2020年度 特定公募研究 研究プロジェクト申請書― 13 ― 2020年度...

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13 2020年度 特定公募研究 研究プロジェクト申請書 1.共同研究(2年計画2年目) 研究代表者 佐野 東生 所属 国際学部 職名 教授 研究課題 日本語 イスラームのディクル(唱念)と仏教の念仏の比較考察 英 語 Comparative Study of Dhikr in Islam and Nembutsu in Buddhism 研究目的/研究期間内に何をどこまで明らかにする予定なのか1年目、2年目に分け、明記してくだ さい。 1年目 イスラームにおいて神の名を念じて唱えるディクル(唱念)について、クルアーンなどにある元来 の意味を考察し、その後イスラーム神秘主義の発展に伴い、神と一体化するための行法としていかに 位置づけられていったか、全体的経緯を明らかにする。これと並行して、浄土系仏教において阿弥陀 如来の名を念じて唱える念仏が元来どのような意味を持ち、日本仏教においていかに位置づけられて いったかを考察する。 2年目 1 年目の研究成果に基づき、主にイスラーム神秘主義の行法としてのディクルと、浄土真宗におけ る念仏について、その神への依拠(タワックル)による自我の消滅と再生の思想、同じく弥陀にゆだ ねる他力信仰という思想的背景を比較するとともに、それぞれの具体的行法の比較を行い、類似点に ついて明らかにする。これを通じ、両宗教潮流の交流のよすがとする。 研究計画・方法2020 年度の研究目的を達成する計画・方法(シンポジウム・講演会・ワークショッ プ・セミナー・研究会・調査出張等)を総論と各論に分けて、具体的に記入してください。 〔総論〕 前年度に得た、ズィクルと念仏に関する神秘主義の共有地盤、および信徒の側から神との合一を目 指す修行法としてのズィクルと、弥陀の絶対他力による救いに委ねる親鸞の念仏の相違点、共通点を より明らかにするため、研究会を1回開催し、研究のまとめとして共同シンポジウムを開催する。 〔各論〕 東京に 3 回出張し、前年度に引き続き研究テーマに関する文献調査を行い、慶應大学言語文化研究 所で関係者と研究会を開く。ズィクルに関し、インドネシア系教団などの修行現場のフィールド調査 を行う。これと親鸞の念仏思想との接点を考察するため、龍谷大学で研究会を 1 回開催し、佐野と共 同研究者・井上、外部講師による発表を行う。その上で、共同シンポジウムを国際社会文化研究所の 指定研究「異文化理解と多文化共生」(研究代表・佐野)と共催して行い、キリスト教神秘主義の祈祷 法との比較を交え、イスラームと仏教専門家の外部講師を 2 名招聘して共通点を見いだす。

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― 13 ―

2020年度 特定公募研究 研究プロジェクト申請書

1.共同研究(2年計画2年目)

研究代表者 氏

名 佐野 東生

所属 国際学部

職名 教授

研究課題

日本語 イスラームのディクル(唱念)と仏教の念仏の比較考察

英 語 Comparative Study of Dhikr in Islam and Nembutsu in Buddhism

研究目的/研究期間内に何をどこまで明らかにする予定なのか1年目、2年目に分け、明記してくだ

さい。

1年目

イスラームにおいて神の名を念じて唱えるディクル(唱念)について、クルアーンなどにある元来

の意味を考察し、その後イスラーム神秘主義の発展に伴い、神と一体化するための行法としていかに

位置づけられていったか、全体的経緯を明らかにする。これと並行して、浄土系仏教において阿弥陀

如来の名を念じて唱える念仏が元来どのような意味を持ち、日本仏教においていかに位置づけられて

いったかを考察する。

2年目

1 年目の研究成果に基づき、主にイスラーム神秘主義の行法としてのディクルと、浄土真宗におけ

る念仏について、その神への依拠(タワックル)による自我の消滅と再生の思想、同じく弥陀にゆだ

ねる他力信仰という思想的背景を比較するとともに、それぞれの具体的行法の比較を行い、類似点に

ついて明らかにする。これを通じ、両宗教潮流の交流のよすがとする。

研究計画・方法/2020 年度の研究目的を達成する計画・方法(シンポジウム・講演会・ワークショッ

プ・セミナー・研究会・調査出張等)を総論と各論に分けて、具体的に記入してください。

〔総論〕

前年度に得た、ズィクルと念仏に関する神秘主義の共有地盤、および信徒の側から神との合一を目

指す修行法としてのズィクルと、弥陀の絶対他力による救いに委ねる親鸞の念仏の相違点、共通点を

より明らかにするため、研究会を1回開催し、研究のまとめとして共同シンポジウムを開催する。

〔各論〕

東京に 3 回出張し、前年度に引き続き研究テーマに関する文献調査を行い、慶應大学言語文化研究

所で関係者と研究会を開く。ズィクルに関し、インドネシア系教団などの修行現場のフィールド調査

を行う。これと親鸞の念仏思想との接点を考察するため、龍谷大学で研究会を 1 回開催し、佐野と共

同研究者・井上、外部講師による発表を行う。その上で、共同シンポジウムを国際社会文化研究所の

指定研究「異文化理解と多文化共生」(研究代表・佐野)と共催して行い、キリスト教神秘主義の祈祷

法との比較を交え、イスラームと仏教専門家の外部講師を 2 名招聘して共通点を見いだす。

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研究代表者 氏

名 早島 慧

所属 文学部

職名 講師

研究課題

日本語 アビダルマの大乗的展開の研究

-『阿毘達磨集論』を中心として -

英 語 A Study of Mahāyāna View of the Abhidharma:With a Special Focus on

the Abhidharmasamuccaya

研究目的/研究期間内に何をどこまで明らかにする予定なのか1年目、2年目に分け、明記してくだ

さい。

アビダルマとは,ブッダの教説における主要な概念を抽出し,それらに定義・解説を与え分類した

ものである.部派仏教では,パーリの七論,有部の七論をはじめとする教義を分析・綜合する書物(論

蔵)が整備され,それらの解説書や綱要書が多く著され,インド仏教思想の教理は大きく発展した.

このアビダルマの大乗的展開を知る上で最も重要な文献の一つが,本共同研究が研究対象とする

『阿毘達磨集論』(Abhidharmasamuccaya,以下『集論』)である.『集論』は,インド大乗仏教,瑜伽

行派大成者の一人である無著(Asaṅga, 4世紀頃)の主著であり,小乗仏教のアビダルマ的分析方法

にならいつつ,大乗的立場から仏典にみられる概念を体系化した綱要書である.それ故,『集論』はア

ビダルマの大乗的展開を明らかにする上で,必須の書と言える.その重要性から従来の諸研究におい

ても注目されてきた『集論』であるが,その原典と和訳に関しては,今もなお研究の余地が多く残っ

ている.『集論』の梵文写本は散逸しており,従来の研究は,梵文断片にチベット訳と漢訳を合わせ

た,いわばつぎはぎのようなテキストに基づくものであった.しかし近年,同論全体を含む梵本の存

在が確認され,本共同研究班員である李学竹によって,この新出梵本に関する報告がなされた.本研

究の目的は,新出梵本を用いたテキスト校訂と和訳を行い,それに基づいてアビダルマの大乗的展開

を明らかにすることにある.

『集論』は,「本事分」と「決択分」の二篇に分かれ,前者はさらに「三法品」「摂品」「相応品」「成

就品」の四章に分かれる.そのなかで「三法品」は,一切の存在要素(法)を網羅する五蘊・十二処・

十八界を解説する.このなかには人間を構成する要素や,認識が成り立つための器官・対象等の,仏

教全体にわたる重要項目が含まれる.『集論』は,これらの重要項目を大乗仏教の立場から解説して

おり,大乗仏教の思想的展開を明らかにする上での貴重な資料を提供するものである.

本研究班は世界に先駆けて,校訂テキスト・和訳をこれまで三編の論文において公表しており,そ

こでは,『集論』の注釈書における冒頭偈,並びに,五蘊のなかの色蘊・受蘊・想蘊・行蘊の設定に関

する『集論』および注釈書の解説を扱っている.いずれも,上記新出梵本によって初めて校訂された

梵文を含む.また,最新の研究成果においては,行蘊のなかの心的作用の箇所の一部を取り上げ,心

の善なる作用に関する『集論』の大乗的解釈を明らかにした.現在は煩悩に関する解説の読解を進め

ており,今年度の成果として,主要な煩悩と二次的な煩悩の大乗的解釈を明らかにして公表する予定

である.

【1年目】

これまでに公表した成果に引き続き,『集論』及びその注釈書である『阿毘達磨集論釈』

(Abhidharmasamuccaya-bhāṣya,以下『集論釈』)を研究対象とする.その際には李が報告した新出

梵本および,両論を合したとみられる『阿毘達磨雑集論』(Abhidharmasamuccaya-vyākhyā,以下『雑集

論』)の新出梵本に基づき,新たな校訂テキストとその和訳を公表する.具体的には,主要な煩悩と

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二次的な煩悩に関する箇所のテキスト校訂と和訳を行い,それらの大乗的な解釈を明らかにする.

【2年目】

前年度の研究に引き続き,『集論』及び『集論釈』における煩悩に関する箇所のテキスト校訂とそれ

に基づく和訳作業を行う.定期研究会では,それらを一層進めるとともに,『集論』以外の大乗仏典と

の比較検討を行い,アビダルマの大乗的展開について考察する.

瑜伽行派のアビダルマ的分析は,瑜伽行派を代表する論師,世親(Vasubandhu,4,5世紀頃)の『唯

識三十頌』『大乗五蘊論』や,両論に対する安慧(Sthiramati,6世紀頃)の注釈書,『唯識三十頌釈』

『大乗五蘊論注』などにも散見される.さらに,その世親が有部の立場から著したとされる『阿毘達

磨倶舎論』でも,煩悩に関する項目が定義対象とされる.これらの文献における定義と,『集論』の定

義との比較検討を行うことによって,大乗的アビダルマの独自性を明らかにする.

さらに,中期中観派の学匠,月称(Candrakīrti,6,7世紀頃)の『中観五蘊論』における共通項目

の解説の比較検討によって,大乗の二大潮流とされる,瑜伽行派と中観派との分析の相違を明らかに

し,大乗的アビダルマの展開史を描くことを試みる.

研究計画・方法/2020 年度の研究目的を達成する計画・方法(シンポジウム・講演会・ワークショッ

プ・セミナー・研究会・調査出張等)を総論と各論に分けて、具体的に記入してください。

〔総論〕

本研究班では,日本と中国のインド仏教学分野で活躍する研究者を,年齢・分野・所属にかかわら

ず広く集め,『集論』の研究会を継続してきた.本共同研究においても,研究会を定期的に開催し,煩

悩に関する大乗的展開を明らかにする.研究会では,写本研究を専門とする李学竹,加納和雄を中心

に写本研究を行い,アビダルマ思想,瑜伽行派思想を専門とする班員の協力を得ながら検討を通じて

和訳の作成を行う.さらに,瑜伽行派,中観派,有部のアビダルマ的分析を比較検討する.

また,国内外から関連分野の専門家を招き,特別研究会を開き専門的知識の提供をうけることを計

画している.

〔各論〕

研究会:

年間 10 回ほどの研究会を予定している.研究会では,従来『集論』の底本として用いられてきた

Gokhale 校訂本を批判的に検討し,李によって報告された新出梵本,さらにその他の校訂本である

Pradhan 校訂本,早島校訂本,チベット訳,漢訳を参照し,新たな校訂テキストを作成する.その際

には,従来用いられてきた Tatia 校訂本に代わる新たな『集論釈』のテキスト校訂も行う.

さらに,その校訂テキストに基づく和訳を作成する.和訳作成にあたっては,アビダルマ思想と瑜

伽行思想の専門家が知識を提供しあいながら,適切な訳を決定する.そして,瑜伽行派と有部のアビ

ダルマを比較検討することによって,アビダルマの大乗的展開を明らかにする.また,中観派との比

較検討を通して,大乗仏教における瑜伽行派思想の特徴も明らかにしたい.

特別研究会:

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上述の文献以外にも,アビダルマに関連する文献は,『大毘婆沙論』『瑜伽師地論』『顕揚聖教論』

『明句論』など重要な書物が,インド仏教には多々存在する.それらの専門家を招聘し,アビダルマ

に関する議論を行い,アビダルマの大乗的展開をより詳細に検討する.

研究代表者 氏

名 野呂 靖

所属 文学部

職名 准教授

研究課題

日本語 日本における仏教文化と聖者像に関する総合的研究

英 語 A Comprehensive Study of Buddhist Culture and Images of Saints in

Japan

研究目的/研究期間内に何をどこまで明らかにする予定なのか1年目、2年目に分け、明記してくださ

い。

1年目

本研究プロジェクトは、聖者の「表象化 」(representation)の過程を明らかにするものである。聖

者は、古来「徳の高い人」「高潔な人」「特別に聡明な人」から、「道」と異名同質の人間的化身など、

様々な定義が伝えられるが、実際はそのように本質的に定義できる存在とは言い切れず、個別の時代や

社会との関わりの中で大きく変遷するものでもある。

本プロジェクトは、宗教社会学の聖地研究分野で提起される「構築論的アプローチ」を採用し、主と

して、実社会における聖者の「移ろいやすい」(transitory)性質について議論を試みる。聖地の聖性

が人間によって社会的に「構築」されるように、聖者の聖性も、人間の側の語り、ふるまい、社会組織

により作られ、時代の経過と共に変化していく点を明らかにする。

本研究において、それら考察の基礎となる各研究員の研究テーマと方法論は、仏教学、宗教学、社会

学、文学といったフィールドから幅広いことが特徴である(各人の研究テーマと方法論は後述)。その

際、各聖者に関係する教義的問題のほか、芸能やメディア、交通、経済といった社会的要素を踏まえた

分析を行なう。

以上の視点から、初年度は個別の研究課題を追究する。研究者それぞれの題材の検討を通じて、いか

なる聖者の像、および表象化の過程がありうるか明らかにし、研究者個別に研究発表と論文作成を行な

う。その上で、2年度目のシンポジウムおよび講演会開催に向けた検討会を行なう。

2年目

個別の聖者像をテーマに、その表象化プロセスを検証した1年目の成果を踏まえ、より包括的・総合

的な研究成果の達成と情報発信、および、センター外の研究者、研究組織との積極的な交流を行う。

具体的には、講演会やシンポジウムを企画し、1年目の研究で明らかになった各聖者の特徴とその表

象化の過程を、研究者それぞれの方法論とフィールドをまたぐ形で比較・検討する。このことにより、

特定の時代や共同体を超えて人々に共有される聖者の「像」(image)と、社会におけるその意義と機能

の構造的な解明を行う。さらに、個別の宗教者像の変遷のプロセス自体を比較し、その特質を把握する

ことで、聖者像の「形成」と「維持」という問題についても考察を試みる。

以上のステップで研究を進めることで、人間の語り、所作、社会組織を通じて聖者の「像」が生まれ、

それが社会との交渉を経て、聖者像が定着あるいは廃棄されつつ変容する過程を総合的に解明する。そ

こに特徴的な事柄を追求することは、聖者の特徴のみならず、人間と仏(神)の本質的な「在り方」の

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探求にも一脈通じると考える。

情報発信に関しては、個別の論文投稿と研究発表を継続すると共に、1年目に準備を進める研究会、

シンポジウムを開催する。これら研究会・シンポジウムには、他分野の研究者を積極的に招聘し、聖者

像の形成と機能に関するこれまでにない多角的な議論を実施する。

研究計画・方法/2020 年度の研究目的を達成する計画・方法(シンポジウム・講演会・ワークショッ

プ・セミナー・研究会・調査出張等)を総論と各論に分けて、具体的に記入してください。

〔総論〕

1年目は、それぞれの個別研究を進めるにあたり調査出張、検証を行ない、成果についての研究会

を行なう。研究成果については、それぞれの所属学会・論文にて発表し、所属分野の専門的見知から

の検討を重ねる。

2年目において、個別研究の比較および隣接領域や海外を含む他大学の研究者との交流を目的とし

たシンポジウムの開催を行なう。仮テーマを「聖者像をめぐって」とし、宗教者像(親鸞・空海・明

恵・日本と中国の聖者)の形成プロセスの比較を目的とした講演会を主催する。

また、日本語による論文投稿のほか、世界仏教文化研究センター発行の E-journal(“Journal of

World Buddhist Cultures”)に、本研究プロジェクトの成果を英語で発表し、海外への発信も行なう。

さらに、龍谷大学エクステンションセンター(REC)にてチェーンレクチャーを行い、一般に向けた研

究発信にもつとめる。

〔各論〕

本プロジェクトに参加する研究員それぞれの研究テーマと方法論は、次に述べる通りである。

①大澤絢子「親鸞―恵信尼夫婦像の形成過程」

初年度で明らかとなった「親鸞―恵信尼」の夫婦イメージの形成プロセスへさらに近代的家族観や

恋愛観を踏まえた検証を行う。特に、恵信尼文書が発見された大正期は、恋愛論の流行や家族的価値

観に大きな変化のあった時期である。そこで、大正期から昭和期にかけての近代日本における女性論

や家族論を援用し、初年度にて収集・分析した上記夫婦像を表現した文学作品への影響を検証してい

く。

同時に、歴史学と大衆文学の相互作用に着目し、「親鸞―恵信尼」夫婦像を語る文学の登場する昭和

中期を中心に考察を行う。近代化のなかで盛んになった実証史学と、同じく近代以降に登場する歴史

小説・大衆小説は、同じく歴史を扱うものでありながら、実像と虚像という点で相反するものとされ

てきた。本研究はこの対立軸を問い直すことで近代日本の宗教者像の形成を明らにすることを目指

し、本成果をまとめた論文を『宗教研究』(日本宗教学会)へ投稿する。

②金澤豊「「菩薩」と呼ばれた僧侶像の研究」

本研究は、日本仏教史上で「菩薩」と呼ばれた僧侶たちを取り上げ、その伝承された姿を研究対象

とする。文献学的手法を用いるが、著作そのものよりも、語られた逸話、伝承された姿から外郭をと

らえ直すことで、これまでの研究とは違った角度から聖者像を形成することに寄与したい。今年度は、

行基、叡尊、忍性に関する先行研究を手掛かりに、岩手三陸の道を切り拓いた鞭牛の事跡を考察対象

とする。昨年度収集した資料を元に、民衆の苦悩と対面し道路開削事業に身を投じた鞭牛の研究を進

展させたい。人々の悲哀を引き受け、他者の幸せを願い行動した僧侶たちの原動力を探り、聖者の生

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き方から現代社会の抱える問題に有効な手立てを見出したい。

《先行研究》

・大内豊『牧庵鞭牛の素顔』2012 年、盛岡タイムス社

・大菅俊幸『慈悲のかたち』2017 年、佼成出版社

・松尾剛次『中世叡尊教団の全国的展開』2017 年、法蔵館

③李曼寧 日中僧伝のなかの「聖者」たち

日本仏教は中国仏教の影響を受けながら、独自の仏教文化が生じた。日本の高僧たちも中国の高僧

の事績を鑑みながら、自分たちなりの仏道を歩んできた。歴史や環境などの違いにより、日本仏教と

中国仏教における「聖者像」も必ず違いがある。本研究は、日中両国の高僧伝・往生伝類書物を主要

研究対象にし、歴史的・社会的事情を含めて考え、両国の仏教史上における「聖者像」の異同および

その異同をもたらした原因を探りたい。一年目の 2019 年度は、特に言語学・文献学の角度より古代日

本人の「聖者」認識について考察を加えた。日本古典文学・文献中の「聖者」という語は主に「四果」を

得た者(仏・菩薩を含む)を特指し、日本仏教の庶民化とともに僧侶の通称として汎用された「聖人」「聖」

と区別して使用されたことを判明した。二年目の 2020 年度においては、この古代日本における「聖者」

認識の明確化をもとに具体例の抽出・分析を行い、その具体像を追究しようとする。

④亀山隆彦「山岳信仰からみた弘法大師空海」

近代以降、迷信・偽史として排除された「弘法大師伝説」を考察し、前近代の日本において空海が

担った役割、また日本人が空海に求めたものを明らかにすることが、本研究の目的である。すなわち、

真言宗の開祖のような歴史的実像でなく、広く社会の中で形成・伝承された「聖者」としての空海像

について議論を試みる。

初年度は、山岳信仰を含む民間の「弘法大師伝説」に注目し、それが備える構造や機能について検

討を試みた。その結果、民間の空海信仰には、その場所や社会階層ごとの特性が備わるものの、深い

構造のレベルでは、真言僧が流布した「公的」な伝説に強く影響されていることが分かった。たとえ

ば、新潟の国上寺に伝わる「五鈷掛の松」伝承は、明らかに「飛行三鈷」を踏まえたものである。

そこで、二年目は真言僧侶の「弘法大師伝説」に着目し、その伝播の経路を確認した上で、その伝

説が民間の空海信仰に与えた影響について考察する。

⑤内手弘太「宗祖像の形成と展開 ―浄土真宗本願寺派における教団の整備と親鸞像」

本研究では、浄土真宗の宗祖である親鸞の遠忌法要(近世から近現代)を中心に検討を行い、そこ

で見られる「聖者像」の変遷過程を明らかにする。

1年目は、真宗本願寺派において儀礼が確立する 450回大遠忌周辺(1710~1711)の教学者、とく

に中心人物であった知空(1634~1718)の講義録を分析し、「宗祖親鸞像」について検討を行った。2

年目は時代を少し下り、同じく本願寺派の教学者である僧鎔(1723~1783)の儀礼論と教学の両面か

ら「宗祖親鸞像」に何を求めたのか検討したい。僧鎔は『勤式問答』などの儀礼論を著す一方で、彼

が提示した教学理解は、近現代にかけて浄土真宗本願寺派の主流をなしていく。そうした点から、儀

礼論を中心にした僧鎔の教学理解を明かにしたうえで、1 年目の成果を踏まえつつ、何が継承され、

何が継承されなかったのかを分析し、近世から近現代にかけての「宗祖像=聖者像」の展開(形成プ

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ロセス)を明瞭にすることを目的とする。

前年度の研究計画でも示したが、この研究は教団という枠組みに限定されるが、それは翻って、多

様な聖者像を捉える上で重要な作業と考えている。

《参考文献》

・塩谷菊美『語られた親鸞』2011年、法藏館、

・尾崎誠仁「祖師四百五十回御忌記」(『本願寺史料研究所報』第 45号、2013年)

⑥楠淳證「御水取と花会式-聖地に受け継がれし伝灯の法会-」

上記の書籍化をもって、聖地における伝灯法会(仏教文化)を概観する。

《既存刊行物》

『回峰行と修験道-聖地に受け継がれし伝灯の行-』(法蔵館/2016年 10月刊)

⑦野呂靖 僧侶の祖師化・遺跡の聖地化に関する研究

本研究では鎌倉時代の明恵(1173~1232)の祖師化の過程を考察する。明恵は同時代に生きた貞慶

(1155〜1213)とともに没後早い段階から「仏法復興」を象徴する存在として認識されていった。ま

た明恵が修学の拠点とした栂尾高山寺においても、明恵の生涯を記録した『行状』や講義録の編纂、

さらには紀州における明恵の修行地そのものが「紀州明恵上人八所遺跡」として整備され門弟たちの

巡拝の対象となっていくのである。

本研究では、こうした明恵の祖師化のプロセスにおいて、とくに明恵の思想的側面、すなわち明恵

生前の発言がいかに弟子らによって継承され、その講説が粗典化されていったのかという問題を検討

したい。なかでも明恵の弟子喜海による『華厳五教章』に対する講義録『五教章類集記』には、「禅堂

院口説」などとして高山寺禅堂院に住した明恵の口伝が数多く記録されており、きわめて興味深い。

今年度は喜海の著述『三生成道料簡』『華厳唯心義短冊』の分析を通して、明恵祖師化の初期のプロセ

スを明らかにしたい。

《先行研究》

・野呂靖「順高編『五教章類集記』における明恵・喜海の成仏義解釈」(『佛教學研究』65,、41-61頁、

2009-03)

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2.共同研究(2年計画2年目)

研究代表

名 岩田 朋子

所属 龍谷ミュージアム

職名 准教授

研究課題

日本語 仏伝図の諸相 -多田等観将来「釈迦牟尼世尊絵伝」を中心に-

英 語 A Study of Various Aspects of Biography of the Buddha: About "Shakuson Eden," a

Tibetan Illustrated Biography of the Buddha Śākyamuni in Tohkan TADA’s collection

研究目的、研究方法など

本欄には、本研究の目的と方法などについて、本頁を含め3頁以内(フォントは 10.5 でお願いし

ます。以下の項目においても同じ。)で記述して下さい。

冒頭にその概要を簡潔にまとめて記述し、本文には、(1)本研究の学術的背景、研究課題の核心を

なす学術的「問い」、(2)本研究の目的および学術的独自性と創造性、(3)本研究で何をどのように、

どこまで明らかにしようとするのか、について研究代表者、研究分担者の具体的な役割を含め、明確

に記述してください。

概要

本研究は、所謂釈迦八相図(降兜率天・托胎・誕生・出家・降魔・成道・初転法輪・涅槃)以外にも

多くの場面を表す「仏伝図」の事例を収集し、検討するものである。研究対象の中心は、「釈迦牟尼世尊

絵伝」(綿布着色/花巻市博物館蔵、=以下「釈尊絵伝」)である。この「釈尊絵伝」は、17 世紀のチベ

ットにおいて制作されたもので、釈尊の生涯が約 120 場面にわたって描かれている。アジア全体でみて

も非常に大部な仏伝図である。ただ、その存在は余り知られていないのが現状である。

この「釈尊絵伝」には、初転法輪以降の衆生教化の物語が全体の約8割を占め、釈迦八相図の場面で

はほとんど表されることの無い仏教徒が登場する。そこには、釈尊の現在世における教化物語を描写す

ることを目的とした、この絵伝の特徴的な意図が読み取れる。さらに、釈尊絵伝よりも場面数は減少す

るものの 20 場面以上で釈尊の生涯を表す仏伝図の多くが、17 世紀前後、東アジアでほぼ同時多発的に

各地域で編纂された「釈迦一代記」なるものに影響を受けている点を整理したい。

そこで、ガンダーラ仏伝浮彫にもその源流を辿り、関連する仏伝文献や律文献を合わせて比較検討す

るとともに、各地域の「釈迦一代記」にも触れながら考察を加えたい。

本文

本研究において研究対象の中心となる「釈尊絵伝」とは、仏教の開祖釈尊の生涯の物語をチベットの

タンカ(チベットで用いられる宗教画)で 23面(もとは 24面あったが、現在は左 4図が亡失し、額装

となった右図 12面、左図 11面が現存する)におよそ 120場面が描かれる仏伝図と、本尊幅と本尊エク

ストラ幅との 25 面で構成される。仏伝図の 23 面は、中央に縦 20cm 程度の触地印あるいは説法印を執

る仏坐像、周囲には仏伝の場面を構成するべくやや小さく表された釈尊・仏弟子・天人・在家者・異教

徒といった物像、そして象・馬・牛などの動物、花・樹木・岩・山・大河などの自然、宮殿・在家者邸

宅・僧院・仏塔などの建造物が綿布に鮮やかな岩絵具や金泥などを用いて細部にわたり精緻な筆致で描

かれている。制作年代は 17 世紀(ただし、後補の左 11図は 17~18世紀の制作)とされる。

また、画布は各々約 78cm×54cm で整えられ、画面下方の余白に「右の第6」などと一部に残ることか

ら、配列が明かとなった。これをもとに配置を再現すると、本尊幅を中心に(本尊から見て)左右 12 幅

ずつで展開する(現存は計 23 幅)。それら仏伝図には、右 1 図(降兜率・誕生)に始まり右 12 図を経

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て、左 1 図(三道宝階降下)に連結し、伝道の旅・衆生教化の物語が続き、左 11 図(涅槃)および左 12

図(舎利争奪・舎利分配、第一結集を経てその後の法脈)までを描いて終わる。つまり、釈尊の誕生か

ら涅槃及びその後の場面を、時系列によって伝える一代記的構成であることがわかる。

このように、釈尊絵伝は、仏伝図という作品群のなかでも、その場面数だけで群を抜いた存在であり、

場面の描写も多様な作例として貴重である。通常では絵像や彫像で表されることが殆どない場面を含ん

でいる「釈尊絵伝」を分析することは、「仏伝の形成過程」を明らかにすることにもつながるのである。

さて、この「釈尊絵伝」は、もともとチベット仏教法王ダライラマ 13 世の愛蔵であった。ダライラマ

13 世遷化の後、遺言により 1937 年に多田等観(1890-1967)のもとへ下賜され日本に伝わった。多田は、

1912 年に西本願寺第 22 世宗主の大谷光瑞師の命により、チベットの仏教文化を学ぶため、現地へ留学

僧として派遣された。それは、学術調査隊「大谷探検隊」による活動の一環としてであった。多田等観

は、1923 年3月に帰国するまでおよそ 10 年間、インド以来の部派仏教・大乗仏教双方の戒と律を受け

継ぎ、且つ、厖大な量の経典や註釈書を学問の対象とする正式なチベット僧となり研鑽を積んだ。当時、

チベットにおける政治的宗教的最高指導者であったダライラマ 13 世から直接の教授を受けた多田は、

1923 年に帰国した後、チベットからもたらしたチベット大蔵経およびダライラマ 13 世から贈られた仏

教美術資料などを整理し分析を進めた。後に「釈尊絵伝」もその研究対象となるが、多田自身による「釈

尊絵伝」の研究は『西蔵釈迦牟尼世尊絵伝』(1956 年)にとどまっている。

その後、「釈尊絵伝」(現在は、花巻市博物館所蔵)については、奥山直司氏によって詳細な考究が試

みられている(共著『釈尊絵伝』学習研究社、1996 年)。とはいえ、仏伝図の中に金泥を用いて極めて

小さく書き込まれた「詞書き」の内容が、しばしば各場面の図像表現と対応しない、あるいは「詞書き」

自体が解読不可能な場合があるなど、未だ解明されない点もある。

さらに、この「釈尊絵伝」と根本説一切有部系統のテキストとの一致が指摘されてきたが、実際には

異なる箇所も多く存在する。この点について、奥山氏は「釈尊絵伝」は、チベット仏教僧ターラナータ

(1575-1638)作の仏伝(『世尊牟尼王の御行の略説、〈見ることで利益があり歓喜を伴うことから信の太

陽が百方に昇る〉と名づくるもの』[=Bcom ldan 'das thub pa'i dbang po'i mdzad pa mdo tsam brjod pa mthong

bas don ldan rab tu dga' ba dang bcas pas dad pa'i nyin byed phyogs brgyar 'char ba zhes bya ba /]あるいは『チ

ョナン百御行』[=Jo nang mdzad brgya]:以下『ターラナータ仏伝』とする)、及び、同じターラナータ

による仏伝図作成の手引き(『尊師釈迦王の百の御行の作画録』[=Ston pa shākya'i dbang po'i mdzad pa

brgya pa'i bris yig /]:以下、『作画録』とする)という二つのテキストを底本として描かれたと指摘する。

しかし、これら「釈尊絵伝」の二つの底本は、内容的に完全には一致しておらず、「その先後関係は必ず

しも明らかではない。また、この両者は、『ターラナータ仏伝』を『作画録』が短くまとめたといった単

純な関係で結ばれているのでもない」とし、奥山氏も両テキストついての問題の存在を指摘する。

また『ターラナータ仏伝』の奥書には、「如来の伝記は三蔵に等しく出ているけれども、大小乗の区別

をする必要があることは明らかである。…両者をお互いに混ぜ合わせれば、一致しない上に(大小乗の)

どちらでもなくなるからよくない。」(奥山訳)という、「釈尊伝」作成のための手順や注意書きの存在は、

注目すべきである。従来、釈尊伝や仏伝の生成・発展の過程について、定説と言えるものは存在してい

ないとされてきたが、既出の奥書の存在は、新たな議論・展開となる可能性がある。

このような観点から、2013 年度、2014 年度から今年度にかけて「釈尊絵伝」に関する研究を進めなが

ら、「釈尊絵伝」の実物資料とガンダーラ・中央アジアの仏伝浮彫等の美術資料との比較、そして関連す

る仏伝テキストとの比較を行い、順次、その成果を公表してきた。さらに、未公開資料「釈尊絵伝のガ

ラス乾板」(24 枚、花巻市博物館所蔵)のデジタルデータ化を行い所蔵館への情報提供も行ってきた。

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これらの研究の遂行過程で、「釈尊絵伝」の中で新たな場面解釈を要する箇所が複数存在することが判

った。しかし、未だ明確でない点も多く不充分と言わざるおえない。そこで、本共同研究では、「釈尊絵

伝」の実物資料と「ガラス乾板資料のデジタルデータ」を中心とし、引き続きガンダーラ・中央アジア

の仏伝浮彫との比較、関連する仏教文献を加えた比較研究を一層進める。そして研究の重要な鍵となる

のが、「釈尊絵伝」と同じ『作画録』を底本とした壁画の存在である。この壁画は、現在の中国チベット

自治区シガツェに存在する「彭措林寺」(Rtag brtan Phun tshogs gling)に位置しており、かつてターラナ

ータが所属したチョナン派の寺院といわれる(Quintman, Andrew and Kurtis Schaeffer. “The Life of the

Buddha at Rtag brtan Phun tshogs gling Monastery in Text, Image, and Institution: A Preliminary Overview.”

Journal of Tibetology(=『蔵学学刊』) 13 (2016): 32-73)。従来の研究では、未確認となっていたため、

検討対象ではなかった。また、「釈尊絵伝」と「壁画」、双方に携わる研究班は、互いにその存在を把握

せずにいた。その様な状況の中、2018 年から Quintman 博士とも連絡を取ることで、互いに情報提供し

ながら研究を進めることで合意している。この関係を維持し、継続研究を行うことは本研究班の大きな

目的でもあり、「釈尊絵伝」に欠落した図像の内容判明にも大きく寄与すると考える。

本研究では以下の3項目を柱とし、研究計画を進めたい。

<1>「釈尊絵伝」の底本とされる『ターラナータ仏伝』と『作画録』、両文献の底本である説一

切有部系の文献との対応箇所を中心に翻訳研究を継続して行い、比較検討の成果を公表する。

<2>国内外の研究機関や研究者との研究連携を図る。

<3>「釈尊絵伝」に描かれる場面について、その源流をガンダーラ・中央アジア仏伝浮彫に辿る。

そして、17 世紀前後に東アジアでほぼ同時多発的に登場する各地域で編纂された「釈迦一代記」に

則して制作された「仏伝図」を新たに検討の対象に加え調査研究を行う。

【1年目】

「釈尊絵伝」に関連する資料収集と分析を行い、具体的には、実物資料とガンダーラ・中央アジアの

仏伝浮彫等の美術資料との比較を行う[宮治・岡本・岩田]。また『ターラナータの仏伝』『作画録』の

翻訳を継続し、それらが依拠した説一切有部の系統に属する文献の翻訳研究を進め、それらの異同につ

いても検討する[能仁・岡本・天野・西山・岩田]。さらに、「釈尊絵伝」における『ターラナータの仏

伝』『作画録』のように、仏教文献を底本として再編成された、いわば仏伝図の種本に則って制作された

「仏伝図」を加え、その構成の比較を新たに試みたい[宮治・能仁・岩田]。例えば「仏伝図」(16 世紀、

大阪市立美術館蔵)などを予定しており、龍谷ミュージアム 2018 年度春季特別展において先に紹介し

た[岩田]。ハングル釈迦一代記『釈譜詳節』にも基づく朝鮮王朝時代の作例であるが、人物・衣体・自

然描写などチベット仏伝図とも共通点を多く有している。周辺地域のチベット仏教の受容についても合

わせて考察する[岩尾・李]。ほか、既に協力関係にあり研究成果も共有する花巻市博物館・東洋文庫の

協力も得ながら、新たに個人所蔵の資料の収集と分析作業を行う(既に調査の了承済み)。

【2年目】

1年目の研究内容を継続して行う。また、「釈尊絵伝」並びにチベット仏教文化研究について最前線で

活躍される研究者(奥山直司博士、森雅秀博士など)の招聘、あるいは Quintman 博士の来日予定に合わ

せるなどして研究会を開催するなど、最終年度の論文寄稿や研究成果発表に繋げたい。論文寄稿などで

研究成果の公表を目標とし、それらの研究成果は、口頭発表や学術誌、Web 上で公表することとする。

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本研究の着想に至った経緯など

本欄には、(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況、(2)関連する国内外の研究動向と本研究の

位置づけ、について1頁以内で記述して下さい。

(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況

「釈尊絵伝」については、本共同研究班の成果として、研究代表者である岩田が担当した龍谷ミュ

ージアム春季特別展「チベットの仏教世界 もうひとつの大谷探検隊」(2014年4月19日~6月8日)にお

いて、釈迦八相の内容に基づいて、仏伝浮彫との比較を展示と図録掲載によって一部公表し、当時未

整理となっていた釈尊絵伝ガラス乾板(多田等観が出版用に準備した資料)の存在を初公開したこと

からこの共同研究班の研究活動が始まっている。それ以来、各関係研究機関とも協力体制を維持して

きた。そのため、花巻市博物館にて開催された2017年夏期企画展(多田等観没後50年の記念展覧会)

では、本学所蔵仏伝浮彫(龍谷ミュージアム保管)とともに「釈尊絵伝」が展示され、本研究班の研

究成果に基づいた協力も行った。

本研究の準備状況として、最近の研究成果の公表実績を挙げれば、能仁正顕・宮治昭・岡本健資・

岩田朋子(共著)「共同研究:多田等観将来資料「釈尊絵伝」の研究」(『仏教文化研究所紀要』第55

集)、そして岡本による、「多田等観請来「釈迦牟尼世尊絵伝」に関する考察」(『アジア仏教美術論

集』「中央アジアⅡ(チベット)、中央公論美術出版、2018年」を発表した。2017年世界仏教文化研究

センターと中国蔵学研究中心が共催する国際シンポジウム「チベット宗教文化と梵文写本研究」を能

仁がコーディネートし、そこでは岩尾・岡本が研究発表を行った。後続して、2019年10月には能仁・

岩田が中国蔵学研究中心において研究発表を行う予定である。以上のように、本研究班では「釈尊絵

伝」に関する研究成果を着実に蓄積している。

(2)関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ、

先にも触れたが、「釈尊絵伝」についての纏まった研究は、多田等観による『西蔵釈迦牟尼世尊絵伝』

(1956 年)と奥山直司氏による報告(共著『釈尊絵伝』学習研究社、1996 年)にとどまっているのが現

状である。本研究班では、新たに「釈尊絵伝」とも姉妹関係にある「彭措林寺」(Rtag brtan Phun tshogs

gling)の仏伝壁画(現在の中国チベット自治区シガツェ)を検討の対象とし、「釈尊絵伝」自体の解明を

進める。さらに、「釈尊絵伝」に関連して、ガンダーラ・中央アジアの仏伝浮彫や仏教文献を合わせて検

討対象とすることで、絵伝の特徴を明かにし新たな場面解釈も提示してきた。それを継続して行えるの

が本研究である。

なお、これまでの主な研究成果については、研究業績を参照のこと。

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応募者の研究遂行能力及び研究環境

本欄には応募者(研究代表者、研究分担者)の研究計画の実行可能性を示すため、(1)これまでの

研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。また、その成

果等が今回の研究計画に十分活かされているか否か。(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・

設備・研究資料等を含む)について2頁以内で記述してください。

(1)これまでの研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。

本共同研究班は、研究代表者を含め研究分担者が各々の分野に則して分担して、「釈尊絵伝」を中心に

多田等観将来資料について研究を進めてきた。その研究活動は、主に「調査出張」「研究発表」が中心と

なる。研究対象である「釈尊絵伝」は、現在岩手県の花巻市博物館に所蔵されているため、画面の細か

な確認は現地に出向いて行う必要があった。これまで、岩田・能仁・岡本・宮治の4人が分担してそれ

らの作品調査を行い、既存の図録用画像では確認出来なかった場面毎の詳細撮影も同時に行うことが出

来た。短期で研究を終わらせることなく、特定公募研究(共同研究)の枠組みの中で、少人数の研究活

動を継続して行う共同研究は、日常的に行う情報共有も非常に容易である。

例えば、2019 年6月の岩田による「釈迦牟尼世尊絵伝に描かれる女性と女神」(テーマ:伝統文化と

女性、日本宗教民俗学会・国際熊野学会合同大会セミナー、2019 年 6 月 5 日)では、釈尊の成道前に

登場する女性は「欲望の対象、釈尊の成道を阻む存在」として描写されることが殆どで、釈尊成道後に

は「教化の対象」へと役割が変化していることを管見の限りであるが指摘した。この様に、従来扱われ

ることが殆どなかった視点より「釈尊絵伝」を分析することにつながった。

(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・設備・研究資料等を含む)

本研究の研究遂行に必要な研究環境としては、「学外研究機関との協力体制」「研究対象および関連資

料の画像」などデータ集積と保管が主な課題である。

「学外研究機関との協力体制」については、主たる研究機関の花巻市博物館や東洋文庫との関係は良

好で、引き続き本研究班窓口は岩田(今回の研究代表者)が担当する。

「研究対象および関連資料の画像」などデータ集積と保管については、主に岩田が管理する(保管場

所は龍谷ミュージアム内の研究室とする)。一眼レフカメラやコンパクトデジタルカメラ、画像処理ソ

フト(Adobe Creative Cloud)についても、本研究の遂行に必要な設備は十分揃っている。ただ、消

耗品ともなるメディア類を新たに購入することで効率よく研究を進めたい。

人権の保護及び法令等の遵守への対応

本欄には、本研究を遂行するに当たって、相手方の同意・協力を必要とする研究、個人情報の取扱

いの配慮を必要とする研究、生命倫理・安全対策に対する取組を必要とする研究など指針・法令等

(国際共同研究を行う国・地域の指針・法令等を含む)に基づく手続が必要な研究が含まれている

場合、講じる対策と措置を、1頁以内で記述して下さい。

個人情報を伴うアンケート調査・インタビュー調査・行動調査(個人履歴・映像を含む)、提供を

受けた試料の使用、ヒト遺伝子解析研究、遺伝子組換え実験、動物実験など、研究機関内外の倫理委

員会等における承認手続が必要となる調査・研究・実験などが対象となります。

該当しない場合には、その旨記述して下さい。

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本研究では、現在花巻市博物館所蔵となっている多田等観将来「釈尊絵伝」を中心に、八相図(誕生・

成道)以外にも多くの場面が描かれる「仏伝図」をガンダーラ・中央アジア仏伝浮彫そして仏教文献と

ともに分析を行うものである。

そのため、「アンケート調査・インタビュー調査・行動調査(個人履歴・映像を含む)」などは予定して

いない。さらに、試料の提供及びヒト遺伝子解析研究、遺伝子組換え実験、動物実験なども行わない。

ただ、研究対象に関連する資料収集を行う中で知り得た個人情報については、個人情報の取扱いその

他個人情報の保護に関して必要な事項を定めた「龍谷大学における個人情報の保護に関する規程」を遵

守し、データを保存した記憶装置などについては、研究代表者のもとに集約し鍵の付いた保管庫で管理

するなど注意を払って取扱いを行うこととする。

研究代表

名 殿内 恒

所属 文学部

職名 教授

研究課題

日本語 大瀛『横超直道金剛錍』の研究

英 語 The Study of the “Ocho jikido kon-go-hei” by Daiei

研究目的、研究方法など

本欄には、本研究の目的と方法などについて、本頁を含め3頁以内(フォントは 10.5 でお願いし

ます。以下の項目においても同じ。)で記述して下さい。

冒頭にその概要を簡潔にまとめて記述し、本文には、(1)本研究の学術的背景、研究課題の核心を

なす学術的「問い」、(2)本研究の目的および学術的独自性と創造性、(3)本研究で何をどのように、

どこまで明らかにしようとするのか、について研究代表者、研究分担者の具体的な役割を含め、明確

に記述してください。

概要

本研究は、近世の教団史の中でもとりわけ教団全体を巻き込み、教団史上最大の法論に位置付けられ

る「三業惑乱」を研究対象とするものであり、わけても、この論争に終止符を打ったと評される大瀛

(1759-1804)の『横超直道金剛錍』(1801 刊)の研究を進めることを目的としている。研究方法とし

ては、本書の諸異本の中の善本を用いてその本文を読解し、現代語の試訳の作成ならびにその内容の註

釈的研究を行い、本書における論点の整理、問題点の抽出を行う。また、最終的にはそこで蓄積された

成果を書籍として刊行することも企図している。

本文

近年、近代仏教についての研究が非常に盛んである。それらは、明治維新以降の激変する社会の中で、

仏教あるいは仏教者がどのような役割を担ってきたのかを明らかにしようとするものである。ただし、

そこで注意しなければならないことは、近代仏教というものが、近世仏教へのアンチテーゼとして展開

している点が多分にみられるということである。すなわち、近世仏教とは極めて堕落したものであり、

あるいは権力側から社会機構の中に組み込まれ、本来の仏教の機能を失ってしまったものであると捉え、

それに対して近代仏教とは、強力なイニシアティブを持った仏教者たちが社会においても指導的な役割

を果たし、近世仏教とは一線を画すものとして語られてきた。しかし、近世仏教とは、そのような固定

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化された性質のものであったのであろうか。そもそも、近代仏教とは、近世仏教というものを前提とし

て成立していることは言を俟たないものであるが、その一方で、近世仏教の全貌についてはいまだ不明

瞭な部分が多く、また、近世仏教と近代仏教との連続性について明らかにしなくてはならないという課

題も横たわっている。つまり、近代仏教を対象とした研究はもちろん重要であるものの、それにも増し

て、その近代仏教の前提となる近世仏教の解明こそ、急務であるといえる。

そこで本研究は、近世の真宗教団史の中でも最大の法論に位置付けられる「三業惑乱」を研究対象と

するものである。三業惑乱は、本願寺派第六代能化功存(1720-1796)が著した『願生帰命弁』(1764 刊)

に対する批判から始まったとされる。やがて天明年間になると、大麟(生没年不詳)や宝厳(生没年不

詳)によって批判書が出され、以後十数年にわたり、主として批判論駁書の刊行を通して論争が繰り広

げられていった。そして、その論争に終止符を打ったと評される論駁書が、大瀛(1759-1804)の『横

超直道金剛錍』(1801 刊)である。本研究はその『横超直道金剛錍』を研究対象とするものであるが、

そもそも、『横超直道金剛錍』の内容の前提となる『願生帰命弁』やそれに対する批判論駁書についての

研究がこれまで盛んに行われてきたのかというと必ずしもそのような状況にはなく、『横超直道金剛錍』

が出版されるまでの批判論駁書のほとんどは、和綴本のまま翻刻もされていない状況であるといえる。

そこで、本研究の研究代表者おび共同研究者のメンバーを中心として、直近の 10 年以上にわたり、『横

超直道金剛錍』が出版されるまでに出された批判論駁書から代表的なものを翻刻し、併せて註釈的研究

を行ってきた。また、功存『願生帰命弁』刊本に加えて、原稿本・草稿本の資料収集、並びにそれらの

総合的な註釈的研究も進め、あわせて、関連資料の収集に基づいて、『願生帰命弁』への第一次批判書の

翻刻データ作成並びに註釈的研究、第一次批判書への学林側からの論駁書の翻刻データ作成並びに註釈

的研究、加えて『横超直道金剛錍』原稿本にあたる諸本や善意(芳山)関連諸本の収集並びに比較検討

等にも努めてきた。以上のような研究蓄積を踏まえ、本研究は『願生帰命弁』に対する批判論駁書の金

字塔である『横超直道金剛錍』の研究に注力するものである。

また本研究は、近世における学問の動向に非常に広く関わるものであるといえる。すなわち、三業惑

乱自体は、本願寺派宗学に関する論争であるが、『横超直道金剛錍』には、仏典はもちろんのこと、実に

様々な典籍が引用されており、あるいは因明学の知識を応用した立論などもうかがえる。つまり、本書

を翻刻・現代語訳し註釈していくことは、近世における思想研究という意味においても大変重要である

と考えられる。また、近世後期に勃発したこの三業惑乱が教団や社会に与えた衝撃と影響は非常に大き

く、特に、近代以降の教学に影響を与え続けてきたことから、『横超直道金剛錍』の読解は、近世から近

代における真宗教学史の展開を窺う上でもまた極めて重要であるといえる。

上記のように、近代仏教の前提となる近世仏教の解明、ならびに、近世から近代における真宗教学史

の展開についての考究といった点に本研究の目的や問い、ならびに独自性が存するといえる。

次に具体的な研究の進め方についてであるが、研究会を年間15回程度開催することを予定している。

研究会では、研究報告の担当者が『横超直道金剛錍』について担当箇所の本文の試訳や註釈を提示し、

研究構成員はその内容について議論・検討を行う。その際には、本書の論駁対象である功存『願生帰命

弁』の所説、及び三業惑乱関連典籍の内容との比較検討も随時行っていく。『横超直道金剛錍』は質量と

も大部なため、まずはこの2年間のうちに全体の2割に相当する分量について試訳の作成や註釈を行う

ことを目標とする。その際、研究代表者は全体を統括して研究会の運営に努め、自らも研究会において

研究報告を行い、共同研究者は代表者とともに担当箇所の試訳・註釈を適宜進めていくこととする。

また、三業惑乱や『横超直道金剛錍』に関する知見をさらに深めるために、当該分野の専門家を招聘

して学術講演会を開催する(真宗教学史がご専門の三栗章夫氏の招聘を検討している)。加えて、『横超

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直道金剛錍』の研究に資する史資料の収集も行いたい。具体的には、三業惑乱に関する人物やその後の

教学展開に多大な影響を与えた人物を多く輩出している大分の寺院を中心に資料調査に赴いて、関連資

料の収集を行うことを予定している。

本研究の着想に至った経緯など

本欄には、(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況、(2)関連する国内外の研究動向と本研究の

位置づけ、について1頁以内で記述して下さい。

三業惑乱では、本願寺派第六代能化功存が著した『願生帰命弁』に対する批判論駁書が出され、以後、

十数年にわたり、主として批判論駁書の刊行を通して論争が繰り広げられていった。その論争に終止符

を打った『横超直道金剛錍』について先行研究はいくつかあるものの、実際にその全体が体系的に論じ

られているものは少なく、このことは本研究を推進する大きな動機となっている。また、従来の研究で

は『横超直道金剛錍』が出版されるまでの批判論駁書についてほとんど光が当てられていない状況であ

った。そこで、『横超直道金剛錍』を読解するためには、その前提となる批判論駁書の解明が必要不可欠

であるとの考えから、前項でも述べたように、まずは『横超直道金剛錍』が出版されるまでの批判論駁

書の中で代表的なものを翻刻し、併せて註釈的研究を行うことに着手して研究を進めてきた。そして、

『横超直道金剛錍』の前提となる論争の内容読解に努め、一定程度の研究成果を蓄積したことから、い

よいよ『横超直道金剛錍』の本文読解に取りかかる段階を迎えることとなった。以上が本研究を行うに

至った経緯である。

次に、本研究の準備段階として、『横超直道金剛錍』の諸異本を対校・検討し、善本の選定、テキスト

の確定を行っており、今後スムーズに本研究に着手できる状況を整えている。

最後にこの分野の研究動向について述べておくと、『横超直道金剛錍』の研究をはじめとする三業惑

乱研究については、現在も複数の研究者が取り組んでいる。今回申請する研究構成員の業績を除いても、

近年、主なものとして以下のような論文が執筆されている。

石田和「一八○○年前後における救済論の質的転回―三業惑乱、尾州五人男、如来教から―」(『季刊

日本思想史 83』,2019)

伊藤雅玄「『学林万券』に見る三業惑乱以後の行信論展開」(『龍谷大学大学院文学研究科紀要 39』,2017)

栗原直子「高田派慶応安心惑乱にみる三業惑乱の影響」(『真宗研究 59』,2015)

上野大輔「三業惑乱研究の可能性」(『龍谷大学仏教文化研究所報 35』,2011)

また、三業惑乱は批判論駁書の刊行を通して論争が繰り広げられていったという点から、出版文化の

研究者からも注目されており、小林准士「三業惑乱と京都本屋仲間--『興復記』出版の波紋」(『書

物・出版と社会変容 9』,2010)などの論文もある。

これらはいずれも三業惑乱という論争を総論的に論じているが、本研究では『横超直道金剛錍』の

内容読解と註釈に的を絞った上で、本書刊行前に出された批判論駁書との関係性などにも留意してい

くことから、本研究は従来とは異なる新たな視点に立つ研究であるといえる。

応募者の研究遂行能力及び研究環境

本欄には応募者(研究代表者、研究分担者)の研究計画の実行可能性を示すため、(1)これまでの

研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。また、その成

果等が今回の研究計画に十分活かされているか否か。(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・

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設備・研究資料等を含む)について2頁以内で記述してください。

(1)これまでの研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。

本研究は、仏教文化研究所、本願寺教学財団、世界仏教文化研究センターにおける以下の研究成果を継

続発展させるものである。

1)2008 年度共同研究「近世仏教における教学論争と書籍の刊行―三業惑乱を中心に―」(仏文研)

2)2009 年度個人研究:殿内恒「三業惑乱関連書籍の翻刻と注釈」(仏文研)

3)2009 年度個人研究:井上善幸「大瀛『浄土真宗金剛錍』と『横超直道金剛錍』の対照翻刻」(仏

文研)

4)2010・2011 年度共同研究「三業惑乱関連書籍の翻刻と註釈」(仏文研)

5)2012・2013 年度共同研究「三業惑乱関連書籍の翻刻と註釈」(仏文研)

6)2014・2015 年度共同研究「三業惑乱関連書籍の翻刻と註釈」(仏文研)

7)2017 年度団体研究「「三業惑乱」に関連する書籍群の翻刻と註釈的研究―近世仏教から近代

仏教に至る展開の一視点―」本願寺教学助成財団

8)2018・2019 年度特別公募研究(共同)「大瀛『横超直道金剛錍』の研究」(世仏)

これまでの研究は概ね計画通りに遂行され、功存『願生帰命弁』の刊本・原稿本等をはじめ、それに

対する批判書、学林側からの論駁書など関連各資料の収集・複写製本、それらの翻刻・比較研究・内容

紹介や註釈等を行い、その成果を各種紀要等に公開してきた。

今回の研究計画は上記の研究成果を十分に反映させたものであり、さらなる研究の進展が期待できる。

(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・設備・研究資料等を含む)

研究構成員のほとんどは龍谷大学の専任教員、非常勤講師や研究員であり、龍谷大学図書館において

古文献を含めた資料閲覧も可能であるため、本研究遂行のためには十分な研究環境に身を置いていると

いえる。また、上に述べたように、これまで仏教文化研究所、本願寺教学助成財団、世界仏教文化研究

センターにおける研究 PJ において研究を進めていく中で、各地の三業惑乱関係寺院に足を運び、調査・

資料収集も行ってきた。その成果として本研究に大いに資する史資料をいくつも収集しており、この点

もまた本研究の研究環境の充実に寄与している。

人権の保護及び法令等の遵守への対応

本欄には、本研究を遂行するに当たって、相手方の同意・協力を必要とする研究、個人情報の取扱

いの配慮を必要とする研究、生命倫理・安全対策に対する取組を必要とする研究など指針・法令等

(国際共同研究を行う国・地域の指針・法令等を含む)に基づく手続が必要な研究が含まれている

場合、講じる対策と措置を、1頁以内で記述して下さい。

個人情報を伴うアンケート調査・インタビュー調査・行動調査(個人履歴・映像を含む)、提供を

受けた試料の使用、ヒト遺伝子解析研究、遺伝子組換え実験、動物実験など、研究機関内外の倫理委

員会等における承認手続が必要となる調査・研究・実験などが対象となります。

該当しない場合には、その旨記述して下さい。

本研究には上記の「個人情報を伴うアンケート調査・インタビュー調査・行動調査(個人履歴・映

像を含む)、提供を受けた試料の使用、ヒト遺伝子解析研究、遺伝子組換え実験、動物実験など、研究

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機関内外の倫理委員会等における承認手続が必要となる調査・研究・実験など」に該当する事案は含

まれていない。ただし、資料調査で入手した資料写真や複写資料等を論文等に用いる際は、必ず所蔵

者へ掲載許可の申請を行うものとする。

3.個人研究

研究代表

名 菊川 一道

所属 世界仏教文化研究センター

職名 博士研究員

研究課題

日本語 雑誌メディアにみる 20 世紀日系アメリカ仏教の民間史的研究

英 語 Historical Research on Japanese American Buddhism in the Twentieth

Century through Buddhist Magazines

研究目的、研究方法など

本欄には、本研究の目的と方法などについて、本頁を含め3頁以内(フォントは 10.5 でお願いし

ます。以下の項目においても同じ。)で記述して下さい。

冒頭にその概要を簡潔にまとめて記述し、本文には、(1)本研究の学術的背景、研究課題の核心を

なす学術的「問い」、(2)本研究の目的および学術的独自性と創造性、(3)本研究で何をどのように、

どこまで明らかにしようとするのか、について研究代表者、研究分担者の具体的な役割を含め、明確

に記述してください。

概要

本研究は、20世紀北米における日系アメリカ仏教の諸相を民間史の視点から解明することを目的とす

る。日系アメリカ仏教はすでに 120年以上の歴史をもつ。その実態は、鈴木大拙など、一部著名な仏教

系知識人や、北米仏教団(Buddhist Churches of America)の沿革史に焦点をあてる研究によって明ら

かにされてきた。本研究はそれら先行研究を参照しつつも、より民間仏教徒たちを主な題材とすること

で、仏教系知識人の実態とは異なる、マジョリティにとっての仏教の内実を明らかにする。そのために、

仏教会所蔵の雑誌メディアに着目したい。申請者は 2019年度より、Institute of Buddhist Studies(米

国仏教大学院)の Scotto Michel教授と雑誌 Berkeley Bussei(1939-1956)に関する共同研究を開始し

た。Berkeley Busseiは仏教青年会所属の信徒が中心となって作成した機関紙で、戦前戦後の仏教会の

動向を伝える数少ない貴重資料の一つである。Berkeley Busseiの読解と分析を行いつつ、必要に応じ

て申請者が入手したその他の米国発行の仏教系雑誌との比較も行う。2020年度はとくに「アメリカにお

ける親鸞像の変遷」の解明に重点を置く。雑誌メディアから伺える歴史性を踏まえつつ、先行研究が十

分に取りあげていない思想史的な観点に着目することで、日系アメリカ仏教の内実を詳らかにしたい。

本文

(1)本研究の学術的背景

19世紀末、増加した日本人移民の要請により、日本仏教が北米へと渡った。日本仏教の北米への本格

的進出は、1898年(明治 31)、本願寺派の僧侶がサンフランシスコに開教使として着任し、拠点を形成

したことに端を発する。それはまさにインド、中国、朝鮮半島から日本へと伝来した仏教の太平洋を跨

ぐ新大陸への東漸の軌跡にほかならない。

すでに 120年以上の歴史をもつ本願寺派の仏教会(寺院)は、全米各地に点在し、西海岸を中心に東

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海岸までその数は 60 ヵ寺に及ぶ。現在の護持会員は約 1 万 4 千名とも報告され、米国の日系仏教とし

ては最も古く、その規模も大きい。移民とともに歩んできた日系仏教は、一方で、移民の世代交代や米

国の文化的また社会的変容にともない、米国独自の変貌を遂げてきた。筆者はその総体を「日系アメリ

カ仏教」と呼ぶ。中国浄土教が日本へ伝来して日本浄土教を成立させたように、日本浄土教もまた米国

に至って「米国浄土教」と称してよいほどに、日本とは異なる様相をみせる。仏教会の建築様式にはじ

まり、寺の護持運営方法、信徒と開教使の関わり、その他 ZENと融合した信仰形態など、その様子は日

本の伝統仏教のそれらとは明らかな差異が認められる。

日系アメリカ仏教に関する研究はすでに一定の蓄積がある。なかでも研究対象として最も多いのがハ

ワイである。常光浩然・Louise Hunter・森岡清美・守屋友江・高橋典史・中西直樹らの研究がその代表

として挙げられる。他方、米国本土の日系アメリカ仏教研究は、常光浩然・Tetsuden Kashima・Kenneth

Tanaka・Duncan Williamsなどによって牽引されてきた。個人研究以外にも、たとえば米国仏教団によ

って発行された Buddhist Churches of America(1974年)のような教団レベルでの開教史なども存在

する。上記先行研究では、ハワイを経て北米にいたる日本仏教の歴史や、開教に多大な貢献をした開教

使の事績、仏教会と移民の関わりなどに分析の重点が置かれている。

(2)本研究の目的と課題および学術的独自性

こうしたなか、申請者は本研究において、相対的に研究蓄積の劣る米国本土の日系アメリカ仏教を民

間史の視点より明らかにしたいと考えている。敢えて「民間史」という馴染みのない視点を設定した背

景には、先行研究が多く分析対象としてきた米国の仏教学者や教団政治家、開教使、また一部の仏教系

知識人たちとは異なる、大多数にとっての日系アメリカ仏教を明らかにしたいという狙いがある。すな

わち本研究の課題は、「日系・非日系人の生活に根ざした日系アメリカ仏教の信仰形態と、その仏教が米

国内外で果たした役割」を解明することにある。

上記課題の解明に取り組むにあたり、分析対象として北米仏教教団や各仏教会が所蔵する雑誌メディ

アを中心に取り上げたい。雑誌メディアは、読者に一定の知識を要求する専門書や学術書とは異なり、

多くの場合、一般大衆へ向けたアウトプットが企図される。また多様で複数の執筆者が名を連ねる点や、

定期刊行によって読者が執筆者へ応答する場合もあるなど、執筆者から読者へという一方向でない双方

向性をもつメディアである点も特徴である。雑誌を通した仏教史研究の重要性はすでに広く認識されて

いる。近年では「近代日本の宗教雑誌アーカイヴ」(科学研究費補助金基盤研究 B、2011~14年度)の作

成も進められるなど、雑誌を手掛かりとする近代仏教史の研究成果が相次いで発表されている。ただし、

日本国内発行の雑誌を対象とした研究が進展する一方、海外発行の仏教系雑誌への考察は十分とは言い

難い。守屋友江「移民とともにつくる仏教会-日系アメリカ仏教雑誌からみた仏教会の形成過程と活動」

(『近代仏教』第 24号、2017 年)などによって海外で刊行された仏教系雑誌が注目されつつも、国外で

の情報収集の困難さや、言語の壁などにより、研究の進展はいまだこれからという段階にある。

(3)本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか

申請者は 2019年度より、Institute of Buddhist Studies(米国仏教大学院)の Scotto Michel教授

と雑誌 Berkeley Bussei(1940-1960)に関する共同研究を開始した。Berkeley Bussei は本願寺派の

Berkeley仏教会(カリフォルニア州)が所蔵する仏教青年会の機関誌である。本誌には英語記事を中心

に一部日本語のコーナーも設けられており、日系・非日系を問わない幅広い読者層へ向けたメディアで

ある。くわえて、第二次世界大戦前後の仏教会をめぐる動向を伝える点にその特徴と資料的価値がある。

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戦前、各地の仏教会が独自の寺報や雑誌を発行していたことが伝えられるが、戦時期の日系人強制収容

などの出来事により、その多くが発行停止を余儀なくされた。同時に、強制収容にともなう仏教会の土

地や建物の没収等が起こったことで、戦後、寺報や雑誌の多くが失われた。かかる状況のなか、戦前か

ら戦後へと継続的に発行された Berkeley Busseiは、人種差別や反日感情が高揚した日系人にとっての

苦難の時代を窺うことが出来る点で重要な資料といえる。

Berkeley Busseiの執筆者は仏教青年会の会員が中心であった。なかには当時のカリフォルニア大学

の学生らによる寄稿もみられる。したがって記事内容は必ずしも仏教に限定されず、スポーツや芸能、

大学ゴシップなど、多様な現地情報も収録されており、まさに人々の生活の様子を窺い知ることが出来

る。

Berkeley Bussei以外にも、申請者は The Light of Dharmaや『米國仏教』、『羅府仏教』など、北米

で発行された仏教系雑誌を複数入手している。なかには『羅府仏教』のように、過去にほとんど考察対

象となっていない雑誌も存在する。これらの雑誌メディアと比較しつつ多角的に事例研究を蓄積するこ

とで、将来的には仏教系知識人とは異なる日系アメリカ仏教の全貌を明らかにする計画である。その最

初に 2020年度はとくに「アメリカにおける親鸞像の変遷」に着目したい。

日本国内では、親鸞が各時代状況のなかで多様な描かれ方をしてきたことはすでに指摘されている。

「求道者としての親鸞」、「哲学者としての親鸞」、「恋愛に没頭する親鸞」、「祖国を愛する親鸞」、「権力

と対峙する親鸞」など、様々に登場する親鸞は、果たして米国においてどのように描かれてきたのか。

宗祖像はつねに信仰者自身の置かれた歴史的状況の上に成立する。彼らは多くの場合、望む宗祖像と自

身を引き合わせることで、苦難と向き合ってきた。人々のアイデンティティ形成と密接にかかわる問題

の一つとして、米国の親鸞像の変遷を雑誌メディアを手掛かりに考察することで、人々の生活に根ざし

た日系アメリカ仏教の信仰形態を詳らかにする。

Michel教授はすでに Berkeley Busseiの英文箇所を中心に「移民仏教徒とアイデンティティ形成」の

問題について分析を進めている。申請者も上記計画に基づき英文読解を行いつつ、同時に日本語箇所の

英訳を作成することで Berkeley Busseiの共同分析が可能な土台を整える。尚、受け取った研究助成は、

Michel教授との米国での共同研究会のための渡航費、および追加の雑誌収集のための移動費とその準備

費用に活用する予定である。また、研究成果は国際真宗学会や日本宗教学会において発表し、将来的に

は共同研究者とともに英語書籍にまとめる計画である。

本研究の着想に至った経緯など

本欄には、(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況、(2)関連する国内外の研究動向と本研究の

位置づけ、について1頁以内で記述して下さい。

(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況

本研究では、20世紀北米における日系アメリカ仏教の諸相を民間史の視点から解明する。申請者は博

士論文「東陽学寮とその実践論」(2016 年度)において、地方の真宗系私塾から社会活動や海外布教に

携わる活動的な僧侶が同時多発的に養成された実態とその背景を明らかにした。このうち、第三章で扱

った「初期ハワイ開教と東陽学寮」は、今回の研究テーマの出発点に位置づけられる。本箇所では、本

願寺教団の公式な開教以前の非公式な海外開教に着目したが、教団によって叙述された開教史とは異な

る実態が浮き彫りとなった。教団は自身の優位性や正統性を確保する立場で歴史を叙述する。そのため、

地域や現場レベルでの実態とは相容れない歴史観が示されている場合も少なくない。そうした問題点を

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克服するためには、著名な仏教学者や教団政治家、知識人とは異なる民間人の視点を含む必要性を確信

するに至った。それはすなわち仏教の発信者側に注目してきてきた視点を改め、発信された仏教の受容

者目線で現場の仏教を捉え直す態度に他ならない。

かかる観点からの研究を遂行するために着目したのが仏教系雑誌である。より大衆向けのメディアを

通して、マジョリティにとっての仏教の諸相やその役割を追求する。分析対象である研究資料の準備状

況に関して、2020 年度に取り上げる主要雑誌 Berkeley Bussei(1940-1960)はすでに PDF 化している。

その他、The Light of Dharmaや『米國仏教』、『羅府仏教』など、一部不足分があるものの、ほぼ網羅

的にデータを所有しており、研究計画を遂行するために雑誌収集が不可欠という状況にはない。すでに

データ資料をもとに分析を開始しており、Michel教授は「移民仏教徒とアイデンティティ形成」の問題

を中心に、申請者は「日系アメリカ仏教徒の信仰」を軸に研究を進めている。

(2)関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ

日系アメリカ仏教は、これまで「ハワイ」と「米国本土」の二つのエリアに分けて分析されてき

た。前者はLouise H Hunter, Buddhism in Hawaii: Its impact on a yankee community, (1971年)、

守屋友江『アメリカ仏教の誕生―二〇世紀初頭における日系宗教の文化変容』(2001年)、中西直

樹・吉永進一『仏教国際ネットワークの源流―海外宣教会(1888年~1893年)の光と影』(2015年)、

後者は常光浩然『北米仏教史』(1973年)、Tetsuden Kashima, Buddhism in America(1977年)、

Kenneth Tanaka『アメリカ仏教-仏教も変わる、アメリカも変わる』(2010年)などが代表として挙げ

られる。なかでも地域レベルからハワイ開教の実態を見直した中西と吉永の成果や、米国仏教全般の

信仰問題にまで踏み込んだTanakaの研究は、筆者の関心と最も近い。とはいえ、そもそも米国本土の

研究蓄積はハワイに比して少なく、まして申請者が分析対象とする雑誌メディアは手つかずであった

り、未発見資料の存在も想定されるなど、今後の進展が期待される分野である。民間人にとっての仏

教は、アカデミズムの権威や知識人の哲学的で深奥な仏教観に比べれば、驚くほど素朴で簡素な場合

が少なくない。だが、そこにこそ人々の生を支える生きた仏教があるのではないか。人口減少社会に

突入した日本にとって、「移民と宗教」というテーマはますます身近な問題となりつつある。多様なエ

スニシティのなかを歩んできた日系アメリカ仏教への考察は、移民の増加が予想される日本国内の宗

教界にとっても、将来を考慮する上で不可欠な基礎情報となりうるだろう。

応募者の研究遂行能力及び研究環境

本欄には応募者(研究代表者、研究分担者)の研究計画の実行可能性を示すため、(1)これまでの

研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。また、その成

果等が今回の研究計画に十分活かされているか否か。(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・

設備・研究資料等を含む)について2頁以内で記述してください。

(1)これまでの研究活動、従来受けた研究費での研究経過・研究成果は期待どおりのものであったか。

申請者は 2016年度に博士論文「東陽学寮とその実践論の研究」を提出し、龍谷大学より博士号を授与

された。本研究は、豊前(現大分県)にあった仏教系私塾の東陽学寮に着目したものである。明治から

大正期にかけて活躍した学僧・東陽円月とその門弟たちの他に類例をみない社会的・国際的活動とその

思想的背景について分析した。本研究は、「能化」や「勧学」、「教授」と称された仏教界のアカデミズム

の重鎮たちの思想とは異なる真宗思想史を、地域レベルから考察した点が従来にない成果であった。博

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士論文の執筆にあたっては、事前に提出した計画書に基づき、以下の学会発表と論文を執筆した。

【口頭発表】

・「浄土真宗における信仰と社会実践」(2013年度日本宗教学会にてパネル発表)

・「真田増丸の国家観」(2014年度日本宗教学会にて発表)

・「真田増丸の実践論」(2015年度日本宗教学会にて発表)

・「東陽円月の外教観」(2015年度日本印度学仏教学会にて発表)

【論文】

・「浄土真宗における信仰と社会実践」(『宗教研究』87、2014年)

・「近代真宗における修養思想」(『真宗研究』59、2015年)

・「真田増丸の国家観」(『宗教研究』88、2015年)

・「真田増丸の実践論」(『宗教研究』89、2016年)

・「東陽円月の外教観」(『印度學佛教學研究』64[2]、2016年)

・「真宗私塾の研究」(『龍谷大学大学院 文学研究科紀要』38、2016年)

・「真田増丸の信仰と実践」(『真宗研究会紀要』(49、2017年)

博士号取得後、2018年度には、龍谷大学アジア仏教文化研究センター(BARC、グループ 1ユニット B

近代日本仏教と国際社会)の公募研究に申請者の研究テーマ「真宗私塾と初期海外伝道」が採用され、

助成を受けて 1年間研究を行った。助成をもとに、東陽学寮のライバル校で全国有数の規模を誇った私

塾・信昌閣が設置されていた大分県中津市の照雲寺において資料調査と聞き取り調査を実施した。調査

にもとづく研究成果は「真宗私塾と初期海外伝道」と題して、2018 年度 BARC 公募研究成果報告会にて

発表した。同内容は報告論文にまとめ、2019年度内に公表される予定である。

また 2019年度には“Unofficial Envoy: Shin Ministers Who Went to Hawaii Prior to Hongwanji's

Mission”と題して、台湾で開催された国際真宗学会において英語で発表を行った。発表では、本願寺教

団が正式開教に着手する以前の、東陽円月門下による非公式なハワイ開教とその背景について論じた。

学会後、発表内容をさらに再考し、明治期の西洋への海外渡航僧に関する分析を追加して、「東陽円月―

非公式ハワイ開教僧たちの師匠」と題して原稿を執筆した。本稿は(仮)嵩満也、吉永進一、碧海寿広

編『日本仏教と西洋世界―明治の革新者たち』(アジア仏教文化研究叢書、法蔵館、2019年度刊行予定)

に掲載される予定である。

以上、日本仏教の海外進出をめぐっては、これまえでハワイを中心に、日本の地域レベルとの関わり

から見直す研究を継続的に発表してきた。今回の研究課題「雑誌メディアにみる 20 世紀日系アメリカ

仏教の民間史的研究」は上記研究に基づいて、民間史の視点を引き継ぎつつ、その領域をハワイから米

国本土へと発展させるものである。

(2)研究環境(研究遂行に必要な研究施設・設備・研究資料等を含む)

申請者は現在、博士研究員として龍谷大学世界仏教文化研究センターに所属している。そのため、研

究に不可欠な文献資料等は龍谷大学の図書館を中心に効果的に収集可能な環境にある。研究資料に関し

て、2020 年度に取り上げる主要雑誌 Berkeley Bussei はすでに PDF 化され、Michel 教授とともに共有

している。その他、The Light of Dharmaや『米國仏教』、『羅府仏教』などは一部不足分があるものの、

データとしてすでに手元に所有している。不足分については、国立国会図書館などで収集予定である。

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また論文執筆に必要なパソコン機器やデスク等は大学オフィスに個々人に設置されており、また自宅に

も個人で所有している。以上の通り、研究環境は申し分ない状況である。

人権の保護及び法令等の遵守への対応

本欄には、本研究を遂行するに当たって、相手方の同意・協力を必要とする研究、個人情報の取扱

いの配慮を必要とする研究、生命倫理・安全対策に対する取組を必要とする研究など指針・法令等

(国際共同研究を行う国・地域の指針・法令等を含む)に基づく手続が必要な研究が含まれている

場合、講じる対策と措置を、1頁以内で記述して下さい。

個人情報を伴うアンケート調査・インタビュー調査・行動調査(個人履歴・映像を含む)、提供を

受けた試料の使用、ヒト遺伝子解析研究、遺伝子組換え実験、動物実験など、研究機関内外の倫理委

員会等における承認手続が必要となる調査・研究・実験などが対象となります。

該当しない場合には、その旨記述して下さい。

上記内容には該当しない