平均総資本(総資産 = 負債・資本合計)× 100�注・留保利益=資本―(資本金+資本剰余金)

X2. 総資本税引前当期利益率(%)�=税引前当期利益÷期首・期末平均総資本× 100

X3. 棚卸資産回転期間=期首・期末平均棚卸資産× 12 ÷売上高

X4. 売上高支払利息率(%)=支払利息割引料÷売上高× 100 

ダミー分類基準SAF�A  1.44 < SAF 値    ��優良圏内SAF�B  0.9 < SAF 値< 1.44  安全圏内�

 SAF�C  0.7 < SAF 値< 0.9  ��倒産要注意� SAF�D  SAF 値< 0.7     �倒産可能性大�

本稿の実証においては,SAF�A を基準とし,説明変数に SAF�B ~ SAF�D を用いる。

付論2.倒産確率指標の作成方法

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