3d距離画像センサ応用によるホーム安全の実現 · この3dセンサは、...

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1 論文番号 225 3D距離画像センサ応用によるホーム安全の実現 -安全・安心・快適なステーションを目指して- 東京急行電鉄株式会社 飯塚 義明 東京急行電鉄株式会社 齋藤 章 日本信号株式会社 笠井 貴之 日本信号株式会社 江上 司 日本信号株式会社 松原 達也 1.はじめに 近年、都市部を中心に駅ホームの事故を防止するために ホームドアを導入する駅が増加しつつある。しかしながら、 ホームドアは導入と維持コストが高く、利用するお客様の 多いターミナル駅以外の途中駅や閑散駅などへの導入はな かなか進まない。そこで駅ホームでの新たな事故防止の解 決策として、東京急行電鉄と日本信号では、日本信号製の 3次元距離画像センサ(以下、3Dセンサ)を用いてホー ムにおける転落等の危険を検出し、駅係員や運転士に通知 することにより触車事故を未然に防止する新しいホームセ ンサシステムを開発したので紹介する。 東京急行電鉄では、1997年8月より池上線と東急多 摩川線において光電センサにより、列車の進入進出時に列 車に近接した状態を検知し、触車防止を図るセンサシステ ムを順次導入し、ワンマン運転を実施している(写真1)。 今回、このシステムの更新に合わせて現行の光電センサで は検出が困難な傘や鞄などの挟み込みを検出する検知精度 の向上を図るとともに、お客様や支障物などがホーム下に 転落したことを予測して列車の運転士や駅の係員に発報す る新しいシステムを開発し、導入を開始した。 なお、3Dセンサはホームドアシステムでも広く使用さ れており、本論文では上述のホームセンサシステムにおけ る応用方法とともに紹介する。 2.3Dセンサの概要 ここでは、本システムの核となる3Dセンサについて簡 単に述べる。日本信号では、 MEMS (Micro Electro Mechanical System) 技術による光スキャナーと、 TOF(Time of Flight) によるレーザー測距装置を融合した 独自構造の3Dセンサを製品化した。この3Dセンサは、 いわば空間を立体的に捉えて物体の位置や大きさ検出し結 果を出力するセンサである(図1.1)。 一般的に3Dセンサの方式は様々であるが、日本信号製 の3Dセンサは主に以下の3つの特徴を有している。 ①近赤外パルスレーザー採用: 自ら発光するアクティブ方式で昼夜を問わず検知可能 MEMS スキャナー: 小型軽量でかつ摺動部がないため長寿命 ③同軸光学系の採用: 極めて優れた耐外乱光性能を発揮(図1.2) このように日本信号製の3Dセンサは屋外用途に最適な センサであり、この特徴を生かし、ホームドアにおけるお 客様の居残りや戸挟みを検知するセンサとして信頼性が高 く現在は約1万台が運用されており、これは3Dセンサと して業界でトップの実績である。 本システムは、この3D センサによりホームの安全を確 保するシステムを目指すものである。ホームドアの様な物 理的な抑止力は無いが、ホームドアの導入が困難な路線や 駅においても低コストの3D センサを用いて触車リスクや ホームからの転落を予測検出・発報することで事故の未然 防止を実現することができるシステムである。 図1.2 太陽を直視した場合の画像 写真1 ホーム固定柵とセンサシステム設置状況 (赤線は、光電センサのイメージ) 図1.1 測定原理図

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論文番号 225

3D距離画像センサ応用によるホーム安全の実現 -安全・安心・快適なステーションを目指して-

東京急行電鉄株式会社 飯塚 義明 東京急行電鉄株式会社 齋藤 章

日本信号株式会社 笠井 貴之 日本信号株式会社 江上 司

日本信号株式会社 松原 達也

1.はじめに

近年、都市部を中心に駅ホームの事故を防止するために

ホームドアを導入する駅が増加しつつある。しかしながら、

ホームドアは導入と維持コストが高く、利用するお客様の

多いターミナル駅以外の途中駅や閑散駅などへの導入はな

かなか進まない。そこで駅ホームでの新たな事故防止の解

決策として、東京急行電鉄と日本信号では、日本信号製の

3次元距離画像センサ(以下、3Dセンサ)を用いてホー

ムにおける転落等の危険を検出し、駅係員や運転士に通知

することにより触車事故を未然に防止する新しいホームセ

ンサシステムを開発したので紹介する。

東京急行電鉄では、1997年8月より池上線と東急多

摩川線において光電センサにより、列車の進入進出時に列

車に近接した状態を検知し、触車防止を図るセンサシステ

ムを順次導入し、ワンマン運転を実施している(写真1)。

今回、このシステムの更新に合わせて現行の光電センサで

は検出が困難な傘や鞄などの挟み込みを検出する検知精度

の向上を図るとともに、お客様や支障物などがホーム下に

転落したことを予測して列車の運転士や駅の係員に発報す

る新しいシステムを開発し、導入を開始した。

なお、3Dセンサはホームドアシステムでも広く使用さ

れており、本論文では上述のホームセンサシステムにおけ

る応用方法とともに紹介する。

2.3Dセンサの概要

ここでは、本システムの核となる3Dセンサについて簡

単に述べる。 日本信号では 、 MEMS (Micro Electro

Mechanical System) 技 術 に よ る 光 ス キ ャ ナ ー と 、

TOF(Time of Flight)によるレーザー測距装置を融合した

独自構造の3Dセンサを製品化した。この3Dセンサは、

いわば空間を立体的に捉えて物体の位置や大きさ検出し結

果を出力するセンサである(図1.1)。

一般的に3Dセンサの方式は様々であるが、日本信号製

の3Dセンサは主に以下の3つの特徴を有している。

①近赤外パルスレーザー採用:

自ら発光するアクティブ方式で昼夜を問わず検知可能

②MEMS スキャナー:

小型軽量でかつ摺動部がないため長寿命

③同軸光学系の採用:

極めて優れた耐外乱光性能を発揮(図1.2)

このように日本信号製の3Dセンサは屋外用途に 適な

センサであり、この特徴を生かし、ホームドアにおけるお

客様の居残りや戸挟みを検知するセンサとして信頼性が高

く現在は約1万台が運用されており、これは3Dセンサと

して業界でトップの実績である。

本システムは、この3D センサによりホームの安全を確

保するシステムを目指すものである。ホームドアの様な物

理的な抑止力は無いが、ホームドアの導入が困難な路線や

駅においても低コストの3D センサを用いて触車リスクや

ホームからの転落を予測検出・発報することで事故の未然

防止を実現することができるシステムである。

図1.2 太陽を直視した場合の画像

写真1 ホーム固定柵とセンサシステム設置状況

(赤線は、光電センサのイメージ)

図1.1 測定原理図

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3.新ホームセンサシステム

3.1 概要

列車の進入時の注意喚起放送、出発時の触車監視等を行

う池上線のホームセンサシステムにおいて、ホーム上に設

置している既存の光電管式センサポールから3Dセンサを

内蔵した新しいセンサポールに置き換えることにより、検

知精度の向上とホームからの転落予測検出を行い、触車事

故の未然防止を図ることを目的として、現在、更新工事を

推進している。新しいホームセンサシステムの設置状況に

ついて、写真2、図3.1、図3.2に示す。

なお、ホームセンサシステムは、車上・地上間の情報伝

送装置と連携しており、列車の出発時にホーム上の支障物

を検知すると、列車が起動できないようにノッチインを抑

止する。また、列車が起動した後に支障物を検知すると、

ホーム前方に設置されたセンサ反応灯が点灯し、運転士に

危険の発生を通知することで、列車の停止を促す。

また、列車がホームから進出した後、ホームセンサは引

き続き、次の列車が接近するまで、ホームからの転落監視

を行う。

3.2 機器構成

ホームセンサシステムは、上述のセンサポールのほかに、

総合制御盤、センサ操作器、センサ反応灯操作箱、センサ

反応灯、駅務室表示盤で構成され、各機器は図3.2に示

すように配置している。

総合制御盤は、システム内の各機器および、列車の進路

や在線の情報を統合して、システムの動作を制御する。セ

ンサ操作器とセンサ反応灯操作箱は、ホーム上でシステム

の状態確認や操作を行うための装置である。センサ反応灯

は、出発後の列車の運転士に危険を知らせるための灯器で

あり、駅務室表示盤は、駅務室の係員にシステムの動作状

態を知らせる表示器である。

3.3 車両ドアの挟み込み検知

ホーム上の検知エリアは、図3.3に示す支障物検知エ

リアと拡大検知エリアとの2つを設ける。支障物検知エリ

アは列車の出発中の触車の監視に使用し、拡大検知エリア

は列車の出発直前のドアへの挟み込み検知に使用する。

拡大検知エリアは、車両の近くまで監視するために、定

位置に停止した車両の位置に合わせて設定されており、列

車が動き出した後まで監視の対象とすると、車両を検知し

写真2 ホームに設置されたセンサポール

図3.1 センサポールの配置

図3.2 ホームセンサシステムの機器配置

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てしまうので、自列車による不要検知を避けるため、拡大

検知エリアは、車両のドアが閉じた直後のみ監視し、挟ま

れているものを検知しなければ監視を終了して、出発に支

障をきたさないようにしている。また、停車中であっても

車両の搖動によって、拡大検知エリアに車体が入り込む場

合があるが、車体がすべて拡大検知エリアの外に出たタイ

ミングで、監視を終了し、その後は拡大検知エリアでは車

体は検知しないため、列車は出発することができる。

3.4 ホームからの転落検知

ホーム上のセンサポールに内蔵した3Dセンサからは、

軌道内はホーム面によって死角となるため、すでに軌道内

に転落している人は、検知することができない。そのため、

本システムでは、転落する人が支障物検知エリアと転落予

測検知エリアを通り抜けるのを監視することで、転落者の

有無を検知している。支障物検知エリアと転落予測検知エ

リアは、図3.4に示すように配置されている。

図3.5に示すように、ホーム上の支障物検知エリアと、

軌道上の転落予測検知エリアとの検知順序によって、ホー

ム端で動く人と、転落者とを判別している。不要な転落通

知をなくすため、ホーム側から軌道へと転落した場合は転

落者として検知し、ホームから軌道へとはみ出した人や、

軌道を通る作業者は、転落者として検知はしない方式とし

ている。

図3.4 転落予測検知エリアの配置

図3.6 転落検知試験時の写真

図3.3 支障物検知エリアと拡大検知エリア

図3.5 転落者検知

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3.5 転落検知の性能評価

模擬ホーム上に3Dセンサを設置して、転落検知の性能

評価を行った。転落に至る4通りの動作で転落検知が行え

ることと、転落に至らないホーム端で6通りの動作を誤っ

て転落と検知することがないことを確認した。試験の様子

を図3.6に示す。また、保線作業員に見立てた人が、線

路上を歩行して、誤検知しないことも確認した。

また、悪天候下での検知性能評価のため、人工雨(10

0mm/h)、人工雪(6cm/h)環境下で、支障物の有

無を正しく検知できることを確認した。

表3.1 転落検知試験結果

No. 評価項目 結果

1 線路に向かって歩いていって転落す

る 検知あり

2 線路に向かって走っていって転落す

る 検知あり

3 ホーム縁に立ち止まって、線路に飛

び降りる 検知あり

4 しゃがんだまま線路に転落する 検知あり

5 ホームの端で荷物を振り回す 検知なし

4.ホームドアシステムへの3Dセンサの応用

4.1 3Dセンサによる取り残し検知

ホームドアを閉める際に、お客様がドアに挟まれたり、

ホームドアの軌道側に取り残されたりしないようにするた

めにセンサが使用されている。従来、このセンサには光電

センサが多く使用されてきた。光電センサは投光器と受光

器を結ぶ線上の支障物しか検知できないため、より広範囲

に支障物を検知することのできる3Dセンサの採用が増え

ている。

東急田園都市線宮前平駅では、4ドア車と6ドア車が混

在する条件下でホームドアを使用するために、図4.1の

ように4ドア車用のホームドアを通常よりもホーム内側に

寄せ、車両から離れた位置に設置した。これにより、6ド

ア車の場合においても、ホームドアと車両の間をお客様が

通行できるスペースが確保できるため、6ドア車において

も乗降が可能となっている。

ホームドアを閉じる際には、この通行のためのスペース

にお客様が残っていないことを3Dセンサによって監視し

ている。

4.2 ホームドアの自動開システム

宮前平駅のホームドアシステムでは、3Dセンサによっ

て列車の到着を検知して、自動的に開動作を開始する仕組

みとしている。これによって、車両に対して地上との通信

をするための改造を行うことなく、乗務員の追加操作なし

でホームドアを開けることができるシステムを実現した。

列車の到着は、列車の停止位置付近に設置した2台の3

Dセンサで行っている。列車が十分減速し、ホームドアを

開けても安全な場合にのみホームドアを開けるために、2

台の3Dセンサの検知時間差を利用して速度照査を行って

いる。

光電センサやカメラ、超音波センサでも、車両を検知す

ることができるが、温度や太陽光の影響を受けにくく、安

定して車両を検知できる3Dセンサを採用した。

4.3 列車編成長の判別

異なる編成長の列車が混在する路線でホームドアを使用

する場合、編成長に応じて乗降に使用する部分だけのホー

ムドアだけを開閉する。5両編成用開ボタン、6両編成用

開ボタンといった、編成長別の開ボタンを使用する方法を

取ると、操作が煩雑になるほか、押し間違いによって、列

車のドアのない部分のホームドアを開く危険がある。

このため、東急大井町線では、3Dセンサを使って、列

車の編成長を判別し、開閉するホームドアを自動的に切替

えるシステムを採用している。

ホーム上に、6両編成が定位位置に停止したときに、1

両目を検知するセンサと、6両目を検知するセンサを設置

している。これらの2台のセンサが車両を検知するエリア

は車両5両分の長さ以上離れているため、5両編成の列車

が2つのセンサに同時に検知されることはない。したがっ

て、2つのセンサが同時に車両を検知している場合には、

6両編成、片方だけ検知している場合には5両編成である

と判別している。

4.4 列車の停止検知

3Dセンサは、検知している対象物の位置を測定するこ

とができる。この位置を連続して監視することで、対象物

が動いているか、止まっているかの判定が可能である。

列車の先頭または後尾を捉える位置に3Dセンサを配置

し、上記の方法で列車の先頭が動いているか止まっている

かを判定することで、列車の停止検知が可能である。

宮前平駅のホームドアシステムでは、列車の停止検知を

行い、停止でなくなったとき、つまり出発したときに、自

動的にホームドアを閉じるシステムとしている。

このホームドアを自動で閉じる機能と、4.1の自動開

の機能によって、ホームドアシステムは列車の到着と出発

を検知して自動的に開閉するため、開閉のための操作を行

うことなく列車を運行することで、ホームドア開閉操作に

よる停車時間の増加を抑止することが出来る。

図4.1 宮前平駅ホームドア(車両は6ドア)

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5.まとめ

今回、3Dセンサを使用した新ホームセンサシステムの

開発を行い、東急池上線で使用開始した。このシステムは、

従来の光電センサを使用したシステムに比べて、より広い

範囲の支障物を検知でき、加えてホームからの転落も検知

できるシステムであるため、ホーム上の安全性向上を実現

している。

この3Dセンサは外乱光の影響を受けることなく、人や

車両を安定して検知でき、ホームセンサシステムのほかに

も、ホームドアシステムでの使用も広がっている。

しかしその反面、3Dセンサは不可視レーザー光を利用

しているため、目に見えない検知範囲は把握しづらく設

置・調整時には複数の治具を場所に応じて使い分けなけれ

ばならない場合もある。今後は、調整作業の簡素化、自動

化に取り組み、より3Dセンサを導入しやすい環境を整備

することが課題である。