平成23年度渓流資源増大技術開発事業報告書 -渓流魚の輪番...

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平成 23 年度渓流資源増大技術開発事業報告書 -渓流魚の輪番禁漁の有効禁漁期間・解禁期間の検証調査- 栃木県水産試験場 要旨 輪番禁漁制の効果と有効な輪番期間設定について検証するために、輪番禁漁制が 導入されている 2 つの河川において、イワナ・ヤマメの 1 才魚以上個体の生息個体数 および生息密度の変化を調査した。GLMM を用いたモデル選択によって禁漁の効果を 評価した結果、輪番禁漁に伴う短期的な禁漁(25 年)で、全長 15cm より大きなイ ワナ・ヤマメで、生息個体数に対する禁漁の効果が確認された。いずれの河川におい ても禁漁による資源の増加量は少なく、漁獲量を増やすには十分な量とはいえないが、 産卵量はそれぞれ有意に増加しており、次世代を増やすための親資源の増加という点 では有効であったと考えられる。また、全長 15cm 以下では、河川間、魚種間で生息密 度に有意な相関が認められ、環境変動や自然減耗の影響を強く受けていることが示唆 された。輪番禁漁制によって一定以上の資源水準を維持しようとする場合には、解禁 時に予想される大型個体への強度の漁獲圧を低下させるために、尾数制限や大型個体 の持ち帰りを許さない漁獲制限など、再生産の維持を優先した遊漁規則を組み合わせ る方法が必要と考えられる。 緒言 渓流域漁場で釣りを楽しむ人口は年間約 180 万人にのぼり、その過剰な漁獲圧によ って乱獲状態となっている漁場も多い。これまでは人工種苗の放流によって漁場とし ての機能を保ってきたが、近年では渓流魚の在来個体群保全の観点から、種苗放流以 外の増殖の手法や漁場管理の手法が求められるようになった。また、遊漁者のニーズ も多様化し、釣れる魚の数だけではなく、天然魚やきれいな魚、野性味の強い魚を求 める傾向も強くなってきている(中村・飯田 2009)。 種苗放流に頼らない資源管理手法の一つとして期待されているのが“輪番禁漁制” である。輪番禁漁とは渓流や定着性資源において解禁する漁場を時間的に交代させる 漁場管理であり(原田 2009 )、特に貝類やウニ、ナマコなどの定着性資源の管理に適 用され、効果を上げてきた(定着性資源を対象とする場合は輪採制と呼ばれる)(北田 2001Hart 2003)。栃木県の大芦川では、イワナ在来個体群の資源を維持する目的で、 禁漁河川と解禁河川を 2 年間で交代する輪番禁漁制が導入された。導入当時、渓流域 における禁漁区の設定に関する資源学的知見が乏しかったこともあり、当初設定され 2 年 間 と い う 輪 番 期 間 は 、漁 協 が 遊 漁 者 の 意 向(3 年 間 以 上 は 長 す ぎ る と い う )に 配 慮して設定されたものであった。そして、2 年間経過後の資源量調査の結果に基づき、

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平成 23 年度渓流資源増大技術開発事業報告書

-渓流魚の輪番禁漁の有効禁漁期間・解禁期間の検証調査-

栃木県水産試験場

要旨

輪番禁漁制の効果と有効な輪番期間設定について検証するために、輪番禁漁制が

導入されている 2 つの河川において、イワナ・ヤマメの 1 才魚以上個体の生息個体数

および生息密度の変化を調査した。GLMM を用いたモデル選択によって禁漁の効果を

評価した結果、輪番禁漁に伴う短期的な禁漁(2~5 年)で、全長 15cm より大きなイ

ワナ・ヤマメで、生息個体数に対する禁漁の効果が確認された。いずれの河川におい

ても禁漁による資源の増加量は少なく、漁獲量を増やすには十分な量とはいえないが、

産卵量はそれぞれ有意に増加しており、次世代を増やすための親資源の増加という点

では有効であったと考えられる。また、全長 15cm 以下では、河川間、魚種間で生息密

度に有意な相関が認められ、環境変動や自然減耗の影響を強く受けていることが示唆

された。輪番禁漁制によって一定以上の資源水準を維持しようとする場合には、解禁

時に予想される大型個体への強度の漁獲圧を低下させるために、尾数制限や大型個体

の持ち帰りを許さない漁獲制限など、再生産の維持を優先した遊漁規則を組み合わせ

る方法が必要と考えられる。

緒言

渓流域漁場で釣りを楽しむ人口は年間約 180 万人にのぼり、その過剰な漁獲圧によ

って乱獲状態となっている漁場も多い。これまでは人工種苗の放流によって漁場とし

ての機能を保ってきたが、近年では渓流魚の在来個体群保全の観点から、種苗放流以

外の増殖の手法や漁場管理の手法が求められるようになった。また、遊漁者のニーズ

も多様化し、釣れる魚の数だけではなく、天然魚やきれいな魚、野性味の強い魚を求

める傾向も強くなってきている(中村・飯田 2009)。

種苗放流に頼らない資源管理手法の一つとして期待されているのが“輪番禁漁制”

である。輪番禁漁とは渓流や定着性資源において解禁する漁場を時間的に交代させる

漁場管理であり(原田 2009)、特に貝類やウニ、ナマコなどの定着性資源の管理に適

用され、効果を上げてきた(定着性資源を対象とする場合は輪採制と呼ばれる)(北田

2001;Hart 2003)。栃木県の大芦川では、イワナ在来個体群の資源を維持する目的で、

禁漁河川と解禁河川を 2 年間で交代する輪番禁漁制が導入された。導入当時、渓流域

における禁漁区の設定に関する資源学的知見が乏しかったこともあり、当初設定され

た 2 年間という輪番期間は、漁協が遊漁者の意向(3 年間以上は長すぎるという)に配

慮して設定されたものであった。そして、2 年間経過後の資源量調査の結果に基づき、

2007~2009 年は輪番期間を 3 年間として禁漁漁場を交代した。2004~2009 年までの 6

年間の資源量調査のデータに基づき、渓流魚の資源増殖に対する輪番禁漁の効果を評

価したところ、次の 3 点が明らかになった(久保田ら 2010)。1)2 年間および 3 年間

の禁漁でイワナとヤマメの遊漁対象サイズ(>15cm)の個体数増加が 1 河川において認

められたが、他の河川における 2 年間の禁漁ではイワナの個体数増加が認められない

こと。【河川による禁漁効果の違い】2)全長 15cm 以下のサイズでは、両河川、両種

ともに禁漁の効果は認められないこと。【体サイズによる禁漁効果の違い】3)禁漁の

効果が認められる場合においても、短期的な禁漁(2~3 年間)による資源増加は 100m2

あたり数個体とわずかな量であること。【禁漁による増殖量の限界】これらの結果から、

輪番禁漁を導入する際には、当初の段階では禁漁期間を柔軟にあるいは長めに設定し、

効果を確認しながら順応的に輪番期間を決めていく必要があると提言されている(久

保田ら 2010)。

禁漁の効果をさらに検証するために、大芦川の輪番禁漁漁場は 2010~2011 年も両河

川ともに禁漁とされた。そこで本年度の調査結果報告では、イワナとヤマメの混生域

において 5 年間禁漁を続けたとき、およびイワナ単独域において 3 年間解禁を続けた

後 2 年間禁漁したときの資源量変化について報告する。

また、禁漁による増殖は自然の再生産力に依存するため、資源増大の程度は、初期

の資源量、河川の地形や環境、禁漁期間中の気象条件等を含む諸条件によって決定さ

れると考えられる。現状では、これらの諸条件と禁漁の効果の関係性が明らかにされ

ておらず、輪番期間を一概に決めることは困難な状況にある。輪番禁漁制を渓流魚の

資源増殖に活用するには、人為的な影響を含む河川環境条件や個体群の初期状態等と

禁漁効果の関係性について検証し、河川毎に効果的な輪番期間を予測する方法の開発

が必要となる。そこで、禁漁の効果と河川環境との関係性について解析を行うために、

2010 年から禁漁とされた男鹿川水系の 8 カ所の渓流漁場において、禁漁 2 年目の資源

量調査を実施した結果について報告する。

1.輪番禁漁制に伴う資源量変化の調査(大芦川)

材料と方法

調査場所 調査は栃木県北西部の利根川・大芦川支流の本沢および蕗平沢で行った

(図 1)。両沢ともに堰堤で区切られた一部の区間(本沢 433m、蕗平沢 488m:図 1 の

細両矢印の範囲)を資源量調査の対象とした。本沢の調査区間にはイワナのみが生息

し、蕗平沢はイワナとヤマメが混生している。両河川とも解禁の年には、3 月 21 日か

ら 9 月 19 日までが遊漁期間となっている。

調査方法 調査区間内の 1 歳(以下、1+)以上のイワナ・ヤマメの生息個体数を標

識再捕法により推定した。個体数推定は初夏(本年度の調査日は 2011 年 5 月 17 日と 5

月 19 日)と秋(10 月 11 日と 10 月 13 日)の 2 回行った。個体数推定にはピーターセ

ン法(チャップマンの修正式)を用いた。採捕された個体は、全長および体重を計測

した後、標識として腹鰭の一部を切除して放流した。全ての採捕にはエレクトリック

ショッカーを使用した(DC、300V)。資源量の指標値として生息密度(個体/100m2)

を算出した。生息密度は、栃木県内水面漁業調整規則で漁獲が許可されている全長

15cm より大きいクラス(以下、サイズクラス I)と漁獲が禁止されている 15cm 以下の

クラス(以下、サイズクラス II)の 2 つサイズクラスについてそれぞれ求めた。

図 1 輪番禁漁調査河川の地図輪番期間は表で示した

モデル選択による禁漁効果の検証 禁漁の効果を明らかにするために、一般化線形

混合モデル(GLMM)を用いたモデル選択を行った。各調査回における推定生息個体

数を応答変数として、禁漁・解禁の状態(F)を因子型の説明変数とした。また、渓流

に生息するイワナ、ヤマメ・アマゴの資源量に影響を与える環境変動として、洪水の

頻度が知られているため、各調査月以前の 6 ヶ月間(初夏の調査月では前年の 12 月か

ら 5 月まで、秋の調査月では 4 月から 9 月まで)に 70mm 以上の降水量を記録した降

雨の回数(R)を説明変数として加えた。降雨の回数は、調査地近傍の今市市における

観測データ(気象庁、http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/)を利用した。さらに、こ

蕗平沢 本沢流程(m) 488 453平均流れ幅(±SD, m) 4.3 ± 2.4 4.8 ± 1.7

面積(m2) 2005.5 2117.5

平均勾配(%) 6.1 4.4標高(m) 500–530 720–740

れらの種では特に産卵に伴った河川内移動をする場合があることが報告されているた

め、季節的な移動が生息個体数に影響を与える可能性がある。そこで、調査の月(M)

についても因子型の説明変数とした。調査の年(Y)はランダム効果とした。応答変数

がカウントデータであることからポアソン分布を仮定し、連結関数は対数関数とした。

モデル選択には AIC(赤池情報量基準)を基準とした(最低 AIC モデルの選択)。最低

AIC モデルについて、説明変数を除いたヌルモデルを作り、両者の逸脱度(deviance)

差に関する尤度比検定を行うことで各説明変数の有意性を検討した。モデル選択およ

び尤度比検定は河川ごと、種ごと、およびサイズクラスごとにそれぞれ行った。これ

らの統計解析には R. version 2.10.0(R Development Core Team)を使用し、GLMM のパ

ラメータ推定には lme4 パッケージの lmer 関数を用いた。

産卵量の算出 禁漁の効果を産卵量から検討するため、両河川におけるイワナとヤ

マメの産卵量を推定し、禁漁年と解禁年で比較した。イワナについては同じ河川(大

芦川)の近隣の支流のデータからこの地域における雌の最小成熟サイズと最小成熟サ

イズ以上の個体に占める成熟雌の割合を求めた(久保田 未発表データ)。これにより、

調査対象支流の最小成熟サイズを 9 月における全長で 12.6cm 以上とし、全長 12.6cm

以上の 17.7%が成熟雌であると仮定した。本沢と蕗平沢調査区間内の 9 月の調査時に

おける成熟雌個体数 Nf、雌 1 個体の平均抱卵数 E、および区間内の総産卵量 ET を北野・

久保田(1999)に従い次式により算出した。

Nf = 0.177 N126

log E = 1.29 log (aveTL) + 0.78

ET = E Nf

ただし、N126は全長 12.6cm 以上の推定個体数、aveTL は成熟雌の平均全長をそれぞ

れ表す。ヤマメでは、2004 年から 2006 年に蕗平沢で採捕された雌の抱卵個体のうち、

最小だった全長 14.4cm を最小成熟サイズとした。また、上記 3 年間の採捕個体のデー

タから、全長 14.4cm 以上の個体の 32.7%が成熟雌であると仮定した。河川型ヤマメの

抱卵数について、野外で調査された事例が無かったので、産卵量の推定には河川型ア

マゴの全長と抱卵数の関係式(北野・久保田、1999)を利用した。

Nf = 0.327 N144

log E = 2.76 log (aveTL) – 1.08

ET = E Nf

ただし、N144は全長 14.4cm 以上の推定個体数を表す。

結果

5 年間禁漁した場合の資源量の変化(蕗平沢) サイズクラス I(全長 15cm より大きな

サイズ)のイワナでは、禁漁年(2007~2011 年)と解禁年(2004~2006 年)の生息密

度の平均(調和平均)は、それぞれ 2.8(個体/100m2)と 1.8 となり、禁漁年の方が

やや高い値を示した(図 2)。いっぽうサイズクラス I のヤマメでは、禁漁年で 5.7、

図 2 蕗平沢におけるイワナ・ヤマメのサイズクラス別生息密度の変化

グレーのエリアは禁漁年であることを示す。グレーと白の点線はサイズクラス I の解禁年と禁

漁年における平均(調和平均)の生息密度をそれぞれ示す。

解禁年で 3.9 となり、禁漁年の方が高い値を示した。GLMM を用いたモデル選択の結

果、サイズクラス I のイワナでは、降雨の回数(R)と調査月(M)を含むモデルが選

択され、禁漁・解禁の状態(F)は選択されなかった(表 1)。これらの説明変数を含

むモデルについて、ヌルモデルとの尤度比検定を行った結果、逸脱度差は有意であっ

た(2 = 33.02、P < 0.001)。同サイズクラスのヤマメでは、禁漁・解禁の説明変数(F)

と調査月(M)を含むモデルが選択された。これらの説明変数を含むモデルについて、

ヌルモデルとの尤度比検定を行った結果、逸脱度差は有意であった(2 = 12.32、P <

0.01)。

表 1 選択されたモデルとヌルモデルとの尤度比検定の結果

蕗平沢 サイズクラス 選択されたモデル* 2 P

イワナ サイズクラスI R (+)+ M (–) 33.02 <0.001

サイズクラスII R (+)+ M (–) 65.89 <0.001

ヤマメ サイズクラスI F (+)+ M (+) 12.32 <0.01

サイズクラスII M (–) 37.23 <0.001

本沢 サイズクラス 選択されたモデル* 2 P

イワナ サイズクラスI F(+)+ R (–) 10.25 <0.01

サイズクラスII F(+)+ R (+)+ M (–) 244.04 <0.001サイズクラスI:全長で15cmを超えるサイズ、サイズクラスII:全長15cm以下のサイズ

*F :禁漁・解禁の状態、R :降雨の回数、M :調査月、括弧内の記号はそれぞれ回帰係数の符号を示す

イワナのサイズクラス II(全長 15cm以下のサイズ)では、禁漁年が 1.5(個体/100m2)、

解禁年が 1.0 となり、禁漁年の方が高い値を示した(図示はしていない)。モデル選択

では、降雨の回数(R)と調査月(M)を含むモデルが選択され、尤度比検定でヌルモ

デルとの間に有意な差異が認められた(2 = 65.89、P < 0.001)(表 1)。ヤマメのサイ

ズクラス II では、禁漁年が 3.6(個体/100m2)、解禁年が 4.7 となり、禁漁年の方が低

い値を示した(図示はしていない)。モデル選択では調査月(M)のみを説明変数とし

て含むモデルが選択され、尤度比検定でもヌルモデルとの間に有意な差異が認められ

た(2 = 37.23、P < 0.001)。

図 3 本沢におけるイワナ・ヤマメのサイズクラス別生息密度の変化

グレーのエリアは禁漁年であることを示す。グレーと白の点線はサイズクラス I の解禁年と禁漁年

における平均(調和平均)の生息密度をそれぞれ示す。

2 年間禁漁後 3 年間解禁し、その後 2 年間禁漁した場合の資源量の変化(本沢) サイズ

クラス I のイワナでは、禁漁年(2005~2006 年および 2010~2011 年)と解禁年(2004

年および 2007~2009 年)の生息密度の平均は、それぞれ 5.1(個体/100m2)と 3.6 と

なり、禁漁年の方がやや高い値を示した。イワナのサイズクラス II では、禁漁年で 6.4

(個体/100m2)、解禁年 3.4 と禁漁年の平均が高かった(図示はしていない)。サイズ

クラス I では禁漁・解禁の説明変数(F)と降雨の回数(R)を含むモデルが選択され

た(表 1)。これらの説明変数を含むモデルについて、ヌルモデルとの尤度比検定を行

った結果、逸脱度差は有意であった(2 = 10.25、P < 0.01)。サイズクラス II では禁漁・

解禁の説明変数(F)と降雨の回数(R)、調査の月(M)が説明変数として選択され、

尤度比検定でヌルモデルとの間に有意な差異が認められた(2 = 244.04、P < 0.001)。

産卵量の変化 蕗平沢の調査区間におけるイワナとヤマメの推定産卵量を 100m2 あた

りに換算した密度として平均したところ、それぞれ禁漁年で 87.2 粒と 45.7 粒、解禁年

の平均で 203.0 粒と 104.6 粒となり(図 4)、イワナで禁漁年と解禁年の産卵量に有意な

差異が認められた(マンホイットニーの U 検定、イワナ:Z = 2.24、P < 0.05;ヤマメ:

Z = 1.64、P > 0.05)。いっぽう本沢のイワナでは、禁漁年の平均が 201.9 粒、解禁年の

平均が 117.2 粒と推定され、両者の間には有意な差異が認められた(マンホイットニー

の U 検定、Z = 2.02、P < 0.05)。

図 4 禁漁期間、解禁期間の推定産卵量の比較

グレーのバーは禁漁年、白のバーは解禁年の平均の産卵量(100m2 あたり)をそれぞれ示す。*:

マンホイットニーの U 検定、P < 0.05。

河川間、種間でみられた 1 歳魚における生息密度の相関 サイズクラス II(全長 15cm

以下)の生息密度には、本沢のイワナと蕗平沢のイワナ、本沢のイワナと蕗平沢のヤ

マメ、蕗平沢のイワナとヤマメの間で有意な相関が認められた(それぞれ、r = 0.70、

0.72、0.51)(図 5)。

図 5 河川間、種間におけるサイズクラス II(15cm 以下)の生息密度の相関関係

r: スピアマンの順位相関係数、**:P<0.05、**:P<0.01

考察

輪番禁漁制導入に伴う資源量の変化と禁漁の効果 2010 年までのデータを用いた昨

年度の結果では、蕗平沢のサイズクラス I(全長 15cm より大きいサイズ)のヤマメに

のみ生息個体数に対する禁漁の効果が認められていた(栃木県水産試験場 2010)。2011

年までのデータを用いた本年度の結果では、蕗平沢のヤマメで引き続き禁漁の効果が

認められ、加えて本沢のイワナで禁漁の効果が認められた。本沢のイワナでは昨年ま

でのデータで生息個体数と禁漁との関係性が認められなかったが、合計 4 年の禁漁期

間のデータが得られてはじめてその関係性が明らかになった。このことは、各 2 年間

の禁漁による資源の増加量がとても小さかったことを反映していると考えられる。実

際に、サイズクラス I の解禁年と禁漁年の平均生息密度の差を禁漁によって増加した

資源量とすると、その増加量は 1.5 個体/100m2 とわずかな量だった。いっぽう産卵量

を比較した場合は、蕗平沢のイワナと、本沢のイワナで禁漁年における平均産卵量の

増加が認められた。いずれの河川においても遊漁対象となるサイズクラス I の禁漁に

よる資源の増加量は少なく(蕗平イワナ 1.0 個体/100m2;本沢イワナ 1.5 個体/100m2)、

漁獲量を増やすには十分な量とはいえないが、次世代を増やすための親資源の増加と

いう点では有効であったと考えられる。

本年度の結果では、サイズクラス II の群では初めて本沢のイワナで禁漁が生息個体

数に関係性(符号は正)を持つという結果が示された。昨年度までのデータを用いた

解析では、サイズクラス II のイワナ・ヤマメは、降雨や季節変動といった環境変動に

影響を受け、禁漁の効果は認められないとされていた(久保田ら 2010)。本沢のイワ

ナにおいては、そうした環境変動の影響から、1 歳までの生残が良かった年が禁漁年と

重なった可能性もあり、サイズクラス II の群に対する禁漁の効果については、さらに

長期間禁漁とした時の状況を確認する必要があると考えられる。河川間、種間でみら

れたサイズクラス II の生息密度の相関関係は、1 歳魚の資源変動が気象条件などの広

域的に働く要因に影響されていることを示唆している。昨年度までの報告のとおり(栃

木県水産試験場 2010、2011)、遊漁対象サイズに至るまでに生じるこれらの個体数調

節を考慮すれば、渓流魚のサイズクラス II の生息個体数を短期的な禁漁で増やすこと

は困難と考えられる。

輪番禁漁を活用した渓流漁場管理 これまで行ってきた統計モデルによる渓流魚

生息個体数と禁漁の関係性の解析、および禁漁期間と解禁期間の平均生息密度の比較

から、2~3 年という短期間の禁漁で漁獲対象サイズおよび親魚の資源量増大とそれに

よる産卵量の増加が可能であることは確からしい。しかし、調査を行った 2 河川にお

いて禁漁による資源の増加量は小さく、個体の持ち帰りを許す通常の規則の基で漁獲

を開始すれば、その増加分は速やかに失われることが予想される。禁漁の効果を長期

的に再生産の維持に結びつけようとする場合は、増えた親魚を漁場内に維持すること

が課題となる。北米における遊漁管理では、繁殖可能な親魚を漁場に残すために、持

ち帰り尾数の制限や大型の個体の持ち帰りを制限するための全長制限( slot length

limit)が多くの漁場で定められている。輪番禁漁制によって一定以上の資源水準を維

持しようとする場合には、解禁時に予想される大型個体への強度の漁獲圧を低下させ

るために、尾数制限や大型個体の持ち帰りを許さない漁獲制限など、再生産の維持を

優先した遊漁規則を組み合わせる方法が必要になると考えられる。

2.禁漁効果と河川環境との関係性の調査(男鹿川)

調査場所 調査は栃木県北部の利根川・男鹿川支流の 8 河川で行った(図 2)。これ

らの河川は、2010 年 3 月から休漁あるいは禁漁とされている。各河川に流程 200m の

調査区間を設定し、区間内に生息するイワナ・ヤマメの生息個体数を推定した。調査

区間は、堰堤や滝などによる分断が無い場合は禁漁区の下流端(多くの場合、本流と

の合流点)から上流 200m を選定し、分断がある場合はその地点から 100m 程度上流の

地点(地形に堰堤などの影響が無くなる地点)から上流 200m を選定した。

調査方法 魚類の採集には電気ショッカーを用いた。各河川 2 回の採集における採

捕個体数に基づいた減少法(Mbh model)によって生息個体数をそれぞれ推定した。減

少法による個体数推定にはプログラム CAPTURE(White et al. 1978)を用いた。イワナ・

ヤマメともに 1 歳魚以上と 0 歳魚の 2 階級に分け、それぞれの尾数を推定した。資源

量の指標値として生息密度(個体/100m2)を算出した。

図 6 調査対象とした男鹿川水系の 8 河川。河川を横断する線は砂防・治山堰堤の建設位置

結果および考察

1 歳以上のイワナの生息密度には、3.4~16.7 個体/100m2(2 カ年の平均 10.4 個体/

100m2)と河川間で大きな差異があった(図 7)。分散分析によって生息密度の全体の

分散を、“同一河川の年変動”と“河川間の変動”に分解したところ、71.2%が“河川

間の変動”、28.8%が“同一河川の年変動”であった。このことから、本調査によって

推定された 1 歳以上のイワナ生息密度は河川環境などの特徴を反映していると考えら

れる。いっぽう、0 歳魚のイワナの生息密度は、2.3~33.8 個体/100m2 と河川間でさら

に大きな差異があった。生息密度の全体の分散を、“同一河川の年変動”と“河川間の

変動”に分解したところ、31.2%が“河川間の変動”、68.8%が“同一河川の年変動”で

あった。このことは、0 歳魚の生息数については河川環境などの特徴よりは、年ごとの

気象などの環境変動に影響を強く受けていることを示していると考えられる。

標高(m)

平均勾配(%)

平均流れ幅(±SD, m)

面積

(m2)男鹿川上流 953–979 2.2 4.2 ± 1.0 842.2白滝沢 920–946 3.4 5.6 ± 1.6 1120.9男鹿倉沢 913-927 2.9 3.7 ± 1.8 742.4松倉沢 781-785 1.7 3.3 ± 1.4 658.2倉掛沢 842-868 5.7 3.2 ± 1.2 642.9セイノ沢 808-817 4.6 2.7 ± 1.5 842.2芹沢 940-947 3.5 3.5 ± 1.1 700.5ケロロ沢 861-872 3.5 2.7 ± 0.6 540.4

図 7 各沢のイワナの生息密度(個体/100m2)上:1 歳以上、下:0 歳魚

図 8 各沢のヤマメの生息密度(個体/100m2)上:1 歳以上、下:0 歳魚

ヤマメは 2 河川で生息が確認できたが、いずれもイワナに比べて生息密度は低かっ

た(図 8)。

今後、河川環境と禁漁後の資源増大の関係性について検証する予定としているが、

調査対象河川が主にイワナの生息する河川であることから、以後イワナの資源量を解

析対象とする。河川環境の解析項目としては、集水面積、流量、水温、勾配、河床単

位比率、淵の数、遡上阻害物の有無、車止めからのアクセスなどをデータ化し、資源

増加の程度との関係性を検証する。

文献

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