5 文書第5 章 文書 第1節 文書 1…文書の概念 ⑴ 文書の意義...

1
5 文書 文書 文書の概念 文書の意義 一般に、文書とは、「文字等で人の思想(意思)を表したもの」と言われている。 しかし、文書という概念を厳密に定義し、一つひとつの具体例について、それが 「文書」であるかを判定することは、極めて難しい。 我々に身近な文書といえば、“紙に書かれたもの”がほとんどであり、それは、 「口頭」によるコミュニケーションに対して、「書面」として使われているもので ある。 文書の概念は、通常「広義」と「狭義」の二つに分けて定義付けられている。「広 義の文書」とは、「人の意識が、文字、あるいは何らかの形象によって記載された 物体」であるとされる。ここでの形象とは、図面等である。これに対して、「狭義 の文書」とは、「文字又はこれに代わるべき符号を用い、ある物体の上に永続すべ き状態において、特定人の具体的な意識を記載した物体」であるとされるのが一 般的である。 狭義の文書の定義の根拠の一つとして、明治43(1910)年の大審院判決がある。 それは、「文書とは文字又はこれに代わるべき符号を用い永続すべき状態におい てある物体の上に記載した意思表示をいう」としている。この判例は、刑法の文 書偽造の罪(§154~161の2)における「文書」の概念として定義付けられたもので あるが、今日では「文書の法律的な一般概念(狭義)」として使われている。 ここで、狭義の文書についての要件を整理してみると、次のようになる。 ① 「文字又はこれに代わるべき符号を使って記載されていること」 文書という場合、通常は「文字」によって記載されることがほとんどであるが、 文字によることが絶対的要件ではない。すなわち、「文字に代わるべき符号」も 文書としての要件を満たすことになる。例えば、「点字」や会議録等の「速記」、 あるいは、モールス信号等「電信用の符号」などがある。 ② 「特定の人の意思が記載されていること」 そこに記載された意思が、誰のものか明らかにされており、かつ、正常な状 態において作成されたものであることが必要である。すなわち、意思表示の主 体(文書の作成名義人)の意思内容、文体、様式あるいは筆跡等から、誰が記載 したか判断できるものであることが必要である。この場合、作成名義人の氏名 709 文書

Upload: others

Post on 27-Aug-2020

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 5 文書第5 章 文書 第1節 文書 1…文書の概念 ⑴ 文書の意義 一般に、文書とは、「文字等で人の思想(意思)を表したもの」と言われている。しかし、文書という概念を厳密に定義し、一つひとつの具体例について、それが

第5章 文書第1節 文書

1…文書の概念

⑴ 文書の意義一般に、文書とは、「文字等で人の思想(意思)を表したもの」と言われている。しかし、文書という概念を厳密に定義し、一つひとつの具体例について、それが「文書」であるかを判定することは、極めて難しい。我々に身近な文書といえば、“紙に書かれたもの”がほとんどであり、それは、「口頭」によるコミュニケーションに対して、「書面」として使われているものである。文書の概念は、通常「広義」と「狭義」の二つに分けて定義付けられている。「広

義の文書」とは、「人の意識が、文字、あるいは何らかの形象によって記載された物体」であるとされる。ここでの形象とは、図面等である。これに対して、「狭義の文書」とは、「文字又はこれに代わるべき符号を用い、ある物体の上に永続すべき状態において、特定人の具体的な意識を記載した物体」であるとされるのが一般的である。狭義の文書の定義の根拠の一つとして、明治43(1910)年の大審院判決がある。それは、「文書とは文字又はこれに代わるべき符号を用い永続すべき状態においてある物体の上に記載した意思表示をいう」としている。この判例は、刑法の文書偽造の罪(§154~161の2)における「文書」の概念として定義付けられたものであるが、今日では「文書の法律的な一般概念(狭義)」として使われている。ここで、狭義の文書についての要件を整理してみると、次のようになる。① 「文字又はこれに代わるべき符号を使って記載されていること」文書という場合、通常は「文字」によって記載されることがほとんどであるが、文字によることが絶対的要件ではない。すなわち、「文字に代わるべき符号」も文書としての要件を満たすことになる。例えば、「点字」や会議録等の「速記」、あるいは、モールス信号等「電信用の符号」などがある。② 「特定の人の意思が記載されていること」そこに記載された意思が、誰のものか明らかにされており、かつ、正常な状態において作成されたものであることが必要である。すなわち、意思表示の主体(文書の作成名義人)の意思内容、文体、様式あるいは筆跡等から、誰が記載したか判断できるものであることが必要である。この場合、作成名義人の氏名

Ⅲ―5

文書

709文書