1 高齢者慢性硬膜下血腫とdementia ——慢性硬膜下 …proceedings of the 2nd annual...

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018 (第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集) 54 2. 当科の CSDH の検討と今後の課題 当院で357例の検討でも発症のピークは80歳台 で,80 歳以上が全症例の 42%を占めた。また再発率は 14.0%であったが,75 〜 79 歳での再発率が最も高く 80 歳以上では減少傾向であった。多くは独居や認知症の合 併で自宅復帰ができず,介護施設への転院待ちが原因で 入院日数が増加している。今後はより低侵襲な再発予防 策を講じ,退院後の生活支援を入院当初から行う必要が ある。 慢性硬膜下血腫(以下 CSDH)は高齢者では局所症状 が出現しにくく,認知障害で発症することが多い。教科 書には手術により症状は劇的に改善し,予後は良好であ ると記載されている。 この発表では CSDH の疫学,高齢者の症状,手術によ る症状の改善と予後について文献報告を review し,ま た当科の現状を報告することで treatable demantia として の CSDH について考察する。 1. 文献的考察 ①疫学:1975 年のヘルシンキからの報告では CSDH の発生率は 1.7/10 万人/年と報告されていたが 1992 年 の淡路島からの報告は 13.1 人,2011 年宮城県の報告で は 20.6 人と年代とともに上昇し,特に 80 歳以上では 127.1 人と急激に上昇している。また本邦の発生のピー クはすでに 80 歳台となっており,今後も発生数の増加 と患者の高齢化が見込まれる。 ②高齢者の症状 高齢者の症状は局所的な神経症状や頭痛よりまず見 当識障害や異常行動,認知症の増悪が初期症状(37〜 56%)となり,CSDH が見逃されていることもある。ま たこれらの症状を経て急激に意識障害を呈し,脳ヘルニ ア症状で緊急受診することもあり,注意が必要である。 ③手術による症状の改善 局所麻酔下の穿頭ドレナージ術が基本的手術となって 約 50 年が経過する。CSDH の手術はいかに低侵襲でか つ再発を予防できるかが重要であるが,最近でも再発率 は 10 〜 15%で改善はない。術後に認知機能が回復する のは 50%と報告され,特に高齢者では回復率は低い。 ④予 後 CSDH の予後は良好であるとされていたが,高齢化に 伴い多くの症例が合併症や担癌状態であることが報告さ れ,CSDH は大腿骨骨折と同様にその患者の予後に関し て“sentinel”であると表現される。特に高齢者では認 知機能の低下に伴う ADL の低下で CSDH 手術を契機に 自宅復帰ができなくなり介護施設に入所する率が増加す る。また米国のデータでは平均 80.6 歳の症例 209 例の うち病院死亡が 16.7%,6 ヵ月での死亡が 26.3%,1 年 での死亡が 32%と報告され,良好な予後とは言えない ことを示している。 (シンポジウム 1 treatable dementia ① 慢性硬膜下血腫の諸問題) 1 高齢者慢性硬膜下血腫と dementia ——慢性硬膜下血腫は良性疾患か? 宇野 昌明,戸井 宏行 川崎医科大学 脳神経外科学講座

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

54

 2. 当科の CSDH の検討と今後の課題

  当 院 で 357 例 の 検 討 で も 発 症 の ピ ー ク は 80 歳 台

で,80 歳以上が全症例の 42%を占めた。また再発率は

14.0%であったが,75 〜 79 歳での再発率が最も高く 80

歳以上では減少傾向であった。多くは独居や認知症の合

併で自宅復帰ができず,介護施設への転院待ちが原因で

入院日数が増加している。今後はより低侵襲な再発予防

策を講じ,退院後の生活支援を入院当初から行う必要が

ある。

 

 慢性硬膜下血腫(以下 CSDH)は高齢者では局所症状

が出現しにくく,認知障害で発症することが多い。教科

書には手術により症状は劇的に改善し,予後は良好であ

ると記載されている。

 この発表では CSDH の疫学,高齢者の症状,手術によ

る症状の改善と予後について文献報告を review し,ま

た当科の現状を報告することで treatable demantia として

の CSDH について考察する。

 1. 文献的考察

 ①疫学:1975 年のヘルシンキからの報告では CSDH

の発生率は 1.7/10 万人/年と報告されていたが 1992 年

の淡路島からの報告は 13.1 人,2011 年宮城県の報告で

は 20.6 人と年代とともに上昇し,特に 80 歳以上では

127.1 人と急激に上昇している。また本邦の発生のピー

クはすでに 80 歳台となっており,今後も発生数の増加

と患者の高齢化が見込まれる。

 ②高齢者の症状

 高齢者の症状は局所的な神経症状や頭痛よりまず見

当識障害や異常行動,認知症の増悪が初期症状(37 〜

56%)となり,CSDH が見逃されていることもある。ま

たこれらの症状を経て急激に意識障害を呈し,脳ヘルニ

ア症状で緊急受診することもあり,注意が必要である。

 ③手術による症状の改善

 局所麻酔下の穿頭ドレナージ術が基本的手術となって

約 50 年が経過する。CSDH の手術はいかに低侵襲でか

つ再発を予防できるかが重要であるが,最近でも再発率

は 10 〜 15%で改善はない。術後に認知機能が回復する

のは 50%と報告され,特に高齢者では回復率は低い。

 ④予 後

 CSDH の予後は良好であるとされていたが,高齢化に

伴い多くの症例が合併症や担癌状態であることが報告さ

れ,CSDH は大腿骨骨折と同様にその患者の予後に関し

て“sentinel”であると表現される。特に高齢者では認

知機能の低下に伴う ADL の低下で CSDH 手術を契機に

自宅復帰ができなくなり介護施設に入所する率が増加す

る。また米国のデータでは平均 80.6 歳の症例 209 例の

うち病院死亡が 16.7%,6 ヵ月での死亡が 26.3%,1 年

での死亡が 32%と報告され,良好な予後とは言えない

ことを示している。

(シンポジウム 1 treatable dementia ① 慢性硬膜下血腫の諸問題)

1 高齢者慢性硬膜下血腫と dementia ——慢性硬膜下血腫は良性疾患か?

宇野 昌明,戸井 宏行 川崎医科大学 脳神経外科学講座

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 2. 当科の CSDH の検討と今後の課題

  当 院 で 357 例 の 検 討 で も 発 症 の ピ ー ク は 80 歳 台

で,80 歳以上が全症例の 42%を占めた。また再発率は

14.0%であったが,75 〜 79 歳での再発率が最も高く 80

歳以上では減少傾向であった。多くは独居や認知症の合

併で自宅復帰ができず,介護施設への転院待ちが原因で

入院日数が増加している。今後はより低侵襲な再発予防

策を講じ,退院後の生活支援を入院当初から行う必要が

ある。

 

 慢性硬膜下血腫(以下 CSDH)は高齢者では局所症状

が出現しにくく,認知障害で発症することが多い。教科

書には手術により症状は劇的に改善し,予後は良好であ

ると記載されている。

 この発表では CSDH の疫学,高齢者の症状,手術によ

る症状の改善と予後について文献報告を review し,ま

た当科の現状を報告することで treatable demantia として

の CSDH について考察する。

 1. 文献的考察

 ①疫学:1975 年のヘルシンキからの報告では CSDH

の発生率は 1.7/10 万人/年と報告されていたが 1992 年

の淡路島からの報告は 13.1 人,2011 年宮城県の報告で

は 20.6 人と年代とともに上昇し,特に 80 歳以上では

127.1 人と急激に上昇している。また本邦の発生のピー

クはすでに 80 歳台となっており,今後も発生数の増加

と患者の高齢化が見込まれる。

 ②高齢者の症状

 高齢者の症状は局所的な神経症状や頭痛よりまず見

当識障害や異常行動,認知症の増悪が初期症状(37 〜

56%)となり,CSDH が見逃されていることもある。ま

たこれらの症状を経て急激に意識障害を呈し,脳ヘルニ

ア症状で緊急受診することもあり,注意が必要である。

 ③手術による症状の改善

 局所麻酔下の穿頭ドレナージ術が基本的手術となって

約 50 年が経過する。CSDH の手術はいかに低侵襲でか

つ再発を予防できるかが重要であるが,最近でも再発率

は 10 〜 15%で改善はない。術後に認知機能が回復する

のは 50%と報告され,特に高齢者では回復率は低い。

 ④予 後

 CSDH の予後は良好であるとされていたが,高齢化に

伴い多くの症例が合併症や担癌状態であることが報告さ

れ,CSDH は大腿骨骨折と同様にその患者の予後に関し

て“sentinel”であると表現される。特に高齢者では認

知機能の低下に伴う ADL の低下で CSDH 手術を契機に

自宅復帰ができなくなり介護施設に入所する率が増加す

る。また米国のデータでは平均 80.6 歳の症例 209 例の

うち病院死亡が 16.7%,6 ヵ月での死亡が 26.3%,1 年

での死亡が 32%と報告され,良好な予後とは言えない

ことを示している。

(シンポジウム 1 treatable dementia ① 慢性硬膜下血腫の諸問題)

1 高齢者慢性硬膜下血腫と dementia ——慢性硬膜下血腫は良性疾患か?

宇野 昌明,戸井 宏行 川崎医科大学 脳神経外科学講座

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(シンポジウム 1 treatable dementia ① 慢性硬膜下血腫の諸問題)

2 慢性硬膜下血腫における高齢者認知機能予後に及ぼす危険因子の解析 ——文献レビューと今後の展望について——

Risk factors for cognitive prognosis after chronic subdural hematoma in elderly

豊岡 輝繁,森 健太郎 Terushige Toyooka, MD, PhD and Kentaro Mori, MD, PhD

防衛医科大学校 脳神経外科

Department of Neurosurgery, National Defense Medical College

〔Key words〕

chronic subdural hematoma / dementia / frailty / cognitive function

Summary

 Chronic subdural hematoma (CSH) has been accounted for a treatable dementia to be cured by a simple burr hole surgery and

a short-term admission. However, CSH patients without expected prognosis after surgery are gradually increasing in association

with an aging of population and subsequent comorbidities. Preexisting comorbidities of some cognitive dysfunctions such

as dementia or psychiatric disorders are significant bad factors of prognosis. Typical cognitive dysfunctions caused by CSH

are acute confusion that has been reported to develop in 40-50% of CSH patients. It has been also considered a delirium with

hypoactivity and multifocal attention deficits.

 Cognitive dysfunctions before and after CSH have been suggested to be related to focal decline of cerebral blood flow or

brain atrophy. However, a precise evaluation of the pathognomies or an elucidation of the mechanisms have not been achieved.

Further studies would be required for an establishment of modified strategies for "untreatable" CSH patients who have prolonged

cognitive dysfunctions.

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は じ め に

 慢性硬膜下血腫 chronic subdural hematoma (CSH) は,

短時間の手術と数日以内の周術期管理で良好な結果が得

られ,それに伴う認知機能障害は treatable dementia と

も言われてきたが,近年日本における人口構成の高齢化

に伴い,併存疾患や既存の認知症を抱える超高齢者の

罹患者が増え,必ずしも良好な転帰が得られないこと

も多くなっている 1,2)。CSH において,外科的治療後に

認知機能を中心とした神経機能の回復が得られる症例

は 60-70%程度と言われ,治療後も認知・生活機能の低

下から介護度が高い患者は多く,その後の生活環境の設

定に費やす医療機関及び介護者の労力は確実に増して

いる 2,3)。

 CSH による認知機能障害は,記憶力障害や周辺症状と

しての behavioral and psychological symptoms of dementia

(BPSD)を中心としたアルツハイマー型認知症などと異

なり,脳の活動・代謝の全般的低下から起こる「低活動

型せん妄」に近い,と捉える報告もある 4)。そもそも,

CSH における認知機能障害の種類・程度の詳細,有効改

善率は不明であり,さらに,発症前に既に存在する認知

症・ADL 低下・フレイルの状態がどの程度予後に影響

するのか,など,特に認知機能に関連した点において未

解明である。現在,年間約 3 万人と推計される CSH 罹

患者であるが 5),人口統計の推移や社会背景の変化に伴

い,その疫学や認知機能障害の関わり方が大きく変わっ

ていると考えられる。本稿では,CSH における既存の認

知機能障害の関わり,および CSH によって起こる認知

機能障害の特徴・機序について文献的レビューと自験例

の解析を行い,今後更なる病態解明のために必要な前向

き試験の必要性について述べる。

CSH に及ぼす既存の認知機能障害の影響

 Abe らは,意識障害(認知症・虚血性脳卒中・精神障害)

を来す併病の既存が有意な独立予後不良因子であったと

報告している 6)。岡田らの 15 年間 444 例の後方視的解

析では,認知症の既存する群では術後の神経障害,医療

介護施設生活となる率が高く,3 ヵ月後 mRS 4 以上が対

照 3%に対し,44%と有意に悪い,と結論している 7)。

当施設で,2013 年 4 月から 2017 年 10 月までに血腫ド

レナージ術を行った CSH 連続 61 例について,年齢,性

別,入院時 ADL,MMSE,HDS-R,神経学的所見のほか,

病歴から取得し得る既往・習慣として,糖尿病,呼吸機

能障害,慢性心不全,心筋梗塞,その他の心疾患,認知

機能障害,高血圧,TIA,脳卒中,末梢動脈硬化症に伴

う疾患,悪性新生物の既往,慢性腎疾患・透析,抗凝固

/抗血小板療法,大量飲酒(アルコール 150g /週以上)

を,検査項目として,血中ヘモグロビン,アルブミン濃

度,推定糸球体濾過量(eGFR)を抽出し,退院時予後

(mRS),Karnofski performance status (KPS),ADL(Barthel

Index),退院先(自宅,介護施設,病院)について評価

したところ,既存の認知症は退院時予後,KPS, ADL の

どの項目においても有意な独立予後不良因子であり,最

も負の影響を及ぼす因子であった(table1)。認知症既往

のない群では,退院時にリハビリ目的で療養施設や病院

への転帰となってもそのほとんどが最終的に自宅生活に

戻れている。しかし,認知症既存の群では,発症前全体

の 7 割が自宅生活であったが,退院時はそのうち約半数

が医療・介護施設への転帰となり,3 ヵ月後でも初めの

自宅生活者のうち約 1 割は自宅に戻れなかったことが分

かった(fig.1)。

CSH による認知機能障害の特徴

 100 例以上の CSH 症例を集積し解析された過去 5 つ

の報告文献 7 〜 11) をレビューすると,認知機能障害と

捉えられる初発症状は 25 〜 55%であったが,それぞ

れ に 文 献 中 表 記 が 異 な り,mental symptom, dementia,

psychomotor dysfunction, cognitive decline など様々であ

る。“意識障害”の項目を別にしたものと,含めたもの

とあり,すべてまとめて広義の認知機能障害とすればい

ずれも約 40-50%程度であった。

 CSH による認知機能障害の典型例は,具体的には,注

意障害を中心に活動性・自発性の低下した「低活動型せ

ん妄」「Acute confusion」にふさわしく,アルツハイマー

型認知症でみられるような近似記憶障害を中心とて幻

覚・妄想など精神症状と行動異常(BPSD)を伴う認知

症とは明らかに異なる,という 4)。

 今村らは,5 つに分けられる主な注意機能としての「選

択性」「持続性」「転属性」「多方向性」「感度」が,CSH

の患者で高頻度に多様性に障害され,acute confusion を

呈することを指摘する 12)。その責任病巣として,上行性

網様賦活系から注意の覚醒・維持する機構として脳幹〜

視床の役割があり,注意の選択・制御に関しては前頭前

野皮質,頭頂皮質,辺縁系からのトップダウン調整とい

われる。例えば,注意障害が顕著に現れるレビー小体型

認知症では,脳幹視床障害による注意覚醒の変動による

傾眠が目立ち,前頭側頭型認知症の前頭葉障害では注意

の選択・転属機能などのコントロールが難しい,など疾

病特異性が指摘されるものもあるが 13),CSH の注意障

害の責任病巣については未解明である。既存に認知症が

あれば更に多彩な所見となるため,CSH の診断はより困

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は じ め に

 慢性硬膜下血腫 chronic subdural hematoma (CSH) は,

短時間の手術と数日以内の周術期管理で良好な結果が得

られ,それに伴う認知機能障害は treatable dementia と

も言われてきたが,近年日本における人口構成の高齢化

に伴い,併存疾患や既存の認知症を抱える超高齢者の

罹患者が増え,必ずしも良好な転帰が得られないこと

も多くなっている 1,2)。CSH において,外科的治療後に

認知機能を中心とした神経機能の回復が得られる症例

は 60-70%程度と言われ,治療後も認知・生活機能の低

下から介護度が高い患者は多く,その後の生活環境の設

定に費やす医療機関及び介護者の労力は確実に増して

いる 2,3)。

 CSH による認知機能障害は,記憶力障害や周辺症状と

しての behavioral and psychological symptoms of dementia

(BPSD)を中心としたアルツハイマー型認知症などと異

なり,脳の活動・代謝の全般的低下から起こる「低活動

型せん妄」に近い,と捉える報告もある 4)。そもそも,

CSH における認知機能障害の種類・程度の詳細,有効改

善率は不明であり,さらに,発症前に既に存在する認知

症・ADL 低下・フレイルの状態がどの程度予後に影響

するのか,など,特に認知機能に関連した点において未

解明である。現在,年間約 3 万人と推計される CSH 罹

患者であるが 5),人口統計の推移や社会背景の変化に伴

い,その疫学や認知機能障害の関わり方が大きく変わっ

ていると考えられる。本稿では,CSH における既存の認

知機能障害の関わり,および CSH によって起こる認知

機能障害の特徴・機序について文献的レビューと自験例

の解析を行い,今後更なる病態解明のために必要な前向

き試験の必要性について述べる。

CSH に及ぼす既存の認知機能障害の影響

 Abe らは,意識障害(認知症・虚血性脳卒中・精神障害)

を来す併病の既存が有意な独立予後不良因子であったと

報告している 6)。岡田らの 15 年間 444 例の後方視的解

析では,認知症の既存する群では術後の神経障害,医療

介護施設生活となる率が高く,3 ヵ月後 mRS 4 以上が対

照 3%に対し,44%と有意に悪い,と結論している 7)。

当施設で,2013 年 4 月から 2017 年 10 月までに血腫ド

レナージ術を行った CSH 連続 61 例について,年齢,性

別,入院時 ADL,MMSE,HDS-R,神経学的所見のほか,

病歴から取得し得る既往・習慣として,糖尿病,呼吸機

能障害,慢性心不全,心筋梗塞,その他の心疾患,認知

機能障害,高血圧,TIA,脳卒中,末梢動脈硬化症に伴

う疾患,悪性新生物の既往,慢性腎疾患・透析,抗凝固

/抗血小板療法,大量飲酒(アルコール 150g /週以上)

を,検査項目として,血中ヘモグロビン,アルブミン濃

度,推定糸球体濾過量(eGFR)を抽出し,退院時予後

(mRS),Karnofski performance status (KPS),ADL(Barthel

Index),退院先(自宅,介護施設,病院)について評価

したところ,既存の認知症は退院時予後,KPS, ADL の

どの項目においても有意な独立予後不良因子であり,最

も負の影響を及ぼす因子であった(table1)。認知症既往

のない群では,退院時にリハビリ目的で療養施設や病院

への転帰となってもそのほとんどが最終的に自宅生活に

戻れている。しかし,認知症既存の群では,発症前全体

の 7 割が自宅生活であったが,退院時はそのうち約半数

が医療・介護施設への転帰となり,3 ヵ月後でも初めの

自宅生活者のうち約 1 割は自宅に戻れなかったことが分

かった(fig.1)。

CSH による認知機能障害の特徴

 100 例以上の CSH 症例を集積し解析された過去 5 つ

の報告文献 7 〜 11) をレビューすると,認知機能障害と

捉えられる初発症状は 25 〜 55%であったが,それぞ

れ に 文 献 中 表 記 が 異 な り,mental symptom, dementia,

psychomotor dysfunction, cognitive decline など様々であ

る。“意識障害”の項目を別にしたものと,含めたもの

とあり,すべてまとめて広義の認知機能障害とすればい

ずれも約 40-50%程度であった。

 CSH による認知機能障害の典型例は,具体的には,注

意障害を中心に活動性・自発性の低下した「低活動型せ

ん妄」「Acute confusion」にふさわしく,アルツハイマー

型認知症でみられるような近似記憶障害を中心とて幻

覚・妄想など精神症状と行動異常(BPSD)を伴う認知

症とは明らかに異なる,という 4)。

 今村らは,5 つに分けられる主な注意機能としての「選

択性」「持続性」「転属性」「多方向性」「感度」が,CSH

の患者で高頻度に多様性に障害され,acute confusion を

呈することを指摘する 12)。その責任病巣として,上行性

網様賦活系から注意の覚醒・維持する機構として脳幹〜

視床の役割があり,注意の選択・制御に関しては前頭前

野皮質,頭頂皮質,辺縁系からのトップダウン調整とい

われる。例えば,注意障害が顕著に現れるレビー小体型

認知症では,脳幹視床障害による注意覚醒の変動による

傾眠が目立ち,前頭側頭型認知症の前頭葉障害では注意

の選択・転属機能などのコントロールが難しい,など疾

病特異性が指摘されるものもあるが 13),CSH の注意障

害の責任病巣については未解明である。既存に認知症が

あれば更に多彩な所見となるため,CSH の診断はより困

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難となり,時に診断・治療開始が遅れることにもなる。

CSH と脳血流

 Ishikawa らは,PET による評価で,血腫のある側で局

在的に尾状核,帯状回,レンズ核での CBF 低下を指摘し,

同部では酸素摂取率が増大しているという 14)。術前ダイ

アモックス負荷 SPECT を行うと,手術が有効な慢性硬

膜下血腫例においては酸素摂取率の上昇を認め,一方で,

術前酸素摂取率の増大がない例や Diamox SPECT で無反

応な脳萎縮の強い症例では手術が無効ではないかと考察

されている 15)。

CSH と脳萎縮

 CSH の診断前に頭部 CT が行われていた 19 人の脳萎

縮率を対照群と比較評価した報告では,慢性硬膜下血

腫になる群は診断前の脳萎縮率が有意に高く,特に 65

歳以下での萎縮率が高かった。他にも脳萎縮が CSH の

危険因子であるとする報告がみられる一方で 16),CSH

を発症すると脳萎縮率は認知症罹患者の群よりも倍以

上に高くなる,つまり脳萎縮が CSH の結果として顕著

に起こる 17),という報告は興味深い。以前は treatable

dementia として,手術をすれば発症前の意識状態に回復

することが期待されたのが,むしろ認知機能が逆に低下

する例さえみられるのは,このような脳萎縮の問題が関

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わっているのかもしれない。

今後の課題——前向き臨床試験について——

 これらのことを踏まえ今後明らかにするべき課題とし

て,既存の認知症やフレイルなど多要素を絡めた上での,

慢性硬膜下血腫における認知機能障害の特徴や予後に影

響を及ぼす危険因子について,より詳細な検討が必要と

考える。現在,脳神経外科認知症学会会員有志による多

施設での前向き臨床試験を進行中のところである。

お わ り に

  既 存 の 認 知 症 は CSH の 強 い 予 後 不 良 因 子 で あ り,

CSH による認知機能障害の特徴は,低活動型せん妄・注

意障害を中心とした acute confusion であるが,既存の

認知症が混在し多彩な症状を呈する症例が増加するこ

とも懸念される。CSH には acute confusion と失語など

の巣症状で発症し穿頭術により直ちに改善する treatable

dementia と,既存の認知症があり手術によっても改善し

ない untreatable dementia があり,それには脳血流,脳萎

縮,ほか複数の因子が関与している可能性が考えられ,

今後の検討課題である。

 (COI)著者全員は日本脳神経外 科学会への COI 自己

申告を完了しています。本論文の発 表に関して開示す

べき COI はありません。

引用文献

 1. Uno M, Toi H, Hirai S. Chronic subdural hematoma

in elderly patients: Is this disease benign? Neurol Med Chr

(Tokyo), Aug 15;57(8):402-409, 2017

 2. Toi H, Kinoshita K, Hirai S, et al. Present epidemiology

of chronic subdural hematoma in Japan: analysis of 63,358

cases recorded in a national administrative database. J

Neurosurg Jan;128(1):222-228, 2018.

 3. 西村周三,人口構造の変化からみたこれからの認知

症施策——経済学の視点から——,老年精神医学雑誌 ,

27:563-570, 2016

 4. 吉川剛平 . 石川達哉 . 慢性硬膜下血腫の治療・手術

 私の工夫 認知症と慢性硬膜下血腫 . 脳神経外科速報 ,

26(2):152-156, 2016

 5. 豊岡輝繁,森健太郎 . 慢性硬膜下血腫の疫学 . 慢性

硬膜下血腫の診断・治療・手術 , 1:12-16, 2017

 6. Abe Y, Maruyama K, Yokoya S, et al. Outcomes of

 Fig. 1 Influence of preexisting dementia for postoperative outcomes of chronic subdural hematoma

(CSH). Consequent 61 patients of CSH were divided into a control group (n = 44) and a preexisting

dementia group (n = 17). Most of the patients in control group who lived in home before the onset of CSH

were able to get the previous state of home living 3 months after the surgery (left). On the other hand, 9%

of the patients in preexisting dementia group who lived in home before the onset of CSH could not get the

previous home living 3 months after the surgery (right).

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わっているのかもしれない。

今後の課題——前向き臨床試験について——

 これらのことを踏まえ今後明らかにするべき課題とし

て,既存の認知症やフレイルなど多要素を絡めた上での,

慢性硬膜下血腫における認知機能障害の特徴や予後に影

響を及ぼす危険因子について,より詳細な検討が必要と

考える。現在,脳神経外科認知症学会会員有志による多

施設での前向き臨床試験を進行中のところである。

お わ り に

  既 存 の 認 知 症 は CSH の 強 い 予 後 不 良 因 子 で あ り,

CSH による認知機能障害の特徴は,低活動型せん妄・注

意障害を中心とした acute confusion であるが,既存の

認知症が混在し多彩な症状を呈する症例が増加するこ

とも懸念される。CSH には acute confusion と失語など

の巣症状で発症し穿頭術により直ちに改善する treatable

dementia と,既存の認知症があり手術によっても改善し

ない untreatable dementia があり,それには脳血流,脳萎

縮,ほか複数の因子が関与している可能性が考えられ,

今後の検討課題である。

 (COI)著者全員は日本脳神経外 科学会への COI 自己

申告を完了しています。本論文の発 表に関して開示す

べき COI はありません。

引用文献

 1. Uno M, Toi H, Hirai S. Chronic subdural hematoma

in elderly patients: Is this disease benign? Neurol Med Chr

(Tokyo), Aug 15;57(8):402-409, 2017

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 Fig. 1 Influence of preexisting dementia for postoperative outcomes of chronic subdural hematoma

(CSH). Consequent 61 patients of CSH were divided into a control group (n = 44) and a preexisting

dementia group (n = 17). Most of the patients in control group who lived in home before the onset of CSH

were able to get the previous state of home living 3 months after the surgery (left). On the other hand, 9%

of the patients in preexisting dementia group who lived in home before the onset of CSH could not get the

previous home living 3 months after the surgery (right).

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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chronic subdural hematoma with preexisting comorbidities

c a u s i n g d i s t u r b e d c o n s c i o u s n e s s . J N e u r o s u r g ,

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

正常圧水頭症の諸問題

宮嶋 雅一1,中島 円2,新井 一21 順天堂東京江東高齢者医療センター 脳神経外科,2 順天堂大学 脳神経外科

 特発性正常圧水頭症(iNPH)は髄膜炎,くも膜下出

血などの先行疾患がなく,歩行障害を主体として認知障

害,排尿障害をきたす,脳脊髄液吸収障害に起因した病

態と定義されている。しかしその病因については未だ不

明である。

 iNPH の診断は特徴的な臨床症候,MRI/CT 画像と髄

液排除試験によってなされる。したがって,高齢者を侵

し,認知障害と歩行障害をきたす疾患の中で,脳室拡大

をきたす病態,すなわち脳萎縮との間で慎重な鑑別を要

する。鑑別診断は,認知障害,歩行障害,あるいはそ

の両方を主症状とするアルツハイマー病,パーキンソ

ン病,レビー小体病,前頭側頭型認知症,進行性核上

性麻痺,大脳皮質基底核変性症,多系統萎縮症などの

神経変性疾患と皮質下性虚血性血管障害などが重要で

ある。診断には,iNPH と他の疾患との鑑別のみではな

く,iNPH と他の疾患の併存した病態も含まれることに

留意すべきである。臨床症候と DESH (disproportionately

enlarged subarachnoid-space hydrocephalus) の所見があれ

ば iNPH が強く示唆されるが,DESH を認めたからといっ

て iNPH であると即断してはならない。症状は併存して

いる疾患により生じている場合があり,髄液バイオマー

カーや画像バイオマーカーを参考に慎重に診断を進める

べきである。iNPH の長期予後は,併存する神経変性疾

患に依存することを,患者および家族に治療前に十分に

説明する必要がある。治療は,シャント手術が唯一の方

法になる。ただし,シャント手術が有効な症例であって

も,手術の時期を逸すると脳の障害が進行してしまい,

充分な治療効果を期待することは難しい。また,シャン

ト手術によって症状が改善しても,その後の脳血管障害

の合併や併存する神経変性疾患の進行などにより,一旦

改善した症状が悪化する経過をたどることもある。その

為,術後も,脳神経内科医と密に連携し,患者管理を行

うことが重要である。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

60

(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

正常圧水頭症の諸問題

宮嶋 雅一1,中島 円2,新井 一21 順天堂東京江東高齢者医療センター 脳神経外科,2 順天堂大学 脳神経外科

 特発性正常圧水頭症(iNPH)は髄膜炎,くも膜下出

血などの先行疾患がなく,歩行障害を主体として認知障

害,排尿障害をきたす,脳脊髄液吸収障害に起因した病

態と定義されている。しかしその病因については未だ不

明である。

 iNPH の診断は特徴的な臨床症候,MRI/CT 画像と髄

液排除試験によってなされる。したがって,高齢者を侵

し,認知障害と歩行障害をきたす疾患の中で,脳室拡大

をきたす病態,すなわち脳萎縮との間で慎重な鑑別を要

する。鑑別診断は,認知障害,歩行障害,あるいはそ

の両方を主症状とするアルツハイマー病,パーキンソ

ン病,レビー小体病,前頭側頭型認知症,進行性核上

性麻痺,大脳皮質基底核変性症,多系統萎縮症などの

神経変性疾患と皮質下性虚血性血管障害などが重要で

ある。診断には,iNPH と他の疾患との鑑別のみではな

く,iNPH と他の疾患の併存した病態も含まれることに

留意すべきである。臨床症候と DESH (disproportionately

enlarged subarachnoid-space hydrocephalus) の所見があれ

ば iNPH が強く示唆されるが,DESH を認めたからといっ

て iNPH であると即断してはならない。症状は併存して

いる疾患により生じている場合があり,髄液バイオマー

カーや画像バイオマーカーを参考に慎重に診断を進める

べきである。iNPH の長期予後は,併存する神経変性疾

患に依存することを,患者および家族に治療前に十分に

説明する必要がある。治療は,シャント手術が唯一の方

法になる。ただし,シャント手術が有効な症例であって

も,手術の時期を逸すると脳の障害が進行してしまい,

充分な治療効果を期待することは難しい。また,シャン

ト手術によって症状が改善しても,その後の脳血管障害

の合併や併存する神経変性疾患の進行などにより,一旦

改善した症状が悪化する経過をたどることもある。その

為,術後も,脳神経内科医と密に連携し,患者管理を行

うことが重要である。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

4 最新の LPshunt(LPS)手術 ——トラブル解決法と周術期管理——LP shunt for iNPH patients

—Recent surgical refinements and perioperative managements—

桑名 信匡, 鮫島 直之,渡邊 玲,佐藤 章,関 要次郎Nobumasa Kuwana, Naoyuki Samejima, Akira Watanabe, Akira Sato, Yojiro Seki

東京共済病院 脳神経外科 正常圧水頭症センター

NPH Center, Department of Neurosurgery, Tokyo Kyosai Hospital, Tokyo, Japan

〔キーワード〕

iNPH /特発性正常圧水頭症/ LP シャント/ LP シャント手術手技/ LP シャント合併症

Summary

 The LP shunt has recently become widely used in the treatment of iNPH in Japan. Although these surgical procedures looks

rather simple, special considerations for the elderly patients are necessary.

 Here, we report on our surgical refinements in LP shunt to lessen the surgical complications. Especially we focused on anti-

migration measures of peritoneal tube and anti-over drainage thoughts for the slim patients.

 We would like to generalize these surgical procedures worldwide in near future.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

62

は じ め に

 iNPH は髄液シャントが唯一の治療手段である。近年

は LPS を選択する施設が増え,2015 年の厚労省の「iNPH

の疫学・病態と治療に関する全国調査」でも,50%を超

えている。

 一方,LPS は手術の手順は単純ではあるものの,対象

となる患者層は高齢者であるため,多くの既往症があっ

たり多剤服用者も多く,腰椎の変形や靭帯の骨化もある

ため,適応や手技,周術期管理は決して容易ではない。

 筆者らは「LP シャント K タイプ」の開発 1)以来 40

年近くに渉り,多くの施設での手術供覧や普及活動の中

で寄せられた質問や,セカンドオピニオンを基に,手術

器具,術式の改善を重ねて来た。本稿では,最近の手技

(特に開閉腹の工夫と Over Dranaige(OD)対策を中心に)

とトラブルの解決法について述べる。

術前検討

 ① 手術適応:我々は年間で 100 例近い iNPH 症例にシ

ャント手術を施行しており,LPS を第一選択としている。

しかし 1/4 強は VPS の選択となる。脳室穿刺による出血

のリスクは 0.5 〜 5%近くあり,amyloid angiopathy の好

発年令を考えると,患者,術者の双方が LPS を選択した

いと考えるのは無理からぬことである。しかし,腰椎穿

刺部の炎症,褥瘡,中脳水道狭窄症,LOVA,脊柱管狭

窄症は LPS の適応外と考えて良い。

 ② 術前管理:患者は全員が高齢者であるため麻酔は

安全を考慮して全身麻酔を選択しており,全身状態の評

価は重要である。術前の呼吸機能検査,心エコーは必須

である。特に様々な基礎疾患から抗血小板剤,抗凝固剤

を服用している高齢者は多い。使用目的の確認を行い,

基本的には術前休薬,術後早期開始とし,中止できない

場合は術前 1W のヘパリン置換と術前中止や,抗凝固薬

は DOAC へ変更し手術当日朝に,休薬としている。

 腰椎手術や腹部手術の有無のチェックが重要。特に

腹膜炎既往歴のある方は術前の腹部 CT,消化器外科医

へのコンサルが重要。腰椎画像診断,特に MD-CT での

2D,3D 画像が有用である。さらに脊柱管狭窄症のスク

リーニングで全脊椎の MRI は必須。いずれにしても術

前検討は極めて重要であることを認識する。

LPS の基本手技 2)

 腰椎側術後に体位変換を行わずにベッドを 35°ロー

テートして腹部手術に入るため独自に開発したドレープ

を使用。ドレープ交換の必要はなく術中の感染もなく,

平均手術時間は 40 分前後である(図 1 右)。

 通常は右側臥位で,腰の湾曲は軽度にする。無理に屈

曲して脊髄側チューブを正中から挿入しても,日常生活

の起立姿勢で棘突起間で挟まれて断裂したケースが起き

た事例への反省からである。さらに 2 年前には,脊髄側

チューブが subdural space で epiarachnoid space へ挿入さ

れたケースを経験してからは,頭部を 10°挙上する体位

とし(図 1 左),脊髄側チューブ挿入後,連続して CSF

が 20 滴,滴下するのを確認することをルーティンとし

てからは同じ誤ちは避けられている。

 図 1 左:頭側を約 10 度拳上(稀に脊髄側チューブがクモ膜外に挿入されるのを防ぐ目的)。右:右側臥位で腰椎側手術後に

体位変換を行わずベッドを 35 度横転し傾けて腹側手術に入る。以上,文献 2 をもとに作成。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

62

は じ め に

 iNPH は髄液シャントが唯一の治療手段である。近年

は LPS を選択する施設が増え,2015 年の厚労省の「iNPH

の疫学・病態と治療に関する全国調査」でも,50%を超

えている。

 一方,LPS は手術の手順は単純ではあるものの,対象

となる患者層は高齢者であるため,多くの既往症があっ

たり多剤服用者も多く,腰椎の変形や靭帯の骨化もある

ため,適応や手技,周術期管理は決して容易ではない。

 筆者らは「LP シャント K タイプ」の開発 1)以来 40

年近くに渉り,多くの施設での手術供覧や普及活動の中

で寄せられた質問や,セカンドオピニオンを基に,手術

器具,術式の改善を重ねて来た。本稿では,最近の手技

(特に開閉腹の工夫と Over Dranaige(OD)対策を中心に)

とトラブルの解決法について述べる。

術前検討

 ① 手術適応:我々は年間で 100 例近い iNPH 症例にシ

ャント手術を施行しており,LPS を第一選択としている。

しかし 1/4 強は VPS の選択となる。脳室穿刺による出血

のリスクは 0.5 〜 5%近くあり,amyloid angiopathy の好

発年令を考えると,患者,術者の双方が LPS を選択した

いと考えるのは無理からぬことである。しかし,腰椎穿

刺部の炎症,褥瘡,中脳水道狭窄症,LOVA,脊柱管狭

窄症は LPS の適応外と考えて良い。

 ② 術前管理:患者は全員が高齢者であるため麻酔は

安全を考慮して全身麻酔を選択しており,全身状態の評

価は重要である。術前の呼吸機能検査,心エコーは必須

である。特に様々な基礎疾患から抗血小板剤,抗凝固剤

を服用している高齢者は多い。使用目的の確認を行い,

基本的には術前休薬,術後早期開始とし,中止できない

場合は術前 1W のヘパリン置換と術前中止や,抗凝固薬

は DOAC へ変更し手術当日朝に,休薬としている。

 腰椎手術や腹部手術の有無のチェックが重要。特に

腹膜炎既往歴のある方は術前の腹部 CT,消化器外科医

へのコンサルが重要。腰椎画像診断,特に MD-CT での

2D,3D 画像が有用である。さらに脊柱管狭窄症のスク

リーニングで全脊椎の MRI は必須。いずれにしても術

前検討は極めて重要であることを認識する。

LPS の基本手技 2)

 腰椎側術後に体位変換を行わずにベッドを 35°ロー

テートして腹部手術に入るため独自に開発したドレープ

を使用。ドレープ交換の必要はなく術中の感染もなく,

平均手術時間は 40 分前後である(図 1 右)。

 通常は右側臥位で,腰の湾曲は軽度にする。無理に屈

曲して脊髄側チューブを正中から挿入しても,日常生活

の起立姿勢で棘突起間で挟まれて断裂したケースが起き

た事例への反省からである。さらに 2 年前には,脊髄側

チューブが subdural space で epiarachnoid space へ挿入さ

れたケースを経験してからは,頭部を 10°挙上する体位

とし(図 1 左),脊髄側チューブ挿入後,連続して CSF

が 20 滴,滴下するのを確認することをルーティンとし

てからは同じ誤ちは避けられている。

 図 1 左:頭側を約 10 度拳上(稀に脊髄側チューブがクモ膜外に挿入されるのを防ぐ目的)。右:右側臥位で腰椎側手術後に

体位変換を行わずベッドを 35 度横転し傾けて腹側手術に入る。以上,文献 2 をもとに作成。

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 なお,術中に手術台を横転し 35°傾けるので,仙骨部

と肩甲骨の 2 ヶ所を背板でしっかり固定し,頭部に離被

架を立てクッションを用いて後頭部を支える(図 1 左)。

消毒前に手術台を傾けて,身体がしっかりと固定されて

いるか確認する(ストレステスト)。

 高齢者は腰椎の変形が高度である場合が多く,腰椎穿

刺に際しては前述のように腰椎 CT(2D,3D)で穿刺部

位の方向や深さをチェックする。穿刺は L2/3 間の榜正

中穿刺が基本であるが極端に狭い場合は 1 椎体上下の選

択を頭に入れておく。L2/3 を選択するのは,CSF 流出後

に本穿刺をして脊髄側チューブの上方への挿入が困難な

際に無理をして下方に挿入してしまってチューブが下方

でとぐろを巻いて神経痛を起こさない様に 6 〜 7cm で止

めることが可能な距離を逆算した数字であることを理解

しておいて頂きたい。

 まず 21 Gの腰椎穿刺針で試験穿刺を行い,CSF の流

出を確認したら穿刺の方向をマーキングし,針の根元を

モスキートペアンで把持し深さを測定し本穿刺針へマー

キングして本穿刺を行う。本穿刺で CSF 流出を確認し

たら,bevel を頭側に向けて脊髄側チューブを挿入する。

シリコンチューブを把持する際はシリコンに傷が付かな

い様に小摂子の先端をネラトンラバーでカバーしてお

く。CSF の流出が良くともチューブが先へ進まない場合

は針が深すぎることが多いので穿刺針を 2mm 前後抜く

とスムーズに挿入できる。無理をして挿入すると殆んど

の場合下方に挿入されている事が多い。針を抜く時に留

意することは,針とチューブを同時に抜くことである。

チューブのみを抜くと針の先端で切れてしまうことがあ

る。脊髄側チューブが挿入できたら穿刺針を留置したま

まスピッツメスで穿刺針の直上にあてるように皮膚切開

(2 〜 3cm)を置き穿刺針を抜去する(図 2A)。

次いで側腹部に中継点の小切開(2 〜 4mm)を置き,イ

ンラインパッサーを皮下に通し,可変バルブを留置する

スペースを作成する(図 2B, C)。留意すべき事は「浅

からず深からず」である。浅すぎると高齢者の皮膚に壊

死を来し,深すぎると圧可変が困難となるからである。

 一般的に,榜正中穿刺でも皮膚表面から腰部クモ膜下

腔迄の距離は 5 〜 6cm である。前述のように腰部クモ膜

下腔には 7cm 程挿入すると考えると脊髄側チューブの挿

入距離は背部表面から 13cm 程とする。榜正中穿刺での

挿入は操作中に抜けてくる可能性があるので長めにマー

キングの 20cm 迄挿入しておき,可変バルブとの接続時

に引き抜いて調整する。つまり脊髄側チューブの 13cm

近辺で切断して段付きコネクターと接続する。接続に際

しては可変バルブに余分なトルクがかかると皮下ポケッ

トの中でバルブが反転する可能性があるため,その予防

としてバルブ底面が術者側を向く様に調整する。段付き

コネクター接続の際の結紮には double strings suture を用

いる。

 圧可変バルブを皮下ポケットに収めて CSF 貯留槽を

圧迫し,腹腔側チューブから CSF の流出を確認したら

背部の皮膚を縫合,消毒しフィルムドレッシングでカ

バーする。同時に足の固定具を外して両下肢を伸展させ,

手術台をフラットに戻してから背側へ 35°ローテートし

腹部操作に移る。

 ① 開閉腹の工夫

 腹部は榜正中切開で経腹直筋法で開腹する。CEA リ

ングを使用しフックをかけると展開が容易である。腹直

筋前鞘に到達し,腹直筋を鈍的に分け,腹直筋後鞘に達

 図 2 A:スピッツメスで穿刺針の直上まで皮膚切開を行う。B:パッサーを用いて腹腔側チューブを中継点に導く。C:CHPV(SG)

を背部皮下に設置する。以上,文献 2 をもとに作成。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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し,これを持ち上げて小切開で開腹する。2 年前迄は開

腹したルートでチューブを挿入していたが,2 例続けて

腹腔側チューブの逸脱を経験し,チューブを別ルートで

通すように改良してからは逸脱例は 150 例中ゼロを続け

ている(図 3A)。

 開腹創の 1 時の方向の皮下脂肪内からパッサーを通し

て中継点迄導き,腹腔側チューブ遠位端をパッサーのカ

テーテルホールに 3cm 程入れ,そのままパッサーを引き

抜いてチューブを開腹創まで導く。チューブは腹直筋を

斜めに通過する(図 3A)。そのため腹直筋の下からモス

キート鉗子を斜めに通してチューブをつかみ,引き抜い

て通す(図 3B)。さらに視野からチューブが完全に見え

なくなるよう Z 縫合を追加してトンネルを形成しチュー

ブ逸脱のスペースを完全に消すことが重要である。

 なお各ステップで CSF の流れを確認しつつ次のステッ

プに進むことが大切で,最後に腹腔内にチューブを挿入

する際も,背部のバルブを押して CSF の流出を確認する。

腹腔内には 20 〜 25cm ほど挿入し,腹直筋後鞘と腹膜に

巾着縫合を加える。閉腹時は筋膜や腹壁へのアナペイン

局注による除痛を行い,手術室の温度を高めに保ち,シ

バリングの予防。さらに尿道カテーテルの早期抜去など

のせん妄リスクを減少させる対策も重要となる。

 ② シャントシステムと圧設定

 LPS では圧設定が非常に重要になる。皮膚の上から磁

石を用いて流量調節が可能な可変式バルブの登場以来,

合併症は減少しシャント効果は確実に上昇した。さらに

アンチサイフォンデバイスである Siphon Guard(SG)の

登場以来,OD の合併症が減ることが期待された。

 圧設定法に関しては,三宅らは BMI から至適圧を予

測する Quick Reference Table(QRT)を作成し有効性を

示した 3)。当センターでは 1cm 毎の圧設定が可能で至適

圧をきめ細やかに行えるとの理由で CHPV を背部皮下に

設置し良好な結果を得ている。

 しかし,SG を付けてもなお,起立性頭痛や硬膜下血

腫の出現など OD による低髄液圧症状を呈することが

ある。VPS と LPS に関する 2 つの多施設共同研究の結

果から LPS は VPS よりシャント流量がやや多い可能性

と術後早期の脇漏れ 4)の可能性が考えられた。我々も

スリムな体型の方では従来の最高圧 20cmH2O では無理

があると考え,その様な体型の方には CHPV(SG)の

末梢側に 10cm の固定圧バルブを直列に追加し,13 〜

30cmH2O 迄 1cmH2O 毎の圧設定を可能にする方法 5)を

採用し合併症は激減した(図 4)。

 最近では 40cmH2O 迄設定可能な可変バルブも登場し

ているものの,設定圧の間隔が大きすぎて,至適圧の設

定ができず,逆に under drainage(UD)で不満を持つ患

者が増えている欠点がある。今後はさらに LPS に合った

圧設定法や可変バルブの開発を考える必要がある。

術後管理とケア

 術後のケアでは,常にシャントの効果が最大限に得ら

れているかチェックする姿勢が重要である。術後 1 ヵ

月,3 ヵ月,6 ヵ月,12 ヵ月に外来で各症状が十分に改

善しているか評価し体重のチェックも行う。LPS は臥位

では流れない 6)という特性を知り,座位や歩行が少な

いとシャント効果が得られない事を家族にも説明する必

要がある。肥満や便秘で腹圧が上昇してもシャント効果

に悪影響がある。しばらくシャント効果が出たにも拘ら

ず,症状が悪化した場合は UD の可能性もあるため 1 〜

 図 3 A:開腹は傍正中縦切開を置き経腹直筋法(文献 2 をもとに作成)。B:腹側チューブは腹直筋を斜めに通す。

この後,視野からチューブが見えなくなるよう Z 縫合を加える。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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し,これを持ち上げて小切開で開腹する。2 年前迄は開

腹したルートでチューブを挿入していたが,2 例続けて

腹腔側チューブの逸脱を経験し,チューブを別ルートで

通すように改良してからは逸脱例は 150 例中ゼロを続け

ている(図 3A)。

 開腹創の 1 時の方向の皮下脂肪内からパッサーを通し

て中継点迄導き,腹腔側チューブ遠位端をパッサーのカ

テーテルホールに 3cm 程入れ,そのままパッサーを引き

抜いてチューブを開腹創まで導く。チューブは腹直筋を

斜めに通過する(図 3A)。そのため腹直筋の下からモス

キート鉗子を斜めに通してチューブをつかみ,引き抜い

て通す(図 3B)。さらに視野からチューブが完全に見え

なくなるよう Z 縫合を追加してトンネルを形成しチュー

ブ逸脱のスペースを完全に消すことが重要である。

 なお各ステップで CSF の流れを確認しつつ次のステッ

プに進むことが大切で,最後に腹腔内にチューブを挿入

する際も,背部のバルブを押して CSF の流出を確認する。

腹腔内には 20 〜 25cm ほど挿入し,腹直筋後鞘と腹膜に

巾着縫合を加える。閉腹時は筋膜や腹壁へのアナペイン

局注による除痛を行い,手術室の温度を高めに保ち,シ

バリングの予防。さらに尿道カテーテルの早期抜去など

のせん妄リスクを減少させる対策も重要となる。

 ② シャントシステムと圧設定

 LPS では圧設定が非常に重要になる。皮膚の上から磁

石を用いて流量調節が可能な可変式バルブの登場以来,

合併症は減少しシャント効果は確実に上昇した。さらに

アンチサイフォンデバイスである Siphon Guard(SG)の

登場以来,OD の合併症が減ることが期待された。

 圧設定法に関しては,三宅らは BMI から至適圧を予

測する Quick Reference Table(QRT)を作成し有効性を

示した 3)。当センターでは 1cm 毎の圧設定が可能で至適

圧をきめ細やかに行えるとの理由で CHPV を背部皮下に

設置し良好な結果を得ている。

 しかし,SG を付けてもなお,起立性頭痛や硬膜下血

腫の出現など OD による低髄液圧症状を呈することが

ある。VPS と LPS に関する 2 つの多施設共同研究の結

果から LPS は VPS よりシャント流量がやや多い可能性

と術後早期の脇漏れ 4)の可能性が考えられた。我々も

スリムな体型の方では従来の最高圧 20cmH2O では無理

があると考え,その様な体型の方には CHPV(SG)の

末梢側に 10cm の固定圧バルブを直列に追加し,13 〜

30cmH2O 迄 1cmH2O 毎の圧設定を可能にする方法 5)を

採用し合併症は激減した(図 4)。

 最近では 40cmH2O 迄設定可能な可変バルブも登場し

ているものの,設定圧の間隔が大きすぎて,至適圧の設

定ができず,逆に under drainage(UD)で不満を持つ患

者が増えている欠点がある。今後はさらに LPS に合った

圧設定法や可変バルブの開発を考える必要がある。

術後管理とケア

 術後のケアでは,常にシャントの効果が最大限に得ら

れているかチェックする姿勢が重要である。術後 1 ヵ

月,3 ヵ月,6 ヵ月,12 ヵ月に外来で各症状が十分に改

善しているか評価し体重のチェックも行う。LPS は臥位

では流れない 6)という特性を知り,座位や歩行が少な

いとシャント効果が得られない事を家族にも説明する必

要がある。肥満や便秘で腹圧が上昇してもシャント効果

に悪影響がある。しばらくシャント効果が出たにも拘ら

ず,症状が悪化した場合は UD の可能性もあるため 1 〜

 図 3 A:開腹は傍正中縦切開を置き経腹直筋法(文献 2 をもとに作成)。B:腹側チューブは腹直筋を斜めに通す。

この後,視野からチューブが見えなくなるよう Z 縫合を加える。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

65

2cmH2O 下げて様子を見て,改善しなければシャント造

影を行う。流れが確認できれば更に圧を下げて経過を見

る。シャント閉塞があれば閉塞解除の revision を行う。

 また対象が高齢者であることから AD などの変性疾患

の合併もあり得るので,必要に応じて頭部 CT をチェッ

クし,投薬治療も考慮する必要がある。シャント後も尿

失禁がある場合はイミダフェナシンの処方も効果的であ

る。

結 語

 iNPH に対する LPS は,脳を穿刺しない低侵襲な方法

ではあるが,高齢者が対象であるため決して容易な手術

とは言えない。合併症を起こさず,必ず結果を発揮でき

るような安全かつ確実な手技と,十分な周術期の管理を

身につけることが重要である。

 (COI)筆頭著者は日本脳神経外科学会へ過去 3 年間の

COI 自己申告を完了しています。

本論文の発表に際して開示すべき COI はありません。

引用文献

 1. 桑 名 信 匡, 桑 原 武 夫, 細 田 浩 道, 他 . Lumbar

Subarachnoid-peritoneal shunt の 簡 便 法 . 脳 神 経 外 科 5:

229-234, 1977

 2. 桑名信匡,腰部くも膜下腔——腹腔(LP)シャント

術の最新手技 166-172;特発性正常圧水頭症の診療;京

都;金芳堂,2014

 3. Miyake H, Kajimoto Y, Tsuji M, et al. Development

of a Quick Reference Table for Setting Programmable

Pressure Valves in Patients With Idiopathic Normal Pressure

Hydrocephalus. Neuro Med Chir 48: 427-432, 2008

 4. 貝嶋光信, 福田博,山本和秀 . Lumboperitoneal shunt

に特有な術後合併症:脊髄側チューブ硬膜貫通部の脇漏

れによる硬膜外腔への髄液漏 . 脳神経外科 39: 497-504,

2011

 5. Aihara Y, Kawamata T, Mitsuyama T, et al. Novel

Method for Controlling Cerebrospinal Fluid Flow and

Intracranial Pressure by Use of a Tandem Shunt Valve

System. Pediatr Neurosurg 46: 12-18, 2010

 6. Ito S, Chang C-C, Noguchi N, et al. Quantitative flow

measurement of lumbar subarachnoid peritoneal shunt

with the Hakim programmable valve(Codman-Medos

programmable valve). Current Tr Hyd 9: 53-59, 1999

 図 4 A:CHPV(SG) B:固定圧バルブを CHPV(SG)の末梢側に直列に接続した OD 対策(以上,文献 2 をもとに作成)。

C:LP シャント術後の腰部 3D-CT:矢印:CHPV(SG)矢頭:10cmH2O の HAKIM 固定圧バルブ

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

66

(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

5 特発性正常圧水頭症の最新文献レビューPathogenesis and treatment of idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus:

A review of the latest literature

石田 敦士 Atsushi Ishida

森山記念病院脳神経外科

Moriyama Memorial Hospital, Department of Neurosurgery

〔キーワード〕

Pathogenesis / Treatment / Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus / Comorbidity with Alzheimer's disease

抄録・要旨

 Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus (iNPH) is a major neuropsychiatric disorder in elderly people and now became

one of the growing social problems especially in Japan. iNPH shows a clinical triad consisting of gait disturbance, dementia and

urinary incontinence combined with ventriculomegaly. Definitive therapy is shunting, mostly ventriculoperitoneal shunt (VPS)

and lumboperitoneal shunt (LPS). A number of articles with high impact factor concerning VPS and LPS have been published

from several Japanese physicians. Especially, the Japanese society of NPH played a pivotal role on those publications.

However, the exact etiology of iNPH is still controversial. This review also summarizes and synthesizes different etiologic

and physiopathologic aspects of iNPH. Furthermore, iNPH often coincides with Alzheimer’s Disease (AD). A meticulous

research of literature about the relationship between AD and iNPH via the PubMed was also conducted. In this review, we will

synthesize current opinion on etiology, comorbidity with AD, and treatment of iNPH.

simpo1/初校.indd 66 19.2.27 1:20:21 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

5 特発性正常圧水頭症の最新文献レビューPathogenesis and treatment of idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus:

A review of the latest literature

石田 敦士 Atsushi Ishida

森山記念病院脳神経外科

Moriyama Memorial Hospital, Department of Neurosurgery

〔キーワード〕

Pathogenesis / Treatment / Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus / Comorbidity with Alzheimer's disease

抄録・要旨

 Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus (iNPH) is a major neuropsychiatric disorder in elderly people and now became

one of the growing social problems especially in Japan. iNPH shows a clinical triad consisting of gait disturbance, dementia and

urinary incontinence combined with ventriculomegaly. Definitive therapy is shunting, mostly ventriculoperitoneal shunt (VPS)

and lumboperitoneal shunt (LPS). A number of articles with high impact factor concerning VPS and LPS have been published

from several Japanese physicians. Especially, the Japanese society of NPH played a pivotal role on those publications.

However, the exact etiology of iNPH is still controversial. This review also summarizes and synthesizes different etiologic

and physiopathologic aspects of iNPH. Furthermore, iNPH often coincides with Alzheimer’s Disease (AD). A meticulous

research of literature about the relationship between AD and iNPH via the PubMed was also conducted. In this review, we will

synthesize current opinion on etiology, comorbidity with AD, and treatment of iNPH.

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は じ め に

 特発性正常圧水頭症(iNPH)はくも膜下腔の不均等

な拡大を伴う水頭症であり,その結果として,三徴候

(歩行障害,認知障害,排尿障害)を呈する疾患として

認識されているが,その詳しい病態メカニズムはいま

だ解明されていない。益々加速する高齢化社会におい

てその潜在的患者数は増加しており,有病率は 35 万人

と推計されている。“治療可能な認知症”としてもそ

の社会的重要性は増すばかりである。治療可能な認知

症”として,本当にシャント手術で認知機能はよくな

るのか,アルツハイマー型認知症(AD)との合併を含

めて,どの程度の改善が期待できるのか等,多くの課

題がある。PubMed において,2017 / 01 / 01 〜 2017 / 12

/ 31 の 1 年間で検索した際のヒット数は,“Alzheimer's

disease” の 9220 に 対 し て,“idiopathic Normal Pressure

Hydrocephalus”では 101 と,約 100 分の 1 であった。そ

んな中,我が国は日本正常圧水頭症学会を中心に,ガイ

ドラインを作成したり,エビデンスレベルの高い研究を

発表したりと,この分野において世界をリードしてきた。

対象と方法

 US National Library of Medicine PubMed において最新

の文献を中心に,Impact factor の高い文献を優先的にか

つ網羅的に調べた。特発性正常圧水頭症(iNPH)にお

いて最も重要と思われるトピックスを 3 つに絞り,まと

めた。また続発性正常圧水頭症(sNPH)に関する文献

も一部含んでいる。なお構成の都合上,参考文献はすべ

ての文献について記載しなかった。

トピックス

 ① なぜ iNPH になるのか?——髄液動態生理学と画像

解析の進歩から病態メカニズムを再考する

 まず脳脊髄液(CSF)とは何かについて再考したい。

CSF は脳室系とクモ膜下腔を満たす,無色透明な液体

である(99%は水)。脳の水分含有量を緩衝したり,形

状を保つ役割を担う。近年その重要な役割として,アミ

ロイドβなどの老廃物の処理が注目されている。頭蓋内

CSF 量は約 150ml と言われているが,これは 20 歳の健

常者の量であり,60 歳では約 2 倍の 300ml となる。脈

絡叢の CSF 産生量は 1 日約 500ml と言われているが,

加齢により半分以下まで漸減すると報告されている。ま

た,脳間質液(ISF)はその約 2 倍存在している。ISF と

CSF の間には双方向に活発な水交換が行われている。

 次に髄液動態生理学の歴史について振り返ってみた

い。約 100 年前に提唱された Cushing の bulk flow 説が“第

3 の循環”として Dogma となっていた。しかし,その後

の数多くの研究や,最近の MRI などの画像診断の進歩

で,その説の矛盾点が次々に明らかとなった。また,古

くから,中枢神経系は体性リンパ系と密接に連携するこ

とが示されてきた。他臓器ではホメオスタシスを維持す

るために必須である老廃物の除去をリンパ管が行ってい

るが,中枢神経系にはリンパ管が存在しないとされてき

た。

 最近の髄液動態生理学研究の進歩のきっかけとなった

手法が,Time spatial spin labeling inversion pulse (Time-

SLIP)法で,山田らはこれを用いて,CSF を MRI の RF

パルスで内因性トレーサとして観察すると,Bulk flow

とはかけ離れた動きをするということを発見した 1)。ま

た,最近脳科学研究において非常にトピックスとなって

いるのが,Glymphatic system である。これは,脳内の

リンパ系に相当するシステムを構成しており,Virchow-

Robin 腔に導かれた CSF が星状膠細胞の足突起に分布す

る AQP4 を介して間質腔に入り,組織中の老廃蛋白質を

洗い流す。老廃物を含んだ CSF は静脈周囲の Virchow-

Robin 腔に流入し脳の外に排出される 2)。2015 年 Nature

誌に,「中枢神経系のリンパ管発見?」というセンセー

ショナルな報告がなされたが,実際は脳実質内でのリン

パ管ではなかった。しかし,マウス脳硬膜内におけるリ

ンパ管を免疫組織学的手法にて同定し,さらにそれが

CSF ならびに脳内 T 細胞を回収する能力を備えている

ことを明らかにしたことは非常にインパクトをもたらし

た 3)。続いて,MRI にてヒト髄膜リンパ管の撮像に成功

したという報告がなされた。造影剤を投与し,FLAIR と

BB 法を合わせることで可視化に成功した。

 これらの最近の画期的な進歩を踏まえて,これまでの

研究成果に基づいた髄液動態生理学をまとめてみたい。

CSF の産生は,脈絡叢動脈から脈絡叢の血液脳脊髄液関

門を介して CSF となるという他に,脳内毛細血管から

BBB を介して ISF になる。そこにアクアポリン(AQP)

が関与する。CSF の吸収は,単に水の吸収ということで

はなくタンパク等の老廃物を含んだ CSF,ISF を脳外に

出すという重要な役割がある。CSF は硬膜内リンパ管等

のリンパ管に直接入るが,ISF は直接血管周囲腔(PVS)

からリンパへ排出される経路と,Glymphatic system で

PVS に流れてきた CSF の対流で静脈側の PVS からリン

パへ排出される。脳内の水(ISF)は白質間隙や Glia 細

胞の間など自由に拡散できるが,何らかの髄膜や血管壁,

Glia 細胞内へ移動する場合には, AQP-4 チャンネルが必

要である。

  さ て, こ れ ら に 続 く, 最 近 の ト ピ ッ ク ス と し て

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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は,MRI を 用 い て Glymphatic system 等 を 実 際 の 患 者

で評価するというものである。まず iNPH 患者におけ

る Glymphatic system を MRI で 調 べ た と い う 報 告 で あ

る。Gadobutrol (Gadovist ) と い う 分 子 量 604kD で

Glymphatic system を通過するのに最適な物質を髄注す

ることで A βなどのクリアランスを模倣した 4)。そし

て,iNPH 患者では Glymphatic system を介した A βなど

のクリアランスの低下がその病因となっている可能性が

示唆された。また,別の報告において,iNPH では,嗅

内野の Glymphatic system の機能低下による,βアミロ

イドの蓄積が,認知機能低下の原因になるのでは,とい

うことが示唆された。さらに興味深いことに,BOLD 法

(Blood oxgenation level dependent fMRI の 基 本 原 理 で,

オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの比率に

よって MRI の信号強度が変化すること)を用いることで,

加齢とともに深部静脈還流が低下し,特に iNPH の患者

でそれが顕著であるが,タップテストで改善する可能性

が示された。

 その他の重要かつインパクトの高い報告として,NPH

の病態メカニズムに関する文献にも言及したい。山田ら

は,iNPH の DESH 所見の成因メカニズムを説明する画

期的な報告をした 5)。頭蓋内 CSF が増加すると,側脳室

下角と迂回槽が最も接近している inferior choroidal point

を中心に脈絡裂が開き,交通し,側脳室とともに脳底槽

と Sylvius 裂が一体となって拡大する,というものであ

る。また最近の Nature medicine 誌において,sNPH の原

因に炎症反応による CSF の過剰分泌が関与している可

能性が示された 6)。脈絡叢上皮の TLF4 からのシグナル

伝達経路で CSF 産生が亢進する可能性をマウス実験で

明確に示した。

 以上を踏まえて,iNPH 発症の機序についての考察を

したい。CSF の産生は加齢とともにむしろ減少するが,

リンパ系を介した CSF の吸収が悪くなって脳室とクモ

膜下腔(SAS)が大きくなったのが iNPH と考えられる。

(sNPH は炎症により惹起された髄液産生亢進が関与し

ている可能性が考えられる)。 iNPH はリンパ系のさら

に下流もしくはその先の静脈圧の亢進などの加齢変化で

ISF,CSF の吸収自体が滞って,脳室,SAS の水の総量

が増える。不均等な SAS の拡大は脳室が Z 軸に拡大し

たときに脈絡裂から Basal cistern を介して sylvian fissure

に水が流れるという可能性が示唆されている(sNPH に

おいては SAS がつぶれて ISF が脳室しか移動できなく

なり脳室のみが拡大する)。  

 最後に,iNPH においては,AD と同様に加齢が最も大

きなリスクファクターと考えられるが,FAD のような

遺伝的な関与が iNPH においてみられないかについて調

べた。まず SFMBT1 遺伝子のイントロン 2 領域のコピー

数減少がシャント陽性 iNPH の遺伝的素因であることが

報告された。これは,脈絡叢上皮細胞や上衣細胞,血管

内皮細胞等に限局しており CSF の分泌や吸収に関わる

可能性が示唆された。また,既知の AD 関連の SNPs23

個について iNPH 群と非認知症群で解析した報告では,

NME8 という,上衣細胞の繊毛運動に関わる可能性のあ

る遺伝子で有意差が認められた。

 ② アルツハイマー病との Comorbidity に関する文献

 iNPH は加齢に伴って生じる疾患であり,同じく加齢

が最も大きなリスクファクターであるアルツハイマー病

(AD)との合併は高率に見られる。脳内 A βの凝集・蓄

積からタウ蓄積という AD の病態と,脳内の慢性的な水

の過剰貯留である iNPH では一見 Etiology が全く異なる

にも関わらず,認知機能障害という重要な共通症状を持

つ。「AD 病理を併存している iNPH 患者にシャント術を

施行すべきか否か」という課題は非常に重要であり,現

在進行中の SINPHONI-3 の結果が待たれるところであ

る。

 最近の報告の中にもその解明のための手掛かりとなる

ものが多数見られた。まず,シャント時に組織を採取し,

AD 病理を調べたところ,26%に軽度の老人斑の存在を

認めたという報告である。そのうちの 26%に神経原線

維変化を認めた 7)。次に,シャント術を行うときに採取

した皮質の生検検体を病理学的に精査した 111 例に対す

る iNPH 研究では 47%に AD 病理の合併が示唆された。

両群ともにシャントで歩行は改善したが,認知機能は改

善しなかった。さらに,VPS 時に組織を採取し,A β凝

集の存在とシャント反応性について調べた報告が興味深

い。20 例中 12 例に A β 42 の凝集を認め,このうち 4

例にタウ病理を認めた。iNPH score が 5 点以上改善(有

意な反応)は皮質に A β 42 の凝集がみられなかった症

例で多く,特に認知機能の改善は A β 42 の凝集がみら

れた群では認められなかった。

 次に重要なテーマであるのが,NPH と AD の CSF バ

イオマーカーの比較である。陣上らは,髄液中の t-tau,

p-tau を調べ,ともに iNPH 群では AD 群より低いこと

を明らかにした 8)。特にシャント反応群ではさらに低

かった。A β 42/40 比は iNPH 群で,AD 群より高かっ

た。また,数井らは,CSF バイオマーカーで AD 病理合

併と診断された患者のシャント術後の記憶改善が乏しい

ことを明らかにした。彼らは AD index (t-tau × A β 40/

A β 42 :3483 以上だと高い確率で AD と診断できる) を

用いて,AD 病理を合併する iNPH 患者では,シャント

後,歩行,尿失禁,全体的な認知機能評価は改善したが,

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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は,MRI を 用 い て Glymphatic system 等 を 実 際 の 患 者

で評価するというものである。まず iNPH 患者におけ

る Glymphatic system を MRI で 調 べ た と い う 報 告 で あ

る。Gadobutrol (Gadovist ) と い う 分 子 量 604kD で

Glymphatic system を通過するのに最適な物質を髄注す

ることで A βなどのクリアランスを模倣した 4)。そし

て,iNPH 患者では Glymphatic system を介した A βなど

のクリアランスの低下がその病因となっている可能性が

示唆された。また,別の報告において,iNPH では,嗅

内野の Glymphatic system の機能低下による,βアミロ

イドの蓄積が,認知機能低下の原因になるのでは,とい

うことが示唆された。さらに興味深いことに,BOLD 法

(Blood oxgenation level dependent fMRI の 基 本 原 理 で,

オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの比率に

よって MRI の信号強度が変化すること)を用いることで,

加齢とともに深部静脈還流が低下し,特に iNPH の患者

でそれが顕著であるが,タップテストで改善する可能性

が示された。

 その他の重要かつインパクトの高い報告として,NPH

の病態メカニズムに関する文献にも言及したい。山田ら

は,iNPH の DESH 所見の成因メカニズムを説明する画

期的な報告をした 5)。頭蓋内 CSF が増加すると,側脳室

下角と迂回槽が最も接近している inferior choroidal point

を中心に脈絡裂が開き,交通し,側脳室とともに脳底槽

と Sylvius 裂が一体となって拡大する,というものであ

る。また最近の Nature medicine 誌において,sNPH の原

因に炎症反応による CSF の過剰分泌が関与している可

能性が示された 6)。脈絡叢上皮の TLF4 からのシグナル

伝達経路で CSF 産生が亢進する可能性をマウス実験で

明確に示した。

 以上を踏まえて,iNPH 発症の機序についての考察を

したい。CSF の産生は加齢とともにむしろ減少するが,

リンパ系を介した CSF の吸収が悪くなって脳室とクモ

膜下腔(SAS)が大きくなったのが iNPH と考えられる。

(sNPH は炎症により惹起された髄液産生亢進が関与し

ている可能性が考えられる)。 iNPH はリンパ系のさら

に下流もしくはその先の静脈圧の亢進などの加齢変化で

ISF,CSF の吸収自体が滞って,脳室,SAS の水の総量

が増える。不均等な SAS の拡大は脳室が Z 軸に拡大し

たときに脈絡裂から Basal cistern を介して sylvian fissure

に水が流れるという可能性が示唆されている(sNPH に

おいては SAS がつぶれて ISF が脳室しか移動できなく

なり脳室のみが拡大する)。  

 最後に,iNPH においては,AD と同様に加齢が最も大

きなリスクファクターと考えられるが,FAD のような

遺伝的な関与が iNPH においてみられないかについて調

べた。まず SFMBT1 遺伝子のイントロン 2 領域のコピー

数減少がシャント陽性 iNPH の遺伝的素因であることが

報告された。これは,脈絡叢上皮細胞や上衣細胞,血管

内皮細胞等に限局しており CSF の分泌や吸収に関わる

可能性が示唆された。また,既知の AD 関連の SNPs23

個について iNPH 群と非認知症群で解析した報告では,

NME8 という,上衣細胞の繊毛運動に関わる可能性のあ

る遺伝子で有意差が認められた。

 ② アルツハイマー病との Comorbidity に関する文献

 iNPH は加齢に伴って生じる疾患であり,同じく加齢

が最も大きなリスクファクターであるアルツハイマー病

(AD)との合併は高率に見られる。脳内 A βの凝集・蓄

積からタウ蓄積という AD の病態と,脳内の慢性的な水

の過剰貯留である iNPH では一見 Etiology が全く異なる

にも関わらず,認知機能障害という重要な共通症状を持

つ。「AD 病理を併存している iNPH 患者にシャント術を

施行すべきか否か」という課題は非常に重要であり,現

在進行中の SINPHONI-3 の結果が待たれるところであ

る。

 最近の報告の中にもその解明のための手掛かりとなる

ものが多数見られた。まず,シャント時に組織を採取し,

AD 病理を調べたところ,26%に軽度の老人斑の存在を

認めたという報告である。そのうちの 26%に神経原線

維変化を認めた 7)。次に,シャント術を行うときに採取

した皮質の生検検体を病理学的に精査した 111 例に対す

る iNPH 研究では 47%に AD 病理の合併が示唆された。

両群ともにシャントで歩行は改善したが,認知機能は改

善しなかった。さらに,VPS 時に組織を採取し,A β凝

集の存在とシャント反応性について調べた報告が興味深

い。20 例中 12 例に A β 42 の凝集を認め,このうち 4

例にタウ病理を認めた。iNPH score が 5 点以上改善(有

意な反応)は皮質に A β 42 の凝集がみられなかった症

例で多く,特に認知機能の改善は A β 42 の凝集がみら

れた群では認められなかった。

 次に重要なテーマであるのが,NPH と AD の CSF バ

イオマーカーの比較である。陣上らは,髄液中の t-tau,

p-tau を調べ,ともに iNPH 群では AD 群より低いこと

を明らかにした 8)。特にシャント反応群ではさらに低

かった。A β 42/40 比は iNPH 群で,AD 群より高かっ

た。また,数井らは,CSF バイオマーカーで AD 病理合

併と診断された患者のシャント術後の記憶改善が乏しい

ことを明らかにした。彼らは AD index (t-tau × A β 40/

A β 42 :3483 以上だと高い確率で AD と診断できる) を

用いて,AD 病理を合併する iNPH 患者では,シャント

後,歩行,尿失禁,全体的な認知機能評価は改善したが,

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記憶,介護度の改善は乏しいことを示した。さらに秋葉

らは,iNPH 患者の CSF 中の p-tau の上昇,毒性 A β 42

高 p-tau 群では 2 年後の認知機能悪化 /A β 42 の比の上

昇は AD 病理像の進行と仮定し,シャント治療予後への

影響を解析した。高 p-tau 群では 2 年後の認知機能が悪

化した。低 p-tau 群でも 1 年後に A βコンホマー比が上

昇していた群は 2 年後の認知機能は低下した。最後に,

iNPH 患者へのシャント手術によるアミロイドカスケー

ドへの影響を調べた報告では,LP シャントを施行する

と CSF 中の A βが増加することが示された。また CSF

中の p-tau も増加した。とくにシャントの効果が高い群

で増加した。これはシャントにより CSF の排出抵抗が

低下し,間質からの排液が改善したためと考えられた。

その他の興味深い研究として,iNPH 特異的マーカー

の 開 発 が あ げ ら れ る。iNPH と AD 患 者 の CSF の プ ロ

テオミクス解析で同定された PTPRQ(Protein Tyrosine

phosphatase receptor type Q)は,脳室上衣の繊毛運動を

維持していると考えられ,iNPH において,これが破綻

し CSF 中に放出されると考えられた。また,正常圧水

頭症の診断において重要である,DESH の程度をスケー

ル化し,予後との解析を行った研究にも注目した。ここ

では認知機能の改善においても DESH であればあるほ

どよいという可能性が示唆された。最後にカッパサイン

(ConvexityAPPArent Hyperperfusion; CAPPAH sign)につ

いての報告について触れたい。脳血流 SPECT で DESH

を反映して,シルビウス裂周囲および脳梁周囲で脳血流

が低下し,高位円蓋部・頭頂正中部皮質で「見かけ上の」

相対的血流増多を呈するというものである。頭頂葉皮質

(後部帯状回,楔前部)は AD では血流が低下する部位で,

iNPH と AD の鑑別にも有用である。

 ③ iNPH に対するシャント手術に関する文献

 この分野において,我が国は学会を中心に,世界をリー

ドしているといっても過言ではない。これまでにエビ

デンスレベルの高い報告をしてきた。まずは SINPHONI

で あ る。iNPH に 対 す る 医 師 主 導 多 施 設 共 同 研 究 で,

DESH 所見を有する iNPH 患者に対して VP シャントを

施行し有効性・安全性を評価したものである 9)。その結

果,iNPHGS の 3 徴の各スコアと合計点,TUG の秒数,

MMSE のすべての得点において,シャント前と比較す

ると,12 ヵ月後の時点で有意な改善をみた。そしてそ

れは,さらに SIPHONI2 へと発展を遂げた。iNPH に対

する LPS の無作為割付比較試験であり,iNPH に対する

シャント術における世界初の RCT でもある 10)。早期シャ

ント群において施行後 3 ヵ月後に mRS において 1 段階

以上改善した患者の割合は 65%であった。一方遅延シャ

ント群の同時期(シャント未施行状態)に改善を認めた

割合は 5%で有意差を認め,LPS の有効性が示された。

 上記 2 つの臨床研究に付随した論文は複数存在し,ど

れも重要である。VPS と LPS でシャント術 1 年後の有

効性,安全性の比較では,mRS において,LPS 63% vs

VPS 69 % と, と も に 改 善 し,iNPHGS (iNPH Grading

Scale)においては,LPS 75% vs VPS 77% でともに改

善していた。つまり,有効性でも同等であり,有害事象

も LPS と VPS で有意差を認めなかった。また,iNPH 患

者に対するシャント術治療の費用対効果分析も注目に値

する。VPS,LPS どちらを行ってもシャント術施行後 2

年以内に,総コストが低くなることが明らかになった。

VA シャント(VAS)に関しては,エビデンスレベルの

高い報告は皆無である。その中で,iNPH に対する VPS

と VAS の比較(後ろ向き研究)についで言及しておく。

iNPH において,再手術が必要となるシャント閉塞は

VAS の方が VPS より優位に少なかった。また硬膜下血

腫は VAS の方が多かった。

ま と め

 髄液動態研究,画像診断の進歩により iNPH の理解が

飛躍的に進んでいる。Glymphatic system や髄膜リンパ

管のさらなる解明や遺伝学的なアプローチ等により,今

後さらに理解が進んでいくことが期待される。iNPH は,

加齢に伴う変化であり,AD 等の他の認知症疾患を合併

することが多い。髄液バイオマーカー等を用いて,シャ

ントにより認知機能が改善するかどうかを見極める必要

がある。それは,SINPHONI-3 にて検討される予定であ

る。VP シャントと LP シャントに関しては我が国からエ

ビデンスレベルの高い報告がなされ,その効果が証明さ

れている。またそれらの費用対効果も認められている。

VA シャントに関しては信頼に値する報告はなく,経験

の多い施設からの報告が待たれるところである。

参考文献

 1. Yamada S. Cerebrospinal fluid physiology: visualization of

cerebrospinal fluid dynamics using the magnetic resonance imaging

Time-Spatial Inversion Pulse method. Croat Med J.55: 337-346,

2014

 2. Iliff JJ, Wang M, Liao Y, et al. A paravascular pathway

facilitates CSF flow through the brain parenchyma and the clearance

of interstitial solutes, including amyloid β . Sci Transl Med. Aug 15;4

(147), 2012

 3. Louveau A, Smirnov I, Keyes TJ, et al. Structural and

functional features of central nervous system lymphatic vessels.

Nature. 523 (7560): 337-341, 2015

simpo1/初校.indd 69 19.2.27 1:20:22 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

70

 4. Ringstad G, Vatnehol SAS, Eide PK. Glymphatic MRI in

idiopathic normal pressure hydrocephalus. Brain. 140; 2691-2705,

2017

 5. Yamada S, Ishikawa M, Iwamuro Y, et al. Choroidal fissure

acts as an overflow device in cerebrospinal fluid drainage:

morphological comparison between idiopathic and secondary

normal-pressure hydrocephalus. Sci Rep. 2016 Dec 12; 6: 39070,

2016

 6. Karimy JK, Zhang J, Kurland DB, et al. Inflammation-

dependent cerebrospinal fluid hypersecretion by the choroid plexus

epithelium in posthemorrhagic hydrocephalus. Nat Med. Aug;23

(8):997-1003, 2017

 7. Yasar S, Jusue-Torres I, Lu J, et al. Alzheimer's disease

pa thology and shunt surgery outcome in normal pressure

hydrocephalus. PLoS One. Aug 7;12(8): e0182288, 2017

 8. Jingami N, Asada-Utsugi M, Uemura K, et al. Idiopathic

normal pressure hydrocephalus has a different cerebrospinal fluid

biomarker profile from Alzheimer's disease. J Alzheimers Dis. 45

(1):109-115, 2015

 9. Hashimoto M, Ishikawa M, Mori E, et al. Diagnosis of

idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-

based scheme: a prospective cohort study. Cerebrospinal Fluid Res.

Oct 31; 7: 18, 2010

 10. Kazui H, Miyajima M, Mori E, et al. Lumboperitoneal

shunt surgery for idiopathic normal pressure hydrocephalus

(SINPHONI-2): an open-label randomised trial. Lancet Neurol.

Jun;14(6):585-594, 2015

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

70

 4. Ringstad G, Vatnehol SAS, Eide PK. Glymphatic MRI in

idiopathic normal pressure hydrocephalus. Brain. 140; 2691-2705,

2017

 5. Yamada S, Ishikawa M, Iwamuro Y, et al. Choroidal fissure

acts as an overflow device in cerebrospinal fluid drainage:

morphological comparison between idiopathic and secondary

normal-pressure hydrocephalus. Sci Rep. 2016 Dec 12; 6: 39070,

2016

 6. Karimy JK, Zhang J, Kurland DB, et al. Inflammation-

dependent cerebrospinal fluid hypersecretion by the choroid plexus

epithelium in posthemorrhagic hydrocephalus. Nat Med. Aug;23

(8):997-1003, 2017

 7. Yasar S, Jusue-Torres I, Lu J, et al. Alzheimer's disease

pa thology and shunt surgery outcome in normal pressure

hydrocephalus. PLoS One. Aug 7;12(8): e0182288, 2017

 8. Jingami N, Asada-Utsugi M, Uemura K, et al. Idiopathic

normal pressure hydrocephalus has a different cerebrospinal fluid

biomarker profile from Alzheimer's disease. J Alzheimers Dis. 45

(1):109-115, 2015

 9. Hashimoto M, Ishikawa M, Mori E, et al. Diagnosis of

idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-

based scheme: a prospective cohort study. Cerebrospinal Fluid Res.

Oct 31; 7: 18, 2010

 10. Kazui H, Miyajima M, Mori E, et al. Lumboperitoneal

shunt surgery for idiopathic normal pressure hydrocephalus

(SINPHONI-2): an open-label randomised trial. Lancet Neurol.

Jun;14(6):585-594, 2015

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

71

 特発性正常圧水頭症(以下 iNPH)の診療ガイドライ

ン第 1 版が発刊されて 10 年以上経過するも取り組みは

未だ地域格差や個人差が大きく,格差の解消を図るため

にはマネージメントの標準化が今後必要と思われる(格

差を解消する必要はないとの立場もあるだろうが)。

 適正な診断,確実な手術治療,きめ細やかな介護・リ

ハビリテーションの三方良しにより,iNPH 診療体制は

構成される。今回はきめ細やかな介護・リハビリテーショ

ンについて必要なポイントを以下の 3 項目に絞って述べ

たいと思う。

 ① 「全人的情報収集」

 ② 「心身合併症」と「リハビリ阻害要因」

 ③ 「Prehabilitation」 & 「Neural enhancement」

(シンポジウム 1 treatable dementia ② 正常圧水頭症の諸問題)

6 特発性正常圧水頭症のマネージメントに必要な心構え

厚地 正道 医療法人 厚地脳神経外科病院理事長,東京慈恵会医科大学 葛飾医療センター 脳神経外科

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

72

 軽度認知障害(MCI)は,「正常加齢変化」と「初期

のアルツハイマー病(AD)による認知症」の中間に位

置する疾患ステージを想定して Petersen らによって提唱

された概念であるが,病態理解や早期診断・早期介入へ

の関心の高まりに伴い,その内容も拡張発展してきた。

AD 以外の進行性認知症性疾患でも,当然ながら MCI に

相当する時期を経て認知症に至ると考えられる。MCI と

は臨床症候群として理解すべきであるが,臨床症状のみ

で正確な診断は難しい。MCI の画像診断は,その背景病

理を推定し,予後推定や治療・予防的介入に根拠を与え

ることが目的となる。

 アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI due to

AD)の診断は,アメリカの国立老化研究所とアルツハ

イマー病協会による臨床診断基準(NIA-AA 2011)にそ

の診断の枠組みが示されているが,アミロイドイメージ

ングや FDG-PET による画像バイオマーカーが重要な役

割を果たす。この診断の枠組みは,タウイメージングな

どの新たな技術の進歩を取り込んで,NIA-AA 2018 と

して発展提案されている。臨床的に MCI due to AD を診

断するためには,進行性の近時記憶障害を主とする病型

に着目することが有効とされる。しかし,最近のアミロ

イド修飾薬の治験におけるスクリーニング成績をみる

と,臨床症状と MRI による MCI due to AD の正診率は

50-60%程度と推定されており,バイオマーカーなしの

診断には限界がある。

 本講演では,AD の他,レビー小体型認知症(DLB),

前頭側頭葉変性症(FTLD),嗜銀顆粒性疾患(AGD),

神経原線維優位型認知症(NFTD),進行性核上性麻痺

(PSP),大脳皮質基底核症候群(CBS),海馬硬化症(HS),

アミロイド血管症(CAA)における MCI の診断,てん

かんや脳血管障害などを背景とした MCI についても症

例を呈示して画像の特徴を解説し,現在保険収載され利

用可能な診断モダリティにおける所見を整理して,日常

診療の参考に供したい。

(シンポジウム 2 MCI の診断と治療)

1 PET による MCI の診断

石井 賢二東京都健康長寿医療センター研究所神経画像研究チーム

              東京慈恵会医科大学 葛飾医療センター脳神経外科

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 軽度認知障害(MCI)は,「正常加齢変化」と「初期

のアルツハイマー病(AD)による認知症」の中間に位

置する疾患ステージを想定して Petersen らによって提唱

された概念であるが,病態理解や早期診断・早期介入へ

の関心の高まりに伴い,その内容も拡張発展してきた。

AD 以外の進行性認知症性疾患でも,当然ながら MCI に

相当する時期を経て認知症に至ると考えられる。MCI と

は臨床症候群として理解すべきであるが,臨床症状のみ

で正確な診断は難しい。MCI の画像診断は,その背景病

理を推定し,予後推定や治療・予防的介入に根拠を与え

ることが目的となる。

 アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI due to

AD)の診断は,アメリカの国立老化研究所とアルツハ

イマー病協会による臨床診断基準(NIA-AA 2011)にそ

の診断の枠組みが示されているが,アミロイドイメージ

ングや FDG-PET による画像バイオマーカーが重要な役

割を果たす。この診断の枠組みは,タウイメージングな

どの新たな技術の進歩を取り込んで,NIA-AA 2018 と

して発展提案されている。臨床的に MCI due to AD を診

断するためには,進行性の近時記憶障害を主とする病型

に着目することが有効とされる。しかし,最近のアミロ

イド修飾薬の治験におけるスクリーニング成績をみる

と,臨床症状と MRI による MCI due to AD の正診率は

50-60%程度と推定されており,バイオマーカーなしの

診断には限界がある。

 本講演では,AD の他,レビー小体型認知症(DLB),

前頭側頭葉変性症(FTLD),嗜銀顆粒性疾患(AGD),

神経原線維優位型認知症(NFTD),進行性核上性麻痺

(PSP),大脳皮質基底核症候群(CBS),海馬硬化症(HS),

アミロイド血管症(CAA)における MCI の診断,てん

かんや脳血管障害などを背景とした MCI についても症

例を呈示して画像の特徴を解説し,現在保険収載され利

用可能な診断モダリティにおける所見を整理して,日常

診療の参考に供したい。

(シンポジウム 2 MCI の診断と治療)

1 PET による MCI の診断

石井 賢二東京都健康長寿医療センター研究所神経画像研究チーム

              東京慈恵会医科大学 葛飾医療センター脳神経外科

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(シンポジウム 2 MCI の診断と治療)

2 MCI の臨床と画像診断

羽生 春夫 東京医科大学 高齢総合医学分野

は じ め に

 軽度認知障害 (mild cognitive impairment, MCI)の概念

については歴史的な変遷がみられたが,現在は,正常老

化と認知症との間にある臨床的,操作的な状態像として

とらえられている。したがって,その背景にある病理,

病態像はさまざまであり,臨床像や経過も多様であるが,

特に健忘型 MCI の多くは,数年以内にアルツハイマー

病(Alzheimer's disease, AD)へ移行することがしられて

いる。

 臨床の立場からは,MCI から認知症(特に AD)への

早期移行をどのように正確に予測できるかが最大の課題

であり,本稿では,MCI を含む早期 AD の診断や病態評

価について,臨床像や脳画像検査の観点から概説する。

1 疫 学

 研究報告によっても異なるが,MCI の有病率は 65 歳

以上の高齢者で 15 〜 25%,罹患率は 20 〜 50 / 1,000

人/年程度とされる。MCI から認知症へのコンバートは

およそ 5 〜 15%/年と考えられる。認知症のサブタイ

プ別では,AD が 6.8 〜 8.1%,血管性認知症が 1.6 〜 1.9%

と AD へのコンバージョン率が高い。一方,リバートは

およそ 16 〜 41%/年と幅が広く,その背景病態は正常

からさまざまな病態が含まれる(図 1)。

2 診断基準

 Petersen らのグループが提唱した概念が定着しつつあ

る。当初は,記憶障害に限定したもので,

 1)主観的な記憶障害の訴え

 2)客観的な記憶障害(年齢対照正常者の平均値の 

  1.5SD 以下)

 3)日常生活動作は正常

 4)全般的な認知機能は正常

 5)認知症ではない

 と定義された。その後,AD の前駆期にみられる認知

機能障害は記憶に限らないとの批判もあり,2003 年の

図 1 MCI のコンバートとリバート

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

74

MCI Key symposium では新たな診断基準が提唱され,

 1)認知機能は正常とはいえないが認知症の診断基準

  も満たさない

 2)本人または情報提供者から認知機能低下の訴えが

  ある

 3)複雑な日常生活動作の障害は最小限にとどまり, 

 基本的な日常生活機能は正常である

 が基本となった。そして,記憶障害の有無とその他の

認知機能(言語,遂行機能,視空間認知)の障害の有無

によって 4 つのサブタイプに分類された。すなわち,記

憶障害の有無によって amnestic type か non-amnestic type

に分け,さらにそれぞれを単一領域の障害か複数の障害

かによって single domain か multiple domain に分けるも

のである(図 2)。この中で,AD への移行が最も多いと

考えられるのは amnestic MCI である。

3 基礎疾患

 認知機能に影響を及ぼし得る頭蓋内疾患,精神疾患,

全身的な内科疾患,薬物中毒などさまざまな状態が MCI

の基礎疾患となる。

 神経病理学的研究によると,CDR 0.5 相当症例の背景

病理として変性型病理を示した症例が最も多く,その

中 で も AD, 嗜 銀 顆 粒 性 疾 患(argiophilic grain disease,

AGD),神経原線維変化型老年期認知症が多くみられた。

その他に,血管障害,外傷,海馬硬化症などがみられた。

また,神経病理学的背景が不明な群もあり,この中には

うつ病などの機能性疾患も含まれている可能性があり,

神経病理学的にも多様な疾患が含まれている。

4 臨床像

 近時記憶障害(遅延再生障害)がより高度なほど AD

へコンバートしやすく,うつを伴う MCI も認知症への

移行が多い。さらに,病識や学習効果の有無を評価する

ことによって,AD へ移行しやすい high risk 群の検出が

容易となる。

 一般に,AD 患者では病初期から自己の記憶や生活機

能の低下を過少に評価する“病識の低下”がみられるこ

とが多いが,MCI では背景病理の多様性を反映して病識

の保たれている場合から低下している場合までまちまち

である。病識の低下した MCI 患者は AD の high risk 群

としてとらえられ,早期に進行していく可能性がある。

健常者でみられるような学習効果は,AD を中心とした

認知症患者では通常みられない。また健忘型 MCI 患者

の中で,学習効果がみられない場合は AD の high risk 群

図 2 MCI のサブタイプ診断のためのフローチャート

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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MCI Key symposium では新たな診断基準が提唱され,

 1)認知機能は正常とはいえないが認知症の診断基準

  も満たさない

 2)本人または情報提供者から認知機能低下の訴えが

  ある

 3)複雑な日常生活動作の障害は最小限にとどまり, 

 基本的な日常生活機能は正常である

 が基本となった。そして,記憶障害の有無とその他の

認知機能(言語,遂行機能,視空間認知)の障害の有無

によって 4 つのサブタイプに分類された。すなわち,記

憶障害の有無によって amnestic type か non-amnestic type

に分け,さらにそれぞれを単一領域の障害か複数の障害

かによって single domain か multiple domain に分けるも

のである(図 2)。この中で,AD への移行が最も多いと

考えられるのは amnestic MCI である。

3 基礎疾患

 認知機能に影響を及ぼし得る頭蓋内疾患,精神疾患,

全身的な内科疾患,薬物中毒などさまざまな状態が MCI

の基礎疾患となる。

 神経病理学的研究によると,CDR 0.5 相当症例の背景

病理として変性型病理を示した症例が最も多く,その

中 で も AD, 嗜 銀 顆 粒 性 疾 患(argiophilic grain disease,

AGD),神経原線維変化型老年期認知症が多くみられた。

その他に,血管障害,外傷,海馬硬化症などがみられた。

また,神経病理学的背景が不明な群もあり,この中には

うつ病などの機能性疾患も含まれている可能性があり,

神経病理学的にも多様な疾患が含まれている。

4 臨床像

 近時記憶障害(遅延再生障害)がより高度なほど AD

へコンバートしやすく,うつを伴う MCI も認知症への

移行が多い。さらに,病識や学習効果の有無を評価する

ことによって,AD へ移行しやすい high risk 群の検出が

容易となる。

 一般に,AD 患者では病初期から自己の記憶や生活機

能の低下を過少に評価する“病識の低下”がみられるこ

とが多いが,MCI では背景病理の多様性を反映して病識

の保たれている場合から低下している場合までまちまち

である。病識の低下した MCI 患者は AD の high risk 群

としてとらえられ,早期に進行していく可能性がある。

健常者でみられるような学習効果は,AD を中心とした

認知症患者では通常みられない。また健忘型 MCI 患者

の中で,学習効果がみられない場合は AD の high risk 群

図 2 MCI のサブタイプ診断のためのフローチャート

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

75

と考えられる。

 通常,基本的 ADL は保たれるが,手段的 ADL はわず

かに障害されていることが多い。手段的 ADL の障害を

評価することによって,MCI から認知症への移行の予測

につながるとする報告もある。

5 脳画像検査

 AD は,病理組織学的に老人斑と神経原線維変化の出

現および神経細胞脱落によって特徴づけられるが,この

ような変性過程は海馬を含む側頭葉内側と側頭頭頂連合

野に高度に出現する。したがって,この特徴的な変性分

布に相応した異常を画像によって検出することは診断に

役立つ。一般に,海馬病変は CT や MRI などの形態画像

が,側頭頭頂葉病変は SPECT や PET などの機能画像が

利用される。

 海馬領域の萎縮の評価法として,VSRAD (Voxel-based

Specific Regional Analysis System for Alzheimer's Disease)

が本邦では普及している。ただし,海馬領域の萎縮は

AD 以外の認知症でも種々の程度に認められるため,必

ずしも AD の特異的な画像所見とはならない。また,

VSRAD を用いると老年発症例では内側側頭葉領域に限

局した萎縮を高率に検出できるが,若年発症例では大脳

後方連合野を含む広範な皮質領域で萎縮が観察されるこ

とが多く,そのため嗅内野皮質の z-score 値がやや低め

に算出される傾向があり,注意が必要である。

 AD の機能画像所見の特徴として,大脳後方連合野

(後部帯状回,楔前部から頭頂側頭葉)の血流や代謝の

低下が挙げられる。特に病初期には,後部帯状回または

楔前部に認めやすい。一般に,AD の初期には神経細胞

脱落よりもシナプスの障害が著しく,この点で SPECT

や PET などの機能画像の診断的有用性は高い。概して,

MRI による海馬の萎縮は AD を含む認知症に sensitive な

所見であり,機能画像による側頭頭頂葉の血流や代謝の

低下は,AD のより specific な所見といえる。

 AD を 背 景 病 理 と し た MCI(MCI due to AD) で は,

海馬や海馬傍回の萎縮が検出されやすく,さらにその萎

縮が高度なほど早期に AD へ移行しやすい。また,早期

に AD へ移行しやすいコンバーター群は非コンバーター

群と比較して,後部帯状回から頭頂側頭葉の血流や代謝

の低下が目立つ場合が多い(図 3)。

お わ り に

 MCI から認知症への早期移行を正確に予測することは

困難であるが,これまでの研究から得られた予測因子を

図 3 MCI から AD へ移行した症例の MRI と SPECT

 76 歳の女性。健忘型 MCI と診断されたが,すでに MRI では海馬領域の萎縮が,SPECT でも頭頂側頭葉の血流低下がみられた。本症例は 2 年後に AD へコンバートしたが,SPECT では頭頂側頭葉の血流低下が拡大,進展した。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

76

表 1 にまとめて示す。

 一般的には,臨床像(神経心理学的所見を含む),脳

画像検査,生化学マーカーなど複数の情報を総合的に組

み合わせることによって,より早期の診断や正確な病態

評価が可能になる。

文 献

 羽生春夫:MCI(mild cognitive impairment)の概念と症候。

  Brain and Nerve 62:719-725, 2010.

 認知症疾患診療ガイドライン作成委員会:認知症疾患診療ガ

  イドライン 2017。日本神経学会監修,医学書院。2017.

 (著者の COI 開示)羽生春夫

 講演料・原稿料 エーザイ,第一三共,ノバルティス

ファーマ,武田薬品,イーライリリー,MSD,小野薬品

研究費:エーザイ,日本メジフィジックス,ノバルティ

スファーマ,バイエル,第一三共,ファイザー,大日本

住友。

表Ⅰ MCI から AD へのコンバージョン予測因子

simpo2/初校.indd 76 19.2.27 1:20:59 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

76

表 1 にまとめて示す。

 一般的には,臨床像(神経心理学的所見を含む),脳

画像検査,生化学マーカーなど複数の情報を総合的に組

み合わせることによって,より早期の診断や正確な病態

評価が可能になる。

文 献

 羽生春夫:MCI(mild cognitive impairment)の概念と症候。

  Brain and Nerve 62:719-725, 2010.

 認知症疾患診療ガイドライン作成委員会:認知症疾患診療ガ

  イドライン 2017。日本神経学会監修,医学書院。2017.

 (著者の COI 開示)羽生春夫

 講演料・原稿料 エーザイ,第一三共,ノバルティス

ファーマ,武田薬品,イーライリリー,MSD,小野薬品

研究費:エーザイ,日本メジフィジックス,ノバルティ

スファーマ,バイエル,第一三共,ファイザー,大日本

住友。

表Ⅰ MCI から AD へのコンバージョン予測因子

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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エビデンスはない。ニューロモデユレーションの成果は,

認知機能障害の病態解明の一助になるとともに治療法と

しても有力な手段となることが期待される。

 ニューロモデュレーションは,「神経系に生じた機能

異常に対して,障害部位に直接薬剤や微弱な電流を流し

て神経活動を変化または調節する技術」と定義づけられ

ており,脳深部刺激療法,脊髄刺激療法,バクロフェン

髄腔内投与療法,経頭蓋磁気刺激療法などが含まれる。

ニューロモデュレーションには,2 つの稀有な特長があ

る。刺激あるいは薬剤の注入を中断すれば,ほぼ元の状

態に戻せるという「可逆性」と病期の進行や刺激副作用

の出現に対して刺激条件を変更して対応できるという

「調節性」である。このため従来治療法のなかった様々

な疾患の新たな治療法としても期待されている。

 これまでに行われてきたものでは,パーキンソン病に

対する脳深部刺激療法が最も症例数の多いニューロモ

デュレーション治療の 1 つとしてあげられる。運動症状

に対する効果についてはすでに一定の見解が得られてい

るが,認知機能に対する影響が最近注目されている。最

も多く用いられるターゲットである視床下核の脳深部刺

激療法では,認知機能の低下がしばしばみられることが

報告され話題となった。しかし,その後の検討では,不

変あるいは改善したという報告もあり,議論は収束して

いない。

 そもそも脳深部刺激療法で用いられるターゲットの多

くは,皮質 - 基底核 - 視床 - 皮質回路に含まれる部位,

あるいはこの回路と密接な関係をもつ部位である。この

回路には認知(連合)系ループ,情動(辺縁)系ループ

と運動感覚系ループが存在し,互いに密接な関係を保持

しつつ機能している。したがって認知機能への影響はあ

る程度無理からぬことなのかもしれない。

 他方,脳深部刺激療法を認知機能障害の治療として用

いる試みもなされている。6 例のアルツハイマー病の症

例を対象として行われた脳弓の脳深部刺激療法の第一相

試験では肯定的な結果が示され,引き続き行われた 42

症例を対象とした第二相試験の結果も最近発表されてい

る。それによると 65 歳以上の比較的軽症のアルツハイ

マー病に対して脳弓への脳深部刺激は有意な効果を示し

た。

 認知機能障害に対し期待される他のニューロモデユ

レーション治療としては,背外側前頭前野への高頻度刺

激を用いた経頭蓋磁気刺激があげられるが,まだ十分な

(シンポジウム 2 MCI の診断と治療)

3 認知・情動・運動機能とニューロモデュレーション

深谷 親 日本大学医学部脳神経外科ニューロモデュレーションセンター

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 血管性認知症は主として,1. 多発梗塞性認知症(Multi

infarct dementia;MID),2. strategic single infarct dementia,

3. 脳小血管病性認知症(Small vessel disease with dementia;

.SVD with dementia)がある。このうち,MID は過去に

は血管性認知症全体を示す用語として用いられた時代が

あったが,近年の調査では血管性認知症全体の 2 〜 3 割

を占めるにすぎないことが判明している。血管性認知症

の過半数は脳小血管病が原因であり,高血圧性脳小血

管病と脳アミロイド血管症(Cerebral amyloid angiopathy;

CAA)に 2 大別される。前者はラクナ梗塞,白質病変,(微

小)脳出血が主体であり,認知症を来す場合は皮質下血

管性認知症と呼称される。後者は皮質下出血,(微小)脳

出血,限局型脳表ヘモジデローシス,皮質微小梗塞や後

角優位の白質病変の原因となり,ほとんどのアルツハイ

マー病患者で合併がみられている。

 脳小血管は小動脈の一部,細動脈,毛細血管,小・細

静脈を含み,その病態生理は neuro-glio-vascular unit と呼

ばれる微小な解剖学的構造が基本である。近年,脳小血

管そのものの描出は 7 Tesla MRI によって可能となった

が,閉塞・狭窄などの病的変化を評価するのは依然とし

て困難である。このため,脳小血管病の評価は血管変化

の結果としての病巣を評価することが通例となっている。

最近では,脳小血管病スコア(SVD score for hypertensive

vasculopathy; HV or CAA)を評価することで,脳小血管病

を総体として定量評価する試みが提唱されている。脳小

血管の変化は脳卒中や認知症の明らかなリスク因子であ

るが,一方では高度な白質病変やラクナ梗塞の多発があっ

ても認知機能が正常な症例にしばしば遭遇する。即ち,

脳小血管病から脳萎縮,認知症を発症するプロセスには,

総量,質(病変の分布,拡散異方性の低下度など)によっ

て規定される閾値が存在している。この閾値を超える因

子として,小血管病変の進展のほかに,血液脳関門障害,

脳内炎症,グリンパティック機能異常などが新たに加わっ

て認知症を発症する機序が想定される。

(シンポジウム 3 血管性認知症)

1 細小動脈病変 脳小血管病の臨床最前線

冨本 秀和 三重大学大学院医学研究科 神経病態内科学 教授

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 血管性認知症は主として,1. 多発梗塞性認知症(Multi

infarct dementia;MID),2. strategic single infarct dementia,

3. 脳小血管病性認知症(Small vessel disease with dementia;

.SVD with dementia)がある。このうち,MID は過去に

は血管性認知症全体を示す用語として用いられた時代が

あったが,近年の調査では血管性認知症全体の 2 〜 3 割

を占めるにすぎないことが判明している。血管性認知症

の過半数は脳小血管病が原因であり,高血圧性脳小血

管病と脳アミロイド血管症(Cerebral amyloid angiopathy;

CAA)に 2 大別される。前者はラクナ梗塞,白質病変,(微

小)脳出血が主体であり,認知症を来す場合は皮質下血

管性認知症と呼称される。後者は皮質下出血,(微小)脳

出血,限局型脳表ヘモジデローシス,皮質微小梗塞や後

角優位の白質病変の原因となり,ほとんどのアルツハイ

マー病患者で合併がみられている。

 脳小血管は小動脈の一部,細動脈,毛細血管,小・細

静脈を含み,その病態生理は neuro-glio-vascular unit と呼

ばれる微小な解剖学的構造が基本である。近年,脳小血

管そのものの描出は 7 Tesla MRI によって可能となった

が,閉塞・狭窄などの病的変化を評価するのは依然とし

て困難である。このため,脳小血管病の評価は血管変化

の結果としての病巣を評価することが通例となっている。

最近では,脳小血管病スコア(SVD score for hypertensive

vasculopathy; HV or CAA)を評価することで,脳小血管病

を総体として定量評価する試みが提唱されている。脳小

血管の変化は脳卒中や認知症の明らかなリスク因子であ

るが,一方では高度な白質病変やラクナ梗塞の多発があっ

ても認知機能が正常な症例にしばしば遭遇する。即ち,

脳小血管病から脳萎縮,認知症を発症するプロセスには,

総量,質(病変の分布,拡散異方性の低下度など)によっ

て規定される閾値が存在している。この閾値を超える因

子として,小血管病変の進展のほかに,血液脳関門障害,

脳内炎症,グリンパティック機能異常などが新たに加わっ

て認知症を発症する機序が想定される。

(シンポジウム 3 血管性認知症)

1 細小動脈病変 脳小血管病の臨床最前線

冨本 秀和 三重大学大学院医学研究科 神経病態内科学 教授

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 高齢者にしばしば認められる MRI 上の無症候性脳病

変として,ラクナ梗塞,拡大血管周囲腔,大脳白質病変

(white matter hyperintensity, WMH),脳微小出血(cerebral

microbleeds, CMBs)があり,これらは脳小血管病(cerebral

small vessel disease, cSVD)の表現型として注目されて

いる。脳小血管病は,主に加齢や高血圧などに起因し,

脳卒中の発症や再発のみならず,認知機能障害や抑う

つ状態などと関連することが知られている。ラクナ梗

塞,拡大血管周囲腔,大脳白質病変は画像所見が類似

しており,脳ドックのガイドラインの鑑別基準などを

参考に 3 種類の画像(T1 強調画像[T1WI],T2 強調画

像[T2WI],FLAIR 画像)を丹念に観察して注意深く判

定する必要がある。ラクナ梗塞は T1WI で低信号を呈し

FLAIR で中央部が低信号・辺縁が高信号を呈する点が,

大脳白質病変は T1WI で不明瞭で FLAIR で明瞭な高信

号を呈する点が,鑑別点となる。拡大血管周囲腔は好発

部位が重要で,基底核下 1/3 では 1cm を超えることが

ある。通常は病的意義が無いが,多発性で高度なものは

脳小血管病の表現型と考えられており,最近では脳間質

液の排出機能障害との関連が推定されている。大脳白質

病変は脳室周囲白質病変(periventricular hyperintensity,

PVH)と深部皮質下白質病変(deep and subcortical white

matter hyperintensity)に分類され,前者は遂行機能・情

報処理速度の低下と,後者は認知機能の低下との関連が

高い。大脳白質病変の重症度分類には従来 Fazekas 分類

などが用いられてきたが,近年は自動体積計測が普及し

つつある。脳微小出血の判定には T2* 強調画像(または

磁化率強調画像)を用いる。皮質領域に多数認める場合

や,脳表に線状の出血を認める場合(cortical superficial

siderosis, cSS)は,脳アミロイド血管症を考え

る。これらの所見は,種々の認知症の予防や早期治療に

おける画像マーカーとして今後ますます重要となってい

くものと思われる。

(シンポジウム 3 血管性認知症)

2 細小動脈病変 MRI 脳小血管病の MRI

佐々木 真理 岩手医科大学 医歯薬総合研究所

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 3 血管性認知症)

3 血管性認知症の画像診断Neuroimaging of vascular dementia

中川原譲二 Jyoji Nakagawara

脳神経疾患研究所附属 RI センター,大阪なんばクリニック 

RI Center, Research institute for Neuroscience, Osaka Namba Clinic

〔Key words〕

Neuroimaging / Vascular dementia / Small vessel disease / Leukoencephalopathy /

Misfolded proteins / Amyloid- β

Summary

 In senile cases with Alzheimer dementia (AD), cerebrovascular disorders seem to be commonly combined with AD

pathology. Specific MRI findings such as subcortical infarct and leukoencephalopathy in pure vascular dementia (VD) could be

well detected in patients with combined type of AD and VD. Small cerebral vessel disease due to arteriosclerosis and ischemic

leukoencephalopathy should be assessed in senile cases of combined type of dementia using MRI. Amyloid imaging and Tau

imaging using PET could be useful in the evaluation of accumulation of misfolded proteins such as amyloid- β or tau protein.

Dysfunction of perivascular clearance (comprised with perivascular drainage or glymphatic system) of misfolded proteins could

be deteriorated by small cerebral vessel disease due to age-related arteriosclerosis. Both accumulation of misfolded proteins and

ischemic leukoencephalopathy connected with small cerebral vessel disease could exacerbate the progression of combined type

of dementia.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 3 血管性認知症)

3 血管性認知症の画像診断Neuroimaging of vascular dementia

中川原譲二 Jyoji Nakagawara

脳神経疾患研究所附属 RI センター,大阪なんばクリニック 

RI Center, Research institute for Neuroscience, Osaka Namba Clinic

〔Key words〕

Neuroimaging / Vascular dementia / Small vessel disease / Leukoencephalopathy /

Misfolded proteins / Amyloid- β

Summary

 In senile cases with Alzheimer dementia (AD), cerebrovascular disorders seem to be commonly combined with AD

pathology. Specific MRI findings such as subcortical infarct and leukoencephalopathy in pure vascular dementia (VD) could be

well detected in patients with combined type of AD and VD. Small cerebral vessel disease due to arteriosclerosis and ischemic

leukoencephalopathy should be assessed in senile cases of combined type of dementia using MRI. Amyloid imaging and Tau

imaging using PET could be useful in the evaluation of accumulation of misfolded proteins such as amyloid- β or tau protein.

Dysfunction of perivascular clearance (comprised with perivascular drainage or glymphatic system) of misfolded proteins could

be deteriorated by small cerebral vessel disease due to age-related arteriosclerosis. Both accumulation of misfolded proteins and

ischemic leukoencephalopathy connected with small cerebral vessel disease could exacerbate the progression of combined type

of dementia.

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1 血管性認知症と

Ischemic leukoencephalopathy

 アルツハイマー型認知症(AD)を生活習慣病の 1 つ

に加える考え方が一般化してきた背景には,老化に伴

う脳血管障害が AD の進行を増悪させる因子として認識

されていることによる。この場合,AD に併存する脳血

管障害は,修飾因子として位置づけられ,血管障害病

理を有する混合型とされる。一方,CADASIL(Cerebral

Autosomal Dominant Arteriopathy with Subcortical Infarct

and Leukoencephalopathy )1)のような若年発症で遺伝的

背景を有する純粋な脳血管性認知症(VD)は,AD とは

独立した clinical entity とされているが,高齢化とともに

VD に AD 病理が併存する症例も見られる。AD と VD

の発症スペクトラムを,発症時期で見ると(図 1),若

年の早期発症例では,遺伝的背景を有する純粋な AD や

純粋な VD が多くみられるが,高齢の遅発発症例になる

に従い,両者の病理を有する混合型が増加すると考えら

れている。このように,高齢者の AD 型認知症では,脳

血管病変を高率に伴う『混合型認知症』が大多数であり,

脳卒中を契機として発症する『脳卒中後認知症』との境

界はさらに曖昧であるため,『血管性認知症』を広くと

らえる必要がある。

 血管性認知症の形態画像診断では,純粋な VD である

CADASIL の MRI(特に FLAIR)に見られる Subcortical

infarct や Leukoencephalopathy の所見が,血管性認知症

の究極の画像所見として注目するべきである 2)。白質を

中心に出現する Leukoencephalopathy は小血管病(髄質

動脈では,全長にわたり平滑筋細胞消失,強い外膜の線

維化と内膜の線維化またはヒアリン化がみられる)に

よる血行力学的な脳虚血性病変と考えられ,Ischemic

leukoencephalopathy として,病状の進行とともに大脳白

質において融合拡大する。CADASIL における小血管病

変は,高齢者に見られる動脈硬化性の小血管病変とは必

ずしも同一ではないが,MRI 上は,ともに虚血性の白質

病変を惹起する点は共通している。したがって,高齢者

における白質病変については,血管性認知症のリスク評

価の観点から Ischemic leukoencephalopathy の程度を示す

指標として把握する必要がある。

2 血管性認知症における小血管病の関与

 血管性認知症においては,どのような小血管病変が

関 与 す る の で あ ろ う か。Pantoni ら は, 脳 小 血 管 病 変

の病理学的分類を提唱し,最もよく見られる病型とし

て,年齢および高血圧などの危険因子関連の小血管病

変 arteriosclerosis(Type1)と孤発性あるいは遺伝性の

アミロイド血管症 amyloid angiopathy(Type2)を上げて

い る 3)。 前 者(Type1) に つ い て は,Fibrinoid necrosis,

図 1 認知症の発症スペクトラム(阿部康二先生 日本脳卒中学会総会 2018 年教育講演 改変)

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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Lipohyalinosis, Microatheroma, Microaneurysm (saccular,

lipohyalinotic, asymmetric fusiform, bleeding globe),

Segmental arterial disorganization,などからなるとして

いる。これらの病理像を直接画像診断によって捉えるこ

とは出来ないが,MRI を用いることによって,これらの

小血管病理を原因とする脳虚血病変としての白質病変や

微小な脳梗塞,出血性病変としての微小出血が画像化さ

れる。また,後者のアミロイド血管症については,MRI

(T2*WI や SWI)によって , 大脳皮質に集簇する微小出

血として捉えられる。

 それでは,認知症の発症において,これらの小血管病

がどのように関与するのであろうか。AD の発症には,

Amyloid- βや Tau 蛋白の蓄積が関与するとされ,その

排泄機序における脳血管の役割についての研究が進み

つつある。脳神経細胞で生成されたこれらの misfolded

proteins の一部は,髄質動脈の血管周囲腔(Virchow-Robin

space)を介して,脳脊髄液内に排泄される機序が想定

されているが,これらの小血管病変の病理像から,血管

周囲腔(Virchow-Robin space)の障害が生じることが容

易に想像される。したがって,これらの小血管病変は

血管周囲腔からクモ膜下腔に至る脳脊髄液腔を介する

misfolded protein の 排 泄(perivascular drainage) を 阻 害

する因子となりうる。また,血管周囲腔(Virchow-Robin

space)に蓄積した Amyloid- βによって脳小血管に炎症

などの損傷が生じ,集簇する微小出血を来す状態がアミ

ロイド血管症(Type2)と捉えることができる。

3 認知症にける misfolded proteins の画像化

 AD 型認知症の画像診断に関しては,AD に特異的な

病理組織としての老人斑や神経原繊維変化の存在を直接

画像化する目的で,Amyloid imaging 4)Tau imaging5)が

進展しつつある。老人斑を構成する Amyloid- βや神経

原繊維変化を構成する Tau などの蛋白は,Lewy 小体を

構 成 す る α -synuclein な ど と と も に,misfolded protein

あるいは aggregated protein と呼ばれ,最近では,様々

な神経変性疾患の脳内に蓄積することが判明している

 図 2 神経変性疾患における misfolded proteins の臨床病型的,病理学的,遺伝学的 spectrum (文献 5 から引用)異なる臨床病型で

も同一の misfolded protein が認められ,同一の臨床病型でも異なる misfolded protein が認められる。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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Lipohyalinosis, Microatheroma, Microaneurysm (saccular,

lipohyalinotic, asymmetric fusiform, bleeding globe),

Segmental arterial disorganization,などからなるとして

いる。これらの病理像を直接画像診断によって捉えるこ

とは出来ないが,MRI を用いることによって,これらの

小血管病理を原因とする脳虚血病変としての白質病変や

微小な脳梗塞,出血性病変としての微小出血が画像化さ

れる。また,後者のアミロイド血管症については,MRI

(T2*WI や SWI)によって , 大脳皮質に集簇する微小出

血として捉えられる。

 それでは,認知症の発症において,これらの小血管病

がどのように関与するのであろうか。AD の発症には,

Amyloid- βや Tau 蛋白の蓄積が関与するとされ,その

排泄機序における脳血管の役割についての研究が進み

つつある。脳神経細胞で生成されたこれらの misfolded

proteins の一部は,髄質動脈の血管周囲腔(Virchow-Robin

space)を介して,脳脊髄液内に排泄される機序が想定

されているが,これらの小血管病変の病理像から,血管

周囲腔(Virchow-Robin space)の障害が生じることが容

易に想像される。したがって,これらの小血管病変は

血管周囲腔からクモ膜下腔に至る脳脊髄液腔を介する

misfolded protein の 排 泄(perivascular drainage) を 阻 害

する因子となりうる。また,血管周囲腔(Virchow-Robin

space)に蓄積した Amyloid- βによって脳小血管に炎症

などの損傷が生じ,集簇する微小出血を来す状態がアミ

ロイド血管症(Type2)と捉えることができる。

3 認知症にける misfolded proteins の画像化

 AD 型認知症の画像診断に関しては,AD に特異的な

病理組織としての老人斑や神経原繊維変化の存在を直接

画像化する目的で,Amyloid imaging 4)Tau imaging5)が

進展しつつある。老人斑を構成する Amyloid- βや神経

原繊維変化を構成する Tau などの蛋白は,Lewy 小体を

構 成 す る α -synuclein な ど と と も に,misfolded protein

あるいは aggregated protein と呼ばれ,最近では,様々

な神経変性疾患の脳内に蓄積することが判明している

 図 2 神経変性疾患における misfolded proteins の臨床病型的,病理学的,遺伝学的 spectrum (文献 5 から引用)異なる臨床病型で

も同一の misfolded protein が認められ,同一の臨床病型でも異なる misfolded protein が認められる。

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る。Amyloid PET 画像では,どの薬剤を用いても比較的

簡便に,陰性所見か,陽性所見かを識別することが出

来る。しかしながら,Amyloid 陽性所見は,高齢健常者

においても観察され,陽性例は将来 AD に移行する高リ

スク例と考えることも出来るが,現在のところ Amyloid

PET 画像によって AD 発症の可能性やその時期を確実に

予想することは出来ない。また,Amyloid 陽性所見から,

AD の重症度を判定することも出来ない。これに対して,

Tau 蛋白については,その蓄積進展様式と,認知機能の

障害度とが良く一致することが知られており,国内外で

Tau PET 診断薬の開発が進行中である 6)。そして,初期

の臨床例での検討では,Tau imaging は Amyloid imaging

よりも AD の病態特異性に優れていることが明らかに

な り つ つ あ る 7, 8)。Amyloid- β plaque の 蓄 積( 図 3)9)

は,最初,側頭葉底部および前頭葉眼窩部あたりの新皮

質から始まる(Phase1)。次いで,その蓄積は新皮質全

体に及び,海馬体,扁桃体,間脳,基底核にも見られる

(Phase2/3)。重症の AD では,Amyloid- β plaque の蓄積は,

中脳,脳幹下部,小脳にも及ぶ(Phase4/5)。一方,Tau

蛋白の蓄積は,脳幹の青斑核,および側頭葉海馬体の嗅

内皮質あたりの領域から始まる(Stage Ⅰ - Ⅱ)。次いで,

(図 2)5)核医学領域では,このような脳内の蓄積蛋白

を標的とする放射性薬剤を合成して,その脳内分布を主

として PET によって直接画像化することが可能となり,

認知症の新たな画像診断法として注目されている。

現在臨床使用されている Amyloid PET 放射性診断薬は,

AD 患者の病理組織診断の中で Amyloid の組織染色に用い

られてきた Tioflavin T や Congo Red に類似する化合物で

あり,PET による Amyloid imaging は,生体における脳組

織染色とも言える手法として開発されてきた 6)。2004 年

にピッツバーグ大学で開発された Pittsburgh Compounds

B (PiB)は,集積の感度・特異度ともに優れ,現在標

準診断薬として用いられているが,この化合物は,半

減期が 20 分と短い 11C で標識されているため,一般的

検査として普及するには制約がある。そこで,2007 年

以降,一般的検査としての普及を目指して,半減期が

110 分の 18F で標識された Fluorbetaben,Flutemetamol,

Fluorbetapir などの PET 診断薬が開発されてきた。わが

国では,18F で標識された FDG が保険適応となり,サ

イクロトロンを持たない施設への delivery system がす

でに構築されており,これらの放射性薬剤についても製

造承認が得られており,自由診療での使用が可能であ

図 3 ヒトの脳のおける Amyloid- β,Tau,α -synuclein 蛋白の蓄積進展(文献 9 から引用)

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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その蓄積は,海馬体や新皮質の部分(側頭葉底部および

前頭葉眼窩部あたり)に見られる(Stage Ⅲ - Ⅳ)。その後,

Tau 蛋白の蓄積は,新皮質の広範な領域に拡大する(Stage

Ⅴ - Ⅵ)。このように,Amyloid- β plaque の大脳皮質へ

の蓄積は,発症前か,発症のごく早期にプラトーとなる

が,Tau 蛋白の蓄積は,Amyloid- β plaque の蓄積進展

様式とは異なり,発症前か,発症のごく早期には側頭葉

内側にとどまり,病状の進行とともに大脳皮質へと拡大

するため,AD の重症度をより反映し,特異性が高いと

されている。

4 認知症の増悪と misfolded proteins の排泄阻害

 Amyloid- βや Tau 蛋白などの misfolded protein の排泄

は,perivascular drainage や glymphatic system に よ っ て 担

われるため,小血管病変を合併する症例では,misfolded

protein の 排 泄 阻 害 に よ り, 認 知 症 が 増 悪 す る 可 能 性

が あ る。 す な わ ち, 小 血 管 病 変 の 合 併 は,Ischemic

leukoencephalopathy の 進 展 に 加 え て,misfolded protein

の排泄阻害による蓄積=神経毒性(Neurotoxity)の増加

を招き,認知症の増悪因子となる(図 4)。

 以上のように,高齢者における認知症では,臨床的に

も AD と VD の混合型認知症が大多数であり,小血管病

変の関与は,極めて重要な位置を占める。Amyloid- βや

Tau 蛋白などの misfolded protein の蓄積が,小血管病変

の進行によって増悪するとすれば,若年齢から脳動脈硬

化を引き起こす様々なリスク因子(=生活習慣病のリス

ク因子)をコントロールすることが必要となる。よって,

認知症の予防には,MRI による小血管病変の把握,生活

習慣病のリスク因子に対する先制介入が,重要と考えら

れる。

引用文献

 1. Tournier-Lasserve E, Joutel A, Melki J, et al. Cerebral

autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and

leukoencephalopathy maps to chromosome 19 q12. Nat Genet 1993;

3:256-259.

 2, 水野俊樹 : CADASIL の診断,病態,治療の進歩―本邦に

おける CADASIL 診断基準の作成― 臨床神経 2012; 52: 303-313

 図 4 小血管病変による認知症の増悪機序 髄質動脈における小血管病変の進展により,血行力学的脳虚血の

機序を背景として,大脳白質では Ischemic leukoencephalopathy が生じる。一方,髄質動脈における小血管病変

の進展により,髄質動脈の血管周囲腔を介する misfolded proteins の排泄障害により,皮質神経細胞に misfolded

proteins が蓄積して,神経毒性を示す。小血管病変によって生じるこれらの機序により,認知症が増悪する。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

84

その蓄積は,海馬体や新皮質の部分(側頭葉底部および

前頭葉眼窩部あたり)に見られる(Stage Ⅲ - Ⅳ)。その後,

Tau 蛋白の蓄積は,新皮質の広範な領域に拡大する(Stage

Ⅴ - Ⅵ)。このように,Amyloid- β plaque の大脳皮質へ

の蓄積は,発症前か,発症のごく早期にプラトーとなる

が,Tau 蛋白の蓄積は,Amyloid- β plaque の蓄積進展

様式とは異なり,発症前か,発症のごく早期には側頭葉

内側にとどまり,病状の進行とともに大脳皮質へと拡大

するため,AD の重症度をより反映し,特異性が高いと

されている。

4 認知症の増悪と misfolded proteins の排泄阻害

 Amyloid- βや Tau 蛋白などの misfolded protein の排泄

は,perivascular drainage や glymphatic system に よ っ て 担

われるため,小血管病変を合併する症例では,misfolded

protein の 排 泄 阻 害 に よ り, 認 知 症 が 増 悪 す る 可 能 性

が あ る。 す な わ ち, 小 血 管 病 変 の 合 併 は,Ischemic

leukoencephalopathy の 進 展 に 加 え て,misfolded protein

の排泄阻害による蓄積=神経毒性(Neurotoxity)の増加

を招き,認知症の増悪因子となる(図 4)。

 以上のように,高齢者における認知症では,臨床的に

も AD と VD の混合型認知症が大多数であり,小血管病

変の関与は,極めて重要な位置を占める。Amyloid- βや

Tau 蛋白などの misfolded protein の蓄積が,小血管病変

の進行によって増悪するとすれば,若年齢から脳動脈硬

化を引き起こす様々なリスク因子(=生活習慣病のリス

ク因子)をコントロールすることが必要となる。よって,

認知症の予防には,MRI による小血管病変の把握,生活

習慣病のリスク因子に対する先制介入が,重要と考えら

れる。

引用文献

 1. Tournier-Lasserve E, Joutel A, Melki J, et al. Cerebral

autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and

leukoencephalopathy maps to chromosome 19 q12. Nat Genet 1993;

3:256-259.

 2, 水野俊樹 : CADASIL の診断,病態,治療の進歩―本邦に

おける CADASIL 診断基準の作成― 臨床神経 2012; 52: 303-313

 図 4 小血管病変による認知症の増悪機序 髄質動脈における小血管病変の進展により,血行力学的脳虚血の

機序を背景として,大脳白質では Ischemic leukoencephalopathy が生じる。一方,髄質動脈における小血管病変

の進展により,髄質動脈の血管周囲腔を介する misfolded proteins の排泄障害により,皮質神経細胞に misfolded

proteins が蓄積して,神経毒性を示す。小血管病変によって生じるこれらの機序により,認知症が増悪する。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

85

 3, Pantoni L: Cerebral small vessel disease: from pathogenesis

and clinical characteristics to therapeutic challenges. Lancet Neurol

2010; 9: 689–701

 4. Rowe CC and Villemagne VL: Brain Amyloid Imaging. J Nucl

Med 2011; 52:1733–1740

 5. Villemagne VL, Fodero-Tavoletti MT, Masters CL, Rowe CC:

Tau imaging: early progress and future directions. Lancet Neurol

2015; 14: 114–24

 6. 石井賢二 : 病態理解と薬剤開発におけるアミロイド PET 検

査の現状.老年期認知症研究会誌 , 18, 84-88, 2011

 7. Johnson KA, Johnson KA, Schultz A, et al: Tau positron

emission tomographic imaging in aging and early Alzheimer

disease. Ann Neurol. 2016 Jan; 79(1):110-9.

 8. Cho H, Choi JY, Hwang MS, et al: Tau PET in Alzheimer

disease and mild cognitive impairment. Neurology. 2016 Jul 26; 87

(4):375-83.

 9. Goedert M: NEURODEGENERATION. Alzheimer's and

Parkinson's diseases: The prion concept in relation to assembled A

β , tau, and α -synuclein. Science. 2015 Aug 7;349(6248)

simpo3/初校.indd 85 19.2.27 1:21:46 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

86

(シンポジウム 3 血管性認知症)

4 血管性認知症の治療Treatment for Vascular Dementia

塚原 徹也 Tetsuya Tsukahara 

 

独立行政法人国立病院機構 京都医療センター 脳神経外科

National Hospital Organization

〔Key words〕

vascular dementia / pathogenetic subtype / cerebroavascular reconstructive surgery

抄 録

 血管性認知症はすべての脳血管障害に起因して生じる認知症の総称であるが,近年,その概念は大きく変化しており,

NINDS-AIREN 診断基準では,血管性認知症は多発梗塞性認知症(MID),戦略的な部位の単一病変による認知症,認知

症を伴う脳小血管病等の 6 タイプに分類されている。従来,わが国では,脳血管害に起因する認知機能障害の多くは,

MID と理解されていたが,現在では,Binswanger 病などの白質病変やラクナ梗塞などの脳小血管病が血管性認知症の約

半数を占め,MID は 2 〜 3 割を占めるのみと考えられている。

 今回,当院で経験した血管性認知症症例を上記タイプ別に提示し治療の概要を述べる。治療は症例ごとにそれぞれ異

なるが,血管性認知症発症後の治療としては,基本的には,脳血管障害の再発予防と認知症の症状への対症療法が中心

となる。血管性認知症の発症予防には,脳卒中危険因子の管理が重要で,特に中年期の血圧管理が老年期の認知機能に

大きく影響するため,降圧薬が推奨されており,血管性認知症の中核症状の治療には,アルツハイマー型認知症治療薬

が推奨されているのが現状である。

 従来より,脳神経外科領域では,脳低灌流による脳高次機能障害に対する脳血行再建術の効果についての報告がなさ

れており,ここでは,これらを紹介し,治療の可能性についても考察した。

Abstract

 According to the NINDS – AIREN criteria for the diagnosis of vascular dementia (VaD), VaD is classified as: (i) Multi-

infarct dementia (MID) (Cortical VaD), (ii) Strategic infarct dementia,(iii) Small vessel dementia (Subcortical VaD);

Binswanger's disease (arteriosclerotic subcortical leukoencephalopathy) and multiple subcortical lacunar lesions secondary to

atherosclerosis or degenerative arteriolar changes, (iv) Hypoperfusion dementia,(v) Hemorrhagic dementia, and (vi) Others.

MID has been considered the most common form of VaD in Japan, however, almost half cases of VaD are now caused by

cerebral small vessel disease such as Binswanger's disease with lacunar infarction and extensive white matter lesions. Although

treatment for VaD is depends on the pathogenetic subtype, control of the risk factors for VaD and stroke, especially control of

blood pressure has been recommended to reduce its incidence and improve cognitive performance. Cases of the VaD subtype

we encountered are presented here to discuss the efficacy of our treatment method. Since insufficiencies of blood supply can

cause brain dysfunction, a surgical procedure to improve cerebral blood flow may be an alternative therapy to reverse functional

deficits in patients with cerebrovascular hemodynamic compromise. The efficacy of cerebroavascular reconstructive surgery for

VaD is also discussed here.

simpo3/初校.indd 86 19.2.27 1:21:46 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

86

(シンポジウム 3 血管性認知症)

4 血管性認知症の治療Treatment for Vascular Dementia

塚原 徹也 Tetsuya Tsukahara 

 

独立行政法人国立病院機構 京都医療センター 脳神経外科

National Hospital Organization

〔Key words〕

vascular dementia / pathogenetic subtype / cerebroavascular reconstructive surgery

抄 録

 血管性認知症はすべての脳血管障害に起因して生じる認知症の総称であるが,近年,その概念は大きく変化しており,

NINDS-AIREN 診断基準では,血管性認知症は多発梗塞性認知症(MID),戦略的な部位の単一病変による認知症,認知

症を伴う脳小血管病等の 6 タイプに分類されている。従来,わが国では,脳血管害に起因する認知機能障害の多くは,

MID と理解されていたが,現在では,Binswanger 病などの白質病変やラクナ梗塞などの脳小血管病が血管性認知症の約

半数を占め,MID は 2 〜 3 割を占めるのみと考えられている。

 今回,当院で経験した血管性認知症症例を上記タイプ別に提示し治療の概要を述べる。治療は症例ごとにそれぞれ異

なるが,血管性認知症発症後の治療としては,基本的には,脳血管障害の再発予防と認知症の症状への対症療法が中心

となる。血管性認知症の発症予防には,脳卒中危険因子の管理が重要で,特に中年期の血圧管理が老年期の認知機能に

大きく影響するため,降圧薬が推奨されており,血管性認知症の中核症状の治療には,アルツハイマー型認知症治療薬

が推奨されているのが現状である。

 従来より,脳神経外科領域では,脳低灌流による脳高次機能障害に対する脳血行再建術の効果についての報告がなさ

れており,ここでは,これらを紹介し,治療の可能性についても考察した。

Abstract

 According to the NINDS – AIREN criteria for the diagnosis of vascular dementia (VaD), VaD is classified as: (i) Multi-

infarct dementia (MID) (Cortical VaD), (ii) Strategic infarct dementia,(iii) Small vessel dementia (Subcortical VaD);

Binswanger's disease (arteriosclerotic subcortical leukoencephalopathy) and multiple subcortical lacunar lesions secondary to

atherosclerosis or degenerative arteriolar changes, (iv) Hypoperfusion dementia,(v) Hemorrhagic dementia, and (vi) Others.

MID has been considered the most common form of VaD in Japan, however, almost half cases of VaD are now caused by

cerebral small vessel disease such as Binswanger's disease with lacunar infarction and extensive white matter lesions. Although

treatment for VaD is depends on the pathogenetic subtype, control of the risk factors for VaD and stroke, especially control of

blood pressure has been recommended to reduce its incidence and improve cognitive performance. Cases of the VaD subtype

we encountered are presented here to discuss the efficacy of our treatment method. Since insufficiencies of blood supply can

cause brain dysfunction, a surgical procedure to improve cerebral blood flow may be an alternative therapy to reverse functional

deficits in patients with cerebrovascular hemodynamic compromise. The efficacy of cerebroavascular reconstructive surgery for

VaD is also discussed here.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

87

は じ め に

 血管性認知症はすべての脳血管障害に起因して生じる

認知症の総称であるが,近年,その概念は大きく変化し

ており,NINDS-AIREN 診断基準では,血管性認知症

は以下の 6 タイプに分類されている。(表 1)1)

 1. 多発梗塞性認知症 (Multi infarct dementia; MID)

 2. 戦略的な部位の単一病変による認知症 (Strategic

  single-infarct dementia) 

 3. 認知症を伴う脳小血管病(Small vessel disease with

  dementia)

 4. 低灌流性血管性認知症

 5. 出血性血管性認知症

 6. その他の機序によるもの

 多発梗塞性認知症(MID)の概念が提唱されて以来,

脳血管障害に起因する認知機能障害の多くは,MID と理

解されていたが,現在,わが国では,Binswanger 病など

の白質病変やラクナ梗塞などの脳小血管病が血管性認知

症の約半数を占め,MID は 2 〜 3 割を占めるのみと考え

られている 2)。

 血管性認知症の治療は,上記の 6 タイプに対してそれ

ぞれ異なるが,いずれも脳血管障害の再発予防と認知症

の症状への対症療法が中心となる。現状では,脳血行再

建術が,血管性認知症に奏効したとするエヴィデンスは

ないが,特に,脳神経外科領域では,脳低灌流による脳

高次機能障害に対する脳血行再建術の効果についての報

告がなされており,今回これらを紹介し,治療の可能性

についても述べる。

症例提示

 当院で経験した血管性認知症のタイプ別の代表症例に

基づき概要を述べる。

 症例 1 多発梗塞性認知症 (皮質性 VaD , MID)

 68 歳,男性(Fig. 1A) 

 広範な心原性脳塞栓症を契機に出現した認知能低下

(HDS-R 25, MMSE 25, FAB 13)を認めた。

  既 往 症; 高 血 圧 症, 糖 尿 病, 心 房 細 動 ; CHADS2

score 5 陳旧性脳梗塞 ASD

 内服薬;DOAC,抗血小板薬,スタチン,糖尿病薬

 経過;右前頭葉(中大脳動脈還流領域)の急性期脳梗

塞,および右内頚動脈閉塞に対して,t-PA による血栓溶

解療法を施行。その後,脳梗塞 2 次予防のため抗血栓薬

を継続した。認知機能障害に対しては,特別な治療は行

わず,認知能低下(HDS-R 25, MMSE 25, FAB 13)に

著変を認めていない。

  症 例 2  戦 略 的 な 部 位 の 単 一 病 変 に よ る 認 知 症 

(Strategic single infarct dementia) 

 82 歳 , 男性(Fig. 1B)

 右視床梗塞を契機に急激に進行した認知機能低下を認

めた。(HDS-R 12, MMSE 19, FAB 10)

 既往歴;高血圧症 耐糖能異常 脂質異常症

  経過;右視床梗塞の急性期脳梗塞に対して,抗血栓

療法を施行。その後,脳梗塞 2 次予防のため抗血栓薬を

継続した。認知機能障害に対しては,特別な治療は行わ

ず,その後,症状に変化なく経過した。

 症例 3 認知症を伴う脳小血管病

 (Binswanger Disease 疑い)

 84 歳 , 男性(Fig. 1C)

 人の名前,漢字,言いたい言葉がでなくなったとの

訴えで来院した。当院にて経過観察開始。(HDS-R 21,

MMSE 23,FAB 8)

 既往歴;高血圧症 耐糖能異常 脂質異常症

 past-smoker

 既往症;陳旧性多発ラクナ梗塞 高血圧症 糖尿病 

脂質異常症 腎臓疾患

 内服薬;抗血小板薬 降圧剤 糖尿病薬

 経過;脳梗塞 2 次予防のため抗血栓薬を継続した。認

知機能障害に対しては,特別な治療は行わず,その後,

症状に変化なく経過した。

 症例 4 低灌流性血管性認知症

 73 歳 男性(Fig. 2A, 2B, 2C)

 高次機能障害 進行性の片麻痺(HDSR 7 MMSE 13)

 Brain MRI (DWI) (Fig. 2A)では,右大脳白質に虚血

性変化を認めたが,明らかな脳梗塞像は認めなかった。

 Brain MRA (Fig. 2B) では,右内頚動脈,中大脳動脈

の信号低下を認めた。

 Carotid Angiography(Fig. 2C)では,右内頚動脈起始

部に高度狭窄を認めた。

 経過;右内頚動脈起始部高度狭窄に対し,内膜剥離術

(CEA)による脳血行再建術を行い,脳血流の改善を見た。

その後,後遺する左片麻痺に対し,リハビリテーション

を行ったが,脳高次機能の明らかな改善は認めなかった。

simpo3/初校.indd 87 19.2.27 1:21:46 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

88

 Fig. 1A Brain MRI; 右頭頂後頭部に陳旧性脳梗塞及び,右前

頭葉(中大脳動脈還流領域)に急性期脳梗塞像を認める。MRA

では,右内頚動脈の閉塞を認めた。

Fig. 1B Brain MRI; 右視床梗塞

 Fig. 1C Brain MRI; 両側大脳白質を中心に陳旧性多発ラクナ

梗塞および虚血性病変を認めた。

 Fig. 2A Brain MRI (DWI) では,右大脳白質に虚血性変化

を認めたが,明らかな脳梗塞像。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

88

 Fig. 1A Brain MRI; 右頭頂後頭部に陳旧性脳梗塞及び,右前

頭葉(中大脳動脈還流領域)に急性期脳梗塞像を認める。MRA

では,右内頚動脈の閉塞を認めた。

Fig. 1B Brain MRI; 右視床梗塞

 Fig. 1C Brain MRI; 両側大脳白質を中心に陳旧性多発ラクナ

梗塞および虚血性病変を認めた。

 Fig. 2A Brain MRI (DWI) では,右大脳白質に虚血性変化

を認めたが,明らかな脳梗塞像。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

89

 Fig. 2B Brain MRA では,右内頚動脈,中大脳動脈の信号低下を認

めた。

 Fig. 2C Carotid Angiography で

は,右内頚動脈起始部に高度狭窄を

認めた。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

90

考 察

 血管性認知症の治療は,NINDS-AIREN 診断基準に

よるサブタイプごとにそれぞれ異なるが,いずれのサブ

タイプにおいても脳血管障害の再発予防と認知症の症状

への対症療法が中心となる。ここに提示した我々の施設

で経験した症例においても,抗血栓療法や,血栓融解療

法等のいわゆる,脳卒中の急性期治療は積極的に行って

いるが,これらが,認知機能障害の改善につながった症

例は見出していないのが現状である。従って,一般的に

は,血管性認知症において,一旦発症した認知機能障害

を改善させる積極的な手段はアルツハイマー型認知症治

療薬以外になく,現状で治療は予防的治療が中心になら

ざるを得ない。『脳卒中治療ガイドライン 2015』では,

血管性認知症の発症予防には,脳卒中危険因子の管理が

重要であるとされ,特に中年期の血圧管理が老年期の認

知機能に影響するため,中年期の降圧薬投与が推奨され

るとともに,血管性認知症の中核症状の治療には,アル

ツハイマー型認知症治療薬が推奨されている 3)。同様に,

『認知症疾患診療ガイドライン 2017』でも,中年期の血

圧管理が老年期の認知機能障害の予防に有効と強調して

いる 4)。

 しかしながら,血管性認知症の NINDS-AIREN 診断基

準に於いても,脳低灌流によるものが分類されており,

このサブタイプにおいては,脳血行再建術が脳血流の改

善とともに脳高次機能の改善をもたらす可能性があると

考えられる。

 両側内頚動脈の高度狭窄は,いわゆる無症候性梗塞で

あっても,脳血流低下による認知機能障害の危険因子で

あるとされ,2 年以内に約半数の患者が認知機能障害を

発症したとの報告もある。したがって,予防のためには,

積極的な脳血行再建術の必要性も提唱されている 5, 6)。

 実際に,内頚動脈狭窄により,脳血流低下,および認

知機能障害をきたしたこのような症例に対し,ステント

留置術(CAS)等により脳血流の改善とともに血管性認

知症の改善を見たとの報告がなされている 7, 8)。

 しかし,現時点で,これらは,症例報告にとどまって

おり,脳血行再建術が,血管性認知症に奏効したとする

エヴィデンス構築には至っていない。我々も,内頚動脈

狭窄による脳血流低下が原因で脳高次機能障害をきたす

例は経験するが,多くの症例で意識障害を伴うこともあ

り,認知症との診断には至らない。また,このような症

例はしばしば脳血行再建術などの治療介入により早期に

脳血流の改善を図ることもあるため,いわゆる低灌流性

血管性認知症発生頻度は不明である。今後,脳循環代謝

障害と脳高次機能障害との病態を明らかにしつつ,どの

ような症例に対して,いかなる時期に脳血行再建術を行

えば効果があるのかをと検討する必要がある。

引用文献

 1. Roman GC, Tatemichi TK, Erkinjuntti T, et al: Vascular

dementia: diagnostic criteria for research studies. Report of the

NINDS-AIREN International Workshop. Neurology 43: 250–260,

1993

 2. 冨本秀和:血管性認知障害の現況と将来展望 (Jpn J Stroke

37: 358–361, 2015)

 3. 脳卒中治療ガイドライン 2015 脳卒中合同ガイドライン委

員会.脳卒中治療ガイドライン 2015.東京:協和企画;p265-

267, 2015

 4. 認知症疾患診療ガイドライン 2017 『認知症疾患診療ガイ

ドライン』作成委員会,認知症疾患診療ガイドライン 2017 医

学書院;p308-310,2017

 5. Buratti L , Balucani C , Viticchi G , Falsetti L , Altamura C ,

Avitabile E , Provinciali L , Vernieri F , Silvestrini M .

Cognitive deterioration in bilateral asymptomatic severe carotid

stenosis. Stroke. 2014 Jul;45(7):2072-7.

 6. Balestrini S , Perozzi C, Altamura C, Vernieri F, Luzzi S,

Bartolini M, Provinciali L, Silvestrini M. Severe carotid stenosis

and impaired cerebral hemodynamics can influence cognitive

deterioration. Neurology. 2013 Jun 4;80(23):2145-50

 7. Maeshima S , Terada T, Yoshida N, Nakai K, Itakura T, Komai

Cerebral angioplasty in a patient with vascular dementia.

N. Arch Phys Med Rehabil. 1997 Jun;78(6):666-9.

 8. Sakoh M , Ueda T, Kumon Y, Fukumoto S, Ohta S, Ohue S,

Nishihara J, Syoda D, Ohnishi T. Bilateral carotid stenting for

bilateral carotid artery stenosis improved vascular dementia  

No Shinkei Geka. 2002 Jul;30(7):759-65

simpo3/初校.indd 90 19.2.27 1:21:46 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

90

考 察

 血管性認知症の治療は,NINDS-AIREN 診断基準に

よるサブタイプごとにそれぞれ異なるが,いずれのサブ

タイプにおいても脳血管障害の再発予防と認知症の症状

への対症療法が中心となる。ここに提示した我々の施設

で経験した症例においても,抗血栓療法や,血栓融解療

法等のいわゆる,脳卒中の急性期治療は積極的に行って

いるが,これらが,認知機能障害の改善につながった症

例は見出していないのが現状である。従って,一般的に

は,血管性認知症において,一旦発症した認知機能障害

を改善させる積極的な手段はアルツハイマー型認知症治

療薬以外になく,現状で治療は予防的治療が中心になら

ざるを得ない。『脳卒中治療ガイドライン 2015』では,

血管性認知症の発症予防には,脳卒中危険因子の管理が

重要であるとされ,特に中年期の血圧管理が老年期の認

知機能に影響するため,中年期の降圧薬投与が推奨され

るとともに,血管性認知症の中核症状の治療には,アル

ツハイマー型認知症治療薬が推奨されている 3)。同様に,

『認知症疾患診療ガイドライン 2017』でも,中年期の血

圧管理が老年期の認知機能障害の予防に有効と強調して

いる 4)。

 しかしながら,血管性認知症の NINDS-AIREN 診断基

準に於いても,脳低灌流によるものが分類されており,

このサブタイプにおいては,脳血行再建術が脳血流の改

善とともに脳高次機能の改善をもたらす可能性があると

考えられる。

 両側内頚動脈の高度狭窄は,いわゆる無症候性梗塞で

あっても,脳血流低下による認知機能障害の危険因子で

あるとされ,2 年以内に約半数の患者が認知機能障害を

発症したとの報告もある。したがって,予防のためには,

積極的な脳血行再建術の必要性も提唱されている 5, 6)。

 実際に,内頚動脈狭窄により,脳血流低下,および認

知機能障害をきたしたこのような症例に対し,ステント

留置術(CAS)等により脳血流の改善とともに血管性認

知症の改善を見たとの報告がなされている 7, 8)。

 しかし,現時点で,これらは,症例報告にとどまって

おり,脳血行再建術が,血管性認知症に奏効したとする

エヴィデンス構築には至っていない。我々も,内頚動脈

狭窄による脳血流低下が原因で脳高次機能障害をきたす

例は経験するが,多くの症例で意識障害を伴うこともあ

り,認知症との診断には至らない。また,このような症

例はしばしば脳血行再建術などの治療介入により早期に

脳血流の改善を図ることもあるため,いわゆる低灌流性

血管性認知症発生頻度は不明である。今後,脳循環代謝

障害と脳高次機能障害との病態を明らかにしつつ,どの

ような症例に対して,いかなる時期に脳血行再建術を行

えば効果があるのかをと検討する必要がある。

引用文献

 1. Roman GC, Tatemichi TK, Erkinjuntti T, et al: Vascular

dementia: diagnostic criteria for research studies. Report of the

NINDS-AIREN International Workshop. Neurology 43: 250–260,

1993

 2. 冨本秀和:血管性認知障害の現況と将来展望 (Jpn J Stroke

37: 358–361, 2015)

 3. 脳卒中治療ガイドライン 2015 脳卒中合同ガイドライン委

員会.脳卒中治療ガイドライン 2015.東京:協和企画;p265-

267, 2015

 4. 認知症疾患診療ガイドライン 2017 『認知症疾患診療ガイ

ドライン』作成委員会,認知症疾患診療ガイドライン 2017 医

学書院;p308-310,2017

 5. Buratti L , Balucani C , Viticchi G , Falsetti L , Altamura C ,

Avitabile E , Provinciali L , Vernieri F , Silvestrini M .

Cognitive deterioration in bilateral asymptomatic severe carotid

stenosis. Stroke. 2014 Jul;45(7):2072-7.

 6. Balestrini S , Perozzi C, Altamura C, Vernieri F, Luzzi S,

Bartolini M, Provinciali L, Silvestrini M. Severe carotid stenosis

and impaired cerebral hemodynamics can influence cognitive

deterioration. Neurology. 2013 Jun 4;80(23):2145-50

 7. Maeshima S , Terada T, Yoshida N, Nakai K, Itakura T, Komai

Cerebral angioplasty in a patient with vascular dementia.

N. Arch Phys Med Rehabil. 1997 Jun;78(6):666-9.

 8. Sakoh M , Ueda T, Kumon Y, Fukumoto S, Ohta S, Ohue S,

Nishihara J, Syoda D, Ohnishi T. Bilateral carotid stenting for

bilateral carotid artery stenosis improved vascular dementia  

No Shinkei Geka. 2002 Jul;30(7):759-65

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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表 1 血管性認知症の NINDS-AIREN 診断基準

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表 2 血管性認知症の治療

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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表 2 血管性認知症の治療

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 認知症の主な原因はこれまで脳細胞変性によるアルツ

ハイマー病(AD)と脳血管性病変による血管性認知症

(VD)の 2 つに大きく分類されてきた。またこれまで日

本では欧米と比較して VD が比較的多く,AD は少ない

とされてきた。しかし高齢化の進行に伴ってこの 2 点に

対する考え方が大きく変わってきている。即ち 2 疾患と

もその危険因子は殆ど共通であり,高齢化に伴う血管

性変化は AD 患者においても普遍的とさえ言えるように

なって来ている。

 一方,岡山大学神経内科における認知症外来患者 1,554

例中の割合では,アルツハイマー病が 62%と最も多く,

軽度認知機能障害(MCI)12%,血管性認知症(VD)9%,

パーキンソン認知症(PDD)とレビー小体型認知症(DLB)

が各 3%,前頭側頭葉型認知症(FTD)3%となっており,

超高齢化に伴って認知症全体に占める AD 患者の割合も

急増している。当科における AD とパーキンソン病(PD)

患者における脳 MRI 上の深部白質病変(DWMH, deep

white matter hyperintensity)を国際的に有名な Fazekas

らの分類に基づいて検討してみたところ,AD 患者の

90%近くに,また PD においても 50%以上に DWMH が

認められた。これらの患者の認知機能を minimental state

examination (MMSE) で 評 価 す る と,PD と 異 な り AD

においては白質病変の程度が進行するに従って直線的に

認知機能が低下することも明らかとなった。一方,PD

においてはさほど顕著ではなく,AD の認知機能低下に

おける白質病変の重要性が示唆された。

このような認知症における脳血管関与の新展開に伴っ

て,日本脳血管・認知症学会(Vas-Cog Japan)やアジア

脳血管・認知症学会(Vas-Cog Asia)が設立されて来て

いる。Vas-Cog Japan は 2018 年 8 月 4 〜 5 日に別府市で,

Vas-Cog Asia は同年9月 6 日にジャカルタで,また Vas-

Cog World は同年 11 月 14 〜 17 日に香港で開催される

予定となっている。このように血管と脳認知機能の関係

は双方向性に注目が集まっており,脳と血管のアンチエ

イジングという観点からも脳血管性認知症の考え方は大

きく変貌しつつあり,認知症全体の新しい治療戦略にも

つながるものと期待されている。

(シンポジウム 3 血管性認知症)

5 血管性認知症 ——認知症における脳血管関与の新展開 ——

阿部 康二 岡山大学神経内科

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94

 日本は高齢化社会を迎え,2025 年問題として医療経

済の破綻が危惧されています。この対策として,高齢者

の病気を減少させ,質の良い生活,心豊かな生活ができ

るようにしていくことが,医学・医療の今後の大きな問

題であると考えます。病気を早い時期に診断して,でき

るだけ病気にならないようにすることが必要でありま

す。すでにかくれた病気があれば,それに先制攻撃する

ことによって病気の進行をおさえることが先制医療(ア

ンチエイジング医学)の意図するところであります。痴

呆は,動脈硬化症,糖尿病,癌とともに,加齢現象に伴っ

て発症してくる代表的な疾患です。痴呆を呈する疾患で

も,認知機能をつかさどる神経細胞群が徐々に様々な障

害を受けることによって認知症が起こってしまうのがア

ルツハイマー型認知症であり,脳内の血管に障害が起き

ることで神経細胞が壊れて発症するのが脳血管性認知症

です。血管の加齢現象が,認知症へとつながることから,

高血圧や動脈硬化,高コレステロール血症といった生活

習慣病を予防することが大切です。また,ストレスは脳

の神経細胞にダメージを与え,認知症の発症リスクを高

めることが知られています。現在,当アンチエイジング

外来においては,健康年齢の評価,即ち,血管年齢,神

経年齢,骨年齢,ホルモン年齢の評価とともに,採血サ

ンプルから,酸化ストレスと抗酸化力の評価,アルツハ

イマー痴呆症と 13 種類の癌の早期発見を行っています。

健康年齢が病的老化に傾いている場合には,介入を行い,

病的老化の防止,疾病回避に向けた介入を行い,健康長

寿を企図しています。今回は,痴呆症のリスクの回避を

中心に,最近の自験データを紹介する予定です。

 

(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

1 アンチエイジングから見た加齢現象への治療介入

池田 秀敏 東京クリニックアンチエイジング科学診療センター,事業構想大学大学院

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 日本は高齢化社会を迎え,2025 年問題として医療経

済の破綻が危惧されています。この対策として,高齢者

の病気を減少させ,質の良い生活,心豊かな生活ができ

るようにしていくことが,医学・医療の今後の大きな問

題であると考えます。病気を早い時期に診断して,でき

るだけ病気にならないようにすることが必要でありま

す。すでにかくれた病気があれば,それに先制攻撃する

ことによって病気の進行をおさえることが先制医療(ア

ンチエイジング医学)の意図するところであります。痴

呆は,動脈硬化症,糖尿病,癌とともに,加齢現象に伴っ

て発症してくる代表的な疾患です。痴呆を呈する疾患で

も,認知機能をつかさどる神経細胞群が徐々に様々な障

害を受けることによって認知症が起こってしまうのがア

ルツハイマー型認知症であり,脳内の血管に障害が起き

ることで神経細胞が壊れて発症するのが脳血管性認知症

です。血管の加齢現象が,認知症へとつながることから,

高血圧や動脈硬化,高コレステロール血症といった生活

習慣病を予防することが大切です。また,ストレスは脳

の神経細胞にダメージを与え,認知症の発症リスクを高

めることが知られています。現在,当アンチエイジング

外来においては,健康年齢の評価,即ち,血管年齢,神

経年齢,骨年齢,ホルモン年齢の評価とともに,採血サ

ンプルから,酸化ストレスと抗酸化力の評価,アルツハ

イマー痴呆症と 13 種類の癌の早期発見を行っています。

健康年齢が病的老化に傾いている場合には,介入を行い,

病的老化の防止,疾病回避に向けた介入を行い,健康長

寿を企図しています。今回は,痴呆症のリスクの回避を

中心に,最近の自験データを紹介する予定です。

 

(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

1 アンチエイジングから見た加齢現象への治療介入

池田 秀敏 東京クリニックアンチエイジング科学診療センター,事業構想大学大学院

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 高齢化の進展と共に認知症患者の増加が著しく,その

早期診断が求められている。認知症を早期診断すること

のメリットには,治療可能な認知症疾患を見いだす,認

知症の初期ほど薬物治療への反応は大きく進行を遅らせ

ることができる,自動車運転等の安全対策ができる,法

律面や経済面などで将来に対する備えができる,介護者

の準備・教育が早期から可能となる,介護費用の軽減が

はかれるなどがある。その一方で,根本的治療のない現

状で,患者・家族の不安感,喪失感,ストレスを増大さ

せるなど,負の側面も考慮する必要がある。

 認知症の早期診断はかかりつけ医でも困難な事があ

り,最初の症候出現から診断までの期間は 8 〜 32 ヵ月

との報告がある。一方,住民健診や脳ドックに認知機能

検査を導入することは早期診断の機会となりうる。こう

いった健診場面では多数の人を対象とする事が多く,簡

便なスクリーニング検査として我々が開発した CADi2

などを利用する事が有用である。

 軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階とされるが,

必ずしも全てが認知症に進展するわけではない。MCI か

ら認知症への進展を予測するバイオマーカーは残念なが

らまだ存在しない。我々は MCI の MRI 構造画像に対し

て深層学習を適用することで,認知症への進展が予測で

きる可能性について検討している。予備的検討ではある

が,MCI において T1 強調画像がアルツハイマー型認知

症(AD)パターンと推定された群は,非 AD パターン

の群より AD 移行率が高い事を明らかにした。この結果

は MRI 画像から AD 発症のリスクの高い個人を検出で

きる可能性を示唆している。

 さらに構造画像よりも早期に変化を検出できる可能性

のある指標として安静時の機能的 MRI(fMRI)がある。

安静時 fMRI は神経活動に由来した血流の時系列変化を

測定し,脳領域間の連関の強さ(機能的結合)を推定す

ることができる。我々は島と前帯状回で構成される顕著

性ネットワークが高齢者における認知機能と密接に関連

していることを報告している。現在,これらの MRI 指

標を組み合わせることで,認知症リスクを定量的・段階

的に評価する事をめざしている。

(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

2 認知症の早期診断をめざして

山口 修平,小野田 慶一 島根大学医学部内科学講座内科学第三

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

3 アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,軽度認知障害の治療Alzheimer type dementia, Lewy body dementia, mild cognitive impairment treatment

平川 亘 Wataru Hirakawa

誠弘会池袋病院

 Seikoukai Medical Corporation, Ikebukuro Hospital

〔Key words〕

Alzheimer 's disease / Dementia with Lewy bodies / Mild cognitive impairment

Abstract

 Donepezil has the strongest frontal lobe activation but at the same time it may aggravate behavioral and psychological

symptoms (BPSD) such as excitement, delusions. Also, caution is required because it may cause movement disorder. The

treatment result of donepezil for Alzheimer's dementia (AD) at our hospital was the best 2.5 mg which is half the prescribed

amount. Small doses of donepezil are often effective, especially for the elderly AD and dementia with Lewy bodies(DLB),

it is better to treat with dosages appropriate for the patient. Rivastigmine is strongly aroused and its effect is very rapid.

As with donepezil, side effects of movement disorder are recognized by overdose administration. Rivastigmine is often

overdosed with 9 mg of the prescribed amount in many cases, and long-term treatment results of the elderly is 4.5 mg the

best. Although rivastigmine is effective for DLB, it has to be treated with a small amount. In the study conducted at our

hospital, galantamine was the most excellent long term outcome for AD. Galantamine has few side effects such as excitement,

but nausea, somnolence, dizziness, incontinence, etc. are prominent, and abnormal weight loss is noticeable in more than

half a year treatment. Memantine may be effective for excitatory BPSD, but be careful as it may become over-sedated at the

specified amount of 20 mg. Whether to use anti-dementia drugs for mild cognitive impairment (MCI) is controversial, but

our hospital got good treatment results using cilostazol for patients with MCI. In order to succeed dementia treatment, it is

necessary to know the characteristics of each drug, select the medicine suitable for the patient, carefully observe the patient,

pay attention to the dose, do not cause side effects

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

3 アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,軽度認知障害の治療Alzheimer type dementia, Lewy body dementia, mild cognitive impairment treatment

平川 亘 Wataru Hirakawa

誠弘会池袋病院

 Seikoukai Medical Corporation, Ikebukuro Hospital

〔Key words〕

Alzheimer 's disease / Dementia with Lewy bodies / Mild cognitive impairment

Abstract

 Donepezil has the strongest frontal lobe activation but at the same time it may aggravate behavioral and psychological

symptoms (BPSD) such as excitement, delusions. Also, caution is required because it may cause movement disorder. The

treatment result of donepezil for Alzheimer's dementia (AD) at our hospital was the best 2.5 mg which is half the prescribed

amount. Small doses of donepezil are often effective, especially for the elderly AD and dementia with Lewy bodies(DLB),

it is better to treat with dosages appropriate for the patient. Rivastigmine is strongly aroused and its effect is very rapid.

As with donepezil, side effects of movement disorder are recognized by overdose administration. Rivastigmine is often

overdosed with 9 mg of the prescribed amount in many cases, and long-term treatment results of the elderly is 4.5 mg the

best. Although rivastigmine is effective for DLB, it has to be treated with a small amount. In the study conducted at our

hospital, galantamine was the most excellent long term outcome for AD. Galantamine has few side effects such as excitement,

but nausea, somnolence, dizziness, incontinence, etc. are prominent, and abnormal weight loss is noticeable in more than

half a year treatment. Memantine may be effective for excitatory BPSD, but be careful as it may become over-sedated at the

specified amount of 20 mg. Whether to use anti-dementia drugs for mild cognitive impairment (MCI) is controversial, but

our hospital got good treatment results using cilostazol for patients with MCI. In order to succeed dementia treatment, it is

necessary to know the characteristics of each drug, select the medicine suitable for the patient, carefully observe the patient,

pay attention to the dose, do not cause side effects

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は じ め に

 認知症の症状には認知機能障害である中核症状と,妄

想や易怒性などの行動・心理症状(BPSD)がある。現

在発売されている抗認知症薬のうちドネペジル,リバ

スチグミン,ガランタミンのコリンエステラーゼ阻害

薬(ChEI)三剤は,神経変性による海馬や大脳皮質のア

セチルコリン減少による認知機能低下(コリン仮説)に

基づく薬剤であり,脳内のアセチルコリンを増やすこ

とでアルツハイマー型認知症(AD)に効果を発揮する。

ChEI は認知機能障害の改善を期待して用いられるが,

幻視や妄想などの一部の BPSD を改善させることもあ

る。また NMDA 受容体拮抗薬であるメマンチンは,攻

撃性や行動障害などの BPSD に一定の効果がある。

 高齢の認知症者の治療で大事なのは投与量である。

ChEI には治療効果以外に様々な副作用があり規定量で

の治療は難しいことが多く,若年成人に対する投与量の

1/2 〜 1/4 の少量から治療した方が良い。増量は少量ず

つとし,増量の間隔を長くすることも考慮するべきであ

る。ChEI は特に 80 歳以上の超高齢者では副作用が問題

となることが多く,投与量を加減して治療を行った方が

良い。抗認知症薬は適量治療になっていれば少量投与が

原因で認知機能が悪化することは無い。規定量以下での

治療は健保上の問題があったが,平成 28 年 6 月 1 日の

厚生労働省からの通達で,少量投与に保険上の問題は無

くなった。

 抗認知症薬はどれも同じではない。認知症の治療効果

を高めるには各々の薬剤の特性と副作用を良く知ること

が必要である。本原稿では抗認知症薬の特徴と使い方に

ついて,当院での治療経験を基に私見を述べる。

アルツハイマー型認知症の治療

 a)ドネペジル

 ドネペジルをはじめとする ChEI には吐気などの消化

器症状を回避するために初回の投与量を低く設定してあ

るが,初期から易怒性や興奮,妄想の悪化や徘徊が認め

られるようになることがある。これらは ChEI の持つ前

頭葉の賦活作用と考えられる。

 高齢者では時に ChEI 開始後歩行困難になり,嚥下障

害が認められるようになることがある。ChEI は脳神経

伝達物質であるアセチルコリンを増やすが,脳内ではア

セチルコリンとドパミンは拮抗関係にあるためドネペジ

ルによる相対的ドパミン低下が起こり,これが運動障害

の原因となる。歩行障害や嚥下障害といった副作用は治

療開始後半年,あるいは 1 年を経過して遅発性に認めら

れることが多い。この他 ChEI には,胃潰瘍や頻尿,失

禁の増加,徐脈などの重篤な循環器系に対する副作用が

あり,患者をよく観察して使用しないといけない。

 図 1 は AD に対する 2016 年の当院でのドネペジルの

治療量である。効果が乏しいと考えられた場合には増量

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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するが,易怒性や興奮,または運動系の副作用が認めら

れた場合は投与量を減らすという方法で 1 年以上治療し

た場合,規定量の半分の 2.5mg で治療した症例が多かっ

た。平均治療量は 2.59mg であった 1)。

 b)リバスチグミン

 臨床におけるリバスチグミンの特徴は 2 つあるようで

ある。覚醒を良くすることと,歩行や姿勢を良くするこ

とである。リバスチグミンの覚醒のメカニズムは大脳の

コリン神経や海馬を賦活させるだけでなく,覚醒の中枢

である脳幹の脚橋被蓋核(PPN)のコリン神経への作用

が関係しているのかも知れない。歩行や姿勢の改善は

PPN から下行する脳幹網様体脊髄路のコリン神経が関係

している可能性がある。

 リバスチグミンのレスポンダーは規定量の 18mg では

治療できない。副作用で消化器症状や運動障害の副作用

が出現するため 9mg 以下,多くの場合 4.5mg 以下の処

方量で治療する方が良い。認知機能だけでなく ADL も

改善するが,効果は貼付後早々に認められる。

 著者の経験ではリバスチグミンで 3 年以上悪化無く治

療できているのは 9mg 以下の症例だけであり,85 歳以

上の超高齢者では 4.5mg 以下の症例だけである。規定量

の 18mg での治療では長期の治療は難しい。リバスチグ

ミンの至適用量は 9mg 以下と考えられる(図 2)1)。

 c)ガランタミン

ガランタミンはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用だ

けでなくニコチン性アセチルコリン受容体に対するアロ

ステリック作用(APL: allosteric potentiating ligand 作用)

を有するのが特徴である。臨床におけるガランタミンの

特徴は何と言っても長期の治療成績が良いことであり,

著者の経験でも2年後の認知機能の低下の抑制が認めら

れている。長期の治療成績はドネペジルやリバスチグミ

ンよりも良いようである 1)。

 図 3 はガランタミンの治療量と治療成績であるが,有

効数が一番多いのは 8mg(1 日 4mg × 2 錠)であり,つ

いで 12mg(1 日 4mg + 8mg),16mg(1 日 8mg × 2 錠)

の治療群であった。20mg(1 日 8mg + 12mg)以上での

有効例はなかった。ガランタミンは 20mg 以上に増量し

ても新たな効果は得られにくいようである 1)。

 ドネペジルとリバスチグミンの認知機能の改善効果は

開始後すぐに認められることが多いが,ガランタミンは

治療開始後 1 年を経過して遅発的に認知機能が改善する

ことがある。ガランタミンは少量でも良いので飲める量

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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するが,易怒性や興奮,または運動系の副作用が認めら

れた場合は投与量を減らすという方法で 1 年以上治療し

た場合,規定量の半分の 2.5mg で治療した症例が多かっ

た。平均治療量は 2.59mg であった 1)。

 b)リバスチグミン

 臨床におけるリバスチグミンの特徴は 2 つあるようで

ある。覚醒を良くすることと,歩行や姿勢を良くするこ

とである。リバスチグミンの覚醒のメカニズムは大脳の

コリン神経や海馬を賦活させるだけでなく,覚醒の中枢

である脳幹の脚橋被蓋核(PPN)のコリン神経への作用

が関係しているのかも知れない。歩行や姿勢の改善は

PPN から下行する脳幹網様体脊髄路のコリン神経が関係

している可能性がある。

 リバスチグミンのレスポンダーは規定量の 18mg では

治療できない。副作用で消化器症状や運動障害の副作用

が出現するため 9mg 以下,多くの場合 4.5mg 以下の処

方量で治療する方が良い。認知機能だけでなく ADL も

改善するが,効果は貼付後早々に認められる。

 著者の経験ではリバスチグミンで 3 年以上悪化無く治

療できているのは 9mg 以下の症例だけであり,85 歳以

上の超高齢者では 4.5mg 以下の症例だけである。規定量

の 18mg での治療では長期の治療は難しい。リバスチグ

ミンの至適用量は 9mg 以下と考えられる(図 2)1)。

 c)ガランタミン

ガランタミンはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用だ

けでなくニコチン性アセチルコリン受容体に対するアロ

ステリック作用(APL: allosteric potentiating ligand 作用)

を有するのが特徴である。臨床におけるガランタミンの

特徴は何と言っても長期の治療成績が良いことであり,

著者の経験でも2年後の認知機能の低下の抑制が認めら

れている。長期の治療成績はドネペジルやリバスチグミ

ンよりも良いようである 1)。

 図 3 はガランタミンの治療量と治療成績であるが,有

効数が一番多いのは 8mg(1 日 4mg × 2 錠)であり,つ

いで 12mg(1 日 4mg + 8mg),16mg(1 日 8mg × 2 錠)

の治療群であった。20mg(1 日 8mg + 12mg)以上での

有効例はなかった。ガランタミンは 20mg 以上に増量し

ても新たな効果は得られにくいようである 1)。

 ドネペジルとリバスチグミンの認知機能の改善効果は

開始後すぐに認められることが多いが,ガランタミンは

治療開始後 1 年を経過して遅発的に認知機能が改善する

ことがある。ガランタミンは少量でも良いので飲める量

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で長期間使用してもらうことが必要と思われる。

 d)メマンチン

 メマンチンは NMDA 受容体拮抗薬である。興奮性の

神経伝達物質であるグルタミン酸を抑制することで神経

保護の効果を発揮する。臨床的には興奮性の BPSD に用

いられることが多く,抗精神病薬を使わずに脱抑制症状

などの前頭葉症状を抑えられることがある。

 メマンチンの副作用として有名なのは,めまい,ふら

つき,眠気である。これらは治療初期から認められるが,

15 mg,20 mg と増量した後にはじめて認められるよう

になることもある。規定量の 20mg では過鎮静になるこ

とが多く注意が必要であり,特に高齢者やアパシーのあ

る患者は慎重に使用するべきである。

レビー小体型認知症の治療

 レビー小体型認知症(DLB)ではコリン作動性神経系

の障害が高度であり,脳内のアセチルコリン濃度が AD

以上に低下していることから ChEI が有効であることが

多い。ただし薬剤過敏性である DLB はレスポンダーも

多いが,レスポンダーほど患者ごとの適量を探し出して

治療しないといけない。 ChEI の中では適応外ではある

が,リバスチグミンが最も DLB に効果がある 1)。

 リバスチグミンは貼付後の効果発現が早い。またリバ

スチグミンは DLB の歩行障害や姿勢障害を良くする。

覚醒を改善し幻視を軽減させ,認知機能や ADL も改善

する。何より大事なのは投与量であり,DLB では 4.5mg

でも過量投与になることがある 1)。

 認知症治療薬ではないが DLB にはシロスタゾールも

有効である 2)。姿勢,歩行障害を認める DLB では ChEI

を先行させた方が良いが,幻視や認知障害が主である場

合にはシロスタゾールだけで DLB を治療出来る。レム

睡眠行動障害(RBD)にも有効である。治療効果は多く

の場合 1 年以上認められるが,DLB を 5 年以上シロス

タゾールだけで治療出来ている症例もある。

 図 4 は DLB に対する各薬剤の治療量である。

軽度認知障害(MCI)の治療

 MCI に抗認知症薬を使うかについては論議のあると

ころだが,当院では MCI 患者にシロスタゾールを用い

て良好な治療成績を得ている 2)。長期治療例は 2 年を経

過しても認知機能を維持出来ており,ChEI が必要にな

るケースは少ない。シロスタゾールは単独で MCI から

認知症への移行の抑止に有効であり,長期の認知機能の

維持効果が期待出来る。シロスタゾールは 50㎎で無効

であっても 100㎎で有効なことが多く,内服可能であれ

ば 100㎎× 2(200mg/ 日)が好ましい。50㎎錠× 2 でも

頭痛や動悸などの副作用を認める場合は散剤を用い 25

㎎× 2 から治療する。高齢者や頻脈が気になる場合には

30mg × 2 前後から開始するのが良い 2)。

 シロスタゾール治療の注意点は後発医薬品(ジェネ

リック品)では効果が乏しいことであり,先発品の使用

をおすすめする。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

100

お わ り に

 認知症治療を成功させるには各薬剤の特性を知ること

が必要であり,患者に合った薬剤を選択した上で患者を

よく観察し,投与量には細心の注意を払い,副作用を出

すことなく治療することが大事である。そして抗認知症

薬のパフォーマンスを最大限に引き出せれば治療成績は

必ず上がる。

 (COI)著者は日本脳神経外科学会への COI 自己申告

を完了しています。本論文に関して開示すべき COI はあ

りません。

引用文献

 1. 平川 亘:認知症治療薬の作用と副作用。認知症治療研究会

誌,2017; 4 : 2-11.

 2. 平川 亘:認知症に対するシロスタゾールの治療効果。認知

症治療研究会誌 2016; 3 : 2-13.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

100

お わ り に

 認知症治療を成功させるには各薬剤の特性を知ること

が必要であり,患者に合った薬剤を選択した上で患者を

よく観察し,投与量には細心の注意を払い,副作用を出

すことなく治療することが大事である。そして抗認知症

薬のパフォーマンスを最大限に引き出せれば治療成績は

必ず上がる。

 (COI)著者は日本脳神経外科学会への COI 自己申告

を完了しています。本論文に関して開示すべき COI はあ

りません。

引用文献

 1. 平川 亘:認知症治療薬の作用と副作用。認知症治療研究会

誌,2017; 4 : 2-11.

 2. 平川 亘:認知症に対するシロスタゾールの治療効果。認知

症治療研究会誌 2016; 3 : 2-13.

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101

 前頭側頭葉変性症は,65 歳以下の若年に発症する疾

患であり,統計的には極めて稀少であり,認知症疾患全

体のわずか 1%程度と言われ,認知症諸学会においては,

アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症に関心が

偏るため,その存在は長らく軽視されてきた。

 しかし,近年の高齢化に伴い,前頭側頭型変性症に類

似した疾患が増加しつつある。07 年に発表されたブレ

インバンクによる高齢者連続剖検例における認知症(変

性型)の内訳によると,アルツハイマー型認知症(AD)

38%,レビー小体型認知症(DLB)23%に続いて,嗜銀

性顆粒性認知症(AGD)16%,進行性核上性麻痺(PSP)

8%,神経原線維変化優位型認知症(NFTD)7%と,

いわゆる高齢者タウオパチーにあたる疾患が全体の約

1/3 を占めており,この疾患の比率が近年はさらに増え

ているのではないかという印象である。高齢者タウオパ

チーは,臨床的に前頭葉,側頭葉を中心にタウが蓄積す

る病気であり,臨床的には前頭側頭葉変性症と類似した,

行動異常や語義失語症などが主症状になる事が多い。当

院の外来においても,75 歳以上で行動異常や語義失語

症で発症するケースが多く,前頭側頭型変性症に準じた

介護対応と介護負担を軽減するための安全で適正な薬物

療法が必要とされるが,認知症諸学会は臨床診断に関係

なく「認知症の行動心理症状は原則的に抗認知症薬で対

応すべき」という指針しか示していないのが現状である。

 高齢者タウオパチーは近年急増しているにもかかわら

ず,明確な診断基準が示されないために,臨床診断とし

て,AGD が AD,PSP が DLB と誤診される事が多く,

不適切な投薬によって病状が悪化して,自宅での介護が

困難になり,不必要な入院や入所に至るケースが後をた

たず,臨床現場の混乱を招いている

我々臨床医は,特に近年増加している高齢者タウオパ

チーにおける前頭葉症状,側頭葉症状について正しく理

解した上で,薬物療法の適否を正確に判断した上で,よ

り慎重に抗認知症薬,その他の神経系作用薬剤を処方す

る事が求められる。それを実行する上での注意点などに

ついて,本講演で概説する。

(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

4 前頭側頭葉変性症とその類似疾患の臨床診断と薬物療法

中坂 義邦 新横浜フォレストクリニック

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(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

5 アデュカヌマブ:アルツハイマー病の新規疾患修飾療法の可能性Aducanumab, a potential disease-modifying therapy for Alzheimer's Disease

アルフレッド ・ サンドロック(医師,医学博士) Alfred Sandrock, MD, PhD

所属:バイオジェン社 Biogen, Inc.

 Alzheimer's disease (AD) is a chronic neurodegenerative disorder that is progressive and irreversible. Hallmarks of AD

in the brain are β-amyloid plaques and neurofibrillary tangles. According to the amyloid hypothesis, amyloid beta (Aβ ) in

the brain is the driving influence for AD pathogenesis. Amyloid-targeting therapies aim to reduce accumulation of Aβ and

prevent neurodegeneration. Aducanumab is a human anti-Aβ monoclonal antibody, highly selective for aggregated Aβ , under

investigation as a disease-modifying treatment for early AD. During the placebo-controlled period of PRIME (NCT01677572),

an ongoing Phase 1b study, the safety, tolerability, and efficacy of aducanumab was evaluated in patients with prodromal or

mild AD. In the placebo-controlled period, aducanumab significantly reduced levels of β-amyloid plaques versus placebo and

slowed clinical decline as assessed by the Clinical Dementia Rating – Sum of Boxes and Mini Mental State Examination. The

most common adverse events were amyloid-related imaging abnormalities (ARIA), headache, urinary tract infection, upper

respiratory tract infection. Most ARIA occurred early in treatment, were asymptomatic, and resolved or stabilized in 4-12

weeks, with most patients continuing treatment. These data support further investigation of the clinical efficacy and safety of

aducanumab in patients with early AD in the ENGAGE and EMERGE Phase 3 trials.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

102

(シンポジウム 4 認知症治療の現状と展望)

5 アデュカヌマブ:アルツハイマー病の新規疾患修飾療法の可能性Aducanumab, a potential disease-modifying therapy for Alzheimer's Disease

アルフレッド ・ サンドロック(医師,医学博士) Alfred Sandrock, MD, PhD

所属:バイオジェン社 Biogen, Inc.

 Alzheimer's disease (AD) is a chronic neurodegenerative disorder that is progressive and irreversible. Hallmarks of AD

in the brain are β-amyloid plaques and neurofibrillary tangles. According to the amyloid hypothesis, amyloid beta (Aβ ) in

the brain is the driving influence for AD pathogenesis. Amyloid-targeting therapies aim to reduce accumulation of Aβ and

prevent neurodegeneration. Aducanumab is a human anti-Aβ monoclonal antibody, highly selective for aggregated Aβ , under

investigation as a disease-modifying treatment for early AD. During the placebo-controlled period of PRIME (NCT01677572),

an ongoing Phase 1b study, the safety, tolerability, and efficacy of aducanumab was evaluated in patients with prodromal or

mild AD. In the placebo-controlled period, aducanumab significantly reduced levels of β-amyloid plaques versus placebo and

slowed clinical decline as assessed by the Clinical Dementia Rating – Sum of Boxes and Mini Mental State Examination. The

most common adverse events were amyloid-related imaging abnormalities (ARIA), headache, urinary tract infection, upper

respiratory tract infection. Most ARIA occurred early in treatment, were asymptomatic, and resolved or stabilized in 4-12

weeks, with most patients continuing treatment. These data support further investigation of the clinical efficacy and safety of

aducanumab in patients with early AD in the ENGAGE and EMERGE Phase 3 trials.

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は じ め に

 アルツハイマー病 (AD) は進行性かつ不可逆的な慢

性神経変性疾患である。この疾患は,認知症の最も一

般的な原因となっており,すべての認知症の推定 60 〜

80%を占める。脳内における AD の 2 つの病理学的特徴

は,βアミロイド斑とタウ神経原線維変化 (NFT) であ

る 1)。アミロイド仮説によれば,脳内のアミロイドベー

タ (Aβ) は AD 発症に主要な影響を及ぼし,AD におけ

る NFT の形成および神経変性を引き起こすカスケード

を誘発する。Aβは,酵素βセクレターゼとγセクレター

ゼによるアミロイド前駆体タンパク質 (APP) の切断に

よって生成される。Aβは,可溶性モノマー,可溶性オ

リゴマー,または不溶性線維などの単量体および多量体

状態で脳内に存在し得る 2)。Aβに起因する病理学的変

化は,AD の認知的症状が現れる数十年前から発現し得

る 1)。アミロイドを標的とする治療法は,Aβの生成ま

たは凝集を防止するか,あるいは脳からの Aβクリアラ

ンスを改善することによって,Aβを減少させることを

大きな目的とする 2)。

 脳からの Aβクリアランスを改善するため治療戦略

の一つは,抗 Aβ抗体の使用である 3)。アデュカヌマブ

(BIIB037) は,早期 AD のための疾患修飾治療として研

究されているヒト抗 Aβモノクローナル抗体である 3)。

こ れ は,Reverse Translational Medicine™ 技 術 基 盤( ス

イス,チューリッヒの Neurimmune 社)を活用して,凝

集した Aβに対する反応性についてヒト記憶 B 細胞ライ

ブラリーをスクリーニングすることによって開発された4)。AD 治療のために研究されている抗 Aβモノクローナ

ル抗体 (mAb) は複数あるが,それらはさまざまな A β

エピトープに対するその選択性によって識別することが

できる(図 1A)5)。一部の抗 A β抗体(アデュカヌマ

ブ,Gantenerumab,BAN2401)は可溶性と不溶性の凝集

体の両方に結合するが,他の抗 Aβ抗体(Solanezumab,

Ponezumab)は可溶性モノマー に対して選択的に結合

する。mAb の中には,単量体 Aβと凝集した Aβ の両

方に結合することができるものもある(Bapineuzumab,

Crenezumab)5)。

 Aβ凝集体は神経毒性およびシナプス毒性を示す一方,

Aβ単量体は神経保護的役割を果たす可能性があるので,

Aβ凝集体の選択性は A β免疫療法薬剤の決定的な識別

因子となり得る 5)。 アデュカヌマブは,凝集した Aβ

に対して高い選択性を有し,オリゴマー,プロトフィブ

リルおよび線維に結合する。また,解離反応速度が急速

であることから Aβの可溶性モノマーに対する親和性は

低い5)。アデュカヌマブの浅くコンパクトなエピトープ

結合(図 1B)が,より高分子量の Aβ構造に対するそ

の選択性に寄与する可能性があると理論付けられる5)。

AD のトランスジェニックマウスモデルにおける前臨床

研究では,アデュカヌマブが血液脳関門を通過するだけ

でなく,血漿中よりも脳内に選択的に集積することが明

らかになった。また,Aβレベルの減少および Aβ凝集

部位へのミクログリアの動員も観察された 4)。

 アデュカヌマブのフェーズ 1a 臨床試験 (NCT 013975

39) では,最大 30mg/kg のアデュカヌマブを使用した

が,重篤な有害事象 (SAE),治療に関連する抗アデュカ

ヌマブ抗体の産生は認められず,忍容性は一般的に良好

であり,臨床検査結果,心電図またはバイタルサインに

臨床的に有意な変化は認められなかった6)。PRIME 試

験 (NCT01677572) は,前駆期 AD または軽度アルツハ

イマー型認知症の患者におけるアデュカヌマブの安全

性,忍容性,薬物動態および薬力学を評価する進行中の

フェーズ 1b 臨床試験である 4)。安全性と忍容性は主要

評価項目であり,26 週目のβアミロイド斑量(PET 検

 図 1 A:各種抗 Aβ免疫療法のための Aβ結合エピトープ領域。B:アデュカヌマブの結合時の N 末端 Aβコンフォメーション(ピ

ンクの部分)の側面図。アデュカヌマブ重鎖は緑,軽鎖は青。(5) から改変。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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査での標準取り込み値比 (SUVR))は副次的評価項目

であった。 臨床的認知症重症度判定尺度 (CDR-SB) と

ミニメンタルステート検査 (MMSE)による臨床的な認

知機能低下の評価は探索的項目であった。試験の 12 ヵ

月のプラセボ対照期間の後,患者は進行中の長期継続

投与試験 (LTE) への登録を選択できた。本報告では,

PRIME 試験の固定用量群および漸増投与群の初年度中

間解析からの観察結果について述べる。

被験者および方法

 多施設無作為化,二重盲検,プラセボ対照試験に組み

入れられた被験者は,50 〜 90 歳であり,前駆期 AD ま

たは軽度アルツハイマー型認知症の臨床基準を満たし,

フロルベタピル PET 検査で陽性の患者であった。 対症

療法薬(コリンエステラーゼ阻害剤および / またはメマ

ンチン)の継続投与は許容されたものの,投与量の調整

は許可されなかった 4)。患者を ApoE ε4 の保有状態に

よって層別化し,アデュカヌマブの固定用量群またはプ

ラセボ群のいずれかに無作為に割り付けた(ApoE ε4

保有患者および非保有患者)。患者を固定用量群へ登録

した後,プロトコルを改訂し,アデュカヌマブの漸増用

量またはプラセボのいずれかの投与を受ける漸増投与群

(ApoE ε4 保有患者のみ)を追加した7)。固定用量群へ

のアデュカヌマブ投与量は,1mg/kg,3mg/kg,6mg/kg,

10mg/kg で,漸増投与群への投与は,段階的に増量した

(最初の 2 回は 1mg/kg,次の 4 回は 3mg/kg,次の 5 回は

6mg/kg,以降は 10mg/kg)3)。すべての患者が 4 週間に

1 回,アデュカヌマブまたはプラセボの静脈内投与を受

けた 4)。身体検査,MRI,臨床検査などの安全性評価は,

定期的に実施した 4)。βアミロイド斑の蓄積は,スクリー

ニング時ならびに 26 週目および 54 週目に,フロルベタ

ピル・アミロイド PET イメージングによって測定した。

皮質を複合した SUVR 値は,既報のとおり算出した 4)。

探索的評価項目として,CDR-SB および MMSE におけ

る臨床評価項目のベースラインからの変化を評価した。

結 果

 固定用量群および漸増投与群のプラセボ対照期間の

12 ヵ月の中間解析では,152 人の患者が投与を完了した。

最も一般的な有害事象 (AE) は,アミロイド関連画像異

常 (ARIA),頭痛,尿路感染症および上気道感染症であっ

た。 ARIA は MRI で検出される画像所見であり,Aβ

低下を目的とした治療に関連する。ARIA は,脳の一過

性浮腫 (ARIA-E) ならびに脳内または脳周辺における

出血による小さな点 (ARIA-H) を示す8)。ARIA-E の発

現は用量依存的であり,プラセボ群,1mg/kg,3mg/kg,

6mg/kg および 10mg/kg の固定用量群で,それぞれ 0%,

3%,6%,37%および 41%の発現率であった(表 1)7)。

ARIA-E の発現率は ApoE ε 4 保有患者においてより高

く,ARIA-E の大半は投与過程の初期に発生した。これ

らの症例は無症候性であることが典型的であり,4 〜 12

週間以内に消失または安定化し,ほとんどの患者は治療

を継続した(表 1)。

 本試験のプラセボ対照期間中,12 ヵ月目に PET 検査

プラセボ (n=48)

1 mg/kg (n=31)

3 mg/kg (n=32)

6 mg/kg (n=30)

10 mg/kg (n=32)

漸増 (n=23)

AE を経験した患者、 n (%)

47 (98) 28 (90) 27 (84) 28 (93) 29 (91) 21 (91)

SAE を経験した患者、 n (%)

16 (33) 4 (13) 4 (13) 4 (13) 12 (38) 5 (22)

AE が原因で治療を中止した患者、n (%)

4 (8) 3 (10) 2 (6) 3 (10) 10 (31) 2 (9)

ベースライン後の MRI を1 回以上受けた患者、n

46 31 32 30 32 23

ARIA-E、n/全体 (%) 0/46 1/31 (3) 2/32 (6) 11/30 (37) 13/32 (41) 8/23 (35) ApoE ε4 保有者群 0/32 1/19 (5) 1/21 (5) 9/21 (43) 11/20 (55) 8/23 (35) ApoE ε4 非保有者群 0/14 0/12 1/11 (9) 2/9 (22) 2/12 (17) - 孤立性の ARIA-H、n (%) 3 (7) 2 (6) 3 (9) 0 2 (6) 0

表 1 PRIME 試験の 1 年目における ARIA 発生率を含むアデュカヌマブの安全性および忍容性。(7) から改変

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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査での標準取り込み値比 (SUVR))は副次的評価項目

であった。 臨床的認知症重症度判定尺度 (CDR-SB) と

ミニメンタルステート検査 (MMSE)による臨床的な認

知機能低下の評価は探索的項目であった。試験の 12 ヵ

月のプラセボ対照期間の後,患者は進行中の長期継続

投与試験 (LTE) への登録を選択できた。本報告では,

PRIME 試験の固定用量群および漸増投与群の初年度中

間解析からの観察結果について述べる。

被験者および方法

 多施設無作為化,二重盲検,プラセボ対照試験に組み

入れられた被験者は,50 〜 90 歳であり,前駆期 AD ま

たは軽度アルツハイマー型認知症の臨床基準を満たし,

フロルベタピル PET 検査で陽性の患者であった。 対症

療法薬(コリンエステラーゼ阻害剤および / またはメマ

ンチン)の継続投与は許容されたものの,投与量の調整

は許可されなかった 4)。患者を ApoE ε4 の保有状態に

よって層別化し,アデュカヌマブの固定用量群またはプ

ラセボ群のいずれかに無作為に割り付けた(ApoE ε4

保有患者および非保有患者)。患者を固定用量群へ登録

した後,プロトコルを改訂し,アデュカヌマブの漸増用

量またはプラセボのいずれかの投与を受ける漸増投与群

(ApoE ε4 保有患者のみ)を追加した7)。固定用量群へ

のアデュカヌマブ投与量は,1mg/kg,3mg/kg,6mg/kg,

10mg/kg で,漸増投与群への投与は,段階的に増量した

(最初の 2 回は 1mg/kg,次の 4 回は 3mg/kg,次の 5 回は

6mg/kg,以降は 10mg/kg)3)。すべての患者が 4 週間に

1 回,アデュカヌマブまたはプラセボの静脈内投与を受

けた 4)。身体検査,MRI,臨床検査などの安全性評価は,

定期的に実施した 4)。βアミロイド斑の蓄積は,スクリー

ニング時ならびに 26 週目および 54 週目に,フロルベタ

ピル・アミロイド PET イメージングによって測定した。

皮質を複合した SUVR 値は,既報のとおり算出した 4)。

探索的評価項目として,CDR-SB および MMSE におけ

る臨床評価項目のベースラインからの変化を評価した。

結 果

 固定用量群および漸増投与群のプラセボ対照期間の

12 ヵ月の中間解析では,152 人の患者が投与を完了した。

最も一般的な有害事象 (AE) は,アミロイド関連画像異

常 (ARIA),頭痛,尿路感染症および上気道感染症であっ

た。 ARIA は MRI で検出される画像所見であり,Aβ

低下を目的とした治療に関連する。ARIA は,脳の一過

性浮腫 (ARIA-E) ならびに脳内または脳周辺における

出血による小さな点 (ARIA-H) を示す8)。ARIA-E の発

現は用量依存的であり,プラセボ群,1mg/kg,3mg/kg,

6mg/kg および 10mg/kg の固定用量群で,それぞれ 0%,

3%,6%,37%および 41%の発現率であった(表 1)7)。

ARIA-E の発現率は ApoE ε 4 保有患者においてより高

く,ARIA-E の大半は投与過程の初期に発生した。これ

らの症例は無症候性であることが典型的であり,4 〜 12

週間以内に消失または安定化し,ほとんどの患者は治療

を継続した(表 1)。

 本試験のプラセボ対照期間中,12 ヵ月目に PET 検査

プラセボ (n=48)

1 mg/kg (n=31)

3 mg/kg (n=32)

6 mg/kg (n=30)

10 mg/kg (n=32)

漸増 (n=23)

AE を経験した患者、 n (%)

47 (98) 28 (90) 27 (84) 28 (93) 29 (91) 21 (91)

SAE を経験した患者、 n (%)

16 (33) 4 (13) 4 (13) 4 (13) 12 (38) 5 (22)

AE が原因で治療を中止した患者、n (%)

4 (8) 3 (10) 2 (6) 3 (10) 10 (31) 2 (9)

ベースライン後の MRI を1 回以上受けた患者、n

46 31 32 30 32 23

ARIA-E、n/全体 (%) 0/46 1/31 (3) 2/32 (6) 11/30 (37) 13/32 (41) 8/23 (35) ApoE ε4 保有者群 0/32 1/19 (5) 1/21 (5) 9/21 (43) 11/20 (55) 8/23 (35) ApoE ε4 非保有者群 0/14 0/12 1/11 (9) 2/9 (22) 2/12 (17) - 孤立性の ARIA-H、n (%) 3 (7) 2 (6) 3 (9) 0 2 (6) 0

表 1 PRIME 試験の 1 年目における ARIA 発生率を含むアデュカヌマブの安全性および忍容性。(7) から改変

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

105

結 論

 フェーズ 1b PRIME 試験の 12 ヵ月のプラセボ対照期

間において,アデュカヌマブは一般的に良好な忍容性を

示した。最も一般的な AE は ARIA であった。ARIA の

症例の大半は無症候性であり,4 〜 12 週間以内に消失

または安定化した。アミロイド班量 (SUVR) は投与期

間依存的および用量依存的に低下した。探索的臨床評価

項目(CDR-SB および MMSE)は,投与開始 1 年目にお

いて,臨床症状の進行速度に対する有用性を示唆した。

PRIME 試験の限界は,サンプルサイズが小さく,非同

時組み入れによる並行群間デザインであり,対象地域が

限られていることである。PRIME フェーズ 1b 試験の探

索的評価項目については十分な検出力が担保されておら

ず,臨床評価はその前提で解釈されるべきである。これ

らのデータは,進行中の ENGAGE (NCT02477800) およ

び EMERGE (NCT02484547) の フ ェ ー ズ 3 試 験 に お い

を行ったところ,すべてのアデュカヌマブ投与群で,ア

デュカヌマブ投与によりアミロイド班量が用量依存的お

よび時間依存的に低下した。アデュカヌマブの固定用量

(3mg/kg,6mg/kg,または 10mg/kg)および最大 10mg/

kg の漸増投与(平均予想用量:52 週間目までに 5.3mg/

kg)は,プラセボと比較して,βアミロイド斑量を統計

学的に有意に (P<0.001) 減少させた(図 2)。10mg/kg の

用量固定群では,アミロイド班量が 54 ヵ月で最大 69%

減少した。 臨床評価は探索的評価項目であり,この試

験では群間の臨床的な差を検出するための検出力は担保

されていない。CDR-SB(図 3A)および MMSE(図 3B)

におけるベースラインからの変化による評価より,漸増

投与群および固定用量群の両方において,用量依存性の

臨床的進行の遅延が認められた 5, 7)。CDR-SB のベース

ラインからの変化は,漸増投与群および 10mg/kg 群にお

いて統計学的に有意 (P<0.05) であった(図 3A)。

 図 2 PRIME 試験のプラセボ対照期間中においてアデュカヌマブ投与がアミロイド斑(複合 SUVR)を減少。名目

*P<0.05,**P<0.01,***P<0.001 対プラセボ。SE,標準誤差。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 (COI)利益相反に関する開示: 筆者はバイオジェン

社 (Biogen, Inc.) の正社員であり,同社の株式を保有し

ている。

て,早期 AD の患者におけるアデュカヌマブの臨床的有

効性および安全性を評価する試験続行を支持する。

 図 3 PRIME 試験のプラセボ対照期間における臨床症状の進行に対するアデュカヌマブ投与の効果。

(A) CDR-SB および (B) MMSE による評価。*P<0.05 対プラセボ。観察データに基づく解析。治験薬投与,

ApoE ε4 状況(保有,非保有)を因子とした,CDR-SB のベースラインからの変化に対する共分散分析

(ANCOVA)。有効性解析集団は,無作為割り付けされ,治験薬の投与を少なくとも 1 回受け,ベースラ

イン後の質問票による評価を少なくとも 1 回受けたすべての被験者とした。

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 (COI)利益相反に関する開示: 筆者はバイオジェン

社 (Biogen, Inc.) の正社員であり,同社の株式を保有し

ている。

て,早期 AD の患者におけるアデュカヌマブの臨床的有

効性および安全性を評価する試験続行を支持する。

 図 3 PRIME 試験のプラセボ対照期間における臨床症状の進行に対するアデュカヌマブ投与の効果。

(A) CDR-SB および (B) MMSE による評価。*P<0.05 対プラセボ。観察データに基づく解析。治験薬投与,

ApoE ε4 状況(保有,非保有)を因子とした,CDR-SB のベースラインからの変化に対する共分散分析

(ANCOVA)。有効性解析集団は,無作為割り付けされ,治験薬の投与を少なくとも 1 回受け,ベースラ

イン後の質問票による評価を少なくとも 1 回受けたすべての被験者とした。

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107

参考文献

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

108

 てんかんは小児期に発病のピークがあったが,現代の

先進国では,小児期よりも高齢期に発病するてんかんが

増えている。認知症と見誤られることも多く,認知症の

鑑別診断としても高齢発病のてんかんが注目されてきて

いる。

その特徴は以下の通りである。

 ① 高齢発症のてんかんは若年者に比べて初回発作後

  の再発率が高い。

 ② 抗てんかん薬の反応が良好であることが多いため,

  適切に診断し治療を開始することが望まれる。

 ③ てんかん類型は部分てんかんであり,発作症状は

  複雑部分発作が主体である。そのため,けいれんを

  伴わないことが多くてきづかれにくく,また発作後

  もうろう状態が長いことなどから診断は困難なこと

  が少なくない。

 ④ 記憶障害が前景にみられ,認知症と診断され治療

  されることも多い。

 ⑤ 高齢者は,非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)

  をおこしやすい。NCSE は,電気的な異常活動が遷

  延し,それによって非けいれん性の意識障害や認知

  行動の変化を呈する状態である。てんかん以外の人

  にでもおこり得て,症状の非特異性から認知症や精

  神疾患との鑑別が難しいことがある。

 ⑥ 原因は,脳血管障害が最も多いが実は,2 人に 1 

 人は不明である。その中には扁桃体肥大があると渡 

 邉は考えている。

 ⑦ 抗てんかん薬はごく少量で治療し副作用の発現を

  極力減らすことが必要である。日本は世界でトップ

  の高齢化先進国であり,てんかんの診断と治療を避

  けて脳と神経の疾患を診察することは不可能であ

  り,知識の共有と普及が肝要である。

(シンポジウム 5 各種疾患と認知症 ①)

1 認知症と見過ごされがちな高齢者てんかん ——診断と治療の実践——

渡邊 雅子 新宿神経クリニック 院長

simpo5/初校.indd 108 19.2.27 1:23:03 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

108

 てんかんは小児期に発病のピークがあったが,現代の

先進国では,小児期よりも高齢期に発病するてんかんが

増えている。認知症と見誤られることも多く,認知症の

鑑別診断としても高齢発病のてんかんが注目されてきて

いる。

その特徴は以下の通りである。

 ① 高齢発症のてんかんは若年者に比べて初回発作後

  の再発率が高い。

 ② 抗てんかん薬の反応が良好であることが多いため,

  適切に診断し治療を開始することが望まれる。

 ③ てんかん類型は部分てんかんであり,発作症状は

  複雑部分発作が主体である。そのため,けいれんを

  伴わないことが多くてきづかれにくく,また発作後

  もうろう状態が長いことなどから診断は困難なこと

  が少なくない。

 ④ 記憶障害が前景にみられ,認知症と診断され治療

  されることも多い。

 ⑤ 高齢者は,非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)

  をおこしやすい。NCSE は,電気的な異常活動が遷

  延し,それによって非けいれん性の意識障害や認知

  行動の変化を呈する状態である。てんかん以外の人

  にでもおこり得て,症状の非特異性から認知症や精

  神疾患との鑑別が難しいことがある。

 ⑥ 原因は,脳血管障害が最も多いが実は,2 人に 1 

 人は不明である。その中には扁桃体肥大があると渡 

 邉は考えている。

 ⑦ 抗てんかん薬はごく少量で治療し副作用の発現を

  極力減らすことが必要である。日本は世界でトップ

  の高齢化先進国であり,てんかんの診断と治療を避

  けて脳と神経の疾患を診察することは不可能であ

  り,知識の共有と普及が肝要である。

(シンポジウム 5 各種疾患と認知症 ①)

1 認知症と見過ごされがちな高齢者てんかん ——診断と治療の実践——

渡邊 雅子 新宿神経クリニック 院長

simpo5/初校.indd 108 19.2.27 1:23:03 PM

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(シンポジウム 5 各種疾患と認知症 ②)

2 ホルモンと認知症Hormones and dementia

三木 伸泰 Nobuhiro Miki

東京脳神経センター病院 間脳下垂体センター(内科)

 Hypothalamic-pituitary center, Tokyo Brain Neurological Center Hospital

〔キーワード〕

認知症/甲状腺ホルモン/性ホルモン/インスリン/アンギオテンン

Abstract

 Dementia associated with endocrine and metabolic disorders belongs to a group of treatable non-Alzheimer-type dementia,

which can be significantly relieved with appropriate medical intervention at appropriate time. Cognitive impairment is a

common symptom in treatable dementia but does not manifest as a leading symptom because its severity is usually mild. Patients

usually recognize impaired memory to some extent depending on the severity and length of background disorders and rarely

lose consciousness of illness thoroughly. In endocrine diseases, cognitive impairment usually follows or develops together with

psychiatric symptoms such as mental restlessness and delirium, which often occur at endocrine emergency or crisis. In this

overview, the author describes associations of hormonal alterations with cognitive impairment or Alzheimer's disease, focusing

on thyroid hormone, gonadal steroid, insulin, and angiotensin.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

110

は じ め に

 内分泌・代謝疾患の異常に伴う認知障害は,治療可能

な認知症 treatable dementia に属する病態の 1 つである。

重症例では記憶障害を高頻度に合併するが,これが主症

状になることは稀である。古典的な内分泌疾患では,通

常内分泌緊急症クリーゼとよばれる極限状態で,譫妄,

不穏といった精神症状と共に,あるいはそれに引き続い

て認知機能障害が出現する。この緊急状態を除くと,背

景の内分泌疾患の重症度や罹病期間に依存して認知機能

が軽度低下することはあっても,通常病識は保たれてお

り,脱力,疲労感,食思不振などの非特異的なホルモン

欠落または過剰症状が主症状になる。そして,欠乏ホル

モンの補充,過剰ホルモンの是正により,認知機能は他

の臨床症状とともに 2 ~ 3 ヵ月以内に速やかに改善する

ことが特徴である。本稿では,甲状腺ホルモン thyroid

hormone, 性 ス テ ロ イ ド gonadal steroid, イ ン ス リ ン

insulin,アンギオテンシン angiotensin (Ang)に焦点を

合わせ,認知機能障害や Alzheimer 病との関連につき概

説する。

各種ホルモンと認知症

 認知症を発症する最も有名な内分泌疾患は甲状腺機

能低下症,厳密にいうと原発性甲状腺機能低下症であ

る 1)。下垂体や視床下部の障害による中枢性甲状腺機能

低下症では重篤な甲状腺機能低下とはならないため認知

症も稀である。この理由は,甲状腺機能は下垂体―甲状

腺のフェードバック機構が主要な制御機能であり,TRH

に依存する甲状腺ホルモン産生は 30%程度にすぎない

からである。原発性甲状腺機能低下症における認知症の

発症頻度,可逆性の割合などは依然として不明である。

しかし,最近の軽症の原発性甲状腺機能異常症を対象と

したメタ解析では,機能低下症ではなくて機能亢進症の

ほうが認知機能障害のリスクが高かったと報告されてい

る 2)。また,認知症患者で甲状腺機能を評価した臨床研

究では,機能軽度高値および正常高値群のほうが,機能

軽度低下,正常低値―中央群と比較して認知症リスクが

高かった 3)。したがって,甲状腺ホルモンの補充は TSH

が正常下限 ~ 低値になるような,たとえ軽度でも,潜在

性過剰症となるような補充は避けるべきかもしれない。

 疫学的に,Alzheimer 病が女性に多いこと,閉経後発

症が多いことから,本症と性ホルモンの関与が長年示唆

されてきた。近年 1998 ~ 2012 頃にかけて飛躍的に進

歩したのが性ホルモンと認知機能の関連研究である。脳

の性ステロイドホルモンは長年検出困難であったが,驚

くべきことに,性腺(卵巣や精巣)と同一の性ステロイ

ド合成酵素が海馬に存在することが証明された。性ステ

ロイドホルモンとは異なって,性ステロイドの合成酵素

は蛋白質であり脳組織のホルマリン固定標本でも溶出

しないため,免疫組織染色を用いて検出することが可

能となったのである。並行して分析技術も発達し,液

クロ質量分析 LC-ESI-MS / M の開発で複数の性ステロ

イドが小さな単一組織サンプルでも同時検出できるよ

うになった。その結果,女性ホルモンの 17 β -estradiol

(E2) と,男性ホルモンの testosterone (T),その活性型

の dihydrotestosterone (DHT),そして男女性ホルモンの

前 駆 体 で あ る dehydroepiandrosterone sulfate (DHEA-S)

の代表的な 4 種の性ステロイド が合成酵素とともに

げっ歯類の海馬に局在し,その脳内局所産生が実証され

た 4)。興味あることに,海馬の主要な性ステロイドは E2

と DHT である。これら海馬の性ステロイドはシナプス

形成や記憶の形成,強化・修正に関与することが long-

term potentiation(LTP), long-term depression (LTD)な

どの神経生理学的実験で証明されている 5)。その作用の

発現は迅速で分単位であるため,核内受容体を介する古

典的なステロイドホルモンの作用機序ではなく,樹状突

起上の膜受容体を介する作用(non-genomic action)と考

えられている 6)。筆者も,記銘力低下で受診した若年性

同一性障害 FtoM GID 患者で E2 製剤の迅速な改善効果

を確認している。なお,閉経後の女性ホルモン補充療法

HRT については,最近の疫学研究から乳腺,子宮の発

癌リスクを避けるため閉経後早期の 55 ~ 60 歳までに始

めることが望ましいとされている。

 脳はブドウ糖の 20%を消費する臓器であり,嗅球,視

床下部,海馬にはインスリン受容体が高密度存在する。

糖尿病は脳血管障害のみならず認知症の危険因子でもあ

る。健常人でも糖尿病患者でも空腹時血糖の増加に伴っ

て認知症リスクは増加し,西洋人・東洋人 174 万人のメ

タ解析によると糖尿病患者における Alzheimer 病リスク

は 1.53 倍に上昇する 7)。さらに,血糖の日内変動が大

きいと認知症検査 MMSE のスコアが低くなる。血糖と

インスリンのどちらが関与するのかという問題について

は,現在ではインスリン抵抗性が関与するという説が主

流である。1996 年にインスリン・クランプ法で血糖を

正常に維持しつつインスリンを持続注入しところ記憶力

が著明に改善し,その後,嗅神経を介して脳内インスリ

ンを増加させるという鼻腔内試験投与が始まった。しか

し,最近の 2017 年の無作為二重盲検研究 8)を含め,イ

ンスリン製剤の効果程度,用量反応性,即効型と持効型

の効果比較,そしてこれらの鼻腔内インスリン投与の効

果の再現性など確証的な成績は得られていないのが現状

のようである。海馬のインスリン受容体 KO マウスでは

simpo5/初校.indd 110 19.2.27 1:23:03 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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は じ め に

 内分泌・代謝疾患の異常に伴う認知障害は,治療可能

な認知症 treatable dementia に属する病態の 1 つである。

重症例では記憶障害を高頻度に合併するが,これが主症

状になることは稀である。古典的な内分泌疾患では,通

常内分泌緊急症クリーゼとよばれる極限状態で,譫妄,

不穏といった精神症状と共に,あるいはそれに引き続い

て認知機能障害が出現する。この緊急状態を除くと,背

景の内分泌疾患の重症度や罹病期間に依存して認知機能

が軽度低下することはあっても,通常病識は保たれてお

り,脱力,疲労感,食思不振などの非特異的なホルモン

欠落または過剰症状が主症状になる。そして,欠乏ホル

モンの補充,過剰ホルモンの是正により,認知機能は他

の臨床症状とともに 2 ~ 3 ヵ月以内に速やかに改善する

ことが特徴である。本稿では,甲状腺ホルモン thyroid

hormone, 性 ス テ ロ イ ド gonadal steroid, イ ン ス リ ン

insulin,アンギオテンシン angiotensin (Ang)に焦点を

合わせ,認知機能障害や Alzheimer 病との関連につき概

説する。

各種ホルモンと認知症

 認知症を発症する最も有名な内分泌疾患は甲状腺機

能低下症,厳密にいうと原発性甲状腺機能低下症であ

る 1)。下垂体や視床下部の障害による中枢性甲状腺機能

低下症では重篤な甲状腺機能低下とはならないため認知

症も稀である。この理由は,甲状腺機能は下垂体―甲状

腺のフェードバック機構が主要な制御機能であり,TRH

に依存する甲状腺ホルモン産生は 30%程度にすぎない

からである。原発性甲状腺機能低下症における認知症の

発症頻度,可逆性の割合などは依然として不明である。

しかし,最近の軽症の原発性甲状腺機能異常症を対象と

したメタ解析では,機能低下症ではなくて機能亢進症の

ほうが認知機能障害のリスクが高かったと報告されてい

る 2)。また,認知症患者で甲状腺機能を評価した臨床研

究では,機能軽度高値および正常高値群のほうが,機能

軽度低下,正常低値―中央群と比較して認知症リスクが

高かった 3)。したがって,甲状腺ホルモンの補充は TSH

が正常下限 ~ 低値になるような,たとえ軽度でも,潜在

性過剰症となるような補充は避けるべきかもしれない。

 疫学的に,Alzheimer 病が女性に多いこと,閉経後発

症が多いことから,本症と性ホルモンの関与が長年示唆

されてきた。近年 1998 ~ 2012 頃にかけて飛躍的に進

歩したのが性ホルモンと認知機能の関連研究である。脳

の性ステロイドホルモンは長年検出困難であったが,驚

くべきことに,性腺(卵巣や精巣)と同一の性ステロイ

ド合成酵素が海馬に存在することが証明された。性ステ

ロイドホルモンとは異なって,性ステロイドの合成酵素

は蛋白質であり脳組織のホルマリン固定標本でも溶出

しないため,免疫組織染色を用いて検出することが可

能となったのである。並行して分析技術も発達し,液

クロ質量分析 LC-ESI-MS / M の開発で複数の性ステロ

イドが小さな単一組織サンプルでも同時検出できるよ

うになった。その結果,女性ホルモンの 17 β -estradiol

(E2) と,男性ホルモンの testosterone (T),その活性型

の dihydrotestosterone (DHT),そして男女性ホルモンの

前 駆 体 で あ る dehydroepiandrosterone sulfate (DHEA-S)

の代表的な 4 種の性ステロイド が合成酵素とともに

げっ歯類の海馬に局在し,その脳内局所産生が実証され

た 4)。興味あることに,海馬の主要な性ステロイドは E2

と DHT である。これら海馬の性ステロイドはシナプス

形成や記憶の形成,強化・修正に関与することが long-

term potentiation(LTP), long-term depression (LTD)な

どの神経生理学的実験で証明されている 5)。その作用の

発現は迅速で分単位であるため,核内受容体を介する古

典的なステロイドホルモンの作用機序ではなく,樹状突

起上の膜受容体を介する作用(non-genomic action)と考

えられている 6)。筆者も,記銘力低下で受診した若年性

同一性障害 FtoM GID 患者で E2 製剤の迅速な改善効果

を確認している。なお,閉経後の女性ホルモン補充療法

HRT については,最近の疫学研究から乳腺,子宮の発

癌リスクを避けるため閉経後早期の 55 ~ 60 歳までに始

めることが望ましいとされている。

 脳はブドウ糖の 20%を消費する臓器であり,嗅球,視

床下部,海馬にはインスリン受容体が高密度存在する。

糖尿病は脳血管障害のみならず認知症の危険因子でもあ

る。健常人でも糖尿病患者でも空腹時血糖の増加に伴っ

て認知症リスクは増加し,西洋人・東洋人 174 万人のメ

タ解析によると糖尿病患者における Alzheimer 病リスク

は 1.53 倍に上昇する 7)。さらに,血糖の日内変動が大

きいと認知症検査 MMSE のスコアが低くなる。血糖と

インスリンのどちらが関与するのかという問題について

は,現在ではインスリン抵抗性が関与するという説が主

流である。1996 年にインスリン・クランプ法で血糖を

正常に維持しつつインスリンを持続注入しところ記憶力

が著明に改善し,その後,嗅神経を介して脳内インスリ

ンを増加させるという鼻腔内試験投与が始まった。しか

し,最近の 2017 年の無作為二重盲検研究 8)を含め,イ

ンスリン製剤の効果程度,用量反応性,即効型と持効型

の効果比較,そしてこれらの鼻腔内インスリン投与の効

果の再現性など確証的な成績は得られていないのが現状

のようである。海馬のインスリン受容体 KO マウスでは

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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空間認識能,シナプスの可塑性が障害されるが,効果は

一時的である。ヒトで「糖尿病性認知症」,すなわち「4

番目の糖尿病合併症」が存在するか否かについては,今

後のさらなる研究が必要である。

  糖 尿 病 と 同 様 に, 高 血 圧 も 脳 血 管 障 害 と 認 知 症 の

リ ス ク 因 子 で あ る。 脳 内 で は 腎 臓 に 存 在 す る renin-

angiotensin system (RAS)という血圧制御ホルモン系が

存在し,酵素 renin が angiotensinogen を Ang-I に,さら

に Ang 転 換 酵 素 1 型(ACE-1) が Ang-1 を Ang-II へ 変

換する。Ang-II は AT-1 受容体を介して血管収縮(血圧

上昇),炎症惹起,酸化ストレスという有害作用を発揮

するが,同時に AT-2 受容体を介しては抗炎症作用とい

う有用な作用も発揮する。さらに,近年 RA 系には Ang

転 換 酵 素 2 型(ACE-2) が 存 在 し,Ang-II か ら N 端 の

アミノ酸 1 個を切断して Ang (1-7)を生成し,このペ

プチドは Mas 受容体に結合して AT-2 受容体と同様の抗

炎症作用を発揮する。高齢高血圧患者を ACE 阻害剤で

降圧治療すると認知症発症が低下傾向となり,複数の

臨床研究を合わせてメタ解析すると認知症発症が有意

に低下した 9)。また,ACE 阻害剤で治療中の高血圧合

併 Alzheimer 病患者にドネペジルを投与すると,治療後

初期の認知機能の改善効果が大きかったという報告もあ

る 10)。上記の脳内 RAS 系のカスケードに基づくと,認

知症合併高血圧においても AT-1 受容体阻害剤(ARB)

または ACE 阻害剤が第一選択薬と考えられ,未開発で

あるが AT-2 受容体や Mas 受容体の刺激剤も将来有望

な選択肢になろう。高血圧の降圧目標は,昨年には米

国,そして今年になって欧州で 140/90mmHg から 130/

80mmHg 未満に更新された。本邦では,日本高血圧学会

の 4 年ごとの治療指針見直しは 2019 年度の予定である

が,ARB(A)を第一選択とし,第二選択として Ca 拮

抗剤(C)または利尿剤(D),そして第 3 選択としてβ

遮断剤(B)を用いる ABCD 多剤治療により,血圧を正

常低値に低下する厳格な降圧療法が望まれる。

引用文献

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simpo5/初校.indd 111 19.2.27 1:23:03 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

112

 認知症では,その罹病経過中に様々な睡眠障害を呈す

る。特にアルツハイマー型認知症では,睡眠の分断・浅

化が顕著になるだけでなく,概日リズムの振幅が減少す

るために,多相性睡眠傾向が顕著になり,夜間不眠,日

中の過眠傾向を示しやすくなる。また,レビー小体型認

知症(DLB)では,レム睡眠中に不快な夢体験に対応し

た異常行動を示すレム睡眠行動障害(RBD)が 50%以

上で認められることが知られているし,足関節の反復性

の背屈運動を呈する周期性四肢運動も高頻度であること

が知られている。

 近年では,これらの睡眠障害が認知症発症後経過中に

生じるだけでなく,前駆期にも生じることが明らかになっ

ている。特に,他疾患合併の無い特発性 RBD の 50%以

上が 10 ~ 15 年の間に DLB ないしパーキンソン病に移行

することが注目されており,α- synucleinopathy への発展

を抑止可能な神経保護薬の開発が切望されている。また

軽度の認知症に睡眠時無呼吸症候群が合併している場合,

認知症状の進展が早まることも問題視されている。

 さらには,睡眠時間の短縮や慢性的な不眠症への罹患

が認知症への発展リスクを高めることも重要視されつつ

ある。そのメカニズムとして,断眠状態の存在が,夜間

の glymphatic flow を介したアミロイドβ の排出を低下

させる可能性が推定されている。また,時計遺伝子の活

動変化も脳代謝に悪影響をもたらす可能性が懸念されて

いる。しかしながら,これらの報告は横断疫学的な検討

ないし動物実験結果を元にしたものであり,人での睡眠

を正常化するような介入が認知症状発現をどの程度抑止

できるかという前方視的な研究は行われていない。不眠

症状が存在する場合,睡眠薬投与が考慮されるが,いく

つかの研究で睡眠薬投与特に長時間作用型ベンゾジアゼ

ピン系薬剤(BZDs)の長期連用が後年の認知症状発現

と関連していると指摘されている。しかしいくつかのメ

タ解析の結果は必ずしも一致しておらず,最近では睡眠

薬の toxic な作用の蓄積というよりも,BZDs の使用によ

り,脳の予備機能の低下した高齢者で潜在していた認知

症状が顕在化しやすくなっているためであるとの意見も

ある。

 認知症での睡眠の特性,前駆症状,リスク要因として

の睡眠障害について概説したい。

(シンポジウム 5 各種疾患と認知症 ③)

3 認知症と不眠症

井上 雄一 東京医科大学睡眠学講座,睡眠総合ケアクリニック代々木

simpo5/初校.indd 112 19.2.27 1:23:03 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 認知症では,その罹病経過中に様々な睡眠障害を呈す

る。特にアルツハイマー型認知症では,睡眠の分断・浅

化が顕著になるだけでなく,概日リズムの振幅が減少す

るために,多相性睡眠傾向が顕著になり,夜間不眠,日

中の過眠傾向を示しやすくなる。また,レビー小体型認

知症(DLB)では,レム睡眠中に不快な夢体験に対応し

た異常行動を示すレム睡眠行動障害(RBD)が 50%以

上で認められることが知られているし,足関節の反復性

の背屈運動を呈する周期性四肢運動も高頻度であること

が知られている。

 近年では,これらの睡眠障害が認知症発症後経過中に

生じるだけでなく,前駆期にも生じることが明らかになっ

ている。特に,他疾患合併の無い特発性 RBD の 50%以

上が 10 ~ 15 年の間に DLB ないしパーキンソン病に移行

することが注目されており,α- synucleinopathy への発展

を抑止可能な神経保護薬の開発が切望されている。また

軽度の認知症に睡眠時無呼吸症候群が合併している場合,

認知症状の進展が早まることも問題視されている。

 さらには,睡眠時間の短縮や慢性的な不眠症への罹患

が認知症への発展リスクを高めることも重要視されつつ

ある。そのメカニズムとして,断眠状態の存在が,夜間

の glymphatic flow を介したアミロイドβ の排出を低下

させる可能性が推定されている。また,時計遺伝子の活

動変化も脳代謝に悪影響をもたらす可能性が懸念されて

いる。しかしながら,これらの報告は横断疫学的な検討

ないし動物実験結果を元にしたものであり,人での睡眠

を正常化するような介入が認知症状発現をどの程度抑止

できるかという前方視的な研究は行われていない。不眠

症状が存在する場合,睡眠薬投与が考慮されるが,いく

つかの研究で睡眠薬投与特に長時間作用型ベンゾジアゼ

ピン系薬剤(BZDs)の長期連用が後年の認知症状発現

と関連していると指摘されている。しかしいくつかのメ

タ解析の結果は必ずしも一致しておらず,最近では睡眠

薬の toxic な作用の蓄積というよりも,BZDs の使用によ

り,脳の予備機能の低下した高齢者で潜在していた認知

症状が顕在化しやすくなっているためであるとの意見も

ある。

 認知症での睡眠の特性,前駆症状,リスク要因として

の睡眠障害について概説したい。

(シンポジウム 5 各種疾患と認知症 ③)

3 認知症と不眠症

井上 雄一 東京医科大学睡眠学講座,睡眠総合ケアクリニック代々木

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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 健康寿命延長に向けた,主に職域を中心とした現役世

代の健康投資,主にコミュニティを中心とした高齢者の

社会参加・健康投資について,次世代ヘルスケア産業協

議会の取り組み方針・行動計画の内容を解説する。

 具体的には,人生の最終段階まで高い QOL を維持す

るため,生活習慣病,がん,認知症・老衰についての 1

次予防,2 次予防,3 次予防が重要であることを,予防

投資効果分析,健康経営の仕組み,地域版ヘルスケア産

業協議会や地域包括ケア会議の連携による医療・介護専

門家,行政,事業者間協力といった施策を含め,解説し,

意見交換を行う。

 その上で,認知症について,認知症の診断・治療だけ

でなく,リスク低減(超早期予防),生活支援(認知機

能が低下した中でも生活しやすい環境づくり)が,世界

的な関心となっていることを指摘する。また,住宅産業

や,金融機関,流通業界など,生活に関連する産業であっ

て,伝統的な製薬・医療機器以外の産業による認知症予

防や生活支援に関する取り組みの動きを紹介した上で,

我が国における,適切な官民連携の枠組みの在り方につ

いて,議論を行う。

(シンポジウム 6 認知症の予防からリハビリテーションまで)

1 認知症のリスク減少,予防,生活支援における産業の役割について

西川 和見 経済産業省ヘルスケア産業課

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 6 認知症の予防からリハビリテーションまで)

認知症治療とリハビリテーション医療Dementia Treatment and Rehabilitation Medicine

酒向 正春 Masaharu Sakoh

ねりま健育会病院 回復期リハビリテーションセンター

 Convalescent Rehabilitation Center, Nerima Kenikukai Hospital

〔キーワード〕

認知症予防/リハビリテーション/タウンリハ/健康医療福祉都市構想

抄録・要旨(英文)

 世界一の超高齢社会である日本において,定年退職後に認知症人口が急速に増加することは必然的な流れである。壊

れた脳神経細胞を回復させることは難しく,認知症の中核症状を改善することは容易ではないが,周辺症状としての行

動・心理状態を軽快することは可能である。認知症治療には,環境調整,関わり方,服薬治療が必要であり,認知症予

防には,運動,コミュニケーション,趣味継続が有用である。超高齢社会では,急性期・回復期・維持期の医療連携基

盤の充実とタウンリハビリテーションを継続できる街づくり体制(健康医療福祉都市構想)が必要である。

 It is inevitable that rapidly increasing the dementia population after retirement in Japan, which is the world's super-aged

society, is a trend. It is difficult to recover broken brain neurons and it is not easy to ameliorate the symptoms of dementia but

it is possible to relieve behavioral and psychological symptoms of dementia. For dementia treatment, environmental adjustment,

involvement, medication treatment are necessary, and exercise, communication, continuation of hobbies are useful for the

prevention of dementia. In super-aged society, it is necessary to develop a medical collaboration base in the acute, convalescent,

and chronic phases and town planning system (health care welfare city concept) that can continue town rehabilitation.

simpo6/初校.indd 114 18.12.28 3:01:16 PM

Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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(シンポジウム 6 認知症の予防からリハビリテーションまで)

認知症治療とリハビリテーション医療Dementia Treatment and Rehabilitation Medicine

酒向 正春 Masaharu Sakoh

ねりま健育会病院 回復期リハビリテーションセンター

 Convalescent Rehabilitation Center, Nerima Kenikukai Hospital

〔キーワード〕

認知症予防/リハビリテーション/タウンリハ/健康医療福祉都市構想

抄録・要旨(英文)

 世界一の超高齢社会である日本において,定年退職後に認知症人口が急速に増加することは必然的な流れである。壊

れた脳神経細胞を回復させることは難しく,認知症の中核症状を改善することは容易ではないが,周辺症状としての行

動・心理状態を軽快することは可能である。認知症治療には,環境調整,関わり方,服薬治療が必要であり,認知症予

防には,運動,コミュニケーション,趣味継続が有用である。超高齢社会では,急性期・回復期・維持期の医療連携基

盤の充実とタウンリハビリテーションを継続できる街づくり体制(健康医療福祉都市構想)が必要である。

 It is inevitable that rapidly increasing the dementia population after retirement in Japan, which is the world's super-aged

society, is a trend. It is difficult to recover broken brain neurons and it is not easy to ameliorate the symptoms of dementia but

it is possible to relieve behavioral and psychological symptoms of dementia. For dementia treatment, environmental adjustment,

involvement, medication treatment are necessary, and exercise, communication, continuation of hobbies are useful for the

prevention of dementia. In super-aged society, it is necessary to develop a medical collaboration base in the acute, convalescent,

and chronic phases and town planning system (health care welfare city concept) that can continue town rehabilitation.

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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は じ め に

 世界一の超高齢社会である日本において,認知症人口

が急速に増加することは必然的な流れである。2012 年の

推定認知症人口は 462 万人であり,高齢者人口の 15%

を占める。厚生労働省は 2025 年に約 700 万人に増加す

ると推計している。この認知症の爆発的な増加は日本の

定年退職制度の影響が考えられる。すなわち,通勤運動,

仕事,コミュニケーションがなくなることは認知症発生

の高いリスクとなる。超高齢社会における認知症の予防

や治療にリハビリテーション(以下,リハ)医療と街づ

くりがどのように関わり,ブレインヘルス産業の発展が

必要かを概説する 1, 2)。

認知症治療と予防の現状

 壊れた脳神経細胞を回復させることは難しく,認知症

の中核症状を改善することは難しい。しかし,それに伴

う周辺症状としての行動・心理状態を軽快することは可

能である。その治療には,生活環境の調整,関わり方

(ユマニチュード),服薬治療が有用である 3, 4)。すなわ

ち,リハ医療が得意とする運動,環境,コミュニケーショ

ン,最小限の薬剤管理が最も力を発揮する治療分野であ

る 5)。一方,認知症予防には,運動,コミュニケーショ

ン,趣味の継続が有用とされるため,定年退職後の隠居

は,まさに認知症発症の最短コースとなりうる。また,

高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満の管理が重要であり,

禁煙と大量飲酒禁止も必要となる 6 〜 9)。すなわち,認知

症予防にもリハ医療の介入が有効であることは言うまで

もないが,認知症リハによる認知機能自体の改善は示さ

れていない。

  回 復 期 治 療 し た 連 続 712 症 例 の 検 討 で は, 入 院 時

MMSE が 21 点以下の症例は 41%,22-26 点が 24%,27

点以上が 35%であった。MMSE が 27 点以上の症例は退

院時に 49%に増加した(図 1)。入院時 MMSE が 21 点

 注)入院時 MMSE が 21 点以下の認知障害症例は 41%,22-26 点の軽度認知機能低下症例が 24%,27 点以上の正常症例が 35%であ

  る。退院時には MMSE の改善を認め,27 点以上の正常症例は 49%に増加した。

図 1 回復期 712 症例における認知機能(MMSE)の入院前後変化

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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以下の症例が退院時に 27 点以上に回復するのは 12%で

あり,入院時 MMSE が高い症例が良好な回復を示した

(図 2)。回復期患者の 65%は入院時に認知機能低下を認

めた結果より,認知症の予防と治療は回復期病棟におけ

る必須の医療であり,回復期治療の充実は認知機能低下

症例の回復を促進すると思われる。

介 護老人保健施設(老健)で治療した連続 114 症例の

検討では,要介護 1-3 が 50%,要介護 4-5 が 50%であ

り,認知症の病型はアルツハイマー型が 49%,脳血管性

が 35%,レビー小体型が 8%,前頭側頭型が 2%,MCI

が 2%,多系統萎縮症が 2%,オリーブ橋小脳萎縮症と

進行性核上性麻痺(PSP)は 1 名であった(図 3)。毎日

30 分の個別リハを 3 ヵ月施行すると,要介護 1-3 群と要

介護 4-5 群では MMSE と ADL を有意に改善したが,週

2 回の 20 分個別リハに減量すると,要介護 1-3 群は緩や

かに,要介護 4-5 群は急速に MMSE と FIM が低下した(図

4)。老健での 3 ヵ月間以内の短期入所リハは,要介護者

の運動,ADL,認知機能の向上に極めて有効であり自宅

退院を可能としたので,認知症治療を担当する脳神経外

科医は要介護者に対する老健の有効活用を学ぶ必要があ

ろう。

医療連携におけるリハビリテーション医療の意義

 脳卒中等の急性疾患では,急性期,回復期,維持期の

医療連携を迅速に進めて,人間力を回復(人間回復)さ

せる必要がある 10)。回復期からの自宅退院後の維持期に

は,病院に頼らず,在宅環境である住み慣れた街なかで

社会参加リハを継続できるタウンリハ体制が必要とされ

ている 1, 2)。認知症は進行性慢性疾患であるため,かか

りつけ医の診察管理を基盤に,地域で患者と家族を支え

て,緩やかにタウンリハで社会参加と交流を継続できる

街づくり(社会資源基盤)が重要になる。認知症などで

在宅生活する要介護者の ADL が低下したり,介助量が

増えたり,認知機能が低下して回復が必要な時は,老健

の 3 ヵ月間短期入所リハで,病状管理,生活管理,能力

向上し,在宅復帰が可能となる新しい体制が整ってきた。

一方,攻めのリハ医療は人間回復を実現する基盤にな

る 10)。その実践には,脳卒中等の原疾患管理,全身管理,

そして,リハ治療の 3 本柱が必要である。障害の原因と

なった原疾患治療と全身管理の上で,急性期リハ,回復

期リハ(機能予後予測,早期装具歩行戦略・上肢機能戦

略と失語・高次脳治療戦略等),維持期リハを実践する。

急性期リハでは早期離床が基本であり,発症後 2 日以内

に早期端座位訓練を徹底できる急性期リハチームが必

要である 9 〜 11)。回復期リハでは人間回復のために,食

事,睡眠,運動の 3 要素の徹底が必須であり,入院後 1

〜 2 週間以内に定着させる。リハチーム医療で最大の機

能回復を目指し,能力障害と社会的不利を克服し,在宅

調整を進め,入院時に家族と患者を指導する流れを提示

する 8)。

 機能予後予測は損傷脳組織の部位と体積,さらに,残

存した健常脳組織の画像診断が重要であり,廃用症候

図 2  MMSE21 点以下の認知障害群の退院時回復割合

 注)入院時 MMSE が 21 点以下の症例が退院時に 27 点以上に回復するのは 12%であった(A)。入院時 MMSE が高い症例

  は良好な回復を示した(B)。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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以下の症例が退院時に 27 点以上に回復するのは 12%で

あり,入院時 MMSE が高い症例が良好な回復を示した

(図 2)。回復期患者の 65%は入院時に認知機能低下を認

めた結果より,認知症の予防と治療は回復期病棟におけ

る必須の医療であり,回復期治療の充実は認知機能低下

症例の回復を促進すると思われる。

介 護老人保健施設(老健)で治療した連続 114 症例の

検討では,要介護 1-3 が 50%,要介護 4-5 が 50%であ

り,認知症の病型はアルツハイマー型が 49%,脳血管性

が 35%,レビー小体型が 8%,前頭側頭型が 2%,MCI

が 2%,多系統萎縮症が 2%,オリーブ橋小脳萎縮症と

進行性核上性麻痺(PSP)は 1 名であった(図 3)。毎日

30 分の個別リハを 3 ヵ月施行すると,要介護 1-3 群と要

介護 4-5 群では MMSE と ADL を有意に改善したが,週

2 回の 20 分個別リハに減量すると,要介護 1-3 群は緩や

かに,要介護 4-5 群は急速に MMSE と FIM が低下した(図

4)。老健での 3 ヵ月間以内の短期入所リハは,要介護者

の運動,ADL,認知機能の向上に極めて有効であり自宅

退院を可能としたので,認知症治療を担当する脳神経外

科医は要介護者に対する老健の有効活用を学ぶ必要があ

ろう。

医療連携におけるリハビリテーション医療の意義

 脳卒中等の急性疾患では,急性期,回復期,維持期の

医療連携を迅速に進めて,人間力を回復(人間回復)さ

せる必要がある 10)。回復期からの自宅退院後の維持期に

は,病院に頼らず,在宅環境である住み慣れた街なかで

社会参加リハを継続できるタウンリハ体制が必要とされ

ている 1, 2)。認知症は進行性慢性疾患であるため,かか

りつけ医の診察管理を基盤に,地域で患者と家族を支え

て,緩やかにタウンリハで社会参加と交流を継続できる

街づくり(社会資源基盤)が重要になる。認知症などで

在宅生活する要介護者の ADL が低下したり,介助量が

増えたり,認知機能が低下して回復が必要な時は,老健

の 3 ヵ月間短期入所リハで,病状管理,生活管理,能力

向上し,在宅復帰が可能となる新しい体制が整ってきた。

一方,攻めのリハ医療は人間回復を実現する基盤にな

る 10)。その実践には,脳卒中等の原疾患管理,全身管理,

そして,リハ治療の 3 本柱が必要である。障害の原因と

なった原疾患治療と全身管理の上で,急性期リハ,回復

期リハ(機能予後予測,早期装具歩行戦略・上肢機能戦

略と失語・高次脳治療戦略等),維持期リハを実践する。

急性期リハでは早期離床が基本であり,発症後 2 日以内

に早期端座位訓練を徹底できる急性期リハチームが必

要である 9 〜 11)。回復期リハでは人間回復のために,食

事,睡眠,運動の 3 要素の徹底が必須であり,入院後 1

〜 2 週間以内に定着させる。リハチーム医療で最大の機

能回復を目指し,能力障害と社会的不利を克服し,在宅

調整を進め,入院時に家族と患者を指導する流れを提示

する 8)。

 機能予後予測は損傷脳組織の部位と体積,さらに,残

存した健常脳組織の画像診断が重要であり,廃用症候

図 2  MMSE21 点以下の認知障害群の退院時回復割合

 注)入院時 MMSE が 21 点以下の症例が退院時に 27 点以上に回復するのは 12%であった(A)。入院時 MMSE が高い症例

  は良好な回復を示した(B)。

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図 3  介護老人保健施設に入所した認知症 114 症例の病型分類

 注)入居者は 114 症例であり,要介護度は 1-3 が 50%,4-5 が 50%であった。認知症病型はアルツハイマー型が 49%,脳

  血管性が 35%,レビー小体型が 8%,前頭側頭型が 2%,MCI が 2%,多系統萎縮症が 2%,オリーブ橋小脳萎縮症と進

  行性核上性麻痺(PSP)は 1 名であった。入所後 3 ヵ月間は毎日 30 分の短期集中リハを施行し,3 ヵ月以降は週 2 回の

  20 分間の短時間リハを施行した。

図 4  要介護重症度別の MMSE(A)と FIM(B)の経時的変化

 注)要介護 1-3 群と要介護 4-5 群の 2 群に分けて,入所時,3 ヵ月後,6 ヵ月後で MMSE(A)と FIM(B)による ADL を評価した。

  毎日 30 分の短期集中リハが施行できた 3 ヵ月後は,2 群とも MMSE と FIM は有意に改善した。その後,リハ治療が週 2 回 20 分 

 に減量されると,要介護 1-3 群は緩やかに,要介護 4-5 群は急速に MMSE と FIM が低下した。自主訓練が可能な要介護 1-3 群の運 

 動 FIM は低下しない傾向を認めた。

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Proceedings of the 2nd Annual Meeting in Japan Society of Neurosurgery for Dementia 2018(第2回 日本脳神経外科 認知症学会 学術総会講演集)

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群の有無に応じて,年齢,発症前状態と入院時 FIM の

3 要素で予測可能であり,治療戦略は回復期入院時に構

築する 10)。早期装具歩行戦略では,重症片麻痺に対し

て直立二足歩行を実現し,上肢機能戦略では患側上肢を

learned non use にせず,電気刺激療法を併用しつつ随意

運動を引き出していく。失語・高次脳治療戦略では,精

神状態と生活リズムを安定させ,意識障害,精神・感情

障害,病識・判断障害の回復に合わせた訓練を地道に進

める。その患者に応じた無理のない範囲で患者自身が考

え,気持ちよく活動することで,少しずつ思考回路が構

築できていく。このリハチーム医療の実践が認知症治療

にも有効である。

健康医療福祉都市構想と

タウンリハビリテーションの現状

 健康医療福祉都市構想は北欧生活経験を基盤に,世界

に誇る日本の良質な脳卒中医療リハ連携と超高齢者対応

の都市環境整備を癒合して 2003 年に提唱された 1, 2)。認

知症や脳卒中などで能力低下した患者が家に閉じこもら

ず,その人らしく暮らしを継続するためには,高齢者,

障害者を含めた全ての市民が社会参加し交流できる都市

環境(ハード)を市街地中心部にコンパクトに整備し,

患者の社会参加や社会貢献を支援(ソフト)する体制の

整備が必要になる。そのハードとソフトが整備された地

域資源のなかで実践される社会参加や社会貢献活動その

ものがタウンリハである。すなわち,地方自治体の役割

が大きく,自治体と健康医療福祉関係者との連携が必須

となる。本概念は国土交通省で 2008 年より 6 年間の委

員会検討を経て,2014 年 8 月 1 日に国土交通省より「健

康医療福祉のまちづくりの推進ガイドライン」として発

表された。そのコンパクトな実践都市の 1 つが富山市で

あり,リハ医療を中継とした地域医療連携と街づくりに

よる都市機能向上のコンパクトシティモデルとして期待

されている。東京都が進めた山手通り整備事業における

初台健康医療福祉都市構想は線のアプローチとして,東

急電鉄による二子玉川大規模開発における二子玉川健康

医療福祉都市構想は面のアプロ―チとして,そのコンセ

プトが生かされている。2016 年より練馬区と医療介護

連携関係者が協力した練馬健康医療福祉都市構想も始ま

り,三次元的アプローチとして注目を集めている。認知

症を予防し治療するためには,地域包括ケアシステムが

街つくりとして実践されることが必須であり,社会参加

と社会貢献の活動を継続して支援できる社会資源体制づ

くりがその基盤となる。

お わ り に

 2016 年 4 月より練馬区では健康医療福祉都市構想委

員会が発足され,地方自治体が本格的に着手した初めて

の健康医療福祉都市構想として注目されている。2017

年に大泉学園複合施設の新設に伴い,練馬区内の急性期,

回復期,維持期の医療介護連携が構築され,認知症の予

防と治療もこの連携基盤の中で進める自治体介入モデル

となっている。心豊かな暮らしには衣食住の充実を実践

するブレインヘルス産業の発展が重要であり,90 歳ま

では現役を継続できる緩い就労環境調整は心身の廃用を

防ぎ,認知症の予防に有用となる。

 世界一の超高齢社会である日本から,認知症や脳卒中

などで日常生活に支障をきたした患者が家に閉じこもら

ず,その人らしく暮らしを継続できる街づくりを自治体

単位で全国に確立し,そのモデルを世界発信することで,

世界貢献となることを期待して,本稿を終えたい。

引用文献

 1. 酒向正春,超高齢化社会の健康医療福祉都市構想,SHIN-

TOSHI 64(7): 15-17, 2010

 2. 酒向正春,高齢先進国のビジョン健康医療福祉都市構想,

病院 71(9): 697-701, 2012

 3, Brodaty H, Arasaratnam C. Meta-analysis of nonpharma-

cological interventions for neuropsychiatric symptoms of dementia.

Am J Psychiatry 169(9): 946-953, 2012

 4, Olazarán J, Reisberg B, Clare L, et al. Nonpharmacological

Therapies in Alzheimer's Disease: A Systematic Review of Efficacy.

Dement Geriatr Cogn Disord 30(2): 161-178, 2010

 5, Kim SY, Yoo EY, Jung MY, et al. A systematic review of

the effects of occupational therapy for persons with dementia: a

metaanalysis of randomized controlled trials. NeuroRehabilitation

31(2): 107-115, 2012

 6, Ninomiya T, Ohara T, Hirakawa Y, et al. Midlife and late-

life blood pressure and dementia in Japanese elderly: the Hisayama

study. Hypertension 58(1): 22-8, 2011

 7, Hokama M, Oka S, Leon J, et al. Altered expression of

diabetes-related genes in Alzheimer's disease brains: the Hisayama

study. Cereb Cortex 24(9): 2476-88, 2014

 8, Ozawa M, Ohara T, Ninomiya, T et al. Milk and dairy con-

sumption and risk of dementia in an elderly Japanese population:

the Hisayama Study. J Am Geriatr Soc 62(7): 1224-30, 2014

 9, Ohara T, Ninomiya T, Hata J, et al. Midlife and Late-Life

Smoking and Risk of Dementia in the Community: The Hisayama

Study. J Am Geriatr Soc 63(11): 2332-9, 2015

 10, 酒向正春,脳卒中後遺症,脳神経外科 37(11): 1129-41,

2009

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