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体性感覚と内臓感覚

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6.体性感覚と内臓感覚

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 触圧覚

 触圧覚の特徴

 触覚と圧覚

触圧覚は,皮膚・粘膜にある触圧覚受容器の興奮によっておこる感

覚であり,表在感覚→のひとつである.触覚と圧覚はともに皮膚・粘膜ま

たはその直下にある組織が変形*して生ずる感覚であり,触圧覚受容

器に対する適刺激→は機械的刺激である.触覚と圧覚を生じさせる機

械的刺激には連続的な移行があり,これらは質的に同じである.またく

すぐったさ*も,触圧覚受容器の興奮によっておこる感覚である.

しかし触圧覚を生じさせるような機械刺激も,その強度を増せば痛覚

を生じさせる.このような侵害性のある機械刺激に対しては,高閾値機

械受容器→が興奮して痛覚を引きおこす.

触圧覚は嗅覚などとならんで,順応→がおこりやすい感覚のひとつで

ある.

注)組織が変形: 体表面に物体がふれると,皮膚および皮下組織が歪んだり変形し,これにより複

数の種類の機械受容器が刺激される.これらは機械的刺激の強さおよび動きの速さを検出

し,脳において物体の大きさ,形状,動きなどを認識することができる.

注)くすぐったさ: これに対し"かゆさ"にはヒスタミンが関与し,痛覚に近いものであると考えられて

いる.

 識別性触圧覚と粗大触圧覚

触圧覚は感覚の識別性(局在性)から,以下のように分類される.

・ 識別性触圧覚 ------ 刺激のくわわった部位の局在性を識別す

ることができるもの.

・ 粗大触圧覚 -------- 刺激の空間的または時間的パターンに関

するものをいう.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 二点弁別閾

体表面上の2点に機械的刺激をあたえたとき,視覚によらずにこれらべ んべ つい き

が別 の々刺激によるものであると識別できる最小の距離を二点弁別閾

という.

二点弁別閾は部位によって大きな差があり*,一般に指先や口唇など

で小さく,上腕・下腿・背部などで大きい.二点弁別閾の大きさは,その

刺激を感受する識別性触圧覚の受容器の密度や,大脳皮質感覚野の

担当領域の広さによってきまると考えられている.体表面での触点また

は圧点の密度は二点弁別閾の大きさに反比例し,指先や口唇で高く,

上腕・下腿・背部などで低い.このため触圧覚の閾値*は,指先や口唇

などで低く,上腕・下腿・背部などで高い.

注)部位によって大きな差があり: 背部での二点弁別閾は60~70mmであるの対し,指では3~5mm

程度である.

注)触圧覚の閾値: 触圧覚の閾値は,くわえられた刺激の力(g/mm

2),皮膚の変位(μm),皮膚圧迫

の速度(mm/s)などできまる.身体各部の感覚点の閾値は,小さな断面積の毛で調べられて

おり,指先の閾値は腕や体幹での閾値の10~30倍である.

 鍼灸刺激と触圧覚

小児鍼→や接触鍼

→,按摩・マッサージ・指圧などの手技療法は,触

圧覚を生じさせる機械的刺激を利用している.これらの効果の発現に

は,触圧覚受容器から送られる情報が自律神経系に影響をあたえる*

ことが関与していると考えられる.

注)自律神経系に影響をあたえる: この具体的なメカニズムについては不明である.しかし藤井秀

二は,小児鍼の刺激が自律神経に支配される血管運動に影響をあたえ,小児鍼により大脳

表面の血管は収縮し,小腸の血管は拡張すると発表した.

 受容器と感覚伝導路

 触圧覚受容器

触圧覚の受容器は,神経線維の末梢端で特有な小体構造を形成し

ている.触圧覚受容器には以下のようにいくつかの形態のことなるもの

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が見いだされている.なおこれらは,機能的にはいずれも低閾値機械

受容器→に属する.

1. メルケル盤とルフィニ小体

表皮にあるメルケル触覚盤(メルケル小体)*と,真皮にあるルフィニ

終末(ルフィニ小体)は,触圧覚における刺激の強さ(皮膚変異の大き

さ)を感知する.これらは長時間の刺激に対しても興奮しつづけ,比較

的順応がおこりにくい.

2. マイスナー小体と毛包受容器

真皮乳頭にあるマイスナー小体*と,毛包にある毛包受容器は,動き

のある触圧刺激を感知する.マイスナー小体は順応がはやく,受容野

が狭い.いっぽう毛包受容器*は毛根をとりまき,体毛にかかったわずか

な力を拡大して感受する機能をもつ.

3.パチニ小体

真皮にあるパチニ小体(ファーターパチニ小体)は,体表面のみなら

ず筋や関節などの深部組織にもあり,振動刺激を感知する受容器であ

る.これは順応がはやく,受容野が広い.

注)メルケル触覚盤(メルケル小体;Merkel disk): メルケル触覚盤は無毛部の表皮胚芽層に分

布する.

注)マイスナー小体(Meissner corpuscle): 腸管壁にあるマイスナー神経叢とは別個のもので

ある.マイスナー神経叢は腸管の粘膜下層にある副交感神経節である.

注)毛包受容器: ある種の動物の口端にある堅く長い毛は,尖端にくわえられた刺激を毛根で”て

こ”の原理で拡大して感受する能力がある.

 求心性線維

触圧覚をつたえる求心性線維は,その末端にある受容器の形態に

かかわらず,太い有髄性のAβ線維(II群線維)である.

触圧覚受容器からのAβ線維は脊髄後角で側枝を出し,ここで侵害

刺激をつたえる二次ニューロンに対し抑制性の情報を送っていると考

えられている.このメカニズムは痛覚の脊髄性抑制→としてはたらく.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 中枢内伝導路

こ うさ く

体幹・四肢からの識別性触圧覚の情報は,脊髄後索(後索路)からな いそ くも うた い

内側毛帯系を上行*し視床にいたり,粗大触圧覚は前脊髄視床路(腹

側脊髄視床路)を上行して視床にいたる.

注)脊髄後索(後索路)から内側毛帯系を上行: 内側毛帯系と脊髄視床路系(腹側脊髄視床路ま

たは前脊髄視床路)を実験的に破壊した場合,内側毛帯系の破壊は触圧覚の局在能力を

そこなわせるのに対し,脊髄視床路系の破壊による障害は軽微である.したがって触圧覚

情報の多くは内側毛帯系によってつたえられていると考えられる.また触圧覚情報は,脊髄

内で複数部位に分かれて上行するため,脊髄の損傷に際しても,広範な障害が生じないか

ぎり触圧覚が完全に失われることは少ない.

□ 触圧覚の特徴

 内側毛帯系

脊髄の後索路から脳幹の内側毛帯を経由して大脳皮質にいたる伝

導路を内側毛帯系と総称する.内側毛帯系は,体幹・四肢からの識別

性触圧覚と固有受容感覚の情報をつたえる伝導路である.その走行

経路は以下のとおりである.

・ 一次ニューロンの中枢性突起は,脊髄後角に入ったのち,同側の

脊髄後索を上行し,延髄の後索核*で二次ニューロンにシナプス

*

する.この脊髄分節から延髄にいたる伝導路を後索路*という.

・ 延髄にはじまる二次ニューロンの神経線維群は,延髄で反対側に

交叉する.この交叉部の神経線維群を毛帯交叉という.毛帯交叉を

とおった二次ニューロンの神経線維群は,脳幹の内側毛帯といわ

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れる部位を上行し視床にいたる.この延髄から視床にいたる伝導

路を延髄視床路という.

・ 三次ニューロンは,視床で二次ニューロンのシナプスを受け,内包

をとおり大脳皮質感覚野にいたる.

□ 内側毛帯系をとおる触圧覚伝導路の概略

注)後索核: これは二つの神経核,すなわち薄束核と楔状束核からなる.

注)二次ニューロンにシナプス: 触圧覚や固有受容感覚について,その伝導路中のシナプスにお

ける神経伝達物質は不明である.

注)後索路: 脊髄癆や悪性貧血などで後索路が障害されるとロンベルグ徴候(Romberg sign)が

みられる.これは運動失調性起立時動揺徴候ともいわれ,閉眼して踵と足先をそろえて起立

したときに,身体が横あるいは前後方向にゆっくり動揺する徴候である.姿勢の保持には,前

庭感覚・視覚・固有受容感覚からの情報と,これを維持する骨格筋筋力が必要である.これ

らのうちのいずれかが障害されるとこの徴候があらわれ,障害が高度であると転倒すること

もある.

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□ 識別性触圧覚と固有感覚の伝導路

 深部感覚(固有受容感覚)

 深部感覚(固有受容感覚)の特徴

 深部感覚(固有受容感覚)とは

狭義の深部感覚である固有受容感覚(固有感覚)→は,身体各部分

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の位置(位置感覚)や運動の状態(運動感覚),身体に加わる抵抗(抵

抗感覚)や重量(重量感覚),振動(振動感覚)を感ずるものである.

この感覚の基礎となるのは,関節・筋・腱に分布する受容器からの情

報であり,固有受容感覚はこれらが大脳皮質などで統合されて生ずる

感覚である.

注)位置感覚: 位置覚とは体幹と四肢の相対的位置および動きを知る感覚である.しばしば運動

覚と同義語としてもちいられる.これらには他の特殊感覚(平衡感覚,視覚など)も関係する

が,眼を閉じても位置覚と運動覚が消失することはない.その基礎となるのは関節,筋および

腱にある感覚受容器からの情報である.

 受容器と感覚伝導路

 受容器と求心性線維

固有受容感覚(狭義の深部感覚)の受容器は固有受容器*と総称さ

れる.固有受容器への適刺激は機械的刺激であり,これらはいずれも

機械受容器である.おもな固有受容器としては,以下のようなものがあ

る.

・ ルフィニ終末(ルフィニ小体)------関節嚢にあり,関節の位置お

よび運動の速度と方向を感受する.

・ ゴルジ腱器官(腱紡錘)*---------関節靱帯にあり,骨格筋の張

力を感受する.その求心性神経線維はAα線維(Ib群線維)であ

る.

・ 筋紡錘*----------------------骨格筋の錘内筋線維

*にあ

り,筋の長さとその伸長速度を感受する.その求心性神経線維はA

α線維(Ia群線維)である.またその興奮は伸張反射(腱反射)をお

こす.

・ パチニ小体 -------------------関節内にあり,振動覚の受容

器としてはたらく.

注)固有受容器: 固有感覚の受容器は,振動感覚および骨格筋の張力や筋長の感覚については

見いだされているが,位置覚と運動覚については,個別のものは発見されていない.

注)ゴルジ腱器官(腱紡錘;tendon organ of Golgi): 骨格筋の筋と腱の接合部にあり,骨格筋

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の収縮または他動的伸展により興奮する.発生したインパルスはIb群線維をつたわり,脊髄

において介在ニューロンを経て同名筋のα運動ニューロンに抑制作用をおよぼしている.

注)筋紡錘: 骨格筋の筋周膜内に存在する.筋紡錘は被膜でかこまれており,内部に錘内筋線維

をふくむ.錘内筋線維には多数の求心性・遠心性の神経線維が終止しており,このうち遠心

性の運動神経はγ運動ニューロンといわれ,錘内筋線維の収縮・弛緩を調節している.また

錘内筋線維の中央部には,これをらせん状に取りまく求心性Ia群線維の神経終末がある.錘

内筋線維が伸展されると,同時にIa群線維の神経終末も伸展されてインパルスを生ずる.

Ia群線維は,脊髄内で同一の筋束を支配するα運動ニューロンに興奮性シナプスを形成

するとともに,拮抗筋のα運動ニューロンには抑制性シナプスを形成している.伸張反射(ア

キレス腱反射・膝蓋腱反射など)は,受容器を筋紡錘,求心路をIa群線維とし,遠心路をα

運動ニューロン,効果器を同名筋とする反射である.またα運動ニューロンとγ運動ニュー

ロンの活動性が病的に増しているときに,下肢筋の急激な受動的伸展でみられるクローヌ

スは,上記のメカニズムが伸筋群と屈筋群で交代性に繰りかえしあらわれることによる.

注)錘内筋線維: 骨格筋の筋線維は錘外筋線維と錘内筋線維に分類される.骨格筋線維の多くを

しめる錘外筋線維はα運動ニューロンに支配され,筋肉の張力発生に関与している.いっ

ぽう錘内筋線維はγ運動ニューロンにより遠心性に支配をうけるとともに,その周囲を筋紡

錘の神経終末がかこんでいる.

 中枢内伝導路

体幹・四肢からの識別性触圧覚と固有受容感覚情報は,脊髄後索

(後索路)から内側毛帯系を上行し視床にいたる.また固有受容感覚

の情報の多くは,小脳などにももたらされて姿勢の制御などに重要な役

割をはたす.体幹・四肢からの固有受容感覚の情報を小脳に伝える上

行路には,脊髄側索にある脊髄小脳路(前および後脊髄小脳路)など

がある.

 温度感覚

 温度感覚の特徴

 温度感覚とは

温度感覚は皮膚温およびその変化の弁別に関わる感覚であり,これ

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には温覚と冷覚とがある.すなわち温度感覚が生じるかどうかは皮膚

温,温度の変化速度,刺激面積などの要素によってきまる.

 温度感覚の特徴

温度感覚には以下のような特徴がある.

・ 温度感覚は,皮膚温と同じくらいの温度刺激に対しては生じない.

このような温覚も冷覚もおこさないような温度範囲のことを無感温度

といい,これは一般に33℃前後である.

・ 温度感覚は,識別性(局在性)が低い感覚のひとつである.

・ 温度感覚は外部環境の温度に影響をうけやすい.

・ 皮膚温が低いほど温覚の閾値は高く,冷覚の閾値は低い*.

・ 温度感覚の順応は,20~40℃の温度範囲内でおこりやすい.しか

しこれをこえる範囲の温度刺激は侵害性をおび,組織障害をおこ

す原因となるため,その順応は温度が高くまたは低くなるほどおこ

りにくくなる.

注)皮膚温が低いほど温覚の閾値は高く,冷覚の閾値は低い: たとえば冬の寒い日に,冷えた身

体のまま風呂につかると熱く感じることがこれにあたる.

 鍼灸刺激と温度感覚

皮膚温を45℃以上にする温度刺激は侵害刺激となり,皮膚の細胞や

組織タンパクは破壊され熱傷が生じる.また極度の低温も侵害刺激と

なり凍傷*を生じる.

透熱灸などの有痕灸では,施灸部位に45℃以上→の刺激がくわわる

ため,温度感覚受容器のみならずポリモーダル受容器→を興奮させる.

これによって生じた感覚情報は,反射的に自律神経系などにさまざま

な影響をおよぼす.このように灸が神経学的な作用により,施術局所の

みならず広範な部位に影響をあたえることを反射作用→という.

注)凍傷: その発生には,寒冷の程度や持続時間のみならず,風・湿度などが関与し,また個人差

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6.体性感覚と内臓感覚

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が大きい.

 受容器と感覚伝導路

 受容器

温度感覚受容器に対する適刺激は温度刺激である.温度感覚の受

容器は表皮下または皮下組織にあり*,組織学的に特殊な構造をもたな

い自由神経終末である.これは機能的に温覚に対応する温受容器*と,

冷覚をつかさどる冷受容器*にわけられる.ただし,いまのところ温受容

器と冷受容器に構造的な特異性はみいだされていない.

また45℃以上の温熱刺激は,侵害受容器の一種であるポリモーダル

受容器→を興奮させ痛みを生じさせる.

注)温度感覚の受容器は表皮下にあり: 冷たい金属と,同温度の木片を皮膚にあてた場合,金属

の方がより冷たく感じられる.これは金属が木製物よりも皮膚から速く熱をうばい,皮下組織

をより冷却するためである.このように温度感覚を決めているのは皮下組織の温度である.

注)温受容器: 温受容器は30~45℃の温度刺激に対してよく反応する.なお化学受容器の一種で

あるカプサイシン受容体は43~50℃の温刺激に反応する.このことから温湿布には,唐辛子

エキス(カプサイシン)がもちいられることがある.

注)冷受容器: 冷受容器は10~38℃の温度刺激に対してよく反応する.ただし一部の冷受容器は,

45℃以上の温度刺激で興奮する.

 求心性線維

温度感覚をつたえる求心性線維は,以下のとおりである.

・ 冷受容器の興奮(冷覚)--- おもに有髄性のAδ線維(III群線

維)をつたわる.

・ 温受容器の興奮(温覚)--- おもに無髄性のC線維(IV群線維)

をつたわる.

 温点と冷点

皮膚感覚としての温度感覚に関与する感覚点には,体表面の温度

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より少し高い温度に反応する温点と,それより少し低い温度に反応する

冷点*とがある.冷点の数・密度とも,温点より4~10倍程度大きい.

注)温点・冷点: 温点はおよそ35~45℃の温度刺激に反応する.いっぽう冷点はおよそ10~38℃

の温度刺激に反応する.なお全身で冷点は約25万,温点は約3万あるといわれている.

 矛盾冷覚

熱いものにふれたとき,はじめに冷覚がおこることがある.これを矛盾

冷覚という.これは一部の冷受容器が45℃以上の温度刺激で興奮す

ることによる.

□ 冷受容器と温受容器の応答

 中枢内伝導路

脊髄の前側索を上行し,視床を経由して大脳皮質にいたる伝導路

を外側脊髄視床路という.外側脊髄視床路は,体幹・四肢からの温度

感覚と痛覚の情報をつたえる伝導路であり,その走行経路は以下のと

おりである.

・ 一次ニューロンの中枢性突起は,脊髄後角で二次ニューロンにシ

ナプス*する.

・ 二次ニューロンの軸索は,脊髄で反対側に交叉し,脊髄側索の外

側脊髄視床路を上行し視床にいたり,ここで三次ニューロンにシナ

プスする.

・ 三次ニューロンは視床から内包をとおり大脳皮質感覚野にいたる.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 体温調節中枢

なお体性組織からおくられる温度感覚情報は,大脳皮質につたえら

れるとともに,視床下部にある体温調節中枢にもつたえられる.また視

床下部の血管壁には温度受容器があり,これは身体の核心温度を感

受している.これらの情報は体温調節中枢で統合され,熱放散あるいすいとう

は熱産生の反応を引きおこし,熱出納のバランスを調節して核心温度

を一定に維持するようにはたらいている.

□ 温度感覚伝導路の概略

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□ 温度感覚の伝導路

□ 温度感覚の特徴

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 かゆみ・くすぐったさ

 かゆみ

そうようかん

かゆみ(掻痒感)*は,細胞外液中に産生・分泌された化学物質が皮

膚(表皮と真皮の接合部)にある自由神経終末を興奮させたときにお

こると考えられている.かゆみを引きおこす代表的な化学物質*として

は,ヒスタミン*が知られている.かゆみを伝える求心性線維はC線維で

あり,脊髄内では脊髄視床路をとおる.

注)かゆみ(掻痒感): かゆみ(掻痒感)はさまざまな点において痛覚と類似していることから,かつ

ては痛覚受容器が弱く興奮したときにおこる感覚であると理解されていた.しかし痛覚とち

がい,かゆみは皮膚と眼などの粘膜のみでおこり,他にC線維が分布する深部組織や内臓組

織ではおこらない.痛みは屈曲反射を誘発するが,かゆみは引っ掻き反射を引きおこす.モ

ルヒネを全身投与すると,鎮痛効果があらわれた後で,かゆみが増強する.また,かゆみを

おこす感覚点に強い刺激をあたえても,痛覚はおこらないことなどがわかっている.これらの

事柄から最近ではかゆみと痛みが独立した感覚であるとする考え方が主流になりつつある.

ただし現在のところ,かゆみ受容器もかゆみ神経も確認されてはいない.

注)かゆみをおこす代表的な化学物質: かゆみをおこす化学物質としては,これ以外にもサブスタ

ンスP,セロトニン,ブラジキニン,プロスタグランジン,トリプシン,パパイン,胆汁酸塩などが

ある.このうちサブスタンスP,ブラジキニンは,肥満細胞に作用してヒスタミンを放出させる

作用がある.

注)ヒスタミン: 皮膚などの末梢組織において,ヒスタミンは肥満細胞(マスト細胞)の細胞質から分

泌される.細胞外液中に出たヒスタミンはC線維末端のH1受容体に作用してかゆみを引きお

こすと考えられている.ヒスタミン分泌がおこる場合としては,IgE抗体が抗原と結合したとき,

コデイン,モルヒネなどの薬物を投与したとき,物理的あるいは機械的刺激がくわわったとき

などがある.ちなみに蚊に刺されたときの皮膚反応とかゆみは,IgE抗体が産生されることに

よるアレルギー性反応だと考えられている。

 くすぐったさ

くすぐったさ*は機械的刺激により触圧覚受容器が弱く興奮したときに

おこる感覚である.

注)くすぐったさ: 他が足底などに弱い機械的刺激をくわえたときにくすぐったさが生じるにもかか

わらず,自分でこれをおこなってもくすぐったさが生じないのは,くすぐったさに心理的要因

が大きく影響することと,くすぐったときに自身の手にくわわる触圧刺激が,よりはやく大脳に

伝わり,足底からのインパルスを抑制することによると考えられている.

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 臓器感覚

 内臓感覚と臓器感覚

内臓感覚とは,平滑筋・心筋・腺・内臓粘膜にある感覚受容器の興

奮が,内臓求心性神経(一般臓性求心性線維)をつたわって引きおこ

される感覚である.内臓感覚のうち,内臓痛覚→以外のものを臓器感覚

こ うか つか ん お し ん

とよび,これには空腹感・食欲・口渇感・悪心・便意・尿意・性感覚など

がふくまれる.

 臓器感覚の特徴

内臓求心性神経(一般臓性求心性線維)が中枢におくる活動性イン

パルスが臓器感覚として意識されることは少ないが,これらが複合し

または一定レベル以上になると,具体的な感覚として意識されるように

なる.しかしこれらは意識にのぼった場合でも,感覚の質や局在性(識

別性)が不明瞭であるという特徴がある.

また内臓求心性神経(一般臓性求心性線維)からの求心性情報は,

さまざまな自律神経反射*などを引きおこし,生体の恒常性を維持する

ために不可欠である.

注)さまざまな自律神経反射: たとえば消化管内に病原微生物がはいったときにおこる嘔吐や下

痢,また血液が何らかの原因で濃縮されたときにおこる口渇感,血中の酸素または二酸化炭

素濃度の異常によっておこる呼吸数の変化などは,自律神経反射によっておこる.これらの

反射によってみられる症状に,適切な原因究明なしに対処すると,かえって症状を悪化させ

ることがある.

 臓器感覚の受容器

臓器感覚の受容器は多くの場合,自由神経終末であり,形態的に特

殊な構造をしめすものは少ない.なおその求心性線維については不明

な点が多い.

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 おもな臓器感覚

おもな臓器感覚は以下のような求心性情報によって形成される.

・ 空腹感 ---- 視床下部・肝臓・小腸などにある化学受容器は,血中

ブドウ糖濃度(血糖値)を感受し,また胃の機械受容器は胃壁の収

縮度を感知している.これらの情報は視床下部におくられ,摂食中

枢で統合されることにより,空腹感や満腹感が生じる.

・こうかつかん

口渇感 ---- 間脳にある浸透圧受容器*は細胞外液の浸透圧を感

受し,また咽頭粘膜にある受容器はその乾燥を感受している.これ

らの情報は視床下部にある体液量の調節中枢(渇水・飲水中枢,

体液浸透圧の調節中枢)におくられ,口渇感を生じさせる.これに

よって水分摂取を亢進させ,あるいは下垂体後葉からの抗利尿ホ

ルモン(バゾプレシン;ADH)分泌を促進して,尿細管からの水分再

吸収を増加する.

・おしん

悪心 ------ 消化管,肝臓,腹膜など腹腔・胸腔内臓器に分布す

る受容器や,内耳の前庭(迷路)からおくられる情報*のほか,第四

脳室の近傍にある化学受容器に対する血液中の化学物質などの

刺激*によって,延髄にある嘔吐中枢が刺激

*されて悪心がおこり,

ときにこれにつづいて嘔吐反射がおこる.

・ 便意 ------ 糞便が直腸にはいると,直腸壁が伸展され,ここにあ

る伸展受容器が興奮する.この情報は骨盤内臓神経をとおって腰

髄・仙髄の排便中枢につたえられるとともに,中枢神経系を上行し,

便意をもたらす.

・ 尿意 ------ 膀胱内で尿の貯留量が一定以上(約150~300ml)に

なると,膀胱壁にある伸展受容器が興奮する.この情報は骨盤内臓

神経をとおって腰髄・仙髄の排尿中枢につたえられるとともに,中枢

神経系を上行し,尿意をもたらす.

注) 間脳にある浸透圧受容器: 間脳にある浸透圧受容器が頭部外傷その他の脳障害で

損傷されると,口渇感の欠如,ADH分泌低下などで高浸透圧におちいり意識障

害をきたす.

注) 内耳の前庭(迷路)からおくられる情報: 乗り物酔いのときにみられる悪心・嘔吐はこの

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 0

経路による.乗り物酔いによる悪心・嘔吐は,複雑に身体が動かされたときに,内

耳神経からの前庭感覚と視覚が脳で混乱することによっておこると考えられて

いる.

注) 化学受容器に対する血液中の化学物質などの刺激: 腎不全,妊娠中毒症,薬物によ

る悪心・嘔吐はこの経路によっておこる.

注) 嘔吐中枢が刺激: ここにあげた求心性情報以外にも,口腔粘膜から三叉神経(第V脳

神経),咽頭や喉頭の粘膜から舌咽神経(第IX脳神経)を経ておくられる刺激

や,大脳皮質からの情動的または精神性因子にかかわる情報も,悪心または嘔

吐をひきおこす.

 痛覚

 痛覚一般

 痛覚の特徴

 侵害刺激と痛覚

あらゆる刺激はその強度を増すと,その種類によらず生体にとって有

害なものとなる.このような生体組織に損傷をおよぼす*強さ以上の刺激

を侵害刺激といい,これによって興奮する受容器を侵害受容器という.

痛覚または侵害感覚は,侵害受容器またはその伝導路を構成する

ニューロン群(侵害受容ニューロン)が興奮することによって生ずる感

覚である.

注)生体組織に損傷をおよぼす: 組織損傷はつねに痛みを生じ,その原因となっている刺激を取

りのぞくための反応を生体におこさせる.このように痛覚はおもに身体の防御機構としてはた

らいている.ちなみに,ごくまれにみられる先天性無痛症では痛みを感じないため,外傷や熱

傷が頻繁におこり,これらが原因となり多くは成人になるまで生きられない.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 1

 痛覚一般の特徴

痛みの感覚はとても多様であるため,その特徴を一概に論ずること

はできない.しかし他の感覚と比較したときの痛覚一般に共通する特

徴には以下のようなものがある.

・ 身体のほとんどの部位で受容される*感覚である.しかしその部位

によって感受性に大きな差がある.

・ 不快な感覚や感情をともなう.

・ 痛みの感受性は,個体の周囲の状況や心理的な要素などに影響さ

れやすい.

・ 順応がおこりにくい*,または生じない.

・ 持続する強い痛み刺激は交感神経活動を亢進させ,その結果とし

て血圧上昇,心拍数増加,発汗などの自律神経症状をみることが

ある.

注)身体のほとんどの部位で受容される: 痛覚を感じない,すなわち侵害受容器が分布しない部

位としては,脳実質と骨・軟骨実質,肝臓・肺実質などがある.ただし脳血管と脳脊髄膜表

面,骨膜および関節包,肝臓の被膜および気管支・壁側胸膜には侵害受容器がある.

注)順応がおこりにくい: 侵害受容器に順応がおこりにくいということは,侵害刺激があるかぎり痛み

がつづくということである.これは侵害刺激を取りのぞくために重要な役割をはたす.また侵

害刺激が長時間持続すると,場合によっては侵害受容ニューロンの興奮が徐 に々大きくなり,

痛みが増強することもある.

 痛みの分類

痛覚は,その成因により以下のように分類される*.

1. 侵害受容器の興奮によっておこる痛み

侵害受容器の興奮によっておこる痛みを侵害受容性疼痛という.侵

害受容性疼痛は,その受容器がある部位によって,体性痛(表在痛と

深部痛),内臓痛に分類される.

2. 痛覚伝導路の障害によっておこる痛み

末梢組織の侵害受容器の興奮によらず,痛みの伝導路のいずれか

の部位におこる障害にもとづく痛みを神経因性疼痛という.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 2

3. 心理的要因によっておこる痛み

器質性病変によらず心理的要因が深く関与して生じる疼痛を心因

性疼痛という.心因性疼痛はさまざまな部位にあらわれ,長く持続し部

位が固定することが少なくない.その例としては,うつ病・ヒステリーに

ともなう痛みや,幻覚による痛みなどがふくまれる.ただしその発生メカ

ニズムには不明な点が多い.

 侵害受容性疼痛の受容器と伝導路

 侵害受容器とは

 侵害受容器への適刺激

痛覚は,たとえば皮膚への機械的刺激を強くしたときに触圧覚受容

器が強く興奮しておこるのではない.すなわち痛覚は,侵害受容器(痛

覚受容器)またはその伝導路を構成するニューロンの興奮によってお

こるものであり,これらは強い刺激(侵害刺激)であればどんな種類の

刺激によっても興奮する.したがって,侵害受容器に対する適刺激(適

合刺激)→は,他の受容器の適刺激ほど限定的なものではなく,侵害性

をもつあらゆる刺激(侵害刺激)であるといえる.

 侵害受容器

痛みの受容器すなわち侵害受容器は,組織学的に特殊構造をもた

ない自由神経終末→である.しかし侵害受容器を機能的な側面から

みると,強い機械的刺激にのみ反応する高閾値侵害受容器(高閾値

機械受容器)と,機械刺激・化学刺激・温熱刺激のいずれに対しても感

受性をもつポリモーダル受容器→とに分類することができる

*.

注)強い機械的刺激にのみ反応する高閾値侵害受容器(高閾値機械受容器)と,機械刺激・化学刺

激・温熱刺激のいずれに対しても感受性をもつポリモーダル受容器とに分類することができ

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 3

る: 侵害受容器には,このほかにも強い侵害刺激と熱刺激に反応するもの,熱刺激にのみ

反応するもの,冷刺激にのみ反応するものなど,さまざまなものがある.これらはいずれも自

由神経終末であり,固有の名称はつけられていない.

 一次痛と二次痛

 一次痛と二次痛

侵害受容性疼痛はその性状により,以下のように分類することがで

き,これらにはことなる感覚受容器および求心性線維が対応している.

・ 一次痛 --------- 刺すような鋭い痛み.

・ 二次痛 --------- 一次痛につづいておこるうずくような鈍い痛

み.

 一次痛の受容器と求心性線維

こ うい き

刺すような鋭い痛みである一次痛を引きおこす感覚受容器は,高閾ち で る た

値侵害受容器(高閾値機械受容器)であり,その興奮はA δ 線維(III

群線維)によって中枢神経系につたえられる.この神経線維の伝導速

度は,二次痛をつたえるものにくらべ速いため,一次痛の情報はより速

く中枢にもたらされる.このことから一次痛のことを速い痛みともいう.

一次痛には以下のような特徴がある.

・ 局在性が明確な感覚であり,識別性が高い.

・ 侵害刺激がなくなると急速に消失する.

・ 逃避反射(屈曲反射)→を引きおこす刺激となる.これは侵害刺激

からのがれ,組織障害を最小限にとどめるために役立っている.

 二次痛の受容器と求心性線維

うずくような鈍い痛みである二次痛を引きおこす感覚受容器は,ポリ

モーダル受容器であり,その興奮はC線維(IV群線維)によって中枢神

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 4

経系につたえられる.末梢の組織障害による痛みの場合,二次痛は一

次痛に遅れて生ずる.これは二次痛を伝えるC線維の伝導速度が一次

痛をつたえるものにくらべ遅い*ためであり,このことから二次痛のことを

遅い痛みともいう.

二次痛には以下のような特徴がある.

・ 局在性が不明確な感覚であり,識別性が低い.

・ 刺激がなくなった後にものこり,その後ゆっくりと消失する.

・ 他の刺激や心理的要因による修飾作用をうけやすい.

・ 情動的な反応や自律神経症状をともなうことが多い.

注)伝導速度が一次痛をつたえるものにくらべ遅い: 神経線維の伝導速度は,一次痛をつたえる

Aδ線維で6~30m/secであり,二次痛をつたえるC線維で0.3~0.8m/secである.このため

中枢神経系から侵害受容器の部位までの距離が大きい足趾などでは,一次痛と二次痛を

識別することができる.

 鍼灸刺激と一次痛・二次痛

鍼の刺入痛は高閾値侵害受容器の興奮によっておこる一次痛であ

る.いっぽう鍼の刺入中にしばしば感じられる鍼響や得気は,ポリモー

ダル受容器の興奮によっておこる二次痛に近い性質をもっている.ま

た透熱灸などの有痕灸による熱痛刺激もポリモーダル受容器を興奮さ

せる.

□ 一次痛と二次痛の特徴

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 5

 侵害受容器の特徴

 高閾値侵害受容器の一般的特徴

高閾値侵害受容器(高閾値機械受容器)は,おもに有髄性のAδ線

維(III群線維)の末端にあり,一次痛を引きおこす受容器である.これ

は機械受容器の一種であり,その閾値が高い,すなわち強い機械的刺

激にのみ感受性をもつという特徴がある.

また高閾値侵害受容器は,体表面に多くあり,深部の体性組織や内

臓組織にはあまり存在しない.このことは深部の体性組織や内臓組織

でおこる痛み→が,局在性にとぼしいことと関連する.

 ポリモーダル受容器の一般的特徴

一般に感覚受容器は,一種類の刺激(適刺激)に対してよく反応す

る.しかしポリモーダル受容器*は,複数種類の刺激に対して反応する

という特徴をもつ.すなわちポリモーダル受容器は,機械刺激・化学刺

激・温熱刺激のいずれに対しても感受性をもつ.

ヒトの末梢神経のC線維(IV群線維)の末端の多くがポリモーダル受

容器であり,これらはほぼ全身の組織に分布する.ポリモーダル受容器

の興奮は二次痛を引きおこし,体表面の痛みばかりでなく深部の体性

組織や内臓組織でおこる痛み→にも関与する.

ポリモーダル受容器および末梢C線維の興奮は,二次痛を引きおこ

すばかりでなく以下のような事柄に関与している.

・ 自律神経系・内分泌系に影響をあたえる.

・ 情動的な反応を引きおこす.

・ 軸索反射によるフレアー現象→に関与する.

・ 鍼刺激による鍼響・得気に関与する.

注)ポリモーダル受容器(polymodal receptor): "polymodal"は「多様式,多形式」を意味する.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 6

□ 高閾値侵害受容器とポリモーダル受容器の比較

 ポリモーダル受容器の機械的刺激に対する応答

高閾値侵害受容器が,侵害性をもつ機械刺激に対してのみ感受性

をもつのに対し,ポリモーダル受容器は非侵害的な機械刺激に対して

も興奮し,その閾値は高閾値侵害受容器の閾値にくらべると低い.

□ 各種の機械受容器の閾値をしめす模式図

 ポリモーダル受容器の化学的刺激に対する応答

ポリモーダル受容器が感受性をもつさまざまな刺激のうち,機械的・

温熱的な刺激は,おもに生体の外部からくわえられる.しかし化学的な

刺激については,外部からの刺激のみならず,内部環境(細胞外液)中

の化学物質もその刺激となる.

たとえば組織において代謝障害や炎症→がおこると,さまざまな物

質が細胞外液中に産生・遊離される.これらのうちある種の化学物質

群は,ポリモーダル受容器を興奮させ痛みを生じさせる.このような化

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 7

学物質群を内因性発痛物質という.おもな発痛物質としては,ブラジキ

ニン*,セロトニン

*,ヒスタミン

*,アセチルコリン

*,カリウムイオン

*,水素イ

オン*,ATP

*,アデノシン,サブスタンスP

*などがある.またプロスタグラン

ジン*は,単独では弱い発痛作用しかもたないが,他の発痛物質の作

用を高めることから発痛増強物質とよばれる.

発痛物質は,炎症局所で産生される化学伝達因子としてはたらくも

のが多い.すなわち炎症のある部位におこる自発痛→の原因は発痛

物質であり,また発痛物質の量が閾値下であっても,その刺激は炎症

のある部位でのポリモーダル受容器の機械的刺激に対する感受性を

高める→はたらきがある.

□ 発痛物質

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 8

□ 化学的刺激によるポリモーダル受容器の興奮

注)ブラジキニン(bradykinin): ブラジキニンは強力な発痛物質としてはたらくとともにプロスタグ

ランジンの遊離を促進する.

注)セロトニン(serotonin): セロトニンは心筋梗塞の痛みや片頭痛の発現に関与するらしい.

注)ヒスタミン(histamine): ヒスタミンはかゆみをおこす物質でもある.

注)アセチルコリン(acetylcholine;ACh): アセチルコリンによる痛みには不明なことが多いが,内

臓痛に関与するらしい.

注)カリウムイオン(K

+): 生理的な状態でカリウムイオンは細胞内に多く(140mM),細胞外液中には

5mM(ミリモル)程度しか存在しない.組織障害などにより細胞壁が破綻すると,これが細胞外

に流失し,細胞外液中でおよそ20mM以上になると痛みがおこるといわれている.

注)水素イオン(H

+): 生体における水素イオン濃度(pH)は,生理的には7.36~7.44の狭い範囲に

維持されている.これが局所的にpH6以下になると痛みがおこるといわれている.

注)ATP(adenosine triphosphate): ATP(アデノシン三リン酸)はRNAや補酵素の構成成分とし

て細胞内に多く存在する.これが組織障害などにより細胞壁が破綻して細胞外に流失する

と痛みがおこる.

注)サブスタンスP(substance P ): サブスタンスPは末梢組織においては血管拡張,腸管,その他

の平滑筋収縮,唾液腺の分泌促進,利尿作用などをしめす.また末梢C線維の興奮により,

その末梢性突起と中枢性突起から分泌され,痛みの伝達物質としてはたらいている.

注)プロスタグランジン(prostaglandin;PG): プロスタグランジンの発痛増強物質としての作用は

持続痛の発生に関与するらしい.

 温熱刺激とポリモーダル受容器

皮膚に対する45℃以上の温熱刺激*は,ポリモーダル受容器を興奮

させ痛みを生じさせる→251

注)温熱刺激: 一般に15℃以下の低温刺激も痛みをおこすが,これに関わる侵害受容器はよくわ

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6.体性感覚と内臓感覚

2 4 9

かっていない.また寒冷刺激の場合,その程度・持続時間・風・湿度などが関与し,また個人

差が大きいため,侵害性をもつ閾値温度は一定しない.

□ 高閾値侵害受容器とポリモーダル受容器の感受性

 侵害感覚の伝導路

 脊髄後角

痛覚をつたえる一次ニューロンは,脊髄後角*で二次ニューロン

*へシ

ナプスする.このシナプスにおける神経伝達物質としてはサブスタンス

Pとグルタミン酸がある.

注)脊髄後角: 脊髄後角は可塑性にとみ,侵害受容ニューロンのインパルスはここで再編成されて

脊髄を上行する.このため脊髄は,視床とならんで痛覚の修飾がおこる場として重要である.

注)脊髄後角の二次ニューロン: 痛覚伝導路の中継点である脊髄後角と視床には二種類の侵害

受容ニューロンがある.ひとつは特異的侵害受容ニューロンといわれ,これは侵害性のある

機械刺激にのみ反応する.もうひとつは広作動域ニューロンといわれ,これは侵害性の有無

に関わらず反応する.これらと一次痛・二次痛との関係や,中枢内伝導路との関連が注目さ

れている.

注)サブスタンスP(substance P ): 脊髄後角においてサブスタンスPは,一次痛をつたえる一次

ニューロンからも,二次痛をつたえる一次ニューロンからも分泌されているらしい.

注)グルタミン酸(glutamic acid): グルタミン 酸は中枢神経系でもっともひろくみられる興奮性伝

達物質である.脊髄後角においては,おもに一次痛をつたえる一次ニューロンから分泌され

る.

 脊髄視床路の走行

体幹・四肢にくわえられた侵害刺激の情報は,おもに脊髄視床路系

を上行する*.その走行は以下のとおりである.

・ 脊髄後角にある二次ニューロンの軸索は,同じ高位の脊髄で反対

側に交叉し,脊髄の前索と側索部分とにまたがって存在する脊髄

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 0

視床路を上行し視床にいたる.

・ 二次ニューロンは視床で三次ニューロンにシナプスし,三次ニュー

ロンは内包をとおり大脳皮質感覚野にいたる.

 脊髄視床路の分類

脊髄視床路のうち侵害刺激の情報が上行するルートは,以下のよう

に外側系と内側系とに大別される.なお痛みの感覚は,これら外側系と

内側系のインパルスが脳幹や視床で統合されたうえで形成される.

1. 外側系(新脊髄視床路)

脊髄視床路のうち側索よりを走行する線維群は外側脊髄視床路とよ

ばれ,痛覚の識別性(局在性)をつたえる.このため外側脊髄視床路に

は,一次痛をつたえる末梢神経線維の多くがシナプスをつくる.なお外

側脊髄視床路は発生学的に新しいことから新脊髄視床路ともよばれ

る.

外側脊髄視床路をとおる情報は,視床を経ておもに大脳皮質の中心

後回(頭頂葉)にある体性感覚野に投射される.

2. 内側系(旧脊髄視床路)

脊髄視床路のうち前索(内側)よりを走行する内側系の伝導路*には

,脊髄から視床に達する脊髄視床路と脳幹網様体に達する脊髄網様

体路とがある.これらは識別性に乏しい二次痛に関係すると考えられ

ている.また内側系の伝導路は発生学的に古いことから旧脊髄視床路

(古脊髄視床路)ともよばれる.

内側系(旧脊髄視床路)をつたわる情報は,一部は視床から大脳皮

質に達するが,脳幹網様体で分枝する多くの側枝により脳の広い範囲

にインパルスを送る.すなわちこれらのインパルスをうけるニューロンは

視床下部,大脳辺縁系,中脳水道周辺灰白質などに投射する.

・ 視床下部 --------------- 自律神経系の最高中枢であり,痛

みの自律神経系への影響に関与する.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 1

・ 大脳辺縁系 ------------- 情動(感情・本能・欲求)の座であ

り,痛みによる情動的な影響に関与する.

・ 中脳水道周辺灰白質 ----- 痛覚の下行性痛覚抑制系→の

ニューロンが数多くあり,痛覚の抑制系への影響などに関与する.

注)脊髄視床路のうち前索(内側)よりを走行する内側系の伝導路: これらの伝導路を構成する二

次ニューロンは広い受容野をもち,その細胞体のある脊髄分節に入る半側の感覚情報をつ

たえるばかりでなく,反対側の脊髄分節に入る情報や他の脊髄分節に入る情報をもつたえ

ている.なお内臓痛については,このほかに内側毛帯系を上行する伝導路もある.

□ 痛覚伝導路の概略

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 2

□ 痛覚の伝導路

 侵害受容性疼痛の分類と特徴

 侵害受容性疼痛の分類

 侵害受容性疼痛の分類

侵害受容性疼痛は皮膚表面のみならず,筋・筋膜・骨膜・関節膜な

ど身体のほとんどの部位で受容される感覚である.これらはその受容

器のある部位により,以下のように体性痛覚と内臓痛覚とに分類されて

いる.

1. 体性痛覚(体性痛)

体性組織にある侵害受容器の興奮によっておこる痛覚を体性痛覚

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 3

(体性痛)という.さらに体性痛覚は皮膚および体表粘膜に由来する表

在痛覚と,骨格筋・関節・結合組織に由来する深部痛覚とに区分され

る.

2. 内臓痛覚(内臓痛)

平滑筋・心筋・腺・内臓粘膜にある侵害受容器の興奮によっておこる

痛覚を内臓痛覚(内臓痛)という.

 体性痛覚の特徴

 表在痛覚の特徴

体性痛覚のうち表在痛覚は,皮膚・体表粘膜にある侵害受容器の興

奮によって生ずるものである.表在痛覚には以下のような特徴がある.

・ 皮膚・体表粘膜には,高閾値侵害受容器とポリモーダル受容器の

両者が多くある.

・ 皮膚表面にある痛点は1cm2あたり平均100~200個あり,さまざまな

感覚点のうちでは痛点の数がもっとも多い.このことは皮膚・体表粘

膜には他の種類の感覚受容器にくらべ侵害受容器がより多く存在

することを意味する.しかしその分布密度は身体の部位によって大

きくことなり,指先や口唇で高く,上腕・下腿・背部などで低い.

・ 発痛物質が関与することはほどんどない.

・ 体表面の侵害受容器は逃避反射(屈曲反射)→の受容器としては

たらく.

 深部痛覚の特徴

体性痛覚のうち深部痛覚は,骨格筋・筋膜・関節・骨膜などにある侵

害受容器の興奮によって生ずる感覚である.これには以下のような特

徴がある.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 4

・ 深部の体性組織には,高閾値侵害受容器よりもポリモーダル受容

器が多くある.

・ 深部痛も表在痛と同様に,その感受性に大きな部位差がある.

・ 鈍い痛みが主体となり,その局在性は不明確であることが多い.

・ 発痛物質が関与することが多い.

・ 炎症のある部位などでは,発痛物質により痛みが生じやすくなる

→.

・ 局所的な虚血または血流障害によって,局所に蓄積される発痛物

質が関与することがある.

・ 深部痛を生じさせる求心性情報は,周囲の骨格筋の反射性収縮*

(体性-体性反射*)→や,吐き気・発汗・血圧の変化・末梢血管の収

縮などの自律神経反射(体性-内臓反射*)→を引きおこすことがあ

る.

注)周囲の骨格筋の反射性収縮: これは痛みをつたえる求心性線維が入力する脊髄分節におい

て,その側枝が脊髄前角の運動ニューロンに対して興奮性のシナプスをつくっているため

と考えられる.

注)体性-体性反射: この呼称は,反射弓の構成をしめしている.すなわち,その前半部では求心

路を構成する神経の種類を,後半部では遠心路を構成する神経の種類をしめす.したがっ

て体性-体性反射とは,体性感覚神経を求心路とし,体性運動神経を遠心路とする反射を

いう.

注)体性-内臓反射: 体性-内臓反射とは,体性感覚神経を求心路とし,交感神経または副交感神

経を遠心路とする反射をいう.

 さまざまな体性痛

 虚血による痛み

局所的な虚血は深部痛を引きおこす*ことがある.すなわち血流が正

常であれば,局所の代謝産物は毛細管に取りこまれ,すみやかに運び

さられるが,局所的に虚血または血流障害が生じると,その部位に代

謝産物が停滞*し,これらの一部が発痛物質

*として侵害受容器を興奮

させ深部痛を引きおこすことがある.たとえば閉塞性動脈硬化症*や

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 5

は こう

バージャー病*による間欠性跛行

*などは,このメカニズムによっておこ

る深部痛*である.

注)局所的な虚血は深部痛を引きおこす: たとえば同じ姿勢で長時間座位や臥位を保っていると,

臀部,背部などに痛みがおきる.これにより姿勢を少し動かすと圧迫されていた部位の虚血

が解消される.このメカニズムがはたらかないとその部位に皮膚潰瘍(褥創)が生じることと

なる.

注)その部位に代謝産物が停滞: 組織への血流が遮断されると2~3分以内に痛みがおこる.これ

は組織の代謝率が高い部位ほど早くあらわれる.たとえば血圧測定用のマンシェットを上腕

に巻き,充分に加圧した後に前腕の筋運動をおこなうと数十秒以内に痛みがあらわれるが,

筋運動をおこなわなければ数分間は痛みがおこらない.

注)これらの一部が発痛物質: 虚血によって停滞する代謝産物のうちで発痛物質となる物質は確

定されていないが,カリウムイオンであるとする説が有力である.

注)閉塞性動脈硬化症: 閉塞性動脈硬化症は,腹部大動脈,中等大動脈(腸骨動脈,腹部臓器動

脈,鎖骨下動脈,総頚動脈など),四肢動脈(大腿,膝窩,腋窩動脈など)が動脈硬化のため

に狭窄ないしは閉塞をきたし阻血症状を呈する疾患である.その初発症状は間欠性跛行で

あり,動脈閉塞部位によって殿筋,大腿筋群,腓腹筋などに歩行痛をおこす.そのほか,指趾

のしびれ,冷感,チアノーゼなどをともなう.

注)バージャー病(Buerger's disease): バージャー病は四肢小動脈に慢性の多発性分節性閉

塞をきたし,四肢末梢部に難治性の阻血性変化をおこす疾患である.原因は不明であるが,

東洋人の若年男子に好発する.欧米人にもみられるが少ない.その病態は,内膜炎を主病

変とする動脈全層炎で,罹患動脈は血栓性閉塞をおこし周囲組織と強く癒着する.動脈に

伴走する深部静脈や皮下静脈にも同様の血栓性静脈炎をおこすことが多い.初発症状とし

ては,指趾の冷感,しびれ,蒼白がみられ,間欠性跛行を呈する.次第にチアノーゼ,阻血性

発赤,光輝皮膚,筋萎縮(腓腹筋,足底・手掌筋群),脱毛がみられるようになり,さらに進行

すると阻血性潰瘍を形成し壊死におちいる.

注)間欠性跛行: 間欠性跛行とは,ある距離を歩くと下肢の筋組織に生じる痛みのために,歩行を

つづけることができなくなり,しばらく休息すると疼痛が消失して歩行可能となるが,また歩行

すると同様の症状が出現する病態をいう.

注)このメカニズムによっておこる深部痛: 虚血性心疾患でみられる胸痛は内臓痛に分類されるも

のであるが,これも同様のメカニズムによっておこる.

 痛みの悪循環

骨格筋には持続的な筋緊張がみられることがあり,これは不良姿勢・

ストレス・不安・精神的な緊張など,さまざまな要因によっておこる.持

続的筋緊張のある部位には,多くの場合こりや痛みなどの自覚症状が

あらわれる.この種の痛みは,筋組織の虚血とそれがもたらす骨格筋の

反射性収縮および交感神経系の興奮とが相互に増強しあっておこる

痛みの悪循環によって生ずる.その発生メカニズムは以下のとおりで

ある.

・ 骨格筋*の持続的な収縮は,そこに分布する血管をしめつけ,その

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 6

部位に虚血*をもたらす.これにより組織では,酸素やエネルギーの

不足が生じ代謝が亢進する.

・ この結果,局所には代謝産物が蓄積され,その一部が発痛物質と

してはたらき,侵害受容器を興奮させ筋痛が生じる.

・ 侵害受容器からの求心性一次ニューロンは,脊髄後角で側枝をだ

す.これらは同一分節内の交感神経節前ニューロンやα運動

ニューロンにシナプスを形成しており,侵害受容器からのインパル

スは,交感神経系や体性運動神経(α運動ニューロン)を興奮させ

る.

・ その結果引きおこされる交感神経系の興奮は血管収縮に作用し,

組織の虚血は一層亢進される.また体性運動神経の興奮は周囲の

骨格筋収縮をもたらし,より広い領域の骨格筋が緊張をしいられる.

・ これにより組織の虚血と筋緊張の亢進が,発痛物質の停滞をより促

進し,侵害受容器の興奮を高めるという悪循環のサイクルが形成*される.

注)骨格筋: 骨格筋は体表面にくらべ物理的な侵害刺激に対して一般に鈍感であり,骨格筋の痛

みは血流障害をともなう場合に顕著にあらわれることから,骨格筋には発痛物質に応答する

侵害受容器が多くあると考えられる.ただし筋膜が損傷されたときには痛みがおこることか

ら,筋膜には物理的な刺激に応答する侵害受容器があると考えられている.

注)虚血: 虚血とは局所を流れる血液が,正常より少なくなる状態(局所的貧血),またはその程度

が強く血液がまったくなくなる状態をいう.

注)悪循環のサイクルが形成: ひとたび痛みの悪循環のサイクルが形成されると,痛みの当初の原

因がとりのぞかれても痛みが持続することがある.

□ 痛みの悪循環

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6.体性感覚と内臓感覚

2 5 7

 痛みの悪循環に対する鍼灸の効果

鍼,灸,按摩,マッサージ,指圧による刺激は,局所の血管を拡張→さ

せ組織の血流を回復し(誘導作用),局所における発痛物質の濃度を

低下させる.これによってこの種の痛みの悪循環を形成するサイクル

は絶たれ,痛みは軽快・消失する.

なお温熱療法やストレッチ(持続的に収縮した筋に対し伸展刺激を

くわえること)にも,組織の血流を回復し痛みの悪循環を断ちきる効果

がある.

 炎症による自発痛

局所の炎症がおこっている部位においては,炎症のプロセスを調節

するために,さまざまな化学伝達因子→が分泌される.この炎症の化

学伝達因子のうちブラジキニン,プロスタグランジン,セロトニン,ヒス

タミンなどは発痛物質としても作用する.炎症部位で分泌されるこれら

の物質が多量で,その局所に分布する侵害受容器の閾値をこえてい

れば,その部位には炎症による自発痛が生じる.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 運動痛と圧痛

局所において分泌される発痛物質が侵害受容器の閾値に達してい

ないときは,一般にその部位に自発痛はおこらない.しかしこの場合で

も,発痛物質による化学的刺激は,侵害受容器に対して閾値下の刺激

としてくわわっている.このため,その侵害受容器の他の刺激に対する

閾値は低下している.ここに機械的刺激など別の種類の刺激がくわわ

ると,これが化学的刺激の量に加算され,侵害受容器に対する刺激の

総和は閾値をこえ,痛みが引きおこされる.この種の痛みの原因となる

発痛物質は,炎症部位で産生される化学伝達因子であることが多く,

実際に炎症のある部位では侵害受容器の機械的刺激に対する感受

性が高まっており,その閾値は低下している.多くの運動痛*や圧痛

*は

このメカニズムによって生じていると考えられる.

□ 侵害受容器の感受性の亢進

注)運動痛: たとえば筋肉痛が,運動時にのみにみられることがあるが,これは筋組織の損傷によっ

て生じた閾値下の発痛物質による刺激に,筋の張力という機械的刺激がくわわっておこるも

のと考えられる.

注)圧痛: 筋膜や関節包などの深部組織に炎症がある場合,その部位に圧痛が生じることがある.

これはその部位の侵害受容器が,閾値下の発痛物質の刺激をうけているところに皮膚面か

らの圧迫刺激がくわわり,これによって閾値をこえるために生じるものと考えられている.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 関節痛

関節痛は,関節包・靱帯などに分布する侵害受容器の興奮に起因

するものであり,侵害受容器は関節軟骨などの関節包内の構成要素に

はほとんど分布していない.関節包*・靱帯などに分布する侵害受容器

は,伸展刺激などの機械的刺激*や,滑液中に産生される化学物質

*に

よる刺激を感受し,その興奮により関節痛が生じる.

注)関節包: 関節包は内側の滑膜と外側の線維膜とからできている.また関節包の内側は滑液に

みたされているが,滑液中に産生された発痛物質などは滑膜に分布する侵害受容器を刺

激する.

注)伸展刺激などの機械的刺激: 脱臼・捻挫などの急性期の関節痛は,関節包の損傷や変形に

よって生じる痛みである.また関節水腫において関節包内の浸出液が増加し,関節包の張

力が増したときにも関節痛を呈する.なお関節包内は通常,陰圧にたもたれているが,大気

圧が低下するとその圧力差がなくなり,関節包の張力が高まって関節痛を呈する.慢性の関

節痛をもつ患者で,低気圧の接近とともに症状が悪化するのはこのことによる.

注)滑液中に産生される化学物質: さまざまな疾患における関節炎の痛みの多くは,炎症の化学伝

達因子が発痛物質として侵害受容器を興奮させることによる.また関節に軽度の炎症があっ

て,ここで閾値下の発痛物質が遊離されている場合,侵害受容器は持続的に発痛物質の

刺激をうけている.このとき,関節に通常では痛みをおこさない程度の張力または荷重など

の機械的刺激がくわわると侵害受容器が興奮し,痛みが運動痛として生じることもある.

 内臓痛覚の特徴

 内臓痛覚の特徴

内臓痛覚*は,平滑筋・心筋・腺・内臓粘膜に散在する侵害受容器の

興奮によって生ずる.これには以下のような特徴がある.

・ 内臓臓器に存在する侵害受容器の数は比較的少なく,その求心性

情報はおもにC線維(IV群線維)によって中枢にもたらされる.

・ 主体となるのは鈍い痛みであり,その局在性は不明確*であること

が多い.

・ 局所的な虚血または血流障害によって,局所に蓄積される発痛物

質が関与することがある.

・ 炎症のある部位などでは,発痛物質により痛みが生じやすくなる

→.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 6 0

・ その求心性情報は周囲の骨格筋の反射性収縮(筋性防御),感覚

異常(ヘッド帯),関連痛の成因となり,さらには吐き気・発汗・血圧

の変化などの自律神経反射→を引きおこすことがある.

注)内臓痛覚: 内臓のうち壁側胸膜および壁側腹膜に分布する痛覚の求心性神経線維は,体性

組織に分布する脊髄神経とともに走行する.このため壁側胸膜および壁側腹膜にある侵害

受容器におこるインパルスによっておこる痛みは体性痛と同じような性質をもつ.

注)多くがポリモーダル受容器である: 組織に分布するAδ線維とC線維との構成比は,皮膚におい

ては1:4であるのに対し,腹部内臓臓器では1:10であるといわれている.

注)局在性は不明確: 内臓痛の局在性が不明確である要因としては以下のようなものがある.まず

表在痛の場合,ある部位の求心性情報は最大で隣接するふたつの脊髄分節に入力される

のに対し,内臓痛の求心性情報は,分枝をつくり多くの脊髄分節に入力されることがあげら

れる.また一本の侵害受容ニューロンがうけもつ受容野の広さは,皮膚では狭いのに対し,

内臓では広範囲であることにもよる.

□ 侵害受容性疼痛の分類と特徴

 内臓求心性神経の走行

内臓痛覚と臓器感覚を中枢に伝える一次ニューロン,すなわち内臓

求心性ニューロンの細胞体は,体性感覚ニューロンと同じように脊髄神

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6.体性感覚と内臓感覚

2 6 1

経節または相同の脳神経節にある.ここからのびる一次ニューロンの

末梢性突起は自律神経遠心性線維とともに走行する.これら内臓求心

性神経の走行には以下のようなパターンがあり,これは関連痛や筋性

防御の生じる部位に関係している.

・ 気管支より上方の気道と,食道より上方の消化管からの内臓求心性

線維は,脳神経にふくまれる副交感神経線維とともに走行する.

・ 直腸・膀胱三角より下方にある尿路・男性生殖器と,子宮頸部より下

方にある女性生殖器からの内臓求心性線維は,仙髄からの副交感

神経線維とともに走行する.

・ 上記以外の腹部内臓器官からの内臓求心性線維は,胸髄・腰髄か

らの交感神経線維とともに走行する.

注)一次ニューロンの末梢性突起は自律神経遠心性線維とともに走行する: 内臓臓器からの求心

性神経線維は,胎生期にその臓器の起源となる髄節にはいる.

□ 大腸からの内臓痛を伝える求心性一次ニューロンの走行経路

 さまざまな内臓痛

 管腔臓器の痛み

内臓組織において侵害受容器は管腔臓器*の壁に多くある.ただし

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6.体性感覚と内臓感覚

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し ょ うし ゃ く せ っし ょ う ざ め つ

これらの粘膜面の 焼 灼 ,切 傷 ,挫滅では疼痛はおこらず*,この部位

けいれん

の侵害受容器は,壁の強い伸展・拡張・収縮(痙攣)によって興奮する.

たとえば胆石,胃十二指腸潰瘍,尿路系結石,イレウス(腸閉塞)など

の場合にみられる激しい仙痛*は,この種の侵害受容器の興奮によって

生じる.

注)管腔臓器: 管腔臓器とは,消化管・胆道・尿管・膀胱・尿道など管状の臓器をいう.

注)管腔臓器の壁に多くある: 肝臓実質や肺胞には侵害受容器がほとんどない.ただし肝臓の被

膜,気管支および壁側胸膜には侵害受容器が分布する.

注)焼灼,切傷,挫滅では疼痛はおこらず: たとえば痔核において,外痔核では痛みがあるのに対

し,内痔核は無痛である.これは外痔核の発生部位(歯状線より下方)が,体性組織であり,

ここには高閾値侵害受容器が分布するのに対し,内痔核の発生部位(歯状線より上方)が,

粘膜面の焼灼,切傷,挫滅では疼痛をきたさない管腔臓器であることによる.

注)壁の強い伸展・拡張・収縮によって興奮する: 管腔臓器の侵害受容器は,壁の強い伸展・拡張・

収縮による機械的刺激によって興奮するという考え方と,伸展・拡張・収縮によって内臓組織

に虚血が生じるためであるとする考え方とがある.

注)仙痛: 腹部の管腔臓器の壁をなす平滑筋の攣縮に起因する疼痛.多くの仙痛は発作的に始ま

り激烈であり,絞扼様,穿刺様,牽引様,灼熱様の痛みなどと表現される.また体動などによ

り誘発され,増強と軽減を繰りかえすことが多く,ショック症状をともなうこともある.疝痛のお

もな起因としては,胃・十二指腸疾患(心窩部・右季肋部痛),胆石症などの胆道疾患(右季

肋部痛と右背部・肩・上腕への放散痛),膵臓疾患(左季肋部痛と背部・肩への放散痛),腸

閉塞症・腸炎,虫垂炎(右下腹痛または心窩部痛),尿路系結石などの腎・尿管疾患(側腹

部・腰部・下腹部痛)などがある.また疝痛以外で,平滑筋の攣縮によっておこる痛みとして

は,分娩時にみられる陣痛がある.これは子宮の収縮によっておこる.

 炎症による内臓痛

内臓臓器に炎症があると,その部位で産生・遊離される炎症の化学

伝達因子が発痛物質としてはたらき,自発痛をおこす原因となる.この

メカニズムによっておこるものとしては,腹膜炎の場合にみられる腹痛

などがある.また産生された発痛物質の量が閾値下であっても,その

刺激は炎症のある部位での侵害受容器の他の刺激に対する感受性を

高めるはたらきがある.

 狭心痛

こうやくつう

狭心症でみられる胸部の絞扼痛(狭心痛)の原因は,心筋の虚血に

ある.すなわち,つねに収縮と弛緩をくりかえしている心筋において,冠

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6.体性感覚と内臓感覚

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状動脈の狭窄または閉塞により虚血*が生じると,代謝産物がその組織

に停滞し,これらが発痛物質としてはたらくとともに冠状動脈を攣縮さ

せ,痛みを引きおこす.

注)冠状動脈の狭窄または閉塞により虚血: 狭心症にニトログリセリンが有効なのは,ニトログリセ

リンが体内でNO(一酸化窒素)を放出するためである.生体内でつくられるNO(一酸化窒素)

には血管拡張作用がある.

 筋性防御

 筋性防御

腹部内臓器に病変があると,その臓器の近くの腹筋群に持続的な収

縮がみられることがある.このような内臓病変にもとづく骨格筋の反射

性収縮*を筋性防御という.したがって筋性防御は,内臓病変をつたえ

る内臓求心性神経がはいる脊髄分節のミオトーム→にしたがってあら

われる内臓-体性反射*→である.

一般に筋性防御は,腹膜に炎症(腹膜炎*)があるときに腹筋群にあ

らわれ,このとき触診をおこなうと硬い腹壁に触れることができる.筋性

防御は以下のようなメカニズムでおこる.

・ 内臓病変により,病変部にある侵害受容器が持続的に興奮し,その

情報は求心性一次ニューロン(内臓求心性神経)によって脊髄後

角につたえられる.

・ 侵害受容器からの求心性一次ニューロン(内臓求心性神経)は,脊

髄内で側枝をのばし脊髄前角にあるα運動ニューロン(体性運動

神経)にシナプスする.

・ 侵害受容器からのインパルスはα運動ニューロンを興奮させ,その

支配を受ける腹筋群などの骨格筋を収縮させる.

注)反射性収縮: 筋性防御は腹膜炎などの病変がおきたときに,外部からの機械的刺激から腹部

をまもるための反射であると考えられている.

注)内臓-体性反射: 内臓-体性反射とは,その求心路が内臓求心性神経であり,遠心路が体性運

動神経または体性感覚神経とする反射をいう.

注)腹膜炎: 虫垂炎・胆嚢炎・急性膵炎などの場合に限局性腹膜炎がおこり,病変付近の腹壁に

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6.体性感覚と内臓感覚

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筋性防御がみられる.また炎症が拡大,進展し腹膜全体におよぶと汎発性腹膜炎となり,腹

部全体が硬化し板状となる.限局性腹膜炎では片側の上部または下部に筋性防御がみら

れることがあるが,一側が全長にわたって硬化しているのに他側が全く弛緩しているような

場合は筋性防御ではない.また,腹膜炎がある場合は,筋性防御以外にブルンベルグ徴候

(腹膜刺激症状)がみられることがある.これは,腹壁を手指でゆっくりと圧迫し,急に放した

ときに疼痛を訴えるものである.

□ 筋性防御

 ヘッド帯と関連痛

 ヘッド帯

内臓疾患があるときに,特定部位の皮膚に感覚異常を生ずることが

ある.このような感覚異常領域をヘッド帯*(知覚過敏帯)という.これは

内臓病変をつたえる内臓求心性神経がはいる脊髄分節が支配するデ

ルマトーム→上に帯状にあらわれる感覚過敏領域であり,内臓-体性

反射→である.

注)ヘッド帯(Head zone): これを最初に発見し記述した人物,ヘッド(Henry Head)に由来する

名称である.ヘッドはイギリスの神経学者(1861‐1940)である.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 関連痛

内臓疾患があるときに,特定部位の皮膚に痛みが生ずることがあり,

このような痛みを関連痛(連関痛)*という.関連痛(連関痛)は内臓-体

性反射→によっておこり,内臓病変をつたえる内臓求心性神経がはい

る脊髄分節が支配するデルマトーム→上に帯状にあらわれる.なお関

連痛がみられる場合は,そのデルマトーム上に感覚過敏(ヘッド帯)を

ともなうことが多い.

注)関連痛(連関痛): 関連痛(連関痛)は一般に内臓疾患にもとづくものをさすことが多い.また放

散痛とは,その原因のある部位から離れたところに感ずる痛みをいい,この場合,その原因

が内臓組織にあるか,体性組織にあるかを問わない.

 ヘッド帯と関連痛

個々の内臓臓器の病変によって,ヘッド帯または関連痛があらわれ

やすいデルマトーム*は以下のとおりである.なおこれらは内臓疾患の

診察に有用な情報をあたえるばかりでなく,鍼灸・按摩・マッサージ・指

圧の治療点にももちいられる.

・ 心臓 ----------- C3~4,Th2~8(おもに左側)

・ 肺 ------------- C3~4,Th2~9

・ 胃 ------------- Th6~12

・ 肝臓 ----------- C3~4,Th7~10(おもに右側)

・ 胆嚢 ----------- Th7~11

・ 腸 ------------- Th9~12

・ 腎臓,尿道 ------ Th12~L1

・ 子宮 ----------- Th10~L1

・ 前立腺 --------- Th2~8,S1~3

注)ヘッド帯または関連痛があらわれやすいデルマトーム: 内臓臓器からの求心性神経線維は,胎

生期にその臓器の起源となる髄節にはいるため,その臓器がある位置の直上の皮膚に痛み

や感覚過敏が生ずるのではない.

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6.体性感覚と内臓感覚

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 感覚の収束投射説

ヘッド帯と関連痛はともに,内臓病変をつたえる内臓求心性神経が

入る脊髄分節のデルマトームにしたがってあらわれる.マッケンジー*

は,これらの神経学的なメカニズムをあきらかにしようと収束投射説*を

提唱(1893)した.

その後の研究から,現在ではヘッド帯や関連痛は,脊髄後角におい

て内臓求心性線維と体性求心性線維が同一の脊髄視床路ニューロン

に収束または促通→し,大脳に投射*しているためにおこると考えられ

るようになった.すなわち脊髄後角にある痛覚を伝える脊髄視床路

ニューロンには,皮膚からの一次ニューロンと内臓からの一次ニューロ

ンが収束*または促通

*している.その脊髄視床路ニューロンからのイン

パルスは,皮膚を受容野とする大脳皮質ニューロンを興奮させる.

これらの事柄からヘッド帯(知覚過敏帯)や関連痛(連関痛)は,以下

のように内臓-体性反射→296(内臓-体性知覚反射

*)によって生ずると考

えられる.

1. 関連痛(連関痛)

・ 内臓病変からの求心性一次ニューロン(内臓求心性神経)が,脊髄

視床路ニューロンに閾値以上のインパルスを伝えている場合,そ

の興奮は脊髄視床路から大脳皮質に伝えられる.

・ 脊髄視床路ニューロンの興奮により大脳皮質でおこる感覚は皮膚

に投射される.すなわち大脳皮質は内臓病変のある部位の痛みで

はなく,皮膚の痛みとしてこれを感じ,関連痛が形成される.

2. ヘッド帯(知覚過敏帯)

・ 内臓病変からの求心性一次ニューロン(内臓求心性神経)が,脊髄

視床路ニューロンに閾値以下のインパルスを持続的に伝えている

場合,脊髄視床路ニューロンの刺激に対する感受性は高まってい

る.

・ このとき正常では触圧覚しかおこさない程度の小さな皮膚刺激を

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6.体性感覚と内臓感覚

2 6 7

くわえると,体性感覚の求心性一次ニューロン(体性感覚神経)が

興奮し,そのインパルスによって脊髄視床路ニューロンはその閾値

をこえて興奮する.

・ 脊髄視床路ニューロンの興奮により大脳皮質でおこる感覚は,皮膚

に投射される.すなわち大脳皮質は内臓病変のある部位の感覚異

常ではなく,皮膚の感覚異常としてこれを感じ,皮膚に感覚過敏帯

(ヘッド帯)が形成される.

□ 関連痛をおこすニューロンの収束の模式図

注)マッケンジー(Sir Stephen Mackenzie): イギリスの内科医(1844‐1909).

注)収束投射説: これは脊髄分節内に過敏性焦点というものを想定し,ここに内臓からの求心性情

報が送られると,皮膚からの求心性情報が増幅される,とするものである.

注)収束: 一個の脊髄分節に支配される組織・器官から集まる一次ニューロンの数は,狭い脊髄内

上行路をとおる二次ニューロンの数をはるかに上回っている.このため多くの一次ニューロ

ンは,少数の二次ニューロンに収束していると考えられる.

注)促通: 内臓求心性神経によるインパルスが,体性領域からの求心性神経をうける脊髄視床路

ニューロンの閾値を低下させると考えられる.

注)大脳に投射: たとえば過去に狭心症の関連痛を左上肢に経験したことのある者の上肢にマン

シェットを装着して駆血すると,心筋の虚血がないときにでも狭心症と同様の痛みが左上肢

に感じられる.また胆石や十二指腸潰瘍の既往歴がある者が,心筋梗塞を発症すると,その

初発症状として過去の既往を再現するような痛みを心窩部に感じることがある.これらの現

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6.体性感覚と内臓感覚

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象は,いずれも内臓求心性線維と体性求心性線維が,同一の脊髄視床路ニューロンに収束

して,大脳に投射していることを示している.

注)内臓-体性知覚反射: 内臓-体性知覚反射とは,内臓求心性線維からの求心性情報が,体性

感覚神経の感受性に影響をあたえている反射をいう.

□ 関連痛をおこすニューロンの収束の模式図

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6.体性感覚と内臓感覚

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□ 体性痛覚と内臓痛覚

 神経因性疼痛

 神経因性疼痛とは

神経因性疼痛とは,侵害受容器の興奮によらず,末梢神経系または

中枢神経系内の痛みの伝導路のいずれかの部位におこる障害により,

痛覚をつたえるニューロンが異所性興奮をおこして生ずる痛みをい

う.神経因性疼痛には以下のような特徴がある.

・ 感覚鈍麻,痛覚過敏,アロディニアなどをともなうことが多い.

・ 痛覚伝導路のどこが障害されているかにかかわらず,その痛みは

障害されたニューロンの受容野およびその周辺に生ずる.このよう

に痛覚伝導路の中途でおこる異所性インパルスにもとづく末梢の

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 0

痛みを投射痛という.

 さまざまな神経因性疼痛

代表的な神経因性疼痛としては,以下のようなものがある.

I. 中枢神経系における障害にもとづくもの

1. 視床痛

視床痛*は中心性疼痛(中枢性疼痛)ともよばれ,脳血管障害などで

視床に病変がおきたときに,視床で痛覚伝導路が過剰に反応すること

によって生ずると考えられている.

II. 末梢神経系における障害にもとづくもの

1. 神経根障害による痛み

脊髄神経根,すなわち脊髄前根と後根およびこれらが合流する部位

は,骨性組織にかこまれていることによって外的な刺激から保護されて

いる.しかし脊柱管および椎間孔の内部で何らかの原因*で炎症がお

こると,神経根の部位*には,炎症の化学伝達因子による刺激と,炎症に

もとづく浮腫による圧迫刺激とがくわわる.この結果,脊髄後根の感覚

性一次ニューロンに自発性の興奮がおこるようになり,神経根痛(神経

根性疼痛)が生ずる*.この痛み

*にはしびれ感をともなうことが多く,障

害された脊髄後根の支配領域に限局(髄節性)してあらわれることを

特徴とする.痛みは安静臥床によって軽快しにくく,咳・くしゃみや排便ど せき

時の怒責などによる脊柱管内圧の上昇で増強する.また神経根を圧迫

または伸展させるような動作*で疼痛を再現することができる.

2. アロディニア

アロディニア*は慢性痛にともなってみられる現象で,その部位の痛

覚の機械的刺激に対する閾値がさがり,触れただけでも痛みが生じる

ものをいう.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 1

3. 帯状疱疹後神経痛たいじょうほうしん

帯 状 疱 疹*による水疱が消えた後も,同じ部位に長期にわたってつ

•‚­’ É‚Ý‚ðŽ c‚·‚±‚Æ‚ª‚ ‚èC‚±‚ê‚ ð帯状疱疹後神経痛とよぶ.帯状疱疹しゃくねつ うず

後神経痛の痛み*の特徴は,灼 熱感をともなう疼くような慢性痛に,発

作性に刃物で刺されたような痛みやアロディニアがくわわることにあ

る.

4. 腕神経叢損傷による痛み

オートバイ事故などにより腕神経叢が脊髄神経節の付近で引き抜き

損傷*をうけると,損傷側の手や腕に灼熱感をともなう持続痛や,ジンジ

ンとするしびれ感などを呈するようになる.

5. 幻肢痛

幻肢痛*は切断された四肢(幻肢

*)に疼痛を呈するものをいう.この痛

みは持続的で灼熱感をともなう拍動痛である.

6. 反射性交感神経性ジストロフィー

反射性交感神経性ジストロフィー*は,外傷や手術後などによる不完

全な求心性神経損傷後に,障害神経の支配部位をこえた灼熱感をと

もなう慢性の疼痛が生じ,皮膚温低下,浮腫などの血管運動障害を呈こつ そ しょうしょう

し,それに引きつづき筋萎縮や骨 粗 鬆 症 などの栄養障害をきたすもし ゃ くね つ

のである.このときみられる灼 熱痛と自律神経症状をカウザルギー*と

いう.

7. 糖尿病性多発ニューロパシー

糖尿病による代謝異常が長期間持続すると,末梢神経が障害されさ

まざまな異常をきたすようになる.このうちもっとも高頻度におこるのが

多発ニューロパシー(多発神経炎)である.糖尿病性多発ニューロパ

シー*では,体内の糖代謝異常により過剰に蓄積あるいは不足した糖類

*が,末梢神経線維に軸索変性と脱髄をひきおこすと考えられている.

これは両下肢先端のしびれや痛みなどの知覚障害で始まり,知覚障害

はしだいに下肢を上行し,進行すると両上肢の先端部にもあらわれる

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 2

ようになる(手袋靴下型感覚障害*).

注)視床痛: 視床痛は,脳血管障害などの発症後しばらく(数ヶ月~1年)してからあらわれるが,視

床障害のすべてにあらわれるわけではない.さらに視床以外の脳幹部の障害によっておこ

ることもある.視床痛では障害反対側の触圧覚,固有感覚,痛覚,温度感覚が鈍麻するが,

頑固な自発痛を呈し,痛覚閾値をこえる外来刺激により不快感と灼熱感をともなう激痛が生

じる(痛覚過敏).視床痛はモルヒネをふくむ鎮痛剤がきかないため,患者を悩ませる.

注)何らかの原因: 神経根痛の原因となる代表的疾患としては,椎間板ヘルニア,変形性脊椎症,

脊髄硬膜内腫瘍,帯状疱疹,ギラン・バレー症候群などがある.

注)神経根の部位: 末梢神経がつくる神経線維束は発達した神経周膜と神経上膜をもつため,圧

迫・牽引などの機械的刺激の影響をうけにくい.しかし脊髄神経根はこのような被膜をもた

ないため,末梢神経よりも機械的なストレスに弱い.

注)痛み: 神経根痛における所見としては,障害された神経根領域の知覚障害,運動障害,深部反

射の低下などをみることがある.

注)神経根痛(神経根性疼痛)が生ずる: 炎症のない正常な神経根に圧迫刺激のみをくわえても

痛みはおこらない.

注)神経根を圧迫または伸展させるような動作: 多くの徒手検査法がこのことを利用している.たと

えばイートンテストやジャクソンテストは頚椎の神経根伸展テストであるし,ジャクソンテスト

やスパーリングテストは頚椎の神経根圧迫テストである.また大腿神経伸展テストや下肢伸

展挙上テスト,ラセーグ徴候は腰椎の神経根伸展テストである.

注)アロディニア(allodynia): アロディニアは痛覚をつたえるC線維のニューロンが変性・崩壊す

ることにより,その二次ニューロンへのシナプスが,Aβ線維のニューロンからのシナプスにお

きかわることによっておこると考えられている.

注)帯状疱疹: 小児期に水痘・帯状疱疹ヘルペスウイルス(varicella‐zoster virus)に初めて

水痘・帯状疱疹ヘルペスウイルスに感染すると水痘となる.帯状疱疹は,長期間神経節に潜

伏していた水痘・帯状疱疹ヘルペスウイルスが宿主の免疫低下によって再活性化され,神

経をつたわって皮膚に水疱をつくるものである.これは比較的高齢者に多いが,小児や若年

者の帯状疱疹もまれではない.片側性に一定の神経の分布領域にそって神経痛様の激痛

が数日から1週間つづき,痛みの部位に一致して浮腫性の紅斑があらわれる.その後数日

間水疱が多発し,これは10日程度でびらんとなり,痂皮化する.発症してから3~4週で治癒

する.帯状疱疹は第5~6胸髄や三叉神経第1枝に支配される皮膚領域にみることが多い.

注)帯状疱疹後神経痛の痛み: 帯状疱疹後神経痛がおこるメカニズムは不明であるが,帯状疱疹

によって障害された末梢侵害受容ニューロンが再生する過程で異常をきたし,中枢神経系

内での痛みの伝わり方が変化してしまうことによっておこると考えられている.また帯状疱疹

後神経痛の痛みは,鎮痛剤や神経ブロック療法があまり効かず,外科的に末梢神経を取り

のぞいたとしても完全になくすことはむずかしい.なお帯状疱疹後神経痛は帯状疱疹発症

後,早期に神経ブロック療法を開始することによって予防することができると考えられている.

注)引き抜き損傷: 脊髄神経の引き抜き損傷では,障害された脊髄レベルの後角にある脊髄視床

路ニューロンが自発的に興奮をおこすために生じると考えられている.

注)幻肢痛: 幻肢痛は,幻肢をみるものの50~70%に発生する.四肢切断端では,感覚ニューロン

の軸索が再生するが,これは断端で行き場がないため腫瘤を形成する(断端神経腫).幻肢

痛は断端に局所麻酔薬を注射することによって,軽快することが多いことから,その痛みは

神経腫で異常なインパルスがおこるためであると考えられているが,なお不明な点も多い.

注)幻肢: 幻肢とは四肢を切断されたとき,その後しばらくの間うしなった手足が残存している感覚

が残ることをいう.これは大脳皮質に身体像が形成される8~10歳以後の切断者にみられる.

注)反射性交感神経性ジストロフィー: その発生メカニズムは,末梢神経が障害によりたえず刺激

され,これによる体性感覚神経線維(おもにC線維)からの求心性インパルスが脊髄介在

ニューロン群に入り,その閉鎖回路内で自己を強化する形で反射性異常を生じ,このインパ

ルスが脊髄側索の交感神経節前ニューロンを刺激し,交感神経を持続的に興奮させること

によって生じると考えられている.これは数ヶ月で自然治癒することもあるが,長期間持続す

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6.体性感覚と内臓感覚

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ることもまれではない.その治療法としては,交感神経節への局所麻酔薬の注入(交感神経

節ブロック)や持続性硬膜外麻酔などがある.

注)カウザルギー(causalgia): 外傷などで末梢神経が不完全損傷をうけたとき,受傷後数日から

1~2週間以内に生じる灼けつくような痛みと自律神経症候をいう.

注)多発ニューロパシー: 多発ニューロパシーは,網膜症,腎症とならび糖尿病の3大合併症のひ

とつである.

注)糖尿病性多発ニューロパシー: 一般に糖尿病性多発ニューロパシーの自覚症状は軽度で,ま

た進行も緩徐である.また進行すると四肢の遠位筋に軽度の萎縮や脱力がみられることは

あるが,一般に高度の運動障害をきたすことはない.なお他覚的にはアキレス腱反射の消

失,下肢振動覚の低下などが早期からみられる.

注)過剰に蓄積あるいは不足した糖類: 現在,もっとも有力な学説では,高血糖により体内にソルビ

トールという糖分の一種が蓄積され神経細胞が障害されるという説がある.またミオイノシ

トールという栄養物質が欠乏し,神経細胞が障害されるという説もある.

注)手袋靴下型感覚障害: 手袋靴下型感覚障害とは,感覚神経が左右対称かつ四肢末梢優位に

障害され,ちょうど上肢は手袋をした部分,下肢は靴下をはいた範囲に感覚がなくなることを

いう.これは糖尿病などの代謝性末梢神経障害やギラン・バレー症候群における多発神経

炎でみられる.

 痛覚の抑制機構

 痛覚抑制の概略

 中枢神経系における痛覚の抑制

ちんつう

生体には鎮痛にはたらくいくつかのメカニズムがそなわっている.現

在わかっている鎮痛メカニズムは,痛覚伝導路を構成するニューロン

が抑制性シナプスをうけ,侵害受容器から大脳につたわるインパルス

が減少することによっている.したがって中枢神経系内において痛覚

の抑制の場となりうるのは,痛覚伝導路中にシナプスがある部位,すな

わち脊髄後角と視床*である.

鎮痛に関して,そのメカニズムの解明が比較的すすんでいるもの*に

は,以下のようなものがある.

・ 脊髄(分節)性痛覚抑制 ------ 求心性神経線維の入る脊髄分

節レベルでおこる鎮痛である.このメカニズムを説明した学説とし

ては,ゲートコントロール説が知られている.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 4

・ 下行性痛覚抑制 ------------ 脳から脊髄に下行する神経伝

導路のはたらきによっておこる鎮痛である.これは下行性抑制系と

もよばれる.

注)視床: 脊髄後角における痛覚の抑制メカニズムは比較的研究が進んでいるのに対し,視床に

おいてどのような変調がくわえられているかについては,よくわかっていない.

注)メカニズムの解明が比較的進んでいるもの: 鎮痛メカニズムがわかっていないものとして広範

囲侵害抑制性調節と呼ばれる現象がある.これは特定部位への侵害刺激によって痛覚が

生じているときに,他の部位に強い侵害刺激をくわえると,当初あった痛みが抑制される現

象をいう.このような 病的疼痛を緩和または消失させる強い体性感覚刺激を相殺刺激とい

う.しかし,この鎮痛の発現には複数の脊髄分節への入力が関与しており,脊髄性抑制や下

行性痛覚抑制がおこるメカニズムでは説明できない.

□ 脊髄後角での侵害受容ニューロンに対する修飾

 脊髄性痛覚抑制

 末梢Aβ線維による痛覚抑制

我 は々日常の経験から,負傷部位をなでたり,さすったりすることに

よって傷の痛みがやわらぐことを知っている.これは触圧覚*をつたえる

Aβ線維(II群線維)などの太い求心性神経線維のインパルスが,脊

髄後角において痛覚伝導路のシナプスに対して抑制性にはたらいて

いるためにおこる.このようにしておこる鎮痛は,触圧覚情報が入力す

る脊髄分節上にあらわれるため,脊髄性抑制または分節性抑制といわ

れる.

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6.体性感覚と内臓感覚

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注)触圧覚: 触圧覚からの求心性入力のみならず,温覚・冷覚など他の体性感覚情報が痛みを抑

制する機構もあるといわれている.しかしそのメカニズムはよくわかっていない.

 ゲートコントロール説

末梢Aβ線維のインパルスが,脊髄後角において痛覚伝導路のシナ

プスに対して抑制性にはたらくということは,実験的に証明されている.

しかし脊髄後角において,実際どのようなシナプス回路が痛覚伝導路

を修飾しているのかは不明である.

この脊髄後角における鎮痛メカニズムを説明しようと,メルザックと

ウォールは,ゲートコントロール説*を提唱した(1965).彼らはゲートコン

トロール説において,脊髄後角で触圧覚をつたえる一次ニューロンと

痛覚をつたえる一次ニューロンとの間に介在する細胞を想定した.こ

の細胞をSG細胞*といい,Aβ線維からのインパルスによりSG細胞が興

奮し,これが痛覚をつたえる二次ニューロンに対し,シナプス前抑制→

をすると考えた.

□ ゲートコントロール説の概要

□ ゲートコントロール説

注)ゲートコントロール説(関門制御説;gate control theory): メルザック(R.Melzack)とウォー

ル(P.D.Wall)によるこの学説は,その後の痛覚の研究を飛躍的に発展させるきっかけとなっ

た.しかしその後,ゲートコントロール説と合致しない生理学的な事実が多く発見され,この

仮説は現在ではあまり顧みられなくなっている.しかし,物理療法のひとつとして現在もおこ

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 6

なわれている経皮的神経電気刺激(trans-cutaneous electrical nerve stimulation;

TENS)は,この学説をもとに臨床応用された.

注)SG細胞(膠様質細胞;substantia gellatinosa cell): 脊髄後角は組織学的に層構造を

なしており,外側からかぞえて5番目の層,すなわち第V層は脊髄膠様質とよばれている.こ

の部位には痛覚をつたえる外側脊髄視床路を構成するニューロンが多くある.メルザックと

ウォールは,ここに脊髄性の痛覚抑制にかかわる介在ニューロンがあると考え,膠様質の頭

文字をとってその細胞名とした.

 脊髄性痛覚抑制と按摩・マッサージ・指圧刺激

按摩・マッサージ・指圧刺激には鎮痛効果があるが,これは機械的

刺激によって局所の血液循環がよくなり発痛物質が除去されることと,

触圧覚受容器への刺激によっておこる末梢Aβ線維の興奮が,脊髄後

角において痛覚を抑制することなどによっていると考えられる.

 下行性痛覚抑制

 下行性抑制系とは

ラットによる動物実験(1956年)*から,脳幹部に電気刺激をくわえる

と,強力な鎮痛効果がえられることが発見された.この鎮痛手法を刺激

誘発性鎮痛法(SPA)*という.刺激誘発性鎮痛法(SPA)に関する研究か

ら,その鎮痛効果の発現にかかわる部位が中脳水道周辺灰白質など

の脳幹部にあること(1976年),そのニューロンの軸索が脊髄後外側索

を下行していること(1982年)があきらかとなった.これら痛覚の抑制に

かかわる神経線維群を下行性抑制系という.

なお下行性抑制系の活動は,中枢神経系内で内因性鎮痛物質を化

学伝達物質とするニューロンが興奮することによって引きおこされると

考えられている.

注)ラットによる動物実験: ラットの脳に刺激電極を埋めこんで,ラットがみずからペダルをふむと通

電するようにすると,電極が脳幹の特定部位にある場合にのみラットが何度もくりかえしペダ

ルをふみ,それ以外の部位に電極がある場合にはペダルをふむことを避けるように行動す

る.

注)刺激誘発性鎮痛法(SPA;stimulation produced analgesia): 刺激誘発性鎮痛法はラット

による動物実験にヒントをえて,1977年頃から難治性疼痛をもつ患者に対してもおこなわれ

た鎮痛法であるが,現在はおこなわれない.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 7 7

 下行性抑制系の構成

現在,下行性痛覚抑制系を構成する神経線維群としては,以下のふ

たつのルートが知られている.

・だいほうせんかく ぼう

中脳水道周辺灰白質におこり,延髄の大縫線核および傍巨大細胞もうようかく

網様核(大細胞性網様核)*でシナプスをかえて脊髄後側索を下行

し,脊髄後角にいたる神経線維群*.このうち延髄から脊髄後角に

いたる部分は一個のニューロンからなっており,これらにはセロトニ

ン作動性線維がふくまれる.

・せ いは んか く

橋の青斑核*におこり,脊髄後側索を下行して脊髄後角にいたる神

経線維群*.これらにはノルアドレナリン作動性線維がふくまれる.

注)延髄の大縫線核および傍巨大細胞網様核(大細胞性網様核): いずれも,鎮痛薬として投与

されるモルヒネが作用する部位である.

注)橋の青斑核: 青斑核はメラニンをふくむ細胞集団であり,橋被蓋で三叉神経中脳路の腹側に

位置する.ノルアドレナリン 作動性線維を広範な領域に投射し,これらは睡眠,覚醒,呼吸,

循環や皮質の活動,知覚入力などを調節すると考えられている.

 下行性抑制系のはたらき

下行性抑制系ニューロンは,脊髄後角において侵害受容ニューロン

から脊髄視床路ニューロンへのシナプスに対し,抑制性インパルスを

送る.これにより脊髄視床路ニューロンの興奮性は低下し,大脳皮質で

生じる痛覚は軽減または消失する.

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□ 下行性抑制系の中枢内伝導路

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□ 内因性鎮痛物質によるシナプス前抑制

□ 脊髄性痛覚抑制と下行性痛覚抑制系

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6.体性感覚と内臓感覚

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□ 脊髄性抑制と下行性抑制系の脊髄後角における抑制模式図

 内因性鎮痛物質

 モルヒネと内因性鎮痛物質

モルヒネ*は,自然界に存在する非常に強力な鎮痛薬

*として知られ

ているが,ヒトの生体内にも,これと同様の効果をもつ物質を分泌する

細胞がある.

生体内で産生されて鎮痛にはたらく物質群を内因性鎮痛物質と総

称する.これらは内因性モルヒネ様物質またはオピオイドペプチドとも

いわれるペプチド(タンパク)である.ヒトの体内で分泌される内因性鎮

痛物質には,エンドルフィン類*,エンケファリン類,ダイノルフィン類の

3種類の系統がある.これらにふくまれる物質としてはβ-エンドルフィ

ン,エンドモルフィン,メチオニンエンケファリン,ロイシンエンケファリ

ン,ダイノルフィンなどがある.

内因性鎮痛物質を産生し分泌する細胞はひろく全身に分布*してい

るが,とりわけ中枢神経系内に多くある.ここで内因性鎮痛物質はおも

に神経伝達物質としてはたらいており,内因性鎮痛物質を分泌する神が んゆ う

経細胞をオピオイド 含 有ニューロンという.これは下行性抑制系の

ニューロン群を興奮させることにはたらいており,その鎮痛効果の発現

に不可欠なものとなっている.

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6.体性感覚と内臓感覚

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注)モルヒネ(morphine): 現在,薬物として利用されているモルヒネは,阿片(opium)の主成分の

ひとつである.阿片はケシの未熟果実を傷つけ,流出した乳液を乾燥させた樹脂状の物質

である.紀元前から阿片は,幻覚薬としてのみならず,重篤な下痢や激痛の特効薬としても

利用されていた.モルヒネの薬理作用としては,少量投与で選択的に痛覚の感受性を低下

させ,量の増加にしたがい鎮静・催眠作用があらわれ,大量投与で深い睡眠,さらに延髄の

呼吸中枢の麻痺から死にいたる.鎮静・催眠効果にくわえ,痛みに対する不安・恐怖をのぞ

く陶酔効果が麻薬としての中毒の原因となる.また消化管平滑筋の緊張を高め,蠕動運動

を抑制するため,強い止瀉作用をもつ.

注)非常に強力な鎮痛薬: たとえば癌疼痛治療法では,非オピオイド鎮痛薬で充分な鎮痛効果が

えられないときに,オピオイド鎮痛薬(モルヒネ)をもちいる.最近では投与方法の研究がす

すみ,適切に処方すれば中毒をおこさないようにすることができるようになった.

注)エンドルフィン類(endorphin): 前駆物質であるACTH-β-LPH(プロオピオメラノコルチン)から

分解,生成されるもので,α,β,γ,δの4種類がある.これらを分泌する細胞は,脳内では

下垂体と視床下部に非常に多く分布する.ちなみにβ‐エンドルフィンとACTHは,同じ前駆物

質の分解産物である.

注)ほとんど全身に分布: 多くのオピオイド分泌細胞は中枢神経系内ではたらくが,神経組織以外

の末梢組織にもわずかながらオピオイド分泌細胞やその受容器(オピオイド受容器)がある.

これらは下垂体などにある細胞から分泌されるオピオイドによる体液性の鎮痛機構に関与

すると考えられている.

 内因性鎮痛物質の受容体

内因性鎮痛物質(オピオイドペプチド)に特異的に反応する受容体

‚ ðオピオイド受容体*(オピエートレセプター)という.オピオイド受容体

みゅー かっぱ しぐま でるた

は,μ ,κ ,σ ,δ などとよばれるタイプ*に分類される.

オピオイド含有ニューロンは,シナプス前終末から内因性鎮痛物質

を分泌し,これがオピオイド受容体に結合することによって効果をあら

わす.このオピオイド受容体への結合を阻害するもの,すなわち内因性

鎮痛物質の拮抗薬としてはナロキソン*が知られている.ナロキソンを

生体外から投与すると,内因性鎮痛物質による鎮痛はおこらなくなる.

注)オピオイド受容体(opioid receptor): この受容体には内因性鎮痛物質のみならず,モルヒ

ネなどの麻薬性鎮痛薬も結合し,その薬物としての作用を発揮する.

注)タイプ: オピオイド受容体は,これに対する作動薬や拮抗薬の結合能力のちがいから分類され

ている.このうちμ受容体はエンドモルフィンに高い結合親和性をもち鎮痛,縮瞳,呼吸抑制

に,κ受容体はダイノルフィンに高い結合親和性をもち鎮痛に関与する.またσ受容体は散

瞳,多呼吸,躁状態の形成に,δ受容体はエンケファリンに高い結合親和性をもち平滑筋収

縮の抑制に関与すると考えられている.

注)ナロキソン(naloxone): ナロキソンは,ヒトの生体内には生理的に存在しない物質であり,それ

自体には何の薬理作用をもたない.またすべてのオピオイド受容体への拮抗物質となる.こ

のためナロキソンは,さまざまな生理現象に対する内因性鎮痛物質の関与を確認する実験

にもちいられる.さらに自然界に存在するモルヒネ類に対しても拮抗薬としてはたらくため,

モルヒネ中毒の解毒薬としてももちいられる.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 8 2

□ 内因性鎮痛物質

 鍼麻酔と鍼鎮痛

 鍼麻酔

 鍼麻酔とは

1958年,中国の上海において鍼刺激による鎮痛効果を利用して外

科手術をおこなう技術が開発された.このような刺鍼による麻酔方法を

鍼麻酔という.中国ではこれ以降しばらくの間,鍼麻酔による外科手術

が多くおこなわれた.鍼麻酔は四肢の特定部位に刺鍼し,これに雀啄

刺激をくわえ,または低周波通電をおこなうと,開始後10~20分後に刺

激部位から離れた特定の部位に痛覚の鈍麻または消失がおこること

を利用している.なおこのような鎮痛効果をえるためには,刺入鍼が筋とっ き

層にたっしていることと,鍼のひびき(得気)が感じられることが必要で

ある.

 鍼麻酔の利点と欠点

中国などでおこなわれた多くの鍼麻酔に関する臨床的な知識と経験

から,外科手術を鍼麻酔によっておこなうことには以下のような利点と

欠点があることが明らかとなった.

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6.体性感覚と内臓感覚

2 8 3

1. 利点

・ 患者の意識レベルが低下することなく,意識が清明にたもたれる.

また運動機能もそこなわれないため,患者が手術に協力することが

できる.

・ 薬剤の副作用により,またはショック状態にあって麻酔薬をもちいる

ことができない者に対しておこなうことができる.

・ 手術中の出血量が少ない.

・ 術後の痛みが軽く,術後管理が容易である.

2. 欠点

・ 鎮痛効果の有無に個体差があり,また心理的な影響が大きく,その

効果が一定しない.

・ 鎮痛効果があらわれるまでに時間を要する.

・ 筋の弛緩がえられないため,筋層の深部にある組織・器官の手術

をおこなうときの障害となる.

・ 鍼麻酔では痛覚以外の感覚の求心性情報は遮断されない.このた

め術中に内臓臓器などを牽引した場合,嘔吐などの内臓反射があ

らわれ,手術をおこなうときの障害となる.

 鍼麻酔の適応

現在,鍼麻酔の適応となる場合*としては,以下のようなものがあげら

れる.

・ 薬剤の副作用により麻酔薬が使用できない場合.

・ 頸部より上部の手術の場合.

・ ショック状態の場合または産婦人科領域における麻酔の場合.

・ ごく簡易な手術で,麻酔科医を必要としない場合.

注)鍼麻酔の適応となる場合: 鍼麻酔れによる外科手術は,1970年代以降,一部のかぎられた疾

患・症例をのぞいてあまりおこなわれなくなった.

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6.体性感覚と内臓感覚

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□ 鍼麻酔の利点と欠点

 鍼鎮痛

 鍼鎮痛

鍼麻酔に関する研究から鍼刺激による鎮痛は,麻酔科領域のみなら

ず広い分野での疼痛治療に応用されるようになり,現在では鍼刺激に

よる鎮痛をひろく鍼鎮痛といっている.

 鍼鎮痛の特徴

鍼鎮痛の特徴は以下のとおりである.

・ 鎮痛を目的とした薬剤が痛覚伝導路の遮断を目的としているのにふ

対し,鍼鎮痛はもともと生体にそなわっている内因性鎮痛機構を賦か つ

活することによっている.

・ 鍼鎮痛は痛覚以外の感覚に影響をあたえず選択的に痛覚のみを

抑制する.

・ 鍼鎮痛は麻酔薬のように運動神経を麻痺させることがない.

 鍼鎮痛の受容器と求心性神経線維

鍼鎮痛の求心路を構成する末梢神経線維*には,Aδ線維やC線維な

どが考えられる.このうちでもとくに鍼鎮痛の発現に重要な役割をはた

しているのは,ポリモーダル受容器からC線維を経由*して脊髄後角に

いたるルートである.

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6.体性感覚と内臓感覚

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注)求心路を構成する末梢神経線維: 鍼刺激をあたえる部位に分布する末梢神経が切断されて

いる場合,鍼鎮痛はおこらなくなる.

注)ポリモーダル受容器からC線維を経由: 鍼鎮痛をおこすためには,鍼刺激による得気があるこ

とが必要である.この得気すなわち鍼の響きの感覚には,ポリモーダル受容器およびC線維

が関与していると考えられている.

 鍼鎮痛の中枢内経路

たけしげ ち ふゆ

鍼鎮痛がおこる中枢神経系内のメカニズムは,武重千冬らによって

研究された(1986).これによるとポリモーダル受容器から脊髄後角に

はいった求心性情報は,以下のような経路をたどり,鎮痛効果をあらわ

す.

・ 鍼鎮痛をひきおこす求心性情報は脊髄後角から反対側に交叉し,

前側索を上行して視床下部→にいたる.なおこの経路のいずれか

の部位に,メチオニンエンケファリン*がかかわっている.

・ 視床下部内でインパルスは外側部から弓状核*中央部にいたる.

・ 視床下部の弓状核中央部に達したインパルスは,ここから弓状核

後部に軸索をおくるドパミン作動性ニューロンを興奮させるるととも

に,下垂体からのβ-エンドルフィン産生をうながす*.こうして分泌

されたβ-エンドルフィンは弓状核後部にいたるドパミン作動性

ニューロンの興奮性を高める*ことに作用する.

・ 下垂体からのβ-エンドルフィン分泌とドパミン作動性ニューロンの

興奮は,中脳水道周辺灰白質におこるセロトニン系下行性痛覚抑

制系を作動させ,鎮痛効果があらわれる.

注)メチオニンエンケファリン(Methionine enkephalin): 鍼鎮痛は,脊髄くも膜下腔内への抗メ

チオニンエンケファリン 血清の投与によりおこらなくなる.

注)弓状核: 弓状核は,視床下部にある多くの神経核のひとつであり,正中線にある突起部(漏斗)

にある.なお漏斗の先端には下垂体がついている.この部位は下垂体前葉ホルモン調節因

子を分泌し,下垂体後葉に軸索をのばすニューロンがあるが,その詳細な機能はわかって

いない.

注)下垂体からのβ-エンドルフィン 産生をうながす: 鍼刺激によって末梢血中のβ-エンドルフィ

ン濃度は増加する.

注)ドパミン作動性ニューロンの興奮性を高める: 鍼鎮痛は抗β-エンドルフィン 血清の投与により

おこらなくなり,また下垂体摘出によってもおこらなくなる.

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